本発明の熱処理後の耐摩耗特性に優れる高炭素鋼板(以下「本発明鋼板」ということがある。)は、
成分組成が、質量%で、
C :0.40〜0.70%、
Si:0.01〜0.30%、
Mn:0.30〜1.00%、
P :0.0001〜0.020%、
S :0.0001〜0.010%、
Al:0.001〜0.10%、
Cr:0.50〜2.00%、
Mo:0.001〜1.00%、
N :0.0001〜0.020%、
O :0.0001〜0.020%、
Ti:0.0001〜0.010%、
B :0〜0.0005%
を含み、残部Fe及び不純物からなり、
フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率が1を超え、
ビッカース硬さが100HV以上180HV以下である
ことを特徴とする。
本発明の熱処理後の耐摩耗特性に優れる高炭素鋼板の製造方法(以下「本発明製造方法」ということがある。)は、本発明鋼板を製造する製造方法であって、
本発明鋼板の成分組成の鋼片を、直接、又は、一旦冷却後加熱して、熱間圧延に供し、650℃以上950℃以下の温度域で仕上げ熱延を完了し、400℃以上600℃以下で巻き取った熱延鋼板に、酸洗後、2つの温度域で保持する2段ステップ型の箱焼鈍を施す際、
(i-1)1段目の焼鈍において、熱延鋼板に、焼鈍温度まで30℃/時間以上150℃/時間以下の加熱速度で加熱し、650℃以上720℃以下の温度域に3時間以上60時間以下保持する焼鈍を施し、
(i-2)2段目の焼鈍において、熱延鋼板に、焼鈍温度まで1℃/時間以上80℃/時間以下の加熱速度で加熱し、725℃以上790℃以下の温度域に3時間以上50時間以下保持する焼鈍を施し、次いで、
(ii)焼鈍後の熱延鋼板を、650℃まで、冷却速度1℃/時間以上100℃/時間以下で冷却し、その後、室温まで冷却する
ことを特徴とする。
まず、本発明鋼板の成分組成の限定理由について説明する。ここで、成分組成に係る「%」は「質量%」を意味する。
C:0.40〜0.70%
Cは、鋼中で炭化物を形成し、熱処理後の強度の増加及び耐摩耗特性の向上に有効な元素である。0.40%未満では、焼鈍後の硬さの低下に伴って、打ち抜き部のダレが大きくなることにより剪断面比率が低下すること、また熱処理後の硬さが低下することから、耐摩耗特性を確保できなくなるので、Cは0.40%以上とする。好ましくは0.41%以上である。
一方、0.70%を超えると、炭化物の体積率が増加し、焼鈍後の硬さが180HVを超えるため、打ち抜き端面における剪断面比率が低下し、耐摩耗特性の低下を招くので、Cは0.70%以下とする。好ましくは0.68%以下である。
Si:0.01〜0.30%
Siは、脱酸剤として作用し、また、炭化物の形態に影響を及ぼす元素である。フェライト粒内の炭化物の個数を低減し、フェライト粒界上の炭化物の個数を増やすためには、2段ステップ型の箱焼鈍により、焼鈍中に、オーステナイト相を生成させ、一旦、炭化物を溶解した後徐冷し、フェライト粒界への炭化物生成を促進する必要がある。
Siが0.30%を超えると、ビッカース硬さの増加を招くとともに、打ち抜き端面の破断面比率が増加することから、耐摩耗特性が低下するので、Siは0.30%以下とする。好ましくは0.28%以下である。
Siは、少ないほど好ましいが、0.01%未満への低減は、精錬コストの大幅な増加を招くので、Siは0.01%以上とする。好ましくは0.02%以上である。
Mn:0.30〜1.00%
Mnは、2段ステップ型の箱焼鈍において、炭化物の形態を制御する元素である。0.30%未満では、2段目の焼鈍後の徐冷において、フェライト粒界上に炭化物を生成させることが困難となるので、Mnは0.30%以上とする。好ましくは0.33%以上である。
一方、1.00%を超えると、熱処理後の靭性が低下し、耐摩耗特性が低下するので、Mnは1.00%以下とする。好ましくは0.96%以下である。
P:0.0001〜0.020%
Pは、フェライト粒界に偏析し、粒界炭化物の生成を抑制する元素である。少ないほど好ましいが、精錬工程で0.0001%未満に高純度化するためには、精錬に長時間を要し、製造コストの大幅な増加を招くので、Pは0.0001%以上とする。好ましくは0.0013%以上である。
一方、0.020%を超えると、粒界炭化物の個数比率が低下し、耐摩耗特性が低下するので、Pは0.020%以下とする。好ましくは0.018%以下である。
S:0.0001〜0.010%
