JP2019039522A - 転動部品及び転がり軸受 - Google Patents
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Abstract
【課題】表面から水素が浸入することに伴う水素脆性の発生を抑制することができる転動部品を提供する。
【解決手段】本発明の一態様に係る転動部品は、表面に焼入硬化層を備える。本発明の一態様に係る転動部品は、鋼製である。焼入硬化層は、結晶粒径が3μm以上の酸化物系介在物と、硫化マンガンとを含有する。少なくとも一部が硫化マンガンに覆われる酸化物系介在物の個数は、酸化物系介在物の全個数の40パーセントを超える。
【選択図】図1
【解決手段】本発明の一態様に係る転動部品は、表面に焼入硬化層を備える。本発明の一態様に係る転動部品は、鋼製である。焼入硬化層は、結晶粒径が3μm以上の酸化物系介在物と、硫化マンガンとを含有する。少なくとも一部が硫化マンガンに覆われる酸化物系介在物の個数は、酸化物系介在物の全個数の40パーセントを超える。
【選択図】図1
Description
本発明は、転動部品及び転がり軸受に関する。
転がり軸受は、水が混入する条件下、すべりを伴う条件下又は通電が起きる条件下等において使用されると、水又は潤滑剤が分解することによって(以下においては、この反応を水素発生反応ということがある)水素が発生する。この発生した水素は、表面から転がり軸受の内部に侵入する。鋼中の水素は、水素脆性の原因となる。
従来から、特開2000−282178号公報(特許文献1)に記載の転がり軸受及び特許第4434685号公報(特許文献2)に記載の転がり軸受が知られている。
特許文献1に記載の転がり軸受においては、転がり軸受を構成する鋼に、クロム(Cr)が多く添加されている。このCrは、転がり軸受の表面に不動態膜を形成させる。この不動態膜は、表面から転がり軸受の内部に水素が浸入することを抑制する。
特許文献2に記載の転がり軸受においては、転がり軸受の表面に、酸化膜が形成されている。この酸化膜は、転がり軸受の表面において、水素発生反応が起きることを抑制する。
しかしながら、特許文献1に記載の転がり軸受においては、Crが多く添加されることにより、炭化物が粗大化しやすい。粗大化した炭化物は、応力集中源となるおそれがある。
特許文献2に記載の転がり軸受は、過酷な環境下で使用された場合、酸化膜が剥離しやすい。酸化膜が剥離した新生面においては、水素発生反応が生じるおそれがある。そのため、特許文献2に記載の転がり軸受は、過酷な環境下で使用された場合に、水素の侵入を抑制することが困難である。
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みたものである。より具体的には、本発明は、表面から水素が浸入することに伴う水素脆性の発生を抑制することができる転動部品を提供する。
本発明の一態様に係る転動部品は、表面に焼入硬化層を備える。本発明の一態様に係る転動部品は、鋼製である。焼入硬化層は、結晶粒径が3μm以上の酸化物系介在物と、硫化マンガンとを含有する。少なくとも一部が硫化マンガンに覆われる酸化物系介在物の個数は、酸化物系介在物の全個数の40パーセントを超える。
鋼中に侵入した水素は、引張応力場に集積する性質がある。結晶粒径が3μm以上の酸化物系介在物の周囲においては、応力集中が生じやすい。そのため、結晶粒径が3μm以上の酸化物系介在物の周囲には、水素が集積しやすい。すなわち、結晶粒径が3μm以上の酸化物系介在物の周囲においては、水素脆性が生じやすい。
硫化マンガン(MnS)は、柔らかい(硬度が低い)。そのため、MnSにより覆われている酸化物系介在物の周囲では、応力集中が緩和される。そのため、本発明の一態様に係る転動部品によると、表面から水素が浸入することに伴う水素脆性の発生を抑制することができる。
上記の転動部品において、焼入硬化層は、窒素を含有していてもよい。この場合には、表面の硬度が上昇することにより、転動部品の寿命が改善される。上記の転動部品において、焼入硬化層中における窒素濃度は、0.05重量パーセント以上0.6重量パーセント以下であってもよい。焼入硬化層中の窒素濃度が高くなり過ぎると、焼入硬化層中にCrの窒化物が多く形成され、鋼中のCr濃度が低下する。その結果、焼入硬化層の焼入性が低下する。そのため、この場合には、焼入硬化層の焼入性を確保することができる。
上記の転動部品において、焼入硬化層中におけるオーステナイト相の体積比率は、10パーセント以上40パーセント以下であってもよい。オーステナイト相は、マルテンサイト相よりも水素拡散係数が小さい。そのため、焼入硬化層中におけるオーステナイト相の体積比率が大きいほど、焼入硬化層の水素拡散係数が低下する。一方で、焼入硬化層中のオーステナイト相は、転動部品を使用している間にマルテンサイト相に変態する場合がある。そのため、焼入硬化層中におけるオーステナイト相の体積比率が大きすぎると、寸法安定性が低下する。したがって、この場合には、寸法安定性を維持しつつ、水素拡散係数を低下させることができる。
