JP3707825B2 - 低熱膨張鋳鉄およびその製造方法 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
本発明は低熱膨張鋳鉄およびその製造方法に係り、特に煩雑な熱処理を施すことなく鋳放し(as cast )のままでもNi偏析を効果的に低減でき、低熱膨張性をさらに改善した低熱膨張鋳鉄およびその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
周知のように鋳鉄は、鋳造性に優れ、多種多様な複雑形状に成形加工することができるとともに、切削加工が容易であり、さらに材料や溶解に要する費用が比較的安価で、小規模な工場でも容易に製造できることなどの長所を有しているため、各種工業分野における基礎材料として広く使用されている。
【0003】
ところで、最近ではエレクトロニクス産業や光学産業などの発展に伴って、それらに関連する工作機械や測定機器、成形金型、その他の製造機械類には、より高い寸法精度が要求されるようになってきており、精密部品類の熱膨張や熱変形を極力低く抑える材料の需要が急速に増大している。
【0004】
従来、室温近傍温度で熱膨張係数が小さい金属材料としては、下記表1に示すような約36%Ni−Fe不変鋼(インバー合金)や約30%Ni−5%Co−Fe超不変鋼(スーパーインバー合金)などが知られている。
【0005】
【表1】
【0006】
しかしながら、上記各種不変鋼は、切削加工性が悪く、高い寸法精度の製品を効率的に製造できない欠点や鋳造性が悪く欠陥が発生し易い欠点を有しているため、各種用途の技術的要請に十分対応できない状況である。
【0007】
上記のような欠点を解消するため、上記インバー合金などの2元系合金やスーパーインバー合金などの3元系合金に炭素やけい素を添加して鋳鉄化し、切削加工性および鋳造性を改善した材料に注目が集っている。表1には、ニレジストD5として古くから知られている低熱膨張鋳鉄や、この数年間で開発された低熱膨張鋳鉄としてのノビナイト鋳鉄や特開昭50−30728号公報に開示された鋳鉄の組成例も示している。
【0008】
前記表1において例示した各種材料の中で、炭素等の鋳鉄化に必要な元素を含有する低熱膨張鋳鉄は、それらの元素を含有しないインバー合金やスーパーインバー合金と比較して熱膨張係数が大きくなっている。その理由としては、C,Si,Mnなどの鋳鉄化に必要な元素を添加しているため、Fe−Ni(−Co)のインバー組成から外れることになり、特有のインバー効果が損われるためと考えられる。さらに熱膨張係数が増大する大きな原因としては、ミクロ組織レベルでNiの濃度勾配(Ni偏析)が生じるためであると考えられる。上記のNi偏析に伴う熱膨張係数の増加は、鋳造時や熱処理時において比較的に遅い冷却速度となる場合に、特に顕著となり、とりわけ肉厚が大きな鋳造品の場合には重大な問題となる。
【0009】
従来、上記のNi偏析を低減する方法としては、鋳鉄材を750〜950℃の温度範囲で溶体化処理後に急冷することによりNi偏析を低減する方法などが用いられている。
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上記の方法では熱処理による変形を起こすという問題がある。すなわち高Ni含有の低熱膨張鋳鉄合金は、一般の鋳鉄に比較して熱伝導率が小さいために、鋳鉄材を水やオイルの中に焼き入れるなどにより急速冷却した場合、鋳鉄材内部は表層部と比較して十分な冷却速度を確保することが困難である。その結果、鋳鉄材の表層部と内部との冷却速度の違いによって弾塑性変形能の時間的なずれが発生し、大きな残留応力が発生する。さらに、この残留応力は機械加工や時間の経過とともに解放されるため、長期間にわたり使用する鋳造製品の経時寸法変化の原因となる問題点があった。
【0011】
特に肉厚変動が大きな鋳造製品の場合には、残留歪みの分布が不均一となり、変形の態様がさらに複雑化し寸法精度の維持が困難となる問題点があった。したがって前記のような急冷熱処理によるNi偏析の低減対策は、肉厚が小さく単純形状を有する鋳造製品に限定され、大型の製品には適用できない問題点があった。
【0012】
本来、低熱膨張性鋳鉄材は寸法精度の向上を主目的としているため、熱処理は、むしろ熱処理炉中で鋳鉄材を徐冷して残留応力を除去する工程が必要となる場合が多い。しかしながら、従来の低熱膨張性鋳鉄について、上記応力除去の熱処理で徐冷するとNi偏析が再発し、いずれにしろ熱膨張係数が高くなるという問題点があった。
【0013】
近年、各種機器の大型化や高精度化が急速に進展する現状においては、上記のような従来の低熱膨張鋳鉄では機械的強度や硬度の点で十分に対応できない事態が頻繁に生じている。例えば、近年の半導体の集積度は目覚しく増大しており、半導体素子を構成するSiウェハの平坦度はさらに高い精度が要求されている。一方、Siウェハは年々大型化しており、直径4〜5インチから8インチウェハの時代に突入するという状況である。このような状況下において、Siウェハの加工には、低熱膨張鋳鉄製のポリッシング定盤が使用されつつあるが、Siウェハの大型化に伴ってポリッシング定盤も大型化する必要があり、さらに定盤の熱変形を極力抑え高精度な研磨を実現する目的で、さらに低熱膨張性が優れた材料で形成されたポリッシング定盤が必要となっている。
