JP3765277B2 - マルテンサイト系ステンレス鋼片および鋼管の製造方法 - Google Patents

マルテンサイト系ステンレス鋼片および鋼管の製造方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明が属する技術分野】
本発明はマルテンサイト系ステンレスの鋼材、とくに炭酸ガスおよび微量の硫化水素を含有する石油の掘削井戸に用いて、すぐれた耐食性と強度を有する鋼片および継目無鋼管の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年の石油や天然ガスの採掘は、腐食環境の厳しいものが増加しているが、このような条件下で用いる油井用管にマルテンサイト系ステンレス鋼の鋼管があり、APIではL80−13Cr鋼管(最小降伏強度551MPa(80ksi)以上)が規格化されている。この鋼管は天然ガス井などの湿潤炭酸ガス腐食環境にすぐれた耐食性を示すので、腐食減肉が抑制されて使用期間を大幅に延長でき、採掘のコストダウンに寄与することから、需要が増加しつつある。
【0003】
使用環境がより厳しくなって、このような鋼管の耐食性の向上が要望されると共に、深井戸に対応してより強度の高い鋼管が必要となる。また、このような環境で用いられる鋼管の継手などの鋼材においても、同様な耐食性や強度が要求される。その上、これらの鋼材に対しさらなるコストの低減も要求されている。
【0004】
強度の高いマルテンサイト系ステンレス鋼にて鋼管などを製造する際に、加工後放置しておくと亀裂が生じる置き割れといわれる現象があり、従来から、冷間や熱間でおこなわれる管端部のスエージ加工において、顕著に現れることが知られていた。
【0005】
たとえば特開平9-111345号公報には、質量%にてCは0.05%以下、Crは11〜17%、Niは1.5〜7.0%、Nは.01〜0.1%を含むマルテンサイト系ステンレス鋼油井管に関し、マルテンサイト化した鋼管の管端部をスエージ加工した後に生じる割れを抑止する手段として、鋳造直前における水素含有量を0.00025質量%以下とし冷間加工するか、その水素含有量を0.00055質量%以下として、550℃以上の温度域に加熱して熱間加工する方法の発明が開示されている。
【0006】
しかしながら、目的とする強度が高くなると、鋼管を製造するための素材としての熱間圧延した後の鋼片において置き割れ発生したり、熱間圧延して得られたままの鋼管などにおいても同様な割れが生じるようになってきた。この置き割れは、遅れ破壊と同様な機構で発生するといわれており、以下この割れの発生を単に遅れ破壊と言うことにする。
【0007】
鋼の遅れ破壊は、引張応力の存在下微量の水素が関係して生じる。そして、鋼の強度が高くなるほどその発生の危険性が増し、マルテンサイト組織の鋼はとくにこの遅れ破壊の感受性が高いとされている。マルテンサイト系ステンレス鋼は、熱間加工後や焼準などの高温からの冷却が単なる放冷でもマルテンサイト組織化する。そして、鋼材または鋼管としてその製品に高い強度が要求されるものほど、マルテンサイト組織化直後の強度は高くなる。このため、従来あまり問題とならなかった熱間圧延ままの鋼片や鋼管においても、冷却過程において導入された残留応力により割れが生じるようになったものと思われる。
【0008】
油井管など継目無鋼管は、鋳塊を熱間圧延して製造した鋼片すなわちビレットを素材として穿孔圧延など熱間加工により製造される。上述のように強度が高くなってくると、ビレットの段階でもこの遅れ破壊が発生するようになってきた。熱間圧延されたビレットが、常温近くまで冷却放置されることなく直ちに再加熱され、穿孔されるときはよいが、圧延後冷却され長時間放置される場合とか、このビレット、あるいはスラブ、ブルーム、シートバーなど、鋼片を用い切削加工などをおこなって部品や治具を作ろうとする場合、このような遅れ破壊が生じると、大幅な歩留まり低下をきたす。また、ビレットの段階で生じなくても、継目無鋼管や圧延鋼材に熱間加工した後に、割れが発生することは大きな問題である。
【0009】
前述の特開平9-111345号公報にも示されているように、鋼中の水素を低減することは遅れ破壊抑止に有効である。一般的な遅れ破壊の場合、この鋼中の水素は、常温で長期にわたる使用の間の湿気などによる鋼の腐食にともない侵入するとされている。これに対し、鋼材の製造時に生じる遅れ破壊に関係する水素は、溶鋼の段階にて混入してきたものであると考えられる。