上記の転動部品において、焼入硬化層の硬度は、58HRC以上64HRC以下であってもよい。転動部品の表面は、接触応力を受けても変形しないことが求められるため、転動部品の表面にある焼入硬化層には、硬度が要求される。一方で、焼入硬化層の硬度が過度に高い場合、靱性が低下する。そのため、この場合には、転動部品表面の靱性を確保しつつ、接触応力が印加されることによる転動部品表面の変形を抑制することができる。
本発明の一態様に係る転がり軸受は、内輪と、外輪と、内輪と外輪の間に配置される転動体とを備える。内輪、外輪及び転動体の少なくとも1つは、上記の転動部品である。
本発明の一態様に係る転動部品及び転がり軸受によると、表面から水素が浸入することに伴う水素脆性の発生を抑制することができる。
図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。以下の図面において、同一又は相当する部分に同一符号を付し、その説明は繰り返さないものとする。
(実施形態に係る転動部品の構成)
以下に、実施形態に係る転動部品10の構成を説明する。図1は、実施形態に係る転動部品10の断面図である。図1に示すように、実施形態に係る転動部品10は、スラスト玉軸受の内輪(軸軌道盤)である。但し、実施形態に係る転動部品10は、これに限られるものではない。実施形態に係る転動部品10は、スラスト玉軸受の外輪(ハウジング軌道盤)であってもよい。実施形態に係る転動部品10は、スラスト玉軸受の転動体であってもよい。
以下に、実施形態に係る転動部品10の構成を説明する。図1は、実施形態に係る転動部品10の断面図である。図1に示すように、実施形態に係る転動部品10は、スラスト玉軸受の内輪(軸軌道盤)である。但し、実施形態に係る転動部品10は、これに限られるものではない。実施形態に係る転動部品10は、スラスト玉軸受の外輪(ハウジング軌道盤)であってもよい。実施形態に係る転動部品10は、スラスト玉軸受の転動体であってもよい。
実施形態に係る転動部品10は、鋼製である。実施形態に係る転動部品10に用いられる鋼は、例えばJIS規格(JIS4805:2008)に定める高炭素クロム軸受鋼である。実施形態に係る転動部品10に用いられる鋼は、JIS規格(JIS4805:2008)に定めるSUJ2又はSUJ3であってもよい。実施形態に係る転動部品10に用いられる鋼は、AMS6491に定めるM50等の高速度鋼であってもよい。
実施形態に係る転動部品10は、リング状形状を有している。実施形態に係る転動部品10は、上面10aと、底面10bと、内周面10cと、外周面10dとを有している。底面10bは、上面10aの反対面である。内周面10c及び外周面10dは、上面10a及び底面10bに連なっている。上面10aは、実施形態に係る転動部品10の軌道面となっている。
図2は、図1の領域IIにおける拡大図である。図2に示すように、実施形態に係る転動部品10は、焼入硬化層11を有している。焼入硬化層11は、実施形態に係る転動部品10の表面にある。より具体的には、焼入硬化層11は、実施形態に係る転動部品10の上面10aにある。
焼入硬化層11は、酸化物系介在物と、硫化マンガン(MnS)とを含有している。酸化物系介在物には、例えばアルミニウムの酸化物(Al2O3)やカルシウムの酸化物等が含まれる。酸化物系介在物には、結晶粒径が基準値以上のものがある。酸化物系介在物の大きさ(結晶粒径)は、顕微鏡やEDX(Energy Dispersive X-ray Spectrometry)により測定される。
MnSは、結晶粒径が基準値以上の酸化物系介在物の少なくも一部を覆っている。ここで、MnSが酸化物系介在物の少なくとも一部を覆っているとは、MnSが酸化物系介在物の表面の少なくとも一部に接していることをいう。MnSが酸化物系介在物の少なくとも一部を覆っているか否かの判断は、焼入硬化層11の断面を光学顕微鏡で観察することにより行われる。
結晶粒径が基準値以上で、かつ少なくとも一部がMnSにより覆われている酸化物系介在物の個数は、結晶粒径が基準値以上の酸化物系介在物の全個数の40パーセントを超えている。このことを別の観点からいえば、結晶粒径が基準値以上の酸化物系介在物の全個数をX、結晶粒径が基準値以上であり、かつ少なくとも一部がMnSにより覆われている酸化物系介在物の個数をYとした場合に、Y/X>0.4との関係が満たされている。
Y/Xの値は、好ましくは0.5以上である。さらに好ましくは、Y/Xの値は0.9以上である。上記の基準値は、3μm以上である。上記の基準値は、5μm以上であってもよい。上記の基準値は、10μm以上であってもよい。
