上記特許文献1に開示される構造の埋込材を用いて中空スラブを構築することにより、集合住宅における上下階の遮音性能上の問題はある程度の改善が見られている。しかし、一方において、居住環境全般を従来の基準よりもさらに快適なものにレベルアップしたいという要請があり、集合住宅における上下階の遮音性能は、より高いレベルが求められるようになりつつある。しかしながら、中空スラブ構造において、遮音性能を向上させることと軽量化を図ることとは相反する命題であり、高い遮音性能を得る(すなわち、コンクリート量を増し質量を上げる)ためには、中空率を下げざるを得ない。
ところで、前記特許文献1に開示される構造の埋込材1aでは、コンクリートが浸入する容積はスリット1cの部分のみであり、限度がある。スリット1cの断面積を大きくするとコンクリートCの浸入量は大きくなり、遮音性能のさらなる向上が期待できるが、埋込材の構造的強度が低下して、運搬時やプレキャストコンクリート板への定着や現場施工作業時に破損する恐れがある。他の方法として、水平断面積が小さい埋込材を隙間を広く空けてプレキャストコンクリート板へ定着することも考えられるが、埋込材の定着作業が煩雑になる。従って、本発明の第一の目的は、従来とほぼ同じ水平断面積である埋込材でありながら、埋込材としての構造的な強度低下を招くことなく、中空スラブ構造の中空率を任意に低減することのできる埋込材を提供することにある。
前記のように中空スラブ構造の本来的目的はコンクリートスラブの軽量化にある。しかし、上記中空スラブ構造の中空率を任意に低減できる構造の埋込材を床面の全領域に定着する場合には、軽量化は犠牲とならざるを得ない。一方、集合住宅の居住空間において、床衝撃音が生じやすい領域と、比較的生じることの少ない領域とが存在する。従って、前者の領域には中空率を低減できる埋込材を定着し、後者の領域には従来から用いられている埋込材を定着することにより、一住戸の床領域全体としては、スラブの軽量化と上下階の遮音性能上の問題の双方を同時に満足することが可能となる。従って、本発明の他の目的は、軽量化と遮音性能の向上の双方の課題を同時に満足することのできる、中空スラブ用基板及び該基板あるいは埋込材を用いた中空スラブ構造を持つ構築物を提供することにある。
上記の課題を解決するための本発明による中空スラブ用埋込材は、プレキャストコンクリート板上に定着され、打設される現場打ちコンクリートにより該コンクリート内に埋設されて中空スラブ構造を形成する埋込材であって、基本的に、該埋込材の前記プレキャストコンクリート板に面する側には上に凸でありかつ側面方向に開放した裏面窪みが形成され、さらに、該裏面窪みに下端を連通する貫通孔が板厚方向に形成されていて、前記打設される現場打ちコンクリートは、前記貫通孔を通過して前記裏面窪み内に流れ込み、埋込材の裏面側に拡がって、前記プレキャストコンクリート板のコンクリートと一体化するようにされていることを特徴とする。
また、上記の課題を解決するための本発明による中空スラブ用基板は、該中空スラブ用基板のプレキャストコンクリート板上に定着される複数個の埋込材のうち少なくとも一部あるいは全部の埋込材が上記した上に凸の窪みと板厚方向の貫通孔が形成された埋込材であることを特徴とする。
また、上記の課題を解決するための本発明による中空スラブ構造を持つ構築物は、中空スラブ構造の基板の全部又は一部として上記の中空スラブ用基板を持つか、あるいは、高い床衝撃音の発生が予測される領域には上記した上に凸の裏面窪みと板厚方向の貫通孔が形成された埋込材が定着され、それ以外の領域には、少なくとも前記貫通孔を有しない従来からの埋込材が定着されるか又は埋込材が定着されないで現場打ちコンクリートが打設されている中空スラブ構造を持つことを特徴とする。
