JP2018109099A - 香料組成構築システム - Google Patents

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Abstract

【課題】基本臭となる香りを組み合わせることによって、ヒトの感性に基づいた香りを再現ないし構築できるシステムの提供。
【解決手段】ヒトの嗅覚に関わる感覚指標を用い、香りの観測場面をモデル化したシミュレーションにより、所望の香りを表現するための複数のパーツノートの組合せ及び比率を決定する、香料組成構築システム。
【選択図】図1

Description

本発明は、複数のパーツノートの組合せによって香りを構築するためのシステムに関する。
香りは一般的に多数の香料成分で構成されている。匂いのある物質は40万種以上あるといわれており、調香師は主に彼らの経験や感覚的な手法に基づき、試行錯誤を繰り返して適切な香料成分の組み合わせを決定し、豊かな香りを創りだしている。近年、香りが訴求された製品のバリエーションは増加し続けており、調香師には、より短い開発期間で、より効果的な創香をすることが求められている。
また、使用者(ユーザー)に香りを届ける手段として、嗅覚ディスプレイが注目を浴びている。嗅覚ディスプレイには、香りを含む水蒸気ミストを放出するような小型のディフューザーや、空調設備を利用して広い空間に香りを放出させる大型のタイプのものが存在する。これらの嗅覚ディスプレイでは、通常、放出できる香りは装置内にセットした1種又は数種に限られる。異なる香りを放出させたい場合には、新たに別の香りを含む液体又はカートリッジを入手し、装置内に装着させる必要があり、使用者の望むタイミングで好みの香りを簡便に楽しむことは困難であった。
これに対し、数少ない種類の香りを組み合わせることにより、多様な香りを表現しようという試みが行われている。例えば、非特許文献1では、薬味性、花香性、果実性、樹脂性、腐敗性、焦臭性の6つを基本臭と設定し、これらの基本臭の組合せによる表現が提案されている。非特許文献2では香料成分の分子構造と匂いの類似性に注目し、エーテル様、樟脳様、花香様、ハッカ様、刺激臭様、腐敗臭様の7つを原臭として提示している。また、非特許文献3では、調合香料を構成する香料成分を幾つかの香調表現に分類し、更に気液平衡を考慮した理論計算によって香料成分の気相濃度を求め、更にOdor Valueという概念を用いて香り強度の指標とし、調合香料の香調のバランスを図示化することが提案されている。
また、特許文献1には、質量分析器によって対象臭のマススペクトルデータを取得し、NMF法を用いて複数の基底ベクトルを抽出し、抽出された基底ベクトルを近似できる香料成分を要素臭として決定する方法が開示されている。
また、特許文献2には、合成すべき香りにあらかじめ付与された香りコードを記憶した香りコード記憶手段に対して、香りコード読み取り手段を用いて前記香りコードを読み取り、前記読み取った香りコードに基づいて、1又は複数の種類の原臭気(合成される香りの元となる各臭気成分)を放出することによって、前記香りコードに対応した香りを合成する方法が提案されている。ここで、香りコードは、合成すべき香り成分や、香りの放出の期間、香りの強度に関する情報を含み、人間への嗅覚への刺激値によって体系的に分類されたコードであることが述べられている。
特開2009-300188号公報 特開2003-13089号公報
Henning, H., Der Geruch, Leipzig, Barth., 1916 Amoore, J.E., Proc. Sci. Sect. of T.G.A. Miguel A. T, Lucas B., Oscar R., Cindy C. C., and Alirio E. R., Ind. Eng. Chem. Res. 2014, 53, 8890-8912
しかしながら、非特許文献1及び2に記載の基本臭又は原臭の組合せによる方法では、例えば単に「花香性」といってもバラとユリでは香りの質が異なることからも明らかなように、得られる香りの多様性という点で不十分である。また、非特許文献3に記載の方法には、基本臭となる香りを組み合わせて、特定の香りを表現しようという概念は全くない。
