JP2019065343A - 油井用鋼管及びその製造方法 - Google Patents

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隆裕 井上
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桂一 近藤
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洋輔 竹田
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良太 樋口
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Takanori Tanaka
孝憲 田中
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裕紀 神谷
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Abstract

【課題】耐食性及び耐圧壊性を両立する油井用鋼管を提供する。【解決手段】油井用鋼管は、化学組成が、質量%で、C:0.25〜0.35%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.10〜1.50%、Cr:0.40〜1.50%、Mo:0.10〜2.00%、Al:0.005〜0.10%、B:0〜0.0035%、V:0〜0.25%、Nb:0〜0.04%、Ti:0〜0.050%、Ca:0〜0.005%、残部:Fe及び不純物であり、前記不純物のうち、P、S、N、O、Ni、及びCuがそれぞれ、P:0.020%以下、S:0.020%以下、N:0.010%以下、O:0.006%以下、Ni:0.20%以下、Cu:0.10%以下、であり、旧オーステナイト粒の大きさが、ASTM E112−13に準拠した結晶粒度番号で6.0以上であり、下降伏点の1.05倍以上の大きさの上降伏点を有する。【選択図】図9

Description

本発明は、油井用鋼管及びその製造方法に関する。
油井用鋼管は、油井やガス井(以下、油井とガス井とを総じて油井と称する。)のケーシングやチュービングとして使用される。近年の油井開発は大深度採掘へとシフトしており、これに伴いケーシングストリングのデザインも多様化している。特に、大深度の油井で使用される鋼管は、高温高圧に加えて厳しい腐食環境に曝される。そうした背景からストリングデザインは多段化しており、使用されるケーシング鋼管材料の性能として高強度かつ高耐食性が求められている。
しかし、高圧環境での圧壊を防ぐために材料の高強度化を図る場合、高強度化に伴って材料の耐食性が低下するという制約を受ける。一方、鋼管の肉厚を大きくして圧壊への対応を図る場合、多段構成のストリングではより大きな設計が必要となり、デザインの複雑化や開発コストの増加に繋がる。
特開昭63−210236号公報には、耐サワー用高コラプス油井管の製造方法が記載されている。同公報には、比較的低温での歪時効現象を利用して材料の降伏比を高めることで、耐圧壊性を付与することが記載されている。具体的には、継目無鋼管又は電縫鋼管に焼入れ焼戻し処理を施した後、5%以下の加工度の冷間矯正を加え、その後200〜500℃で熱処理を施すことが記載されている。同公報にはまた、冷間矯正と熱処理とを実施する代わりに、200〜500℃の温度域で5%以下の加工度の温間矯正を施してもよいと記載されている。
特開平7−179941号公報には、矯正による強度低下を小さくするため圧延及び熱処理後において長手方向に曲がりのない鋼管を製造することで、高コラプス強度を有する継目無鋼管を製造できることが記載されている。具体的には、一定の成分組成のビレットを950〜850℃の間で圧下率20%以上の圧延をし、850〜900℃の温度範囲で圧延を終了後、直ちに焼入れして550〜700℃で焼戻し、焼戻し後450〜550℃で矯正することが記載されている。
特開昭63−210236号公報 特開平7−179941号公報
