JP3698069B2 - 新規遺伝子 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、味物質受容体、特に甘味受容体と考えられるマウスT1R3をコードする遺伝子、該遺伝子を含有するベクター、該ベクターを含有する形質転換細胞及びマウスT1R3タンパク質に関する。
【0002】
【従来の技術】
食物・飲料等に含まれるさまざまな味物質は、舌全体ではなく、舌上にある味細胞という特殊な細胞で認識されている。味細胞は、その数十個がつぼみ状に集合し、味蕾とよばれる構造を形成し、味孔と呼ばれる穴からその先端のみを舌の表面へと露出している。その味蕾は舌上にある茸状乳頭・葉状乳頭・有郭乳頭という3種類の構造体に多く存在する。茸状乳頭は舌の前半部分に散在している茸状の突起で、各乳頭には1個から数個の味蕾が含まれている。葉状乳頭は舌の奥の両側面にある複数の溝で、溝の奥に数十個の味蕾が並んで存在している。有郭乳頭は舌の奥の中央にある円形あるいは平行した溝のある構造体で、溝の奥に数十個の味蕾が並んで存在している。味細胞は、味孔から露出している細胞膜上で味物質と接触することにより興奮し、その刺激を基底部でシナプス結合する味覚神経線維へと伝達する。味物質の種類は多様であるが、すべて甘味・苦味・酸味・塩味・旨味の5つの基本味から構成されていることが知られている。これまでの生化学的・電気生理学的解析から、酸味と塩味は味細胞の細胞膜上に発現するチャネル型受容体で認識されると考えられている。一方、甘味・苦味・旨味はG蛋白質共役型受容体で認識されていると考えられている。G蛋白質共役型受容体は様々な細胞で多く見出されている受容体で、主に細胞膜外の化合物を識別し、その情報を細胞内のG蛋白質という情報伝達因子に伝える役割を果たしている。近年の分子生物学的解析により、味細胞において発現するG蛋白質共役型受容体が幾つか同定されており、その一次構造からT1Rファミリー・T2Rファミリー・taste-mGluR4の三つのカテゴリーに分類されている。T1Rファミリーは、長い膜外領域が特徴的な受容体ファミリーで味細胞に特異的に発現することが知られている。このファミリーを構成する遺伝子は、これまでにマウス・ラットでそれぞれ2種知られており、T1R1・T1R2と名付けられている。T1Rファミリーは鋤鼻器官に発現しているV2Rファミリーと相同性が高いことが知られているが、結合する化合物は現在のところ不明であり、味細胞における生理的機能は分かっていない。T2Rファミリーは膜外領域がほとんど無い受容体ファミリーで、ヒト・マウスにおいて苦味物質の認識に関与すると考えられている染色体領域から見出された遺伝子ファミリーで、培養細胞を用いた再構成系においてこの受容体を介した苦味物質のシグナル伝達が確認されたことから、苦味物質の受容体であると考えられている。Taste-mGluR4は味細胞特異的に発現することが確認されている受容体で、グルタミン酸の受容体として知られているmGluR4の膜外領域が一部欠損した受容体である。培養細胞による再構成系で、生理的に旨味を感じるとされる濃度のグルタミン酸によって細胞内へのシグナル伝達が確認されたことから、旨味の受容体であると考えられている。以上のように、苦味・旨味に関してはそれぞれT2R・Taste-mGluR4が受容体として働いていることが予想されているが、T1Rファミリーの機能は全く不明である。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
T1Rファミリーを構成する遺伝子はこれまでのところ2つしか知られておらず、その機能を類推するのは難しい。T1Rファミリーに属する新たな遺伝子を探索し、その解析をすることは、その機能を解明して行くうえで重要であると考えられる。
【0004】
【課題を解決するための手段】
そこで、本発明者等は上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、新しい遺伝子T1R3を見出した。その一次構造・組織分布・舌上の乳頭における発現様式・染色体上における位置を解析した結果、この受容体は甘味受容体として機能していることが示唆された。
【0005】
すなわち、分子生物学では遺伝子のアミノ酸配列が相似しているものを分子ファミリーと呼ぶ。ファミリー内で共通に見出されるアミノ酸配列は、特にその機能に重要な役割を果たす事が知られている。言い換えれば、ある共通の機能をもつ遺伝子のアミノ酸配列を比較するとその機能を担う配列は高く保存されている。つまり、T1Rファミリーの新たな遺伝子を見出すには、既知のT1Rファミリーを構成するものに共通のアミノ酸配列を選び出し、そのアミノ酸をコードする塩基配列の組み合わせをすべて含むプライマー(degenerate primerという)を作成し、PCRにより探索を行う。新規なT1Rファミリーの遺伝子を得るために、既知のマウスT1R1 ・ T1R2と、それらに相同性の高いV2RファミリーのマウスV2R1 ・ V2R2の4つの分子種間で高く保存されているアミノ酸配列を選び出し、degenerate primerを作成した。