また、匂いの知覚には香りの閾値が大きく影響するが、閾値は香料成分によって大きく異なり、例えばフレグランスジャーナル社、「アロマサイエンス シリーズ21 6.におい物質の特性と分析・評価」, 2003, 29には、酢酸メチルの閾値が1.7ppmであるのに対し、酢酸ヘキシル閾値は0.0018ppmである事が記載されている。特許文献1に記載の質量分析による方法では、閾値のようなヒトの嗅覚を考慮していないために、大きな誤りが生じる可能性がある。例えば、バニリンのように蒸気圧は低いものの、閾値が低いため香りに大きく寄与する香料成分は、特許文献1に記載の方法では考慮されない。
更に、特許文献2に記載の方法では、合成される香りの元となる各原臭気は単一の臭気成分であって、当該各原臭気(香り合成の単位)として複数の香料成分の組合せを用いる概念は含まれていない。このため、合成すべき香りに対して対応する多数の原臭気を用意する必要があった。また、原臭気を組み合わせて合成すべき香りを合成する段階において、その組合せ比率を短時間で効率的に求めるという点では不十分であった。
以上のように、従来の技術では、基本臭となるような香りを組み合わせることによって、ヒトの感性に基づいた香りを再現ないし構築する技術は実現できていなかった。一方、このような技術が実現すれば、対象となる香りを再現する際の調香が容易になるだけでなく、小型の嗅覚ディスプレイの機能を有するデバイスで、多種類の再現性の高い香り表現が可能となると考えられる。
したがって本発明は、基本臭となる香りを組み合わせることによって、ヒトの感性に基づいた香りを再現ないし構築できるシステムに関する。
かかる実情において本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、単一若しくは複数の香料成分又は溶媒を含む香料組成物(以下、パーツノートという)を複数用い、ヒトの嗅覚に関わる感覚指標を用いたシミュレーションを行うことによって、所望の香りを表現することができることを見いだした。
すなわち本発明は、ヒトの嗅覚に関わる感覚指標を用い、香りの観測場面をモデル化したシミュレーションにより、所望の香りを表現するための複数のパーツノートの組合せ及び比率を決定する、香料組成構築システムを提供するものである。
また本発明は、次のステップA1〜A9を含む香料組成構築システムを提供するものである。
ステップA1:再現しようとする対象香を構成する香料成分の組成情報を用意するステップ
ステップA2:ステップA1で得られた組成情報から、揮散シミュレーションによって、対象香を構成する各香料成分の気相濃度を算出するステップ
ステップA3:ステップA2において算出された対象香を構成する各香料成分の気相濃度を、ヒトの嗅覚に関わる感覚指標に基づくベクトル又は行列に変換するステップ
ステップA4:各パーツノートの出力の初期値を用意するステップ
ステップA5:各パーツノートの組成と出力値の積の総和として再現香を構成する香料成分の組成情報を提供するステップ
ステップA6:ステップA5で得られた組成情報から、揮散シミュレーションによって、再現香を構成する各香料成分の気相濃度を算出するステップ
ステップA7:ステップA6において算出された再現香を構成する各香料成分の気相濃度を、ヒトの嗅覚に関わる感覚指標に基づくベクトル又は行列に変換するステップ
ステップA8:ステップA3で得られた対象香についてのベクトル又は行列と、ステップA7で得られた再現香についてのベクトル又は行列とを比較し、差異があらかじめ設定した許容値より大きい場合はステップA9に進み、差異が該許容値より小さい場合は各パーツノートの出力値を記録して処理を終了するステップ
ステップA9:対象香と再現香の差異がより小さくなるように各パーツノートの出力値を変更して再度ステップA5に進むステップ
更に本発明は、上記香料組成構築システムによって、対象香及び/又は再現香を構成する香料成分の気相濃度をヒトの嗅覚に関わる感覚指標に基づくベクトル又は行列に変換した後、当該ベクトル又は行列を用いて、香りを視覚化する方法を提供するものである。
本発明によれば、対象となる特定の香りを再現する際の調香が容易になるだけでなく、少ない種類のパーツノートを充填したカートリッジを用いることにより、小型の嗅覚ディスプレイデバイスであっても、多種類の再現性の高い香り表現が可能となり、使用者により豊かな香りの世界と価値を提供することができる。
更に本発明は、対象となる特定の香りを単に再現するに留まらず、使用者のニーズに合わせてパーツノートの出力比を変化させ、アレンジを加えた香りを提供することができる。
