以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、同一の部材であっても、各図面間で縮尺等が若干相違する場合もあり得る。また、本明細書または請求項中に「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合には、特に言及がない限り、いかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するためのものである。
図1は、実施の形態に係る電気化学デバイスの模式図である。以下では、アルカリ水電解装置を電気化学デバイスの例に挙げて、本実施の形態を説明する。電気化学デバイス1は、主な構成として、セルモジュール101と、マニホールド200と、陰極循環タンク2と、陽極循環タンク4と、電源10と、制御部300とを備える。
セルモジュール101は、複数の電気化学セル100が積層された構造を有する。各電気化学セル100は、陰極室102と、陽極室104と、隔膜106と、陰極108と、陽極110とを有する。なお、本実施の形態では、酸化反応が起こる極を陽極(アノード)、還元反応が起こる極を陰極(カソード)と定義する。各電気化学セル100は、陰極室102と陽極室104の並びが同じになるように向きが揃えられ、隣り合う電気化学セル100の間に通電板112を挟んで積層される。これにより、各電気化学セル100は電気的に直列接続される。本実施の形態の電気化学デバイス1は、一例として2つの電気化学セル100を備える。また、最外側の電気化学セル100の外側にも通電板112が積層される。通電板112は、金属等の導電性材料で構成される。
陰極室102は、陰極108およびイオン伝導性電解液を収容する空間である。陽極室104は、陽極110およびイオン伝導性電解液を収容する空間である。陰極108および陽極110は、隔膜106によって仕切られる。
隔膜106は、セパレータとも呼ばれる。後述のように、陰極室102では水素ガスが生成され、陽極室104では酸素ガスが生成される。このため、隔膜106は、水素ガスと酸素ガスとが混合されないように、ガス遮断性を有する。また、水電解ではイオンが電子を運ぶ媒体である。このため、隔膜106は、高いイオン透過性を有する。隔膜106を構成する材料には、従来公知のものを用いることができる。具体的には、アスベスト、高分子補強アスベスト、PTFE結着チタン酸カリウム、PTFE結着ジルコニア、ポリスルホン結着ポリアンチモン酸/酸化アンチモン、焼結ニッケル、セラミクス/酸化ニッケル被覆ニッケル、ポリスルホン等が例示される。
隔膜106の厚さは、特に限定されないが、好ましくは10〜1000μmである。隔膜106の厚さを10μm以上とすることで、隔膜106のガス遮断性を確保して、水素ガスおよび酸素ガスのクロスリークをより確実に抑制することができる。また、隔膜106の厚さを1000μm以下とすることで、隔膜106のイオン伝導抵抗が過大になることを抑制することができる。
陰極108(カソード)は、陰極室102に収容されるとともに、隔膜106の一方の主表面に接するように設けられる。陰極108は、例えばメッシュ状や多孔質状である。陰極108では、水(H2O)と電子(e−)から水素ガス(H2)と水酸化物イオン(OH−)とが生成される反応が起こる。したがって、陰極108は、電極反応でガスの発生をともなうガス発生電極である。
陰極108は、基材114と、基材114の表面を覆う被膜116とを有する(図10(A)参照)。基材114は、第1触媒金属を含む。第1触媒金属は、第1の電気的状態で所定量のガスを発生させる。第1触媒金属は、好ましくはニッケル(Ni)および鉄(Fe)からなる群から選択される1種以上を含む。被膜116は、第2触媒金属を含む。第2触媒金属は、基材114での所定量のガス発生が起こらない第2の電気的状態でガスを発生させる。第2触媒金属は、好ましくは白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、オスミウム(Os)およびパラジウム(Pd)からなる群から選択される1種以上の貴金属を含む。このように、反応場となる基材114の表面のみに貴金属を配置することで、電極のコストを低減することができる。陰極108の厚さは、特に限定されないが、例えば100〜5000μmである。基材114の表面を覆う被膜116の厚さは、特に限定されないが、例えば0.1〜50μmである。
陽極110(アノード)は、陽極室104に収容されるとともに、隔膜106の他方の主表面、すなわち陰極108が接する側とは反対側の主表面に接するように設けられる。陽極110は、例えばメッシュ状や多孔質状である。陽極110では、水酸化物イオンから酸素ガス(O2)と水(H2O)と電子(e−)とが生成される反応が起こる。したがって、陽極110は、電極反応でガスの発生をともなうガス発生電極である。
陽極110は、陰極108と同様の構造を有する。すなわち、陽極110は、基材114と、被膜116とを有する(図10(A)参照)。基材114に含まれる金属、被膜116に含まれる金属、ならびに陽極110および被膜116の厚さは、陰極108と同様である。
なお、本実施の形態の電気化学セル100は、隔膜106に陰極108および陽極110が当接する、いわゆるゼロギャップ構造を有するが、特にこの構造に限定されない。
陰極循環タンク2には、各電気化学セル100の陰極室102から回収されるイオン伝導性電解液が収容される。以下では適宜、イオン伝導性電解液を、単に電解液と称する。電解液は、従来公知のものを用いることができる。具体的には、水酸化カリウム(KOH)水溶液、水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液等のアルカリ水溶液が例示される。電解質の濃度は、例えば0.1〜10mol/Lである。陰極循環タンク2は、陰極気液分離部としても機能する。各陰極室102から回収される電解液には、陰極108で生成された水素ガスが溶存している。電解液に溶存する水素ガスは、陰極循環タンク2において電解液から分離され、系外に取り出される。
陽極循環タンク4には、各電気化学セル100の陽極室104から回収される電解液が収容される。電解液には、陰極循環タンク2に収容される電解液と同じものを用いることができる。陽極循環タンク4は、陽極気液分離部としても機能する。各陽極室104から回収される電解液には、陽極110で生成された酸素ガスが溶存している。電解液に溶存する酸素ガスは、陽極循環タンク4において電解液から分離され、系外に取り出される。
マニホールド200は、各電気化学セル100の陰極室102および陽極室104に電解液を供給し、また陰極室102および陽極室104からそれぞれの電解液を回収する部材である。すなわち、マニホールド200は、電解液を循環させるための配管である。マニホールド200は、陰極循環タンク2および陽極循環タンク4から各電気化学セル100へ電解液を供給するための往路部202と、各電気化学セル100から陰極循環タンク2および陽極循環タンク4へ電解液を回収するための復路部204とを有する。
