JP3656215B2 - プリオン蛋白構造変換阻害物質の探索方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、プリオン蛋白構造変換阻害物質の探索方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、異常プリオンという病原因子がクローズアップされ、世界を震撼させている。異常プリオンの性状は不明の点が多いが、核酸の存在が証明できないことにより、DNA又はRNAを持たない感染性蛋白と言われている。この異常プリオンを病原体とする疾病としては、伝達性海綿状脳症が知られている。伝達性海綿状脳症は、多くの哺乳動物種に見られる神経変性疾患であり、プリオン蛋白質の異常によって起こるプリオン病である。中でも、ヒトにおいてはクールー、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)、ゲルストマン・シュトロイスラー・シャインカー病(GSS)が、ヒツジやウシなどの家畜反芻動物においてはスクレイピー、牛海綿状脳症(BSE、いわゆる狂牛病)が知られており、現在でも深刻な問題となっている。この伝播性病原体はクールー患者の脳や脊髄に大量存在することが示されており、またCJD、GSSの患者では、同様の伝播性病原体が脳、脾臓、肝臓、リンパ節、肺、脊髄、腎臓、角膜、レンズ、脳脊髄液、血液中で検出されている。
【0003】
プリオンは抗体形成のような免疫応答を生じないためワクチンは存在せず、罹患の診断も極めて困難である。プリオンを不活化したり、感染力を減衰させる方法についてはこれまで種々試みられているが、放射線、煮沸、乾熱、化学薬品(ホルマリン、アルコール、アセトン等)などによる従来の不活化法又は感染力減衰法に対しては耐性力が極めて高い。
【0004】
狂牛病の牛の脳や脊髄に含まれる異常プリオンが人体に入ると、体内で正常型プリオンと結合する。そして、正常型プリオンは立体構造の異なる異常型に次々と変換される。従って、正常プリオンから異常プリオンへの変換を阻害する物質を探索することが急務となっている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、抗プリオン病薬の開発、あるいはプリオン蛋白構造変換機構の解明に寄与することを目的とし、プリオン蛋白に結合することにより正常型から異常型へのプリオン蛋白構造変換を阻害する物質の探索法を提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究した結果、イムノアッセイ、分子間相互作用解析及びウエスタンブロッティング法を用いることにより、プリオン蛋白構造変換を阻害する物質を探索し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の工程:
(a) 被検物質から、配列番号1に示すアミノ酸配列からなるプリオンペプチドに結合する候補物質を選択する工程、
(b) 選択された候補物質のプリオンペプチドに対する結合選択性を評価する工程、及び
(c) 前記評価に適合する候補物質の、正常型プリオンから異常型プリオンへの変換に対する阻害効果を検定する工程、
を含むことを特徴とする、プリオン蛋白構造変換阻害物質の探索方法である。
【0008】
上記(a)工程において、プリオンペプチドに結合する物質を選択するための手法としては、例えばイムノアッセイ(例えば配列番号1に示すアミノ酸配列からなるプリオンペプチド及び抗プリオン抗体3F4を用いたもの)が挙げられる。 さらに、上記工程(c)において、阻害効果を評価する手法としてはウエスタンブロッティングが挙げられる。
以下、本発明を詳細に説明する。
【0009】
【発明の実施の形態】
狂牛病の牛の脳や脊髄に含まれる異常プリオンが人体に入ると、体内で正常型プリオンと結合する。そして、正常型プリオンは立体構造の異なる異常型に次々と変換される。本発明は、この正常型から異常型への構造変換を阻害する物質を探索する手法に関する。本発明において、プリオン蛋白構造変換阻害物質の探索は、(1)プリオンペプチド106-126に結合する物質をスクリーニングし、(2)スクリーニングされた物質のプリオンペプチド106-126に対する結合選択性を評価し、(3) プリオン蛋白の正常型から異常型への変換に対する阻害効果を評価する、3つの工程により行うことができる。
【0010】
1. プリオンペプチド106-126に結合する物質のスクリーニング
