<<第1実施形態>>
以下に示す<<第1実施形態>>とその実施例1及び2では図1に示す工程により、胎児由来の有核赤血球に由来する染色体DNAを取得する。まず出発材料である母体血試料について説明する。
[採血]
本実施形態において出発材料はヒトの妊婦の母体血試料である。妊婦は月経後胎齢が10週から33週であることが好ましい。月経後胎齢は最終月経初日を1日目として、満日数または満週数で表したものである。月経後胎齢は受精後胎齢に2週を加えたものとして算出してもよい。
母体血試料は母体血そのものでもよい。母体血試料は、母体血に何らかの化学的、又は物理的処理を行うことで、保存やその後の処理の効率化に適するような変化を与えられた母体血でもよい。係る処理には、例えばアポトーシス阻害剤といった保存剤の添加、温度の調整、血球の沈殿を防ぐための試薬の添加、並びにエアークッションで振盪の物理的ダメージから血球を保護することが含まれるがこれらに限定されない。
本実施形態において母体血とは妊婦から採取された血液を指す。母体血は通常の医学的方法により、妊婦から採取することが出来る。採取した母体血に対してすぐに有核赤血球の濃縮を行ってもよい。また採血を行った場所から濃縮処理を行う場所に、母体血を輸送してから有核赤血球の濃縮を行ってもよい。母体血に対して所望の保存的処理を行ってもよい。
[有核赤血球]
本実施形態において、取得目標は胎児由来の有核赤血球の染色体DNAである。以下に胎児由来の有核赤血球について説明する。
本実施形態において、血球とは血液細胞を指す。血液は血球及び血漿を含有する。一説において、ヒトの血球のうち、赤血球が大部分を占め、他に白血球や血小板が占めると言われる。母体血は、胎児由来の有核赤血球を含有する。
本実施形態において有核赤血球は赤芽球であり、好ましくは細胞分裂能を喪失した赤芽球である。赤血球は造血幹細胞が分化するとともに成熟することで生じる。分化及び成熟の過程で、造血幹細胞から順に、骨髄系前駆細胞、赤血球・巨核球系前駆細胞、前期赤芽球系前駆細胞(BFU−E)、後期赤芽球系前駆細胞(CFU−E)、前赤芽球、好塩基性赤芽球、多染性赤芽球、正染性赤芽球、網赤血球、及び赤血球が現われる。
赤芽球には前赤芽球、好塩基性赤芽球、多染性赤芽球、及び正染性赤芽球が含まれる。正染性赤芽球が網赤血球に分化する過程で血球中から核が失われる。正染性赤芽球は通常、細胞分裂能を喪失している。
有核赤血球は通常、骨髄中にある。しかしながら背景技術で述べたとおり、ごく微量の有核赤血球が血液中に見られる。また母体血中には、母体由来及び胎児由来の有核赤血球がごく微量見られる。母体血中においては通常、胎児由来の有核赤血球の数は、母体由来の有核赤血球の数よりも少ない。
[a.画分Aに対する標識]
<a−1.濃縮による画分Aの取得>
工程a.では有核赤血球の濃縮された画分Aを、赤血球及び核酸に対して特異的に標識する。ここで画分Aは、母体血試料中の血球を少なくともその密度及び大きさのいずれかによって分画することで取得されたものである。画分Aは母体血試料中の血球をその密度及び大きさの両方によって分画することで取得されたものであってもよい。以下、「a−1.濃縮による画分Aの取得」及び「a−2.画分Aの蛍光標識」を分けて説明する。
図1に示すステップS21では、母体血試料から、全血球を基準として、好ましくは全赤血球を基準として有核赤血球の濃縮された画分Aを取得する。本実施形態において有核赤血球又が濃縮されていることとは、画分中の全血球に占める有核赤血球の割合が向上していることを指す。好ましくは赤血球に占める有核赤血球の割合が向上していることを指す。
画分Aの取得は、母体血試料中の血球を密度又は大きさによって分画することで行う。血球の密度による分画は例えば、上述の密度勾配遠心分離法によって行ってもよい。血球の大きさによる分画は例えば、上述のマイクロ流路チップのような血球分離チップによって行ってもよい。係る分画により母体血試料中の血球から無核赤血球の少なくとも一部が取り除かれた画分が得られる。
また血球の大きさによる分画は例えば、Dean flow又はDean forceを応用した方法により行ってもよい。係る方法はmicrofluidic chipshop GmbHから提供されるスパイラルソーターを用いて行ってもよい。
図1に示すステップS21では、母体血試料中の血球を密度又は大きさによって分画して得られた画分に対して、さらに免疫除去法により白血球を除去してもよい。これによりさらに有核赤血球の濃縮された画分Aを取得する。
図1に示すステップS21は、以下に述べるステップS22〜26の中に組み込むことで一連の工程として、一つのラボラトリーで行ってもよい。また臨床施設で採取した母体血から、当該臨床施設で画分Aを取得した後、画分Aを中央ラボラトリーに輸送してもよい。中央ラボラトリーではステップS21を行わずにステップS22〜26のみを行ってもよい。
<a−2.画分Aの標識>
図1に示すステップS22では、画分Aを、赤血球及び核酸に対して特異的に標識する。標識(label or labeling)は磁気標識でも蛍光標識でもよく、蛍光標識が好ましい。標識は直接標識でも間接標識でもよい。間接標識はタグと二次抗体によるものでもよく、ビオチン−アビジン結合によるものでもよい。
赤血球に対して特異的な標識は赤血球の表面に特異的な標識でもよい。赤血球に対して特異的な標識は免疫標識でもよい。免疫標識は抗体による標識でもよい。免疫標識の標的抗原は糖鎖抗原でもよい。標識はCD71及びCD235a(GPA, Glycophorin A)のような赤血球に特異的な抗原に対する抗体によるものでもよい。
赤血球に対して特異的な免疫標識は未熟な赤血球に対して特異的な標識でもよい。ヘモグロビンの胚イプシロングロビン鎖のような未熟な赤血球に特徴的なペプチド鎖を標的抗原とする免疫標識でもよい。係る免疫標識用の抗体は特許文献5に記載されている。
核酸に対して特異的な標識により、有核赤血球の有する核が特異的に標識される。核酸に対して特異的な標識は染料標識でもよい。標識される核酸はDNAが好ましい。染料は蛍光染料でもよい。核は蛍光染料により蛍光標識してもよい。蛍光染料はHoechst33342でもよい。
また胎児有核赤血球上に存在する表面抗原と反応するが、妊婦の赤血球細胞上の表面抗原とは反応しない抗体を用いてもよい。抗体はモノクローナル抗体でもよい。例えば特許文献6に記載の抗体、4B9でもよい。係る抗体は上記の赤血球に対して特異的な免疫標識や核酸に対して特異的な標識とともに用いてもよい。係る抗体を用いることで、核酸に対して特異的な標識に依拠せずとも、有核赤血球に対して特異的な標識を行うことが出来る。
図1に示すステップS22において、赤血球に対して特異的な標識と、核酸に対して特異的な標識とは同時に行ってもよい。またいずれかの標識を先におこなってもよい。またいずれかの標識を先に行い、ステップS23における分取も先に行ってもよい。その後、後に行う標識及び分取を行ってもよい。
なお上記いずれかの又は全ての標識を行う前に、画分A中の血球に対して組織学的な架橋固定をしてもよい。また係る状態で下記のセルソーティングによる分画を行ってもよい。血球を架橋固定することで、血球同士が凝集することを予防できる。したがってセルソーティングによる分取が精度よくできる。後述するd.における分子生物学的解析の前に抽出したDNAを脱架橋してもよい。
画分A中の血球に対して組織学的な架橋固定を行わない状態で、下記に述べるような分画、すなわちセルソーティングによる分画を行ってもよい。これにより、後述するd.における分子生物学的解析における架橋固定の影響を最小化できる。
例えば、血球の架橋固定を行うことなく、核酸に特異的な標識と、赤血球特異的な免疫標識とを同時に行ってもよい。さらにこれらの標識を行った後に血球を架橋固定してもよい。さらに架橋固定された血球に対して、白血球特異的な免疫標識を行ってもよい。
[b.セルソーティングによる画分Bの取得]
<b−1.基本となる細胞選別>
ステップS23では標識した画分A中の血球をセルソーティングによって選別することで画分Bを取得する。セルソーティングでは例えば細胞を選別するために用いられる装置(セルソーター)を使用する。標識が蛍光標識であれば、セルソーティングによる選別の方法は蛍光標示式細胞分取法(FACS)でもよい。セルソーティングによる選別の方法は磁気標識による細胞分取法でもよい。本実施形態ではセルソーティングの原理及びセルソーターの機種は特に限定されない。セルソーティングはフローサイトメトリーで行うことが好ましい。
一態様において、FACSはセルアナライザーに分取装置が加わったもの、一例としてセルソーターによって行う。一態様において、セルソーターは、細胞を連続的に流れる流体に乗せるとともに、細胞に対して励起光を照射して得た細胞の蛍光をもって個々の細胞の特徴を同定する。この同定はセルアナライザーの機能でもある。同定により得られた情報に基づきセルソーターは、さらに細胞を液滴に閉じ込めた状態にするとともに、特定の細胞を有する液滴を収集することで、特定の細胞を分取する。
一態様において、セルソーターは、細胞を連続的に流れる流体に乗せるとともに、細胞に対して励起光を照射して得た細胞の蛍光をもって個々の細胞の特徴を同定する。同定により得られた情報に基づき、セルソーターは、細胞を引き続き連続的に流れる流体に乗せた状態で特定の細胞を有する画分を分取する。
このような液滴を用いないセルソーターとして、後述する図10及び特許文献7に記載のようなパルス流を分取に利用するセルソーターが知られている。また特許文献8に記載のような流体のゾル−ゲル転移を分取に利用するセルソーターが知られている。
このような液滴を用いないセルソーターは細胞を流体に乗せたまま、分取容器内に細胞を導くことが出来るので細胞が損傷しにくい。また容器に細胞を導くまでの工程において、流体を流路チップ内に閉じ込めることで、流体の飛沫による装置や環境の汚染を防止しやすい。
図1に示すステップS23では赤血球に対して特異的な標識により標識された血球を取得するように血球を選別することが好ましい。有核赤血球は赤血球であるから、赤血球に対して特異的な標識により、有核赤血球を、白血球を始めとする他の血球と区別できる。
