JP3748561B2 - 超高効率タンパク分子・ペプチドトランスポーター及びそれを用いた目的物質細胞内導入方法およびそのキット。 - Google Patents
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現在までに提供されているリポフェクションなどによる遺伝子導入試薬は接着系の腫瘍には効率よく導入できるが、浮遊系の腫瘍細胞では満足に奏功せず一部特定の細胞を除いては、1〜5%程度しか導入できなかったため、実質的には利用できなかった。したがって、遺伝子機能の解析や治療戦略開発のために、浮遊系の細胞に効率よくタンパクやペプチドを導入するシステムが従来より必要とされていた。
Vladimir P.Torchilin,Tatyana S.Levchenkoら、PNAS,Vol.100 no.4 1972-1977(Feb.18 2003) MayC.Morris,Julien Depollierら, Nature Biotechnology,Vol.19 1173 (Dec.2001) Paul A.Wender,Dennis J.Mitchell,Kanaka Pattabiramanら, Vol.97 no.24 13003-13008(Nov.21,2000) Robin Fahraeus, Sonia Lain, Kathryn L Ball, David P Laneら, Oncogene,Vol.16, 587-596 (1998) 上記非特許文献には、細胞透過性ペプチドとして、図6記載のHIV-TAT、poly-Arginine、図11で示すpep-1の記載があるが、これらをそのまま利用しても、浮遊系の細胞への目的物質の飛躍的取り込み及び導入後の目的物質の効果的機能性は見られなかった。また、既研究報告のp16ペプチド系の中で最も有効とされる機能的最小配列をコードしたp16 MISの場合でさえ、その効果発揮のためには大量(少なくとも10μM以上)のペプチドを要求した。
INK4α(p16)の作用機構を模式的に図1に示す。サイクリンディペンデントカイネース(Cdk4)は主として造血系細胞の細胞周期を加速させる働きを与えるリン酸化酵素である。INK4α(p16)はCdk4に結合してCdk4の活性を阻害する働きをもっている。Cdk4と、MCL細胞において染色体転座により過剰発現したサイクリンD1が結合するとCdk4が著しく活性化される。この活性化Cdk4複合体はINK4α(p16)が細胞内に発現する場合は、p16と結合することにより不活化状態になる。このようにして、Cdk4の特異的な基質として同定されている網膜芽細胞腫遺伝子RBの活性状態が抑制され、RBはリン酸化を受けられなくなり、細胞増殖が抑制される。Cdk4によるリン酸化を受けた場合RBはE2Fの誘導による遺伝子群の転写活性化に働き、結果、細胞の増殖を導くようになる。正常細胞ではINK4αも関与するこのような細胞増殖機構の調節が必要に応じて適宜行われているのである。
以上のことから、腫瘍増殖抑制のためには、MCLに特異的な異常発現分子サイクリンD1を標的として攻撃する方法がまず第一に考えられる。そのための方法の選択は2つある。第一に、サイクリンD1そのものをノックアウトする方法がある。しかし、これはDNAレベルでの操作を要求するため複雑かつ前述のように浮遊系細胞において効率的な遺伝子導入法が無いため困難である。そこで第二の方法として、サイクリンD1−Cdk4複合体の活性化を蛋白レベルで阻止する方法が考案できる。これは、がん抑制遺伝子INK4α(p16)を効果的に導入・発現させ失われたp16の機能の回復を図れば良いという結論に至る。
以上のような状況下で、最適の細胞浸透能を持つPTDを検定しこれと融合させたINK4α(p16)ペプチドの機能的最小単位をカバーする合成オリゴペプチド)導入方法を検討した。PTDは細胞の種類によってそれぞれ導入効率が変わるが、まずはHIV-1 TATを用いて実験を行ったところ、導入効率が低かった(図7)。そこで、どのPTDが浮遊系細胞である腫瘍性リンパ球に効率よく取り込まれるのかが問題となる。実際の検定ではSP-53 MCL細胞に対し既知のPTD配列の中で最も高い取り込み効率を示したのはpoly-Arginine(R)であったが、INK4α(p16)の作用点である細胞核内にまで強く浸透させるに至らず、また機能させるために極めて高濃度の導入ペプチドを要求した。
