以下、回転電機制御システムの実施形態を図面に基づいて説明する。回転電機制御システムは、例えば、車両の駆動力源となる回転電機を制御対象として、電流フィードバック制御を行う。図1のブロック図は、回転電機制御装置10(MG-CTRL)を含む回転電機駆動装置100のシステム構成を模式的に示している。また、図2のブロック図は、回転電機駆動装置100の中核となる回転電機制御装置10のシステム構成を模式的に示している。また、図3の制御ブロック図は、回転電機制御装置10における電流制御部2の周辺の模式的な構成を示している。尚、広義には回転電機駆動装置100が回転電機制御システムに相当し、狭義には回転電機制御装置10が回転電機制御システムに相当する。
回転電機制御システムによる駆動対象の回転電機80は、ステータコア85にN相(Nは任意の自然数)のステータコイル83が配置されたステータ81と、ロータコア86に永久磁石84が配置されたロータ82とを有する埋め込み永久磁石型回転電機(IPMSM : Interior Permanent Magnet Synchronous Motor)である。図1には、8つの磁極(4つのN極及び4つのS極)を備えた8極(4極対)のロータ82を例示しているが、これは模式的なものであって発明を限定するものではない。ステータ81についても同様であり、図1は3相のステータコイル83が中性点で短絡された形態を例示しているが、相数や結線の方法、また、ステータコイル83の巻き方等は発明を限定するものではない。尚、回転電機80は、電動機としても発電機としても機能することができる。回転電機80が電動機と機能するとき、回転電機80は力行状態であり、回転電機80が発電機として機能するとき、回転電機80は回生状態である。
図1に示すように、回転電機駆動装置100は、電圧型のインバータ50を備えている。インバータ50は、交流の回転電機80及び直流電源41に接続されて、複数相の交流と直流との間で電力を変換する。直流電源41は、例えば、リチウムイオン電池などの充電可能な二次電池(バッテリ)や、電気二重層キャパシタなどにより構成されている。回転電機80が、車両の駆動力源の場合、直流電源41は、大電圧大容量の直流電源であり、定格の電源電圧は、例えば200~400[V]である。インバータ50の直流側には、正極と負極との間の電圧(直流リンク電圧Vdc)を平滑化する平滑コンデンサ(直流リンクコンデンサ42)が備えられている。
インバータ50は、複数のスイッチング素子51を有して構成される。スイッチング素子51には、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)やパワーMOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)やSiC-MOSFET(Silicon Carbide - Metal Oxide Semiconductor FET)やSiC-SIT(SiC - Static Induction Transistor)、GaN-MOSFET(Gallium Nitride - MOSFET)などの高周波での動作が可能なパワー半導体素子を適用すると好適である。図1には、スイッチング素子51としてIGBTが用いられる形態を例示している。尚、各スイッチング素子51には、負極から正極へ向かう方向(下段側から上段側へ向かう方向)を順方向として、並列にフリーホイールダイオード53が備えられている。
図1に示すように、インバータ50は、回転電機制御装置10により制御される。回転電機制御装置10は、マイクロコンピュータ等の論理回路を中核部材として構築されている。例えば、回転電機制御装置10は、上位の制御装置の1つである車両制御装置90(VHL-CTRL)等の他の制御装置等から要求信号として提供される回転電機80の目標トルク(トルク指令T*:図2等参照)に基づいて、ベクトル制御法を用いた電流フィードバック制御を行って、インバータ50を介して回転電機80を駆動する。ベクトル制御法では、交流モータの3相(N相)各相のステータコイル83に流れる電流(Iu,Iv,Iw:図2参照)を、ロータ82に配置された永久磁石84が発生する磁界の方向であるd軸と、d軸に直交する方向(磁界の向きに対して電気角でπ/2進んだ方向)のq軸とのベクトル成分に座標変換してフィードバック制御を行う。座標変換先の座標系をdq軸直交座標系と称する。
回転電機80の各相のステータコイル83を流れる実電流は電流センサ43により検出され、回転電機制御装置10はその検出結果を取得する。尚、ここでは3相の交流電流を検出する形態を例示しているが、例えば3相交流の場合には3相は平衡しており、その瞬時値の和はゼロであるから2相のみの電流を検出して残りの1相は回転電機制御装置10が演算によって取得してもよい。また、回転電機80のロータ82の各時点での磁極位置θ(電気角)やロータ82の回転速度(角速度ω)は、例えばレゾルバなどの回転センサ44により検出され、回転電機制御装置10はその検出結果を取得する。回転電機制御装置10は、電流センサ43及び回転センサ44の検出結果を用いて、電流フィードバック制御を実行する。
図2に示すように、回転電機制御装置10は、電流フィードバック制御のために種々の機能部を有して構成されており、各機能部は、マイクロコンピュータ等のハードウエアとソフトウエア(プログラム)との協働により実現される。本実施形態では、回転電機制御装置10は、トルク制御部(MTPA: Maximum Torque per Ampere Control)1と、電流制御部(Current Control)2と、2相3相座標変換部3と、3相2相座標変換部4と、変調部5(PWM)と、補正電流指令設定部6(高調波マップ(Harmonic MAP))とを備えている。
