JP3867931B2 - 液状フィブリノゲン製剤 - Google Patents

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【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は2成分製剤として存在する組織接着剤の構成成分であるフィブリノゲン含有製剤に関する。より詳細には、溶液状態で保存が可能な液状フィブリノゲン製剤に関する。
【0002】
【従来技術および発明が解決しようとする問題点】
繊維素原(フィブリノゲン)は、いわゆる凝固カスケードの最終段階に存在する非常に重要な凝固因子である。フィブリノゲンは、例えば損傷後の凝固系の活性化において、トロンビンによりその可溶性形態から止血および損傷治癒に重要な寄与をする不溶性のフィブリンに変換される。
【0003】
フィブリノゲンは止血および創傷治癒に対して重要性を有し、例えば敗血症における汎発性血管内凝固症候群(DIC)のような血液凝固因子の消費反応、あるいは先天性および後天性のフィブリノゲン欠乏症における補充療法で静脈投与製剤として臨床的に使用され、血液中のフィブリノゲン濃度を高めることによって重篤な出血を阻止する。さらに、近年、フィブリノゲンはトロンビンと混合させることにより、外科手術において肝臓または脾臓のような軟部器官の縫合代用の接着剤として、または縫合補助剤として使用されていると同時に、幅広い臨床の現場で応用されている。
【0004】
日本国特許公報 昭和63-40546号の特許請求の範囲並びに発明の詳細な説明の記載により明らかにされているように、フィブリノゲンおよび血液凝固第XIII因子(第XIII因子)を含有する組織接着剤の製造方法が公知であり、この方法の場合には、フィブリノゲンと第XIII因子および場合によってはアルブミンとの特定の濃度比が調整され、そして凍結乾燥される。凍結乾燥されたフィブリノゲンもしくはフィブリノゲンを高い割合で含有する血漿蛋白質混合物の凍結乾燥物は、溶解液による再構成の際、高められた温度においてのみ徐々に再溶解することが知られている。
【0005】
フィブリン接着剤としての接着作用を十分に得るためには、フィブリノゲンをできるだけ高濃度に、少なくとも凝固しうるフィブリノゲン濃度として6%(w/v)以上に溶解させることが必要であり、凝固しうるフィブリノゲン濃度は高濃度であるほど有利である。ところが、このような高濃度フィブリノゲン溶液をフィブリノゲン凍結乾燥物から調製するには時間を要し、緊急使用に対応できない。さらに、フィブリノゲン凍結乾燥物の溶解操作に要した時間が長くなった場合は患者に悪影響を及ぼすことも危惧される。
【0006】
そこで、日本国特許公報 昭和63-40547号には上述の組成のフィブリノゲン溶液を低温氷結して安定性を高めようとする技術が開示されている。さらに、高濃度のフィブリノゲンを含有する製剤を供するために、フィブリノゲンの溶解性を上昇させる溶媒に着目し、種々のフィブリノゲン溶解促進剤を添加した6〜10%(w/v)のフィブリノゲン溶液を調製し、凍結状態で保存し、用時に融解して使用する技術が開発されている(日本国公開特許公報 昭和57-149229号)。
ところが、上述の凍結製剤は凍結乾燥製剤に比較して使用時の利便性は向上したとはいえ、用時融解に際して時間を要する点、さらに、凍結状態で保存するための設備を必要とする点等、なお問題を含むものであった。
【0007】
このような状況下、本発明の課題は、組織接着剤の構成成分として、また、さらには静脈投与を想定したフィブリノゲン濃厚物として、緊急使用に対応できるように、凍結を避けた低温保存条件下において、溶液状態で安定に保存されうるフィブリノゲンを主成分とする製剤を調製することである。
【0008】
上記課題の中で最も問題となるのは、フィブリノゲン溶液、特に高濃度のフィブリノゲン溶液が、凍結を避けた低温保存条件下において、フィブリノゲンの重合によりゲル化する点である(表1参照のこと、表1はpH7.0の0.02Mクエン酸緩衝液で希釈された各種濃度のフィブリノゲン溶液の4℃保存での経時的性状変化を示す。)。このゲル化は、37℃前後の高められた温度で加温することにより溶液状態に復帰する可逆的な変化であるが、加温操作に長時間を要するとともに得られた溶液が大きな粘性増加を生じるという不利益を伴う。
【0009】
【表1】
Figure 0003867931
【0010】