往路部202は、途中に循環装置206を有する。循環装置206の駆動により電解液がマニホールド200内を流れ、陰極循環タンク2および陽極循環タンク4と各電気化学セル100との間を循環する。循環装置206としては、例えばギアポンプやシリンダーポンプ等の各種ポンプ、あるいは自然流下式装置等を用いることができる。
また、往路部202は、陰極循環タンク2と循環装置206とをつなぐ第1配管208と、陽極循環タンク4と循環装置206とをつなぐ第2配管210とを有する。本実施の形態では、第1配管208と第2配管210とは、合流した後に循環装置206に接続されている。すなわち、第1配管208と第2配管210とは、一部が共通の配管で構成される。なお、第1配管208と第2配管210とは、完全に独立していてもよい。
また、往路部202は、循環装置206と各電気化学セル100の陰極室102との間に配置される第3配管212と、循環装置206と各電気化学セル100の陽極室104との間に配置される第4配管214とを有する。本実施の形態では、第3配管212と第4配管214とは、循環装置206からの一部分が共通の配管で構成されている。なお、第3配管212と第4配管214とは、完全に独立していてもよい。第1配管208と第2配管210とが独立し、且つ第3配管212と第4配管214とが独立している場合には、第1配管208と第3配管212とが循環装置206を介して接続され、第2配管210と第4配管214とが循環装置206を介して接続される。
第3配管212の循環装置206とは反対側の端部には、複数の電気化学セル100に対応して複数の側枝管213が接続される。各側枝管213は、各電気化学セル100における陰極室102の供給口に接続される。したがって、第3配管212および側枝管213は、各電気化学セル100の陰極室102に電解液を供給するための配管である。
第4配管214の循環装置206とは反対側の端部には、複数の電気化学セル100に対応して複数の側枝管215が接続される。各側枝管215は、各電気化学セル100における陽極室104の供給口に接続される。したがって、第4配管214および側枝管215は、各電気化学セル100の陽極室104に電解液を供給するための配管である。
なお、第3配管212と第4配管214とは、共通の第7配管で構成されてもよい。この場合、第7配管の循環装置206とは反対側の端部に、複数の側枝管213,215が接続される。
復路部204は、各電気化学セル100の陰極室102と陰極循環タンク2との間に配置される第5配管216と、各電気化学セル100の陽極室104と陽極循環タンク4との間に配置される第6配管218とを有する。第5配管216と第6配管218とは、陰極108で生成される水素ガスと陽極110で生成される酸素ガスとが混ざらないように、完全に独立している。
第5配管216の陰極循環タンク2とは反対側の端部には、複数の電気化学セル100に対応して複数の側枝管217が接続される。各側枝管217は、各電気化学セル100における陰極室102の排出口に接続される。したがって、第5配管216および側枝管217は、各電気化学セル100の陰極室102から電解液と生成ガスを回収するための配管である。
第6配管218の陽極循環タンク4とは反対側の端部には、複数の電気化学セル100に対応して複数の側枝管219が接続される。各側枝管219は、各電気化学セル100における陽極室104の排出口に接続される。したがって、第6配管218および側枝管219は、各電気化学セル100の陽極室104から電解液と生成ガスを回収するための配管である。
電源10は、複数の電気化学セル100に電力を印加する。電源10の正極出力端子は、電気化学セル100と通電板112の積層体において最外側に配置される2つの通電板112のうち、陽極室104と隣り合う通電板112に接続される。電源10の負極出力端子は、積層体の最外側に配置される2つの通電板112のうち、陰極室102と隣り合う通電板112に接続される。これにより、各電気化学セル100の陰極108と陽極110との間に所定のセル電力が印加される。電源10は、好ましくは風力発電装置、太陽光発電装置等の再生可能エネルギー発電装置である。
制御部300は、複数の電気化学セル100の電気的状態を制御する。電気的状態は、各電気化学セル100のガス発生電極における電圧または電位である。制御部300は、状態取得部302および駆動制御部304を有する。制御部300は、ハードウェア構成としてはコンピュータのCPUやメモリをはじめとする素子や回路で実現され、ソフトウェア構成としてはコンピュータプログラム等によって実現されるが、図1では、それらの連携によって実現される機能ブロックとして描いている。これらの機能ブロックがハードウェアおよびソフトウェアの組合せによっていろいろなかたちで実現できることは、当業者には当然に理解されるところである。
制御部300には、セルモジュール101から、陰極108および/または陽極110の電位、あるいは各電気化学セル100のセル電圧を示す信号が入力される。各電極の電位や電気化学セル100のセル電圧は、従来公知の方法で検出することができる。例えば、陰極108および/または陽極110の電位検知のために、参照極が隔膜106に設けられる。参照極は、陰極108および陽極110から電気的に隔離されている。参照極は、参照電極電位に保持される。例えば参照極は、Ag/AgCl電極(参照電極電位=+0.199V vs.NHE)、飽和カロメル電極(参照電極電位=+0.244V vs.NHE)、可逆水素電極(参照電極電位=0.00V vs.NHE、pH=0)である。
参照極に対する陰極108および/または陽極110の電位は、セルモジュール101に設けられる図示しない電圧検出部によって検出される。電圧検出部は、例えば従来公知の電圧計で構成される。電圧検出部の検出値を示す信号は、状態取得部302に入力される。状態取得部302は、電解液のpHおよび温度に基づいて、Ag/AgCl電極に対する電位を可逆水素電極(RHE:Reversible Hydrogen Electrode、参照電極電位=0V)に対する電位に変換することができる。なお、参照極を設けない場合には、陰極108と陽極110との電位差を示す信号が状態取得部302に入力される。
これにより、制御部300は、各電気化学セル100の電気的状態として、各電気化学セル100における陰極108と陽極110との電位差、すなわちセル電圧を把握することができる。なお、一方の電極の電位が、逆電流の発生によって変化しないか、変化量が無視し得る程度である場合には、電気的状態として他方の電極の電位のみが制御部300に送信されればよい。