【0010】
通常、溶鋼の段階から存在する水素は、鋼塊や鋳片に凝固後、またはその後の加工工程において割れや欠陥の原因になるので、一般的には脱水素処理として▲1▼溶鋼の脱ガス、▲2▼凝固後の鋼塊や鋳片あるいはビレットなど鋼片の高温からの徐冷、▲3▼熱処理途中での処理などが施される。
【0011】
しかしながら、遅れ破壊を引き起こすとされる鋼中の水素の量は、上述の処理が対象とする量よりもはるかに低いレベルにある。そして、そのレベルにまで低減しようとすれば、▲1▼の溶鋼処理ではとくに水素を対象とした生産性の低い脱ガス処理法を採用しなければならず、▲2▼のビレットなどの高温からの徐冷では、十分な時間をかけてゆっくりと冷却しなければならない。▲3▼の熱処理途中の処理では十分な低減は困難である。
【0012】
このように、強度の高いマルテンサイト系ステンレス鋼の鋼材や鋼管の、その製造過程におけ遅れ破壊の抑止方法の実施は、いずれも製造コストを上昇させ、製造工程を大幅に増大させる。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、鋼中の水素量をとくに低減させることなく、熱間加工あるいは冷間加工後の遅れ破壊を抑止した、マルテンサイト系ステンレス鋼の鋼片および鋼管の製造方法の提供にある。
【0014】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、マルテンサイト系ステンレス鋼に関し、とくに油井管として適用する場合の、耐食性や強度を向上させ、しかも靱性のすぐれた鋼管を得るための検討を種々おこなってきた。
【0015】
鋼の特性は、組成や焼入れ焼戻しの熱処理条件を適宜選定することにより、強度が高く靱性の良好なものにすることができる。しかし、鋼の強度が高くなるにしたがって、鋼管製造のための素材となる熱間圧延後の鋼片、穿孔および圧延をおこなった熱間加工後の継目無鋼管、および管端を冷間加工した鋼管などにおいて、加工後しばらく放置した後に割れが発生する遅れ破壊現象が多発するという問題が生じてきた。
【0016】
これに対し、VOD(Vacuum Oxygen Decarburization)法を用いて、溶鋼の脱ガスを十分おこなうことや、ビレットの冷却を高温より48時間から96時間ないしはそれ以上の時間をかけてゆっくり冷却することなど、とくに水素を低減する手段を講じることが、この遅れ破壊の抑止に効果のあることがわかった。しかしながらこれらの方法は、生産性が低く製造コストが増大するばかりでなく、遅れ破壊を完全に抑止できるまでには至らないこともある。
【0017】
ところが、これらの製造条件を種々検討する中で、高温からの温度降下を放冷に近い条件として制御して冷却し、所要の強度とした場合、靱性がすぐれているばかりでなく、水素含有量をとくに低減しなくても、またビレットの徐冷処理をおこなわなくても、遅れ破壊を生じない鋼片や鋼管のあることがわかってきた。そのときの水素含有量は、広くステンレス鋼に適用されているAOD(Argon Oxygen Decarburization)法にて容易に到達しうるレベルであり、ビレットなどの高温からの冷却も放冷で十分であった。
【0018】
それらの鋼片や鋼管を詳細に調べてみると、CおよびNの含有量が特定の範囲内にあり、金属組織は結晶粒が小さく、とくにマルテンサイト相が主であるが微細なオーステナイト相が残留していることが見出された。このような組織が遅れ破壊を抑止した理由はかならずしも明らかではないが、微細な残留オーステナイトや残留オーステナイトとマルテンサイトとの界面が、水素のトラップサイトになっている可能性がある。
【0019】
遅れ破壊は、引張応力が負荷された鋼中を水素が拡散するとき、より安定な状態になる微少欠陥などの特定部位に凝集してその近傍を脆化させ、これが亀裂のの起点となり、割れが伝搬して発生するといわれている。したがって、水素が捕捉される上記のトラップサイトのようなものが鋼中に多く存在すれば、そこに水素が留められ、拡散して破壊の起点となる特定部位へ凝集していく水素の量が減少して、亀裂の起点になるほどの量には達しなくなるものと考えられる。この捕捉された水素は、室温近傍ではほとんど拡散しないか、ゆっくり離脱して、やがては鋼の外へ排出されてしまう。
【0020】
マルテンサイト相内に分散する微細な残留オーステナイトは、高温から急冷した場合には形成されない。ところが、放冷またはそれに近い冷却、あるいはそれよりゆっくりした冷却をおこなえば、このような残留オーステナイトが現れる。この理由は、次のように考えられる。
