JP3908352B2 - エステラーゼ構造遺伝子、その形質転換株 およびその構造遺伝子を用いた食酢の製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、エステラーゼ構造遺伝子、その形質転換株およびその構造遺伝子を用いた食酢の製造法に関する。
【0002】
【従来の技術】
エステラーゼは、酸とアルコールからエステルを生成する反応、およびエステルを分解する反応を触媒する酵素として知られているが、微生物の菌体内での主たる機能はエステルの分解と言われている。酢酸菌の中の1種であるAcetobacter pasteurianus(アセトバクター・パスツリアヌス)から3種類のエステラーゼが部分精製され、それを用いた性質の検討がなされてはいるが、酵素活性の指標は全て分解活性で見ている程度である(日本醸造学会 大会講要旨集、p.9、1996年)。
【0003】
食品の香気は、その品質を左右する重要なファクターのひとつであり、食酢においても、その醸造過程において種々の香気成分が生成し、特に酢酸エチルなどのエステル類は、酢酸の香気をマイルドにするものとして重要視されている。しかしながら、現在までのところ、酢酸菌による酢酸エチルの生成に関しては詳細な検討は行われていない。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
食酢の香気を改善するためには、アセトバクター属およびグルコノバクター属に属する酢酸菌の香気成分の分解経路や生合成経路の研究が不可欠であるが、今までほとんど研究されてこなかった。ましてや、先端技術としての遺伝子組換え技術を利用した香気生成に関わる鍵酵素の破壊や増幅は、その煩雑さのために試みられてこなかった。
【0005】
従って、食酢の香気改善への取り組みは、原材料を変えて、そこで得られた香りをなるべく製品まで残したり、あるいは不快臭を活性炭で除去する事で対応してきているのが現状である。ところが、前者では、安価な原材料や安価な酢酸発酵開始の酢元(食酢発酵原料)が得られなければ、製品は高価なものとなってしまう問題点があったし、後者では、活性炭は不快臭のみならず好ましい香り成分も除去する性質を有する事から、香り豊かな食酢の製造という観点では、使用し難い方法であった。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上述した問題点を解決するために各方面から鋭意検討をした結果、従来試みられたことのない遺伝子組換え技術に着目し、エステラーゼ遺伝子をクローニングし、エステル分解による香りの質の変化を見た。ところが、3種類のエステラーゼ遺伝子の内、1種類のみが、全く予想外にエステル生成量を顕著に増大させる事を発見した。この発見に基づき、種々検討を加えたところ、安価な材料から高品質の食酢を製造する事が可能となり、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明者らは、先ず、Escherichia coliを宿主としてAcetobacter pasteurianusのゲノムライブラリーを作成し、同ライブラリーから常法により3種のクローンを取得したところ、各クローンから抽出したエステラーゼはA. pasteurianusより精製したエステラーゼと同様の性質を示すことを確認した。
【0008】
次いで、3種のクローン中の1種のエステラーゼ遺伝子をベクターpUC119に挿入してプラスミドpUE122を作成し、これをE. coliに導入して形質転換体を得た。また、プラスミドpUE122のSphI断片(エステラーゼ遺伝子含有)を酢酸菌−大腸菌シャトルベクター(例えばpMV24)に挿入して発現プラスミドpME122を作成した。そして、このプラスミドをAcetobacter acetiに導入し、得られた形質転換体が酢酸エチルを大量に生成することを発見し、更に研究の結果、プラスミドpUE122に含まれる挿入DNA断片からエステラーゼをコードする遺伝子の塩基配列を決定することにも成功し、これらの有用新知見を総合し、遂に本発明の完成に至ったものである。