【0014】
本発明は、上記のような技術的要請に対応し、従来の鋳造材が有する課題を解決するためになされたものであり、特に焼き入れ処理のような高温状態から急冷する熱処理を必ずしも施すことなく鋳放し材(as cast 材)の状態においてもNi偏析を効果的に低減して低熱膨張性をさらに改善した低熱膨張鋳鉄およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0015】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するため、本願発明者らはNi偏析の発生原因とその他の構成元素との関連性を解明し、以下に示すような知見を得た。
【0016】
まずNi偏析が発生する原因について説明する。Ni含有量が重量比で25〜40%であるFe−Ni合金中に炭素が0.8〜0.9%程度含有されていると、鋳放し材(as cast 材)の状態でも金属組織中に黒鉛が形成される。この場合、鋳造時の凝固の進行に伴って黒鉛の近傍のマトリックス中に存在する炭素原子は黒鉛方向に拡散するため、図2に示すように、マトリックス中に固溶している炭素濃度は、黒鉛に近いほど低い一方、黒鉛から距離が離れるほど高くなるような濃度勾配を生じる。ここで鉄中のNiとCは相互に溶解度を低下させる傾向があるため、上記炭素の濃度勾配に対応してNiの逆の濃度勾配が生じ、黒鉛から離れた領域においてNi濃度が低い分布が形成され、この濃度分布がNi偏析となる。その結果、鋳造材全体の平均濃度としてはインバー効果を発揮するNi量であっても、ミクロ組織的に観察した場合には、いわゆるインバー組成から外れる部分が多くなり、低熱膨張性が悪化すると考えられる。
【0017】
以上説明したように低熱膨張性の阻害要因であるNi偏析の発生原因がCの濃度勾配であるので、本願発明者らは下記の方法により、金属基地中に残留している固溶炭素濃度そのものを低く抑えることでCの濃度勾配を効果的に低減化できることを見出した。
【0018】
1つは、黒鉛化をさらに促進して固溶炭素濃度の低減を図ることである。具体的な方法としては、希土類元素を含む合金を接種材として用いる方法が有効である。希土類元素は、酸化性が高く、鋳鉄の凝固初期に黒鉛生成核を形成し黒鉛化を促進する。しかし、溶湯中の酸素量が高すぎると希土類元素の酸化物は溶湯中で急速に粗大に成長してしまい、接種としての役割を果さないことも実験で確認した。
【0019】
これは、通常の鋳鉄のようにSiおよびMnの含有量の合計が2.0%以上であれば大気中で溶解しても酸素量は約50ppm以下に低く制御されているが、本発明の低熱膨張鋳鉄ではSiおよびMnの合計量が1.8%以下であり、溶湯中の酸素量は約100〜150ppmと高くなるために適正な接種効果を得るには脱酸処理が必要である。
【0020】
球状黒鉛タイプの低熱膨張鋳鉄である場合は、MgあるいはCa添加による黒鉛球状化処理を行うため、酸素濃度が30〜60ppmと低減され、希土類元素による十分な接種効果が発揮されることが確認された。
【0021】
一方、球状化処理を実施しない片状黒鉛タイプの鋳鉄の場合は、Fe−Zr合金、Fe−Ti合金などの合金を希土類元素と同時あるいは先行して添加することにより、これらの元素による脱酸効果を得ることができ、十分に接種作用を高めることが可能となる。上記脱酸元素としては、Zr,Ti,Nb,Ta,Hfなどの元素を含む鉄合金等が有効である。
【0022】
また、上記脱酸元素は脱酸作用だけでなく、それらの酸化物自身が黒鉛生成核となる効果も発揮する。そして、希土類元素による接種と同様に溶湯中の酸素量が約30〜60ppmの条件であれば接種効果が発揮されることが確認された。
【0023】
希土類元素や後述の炭化物形成元素を溶湯金属に添加して接種作用を効果的に得るには、上述したように適正な酸素量であることの条件のほかに、添加時期はできるだけ凝固直前である方が好ましい。すなわち、鋳造工程において取鍋(とりべ)内添加もしくは鋳型内添加が好ましい。
【0024】
さらに基地の固溶炭素を低減する他の方法としては、炭化物を粒内に形成させることが有効であることを見出した。
【0025】
前記黒鉛が析出した金属組織において、黒鉛から離れた領域とは、凝固組織で表現すると樹脂状晶(デンドライト相)の間隙である。この領域は、黒鉛自体,黒鉛周辺部に次いでミクロ組織的に最終凝固部となる部位であり、ある種の溶質元素が偏析し易い部位であることが判明した。本願発明者は、この点に着目し、炭素との親和力が強い特定の炭化物形成元素を所定量だけ材料中に添加することにより、上記デンドライト間隙中に存在する固溶炭素を、炭化物形成によって消耗させ、全体として炭素の濃度勾配を解消すると同時に、Niの濃度勾配をも解消してNi偏析を効果的に防止できるという知見を得た。