ケーシング鋼管材料に求められる特性は多様化しており、様々な強度範囲の鋼管に対して高い耐圧壊性を付与するには、上述した技術では限界がある。また、特開平7−179941号公報の技術では、圧延後直ちに焼入れを実施するため、結晶粒の細粒化が困難であり、高耐食性を安定して得ることができない。
本発明の目的は、耐食性及び耐圧壊性を両立する油井用鋼管を提供することである。
本発明の一実施形態による油井用鋼管は、化学組成が、質量%で、C:0.25〜0.35%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.10〜1.50%、Cr:0.40〜1.50%、Mo:0.10〜2.00%、Al:0.005〜0.10%、B:0〜0.0035%、V:0〜0.25%、Nb:0〜0.04%、Ti:0〜0.050%、Ca:0〜0.005%、残部:Fe及び不純物であり、前記不純物のうち、P、S、N、O、Ni、及びCuがそれぞれ、P:0.020%以下、S:0.020%以下、N:0.010%以下、O:0.006%以下、Ni:0.20%以下、Cu:0.10%以下、であり、旧オーステナイト粒の大きさが、ASTM E112−13に準拠した結晶粒度番号で6.0以上であり、下降伏点の1.05倍以上の大きさの上降伏点を有する。
本発明の一実施形態による油井用鋼管の製造方法は、化学組成が、質量%で、C:0.25〜0.35%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.10〜1.50%、Cr:0.40〜1.50%、Mo:0.10〜2.00%、Al:0.005〜0.10%、B:0〜0.0035%、V:0〜0.25%、Nb:0〜0.04%、Ti:0〜0.050%、Ca:0〜0.005%、残部:Fe及び不純物であり、前記不純物のうち、P、S、N、O、Ni、及びCuがそれぞれ、P:0.020%以下、S:0.020%以下、N:0.010%以下、O:0.006%以下、Ni:0.20%以下、Cu:0.10%以下、である素管を準備する工程と、Ac点未満の温度の前記素管をAc点以上の温度に加熱した後水冷する焼入れ工程と、前記焼入れされた素管を焼戻しする工程と、前記焼戻しされた素管を575℃以上の温度で矯正する工程とを備える。
本発明によれば、耐食性及び耐圧壊性を両立する油井用鋼管が得られる。
図1は、本発明の一実施形態による油井用鋼管の製造方法を示すフロー図である。 図2は、表2のNo.1の継目無鋼管の応力−ひずみ曲線である。 図3は、表2のNo.4の継目無鋼管の応力−ひずみ曲線である。 図4は、表2のNo.5の継目無鋼管の応力−ひずみ曲線である。 図5は、表2のNo.6の継目無鋼管の応力−ひずみ曲線である。 図6は、表2のNo.12の継目無鋼管の応力−ひずみ曲線である。 図7は、FEM解析に用いた応力−ひずみ曲線である。 図8は、図7の降伏点近傍を拡大して示す図である。 図9は、FEM解析によって得られた、D/tとコラプス強度との関係を示すグラフである。
本発明者らは、上記の課題を解決するための種々の検討を実施した。その結果、鋼管の引張変形挙動に着目し、意図的に上降伏点を発生させることで、材料の弾性限界を向上できること、及びこれによって耐圧壊性を向上できることを見出した。本発明者らはまた、特定の化学組成及び組織を有する鋼管を575℃以上の温度で矯正することで、上降伏点を発生させることができることを見出した。
以上の知見に基づいて、本発明は完成された。以下、本発明の一実施形態による油井用鋼管及びその製造方法を詳述する。
[化学組成]
本実施形態による油井用鋼管は、以下に説明する化学組成を有する。以下の説明において、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
C:0.25〜0.35%
炭素(C)は、鋼の焼入れ性を高め、鋼の強度を高める。C含有量が0.25%未満では、この効果が十分に得られない。一方、C含有量が0.35%を超えると、鋼の焼割れ感受性が高くなる。したがって、C含有量は、0.25〜0.35%である。C含有量の下限は、好ましくは0.28%である。C含有量の上限は、好ましくは0.32%であり、さらに好ましくは0.30%である。