第1工程では、イムノアッセイ法によりプリオンペプチド106-126に結合する物質をスクリーニングする。「スクリーニング」とは、プリオン蛋白構造変換阻害物質、すなわちプリオン蛋白質の正常型構造から異常型構造への変換を阻害する物質の候補を選択する工程を意味し、無数の被検物質をふるい分けて候補物質を絞り込む工程である。ここで、被検物質が結合すべき相手となるペプチドは、プリオンペプチド106-126であり、21個のアミノ酸配列を有するものである(KTNMKHMAGAAAAGAVVGGLG:配列番号1)。このペプチドは、通常のペプチド合成により、あるいはペプチド合成装置により、化学合成することが可能である。
【0011】
スクリーニングの対象となる物質は、天然のあらゆる物質が挙げられ、また人工的に作製された物質でもよい。天然の物質としては、例えば植物成分、カビの培養成分、放線菌の培養成分等が挙げられる。人工的に作製した物質としては、化学合成品、医薬品等が挙げられる。
イムノアッセイ法としては、ELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)法、RIA(radioimmunoassay)法、EIA(enzyme immunoassay)法等が挙げられ、特に限定するものではないが、ELISA法が好ましい。例えば、固相にプリオンペプチドを固定した後、被検物質を添加してプリオンペプチドと反応させ、さらに抗プリオン抗体3F4を添加するというサンドイッチ式のアッセイを行うことができる。
【0012】
2.プリオン結合物質の結合選択性の評価
第2工程は、上記の通りスクリーニングされた候補物質が、プリオンに選択的に結合するか否かを評価する工程である。この段階における結合物質の結合選択性は、分子間相互作用解析を用いて評価することができる。分子間相互作用は、表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance, SPR)の光学原理を利用した検出系による解析法を利用して解析することができる。
生体分子間相互作用解析には、IAsys(日立ハイテクノロジーズ社)、BIACORE(ビアコア社)などの解析装置を使用してもよい。
【0013】
SPRの検出系は、2分子間の結合と解離に伴なってセンサーチップ表面で生じる微量な質量変化をSPRシグナルとして検出するものである。生体分子の固定化されていない側の金薄膜に光を全反射するように当てると、反射光の一部に反射光強度が低下した部分が観察される(SPRシグナル発生)。この光の暗い部分の現れる角度、すなわち屈折率の変化はセンサーチップ上での質量に依存するため、センサーチップ表面上でリガンドとアナライトとの結合反応が起こると質量変化(質量増)が生じ、角度がシフトする。1mm2あたり1ngの物質が結合すると0.1度シフトすることが知られている。生体分子間相互作用解析装置では、角度がシフトする量、すなわちセンサーチップ表面での質量変化を縦軸にとり、質量の時間変化を測定データとして表示する(センサーグラム)。縦軸の単位は、Resonance Unit(RU、レゾナンスユニット)で表され、1RU=1pg/mm2に相当する。この屈折率変化の割合は、すべての生体分子(タンパク質・核酸・脂質)で実質的に同じであり、生体分子標識することなく、相互作用をリアルタイムで観察することができる。
【0014】
本発明において、候補物質がプリオンペプチドに選択的に結合したといえるための評価基準は以下の通りである。
(1) プリオンペプチドの質量変化曲線が平衡に達した時点(例えば図1の10分)において、プリオンペプチド及びスクランブルペプチドの質量を比較したときに、プリオンペプチドの値(質量)がスクランブルペプチドの値よりも高い場合は、候補物質はプリオンペプチドに選択的に結合したと評価する。
【0015】
(2) プリオンペプチドの質量変化曲線が平衡に達した時点において、プリオンペプチド及びスクランブルペプチドの質量を比較したときに、プリオンペプチドの値(質量)がスクランブルペプチドの値と同程度あるいは低い場合は、候補物質はプリオンペプチドに選択的に結合しなかったと評価する。
ここで、スクランブルペプチドとは、プリオンペプチドの対照物質となるように、プリオンペプチドのアミノ酸配列の一部を置換したペプチドを意味し、配列は「ANAGLKMGAGVHMGVTAKAGA」で示される(配列番号2)。
【0016】
3.プリオン蛋白の正常型から異常型への変換に対する阻害効果