そのプライマーを用いて、有郭乳頭cDNAを鋳型としてPCR増幅を行ったところ、アミノ酸残基の長さから予想される長さに相当するDNA断片を得た。その断片をベクターに組み込み、得られた組換えベクターをいくつかシークエンスしたところ、T1R1 ・ T1R2と相同性の高いアミノ酸配列をコードする断片が得られた。そこで、このcDNA断片の全長を得るために、RACE法を用いた。5'-RACEにより得られた断片には開始コドンと予想される配列が見出され、3'-RACE により得られた断片には終止コドンとポリAが見出された。これらのRACE断片の塩基配列を元に作製したプライマーで cDNA全長の増幅を試みたところ、予想される長さの断片が得られた。そのシークエンスを決定したところ、858アミノ酸からなる推定分子量94.5 kDa の蛋白質をコードしていることが明らかとなった。データベースサーチしたところ、GPCR subfamily 3に含まれるレセプターに相同性の高いことが明らかとなった。なかでも高い相同性は T1R1 ・ T1R2 に対して見られたので、T1Rファミリーに属する新しい遺伝子であることが考えられた。そこで 、この遺伝子をT1R3と名付けた。
さらに、T1R3が発現する組織及び部位を確認するため、T1R3のmRNAの発現の組織をRT-PCR法で検討し、その組織中での発現部位を、in situ hybridizationにより検討した。
【0006】
次に、T1R3の機能を推定することを目的として、その遺伝子の染色体上の位置を解析した。マウスは行動学的解析から様々な甘味・苦味物質に対して感受性が異なる系統が多く存在することが知られている。これらの系統をかけ合わせ、幾つかの染色体上のマーカーを利用して遺伝学的に解析することにより、様々な味物質に対する嗜好性を変化させる遺伝子の染色体上における位置を決定することが昔から行われてきていた。苦味に関しては、幾つかの苦味物質に対して、それを含む水を避ける系統と避けずに水と同様に消費するマウスが存在することが知られている。この感受性の差を生じる遺伝子は苦味受容体であると予想されていたが、その遺伝子があると考えられる領域を検索することで、受容体候補遺伝子が見出された。さらに、その遺伝子は一部の味細胞に特異的に発現することが見出された。現在では、培養細胞にその遺伝子を発現させて、苦味物質に対して受容体として働くことが証明されている。甘味に関しては、サッカリンという人工甘味物質を感じて好んで飲むマウスと水と同様に消費するマウスが知られている。味覚神経繊維の応答などから、味細胞の甘味に対する感受性が異なることが明らかとなっており、これもまた甘味に対する受容体が存在し、この遺伝子の系統間での差が甘味物質の嗜好性の差につながっていると考えられている。その遺伝子はsacと呼ばれており、マウスの第4染色体の末端に位置し、その遺伝的距離はセントロメアから83 cM周辺と解析されている。しかしsac周辺に位置する受容体候補遺伝子はこれまで同定されていない。そこで、T1R3についてその可能性を検討するために、染色体上の位置をradiation hybrid panel法によって決定した。このような検討の結果、本発明者らはマウスT1R3が、が味物質受容体、特に甘味受容体として機能することを見出し本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1) 以下の(a)又は(b)の組換えタンパク質、
(a) 配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(b) 配列番号2で表されるアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ味物質受容体活性を有するタンパク質
【0008】
(2) 以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードするマウスT1R3遺伝子、
(a) 配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(b) 配列番号2で表されるアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ味物質受容体活性を有するタンパク質
【0009】
(3) 以下の(c)又は(d)のDNAを含む遺伝子、
(c) 配列番号1で表される塩基配列を含むDNA
(d) 配列番号1で表される塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ味物質受容体活性を有するタンパク質をコードするDNA
【0010】
(4) (2)又は(3)の遺伝子を含む組換えベクター、
(5) (4)の組換えベクターを含む形質転換体、及び
(6) (5)の組換えベクターを含む形質転換体を味物質受容体リガンドと接触させて、カルシウム放出、膜電位変化又はレポーター遺伝子の発現からなる群から選択される細胞内変化を誘導し、該細胞内変化を測定することを含む味物質をスクリーニングする方法。