本発明による埋込材及び該埋込材を備えた中空スラブ用基板によれば、現場打ちコンクリートは、埋込材の貫通孔を通して該埋込材の裏面側に形成された上に凸の裏面窪み内に浸入し、容易に裏面側にまで達して、該裏面窪みをコンクリートで満たす。さらに、貫通孔もコンクリートで満たされる。それにより、構築される中空スラブ構造において、該埋込材部分の占める中空率は、前記上に凸の裏面窪みの容積分(その容積は、設計条件に応じて任意に定めればよい)だけ、従来のものと比較してさらに減少し、剛性、質量が増加して、共振現象を可及的に減少させる。それにより、遮音性能は大きく向上する。
本発明による埋込材において、その水平断面積は実質的に貫通孔の断面積分が減少するのみであり、構造的に大きな強度低下は生じない。また、前記上に凸である裏面窪みは、埋込材の側面方向にも開口しており、打設される現場打ちコンクリートは、前記側面方向の開口をも通過して流動する。それにより、裏面窪み内への現場打ちコンクリートの流動性が高くなり、裏面窪み内へ隙間なくコンクリートを確実に充填することができ、所定の遮音性能を確実に確保することができる。
埋込材は、好ましくは、断面における表面側形状が上に凸の山形形状をなしている部分を有する形状であってもよい。この場合には、コンクリートスラブ中空部の上部コンクリートシェル部分に床衝撃を受けて生じる振動は、埋込材の上に凸の山形形状をなしている部分における上部コンクリートシェル部分の曲面に沿って逸散減衰し、該コンクリートシェル部分に生じる撓みを小さくさせ、結果として、短手方向の断面が矩形状である埋込材を用いる場合と比較して、共振の発生そのものが抑制されることとなり、遮音性能はさらに向上する。
好ましい態様において、前記貫通孔の表面側は上方に拡がる漏斗状の傾斜面を有していてもよい。また、埋込材の表面にも窪みが形成され、少なくとも一部の前記貫通孔上端は前記表面窪みに開放している。他の好ましい態様において、前記埋込材の裏面は、側面方向が上位となる傾斜面とされていてもよく、また、4面の傾斜面を持つ頭部を切除した複数の4角錐体とされていてもよい。これらの態様では、前記貫通孔への現場打ちコンクリートの流入が一層確実となり、また、前記表面窪み内にも、あるいは、プレキャストコンクリート板表面と埋込材の裏面側との空間領域にも、コンクリートが入り込むこととなり、その領域の剛性、質量が増加して、共振現象を可及的にさらに減少させ、さらなる遮音性能の向上が図れる。
前記したように、構築物における中空スラブの本来的目的はコンクリートスラブの軽量化にある。従って、上記した中空率を低減することのできる埋込材をコンクリートスラブの全面に埋設することは、遮音性能の向上は期待できるとしても、中空スラブ構造としての所期の目的を必ずしも達成しない場合も起こりうる。そこで、本発明による中空スラブ用基板あるいは中空スラブ構造を持つ構築物では、現場打ちコンクリートによって埋設される多数の埋込材のうちの少なくとも一部の埋込材を上記した中空率を低減できる埋込材とし、他の埋込材は従来知られた通常の埋込材として、軽量化と遮音性能の向上の双方の課題を同時に満足するようにしている。
その際に、居住空間における居間、茶の間、寝室、客室、応接室などの居住のために使用する領域(居住室の領域)のように高い床衝撃音の発生が予測される領域を含む床部分には、上記した中空率を低減できる埋込材を定着して遮音性能を確保し、一方、それ以外の台所、便所、浴室、物置などの非居住領域には従来知られた通常の埋込材を定着して、必要な中空率を確保する。
本発明による中空スラブ用基板あるいは中空スラブ構造を持つ構築物のさらに他の態様では、浴室、便所、洗面化粧室など配水管を横引いて設置することが必要となる部分は、大きな床ふところを必要とする場所であることから、その領域には埋込材を定着しないようにする。このようにすることにより、結果的に住宅の床仕上面を住戸内にわたって平滑なものとすることができ、高齢化社会の到来を迎えて、高齢者の安全又は車椅子の利用の便のために住宅の床仕上面の高低差を解消すべきという要望に答えることができる。