また更に本発明によれば、香料成分の物質量とヒトの感覚指標に基づいた香りの視覚化が可能となる。本来、香りは目に見えず、更に文章で明確に伝えることも困難であるが、本発明に基づいて視覚化されることにより、使用者は実際に嗅がなくても、香りの性格を明確に捉えることが可能となる。
本発明の香料組成構築システムの実施形態を示すフローチャートである。 ステップA2における処理を示すフローチャートである。 実施例1における対象香Aと再現香Aとを香りヒストグラムとして表示した図である。 実施例2における対象香Bと再現香Bとを香りヒストグラムとして表示した図である。 実施例3における対象香Cと再現香Cとを香りヒストグラムとして表示した図である。 実施例4において対象香Cと再現香Cにアルデハイディックな印象を付与した再現香Dとをヒストグラムとして表示した図である。
本明細書において「パーツノート」とは、目的とする香りを表現するための“香りの一部”であり、単一若しくは複数の香料成分、又は溶媒を含むものをいう。すなわち、パーツノートは単一の香料成分又は溶媒のみからなるものでもよいし、複数の香料成分の組合せからなるものでもよく、また単一又は複数の香料成分と溶媒との組合せからなるものであってもよい。
本明細書において「対象香」とは、本発明により分析され、表現しようとする対象となる香りを示す。
本明細書において「再現香」とは、1つ又は複数のパーツノートの組合せによって、「対象香」に近づけて再構成された香りを示す。
本発明において、好ましいとされている事項は任意に採用することができ、好ましいもの同士の組合せはより好ましい。
本発明の実施形態について、適宜図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の実施形態に係るフローチャートであり、対象香を最もよく再現する再現香を複数のパーツノートの組合せによって決定する方法を示している。
ステップA1〜A3において、対象香の組成情報に基づき各香料成分の気相濃度を算出し、ヒトの嗅覚に関わる感覚指標に基づくベクトル又は行列V1に変換される。一方、ステップA4〜A7において、複数のパーツノートの組合せによって構成される再現香の組成情報に基づき各香料成分の気相濃度を算出し、ヒトの嗅覚に関わる感覚指標に基づくベクトル又は行列V2に変換される。ステップA8では、V1とV2を比較してその差異を評価する。この差異があらかじめ設定された許容値より大きい場合は、ステップA9によりパーツノートの出力を変更され、再度ステップA5〜A7を経て、更新された再現香のベクトル又は行列V2を得ることができる。ステップA8で、V1とV2の差異が設定許容値以下となるまで、ステップA9からステップA5〜A9が繰り返され、V1とV2の差異が設定許容値以下であれば、与えられたパーツノートの組合せで対象香を最も良く再現できたと判断し、複数のパーツノートの出力値を記録する。
以下、各ステップについてより詳細に説明する。
●ステップA1
ステップA1では、対象香を構成する香料成分の組成情報が与えられる。
対象香の組成情報は、あらかじめ香りレシピとして調香師が調香して用意したものであっても、香料や精油、天然抽出液を分析して得られたものであっても構わない。香りレシピや、液体の分析による組成情報を用いる場合、対象香を構成する各香料成分の種類と質量比の情報を得、ステップA2へと進む。対象香として気相中の組成情報を用いる場合は、ステップA2を省略し、ステップA3へと進むことができる。
●ステップA2
ステップA2では、対象香を構成する各香料成分の気相濃度が揮散シミュレーションにより算出される。
対象香を構成する各香料成分の質量比の情報のみでは、各香料成分の揮発性が異なるため、気相中の香料濃度を予測することはできない。このため、ステップA2では、香りの観測場面をモデル化した香料成分の揮散シミュレーションを実施し、仮想的な気相濃度を算出する。図2はステップA2における処理を示したものである。ここで図2中の揮散条件とは、各香料成分の揮散速度、対象香の賦香量、香り発生源から観測地点までの空間的位置関係、発香開始からの経過時間などのパラメータを意味する。
揮散シミュレーションは、特定の条件設定を行って、理論計算に基づいて設計されたモデルでも構わないし、実環境中で測定を行って求めたモデルでも構わない。また、前記理論計算から設計されたモデルを実測値で修正したものでも構わない。