以下、本発明を詳細に説明する。
【0011】
【発明の実施の形態】
本発明の遺伝子は、mRNAを抽出し、cDNAを合成して単離することができる。mRNAの供給源としてはマウスの舌の茸状乳頭、葉状乳頭又は有郭乳頭を用いることができる。
【0012】
mRNAの調製は、通常行われる手法により行うことができる。例えば、上記供給源から、グアニジンチオシアネートー塩化セシウム法などにより全RNAを抽出した後、オリゴdT−セルロースやポリU−セファロース等を用いたアフィニティーカラム法により、あるいはバッチ法によりポリ(A)+RNA(mRNA)を得ることができる。さらに、ショ糖密度勾配遠心法等によりポリ(A)+RNAをさらに分画しても良い。このようにして得られたmRNAを鋳型として、オリゴdTプライマー及び逆転写酵素を用いて一本鎖cDNAを合成した後、該一本鎖cDNAから二本鎖cDNAを合成する。
このようにして得られたcDNAから、マウスT1RファミリーとV2Rファミリーに共通するアミノ酸配列に基づいて合成したPCRプライマーを用いて、PCR法にて本発明の遺伝子の一部を取得することができる。
【0013】
また、合成した二本鎖cDNAを適当なベクターに組み込んで、該ベクターを用いて大腸菌等を形質転換してcDNAライブラリーを作製して本発明の遺伝子の一部を取得することもできる。cDNAは、適当な制限酵素とリガーゼを用いる通常の方法でベクターに組込むことができる。例えば、得られたcDNAを、適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位に挿入してベクターに連結する方法などがある。この際のベクターとして、プラスミド、ファージ、ウイルス等の宿主細胞において複製可能である限りいかなるベクターも用いることができる。例えば、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pKC30、pCFM536等の大腸菌プラスミド、pUB110等の枯草菌プラスミド、pG-1、YEp13、YCp50等の酵母プラスミド、λgt110、λZAPII等のファージのDNA等が挙げられ、哺乳類細胞用のベクターとしては、バキュロウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルス等のウイルスDNA、SV40とその誘導体等が挙げられる。ベクターは、複製開始点、選択マーカー、プロモータを含み、必要に応じてエンハンサー、転写終結配列(ターミネーター)、リボソーム結合部位、ポリアデニル化シグナル等を含んでいてもよい。
【0014】
宿主細胞としては、大腸菌、ストレプトミセス、枯草菌等の細菌細胞、アスペルギルス属菌株等の真菌細胞、パン酵母、メタノール資化性酵母等の酵母細胞、ドロソフィラS2、スポドプテラSf9等の昆虫細胞、CHO、COS、BHK、3T3、C127等の哺乳類細胞等が挙げられる。
形質転換は、塩化カルシウム、リン酸カルシウム、DEAE-デキストラン介在トランスフェクション、エレクトロポーレーション等の公知の方法で行うことができる。
【0015】
このようにして得られたクローン化DNAライブラリーから、目的のDNAを選択する。選択方法として、マウスT1RファミリーとV2Rファミリーに共通するアミノ酸配列に基づいて合成したプローブを用いてのプラークハイブリダイゼーション法、コロニーハイブリダイゼーション法やイムノスクリーニング法等の方法を用いることができる。
【0016】
PCR反応後、反応液をアガロースやポリアクリルアミドゲルで解析し、2種類のプライマーにより増幅されるDNA断片の中から、予想される大きさの断片を回収、精製し、市販の、例えばpGEM-T Easy等のPCR断片を直接組み込むことができるベクターにつなぎ、塩基配列の決定に用いることができる。
【0017】
塩基配列の決定は、例えば、マキサム・ギルバート法(Maxam,A.M. and Gilbert, W.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA.,74,560,1977)又はジデオキシ法(Messing, J et al.,Nucl.Acids Res.,9,309,1981)等により行うことができる。これらの原理を応用した塩基配列自動解析装置を用いて配列を決定することもできる。
マウスT1R1又はT1R2と相同性の高い塩基配列を有するcDNA断片を選択することにより、本発明の遺伝子の全長cDNAを得ることができる。
【0018】
全長cDNAは、cDNA断片より作製したプライマーを用いて両末端にアダプター配列を接続したテンプレートcDNAに対するRACE-PCRを行い(RACE法)、取得することができる。RACE(Rapid Amplification of cDNA ends)法とは、cDNAの5’又は3’欠失部位をPCRにより迅速に回収する方法である。