【0026】
また上記Ni偏析を解消するためには、析出した炭化物をマトリックスの結晶粒内に分散析出させることが重要であり、そのような分散形態を取り得る炭化物を形成し易い元素を特定することが重要である。
【0027】
その点について、従来から炭化物形成元素として周知であるCr,V,Mo,Wなどの元素では、結晶粒内ではなく結晶粒界に粗大な炭化物を形成し易いために、Ni偏析の低減効果は少なく、最終的に低熱膨張性の向上は期待できない。その具体例として、前記表1において特開昭50−30728号公報に開示された低熱膨張鋳鉄では、強度向上を目的としており、Vを必須添加元素とし、さらに補足的にCrやMoを添加して粒界に炭化物を形成した鋳鉄である。したがってNi偏析を抑制する効果が十分でなく、熱膨張係数は高いものになっている。
【0028】
本願発明者らはマトリックス中に分散して炭化物を形成する傾向を有する種々の元素を添加してNi偏析の低減効果を比較検討した。その結果、炭化物形成元素として、Ti,Zr,Hf,Nb,Taの少なくとも1種を添加したときに、特に結晶粒内に分散した炭化物が形成され、Ni偏析が解消され、鋳放し材(as cast 材)のままでも熱膨張係数が低い鋳鉄材が得られるという知見を得た。
【0029】
さらに上記炭化物形成元素を添加した鋳放し材を適正な条件で溶体化熱処理することにより、炭化物の析出と黒鉛化とをさらに促進でき、マトリックス中の固溶炭素量が低減されると同時に濃度勾配がさらに緩和され、Ni偏析もさらに低減でき、より優れた低熱膨張特性が得られるという知見も得られた。本発明は上記知見に基づいて完成されたものである。
【0030】
すなわち本発明に係る低熱膨張鋳鉄は、希土類元素による黒鉛化促進作用とTi,Zr,Nb,Ta,Hfから選択される少なくとも1種の炭化物形成元素による脱酸作用、黒鉛化促進作用および炭化物形成作用によって基地中の固溶炭素を消耗させて、Ni偏析を低減する効果を得るものであり、室温から100℃までの温度範囲における熱膨張係数が4×10-6/℃以下である高Ni含有の低熱膨張鋳鉄であって、その鋳放し材を室温から液体窒素温度に冷却したときにオーステナイト基地組織がマルテンサイト組織に変態する面積率が15%以下であることを特徴とする。
【0031】
上記Ni偏析の確認はEPMA(X線マイクロアナライザ)などを使用した組織成分の面分析によって観察することができるが、さらに簡便な方法として、鋳造合金サンプルを液体窒素中に浸漬して室温から極低温に冷却した組織を光学顕微鏡で観察することにより確認できる。すなわち、低熱膨張鋳鉄やインバー合金等のFe−Ni系合金(あるいはFe−Ni−Co合金)においてNi+Coの合計量がおよそ30%以下の合金組織では約−196℃以下の温度に冷却するとオーステナイト組織からマルテンサイト組織に変態する。この変態によって生じたマルテンサイト組織は、室温では安定であり、約400℃に加熱することによりオーステナイト組織に戻る性質がある。この方法で、合金組織全体がマルテンサイト組織となるような組成範囲、すなわちNi+Coの合計含有量が28〜30重量%の組成範囲においては、室温から100℃の温度範囲における平均熱膨張係数は約8〜16×10-6/℃と急激に増大してしまうので、本発明では、この面積率を15%以内とした。
【0032】
また、上記鋳造合金は、Cが0.3重量%以上2.5重量%以下、Siが0.8重量%以下、Mnが1.0重量%以下、MgあるいはCaが0.1重量%以下、Niが25重量%以上40重量%以下、Coが9重量%未満、但し、NiとCoの合計含有量は33重量%以上43重量%以下で、残部Feおよび不純物からなる鋳鉄に希土類元素0.2%以下およびTi,Nb,Ta,Zr,Hfの炭化物形成元素の少なくとも1種を0.1重量%以上2.0重量%以下添加した成分構成である。
【0033】
さらに鋳造合金が、Cを1.0〜2.5重量%含有し、球状黒鉛と炭化物とが混在した金属組織を有するように構成するとよい。また上記鋳造合金の組成において、Cが0.8重量%以上1.5重量%以下,Siが0.3重量%以下,Mnが0.3重量%以下に設定すると、さらに低熱膨張性に優れた合金が得られる。
【0034】
本発明に係る低熱膨張鋳鉄の製造方法は、室温から100℃までの温度範囲における熱膨張係数が4×10-6/℃以下の低熱膨張鋳鉄の製造方法において、Cが0.3重量%以上2.5重量%以下,Siが0.7重量%以下,Mnが1.0重量%以下,Niが25重量%以上40重量%以下,Coが9.0重量%以下,但しNiとCoとの合計量が33重量%以上43重量%以下,残部Feおよび不純物から成る材料を溶解して溶湯を調製し、溶解炉から出湯する際にMgまたはCaを含有するFe合金あるいはNi合金を添加して球状化処理し、鋳型に注湯する直前にTi,Zr,Nb,Ta,Hfから選択される少なくとも1種の炭化物形成元素を接種材として含有する合金および希土類元素を添加し、鋳造凝固時に黒鉛および炭化物を粒内析出させることにより、固溶炭素濃度を極力低減してNi偏析を低減することを特徴とする。この製造方法において、球状化処理を必要としない片状黒鉛タイプの低熱膨張鋳鉄の場合ではMgあるいはCaの添加処理を省くだけであり、その後の工程と得られる効果は上記球状黒鉛タイプの低熱膨張鋳鉄の場合と同じである。