トルク制御部1は、車両制御装置90から伝達されるトルク指令T*(目標トルク)に基づいて、回転電機80のステータコイル83に流す目標電流(基本電流指令Idq*)を設定する。即ち、トルク制御部1は、基本電流指令設定部に相当する。上述したように、回転電機制御装置10は、dq軸直交ベクトル座標系において回転電機80をフィードバック制御するので、トルク制御部1は、基本電流指令Idq*として、d軸基本電流指令Id*及びq軸基本電流指令Iq*を演算する。後述するように、本実施形態では、基本電流指令Idq*に補正電流指令Idqh*が重畳された補正後電流指令Idq**が後段の制御対象となる。即ち、補正後電流指令Idq**は、電流制御部2の制御対象の対象電流指令に相当する。
電流制御部2は、補正後電流指令Idq**とステータコイル83を流れる実電流(d軸電流Id、q軸電流Iq)との偏差に基づいて、インバータ50に印加する電圧の指令である電圧指令Vdq*を演算する。電流センサ43(SEN-I)により検出されるのは、ステータコイル83を流れる3相の実電流(U相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iw)である。3相の実電流は、3相2相座標変換部4においてdq軸ベクトル座標系の2相の電流(d軸電流Id、q軸電流Iq)に変換される。3相2相座標変換部4は、回転センサ44(SEN-R)により検出されたロータ82の各時点での磁極位置θ(電気角)に基づいて、座標変換を行う。
電流制御部2は、d軸の電流指令(ここでは補正後d軸電流指令Id**)とd軸電流Idとの偏差及び回転速度(角速度ω)に基づいてd軸電圧指令Vd*を演算すると共に、q軸の電流指令(ここでは補正後q軸電流指令Iq**)とq軸電流Iqとの偏差及び回転速度(角速度ω)に基づいてq軸電圧指令Vq*を演算する。尚、図3を参照して後述するように、本実施形態では、電流制御部2が比例積分制御器(PI)を備えて構成されている形態を例示しているが、電流制御部2は、比例積分微分制御器(PID)を備えて構成されていてもよい。
2相3相座標変換部3は、dq軸ベクトル座標系の2相の電圧指令Vdq*(d軸電圧指令Vd*、q軸電圧指令Vq*)を3相のインバータ50に対応した3相の電圧指令(U相電圧指令Vu*、V相電圧指令Vv*、W相電圧指令Vw*)に座標変換する。変調部5は、3相の電圧指令(U相電圧指令Vu*、V相電圧指令Vv*、W相電圧指令Vw*)のそれぞれに基づいて、インバータ50の3相のスイッチング制御信号(U相スイッチング制御信号Su、V相スイッチング制御信号Sv、W相スイッチング制御信号Sw)を生成する。ここでは、変調部5がパルス幅変調(PWM : Pulse Width Modulation)によりスイッチング制御信号を生成する形態を例示している。尚、図2においては、3つのスイッチング制御信号(Su,Sv,Sw)に簡略化しているが、変調部5は、インバータ50の6つのスイッチング素子51に対応して、6つのスイッチング制御信号(U相上段側スイッチング制御信号、U相下段側スイッチング制御信号、・・・)を生成する。
図1及び図2に示すように、インバータ50を構成する各スイッチング素子51の制御端子(例えばIGBTのゲート端子)は、ドライブ回路15(DRV-CCT)を介して回転電機制御装置10に接続されており、各スイッチング素子51はそれぞれ個別にスイッチング制御される。上述したように、スイッチング制御信号を生成する回転電機制御装置10は、マイクロコンピュータなどを中核として構成され、その動作電圧は、例えば5[V]や3.3[V]である。一方、インバータ50は、上述したように定格の電源電圧が例えば200~400[V]の直流電源41に接続されており、スイッチング素子51の制御端子には、例えば15~20[V]の駆動信号を入力する必要がある。ドライブ回路15は、回転電機制御装置10が生成したスイッチング制御信号の駆動能力(例えば電圧振幅や出力電流など、後段の回路を動作させる能力)をそれぞれ高めて、インバータ50に中継する。
ところで、埋め込み永久磁石型の回転電機80は、ロータ82が回転する際に磁束鎖交数が変化することによって、トルクリップルが発生する。即ち、図1に示す周方向Cにおいて加振力(トルクリップル)が生じる。また、ステータコア85と永久磁石84との間の吸引力及び反発力により、図1に示す径方向Rにおいてもトルクに変動が発生する。この径方向Rの加振力は、径方向加振力である。これらの加振力によりロータ82が振動すると、可聴音を発生させる場合がある。この可聴音はユーザーにとって耳障りな場合があるため、これらの加振力が軽減されることが好ましい。可聴音に関しては、周方向加振力であるトルクリップルの寄与が大きく、本実施形態では、トルクリップルを打ち消すようなトルクを発生させることによってトルクリプルを低減させている。上述した補正後電流指令Idq**は、トルクリップルを打ち消すためのトルクを発生させる補正電流指令Idqh*が、基本電流指令Idq*に重畳された指令である。
図2に示すように、本実施形態の回転電機制御装置10は、回転電機80のトルクリップルを低減するために基本電流指令Idq*に重畳される補正電流指令Idqh*を設定する補正電流指令設定部6備える。補正電流指令設定部6は、トルク指令T*及び磁極位置θを引数とするマップ(高調波マップ(Harmonic MAP))を備えて構成されている。