図1に示すステップS23では有核の血球に対して特異的な標識により標識された血球を取得するように血球を選別することが好ましい。有核赤血球は核を有するから、核酸に対して特異的な標識により、有核赤血球を無核の赤血球を始めとする他の血球と区別できる。
図1に示すステップS23では、これらの標識を組み合わせることで、有核赤血球の純度が高められた画分Bを取得する。取得された画分Bには母体由来及び胎児由来の有核赤血球が含まれる。赤血球に対して特異的な標識による分取と、核酸に対して特異的な標識による分取とは同時に行ってもよい。またいずれかを先におこなってもよい。例えば赤血球に対して特異的な磁気標識により選別を行った後、核酸に対して特異的な蛍光標識により選別を行うことで画分Bを取得してもよい。
図1に示すステップS22では、追加的に画分Aを、白血球に対して特異的に標識してもよい。白血球特異的な標識は免疫標識でもよい。係る標識はCD45のような白血球に特異的な抗原に対する標識でもよい。抗原は糖鎖抗原でもよい。ステップS23では白血球に対して特異的な標識により標識された血球を除外するように血球を選別することが好ましい。
<b−2.追加的な細胞選別>
図1に示すステップS21において、画分A中の血球を蛍光標識した場合は、セルソーティングとしてFACSを用いることが好ましい。またセルソーティングによる処理後も蛍光標識は残存しているので、これを有効に利用してもよい。
例えばセルソーティングで得られた1回目の画分に対してさらに追加的に蛍光を利用して細胞を分取してもよい。例えば得られた1回目の画分に対してさらにセルソーティングによる選別を繰り返して2回目以降の画分を取得してもよい。これにより最終的に上記画分Bを得てもよい。
[c.血球の分離とDNA抽出]
工程c.では画分B中の血球を一細胞レベルでそれぞれ分離する。また分離された血球の各々に対して、独立に染色体DNAの抽出処理を行う。これにより、一細胞レベルで区別可能な染色体DNAを各々含有する画分Cを取得する。本実施形態において、染色体DNAはゲノムDNAのことを指す。
以下、「c−1.一細胞レベルでの血球の分離」及び「c−2.DNA抽出による画分Cの取得」を分けて説明する。
<c−1.一細胞レベルでの血球の分離>
図1に示すステップS24では、画分B中の血球を一細胞レベルでそれぞれ分離する。また画分B中の血球を一細胞レベルで互いに分離する。本実施形態において血球を一細胞レベルで分離することには、血球を一細胞ごとに分離することが含まれる。すなわちシングルセルを得ることが含まれる。
画分B中の血球に対する一細胞レベルでの分離は、画分B中の各々の血球が有核赤血球の特徴を有するか否かに関わらず、無差別に行うことが好ましい。すなわち、各血球が有核赤血球であるか否かを問わず血球を分離することが好ましい。無差別という用語には画分Bを取得するまでの過程において、血球の密度及び大きさ、並びに標識に基づいて有核赤血球が濃縮されることを除外する意図は含まれない。
上述の濃縮及び細胞分取の結果、図2に示す画分B中には、細胞核40を有する有核赤血球41が比較的豊富に含まれる。画分Bには他の血球も含まれる場合がある。他の血球には、例えば無核赤血球42や、細胞核40を有する白血球43が含まれる。無差別に分離するとはこれらの細胞を網羅的に一細胞レベルに分離することを意味する。
図2に示す画分B中の血球を一細胞レベルでそれぞれ分離するために、これらを各々、個別の容器44に分配することが好ましい。係る分配により、画分Bをさらに分画することができる。分画は限界希釈法(limited dilution)によって行うことが好ましい。限界希釈法で分画することで、一細胞レベルで分離された血球を各々有する画分Eを取得することができる。限界希釈法は、血球数よりも多い画分ができるように分取体積を定めた上で、よく懸濁された画分Bから分取することで行ってもよい。
図2に示す容器44と同等の容器が合計8個描かれている。容器44の数は画分B中の血球の数、又は得ようとする画分Cの数に応じて適宜選択できる。容器は例えば8連チューブでもよく、また96穴、384穴、及びその他の穴数のいずれかのウェルプレートでもよい。図2には画分Eとして画分E1、E2及びE4〜E8が描かれている。限界希釈法では画分E3のように、血球が含まれない画分が生じてもよい。
図2に示す容器44への血球の分配は、上述の通り無差別に行うことが好ましい。すなわち、有核赤血球41の分配に際して、無核赤血球42や、白血球43をも一細胞レベルで分配することをなんら排除しない。
本実施形態では、例えば特許文献4に記載されるような胎児有核赤血球候補細胞を、細胞の形態的情報に基づき識別することに依拠しない。またこのような候補細胞の識別に依拠して、候補細胞を一細胞単位に単離することを行わない。本実施形態の一細胞レベルにおける分離では、このような有核赤血球の同定を伴う単離の操作を行わないことが好ましい。好ましい態様において、本実施形態の方法には、セルソーティングによって得られた画分を工程c−1.にて一細胞レベルに分離する工程で処理する前に、さらに血球の形態的情報に基づき血球を画分から分取するための工程が含まれない。
本実施形態では、限られた処理時間を一細胞レベルでの分離を優先して使用することが好ましい。好ましい態様において、本実施形態の方法には、上述した平面チップ上に画分を展開するとともに、蛍光により有核赤血球を同定する工程が含まれない。好ましい態様において、本実施形態の方法には、セルソーティングによって得られた画分を工程c−1.にて一細胞レベルに分離する工程で処理する前に、さらに血球を画分Bから分取するための工程が含まれない。
上記は画分Aや画分Bの一部又は全部を観察して、その中に有核赤血球が含まれることを確認することを除外するものではない。例えば画分の一部を顕微鏡観察して、形態的情報又は蛍光に基づく情報又はそれ以外の特徴に基づく情報により有核赤血球の存在を確認することで各工程の品質管理を行ってもよい。
図3は限界希釈の一方式を示している。係る方式では画分Bから無差別に画分Fを分取する。すなわち各血球が有核赤血球であるか否かを問わず画分Fを分取する。図中には係る画分Fとして画分F1〜3が描かれている。これらの係る画分F1〜3を撮像する。画分F1には一細胞レベルで分離された血球が含まれている。画分F2には二細胞の血球が含まれている。画分F3には血球が含まれていない。これらを、画分F1〜3の像を用いて確認する。これにより画分Eとして画分F1が取得される。または画像解析により画分Eが取得されたか否かを判定してもよい。画分F2は画分Bに戻してもよい。
図3に示す限界希釈の方式では、各画分が分注される際にカメラ等で実際に一細胞が分注されたか否かを判別することができる。係る方式により、より確実に一細胞レベルで血球を分離できる。また血球を持たない画分の生成を回避できる。このような限界希釈の方式を実施するためにオンチップ・バイオテクノロジーズから提供される1細胞分注器On-chiP SPiSを用いてもよい。
また図1に示すステップS24は、スライドやチップ上に画分Bの血球を分散させたのち、これらを一細胞ずつ無差別に単離することで、行ってもよい。すなわち各血球が有核赤血球であるか否かを問わず単離する。またステップS24は、ステップS23でセルソーティングを行いながら、並行して行ってもよい。すなわち、セルソーティングでは血球を含有する微量の流体が連続的に分取されるが、これらの流体を再び一つの容器に収集してまとめることはせず、血球ごとに流体を別個の容器に分注してもよい。
<c−2.DNA抽出による画分Cの取得>
図1及び2に示すステップS25ではさらに、分離された血球の各々に対して、独立に染色体DNAの抽出処理を行うことで画分Cを取得する。ステップS24及びS25を経ることで画分Cは、一細胞レベルで区別可能な染色体DNAを各々含有するものとなる。本実施形態において染色体DNAを抽出する前の血球を一細胞レベルで区別可能な染色体DNAを有する画分には、一細胞の血球から抽出された染色体DNAを有する画分が含まれる。
図2に示すように、個々の容器44に分取された血球を含む画分E1〜8に対して染色体DNAの抽出処理を無差別に行うことが好ましい。画分B中の各々の血球が有核赤血球の特徴を有するか否かに関わらず、抽出処理は無差別に行う。また各々の画分E中の血球が有核赤血球の特徴を有するか否かに関わらず、抽出処理は無差別に行う。すなわち各血球が有核赤血球であるか否かを問わず抽出処理を行う。無差別という用語には画分Bを取得するまでの過程において、血球の密度及び大きさ、並びに標識に基づいて有核赤血球が濃縮されることを除外する意図は含まれない。
抽出処理の結果、画分Cとして画分C1、C2及びC4〜8が得られる。すなわち、有核赤血球41からの染色体DNAの抽出に際して、無核赤血球42や、白血球43からも染色体DNAを抽出することをなんら排除しない。また画分C3のように、血球が含まれない画分に対して染色体DNA抽出の化学処理を行って得られた画分があってもよい。
DNA抽出処理は一細胞レベルで各々独立に行われる。したがって、例えば画分C4や画分C7には有核赤血球41由来の染色体DNAが含まれる。また画分C4や画分C7には、他の細胞の染色体DNAが混合されていない。画分C4や画分C7には、上述のとおり予め単離された有核赤血球から得られた染色体DNAと同等の純度の染色体DNAが含まれている。なお、ここで言う純度においては、母体由来の白血球の染色体DNAの混入の有無に着目している。
図2に示すように染色体DNAの抽出は個々の血球に対して無差別に行われる。すなわち各血球が有核赤血球であるか否かを問わず抽出処理を行う。したがって、無核赤血球42に由来する画分C1、C5及びC8には染色体DNAが含まれていない。白血球43に由来する画分C2及びC6には白血球の染色体DNAが含まれている。画分E3に血球が元々存在していないことから画分C3には染色体DNAは含まれていない。
本実施形態の方法はこれらのような非効率な作業を許容する。このように無差別に細胞の分離とDNA抽出を行うことで、有核赤血球の同定を伴う単離の操作に依存せずとも有核赤血球の染色体DNAを取得できる。このため、一連の工程の全体として効率化がなされる。