【0021】
マルテンサイト系ステンレス鋼のマルテンサイト変態の開始点すなわちM点は、350℃近傍にある。熱間加工を終えた鋼を放冷した場合、オーステナイト相安定化元素であるCrを多く含むため、オーステナイト相のまま、このM点まで温度が降下してくる。M点近傍では、かなりゆっくりした冷却になっており、温度が降下すればさらに冷却速度は低下するが、マルテンサイト相の生成量は温度によって決まり、時間には関係しない。温度がM点を下回った時点で変態が開始され、マルテンサイト相は温度低下にしたがって拡大していく。
【0022】
一方、炭素や窒素の固溶限は、マルテンサイト相よりオーステナイト相の方がはるかに大きいので、ゆっくりとしたマルテンサイト相への変態の間に、固溶している炭素や窒素は拡散してオーステナイト相への濃化が進行する。急速に冷却された場合には、このような濃化は生じない。炭素や窒素の濃化につれてオーステナイト相はより安定化し、そのマルテンサイト化が終了する温度、すなわちM点は次第に低下していき、ついには変態できずに小さくなったオーステナイト相が残ってしまい、残留オーステナイトが分散したマルテンサイト相となる。
【0023】
炭素および窒素は、いずれもオーステナイト相を安定化させる元素であり、上述のようにして残留オーステナイトが形成されるためには、適量の存在が必要と考えられる。
【0024】
残留オーステナイトは、その大きさが小さいものほど、遅れ破壊の発生を抑止する効果が大きい。これは、同じ体積率の残留オーステナイトであれば、小さく均一に分散しているほど拡散する水素を留める効果が大きいためと思われる。この残留オーステナイトを微細にするには、Ti、NbおよびVの炭窒化物形成元素の適量添加が有効であった。これらの元素の添加により、オーステナイト粒径が小さくなり、その結果として残留オーステナイトが微細化したためと思われる。結晶粒を微細化させることは、靱性の向上効果もある。
【0025】
以上の知見に基づき、より安定して遅れ破壊の発生を抑止できる化学組成範囲および熱履歴条件、とくに高温からの冷却条件の限界等を明確にして本発明を完成させた。本発明の要旨は次のとおりである。
【0026】
(1)アルゴン酸素脱炭精錬法(AOD法)により精錬し溶製した、質量%でC:0.01〜0.1%、N:0.09%未満、ただしCとNの合計量:0.03〜0.1%、Si:0.05〜1%、Mn:0.05〜1.5%、Cr:9〜15%、P:0.03%以下、S:0.01%以下、Ni:0.1%以上3.0%未満、Al:0.0005〜0.05%、H:0.0010%以下、ならびにTi:0.005〜0.5%、V:0.005〜0.5%およびNb:0.005〜0.5%のうちの1種以上を含有し、残部はFeおよび不純物からなる鋼を熱間加工する際に、仕上げ加工後の冷却における400℃から150℃までの温度域を15℃/min以下の平均冷却速度にて冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼片の製造方法。
【0027】
(2)アルゴン酸素脱炭精錬法(AOD法)により精錬し溶製した、質量%でC:0.01〜0.1%、N:0.09%未満、ただしCとNの合計量:0.03〜0.1%、Si:0.05〜1%、Mn:0.05〜1.5%、Cr:9〜15%、P:0.03%以下、S:0.01%以下、Ni:0.1%以上3.0%未満、Al:0.0005〜0.05%、H:0.0010%以下、ならびにTi:0.005〜0.5%、V:0.005〜0.5%およびNb:0.005〜0.5%のうちの1種以上と、さらに、Mo:0.05〜3.0%およびCu:0.05〜3.0%の一方また両方を含有し、残部はFeおよび不純物からなる鋼を熱間加工する際に、仕上げ加工後の冷却における400℃から150℃までの温度域を15℃/min以下の平均冷却速度にて冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼片の製造方法。
【0028】
