以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態によるディーゼルエンジンの燃料噴射制御方法及び燃料噴射制御装置について説明する。
<装置構成>
図1は、本発明の実施形態によるディーゼルエンジンの燃料噴射制御装置が適用されたディーゼルエンジンシステムの全体構成を示す概略図である。
図1に示すディーゼルエンジンは、走行用の動力源として車両に搭載される4サイクルのディーゼルエンジンである。具体的には、このディーゼルエンジンは、複数の気筒2を有し、軽油を主成分とする燃料の供給を受けて駆動されるエンジン本体1と、エンジン本体1に燃焼用の空気を導入するための吸気通路30と、エンジン本体1で生成された排気ガスを排出するための排気通路40と、排気通路40を通過する排気ガスの一部を吸気通路30に還流するためのEGR装置50と、排気通路40を通過する排気ガスにより駆動されるターボ過給機60と、を有する。
吸気通路30には、上流側から順に、エアクリーナ31と、ターボ過給機60のコンプレッサ61a、62aと、スロットルバルブ36と、インタークーラ35と、サージタンク37とが設けられている。サージタンク37よりも下流側には、各気筒2とそれぞれ個別に連通する独立通路が設けられており、サージタンク37内のガスはこれら独立通路を通ってそれぞれ気筒2に分配される。
排気通路40には、上流側から順に、ターボ過給機60のタービン62b、61bと、排気浄化装置41とが設けられている。
ターボ過給機60は、排気エネルギーが低い低回転域から高回転域まで全域で効率よく高過給を得られる2段過給システムとして構成されている。即ち、ターボ過給機60は、高回転域において多量の空気を過給するための大型ターボチャージャー61と、低い排気エネルギーでも効率よく過給を行える小型ターボチャージャー62とを備えており、エンジンの運転状態(エンジン回転数及び負荷)に応じて大型ターボチャージャー61と小型ターボチャージャー62による過給を切り替える。このターボ過給機60のタービン61b、62bが、排気通路40を流れる排気ガスのエネルギーを受けて回転し、これに連動してコンプレッサ61a、62aが回転することにより、吸気通路30を流通する空気を圧縮(過給)する。
インタークーラ35は、コンプレッサ61a、62aにより圧縮された空気を冷却するためのものである。
スロットルバルブ36は、吸気通路30を開閉するものである。ただし、本実施形態では、エンジンの運転中は基本的には全開若しくはこれに近い高開度に維持されており、エンジンの停止時等の必要時にのみ閉弁されて吸気通路30を遮断する。
排気浄化装置41は、排気ガス中の有害成分を浄化するためのものである。本実施形態では、この排気浄化装置41には、排気ガス中のCO及びHCを酸化する酸化触媒41aと、排気ガス中のスート(煤)を捕集するDPF41bとが含まれる。
EGR装置50は、排気ガスを吸気側に還流するためのものである。EGR装置50は、排気通路40におけるタービン62よりも上流側の部分と、吸気通路30のうちインタークーラ35よりも下流側の部分とを接続するEGR通路50aと、このEGR通路50aを開閉するEGRバルブ50bとを備えており、排気通路40に排出された比較的高圧の排気ガス(高圧EGRガス)を吸気側に還流させる。
エンジン本体1は、上下方向に延びるシリンダ(気筒)2が内部に形成されたシリンダブロック3と、シリンダに往復運動(上下動)可能に収容されたピストン4と、ピストン4の冠面と対向する側からシリンダの端面(上面)を覆うように設けられたシリンダヘッド5と、潤滑油を貯留するためにシリンダブロック3の下側に配設されたオイルパン6と、を有している。
ピストン4は、エンジン本体1の出力軸であるクランクシャフト7とコンロッド(コネクティングロッド)8を介して連結されている。また、ピストン4の上方には燃焼室9が形成されており、この燃焼室9では、燃料供給装置としてのインジェクタ20から噴射された燃料が空気と混合されつつ拡散燃焼する。そして、当該燃焼に伴う膨張エネルギーにより、ピストン4が往復運動して、クランクシャフト7が中心軸回りに回転するようになっている。また、ピストン4には、コンロッド8の伸縮共振を抑制する動吸振器が設けられている。この動吸振器については後述する。
ここで、エンジン本体1の幾何学的圧縮比、つまり、ピストン4が下死点にあるときの燃焼室容積とピストン4が上死点にあるときの燃焼室容積との比は、12以上15以下(例えば14)に設定されている。この12以上15以下という幾何学的圧縮比は、ディーゼルエンジンとしてはかなり低い値である。これは、燃焼温度の抑制によるエミッション性能や熱効率の向上を狙ってのことである。
シリンダヘッド5には、吸気通路30から供給される空気を燃焼室9に導入するための吸気ポート16と、燃焼室9で生成された排気ガスを排気通路40に導入するための排気ポート17と、吸気ポート16の燃焼室9側の開口を開閉する吸気弁18と、排気ポート17の燃焼室9側の開口を開閉する排気弁19とが設けられている。
また、シリンダヘッド5には、燃焼室9に燃料を噴射するインジェクタ20が取り付けられている。このインジェクタ20は、そのピストン4側の先端部が、ピストン4の冠面に設けられた凹部としてのキャビティ(不図示)の中心部を臨むような姿勢で取り付けられている。インジェクタ20は、燃料流路を介してコモンレール側の蓄圧室(不図示)と接続されている。蓄圧室内には、燃料ポンプ(不図示)により加圧された高圧の燃料が貯蔵されており、インジェクタ20は、この蓄圧室から燃料の供給を受けて、燃焼室9内に燃焼を噴射する。燃料ポンプと蓄圧室との間には、蓄圧室内の圧力すなわちインジェクタ20から噴射される燃料の圧力である噴射圧を調整するための燃圧レギュレータ(不図示)が設けられている。