本実施形態の工程c.では、次の三点に留意する。一点目として、図2に示す8個の画分Cのうち、画分C4や画分C7に有核赤血球に由来する染色体DNAが含まれている事実それ自体は、本実施形態の方法の実施者にとって、工程c.ではまだ明らかになっていないことが許容される。なぜなら、本実施形態の方法では有核赤血球を形態的情報に基づき単離することを行うことは必須ではないからである。さらにいえば画分Cが上述の通り無差別に取得されたものであるからである。
二点目として、図2に示すいずれかの画分C中に有核赤血球に由来する染色体DNAが取得されたことは後述するd.において分子生物学的解析を行うことで事後的に推定される。通常、母体血に混入する胎児細胞は胎児の有核赤血球であることから、染色体DNAが胎児由来であることが判明することで、上記が推定される。
三点目として、図2に示す画分C4や画分C7に含まれる染色体DNAが母親の有核赤血球に由来するのか、胎児の有核赤血球に由来するのかは本実施形態の方法の実施者にとって、工程c.ではまだ明らかになっていないことが許容される。なぜなら、先の工程において、母親の有核赤血球と、胎児の有核赤血球とを区別する手段を用いることは必須ではないからである。染色体DNAが胎児に由来することは、後述するd.において分子生物学的解析を行うことで事後的に判明する。
図2に示す容器44の代わりに例えば、図4に示す装置74を用いてもよい、装置74は流路75、捕捉構造76及び反応構造77を有する。複数の捕捉構造76が流路75に沿って連続的に配置されている。個々の捕捉構造76には反応構造77が付随している。
図4に示す装置74では、各捕捉構造76に細胞78を分配することで、細胞78を一細胞レベルで互いに分離する。しかしながら、捕捉構造76に捕捉された細胞78を含む画分は特定の容器に分取されない。全ての又は所望の数の細胞78を捕捉構造76に捕捉した後、捕捉した細胞78を溶解し、反応構造77に向かって溶解物を押し流すことで細胞を処理する。反応構造77内では細胞の処理として染色体DNAの抽出及び以下に述べる全ゲノム増幅の反応を行ってもよい。
図4に示す装置74として特許文献9に開示されるマイクロ流体デバイスを用いてもよい。またマイクロ流体デバイスとして、フリューダイム社から提供されるC1 Single-Cell Auto Prep Array IFCを用いてもよい。
[d.画分Cの群からの画分Dの選抜]
<d−1.DNA解析による画分Dの選抜>
図1及び図2に示すステップS26では、画分Cのそれぞれに対して分子生物学的解析を行う。これにより画分Cの群の中から、胎児由来の染色体DNAを含有する画分Dを選別する。図2に示すように画分Dは母親由来の染色体MのDNAのコピーに加えて父親由来の染色体PのDNAのコピーを含有する。胎児が男性である場合にはY染色体とX染色体とは対ではあるが、相同染色体になっていない。
図5には図1及び2に示すステップS26の好適な例が示されている。図5に示すステップS28では、画分Cの染色体DNAに対して全ゲノム増幅を行う。全ゲノム増幅の方法としてはMALBAC(Multiple Annealing and Looping Based Amplification Cycles)に代表されるPCR法、MDA(Multiple strand Displacement Amplification)及びDOP-POP-PCR(Degenerate Oligonucleotide-primed PCR)を用いることが出来る。なかでも全ゲノム領域に渡って増幅の偏りが小さいことからMALBACが好ましい。
全ゲノム増幅により、画分Cには染色体DNAのコピーが豊富に含まれるものとなる。以下、特に言及した場合を除き、染色体DNAのコピーも、染色体DNAと称するものとする。
図5に示すステップS29では、分子生物学的な解析を行う。これにより各画分Cの染色体DNAが母体由来であるか胎児由来であるかを区別する。係る区別に際し、以下の点に留意し得る。
本実施形態において、母体由来の染色体と、母親由来の染色体とは区別される。母体由来の染色体は、もっぱら母体の体細胞に由来する。母体由来の一対の染色体においては、一対の内のいずれの染色体も母体に由来する。
本実施形態において母親由来の染色体とは母親の生殖細胞に由来する染色体を意味する。特に言及しない限り母親由来の染色体は、胎児に由来する染色体を指すものとする。係る染色体は父親由来の染色体と相同染色体を形成する。
母体と母親が一致する場合、母親由来の染色体のDNA配列は、母体由来の染色体のDNA配列と共通する。なお胎児が母体の卵子ではなく他の女性に由来する卵子に由来するとしても本実施形態の方法を適用できる。
図5に示すステップS29における分子生物学的な解析としてはSTR(Short Tandem Repeat)解析が好ましい。STR(Short Tandem Repeat)解析では、父親由来の配列と母親由来の配列とを区別できる。胎児由来のDNAには母親由来でないSTRが含まれている。このため、胎児の性別に依らず、染色体DNAが胎児由来であることを同定できる。
胎児が男性であることが分かっている場合には、Y染色体特異的な配列に基づく解析を行ってもよい。男性である胎児由来のDNAには母親由来でないY染色体が含まれている。このため、染色体DNAが胎児由来であることを同定できる。
図5に示すステップS30では、上述の分子生物学的な解析結果に基づき、いずれの画分Cが胎児に由来するかを確認する。これにより画分Cから画分Dを選抜することができる。
図5に示すステップS30では、画分Dが有核赤血球に由来することを完全に確認することは必須ではない。ステップS30ではすでに血球の形態的情報が失われている。ステップS23において有核赤血球の純度が高められているので、画分Dは、確率論的に有核赤血球に由来することが推定される。
図1〜図5に示す一連の工程により、一細胞レベルで単離された胎児由来の有核赤血球に由来する染色体DNAを含有する画分Dを取得することができる。係る染色体DNAを出生前診断に供するため、図6に示す処理を行う。
なお一般的に出生前検査や出生前診断の用語には非確定検査も含まれる場合がある。また本実施形態により得られる染色体DNAは確定診断のために用いられる場合がある。なぜなら本実施形態で得られる検査用のデータは胎児細胞中の染色体DNAのみから得られるものだからである。
胎児由来の染色体DNAのみを用いて得られるデータには、母体細胞由来の染色体DNAがDNA試料に混入することによるデータへの影響が極めて小さい、又は無い。なおここで言う混入の有無とは、遺伝の原理、すなわち胎児の相同染色体の半分が母親に、他の半分が父親に由来することを指すものではない。
本実施形態の方法は、例えば血漿中に含まれるDNA断片を利用した従来型のNIPTよりも確定診断に向いていると考えられる。なぜなら従来型のNIPTで用いられるDNA試料では母体細胞由来の染色体DNAと胎児細胞由来の染色体DNAが混合されているためである。
本実施形態において得られる上記染色体DNA及びデータはNIPD(non-invasive prenatal diagnosis)に供される場合がある。本実施形態における染色体DNA又はデータを非確定検査に用いるか、確定診断に用いるかは医師によって判断することが出来る。本実施形態によって得られる染色体DNA及びデータに依拠した診断を確定診断とするか否かの妥当性は医学的な判断に依拠するものであり、本発明の技術的本質に影響は与えない。
DNA解析にあたり、染色体DNAの固定に用いた架橋は解除しておく必要がある。すなわち染色体DNAを脱架橋しておく。これにより、DNA解析を効率的に進めることが出来る。また架橋を行わないことで、脱架橋反応においてDNAが損傷することを防止してもよい。
[e.診断に供するデータの取得]
<e−1.染色体DNAをサンプルとした診断に供するデータの取得>
図6には、診断に供するためのデータの取得方法が示されている。ステップS32において、上記画分Dの染色体DNAの配列情報の一部又は全部を解析する。解析は配列決定を利用して行ってもよい。配列決定はゲノムの一部又は全部に対して行ってもよい。配列決定はサンガーシーケンシングでもよくNGS(new generation sequencing)でもよい。
NGSは、Roche社から提供されるようなパイロシーケンシング、Illumina社から提供されるような合成によるシーケンシング、並びにThermo Fisher SCENTIFIC社から提供されるような、ライゲーションによるシーケンシング、及びイオン半導体シーケンシングのいずれかでもよい。
図6に示すステップS32において配列情報の解析はマイクロアレイで行ってもよい。マイクロアレイはSNPマイクロアレイでもよい。本実施形態の方法では胎児由来染色体DNAの全長に渡ってコピー数の偏りなく得られる。このため、MPS法(massively parallel sequencing)では困難な信頼性の高いSNPマイクロアレイデータを提供するのに適する。また、マイクロアレイはCGHアレイでもよい。
図6に示すステップS33において、配列情報の解析結果から医師による診断に適するデータを生成する。係るデータには解析の生データの一部又は全部を含んでもよい。また適正な手続きのもとに、医学的な統計解析に適するデータを作成してもよい。
[変形例]
なお、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。上記実施形態はヒトを対象とする方法である。本実施形態の方法はヒト以外の哺乳類に応用してもよい。
<溶血法>
上記実施形態では母体血試料中の血球から無核赤血球の少なくとも一部を取り除くために、血球の密度又は大きさを利用した。母体血試料中の血球を選択的に溶血することを通じて、無核赤血球を選択的に除去してもよい。これにより溶血した無核赤血球は画分中の全血球の範囲からは除外されるため、有核赤血球の濃縮された画分Aを取得することができる。溶血は例えば塩化アンモニウム溶血剤によって血球を分散させている分散媒の浸透圧を調整することで行うことが出来る。
<平面チップによる分取>