【0019】
すなわち、得られた部分cDNA断片の配列を決定した後、該部分cNDA配列を基に遺伝子特異的プライマー(GSP)を設計する。GSPは、当該部分cDNA配列より5’側及び3’側の領域に存在するDNA断片であって配列が未知のDNA断片を増幅するために必要とされるプライマーである。GSPの配列は、当該部分cDNA配列から任意に選択することができる。
【0020】
次に、部分cDNAよりも外側(5’側(上流側)及び3’側(下流側))のDNA断片を増幅する。この鋳型となるDNA断片の配列は未知であるが、各DNA断片の末端にはアダプター配列が付加されている。そこで、アダプター配列にハイブリダイズするプライマー(アダプタープライマー(AP)という)及び前記GSPをプライマーとして用いて、アダプターが連結された配列が未知のcDNA断片の増幅反応を行う。
本発明においては、RACE法は、市販のキット(MarathonTM cDNA Amplification Kit(Clontech社))を用いて行うことができる。
【0021】
上記のようにして得られた既知の部分配列、5’RACE産物及び3’RACE産物の塩基配列からアセンブリにより全長cDNAの塩基配列を得ることができる。すなわち、各DNA断片の塩基配列間でオーバーラップしている部分をつないで5’及び3’部分を含む全長の塩基配列を得る。
【0022】
これを入手可能な適当な発現ベクターに組み込んで、さらに適当な宿主細胞に形質転換し、適当な培地中で培養、発現させ、目的蛋白質を回収、精製することができる。ベクター及び宿主細胞は上述のものを用いることができる。得られたリコンビナント蛋白質は、各種の分離精製方法により、分離・精製することができる。例えば、硫酸アンモニウム沈殿、ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独でまたは適宜組合せて用いることができる。
【0023】
配列番号1に本発明の遺伝子の塩基配列を、配列番号2に本発明のマウスT1R3のアミノ酸配列を例示するが、このアミノ酸配列を含むタンパク質が味物質受容体活性を有する限り、当該アミノ酸配列において複数個、好ましくは数個のアミノ酸に欠失、置換、付加等の変異が生じてもよい。
【0024】
例えば、配列番号2で表されるアミノ酸配列の1〜10個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜4個、特に好ましくは1個若しくは2個のアミノ酸が欠失してもよく、配列番号2で表されるアミノ酸配列の1〜10個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜4個、特に好ましくは1個若しくは2個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換してもよい。また、配列番号2で表されるアミノ酸配列に1〜10個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜4個、特に好ましくは1個若しくは2個のアミノ酸が付加していてもよい。
【0025】
ここで、本発明において味物質受容体活性とは、マウスT1R3の有する活性であり、味物質を受容してシグナルを伝達する活性であり、特に甘味受容体としての活性をいう。味物質受容体活性は、例えば、本発明のタンパク質を発現する形質転換細胞に甘味物質等の味物質で刺激した場合に、カルシウム放出、膜電位変化等の細胞内変化が生じるアッセイ系を用いて測定することができる。
【0026】
また配列番号1の遺伝子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができるDNAも本発明の遺伝子に含まれる。ストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、相同性が高いDNA同士、すなわち60%以上、好ましくは80%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それにより相同性が低い核酸同士がハイブリダイズしない条件が挙げられる。より具体的には、ナトリウム濃度が150〜900mM、好ましくは600〜900mMであり、温度が60〜68℃、好ましくは65℃での条件をいう。
【0027】
一旦遺伝子の塩基配列が確定されると、その後は化学合成によって、又はクローニングされたcDNAを鋳型としたPCRによって、あるいは該塩基配列を有するDNA断片をプローブとしてハイブリダイズさせることによって、本発明の遺伝子を得ることができる。
【0028】
遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用することができる。例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異導入が行われる。このようにして、得られたDNAにより上述のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ味物質受容体活性を有するタンパク質を取得することができる。