Si:0.05〜0.50%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Si含有量が0.05%未満では、この効果が十分に得られない。一方、Si含有量が0.50%を超えると、鋼の耐食性が低下する。したがって、Si含有量は0.05〜0.50%である。Si含有量の下限は、好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.20%である。Si含有量の上限は、好ましくは0.45%であり、さらに好ましくは0.40%である。
Mn:0.10〜1.50%
マンガン(Mn)は、鋼の焼入れ性を高め、強度の向上に寄与する。Mn含有量が0.10%未満では、この効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が1.50%を超えると、鋼の耐食性が低下する。したがって、Mn含有量は0.10〜1.50%である。Mn含有量の下限は、好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.30%である。Mn含有量の上限は、好ましくは1.20%であり、さらに好ましくは1.00%である。
Cr:0.40〜1.50%
クロム(Cr)は、鋼の焼入れ性を高め、強度の向上に寄与する。Crはまた、適切な量のMoとともに含有されれば、炭化物を球状化する作用を有する。Cr含有量が0.40%未満では、この効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が1.50%を超えると、効果が飽和する。したがって、Cr含有量は0.40〜1.50%である。Cr含有量の下限は、好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.60%である。Cr含有量の上限は、好ましくは1.30%であり、さらに好ましくは1.20%である。
Mo:0.10〜2.00%
モリブデン(Mo)は、合金炭化物を形成する。合金炭化物は、水素を強くトラップし、鋼の耐食性を向上させる。Mo含有量が0.10%未満では、この効果が十分に得られない。一方、Mo含有量が2.00%を超えると、効果が飽和する。したがって、Mo含有量は0.10〜2.00%である。Mo含有量の下限は、好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.30%である。Mo含有量の上限は、好ましくは1.90%であり、さらに好ましくは1.80%である。
Al:0.005〜0.10%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Al含有量が0.005%未満では、この効果が十分に得られない。一方、Al含有量が0.10%を超えると、介在物が粗大化して鋼の耐食性が低下する。したがって、Al含有量は0.005〜0.10%である。Al含有量の下限は、好ましくは0.010%である。Al含有量の上限は、好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.06%である。本明細書におけるAl含有量は、酸可溶Al(いわゆるSol.Al)の含有量を意味する。
本実施形態による油井用鋼管の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入される元素、あるいは製造過程の環境等から混入される元素をいう。
不純物のうち、P、S、N、O、Ni、及びCuの含有量は、下記のように制限する。
P:0.020%以下
燐(P)は不純物である。Pは粒界に偏析して、鋼の耐食性を低下させる。したがって、P含有量は0.020%以下である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。P含有量は、好ましくは0.015%以下である。
S:0.020%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは鋼の耐食性を低下させる。したがって、S含有量は0.020%以下である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。S含有量は、好ましくは0.010%以下である。
N:0.010%以下