図7は平面チップ上での蛍光による分取の模式図である。上述の通り、図1に示すステップS23においてはセルソーティングで画分Bを取得した。ここでセルソーティングによる分取を補助する他の分画法として、平面チップによる分取法を追加してもよい。
まず蛍光標識した画分A中の血球を上述の通りセルソーティングによって選別することで、有核赤血球の純度が高められた画分Gをまず取得する。その後、図7に示すように画分G中の血球を平面チップ61上に展開する。さらに、赤血球及び核酸に対して特異的な標識のシグナルを発する血球62を平面チップ61上から分取する。これにより画分Gよりも有核赤血球の純度がさらに高められた画分Bを取得する。
係る平面チップを利用した蛍光による分取手段として、シリコン・バイオシステムズ社から提供されるDEPArray(特許文献10)や、レアサイト社から提供されるCyteFinder及びCytePickerを使用してもよい。
上述の通り、本実施形態の方法は、平面チップを利用した分取手段によって有核赤血球であるか否かを厳密に判定することに依存しない。なお、これらの装置を用いることで、画分Bの取得と、画分Cの取得とを一体の工程として実施できる場合がある。
[実施例1]
<採血>
図8には図1に示すステップS21の実施例が示されている。ステップS35では母体血の採血を行う。本実施例では適切な手続の下、母体血及び一般血の提供を受けた。母体血は、試験研究用として妊娠33週の妊婦から提供されたものである。胎児の性別は男性である。本実施例において用いられた一般血は、試験研究用として妊婦ではない人から提供されたものである。母体血及び一般血の採取は医療機関においてなされた。これらの血液は適正な管理の下、発明者らの研究室に輸送された。
必要な母体血の量は次のように考えられる。10mlの母体血には約3×1010個の血球が含まれていると考えられている。また同体積の母体血には約36〜2168個の有核赤血球が含まれていると考えられている(非特許文献1)。
上記有核赤血球の割合を鑑み、出発材料となる母体血の量は0.01〜100mlでもよい。母体血の量は0.01、0.02、0.03、0.04、0.05、0.06、0.07、0.08、0.09、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、30、40、50、60、70、80、90mlでもよい。本実施例では母体血20mlを出発材料として使用した。
全自動セルカウンターTC20(BIORAD)で測定したところ、母体血10mlあたり3.16×1010個の血球が含まれていた。母体血をPBS(リン酸塩緩衝食塩水)で2倍に希釈した。
次の密度勾配遠心法による濃縮の処理は、採血後、好ましくは48時間、36時間、より好ましくは24時間、さらに好ましくは3時間、特に好ましくは2時間経過までに行う。採血後、処理開始までの時間が短いほど、密度勾配遠心法による濃縮の効率を高めることが出来る。本実施例では採血後2時間で処理を開始した。またアポトーシス阻害剤といった保存剤の添加によって、時間経過に伴う濃縮効率の低下を抑制できる。
<有核赤血球の濃縮>
図8に示すステップS36及びS37を通じて、母体血中の有核赤血球を二段階の密度勾配遠心法で濃縮する。ここで濃縮とは、有核赤血球以外の血球を除去することである。濃縮において母体血から除去される血球は無核の赤血球であることが好ましい。濃縮において母体血から血小板も除去されることがさらに好ましい。
図8に示すステップS36及びS37を通じた濃縮により画分Aが得られる。濃縮後において、画分A中における全血球に対する有核赤血球の割合は、母体血試料中における全血球に対する有核赤血球の割合よりも大きくなる。
図8に示すステップS36において、母体血を密度勾配積層遠心で分画する。密度勾配積層遠心は密度勾配遠心の一種である。本実施例ではパーコール及び食塩水を用いて密度1.085g/ml及び1.075g/mlの等張液を作成した。遠心管にこれらを順に積層した後、さらに母体血10mlを重層した。係る遠心管を20℃、1750Gで30分間遠心した。
図9には密度勾配積層遠心の結果の模式図が表されている。遠心管46には上から順に、層45a〜fが形成されている。層45aには血漿が濃縮されている。層45bには白血球43が濃縮されている。層45a及びbの密度は1.075g/mlよりも小さいと考えられる。層45cは密度1.075g/mlの等張液の層である。
図9に示す層45dには有核赤血球41が濃縮されている。層45dの密度は1.075g/mlよりも大きく、1.085g/mlよりも小さいと考えられる。層45dを分取するとともに血球を洗浄することで有核赤血球を含む画分を得た。かかる画分を試料1とした。試料1中の血球数を、全自動セルカウンターTC20を用いて測定した。血球数は約9.95×106個であった。
図9に示す層45eは密度1.085g/mlの等張液の層である。層45fには無核赤血球42が濃縮されている。層45fの密度は1.085g/mlよりも大きいと考えられる。
図8に示すステップS37において、ステップS36で得られた画分を高張遠心で分画してもよい(特許文献1)。高張遠心は密度勾配遠心の一種である。次に試料1の半分量を画分Aとして用い、以下の蛍光標識のステップを行った。
<蛍光標識>
図1に示すステップS22において画分Aを蛍光標識する。蛍光標識された血球は、蛍光標識された血球を含む他の血球と互いに分離した状態となっていることが好ましい。本実施例では蛍光標識の条件は例えば以下の通り行うことが出来る。
まず画分Aの血球をHoechst33342(Sigma−Aldrich製)、抗CD45-PE標識抗体(Miltenyi-Biotec製、クローン名:5B1)、及び抗CD235a-FITC標識抗体(Miltenyi-Biotec製、クローン名:REA175)で同時に染色した。染色に際して血球の架橋固定は行わなかった。染色は4℃で、10分間行った。染色後、血球の懸濁液を4℃、300Gの条件で10分間遠心することで標識された血球を回収した。
なお、蛍光標識の条件は、以下のように変更することもできる。例えば、まず画分Aの血球をHoechst33342で染色してもよい。その後に血球を抗CD45−PE標識抗体、及び抗CD235a−FITC標識抗体で免疫染色してもよい。血球及び抗体を転倒混和させながら、室温にて抗体抗原反応を進行させてもよい。その後、血球の懸濁液にリン酸緩衝生理食塩水を加えてもよい。これにより加えた蛍光抗体の濃度を低下させることができる。その後、血球の懸濁液を25℃、300gで3分間遠心して血球を回収してもよい。
抗体の濃度は、上述の抗体の添付書類に記載される標準の使用濃度の約1/100〜1/10としてもよい。これにより、セルソーティングの処理におけるシグナル/ノイズ比の改善を図ることが出来る。本実施例では、抗体の希釈に際し、抗CD45-PE標識抗体と緩衝液との間の体積の比(希釈率)を1:10とした。また、抗CD235a-FITC標識抗体と緩衝液との間の体積の比(希釈率)を1:1099とした。
図1に示すステップS23において、セルソーティングで画分Aをさらに分画する。セルソーターとして図10の模式図に示すセルソーターを用いた。係るセルソーターは血球を蛍光検出するものである。
まず図10に示す主流路47内に蛍光標識された画分Aを含む定常的な液体流を作る。液体流中の血球48aに励起光を投射して蛍光により標識のシグナルの有無を検出する。副流路49は主流路47と交差する。血球48aは主流路47と副流路49との交差点に向かって流れる。
図10に示す血球48bはシグナルの検出された血球である。係る血球は主流路47内を流れて来て交差点に入る。副流路49では液体流と交差する方向にパルス流を生じることが出来る。上述のシグナルに基づき、血球48bを標的としてパルス流を発生させる。
図10に示す血球48bを副流路49のパルス流に乗せることで、血球48bを主流路47の液体流から分離する。分離した血球48bを、逐次的に収集する。これにより収集された48bからなる画分Bが生成される。
図10において、シグナルの無かった又は弱かった血球48cに対してはパルス流が付与されない。血球48cは主流路47内をそのまま液体流に乗って流れていく。
係るセルソーターについては特許文献7に詳細が説明されている。また本実施例ではオンチップ・バイオテクノロジーから提供されるセルソーターを使用した(セルソーターの型式:On-chip−Sort MS6)。本実施例では細胞選別のためのセルソーターの動作条件は以下の通りであった。
<セルソーティングによる分析>
図11はHoechst33342の蛍光強度分布を示す。縦軸は血球の出現頻度を表す。横軸はHoechstの蛍光シグナルの強度を表す。ピークが二つ表れている。出現頻度が強度40〜50の間で極小となった。係る範囲で境界値を定め、これより強度の大きい血球を有核の血球と推定した。また、これより強度の小さい血球を無核の血球と推定した。
図12は母体血における免疫標識の蛍光強度分布を示す。図13は一般血における免疫標識の蛍光強度分布を示す。縦軸は抗CD235a抗体に結合したFITC(fluorescein isothiocyanate)の発光のシグナルの強度を表す。横軸は抗CD45抗体に結合したPE(phycoerythrin)の発光のシグナルの強度を表す。
図12及び図13におけるAr1は、CD235a−FITCのシグナルが強く表れた集団を表す。Ar2は、CD45で標識された白血球の集団を表す。
母体血の結果と一般血の結果との比較により、母体血では、一般血に比べてAr1に属する血球の数が多いことが分かった。
図12において、Ar1の内、FITC(fluorescein isothiocyanate)の発光のシグナルの強度が1×103より大きいものを有核赤血球の候補とした。これは、予備実験においてバックグラウンドノイズ、すなわち白血球のFITCの発光のシグナル強度が1×103以下であったことによる。上記の条件検討を元に有核赤血球の候補を含む画分Bをセルソーティングで取得した。
<分子生物学的解析>
画分Bの全体に対してNucleospin Tissue XSを使用して、DNA抽出を行った。一細胞レベルでの分離を行ってからDNA抽出を行うこともできる。また一細胞レベルで分離した細胞から得たDNAに対して全ゲノム増幅を行うこともできる。全ゲノム増幅は例えばYikon Genomics社から提供されるMALBACを用いて行うことが出来る。