【0035】
また鋳造凝固した鋳造合金を、さらに温度700〜900℃で溶体化熱処理を行い、炭化物および黒鉛の少なくとも一方の析出を促進させることも好ましい。
【0036】
上記組成から成る鋳造合金において、炭素含有量が重量比で0.8〜0.9%を超える範囲においては黒鉛が晶出した金属組織が得られるが、炭素含有量が0.3〜0.8%の範囲の鋳放し材(as cast 材)においては通常は黒鉛は晶出しない。しかしながら、希土類元素を約0.01〜0.2%の範囲で添加すると、炭素含有量が0.6%以上であれば、黒鉛の晶出が得られるようになる。黒鉛が晶出せず、ほぼ炭化物だけで析出した組織となる炭素含有量は0.5%以下である。この場合でも凝固過程において、まず炭素濃度の低いオーステナイト相が固相となり、さらに凝固の進行に伴って成長するオーステナイト相の炭素濃度は増加する。その結果、黒鉛組織を有する合金の場合ほどには顕著ではないが、やはりデンドライト間隙の炭素濃度は高くなる一方、Ni濃度は低くなるような濃度分布が形成される。
【0037】
したがって炭素含有量が小さく黒鉛組織が形成されない場合においても、上記の炭化物形成元素を添加することにより、炭素濃度が高い領域にて炭化物が形成されて炭素濃度分布の濃度勾配が緩和され、Ni偏析を抑制する効果が得られる。
【0038】
上記のような炭化物形成元素の添加によるNi偏析抑制作用は、鋳放し材(as cast 材)でもかなりの効果が確認されている。しかしながら、上記鋳放し材に適正な溶体化熱処理を施すことにより、さらに効果を高めることが可能である。すなわち炭化物形成元素を添加した本発明の低熱膨張鋳鉄合金を700〜900℃の温度に加熱することにより、炭化物析出と黒鉛化とを促進でき、マトリックス中の固溶炭素が低減されると同時に、その濃度勾配も小さくなり、Ni偏析が低減される。
【0039】
上記溶体化熱処理の加熱時間としては、正味1時間から5時間が適当である。加熱処理後の冷却操作においては、可及的に大きな冷却速度で冷却するほどNi偏析は低減されるが、急冷による残留応力の発生も考慮して適正な冷却条件を選択する。冷却法としては、一般にファン空冷が好適である。
【0040】
次に本発明に係る低熱膨張鋳鉄の組成限定理由について以下に詳細に説明する。すなわち本発明の低熱膨張鋳鉄を構成する鋳造合金は、Cが0.3重量%以上2.5重量%以下,Siが0.8重量%以下,Mnが1.0重量%以下,Niが25重量%以上40重量%以下,Coが9.0重量%以下,但しNiとCoとの合計量が33重量%以上43重量%以下,希土類元素が0.2重量%以下,MgまたはCaが0.1重量%以下,Ti,Zr,Hf,NbおよびTaから選択される少なくとも1種の炭化物形成元素を0.1重量%以上2.0重量%以下,Sが0.003〜0.2重量%,残部Feおよび不純物から成る。
【0041】
上記不純物元素として、一般にAl,Ag,As,B,Bi,Cd,Ce,Cr,Cu,I,K,Li,Mo,P,Pb,Pt,Se,Sn,V,W,Y,Znなどの元素をそれぞれ0.03重量%以下含有しても構わない。
【0042】
上記組成に調整することにより、鋳放し材(as cast 材)の状態において、室温(RT)から100℃の温度範囲での熱膨張係数が4×10-6/℃以下の低熱膨張性の鋳造合金を得ることができる。
【0043】
上記組成において、二次黒鉛化熱処理を必要としない成分条件下で、さらに好ましいCの成分範囲は、1.0重量%以上で2.5重量%以下である。この成分範囲では鋳放し状態(as cast )で黒鉛が晶出しマトリックス中の固溶炭素量が十分に低くなるため、炭化物形成によるNi偏析低減と併せて熱膨張係数が低い鋳造合金が得られる。
【0044】
さらに好ましいCとSiとMnの組成範囲は、重量比でC1.0%以上1,5%以下,Si0.3%以下,Mn0.3%以下である。この組成範囲によれば、鋳放し材においても室温から100℃までの温度範囲によれば、鋳放し材においても室温から100℃までの温度範囲における熱膨張係数が2.5×10-6/℃以下の低熱膨張鋳鉄を得ることができる。
【0045】
以下に各成分の組成範囲の限定理由をより具体的に説明する。
【0046】
本発明に係る低熱膨張鋳鉄において、ニッケル(Ni)は、「インバー効果」を発揮し、室温付近での熱膨張係数の低減に寄与する主成分元素である。上記インバー効果は、鉄中のNi含有量を25〜40重量%の範囲に設定した場合に効果的に得られる。Ni含有量が上記範囲を外れると、いずれも熱膨張係数が増加する。Ni含有量のより好ましい範囲は28〜36重量%である。
【0047】