なお、本発明において、埋込材の素材としては、軽量でありまた打設されるコンクリートによって変形などしないことを条件に任意のものを用いうるが、発泡ポリスチレンのような合成樹脂発泡成形品が最も好適に用いられる。他にスチレン系樹脂やポリオレフィン系樹脂、硬質ウレタン樹脂、フェノール樹脂やポリイソチアネート樹脂、エポキシ樹脂などの発泡体、もしくは、これらの樹脂を適宜混合した発泡体を使用することができる。発泡方法は任意であり、押し出し発泡やビーズ型内発泡など使用する合成樹脂材料と成形しようとする埋込材の形状に応じて適宜選択すればよい。
スチレン樹脂としては、スチレン、メチルスチレン、ジメチルスチレンなどのスチレン系ビニルモノマーを主構成単位とする重合体であってよく、発泡スチレン系樹脂材料としては、スチレン系モノマーを50重量%以上含有する共重合体で構成され、スチレン系モノマーと共重合化し得るモノマーとしてはアクリル酸、メタクリル酸、もしくはこれらのエステル、アクリロニトリル、メタクリルニトリル、無水マレイン酸などが挙げられる。
ポリオレフィン系樹脂としては、高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−カルボン酸エステル共重合体、エチレン−カルボン酸金属塩共重合体、結晶性ポリプロピレンホモポリマー、結晶性プロピレン−エチレン共重合体、結晶性プロピレン−エチレン−ジエン3元共重合体などを挙げることができる。
本発明によれば、従来とほぼ同じ水平断面積でありながら構造的な強度低下を招くことなく、中空スラブ構造の中空率を容易かつ確実に低減することのできる埋込材、及び該埋込材を持つ中空スラブ用基板が得られる。また、本発明による埋込材あるいは該埋込材を持つ中空スラブ用基板を用いることにより、一住戸の床領域全体としては、軽量化と遮音性能の向上の双方の課題を同時に満足することのできる中空スラブ構造を持つ構築物を容易に構築することができる。
以下、図面を参照しながら本発明の好ましい実施の形態を説明する。図1は本発明による中空スラブ用埋込材10を用いた中空スラブ用基板Aの一部分を斜視図により示しており、図2は図1に示す中空スラブ用基板Aを用いて構築した構築物における中空スラブの部分断面図である。中空スラブ用基板Aの全体の形は、図16に基づき説明したものと同様であり、図1においてはトラス筋などは省略されている。なお、中空スラブ用基板Aにおいて、本発明による埋込材10がプレキャストコンクリート板(PCa板)3上の全体に適当な間隔をおいて適数だけ定着されていてもよく、あるいは、後に説明するように、中空スラブ構造を持つ構築物において、居間兼食事室、洋室、和室などのように通常の生活環境において高い床衝撃音の発生が予測される領域となる部分にのみ本発明による埋込材10を定着し、他の箇所には、表面が平坦であり裏面側に凹陥部を持つ従来型の埋込材1を定着するようにしてもよい。
埋込材10は箱形のものであり、裏面側、すなわち、プレキャストコンクリート板3に面する側には、上に凸である長手方向の第1の裏面溝11が適数(図示のものでは2本)と、やはり上に凸である短手方向の第2の裏面溝12が適数(図示のものでは2本で対となって計6本)、埋込材10の側面10a、10bに両端をそれぞれ開放する状態で、互いに交叉するように形成されている。図示されないが、第1及び第2の裏面溝11、12が形成されない部分には、従来の埋込材と同様に凹陥部が形成してあってもよい。なお、この第1及び第2の裏面溝11、12が本発明でいう裏面窪みに相当する。
表面側にも、前記第1の裏面溝11と第2の裏面溝12と対向する位置に、下に凸である第1の表面溝13と、やはり下に凸である第2の表面溝14が同様に形成される。そして、各溝の各交叉部分には、表面溝から裏面溝に連通する貫通孔15が適数(図示のものでは計12個)、板厚方向に形成されている。なお、表面溝13、14を設けるかどうかは任意であり、そのいずれか一方あるいは双方を省略してもよい。なお、この第1及び第2の表面溝13、14が本発明でいう表面窪みに相当する。