(香り発生源)
香り発生源は、ディフューザータイプの香り発生装置であってもよく、香料が付着したフローリングやタイル、木材、布繊維、ガラス、毛髪、皮膚などであってもよい。同じ香料を用いた場合であっても、香り発生源の違いによって揮散速度が変化する。揮散シミュレーションの精度を高める目的で、目的に合致した揮散シミュレーションの設計と実測値による修正を行うことができる。
(空間的距離)
香り発生源から蒸散した香料成分は、空間を拡散して観測点へ到達する。通常、観測点が遠いほど観測点における香料成分の気相濃度は低下する。この拡散による気相濃度の低下は実測値を用いてもよいし、数値流体解析によって気流を考慮して求めてもよいし、無風状態下の分子拡散を考慮して求めてもよい。分子拡散を用いて求める場合、例えばE.N. Fuller, P.D. Schettler, J.C. Giddings, Industrial Engineering Chemistry Research, 58(5), 19-27, 1966に記載されているFullerらの式を用いて拡散係数を求めることができる。拡散係数は、香料成分の分子容積や分子量をパラメータとして算出することができる。
(揮散速度)
香料成分は、各々の揮散性に関する特性に依存して香り発生源から揮散する。この揮散速度は実測値を使用してもよく、香料成分の揮散速度に関わる物性値からの推算値を用いてもよい。揮散速度に関する物性値として、分子量、沸点、蒸気圧、コバッツ数、臨界定数、蒸発エンタルピーなどが挙げられるが、入手の容易性と正確性の点から、蒸気圧及びコバッツ数が好ましく、コバッツ数がより好ましい。
また、香料成分間の相互作用、あるいは香料成分とキャリア(水、エタノールなど)との相互作用によって、揮散速度が影響を受ける場合もあり、揮散シミュレーションに上記の影響を組み入れてもよい。
更に、香料成分の揮散速度は、香り発生源の特性によっても変化する。例えば、香り発生源がディフューザーのような芳香器である場合、香料成分の揮散速度は、風量や開口部の面積が大きな影響を与える。また別の例として、香り発生源が衣類のような繊維の場合、香料成分の揮散速度は、繊維の表面積や香料成分との相互作用によって変化する。
更に、香料成分の揮散速度は、温度や湿度、風速などの環境要因によっても変化する。シミュレーションの精度を高める必要のある場合には、これら揮散性に関するパラメータを更に導入してもよい。
また、香料成分の揮散速度が、経時的に低下することを揮散シミュレーションに組み込んでもよい。例えば、揮散速度は経時で指数関数的に低下することを利用してもよい。このように時間的変化を考慮することで、再現香の香りの時間的変化をも考慮することが可能である。
(吸着率)
場合によっては、賦香された対象香が部分的に香り発生源へ導入されるという概念を導入してもよい。例えば、ある対象香が配合された柔軟仕上げ剤を用いて衣類を処理し、衣類を香り発生源とした場合、対象香に含まれる一部の香料成分は排水と一緒に系外に排出される。上記のような場合、香料成分毎に設けられた吸着率を乗じることで香り発生源への導入量を算出することができる。
前記香料成分毎に設けられる吸着率は、シミュレーションを行う製品形態や製品の使用方法によって異なる。これらの吸着率は、実測値を使用しても、あるいは香料成分の物性値からの推算値を用いてもよい。例えば、液体洗剤や柔軟仕上げ剤、ヘアシャンプー、ヘアコンディショナーのようなリンスオフ製品の場合、親水的な香料成分ほど吸着率が低いことから、cLogPをパラメータとした関数を用いてもよい。ここで、cLogPは計算上のLogP値であり、例えば「EPI Suite」(U.S.Environment Protection Agency)などのソフトウェアを用いて得ることができる。親・疎水性に関する他の物性値として、界面張力、溶解度パラメータを用いてもよい。
●ステップA3
ステップA3では、前記ステップA2において算出された各香料成分の気相濃度を、ヒトの嗅覚に関わる感覚指標に基づくベクトル又は行列に変換する。
一態様によっては各々の香調をベクトルの成分とし、各々の香調の香り強度を前記成分の大きさとしたベクトルとして表してもよい。ここで香調とは、香りの性格を体系的に分類できる機能をもつ表現を意味する。