Sは、MnSなどの非金属介在物を形成する不純物元素である。非金属介在物は、打ち抜き時に破断面の生成を促し、剪断面比率が低下することから耐摩耗特性を低下させるので、Sは少ないほど好ましい。しかし、Sを0.0001%未満に低減すると、精錬コストが大幅に増加するので、Sは0.0001%以上とする。好ましくは0.0012%以上である。
一方、0.010%を超えると、耐摩耗特性が低下するので、Sは0.010%以下とする。好ましくは0.009%以下である。
Al:0.001〜0.10%
Alは、鋼の脱酸剤として作用しフェライトを安定化する元素である。0.001%未満では、添加効果が十分に得られないので、Alは0.001%以上とする。好ましくは0.004%以上である。
一方、0.10%を超えると、粒界上の炭化物の個数割合を低下させ、耐摩耗特性の低下を招くので、Alは0.10%以下とする。好ましくは0.09%以下である。
Cr:0.50〜2.00%
Crは、耐摩耗特性の確保に重要な元素である。0.50%未満では、耐摩耗特性を確保することができなくなるので、Crは0.50%以上とする。好ましくは0.52%以上である。
一方、2.00%を超えると、粒界上の炭化物の個数割合が低下し、耐摩耗特性を確保することができなくなるので、Crは2.00%以下とする。好ましくは1.94%以下である。
Mo:0.001〜1.00%
Moは、炭化物の形態制御に有効な元素である。0.001%未満では、添加効果が十分に得られないので、Moは0.001%以上とする。好ましくは0.017%以上である。
一方、1.00%を超えると、炭化物中にMoが濃化し、オーステナイト相中でも安定な炭化物が多くなるため、徐冷後に粒内にも炭化物が存在し、粒界炭化物の個数比率の低下を招き、耐摩耗特性が低下するので、Moは1.00%以下とする。好ましくは0.94%以下である。
N:0.0001〜0.020%
Nは、鋼中でAlNを形成することで、熱処理時のオーステナイトの粒成長を抑制する元素である。少ないほど好ましいが、0.0001%未満に低減すると、精錬コストが大幅に増加するので、Nは0.0001%以上とする。好ましくは0.0006%以上である。
一方、0.020%を超えると、多量のAlNを含むことから、熱処理時のオーステナイトの粒成長が抑制され、焼入れ性が低下することにより、耐摩耗特性が低下するので、Nは0.020%以下とする。好ましくは0.017%以下である。
O:0.0001〜0.020%
Oは、鋼中に酸化物を形成する元素である。フェライト粒内に存在する酸化物は、炭化物の生成サイトとなるため、少ないほうが好ましい。しかし、Oを0.0001%未満に低減すと、精錬コストが大幅に増加するので、Oは0.0001%以上とする。好ましくは0.0006%以上である。
一方、0.020%を超えると、粗大な酸化物を形成するようになり、耐摩耗特性が低下するので、Oは0.020%以下とする。好ましくは0.017%以下である。
Ti:0.0001〜0.010%
Tiは、炭化物の形態の制御に重要な元素であり、多量の含有により、フェライト粒内の炭化物の生成を促す元素である。少ないほど好ましいが、0.0001%未満に低減すると、精錬コストが大幅に増加するので、Tiは0.0001%以上とする。好ましくは0.0006%以上である。
一方、0.010%を超えると、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界上の炭化物の個数の比が1未満となり、耐摩耗特性が低下するので、Tiは0.010%以下とする。好ましくは0.007%以下である。
B:0〜0.0005%
Bは、加工時における転位のすべりの制御に有効な元素である。多量の含有により、すべり系の活動が制限され、過度な歪の集中を招き、ボイドが生成しやすくなるため、Bは、少ないほうが好ましい。しかし、0.0001%未満のBの検出には細心の注意が必要であるとともに、分析装置によっては、検出下限以下に至るので、Bは0%を下限とする。Bの添加効果を十分に得るには、0.0001%以上が好ましい。
一方、0.0005%を超えると、打ち抜き時に破断面の生成が促進され、耐摩耗特性が低下するので、Bは0.0005%以下とする。好ましくは0.0004%以下である。
本発明鋼板は、上記元素を基本元素とするが、さらに、耐摩耗特性を向上させる目的で、以下の元素を選択的に含有してもよい。
Nb:0.001〜0.10%
Nbは、炭化物の形態制御に有効な元素であり、また、組織を微細化して、靭性の向上に寄与する元素である。0.001%未満では、添加効果が十分に得られないので、Nbは0.001%以上とする。好ましくは0.002%以上である。