【0009】
すなわち本発明は、配列番号1のアミノ酸配列で示されるエステラーゼの構造遺伝子、該遺伝子を有する形質転換体、該形質転換体を用いた食酢の製造方法に関するものである。
以下、本発明について詳しく説明する。
【0010】
(1)エステラーゼ構造遺伝子のクローニング
今回、発明者らが使用した酢酸菌(以後、Acetobacterもしくは Gluconobacterに属する酢酸菌を称する)は、食酢もろみより分離した菌株であり、バージーズ マニュアルによってAcetobacter pasteurianusと同定されたものであるが、本酢酸菌は、既に学会発表されている菌株(日本醸造学会 大会講演要旨集、p.9、1996年)と同一のものを使用した。すなわち、本菌は3種のエステラーゼを有しており、その部分精製酵素の酵素学的性質は、既に報告されている通りである。本発明の遺伝子は、上記講演要旨集での(エステラーゼ−1)蛋白の構造遺伝子に該当する。
【0011】
該酵素の構造遺伝子を含む遺伝子断片は、該酵素を生産する微生物であればどれでもかまわないが、例えば、酢酸菌の保有する全DNAから単離する事ができる。全DNAは例えば特開昭60−9489号公報に開示された方法により調製することができる。この全DNAを制限酵素で切断したものと、市販大腸菌ベクターを制限酵素で切断したものとをT4DNAリガーゼにより連結し、その連結物を大腸菌宿主(市販されている)に導入する。大腸菌の形質転換は常法に従えばよい。得られた形質転換株の中から、目的とする遺伝子を持つ株の検出は、エステラーゼ活性を有すると赤色に発色する方法(Analytical Biochemistry、66巻、p.206、1975年)などにより行う事ができる。上記の方法によって目的とする株が選択されない場合は、制限酵素の種類を変える事が必要である。得られた遺伝子の塩基配列の決定は、常法に従えばよく、例えばダイデオキシ法に従えばよい。
【0012】
(2)エステラーゼ遺伝子の酢酸菌での発現
このようにして単離したエステラーゼ構造遺伝子を含む遺伝子断片を用いて、エステラーゼ蛋白を生産するためには、通常該酵素遺伝子を含む遺伝子断片と宿主内で機能するプロモーター活性を有する遺伝子と発現可能な形で連結させる必要がある。酢酸菌の菌体内でエステラーゼ蛋白を生成させるために用いるプロモーターとしては、エステラーゼ遺伝子本来のプロモーターはもちろんの事、酢酸菌由来の他のプロモーター活性を有する遺伝子断片や、酢酸菌で発現可能な酢酸菌以外の微生物由来のプロモーターも使用できる。酢酸菌由来のプロモーターとしては、例えば膜結合型アルコール脱水素酵素(ADH)遺伝子のプロモーターが、大腸菌由来のプロモーターとしては、例えばpUC18のアンピシリン耐性遺伝子のプロモーターやlacプロモーターが使用できる。あまりに過剰にエステラーゼ蛋白が生産されて宿主の生育、発酵成績に悪影響を及ぼす場合には、遺伝子の発現量を適度なレベルに抑えるために、他の適当なプロモーターを選択する必要がある。
【0013】
酢酸菌内にエステラーゼ構造遺伝子を含む遺伝子断片を保持させるためのベクターとしては、宿主酢酸菌が有するプラスミドをベースに構築したベクターや、他の酢酸菌や細菌由来で宿主で複製可能なベクターが使用できる。例えば、特開昭60−9488号公報に開示されているpTA5001や、酢酸菌に導入可能なRP4、pRK2013などが使用できる。
【0014】
エステラーゼ蛋白の宿主内での発現量はプロモーターの変更のみならず、使用するプラスミドのコピー数、ターミネーターの接続やその種類、SD配列と翻訳開始コドンとの距離を変える事によってもコントロールできる。酢酸菌組換え体中でのエステラーゼ遺伝子を長期に安定に保持させようとした場合には、例えば宿主酢酸菌の染色体内にエステラーゼ遺伝子を組み込む事で達成できる。酢酸菌への遺伝子導入方法は常法により行えばよい。例えば、エレクトロポレーション法(Biosci. Biotech. Biochem. 58巻、p.974、1994年)を挙げることができる。