次に、図2を参照して、本実施形態によるディーゼルエンジンの制御系統について説明する。図2は、本実施形態によるディーゼルエンジンの制御系統を示すブロック図である。図2に示すように、本実施形態によるディーゼルエンジンは、PCM(パワートレイン・コントロール・モジュール)70によって総括的に制御される。PCM70は、CPU、ROM,RAM等から構成されるマイクロプロセッサである。
PCM70は、エンジンの運転状態を検出するための各種センサと電気的に接続されている。
例えば、シリンダブロック3には、クランクシャフト7の回転角度(クランク角)及び回転速度を検出するクランク角センサSN1が設けられている。このクランク角センサSN1は、クランクシャフト7と一体に回転するクランクプレート(不図示)の回転に応じてパルス信号を出力するものであり、このパルス信号に基づいて、クランクシャフト7の回転角度及び回転速度(つまりエンジン回転数)が特定されるようになっている。
吸気通路30のうちエアクリーナ31付近(エアクリーナ31とコンプレッサ61aとの間の部分)には、エアクリーナ31を通過して各気筒2に吸入される空気量(新気量)を検出するエアフロセンサSN2が設けられている。
サージタンク37には、当該サージタンク37内のガス、つまり各気筒2に吸入されるガスの温度を検出するインマニ温度センサSN3が設けられている。
吸気通路30のうちインタークーラ35よりも下流側の部分には、この部分を通過する空気ひいては気筒2に吸入される吸気の圧力を検出するインマニ圧力センサSN4が設けられている。
エンジン本体1には、当該エンジン本体1を冷却する冷却水の温度を検出する水温センサSN5が設けられている。また、大気圧を検出する大気圧センサSN6が設けられている。
PCM70は、上記した各種センサからの入力信号に基づいて種々の判定や演算等を実行しつつ、エンジンの各部を制御する。例えば、PCM70は、インジェクタ20や、スロットルバルブ36や、EGRバルブ50bや、燃圧レギュレータなどを制御する。本実施形態では、図2に示すように、PCM70は、主に、インジェクタ20を制御して、気筒2に供給する燃料に関する制御(燃料噴射制御)を行う。なお、PCM70は、本発明における「ディーゼルエンジンの燃料噴射制御装置」に相当し、本発明における「制御器」として機能する。
ここで、図3を参照して、本実施形態においてPCM70が行う燃料噴射制御の基本概念について説明する。図3は、本実施形態において適用する代表的な燃料噴射パターンを示すタイムチャートである。
本実施形態では、図3に示すように、PCM70は、1回の燃焼行程中に複数回の燃料噴射(多段噴射)を行って気筒内に複数回の燃焼を生じさせるようにする。具体的には、PCM70は、比較的早期にパイロット噴射を実施し、その後、メイン噴射のタイミングに比較的近いタイミングでプレ噴射を実施する。この噴射パターンでは、最初の噴射であるパイロット噴射の実施によって燃料と空気との予混合性を高めて空気利用率を高めることができる。そして、このパイロット噴射と次の噴射であるプレ噴射との実施によって、メイン噴射された燃料が燃焼する直前、つまり主燃焼が生じる直前に、熱発生量の小さい燃焼であるプレ燃焼を生じさせて、メイン噴射された燃料が燃焼しやすい状態にすることができる。加えて、PCM70は、燃焼室9内に生じた煤を燃焼させるように、メイン噴射の後のタイミングで燃焼室9内にメイン噴射の噴射量よりも少ない量の燃料を噴射するアフター噴射を実施する。
図3では、1回のパイロット噴射、プレ噴射、メイン噴射及びアフター噴射を示しているが、これらの少なくとも1以上の燃料噴射(典型的にはプレ噴射)を2回以上行ってもよいし、これらの少なくとも1以上の燃料噴射(典型的にはアフター噴射)を行わなくてもよい。
また、PCM70は、エンジンの運転状態に応じた燃料噴射パターンを適用する。つまり、PCM70は、エンジン負荷及びエンジン回転数に応じて、パイロット噴射、プレ噴射、メイン噴射及びアフター噴射を実行するタイミング及び期間や、パイロット噴射、プレ噴射、メイン噴射及びアフター噴射の実行回数や、パイロット噴射、プレ噴射、メイン噴射及びアフター噴射の実行/非実行を変更する。
典型的には、PCM70は、メイン噴射について、ドライバのアクセル開度に応じた要求出力やエンジンの運転状態などに基づいて、メイン噴射の基本的な噴射タイミング(以下では「基準メイン噴射タイミング」と呼ぶ。)を設定する。また、PCM70は、メイン噴射された燃料が燃焼する直前にプレ噴射によって熱発生量の小さい燃焼を生じさせて、メイン噴射された燃料が燃焼しやすい状態を形成するべく、例えば、プレ噴射された燃料噴霧がピストン4の冠面に設けられたキャビティ内に収まり、且つ、キャビティ内に比較的濃い混合気が形成されるようなタイミングとしてプレ噴射の噴射タイミングを設定する。さらに、PCM70は、アフター噴射の前の燃料噴射により燃焼室9内に生じた煤がアフター噴射によって適切に燃焼されるようなタイミングとしてアフター噴射の噴射タイミングを設定する。
<制御の基本概念>
次に、図4以降の図面を参照して、本発明の実施形態に係る制御の基本概念について説明する。
上述したように、特許文献2に開示されたような周波数コントロールでは、共振周波数成分など複数の周波数帯域に対応するノック音を低減することはできるが、ノック音のレベルを全体的に低下させるには不十分である。特に、ディーゼルエンジンの低負荷域において、機械騒音や走行騒音や吸排気音などに比して燃焼音のレベルが大きくなるため、ノック音が目立つようになる。この燃焼音のレベルを低下させるために最大燃焼圧力を低下させる方法が考えられるが、この方法だと、スモーク量(すす発生量)の増加、及び、燃費の悪化が生じてしまう。すなわち、基本的には、ノック音とスモーク量とは相反する関係にあり、また、ノック音と燃費とは相反する関係にある。