香調の分類は、複数のメインノートと、メインノートを更に分類する複数のサブノートから構成されていてもよい。メインノートとしては、例えばシトラス、アルデハイディック、グリーン、フルーティ、ハーバル、アロマティック、スパイシー、フローラル、ウッディ、アーシー、モス、バルサミック、ハニー、レザー、アニマリック、アンバー、ムスキーなどが挙げられる。更に、例えば、フローラルをメインノートとする香料成分は、サブノートとしてミューゲ、ジャスミン、ローズ、リリアック、イランイランなどのサブノートなど有していてもよい。
一態様によっては、香り強度として、Appell, Louis, American Perfumer and Cosmetics, 1969, 84, 3, 45-8, 50に述べられているようなOdor Valueの概念を用いてもよい。各香料成分のOdor Valueは、下記式で算出することが可能である。ここで、Cgは香料成分の気相濃度であり、Thrは前記香料成分の閾値濃度である。
また、一態様によっては各香料成分の香り強度として、Barry G. Greenら, Chemical Senses, 1996, 21, 323-334に記載されているようなLabeled Magnitude Scale(LMS)を指標としてもよい。LMSは、主観的な感覚を、複数の言語ラベルを用いて定量的に扱う方法であり、現在は心理学の分野のみならず、味覚や嗅覚の評価の指標として使用されている。
対象香の各香調の香り強度は、対象香を構成する全香料成分の香り強度から算出され、単純化される。香り強度としてOdor Valueの概念を用いる場合、対象香の各香調のOdor Valueは、各香料成分のOdor Valueの和として表してもよい。例えば、対象香が香料A、B、Cから構成され、香料AがCitrusの香調を有し、そのOdor Valueが20、香料BがCitrusの香調を有し、そのOdor Valueが10、香料CがFruity-Appleの香調を有し、そのOdor Valueが15であった場合、対象香は、CitrusのOdor Valueが30、Fruity-AppleのOdor Valueが15となる。
また一態様によっては、約350種存在するヒトの嗅覚受容体を前記ベクトルの成分とし、各嗅覚受容体の応答強度を各次元の大きさとしてもよい。
●ステップA4
ステップA4では、各パーツノートの出力の初期値が与えられる。各パーツノートを初期値に応じた配合比で組み合わせることによって、対象香に近い再現香を得るための最初の暫定的な香料組成が合成される。
対象香を表現するためのパーツノートの数は、各パーツノートの出力変化によって表現できる香りの幅を広げ、再現の質を向上させる観点から、3個以上が好ましく、4個以上がより好ましく、6個以上であることが更に好ましく、また、機械学習における計算負荷量を抑制し、またデバイスへの実装を容易にする観点から、100個以下が好ましく、64個以下がより好ましく、32個以下であることが更に好ましい。
各パーツノートの出力値は、合計で100%となるよう初期値を与えられる。初期値はランダムに数値を与えられてもよいし、特定のパーツノートに指定する出力値を与えてもよい。
各パーツノートは、1つ又は複数の香料成分又は溶媒(キャリア)から構成される。キャリアとしては香料の希釈に使用されるものであれば特に制限はないが、例えば水、エタノール、イソプロパノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、トリエチルシトレート、ミリスチン酸イソプロピル、パルミチン酸イソプロピル等、あるいはこれらの組合せが挙げられる。
なお、同一の香料成分が複数のパーツノート内に含まれていても構わない。
●ステップA5
ステップA5では、各パーツノートの組成と出力値の積の総和として再現香の組成が与えられる。
●ステップA6
ステップA6では、再現香を構成する各香料成分の気相濃度がシミュレーションにより算出される。
前記ステップA5で得られた再現香の組成情報から、パーツノートが揮散した際の各香料成分の気相濃度を算出する。この際、前記ステップA2に詳述した揮散シミューションを実施し、仮想的な気相濃度を用いることが望ましい。また、この場合の揮散条件は、ステップA2において対象香の気相濃度を求めた際に用いたのと同じ条件を用いることが望ましい。
●ステップA7