上述したように、d軸補正電流指令Idh*及びq軸補正電流指令Iqh*は、トルク制御部1が設定したd軸基本電流指令Id*及びq軸基本電流指令Iq*にそれぞれ重畳される。電流制御部2は、補正後d軸電流指令Id**とd軸電流Idとの偏差及び回転速度(角速度ω)に基づいてd軸電圧指令Vd*を演算すると共に、補正後q軸電流指令Iq**とq軸電流Iqとの偏差及び回転速度(角速度ω)に基づいてq軸電圧指令Vq*を演算する。これにより、回転電機80は、トルクリップルが低減されたトルクを出力することができる。
加振力を低減するための補正トルクは、図4に示すような回転電機80の実トルクTから抽出される高調波トルク成分(トルクリップル)の内、周方向加振力の(2NM)次高調波トルク成分(Mは任意の自然数)の逆位相のトルクである。本実施形態では、交流の相数を示すNは3であるから、例えば“M=1”とした場合は、実トルクTから抽出される高調波トルク成分の内、6次高調波トルク成分の逆位相のトルクが補正トルクとなる。図5の実線の波形は、図4に示す実トルクTから抽出された(2NM)次高調波トルク成分(トルクリップル)を表しており、一点鎖線の波形は、(2NM)次高調波トルク成分の逆位相の補正トルクを示している。
補正電流指令Idqh*の位相は、補正トルクの位相がトルクリップルの位相と180度異なるように設定されている。また、図5に示す例では、トルクリップルの振幅と、補正トルクの振幅とが同等である。このように、トルクリップルの位相と補正トルクの位相とが180度異なり、振幅が同等であると、補正トルクとトルクリップルとが相殺されて、ほぼ全てのトルクリップルが低減される。
ここで、図5に示すように、補正トルクの大きい側のピーク値を第1トルクT1とし、補正トルクの小さい側のピーク値を第2トルクT2とし、補正トルクの平均値を平均補正トルクTavとする。平均補正トルクTavは、補正トルクや回転電機80の実トルクTの直流成分に対応する。トルク指令T*に基づく電流フィードバック制御が適切に実行されている場合には、補正トルクに影響されることなく、回転電機80の出力トルクはトルク指令T*(目標トルク)にほぼ等しい値となる。
ところで、上述したように、基本電流指令Idq*は直流電流であるが、補正電流指令Idqh*は交流電流である。従って、補正後電流指令Idq**は、直流成分と交流成分とを有する。一般的な電流制御部2は比例積分制御器(PI)を備えて構成されているが、比例積分制御器は高い周波数に対する応答性に限界がある。つまり、補正電流指令Idqh*に相当する交流成分に関して電流制御が十分に追従しない可能性がある。このため、本実施形態では、電流制御部2が、基本電流指令Idq*に相当する直流成分に対する電流制御を行う第1電流制御部20と、補正電流指令Idqh*に相当する交流成分に対する電流制御を行う第2電流制御部21とを備えている。第1電流制御部20は、一般的な電流制御部と同様に、比例積分制御器(PI)により構成されている。
第2電流制御部21は、補正電流指令Idqh*に相当する交流成分を直流成分に座標変換して、比例積分制御を行い、直流成分を交流成分に逆座標変換することによって、補正電流指令Idqh*に対して電流制御を行う。図3に示すように、第2電流制御部21は、dq軸直交ベクトル座標系からγδ軸直交座標系へ補正電流指令Idqh*に相当する交流成分を座標変換し、ローパスフィルタを介した後、比例積分制御を行い、γδ軸直交座標系からdq軸直交ベクトル座標系へ逆座標変換することによって、補正電流指令Idqh*に対して電流制御を行う。第2電流制御部21は、補正電流指令Idqhに対してdq軸電流Idqの位相が進んでいる場合と、遅れている場合とのそれぞれに対応するように、2系統(22~25のパス、26~29のパス)備えられている。それぞれ、符号“22”、“26”は座標変換部、“23”、“27”はローパスフィルタ(LPF)、“24”、“28”は比例積分制御器(PI)、“25”、“29”は逆座標変換部である。
図6は、dq軸直交座標系におけるトルクと基本電流指令Idq*との関係を示している。図6において符号“30”で示す曲線は、dq軸直交ベクトル座標系において一定のトルクを出力可能なd軸電流とq軸電流との組み合わせ(dq直交ベクトル座標系における電流のベクトル軌跡)を表す等トルクラインである。符号“31”は上述した第1トルクT1の等トルクライン30である第1等トルクラインであり、符号“32”は第2トルクT2の等トルクライン30である第2等トルクラインである。また、符号“33”は上述した回転電機80の目標トルク(トルク指令T*)に相当する基準トルクT0の等トルクライン30である基準等トルクラインである。
符号“60”は、回転電機80を標準的な条件で制御する際(以下この制御を“基本制御”と称する)のd軸電流とq軸電流との組み合わせ(dq直交ベクトル座標系における電流のベクトル軌跡)を示す基本制御ラインである。一般的に、基本制御ライン60は、dq軸直交ベクトル座標系において任意のトルクを出力するために最適なd軸電流とq軸電流との組み合わせを示すベクトル軌跡である。一例として、基本制御ライン60は、最も高い効率で各トルクを出力可能なd軸電流とq軸電流との組み合わせのベクトル軌跡を示す最大トルクラインや最大効率ラインとすることができる。トルク制御部1は、このようなベクトル軌跡を示す基本電流指令Idq*を設定する機能部ということができる。