そこで、本発明者は、スモーク及び燃費を悪化させずにノック音を適切に低減することが可能な理想の燃焼を探索すべく、CPLからみた理想の燃焼を見付けるための取り組みを行った。まず、本発明者は、実際の走行シーンから、ノック音が小さいシーンとノック音が大きいシーンに着目して、CPL低減に繋がる糸口を見付けようとした。その結果、燃焼エネルギー(トルク)が最も大きい全負荷領域ではノック音が小さいのに対して、低回転側の軽中負荷領域ではノック音が大きいこと(つまりノック音が聞こえるレベルになる)ことがわかった。以下では、全負荷領域に対する「部分負荷領域」の文言を、このような低回転側の軽中負荷領域のことを指すものとして適宜用いるものとする。なお、典型的には、エンジン回転数が1500rpm程度で、エンジン負荷が500kPa程度の運転状態が、この部分負荷領域に属する。
図4は、実走シーンから得られたノック音の差異が大きい2つの走行シーン(具体的には部分負荷領域と全負荷領域)での熱発生率及びCPLを示している。図4(a)は、横軸にクランク角を示し、縦軸に熱発生率を示しており、また、図4(b)は、横軸に周波数を示し、縦軸にCPLを示している。具体的には、グラフG11及びG13は、それぞれ、部分負荷領域での走行シーンにて得られた熱発生率及びCPLを示し、また、グラフG12及びG14は、それぞれ、全負荷領域での走行シーンにて得られた熱発生率及びCPLを示している。図4(a)及び(b)より、部分負荷領域と全負荷領域とで燃焼の違いに着目すると、全負荷領域では発生熱量(トルク)が大きいにも関わらず、高周波エネルギーが小さいことがわかる。そこで、本発明者は、シミュレーションを活用して、ノック音が小さい全負荷領域での燃焼波形から理想の燃焼波形を見付けようとした。
図5は、全負荷領域での燃焼を部分負荷領域にて再現したときのシミュレーション結果を示している。図5(a)は、横軸にクランク角を示し、縦軸に熱発生率を示しており、また、図5(b)は、横軸に周波数を示し、縦軸にCPLを示している。具体的には、グラフG11〜G14は、図4(a)及び(b)と同一のグラフであり、グラフG15は、全負荷領域での熱発生率(グラフG12)を相似形の熱発生により部分負荷領域相当に合わせるよう変形した燃焼波形を示しており、また、グラフG16は、この変形したグラフG15の燃焼波形を適用した場合のCPLを示している。グラフG16より、全負荷領域における相似燃焼波形を部分負荷領域へと転写することにより、CPLが大幅に低減することがわかった。そこで、本発明者は、CPLをどこまで低減可能なのか、更なるシミュレーションにより検討することとした。
図6は、全負荷領域での燃焼を部分負荷領域にて再現した燃焼波形と、熱発生の傾きが最小である燃焼波形とを比較したシミュレーション結果を示している。図6(a)は、横軸にクランク角を示し、縦軸に熱発生率を示しており、また、図6(b)は、横軸に周波数を示し、縦軸にCPLを示している。具体的には、グラフG13、G15、G16は、図5(a)及び(b)と同一のグラフであり、グラフG17は、全負荷領域での燃焼を部分負荷領域にて再現した燃焼波形(グラフG15)と同一トルク条件下において傾きを最小にした燃焼波形を示している。このグラフG17は、熱発生率の立ち上がりにおいて、グラフG15よりも発熱量を増加し且つ燃焼傾きを緩やかにし、また、熱発生率のピークにおいて、グラフG15よりも発熱量を減少させた燃焼波形である。更に、グラフG18は、このようなグラフG17の燃焼波形を適用した場合のCPLを示している。このグラフG18と、全負荷領域での燃焼を部分負荷領域にて再現した燃焼波形でのCPLを示すグラフG16とを比較すると、1500Hz以下の周波数においてCPLの低減余地があると言える。そこで、本発明者は、シミュレーションにより、1500Hz以下の周波数でのCPLの更なる低減を検討することとした。
図7は、導出した理想の燃焼波形のシミュレーション結果を示している。図7(a)は、横軸にクランク角を示し、縦軸に熱発生率を示しており、また、図7(b)は、横軸に周波数を示し、縦軸にCPLを示している。具体的には、グラフG13、G17、G18は、図6(a)及び(b)と同一のグラフであり、グラフG19は、熱発生の傾きが最小である燃焼波形(グラフG17)を基にした、実機で実現できるような燃焼波形(以下では「目標燃焼波形」と呼ぶ。)を示している。このグラフG19で示す目標燃焼波形は、アフター噴射による燃焼分を除けば、グラフG17で示す熱発生の傾きが最小である燃焼波形をほぼトレースできていることがわかる。更に、グラフG20は、このようなグラフG19の目標燃焼波形を適用した場合のCPLを示している。これにより、目標燃焼波形によれば、1500Hz以下の周波数においてCPLが適切に低減されていることがわかる。
以上述べたシミュレーションにより、全負荷領域での燃焼を部分負荷領域にて再現した燃焼波形から、目標となる燃焼波形(理想の燃焼波形)を導くことができた。そこで、本発明者は、この理想の燃焼波形を実現するための制御すべき燃焼機能を調査することとした。具体的には、ノック音が小さい全負荷領域での燃焼から高めるべき燃焼機能を抽出することとした。まず、本発明者は、全負荷領域での燃焼においてノック音が小さい理由を解明すべく、部分負荷領域での燃焼と全負荷領域での燃焼とを比較した。特に、本発明者は、部分負荷領域での燃焼と全負荷領域での燃焼との着火遅れ期間(燃料噴射開始から燃焼開始までの期間)を調べた。