一方、0.10%を超えると、微細なNb炭化物が多数析出し、強度が過度に上昇し、耐摩耗特性が低下するので、Nbは0.10%以下とする。好ましくは0.09%以下である。
V:0.001〜0.10%
Vも、Nbと同様に、炭化物の形態制御に有効な元素であり、また、組織を微細化して、靭性の向上に寄与する元素である。0.001%未満では、添加効果が十分に得られないので、Vは0.001%以上とする。好ましくは0.004%以上である。
一方、0.10%を超えると、微細なV炭化物が多数析出し、強度が過度に上昇し、耐摩耗特性が低下するので、Vは0.10%以下とする。好ましくは0.09%以下である。
Cu:0.001〜0.10%
Cuは、微細な析出物を形成し、強度の向上に寄与する元素である。0.001%未満では、強度向上効果が十分に得られないので、Cuは0.001%以上とする。好ましくは0.008%以上である。
一方、0.10%を超えると、焼鈍時に粒界炭化物の生成を抑制し、耐摩耗特性が低下するのでCuは0.10%以下とする。好ましくは0.09%以下である。
W:0.001〜0.10%
Wも、Nb、Vと同様に、炭化物の形態制御に有効な元素である。0.001%未満では、添加効果が十分に得られないので、Wは0.001%以上とする。好ましくは0.003%以上である。
一方、0.10%を超えると、微細なW炭化物が多数析出し、強度が過度に上昇し、耐摩耗特性が低下するので、Wは0.10%以下とする。好ましくは0.08%以下である。
Ta:0.001〜0.10%
Taも、Nb、V、Wと同様に、炭化物の形態制御に有効な元素である。0.001%未満では、添加効果が十分に得られないので、Taは0.001%以上とする。好ましくは0.007%以上である。
一方、0.10%を超えると、微細なTa炭化物が多数析出し、強度が過度に上昇し、耐摩耗特性が低下するので、Taは0.10%以下とする。好ましくは0.09%以下である。
Ni:0.001〜0.10%
Niは、熱処理時の焼入れ性の向上に有効な元素である。0.001%未満では、添加効果が十分に得られないので、Niは0.001%以上とする。好ましくは0.002%以上である。
一方、0.10%を超えると、粒界炭化物の個数比率が低下し、耐摩耗特性が低下するので、Niは0.10%以下とする。好ましくは0.09%以下である。
Sn:0.001〜0.050%
Snは、鋼原料(スクラップ)から混入する元素である。少ないほど好ましいが、0.001%未満に低減すると、精錬コストが大幅に増加するので、Snは0.001%以上とする。好ましくは0.002%以上である。
一方、0.050%を超えると、粒界炭化物の個数比率が低下し、耐摩耗特性が低下するので、Snは0.050%以下とする。好ましくは0.048%以下である。
Sb:0.001〜0.050%
Sbは、Snと同様に、鋼原料(スクラップ)から混入する元素である。Sbは、粒界に偏析し、粒界炭化物の個数比率を低下させるので、少ないほど好ましいが、0.001%未満へ低減すると、精錬コストが大幅に増加するので、Sbは0.001%以上とする。好ましくは0.002%以上である。
一方、0.050%を超えると、粒界炭化物の個数比率が低下し、耐摩耗特性が低下するので、Sbは0.050%以下とする。好ましくは0.048%以下である。
As:0.001〜0.050%
Asは、Sn、Sbと同様に、鋼原料(スクラップ)から混入する元素である、Asは、粒界に偏析し、粒界炭化物の個数比率を低下させるので、少ないほど好ましいが、0.001%未満へ低減すると、精錬コストが大幅に増加するので、Asは0.001%以上とする。好ましくは0.002%以上である。
一方、0.050%を超えると、粒界炭化物の個数比率が低下し、耐摩耗特性が低下するので、Asは0.050%以下とする。好ましくは0.045%以下である。
Mg:0.0001〜0.050%
Mgは、微量の添加で硫化物の形態を制御できる元素である。0.0001%未満では、添加効果が十分に得られないので、Mgは0.0001%以上とする。好ましくは0.0008%以上である。
一方、0.050%を超えると、粗大な酸化物が生成し、耐摩耗特性が低下するので、Mgは0.050%以下とする。好ましくは0.049%以下である。
Ca:0.001〜0.050%
Caは、Mgと同様に、微量の添加で硫化物の形態を制御できる元素である。0.001%未満では、添加効果が十分に得られないので、Caは0.001%以上とする。好ましくは0.003%以上である。
一方、0.050%を超えると、粗大なCa酸化物が生成し、耐摩耗特性が低下するので、Caは0.050%以下とする。好ましくは0.040%以下である。