また、組織接着剤の構成成分として使用されるフィブリノゲン溶液は、患部に塗布される際、一旦注射器のような塗布用装置中に移されるが、移し換え等の操作に手間がかかり、さらに移し換える間に細菌汚染が起こる可能性もある。
【0011】
【課題を解決するための手段】
そこで、本願発明者等は上述の諸問題に鑑み鋭意検討した結果、フィブリノゲン溶液にアルギニンを代表とするグアニジノ基を有する物質を共存させると、低温保存時にゲル化を伴わずフィブリノゲンを安定に保つ効果を生じる知見を得、さらに、注射器を利用した塗布用装置中にあらかじめ無菌的にフィブリノゲン溶液を分注し、低温下に保存することが有用であることを見出し、10℃以下の凍結を避けた低温保存条件下において溶液状態で安定にしかも簡便性を伴って保存されうるフィブリノゲン製剤を提供する本発明を完成した。
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
【0012】
本発明の溶液状態で安定に保存されるフィブリノゲン製剤は好適な緩衝液、例えば0.45M塩化ナトリウムを含むpH7.0の0.02Mクエン酸緩衝液中の6%(w/v)以上の濃度のフィブリノゲン溶液にグアニジノ基を有する物質を含有することを大きな特徴とする。ここでいうグアニジノ基を有する物質とは特に限定されるものではないが、とりわけ、アルギニン、グアニジン等が好ましい態様であり、これらは単独であるいは組み合わせて添加することができる。また、添加量は0.1〜2.0Mの濃度が好ましく、0.2〜1.0Mの濃度での添加は最適な態様である。これらの添加剤の作用機序については、なお、検討の余地が残っているが、おそらくフィブリノゲンの溶解性を上昇させてゲル化(フィブリノゲンの自己会合)を妨げているものと推定される。また、これらの添加剤によりフィブリノゲン溶液の動粘度を低下させ得ることも明らかになった。
【0013】
なお、本発明に係る製剤の主成分であるフィブリノゲンは公知の方法で調製される。そのようなものとして、例えば冷エタノール沈澱法にグリシンによるフィブリノゲンの溶解度低下効果を組み合わせた方法(Blomback,B. and Blomback,M., Arkiv Kemi, 10,p.415〜443,(1956))およびグリシンを単独で使用するグリシン沈澱法(Kazal,L.A., et al., Proc.Soc.Exp.Biol.Med.,113,p.989〜994,(1963))等が報告されている。
【0014】
本発明のフィブリノゲン製剤は、さらにフィブリンゲル-マトリックス内の架橋形成および線溶阻害の目的で付加的に血液凝固第XIII因子およびアプロチニンを各々20〜100単位/ml、1,000〜5,000KIE/mlの濃度で含有することができる。また、組織接着剤の構成成分として本発明のフィブリノゲン溶液が使用される際は、溶液の粘性が高く患部から垂れ流れない方が有利である場合もあるため、その他にグリセロールを代表とする増粘剤が添加され得る。この場合の増粘剤の添加量は1〜50%(v/v)の濃度域で適宜調整することができるが、25%(v/v)の濃度での添加が実際的である。
本発明に係る添加剤並びに付加的な添加剤の添加工程の順序については、最終製剤中に上記諸添加剤が所定の濃度で含有されるものであれば特別な制約はないが、例えば、夾雑ウイルスの不活性化のための凍結乾燥加熱後の再溶解後の最終溶液調製時の添加は好ましい態様である。
【0015】
上記溶液組成において、フィブリノゲン溶液は10℃以下の凍結を避けた低温保存条件下において溶液状態で安定に保存されうる。そのような温度は、低温保存製剤にとっては、習慣的には冷蔵庫の温度である4℃付近である。
【0016】
さらに、この液状フィブリノゲン製剤は注射器を利用した塗布用装置中にあらかじめ分注され使用することもできる。本発明のフィブリノゲン溶液を無菌濾過後、滅菌済みの注射器に分注し、先端をキャップしておくことにより臨床使用時に製剤を他の容器に移し換えることなく、直接使用することができる。この際の注射器はその利便性の観点からポリプロピレン等の合成樹脂性のものが好適に使用され得る。
【0017】
また、本発明の上記液状フィブリノゲン製剤は、単独で使用されるのみならず、トロンビンを主成分とする成分と組み合わせることにより、ヒトおよび動物組織の生物学的接着剤を構成し、幅広い臨床の現場で応用される。
【0018】