本実施例ではDNA抽出で得られたDNAを鋳型としてPCR反応を行った。PCR反応ではEx-Taq polymeraseを使用した。図14は分子生物学的解析の結果を表す。図14に示される電気泳動像の内レーン1〜11はSRY遺伝子配列に対するPCRによる270bp長の増幅産物を表す。鋳型は以下の通りである。
レーン1の左側には200bpのDNAラダーが示されている。
レーン1:ヒト男性の標準DNA、200コピー。
レーン2:ヒト女性の標準DNA、200コピー。
レーン3:ヒト男性の標準DNA、0コピー。
レーン4:ヒト男性の標準DNA、1コピー。
レーン5:ヒト男性の標準DNA、4コピー。
レーン6:ヒト男性の標準DNA、8コピー。
レーン7:ヒト男性の標準DNA、16コピー。
レーン8:ヒト男性の標準DNA、64コピー。
レーン9:ヒト男性の標準DNA、100コピー。
レーン10:試料1
図14に示す電気泳動像より、試料1には4〜16コピーのSRY遺伝子配列を有するDNAが含まれることが分かった。したがって、試料1には胎児由来の染色体DNAが含有されることが分かった。
[実施例2]
本実施例では妊娠33週の妊婦から採取した血液を利用した。胎児の性別は男性であった。
<血球分離チップによる母体血の濃縮>
実施例2では母体血0.3mlを使用し、その濃縮の工程を血球分離チップによって行った。血球分離チップとしては例えば特許文献11に記載のものを使用することが出来る。血球分離チップは細胞の大きさを基準として母体試料中の血球を分画する。
図15に血球分離チップの一例として血球分離チップ50の平面図を示す。血球分離チップ50は入口51、主流路52、副流路53並びに出口54a−d及び55を有する。主流路52は入口51の出口55に向かって順に流路56a〜dを有する。流路56a〜dは入口51から出口55まで一つながりとなっている。
図15に示す入口51は母体血を入れたシリンジ57と接続される。シリンジ57からは、所定の流量で母体血を入口51に送る。母体血は入口51を経由して流路56aに入る。濃縮の開始時において母体血は採血後2〜3時間経過していた。
母体血は予め希釈しておくことが好ましい。希釈率は2〜500倍とすることが出来る。本実施例では希釈率を50倍とした。希釈はリン酸緩衝生理食塩水で行う。母体血希釈液の単位時間当たりの流量を1〜1000μl/分とすることが出来る。本実施例では25μl/分とした。血球分離チップによる分画は10時間行った。一回の分画で例えば15mlの母体血希釈液を処理できる。
図15に示す血球分離チップ50は副流路53を有する。副流路53はシリンジ58と接続されている。シリンジ58にはPBSを入れられている。シリンジ58内に圧力をかけることでPBSは副流路53を通じて流路56bに流入する。
図15に示す分岐流路59a−dはいずれも主流路52から分岐する流路である。流路56c中において、上流側から順に分岐流路59a,b,c及びdがこの順で主流路52から分岐する。
図15に示す分岐流路59a−dはいずれも主流路52から分岐する細流路を複数個有する。各細流路は主流路52の上流から下流に向かって並ぶ。分岐流路59a−dはそれぞれ出口54a−dに達する。分岐流路59a−d中の各細流路はそれぞれ出口54a−dの手前で合流する。流路56dは出口55に達する。
図16には、血球分離チップ50による、血球の分別の過程を模式的に表している。図15に示したように分岐流路59a−dはそれぞれ複数の細流路を有する。図16中では説明を簡単にするため、各分岐流路59a−dにはそれぞれ細流路が一本ずつ示されている。
図16に示す主流路52の上流から母体血が流れてくる。母体血は血球を大量に含んでいる。血球は流路56bに達する。一方、副流路53を流れてきたPBSは、主流路52を流れる血球を、主流路52の側方から押し込む。流路56b-cにおいて、分岐流路59a−d側に血球が押しやられる。
図16に示す流路56aにおいて、主流路52の副流路53と対向する側には分岐流路59a−dが配置されている。分岐流路59a−dのそれぞれが有する細流路の内接径は、これらの並ぶ順に大きくなる。ここで内接径は細流路の直交断面における内接円の直径である。本実施例では、分岐流路59a−dの細流路の内接径はそれぞれ8、12、15及び25μmである。本実施例において細流路の断面は四角である。細流路の断面は他の多角形でも円でもよい。
図15及び16に示す血球分離チップ50では分岐流路を4個設けた。分岐流路の数は2以上であれば特に限定されない。例えば分岐流路を少なくとも2個としてもよい。係る2個の分岐流路のうち、上流の細流路の内接径は12〜19μmでもよい。上流の細流路の内接径は13、14、15、16、17、及び18μmのいずれかでもよい。本実施例の分岐流路59cがこれに当てはまる。分岐流路59cは無核赤血球の除去流路と言える。
また下流の細流路の内接径は20〜30μmでもよい。下流の細流路の内接径は21、22、23、24、25、26、27、28、29及び29μmのいずれかでもよい。本実施例の分岐流路59dがこれに当てはまる。分岐流路59dは有核赤血球の回収流路と言える。
図16に示す分岐流路59a−dには副流路53によって押しやられた血球が流れ込む。各分岐流路に流れ込む血球の径は、その分岐流路の細流路の内接径よりもやや小さい。図中には分岐流路59aの細流路の内接径よりもやや小さい血球として顆粒39が示されている。顆粒39は出口54aに至る。図中には分岐流路59b,cの細流路の内接径よりもやや小さい血球として無核赤血球42が示されている。無核赤血球42は出口54b,cに至る。
有核赤血球の径の大きさは11〜13μmと考えられる。図中には分岐流路59dの細流路の内接径よりもやや小さい血球として有核赤血球41が示されている。さらに白血球43が示されている。有核赤血球41及び白血球43は出口54dに至る。
図16に示す分岐流路59a−dに取り込まれなかった血球はフロースルー(FT)として、血漿とともに流路56dを通過するとともに、図15に示す出口55に至る。例えば凝集した血球などがフロースルーに含まれる。出口54a−d及び出口55には流体を受け止めるリザーバーがそれぞれ設けられる。
図16に示す出口54a−dに接続された各リザーバーには画分Fr1−4がそれぞれ分取される。フロースルーは画分Fr5として図15に示す出口55に接続されたリザーバーに分取される。以上により、血球分離チップ50は大きさによって血球を分画できる。また血球分離チップは篩として機能するので、画分Fr1−4には各細流路の径を上回る大きさの粒子が含まれない。したがってFr4に凝集した血球が混入することを防止できる。
血球の大きさを利用した濃縮方法には、密度を利用した方法に比べて利点がある。一つは血球の密度に対する採血後の経過時間による影響は大きいが、血球の大きさに対する影響は小さい点である。これは採血する場所が、血球を分画処理する場所から遠くても本実施例の方法を実施しやすいことを表す。他の一つは、大きさによる分画は、例えば上記血球分離チップの操作のように、容易な操作で行うことが可能な点である。
<実際の分画>
15mlの母体血希釈液を上記血球分離チップで分画した結果を表1に示す。係る母体血には300μlの母体血全血が含まれる。母体血全血中には1.43×109個の血球が含まれると考えられる。全自動セルカウンターTC20を用いて測定した。分岐流路1及び2並びにフロースルー3を通過した画分の血球数は表1の通りである。
表1に示される画分Fr4中の血球は3.29×107個であった。密度勾配積層遠心の結果も考慮すると、係る画分には有核赤血球及び白血球に相当する血球が含まれていると解される。画分Fr4を上述の画分Aとして用いて、セルソーティングによる解析を行った。
実施例1の密度勾配遠心法では、遠心管中に浮遊する画分を採取する必要があった。これに対して血球分離チップを用いた本実施例では、血球分離チップ自身が画分Aを分取することが出来る。したがって、画分Aを得るための濃縮の操作を簡便にすることができる。
<セルソーティングによる画分Bの分取>
画分Bの分取は実施例1と同様に行った。まず画分Aに対してHoechst33342及びPE修飾抗CD45抗体による染色を行った。染色は細胞に対して架橋固定を含む固定処理をせずに行った。次にFITC修飾抗CD235a抗体による染色を行った。抗体の濃度は実施例1と同様に最適化した。
画分Fr4の3.29×107個の血球をオンチップ社のセルソーターで選別した。Hoechst33342及びCD235aに対して陽性、かつCD45に対して陰性の血球を選別した。CD45陰性の選択は、CD45抗体ビーズを用いたアフィニティー精製で免疫学的除去により行ってもよい。以上により661個の血球を含有する画分Bを得た。
<一細胞レベルでの分離>
図17には上述のように染色した血球が示されている。図に示すように凝集の発生は抑えられていた。このため、血球を一細胞レベルで互いに分離可能なことが示された。本実施例において凝集が抑えられたことは染色する抗体濃度を最適化したことによると考えられる。
<染色体DNAの抽出>
上記画分Bを、血球を約200個ずつ有する3つの画分に分けた。これらの画分には1〜2個の胎児由来の有核赤血球が含まれているものと期待される。
各画分に対して、染色体DNAの抽出を行った。染色体DNAに対してMALBAC(Multiple Annealing and Looping Based Amplification Cycles)法による全ゲノム増幅を行った。これにより胎児由来のY染色体が増幅され、後の工程でSRY遺伝子の検出を容易にすることができた。増幅された染色体DNAを鋳型として、SRY遺伝子配列特異的にPCR増幅を行った。SRY遺伝子のPCR産物の電気泳動像を図18に示す。鋳型は以下の通りである。
レーン1の左側には200bpのDNAラダーが示されている。
レーン1:蒸留水。
レーン2:ヒト男性の標準DNA、20ng。
レーン3:ヒト女性の標準DNA、20ng。
レーン4:MALBAC法による増幅産物1、450ng。