以上のような経緯から、本発明の目的は、極めて高い導入効率で、将来的な実用性を考慮し導入ペプチドの投与量をできるかぎり低用量に抑え、さらに導入ペプチドの効果を最大限発揮でき、がん細胞増殖抑制のみならず多種多様の機能的分子標的効果を飛躍的に上げる細胞導入方法及びそれを実現するためのキットを提供することを目的とする。
本発明者らは、上記の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、以下の実施例に示すpep-1に代表される細胞透過性ペプチドの運搬体とのカップリング反応を使うと、効率よく目的物質を細胞内に導入でき、低用量でも実効性を発揮できるのではないかと考えた。B細胞など導入困難な浮遊系細胞で効率的に発現させる方法として、さらに細胞浸透性ドメイン(PTD)を利用した機能性ペプチドを導入するという方法で実験をかさねた。なぜなら、この方法はうまくいけば100%近い導入効率が達成できるとともに、しかも導入ペプチドは低分子量であるため、極端に抗原性が低く、反復投与可能であるからである。
一方、前述の検定結果とポリアルギニンが細胞内取り込みに有用であるとの報告を総合して、その中でも光学異性体のD-アルギニンを用いたものは、自然界に存在するL-アルギニンよりもワンオーダー上の導入を示すといわれている報告に注目した(非特許文献3)。この報告によると、L-アルギニン9つの連続が最大効果を発揮する。そこで、タンパクやペプチドを導入困難なリンパ球系細胞に導入する際、D-アルギニンの9個の繰り返し配列が必要十分かつ最大の効果を有するのではないかと推測を立て、研究を重ねた結果本発明を完成した(図9)。
また、導入後の観察により、輸送されたペプチドや蛋白は核内及び脳内にまで充分な分布が認められるため、取り込まれた物質の作用点が従来の方法では導入困難であった細胞核内にある場合にも機能発揮に関する効率が飛躍的に高く、種々の利用方法が可能である。
従って、本願発明は、従来の技術では細胞への取り込みが低く、産業化が困難であった浮遊系(血球系)腫瘍細胞への取り込み効率の劇的な上昇をもたらすと同時に、導入(標的用)ペプチドの低用量化による被検体組織における大幅な細胞毒性・異物抗原性の軽減、さらに経済的なコストダウンを可能にするものであり、将来的には抗体などの高分子蛋白輸送も充分可能となるトランスポーターが提供できたため、悪性リンパ腫・白血病など多くの疾患に対する治療法の確立などの幅広い用途への応用が可能となる。さらに、導入が最も困難とされる血球系腫瘍への劇的な取り込み改善を実現できたことから、より導入容易な癌・肉腫・神経系腫瘍を始めとする接着細胞系悪性腫瘍においても本願発明は実効的であると考えられる。
細胞透過性ペプチド配列については、6個以上のpoly-Arginine(L体およびD体)他、pAntp(43−58),penetratin、Transportanなども可能であろう。
最適には9個のD型光学異性体のアルギニンが挙げられる。
これらの物質のトランスポーターにおける位置は、N末端側でもC末端側でもかまわない。
本発明においては、トランスポーターの一例としてWWTE-9R(D)を用いているが、本発明はこれに限定されない。トランスポーターの第一の機能は導入に用いる分子との間で効率よく複合体を作り、さらに細胞内に目的のタンパクやペプチドを効率よく取り込ませることであり、第二の機能は、取り込んだペプチドの機能発揮を妨げないことである。
目的物質に親水性を与える物質としては、poly-Arginineの他、pAntp(43−58), penetratin、Transportanなど等が考えられる。その位置は、目的物質のN末端側でもC末端側でもかまわない。