図8は、エンジン負荷と着火遅れ期間との関係について示している。図8(a)は、横軸にエンジン負荷を示し、縦軸にプレ燃焼の着火遅れ期間(特にパイロット噴射からプレ燃焼のピークまでの期間)を示しており、また、図8(b)は、横軸にエンジン負荷を示し、縦軸にメイン燃焼の着火遅れ期間(特にメイン噴射からメイン燃焼開始までの期間)を示している。図8(a)及び(b)より、エンジン負荷が高いほど、プレ燃焼及びメイン燃焼の両方とも、着火遅れ期間が短くなることがわかる。特に全負荷領域において、着火遅れ期間が最小となる。そこで、本発明者は、着火遅れ期間が短いことで、全負荷領域においてノック音が小さくなるメカニズムを考察することとした。
ここで、着火遅れによるCPL悪化・改善のメカニズムについて考察する。まず、着火遅れ期間が長い場合、燃料噴射を開始してから燃料が着火するまでの時間が長いため、燃焼室内の未燃燃料量(予混合気量)が多くなる。そのため、着火遅れ期間が長い場合には、燃焼室内で多量の燃料が燃焼することで、燃焼が大きくなってCPLが悪化する。一方、着火遅れ期間が短い場合、燃料噴射を開始してから燃料が着火するまでの時間が短いため、燃焼室内の未燃燃料量(予混合気量)が少なくなる。そのため、着火遅れ期間が短い場合には、燃焼室内で少量の燃料が燃焼することで、燃焼が小さくなってCPLが改善することが考えられる。
そこで、本発明者は、燃料噴射パターンを調整して着火遅れ期間を短縮することでCPLを改善することを考えた。但し、着火遅れ期間の短縮によりCPLは改善するが、上述したようにノック音とスモーク量とはトレードオフの関係にあるので、スモーク量は多くなる。このようなスモーク量も考慮する必要があるが、本発明者は、まず、着火遅れ期間のコントロールに必要な達成手段の検討することとした。
図9は、部分負荷領域と全負荷領域での燃料噴射パターンの例を模式的に示している。図9に示す例においては、部分負荷領域では、パイロット噴射、プレ噴射、メイン噴射及びアフター噴射を行い、全負荷領域では、2回のプレ噴射及びメイン噴射を行う。より具体的には、部分負荷領域では、比較的長い間隔を空けて複数回の燃料噴射を行っている。これは、燃焼室内のスワール流や燃料噴射のペネトレーションを利用する時間を確保して、燃焼室内の燃料と空気との混合性を高めるためである。これに対して、全負荷領域では、比較的短い間隔にて複数回の燃料噴射を行っている。これは、全負荷領域では、燃焼室内の燃料と空気との混合性が十分に確保できる環境になっているので、部分負荷領域のようなスワール流やペネトレーションを利用する必要がないからである。特に、全負荷領域では、複数回の燃料噴射を近接させつつ、複数回行う燃料噴射の噴射量を段階的に増加させる(以下では適宜「スロープ噴射」と呼ぶ)。
このように、部分負荷領域では、複数回の燃料噴射の噴射間隔が長いため、着火遅れ期間が長くなるのに対して、全負荷領域では、複数回の燃料噴射の噴射間隔が短いため、着火遅れ期間が短くなるとが考えられる。したがって、まず、本発明者は、部分負荷領域において、噴射間隔を短くして着火遅れ期間を短縮すべく、燃料の噴射回数を増やすことを考えた。
図10は、部分負荷領域において噴射回数を増加した燃料噴射パターンの例を模式的に示している。図10の下段に示すように、部分負荷領域において、プレ噴射を1回増やしている、つまりプレ噴射を2回行うようにしている。
図11は、部分負荷領域において噴射回数を増加したときの燃焼を説明するための概念図を示している。図11(a)は、部分負荷領域において噴射回数を増加したときの燃焼室内の燃焼イメージを示しており、図11(b)は、全負荷領域における燃焼室内の燃焼イメージを示している。図11(b)に示すように、全負荷領域では、噴射量を段階的に増加するため、燃焼室内において燃焼(エネルギー)が連続的に増加していく。また、図11(a)に示すように、部分負荷領域において噴射回数を増加した場合、燃焼室内に小さい燃焼(エネルギー)が分散して、順番に着火が行われることとなる。つまり、部分負荷領域でも、噴射回数を増加することで、全負荷領域と類似する燃焼を燃焼室内に形成することができる。よって、部分負荷領域において、着火遅れ期間を短縮することが可能となる。
図12は、部分負荷領域において噴射回数を増加したときの着火遅れ期間を示している。具体的には、図12(a)は、プレ燃焼での噴射回数の増加前と増加後の着火遅れ期間を示し、図12(b)は、メイン燃焼での噴射回数の増加前と増加後の着火遅れ期間を示している。図12(a)及び(b)より、部分負荷領域において噴射回数を増加すると、プレ燃焼及びメイン燃焼の両方とも(特にメイン燃焼)、着火遅れ期間が短くなることがわかる。
したがって、本発明者は、部分負荷領域での着火遅れ期間の短縮のため、噴射回数の増加とスロープ噴射とを組み合わせた燃料噴射パターンのキャリブレーションを机上検討することとした。この場合、燃料噴射パターンに適用する噴射回数を最大で7回とした。例えば、3回のパイロット噴射、2回のプレ噴射、1回のメイン噴射、及び1回のアフター噴射から成る燃料噴射パターンを用いた。また、これらの各々の燃料噴射の噴射量も適宜変更することとした。
図13は、部分負荷領域において適用する燃料噴射パターンの例を模式的に示している。図13では、部分負荷領域での着火遅れ期間の短縮のために、7回の燃料噴射を行い、且つ、噴射量を段階的に増加させるようにした(つまりスロープ噴射させるようにした)燃料噴射パターンの例を示している。以下では、図13に示すような燃料噴射パターンを適宜「7段基準噴射パターン」と呼ぶ。