またコバルト(Co)は、NiとCoとの合計含有量が33〜43重量%の場合にNiとの相乗効果によって熱膨張係数をより一層低減する元素である。しかしながら、Co含有量が9重量%を超えると、低熱膨張性を示す温度範囲が高温側に広がる傾向が表われるが、室温付近での熱膨張係数は大きく増加する。したがって、Co含有量は9重量%以下に設定される。
【0048】
炭素(C)は、低膨張鋳鉄に黒鉛を晶出させ、鋳造性や切削加工性および振動減衰性などを付与する成分である。黒鉛とならなかった炭素は、炭化物および固溶炭素として存在する。本発明では、金属組織中に炭化物をマトリックスの結晶粒内に析出させることにより、Ni偏析を抑制することを特徴としており、炭素は最も重要な構成元素である。残りは固溶炭素となって熱膨張係数増大の原因となる。したがって、固溶炭素量はできるだけ低くなるように設定することが重要である。
【0049】
本発明ではC含有量を0.3%〜2.5重量%としている。C含有量が0.3重量%未満であると、十分な鋳造性や切削加工性,振動減衰性を付与することが困難である。また、C含有量が、2.5重量%を超えると熱膨張係数が増加する。なお、0.3〜1.0重量%の範囲では熱処理なしの鋳放し材のままでは黒鉛は晶出せず、炭化物だけが形成される。
【0050】
この場合に鋳放し材の二次黒鉛化を目的とした熱処理を施すことにより、切削加工性と低膨張性の向上が得られる。また、1.0%〜2.5%の範囲では鋳放し材のままで黒鉛と炭化物との両方が形成され、鋳造性,切削加工性,振動減衰性および低膨張性の優れた低熱膨張鋳造合金が得られる。より好ましいC含有量の範囲は、1.0〜1.5重量%の範囲であり、本発明の炭化物形成を条件に加えることにより、凝固相中の固溶炭素を低く維持することができ、Niの偏析も問題にならない程度に抑制できる。この範囲の炭素量は、as cast 材で急冷熱処理材に近い低膨張性が得られる。
【0051】
シリコン(Si)は、本発明では黒鉛核生成サイトや炭素当量の構成成分といった一般鋳鉄におけるような黒鉛化の役割は小さい。本発明の低膨張鋳鉄ではSiは大気溶解中の酸化抑制効果を得る目的で添加されている。一方、Siは低膨張鋳鉄において熱膨張係数を最も増加させる元素であり、できるだけ含有量を低くすることが望ましく、含有量は0.8重量%以下とする。好ましくは0.3%以下である。
【0052】
マンガン(Mn)は鋳鉄の基礎成分であり、Mnは脱酸剤や強度向上,耐食性向上成分として機能する。但し、含有量があまり多いと、固溶量が増える分だけ熱膨張係数が増大するため、Mnの含有量は1.0重量%以下とする。さらに好ましくは0.3%以下である。
【0053】
マグネシウム(Mg)あるいはカルシウム(Ca)は黒鉛の球状化成分および脱酸材として添加される。Mnと同様、熱膨張係数増大を防ぐために、上記MgまたはCaの含有量の上限は0.1重量%とする。一般にはMgが主体に使用され、Ni−5%Mg合金やFe−5%Mg合金を溶解後、鋳造直前に添加し、溶湯と反応させる。黒鉛の球状化には凝固後の鋳鉄に残留したMgやCa量が一般に0.04〜0.09%が必要であるが、0.01〜0.03%では凝球状黒鉛あるいはCV鋳鉄黒鉛と呼ばれる球状化の崩れた黒鉛が得られる。また、MgおよびCaが脱酸効果のみで残留量が0.01%以下の場合は片状黒鉛組織が得られる。黒鉛の球状化率が低くなるほど、全炭素量中の黒鉛になる炭素の割合が高くなり、固溶炭素量が低下するため低膨張性が向上し、また振動減衰性が向上するが、反面、強度は低下する傾向がある。
【0054】
希土類元素は、溶湯中のSやOとの反応生成物を形成し、これらの反応生成物は極めて有効な黒鉛生成核として働くので黒鉛化を促進する。一般に、希土類元素はミッシュメタルと呼ばれるCe,La,Nd,Prなどの元素からなる合金として添加される。本発明で使用する黒鉛化促進添加材は、ミッシュメタルとして添加しても、希土類元素含有合金として添加しても同様な効果がある。希土類元素の添加量は溶湯中のSやO量に応じて適量とする必要がある。また上記反応生成物(硫化物や酸化物)が黒鉛生成核として機能するためには溶湯中に微細な状態で分散することが必要であり、粗大になると単に脱硫、脱酸効果のみとなってしまう。つまり、希土類元素の残留量が0.2%以上では黒鉛促進化作用は喪失してしまう。
【0055】
その他不純物として燐(P)と硫黄(S)等が実用鋳鉄に含まれるが、Pは本発明の目的には好ましくないので、0.03重量%以下に抑える。しかしながら、Sは希土類元素と反応して黒鉛化促進に必要であり、その含有量はおおよそ、0.003〜0.2%の範囲内にする。好ましくは0.04〜0.1%である。
【0056】
炭化物形成元素については、チタン(Ti),ジルコニウム(Zr),ハフニウム(Hf),ニオブ(Nb),タンタル(Ta)から選ばれた少なくとも1種を0.1〜2.0重量%の範囲で添加する。これら元素は、いずれも鉄合金における炭化物生成自由エネルギーが低い元素であり、これらの元素の炭化物は黒鉛よりも核生成し易く、しかもマトリックスの結晶格子との整合性が良く粒内析出する。炭素量が0.9%以下で黒鉛が無くとも炭化物だけがマトリックス中の結晶粒内に分散析出した組織が得られる。