Y:0.001〜0.050%
Yは、Mg、Caと同様に、微量の添加で硫化物の形態を制御できる元素である。0.001%未満では、添加効果が十分に得られないので、Yは0.001%以上とする。好ましくは0.003%以上である。
一方、0.050%を超えると、粗大なY酸化物が生成し、耐摩耗特性が低下するので、Yは0.050%以下とする。好ましくは0.031%以下である。
Zr:0.001〜0.050%
Zrは、Mg、Ca、Yと同様に、微量の添加で硫化物の形態を制御できる元素である。0.001%未満では、添加効果が十分に得られないので、Zrは0.001%以上とする。好ましくは0.004%以上である。
一方、0.050%を超えると、粗大なZr酸化物が生成し、耐摩耗特性が低下するので、Zrは0.050%以下とする。好ましくは0.045%以下である。
La:0.001〜0.050%
Laは、微量の添加で硫化物の形態制御に有効な元素であり、また、粒界に偏析し、粒界炭化物の個数比率を低下させる元素である。0.001%未満では、形態制御効果が十分に得られないので、Laは0.001%以上とする。好ましくは0.003%以上である。
一方、0.050%を超えると、粗大な酸化物が生成し、耐摩耗特性が低下するので、Laは0.050%以下とする。好ましくは0.047%以下である。
Ce:0.001〜0.050%
Ceは、Laと同様に、微量の添加で硫化物の形態を制御できる元素であり、また、粒界に偏析し、粒界炭化物の個数比率を低下させる元素である。0.001%未満では、形態制御効果が十分に得られないので、Ceは0.001%以上とする。好ましくは0.003%以上である。
一方、0.050%を超えると、粗大な酸化物が生成し、耐摩耗特性が低下するので、Ceは0.050%以下とする。好ましくは0.046%以下である。
なお、本発明鋼板の成分組成の残部は、Fe及び不可避不純物である。
本発明鋼板において、前述の成分組成に加え、最適な熱延及び焼鈍を施して、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率を1超とし、ビッカース硬さを100HV以上180HV以下とすることで、熱処理後の耐摩耗特性が向上することは、本発明者らが見いだした新規な知見である。
まず、本発明鋼板の組織は、実質的に、フェライトと炭化物で構成され、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率が1を超える組織とする。なお、炭化物は、鉄と炭素の化合物であるセメンタイト(Fe3C)に加え、セメンタイト中のFe原子をMn、Cr等で置換した化合物、合金炭化物(M23C6、M6C、MC等であり、MはFe及びその他の金属元素)である。
次に、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率を1超と規定する理由について説明する。
煤を含む潤滑油中での部品の耐摩耗特性を確保するためには、硬い煤の粒子によるアブレッシブ摩耗に対する耐性機能を向上させること、更には、煤内部に形成する腐食環境に対して耐食性機能を確保することが必要となる。上記の機能を確保するためには、鋼へのCrの添加が有効である。Crは、焼入れ・焼戻し、オーステンパー時の炭化物の成長を抑え、鋼材の強度を増加させることにより、アブレッシブ摩耗による耐性を向上させ、かつ耐食性を向上させる元素である。
一方、Crを単純に添加する場合は、鋼材の硬さの増加を招くため、打ち抜き部の剪断面比率が低下する。特に、打ち抜き端面に定常的に荷重が加わるチェーンプレートなどの駆動系部品では、主に剪断面で荷重を受けるため、剪断面比率が低下することにより、耐摩耗特性が低下する。このため、従来の鋼板では、打ち抜き端面の耐摩耗特性を向上させることは困難であった。
この困難な課題の解決には、焼入れ・焼戻し及びオーステンパーなどの熱処理後に、Crの濃化領域を3〜40μmの間隔で均一に分散させておくことが効果的である。上記のようにCrの濃化領域を分散させておくことにより、Crの添加による強度の増加及び耐食性の向上を最大限に利用することができ、煤が混入する潤滑油中においても優れた耐摩耗特性を確保することができる。
鋼板中の炭化物は、Crが濃化するサイトである。熱延板焼鈍後の炭化物をフェライト粒界に存在させることで、Cr濃化領域を均一に分散させることが可能となる。なお、焼入れ・焼戻し及びオーステンパーにおける加熱(オーステナイト化処理)において、Crの濃化領域の消滅を抑制するために、炭化物中にCrを高濃度に含有させる必要があり、このため、最適な熱延及び焼鈍条件の確保が求められる。これらの技術改善により耐摩耗特性を向上することが、初めて可能となる。