また、本願発明は、またトランスポーターを特定するアミノ酸配列及びそれをコードする遺伝子を包含する。
導入ペプチドは、細胞内に取り込まれた場合に、機能を発揮するために、D. P. Laneらにより同定された最小抑制機能配列(Minimal Inhibitory Sequence 以下MISと称す)を少なくとも含んでいることが必要である。この導入ペプチドに関しては分子量の制約はなく、抗体のような大きな分子量のタンパクも可能である。
また、p16 MISはその配列にα-Helix構造を形成する疎水性配列を含んでおり、同部がさらにトランスポーターと導入ペプチドの高い結合性を実現するために共役することが判明したため、本願発明は導入ペプチドとしてこのα-Helixを構築するアミノ酸の人工的付加を行ったものをトランスポーターによって導入する方法も包含する。
該キットは、上記した疎水性ポケット及び細胞透過性ペプチド、またその間にスペーサーとして機能するアミノ酸配列があるという特徴を持つトランスポーターを含んでなるキットであって、トランスポーターは粉末・水溶液・凍結乾燥物・顆粒・錠剤等の剤形とすることが出来る。
まず、多数報告されているPTDの中から血球系細胞に最適なものを検索する予備実験を行った。PTDとして最初に報告されたTAT配列(2μM)を用いて血球系細胞内への取り込みを観察すると、死んでアポトーシスに陥った細胞に受動的輸送により細胞内に取り込まれただけで、生細胞には有意な取り込みが認められなかった。また、2μMでは接着系の腎線維芽細胞であるBHKにも同様、極めて少量の取り込みが見られたのみで、有意な量の取り込みが認められなかった(図7)。以上の経緯で、TATはPTDとしては生細胞への取り込みが少なく、造血系悪性腫瘍である悪性リンパ腫細胞を対象とした場合、不適であることが判明した(図9)。
この結果から、L-アルギニンではなく、D-アルギニンにINK4α(p16)を融合させれば、導入効率に著明な改善が見られるのではないかと推測した。既報告ではTATなどではケラチノサイトやHeLa細胞など接着系の細胞に目的物質を導入するために50〜100μM量もの大量の細胞透過性ペプチドが必要とされるのに対し、9個の連続D-アルギニンでは2μMという低用量で、細胞内に有意な取り込みを確認できた(図9)。本発明に至るまでの実験の過程で、将来的に治療への応用の可能性を考え、特に実用性のある低用量化ペプチド導入システムを目的として開発実験を重ねた。
ペプチド合成機によってポリアルギニンと目的のペプチドINK4α(p16)を融合した配列(A,B,C)及び既知のペプチドトランスポーター(pep-1)の配列(D)を作成した。なおペプチド合成は一般に可能となっており、メーカーに依頼する。ポリアルギニンはC末でもN末でもよい。第1に、D型のポリアルギニン(9R)にスペーサー配列(GPG)とp16のガン化抑制機能を示す配列FLDTLVVLHRを結合し、検出用マーカーとしてフルオレセインイソチオシアネート(FITC)を結合した。(図11の9R(D)-p16MISをペプチドAとする)。これは、効率の良いと予想されるPTDと、リンパ腫に欠乏しているINK4α(p16)を補うため、INK4α(p16)遺伝子のアミノ酸配列全長の中の最も機能的に核となる部分の最小配列をコードするペプチド(MIS)とを融合させてp16の機能性ペプチドを合成したものである。具体的には、まず、細胞内に取り込ませるための9つのD-アルギニンと、がん抑制遺伝子のINK4α(p16)の機能を発揮するための最小配列FLDTLVVLHRを結合させようと考えた。しかし、この2つのドメインの機能を立体構造的に相互に阻害しないように有効に機能させるために必要な距離や空間的スペース(スペーサー)が必要であった。したがってGPG配列を2つのドメインに結合させた。プロリン(P)はスペーサーの役割をするため、グリシン(G)はそれぞれのドメインに自由度を与えるためである(図11の9R(D)-p16MIS)。