電位の変化量が無視し得る程度であることは、陰極および陽極の放電容量を事前に把握することで見極めることができる。例えば、陰極および陽極の放電容量を測定し、放電容量の差が2倍以上ある場合に、放電容量が大きい方の電極における電位の変化量は無視することができる。また、電極の放電容量は、例えば陰極であれば、電力印加によって電気化学セルに開回路が形成された直後の陰極電位から当該開回路直後の陽極電位まで、陰極の電位が移動したときの電気量である。これは、陰極のサイクリックボルタンメトリーやクロノアンペロメトリー等で、容易に測定することができる。すなわち、陰極と陽極の放電容量を事前に測定して両極の放電容量比を把握しておくことで、逆電流が発生した際の電位変化量を無視できる電極を見極めることができる。
また、セルモジュールにおける端部セルの電圧から、電極の電位を推定することができる。後述のように、逆電流による電圧の低下は、隣り合うセル間での反応によって起こる。このため、端部セルにおいて隣のセルに接続されない電極、つまりエンドプレートに接続される電極(以下では適宜、端部電極という)では当該反応が起こらず、電位は変化しない。逆電流発生時に2つの端部セルのうち一方のセルの電圧が変化し、他方のセルの電圧が変化しない場合、電圧が変化した端部セルにおける端部電極を、電位の変化量を無視できる電極とみなすことができる。
図3(A)を参照すると、陰極室102a中の陰極と陽極室104b中の陽極が端部電極に該当する。逆電流によって、陰極室102b中の陰極108bの電位が上昇した場合、第2電気化学セル100bのセル電圧、つまり陰極108bと陽極室104b中の陽極との電位差が減少する。この場合、第2電気化学セル100bにおける端部電極、すなわち陽極室104b中の陽極は、電位が変化していないとみなすことができる。一方、陽極室104a中の陽極110aは、電位が変化しない。このため、第1電気化学セル100aのセル電圧、つまり陰極室102a中の陰極と陽極110aとの電位差は変化しない。以上説明した方法によれば、参照極を用いずとも、電位が変化する電極を見極めることができる。これにより、参照極を用いずに電気化学セル100の電気的状態を制御することができる。
電気化学セル100の電気的状態を示す信号は、状態取得部302から駆動制御部304に送られる。駆動制御部304は、取得した電気的状態に基づいて、各電気化学セル100におけるガス発生電極の電気的状態が所定の状態となるように、電源10の出力を制御する。制御部300の制御の詳細は後述する。
上述した構成を備える電気化学デバイス1の動作は、以下の通りである。まず、循環装置206が駆動して、陰極循環タンク2および陽極循環タンク4に貯蔵されているイオン伝導性電解液が陰極室102および陽極室104に供給される。また、電源10から各電気化学セル100に電力が印加される。これにより、各電気化学セル100では以下の反応が起こる。ここでは、一例として陰極および陽極としてPtコートNi電極を用いている。反応温度は、例えば室温〜100℃である。
<陰極での反応>
(1)2H2O+2e−→H2+2OH−
<陽極での反応>
(2)4OH−→O2+2H2O+4e−
すなわち、陰極108では、水の電気分解により水素ガスと水酸化物イオンとが生成される(反応式(1))。生成された水酸化物イオンは、隔膜106を介して陽極110に供給される。陽極110に供給された水酸化物イオンは、陽極110において水と電子の生成に用いられる。具体的には、水酸化物イオン同士の反応により、水と電子が生成される(反応式(2))。生成された電子は、通電板112を介して、直列接続された隣の電気化学セル100の陰極108に供給される。陰極108での電極反応と、陽極110での電極反応とが並行して進行する。
陰極108で生成された水素ガスは、主に電解液と混合された状態で陰極循環タンク2に送られる。水素ガスは、陰極循環タンク2において電解液から分離され、系外に取り出されて任意の用途に用いられる。水素ガスが分離された電解液は、再び電気化学セル100に供給される。陽極110で生成された酸素ガスは、主に電解液と混合された状態で陽極循環タンク4に送られる。酸素ガスは、陽極循環タンク4において電解液から分離され、系外に取り出されて任意の用途に用いられる。酸素ガスが分離された電解液は、再び電気化学セル100に供給される。
[逆電流の発生メカニズム]
本発明者らは、給電停止中に電気化学デバイス1で流れる逆電流について鋭意研究を重ねた結果、逆電流の発生メカニズムを解明するに至った。すなわち、電源10からの給電が停止して、各電気化学セル100における水の電解反応が停止すると、図2(A)〜図3(B)に示す経路に沿った逆電流が流れる。図2(A)は、第1逆電流経路を示す図である。図2(B)は、第2逆電流経路を示す図である。図3(A)は、第3逆電流経路を示す図である。図3(B)は、第4逆電流経路を示す図である。以下、逆電流経路について具体的に説明する。
図2(A)には、隣り合う第1電気化学セル100aと第2電気化学セル100bとの間に形成される第1逆電流経路C1が示されている。電源10からの給電が停止すると、第1電気化学セル100aの陽極110aにおいて、以下の反応が起こる。
<第1電気化学セルの陽極での反応>
(a)O2+2H2O+4e−→4OH−
陽極110aで発生した水酸化物イオンは、第1電気化学セル100a内を陽極室104aから隔膜106aを経て陰極室102aに移動する。陰極室102aに移動した水酸化物イオンは、陰極室102aの供給口に接続された第1側枝管213a、第3配管212、および第2電気化学セル100bの陰極室102bの供給口に接続された第2側枝管213bを経て、第2電気化学セル100bの陰極室102bに移動する。そして、陰極108bにおいて以下の反応が起こる。
<第2電気化学セルの陰極での反応>
(b)H2+2OH−→2H2O+2e−
陰極108bで発生した電子は、通電板112を介して第1電気化学セル100aの陽極室104aに移動する。この結果、閉回路ができて逆電流が流れる。第1逆電流経路C1には、第1電気化学セル100aの陽極室104a−隔膜106a−陰極室102a−マニホールド200(往路部202の第1側枝管213a、第3配管212および第2側枝管213b)−第2電気化学セル100bの陰極室102bの順に水酸化物イオンが流れる、水酸化物イオン経路が含まれる。
図2(B)には、隣り合う第1電気化学セル100aと第2電気化学セル100bとの間に形成される第2逆電流経路C2が示されている。電源10からの給電が停止すると、第1電気化学セル100aの陽極110aにおいて、上記(a)の反応が起こる。
陽極110aで発生した水酸化物イオンは、第1電気化学セル100a内を陽極室104aから隔膜106aを経て陰極室102aに移動する。陰極室102aに移動した水酸化物イオンは、陰極室102aの排出口に接続された第1側枝管217a、第5配管216、および第2電気化学セル100bの陰極室102bの排出口に接続された第2側枝管217bを経て、第2電気化学セル100bの陰極室102bに移動する。そして、陰極108bにおいて上記(b)の反応が起こる。