レーン5:MALBAC法による増幅産物2、610ng。
レーン6:MALBAC法による増幅産物3、700ng。
レーン4の増幅産物1を鋳型としたPCRにおいては、SRYのバンドが見られた。他の増幅産物を鋳型としたPCRにおいては、SRYのバンドが見られなかった。以上より、画分Bを分画することで、胎児由来の血球を有する画分と、有しない画分とに分けられることが分かった。また一細胞レベルで限界希釈を行うことで、一細胞レベルに分離された血球におけるSRY遺伝子の有無を同定可能なことが示唆された。
上記の新規な知見に基づけば、一細胞レベルで区別可能な染色体DNAであって、胎児由来に由来するものを取得可能なことは、当業者であれば容易に理解できると考える。すなわち、本実施例では血球を200個ずつ有する3つの画分を得たのに対して、他の方法では限界希釈法により、画分Bを600個以上の画分に分ければ血球を一細胞レベルで分離することができる。このような分画は、無差別に行ってもよく、また得られた小画分に1個ずつ細胞が含まれていることを確認しながら行ってもよい。また、これらの血球を一細胞レベルで有する小画分に対して、所定のDNA抽出処理及び増幅処理を行うこともできる。
一細胞分の染色体DNAには通常、両親の配偶子から得た1コピー(single copy)ずつの遺伝子又はアレル(allele)しか存在しない。しかしながらMALBAC法を始めとする全ゲノム増幅法は一細胞分の染色体DNAを鋳型として、これらの1コピーのDNA配列を増幅可能である。増幅されたDNAは出生前検査又は出生前診断に必要な分子生物学的データの取得のために、好適に使用することが出来る。
[参考例:ピッキング法]
特許文献4は、いわゆるピッキング法を示している。ピッキング法では、メイギムザ染色された細胞をスライドガラス上で観察して、形態に基づき有核赤血球を単離している。係る方法では、一細胞レベルで有核赤血球が単離される。したがって白血球を含まない画分を得ることが出来る。このため、かかる画分から得た胎児細胞由来染色体DNAは純度が極めて高い。ここで言う純度においては、母体由来の細胞の染色体DNAの混入の有無に着目している。
しかしながら、特許文献4では、形態観察によって最も有核赤血球らしいとして識別された細胞、すなわち上位に順位付けがされた細胞5個がいずれも胎児由来の有核赤血球ではなかったことが示されている(段落0078)。特許文献4では、やむを得ず、次位に順位付けされた細胞5個を分子生物学的に解析し、その中から、1個の胎児由来の細胞を得ている(段落0079)。
出生前診断を行う場合、被験対象の母体血試料は言うまでもなく限られた量しか採血できない。また出生前診断を行うことのできる期間が、被験対象である妊婦ごとに限られた期間しかないことは産科医学的に明らかである。一方で血液中の胎児由来の有核赤血球の数は極めて少ない。したがって、試料の全量を限られた期間で検査することのできる方法が望まれる。言い換えれば、胎児由来の細胞の取得に失敗したことが判明した後、再度工程を繰り返すことを前提とした方法は望まれていない。
形態観察に依存した方法は、確実に有核赤血球を採取できるという点において信頼性が高い。一方で信頼性の代償として、一定の時間内に胎児由来の有核赤血球にたどり着くことについての合理的な期待が損なわれている。
また母体血中には母体由来の有核赤血球も含まれることから形態観察によって、胎児由来の有核赤血球を選別することは困難である。形態的情報に依存した胎児由来の有核赤血球候補の選別は分子生物学的な解析による裏付けられることを必須とする。
また発明者は本発明の研究の過程で、ピッキング法において、識別された有核赤血球をプレパラートから容器に細胞を移すことには操作者の十分な習熟が必要であることを見出した。また発明者は一方で、上記実施形態及び実施例のように十分に濃縮が行われた状況においては、無差別な一細胞レベルでの分子生物学的解析であっても胎児由来の有核赤血球由来の染色体DNAにたどり着けることを見出した。
以上より、上記実施形態及び実施例では有核赤血球を単離することを優先しなかった。そのかわりに、最終的に一細胞レベルで区別できる胎児由来の染色体DNAを採取することを優先した。かかる優先目標を達成するには、無差別に限界希釈法等により分画した後、無差別に分子生物学的解析を行うことが、より効率であることが分かった。
無差別な分子生物学的解析を実行するには、形態的情報に依存した方法に供する画分よりも高いレベルで有核赤血球の濃縮された画分を用意する必要がある。言い換えれば画分から他の血球を十分に除去する必要がある。さもなければ分子生物学的処理をすべき血球数が膨大になり、一細胞レベルでの分子生物学的解析に適さなくなるからである。このため、密度又は大きさによる濃縮と、セルソーティングによる濃縮とを組み合わせることで高いレベルでの有核赤血球の濃縮を実現させた。
<<第2実施形態>>
以下に示す第2実施形態とその実施例でも<<第1実施形態>>と同様に一細胞レベルで単離された胎児由来の有核赤血球に由来する染色体DNAを取得する。以下において<<第1実施形態>>と異なる点を中心に説明する。以下の記載中で省略されている技術事項であって第2の実施形態に必要な技術事項については<<第1実施形態>>に記載されている通りとする。
[採血及び有核赤血球]
採血の詳細及び標的とする有核赤血球については<<第1実施形態>>に記載されている通りとする。
[a.画分Aに対する標識]
<a−1.濃縮による画分Aの取得>
濃縮による画分Aの取得は<<第1実施形態>>に記載されている通り行う。
<a−2.画分Aの標識>
図1に示すステップS22では、画分Aを、白血球及び細胞核に対して特異的に標識する。標識(label or labeling)は磁気標識でも蛍光標識でもよく、蛍光標識が好ましい。標識は直接標識でも間接標識でもよい。間接標識はタグと二次抗体によるものでもよく、ビオチン−アビジン結合によるものでもよい。
白血球に対して特異的な標識は白血球の表面に特異的な標識でもよい。白血球に対して特異的な標識は免疫標識でもよい。免疫標識は抗体による標識でもよい。免疫標識の標的抗原は糖鎖抗原でもよい。標識はCD45のような白血球に特異的な抗原に対する抗体によるものでもよい。
核酸に対して特異的な標識により、有核赤血球の有する細胞核が特異的に標識される。核酸に対して特異的な標識は染料標識でもよい。標識される核酸はDNAが好ましい。染料は蛍光染料でもよい。核は蛍光染料により蛍光標識してもよい。蛍光染料はHoechst33342でもよい。細胞核に特異的な標識は免疫標識でもよい。
図1に示すステップS22において、白血球に対して特異的な標識と、細胞核に対して特異的な標識とは同時に行ってもよい。またいずれかの標識を先におこなってもよい。またいずれかの標識を先に行い、ステップS23における分取も先に行ってもよい。その後、後に行う標識及び分取を行ってもよい。
なお上記いずれかの又は全ての標識を行う前に、画分A中の血球に対して組織学的な架橋固定をしてもよい。また係る状態で下記のセルソーティングによる分画を行ってもよい。血球を架橋固定することで、血球同士が凝集することを予防できる。したがってセルソーティングによる分取が精度よくできる。後述するd.における分子生物学的解析の前に抽出したDNAを脱架橋してもよい。
画分A中の血球に対して組織学的な架橋固定を行わない状態で、下記に述べるような分画、すなわちセルソーティングによる分画を行ってもよい。これにより、後述するd.における分子生物学的解析における架橋固定の影響を最小化できる。
例えば、血球の架橋固定を行うことなく、細胞核に特異的な標識と、白血球特異的な免疫標識とを同時に行ってもよい。さらにこれらの標識を行った後に血球を架橋固定してもよい。さらに架橋固定された血球に対して、赤血球特異的な免疫標識を行ってもよい。
[b.セルソーティングによる画分Bの取得]
<b−1.基本となる細胞選別>
ステップS23では標識した画分A中の血球をセルソーティングによって選別することで画分Bを取得する。セルソーティングの原理及びセルソーターの機種は<<第1実施形態>>に記載されている通りとする。
図1に示すステップS23では白血球に対して特異的な標識により標識された血球を除外するように血球を選別することが好ましい。有核赤血球は赤血球であるから白血球に対して特異的な標識により有核赤血球を白血球と区別できる。
図1に示すステップS23では有核の血球に対して特異的な標識により標識された血球を取得するように血球を選別することが好ましい。有核赤血球は細胞核を有するから、細胞核に対して特異的な標識により、有核赤血球を無核の赤血球と区別できる。
図1に示すステップS23では、これらの標識を組み合わせることで、有核赤血球の純度が高められた画分Bを取得する。取得された画分Bには母体由来及び胎児由来の有核赤血球が含まれる。白血球に対して特異的な標識による白血球の排除と、細胞核に対して特異的な標識による有核の血球の回収とは同時に行ってもよい。またいずれかを先におこなってもよい。例えば白血球に対して特異的な磁気標識により白血球の排除を行った後、細胞核に対して特異的な蛍光標識により選別を行うことで画分Bを取得してもよい。
図1に示すステップS22では、追加的に画分Aを、赤血球に対して特異的に標識してもよい。赤血球特異的な標識は免疫標識でもよい。係る標識はCD71及びCD235aのような赤血球に特異的な抗原に対する標識でもよい。抗原は糖鎖抗原でもよい。ステップS23では赤血球に対して特異的な標識により標識された血球を回収するように血球を選別することが好ましい。
<b−2.追加的な細胞選別>
追加的な細胞選別を行ってもよい。その方法は<<第1実施形態>>の記載にならってもよい。
[c.血球の分離と核酸抽出]
工程c.では画分B中の血球を一細胞レベルでそれぞれ分離する。また分離された血球の各々に対して、独立に核酸の抽出処理を行う。これにより、一細胞レベルで区別可能な核酸を各々含有する画分Cを取得する。核酸はDNAでもよく、RNAでもよい。またDNAの画分の取得に加えてDNAの画分の取得したシングルセルからさらにRNAの画分を抽出してもよい。DNAは染色体DNAでもよい。本実施形態において、染色体DNAはゲノムDNAのことを指す。RNAはmRNAでもよく、ノンコーディングRNAでもよい。mRNAやノンコーディングRNAは全長でもよく、部分配列でもよい。