理論及び原則に基づけば、耐摩耗特性は、フェライト粒界の炭化物の被覆率の影響を強く受けると考えられ、その高精度な測定が求められるが、3次元空間におけるフェライト粒界への炭化物の被覆率の測定には、走査型電子顕微鏡内にてFIBによるサンプル切削と観察を繰り返し行うシリアルセクショニングSEM観察、又は、3次元EBSP観察が必須となり、膨大な測定時間を要するとともに、技術ノウハウの蓄積が不可欠となる。
本発明者らはこのことを明らかにし、より簡易的で精度の高い評価指標を探索した結果、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率を指標とすれば、耐摩耗特性を評価することができ、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率が1を超えると、耐摩耗特性が著しく向上することを、見出した。
なお、Crの非濃化領域では前述の作用で耐摩耗特性が得られないものの、図5で模式的に示すとおり、Crの非濃化領域では潤滑油のプールが形成され、流体潤滑の状態に保たれることにより、耐摩耗特性が確保されると考えられる。
炭化物の平均粒子径は0.1μm以上2.0μm以下が好ましい。炭化物の粒子径が0.1μm未満であると、鋼板の硬さが顕著に増加して、脆性的な破壊が起き易くなり、打ち抜き端面の性状が低下するので、炭化物の平均粒径は0.1μm以上が好ましい。より好ましくは0.17μm以上である。
一方、平均粒子径が2.0μmを超えると、打ち抜き時に、粗大な炭化物を起点として亀裂が発生し、打ち抜き端面の性状が低下し、耐摩耗特性が低下するので、炭化物の平均粒径は2.0μm以下が好ましい。より好ましくは1.95μm以下である。
続いて、本発明鋼板の組織の観察方法及び測定方法について説明する。
炭化物の観察は、走査型電子顕微鏡で行なう。観察に先立ち、組織観察用のサンプルを、エメリー紙による湿式研磨及び1μmの平均粒子サイズをもつダイヤモンド砥粒により研磨し、観察面を鏡面に仕上げた後、飽和ピクリン酸−アルコール溶液にて組織をエッチングしておく。
観察の倍率を3000倍とし、板厚1/4層における30μm×40μmの視野をランダムに8枚撮影する。得られた組織画像に対し、三谷商事株式会社製(Win ROOF)に代表される画像解析ソフトにより、その領域中に含まれる各炭化物の面積を詳細に測定する。各炭化物の面積から円相当直径(=2×√(面積/3.14))を求め、その平均値を炭化物粒子径とする。
なお、ノイズによる測定誤差の影響を抑えるため、面積が0.01μm2以下の炭化物は評価の対象から除外する。
フェライト粒界上に存在する炭化物の個数をカウントし、全炭化物数から粒界上の炭化物数を引算し、フェライト粒内の炭化物数を求める。測定した個数に基づいて、フェライト粒内の炭化物に対する粒界の炭化物の個数比率を算出する。
熱延板焼鈍後の組織として、フェライト粒径を3.0μm以上40.0μm以下とすることで、耐摩耗特性を改善することができる。フェライト粒径が3μm未満であると、Cr濃化領域の間隔が狭くなり、耐摩耗特性を確保できなくなるので、フェライト粒径は3.0μm以上が好ましい。より好ましくは7.5μm以上である。
一方、フェライト粒径が40.0μmを超えると、Crの非濃化領域が優先的に摩耗するようになり、耐摩耗特性が低下するので、フェライト粒径は40.0μm以下が好ましい。より好ましくは37.9μm以下である。
フェライト粒径は、前述の手順で、組織観察用のサンプルの観察面を鏡面に研磨した後、3%硝酸−アルコール溶液でエッチングした観察面の組織を、光学顕微鏡又は走査型電子顕微鏡で観察し、撮影した画像に対し線分法を適用して測定する。
鋼板のビッカース硬さを100HV以上180HV以下とすることで、打ち抜き端面の剪断面比率を高めることができ、これにより耐摩耗特性を改善することができる。ビッカース硬さが100HV未満であると、打ち抜き端面でのダレの割合が大きくなり、剪断面比率が低下することから耐摩耗特性が低下するので、ビッカース硬さは100HV以上とする。好ましくは110HV以上である。
一方、ビッカース硬さが180HVを超えると、延性が低下し、打ち抜き時に破断面が生成しやすくなり、剪断面比率が低下することから耐摩耗特性が悪化するので、ビッカース硬さは180HV以下とする。好ましくは170HV以下である。