さらに、図示のように、この埋込材10には、全体を長手方向にほぼ3分割する位置に、短手方向に沿った切り込み線16が4周に沿って形成されている。この切り込み線16は、中空スラブの構築に際して、例えば配管の具合から、あるいは、より遮音効果の高い中空スラブ構造を構築したい場合などから、より小型の埋込材を用いる必要が生じたときなどに、一枚の埋込材10を該切り込み線16を利用して容易に分離分割するのに利用される。なお、切り込み線16の本数や設ける位置は任意であり、省略してもよい。
埋込材10は、従来の中空スラブ用基板と同様に、トラス筋2を備えたプレキャストコンクリート板3上に所定の間隔で適数定着され、中空スラブ用基板Aが製造される。該中空スラブ用基板Aは、図17に示すように、躯体の梁B、B間に所要枚数載架され、必要に応じて、設備用配管Pの施工やスラブ上端筋4の配筋などを行った後、現場打ちコンクリートCが打設される。
打設された現場打ちコンクリートCは、埋込材10に形成された貫通孔15を通して、該埋込材裏面の上に凸である第1の裏面溝11と第2の裏面溝12の中に流れ込む。前記第1の裏面溝11と第2の裏面溝12は、埋込材10の側面10a、10bに両端を開放しており、該開放端からも現場打ちコンクリートCは裏面溝内に流れ込む、それにより、前記第1の裏面溝11と第2の裏面溝12は容易かつ確実に現場打ちコンクリートCにより充満される。現場打ちコンクリートCは、前記貫通孔15、第1及び第2の表面溝13、14をも充満した後、図2に示すように、所要厚みのコンクリート層を埋込材10の上に形成し、該コンクリートが硬化することによって、所要の構築物における中空スラブが構築される。なお、図示の例では、前記上に凸の第1と第2の裏面溝11、12の天井面は平坦な面として示したが、天井面の長手方向の中央近辺が下に向けて突出するような船底型とすることもでき、それにより、当該裏面溝11、12内での現場打ちコンクリートCによる充填を一層確実とすることができる。
この様にして構築される中空スラブ構造において、埋込材10の占める中空率は、前記上に凸の第1と第2の裏面溝11、12、貫通孔15、及び、第1と第2の表面溝13、14の合計した容積分だけ減少することとなり、その部分の剛性、質量が増加して、前記した共振現象の発生を可及的に減少させることが可能となり、中空スラブ構造の遮音性能は大きく向上する。また、図示の埋込材10において、その水平断面積は実質的に貫通孔15の断面積分が減少するのみであり、図16に示した従来の埋込材と比較して、構造的に大きな強度低下は生じない。
上記のような機能を果たしうる埋込材の形態は他にも多く存在する。図3aに斜視図を、図3bにb−b線に沿う断面図を示す形態の埋込材10Aは、裏面側に上に凸である長手方向の裏面溝(裏面窪み)11が1本と、表面側に下に凸である表面溝(表面窪み)14が3本形成されており、各表面溝14の底面141は前記裏面溝11の天井面111の位置よりも下位に位置するようにされている。それにより、裏面溝11と表面溝14の交叉部分には、裏面溝11に下端を連通する貫通孔15が実質的に形成される。図において、16は、埋込材10A全体を長手方向にほぼ3分割する位置に形成された切り込み線である。
この埋込材10Aにおいても、現場打ちコンクリートCは、該貫通孔15を通って裏面溝11の中に流れ込む。同時に、裏面溝11の側面開放端からも裏面溝11内に流れ込み、裏面溝11内は容易かつ確実に現場打ちコンクリートCで満たされる。また、表面溝14部分も現場打ちコンクリートCで満たされる。それにより、埋込材10Aを定着した中空スラブ構造において、埋込材10Aの占める中空率はその分だけ減少することとなり、構築物における中空スラブの遮音性能は確実に向上する。この場合にも、埋込材10Aの水平断面積は、実質的に貫通孔15の断面積分が減少するのみであり、構造的に大きな強度低下は生じない。