例えば、トルクリップルの低減を考慮しない場合、つまり、単純にトルク指令T*に応じてd軸基本電流指令Id*及びq軸基本電流指令Iq*を設定する場合には、図6に示す基準点P0における電流値が設定される。この基準点P0は、dq軸直交ベクトル座標系において、基本制御ライン60とトルク指令T*(目標トルク)に対応した等トルクライン(この場合は基準等トルクライン33)との交点である。本実施形態においては、トルクリップルを低減するため、図5を参照して上述したように、補正トルクを出力可能な補正電流指令Idqh*を、d軸基本電流指令Id*及びq軸基本電流指令Iq*に重畳させる。つまり、dq軸直交ベクトル座標系において直流成分であるd軸基本電流指令Id*及びq軸基本電流指令Iq*(トルク指令T*に応じた電流指令Idq*)のそれぞれに対して、交流成分(ここでは(2NM)次高調波成分)によって構成されるd軸補正電流指令Idh*及びq軸補正電流指令Iqh*がそれぞれ重畳される。
例えば、補正トルクは、平均補正トルクTav(基準トルクT0)を経由して第1トルクT1と第2トルクT2との間で振動するトルクである。補正トルクを出力するためのd軸補正電流指令Idh*及びq軸補正電流指令Iqh*のdq軸直交ベクトル座標系におけるベクトル軌跡は、基準点P0を通って、例えば第1等トルクライン31と第2等トルクライン32とを結ぶ直線(線分)である。基準点P0を通るこの直線を以下、補正直線Kと称する。また、第1等トルクライン31と補正直線Kとの交点を第1交点P1、第2等トルクライン32と補正直線Kとの交点を第2交点P2と称する。
補正直線Kは、原理的には無限に設定することができる。図6には、3本の補正直線K(K11,K12,K13)を例示している。第1補正直線K11は、q軸に沿って電流を変化させてトルクを変化させた形態、第2補正直線K12は、d軸に沿って電流を変化させてトルクを変化させた形態、第3補正直線K13は、d軸及びq軸に対して傾斜した方向に沿って電流を変化させてトルクを変化させた形態を示している。
補正電流指令Idqh*のベクトル軌跡が第1補正直線K11の場合、補正電流指令Idqh*はq軸補正電流指令Iqh*のみによって構成される。第1補正直線K11は、q軸と平行であるから、d軸補正電流指令Idh*は一定値であり、その値は、トルク指令T*に応じたd軸基本電流指令Id*の値(基準点P0におけるd軸電流の値)である。補正電流指令Idqh*のベクトル軌跡が第2補正直線K12の場合、補正電流指令Idqh*はd軸補正電流指令Idh*のみによって構成される。第2補正直線K12は、d軸と平行であるから、q軸補正電流指令Iqh*は一定値であり、その値は、基準点P0におけるq軸電流の値である。補正電流指令Idqh*のベクトル軌跡が第3補正直線K13となる場合、補正電流指令Idqh*はd軸補正電流指令Idh*及びq軸補正電流指令Iqh*の双方によって構成される。
補正電流指令Idqh*は、複数の(2NM)次高調波トルク成分を低減対象として設定することができる。また、補正直線Kは、高調波トルク成分の次数に応じて異なるものであってもよい。本実施形態では、6次高調波トルク成分と12次高調波トルク成分とを低減対象としている。6次高調波トルク成分に対しては、第1補正直線K11が設定され、12次高調波成分に対しては、第3補正直線K13が設定されている。
また、補正電流指令Idqh*の振幅及び位相は、図7及び図8に示すように、回転電機80のトルク(トルク指令T*)に応じて異なる。図7のグラフは、補正電流指令Idqh*の振幅とトルク(トルク指令T*)との関係を示しており、図8のグラフは、補正電流指令Idqh*の位相とトルク(トルク指令T*)との関係を示している。図中の“fe”は、電気角の周波数を示し、“6fe”は6次高調波、“12fe”は12次高調波を示している。また、括弧内の“d”はd軸補正電流指令Idh*であることを示し、括弧内の“q”はq軸補正電流指令Iqh*であることを示している。このように、補正電流指令Idqh*は、低減対象のトルクリップルに応じた周波数であって 回転電機80のトルク指令T*に応じて位相及び振幅が異なる交流電流である。
ところで、補正トルクはトルクリップルによる振動が可聴音となることを抑制するために出力される。トルクリップルの周波数は、回転電機80の回転速度に応じて異なり、また、可聴音となる周波数は20[Hz]~20[kHz]程度であり、特に1[kHz]以下の周波数が人間にとって耳障りである。従って、本実施形態では、補正電流指令設定部6は、回転電機80の回転速度が予め規定された補正対象回転速度の場合に、補正電流指令Idqh*を設定する。図9は、トルク及び回転速度に基づく回転電機80の動作領域を示している。この動作領域において、第1対象回転速度S1と第2対象回転速度S2との間に補正対象回転速度STが設定されている。
トルクリップルに起因する振動の周波数は、ロータ82の構造(極対数)、ロータ82の回転速度、トルクリップルの高調波の周波数に応じて、下記式(1)によって定まる。本実施形態では、回転電機80のロータ82が4極対である。ここで、回転電機80の回転速度が1000[rpm]の場合、6次高調波に起因する振動の周波数は、下記式(2)に示すように400[Hz]となり、12次高調波に起因する振動の周波数は、下記式(3)に示すように800[Hz]となる。
振動周波数[Hz] = 回転速度[rpm]・(極対数/60[sec])・2MN ・・・(1)
400 [Hz] = 1000 [rpm] ・ (4 / 60 [sec])・6 ・・・(2)
800 [Hz] = 1000 [rpm] ・ (4 / 60 [sec])・12 ・・・(3)