第3に、上述した既知のトランスポーターであるpep-1の配列を基礎として、pep-1に比較し、より強力に相手方ペプチドとの結合能を高めることをねらい、ハイドロフォービックポケットを形成する配列を反復延長した。また、既存の報告にあるスペーサーの後に付加的に回転自由度を与えるGとPによるスペーサーを配置し、さらには導入困難なリンパ球系の細胞に前述の予備実験で高い有効性を示した光学異性体(D体)ポリアルギニンの連続配列を結合した改良型トランスポーターを考案した(図11)。図12にこの改良型トランスポーターアミノ酸配列のChou-Fasmann法による二次元解析の結果を示す。太丸印のあるアミノ酸が本来のpep-1の疎水性ポケットに延長を加えた改良配列であり、右側平面に示すGPGおよび9個の連続D-Arginine(丸R)が、左平面の疎水性ドメインと融合させたスペーサー領域および親水性浸透性ドメインである(図12)。この第3の配列が本発明のトランスポーターとなるが、以下に詳述するように核局在シグナルSV40-NLSを有した既出のpep-1が血球系の細胞には取り込み・局在ともに明かな有効性を充分には示さなかったため、ハイドロフォービックポケットの拡張のみならず、このNLS配列に代わるものとして細胞浸透能・親水性・核局在能3者の著明な改善を同時に期待できることを予測し、D−アルギニン9個連続配列を結合させるという工夫を加えた。
第4のpep-1(ペプチドDとする)は非特許文献2に示してある通り、KETWWETWWTEWSQ配列にSV40の核局在シグナルPKKKRKVを連結したものである。pep-1の配列(図11)は、疎水性アミノ酸のトリプトファン(W)とETのアミノ酸を繰り返し、疎水性配列によるポケット(ハイドロフォービックポケット)を作り、疎水性領域を利用して相手方のタンパクやペプチドを捕まえることが出来るようにした工夫がなされている。ハイドロフォービックポケットと、WSQあるいはSQのスペーサー領域と、細胞内浸透作用があるSV40核移行シグナル(NLS)(図6)を組み合わせている。上記非特許文献2によると、ペプチドと運搬体を10:1から40:1の比で混ぜると、線維芽細胞などの接着系細胞に非常によく取り込みが起こっているらしい。つまり、組み合わせの濃度がかなり低用量でよいという事を示している。また、100μMなど高濃度にしても細胞にそれ程損傷がなく、細胞毒性自体があまり無いとされている。
FITCでラベルした第1のペプチドAを用い、細胞内にどのくらい導入されるのかを検定した。検定方法には2つの方法を用いた。第1には共焦点レーザー顕微鏡で蛍光を励起して視覚的・形態学的に細胞内への取り込みの強さと核や細胞質などの細胞内局在を確認した。第2には、フローサイトメトリーを用いて全体に対する取り込み効率及び、1つの細胞内での取り込み強度を計測、数値化して確認した。共焦点レーザー顕微鏡で9R(D)-p16MISの細胞内への取り込みを観察すると、実際には充分な取り込みが起こっていると考えられた(図10の(a))。
その他に、L-ポリアルギニンを9から12個続けてマントル細胞や、ジャーカット細胞、BHKに導入したところ、結果として9R(D)ペプチドに比較し明らかにそれらの細胞内への取り込みは劣っていた(図8)。既存の報告にしたがって、D-アルギニンを用いて主目的とする血球系腫瘍の代表例である悪性リンパ腫細胞に適用して比較した(図9)。図9に示すように、自家蛍光のコントロール(一番左のピーク;蛍光強度1とする)よりもどのくらいピークが右方にシフトするかでシグナル強度が表現されるが、TATの場合、導入後12時間で強度10以下(2倍前後)のレベルで、わずかなシフトが認められるのみであった。L-アルギニンを9個重ねたペプチド(2μM)を導入した結果はTATの場合とほぼ同様で、10倍以下であった。したがって、どちらもリンパ腫細胞に対しては有効な効果を生ずるまでに至らなかった。
注目すべき点は、上述の9R(D)ペプチド(9R(D)-p16MIS)を用いた場合でさえ、2μMのような低用量では、確かに細胞内へ浸透はするものの実際の増殖抑制は誘導されず、p16MISペプチド本来の持つ機能を発揮するために要求される必要量の細胞内取り込みが実現されていないことが判明した(図19左グラフ、図21グラフ参照)。現在、INK4α(P16)をはじめ様々なペプチド、蛋白を導入するに際し、これらの諸問題を克服できるトランスポーターを用いた蛋白導入系の報告はみられない。