【0057】
ここで上記のような炭化物形成元素を含有しない従来の低熱膨張鋳鉄においては、図2に示すように、黒鉛の近傍の固溶炭素量が最も低く、黒鉛と黒鉛の中間(デンドライト間隙)になるほど高くなるといった固溶炭素の濃度勾配を生じる。そのため、固溶炭素によって排斥されるNiにも濃度勾配ができ、黒鉛間(デンドライト間隙)にNi量の低い部分が生じる(逆偏析)。
【0058】
しかし本願発明者らの知見によれば、上記のような炭化物形成元素は、図1に示すように、むしろ黒鉛間に偏析し、炭化物を形成することによって、固溶炭素の濃度勾配を解消する効果があることが判明した。すなわち特定の炭化物形成元素を添加することにより、Ni偏析の解消効果と固溶炭素量の低減効果とによる低熱膨張性の向上が実現することを見出した。
【0059】
さらに、低膨張鋳鉄は高Ni含有鋳鉄特有のオーステナイト基地によるねばさが原因で、切削加工性が悪い欠陥を黒鉛で改善しているが、さらに本願のように炭化物の析出させることにより、ねばさを低減し加工性を向上させる効果もあることを見出した。
【0060】
上述した炭化物形成元素は、単独あるいは複合して添加することが可能であるが、添加量は炭素量にもよるが合計量が0.1〜2.0重量%の範囲とする。炭化物形成元素の含有量0.1重量%未満では、十分に炭化物を析出させることができず、Ni偏析低減効果および固溶炭素量低減効果を十分に得ることができない。また、炭化物形成元素の含有量が2.0%を超えると、炭化物形成に寄与しない残留分が増加して熱膨張係数を増大させる。
【0061】
本発明における炭化物形成元素は、少なくとも75%以上(より好ましくは80%以上)を析出相として存在させることが好ましく、望ましくはその殆どを析出相として消耗させることである。これは、炭化物形成元素の固溶分が低熱膨張性に悪影響を及ぼすためである。このように、炭化物形成元素の殆どを析出相として存在させ、基地中に残留させないためには各元素による炭化物の構成から限界量を求め、その量に応じて炭化物形成元素を添加すれば良い。
【0062】
例えば、Tiの場合にはTiCを形成するが、Tiの密度ρTiは4.54g/cm3 で、一方のCの密度ρcは2.25g/cm3 であるから、TiとCの密度比は約2.0倍である。これより、Tiの添加量を黒鉛化後の残留炭素量の約1/3に対して2.0倍程度とすることが望ましい。
【0063】
同様に他の炭化物形成元素と炭素量の密度比は、Nb/Cが3.8,Ta/Cが7.4,Zr/Cが2.9,Hf/Cが5.9である。いずれもMC型炭化物(原子量の比が1:1)であるので、炭化物形成元素の適正な添加量は、下記(4)式で示すように、残留炭素量に対して0.3x密度比を掛けた量となる。残留炭素量は全炭素量が0.8重量%以下では(2)式に示すように、炭素量がほぼ全部残留し、0.9重量%以上では黒鉛が形成されるので、(1)式と(3)式で近似的な計算で残留炭素量を求めることができる。これらの近似式は、本願発明者が数多くのデータを重回帰分析法により見出した計算式である。
【0064】
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
本願発明の炭素量の範囲において、残留炭素量が最大となるのは約0.8重量%であるので、炭化物形成元素の最大添加量は、Taの2.0重量%である。これ以上を添加すると、過剰分が基地中に固溶し、熱膨張係数を増大させる。このように、炭化物形成元素の添加量を適正に設定することによって、炭化物形成元素の固溶分は極めて僅かとなるため、低膨張性の悪化につながることはない。
【0065】
また本発明に係る低熱膨張鋳鉄において金属組織中に粒内析出した炭化物の面積割合は、0.3%〜30%の範囲とすることが好ましい。析出炭化物の面積割合が0.3%未満では、強度,硬度,切削加工性,低膨張性に対する改善効果が不十分となり、30%を超えると炭化物の熱膨張係数や硬さの影響がかえって悪影響を及ぼすことになり、低膨張性と切削加工性とを悪化させる。析出炭化物のより好ましい面積割合は0.5%〜15%の範囲であり、さらに好ましくは1.5%〜5.0%の範囲である。
【0066】
炭化物の粒径も機械的性質や切削加工性に影響する。炭化物の粒径の好ましい範囲は5〜50μmとする。そのためには炭素量と炭化物形成元素の含有量により制御できる。前記の低膨張鋳鉄の成分範囲はその点も考慮したものである。
【0067】
また、本発明における低膨張鋳鉄の球状黒鉛の析出量は、金属組織中の面積割合で、0.5%から15%の範囲とすることが好ましい。析出量が15%以上では、鋳鉄の強度に悪影響を及ぼし、好ましくは、10%以下であることが望ましい。そのために、炭素量の上限を2.5%と設定している。
【0068】
上記析出炭化物の面積割合は、次のような方法で測定する。
【0069】
まず、研磨した低膨張鋳鉄の断面の顕微鏡写真を準備する。炭化物の析出状態を明瞭にするため、王水の10%水溶液でエッチングする。顕微鏡写真の倍率は200倍程度が好ましい。面積割合は次の式で定義する。