従って、本実施形態のように4極対のロータ82を有する回転電機80の場合には、1000[rpm]を含んで補正対象回転速度STが設定される。
また、トルクが小さい場合にはトルクリップルも小さくなって可聴音のノイズも小さくなり、トルクが大きい場合にはトルクリップルによる可聴音のノイズの影響が相対的に小さくなる。従って、補正電流指令設定部6は、回転電機80のトルク(トルク指令T*)が予め規定された補正対象トルクの場合に、補正電流指令Idqh*を設定する。本実施形態では、図9に示す動作領域において、トルクの絶対値が“a/2”~“e”の補正対象トルクの場合に、補正電流指令Idqh*が設定される。図9に示すように、本実施形態では、回転電機80の回転速度及びトルク(トルク指令T*)に応じて設定された補正対象動作領域Hにおいて、補正トルクが出力されるように補正電流指令Idqh*が設定される。
このように、回転電機80の動作領域の全てにおいて補正電流指令Idqh*が重畳されないことで、補正電流指令Idqh*の重畳による効率の低下が抑制される。また、トルクリップルの抑制が必要な動作領域においては、補正電流指令Idqh*が重畳されることで、トルクリップルが適切に抑制される。
ところで、図8を参照すると、回転電機80のトルクが“b”と“c”との間で変化すると、他の箇所においてトルクが変化する場合と比べて、補正電流指令Idqh*(12次高調波のd軸補正電流指令Idh*)の位相の変化が大きいことがわかる。補正電流指令Idqh*の位相は、補正電流指令Idqh*に基づいて出力されるトルク(補正トルク)がトルクリップルの逆相となるように設定されている。つまり、図5を参照して上述したように、補正電流指令Idqh*の位相は、補正トルクの位相がトルクリップルの位相と180度異なるように設定されている。このため、補正電流指令Idqh*の位相が、適切な位相と異なると、補正トルクの位相とトルクリップルの位相との位相差が180度からずれ、トルクリップルの低減効果が低下する。例えば、補正電流指令Idqh*の位相が、適切な位相から180度ずれた場合には、補正トルクの位相とトルクリップルの位相とが一致し、トルクリップルを2倍に増加させて回転電機80を加振してしまう可能性がある。
図8に示すように、12次高調波のd軸補正電流指令Idh*は、トルクが“b”と“c”との間で変化する際に、位相が180度以上変化する。例えば、車両が加速する際などに回転電機80のトルクが“b”から“c”に増加する場合、12次高調波のd軸補正電流指令Idh*の位相は、180度以上変化する。ここで、トルク指令T*が変化してから補正電流指令設定部6により補正電流指令Idqh*が設定されるまでの遅れや、電流制御部2における応答遅れが大きくなると、補正電流指令Idqh*に基づく補正トルクがトルクリップルを増加させて回転電機80を加振してしまう可能性がある。
このため、本実施形態では、このようにトルクの変化に対して補正電流指令Idqh*の位相が急激に変化する動作領域、特に、トルクの変化に対して位相が反転するような変曲点に相当する動作領域では、補正トルクによるトルクリップルの低減制御が制限される。補正電流指令設定部6は、このような動作領域である特定動作領域E(図9参照)では、補正電流指令Idqh*の振幅を減少させる。例えば、補正電流指令設定部6は、補正電流指令Idqh*の振幅をゼロとすることによって、実質的に補正を禁止することもできる。
特定動作領域Eは、トルク指令T*に基づいて設定される。例えば、図9に示すような、トルク(トルク指令T*)が“b”~“c”の動作領域及び“-b”~“-c”の動作領域が、特定動作領域Eとして設定される。図9には、力行時における第1特定動作領域E1と、回生時における第2特定動作領域E2とを特定するトルクの絶対値が同じである形態を例示しているが、力行時と回生時とでトルクの絶対値が異なっていてもよい。また、力行時及び回生時の何れか一方にのみ、例えば力行時のみに特定動作領域Eが設定されることを妨げるものでもない。
尚、本実施形態では、特定動作領域Eは、トルク指令T*の変化に対する補正電流指令Idqh*の位相の変化量が予め規定された規定値以上となる動作領域に設定されている。上述したように、位相の変化量が大きくなると、低減対象のトルクリップルの位相と、補正トルクの位相との差が180度よりも小さくなり、トルクリップルの低減効果が減少する。トルクリップルの位相に対する補正トルクの位相のずれは、補正電流指令Idqh*の位相の変化量が急激であるほど発生し易くなり、また、当該位相のずれも大きくなる。つまり、トルク指令T*の変化に対する補正電流指令Idqh*の位相の変化量が大きいほど、トルクリップルの低減効果が低下していき、逆にトルクリップルを増やしてしまう場合もある。
従って、特定動作領域Eは、少なくともトルクリップルが大きくならないように設定されていることが好ましい。トルク指令T*の変化に対する補正電流指令Idqh*の位相の変化量が相対的に小さい場合には、補正電流指令Idqh*の変化への追従が遅れても、トルクリップルの位相に対する補正トルクの位相のずれは小さい。一方、トルク指令T*の変化に対する補正電流指令Idqh*の位相の変化量が相対的に大きい場合には、補正電流指令Idqh*の変化への追従が遅れた場合、トルクリップルの位相に対する補正トルクの位相のずれも大きくなり、トルクリップルの低減効果の低下や、トルクリップルの増加が生じる可能性が高くなる。例えば、トルク指令T*が“1”変化することに対して、補正電流指令Idqh*の位相の変化量が5度から10度程度を規定値として、当該規定値以上の変化量となる場合に補正電流指令Idqh*の重畳を制限すると、トルクリップルが増幅されることを抑制すると共に、トルクリップルの抑制効果が低い場合に補正電流指令Idqh*の重畳によって回転電機80の制御効率が低下することを抑制することができる。