Y/Xの値は、以下の手順にしたがって測定される。第1に、焼入硬化層11の断面から30mm×30mmの領域(以下において、この領域を測定領域という)を特定する。この測定領域の位置は、任意である。第2に、この測定領域を光学顕微鏡で観察することにより、結晶粒径が基準値以上の酸化物系介在物を、結晶粒径が大きいものから順に17個特定する(以下において、これらの酸化物系介在物を測定対象介在物という)。すなわち、Xの値を17とする。第3に、この測定対象介在物を光学顕微鏡で観察することにより、少なくとも一部がMnSで覆われている測定対象介在物を特定し、Yの値を得る。そして、このXの値及びYの値を用いて、Y/Xを決定する。
好ましくは、焼入硬化層11における水素拡散係数は、2.6×10−11m2/sよりも小さい。焼入硬化層11における水素拡散係数は、2.1×10−11m2/s以下であってもよい。焼入硬化層11における水素拡散係数は、1.9×10−11m2/s以下であってもよい。焼入硬化層11における水素拡散係数は、1.6×10−11m2/s以下であってもよい。焼入硬化層11における水素拡散係数は、1.4×10−11m2/s以下であってもよい。焼入硬化層11における水素拡散係数は、0.15×10−11m2/s以下であってもよい。
水素拡散係数は、電気化学的水素透過法により測定される。図3は、水素拡散係数の測定装置20の模式図である。図3に示すように、測定装置20は、アノード槽21と、カソード槽22と、アノード電極23と、カソード電極24と、ガルバノスタット25と、ポテンショスタット26とを有している。アノード槽21とカソード槽22は、試験片27により分断されている。試験片27は、厚さLを有している。厚さLは、例えば1mmである。アノード電極23及びカソード電極24は、白金(Pt)により形成されている。
アノード槽21には、アノード液28が入れられている。アノード液28は、1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液である。カソード槽22には、カソード液29が入れられている。カソード液29は、0.05mol/Lの硫酸にチオ尿酸を混ぜたものである。アノード電極23は、アノード液28に浸漬されている。カソード電極24は、カソード液29に浸漬されている。
ガルバノスタット25の端子の一方は、カソード電極24に接続されている。ガルバノスタット25の端子の他方は、試験片27に接続されている。ポテンショスタット26の端子の一方は、アノード電極23に接続されている。ポテンショスタット26の端子の他方は、試験片27に接続されている。
水素拡散係数の測定においては、第1に、ガルバノスタット25により、試験片27に電流が供給される。これにより、試験片27のカソード液29側に、水素が発生する。この発生した水素は、カソード液29側の表面から、試験片27の内部に侵入する。
水素拡散係数の測定においては、第2に、ポテンショスタット26により、試験片27に電圧が印加される。これにより、試験片27のカソード液29側の表面から試験片27の内部に侵入した水素は、試験片27のアノード液28側の面に引き寄せられる。
試験片27のアノード液28側の面に到達した水素は、イオン化する。これにより、イオン化電流が流れる。イオン化電流が流れ始めるまでの時間をtb、試験片27の厚さをLとした場合に、水素拡散係数は、L2/(15.3×tb)により求められる。なお、水素拡散係数の測定は、20℃以上25℃以下の範囲内において行われる。
焼入硬化層11は、マルテンサイト相と、オーステナイト相とを含んでいる。焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率は、10パーセント以上40パーセント以下であることが好ましい。
焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率の測定は、X線回折により行われる。すなわち、焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率は、焼入硬化層11におけるオーステナイト相の回折ピークとマルテンサイト相の回折ピークとの強度比を測定することにより、決定される。
焼入硬化層11は、窒素を含有していてもよい。焼入硬化層11中における窒素濃度は、0.05重量パーセント以上0.6重量パーセント以下であることが好ましい。焼入硬化層11中における窒素濃度は、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)により測定される。
焼入硬化層11の硬度は、58HRC以上64HRC以下であることが好ましい。焼入硬化層11の硬度は、JIS Z2245:2016に定める方法にしたがって測定される。
(実施形態に係る転動部品の製造方法)