【0029】
得られた遺伝子の各組織での発現解析は、RT-PCR法によりmRNAを検出することにより行うことができる。即ち上述の方法により得たmRNAから逆転写酵素を用いてcDNAを作製し、マウスT1R3塩基配列に特異的なプライマーを用いてマウスの舌の有郭乳頭のmRNA由来のcDNAだけを増幅し検出することができる。
【0030】
さらに、発現部位をin situ hybridizationにより解析することが可能である。即ち、有郭乳頭の切片標本を作製し、T1R3のアンチセンスRNAプローブを用いてin situ hybridizationによりT1R3の発現部位を解析することができる。
本発明の遺伝子の染色体上の位置は、mouse/hamster radiation hybrid panel(Research Genetics, Huntsville, AL)を用いて決定することができる。
【0031】
本発明の遺伝子T1R3の発現ベクターあるいは発現ウイルスを動物培養細胞等に外来的に導入し、外部からの甘味物質等、受容体のリガンドによる刺激が、細胞内の変化(カルシウム放出・膜電位変化・レポーター遺伝子の発現等)を誘導するアッセイ系を作成することもできる。この系を用れば、様々な天然の抽出物あるいは化合物の中から甘味を呈する物質を探索・同定することができる。 また、この受容体の立体構造を決定すれば、そのリガンド結合に重要な役割を果たす部位が明らかとなる。その結果、甘味を呈する化合物を人工的に設計できる。
【0032】
【実施例】
以下、実施例により、本発明をより具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲がこれらの実施例により限定されるべきではない。
〔実施例1〕RNA及びcDNAの調製
6週令のマウス (C57BL/6NCrj) は頚椎脱臼で殺した。すみやかに舌を摘出しリンガー液 (26 mM NaHCO3, 2.5 mM NaH2PO4・2H2O, 65 mM NaCl, 20 mM KCl, 1 mM EDTA・4Na, 20 mM グルコース)に加えた。 2.5 mg/ml コラゲナーゼ タイプ IV と2 mg/ml エラスターゼ を含むリンガー液を有郭乳頭近傍に注入し、室温にて15分間放置後、有郭乳頭を剥がした。Total RNA は TRIZOL 溶液(Life Technologies) で定法に従って調製し、第1鎖(first strand) cDNA はオリゴ(dT)12-15 プライマーをプライマーとし、Superscript kit (Life Technologies)を用いて調製した。
【0033】
〔実施例2〕縮重プライマー(Degenerate primer)の調製とPCRによるクローニング
マウスのT1RファミリーとV2Rファミリーに共通するアミノ酸配列に基づき、以下の縮重プライマーを合成した。即ち、5'-GCIGTITA(C/T)GCI(A/G)TIGCICA-3' (配列番号3、名称 TRF1)で アミノ酸配列AVYA(I/V)A(H/Q)(配列番号4)に相当するプライマー, 5'-TG(C/T)TG(C/T)TT(C/T)GAITG(C/T)IT-3' (配列番号5、名称 TRF2)でアミノ酸配列CCF(D/E)C(I/L/V)(配列番号6)に相当するプライマー、及び 5'-A(A/G)(A/G/T)ATIA(C/T)(A/G)CA(C/T)TTIGG-3' (配列番号7、名称 TRR1)でアミノ酸配列PKC(F/Y)(I/M/V)I(配列番号8)に相当するプライマーである。プライマー TRF1 とTRR1を用いて, 1回目のPCR を有郭乳頭のcDNA を鋳型として反応条件94 °C 30 秒, 45 °C 30 秒, 72 °C 1 分を40サイクルで増幅した。約1.3 kbp の断片を単離し、それを鋳型として2回目のPCRをプライマーTRF2と TRR1を用いて1回目とおなじ反応条件で増幅した。増幅された約900 bpの断片を単離しベクター pGEM-T Easy (Promega) へ組み込んだ後、インサートのシークエンスを決定した。
【0034】
塩基配列をT1R1又はT1R2の塩基配列と比較し、相同性の高い断片を得た。
そのcDNA断片の全長を得るためにRACE法を用いた。5'-RACEはFirstChioce RLM-RACE kit (Ambion) を用いて行った。3'-RACE はアダプタープライマー付きオリゴ(dT)を プライマーとして有郭乳頭のcDNA を鋳型として行った。RACE法は基本的にFrohman, M. A.らの方法(Proc. Natl. Acad.Sci. U. S. A. 85, 8998-9002, 1988)に従って行った。3’-RACE に使用したアダプタープライマー付きオリゴ(dT)は5'-GGCCACGCGTCGACTAGTAC(T)17-3'(配列番号9)、アダプタープライマーは 5'- GGCCACGCGTCGACTAGTAC -3'(配列番号10)である。