補正トルクを発生させないようにするために、補正電流指令Idqh*の基本電流指令Idq*への重畳を制限するのは、上述したように、補正電流指令設定部6及び電流制御部2の応答性に起因している。つまり、トルク指令T*の(目標トルク)変化に対して、補正電流指令Idqh*の位相が変化後のトルク指令T*に応じた位相に追従するまでの時間である収束時間に起因している。従って、特定動作領域Eは、収束時間内で生じ得る最大量のトルク変化が生じた場合に、補正電流指令Idqh*によってトルクリップル(トルク振動)が増幅される動作領域に応じて設定されていると好適である。
特定動作領域Eがこのように設定されていると、制御が追従可能な動作領域では、適切にトルクリップルを低減させると共に、制御の追従が困難な動作領域では、補正トルクによってトルクリップルが増幅されないようにすることができる。
図10のグラフは、トルクリップルの低減効果と、トルクリップルと補正トルクとの位相差との関係を示している。また、下記式(4)、(5)は、トルクリップル及び補正トルクを模式的に示している。式(4)はトルクリップル“F”を示し、式(5)は補正トルク“G”を示している。尚、式(5)における“π”は、180度であり、“α”と“β”とが同じ場合、トルクリップルと補正トルクとが逆相(位相差が180度)となることを示している。
F=Acos(ωt+α) ・・・(4)
G=Bcos(ωt+β+π) ・・・(5)
図10のグラフにおいて縦軸は、トルクリップル“F”から補正トルク“G”を減じた値の絶対値(|F-G|)を示しており、横軸は、トルクリップル“F”と補正トルク“G”との位相差(β-α)を示している。また、図10には、2つの特性曲線を示しており、一方は、トルクリップル“F”と補正トルク“G”との振幅が同じ場合(A=B)であり、振幅の比(B/A)が“1”の場合である。他方は、トルクリップル“F”に対して補正トルク“G”の振幅が“1/2”の場合(B=A/2)であり、振幅の比(B/A)が“0.5”の場合である。
低減対象のトルクリップル(トルク振動)の振幅“A”と補正電流指令Idqh*に基づく補正トルクの振幅“B”とが同じであり、“α”と“β”とが一致している場合は、トルクリップルのベクトルと補正トルクのベクトルとは、大きさが同じで互いに逆方向となり、合成ベクトルの大きさはゼロとなる。この合成ベクトルの大きさは補正トルクを与えた後に残存するトルクリップルの大きさを表している。“α”と“β”とが一致している場合、補正トルクによるトルクリップルの低減効果は最大となり、補正トルクによってトルクリップルを相殺することができる。
“α”と“β”とに差が生じている場合には、差が大きくなるに従って、合成ベクトルの大きさが大きくなる。つまり、残存するトルクリップルの大きさが大きくなっていく。“α”と“β”との差が±60度になると、合成ベクトルの大きさは元のトルクリップルと同じ大きさとなる。つまり、“α”と“β”との差が±60度になると、トルクリップルの低減効果がなくなる。“α”と“β”との差が±60度よりも広がると、合成ベクトルの大きさは元のトルクリップルの大きさを超える。つまり、補正トルクを与えることによって、トルクリップルが増幅されることになる。従って、図10に示すように、トルクリップルの振幅と補正トルクの振幅とが同じ場合のトルクリップルの補正可能範囲Dは、“α”と“β”との差が±60度以内の第1補正可能範囲D1である。
一方、トルクリップルの振幅に対して補正トルクの振幅が“1/2”であり、“α”と“β”とが一致している場合、トルクリップルのベクトルに対して補正トルクのベクトルは、大きさが“1/2”で逆方向となり、合成ベクトルの大きさはトルクリップルの大きさの“1/2”となる。つまり、補正トルクの振幅がトルクリップルの“1/2”の場合は、補正トルクによるトルクリップルの低減効果が最大の場合も、補正トルクによってトルクリップルを完全に相殺することはできず、補正トルクを与えてもトルクリップルが残存する。つまり、トルクリップルの振幅に対して補正トルクの振幅が“1/2”の場合は、トルクリップルの振幅と補正トルクの振幅とが同じ場合に比べて、トルクリップルの低減効果が低くなる。但し、後述するように、トルクリップルの補正可能範囲Dは、トルクリップルの振幅と補正トルクの振幅とが同じ場合に比べて、広くなる。
“α”と“β”とに差が生じている場合には、トルクリップルの振幅と補正トルクの振幅とが同じ場合と同様に、その差が大きくなるに従って、合成ベクトルの大きさが大きくなる。つまり、残存するトルクリップルの大きさが大きくなっていく。“α”と“β”との差が±60度になると、合成ベクトルの大きさは約0.87(=(31/2)/2)となる。 “α”と“β”との差が±80度程度になると、トルクリップルの低減効果がなくなり、“α”と“β”との差がこれより広がると合成ベクトルの大きさが元のトルクリップルの大きさを超える。つまり、補正トルクを与えることによって、トルクリップルが増幅されることになる。