ステップA7では、前記ステップA6において算出された再現香に含まれる各香料成分の気相濃度を、ヒトの嗅覚に関わる感覚指標に基づくベクトル又は行列に変換する。この変換に際しては、前記ステップA3と同様の手法を採用することができる。
●ステップA8
ステップA8では、ステップA3で得られた対象香についてのベクトル又は行列と、ステップA7で得られた再現香についてのベクトル又は行列とを比較し、その差異の分析を行う。前記差異が、あらかじめ設定した許容値より大きい場合は、対象香と再現香は類似していないと判断し、ステップA9に進む。差異が許容値以下の場合は、対象香に類似した再現香が構成できたと判断し、各パーツノートの出力値を記録して処理を終了する。
一態様によっては、対象香と再現香の差異が許容値より大きい場合であっても、ステップA9へと進む試行回数が一定以上となる場合には処理を中断し、その時点のパーツノートの出力値を最適値として出力してもよい。
ステップA3及びステップA7において、ヒトの感覚指標として香調をベクトルの要素とし、各香調におけるOdor Valueを各要素の大きさとした場合、その差異は各香調におけるOdor Valueの差の絶対値を積算和としてもよい。また、Odor Valueの差の代わりに、Odor Valueの対数の差を用いてもよい。Odor Valueは気相濃度に比例して増加する一方、ウェーバー・フェヒナーの法則では、ヒトの心理的な感覚は対数的に増加することが知られている。Odor Valueの対数の差の絶対値を取ることにより、ヒトの心理的な感覚に近づけて評価することができる。例えば、対象香と再現香のCitrus香調のOdor Valueがそれぞれ50と30、Fruity-Appleの差が50と10であり、他の香調のOdor Valueの差がなければ、前記差異は|Log(50)-Log(30)| + |Log(50)-Log(10)|として求めてもよい。
また一態様によっては、対象香と再現香の各ベクトル要素を比較する際、ベクトル要素の性質に応じて、その差に加重をかけてもよい。例えば、対象香中で香り強度が最も高い香調に対しては強度差に対して差異への影響が小さくなるような係数を与えたり、他の香調に対しては差異への影響が大きくなるような係数を与えたりしてもよい。
●ステップA9
ステップA9では、ステップA8で得られた対象香と再現香の差異がより小さくなるよう、機械学習によって各パーツノートの出力値を変更し、再度ステップA5以降の処理へ進める。ステップA9を経てステップA5〜A8が繰り返されることによって、再現香を対象香に近づけることができる。
出力の変更方法としては、最急降下法、共役勾配法、ニュートン法、準ニュートン法、ガウス・ニュートン法、内点法が挙げられ、データの種類や規模に応じて使い分けることができる。
なお、機械学習の過程において、一時的に対象香と再現香の差異が増加する場合は生じ得る。例えば、「対象香と再現香の差異がより小さくなる」ように、各香調に対応するパーツノートの出力変化が独立して行われる場合、各パーツノートの合算による再現香は、前記差異が結果的に増加してしまう場合がある。しかし、このような場合であっても、更にステップA9を経てステップA5〜A8が繰り返されることによって、対象香と再現香の差異を小さい方向に収束させることができる。
以上のステップA1〜A9によって、対象香との差異が最も小さくなる再現香を与えるためのパーツノートの構成比が導出される。
一態様によっては、この再現香に対して必要に応じて、構成比を微調整したり、新たな香り成分を加えたりしてもよい。
●香りのアレンジ(ステップA10)
前記ステップA8において、対象香との差異が小さい再現香の香料組成が得られた後、必要に応じて、更に対象香に対してアレンジを加えた再現香を構築することができる。例えば、使用者が対象香に対して特定の香調の強度を増減させた方が好ましいと考えた場合には、対象香中の特定の香調の香り強度を加算・減算する、香り強度の差異を評価する際の係数に変化を与える、等の変更を加えた上で、ステップA4〜A9を行ってもよい。上記のアレンジにより、使用者のニーズに合わせて調整された対象香の香りを表現することが可能である。
●香りの視覚化
更に本発明においては、前記香料組成構築システムによって、対象香及び/又は再現香を構成する香料成分の気相濃度をヒトの嗅覚に関わる感覚指標に基づくベクトル又は行列に変換した後、当該ベクトル又は行列を用いて、香りを視覚的に表現することができる。