以下に、実施形態に係る転動部品10の製造方法を説明する。図4は、実施形態に係る転動部品10の製造方法を示す工程図である。図4に示すように、実施形態に係る転動部品10の製造方法は、準備工程S1と、焼き入れ工程S2と、焼き戻し工程S3と、後処理工程S4を有している。焼き入れ工程S2は、準備工程S1の後に行われる。焼き戻し工程S3は、焼き入れ工程S2の後に行われる。後処理工程S4は、焼き戻し工程S3の後に行われる。
以下に、実施形態に係る転動部品10の製造方法を説明する。図4は、実施形態に係る転動部品10の製造方法を示す工程図である。図4に示すように、実施形態に係る転動部品10の製造方法は、準備工程S1と、焼き入れ工程S2と、焼き戻し工程S3と、後処理工程S4を有している。焼き入れ工程S2は、準備工程S1の後に行われる。焼き戻し工程S3は、焼き入れ工程S2の後に行われる。後処理工程S4は、焼き戻し工程S3の後に行われる。
準備工程S1においては、実施形態に係る転動部品10の製造方法が実施されることにより転動部品10となる加工対象物が準備される。この加工対象物は、転動部品10が例えばスラスト玉軸受の内輪又は外輪である場合、鋼製のリング状部材である。この加工対象物は、転動部品10が例えばスラスト玉軸受の転動体である場合、鋼製の球状部材である。
加工対象物を構成する鋼は、例えば軸受鋼である。好ましくは、加工対象物を構成する鋼は、JIS規格(JIS4805:2008)に定められる高炭素クロム軸受鋼である。加工対象物を構成する鋼は、JIS規格(JIS4805:2008)に定められるSUJ2又はSUJ3であってもよい。加工対象物を構成する鋼は、AMS6491に定めるM50等の高速度鋼であってもよい。
転炉で精錬された溶鋼をスラブにする際の冷却速度が速い場合、MnSは、酸化物系介在物とは別々に析出する傾向がある。他方、転炉で精錬された溶鋼をスラブにする際の冷却速度が遅い場合、MnSは、酸化物系介在物を析出核として析出する傾向がある。そのため、転炉で精錬された溶鋼をスラブにする際の冷却速度を調整することにより、MnSにより被覆されている酸化物系介在物の比率を調整することができる。
焼き入れ工程S2においては、加工対象物を構成する鋼に対する焼き入れが行われる。焼き入れ工程S2は、加熱工程S21と、冷却工程S22とを有している。加熱工程S21においては、加工対象物の加熱が行われる。加熱工程S21においては、加工対象物は、加工対象物を構成する鋼のA1点以上の温度(以下においては、この温度を加熱温度という)まで加熱される。加熱温度は、例えば800℃以上900℃以下である。
加熱工程S21における加工対象物の加熱は、例えば加熱炉内で行われる。加熱炉内の雰囲気は、例えばRXガスである。加熱炉内の雰囲気には、窒素を含有するガスが添加されてもよい。窒素を含有するガスの具体例は、アンモニアガスである。加熱工程S21においては、加工対象物が加熱温度まで昇温された後、当該加熱温度で所定時間(以下においては、この時間を保持時間という)保持される。
保持時間が長くなるほど、又は加熱温度が高くなるほど、加熱工程S21において、加工対象物を構成する鋼材中の炭素がオーステナイト相に溶け出す。オーステナイト相中の炭素量が多いほど、残留オーステナイト相が多くなる傾向がある。そのため、保持時間及び加熱温度を制御することにより、焼入硬化層11中のオーステナイト相の体積比率を制御することができる。
鋼材中のオーステナイト安定化元素の量が増加すると、残留オーステナイト相が多くなる傾向にある。そのため、加工対象物を構成する鋼材にオーステナイト安定化元素である合金元素を多く含む鋼種を用いる又は加熱工程S21において加熱雰囲気に窒素を含有するガスを添加することにより、焼入硬化層11中のオーステナイト相の体積比率を制御することができる。
加工対象物を構成する鋼材中の窒素は、加工対象物を構成する鋼材中のCr等との間で窒化物を形成する。この窒化物は、加工対象物を構成する鋼材中に微細に分散することにより、加工対象物を構成する鋼材を硬化させる。また、窒化物は水素のトラップサイトになるため、水素拡散係数が小さくなる。そのため、加熱工程S21において、窒素を含有するガスの濃度、加熱温度及び保持時間を制御することにより、焼入硬化層11の硬度及び水素拡散係数を制御することができる。
冷却工程S22においては、加工対象物の冷却が行われる。冷却工程S22においては、加工対象物は、加熱温度から加工対象物を構成する鋼のMS点以下の温度(以下においては、冷却温度という)まで冷却される。冷却工程S22における加工対象物の冷却は、従来周知の任意の冷媒を用いて行われる。加工対象物の冷却に用いられる冷媒は、例えば油又は水である。
なお、冷却工程S22における冷却温度及び冷却速度は、冷却工程S22において生じるマルテンサイト相の量(別の観点からいえば、冷却工程S22後においてもオーステナイト相のまま残留する量)に影響する。そのため、冷却温度及び冷却速度を制御することによっても、焼入硬化層11中のオーステナイト相の体積比率を制御することができる。