【0035】
5'-RACEにより得られた断片には開始コドンと予想される配列が見出され、3'-RACE により得られた断片には終止コドンとポリAが見出された。これらのRACE断片の塩基配列を元に作製したプライマーで cDNA全長の増幅を試みたところ、予想される長さの断片が得られた。そのシークエンスを決定したところ、858アミノ酸からなる推定分子量94.5 kDa の蛋白質をコードしていることが明らかとなった。配列番号1に全長DNA配列を、配列番号2にそのORFがコードするタンパク質のアミノ酸配列を示す。この配列についてデータベースサーチしたところ、GPCR サブファミリー 3に含まれるレセプターに相同性の高いことが明らかとなった。なかでも高い相同性は T1R1 ・ T1R2 に対して見られたので、T1Rファミリーに属する新しい遺伝子であることが考えられた。そこで 、この遺伝子をT1R3と名付けた。
cDNA 全長の塩基配列はDDBJ/EMBL/GenBank Data Libraries にaccession number AB049994として登録してある。
【0036】
〔実施例3〕RT-PCR 解析
マウスの各種組織からTotal RNA を調製する方法は上述のとおりである。二組のプライマーをT1R3 とβ-アクチンのmRNA量解析目的のために作成した。:5'-CTACCCTGGCAGCTCCTGGA-3'(配列番号11)と5'-CAGGTGAAGTCATCTGGATGCTT-3'(配列番号12)は T1R3増幅用として, 5'-ATCGTGGGCCGCTCTAGGCACC-3'(配列番号13)と5'-CTCTTTGATGTCACGCACGATTTC-3'(配列番号14)はβ-アクチン増幅用とした。第1鎖(First strand) cDNA は100ng の total RNA から調製し、上記プライマーにより増幅を行った。PCR 条件は94 °C 30 秒、57 °C 30 秒、72 °C 30 秒で30サイクルとした。
【0037】
RT-PCTの結果、舌の有郭乳頭と精巣にその発現が確認された(図1)。図1中、上(a)がT1R3の結果であり、下(b)がβ-アクチンの結果である。予想されるDNA断片の大きさは矢印で示した。尚、マーカーは1kb ladderを用いている。
【0038】
〔実施例4〕In situ hybridization解析
実施例3で認められたT1R3と同様の発現パターンは、他の味覚受容体や嗅覚受容体にも見出されているが、その精巣での機能は明らかでない。もし、このT1R3が味覚受容体として機能しているならば、有郭乳頭の味細胞にその発現が限られているはずである。そこで、有郭乳頭の切片をT1R3のアンチセンスRNAプローブによりin situ hybridization することで、有郭乳頭における発現部位を検討した。
【0039】
T1R3が甘味受容体として働いているとすれば、この受容体と結合するG蛋白質が甘味のシグナル伝達に関与することが予想されるが、味細胞においてはこれまでにガストデューシン(gustducin)というG蛋白質が甘味のシグナル伝達に重要であることが知られている。実際、このガストデューシンを遺伝子破壊したマウスは甘味を認識できなくなることが報告されている。このガストデューシンは味蕾の一部の味細胞に発現が限定されていることから、味蕾の全ての味細胞が甘味を受容する訳ではなく、ガストデューシンを発現する味細胞が甘味を受容すると考えられる。そこで、T1R3とガストデューシンを発現する味細胞が味蕾中において同一なのか異なるのかをin situ hybridizationの二重染色で検討した。
ガストデューシンについては、プライマー 5’- AACTCGAGATGGGAAGTGGAATTAGTTCAGA-3’(配列番号15)と 5’- AAGTCGACGCTCAGAAGAGCCCACAGTCTTTGA-3’(配列番号16)を用いて増幅し、得られた断片をベクター pGEM-T Easy へ組み込み、RNA プローブ調製用の鋳型とした。T1R3については、プライマーTRF2とTRR1によって増幅された断片をベクターpGEM-T Easyへ導入したものを RNAプローブ調製用の鋳型とした。ジゴキシゲニン標識またはフルオレセイン標識されたRNA プローブの調製はSP6/T7 Transcription Kit (Roche)により行った。組織は6週令のマウス (C57BL/6NCrj)より摘出し、OCT コンパウンド内に凍結し、厚さ5 μm の切片として切り出し、APSコートしたスライドガラスに固定した。ハイブリダイゼーションは日下部らの手法(Chem. Senses 25, 525-531, 2000)に従った。