第3工程では、第2工程において評価された評価に適合する候補物質、すなわちプリオン蛋白に選択的に結合すると評価された候補物質が、正常型プリオン蛋白が異常型プリオン蛋白に変換される現象を阻害する効果を有するか否かについて、海綿状脳症細胞を用いたアッセイ系により評価する。このアッセイ系には、例えばウエスタンブロッティング法を採用することができる。
第3工程において使用する海綿状脳症細胞としては、スクレイピー持続感染細胞等が挙げられる。
【0017】
マウスプリオン蛋白、及び抗プリオン蛋白抗体3F4のエピトープが発現するように、組換えベクターを作製し、該ベクターを上記細胞に感染させる。感染後、細胞を溶解し、プロテイナーゼK(Proteinase K)処理後、ペレットを得る。これを電気泳動にかけてウエスタンブロッティングを行う。正常型から異常型への構造変換を阻止する物質が存在しない場合は、プロテイナーゼK処理に対し部分耐性がある異常プリオンが蓄積するため、ウエスタンブロッティングにより異常プリオンに対応するバンドが検出される。これに対し、構造変換を阻止する物質が存在する場合は、プロテイナーゼK処理によりプリオン蛋白は分解されるため、異常プリオンに対応するバンドは検出されない。
【0018】
従って、バンドが検出されなかったときの被検物質が、正常型から異常型への構造変換を阻止する物質であると判断することができる。
以上の手順により、正常型プリオン蛋白と異常型プリオン蛋白の相互作用部位に結合することにより蛋白間の相互作用を阻害し、正常型から異常型への構造変換を阻止する物質が得られる。
【0019】
【実施例】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例にその技術的範囲が限定されるものではない。
〔実施例1〕
(1)プリオン蛋白結合物質検出のためのスクリーニング
ペプチドコーテイングキット(Takara)付属のELISAプレート上にキット添付のプロトコールに従ってプリオンペプチド(106-126)(配列番号1)を固定化後、キット付属のブロッキング剤によりブロッキングを行った。洗浄後、サンプル溶液を添加し、室温にて1時間インキュベートした。なお、本実施例ではサンプルとして薬用植物、放線菌、カビ培養物、およびクロロフィル誘導体、ポルフィリン誘導体など全部で約千数百種類行った。
【0020】
サンプル溶液を洗浄除去後、抗プリオン抗体3F4(SENETEK社)溶液を添加し、37℃にて1時間インキュベートし、その後各ウェルをよく洗浄した。ペルオキシダーゼ標識抗マウス抗体溶液を添加し、37℃にて1時間インキュベートした。各ウェルをよく洗浄後、オルトフェニレンジアミン・過酸化水素溶液を添加し、暗所下室温にて30分インキュベートし発色させた。
酸(3 M 塩酸を発色溶液の1/4倍量)を添加して発色反応を停止後、プレートリーダーを用い492nmの吸光度を測定した。サンプル無添加時の値を0%、抗プリオン抗体無添加時の値を100%として抗プリオン抗体結合阻害度を算出した。
その結果、ハッカ、マクリから得られた活性フラクションの性質からクロロフィル誘導体、ポルフィリン誘導体を候補物質としてスクリーニングすることができ、クロロフィル誘導体にプリオン結合活性を見いだすことができた。
【0021】
(2)結合選択性の評価
分子間相互作用解析装置IAsysを用い、添付のプロトコールに従って1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide(EDC)とN-hydroxysuccinimide(NHS)により活性化したCMデキストランキュベットのセンサー表面に30mg/mlアジポイルジヒドラジドを添加し、室温で1時間反応させて固定化した。続いて1Mエタノールアミンで5分処理しブロッキングした。これにプリオンペプチド(106-126)又はそのアミノ酸配列を変えたスクランブルペプチド(配列番号2)をEDCと共に処理し、C末を固定化した。(1)で得られたプリオンペプチド結合物質溶液を添加した時の結合曲線、及びバッファーに交換した時の解離曲線を、プリオンペプチド(106-126)とスクランブルペプチドで比較し、結合選択性を評価した。
【0022】
(3)プリオン蛋白構造変換への効果
マウスプリオン蛋白(配列番号3)をコードするDNAに3F4エピトープをコードするDNA配列を組み込んだMo3F4DNAを作製し、Mo3F4の遺伝子配列をpSPOXベクターに組み込んでpSPOX/Mo3F4プラスミドを作製した。