「c−1.一細胞レベルでの血球の分離」は<<第1実施形態>>に記載されている通り行う。一細胞レベルでの血球の分離は限界希釈法を用いることが好ましい。限界希釈の一方式として、粒状体を含む液滴の吐出装置による一細胞レベルでの血球の分離を行ってもよい。
吐出装置による限界希釈の一例として特許文献13に記載の吐出装置による方法がある。かかる吐出装置では1個の血球を含むように設定された体積を有する液滴をピエゾ素子のようなアクチュエータによりターゲットとなる容器に向かって吐出する。ここで複数の容器から1個の容器を血球ごとに選択した上で各容器に向かって液滴を吐出することにより血球を一細胞レベルで分離する。
一細胞レベルでの血球の分離後、画分Cを取得する。胎児細胞から取得したい核酸が染色体DNAである場合、「c−2.DNA抽出による画分Cの取得」は<<第1実施形態>>に記載されている通り行う。胎児細胞から取得したい核酸にRNAがさらに含まれる場合、「c−3.RNA抽出による画分Cの取得」は以下の通り行う。先に述べたとおり血球に対してRNAの抽出とともに、染色体DNAの抽出を同時に行ってもよい。
<c−3.RNA抽出による画分Cの取得>
図19には一細胞レベルでの分離とRNA抽出が模式的に表されている。図1に示すステップS24を行った後、ステップS25を実施せず、図19に示すようにRNAを抽出する。ステップS65ではさらに、分離された血球の各々に対して、独立にRNAの抽出処理を行うことで画分Cを取得する。ステップS24及びS65を経ることで画分Cは、一細胞レベルで区別可能なRNAを各々含有するものとなる。本実施形態においてRNAを抽出する前の血球を一細胞レベルで区別可能なRNAを有する画分には、一細胞の血球から抽出されたRNAを有する画分が含まれる。
図2に示すように、個々の容器44に分取された血球を含む画分E1〜8に対してRNAの抽出処理を無差別に行うことが好ましい。画分B中の各々の血球が有核赤血球の特徴を有するか否かに関わらず、抽出処理は無差別に行う。また各々の画分E中の血球が有核赤血球の特徴を有するか否かに関わらず、抽出処理は無差別に行う。すなわち各血球が有核赤血球であるか否かを問わず抽出処理を行う。無差別という用語には画分Bを取得するまでの過程において、血球の密度及び大きさ、並びに標識に基づいて有核赤血球が濃縮されることを除外する意図は含まれない。
抽出処理の結果、画分Cとして画分C11、C12及びC14〜18が得られる。すなわち、有核赤血球41からのRNAの抽出に際して、無核赤血球42や、白血球43からもRNAを抽出することをなんら排除しない。また画分C13のように、血球が含まれない画分に対してRNA抽出の化学処理を行って得られた画分があってもよい。
RNA抽出処理は一細胞レベルで各々独立に行われる。したがって、例えば画分C14や画分C17には有核赤血球41由来のRNAが含まれる。また画分C14や画分C17には、他の細胞のRNAが混合されていない。画分C14や画分C17には、上述のとおり予め単離された有核赤血球から得られたRNAと同等の純度のRNAが含まれている。なお、ここで言う純度においては、母体由来の白血球や赤血球のRNAの混入の有無に着目している。
図2に示すようにRNAの抽出は個々の血球に対して無差別に行われる。すなわち各血球が有核赤血球であるか否かを問わず抽出処理を行う。したがって、無核赤血球42に由来する画分C11、C15及びC18には無核赤血球のRNAが含まれている。白血球43に由来する画分C12及びC16には白血球のRNAが含まれている。画分E3に血球が元々存在していないことから画分C13にはRNAは含まれていない。
本実施形態の方法はこれらのような非効率な作業を許容する。このように無差別に細胞の分離とRNA抽出を行うことで、有核赤血球の同定を伴う単離の操作に依存せずとも有核赤血球のRNAを取得できる。このため、一連の工程の全体として効率化がなされる。
本実施形態の工程c.では、次の三点に留意する。一点目として、図2に示す8個の画分Cのうち、画分C14や画分C17に有核赤血球に由来するRNAが含まれている事実それ自体は、本実施形態の方法の実施者にとって、工程c.ではまだ明らかになっていないことが許容される。なぜなら、本実施形態の方法では有核赤血球を形態的情報に基づき単離することを行うことは必須ではないからである。さらにいえば画分Cが上述の通り無差別に取得されたものであるからである。
二点目として、図2に示すいずれかの画分C中に有核赤血球に由来するRNAが取得されたことは後述するd.において分子生物学的解析を行うことで事後的に推定される。通常、母体血に混入する胎児細胞は胎児の有核赤血球であることから、RNAが胎児由来であることが判明することで、上記が推定される。
三点目として、図2に示す画分C14や画分C17に含まれるRNAが母親の有核赤血球に由来するのか、胎児の有核赤血球に由来するのかは本実施形態の方法の実施者にとって、工程c.ではまだ明らかになっていないことが許容される。なぜなら、先の工程において、母親の有核赤血球と、胎児の有核赤血球とを区別する手段を用いることは必須ではないからである。RNAが胎児に由来することは、後述するd.において分子生物学的解析を行うことで事後的に判明する。
図2に示す容器44の代わりに例えば、図4に示す装置74を用いてもよい、装置74は流路75、捕捉構造76及び反応構造77を有する。複数の捕捉構造76が流路75に沿って連続的に配置されている。個々の捕捉構造76には反応構造77が付随している。
図4に示す装置74では、各捕捉構造76に細胞78を分配することで、細胞78を一細胞レベルで互いに分離する。しかしながら、捕捉構造76に捕捉された細胞78を含む画分は特定の容器に分取されない。全ての又は所望の数の細胞78を捕捉構造76に捕捉した後、捕捉した細胞78を溶解し、反応構造77に向かって溶解物を押し流すことで細胞を処理する。反応構造77内では細胞の処理としてRNAの抽出及び以下に述べるcDNA増幅の反応を行ってもよい。
図4に示す装置74として特許文献9に開示されるマイクロ流体デバイスを用いてもよい。またマイクロ流体デバイスとして、フリューダイム社から提供されるC1 Single-Cell Auto Prep Array IFCを用いてもよい。
後述する<d−3.染色体DNA及びRNAの同時抽出と解析についての補足>に述べるとおり、RNAの抽出と同時に染色体DNAの抽出を行ってもよい。
[d.核酸に対する解析による画分Dの選抜]
胎児細胞から取得した核酸が染色体DNAである場合、「d−1.DNA解析による画分Dの選抜」は<<第1実施形態>>に記載されている通り行う。例えば図5のステップS28に示すように画分Cの染色体DNAに対して全ゲノム増幅を行ってもよい。全ゲノム抽出を行う代わりに、ゲノム中の一部領域の増幅を行ってもよい。その後<<第1実施形態>>に記載されている通り、ステップS29で分子生物学的な解析を行うとともに、ステップS30で画分Dの選抜を行う。
胎児細胞から取得した核酸がRNAである場合、「d−2.RNA解析による画分Dの選抜」は以下の通り行う。
<d−2.RNA解析による画分Dの選抜>
図19に示すステップS66では、画分Cのそれぞれに対して分子生物学的解析を行う。これにより画分Cの群の中から、胎児由来のRNA又は胎児由来のRNAに由来するcDNAを含有する画分Dを選別する。
図20には図19に示すステップS66の好適な例が示されている。図20に示すステップS68では、画分CのRNAを鋳型として逆転写を行う。逆転写により、画分CにはRNAと相補的な配列を有するcDNAが豊富に含まれるものとなる。以下、逆転写後にcDNAを含有するものとなった画分も画分Cと呼ぶものする。逆転写後に画分C中のRNAを分解してもよい。
図5に示すステップS29では、分子生物学的な解析を行う。これにより各画分Cの含有されていたRNAが母体由来であるか胎児由来であるかを区別する。係る区別に際し、以下の点に留意し得る。
本実施形態において、母体由来のRNAと、母親由来のゲノムから転写されるRNAとは区別される。母体由来のRNAは、もっぱら母体の体細胞に由来する。
本実施形態において母親由来のゲノムから転写されるRNAとは胎児が母親から引き継いだ染色体に由来する転写産物を意味する。特に言及しない限り母親由来のゲノムから転写されるRNAは、胎児に由来するRNAを指すものとする。係るRNAは胎児が父親から引き継いだ染色体に由来するRNAと混合状態にあってもよい。
母体と母親が一致する場合、母親由来のゲノムから転写されるRNAの配列は、母体由来のRNAの配列と共通する。なお胎児が母体の卵子ではなく他の女性に由来する卵子に由来するとしても本実施形態の方法を適用できる。
図20に示すステップS69における分子生物学的な解析としてはベータグロビン遺伝子と関連する胚イプシロングロビン遺伝子(非特許文献2)に基づく方法が好ましい。胚イプシロングロビン遺伝子は胎児特異的に発現するので、イプシロングロビン遺伝子の転写産物の発現量から胎児細胞と母体細胞(白血球、その他の有核の血球)とを区別できる。
胎児が男性であることが分かっている場合には、Y染色体特異的な配列に基づく解析を行ってもよい。男性である胎児由来のRNAは母親のゲノム由来でない配列としてY染色体由来の配列を有している。このため、RNAが胎児由来であることを同定できる。
図20に示すステップS70では、上述の分子生物学的な解析結果に基づき、いずれの画分Cが胎児に由来するかを確認する。これにより画分Cから画分Dを選抜することができる。なお逆転写を行ったことから画分CにはcDNAが含まれるものとなっている。得られる画分DにはcDNAが含まれている。
図20に示すステップS70では、画分Dが有核赤血球に由来することを完全に確認することは必須ではない。ステップS70ではすでに血球の形態的情報が失われている。ステップS23において有核赤血球の純度が高められているので、有核赤血球に由来する画分Dが得られることは確率論的に推定される。