図10に示すように、トトルクリップルの振幅に対して補正トルクの振幅が“1/2”の場合のトルクリップルの補正可能範囲Dは、“α”と“β”との差が概ね±80度以内の第2補正可能範囲D2である。第2補正可能範囲D2は、第1補正可能範囲D1に比べて広い範囲である。このように、トルクリップルの振幅に対して補正トルクの振幅が小さいの場合は、トルクリップルの振幅と補正トルクの振幅とが同じ場合に比べて、トルクリップルの低減効果が低くなるが、位相のずれが生じてもトルクリップルの低減効果を得られる範囲が広くなる。
トルクリップルの低減効果を優先する場合には、1つの態様として、低減対象のトルクリップルの振幅と補正電流指令Idqh*に基づく補正トルクの振幅とが同じであり、補正電流指令Idqh*の位相の変化量を規定する規定値が±60度であると好適である。
低減対象のトルクリップルの振幅“A”と補正電流指令Idqh*に基づく補正トルクの振幅“B”とが同じであると、最も大きな低減効果を得ることができる。但し、最適な補正トルクの位相がずれた場合にはずれが広がるに伴って低減効果が低くなり、位相のずれが60度を超えるとトルクリップルが増幅されてしまう。従って、既定値を60度とし、トルク指令T*(目標トルク)の変化に対する補正電流指令Idqh*の位相の変化量が規定値以上となる動作領域が特定動作領域Eに設定されると、トルク指令T*(目標トルク)が急激に変化してもトルクリップルが増幅されるようなことがなく、適切にトルクリップルを低減することができる。
尚、上述したように、±60度においてトルクリップルの低減効果は無くなるから、低減対象のトルクリップルの振幅と補正電流指令Idqh*に基づく補正トルクの振幅とが同じである場合において、±60度よりも狭い範囲となるように、既定値が設定されることも好適である。この場合には、トルクリップルの低減効果が低くなる動作領域において、補正電流指令Idqh*が重畳されないため、回転電機制御装置10は、高い効率で回転電機80の制御を行うことができる。
以上、整理すると、特定動作領域Eは、以下の条件に従って設定することができる。dq軸直交座標系における動作点が、移動前トルクTbfr[Nm]から移動後トルクTaft[Nm]に移動するとする。ここで、トルクの応答レートをTa[Nm/s]、補正電流指令Idqh*の収束時間をt[ms]とする。収束時間“t[ms]”の間に変化可能なトルクは、“Ta・t”であり、移動前トルクTbfr[Nm]と移動後トルクTaft[Nm]との差トルク“ΔT[Nm]”が、これに相当するものとする。また、移動前トルクTbfr[Nm]における補正電流指令Idqh*の位相を“θbfr”とし、移動後トルクTaft[Nm]における補正電流指令Idqh*の位相を“θaft”とする。特定動作領域Eは、“θbfr”と“θaft”との差の絶対値“|θaft-θbfr|”が、許容位相差φを超えるトルクの範囲に設定される。尚、許容位相差φは、トルクリップルの振幅と補正トルクの振幅との比によって変動する。図10を参照して上述したように、この比が“1”の場合には、“φ=60度”である。
ところで、図3を参照して上述したように、高調波成分である補正電流指令Idqh*に対する電流制御の応答性を向上するために、電流制御部2は、第2電流制御部21を備えている。図11のグラフは、電流制御部2の周波数特性を示しており、縦軸はゲイン、横軸は周波数を示している。尚、図11は横軸が対数軸の片対数グラフである(図13及び図14も同様。)。図11において二点鎖線は、第1電流制御部20のみの周波数特性を示しており、実線は、第1電流制御部20及び第2電流制御部21を合わせた電流制御部2の全体の周波数特性を示している。また、図中における(6fe)は6次高調波の補正電流指令Idqh*に対応する周波数を示し、(12fe)は12次高調波の補正電流指令Idqh*に対応する周波数を示している。
上述したように、第2電流制御部21は、高調波成分を含む交流電流である補正電流指令Idqh*に対する比例積分制御の応答性を改善するために備えられている。図11に示すように、第1電流制御部20のみの周波数特性では、6次高調波の補正電流指令Idqh*、及び12次高調波の補正電流指令Idqh*に対応する周波数におけるゲインが低く、補正電流指令Idqh*に対する電流制御の応答性が十分ではないことが示されている。
これに対して、第1電流制御部20及び第2電流制御部21を合わせた電流制御部2の全体の周波数特性では、6次高調波の補正電流指令Idqh*、及び12次高調波の補正電流指令Idqh*に対応する周波数におけるゲインが低下しておらず、補正電流指令Idqh*に対する電流制御が十分な応答性を有していることが示されている。但し、12次高調波の補正電流指令Idqh*に対応する周波数よりもさらに高い周波数において、ゲインが大きく上昇している。例えば、図12に示すように、ステップ応答のようにトルク指令T*が急激に高くなった場合、基本電流指令Idq*もステップ応答することになる。電流制御部2では、ステップ応答における立ち上がりに応じた高い周波数での制御が実行されるため、図11に示すように大きなゲインが生じる。その結果、図12に示すように、出力トルクにオーバーシュートを生じたり、その後に振動が発生したりする可能性がある。
そこで、本実施形態では、第2電流制御部21のゲインが、第1電流制御部20のゲインに比べて低く設定されている。図13及び図14は、第2電流制御部21のゲインが、第1電流制御部20のゲインに比べて“1/6”に設定されている場合の周波数特性を例示している。図13は、回転電機80の回転速度が図9における第1対象回転速度S1の近傍における周波数特性を示し、図14は、回転電機80の回転速度が図9における第1対象回転速度S1と第2対象回転速度S2との間における周波数特定を示している。つまり、図13に対して、図14の方が回転電機80の回転速度が高い場合の周波数特性を示している。補正電流指令Idqh*に対応する周波数は、回転電機80の回転速度にも依存する(式(1)~(3)参照)。このため、6次高調波の補正電流指令Idqh*、及び12次高調波の補正電流指令Idqh*に対応する周波数も、図13に比べて、図14の方が高い周波数の側にシフトしている。