前述の超効率的ペプチドデリバリーシステムを実現した本発明のトランスポーターの具体的構築方法について説明する。鋳型としたpep-1と比較し、全体として3点の大きな改良点がある。第1点:Wの繰り返し配列が2回(WWTEWWTE)の疎水性ポケット部分にさらに反復して、これらと同一側面に配列できるよう考慮したWWTEの4アミノ酸を追加し(計3回)ポケットを拡張することにより、捕捉する相手方ペプチド(あるいは蛋白)との結合性を高めた(図12:Chou-Fasman2次元構築図参照)。第2点:この疎水性側面と反対側に位置すべき親水性側面に回転自由度を与えるGと、Pによるスペーサーを配し(GPG)、回転自由度を与えることにより疎水性のポケットの捕捉性を高めた。第3点:上記前提実験において実証された極めて高い細胞内浸透能を発揮するD-ポリアルギニン9個の配列(RRRRRRRRR; R=D-Arginine)を結合することで、細胞内への取り込み効率を上げた(図11)。要約すると、トランスポーター配列前部はドメインの疎水性領域を拡張する事で導入目的ペプチドの捕捉効率をあげ、後部で細胞への取り込み効率の著明な増幅とトランスポーター全体としての親水性を改善し、細胞に入るための水溶性ペプチド化を可能とした。また、GPGをその間に挿入する事で、ドメイン相互の機能を相殺しないよう工夫したのである。
上記第3のペプチド(トランスポーターC)及び第1のペプチド(A)9R(D)-p16MISを100μlの純水(またはPBS(−))に、最終濃度がそれぞれ5μM、2μMになるように添加し、ピペッティングにてよく攪拌する。30分間〜60分間室温で静置後、この混合液を直接目的の細胞を含む培養液中に添加した。ここで導入するp16ペプチドについて、p16-MIS配列に9xD-Arg (9R(D))配列を付加する利点は次の2つにある。第1に、このペプチド自身にもある程度の細胞内浸透能を付与できること、第2にこの導入ペプチド全体を水溶化(親水化)できるためである。既報告にあるように、p16蛋白自身は疎水性が高く、通常の大腸菌による蛋白発現系などでは産物自身が凝集を起こし水溶化出来ないことが知られている。また、9R(D)のないp16-MISのみのペプチドでは疎水性度の大幅な上昇により、ペプチドを可溶化できないことを確認しているためである。第2点の意義については当システムを機能させる上で特に重要である。以上に述べた新たな工夫を加え作成したトランスポーターおよび導入ペプチドの混合による本導入法によって、従来の方法では極めて困難であった、充分な核内への機能性ペプチドの浸透・局在を実現したため、核内分子の標的に確実な実効性を発揮するに至った。トランスポーターは細胞の持つ細胞膜と核膜の二重のバリアを浸透して、核内に充分量分布させる事ができ作用発揮させることができたのである。
導入効率は細胞種による大きな違いは血球系では見られず99%以上であった。プラスティックディッシュに細胞を培養し、FITCを付加したペプチドを導入した後に共焦点レーザー顕微鏡などでリアルタイムに観察した。生細胞で観察する必要がある。これは、細胞を固定後に見ると見かけ上導入が増強される(自家蛍光の増強)ためである。導入処理時間は30分から1時間程度で十分である。導入物質濃度は最終濃度が0.5μM〜10μMの範囲で行っている。導入処理後、細胞を培養液またはPBSで洗浄し緑色蛍光(参考写真を参照)を観察することによって細胞内導入と細胞内局在が確認できる。
総細胞数2×105のヒト・リンパ腫細胞および白血病細胞(SP53、S49、K562その他)を含む500μlのRPMI1640培地(10%Fetal Bovine Serumを含む)に対して、トランスポーターと機能性ペプチドの複合体を所定濃度で含む純水またはPBS(-)100ulを添加し、ピペットで攪拌する。その後、各時間経過後(添加後6時間、12時間、24時間、36時間、48時間、72時間)に各培養液よりサンプルを採取し同一処理したサンプルを3個ずつ用意し、ヘモサイトメーター(血算板)にて、細胞数を測定した。