【0015】
(3)エステラーゼ遺伝子導入酢酸菌を用いた発酵
以上のようにして、エステラーゼ構造遺伝子を導入し、宿主内で発現させる事により、エステラーゼ蛋白を酢酸菌菌体内に著量生産させる事ができる。これにより、培地中に含まれ、酢酸菌細胞質膜を横切る性質を有するアルコール類および酸類から、そのエステルが著量生産され、好まれる香りの優れた食酢が製造できる。酢酸エチルを200ppmから800ppm、および酢酸イソアミルを7ppmから30ppmの範囲で含有するように製造された食酢は、そうでない食酢と比較して明らかに識別され、かつ大多数の消費者に大変好まれた。もちろん、単に酢酸エチルおよび酢酸イソアミルを上記の範囲に含有させる方法として、両者を添加する安価な方法もある。
【0016】
一方、例外的な利用法としては、発酵中に残留するアルコール類の濃度を常に低濃度(例えば0.3%)に制御する、あるいは発酵を終了する際、アルコール類の濃度をゼロとする事で、エステラーゼの反応平衡を分解方向に傾かせ、残留するエステルをほとんどゼロレベルまで低くする事も可能である。特別な用途の食酢には、このような方法で製造すればよい。
【0017】
酢酸エチルの基質である酢酸およびエタノールは、酢酸発酵を行うためには必要なものであるため、特に原材料に規定はないが、酢酸イソアミルの基質である酢酸およびイソアミルアルコールの内、イソアミルアルコールは、酵母による酒精発酵液に多く含まれるため、この酒精発酵液をエタノールおよびイソアミルアルコールの基質供給源として使用するのが好ましい。
【0018】
酢酸発酵方法は、従来の方法と何ら変わる事なく行えば良い。静置発酵方法、深部発酵方法、バイオリアクター方法などが使用でき、バッチ上げきり法、半連続発酵法、連続法などの手法が用いられる。一般的には、25〜40℃にて、1日から1ケ月間で酢酸発酵を終了する。深部発酵で製造し、エステルを高濃度に蓄積させたい場合には、エステルの減少をなるべく抑制するために、通気量は比較的少な目に行うと良い。酢酸発酵終了液の除菌や殺菌方法なども、常法通り行えば良い。
【0019】
なお、本発明において、酢酸濃度は、高速液体クロマトグラフィーあるいは市販酵素キットによって、常法通り測定した。また、各種アルコール類、各種エステル類の濃度は、ガスクロマトグラフィーによって測定した。その具体的条件は、島津製作所製GC−17Aのガスクロマトグラフ、GLサイエンス製TC−WAXカラム0.53mm×30m、I.D. 0.1μmを用い、インジェクション200℃、デテクション220℃、カラムの温度条件:40℃、5min保持後、4℃/minで220℃まで昇温させ、220℃、10min保持で行った。サンプルは1μl使用した。
次に、本発明を実施例により詳しく説明する。
【0020】
【実施例1】
(A)分離酢酸菌の同定
食酢工場の食酢発酵もろみより酢酸菌を分離した。本菌は下記表5に示されるような性質を示す細菌である事から、バージーズ・マニュアルに従いAcetobacter pasteurianusと同定された。
なお、本菌株はアセトバクター・パスツリアナス TUAY-1(Acetobacter pasteurianus TUAY-1)と命名した。
【0021】
【表5】
【0022】
(B)エステラーゼの精製