図4は、本発明による埋込材のさらに他の実施の形態であり、図4aは斜視図を、図4bにb−b線に沿う断面図を示している。この埋込材10Bは、裏面側に上に凸である裏面窪み21が適数(図示のものでは3箇所)形成されており、各裏面窪み21は、埋込材10Bの側面10a、10bに、それぞれ開放端22を有している。各裏面窪み21の天井中央部分には埋込材10Bの表面に抜ける貫通孔15が形成されており、該貫通孔15の表面側は上方に拡がる漏斗状の傾斜面15aとなっている。図において、16は、埋込材10B全体を長手方向にほぼ3分割する位置に形成された切り込み線である。
この埋込材10Bにおいても、現場打ちコンクリートCは、該貫通孔15を通して裏面窪み21の中に流れ込み、また、裏面窪み21の側面開放端22を通って裏面窪み21内に流れ込む。それにより、裏面窪み21内は容易かつ確実に現場打ちコンクリートCで満たされる。特に、該貫通孔15の表面側は上方に拡がる漏斗状の傾斜面15aとなっており、現場打ちコンクリートCの裏面窪み21への流入を確実にする。該貫通孔15の部分も現場打ちコンクリートCで満たされることは他の形態のものと同様である。この埋込材10Bを用いた中空スラブ構造においても埋込材10Bの占める中空率は確実に減少し、構築物における中空スラブの遮音性能は向上する。また、埋込材10Bの構造上、強度低下は殆ど生じないにもかかわらず、プレキャストコンクリート板3に面する裏面窪み21の面積を上記他の構造のものと比べて大きくすることができ、その領域の剛性、質量はさらに増加する。
図5は、本発明による埋込材のさらに他の実施の形態であり、図5aは斜視図を、図5bは裏面からみた斜視図を示している。この埋込材10Cは、裏面側に長手方向に延びる上に凸の裏面溝(裏面窪み)11が1本形成され、表面側には、該裏面溝11と対向する位置に下に凸である長手方向の表面溝(表面窪み)13が一本と、該表面溝13に直交する方向に下に凸である短手方向の表面溝(表面窪み)14が3本形成されている。また、この埋込材10Cは短手方向の断面が船底型形状となっており、図示のように、裏面全体は、前記裏面溝11の部分が最も低位となり、その両側が長手方向の側面10bに向けて上昇する傾斜面31、31とされている。そして、該傾斜面31、31には、プレキャストコンクリート板3の上に埋込材10Cを置いたときに、その姿勢を安定させる目的で、脚32が設けられる。脚32は省略してもよい。
さらに、前記長手方向の表面溝13には裏面溝11に抜ける適数の貫通孔15が形成されており、前記裏面溝11における前記貫通孔15の下端部近傍の側縁部分は上に凸の切り欠き33とされている。また、各短手方向の表面溝14にも前記傾斜面31、31に抜ける適数の貫通孔15bが形成されている。なお、図において、16は、埋込材10C全体を長手方向にほぼ3分割する位置に形成された切り込み線である。
この埋込材10Cにおいては、現場打ちコンクリートCは、該貫通孔15を通って裏面溝11の中に流れ込むと共に、貫通孔15bを通して、埋込材10Cの前記裏面傾斜面31、31とプレキャストコンクリート板3の表面の間にも流入する。さらに、現場打ちコンクリートCは裏面溝11の側面開放端からも裏面溝11内に流れ込み、また、前記切り欠き33の部分でも現場打ちコンクリートCは流動する。前記埋込材10Cの前記裏面傾斜面31、31とプレキャストコンクリート板3の表面の間の空間には、外側からも現場打ちコンクリートCは流入する。さらに、表面溝13、14も現場打ちコンクリートCで満たされる。
この埋込材10Cを用いた中空スラブ構造では、上記のように、プレキャストコンクリート板3の表面と埋込材10Cの裏面傾斜面31、31との空間領域を現場打ちコンクリートCで満たすことができるので、底面が平板の埋込材と比較して、埋込材10Cが占める部分の中空率をさらに減少させることができ、また、その領域の剛性、質量はさらに増加させることができるので、構築物における中空スラブの遮音性能は確実に向上する。埋込材10Cの水平断面積は、実質的に貫通孔15、15bの断面積分が減少するのみであり、構造的な強度低下は殆ど生じない。