窒素(N)は不純物である。Nは窒化物系介在物を形成し、鋼の耐食性を低下させる。したがって、N含有量は0.010%以下である。N含有量はなるべく少ない方が好ましい。N含有量の上限は、好ましくは0.008%であり、さらに好ましくは0.006%である。コストの観点から、N含有量の下限は、好ましくは0.001%である。
O:0.006%以下
酸素(O)は不純物である。Oは酸化物を形成し、鋼の耐食性を低下させる。したがって、O含有量は0.006%以下である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。O含有量は、好ましくは0.005%以下であり、さらに好ましくは0.004%以下である。
Ni:0.20%以下
ニッケル(Ni)は不純物である。Ni含有量が0.20%を超えると、耐硫化物応力腐食割れ性が低下する。したがって、Ni含有量は0.20%以下である。好ましいNi含有量は0.15%以下であり、さらに好ましくは0.10%以下である。
Cu:0.10%以下
銅(Cu)は不純物である。Cu含有量が0.10%を超えると、局所的に硬化組織が発生したり、鋼表面の不均一な腐食の原因となったりする。したがって、Cu含有量は0.10%以下である。好ましいCu含有量は0.05%以下であり、さらに好ましくは0.03%以下である。
本実施形態による油井用鋼管の化学組成は、Feの一部に代えて、以下に説明する元素を含有してもよい。以下に説明する元素は、すべて選択元素である。すなわち、本実施形態による油井用鋼管の化学組成は、以下の元素の一部又は全部を含有していなくてもよい。
B :0〜0.0035%
V :0〜0.25%
Nb:0〜0.04%
ボロン(B)は、鋼の焼入れ性を高め、鋼の強度を高める。バナジウム(V)及びニオブ(Nb)は、炭化物を形成し、鋼の強度を高める。これらの元素が少しでも含有されていれば、この効果が得られる。一方、B含有量が過剰になると、粒界にM23CBが形成され、鋼の耐食性が低下する。V及びNb含有量が過剰になると、炭窒化物系介在物が過剰に生成し、鋼の耐食性が不安定になる。したがって、B含有量は0〜0.0035%であり、V含有量は0〜0.25%であり、Nb含有量は0〜0.04%である。B含有量の下限は、好ましくは0.0001%である。B含有量の上限は、好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0010%である。V含有量の下限は、好ましくは0.01%である。V含有量の上限は、好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.15%である。Nb含有量の下限は、好ましくは0.002%である。Nb含有量の上限は、好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.01%である。
Ti:0〜0.050%
チタン(Ti)は、ビレットの割れを抑制するとともに鋼の強化に寄与する。Tiが少しでも含有されていれば、この効果が得られる。一方、Ti含有量が0.050%を超えると、粗大な窒化物系介在物が生成し、鋼の耐食性が低下する。したがって、Ti含有量は0〜0.050%である。Ti含有量の下限は、好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.005%である。Ti含有量の上限は、好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。
Ca:0〜0.005%
カルシウム(Ca)は、硫化物系介在物の形状を改善し、耐食性の向上に寄与する。Caが少しでも含有されていれば、この効果が得られる。一方、Ca含有量が0.005%を超えると、酸化物系介在物が形成され、鋼の耐食性が低下する。したがって、Caは0〜0.005%である。Ca含有量の下限は、好ましくは0.001%である。Ca含有量の上限は、好ましくは0.0025%である。
[組織]
本実施形態による油井用鋼管は、好ましくは、焼戻しマルテンサイトを主相とする組織を有する。本実施形態による油井用鋼管は、さらに好ましくは、焼戻しマルテンサイトの体積分率が95%以上である。