ハイブリダイズしたプローブは、アルカリフォスファターゼの結合した抗ジゴキシゲニン抗体と試薬ニトロブルーテトラゾリウム(nitroblue tetrazolium)と5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルフォスフェート(5-bromo-4-chloro-3-indolyl phosphate)(Roche)を基質として検出した。二重染色は、主にJowettらの手法(Trends Genet. 12, 387-389, 1996)に従った。最初にアルカリフォスファターゼ標識された抗フルオレセイン抗体とFastRed試薬(Roche)によりフルオレセイン標識されたRNAプローブを検出した。その後、グリシンバッファーによりアルカリフォスファターゼを失活させた。その後、アルカリフォスファターゼ標識された抗ジゴキシゲニン抗体と試薬ニトロブルーテトラゾリウムと5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルフォスフェート(Roche)を基質として検出した。
【0040】
in situ hybridizationの結果、T1R3を発現する細胞は味蕾中の一部の味細胞に限定されていて、その他の間充細胞・上皮細胞には発現していないことが判明した(図2)。味細胞は他の乳頭にも含まれているので葉状乳頭・茸状乳頭における発現も同様に検討した(図2)。その結果、舌上にある全ての乳頭の味蕾には、T1R3を発現する味細胞が存在することが確認された。図2上図、中図及び下図は、それぞれマウスC57BL/6NCrjの有郭乳頭、葉状乳頭及び茸状乳頭の切片を用いてのin situ hybridizationの結果である。
【0041】
またT1R3とガストデューシンの二重染色の結果、有郭・葉状乳頭においては、それぞれの発現部位は一致しなかった(図3)。しかし、茸状乳頭の味蕾中においてはその発現部位が一致していた。図3上図、中図及び下図は、それぞれマウスC57BL/6NCrjの有郭乳頭、葉状乳頭及び茸状乳頭の切片を用いて行った二重染色の結果である。左側の列はジゴキシゲニン標識したガストデューシンプローブによる発色(黒く見える)を、右側の列はフルオレセイン標識したT1R3プローブによる発色(白く見える)を、中央の列は右列の赤色を左列の画像に合成したものを示す。以上の結果は、茸状乳頭の存在する舌前部においてはガストデューシンとT1R3が同一の味細胞で発現していることを示している。甘味は舌前部の方が感受性が高いことが知られていることからも、T1R3がガストデューシンを介して甘味受容シグナルを伝達している可能性が考えられる。
【0042】
〔実施例5〕染色体上の位置決定
次に、T1R3の機能を推定することを目的として、その遺伝子の染色体上の位置を解析した。同時に相同性の高いT1R1,T1R2についても決定した。
【0043】
マウスT1R1とT1R2 とT1R3 の遺伝子の染色体上における位置はmouse/hamster radiation hybrid panel (Research Genetics, Huntsville, AL)を用いて決定した。用いたプライマーは以下の通り:5'- CCGTTGAGGAGATAAACAACTCCACAGCTC-3'(配列番号17)と5'- GGGCTCAGCAGGGCAGCAGTGGTGA-3'(配列番号18)をT1R1用に、 5'- ACAACTGTAGCTCTCTGCTGCCCGGCGT-3'(配列番号19)と5'- GGAGAGAATGTTGGACACGGTGATGGCGG-3'(配列番号20)をT1R2用に、 5'- CCGTGCCCGTGGTCTCACCTTCGCCATG-3'(配列番号21)と5'- GGTCATTCATTGTGTCCCTGAGCTGCCTC-3'(配列番号22)をT1R3用とした。PCRの反応条件は 94 °C 30秒、67 °C 30秒、72 °C 30秒を30サイクルとした。増幅される断片の長さは、T1R1、T1R2 、T1R3プライマーセットについて それぞれ238、218、288 bpである。結果はWhitehead Institute/MIT Center(<http://www.genome.wi.mit.edu>)のradiation hybrid mapping service へ入力し、得た。
【0044】
この結果、これら3つのT1R遺伝子は全て第4染色体上に位置することが明らかになったが、その遺伝的距離はT1R1が約75 cM、T1R2が約69 cM、T1R3が約82 cMとなった(図4)。図4中、左側の数字は遺伝的距離(cM)、右側の数字は物理的距離(cR)を示す。また、White Institute/MIT Centerの解析結果から得られた、T1R1、T1R2及びT1R3の染色体上の位置と、その近位に位置するマーカーとの順序及び距離を示している。T1R1,T1R2はその距離が離れているためsacに相当する遺伝子とは考えられないが、T1R3はsacと非常に近い位置にあるためsacの遺伝子である可能性が高い。
【0045】
〔実施例6〕サッカリン感受性マウスと非感受性マウスにおける、T1R3の発現量及び塩基配列