続いて、耐摩耗特性の評価方法について説明する。本評価では、特に自動車のカムシャフトに動力を伝達するチェーンプレートの摩耗を模擬する環境で試験を実施している。
図3に、耐摩耗特性の評価で用いた試験片の寸法を示す。板厚2.3mm、幅40mm、長さ90mmの矩形状に切り出した鋼板サンプルにおいて、幅中央かつ長さ端部から15mmの位置に打ち抜き孔を形成させる。打ち抜きはダイス穴内径10.5mm、パンチ外径10mmの条件で実施した。
室温から840℃まで加熱した後、20分の保持を行い、60℃の油中に焼入れた。焼入れサンプルに、170℃で60分保持後に空冷する焼戻し処理を施し、熱処理サンプルを作製した。なお、本評価では熱処理として焼入れ・焼戻しを採用したものの、オーステンパー処理(例えば、室温まで840℃に加熱した後、20分の保持を行い、520℃±20℃の温度範囲まで空冷もしくはガス冷却後、520℃の雰囲気中で40分保持した後に、空冷する処理)を施した試験片においても、同様の評価結果が得られることを確認したことを付記しておく。
硬質皮膜処理(クロマイジング処理)を施した直径9.8mmのピンとともに、上記[0107]及び[0108]に記載の手順で作製した試験片を用いて耐摩耗特性を評価する。図4に試験装置の概要を模式的に示す。SAE粘度分類が5W−20のエンジンオイルに対して0.6質量%の煤を添加した潤滑油中に、上記の試験片とピンを浸漬する。ピンは装置に取り付けた軸に固定し、水平方向の移動を制限する。軸は、同様に装置に取り付けたモーターと、ベルトで連結する。モーターの回転運動をベルトが軸に伝達し、ピンに回転運動を与えることができる。直径10mmの打ち抜き孔の中に、直径9.8mmのピンを挿入し、潤滑油の液面が打ち抜き孔の直径に等しくなるように高さを調節し、試験片の高さ位置を固定する。続いて、潤滑油の温度を恒温装置により90℃に保った後に、モーターの電源を投入し、ピンを1000rpmで回転させる。その後、試験片に294Nの水平荷重を与え、打ち抜き孔とピンの間に面圧を発生させる。なお、試験中に潤滑油中への不純物の混入を避けるため、装置内を密閉の環境で維持しておく。また、自動車のエンジン内の環境を模擬するために、1時間の連続運転の後、2時間のあいだ運転を休止させる。休止の際は、潤滑油の恒温装置、ピンの回転、水平荷重の全ての電源及び運動を停止させる。この休止において、エンジンオイルから水分が蒸発し、装置内の雰囲気の露点が上昇する。露点の上昇により、煤の中に含まれる硫黄を起点として硫酸を主成分とする腐食性の環境が煤の中に生成するため、部品の耐硫酸露点腐食も同時に評価することが可能となる。評価は、“1時間の連続運転・2時間の休止”を20回繰り返して行った後にサンプルの打ち抜き孔のサイズ変化の測定結果をもとに実施した。打ち抜き孔のサイズは、摩耗試験前後での試験片の長さ方向における孔の長さの変化を、キーエンス製の画像寸法測定器(IM−6145)を用いて測定した。
なお、初期板厚が2.3mm以外の場合でも、本評価と同様に打ち抜きクリアランス(ダイスとポンチの片側寸法差/板厚)を10%程度に設定することにより、同様の結果が得られるため、本発明が対象とする熱延鋼板は、板厚2.3mmの熱延鋼板に限定されない。本発明は、一般的な板厚(1〜15mm)の熱延鋼板においても、耐摩耗特性を向上させることが可能である。
次に、本発明製造方法について説明する。
本発明製造方法の技術思想は、前述の成分組成の鋼片から鋼板を製造するに際し、熱延条件と焼鈍条件を一貫して管理し、熱処理後の耐摩耗特性を向上させることである。
本発明製造方法の特徴について説明する。
<熱延の特徴>
所要の成分組成を有する溶鋼を連続鋳造してスラブとし、該スラブを、常法通り、そのまま、又は、一旦冷却後加熱して、熱間圧延に供し、650℃以上950℃以下の温度域で仕上げ熱延を終了する。仕上げ圧延後の熱延鋼板をROT上で冷却し、巻取温度400℃以上600℃以下で巻き取る。
<焼鈍の特徴>
熱延鋼板に酸洗を実施した後、2つの温度域で保持する2段ステップ型の箱焼鈍を施すが、その際、1段目の焼鈍において、熱延鋼板に、焼鈍温度まで30℃/時間以上150℃/時間以下の加熱速度で加熱し、650℃以上720℃以下の温度域に3時間以上60時間以下保持する焼鈍を施す。
次の2段目の焼鈍においては、熱延鋼板に、焼鈍温度まで1℃/時間以上80℃/時間以下の加熱速度で加熱し、725℃以上790℃以下の温度域に3時間以上50時間以下保持する焼鈍を施す。
次に、焼鈍後の熱延鋼板を、650℃まで、冷却速度1℃/時間以上100℃/時間以下で冷却し、その後、室温まで冷却する。