図1、図19及び図20に示す一連の工程により、一細胞レベルで単離された胎児由来の有核赤血球に由来するRNAを鋳型として合成されたcDNAを含有する画分Dを取得することができる。
逆転写にあたり、b.において固定に用いた架橋は解除しておく必要がある。すなわちRNAを脱架橋しておく。これにより、逆転写及びDNA解析を効率的に進めることが出来る。また架橋を行わないことで、脱架橋反応においてRNAが損傷することを防止してもよい。
<d−3.染色体DNA及びRNAの同時抽出と解析についての補足>
図21には染色体DNA及びRNAの同時抽出が示されている。血球に対してステップS65に示すRNAの抽出とともに、ステップS25に示す染色体DNAの抽出を行うことで画分Wを同時に取得することが好ましい。この場合、染色体DNA解析による画分Dの選抜に代えてステップS66に示すRNA解析による画分Dの選抜を行う。これにより染色体DNA解析を行わずとも一細胞レベルで分離された胎児細胞に由来する染色体DNAを取得できる。
図21に示すRNAの画分Dの選抜結果に基づき、ステップS72に示すように画分Wの群に当たる画分W1−8の中から画分W4を画分Zとして選抜する。画分W4は画分C14と同様に画分E4に由来する。したがって画分Dの選抜結果から画分W4は胎児細胞に由来することがすでに判明している。実際の作業では各画分W1−8と各画分C11−18とはそれぞれ紐付けておく必要がある。紐付けは識別子による関連付けによることが好ましい。画分Dの選別をRNA解析により行った後、後述する診断に供するデータを画分Z中の染色体DNAより取得することができる。
シングルセルから得られる染色体DNAのコピー数に比べて、RNAのコピー数はそれより多いことが期待される。染色体DNAによる胎児細胞の特定に比べてRNAによる胎児細胞の特定は効率が良い。
このようにRNAとDNAとを同時に抽出するとともに配列解析をするのに好適な方法として非特許文献3に記載のG&T-seq(Genome and transcriptome sequencing)法が挙げられる。G&T-seq法では染色体DNAと全長mRNAとをシングルセルより抽出する。この方法ではまず単離したシングルセルを溶解する。次に溶解物に対してビオチン化したオリゴdT捕捉プライマーを用いることでRNAを捕捉する。さらにストレプトアビジンで被覆した磁気ビーズを用いて溶解物からDNAを分離する。捕捉したRNAはSmart-Seq2法を用いて増幅する。一方、DNAの増幅にはMDA法を用いる。
G&T-seq法を含めRNA及び染色体DNAを同時に取得する方法では染色体DNA及びRNAは互いに別の容器に収容する。これらの容器には染色体DNAとRNAとを関連付ける上述の識別子を付しておくことが必要である。
また図21に示す方法に従い、RNAの画分Dを複数個選び出すことで、これと同数の染色体DNAの画分Zを複数個集めることができる。さらに画分Zを互いに混合する。これにより一細胞レベルではなくバルクの状態で染色体DNAの増幅を行うことができる。言い換えれば鋳型となる染色体DNAのコピー数が1よりも大きい状態でDNA増幅を開始できる。増幅された染色体DNAは上記実施形態で述べたとおり解析することが出来る。このようにバルクで解析できるにも関わらず母体由来のDNAが混じる恐れが極めて小さい。なぜなら画分Zが胎児細胞由来であることは一細胞レベルの精度で特定されているからである。必ずしも複数個の画分Zを互いに混合してから染色体DNAの増幅を行う必要はない。1個の画分Zから染色体DNAの増幅を行ってもよい。
[e.診断に供するデータの取得]
画分Dが染色体DNAを含む場合、「e−1.染色体DNAに基づく診断に供するデータの取得」は<<第1実施形態>>に記載されている通り行う。染色体DNAを含む画分Zからも同様にデータを取得できる。
画分DがRNAを含む場合、当該RNA試料は出生前遺伝学的検査を含む胎児に対する診断手法の研究に応用することが出来る。
[変形例]
変形例は<<第1実施形態>>に記載されている通り行うことができる。
[実施例3]
実施例3では先の実施例と同様に取得する核酸は染色体DNAとした。またセルソーティングにおいて赤血球特異的な標識による選別はしないものとした。以下の工程では特に言及しない限り実施例2と同様に行った。
妊娠24週の妊婦から採取した血液を利用した。胎児の性別は男性であった。実施例1及び2と同様に実験操作は女性の実験者によって行った。これは男性実験者の保有するSRY遺伝子配列のコンタミネーションの防止を意図するものである。
<血球分離チップによる母体血の濃縮>
本実施例では母体血約8mlを使用した。血液を5倍に希釈した。その濃縮の工程を実施例2に記載の血球分離チップ(マイクロ流路構造)と同等の機能を有するマイクロ流路構造からなるチップによって行った。
実施例2で用いたチップ中のマイクロ流路構造と異なり、実施例3で用いたチップのマイクロ流路構造にはFr3(流路径15μm)、Fr4(流路径25μm)及びFr5(FT、フロースルー)に対応する流路しかない。したがって無核赤血球を含む相対的に小さい血球はFr3に回収されるものとなっている。このようにFr3で無核赤血球を除去することで有核赤血球の濃縮された画分Aを得た。
チップ中のマイクロ流路構造には処理容量に限度があるため、試料は複数に分割した上でそれぞれ個別のマイクロ流路構造にて処理した。処理後の試料に無核赤血球によるものと考えられる赤みが残っていたロットに対しては、さらにもう一回、血球分離チップによる処理を施した。1回目の処理で赤みが残っていなかったロットでは総計で6.8×106個の血球が得られた(本実施例において画分A1と称する。)。2回の処理を施したロットでは総計で2.74×106個の血球が得られた(本実施例において画分A2と称する。)。画分A1の一部と画分A2の全部とを用いてセルソーティングを行った。
<セルソーティングによる画分Bの分取>
母体由来及び胎児由来の有核赤血球を含む画分Bの分取は次の通り行った。画分Aをhoechst33342及び抗CD45抗体で染色した。hoechst33342に対してポジティブにCD45(白血球)に対してネガティブになる血球を選別した。画分A1中の血球に対してはセルソーティングを繰り返すことで2回のセルソーティングを行った。画分A2中の血球に対しては1回のセルソーティングを行った。総計で300個の血球を含有する画分Bが得られた。
<一細胞レベルでの分離と染色体DNAの抽出>
以下の通り、画分Bより16個の画分Cを得た。まず画分Bをもとに期待値0.5個/ウェルで血球をPCRチューブ(ウェル)内に分注した。本実施例において1回の分注体積は0.7μmであった。分注は連続自動分注機(エッペンドルフ社製オートピペッター)を用いて行った。各ウェルの血球分に対して、染色体DNAの抽出を行うことで画分Cを得た。
画分C中の染色体DNAに対してMALBAC(Multiple Annealing and Looping Based Amplification Cycles)法による全ゲノム増幅を行った。増幅された染色体DNAを鋳型として、SRY遺伝子配列特異的にPCR増幅を行った。またGAPDH遺伝子配列に特異的にPCR増幅も行った。GAPDH遺伝子は常染色体上に存在するため母体細胞の染色体DNAもGAPDHの鋳型となる。PCR産物の電気泳動像を図22に示す。鋳型とマーカーは以下の通りである。
neg:市販の女性由来ヒトゲノムDNA(ネガティブコントロール)
pos:市販の男性由来ヒトゲノムDNA(ポジティブコントロール)
Marker:DNAラダー
レーン1−16:MALBAC法による増幅産物
図22に示すようにレーン1−7、10−12、15及び16においてGAPDHの増幅が見られた。泳動像はこれらの画分Cに有核の血球由来の染色体DNAが分配されたことを示す。全レーン数16を基準とした成功率は75%であった。レーン9及び13では他のレーンのバンドとは異なる移動度のバンドが見られた。これらのバンドはMALBAC法による増幅産物に由来すると考えられるが、どのような配列を有するのかは不明である。
図22に示すようにレーン3、6、11及び16においてSRYの増幅が見られた。このことはこれらの画分Cに胎児の血球に由来する染色体DNAが分配されたことを示す。したがってレーン3、6及び11に表される画分Cは画分Dとして選抜することが出来ることが分かった。上記により、本実施例の方法により一細胞レベルで区別可能な染色体DNAであって、胎児に由来するものを取得可能なことが示された。
<画分B取得までの工程における濃縮効率について>
画分B中の血球に対する一細胞レベルでの限界希釈法による分離は、画分B中の各々の血球が有核赤血球の特徴を有するか否かに関わらず、無差別に行われている。すなわち、各血球が有核赤血球であるか否かを問わず血球を分離している。このため上記の各レーンに表された結果は画分Bにおける各血球の構成割合を反映していると考えられる。
各16レーンに相当する16個の画分Cから4個の画分Dを得られた。このため一つの観点において、画分B中において全血球数100あたり25個の胎児有核赤血球を得られることが推定される。
GAPDHの増幅のあった各12レーンに相当する11個の画分Cから4個の画分Dを得られた。このため一つの観点において、画分B中において全血球数100あたり33個の胎児有核赤血球を得られることが推定される。
以上より画分Bにおける全血球に対する胎児有核赤血球の割合は最小で25%以上、最大で33%という高い水準であることが推定された。本実施例における濃縮効率は、他の方法における濃縮効率よりも高いものであると考えられる。
また上記実施例に示される画分B取得までの工程では血球分離チップによる無核赤血球の除去と、セルソーティングによる白血球の除去を行っている。これらの工程における胎児細胞の濃縮効率は高い。本発明の一態様は血球分離チップを用いた画分B取得までの工程を有する胎児由来赤血球の濃縮方法である。かかる方法は、一細胞レベルで区別可能な胎児由来の核酸を含有する画分Dを効率的に取得するのに好適な濃縮方法である。
この出願は、2016年12月27日に出願された日本出願特願2016−253589を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。