DOTAP(N-[1-(2,3-ジオレオイルオキシ)プロピル]-N,N,N-トリメチルアンモニウム メチルスルフェート) リポソーム感染試薬(Boehringer Mannheim)を用いて、上記pSPOX/Mo3F4プラスミドをスクレイピー持続感染細胞ScN2aにトランスフェクションした。
【0023】
DMEM培地中、候補物質の存在又は非存在下で細胞を3日間培養した。
3日後、溶解バッファー(10mM Tris-HCl,pH7.5/100mM NaCl/lmM EDTA/0.5%Triton-X/0.5%デオキシコール酸ナトリウム)にて細胞を溶解し、5μg/ml proteinase Kを添加し、37℃にて15分インキュベートした。終濃度2 mMのPefabloc(Roche)を添加して分解反応を停止し、100,000gにて1時間超遠心し、ペレットを得た。1xSDSローディングバッファーに懸濁し、l0分間100℃にて加熱し、15% SDS-PAGEゲルにて電気泳動を行った。常法にてウエスタンブロッティングを行い、3F4抗体とECL plus ウエスタンブロッティング検出システム(Amersham)を用いてMo3F4プリオン蛋白を検出した。
(4) 結果
銅クロロフィリンナトリウムを用いた場合、(1)のELISAアッセイの発色は抑制され、プリオンペプチド(106-126)に結合することが示された(表1)。
【表1】
【0024】
表1において、*印は阻害作用が小さいが作用があることを意味し、*印が2つの場合は、40 %程度の阻害、*印が3つの場合は60 %程度の阻害、*印が4つの場合は80 %程度の阻害、*印が5つの場合はほぼ完全に阻害することを意味する。
【0025】
(2)ではプリオンペプチド(l06-126)との結合・解離曲線が銅クロロフィリンナトリウムの場合スクランブルペプチドのそれを大きく上回り、結合はプリオンペプチド(106-126)に選択的であることが示された(図1)。図1において、矢印で指した曲線がプリオンペプチドの質量変化曲線である。
【0026】
(3)のウエスタンブロッティング法では、薬剤無添加時のコントロールでは異常型プリオン蓄積によるproteinase K耐性のバンドが検出されたのに対し、銅クロロフィリンナトリウムを10μg/m1添加した時はこのバンドが消失した(図2)。従って、銅クロロフィリンナトリウムにより、異常型への構造変換が阻害されたことが示された。
【0027】
【発明の効果】
本発明により、プリオン蛋白構造変換阻害物質の探索方法が提供される。本発明の方法によれば、ELISAアッセイの採用により、多くの候補物質を短期間にスクリーニングできる点で極めて有用である。
【0028】
【配列表】
【0029】
【配列表フリーテキスト】
配列番号1:合成ペプチド
配列番号2:合成ペプチド
【図面の簡単な説明】
【図1】銅クロロフィリンナトリウムとプリオンペプチド(l06-126)との結合・解離曲線を示す図である。
【図2】ウエスタンブロッティングの結果示す写真である。図2AはプロテイナーゼKを添加していない反応、図2BはプロテイナーゼKを添加した反応を示し、レーン1はコントロール、レーン2はミント活性画分10μg/ml、レーン3は銅クロロフィリンナトリウム10μg/ml、レーン4は鉄クロロフィリンナトリウム10μg/ml、レーン5はクロロフィルb10μg/mlを示す。
Claims (5)
- 以下の工程:
(a) 被検物質から、配列番号1に示すアミノ酸配列からなるプリオンペプチドに結合する候補物質を選択する工程、
(b) 候補物質のプリオンペプチドに対する結合選択性を評価する工程、及び
(c) 前記評価に適合する候補物質の、正常型プリオンから異常型プリオンへの変換に対する阻害効果を評価する工程、
を含むことを特徴とする、プリオン蛋白構造変換阻害物質の探索方法。 - プリオンペプチドに結合する物質を選択する工程がイムノアッセイにより行われるものである請求項1記載の方法。
- イムノアッセイが、配列番号1に示すアミノ酸配列からなるプリオンペプチド及び抗プリオン抗体3F4を用いたものである請求項2記載の方法。
- 結合選択性を評価する工程が、分子間相互作用解析により行われるものである請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
- 阻害効果を評価する工程がウエスタンブロッティングにより行われるものである請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
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