この熱延条件と焼鈍条件の連携により、熱処理後の耐摩耗特性に優れる高炭素鋼板を得ることができる。
以下に、本発明製造方法の工程条件について具体的に説明する。
<熱間圧延>
仕上げ熱延温度:650℃以上950℃以下
巻取温度:400℃以上600℃以下
所要の成分組成を有する溶鋼を連続鋳造してスラブとし、そのまま、又は、一旦冷却後加熱して、熱間圧延に供し、650℃以上950℃以下の温度域で仕上げ熱延を終了し、熱演鋼板を400℃以上600℃以下で巻き取る。
スラブ加熱温度は1300℃以下が好ましく、スラブ表層の温度が1000℃以上に保持される加熱時間は7時間以下が好ましい。
加熱温度が1300℃を超え、又は、加熱時間が7時間を超えると、スラブ表層の脱炭が顕著になり、焼入れ前の加熱時に、表層のオーステナイト粒が異常に成長し、耐摩耗特性が低下するので、加熱温度は1300℃以下が好ましく、加熱時間は7時間以下が好ましい。より好ましくは、加熱温度は1280℃以下、加熱時間は6時間以下である。
仕上げ熱延は、650℃以上950℃以下の温度で終了する。仕上げ熱延温度が650℃未満であると、鋼材の変形抵抗の増加から、圧延負荷が顕著に高まり、さらに、ロール磨耗量が増大し、生産性が低下するので、仕上げ熱延温度は650℃以上とする。好ましくは680℃以上である。
一方、仕上げ熱延温度が950℃を超えると、ROT(Run Out Table)を通過中に分厚いスケールが生成し、該スケールに起因して鋼板表面に疵が発生し、表面美観の劣化による生産性の低下、及び/又は、熱処理後に荷重が加わった時に、疵を起点として亀裂が発生して耐摩耗特性が低下するので、仕上げ熱延温度は950℃以下とする。好ましくは920℃以下である。
ROT上で熱延鋼板を冷却する際の冷却速度は10℃/秒以上100℃/秒以下が好ましい。冷却速度が10℃/秒未満であると、冷却途中において、分厚いスケールの生成と、それに起因する疵の発生を抑制することができず、耐摩耗特性が低下するので、冷却速度は10℃/秒以上が好ましい。より好ましくは20℃/秒以上である。
一方、鋼板の表層から内部にわたり、100℃/秒を超える冷却速度で熱延鋼板を冷却すると、最表層部が過剰に冷却されて、最表層部に、ベイナイトやマルテンサイトなどの低温変態組織が生じる。
巻き取り後、100℃〜室温の熱延鋼板を払い出す際、上記低温変態組織に微小クラックが発生し、続く酸洗工程及び冷延工程でクラックを取り除くことが難しく、熱処理後に荷重が加わった時、クラックを起点に亀裂が進展し、耐摩耗特性の低下を招くので、冷却速度は100℃/秒以下が好ましい。より好ましくは80℃/秒以下である。
なお、上記冷却速度は、仕上げ熱延後の熱延鋼板が無注水区間を通過した後、注水区間で水冷却を受ける時点から、巻き取りの目標温度までROT上で冷却される時点において、各注水区間の冷却設備から受ける冷却能を指しており、注水開始点から巻取機により巻き取られる温度までの平均冷却速度を示すものではない。
巻取温度は400℃以上600℃以下とする。巻取温度が400℃未満であると、巻取り前に未変態であったオーステナイトが硬いマルテンサイトに変態し、巻き取った熱延鋼板の払い出し時に、表層にクラックが発生し、耐摩耗特性が低下するので、巻取温度は400℃以上とする。好ましくは430℃以上である。
一方、巻取温度が600℃を超えると、ラメラー間隔の大きなパーライトが生成し、熱的安定性の高い分厚い針状の炭化物が形成され、2段ステップ型の箱焼鈍の後にも、針状の炭化物が残留する。打ち抜き時、この針状の炭化物を起点として亀裂が発生し、破断面比率の増加を招くため、巻取温度は600℃以下とする。好ましくは570℃以下である。
上記条件で製造した熱延鋼板に、酸洗後、2つの温度域で保持する2段ステップ型の箱焼鈍を施す。熱延鋼板に2段ステップ型の箱焼鈍を施すことにより、炭化物の安定性を制御し、フェライト粒界への炭化物の形成を促進する。
まず、2段ステップ型の箱焼鈍の技術的思想について説明する。
1段目の焼鈍をAc1点以下の温度域で実施することにより、炭化物を粗大化させるとともに、添加金元素を濃化させ、炭化物の熱的安定性を高める。その後、Ac1点以上の温度域に昇温し、オーステナイトを組織中に生成させ、微細なフェライト粒内の炭化物をオーステナイト中に溶解させ、粗大な炭化物をオーステナイト中に残存させる。
その後の徐冷により、オーステナイトをフェライトに変態させ、オーステナイト中の炭素濃度を高めていく。徐冷を進めることで、オーステナイト中に残存する炭化物に炭素原子が吸着し、炭化物とオーステナイトが、フェライトの粒界を覆うようになり、最終的に、フェライト粒界に炭化物が多量に存在する組織を形成することが可能となる。それ故、本発明で規定する組織が、単純な焼鈍のみで形成され得ないことは明白である。