図14は、7段基準噴射パターンを適用した場合の燃焼波形を示している。図14は、横軸にクランク角を示し、縦軸に熱発生率を示している。具体的には、グラフG11及びG19は、それぞれ、図4(a)及び図7(a)と同一のグラフである。つまり、グラフG11は、噴射回数増加やスロープ噴射を適用していない、部分負荷領域での元の燃料噴射パターン(以下では適宜「基準噴射パターン」と呼ぶ。)による燃焼波形を示している。また、グラフG19は、熱発生の傾きが最小である燃焼波形(図6(a)のグラフG17参照)を基にした目標燃焼波形を示している。一方、グラフG21は、7段基準噴射パターンを適用した場合の燃焼波形を示している。このグラフG21より、7段基準噴射パターンを適用した場合に目標燃焼波形をほぼ再現できていることがわかる。
図15は、7段基準噴射パターンを適用した場合のCPL及びスモーク量を示している。具体的には、図15(a)は、基準噴射パターンと7段基準噴射パターンを適用した場合のCPLを示している。図15(a)より、7段基準噴射パターンを適用した場合には、基準噴射パターンを適用した場合よりもCPLが大幅に改善していることがわかる。一方、図15(b)は、基準噴射パターンと7段基準噴射パターンを適用した場合のスモーク量を示している。図15(b)より、7段基準噴射パターンを適用した場合には、基準噴射パターンを適用した場合よりもスモーク量が悪化していることがわかる。そこで、本発明者は、このような7段基準噴射パターンによるスモーク量の改善を検討することとした。
図16は、7段基準噴射パターンを改良した第1及び第2の7段改良噴射パターンを適用した場合の燃焼波形を示している。図16(a)及び(b)は、横軸にクランク角を示し、縦軸に熱発生率を示している。
具体的には、図16(a)において、グラフG21は、図14と同一のグラフであり、つまり7段基準噴射パターンを適用した場合の燃焼波形を示しており、グラフG22は、第1の7段改良噴射パターンを適用した場合の燃焼波形を示している。この第1の7段改良噴射パターンは、7段基準噴射パターンと比較して、燃焼波形の立ち上がり部分の凹み(谷)をなくして、燃焼波形の立ち上がりを滑らかにし(傾きを安定化する)、且つ、燃焼波形のピークを進角させ、尚且つ、メイン燃焼に対応する燃焼波形の立ち上がり部分の発熱量を低減させるようにした噴射パターンである。このような第1の7段改良噴射パターンによって、スモーク量を低減しようとしている。なお、燃焼波形の立ち上がり部分の凹み(谷)は、当該凹みから復帰するときの立ち上がりが急になるため、ノック音の大きな要因となる、特に高周波成分を多く含むインパクトノイズとなる。
更に、第1の7段改良噴射パターンでは、スモーク量をより低減すべく、アフター噴射を7段基準噴射パターンよりも遅角させることで、燃料と空気との混合期間を拡大させるようにしている。なお、上記のように第1の7段改良噴射パターンにおいて燃焼波形を進角させているのは、アフター噴射の遅角によるトルク落ち(燃費悪化)を抑制するためである。
他方で、図16(b)において、グラフG22は、図16(a)と同一のグラフであり、つまり第1の7段改良噴射パターンを適用した場合の燃焼波形を示しており、グラフG23は、第2の7段改良噴射パターンを適用した場合の燃焼波形を示している。この第2の7段改良噴射パターンは、基本的には第1の7段改良噴射パターンと同一のパターンであるが、燃料の噴射圧を上昇させる点で第1の7段改良噴射パターンと異なる。このように燃料の噴射圧を上昇させることで、燃料の均質化を向上して、スモーク量を低減しようとしている。
図17は、第1及び第2の7段改良噴射パターンを適用した場合のCPL及びスモーク量を示している。具体的には、図17(a)は、基準噴射パターン、7段基準噴射パターン、第1及び第2の7段改良噴射パターンを適用した場合のCPLを示している。図17(a)より、第1及び第2の7段改良噴射パターンを適用した場合には、7段基準噴射パターンを適用した場合よりもCPLが更に改善していることがわかる。一方、図17(b)は、基準噴射パターン、7段基準噴射パターン、第1及び第2の7段改良噴射パターンを適用した場合のスモーク量を示している。図17(b)より、第1及び第2の7段改良噴射パターンを適用した場合には、7段基準噴射パターンを適用した場合よりもスモーク量が改善しているが、基準噴射パターンを適用した場合よりもスモーク量がまだ悪化していることがわかる。そこで、本発明者は、第1及び第2の7段改良噴射パターンでのアフター噴射及び噴射圧の改良だけでは、スモーク量をこれ以上低減することは困難であると考えた。したがって、本発明者は、多段噴射においてCPL及びスモーク量を決定する要因を紐解くこととした。
図18は、CPL及びスモーク量のメカニズムを解明するために行う、多段噴射の感度調整方法についての説明図である。図18(a)は、メカニズム解明に適用する燃料噴射パターンの例を示している。この燃料噴射パターンは、パイロット噴射1と、パイロット噴射2と、プレ噴射1と、プレ噴射2と、メイン噴射と、アフター噴射1と、アフター噴射2と、を含む7段噴射から成る。図18(b)は、図18(a)の燃料噴射パターンを適用した場合の燃焼波形例を示している。この燃焼波形において、領域R11はパイロット噴射1及びパイロット噴射2による燃焼に対応し、領域R12はプレ噴射1による燃焼に対応し、領域R13はプレ噴射2による燃焼に対応し、領域R14はメイン噴射及びアフター噴射1による燃焼に対応する。
ここで、本発明者は、多段噴射における各燃料噴射ごとの噴射量に対する熱発生とスモーク感度を調査することで、多段噴射における各燃料噴射に具備させる機能を解明しようとした。この調査に当たって、CPLと相関の高い熱発生率の傾きを、単位噴射量当たりの発熱量の高さ変化に置き換えることで、ノック音を発熱量で代用することとした。