本実施形態による油井用鋼管は、旧オーステナイト粒の大きさが、ASTM E112−13に準拠した結晶粒度番号(以下、単に「結晶粒度番号」と呼ぶ。)で6.0以上である。旧オーステナイト粒が微細であるほど(すなわち、結晶粒度番号が大きいほど)、優れた耐食性が安定して得られる。結晶粒度番号が6.0未満の場合、必要な耐食性を得ることができない。また、結晶粒度番号が6.0未満の場合、後述する上降伏点を発生させることが困難になる。旧オーステナイト粒の大きさは、好ましくは結晶粒度番号で6.5以上であり、さらに好ましくは7.0以上である。
旧オーステナイト粒の結晶粒度番号は、圧延方向と垂直な断面が被検面になるように、各鋼管から試験片を切り出して樹脂に埋め込み、ピクリン酸飽和水溶液で腐食するBechet-Beaujard法によって旧オーステナイト粒界を現出させ、ASTM E112−13に準じて測定する。
旧オーステナイト粒の結晶粒度番号は、焼入れ後、焼戻し前の鋼材(いわゆる焼入れまま材)を用いて測定してもよいし、焼戻後の鋼材(矯正後の鋼材を含む、以下同じ。)を用いて測定してもよい。いずれの鋼材を用いても、旧オーステナイト粒の結晶粒度番号はほとんど変わらない。
なお、焼戻し後の鋼材に対しては、電子線後方散乱回折法(EBSD)等の方法を用いて、結晶の方位関係から旧オーステナイト粒の結晶粒度番号を求めることもできる。この場合、焼戻し後の油井用鋼管の金属組織をEBSDによって、次のように測定する。焼戻し後の油井用鋼管の横断面(圧延方向と垂直な断面)の肉厚中央位置からサンプルを採取する。採取したサンプルを用いて500×500μmの観察範囲でEBSDによって結晶方位解析を行い、Misorientation Angleが15〜51°の範囲にある粒同士の境界を旧オーステナイト粒界と定義して、線描画させ、その描画図を元に、ASTM E112−13に準拠して結晶粒度番号を求める。
[降伏挙動]
本実施形態による油井用鋼管は、下降伏点の1.05倍以上の大きさの上降伏点を有する。本実施形態では、上降伏点を意図的に発生させ、かつ、上降伏点の大きさを下降伏点の1.05倍以上にする。これによって、上降伏点のない油井用鋼管と比較して、降伏強度が低くても同等の耐圧壊性を維持することができる。上降伏点の大きさは、好ましくは下降伏点の1.08倍以上である。
油井用鋼管の上降伏点及び下降伏点は、次のように測定する。油井用鋼管から、試験片の長手方向が油井用鋼管の圧延方向と平行になるように、ASTM E8に準拠した弧状引張試験(平行部幅38.1mm、G.L.50.8mm)を採取する。この試験片を用いて、常温(25℃)、大気中で引張試験を実施する。得られた応力−ひずみ曲線において、応力が極大値を示す場合、その極大値を上降伏点とする。
油井用鋼管の下降伏点(降伏強度)は、応力−ひずみ曲線からAPI5CT規格に準拠し決定するものとする。例えば降伏強度が655MPa(95ksi)級であれば0.5%全伸び時の応力とし、758MPa(110ksi)級であれば0.7%全伸び時の応力、さらに861MPa(125ksi)級であれば0.65%全伸び時の応力を降伏強度とする。
本実施形態による油井用鋼管は、これに限定されないが、好ましくは655MPa(95ksi)以上の降伏強度(下降伏点)を有する。油井用鋼管の降伏強度(下降伏点)は、さらに好ましくは758MPa(110ksi)以上である。なお、いずれの強度グレードであっても、下降伏点の1.05倍以上の大きさの上降伏点を発生させることで、耐圧壊性が向上する。
[鋼管の寸法]
本実施形態による油井用鋼管は、外径Dの肉厚tに対する比D/tが21.5以下の場合に特に好適である。本実施形態の油井用鋼管では、D/tが21.5以下で塑性コラプスが生じる。塑性コラプス領域では、コラプス強度が油井用鋼管の降伏強度の影響を強く受ける。そのため、本実施形態による油井用鋼管は、D/tが21.5以下の場合に、その性能をより発揮することができる。本実施形態による油井用鋼管は、D/tが21.0以下の場合にさらに好適である。
[製造方法]
以下、本発明の一実施形態による油井用鋼管の製造方法を説明する。図1は、本発明の一実施形態による油井用鋼管の製造方法を示すフロー図である。この製造方法は、素管を準備する工程(ステップS1)、焼入れ工程(ステップS2)、焼戻し工程(ステップS3)、及び矯正工程(ステップS4)を備えている。