本発明はさらに、フィブリノゲンを主成分とする凍結乾燥粉末または沈澱を、グアニジノ基を有する物質、好ましくはアルギニンを含有する溶解液で可溶化し、高濃度フィブリノゲン溶液の無菌濾過に代表される濾過性を向上させることを特徴とする、フィブリノゲン製剤の製法を提供する。アルギニンに代表される物質を添加することにより、フィブリノゲン溶液の動粘度が低下し、従来困難であった製造工程の最終段階における高濃度フィブリノゲン溶液の無菌濾過を可能とする濾過性の向上効果が得られることが明らかとなった。
【0019】
本発明の液状フィブリノゲン製剤は、異常毒性否定試験および筋肉障害性試験によってその安全性が確認されたが、いずれも問題視され得る毒性は観察されなかった。なお、異常毒性否定試験は、厚生省告示"生物学的製剤基準"に収載の一般試験法異常毒性否定試験法1を準用して実施し、筋肉障害性試験は、ウサギの仙棘筋内に検体を注射し、経時的に肉眼的観察および病理組織学的観察を行なう方法で実施した。
【0020】
【発明の効果】
本発明の利点は、フィブリノゲン製剤が溶解操作等を必要とせず、さらに注射器等への移し換えを要しない注射器分注という形態をも可能とし、緊急時に直ちに使用できる状態にある液状フィブリノゲン製剤を提供し得ることである。
【0021】
以下に、試験例並びに実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例に何等限定されるものではない。
【0022】
【実施例】
試験例1
0.45M塩化ナトリウムを含むpH7.0の0.02Mクエン酸緩衝液に、8%(w/v)濃度で溶解されたフィブリノゲン溶液に対し、各種濃度のアルギニンが添加され、4℃の温度で経時的に安定性が試験された。安定性は、保存した検体の目視による状態判定、ならびに10ヶ月後までの6点の保存期間におけるpH、凝固性蛋白質純度、およびトロンビン添加後の接着力を保存前(対照)の値と比較することによって評価された。
凝固性蛋白質純度は、厚生省告示"生物学的製剤基準"収載の、乾燥人フィブリノゲン小分製品の試験である凝固性蛋白質含量及び純度試験に従って測定した。接着力については、プラスチック板にフィブリノゲン溶液とカルシウム塩を加えたトロンビン溶液を、それぞれ0.02ml/cm2ずつ順番に重層塗布し、もう一枚のプラスチック板を密着してフィブリンゲルを形成させ、1時間後にそのプラスチック板を引き剥すのに必要な力(g/cm2)をバネバカリで測定し、フィブリンゲルの接着能とした。
【0023】
その結果は表2(フィブリノゲン溶液を4℃保存した際の経時的性状変化のアルギニン濃度依存性)、表3(フィブリノゲン溶液を4℃保存した際のpHの経時的測定値)、表4(フィブリノゲン溶液を4℃保存した際の凝固性蛋白質純度の経時的測定値)、および表5(フィブリノゲン溶液を4℃保存した際の接着力の経時的測定値)のとおりである。アルギニンの添加は0.1M以上の濃度で4℃保存でのフィブリノゲン溶液のゲル化抑制効果を発揮し、より高濃度(好ましくは0.2M以上の濃度)のアルギニンの添加で18ヶ月以上の長期にわたり有効であった。pHおよび凝固性蛋白質純度については、試験したいずれのアルギニン濃度についても保存中の経時的変化は認められなかったが、アルギニン非添加検体の接着力は経時的に有意な低下傾向を示した。その接着力の低下はアルギニンの添加により抑制され、特に0.1〜0.5Mアルギニン添加検体では長期にわたり好ましい接着力を保持し得ることが判明した。
【0024】
【表2】
Figure 0003867931
【0025】
【表3】
Figure 0003867931
【0026】
【表4】
Figure 0003867931
【0027】
【表5】
Figure 0003867931
【0028】
試験例2
0.45M塩化ナトリウムを含むpH7.0の0.02Mクエン酸緩衝液に8%(w/v)濃度で溶解されたフィブリノゲン溶液に対し、各種濃度のグアニジンが添加され、4℃の温度で経時的に安定性が試験された。安定性は、保存した検体の目視による状態判定によって評価された。その結果は表6(フィブリノゲン溶液を4℃保存した際の経時的性状変化のグアニジン濃度依存性)のとおりであり、グアニジンについてもアルギニン同様、フィブリノゲン溶液のゲル化抑制効果が認められた。
【0029】
【表6】
Figure 0003867931
【0030】
試験例3
0.45M塩化ナトリウムを含むpH7.0の0.02Mクエン酸緩衝液に、8%(w/v)濃度で溶解されたフィブリノゲン溶液に対し、各種濃度のアルギニンが添加され、室温での濾過性が試験されるとともに、37℃での動粘度(cSt)が測定された。濾過性はMILLEX-GV(商品名:ミリポアー社)0.22μmフィルターを通過させることができた液量で評価された。図1に示すように、 フィブリノゲン溶液の動粘度はアルギニンの添加により低下し、それに対応して濾過量はアルギニン濃度依存的に増加した。