これにより、本来は目に見えず、更に文章でも表現しにくい性質を有する香りを視覚化することで、調香師と使用者とを繋ぐ役割を担い、実際に使用者が嗅ぐことなく、香りの性格を調香師に明確に伝えることができる。
本発明の香りの視覚化方法における一態様によっては、ヒトの嗅覚に関わる感覚指標として香調をベクトルの次元とし、各香調におけるOdor Valueを各次元の大きさとした場合、階級を香調、度数をOdor Valueとしたヒストグラムとして表してもよい。またこの場合、香調によってヒストグラムにおけるバーの色を変えてもよい。香調を表すバーの色は、Citrusであれば黄色、Woodyであれば茶色といったように、香調を想像させる色を選択することが望ましい。
●香り発生装置(デバイス)への適用
前記ステップA8において得られた再現香又はステップA10において得られたアレンジされた再現香の出力値は、それぞれ異なるパーツノートを充填したカートリッジが装填された嗅覚ディスプレイから、香りとして吐出することができる。
以下の実施例において、パーツノートとして表1に示すパーツノート1〜8を用いた。このうちパーツノート8は、溶媒であるミリスチン酸イソプロピルのみを含有し、香料成分を含まず、香り希釈用のキャリアとしての役割を果たす。
実施例1
対象香として表2に示す対象香Aを用意し(ステップA1)、表1に示すパーツノートの組合せによって再現香Aを構築することとした。
ステップA2
対象香Aに含まれる各香料成分iは揮発し、ある気相濃度Ciになる。表面積Sをもつ発香面から距離Rだけ離れた地点における香料成分iの気相濃度Ciを求めるために下記式を用いた。
ここで、kは定数、Viは香料成分iの蒸発速度、wi,totは香料成分iの質量、Diは香料成分iの空気中の拡散係数、f(R)は発香面からの距離をパラメータとする関数、f(S)は発香面の面積をパラメータとする関数である。香料成分は分子拡散によってのみ広がることを仮定している。
ステップA3
各香料成分iは、フローラル−ローズ、グリーン−リーフィ、ムスキーなど、主香調と副香調から構成される48種類の香調のいずれかに分類されている。香調nの感覚強度Pnは下記式で与えられる。
ここで、Thsiは香料成分iの閾値濃度である。
これにより、対象香Aに含まれる各香調の感覚強度を算出した。ここで、各香調の中で最も高い感覚強度を示した香調を特徴香調とした。
ステップA4
各パーツノートxの初期の出力値Outxとして、0〜100%の数値をランダムに与えた。
ステップA5〜A7
パーツノートxに含まれる香料成分iの質量比をwi,xとすると、再現香Aに含まれる香料成分iの質量比wi,totは、下記式で表される。
再現香Aの各香調の感覚強度も同様に、前記ステップA2〜A3と同様の方法で算出した。
ステップA8
香調とその感覚強度に基づき、再現香Aと対象香Aの差異を誤差関数Eとして定量的に評価した。Anは、主香調との関係性によって決定される重み因子である。
重み因子Anとして、表3に示す数値を用いた。
誤差関数が最少となるよう、最急勾配法に従って各パーツノートの出力値Outxを変化させ、誤差関数が最も小さい値となる各パーツノートの出力値を求めた。
機械学習の試行回数を50回行い、各段階における各パーツノートの出力値と誤差関数の変化を表4に示した(表4中、Scoreは誤差関数、Pot1〜Pot8はそれぞれステップA9により変更後のパーツノート1〜8の出力値を示す)。また、50回の試行の後、得られた再現香Aの組成を表5に示した。
対象香Aと再現香Aを香りヒストグラムとして表示したものを図3に示す。ヒストグラムは主香調毎に異なるバーで表され、バーの長さはOdor Valueの対数である。主香調が同じで副香調が異なる香調のOdor Valueの寄与は、バー内部で色分けして区別されている。例えば図3において、主香調がフローラル、副香調がミューゲで表される香り成分のOdor Valueはピンクと白からなるグラデーションで表現し、主香調がフローラル、副香調がローズで表される香り成分のOdor Valueはピンクと赤からなるグラデーションで表現している。
このように機械学習により構築された再現香Aが対象香Aと近い香りを有していることが視覚的に確認できる。
実施例2
表1に示すパーツノートを用い、表6に示す対象香Bの再現を試みた。試行の各段階における各パーツノートの出力値と誤差関数の変化を表7に、50回の試行後の再現香の組成を表8に、対象香Bと再現香Bの香りヒストグラムを図4に示す。図4より、対象香Bをよく表現できていることが視覚的に確認できる。