[素管を準備する工程(ステップS1)]
上述した化学組成を有する素管を準備する。素管は、継目無鋼管であってもよいし、溶接鋼管であってもよい。
素管として継目無鋼管を準備する場合の一例を説明する。上記の化学組成の鋼を溶製し、周知の方法で精錬する。続いて、溶鋼を連続鋳造法によって連続鋳造材にする。連続鋳造材は例えば、スラブ、ブルーム、又はビレットである。溶鋼を造塊法によってインゴットにしてもよい。スラブ、ブルーム、又はインゴットは、熱間加工によってビレットにする。連続鋳造又は熱間加工によって得られたビレットを熱間加工して素管を製造する。熱間加工は例えば、マンネスマン法である。他の熱間加工によって素管を製造してもよい。
[焼入れ工程(ステップS2)]
準備した素管を、Ac点未満の温度からAc点以上の温度に加熱した後水冷する焼入れを実施する。以下、「Ac点未満の温度の素管をAc点以上の温度に加熱した後水冷する焼入れ」を、熱間加工した素管を直ちに水冷する「直接焼入れ」と区別するため、「再加熱焼入れ」と呼ぶ。再加熱焼入れを実施することで、再加熱時に組織がフェライト相からオーステナイト相へ逆変態するため、焼入れ後の組織の旧オーステナイト粒をより微細にすることができる。旧オーステナイト粒を微細化することで、油井用鋼管の耐食性が向上する。また、旧オーステナイト粒が微細なほど、上降伏点が発生しやすくなる。
具体的には例えば、継目無鋼管の場合、熱間加工した素管を一端室温付近まで冷却した後、Ac点以上の温度に加熱してから水冷してもよい。あるいは、熱間加工した素管を直接焼入れした後、さらに再加熱焼入れを実施してもよい。溶接鋼管の場合、溶接された鋼管をAc点以上の温度に加熱してから水冷してもよい。
上述した化学組成の素管に対して再加熱焼入れを実施すれば、結晶粒度番号を6.0以上にすることができる。再加熱焼入れは、2回以上実施してもよい。再加熱焼入れを複数回実施することで、旧オーステナイト粒をより微細化することができる。一方、直接焼入れのみを実施し、再加熱焼入れを実施しない場合、旧オーステナイト粒の大きさを結晶粒度番号で6.0以上にすることは困難である
焼入れ温度(水冷直前の温度)は、これに限定されないが、例えば850〜950℃である。水冷時の冷却速度は、これに限定されないが、例えば1〜20℃/秒である。
なお、再加熱焼入れの前に、他の熱処理を実施してもよい。例えば、Ac点よりも高い温度で一定時間保持するノルマライズを実施してもよい。
[焼戻し工程(ステップS3)]
焼入れした素管を焼戻しする。焼戻しの温度は、例えば600℃以上Ac点以下の温度である。焼戻しの保持時間は、例えば10分間〜2時間である。
焼戻しの条件によって、油井用鋼管の強度を調整することができる。具体的には、焼戻しの温度を高くするほど、又は焼戻しの保持時間を長くするほど、製造される油井用鋼管の強度は低くなる。また一般的に、油井用鋼管の強度を高くすると、油井用鋼管の耐食性は低くなる。そのため、必要とされる強度及び耐食性の水準に応じて、焼戻しの温度及び保持時間を決定すればよい。
また、焼戻し温度が高すぎる場合、又は保持時間が長すぎる場合、固溶炭素あるいは窒素に固着される転位密度が減少し、可動転位の割合が増加する。転位を動かすだけの応力が少なくなるため、応力−ひずみ曲線において上降伏点が発生しにくくなる。
[矯正工程(ステップS4)]
焼戻しされた素管を矯正する。矯正を実施することで、油井用鋼管の真円度が向上し、耐圧壊性が向上する。矯正は、油井用鋼管を575℃以上の温度に加熱して実施する。矯正前の加熱温度が575℃未満であると、矯正によって残留応力が付与され、降伏挙動が変化し、上降伏点が消失する。また、加工硬化によって耐食性が低下する。一方、矯正前の加熱温度が高すぎると、油井用鋼管の強度が低下する。矯正加工前の加熱温度の下限は、好ましくは580℃であり、さらに好ましくは590℃である。矯正前の加熱温度の上限は、好ましくはAc点であり、さらに好ましくは650℃である。
矯正工程は、これに限定されないが、例えば圧縮及び曲げ加工によるストレートナーを用いることができる。あるいは、矯正工程は、縮径又は拡管の加工を実施してもよい。加工度は、これに限定されないが、例えば2〜10%である。