陰極108bで発生した電子は、通電板112を介して第1電気化学セル100aの陽極室104aに移動する。この結果、閉回路ができて逆電流が流れる。第2逆電流経路C2には、第1電気化学セル100aの陽極室104a−隔膜106a−陰極室102a−マニホールド200(復路部204の第1側枝管217a、第5配管216および第2側枝管217b)−第2電気化学セル100bの陰極室102bの順に水酸化物イオンが流れる、水酸化物イオン経路が含まれる。
図3(A)には、隣り合う第1電気化学セル100aと第2電気化学セル100bとの間に形成される第3逆電流経路C3が示されている。電源10からの給電が停止すると、第1電気化学セル100aの陽極110aにおいて、上記(a)の反応が起こる。
陽極110aで発生した水酸化物イオンは、陽極室104aの供給口に接続された第1側枝管215a、第4配管214、および第2電気化学セル100bの陽極室104bの供給口に接続された第2側枝管215bを経て、第2電気化学セル100bの陽極室104bに移動する。陽極室104bに移動した水酸化物イオンは、第2電気化学セル100b内を陽極室104bから隔膜106bを経て陰極室102bに移動する。そして、陰極108bにおいて上記(b)の反応が起こる。
陰極108bで発生した電子は、通電板112を介して第1電気化学セル100aの陽極室104aに移動する。この結果、閉回路ができて逆電流が流れる。第3逆電流経路C3には、第1電気化学セル100aの陽極室104a−マニホールド200(往路部202の第1側枝管215a、第4配管214および第2側枝管215b)−第2電気化学セル100bの陽極室104b−隔膜106b−陰極室102bの順に水酸化物イオンが流れる、水酸化物イオン経路が含まれる。
図3(B)には、隣り合う第1電気化学セル100aと第2電気化学セル100bとの間に形成される第4逆電流経路C4が示されている。電源10からの給電が停止すると、第1電気化学セル100aの陽極110aにおいて、上記(a)の反応が起こる。
陽極110aで発生した水酸化物イオンは、陽極室104aの排出口に接続された第1側枝管219a、第6配管218、および第2電気化学セル100bの陽極室104bの排出口に接続された第2側枝管219bを経て、第2電気化学セル100bの陽極室104bに移動する。陽極室104bに移動した水酸化物イオンは、第2電気化学セル100b内を陽極室104bから隔膜106bを経て陰極室102bに移動する。そして、陰極108bにおいて上記(b)の反応が起こる。
陰極108bで発生した電子は、通電板112を介して第1電気化学セル100aの陽極室104aに移動する。この結果、閉回路ができて逆電流が流れる。第4逆電流経路C4には、第1電気化学セル100aの陽極室104a−マニホールド200(復路部204の第1側枝管219a、第6配管218および第2側枝管219b)−第2電気化学セル100bの陽極室104b−隔膜106b−陰極室102bの順に水酸化物イオンが流れる、水酸化物イオン経路が含まれる。
なお、第3配管212と第4配管214とが共通の第7配管で構成される場合、任意の側枝管213からこれに最も近い側枝管215までの経路の方が、任意の側枝管213からこれに最も近い側枝管213までの経路、あるいは任意の側枝管215からこれに最も近い側枝管215までの経路よりも短い。このため、第1電気化学セル100aの陽極室104a−マニホールド200(側枝管215、第7配管および側枝管213)−第2電気化学セル100bの陰極室102bの順に水酸化物イオンが流れる水酸化物イオン経路を含む、第5逆電流経路が形成される。
[逆電流に起因する電極の劣化メカニズム]
逆電流が生じると、各電気化学セル100の陰極108および陽極110の間にかかる電圧が変動する。この結果、容量が小さい電極の電位は容量が大きい電極の電位に徐々に近づいていく。通常、陰極108の方が陽極110よりも過電圧が小さい。このため、陰極108は陽極110よりも、表面粗さを考慮した時の触媒表面積や電極面積が小さい傾向にある。したがって、陰極108の電位が徐々に貴な電位にシフトすることが多い。
電位がシフトすると、電極の劣化が起こりやすくなる。例えば、被膜116にPtが含まれる場合、陰極108の電位が高電位にシフトすると、電極表面のPtが酸化されて酸化白金(PtOあるいはPtO2)となる。この状態で電気化学デバイス1が運転を開始すると、陰極108の電位は高電位から低電位にシフトする。このため、陰極108ではPtOあるいはPtO2からPtへの還元反応が起こる。Ptの酸化状態と還元状態との間での変化が繰り返されると、電極の劣化が促進される。
具体的には、Ptは、酸化状態から還元状態に遷移する際に不安定になり、一部がPt2+等のイオンに変化して、溶液中に拡散する。また、PtO、PtO2およびPtの間での変化は膨張収縮等を伴う。このため、酸化状態から還元状態に遷移する際に結晶構造の再構築が間に合わず、一部のPtが電極から脱離することも想定される。電極の劣化量は、Ptの酸化数の変化量に依存する。PtO2(Ptの酸化数:+4)とPtO(Ptの酸化数:+2)とでは、PtO2からPt(Ptの酸化数:0)に変化するときの方が、PtOからPtに変化するときよりも酸化数の変化量が大きく、劣化はより大きくなる。
[電極の劣化メカニズムのさらなる解析]
本発明者らは、電極の劣化についてさらに詳細な解析を行った。
(解析1)
まず、電気化学セルの電位サイクル試験を実施した。具体的には、PtコートNi電極(サイズ10cm×10cm、デノラ・ペルメレック社製)を準備した。また、水酸化カリウム(試薬特級、和光純薬工業社製)とイオン交換水とを用いて、6mol/lのKOH水溶液を調整した。得られたKOH水溶液のpHを測定したところ、pHは約14であった。
作用極および対極の両方に、準備したPtコートNi電極を用い、参照極にAg/AgCl電極(北斗電工社製)を用いて、電気化学セルを作製した。この電気化学セルに、準備したKOH水溶液を電解液として約1000ml投入した。セル温度は、恒温槽を用いて25℃に維持した。なお本解析では、Ag/AgCl電極に対する電位を、pHおよび温度に基づいてRHEに対する電位に変換している。
作製した電気化学セルについて、電気化学評価装置(北斗電工社製、HZ−5000、パワーブースター付)を用いて、サイクリックボルタンメトリーを3サイクル実施した。電位走査速度は100mV/秒とし、電位走査範囲は0.05V〜1.2Vとした。そして、2サイクル目のサイクリックボルタモグラムにおける水素の吸着脱離波(0.05V〜0.4V付近)の平均電気量から、Pt触媒の電気化学的有効表面積(ECSA:Electrochemical Surface Area)を算出した。電気量と表面積の変換には、理論的係数210μC/cm2を用いた。算出したECSAを、初期のECSAとした。