実施例3
表1に示すパーツノートを用い、表9に示す対象香Cの再現を試みた。試行の各段階における各パーツノートの出力値と誤差関数の変化を表10に、50回の試行後の再現香Cの組成を表11に、対象香Cと再現香Cの香りヒストグラムを図5に示す。対象香Cをよく表現できていることが確認できた。
実施例4
表1に示すパーツノートを用い、対象香Cに対してよりアルデハイディックな印象を付与させたアレンジ再現香Dを構築した。具体的には、ステップA3で得られた対象香Cの感覚強度のうち、アルデハイディックに対応する要素を加算した以外は、実施例3と同様に、機械学習によりパーツノートの組成比を決定した。50回の試行後のアレンジ再現香Dの香りヒストグラムを対象香Cと比較して、図6に示した。対象香に特定の香調が加わることにより、異なる新たな香りを得ることができた。

Claims (10)

  1. ヒトの嗅覚に関わる感覚指標を用い、香りの観測場面をモデル化したシミュレーションにより、所望の香りを表現するための複数のパーツノートの組合せ及び比率を決定する、香料組成構築システム。
  2. パーツノートが、単一若しくは複数の香料成分又は溶媒を含むものである、請求項1に記載のシステム。
  3. ヒトの嗅覚に関わる感覚指標が、香料成分の香調及びその香り強度からなる、請求項1又は2に記載のシステム。
  4. 香料成分の香り強度として、Odor Value又はLMSを用いる請求項3に記載のシステム。
  5. 複数のパーツノートの組合せ比率が、機械学習を用いた方法によって決定されるものである、請求項1〜4のいずれかに記載のシステム。
  6. 前記シミュレーションが、特定の時間・空間における香料成分の気相濃度を求め、該気相濃度における各香料成分の香り強度を算出するステップを含む、請求項1〜5のいずれかに記載のシステム。
  7. 前記シミュレーションが、再現しようとする対象香と、1つ又は複数のパーツノートの組合せによって再構成された再現香との差異を数値化し、当該差異が小さくなるよう学習を繰り返すステップを含む、請求項1〜6のいずれかに記載のシステム。
  8. 決定した香料組成に対し、更にユーザーの好みに応じてパーツノートの組合せを任意に増減するステップを有する、請求項1〜7のいずれかに記載のシステム。
  9. 次のステップA1〜A9を含む香料組成構築システム。
    ステップA1:再現しようとする対象香を構成する香料成分の組成情報を用意するステップ
    ステップA2:ステップA1で得られた組成情報から、揮散シミュレーションによって、対象香を構成する各香料成分の気相濃度を算出するステップ
    ステップA3:ステップA2において算出された対象香を構成する各香料成分の気相濃度を、ヒトの嗅覚に関わる感覚指標に基づくベクトル又は行列に変換するステップ
    ステップA4:各パーツノートの出力の初期値を用意するステップ
    ステップA5:各パーツノートの組成と出力値の積の総和として再現香を構成する香料成分の組成情報を提供するステップ
    ステップA6:ステップA5で得られた組成情報から、揮散シミュレーションによって、再現香を構成する各香料成分の気相濃度を算出するステップ
    ステップA7:ステップA6において算出された再現香を構成する各香料成分の気相濃度を、ヒトの嗅覚に関わる感覚指標に基づくベクトル又は行列に変換するステップ
    ステップA8:ステップA3で得られた対象香についてのベクトル又は行列と、ステップA7で得られた再現香についてのベクトル又は行列とを比較し、差異があらかじめ設定した許容値より大きい場合はステップA9に進み、差異が該許容値より小さい場合は各パーツノートの出力値を記録して処理を終了するステップ
    ステップA9:対象香と再現香の差異がより小さくなるように各パーツノートの出力値を変更して再度ステップA5に進むステップ
  10. 請求項9に記載のシステムによって、対象香及び/又は再現香を構成する香料成分の気相濃度をヒトの嗅覚に関わる感覚指標に基づくベクトル又は行列に変換した後、当該ベクトル又は行列を用いて、香りを視覚化する方法。
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