以上、本実施形態による油井用鋼管の製造方法を説明した。以上の製造方法によって、旧オーステナイト粒の大きさが結晶粒度番号で6.0以上であり、下降伏点の1.05倍以上の大きさの上降伏点を有する油井用鋼管が得られる。
本実施形態による油井用鋼管は、下降伏点の1.05倍以上の大きさの上降伏点を有する。本実施形態によれば、上降伏点のない油井用鋼管と比較して、降伏強度が低くても同等の耐圧壊性を維持することができる。これによって、耐食性及び耐圧壊性を両立する油井用鋼管が得られる。
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明は、これらの実施例に限定されない。
表1に示す化学組成を有する鋼A〜Dを熱間加工して継目無鋼管を製造した。表1の「−」は、該当する元素の含有量が不純物レベルであることを示す。
Figure 2019065343
これらの鋼管に対して、表2に示す条件で焼入れ、焼戻し、及び矯正を実施した。
Figure 2019065343
焼入れ後、焼戻し前の各鋼管に対して、実施形態で説明したBechet−Beaujard法を適用して旧オーステナイト粒を現出させ、ASTM E112−13に準じて粒度番号を測定した。さらに、矯正後の鋼管に対して、実施形態で説明した方法で引張試験を実施し、上降伏点及び下降伏点を測定した。測定結果をそれぞれ、表2の「ASTM粒度番号」、「上降伏点」、及び「下降伏点」の欄に示す。
図2〜図6はそれぞれ、No.1、4、5、6、及び12の鋼管の応力−ひずみ曲線である。No.1、4、5、及び6では、上降伏点が発生している。これに対し、No.12では、上降伏点が発生していない。
No.1〜10及びNo.13の鋼管は、1回以上の再加熱焼入れと焼戻しが実施され、さらに575℃以上の温度で矯正が実施された。これらの鋼管は、旧オーステナイト粒の大きさが結晶粒度番号で6.0以上であり、下降伏点の1.05倍以上の大きさの上降伏点を有していた。
No.11の鋼管は、旧オーステナイト粒の大きさが、結晶粒度番号で6.0未満であった。また、No.11の鋼管は、下降伏点の1.05倍以上の大きさの上降伏点を有していなかった。これは、直接焼入れのみを実施し、再加熱焼入れを実施しなかったためと考えられる。
No.12の鋼管は、下降伏点の1.05倍以上の大きさの上降伏点を有していなかった。これは、矯正前の加熱温度が低すぎたためと考えられる。
次に、上降伏点を発生させることで耐圧壊性を向上できることを確認するため、有限要素法(FEM)による解析を実施した。
図7は、FEM解析に使用した応力−ひずみ曲線である。図8は、図7の降伏点近傍を拡大して示す図である。
図8の曲線C1は、No.8の鋼管の応力−ひずみ曲線である。ただし、FEM解析用に、公称応力−公称ひずみ(測定値)から、真応力−真ひずみに変換する補正を行っている。この応力−ひずみ曲線の原点と上降伏点とを結んだ傾きから、弾性係数を算出した。算出された弾性係数は、209.7GPaであった。
図8の曲線C2は、No.8の鋼管の応力−ひずみ曲線をベースに、降伏点近傍を変更し、上降伏応力が存在しないようにしたものである。
上記の応力−ひずみ曲線を用いて、2次元のFEM解析を実施し、表3に記載の寸法の鋼管のコラプス強度を、Klever−Tamano式に基づいて算出した。上降伏点を有する鋼管では、上降伏点から塑性域に入ると仮定した。なお、応力−ひずみ曲線の違いによるコラプス強度への影響に着目するため、形状不整(楕円、偏肉)や残留応力は考慮していない。
Figure 2019065343
結果を表4及び図9に示す。
Figure 2019065343
図9に示すように、遷移領域及び弾性コラプス領域では、上降伏点が存在する場合(線C3)と存在しない場合(線C4)との間で、コラプス強度に差異は見られなかった。一方、塑性コラプス領域では、コラプス強度に差異が現れ、上降伏点を有する場合の方が4%程度高いコラプス強度が得られた。
以上のとおり、上降伏点を発生させることで耐圧壊性を向上できることを確認した。
以上、本発明の実施の形態を説明した。上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。