【0031】
実施例1
クエン酸塩血漿から得られた寒冷沈澱物を可溶化し1.5Mグリシン溶液を用いて沈澱させたフィブリノゲン沈澱を0.15M塩化ナトリウムを含むpH8.0の0.025Mクエン酸緩衝液に37℃で溶解させた。このフィブリノゲン溶液を−2℃に冷却した後、8%(v/v)エタノールを添加し沈澱を回収した。得られた沈澱を0.3M塩化ナトリウム、0.5Mアルギニンおよび3,000KIE/mlアプロチニンを含むpH7.0の0.02Mクエン酸緩衝液に37℃で溶解させた。溶解しなかった部分は遠心分離して除去した。フィブリノゲン濃度を約8%(w/v)に調整した後、無菌濾過し、容器に分注した。
【0032】
実施例2
クエン酸塩血漿から得られた寒冷沈澱物を可溶化し1.5Mグリシン溶液を用いて沈澱させたフィブリノゲン沈澱を0.15M塩化ナトリウムを含むpH8.0の0.025Mクエン酸緩衝液に37℃で溶解させた。このフィブリノゲン溶液を−2℃に冷却した後8%(v/v)エタノールを添加し沈澱を回収した。得られた沈澱を0.075M塩化ナトリウムを含むpH7.0の5mMクエン酸緩衝液に37℃で溶解させた。フィブリノゲン濃度を約2%(w/v)に調整した後、フィブリノゲン溶液1mlあたり25単位の第XIII因子が添加された。この溶液を無菌濾過し、凍結乾燥およびそれに続く乾燥加熱処理を行なった後、得られた凍結乾燥粉末を0.5Mアルギニンおよび3,000KIE/mlアプロチニンを含むpH7.0の溶液でフィブリノゲン濃度約8%(w/v)となるように可溶化した。この溶液を無菌濾過し、滅菌済みのポリプロピレン製5ml容注射器に3ml分注し先端にキャップを付け、注射器入りの液状フィブリノゲン製剤を得た。
【0033】
実施例3
実施例2と同様にして得られた8%(w/v)濃度の液状フィブリノゲン中に各種濃度のグリセロールを添加することにより、添加濃度に依存して高い動粘度(cSt)が得られた。特に25%(v/v)のグリセロールを添加することにより、非添加に比べ有意に高い動粘度が得られた。その結果は表7-A(0.5Mアルギニンを含む8%フィブリノゲン溶液の粘性に及ぼすグリセロールの影響)のとおりである。
また、この粘性の増加がフィブリノゲン溶液の適用部位での有効量に反映することは、以下の測定により確認された。ブタ肉片(6×6cm、厚さ2mm)の中心に直径2cmの円形のマーキングを施し、30度の傾斜の斜面上に置く。ブタ肉片上の直径2cmの円に対して0.6mlのフィブリノゲン溶液(各種濃度のグリセロールを含有)を塗布し、塗布開始から10秒後までに流れ落ちた液量を測定し、その値と塗布容量との差からブタ肉片上のフィブリノゲン溶液の有効量を求め、塗布容量に対するパーセンテージ(%)で表した。その結果は表7-B(0.5Mアルギニンを含む8%フィブリノゲン溶液の組織上での有効量に及ぼすグリセロールの影響)のとおりである。
このようにグリセロールを添加することにより、組織接着剤の構成成分として使用される際に適用患部から垂れ流れにくいフィブリノゲン溶液が得られた。
【0034】
【表7】
Figure 0003867931

【図面の簡単な説明】
【図1】 アルギニンの添加による濾過性並びに動粘度の変化を示す図である。

Claims (4)

  1. フィブリノゲンを主成分とし、アルギニンおよびグアニジンより選択されるグアニジノ基を有する物質を0.2〜1.0Mの濃度で含有することを特徴とする、10℃以下の凍結を避けた低温保存条件下においてフィブリノゲンのゲル化を抑制し溶液状態で保存され得る液状フィブリノゲン製剤。
  2. 付加的に血液凝固第XIII因子およびアプロチニンを含有する請求項1に記載の液状フィブリノゲン製剤。
  3. トロンビンを主成分とする成分と組み合わせることにより、ヒトおよび動物組織の生物学的接着剤を構成することを特徴とする請求項1ないし請求項2のいずれかに記載の液状フィブリノゲン製剤。
  4. 注射器を利用した塗布用装置中にあらかじめ分注されることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の液状フィブリノゲン製剤。
    以上
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