次に、サッカリン感受性マウス(C57/6NCrj)と非感受性マウス(BALB/cAnNCrj, DBA/2NCrj, 129/SVJ)について、T1R3の発現量・塩基配列を比較した。その結果、両系統において、T1R3の味蕾における発現形式・発現割合等に差は見られなかった。一方、T1R3の塩基配列を比較したところ、アミノ酸が変化するミスセンス変異が5ヶ所存在することが明らかとなった。さらに、その変異は非感受性マウスの系統間では全て同一の変異であった。5ヶ所の変異のうち、4ヶ所は一次構造上から受容体の膜外領域に相当する事から、これらの変異はリガンドと受容体の結合に深く関与していることが予想される。
【0046】
このようにT1R3が味蕾中の一部の味細胞に特異的に発現していることから、何らかの味物質を受容している可能性はある。さらに、そのマウスにおける染色体上の位置が、甘味感受性に関与する遺伝子の位置と一致していたこと・甘味シグナル伝達に重要な役割を果たすガストデューシンと茸状乳頭において共発現していることから、その受容体のリガンドは甘味物質であることが予想される。
【0047】
【発明の効果】
本発明により、T1R3及びその遺伝子が提供される。T1R3は味物質受容体、特に甘味受容体と考えられ、この受容体の発現ベクターあるいは発現ウイルスを動物培養細胞等に外来的に導入し、外部からの甘味物質等、受容体のリガンドによる刺激が、細胞内の変化(カルシウム放出・膜電位変化・レポーター遺伝子の発現等)を誘導するアッセイ系を作製することができる。この系を用いれば、様々な天然の抽出物あるいは化合物の中から甘味を呈する物質を探索・同定することができる。 また、この受容体の立体構造を決定すれば、そのリガンド結合に重要な役割を果たす部位が明らかとなる。その結果、甘味を呈する化合物を人工的に設計できる。
【0048】
【配列表】
【0049】
【配列表フリーテキスト】
配列番号3:合成DNA
配列番号3:nはiを表す(存在位置:3)
配列番号3:nはiを表す(存在位置:6)
配列番号3:nはiを表す(存在位置:12)
配列番号3:nはiを表す(存在位置:15)
配列番号3:nはiを表す(存在位置:18)
配列番号4:XaaはIle又はValを表す(存在位置:5)
配列番号4:XaaはHis又はGlnを表す(存在位置:7)
配列番号5:合成DNA
配列番号5:nはiを表す(存在位置:12)
配列番号5:nはiを表す(存在位置:16)
配列番号6:XaaはAsp又はGluを表す(存在位置:4)
配列番号6:XaaはIle、Leu又はValを表す(存在位置:6)
配列番号7:合成DNA
配列番号7:nはiを表す(存在位置:6)
配列番号7:nはiを表す(存在位置:15)
配列番号8:XaaはPhe又はTyrを表す(存在位置:4)
配列番号8:XaaはIle、Met又はValを表す(存在位置:5)
配列番号9〜22:合成DNA
【図面の簡単な説明】
【図1】 RT-PCR解析の結果を示す図である。
【図2】 in situ hybridizationの結果を示す図である。
【図3】 T1R3とgustducinの味蕾中における発現部位を示す図である。
【図4】染色体マッピングの結果を示す図である。
Claims (6)
- 以下の(a)又は(b)の組換え甘味物質受容体タンパク質。
(a) 配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(b) 配列番号2で表されるアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ甘味物質受容体活性を有するタンパク質 - 以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードするマウス甘味物質受容体遺伝子。
(a) 配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(b) 配列番号2で表されるアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ甘味物質受容体活性を有するタンパク質 - 以下の(c)又は(d)のDNAを含む甘味物質受容体遺伝子。
(c) 配列番号1で表される塩基配列を含むDNA
(d) 配列番号1で表される塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ甘味物質受容体活性を有するタンパク質をコードするDNA - 請求項2又は3記載の遺伝子を含む組換えベクター。
- 請求項4記載の組換えベクターを含む形質転換体。
- 請求項5記載の組換えベクターを含む形質転換体を甘味物質受容体リガンドと接触させて、カルシウム放出、膜電位変化又はレポーター遺伝子の発現からなる群から選択される細胞内変化を誘導し、該細胞内変化を測定することを含む甘味物質をスクリーニングする方法。
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