(3)アルゴン酸素脱炭精錬法(AOD法)により精錬し溶製した、質量%でC:0.01〜0.1%、N:0.09%未満、ただしCとNの合計量:0.03〜0.1%、Si:0.05〜1%、Mn:0.05〜1.5%、Cr:9〜15%、P:0.03%以下、S:0.01%以下、Ni:0.1%以上3.0%未満、Al:0.0005〜0.05%、H:0.0010%以下、ならびにTi:0.005〜0.5%、V:0.005〜0.5%およびNb:0.005〜0.5%のうちの1種以上と、B:0.0002〜0.005%、Ca:0.0003〜0.005%およびMg:0.0003〜0.005%のうちの1種以上とを含有し、残部はFeおよび不純物からなる鋼を熱間加工する際に、仕上げ加工後の冷却における400℃から150℃までの温度域を15℃/min以下の平均冷却速度にて冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼片の製造方法。
【0029】
(4)アルゴン酸素脱炭精錬法(AOD法)により精錬し溶製した、質量%でC:0.01〜0.1%、N:0.09%未満、ただしCとNの合計量:0.03〜0.1%、Si:0.05〜1%、Mn:0.05〜1.5%、Cr:9〜15%、P:0.03%以下、S:0.01%以下、Ni:0.1%以上3.0%未満、Al:0.0005〜0.05%、H:0.0010%以下、ならびにTi:0.005〜0.5%、V:0.005〜0.5%およびNb:0.005〜0.5%のうちの1種以上、さらに、Mo:0.05〜3.0%およびCu:0.05〜3.0%の一方また両方と、B:0.0002〜0.005%、Ca:0.0003〜0.005%およびMg:0.0003〜0.005%のうちの1種以上とを含有し、残部はFeおよび不純物からなる鋼を熱間加工する際に、仕上げ加工後の冷却における400℃から150℃までの温度域を15℃/min以下の平均冷却速度にて冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼片の製造方法。
【0030】
(5)上記(1)、(2)、(3)または(4)のいずれかに記載の組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼片を用い、熱間加工して継目無鋼管とする際に、仕上げ加工後の冷却における400℃から150℃までの温度域を15℃/min以下の平均冷却速度にて冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法。
【0031】
【発明の実施の形態】
本発明の方法にて鋼の化学組成を限定するのは以下の理由による。含有量はいずれも質量%である。
【0032】
C:0.01〜0.1%
Cはマルテンサイト相の形成に必要であり、鋼の強度を決定する重要な元素である。また、オーステナイトを安定化させる元素であり、放冷またはそれ以下の速度で冷却したときに、微細な残留オーステナイトを形成させる。このような効果を得るには0.01%以上含有させる必要がある。一方、0.1%を超える含有は、強度が高くなりすぎて遅れ破壊が発生しやすくなり、耐食性の低下や、靱性の劣化をきたすようになる。より好ましいのは0.02〜0.08%とすることである。
【0033】
N:0.09%以下
Nは含有していなくてもよいが、鋼の溶製過程である程度の混入は避けがたい。しかし、オーステナイトを安定化させる元素であり、Cと同様比較的低温での拡散が容易であるので、微細な残留オーステナイトを形成させる効果がある。ただし、多くなりすぎると耐食性の低下や靱性の劣化をきたすので、0.09%以下とする。より望ましいのは0.08%以下である。
【0034】
CおよびNは、オーステナイトの安定化および微細な残留オーステナイトの形成に対しては同様な作用があり、両元素を合わせた量で管理するのが好ましい。すなわち、CとNの合計量が0.03%を下回る場合は、微細な残留オーステナイト形成が不十分となり、遅れ破壊を生じやすくなる。一方、CとNの合計量が0.1%を超えるようになると、靱性が低下してやはり遅れ破壊を生じやすくなり、その上耐食性も低下する。したがってCとNの合計量は0.03〜0.1%とするのがよい。
【0035】
Si:0.05〜1%
Siは、製鋼時の脱酸剤として必要である。その含有量が少なすぎて0.05%を下回ると十分な脱酸効果を確保できず、多すぎて1%を超えると靱性が低下する。より望ましいのは0.1〜0.35%である。
【0036】
Mn:0.05〜1.5%
Mnは脱酸剤であり、Sによる熱間加工性劣化を抑止する効果がある。また、高温でオーステナイト域を拡大させ、冷却時にマルテンサイトを安定して形成させる作用がある。含有量が0.05%未満ではこのような効果は得られず、1.5%を超えると耐食性が低下するので、0.05〜1.5%とする。より望ましいのは0.1〜1.0%である。