本菌を、GYP培地(グルコース3%、酵母エキス1%、ペプトン1%)およびGYP培地に3%となるようエタノールを添加した培地(GYPE培地)で培養し、得られた菌体を10mMトリス塩酸バッファー(pH7.5)に懸濁後、フレンチプレスによって破砕し(20,000psi)、得られた菌体破砕液へ30%飽和となるよう硫酸アンモニウムを加え、この上清をButyl-Toyopearlカラムにかけ、硫酸アンモニウムの1.3Mから0Mのリニアーグラジェントで溶出した。このカラムクロマトによってエステラーゼを相互に分離する事ができた。以下カラムクロマトのBasal bufferは、10mMトリス塩酸バッファー(pH7.5)とした。得られた3種の活性画分を各々透析後、各々DEAE-Toyopearlカラムにかけ、食塩の0Mから0.3Mのリニアーグラジエントで溶出した。得られた活性画分を次にHydroxyapatiteカラムにかけ、リン酸カリウムバッファー(pH7)0.01Mから0.4Mのリニアーグラジエントで溶出した。最後に、Sephadex G-150およびG-100のゲルろ過にかけ、活性画分を集めた。
【0023】
このようにして得られた3種の部分精製エステラーゼは、ゲルろ過およびSDSゲル電気泳動によって(1)エステラーゼ−1は、約35kDaの分子量を有する2量体(2)エステラーゼ−2は、約40kDaの分子量を有する2量体(3)エステラーゼ−3は、約45kDaの分子量を有する1量体である事がわかった。なお、エステラーゼ−2は、培地中のエタノールの有無に関係なく活性発現するものの、エステラーゼ−1はエタノールが存在する場合に、一方、エステラーゼ−3はエタノールが存在しない場合に活性発現する事がわかった。
【0024】
エステラーゼ活性の測定は、常法に準じて実施したが、基質との反応性の関係から、エステラーゼ−1およびエステラーゼ−2はAgric. Biol. Chem., 47巻、p.1865、1983年に従い、エステラーゼ−3はArch. Biochem. Biophys. 159巻、p.61、1973年に従って活性を行った。
【0025】
(C)エステラーゼ遺伝子のクローニング
上記と同様な方法で培養して得た Acetobacter pasteurianus TUAY-1 の菌体から、常法(特開昭60−9489号公報に開示された方法)によって全DNAを調製した。調製した全DNAを制限酵素EcoRIで切断し、これと市販ベクターpKF3(宝酒造製)を制限酵素EcoRIで切断したものとを、T4DNAリガーゼでランダムに連結した。連結物を大腸菌宿主(E.coli TH2コンピテント セル、宝酒造より入手)に導入し外来遺伝子が挿入されたクローン(コロニー)をろ紙にレプリカし、溶菌溶液(50mMトリス塩酸緩衝液、0.1%TritonX-100、リゾチーム2mg/ml(pH7.5))に浸した後、37℃で1時間反応させ、次に発色法(Analytical Biochemitstry, 66巻、p.206、1975年)で赤色に変化したコロニーを、エステラーゼ遺伝子のクローン株として選抜した。
【0026】
(D)エステラーゼ遺伝子のサブクローニング
得られたクローン株の一つについて調べたところ、6kbの外来DNA断片の挿入が確認され、この組換えプラスミドをpKE1と命名した。挿入DNA断片を制限酵素KpnIで切断して得られた3.3kb断片を、市販ベクターpUC119(宝酒造製)に一旦サブクローニング後(ここで得られた組換えプラスミドはpUE12と命名)、制限酵素SphIで切断して2.7kbに縮小化したエステラーゼを含むDNA断片を、pUC119のSphIサイトに挿入して組換えプラスミド(pUE122と命名)を得た。本組換えプラスミド(pUE122)は大腸菌(E. coli HB101)に導入され、Escherichia coli EST-122(エシェリシア コリ EST-122)菌株名で工業技術院生命工学工業技術研究所にFERM BP−6095として寄託されている。なお、pUE122の制限酵素地図を図3に示した。
【0027】
残りのクローンについて調べたところ、上記DNA断片と制限酵素地図が異なるものが2種含まれており、別のエステラーゼ遺伝子と判断された。上記同様に、別種(2種)のエステラーゼ遺伝子をpUC119に挿入して作成された組換えプラスミドを、pUE222およびpUE322と命名した。
【0028】
【実施例2】
(A)エステラーゼ構造遺伝子を含む遺伝子断片の酢酸菌への導入