図6は、本発明による埋込材のさらに他の実施の形態であり、図6aは上方から見た斜視図を、図6bは裏面からみた斜視図を示している。この埋込材10Dは、表面側の形状は図5に示した埋込材10Cと同様であり、下に凸である長手方向の表面溝13が一本と、該表面溝13に直交する方向に下に凸である短手方向の表面溝14が3本形成されている。そして、埋込材10D全体を長手方向にほぼ3分割する位置に切り込み線16が形成されており、埋込材10Dの裏面側は、前記切り込み線16で区画される各ブロックごとに、頭部を切除した4角錐体とされていて、それぞれが4つの傾斜面41を有している。各4角錐体部分には、表面に形成した長手方向の表面溝13及び短手方向の表面溝14に対向する位置に、長手方向に延びる上に凸の裏面溝(裏面窪み)11と短手方向に延びる上に凸の裏面溝(裏面窪み)12とが十文字状に形成されている。さらに、前記長手方向の表面溝13には裏面溝11に抜ける適数の貫通孔15が形成されており、各短手方向の表面溝14にも前記裏面溝12に抜ける適数の貫通孔15bが形成されている。
この埋込材10Dにおいては、現場打ちコンクリートCは、該貫通孔15、貫通孔15bを通って裏面溝11、12の中に流れ込む。一方、埋込材10Dの裏面の各傾斜面41とプレキャストコンクリート板3の表面の間の空間にも外側から現場打ちコンクリートCは流入し、そこから、裏面溝11、12の側面開放部を通って裏面溝11、12内に流れ込む。さらに、前記貫通孔や表面溝部分も現場打ちコンクリートCで満たされる。
この埋込材10Dを用いた中空スラブ構造においては、プレキャストコンクリート板3の表面と埋込材10Dの12個の裏面傾斜面41との空間領域を現場打ちコンクリートCで満たすことができるので、図5に示した埋込材10Cと比較しても、埋込材10Dが占める部分の中空率をさらに減少させることができ、構築物における中空スラブの遮音性能は確実に向上する。また、上記他の実施形態と同様に、埋込材10Dの水平断面積は実質的に貫通孔15、15bの断面積分が減少するのみであり、構造的な強度低下は殆ど生じない。
なお、プレキャストコンクリート板3の表面に埋込材10〜10Dを定着するには、例えば特公昭57−47008号公報などに示すように係止具を用いて定着してもよく、特開昭54−138018号公報などに示すように埋込材の裏面に凸部を形成して該凸部を押し込むことにより定着してもよく、あるいは、接着剤や粘着テープなどにより定着してもよい。また、埋込材の表面とスラブ上端筋4との間に所定のかぶりが取れることを条件に、埋込材10〜10Dをプレキャストコンクリート板3の表面から浮かした状態で定着することもできる。その場合には、埋込材10〜10Dの裏面側全面に現場打ちコンクリートCが入り込むこととなり、より高い遮音性能を持つ中空スラブ構造を得ることが可能となる。図7は、そのような場合での埋込材の定着態様の一例を示しており、ここでは、埋込材支持具50を用いて埋込材を定着している。
すなわち、プレキャストコンクリート板3を製造するときに、その上に定着しようとする埋込材の裏面(背面)を安定した姿勢で保持できるような形状をなす埋込材支持具50をプレキャストコンクリート板3に一体的に取り付けておき、その上に、埋込材を適宜の手段により定着する。図示のものは、図5に示した断面船底型の底面を持つ埋込材10C(ここでは、脚32は省略されている)を用いる場合の例であり、埋込材支持具50は、埋込材10Cの左右の裏面傾斜面31、31に沿うようにM字状に折り曲げられた形状とされている。なお、図7に示すものは例示に過ぎず、前記のように、埋込材支持具50はその上に定着しようとする埋込材の裏面側(背面側)を安定した姿勢で、かつ浮き上がった状態で保持できるものであればよく、用いる埋込材の形状に応じて、適宜の形状のものを用いればよい。