図19は、部分負荷領域において多段噴射の各燃料噴射の感度調査結果を示している。具体的には、図19(a)は、パイロット噴射1とパイロット噴射2とプレ噴射1とプレ噴射2とアフター噴射1とについて、単位噴射量当たりの発熱量の高さ変化を示している。この発熱量の高さ変化は、一義的にノック音(CPL)を示すものとなる。図19(a)より、パイロット噴射2及びプレ噴射1に関して発熱量の高さ変化が大きいことがわかる。すなわち、パイロット噴射2及びプレ噴射1が、他の燃料噴射と比較して、ノック音(CPL)により大きな影響を与えることがわかる。一方で、図19(b)は、パイロット噴射1とパイロット噴射2とプレ噴射1とプレ噴射2とアフター噴射1とについて、単位噴射量当たりのスモーク量の変化を示している。図19(b)より、プレ噴射1、プレ噴射2及びアフター噴射1に関してスモーク量の変化が大きいことがわかる。すなわち、プレ噴射1、プレ噴射2及びアフター噴射1が、他の燃料噴射と比較して、スモーク量により大きな影響を与えることがわかる。
図19(a)及び(b)に示した調査結果より、CPLの大きさは前段の燃料噴射に依存し、且つ、スモーク量の大きさは後段の燃料噴射に依存する、というCPL及びスモーク量のメカニズムが判明した。そこで、本発明者は、このメカニズムに基づき、前段の燃料噴射を調整することでCPLを低減し、且つ後段の燃料噴射を調整することでスモーク量を低減するべく、燃料噴射パターンのキャリブレーションを行うこととした。
図20は、上記したようなCPL及びスモーク量のメカニズムに基づくキャリブレーションにより得られた、燃料噴射パターンによる燃焼波形を示している。図20は、横軸にクランク角を示し、縦軸に熱発生率を示している。具体的には、グラフG11は、図4(a)と同一のグラフであり、つまり基準噴射パターンによる燃焼波形を示しており、グラフG24は、CPL及びスモーク量のメカニズムに基づくキャリブレーションにより得られた、部分負荷領域での燃料噴射パターンによる燃焼波形を示している。後者の燃料噴射パターンは、6段の燃料噴射からなり、以下では適宜「6段改良噴射パターン」と呼ぶ。この6段改良噴射パターンは、基本的には、上記した7段の噴射パターン(7段基準噴射パターン、第1及び第2の7段改良噴射パターン)における最前段の燃料噴射を無くした噴射パターンである。
具体的には、6段改良噴射パターンでは、プレ燃焼をメイン燃焼に内包することで、燃焼波形の立ち上がり部分の凹み(谷)をなくし、且つ、燃焼波形の立ち上がりを緩やかにしてある(領域R21参照)。これにより、CPLを低減するようにしている。特に、ノック音の高周波成分を低減するようにしている。また、6段改良噴射パターンでは、多段噴射によりメイン燃焼に対応する燃焼波形の形状を台形化し(領域R22参照)、スモーク量を低減するようにしている。更に、6段改良噴射パターンでは、スモーク量をより低減すべく、アフター噴射を遅角させている。この場合、アフター噴射の遅角によるトルク落ち(燃費悪化)を抑制すべく、6段改良噴射パターンでは、メイン燃焼を進角させている。
図21は、部分負荷領域において6段改良噴射パターンを適用した場合の各種の結果を示している。まず、図21(a)及び(b)は、それぞれ、基準噴射パターンと6段改良噴射パターンを適用した場合のプレ燃焼及びメイン燃焼での着火遅れ期間を示している。図21(a)及び(b)より、6段改良噴射パターンを適用した場合には、基準噴射パターンを適用した場合よりも、プレ燃焼及びメイン燃焼の両方とも、着火遅れ期間が短くなることがわかる。
次いで、図21(c)は、基準噴射パターンと6段改良噴射パターンを適用した場合のCPLを示している。図21(c)より、6段改良噴射パターンを適用した場合には、基準噴射パターンを適用した場合よりもCPLが小さくなることがわかる(例えば6dB程度小さくなる)。
次いで、図21(d)は、基準噴射パターンと6段改良噴射パターンを適用した場合のスモーク量を示している。図21(d)より、6段改良噴射パターンを適用した場合と基準噴射パターンを適用した場合とでスモーク量が同等であることがわかる。これは、6段改良噴射パターンを適用した場合には、上述した7段基準噴射パターン、第1及び第2の7段改良噴射パターンを適用した場合よりもスモーク量が改善していることを意味する。
次いで、図21(e)は、基準噴射パターンと6段改良噴射パターンを適用した場合のCO量及びHC量を示している。図21(e)より、6段改良噴射パターンを適用した場合には、基準噴射パターンを適用した場合よりもCO量が小さくなること(例えば20%程度減少)、及び、6段改良噴射パターンを適用した場合と基準噴射パターンを適用した場合とでHC量が同等であることがわかる。これは、6段改良噴射パターンを適用した場合には、筒内に付着する燃料(未燃燃料)が減ったからであると考えられる。
次いで、図21(f)は、基準噴射パターンと6段改良噴射パターンを適用した場合の燃費率を示している。図21(f)より、6段改良噴射パターンを適用した場合と基準噴射パターンを適用した場合とで燃費率が同等であることがわかる。
以上のことから、6段改良噴射パターンによれば、部分負荷領域において、スモークなどのエミッションの悪化や燃費の悪化を生じさせずに、ノック音を大幅に低減することができる。
<本実施形態に係る制御>
次に、上記セクションで述べた基本概念に基づいた、本発明の実施形態に係る制御について具体的に説明する。
図22は、本発明の実施形態においてPCM70が行う制御についての説明図である。図22は、横方向に時間を示し(一義的にクランク角に対応する)、縦方向に燃料噴射量を示し、複数回行う燃料噴射を模式的に示している。本実施形態では、PCM70は、上述したような部分負荷領域において、1回のメイン噴射と、メイン噴射の前の3回の前段噴射と、メイン噴射の後の1回の後段噴射と、を行う。前段噴射は、少なくともプレ噴射を含み(パイロット噴射を含めてもよいし、含めなくてもよい)、後段噴射は、アフター噴射である。以下では、3回の前段噴射のそれぞれを「1段目噴射」、「2段目噴射」及び「3段目噴射」と呼び、メイン噴射を「4段目噴射」と呼び、後段噴射を「5段目噴射」と呼ぶ。