【0037】
P:0.03%以下
Pは原料から混入してくる不純物の一つで、鋼の靱性を劣化させるため少なければ少ないほどよい。0.03%以下であれば、その悪影響は顕著ではないが、好ましいのは0.02%以下である。
【0038】
S:0.01%以下
Sも原料から混入してくる不純物で、鋼の靱性、耐食性および熱間加工性を劣化させる。したがって、その含有量は少なければ少ないほどよいが、悪影響が顕著でない限度として0.01%以下とする。好ましいのは0.005%以下である。
【0039】
Cr:9〜15%
Crはマルテンサイト系ステンレス鋼としての、耐食性を確保するための必須含有元素である。含有量が9%を下回ると十分な耐食性が得られない。一方、15%を超えると、C量またはC+N量が0.1%以下では、高温加熱時にオーステナイト相の他にフェライト相が現れるようになり、冷却後に所要の強度が得られなくなる。したがって、Crの含有量は9〜15%とするが、より望ましいのは10.5〜13%である。
【0040】
Ni:0.1%以上3.0%未満
Niは高温加熱時のオーステナイト域拡大元素であり、冷却時に安定してマルテンサイトを形成させる効果のある元素である。その上、耐炭酸ガス腐食性を向上させる効果がある。0.1%未満ではこのような効果が十分得られないので、0.1%以上の含有が必要である。しかし、Niは高価な元素であり、含有量を増してもそのコスト上昇に見合う効果が不十分になるので、多くても3.0%未満とする。すなわち、Niの含有量は0.1以上3.0%未満とするが、より望ましいのは0.1〜2.0%である。
【0041】
Al:0.0005〜0.05%
Alは製鋼時の脱酸元素として添加され、その結果として鋼に含有される。ここでAlというのは酸可溶Alのことを意味する。このAlが0.0005%を下回る場合、脱酸不十分で鋳片としての健全性が確保できないおそれがある。しかし、0.05%を超える含有はその効果が飽和し、さらには靱性が低下するおそれがある。したがってその含有範囲を0.0005〜0.05%とするが、より望ましいのは0.005〜0.035%である。
【0042】
H:0.0010%以下
Hは製鋼段階から混入してくる元素であり、遅れ破壊の原因となるので、少なければ少ないほどよい。たとえば、VOD法により精錬をおこなえば、0.0002%以下に低減できるが、本発明の方法では、0.0010%以下であれば遅れ破壊は抑止され、0.0003%程度まで低減できれば十分である。好ましいのは0.0008%以下とすることである。
【0043】
Ti:0.005〜0.5%、V:0.005〜0.5%、Nb:0.005〜0.5%
Ti、VおよびNbは、いずれも炭化物や窒化物を形成して結晶粒を微細化させる作用があり、硫化水素を含む腐食環境における耐硫化物応力腐食割れ性を向上させる元素である。結晶粒の微細化は、靱性の向上や残留オーステナイトの微細分散に効果があり、耐遅れ破壊性を向上させる。このような効果を得るためには、これらの元素を1種以上含有させるのがよく、その場合の含有量はいずれの元素も0.005%以上とする必要がある。しかし、いずれの元素も、多く含有させすぎると鋼の靱性が劣化するので、0.5%以下とする。
【0044】
Cu:0.05〜3.0%、Mo:0.05〜3.0%
CuおよびMoは含有させなくてもよいが、いずれも硫化水素と塩素を含む炭酸ガスの腐食環境における耐食性を向上させる効果があり、鋼管の用途によって一方、または両方を含有させる。これらの元素は、オーステナイトを安定化させる効果もあり残留オーステナイトを増す作用がある。その含有による効果を発揮させるためには、いずれの元素も0.05%以上の量が必要である。またこれらの元素の添加による効果は、多く含有させても飽和してしまうので、3.0%以下とする。
【0045】
B:0.0002〜0.005%、Ca:0.0003〜0.005%、Mg:0.0003〜0.005%
B、CaおよびMgは含有させなくてもよいが、いずれも熱間加工性を向上させる元素で、鋼管成形時の疵発生抑止を要する場合1種以上含有させる。この効果を発揮させるためには、Bでは0.0002%以上、CaおよびMgでは0.0003%以上の含有が必要であるが、過剰に含有すると鋼の靱性が低下するので、いずれの元素も0.005%までとするのがよい。より望ましいのは、いずれの元素も0.0005〜0.002%の範囲とすることである。