焼き戻し工程S3においては、加工対象物を構成する鋼が焼き戻される。加工対象物の焼き戻しは、加工対象物をA1点未満の温度(以下においては、焼き戻し温度という)で所定時間(以下においては、焼き戻し時間という)保持することにより行われる。焼き戻し温度は、例えば180℃である。焼き戻し時間は、例えば2時間である。
焼き戻し工程S3においては、冷却工程S22によってもマルテンサイト相とならなかったオーステナイト相が、フェライト相と炭化物相とに分解される。フェライト相及び炭化物相へと分解されるオーステナイト相の量は、焼き戻し温度及び焼き戻し時間を制御することにより、変化する。そのため、焼き戻し温度及び焼き戻し時間を制御することによっても、焼入硬化層11中のオーステナイト相の体積比率を制御することができる。
後処理工程S4においては、加工対象物に対する後処理が行われる。後処理工程S4においては、例えば、加工対象物の洗浄、加工対象物に対する研削、研磨等の機械加工等が行われる。以上により、転動部品10の製造が行われる。
(実施形態に係る転がり軸受の構成)
以下に、実施形態に係る転がり軸受100の構成を説明する。図5は、実施形態に係る転がり軸受100の断面図である。図5に示すように、転がり軸受100は、スラスト玉軸受である。但し、転がり軸受100は、これに限られるものではない。
以下に、実施形態に係る転がり軸受100の構成を説明する。図5は、実施形態に係る転がり軸受100の断面図である。図5に示すように、転がり軸受100は、スラスト玉軸受である。但し、転がり軸受100は、これに限られるものではない。
転がり軸受100は、内輪30と、外輪40と、転動体50と、保持器60とを有している。内輪30及び外輪40は、各々の軌道面が対向するように配置されている。転動体50は、内輪30と外輪40との間に配置されている。保持器60は、内輪30と外輪40との間に配置されている。保持器60には、貫通穴が設けられている。保持器60の貫通穴に転動体50が通されることにより、周方向における転動体50同士の間隔が保持されている。保持器60は、例えば樹脂材料により形成されている。内輪30、外輪40及び転動体50の少なくとも1つは、上記の転動部品10である。すなわち、内輪30及び外輪40の軌道面並びに転動体50の転動面のうちの少なくとも1つには、上記の焼入硬化層11が設けられている。
(実施形態に係る転動部品及び実施形態に係る転がり軸受の効果)
以下に、実施形態に係る転動部品10及び実施形態に係る転がり軸受100の効果を説明する。鋼中に侵入した水素は、引張応力場に集積する性質がある。結晶粒径が3μm以上の酸化物系介在物の周囲には、応力集中が生じやすい。そのため、結晶粒径が3μm以上の酸化物系介在物の周囲には、水素が集積されることによる水素脆性が生じやすい。
以下に、実施形態に係る転動部品10及び実施形態に係る転がり軸受100の効果を説明する。鋼中に侵入した水素は、引張応力場に集積する性質がある。結晶粒径が3μm以上の酸化物系介在物の周囲には、応力集中が生じやすい。そのため、結晶粒径が3μm以上の酸化物系介在物の周囲には、水素が集積されることによる水素脆性が生じやすい。
MnSは、柔らかい(MnSの硬度は、150Hv程度である)。そのため、MnSにより覆われている酸化物系介在物の周囲では、応力集中が緩和される。転動部品10においては、結晶粒径が3μm以上であり、かつ少なくとも一部がMnSにより覆われている酸化物系介在物の個数は、結晶粒径が3μm以上の酸化物系介在物の全個数の40パーセントを超えている。そのため、転動部品10及び転がり軸受100においては、水素の集積が抑制されることにより、水素脆性の発生を抑制することができる。
焼入硬化層11における水素拡散係数が2.6×10−11m2/sより小さい場合、表面から侵入した水素が焼入硬化層11の内部に拡散するために、より長時間を要する。そのため、この場合には、表面から水素が浸入することに伴う水素脆性の発生を抑制することができる。
窒素は、転動部品10を構成する鋼中の合金元素との間で窒化物を形成する。そのため、焼入硬化層11が窒素を含有している場合には、焼入硬化層11中の窒化物の含有量が増加する結果、焼入硬化層11の水素拡散係数が低下するとともに、焼入硬化層11の硬度が上昇する。
焼入硬化層11中の窒素濃度が0.6重量パーセントを超えると、窒素と反応して窒化物となるCrが多くなる。窒素と反応して窒化物となったCrは、焼入硬化層11の焼入性の向上に寄与しない。他方で、焼入硬化層11中の窒素濃度が0.05重量パーセント未満では、窒化物の形成量が少なく、焼入硬化層11の硬度上昇及び水素拡散係数低減に与える影響が少ない。そのため、焼入硬化層11中の窒素濃度が、0.05重量パーセント以上0.6重量パーセント以下の場合、窒素導入に伴う硬度上昇及び水素拡散係数低減を行いつつ、焼入硬化層11の焼入性を確保することができる。