続いて、電位走査速度1000mV/秒で、電位サイクル数40,000回の電位サイクル試験を実施した。このとき、下限電位は0Vに設定し、上限電位は1.2Vに設定した。電位サイクル数1,000回毎に、初期ECSAと同じ方法でECSAを算出した。そして、各サイクル試験後のECSAの初期ECSAに対する対数値を算出した。図4は、所定回数の電位サイクル試験後におけるサイクリックボルタモグラムを示す図である。図5は、電位サイクル数とECSAとの関係を示す図である。
図4から、電位サイクル数の増加にともなう電流密度の減少が確認された。このことは、電位サイクル数の増加により、Pt被膜の表面積が減少することを示唆している。また、図5から、Pt被膜の表面積の減少には、減少度(直線の傾き)の異なる3つの段階があることが確認された。
第1段階S1の減少は、電位サイクル試験の開始から約3,000サイクルまでの間に起こっている。この減少は、電極の作製過程で生じる不安定なPtが溶解や凝集したために起こったものである。このような不安定なPtとしては、例えば他のPtに比べて粒径が小さいPt粒子や、他のPtに比べて不安定な場所にコートされたPt粒子が挙げられる。第2段階S2の減少は、約3,000〜約15,000サイクルの間に起こっている。この減少は、電気化学セルの運転時に一般的に生じる電極触媒の溶解や凝集により起こったものである。第3段階S3の減少は、約15,000サイクル以降で起こっている。第3段階S3は、第1段階S1および第2段階S2よりも減少度が大きいことが特徴である。この減少段階は、本発明者らが今回の試験で新たに見出したものである。
(解析2)
続いて、本発明者らは、第3段階S3の減少の原因を解明すべく、以下の解析を実施した。まず、30,000サイクル後の電極を取り出して、走査型電子顕微鏡(倍率100倍)で観察した。図6は、Ni基材とPt被膜とで構成される電極の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。図6に示すように、電極表面のPt被膜の剥離が進行して、電極表面の一部(枠で囲った部分)でNi基材が露出している。また、Ni基材の露出は、局所的に起こる傾向が見られた。このことから、Pt被膜の剥離は、露出したNi基材の周囲でより促進されると推察される。
この推論に基づいて、本発明者らは、PtコートNi電極を用いた場合のセル性能とPt非コートNi電極(以下では適宜、単にNi電極という)を用いた場合のセル性能との比較試験を実施した。まず、陰極として、PtコートNi電極(サイズ10cm×10cm、デノラ・ペルメレック社製)と、Ni電極(サイズ10cm×10cm、デノラ・ペルメレック社製)とを準備した。また、陽極として、Ni電極(サイズ10cm×10cm、デノラ・ペルメレック社製)を準備した。また、隔膜として、ZIRFON PERL UTP500(AGFA Materials社製、厚さ約500μm)を準備した。また、水電解槽(1dm2セル、ティッセンクルップ・ウーデ・クロリンエンジニアズ株式会社製)を準備した。
また、水酸化カリウム(試薬特級、和光純薬工業社製)とイオン交換水とを用いて、6mol/lのKOH水溶液を調整した。得られたKOH水溶液のpHを測定したところ、pHは約14であった。
準備した陰極、陽極、隔膜および水電解槽を用いて、電気化学セルを作製した。図7は、試験に用いた電気化学セルの模式図である。なお、電気化学セルは、陰極にPtコートNi電極を用いたものと、Ni電極を用いたものとの2種類を作製した。また、隔膜は、セルの作製前に1日間、準備したKOH水溶液に浸漬し、隔膜の内部までKOH水溶液を浸透させた。
得られた電気化学セルの陰極室および陽極室に、準備したKOH水溶液を電解液として供給した。KOH水溶液は、フローメーターおよびポンプを用いて供給した。いずれの電極室に対しても、流速は15mL/分とした。陰極室および陽極室がKOH水溶液で満たされたことを確認した後、セルヒータおよび電解液ヒータを用いて、陰極、隔膜および陽極からなる膜電極接合体の温度とKOH水溶液の温度とを40℃に昇温させた。その後、0.4A/cm2の電流密度で約1時間の安定化運転を実施した。
安定化運転の後、水電解のIV特性試験を実施した。IV特性試験では、電源装置(菊水電子工業製)を用い、電流密度を所定範囲で変化させながらセル電圧を測定した。各電流密度における電圧値は、電流を変化させてから1分後の電圧値とした。また、陰極にPtコートNi電極を用いた電気化学セルについては、膜電極接合体を水電解槽から取り出し、解析1と同じ方法で電位サイクル試験を実施した。そして、電位サイクル数1,000回、2,000回および4,000回の電位サイクル試験後に、再度、本解析のIV特性試験を実施した。結果を図8に示す。
図8は、電気化学セルにおける電流密度と電圧との関係を示す図である。なお、図8において、電圧は、セルの内部抵抗に基づく電圧損失(IR損分)を除外した値である。また、「without Pt」は、陰極にNi電極を用いた電気化学セルを示す。「0」は、陰極にPtコートNi電極を用い、且つ電位サイクル試験を未実施の電気化学セルを示す。「1000」、「2000」および「4000」は、陰極にPtコートNi電極を用い、且つ電位サイクル数1,000回、2,000回および4,000回の電位サイクル試験後の電気化学セルを示す。
図8から、Ni電極に比べてPtコートNi電極の方が、より低い電圧で同じ電流密度を得られることが確認された。また、電位サイクル試験の電位サイクル数の増加にともなって、同じ電流密度を得るために必要な電圧が上昇することが確認された。これは、電位サイクル試験によって電極が劣化したためである。
(解析3)
また、本発明者らは、電位サイクル試験と水素発生試験とを組み合わせて、ECSAの変化を観測した。まず、PtコートNi電極(サイズ10cm×10cm、デノラ・ペルメレック社製)を準備した。また、水酸化カリウム(試薬特級、和光純薬工業社製)とイオン交換水とを用いて、6mol/lのKOH水溶液を調整した。得られたKOH水溶液のpHを測定したところ、pHは約14であった。
作用極および対極の両方に、準備したPtコートNi電極を用い、参照極にAg/AgCl電極(北斗電工社製)を用いて、複数の電気化学セルを作製した。各電気化学セルに、準備したKOH水溶液を電解液として約1000ml投入した。セル温度は、恒温槽を用いて25℃に維持した。なお本解析では、Ag/AgCl電極に対する電位を、pHおよび温度に基づいてRHEに対する電位に変換している。