図8〜図13は本発明による埋込材のさらに他の実施の形態を示している。図1〜図7に示した埋込材10〜10Dが、基本的に平坦な表面を持ち、該平坦な表面に必要に応じて適宜の表面窪みが形成されているのに対して、図8〜図13に示す埋込材は、その断面における表面側の形状が上に凸の山形形状をなしている部分を少なくとも有していることを特徴とする。
例えば、図8に示す埋込材200は、全体としては箱形のものであるが、表面側は複数本(図では4本)の山形形状をなす凸条201が長手方向に並設した形状とされており、該4本の凸条201に直交するようにして複数本(図では3本)の凹状溝214が形成されている。そして、裏面側における前記凹状溝214に対応する位置には、上に凸である裏面溝211が凹状溝214と平行して形成され、該裏面溝211は埋込材200の側面200a、200bに両端を開放している。図示されないが、裏面溝211が形成されない部分には、従来の埋込材と同様に凹陥部が形成してあってもよい。なお、この裏面溝211は本発明でいう裏面窪みに相当する。
さらに、凹状溝214と裏面溝211を連通する貫通孔215が適数(図示のものでは4×3,計12個)、板厚方向に形成されているとともに、凸条201と凸条201との間の窪みにも表面から裏面に抜ける貫通孔215aが適数(図示のものでは中央の窪み部分にのみ計4個)形成されている。なお、前記凸条201と凸条201との間の窪みは本発明でいう表面窪みにも相当する。
埋込材200は、図1〜図7に示した埋込材10〜10Dと同様にして、トラス筋2を備えたプレキャストコンクリート板3上に所定の間隔で適数定着され、中空スラブ用基板Aが製造される。そして、該中空スラブ用基板Aを用いて図9に示すように所要の構築物における中空スラブが構築される。その際に、打設された現場打ちコンクリートCは、埋込材200に形成された貫通孔215及び215aを通して、該埋込材裏面の上に凸である裏面溝211の中に流れ込み、また、裏面溝211の開放端からも現場打ちコンクリートCは裏面溝内に流れ込むことは、図1〜図7に示した埋込材10〜10Dの場合と同様である。
さらに、上記の埋込材200を定着した中空スラブ用基板Aを用いて構築された中空スラブ構造においては、埋込材200の表面における山形形状をなす凸条201の上表面に形成される上部コンクリートシェル部分に床衝撃を受けて生じる振動は、該コンクリートシェル部分の凸条201の上表面に沿った曲面に沿って逸散減衰し、該コンクリートシェル部分に生じる撓みは従来の表面が平坦である埋込材と比較して小さくなる。それにより、中空スラブでの中空部の存在に関わる共振の発生は抑制され、中空スラブとしての遮音性能はさらに大きく向上する。
図10に示す埋込材200Aは、前記した埋込材200における山形形状をなす凸条201の裏面側も下に凸の山形形状をなす凸条250とし、かつ、凸条201と凸条201との間に表面から裏面に抜ける隙間251が形成されている点で、前記埋込材200と構成を異にしている。この埋込材200Aにおいても現場打ちコンクリートCが貫通孔215及び隙間251を通して裏面溝211の中に流れ込むことができるとともに、埋込材200Aを定着した中空スラブ用基板Aを用いて構築された中空スラブ構造において、埋込材200Aの表面における山形形状をなす凸条201の上表面に形成される上部コンクリートシェル部分に床衝撃を受けて生じる振動は、前記埋込材200の場合と同様に、該コンクリートシェル部分の凸条201の上表面に沿った曲面に沿って逸散減衰し、中空スラブでの中空部の存在に関わる共振の発生は抑制される。
図11に示す埋込材200Bは、全体として円筒状の筒体260を複数本(図での2本のものが示されるが、本数は任意である)、隣接して一体成形した形状のものであり、各筒体260には表面から裏面に貫通する貫通孔215が適数(図のものでは各3個)形成され、かつ、筒体260同士の接合面にも貫通孔215aが適数(図のものでは4個)形成されている。さらに、前記貫通孔215が形成されている箇所に対応する裏面側の位置には、筒体260の軸心線に直交する方向に、上に凸である裏面溝211が形成されていて、該裏面溝211は埋込材200Bの側面200a、200bに両端を開放している。この埋込材200Bにおいても、前記した埋込材200あるいは200Aと同様の機能が奏されることは説明を要しないであろう。