オーステナイト相は、マルテンサイト相よりも水素拡散係数が小さい。そのため、焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率が大きいほど、焼入硬化層11の水素拡散係数が低下する。一方で、焼入硬化層11中のオーステナイト相は、転動部品10を使用している間にマルテンサイト相に変態する場合がある。焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率が大きすぎると、寸法安定性が低下する。したがって、焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率が10パーセント以上40パーセント以下である場合には、寸法安定性を維持しつつ、水素拡散係数を低下させることができる。
転動部品10の表面(軌道面)は、接触応力を受けても変形しないことが求められる。そのため、転動部品10の表面にある焼入硬化層11には、硬度が要求される。一方で、焼入硬化層11の硬度が過度に高い場合、靱性が低下する。したがって、転動部品10において焼入硬化層11の硬度が58HRC以上64HRC以下である場合、転動部品10の表面における靱性を確保しつつ、接触応力が印加されることによる転動部品10の表面の変形を抑制することができる。
(転動疲労試験)
以下に、実施形態に係る転動部品10及び実施形態に係る転がり軸受100に対して実施した転動疲労試験を説明する。
以下に、実施形態に係る転動部品10及び実施形態に係る転がり軸受100に対して実施した転動疲労試験を説明する。
<供試材>
表1に、転動疲労試験に供した供試材の作製条件、Y/Xの値、焼入硬化層11中における窒素濃度、焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率及び焼入硬化層11における水素拡散係数を示す。表1に示すように、供試材1〜供試材5に用いられた鋼種は、SUJ2である。供試材6及び供試材7に用いられた鋼種は、SUJ3である。供試材8に用いられた鋼種は、M50である。
表1に、転動疲労試験に供した供試材の作製条件、Y/Xの値、焼入硬化層11中における窒素濃度、焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率及び焼入硬化層11における水素拡散係数を示す。表1に示すように、供試材1〜供試材5に用いられた鋼種は、SUJ2である。供試材6及び供試材7に用いられた鋼種は、SUJ3である。供試材8に用いられた鋼種は、M50である。
供試材1、供試材4〜供試材7の焼入硬化層11において、Y/Xの値は、0.24であった。供試材2及び供試材3の焼入硬化層11において、Y/Xの値は、0.41であった。供試材8の焼入硬化層11において、Y/Xの値は、0.10であった。
供試材1、供試材2、供試材6及び供試材8に対する加熱工程S21は、850℃の加熱温度、RXガス雰囲気中において行われた。供試材3、供試材4、供試材5及び供試材6に対する加熱工程S21は、850℃の加熱温度、アンモニアガスを添加したRXガス雰囲気中において行われた。なお、供試材4及び供試材7においては、焼入硬化層11中の窒素濃度が0.2重量パーセントとなるようにアンモニアガスの濃度が調整され、供試材3及び供試材5においては、焼入硬化層11中の窒素濃度が0.4重量パーセントとなるようにアンモニアガスの濃度が調整された。供試材1〜供試材8に対しては、焼き戻し工程S3は、180℃の焼き戻し温度、2時間(120分)の焼き戻し時間で行われた。
供試材1の焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率は、8.9パーセントであった。供試材2の焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率は、9.1パーセントであった。供試材3の焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率は、30.2パーセントであった。供試材4の焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率は、21.7パーセントであった。供試材5の焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率は、29.6パーセントであった。供試材6中の焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率は、20.3パーセントであった。供試材7の焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率は、31.8パーセントであった。供試材8の焼入硬化層11中におけるオーステナイト相の体積比率は、3.3パーセントであった。