各電気化学セルについて、電気化学評価装置(北斗電工社製、HZ−5000、パワーブースター付)を用いて、サイクリックボルタンメトリーを3サイクル実施した。電位走査速度は100mV/秒とし、電位走査範囲は0.05V〜1.2Vとした。そして、2サイクル目のサイクリックボルタモグラムにおける水素の吸着脱離波(0.05V〜0.4V付近)の平均電気量から、Pt触媒のECSAを算出した。電気量と表面積の変換には、理論的係数210μC/cm2を用いた。算出したECSAを、サイクル0回のECSAとした。
続いて、各電気化学セルに対し、電位走査速度1000mV/秒で、電位サイクル数50,000回の電位サイクル試験を実施した。このとき、下限電位は0Vに設定し、上限電位は1.2Vに設定した。電位サイクル試験1,000回毎に、初期ECSAと同じ方法でECSAを算出した。また、一部の電気化学セルについては、電位サイクル数5,000回、10,000回、20,000回および30,000回の電位サイクル試験後に、水素発生試験を実施した。具体的には、膜電極接合体を解析2と同じ水電解槽に組み込んで、2.04Vの電圧を1分間印加して、陰極で水素を発生させた。残りの電気化学セルについては、水素発生試験を実施しなかった。
図8に示すIV特性に基づくと、電圧2.04Vは、Ni電極を用いた電気化学セルにおける電流密度0.5Acm−2(A/cm2)に対応する電圧である。電圧2.04Vでは、Ni陰極およびPtコートNi陰極の両方で、水素が発生する。ただし、解析2で取得したIV特性は電流密度0.4Acm−2までであるため、電流密度0.5Acm−2に対応する電圧値は、外挿することにより取得した。結果を図9に示す。
図9は、水素発生試験あり/なしでの電位サイクル数とECSAとの関係を示す図である。図9では、水素発生試験を実施したタイミングを矢印で示している。また、プロットAは水素発生試験なしの結果であり、プロットBは水素発生試験ありの結果である。図9から、電位サイクル数5,000回での水素発生試験を除いて、水素発生試験の実施後にECSAが急激に低下することが確認された。また、電位サイクル数が増加するにつれて、水素発生試験後のECSAの低下量が大きくなることが確認された。
この結果から、本発明者らは、上述したECSAの第3段階S3の減少が起こる仕組みを以下のように特定した。図10(A)、図10(B)および図10(C)は、電極が劣化する様子を説明する模式図である。図10(A)に示すように、電位サイクルの初期段階では、基材114がほぼ完全に被膜116に覆われている。このため、被膜116でのみ水素が発生する。電位サイクル数が増加すると、図10(B)に示すように、被膜116の一部が剥離して基材114の一部が露出する。つまり、電極が劣化する。基材114中のNiにより水素が発生する電圧あるいは電位が電極に印加されている場合、被膜116からだけでなく、露出した基材114の表面からも水素が発生する。
基材114からの水素発生が起こると、図10(C)に示すように、基材114の表面で発生する水素によって被膜116が浸食され、被膜116の剥離が促進される。したがって、ECSAの減少が加速される。図9において、電位サイクル数5,000回での水素発生試験後にこれに起因するECSAの低下が見られなかった理由は、基材114の露出がないか、極めて少なかったためと考えられる。つまり、基材114の露出表面での水素発生がないため、被膜116の加速度的な剥離が起こらなかったためと考えられる。一方、電位サイクル数の増加にともない水素発生試験後のECSAの低下量が大きくなった理由は、基材114の露出量の増加により、基材114での水素発生に起因する被膜116の剥離量が増加したためと考えられる。
つまり、ガス発生電極に劣化が生じた状態で、言い換えれば基材114の一部が露出した状態で過剰な水素発生を行うと、電極の劣化が加速度的に進行する。逆に言えば、被膜116が剥離して基材114の一部が露出しても、基材114での水素発生が起こらない電気的状態であれば、電極の加速度的な劣化を回避することができる。
そこで、第1の電気的状態で所定量のガスを発生させる第1触媒金属(例えばNi)を基材114が含み、基材114での所定量のガス発生が起こらない第2の電気的状態で所定量のガスを発生させる第2触媒金属(例えばPt)を被膜116が含む、本実施の形態の電気化学デバイス1では、制御部300は、ガス発生電極の電気的状態が第2の電気的状態となるように、電気化学セル100の電気的状態を制御する。第1の電気的状態で発生するガスの所定量とは、上述した被膜116の加速度的な剥離を生じさせる量である。当該「所定量」は、電気化学デバイス1に要求される耐久性等に応じて、当業者が適宜設定することができる。また、第2触媒金属は、第2の電気的状態において前記「所定量」のガスを発生させることができる。
例えば、第1の電気的状態および前記第2の電気的状態は、電圧である。そして、第2の電気的状態は、第1の電気的状態よりも電圧が低い状態である。この場合、制御部300は、第1の電気的状態の電圧を電圧V1とするとき、ガス発生電極に印加される電圧V2がV1>V2の関係を満たすように、電気化学セル100の電圧を制御する。
また、例えば、第1の電気的状態および前記第2の電気的状態は、電位である。そして、ガス発生電極が陽極110である場合、第2の電気的状態は、第1の電気的状態よりも電位が低い状態である。また、ガス発生電極が陰極108である場合、第2の電気的状態は、第1の電気的状態よりも電位が高い状態である。この場合、制御部300は、第1の電気的状態の電位を電位V3とするとき、ガス発生電極が陽極110である場合はガス発生電極に印加される電位V4がV3>V4の関係を満たすように、ガス発生電極が陰極108である場合は電位V4がV3<V4の関係を満たすように、電気化学セル100の電位を制御する。
図8を参照すると、所定の電流密度、言い換えれば所定の水素発生量を得ようとしたとき、電位サイクル数の増加にともなって必要な印加電圧も増加する。電位サイクル数が所定数を超えて必要な印加電圧が電圧V1に達すると、基材114の一部が露出していた場合には露出部位からの水素発生量が所定量に達することになる。そこで、制御部300は、ガス発生電極に印加される電圧V2がV1>V2の関係を満たすように、電気化学セル100の電圧を制御する。電位についても同様である。
例えば、制御部300は、電圧V1あるいは電位V3を予め保持している。電圧V1および電位V3は、Ni電極のIV特性(図8参照)を取得し、これに基づいてを予め設定することができる。そして、セルモジュール101に設けられる電圧検出部からガス発生電極の電圧V2あるいは電位V4を取得して、電圧V2と電圧V1とが上述の関係を満たすように、あるいは電位V4と電位V3とが上述の関係を満たすように、電源10を制御して供給電力(電流)を調整する。これにより、電極が劣化して基材114が露出した場合でも、露出した基材表面での所定量以上の水素発生を回避し、主に被膜116のみで水素を発生させることができる。したがって、電極の加速度的な劣化を回避することができる。