図13及び図14に示すように、第2電流制御部21が制御対象とする周波数においては、適切に応答し、他の周波数における過剰な応答が抑制される。従って、トルク指令T*(目標トルク)が急激に変化したような場合でも、出力トルクがオーバーシュートしたり、その後に振動したりすることなく、適切に回転電機80を制御することができる。
このように、第2電流制御部21のゲインを第1電流制御部20に比べて低くした場合には、補正電流指令Idqh*に対する電流制御の応答性が低下するので、収束時間が長くなる可能性がある。そこで、本実施形態では、さらに、回転電機80のトルクリップルを低減するためにフィードフォワード制御により電圧指令Vdq*に重畳される補正電圧指令Vdqh*を設定する補正電圧指令設定部7(Harmonic Voltage MAP)を備えている。補正電圧指令設定部7は、補正電流指令設定部6と同様に、マップにより構成されている。このマップは、実験やシミュレーションによって、補正電流指令Idqh*を基本電流指令Idq*に重畳して電流制御を実行させて収束した後の定常値に基づいて設定されている。
このようにフィードフォワード制御によって電圧指令Vdq*に補正電圧指令Vdqh*が重畳されることで、電流制御部2による制御の収束時間が短縮され、応答性が改善する。例えば、第1電流制御部20に比べて第2電流制御部21のゲインが低く設定されていても、補正トルクを生じさせるための補正電圧指令Vdqh*を含む電圧指令Vdq*を適切に演算することができる。
尚、補正電圧指令設定部7は、トルク指令T*、回転電機80の回転速度及び磁極位置θに基づいて補正電圧指令Vdqh*を設定する。トルクリップルは、回転電機80の出力トルク及び回転速度に応じて発生する。従って、補正電圧指令Vdqh*は、トルクリップルを低減するための補正トルクを出力するための電圧指令であるから、トルク指令T*及び回転電機80の回転速度に基づくことにより適切に設定される。
図15は、高調波の補正電流指令Idqh*を重畳していない場合のdq軸電流Idqの一例を示す実験やシミュレーション結果の波形図であり、図16は、高調波の補正電流指令Idqh*を重畳している場合のdq軸電流Idqの一例を示す実験やシミュレーション結果の波形図である。図15及び図16共に、上段の波形は、d軸電流Idを示し、下段はq軸電流Iqを示している。また、図15及び図16共に、左側の波形はトルク指令T*がゼロから“e[Nm]”(図7、図8等参照)に変化したタイミングの波形図であり、右側の波形はトルク指令T*が“e[Nm]”からゼロに変化したタイミングの波形図である。
何れの波形も、トルク指令T*がステップ的に変化した場合のdq軸電流の波形を示している。何れの波形にもオーバーシュートや振動は観測されない。つまり、補正電流指令Idqh*を基本電流指令Idq*に重畳しても、重畳しない場合と同様に、電流制御部2の干渉が抑制されることが確かめられた。
〔その他の実施形態〕
以下、その他の実施形態について説明する。尚、以下に説明する各実施形態の構成は、それぞれ単独で適用されるものに限られず、矛盾が生じない限り、他の実施形態の構成と組み合わせて適用することも可能である。
(1)上記においては、電流制御部2が、第1電流制御部20と第2電流制御部21とを備えており、さらに、フィードバック制御を実行する電流制御部2に加えて、フィードフォワード制御を実行する補正電圧指令設定部7を備える形態を例示して説明した。しかし、電流制御部2が第1電流制御部20しか備えておらず、補正電圧指令設定部7も備えられていない形態を妨げるものではない。また、電流制御部2が、第2電流制御部21を備えていない形態において、補正電圧指令設定部7を備えていてもよいし、補正電圧指令設定部7を備えていない形態において電流制御部2が、第2電流制御部21を備えていてもよい。そして、これらの場合にも、回転電機80のトルク指令T*の変動に対して、補正電流指令Idqh*の位相の変動量が大きい場合には、特定動作領域Eが設定されて、補正電流指令Idqh*の重畳が制限されると好適である。
(2)上記においては、回転電機80の全動作領域の中の一部の領域がトルクリップルの低減対象である補正対象動作領域Hとして設定される形態を例示して説明した(図9参照)。しかし、回転電機80の全動作領域が補正対象動作領域Hであってもよい。
(3)上記においては、フィードバック制御を実行する電流制御部2が、第1電流制御部20と第2電流制御部21とを備え、第2電流制御部21のゲインが第1電流制御部20のゲインよりも低く設定され、さらにフィードフォワード制御を実行する補正電圧指令設定部7を備える形態を例示した。しかし、制御の収束時間を満足することができる場合などでは、補正電圧指令設定部7を備えることなく回転電機制御装置10が構成されていてもよい。また、第2電流制御部21のゲインを第1電流制御部20のゲインよりも低く設定する構成には、第2電流制御部21のゲインをゼロとすることを含めてもよい。この場合、実質的に電流制御部2は、第1電流制御部20のみで構成されることになる。尚、この場合には、第1電流制御部20(電流制御部2)に加えて、補正電圧指令設定部7が備えられると好適である。