実施例1のpUE122からSphIで切り出されたエステラーゼ遺伝子を含む2.7kbのSphI断片を、酢酸菌−大腸菌シャトルベクターpMV24(Applied and Environmental Microbiology, 55巻、p.171、1989年)のpUC18由来SmaIサイトに挿入し、組換えプラスミド(pME122)を得た。pME122のAcetobacter aceti IFO3283への導入は、エレクトロポレーション法(Biosci. Biotech. Biochem. 58巻、p.974、1994年)に準じて行った。本酢酸菌の形質転換株の選択は、アンピシリン ナトリウム100μg/mlおよび寒天1.5%を含むGYP培地で行った。
同様に、pUE222およびpUE322についても、エステラーゼ遺伝子断片をpMV24に挿入し、各々、pME222およびpME322と命名し、A.aceti IFO3283に導入して形質転換株を得た。
【0029】
(B)酢酸菌形質転換株の性質
上記で得られた A.aceti IFO3283 の形質転換株について、エステラーゼ活性を測定した。菌体の培養は、全てGYPE液体培地にアンピシリン ナトリウムを50μg/ml加えたもので行い、30℃で16時間振とう培養した。培養後、遠心分離により集菌し、10mMトリス塩酸バッファー(pH7.5)に懸濁し、フレンチプレス(20,000psi)で菌体を破砕した後、酵素活性を測定した。なお、後述するように、pME122、pME222、pME322は、各々、エステラーゼの−1、−2、−3のみをコードする遺伝子を含んでいる。
【0030】
pMV24(ベクター)導入株の比活性(units/mg protein)は、エステラーゼ(−1と−2)として0.4、エステラーゼ−3として0.1であった。ここで、(−1と−2)の比活性となっているのは、前述したように、エステラーゼ−1と−2の活性測定法は同一にしたのは、粗酵素液での分別定量は難しいためである。これに対して、エステラーゼ遺伝子を導入すると、pME122導入株では4.2、pME222導入株では2.9、pME322導入株では0.2の比活性を示し、いずれの場合も、エステラーゼ活性の顕著な増大が確認された。
【0031】
エステラーゼ遺伝子を含む上記3種の組換えプラスミドが導入された A.aceti IFO3283 形質転換株を、GYPE培地へ0.05%イソアミルアルコールを添加したものへ植菌し、30℃、往復振とう培養を行った。pME122導入株の発酵経過を図4に示した。17時間培養経過時で、酢酸エチルおよび酢酸イソアミルの生成・蓄積が最大に達し、酢酸エチルは400ppm、酢酸イソアミルは10ppmであった。酢酸発酵がほぼ終了したといえる20時間後には、両エステル共、やや減少したものの、高い値は維持していた。一方、ベクター(pMV24)が導入された A.aceti IFO3283 の形質転換株は、最大でも酢酸エチルは100ppmに到達せず、酢酸イソアミルも2ppm程度であった。なお、この図4では省略したが、 A.aceti IFO3283 のエステル生成経過は、ベクター(pMV24)導入株と同一であった。また、pME222導入株およびpME322導入株のエステル生成経過も、ベクター(pMV24)導入株とほとんど変わる事なく、この両者の発酵20時間目のエステル濃度は、酢酸エチルが8ppm、酢酸イソアミルが0.5ppm未満であった。
【0032】
このように、Acetobacter pasteurianusが有する3種類のエステラーゼ遺伝子を各々プラスミドベクター(pMV24)に連結してAcetobacter aceti IFO3283 株へ導入し、エステラーゼ活性を顕著に増大させる事ができたが、上述したように意外にも酢酸発酵中でのエステルの顕著な生成・蓄積がpME122導入株においてのみ認められた。この結果から、残り2種のエステラーゼは予想通り菌体内でエステルの分解に偏って作用している事がわかった。エステラーゼ遺伝子を導入する宿主酢酸菌は、強い制限系を持たない菌株であれば特に限定なく使用する事ができ、例えば食酢工場で使用されている酢酸菌が使用できる。