また、制御部300は、電圧V1とガス発生電極において所定量のガスが発生する電圧との差が所定値以下となったとき、V1>V2の関係を満たすように電気化学セル100の電圧を制御することが好ましい。あるいは、制御部300は、電位V3とガス発生電極において所定量のガスが発生する電位との差が所定値以下となったとき、V3>V4あるいはV3<V4の関係を満たすように電気化学セル100の電位を制御することが好ましい。
制御部300は、例えばNi電極およびPtコートNi電極のIV特性を予め保持し、電気化学デバイス1の起動/停止回数をカウントすることで、電圧差あるいは電位差が所定値以下となったことを検知することができる。また、電解液にはイオン伝導性がある。このため、陰極循環タンク2、陽極循環タンク4、マニホールド200または電気化学セル100内等の、電極までのイオン伝導性パスが担保された場所に参照極を取り付けることで、より正確且つリアルタイムに電位を測定することができる。また、陰極循環タンク2は、水素で満たされている。このため、PtワイヤーやPt黒ワイヤーなどの電極を陰極循環タンク2内の電解液に入れることで、より簡便に可逆水素電極電位(RHE電位)を得ることができる。これらの測定で得られる電位をもとに、電圧差あるいは電位差が所定値以下となったことを検知してもよい。前記「所定値」は、設計者による実験やシミュレーションに基づき適宜設定することが可能である。
電極の劣化が少ない電位サイクル初期は、所望の電流密度を得るために必要な電圧あるいは電位は低い。このため、所望の電流密度が得られるように電圧を印加しても、基材114での水素発生量が被膜116の乖離を加速度的に促進させるほどの量となる可能性は低い。よって、電位サイクル初期は、電気化学セル100のエネルギー生成効率を優先した電圧あるいは電位の設定が可能である。そして、電位サイクル数の増加にともなって電極の劣化が進み、上述した電圧差あるいは電位差が所定値以下となったときに、電圧あるいは電位を小さくして、電極の加速度的な劣化を抑制する。これにより、電気化学デバイス1の耐久性を向上させながら、電気化学デバイス1のエネルギー生成効率の低下を抑制することができる。
また、図9に示すように、電位サイクル数5,000回での水素発生試験後は、ECSAの急激な低下が見られなかった。一方、電位サイクル数10,000回での水素発生試験後は、ECSAの急激な低下が見られた。電位サイクル数10,000回でのECSA(図9中の“a”)は、初期ECSAの約55%であった。このことから、ECSAが初期の55%以下に低下したとき、言い換えれば電位サイクル数が5,000回以上となったときに、制御部300が電圧V2あるいは電位V4の制御を実施してもよい。この場合、制御部300は、例えば電気化学デバイス1の起動/停止回数をカウントすることで、制御の開始タイミングを把握することができる。これにより、上述した電極劣化抑制制御によって電気化学セル100のエネルギー生成効率が低下することを、抑制することができる。
電圧V1は、ガス発生電極における電流密度が、好ましくは0.1A/cm2、より好ましくは0.05A/cm2、さらに好ましくは0.01A/cm2であるときの電圧である。同様に電位V3は、ガス発生電極における電流密度が、好ましくは0.1A/cm2、より好ましくは0.05A/cm2、さらに好ましくは0.01A/cm2であるときの電位である。つまり、第1の電気的状態で基材114が発生させるガスの所定量とは、電流密度0.1Acm−2、0.05A/cm2、または0.01A/cm2において発生するガスの量である。
本発明者らは、電圧V1および電位V3を上述の値に設定することによる効果を実証すべく、以下の試験を行った。具体的には、まず解析1と同じ方法で電位サイクル数30,000回の電位サイクル試験を行って劣化させたPtコートNi電極(サイズ10cm×10cm、デノラ・ペルメレック社製)を陰極として準備した。また、陽極として、Ni電極(サイズ10cm×10cm、デノラ・ペルメレック社製)を準備した。また、隔膜として、ZIRFON PERL UTP500(AGFA Materials社製、厚さ約500μm)を準備した。また、水電解槽(1dm2セル、ティッセンクルップ・ウーデ・クロリンエンジニアズ株式会社製)を準備した。
また、水酸化カリウム(試薬特級、和光純薬工業社製)とイオン交換水とを用いて、6mol/lのKOH水溶液を調整した。得られたKOH水溶液のpHを測定したところ、pHは約14であった。
準備した陰極、陽極、隔膜および水電解槽を用いて、図7に示す電気化学セルを作製した。また、隔膜は、セルの作製前に1日間、準備したKOH水溶液に浸漬し、隔膜の内部までKOH水溶液を浸透させた。
得られた電気化学セルの陰極室および陽極室に、準備したKOH水溶液を電解液として供給した。KOH水溶液は、フローメーターおよびポンプを用いて供給した。いずれの電極室に対しても、流速は15mL/分とした。その後、電気化学評価装置(北斗電工社製、HZ−5000、パワーブースター付)を用いて、所定電圧(1.68V〜2.02V)を1時間印加した。当該所定電圧は、図8に示すNi電極(つまり基材)のIV特性において、電流密度(言い換えれば水素発生量)が0、0.01、0.02、0.03、0.05、0.08、0.1、0.2、0.3、0.5、1Acm−2となる電圧である。
電圧印加後の電気化学セルについて、解析1と同じ方法でPt触媒のECSAを算出した。そして、電圧未印加の劣化陰極におけるECSAを100%として、各陰極におけるECSAの割合を算出した。結果を図11(A)および図11(B)に示す。図11(A)および図11(B)は、基材の電流密度とECSAとの関係を示す図である。図11(B)は、図11(A)の破線で囲まれた領域を拡大して示している。
図11(A)および図11(B)に示すように、基材における電流密度が0.1Acm−2以下であるとき、ECSAが90%以上の高い値に維持されることが確認された。したがって、ガス発生電極における電流密度を0.1Acm−2以下に維持することで、つまり、基材114の露出表面における水素発生量を電流密度0.1Acm−2以下で得られる量に抑えることで、電極の劣化をより一層抑制することができる。また、電流密度を0.05Acm−2以下とすることで、ECSAを95%以上に維持することができ、さらに0.01Acm−2以下とすることで、ECSAを99%以上に維持することができる。
[電気化学デバイスの制御方法]
本実施の形態に係る電気化学デバイスの制御方法は、第1の電気的状態で所定量のガスを発生させる第1触媒金属を含む基材114と、基材114での所定量のガス発生が起こらない第2の電気的状態でガスを発生させる第2触媒金属を含む被膜116とを有するガス発生電極が第2の電気的状態となるように、電気化学セル100の電気的状態を制御することを含む。