【0046】
上述の鋼組成とするための溶鋼の精錬は、たとえばVOD法など溶鋼の真空処理を施せば、通常の製造方法でも遅れ破壊の発生のない量の、水素を0.0002%以下にまで低減される。これに対し本発明の方法では、水素の含有量の上限値が0.0010%でよく、広く利用されているAOD法などを用いれば、十分このレベルにまで低減できるので、コストを増大させる溶鋼の真空処理などは不要である。
【0047】
得られた鋼塊または鋳片から、熱間圧延により鋼片とするが、鋼片に圧延する方法は通常おこなわれる生産手段や条件を適用すればよい。しかし、圧延後常温にまで冷却する場合は、400℃から150℃までの温度域を15℃/min以下の平均冷却速度にて冷却する。放冷より速い速度で冷却すると、残留オーステナイトが形成されず、遅れ破壊が発生するおそれがある。圧延の仕上げ温度から400℃までの冷却は、どのような条件でも上述の残留オーステナイト形成には影響しないので、放冷するなど適宜選定すればよい。
【0048】
鋼片に熱間圧延後、次工程の熱間加工などのため150℃を下回る温度に冷却されることなくことなく再加熱される場合には、このような鋼片の熱間圧延後の冷却条件については、とくに限定するものではない。これは、150℃未満の温度にまで冷却されなければ、遅れ破壊は生じないからである。
【0049】
継目無鋼管は、鋼ビレットを用い、熱間加工にて穿孔、圧延、延伸等をおこなって製造される。その際のビレットから最終鋼管形状までの熱間加工方法については、従来おこなわれている方法を実施すればよい。たとえば、継目無鋼管の製造方式として、マンネスマン・マンドレルミル方式、マンネスマン・プラグミル方式、マンネスマン・ピルガーミル方式、マンネスマン・アッセルミル方式等があるが、いずれの方法でもよい。
【0050】
熱間加工をおこなうビレットは、その化学組成が本発明にて定める範囲であれば、本発明の方法にて製造されたビレット、あるいは鋳片から圧延さたのち常温にまで冷却されていない状態のビレットを用い、1260℃を超えない温度に加熱する。1260℃を超えて加熱すると、この時点でδフェライトが生成すると鋼管に加工後も残存し、その量に応じて強度が低下するだけでなく、靭性も低下するからである。加熱温度の下限は、低すぎると加工が困難になり加工途中での再加熱が必要となるので、1100℃以上とするのが望ましい。
【0051】
継目無鋼管の熱間加工の仕上げ温度は、850〜1150℃の温度範囲とするのが好ましい。これは1150℃を超えると結晶粒が粗大化して靭性が低下するおそれがあり、850℃を下回ると、加工が困難になるばかりでなく加工歪みが残存し、靭性が低下することがあるからである。
【0052】
熱間加工途中の温度低下のため、加工が困難になったり、仕上げ温度が上記範囲を確保できない場合、加工途中で再加熱してもよい。たとえば、レデューサーまたはサイザーなど最終の仕上げ加工をおこなう直前で再加熱をおこなうが、再加熱する場合は、900〜1200℃の温度範囲での再加熱が望ましい。900℃以下では仕上げ温度を確保できず、1200℃を超える温度では結晶粒径が粗大になるおそれがあるからである。
【0053】
熱間加工後の冷却における400℃から150℃までの温度範囲は、平均冷却速度15℃/min以下で冷却する。これは残留オーステナイトをマルテンサイト相中に微細に分散させ、かつ炭化物を微細に析出させるために必要である。この温度範囲での平均冷却速度が15℃/minを超えると、微細な残留オーステナイトおよび微細炭化物が得られない。この冷却速度は15℃/min以下であれば、いくら遅くしてもかまわないが、次工程や保温の必要などの点から遅くても0.5℃/minまでとするのがよい。400℃から150℃までの間を上記の冷却速度に制御するには、放冷で実現できれば望ましいが、要すれば断熱材による保持や、保温カバーなどを用いればよい。
【0054】
【実施例】
表1に示す組成の鋼をAOD法にて精錬溶製して、得られた鋳塊を加熱温度1250℃、圧延仕上げ温度1200℃として直径225mmまたは191mmの丸ビレットに熱間圧延した。
【0055】
【表1】
Figure 0003765277
【0056】
〔実施例1〕
熱間圧延後、鋼記号E、F、IおよびJを除くビレットにて、放冷してその温度低下を測定し、400℃から150℃までの冷却が15℃/minを十分下回っていることを確認してから、336時間(2週間)以上常温にて放置後、まず外面観察をおこなって割れの有無を調査し、次いでビレットの先端および後端にて、端部からビレットの直径よりやや大きい距離の位置にて切断し、切断面を研磨後割れ発生の有無を観察した。割れの発生状況を表2に示す。