Claims (10)

  1. 化学組成が、質量%で、
    C :0.25〜0.35%、
    Si:0.05〜0.50%、
    Mn:0.10〜1.50%、
    Cr:0.40〜1.50%、
    Mo:0.10〜2.00%、
    Al:0.005〜0.10%、
    B :0〜0.0035%、
    V :0〜0.25%、
    Nb:0〜0.04%、
    Ti:0〜0.050%、
    Ca:0〜0.005%、
    残部:Fe及び不純物であり、
    前記不純物のうち、P、S、N、O、Ni、及びCuがそれぞれ、
    P :0.020%以下、
    S :0.020%以下、
    N :0.010%以下、
    O :0.006%以下、
    Ni:0.20%以下、
    Cu:0.10%以下、であり、
    旧オーステナイト粒の大きさが、ASTM E112−13に準拠した結晶粒度番号で6.0以上であり、
    下降伏点の1.05倍以上の大きさの上降伏点を有する、油井用鋼管。
  2. 請求項1に記載の油井用鋼管であって、
    前記化学組成が、質量%で、
    B :0.0001〜0.0035%、
    V :0.01〜0.25%、及び
    Nb:0.002〜0.04%、
    からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、油井用鋼管。
  3. 請求項1又は2に記載の油井用鋼管であって、
    前記化学組成が、質量%で、
    Ti:0.002〜0.050%、
    を含有する、油井用鋼管。
  4. 請求項1〜3のいずれか一項に記載の油井用鋼管であって、
    前記化学組成が、質量%で、
    Ca:0.001〜0.005%、
    を含有する、油井用鋼管。
  5. 請求項1〜4のいずれか一項に記載の油井用鋼管であって、
    外径Dの肉厚tに対する比D/tが21.5以下である、油井用鋼管。
  6. 化学組成が、質量%で、C:0.25〜0.35%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.10〜1.50%、Cr:0.40〜1.50%、Mo:0.10〜2.00%、Al:0.005〜0.10%、B:0〜0.0035%、V:0〜0.25%、Nb:0〜0.04%、Ti:0〜0.050%、Ca:0〜0.005%、残部:Fe及び不純物であり、前記不純物のうち、P、S、N、O、Ni、及びCuがそれぞれ、P:0.020%以下、S:0.020%以下、N:0.010%以下、O:0.006%以下、Ni:0.20%以下、Cu:0.10%以下、である素管を準備する工程と、
    Ac点未満の温度の前記素管をAc点以上の温度に加熱した後水冷する焼入れ工程と、
    前記焼入れされた素管を焼戻しする工程と、
    前記焼戻しされた素管を575℃以上の温度で矯正する工程とを備える、油井用鋼管の製造方法。
  7. 請求項6に記載の油井用鋼管の製造方法であって、
    前記化学組成が、質量%で、
    B :0.0001〜0.0035%、
    V :0.01〜0.25%、及び
    Nb:0.002〜0.04%、
    からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、油井用鋼管の製造方法。
  8. 請求項6又は7に記載の油井用鋼管の製造方法であって、
    前記化学組成が、質量%で、
    Ti:0.002〜0.050%、
    を含有する、油井用鋼管の製造方法。
  9. 請求項6〜8のいずれか一項に記載の油井用鋼管の製造方法であって、
    前記化学組成が、質量%で、
    Ca:0.001〜0.005%、
    を含有する、油井用鋼管の製造方法。
  10. 請求項6〜8のいずれか一項に記載の油井用鋼管の製造方法であって、
    前記素管の外径Dの肉厚tに対する比D/tが21.5以下である、油井用鋼管の製造方法。
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