特に、本実施形態では、PCM70は、図22中の実線L11に示すように、1段目噴射、2段目噴射及び3段目噴射のそれぞれに適用する燃料噴射量をメイン噴射に向けて段階的に増加させるようにする、つまりスロープ噴射を行うようにする。これにより、1段目噴射、2段目噴射及び3段目噴射により熱発生率を連続的に増加させて、メイン燃焼開始時の筒内熱量ひいては筒内圧力を高めておくようにする。こうすることで、メイン燃焼による最大筒内圧に至るまでの筒内圧力の傾きを緩やかにすることができ、ノック音の高周波成分を適切に減少することができる。
また、本実施形態では、PCM70は、1段目噴射、2段目噴射、3段目噴射、4段目噴射及び5段目噴射のそれぞれの間の噴射間隔T11、T12、T13、T14をほぼ一定にする。特に、噴射間隔T11、T12、T13をほぼ一定にすることで、1段目噴射、2段目噴射及び3段目噴射によって、メイン噴射に向けて連続的に熱発生させることができる。
なお、図22に示すように、時間で見たときの噴射間隔T11、T12、T13はほぼ一定であるが、クランク角で見ると、これらの間隔は一定とはならない。具体的には、後段側(遅角側)に進むほど、噴射間隔に対応するクランク角の幅が小さくなる。つまり、「噴射間隔T11に対応するクランク角の幅>噴射間隔T12に対応するクランク角の幅>噴射間隔T13に対応するクランク角の幅」となる。これは、TDCに近付くほど、クランク角で規定されるクランクシャフト7の回転速度が低下するからである。
また、本実施形態では、PCM70は、エンジン回転数に応じて噴射間隔を変える。このエンジン回転数に応じた噴射間隔の設定について、図23を参照して説明する。図23は、エンジン回転数と、クランク角で規定した噴射間隔との関係を示している。グラフG31は、1段目噴射と2段目噴射との噴射間隔を示し、グラフG32は、2段目噴射と3段目噴射との噴射間隔を示し、グラフG33は、3段目噴射と4段目噴射との噴射間隔を示し、グラフG34は、4段目噴射と5段目噴射との噴射間隔を示している。なお、図23では、説明の便宜上、グラフG31〜G34をずらして示しているが、実際には、これらのグラフG31〜G34はほぼ重なり合うものとなる。
図23に示すように、PCM70は、エンジン回転数が高くなるほど、クランク角で規定した噴射間隔を大きくする。こうするのは、エンジン回転数が高くなるほど、クランクシャフト7の回転角度が速くなり、1回の燃焼行程(燃焼サイクル)に対応する時間が短くなるからである。よって、エンジン回転数が高くなるほど、クランク角で規定した噴射間隔を大きくすれば、時間で見たときの噴射間隔をエンジン回転数によってほとんど変化させないようにすることができる。また、PCM70は、エンジン回転数に応じて、各燃料噴射の噴射間隔の全てをほぼ等比率で変化させる。こうすることで、エンジン回転数が変化しても、各噴射間隔の関係がほぼ一定に維持されるようにする。
更に、本実施形態では、PCM70は、エンジン負荷に応じて噴射間隔を変えないようにする。これについて、図24を参照して説明する。図24は、エンジン負荷と、クランク角で規定した噴射間隔との関係を示している。グラフG41は、1段目噴射と2段目噴射との噴射間隔を示し、グラフG42は、2段目噴射と3段目噴射との噴射間隔を示し、グラフG43は、3段目噴射と4段目噴射との噴射間隔を示し、グラフG44は、4段目噴射と5段目噴射との噴射間隔を示している。なお、図24では、説明の便宜上、グラフG41〜G44をずらして示しているが、実際には、これらのグラフG41〜G44はほぼ重なり合うものとなる。
図24に示すように、PCM70は、エンジン負荷によらずに、クランク角で規定した噴射間隔を略一定にする。つまり、PCM70は、エンジン負荷が変化しても噴射間隔を変化させないようにする。こうするのは、エンジン負荷が変化すると必要な燃料噴射量が変わるだけであり、エンジン回転数が変化した場合のように1回の燃焼行程に対応する時間が変化するわけではないからである。但し、エンジン負荷に応じて燃料噴射量が変化すると、インジェクタ20に供給する制御信号のパルス幅が変化するため、このパルス幅の変化に応じて各燃料噴射を行うタイミングを変化させるのがよい。
更に、本実施形態では、PCM70は、吸気温度に応じて噴射回数を変化させる。この吸気温度に応じた噴射回数の設定について、図25を参照して説明する。図25は、吸気温度(横軸)と、多段噴射に適用する噴射回数(縦軸)との関係を示している。図25に示すように、PCM70は、吸気温度が所定温度未満となったときに、噴射回数を5回から6回に増加させる。換言すると、PCM70は、吸気温度が所定温度以上である場合には噴射回数を5回に設定し、吸気温度が所定温度未満である場合には噴射回数を6回に設定する。PCM70は、噴射回数を5回から6回に増加させる場合、5回の燃料噴射における先頭の噴射(上記した1段目噴射)の前に、新たな1回の燃料噴射を追加するようにする。つまり、PCM70は、前段噴射の噴射回数を1回増加させる。
こうすることで、吸気温度の低下により着火環境が悪化しても、噴射回数を増やした前段噴射によって、筒内での燃料の酸化反応を促進して、メイン噴射の前に筒内で連続的な燃焼を確実に生じさせるようにする。これにより、吸気温度の低下により着火環境が悪化しても、ノック音を適切に低減することができる。