9R(D)-p16MISにはFITCラベルのものを用いた。上述のように処理した各種リンパ腫細胞は導入後各時間(3時間、12時間等)で、回収し、PBS(-)で3回洗浄後、フローサイトメトリー(FACScan)にてFITC強度を測定した。比較に用いたpep-1も同様の方法で導入し測定した。細胞内局在の検定は、トランスポーター−FITCラベルp16ペプチド複合体の導入後の各細胞をサイトスピン処理し作成した標本を共焦点レーザー顕微鏡下にて観察し、解析した。核への分布の証明には多段階スライス像や、断面像解析法を用いた。図13を見ても分かるように、pep-1を用いた細胞では蛍光強度はコントロール1に対して120〜130付近にピークがあるのに対し、本発明のトランスポーターを用いた場合のピークは2100〜2300くらい(15から20倍近く)であり、著しい取り込み率の上昇を示した。また、図13の右上の図では、ほぼ100%の細胞にトランスポーターとp16の複合体が取り込まれたことを示している。また、核局在を検定するための共焦点レーザー顕微鏡による断面解析で(図15)、取り込まれたペプチドは細胞質のみならず核にも強い集積・取り込みが確認された。本発明のトランスポーターを使うと、ペプチド導入に関する従来法よりもはるかに高効率で細胞内に取り込まれ、さらに核内にも高浸透率性を実現できた。実験においては、少なくとも96時間までの追跡で細胞内に運搬体とともに取り込まれたペプチドは活性を保ち続け、機能していた。
トランスポーターの最終濃度を一定の5μMに設定し、導入側ペプチドであるInk4α(p16)の濃度を変化させたところ(図21参照)、SP-53細胞においては1μM でも約50%前後の細胞増殖抑制効果があり、2μMでは増殖抑制率は70%以上とさらに増強し、最大効果を発揮した(最適混合比はすなわち、トランスポーター:導入p16ペプチド=5:2)。次に機能性p16ペプチドの終濃度を2μMに設定しこれにトランスポーターを適正比率で混ぜて、pep-1を用いた場合の増殖抑制効果と比較・検討した。pep-1(20μM):INK4α(p16)(2μM)では24時間後20%前後しか抑制できなかったのに対し、本トランスポーター(5μM):Ink4α(p16)(2μM)の組み合わせでは70%以上の増殖抑制が認められた。pep-1を用いる場合と本トランスポーターを用いる場合では取り込み効率に著明な差があるため、抑制率も変わる。本トランスポーターを用いると、取り込みの劇的な改善、運搬体自身とペプチドの濃度の低用量化が可能になった。
目的物質たるがん抑制遺伝子の一例として、細胞増殖を抑制する癌抑制遺伝子INK4α(p16)の機能性ペプチドとトランスポーターとで複合体を作ることにより、従来技術ではその導入および機能発揮が困難であった浮遊系(血球系)の腫瘍細胞に超高効率に目的ペプチドが導入され、実際的な効果を生んだ。このように、従来になかったペプチド導入法による悪性腫瘍細胞増殖抑制方法を見出した。
以上のことから、プライマリー細胞も含め幾種類かの血球系腫瘍細胞に関してこのシステムの実効性を検討したところ、著明なp16による増殖抑制効果を確認できたという結果から、すでに報告されている接着系のみならず従来導入が困難であるとされてきた浮遊系(血球系)細胞への非常に高効率的な取り込みを可能にするペプチド・蛋白デリバリーシステムの構築ができたと言えよう。なお上記実施例はD−アルギニンについて述べたが、L-アルギニンについても、比較的良い結果が認められるので、細胞透過性ペプチドについても、親水性を与える物質のいずれについても、利用可能と考えられる。