図12に示す埋込材200Cは、一本の円筒状の筒体260に表面から裏面に貫通する貫通孔215を適数(図のものでは各3個)形成し、かつ、前記貫通孔215が形成されている箇所に対応する裏面側に、筒体260の軸心線に直交する方向に、上に凸である裏面溝211を形成している。図13に示す埋込材200Dは、筒体260の断面形状が円形ではなく、楕円形状である点で図12に示す埋込材200Cと相違しており、他の形状は同じである。これらの埋込材の場合にも、前記した埋込材200あるいは200Aと同様にして、トラス筋2を備えたプレキャストコンクリート板3上に所定の間隔で適数定着されて中空スラブ用基板Aが製造されること、そして、該中空スラブ用基板Aを用いて構築される中空スラブにおいて、これらの埋込材は上記した他の埋込材と同様の機能を奏することができることは説明を要しないであろう。
次に、上記した本発明による埋込材を定着した中空スラブ用基板Aを用いて実際の建物の中空スラブを構築する場合の一例を説明する。図14は集合住宅の間取りの一例を示す平面図であり、図15はそのスラブ素面図であって、現場打ちコンクリートCを打設する前の状態を示している。先に図17に基づいて説明したように、躯体の梁(図14、図15には示されない)間に中空スラブ用基板Aが所要枚数(この例では、図15に示すように5枚、A1〜A5)載架され、その上に、現場打ちコンクリートが打設されて中空スラブ構造とされた後、図14に示すような間取りで居住空間が構築される。
図14に示す例では、居間兼食事室と和室とがベランダ側にあり、その内側に、洋室1と台所があり、さらにその内側(共同廊下側)に、洋室2と浴室、洗面脱衣室、玄関などが配置されている。上記のような居住空間において、居間兼食事室、洋室、和室などの居住室は、子供のとびはね、走り回る音などにより、通常の生活状態において高い床衝撃音の発生が予測される領域ということができ、一方、台所、浴室、洗面脱衣室、玄関などの非居住室は、居間兼食事室、洋室、和室などと比較して、高い床衝撃音が生じにくい領域ということができる。
そこで、居間兼食事室と和室となる領域に取り付けられる中空スラブ用基板A1及びA2としては、本発明による中空率を低減できる埋込材(10〜10D、200〜200D)(ハッチングで示される)のいずれかをプレキャストコンクリート板3上の全面に定着したものを用い、遮音性能の確保を図る。他方、残りの中空スラブ用基板A3〜A5としては、洋室1と洋室2となる領域及びその近傍に、本発明による中空率を低減できる埋込材(10〜10D、200〜200D)(ハッチングで示される)のいずれかを定着し、他の領域(台所、浴室、洗面脱衣室、玄関などとなる非居住室部分)には従来公知の中空率を低減できる手段を講じていない埋込材を定着した中空スラブ用基板を用いることにより、部分的に遮音性能を確保すると共に、必要な中空率をも確保するようにする。
なお、図示しないが、浴室、便所、洗面脱衣室など配水管を横引いて設置することが必要となる部分は、大きな床ふところを必要とする場所であることから、その領域には埋込材そのものを配置しないで現場打ちコンクリートを打設するようにしてもよい。これにより、住宅の床仕上面を住戸内にわたって平滑なものとすることができ、高齢者の安全又は車椅子の利用の便のために住宅の床仕上面の高低差を解消することができる。
A…中空スラブ用基板、C…現場打ちコンクリート、3…プレキャストコンクリート板(PCa板)、10〜10D、200〜200D…埋込材、11、12…埋込材の裏面側に形成した上に凸でありかつ側面方向に開放した溝(裏面窪み)、13、14…埋込材の表面側に形成した凹溝(表面窪み)、15…裏面の窪みに下端を連通する貫通孔、50…埋込材支持具