【0033】
特殊な用途としては、発酵条件を工夫する事により、エステル類の極めて少ない発酵液を取得する事も可能である。本実施例でのpME122導入A.acetiを用いた発酵において、発酵を30時間後まで継続すると、残留エタノール濃度はほぼゼロのレベルとなるが、この時、酢酸エチルは10ppm、酢酸イソアミルは1ppmまで低下した。このように、発酵条件を変える事によって、高濃度に残留しているエステルを逆に分解する事もできる。
【0034】
pME122導入A. acetiとベクター(pMV24)導入A. acetiを用いて得られた前述の発酵液(17時間および20時間の発酵液)を除菌して得た食酢を、20名の評価者によって香りを評価したところ、20名全てがpME122が導入された形質転換株によって製造された食酢の方を好んだ。
【0035】
【実施例3】
(A)米酢の製造
A. aceti IFO3283 およびpME122が導入された A. aceti IFO3283 の形質転換株を用いて、米酢の製造を行った。米の酒精発酵液(エタノール約15%)300ml、市販の純米酢(酸度4.5%、エタノール0.2%)200ml、水450mlを2L容量のミニジャー(エイプル社製)に準備し、これに、米糖化液(グルコース濃度5%)に上記2種の酢酸菌を各々生育させた培養液50mlからなる液を添加して酢酸発酵を開始し、残留エタノールが0.4%になるまで酢酸発酵せしめた(温度:29℃、回転数:500rpm、通気量:0.15vvm)。遠心分離および0.45μmのフィルターによって除菌し、酸度4.5%になるよう水で希釈し、米酢製品とした。本製品の分析をおこなったところ、 A. aceti IFO3283 およびpME122が導入された A. aceti IFO3283 形質転換株において、酢酸エチルは各々80ppmおよび310ppm、酢酸イソアミルは各々1ppmおよび8ppmであった。香りの評価を20名で行ったところ、このうち18名が形質転換株によって製造された米酢を好んだ。
【0036】
(B)米酢へのエステル添加効果
上記と同一組成の原料を用い、ジャーの連続発酵によって試作した米酢は、イソ吉草酸を100ppm含有しており、20名中19名が不快な香りの米酢として認識した。この米酢に、酢酸エチル(試薬特級)および酢酸イソアミル(試薬特級)を下記表6に示される濃度となるように添加し、評価した。
【0037】
【表6】
【0038】
この結果から明らかなように、酢酸エチルを200〜800ppmおよび酢酸イソアミルを7〜30ppm含有するよう添加した米酢は、不快臭物質としてのイソ吉草酸が高濃度で含まれるにもかかわらず、元の米酢より香りが改善されており、香り豊かな米酢として評価された。
【0039】
【実施例4】
(A)エステラーゼ構造遺伝子の塩基配列の決定
pUE122に含まれる挿入DNA断片に関して、常法により、ダイデオキシ法で塩基配列を決定した。決定した塩基配列を基に、分子量35〜45kDaの蛋白質をコードできるオープン・リーディング・フレーム(ORF)を検索したところ、図2の塩基配列に示されるようなORFが見出された。アミノ酸に翻訳しコードする蛋白質の分子量を算出したところ、35kDaと算出され、精製エステラーゼ1のそれと一致した。さらに、塩基配列からアミノ酸に翻訳したアミノ酸配列は図1のようになったが、この図でのN末端アミノ酸配列(19アミノ酸)は、精製エステラーゼ1のN末端アミノ酸配列(プロリン−リジン−セリン−バリン−バリン−アスパラギン−プロリン−グルタミン酸−フェニールアラニン−ロイシン−プロリン−イソロイシン−ロイシン−グルタミン酸−リジン−メチオニン−プロリン−セリン−フェニールアラニン−)と完全に一致した事から、本ORFはエステラーゼ−1の構造遺伝子であると断定できた。
【0040】