次に、解析に使用するペプチド自体に毒性が無いこと、また細胞周期を止めるというp16ペプチド本来の機能が働いているかどうかの検証をした。フローサイトメトリーでPI(propidium iodide)染色による細胞周期の解析を行った(図18)。各周期での比率をみると、増殖している細胞ではS期とG2/M期のピークが明瞭に出るが、本トランスポーターによりINK4α(p16)ペプチドの導入を行った細胞では、G0/G1期への細胞のプーリングが起こり、G2/M期のピークが著明に減少した。すなわち本トランスポーターによるp16-MISペプチド導入細胞では細胞増殖が抑えられていることが分かった(図18下段グラフ)。具体的には、ペプチド導入細胞ではG0/G1休止期の細胞の全体に占める割合が50%強となり、逆にS-G2/M期の細胞が30%弱に減少した。一方、未処理細胞ではG0/G1期28%、S-G2/M期58%である。つまり、それぞれのサンプルにおける各細胞周期の構成比が著明な変化を起こし、処理した細胞では、明らかに細胞周期の停止を起こしている細胞が約2倍に増加しており、増殖活性が抑えられた状態であるといえる。これはINK4α(p16)が機能していること理論的に裏付けるものである。また、図18にあるTsAとは、実験試薬として汎用されているG0/G1期で細胞周期を止める細胞増殖抑制試薬の事である。INK4α(p16)ペプチドは単体として運搬体(トランスポーター)なしのペプチドの状態でも細胞に入ったものの、細胞は有意な増殖を示し、充分な増殖抑制効果を発揮し得なかった。
トランスポーターにより導入された9R(D)-p16MISが腫瘍細胞内で機能性であるか否かを判定するために、RNase処理を加えた。PI(Propidium Ionade)染色を施行し、フローサイトメトリーにより細胞周期に変化が認められるか否かの解析を行った。また、細胞周期の停止を起こした細胞の動態を解析する目的で導入処理後24時間・48時間の細胞(SP53)に対し、細胞増殖動態を解析するために初期アポトーシスマーカーであるAnnexin V-EGFP染色を施行し、陽性細胞をFACScanにて測定した。結果を図20に示す。Ink4α(p16)機能性ペプチドの導入は導入細胞の細胞周期を止め、細胞周期の停止した細胞の4割弱ではすでにアポトーシスが誘導され始めていることが判明した。また、悪性リンパ腫の患者の胸水から直接採取したプライマリーリンパ腫細胞(Ink4α(p16)発現を喪失している)に対しても本トランスポーターを用いたp16ペプチド導入法は極めて有効であり、高効率の導入によりInk4α(p16)の機能を回復させ増殖を顕著に抑制することができた(図19)。Ink4α(p16)単独や、トランスポーター単独では腫瘍は増殖を続け、増殖抑制効果は見られなかった。トランスポーターとInk4α(p16)ペプチドの混和による導入では、細胞数は解析開始時点とほぼ同数で増殖を認めなかったことから、細胞周期は回転を停止し、導入したペプチドの特異的機能である増殖抑制を誘導していることがわかった。
このような経緯で、本トランスポーターは超効率的なペプチド分子の細胞内導入能力を発揮することが判明したため、ペプチドのみならず高分子量蛋白の効率的輸送が可能かどうかを発展的に検索した。高分子量蛋白の一例として、近年臨床治療で適用が始められている抗体療法(リンパ腫に対する抗CD20抗体療法、白血病に対する抗c-kit抗体療法、乳癌に対する抗EGFR抗体療法など)に注目し、抗体の成分であるイムノグロブリン(分子量?150kDa)を本トランスポーターにより導入可能かどうかを検定した。トランスポーターと抗体で複合体を作り、SP53細胞に取り込ませた結果、トランスポーターと抗体の量比のバランスが悪い場合には凝集を起こしたが(図26)、適正な混合比では細胞内への充分な取り込みを確認できた(図25)。前述の抗体療法(抗CD20抗体、抗c-kit抗体、抗EGFR抗体など)はいずれも細胞表面抗原を標的とする治療法で、細胞内抗原を標的する方法は現在のところ確立されていない。本発明のトランスポーターは抗体分子に対しても高い細胞内輸送能を持つことが明かとなり、このような現今の抗体治療の限界を克服する新規抗体療法としての可能性を秘めており、広範囲の疾患に対して多角的な応用の可能性が見込める。
さらに、本願発明のトランスポーターの動物腹腔内への注射により、どの程度各臓器に導入可能かを実験した。