また、当該制御方法において、第1および第2の電気的状態は電圧であって、第2の電気的状態の電圧は第1の電気的状態の電圧V1よりも低く、制御方法は、ガス発生電極への印加電圧V2が電圧V1未満となるように、電気化学セル100の電圧を制御することを含む。あるいは、当該制御方法において、第1および第2の電気的状態は電位であって、ガス発生電極が陽極110の場合、第2の電気的状態の電位は第1の電気的状態の電位V3よりも低く、ガス発生電極が陰極108の場合、第2の電気的状態の電位は電位V3よりも高く、制御方法は、ガス発生電極が陽極110である場合はガス発生電極への印加電位V4が電位V3未満となるように、ガス発生電極が陰極108である場合は電位V4が電位V3超となるように、電気化学セル100の電位を制御することを含む。
また、当該制御方法において、電圧V1は、ガス発生電極における電流密度が、好ましくは0.1A/cm2、より好ましくは0.05A/cm2、さらに好ましくは0.01A/cm2であるときの電圧である。同様に電位V3は、ガス発生電極における電流密度が、好ましくは0.1A/cm2、より好ましくは0.05A/cm2、さらに好ましくは0.01A/cm2であるときの電位である。また、制御方法は、電圧V1とガス発生電極においてガスが発生する電圧との差が所定値以下となったとき、V1>V2の関係を満たすように電気化学セル100の電圧を制御することを含む。同様に、制御方法は、電位V3とガス発生電極においてガスが発生する電位との差が所定値以下となったとき、V3>V4あるいはV3<V4の関係を満たすように電気化学セル100の電位を制御することを含む。
以上説明したように、本実施の形態に係る電気化学デバイス1は、陰極108、陽極110および隔膜106を有する電気化学セル100と、電気化学セル100の電気的状態を制御する制御部300とを備える。陰極108および陽極110はガス発生電極である。ガス発生電極は、第1の電気的状態で所定量のガスを発生させる第1触媒金属を含む基材114と、基材114での所定量のガス発生が起こらない第2の電気的状態でガスを発生させる第2触媒金属を含む被膜116とを有する。このような構成において、制御部300は、ガス発生電極の電気的状態が第2の電気的状態となるように、電気化学セル100の電気的状態を制御する。
これにより、ガス発生電極が劣化して基材114が露出した場合でも、露出した基材表面において被膜116の剥離を促進するほどの量のガスが発生することを、回避することができる。したがって、電極の加速度的な劣化を回避することができる。この結果、電気化学デバイス1の耐久性を向上させることができ、より長期間にわたって低電力で水素を製造することができる。
また、電圧V1は、ガス発生電極における電流密度が、好ましくは0.1A/cm2であるときの電圧である。また、電位V3は、ガス発生電極における電流密度が、好ましくは0.1A/cm2であるときの電位である。これにより、ガス発生電極の劣化をより抑制することができる。
また、制御部300は、電圧V1とガス発生電極においてガスが発生する電圧との差が所定値以下となったとき、V1>V2の関係を満たすように電気化学セル100の電圧を制御する。あるいは、制御部300は、電位V3とガス発生電極においてガスが発生する電位との差が所定値以下となったとき、V3>V4あるいはV3<V4の関係を満たすように電気化学セル100の電位を制御する。このように、電圧差あるいは電位差を電極劣化抑制制御の開始トリガーとすることで、電気化学セル100のエネルギー生成効率の低下を抑制することができる。
本発明は、上述の実施の形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて各種の設計変更等の変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうるものである。
実施の形態では、陰極108および陽極110がともにガス発生電極であるが、少なくとも一方の電極がガス発生電極であればよい。また、陰極108と陽極110の両方がガス発生電極である場合、少なくとも一方の電極が基材114と被膜116とを有する構造であれば、少なくともこの電極について、本実施の形態による効果を得ることができる。
実施の形態では、制御部300が電源10を制御して、電気化学セル100への供給電力(電流)を減少させることで、ガス発生電極に印加される電圧V2および電位V4を調整しているが、特にこの構成に限定されない。
例えば、ガス発生電極および/または電解液の温度を上昇させることでも、電圧V2および電位V4を調整することができる。温度上昇によって電極反応が促進されるため、陰極および陽極の過電圧が減少し、したがって電圧V2および電位V4を低下させることができる。通常、電気化学反応は、過電圧を含めて考えると発熱反応となることが多い。したがって、継続的に電力を与え電極反応を行うことで、電極および/または電解液の温度を上昇させることができる。また、電極の温度上昇であれば電極に、電解液の温度上昇であれば陰極循環タンク2および/または陽極循環タンク4に従来公知のヒータを設け、駆動制御部304がヒータの駆動を制御することで、電圧V2および電位V4の制御をより確実に実現することができる。図1では一例として、電極昇温用のヒータ306がセルモジュール101に取り付けられた状態を図示している。
また、ガス発生電極に供給する電解液(活物質)の量を増やすことでも、電圧V2および電位V4を調整することができる。電解液の供給量増加により、ガス発生電極における活物質の存在量が増加するだけでなく、電極上のガスが除去されて電極有効表面積が増加することで、電圧V2および電位V4が低下する。この場合、駆動制御部304が循環装置206の駆動を制御することで、電圧V2および電位V4の制御を実現できる。
実施の形態では、アルカリ水電解装置を例に挙げて電気化学デバイスを説明した。しかしながら、電気化学デバイスは、電気化学セルの積層体にイオン伝導性電解液を流通させる構成を備えるものであればよい。例えば、電気化学デバイスは、酸性溶液を用いる水電解装置、有機ハイドライドの電解合成装置、食塩電解装置、レドックスフロー電池等であってもよい。また、実施の形態では、酸化反応が起こる極を陽極(アノード)、還元反応が起こる極を陰極(カソード)と定義している。しかしながら、充放電可能な二次電池の場合、充電の場合と放電の場合とで陽極と陰極は反転する。上記定義は、二次電池の充電時に該当する。陽極、陽極室、陰極および陰極室という表現を二次電池に適用する場合、二次電池の放電時における陽極、陽極室、陰極、陰極室と定義してもよい。
実施の形態で説明した構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を方法、装置、システム等の間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。