同様な実験を行い、pUE222はエステラーゼ−2の、pUE322はエステラーゼ−3の構造遺伝子を含む事がわかった。すなわち、pME122、pME222、pME322は、各々、エステラーゼの−1、−2、−3の構造遺伝子を含む事を意味している。
【0041】
エステラーゼ−1遺伝子を、アミノ酸配列のレベルで、既に報告されている遺伝子と比較した(データーベースで検索)。最も相同性が高い近縁のものは、Streptomyces hygroscopicusのエステラーゼであったが、その相同性はアミノ酸レベルで31.4%にすぎず、非常に低かった。また、この結果から、エステラーゼ−1遺伝子が新規である事はもちろんの事、相同性が80〜90%を超える近縁の遺伝子も報告されていない事がわかった。
【0042】
【発明の効果】
本発明により、酢酸菌により生産されるエステラーゼの構造遺伝子が単離され、これを酢酸菌に導入する事により、酢酸発酵の効率を低下させる事なく、酢酸エチルや酢酸イソアミル等代表されるエステル類を高濃度に生成・蓄積させる事が初めて可能になった。これによって、吟醸酒の特徴香として知られる酢酸イソアミルを多く含んだ食酢、すなわち吟醸香のする芳香食酢を安価な原材料で製造する事が可能となった。
【0043】
【配列表】
エステラーゼ蛋白のアミノ酸配列及びエステラーゼ構造遺伝子の塩基配列を、それぞれ、配列番号1及び2に示す。
下記表1〜4に配列番号1及び2で示される各配列を示す。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
【表3】
【0047】
【表4】
【図面の簡単な説明】
【図1】エステラーゼ蛋白のアミノ酸配列を示す。
【図2】エステラーゼ構造遺伝子の塩基配列を示す。
【図3】エステラーゼ構造遺伝子を含む遺伝子断片を大腸菌ベクターpUC119へ挿入して作成した組換えプラスミドpUE122の制限酵素地図である。
【図4】ベクターあるいはエステラーゼ遺伝子が導入された組換え酢酸菌(A. aceti IFO3283)の酢酸発酵経過およびそのときの各種エステル生成量(蓄積量)を示す。
Claims (4)
- 配列表の配列番号1のアミノ酸配列で示されるタンパク質をコードする構造遺伝子のDNA、あるいは配列番号2の塩基配列で示される、該タンパク質をコードする構造遺伝子のDNAを組み込んでなるプラスミドで宿主を形質転換し、得られた形質転換微生物を使用すること、を特徴とする食酢の製造方法。
- 宿主が酢酸菌であること、を特徴とする請求項1に記載の方法。
- 該プラスミドが、該タンパク質をコードする構造遺伝子のDNAを酢酸菌−大腸菌シャトルベクターに挿入してなる組換えプラスミドであること、を特徴とする請求項1〜2のいずれか1項に記載の方法。
- 食酢が酢酸エチルを200〜400ppmまたは酢酸イソアミルを8〜10ppm含有するものであること、を特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
Priority Applications (1)
Application Number | Priority Date | Filing Date | Title |
---|---|---|---|
JP26825997A JP3908352B2 (ja) | 1997-09-16 | 1997-09-16 | エステラーゼ構造遺伝子、その形質転換株 およびその構造遺伝子を用いた食酢の製造方法 |
Applications Claiming Priority (1)
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JP26825997A JP3908352B2 (ja) | 1997-09-16 | 1997-09-16 | エステラーゼ構造遺伝子、その形質転換株 およびその構造遺伝子を用いた食酢の製造方法 |
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