【0070】
【数5】
炭化物や黒鉛の合計面積の計測方法は、最近では顕微鏡写真の画像解析装置を用いることが行われているが、300mm×200mm以上の写真になるように拡大した写真を、炭化物と黒鉛および基地組織と別々に切り出し、それぞれの重さを測定した値を用いることによっても面積割合の計算を行なうことができる。
【0071】
次に、熱処理について説明する。
【0072】
本発明方法において実施される溶体化熱処理は、炭化物の形成促進および黒鉛の成長が主要目的である。特に炭素量が08重量%以下で、鋳放し材のままでは黒鉛が十分に形成されない場合において二次黒鉛を形成させることが必要な場合においては重要な処理操作となる。
【0073】
本発明の成分の鋳鉄で炭素量が0.3%〜1.0%の組成では、鋳造組織にはオーステナイト基地中に炭化物が分散して析出しているだけ、あるいはそれに僅かな黒鉛が形成されている組織となり、切削加工性が悪い。そこで700〜900℃の温度で溶体化処理を行うことによって、二次黒鉛を形成する。溶体化熱処理時間は、鋳造品の肉厚,形状に応じて適正な処理時間を決定する必要があるが、次の(5)式で計算される時間が一応の目安となる。
【0074】
【数6】
溶体化熱処理において、上記の黒鉛化と炭化物形成とを促進するためには700℃以上の加熱が必要であるが、上限を900℃とした理由は、900℃以上の加熱では炭化物が分解するために炭化物形成元素は固溶し、熱膨張係数を増大させることになるためである。
【0075】
【作用】
上記構成に係る低熱膨張鋳鉄およびその製造方法によれば、黒鉛生成促進効果が極めて優れた希土類元素を接種材として添加するとともに、炭素との親和力が強い特定の炭化物形成元素を添加し、デンドライト間隙中に存在する固溶炭素と化合せしめて炭化物として粒内析出させているため、炭素の濃度勾配を解消すると同時にNiの濃度勾配をも解消してNi偏析を効果的に防止できる。したがってNi偏析に起因する熱膨張係数の増加を効果的に防止でき、残留応力や歪みを発生し易い急冷熱処理を施すことなく、低熱膨張特性に優れた鋳鉄を提供することができる。
【0076】
さらに上記鋳放し材を溶体化熱処理することにより、炭化物の析出と黒鉛化とをさらに促進でき、マトリックス中の固溶炭素量がさらに低減されると同時に、濃度勾配がさらに緩和され、Ni偏析もさらに低減でき、より優れた低熱膨張特性が得られる。
【0077】
【実施例】
以下、本発明に係る低熱膨張鋳鉄の実施例について説明する。
【0078】
実施例1〜12
下記表2に示す成分組成を有する各鋳鉄材料を、それぞれ100kg容量の高周波電気炉を用いて溶解した後に、砂鋳型に注湯して肉厚が25mmで高さが150mmで幅が200mmで重量が6kgである実施例1〜12に係る鋳造合金をそれぞれ調製した。
【0079】
【表2】
【0080】
各実施例の成分組成は、鋳鉄材の基本成分組成に、Ti,Zr,Hf,Nb,Taから選択された炭化物形成元素を単独あるいは複合して適量添加して設定したものである。なお炭化物形成元素の各添加量は、鋳造時に黒鉛化しなかった残留炭素の1/3量と結合する分量を目安として配合した。
【0081】
こうして調製した各実施例の鋳造合金から、直径が5mmで長さが65mmの試験片を調製し、JIS G5511「鉄系低膨張鋳鉄品」に規定する熱膨張試験方法に準拠して熱膨張試験を実施し、鋳放し材(as cast 材)としての鋳造合金の室温から100℃までの温度範囲における平均熱膨張係数を測定した。また金属組織中に粒内析出した炭化物の面積割合を前記画像解析装置を使用して測定した。
【0082】
さらに各実施例の鋳造合金を電気炉内で温度850℃で4時間、溶体化熱処理を行った後に空冷し、得られた熱処理材についても、前記鋳放し材と同様にして、平均熱膨張係数および析出炭化物の面積割合を測定して下記表3に示す結果を得た。
【0083】
【表3】
【0084】
表3に示す測定結果から明らかなように、炭化物形成元素を添加した所定の成分範囲を有する各実施例に係る低熱膨張鋳鉄においては、鋳放し(as cast )状態でも室温から100℃の温度範囲における平均熱膨張係数が4×10-6/℃以下である。特に実施例1〜4の組成においては、鋳放しのままでも室温付近の熱膨張係数が2×10-6/℃以下となり、優れた低熱膨張特性を発揮することが判明した。
【0085】
さらに各実施例の鋳放し材について上記条件で溶体化熱処理を施すことにより、熱膨張係数が一段と低減されることが判明した。上記熱処理は水焼き入れ等の急冷処理でなく大気中にて放冷した程度の緩慢な冷却処理であるため、鋳造品に過度の残留応力や歪みは発生しない利点がある。したがって本実施例によれば急冷処理を行うことなくNi偏析を低減でき低熱膨張性に優れた鋳鉄を提供できることが実証された。
【0086】
比較例1〜12
一方、下記表4に示す成分組成を有する各鋳鉄材料を、それぞれ100kg容量の高周波電気炉を用いて溶解した後に、砂鋳型に注湯して肉厚が25mmで高さが150mmで幅が200mmで重量が6kgである比較例1〜12に係る鋳造合金をそれぞれ調製した。各比較例の成分組成は、本願発明の組成条件から外れた条件に設定したものである。