なお、上記のように前段噴射の噴射回数を増加させる場合に、噴射回数の増加に伴って前段噴射の合計噴射量も増量してもよいし、前段噴射の合計噴射量を一定に維持しつつ、前段噴射の噴射回数を増加させてもよい。後者の場合、噴射回数の増加に伴って、増加前から適用していた前段噴射における噴射量を減量させることとなる。
また、図25に示した例では、吸気温度が所定温度未満であるか、それとも吸気温度が所定温度以上であるかに応じて、噴射回数を5回と6回との間で切り替えていたが、こうすることに限定はされない。他の例では、吸気温度に応じて、噴射回数をより細かく変化させてもよい。例えば、吸気温度が低くなるにつれて、噴射回数を5回→6回→7回…といった具合に大きくしてもよい。
次に、図26を参照して、PCM70が実行する燃料噴射制御処理のフローチャートについて説明する。この燃料噴射制御処理は、車両のイグニッションがオンにされ、PCM70に電源が投入された場合に起動され、繰り返し実行される。
燃料噴射制御処理が開始されると、ステップS1において、PCM70は、車両の運転状態に関する各種情報を取得する。具体的には、PCM70は、上述した各種センサSN1〜SN6が出力した検出信号の他、アクセル開度センサが検出したアクセル開度、車速センサが検出した車速、車両の変速機に現在設定されているギヤ段等を含む情報を取得する。
次に、ステップS2において、PCM70は、ステップS1において取得された情報に基づき、目標加速度を設定する。具体的には、PCM70は、種々の車速及び種々のギヤ段について規定された加速度特性マップ(予め作成されてメモリなどに記憶されている)の中から、現在の車速及びギヤ段に対応する加速度特性マップを選択し、選択した加速度特性マップを参照して現在のアクセル開度に対応する目標加速度を決定する。
次に、ステップS3において、PCM70は、ステップS2において決定した目標加速度を実現するためのエンジンの目標トルクを決定する。具体的には、PCM70は、現在の車速、ギヤ段、路面勾配、路面μなどに基づき、エンジンが出力可能なトルクの範囲内で、目標トルクを決定する。
次に、ステップS4において、PCM70は、ステップS3において決定した目標トルクと、クランク角センサSN1からの出力信号に基づいて求めたエンジン回転数とに基づいて、目標トルクを得るためにインジェクタ20から噴射させるべき燃料の要求噴射量(主にメイン噴射の燃料噴射量)を設定する。
次に、ステップS5において、PCM70は、燃料噴射形態(燃料の噴射量及び噴射タイミングなどを含むものであり、換言すると燃料噴射パターンである)を決定する。基本的には、本実施形態では、PCM70は、エンジンの運転状態が部分負荷領域に含まれる場合に、1段目〜5段目噴射からなる燃料噴射形態であって、1段目〜3段目噴射に適用する燃料噴射量がメイン噴射に向けて段階的に増加され、且つ、1段目〜5段目噴射のそれぞれの噴射間隔がほぼ一定にされた燃料噴射形態を採用する(図22参照)。また、PCM70は、エンジン回転数に応じて各燃料噴射の噴射間隔を設定する。特に、PCM70は、図23に示したようなエンジン回転数とクランク角で定義した噴射間隔との関係を規定したマップを参照して、現在のエンジン回転数に応じた噴射間隔を適用する。この場合、PCM70は、エンジン回転数に応じて、各燃料噴射の噴射間隔の全てを等比率で変化させる。但し、PCM70は、エンジン負荷によらずに、クランク角で規定した噴射間隔を略一定にする(図24参照)。
更に、PCM70は、図25に示したような吸気温度と噴射回数との関係を規定したマップを参照して、インマニ温度センサSN3によって検出された現在の吸気温度に対応する噴射回数を適用するようにする。図25に示した例においては、PCM70は、吸気温度が所定温度以上である場合には噴射回数を5回に設定し、吸気温度が所定温度未満である場合には噴射回数を6回に設定する。
次に、ステップS6において、PCM70は、ステップS4において決定した要求噴射量及びステップS5において決定した燃料噴射形態に基づき、インジェクタ20を制御する。ステップS6の後、PCM70は、燃料噴射制御処理を終了する。
<作用効果>
次に、本発明の実施形態の作用効果について説明する。
本実施形態によれば、PCM70は、複数回の前段噴射及びメイン噴射を含む燃料噴射を行う場合に、この複数回の前段噴射を、噴射間隔のそれぞれがほぼ等しく、且つ吸気温度が低いほど噴射回数が大きくなるように実行する。これにより、吸気温度の低下により着火環境が悪化しても、噴射回数を増やした前段噴射によって、筒内での燃料の酸化反応を促進することができる。よって、メイン噴射の前に筒内で連続的な熱発生を確実に生じさせることができる。その結果、メイン燃焼開始時の筒内熱量ひいては筒内圧力を高めて、メイン燃焼による最大筒内圧に至るまでの筒内圧力の傾きを緩やかにすることができ、ノック音の高周波成分を適切に減少することができる。したがって、本実施形態によれば、吸気温度の低下により着火環境が悪化しても、ノック音を適切に低減することができる。
また、本実施形態によれば、PCM70は、後段側(遅角側)に進むほど、複数回行う前段噴射の噴射間隔に対応するクランク角を段階的に減少させるので、前段噴射を適切な噴射間隔にて実行することで、より効果的に、前段噴射によってメイン噴射に向けて連続して熱発生させることができる。
また、本実施形態によれば、PCM70は、エンジン回転数が高いほど、クランク角で規定した噴射間隔を大きくするので、エンジン回転数に応じて燃焼行程(燃焼サイクル)の時間が変化しても、前段噴射を適切な噴射間隔にて実行することができる。
また、本実施形態によれば、PCM70は、エンジン負荷が変化した場合、エンジン回転数が変化した場合のように燃焼行程(燃焼サイクル)に対応する時間が変化するわけではないので、クランク角で規定した噴射間隔を略一定にすることができる。