20nmol FITC標識p16(p16-MIS)ペプチド と 40nmol トランスポーター ペプチドを8週令Balb/C mouse腹腔内に300ulの水溶液として注射した。
注射後18時間後に、脳、肝、脾、腎を摘出した。これら各臓器における蛍光p16ペプチドの浸透性と組織分布を蛍光実体顕微鏡下にて検索した。
結果として、図27から図30に示すように、肝実質(肝細胞)、腎実質(皮質・髄質両者)への著明なペプチドの取り込み(uptake)が見られ、脾臓においては白脾髄を構成するリンパ球への強い取り込みが見られた。さらに重要な現象として、脳においても大脳皮質・白質神経繊維部・基底核への広汎かつ著明な取り込みと分布が確認され、本トランスポーターシステムの応用により 機能性ペプチドは血液-脳関門(Blood-Brain
Barrier;BBB)を通過して効果的に脳神経細胞およびグリア内に導入できることが判明した。 尚、ペプチドの急性毒性を示唆する明らかな各組織の変性や壊死はこの時点では見られなかった。
6週令nude mouseに、ヒトバーキットリンパ腫細胞(BALM-14株)3×106個を皮下に接種した。1週間後に皮下リンパ腫瘍を発生していることを確認。腫瘍径が約3mmになったところで、40nM FITC標識p16(p16-MIS)peptide と 80nM transporter peptideを皮下腫瘍部に300ulの水溶液として1回注射した。腫瘍部分を摘出し、蛍光実体顕微鏡で観察した(図31)。腫瘍増殖機能の解析を 同週令mouse皮下に生理食塩水を注射したものをコントロール(対照)としてn=3でデータをグラフにまとめた(図32)。
図32の様な時間経過で腫瘍の発育が認められるが、本発明のトランスポーターによりp16ペプチドを導入したmouseは単回の注入のみでその後1週間以内に明らかに腫瘍径の縮小と発育の遅延が認められ、2週間後でもp16ペプチドの持続的効果によって、腫瘍の増殖速度が抑制されコントロール群の約1/3サイズにとどまった。以上のことから、幾種類かの血球系腫瘍細胞に関してプライマリー細胞も含め、このシステムを応用した結果、非常に高い有効性を確認できたため、従来報告されている接着系のみならず、導入困難であるとされてきた血球系の細胞に対し、生体内腫瘍への応用の可能も含めた超高効率的ペプチド・タンパクデリバリーシステムの構築ができたと言える。
Claims (8)
- KETWWETWWTEWWTEWSQGPGRRRRRRRRRからなるペプチドであって、RについてはすべてD型あるいはすべてL型であることを特徴とするペプチド。
- 請求項1記載のアミノ酸配列で表されるペプチドをコードする遺伝子。
- 上記請求項1記載のペプチドと目的物質たる導入タンパク分子又は導入ペプチドを混合した後に、被導入細胞に添加することによる目的物質の培養細胞あるいは非ヒト細胞内への導入方法。
- 疎水性の目的物質たる導入タンパク分子又は導入ペプチドに親水性を付与するペプチドとしてポリアルギニン、RQIKIWFQNRRMKWKK、GWTLNSAGYLLGKINLKALAALAKKILから選ばれる1のペプチドを結合させて、親水性の目的物質とし、請求項1記載のペプチドを混合した後に、混合物を被導入細胞に添加することによる疎水性目的物質の培養細胞あるいは非ヒト細胞内への導入方法。
- 親水性を付与するペプチドは、9個のL型及び/又はD型アミノ酸からなるアルギニンであることを特徴とする請求項4記載の疎水性目的物質の培養細胞あるいは非ヒト細胞内への導入方法
- 目的物質が抗体であることを特徴とする請求項3記載の目的物質の培養細胞あるいは非ヒト細胞内への導入方法。
- 導入ペプチドが腫瘍増殖抑制因子であることを特徴とする請求項3記載の目的物質の培養細胞あるいは非ヒト細胞内への導入方法。
- 請求項3乃至5記載の方法を実施するためのキットであって、請求項1記載のペプチドからなることを特徴とするキット。
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