供試材1の焼入硬化層11中における水素拡散係数は、2.63×10−11m2/sであった。供試材2の焼入硬化層11中における水素拡散係数は、2.62×10−11m2/sであった。供試材3の焼入硬化層11中における水素拡散係数は、1.60×10−11m2/sであった。
供試材4の焼入硬化層11の水素拡散係数は、2.09×10−11m2/sであった。供試材5の焼入硬化層11の水素拡散係数は、1.60×10−11m2/sであった。供試材6の焼入硬化層11の水素拡散係数は、1.88×10−11m2/sであった。供試材7の焼入硬化層11の水素拡散係数は、1.40×10−11m2/sであった。供試材8の焼入硬化層11の水素拡散係数は、0.15×10−11m2/sであった。
<転動疲労試験方法>
各供試材を用いて、スラスト玉軸受を構成した。なお、このスラスト玉軸受の転動体は、SUS440C製の鋼球とした。このスラスト玉軸受には、潤滑剤として、グリコール系潤滑油に純水を混合したもの用いた。これにより、このスラスト玉軸受は、水素が軌道面から侵入しうる状況とされた。
各供試材を用いて、スラスト玉軸受を構成した。なお、このスラスト玉軸受の転動体は、SUS440C製の鋼球とした。このスラスト玉軸受には、潤滑剤として、グリコール系潤滑油に純水を混合したもの用いた。これにより、このスラスト玉軸受は、水素が軌道面から侵入しうる状況とされた。
転動疲労試験は、このスラスト玉軸受に4.9kNのアキシャル荷重を加えた状態で(この状態において、軌道面と転動体との間における最大接触面圧は、弾性ヘルツ接触計算で2.3GPaとなる)、内輪を外輪に対して相対的に回転させることにより行われた。図6は、転動疲労試験における回転条件を示すグラフである。図6に示すように、内輪の外輪に対する相対的な回転は、0.5秒間を1サイクルとして行われた。
この0.5秒間のうち、最初の0.1秒間においては、回転速度が0回転/分から2500回転/分まで直線的に増加した。次の0.3秒間においては、回転速度が2500回転/分で保持された。次の0.1秒間においては、回転速度が2500回転/分から0回転/分まで直線的に減少した。
<転動疲労試験結果>
表2に、転動疲労試験結果を示す。表2中において、L10及びL50は、各供試材を用いて構成したスラスト玉軸受の剥離寿命(軌道面にフレーキングが生じるまでの時間)を2母数ワイブル分布にあてはめて求めた10パーセント寿命及び50パーセント寿命であり、eは当該2母数ワイブル分布のワイブルスロープ(形状母数)である。
表2に、転動疲労試験結果を示す。表2中において、L10及びL50は、各供試材を用いて構成したスラスト玉軸受の剥離寿命(軌道面にフレーキングが生じるまでの時間)を2母数ワイブル分布にあてはめて求めた10パーセント寿命及び50パーセント寿命であり、eは当該2母数ワイブル分布のワイブルスロープ(形状母数)である。
表2に示すように、供試材2を用いて構成したスラスト玉軸受は、供試材1を用いて構成したスラスト玉軸受よりも長い剥離寿命を示している。供試材2においては、Y/Xの値が0.4を超えている一方、供試材1においては、Y/Xの値が0.4の値が0.4以下である。この比較から、Y/Xの値が0.4を超えることにより、表面からの水素の浸入に伴う水素脆性の発生を抑制できることが実験的に明らかにされた。
供試材4〜供試材8を用いて構成したスラスト玉軸受は、供試材1を用いて構成したスラスト玉軸受よりも長い剥離寿命を示している。供試材1においては、焼入硬化層11の水素拡散係数が2.6×10−11m2/s以上である一方、供試材4〜供試材8においては、焼入硬化層11の水素拡散係数が2.6×10−11m2/s未満であった。この比較から、焼入硬化層11が2.6×10−11m2/s未満の水素拡散係数を有することにより、表面から水素が浸入することに伴う水素脆性の発生を抑制することができることが実験的に明らかとされた。
上記のとおり、供試材1の焼入硬化層11は、オーステナイト相の体積比率が10パーセント未満である一方、供試材4〜供試材7の焼入硬化層11は、オーステナイト相の体積比率が10パーセント以上40パーセント以下の範囲内にあった。この比較から、焼入硬化層11中のオーステナイト相の体積比率が10パーセント以上40パーセント以下の範囲内にあることにより、表面から水素が浸入することに伴う水素脆性の発生を抑制することができることが実験的に明らかとされた。
供試材7を用いて構成したスラスト玉軸受は、供試材6を用いて構成したスラスト玉軸受よりも長い剥離寿命を示していた。供試材6の焼入硬化層11は、窒素を含んでいない一方、供試材7の焼入硬化層11は、窒素を含んでいる。この比較から、焼入硬化層11が窒素を含むことにより、表面から水素が浸入することに伴う水素脆性の発生をさらに抑制することができることが実験的に明らかとされた。