【0057】
表2に示されるように、鋼記号A、C、GおよびHに割れの発生が認められたが、これらは、水素量の多すぎ(A、C)、Ti、VまたはNbが添加されていない(C、G)、C+N量が少なすぎまたは多すぎ(G、H)によると推定される。
【0058】
【表2】
Figure 0003765277
【0059】
〔実施例2〕
表1のGおよびHの鋼を除くビレットを用い、ビレットにて割れ発生のおそれのある鋼記号A、C、IおよびJについては、圧延後温度が150℃以下に低下しない間に再加熱して、いずれも1230℃に加熱後、傾斜ロール式穿孔機(マンネスマン・ピアサー)にて穿孔し、マンドレルミルで圧延後、1100℃に再加熱して、ストレッチレデューサーにて仕上げ、表3に示す寸法の鋼管とした。
【0060】
熱間加工後の冷却過程で、仕上げ温度から400℃までは空気の吹き付けをおこない、400℃から150℃までは保温カバーを用い平均冷却速度を制御した。なお、試番15〜19のEまたはFの鋼による鋼管は、比較のため、水冷による急冷または保温による徐冷をおこなった。この400℃から150℃までの平均冷却速度についても、表3に示す。
【0061】
得られた鋼管は、JIS12号Aの試験片を採取して引張強さを測定した。耐遅れ破壊性については、直径90mmの球頭を有する重さ150kgの錘を用い、錘の質量×落下高さにて249J(30kgf・m)のエネルギーとなる衝撃を、管の中心軸に垂直に加えて変形させ、その時点から変形部分を8時間毎に目視観察して割れ発生を検出し、割れ検出に至った時間で評価した。この場合、2週間(336時間)以上経過しても割れの発生がないものを、耐遅れ破壊性が良好な鋼管とした。これらの結果も併せて表3に示す。
【0062】
【表3】
Figure 0003765277
【0063】
表3に示されるように、鋼Aまたは鋼Cによる試番11または試番13は、本発明で定める範囲内の条件にて、熱間加工し仕上げ後の冷却を実施しているにもかかわらず、遅れ破壊が発生している。これらの鋼は、いずれも水素含有量が0.0010%を超えているためである。
【0064】
水素量が0.0010%以下で、他の組成がいずれも本発明で規制する範囲にあるとき、冷却条件を本発明で定める範囲に制御した鋼管では、試番12、14、16、18、19および22〜25に示されるように、遅れ破壊が発生していない。しかしながら、本発明で定める組成範囲の鋼であっても、試番15または17に示されるように、製管後の冷却条件が不適当であれば、遅れ破壊が発生する。試番19は遅れ破壊は発生しないが、炭化物が粗大化しており、耐食性が劣るものとなっている。
【0065】
試番20は、C+N量が本発明で定める0.03〜0.1%の範囲を下回っており、十分な残留オーステナイトが形成されず、遅れ破壊が発生したものと思われる。また試番21ではC+Nが0.1%を超えており、硬くなりすぎまたは靱性劣化のため、遅れ破壊を生じたと考えられる。
【0066】
【発明の効果】
本発明によれば、精錬段階における脱ガスの強化や、ビレットの徐冷など、とくに水素量を低減する処理を施さなくても、熱間加工後、または冷間加工後の遅れ破壊は発生せず、マルテンサイト系ステンレス鋼の圧延鋼材、または油井管の製造コストを大きく低下させることができる。

Claims (5)

  1. アルゴン酸素脱炭精錬法(AOD法)により精錬し溶製した、質量%で
    C:0.01〜0.1%、
    N:0.09%未満、
    ただしCとNの合計量:0.03〜0.1%、
    Si:0.05〜1%、
    Mn:0.05〜1.5%、
    Cr:9〜15%、
    P:0.03%以下、
    S:0.01%以下、
    Ni:0.1%以上3.0%未満、
    Al:0.0005〜0.05%、
    H:0.0010%以下、
    ならびに
    Ti:0.005〜0.5%、
    V:0.005〜0.5%および
    Nb:0.005〜0.5%
    のうちの1種以上
    を含有し、残部はFeおよび不純物からなる鋼を熱間加工する際に、仕上げ加工後の冷却における400℃から150℃までの温度域を15℃/min以下の平均冷却速度にて冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼片の製造方法。