【0087】
【表4】
【0088】
こうして調製した各比較例の鋳造合金から、実施例と同様にして試験片を調製し、熱膨張試験を実施し、鋳放し材(as cast 材)としての鋳造合金の室温から100℃までの温度範囲における平均熱膨張係数を測定した。また金属組織中に粒内析出した炭化物の面積割合を前記画像解析装置を使用して測定した。
【0089】
さらに各比較例の鋳造合金を実施例と同様に電気炉内で温度850℃で4時間、溶体化熱処理を行った後に空冷し、得られた熱処理材についても、前記鋳放し材と同様にして、平均熱膨張係数および析出炭化物の面積割合を測定して下記表5に示す結果を得た。
【0090】
【表5】
【0091】
表5に示す測定結果から明らかなように、本願発明で特定した炭化物形成元素を添加しないもの、本願発明で規定する組成範囲を外れた鋳鉄材料においては、鋳放し(as cast )の状態で室温付近の熱膨張係数は4×10-6/℃を超えてしまうことが判明した。
【0092】
また上記各比較例の鋳放し材を実施例と同様な条件で溶体化熱処理した場合においても、各比較例の熱処理材の熱膨張係数は、実施例の熱処理材の熱膨張係数と比較して高い値となり、低熱膨張特性が不十分であることが判明した。
【0093】
さらに比較例9〜12に係る鋳造合金は、本願発明で特定した炭化物形成元素添加したものでなく、Cr,V,Mo,Wを添加した合金である。しかしながら、これらの元素は粒界に炭化物を形成しているため、デンドライト間隙におけるNi偏析を低減する効果が少なく、熱膨張係数の改善効果は少ないことが確認された。
【0094】
【発明の効果】
以上説明の通り、本発明に係る低熱膨張鋳鉄およびその製造方法によれば、黒鉛生成促進効果が極めて優れた希土類元素を接種材として添加するとともに、炭素との親和力が強い特定の炭化物形成元素を添加し、デンドライト間隙中に存在する固溶炭素と化合せしめて炭化物として粒内析出させているため、炭素の濃度勾配を解消すると同時にNiの濃度勾配をも解消してNi偏析を効果的に防止できる。したがってNi偏析に起因する熱膨張係数の増加を効果的に防止でき、残留応力や歪みを発生し易い急冷熱処理を施すことなく、低熱膨張特性に優れた鋳鉄を提供することができる。
【0095】
さらに上記鋳放し材を溶体化熱処理することにより、炭化物の析出と黒鉛化とをさらに促進でき、マトリックス中の固溶炭素量がさらに低減されると同時に、濃度勾配がさらに緩和され、Ni偏析もさらに低減でき、より優れた低熱膨張特性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係る低熱膨張鋳鉄の金属組織におけるNi濃度とC濃度とを示す模式図。
【図2】従来の低熱膨張鋳鉄の金属組織におけるNi濃度とC濃度とを示す模式図。
Claims (5)
- 室温から100℃までの温度範囲における熱膨張係数が4×10-6/℃以下である高Ni含有の低熱膨張鋳鉄であって、その鋳放し材を室温から液体窒素温度に冷却したときにオーステナイト基地組織がマルテンサイト組織に変態する面積率が15%以下であり、かつ上記低熱膨張鋳鉄は、Cを0.3重量%以上2.5重量%以下、Siを0.8重量%以下、Mnを1.0重量%以下、Niを25重量%以上40重量%以下、Coを9.0重量%以下、但しNiとCoとの合計量が33重量%以上43重量%以下、MgまたはCaを0.1重量%以下、希土類元素を0.2重量%以下、Nb,Ti,Zr,TaおよびHfから選択される少なくとも1種の炭化物形成元素を2.0重量%以下含有し、残部Feおよび不純物から成ることを特徴とする低熱膨張鋳鉄。
- C含有量が0.8重量%以上1.5重量%以下,Si含有量が0.3重量%以下,Mn含有量が0.3重量%以下であることを特徴とする請求項1記載の低熱膨張鋳鉄。
- 室温から100℃までの温度範囲における熱膨張係数が4×10-6/℃以下で高Ni含有の低熱膨張鋳鉄の製造方法において、Cが0.3重量%以上2.5重量%以下,Siが0.8重量%以下,Mnが1.0重量%以下,Niが25重量%以上40重量%以下,Coが9.0重量%以下,但しNiとCoとの合計量が33重量%以上43重量%以下,残部Feおよび不純物から成る材料を溶解して溶湯を調製し、鋳造後に残留するMgまたはCaが0.1重量%以下(Oを含む)となるような条件でMgあるいはCaの合金を溶湯に添加した後、希土類元素およびNb,Ti,Ta,Zr,Hfなどの炭化物形成元素の少なくとも1種を含む接種材を鋳造直前に添加し、鋳込むことを特徴とする低熱膨張鋳鉄の製造方法。
- 接種材の添加を鋳型内で行う鋳型内接種を実施することを特徴とする請求項3記載の低熱膨張鋳鉄の製造方法。
- チラーを装着した鋳型内にあるいは金型または黒鉛型に鋳造することを特徴とする請求項3記載の低熱膨張鋳鉄の製造方法。
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