供試材3を用いて構成したスラスト玉軸受は、供試材2を用いて構成したスラスト玉軸受よりも長い剥離寿命を示している。供試材2においては焼入硬化層11の水素拡散係数が2.6×10−11m2/s以上である一方、供試材3においては焼入硬化層11の水素拡散係数が2.6×10−11m2/s未満であった。この比較から、焼入硬化層11が2.6×10−11m2/s未満の水素拡散係数を有し、かつY/Xの値が0.4を超えていることにより、表面から水素が浸入することに伴う水素脆性の発生をさらに抑制できることが実験的に明らかとされた。
供試材2においては、オーステナイト相の体積比率が10パーセント未満である一方で、供試材3においては、オーステナイト相の体積比率が10パーセント以上40パーセント以下の範囲内にあった。この比較から、焼入硬化層11中のオーステナイト相の体積比率が10パーセント以上40パーセント以下の範囲内にあり、かつY/Xの値が0.4を超えていることにより、表面から水素が浸入することに伴う水素脆性の発生をさらに抑制できることが実験的に明らかとされた。
供試材3の焼入硬化層11は、窒素を含んでいる一方、供試材2の焼入硬化層11は、窒素を含んでいない。この比較から、焼入硬化層11が窒素を含有し、かつY/Xの値が0.4を超えていることにより、表面から水素が浸入することに伴う水素脆性の発生をさらに抑制できることが実験的に明らかとされた。
以上のように本発明の実施形態について説明を行ったが、上述の実施形態を様々に変形することも可能である。また、本発明の範囲は上述の実施形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更を含むことが意図される。
上記の実施形態は、転動部品、及び当該転動部品を用いた転がり軸受に特に有利に適用される。
10 転動部品、10a 上面、10b 底面、10c 内周面、10d 外周面、11 焼入硬化層、20 測定装置、21 アノード槽、22 カソード槽、23 アノード電極、24 カソード電極、25 ガルバノスタット、26 ポテンショスタット、27 試験片、28 アノード液、29 カソード液、30 内輪、40 外輪、50 転動体、60 保持器、100 転がり軸受、L 厚さ、S1 準備工程、S2 焼き入れ工程、S3 焼き戻し工程、S4 後処理工程、S21 加熱工程、S22 冷却工程。
Claims (7)
- 表面に焼入硬化層を備える鋼製の転動部品であって、
前記焼入硬化層は、結晶粒径が3μm以上の酸化物系介在物と、硫化マンガンとを含有し、
少なくとも一部が前記硫化マンガンに覆われる前記酸化物系介在物の個数は、前記酸化物系介在物の全個数の40パーセントを超える、転動部品。 - 前記焼入硬化層は、窒素を含有する、請求項1に記載の転動部品。
- 前記焼入硬化層中における窒素濃度は、0.05重量パーセント以上0.6重量パーセント以下である、請求項2に記載の転動部品。
- 前記焼入硬化層中におけるオーステナイト相の体積比率は、10パーセント以上40パーセント以下である、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の転動部品。
- 前記焼入硬化層の硬度は、58HRC以上64HRC以下である、請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の転動部品。
- 前記焼入硬化層における水素拡散係数は、2.6×10−11m2/sより小さい、請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の転動部品。
- 内輪と、外輪と、前記内輪と前記外輪の間に配置される転動体とを備え、
前記内輪、前記外輪及び前記転動体の少なくとも1つは、請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の前記転動部品である、転がり軸受。
Priority Applications (3)
Application Number | Priority Date | Filing Date | Title |
---|---|---|---|
JP2017163324A JP2019039522A (ja) | 2017-08-28 | 2017-08-28 | 転動部品及び転がり軸受 |
PCT/JP2018/031213 WO2019044665A1 (ja) | 2017-08-28 | 2018-08-23 | 転動部品、転がり軸受、自動車電装補機用転がり軸受及び増減速機用転がり軸受 |
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-
2017
- 2017-08-28 JP JP2017163324A patent/JP2019039522A/ja active Pending
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