  2. アルゴン酸素脱炭精錬法(AOD法)により精錬し溶製した、質量%で
    C:0.01〜0.1%、
    N:0.09%未満、
    ただしCとNの合計量:0.03〜0.1%、
    Si:0.05〜1%、
    Mn:0.05〜1.5%、
    Cr:9〜15%、
    P:0.03%以下、
    S:0.01%以下、
    Ni:0.1%以上3.0%未満、
    Al:0.0005〜0.05%、
    H:0.0010%以下、
    ならびに
    Ti:0.005〜0.5%、
    V:0.005〜0.5%および
    Nb:0.005〜0.5%
    のうちの1種以上と、さらに、
    Mo:0.05〜3.0%および
    Cu:0.05〜3.0%の一方また両方
    を含有し、残部はFeおよび不純物からなる鋼を熱間加工する際に、仕上げ加工後の冷却における400℃から150℃までの温度域を15℃/min以下の平均冷却速度にて冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼片の製造方法。
  3. アルゴン酸素脱炭精錬法(AOD法)により精錬し溶製した、質量%で
    C:0.01〜0.1%、
    N:0.09%未満、
    ただしCとNの合計量:0.03〜0.1%、
    Si:0.05〜1%、
    Mn:0.05〜1.5%、
    Cr:9〜15%、
    P:0.03%以下、
    S:0.01%以下、
    Ni:0.1%以上3.0%未満、
    Al:0.0005〜0.05%、
    H:0.0010%以下、
    ならびに
    Ti:0.005〜0.5%、V:0.005〜0.5%および
    Nb:0.005〜0.5%
    のうちの1種以上と、
    B:0.0002〜0.005%、
    Ca:0.0003〜0.005%および
    Mg:0.0003〜0.005%
    のうちの1種以上
    を含有し、残部はFeおよび不純物からなる鋼を熱間加工する際に、仕上げ加工後の冷却における400℃から150℃までの温度域を15℃/min以下の平均冷却速度にて冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼片の製造方法。
  4. アルゴン酸素脱炭精錬法(AOD法)により精錬し溶製した、質量%で
    C:0.01〜0.1%、
    N:0.09%未満、
    ただしCとNの合計量:0.03〜0.1%、
    Si:0.05〜1%、
    Mn:0.05〜1.5%、
    Cr:9〜15%、
    P:0.03%以下、
    S:0.01%以下、
    Ni:0.1%以上3.0%未満、
    Al:0.0005〜0.05%、
    H:0.0010%以下、
    ならびに
    Ti:0.005〜0.5%、
    V:0.005〜0.5%および
    Nb:0.005〜0.5%
    のうちの1種以上、さらに、
    Mo:0.05〜3.0%および
    Cu:0.05〜3.0%
    の一方また両方と、
    B:0.0002〜0.005%、
    Ca:0.0003〜0.005%および
    Mg:0.0003〜0.005%
    のうちの1種以上
    を含有し、残部はFeおよび不純物からなる鋼を熱間加工する際に、仕上げ加工後の冷却における400℃から150℃までの温度域を15℃/min以下の平均冷却速度にて冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼片の製造方法。
  5. 請求項1から4までのいずれかに記載の化学組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼片を用い、熱間加工して継目無鋼管とする際に、仕上げ加工後の冷却における400℃から150℃までの温度域を15℃/min以下の平均冷却速度にて冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法。
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