以下に、具体的な焼鈍条件について説明する。
<1段目の箱焼鈍>
焼鈍温度までの加熱速度:30℃/時間以上150℃/時間
焼鈍温度:650℃以上720℃以下
焼鈍温度での保持時間:3時間以上60時間以下
1段目の焼鈍温度までの加熱速度を30℃/時間以上150℃/時間以下とする。加熱速度が30℃/時間未満であると、昇温に時間を要し生産性が低下するので、加熱速度は30℃/時間以上とする。好ましくは40℃/時間以上である。
一方、加熱速度が150℃/時間を超えると、コイルの外周部と内部の温度差が増大し、熱膨張差に起因してすり疵や焼付きが発生し、鋼板表面に凹凸が生成する。熱処理後の耐摩耗特性の評価時には、この凹凸を起点として亀裂が発生し、耐摩耗特性の低下を招くので、加熱速度は150℃/時間以下とする。好ましくは120℃/時間以下である。
1段目の焼鈍における焼鈍温度(1段目の焼鈍温度)は650℃以上720℃以下とする。1段目の焼鈍温度が650℃未満であると、炭化物の安定度が不足し、2段目の焼鈍において、オーステナイト中に炭化物を残存させることが困難となるので、1段目の焼鈍温度は650℃以上とする。好ましくは670℃以上である。
一方、焼鈍温度が720℃を超えると、炭化物の安定度が高まる前に、オーステナイトが生成して、前述の組織変化を制御することができなくなるので、焼鈍温度は720℃以下とする。好ましくは700℃以下である。
1段目の焼鈍における保持時間(1段目の保持時間)は3時間以上60時間以下とする。1段目の保持時間が3時間未満であると、炭化物の安定化が十分ではなく、2段目の焼鈍において、炭化物を残存させることが困難となるので、1段目の保持時間は3時間以上とする。好ましくは10時間以上である。
一方、1段目の保持時間が60時間を超えると、一層の炭化物の安定度向上は見込めず、さらに、生産性の低下を招くので、1段目の保持時間は60時間以下とする。好ましくは50時間以下である。
<2段目の箱焼鈍>
焼鈍温度までの加熱速度:1℃/時間以上80℃/時間
焼鈍温度:725℃以上790℃以下
焼鈍温度での保持時間:3時間以上50時間以下
1段目の焼鈍における保持の終了後、熱延鋼板を、焼鈍温度まで加熱速度1℃/時間以上80℃/時間以下で加熱する。2段目の焼鈍においては、フェライト粒界からオーステナイトが生成し成長する。加熱速度を遅くすることで、オーステナイトの核生成を抑えることができ、徐冷後に得られる組織において、炭化物の粒界被覆率を高めることが可能となる。それ故、2段目の焼鈍における加熱速度は小さい方が好ましい。
加熱速度が1℃/時間未満であると、昇温に時間を要し生産性が低下するので、加熱速度は1℃/時間以上とする。好ましくは10℃/時間以上である。
一方、加熱速度が80℃/時間を超えると、コイルの外周部と内部の温度差が増大し、変態による大きな熱膨張差に起因して、すり疵や焼付きが発生し、鋼板表面に凹凸が生成する。熱処理後に荷重が加わった時、クラックを起点に亀裂が進展し、耐摩耗特性の低下を招くので、加熱速度は80℃/時間以下とする。
2段目の焼鈍における焼鈍温度(2段目の焼鈍温度)は725℃以上790℃以下とする。2段目の焼鈍温度が725℃未満であると、オーステナイトの生成量が少なく、フェライト粒界上の炭化物の個数比率が低下するので、2段目の焼鈍温度は725℃以上とする。好ましくは735℃以上である。
一方、2段目の焼鈍温度が790℃を超えると、炭化物をオーステナイト中に残存させることが困難となり、前述の組織変化に制御することが難しくなるので、2段目の焼鈍温度は790℃以下とする。好ましくは780℃以下である。
2段目の焼鈍における保持時間(2段目の保持時間)は1時間以上50時間以下とする。2段目の保持時間が1時間未満であると、オーステナイト量の生成量が少なく、かつ、フェライト粒内の炭化物の溶解が十分でなく、フェライト粒界上の炭化物の個数比率を増加させることが困難となるので、2段目の保持時間は1時間以上とする。好ましくは5時間以上である。
一方、2段目の保持時間が50時間を超えると、炭化物をオーステナイト中に残存させることが困難となるので、2段目の保持時間は50時間以下とする。好ましくは45時間以下である。
<焼鈍後の冷却>
冷却停止温度:650℃
冷却速度:1℃/時間以上100℃/時間以下
2段目の焼鈍における保持が終了した後、焼鈍後の熱延鋼板を、650℃まで、1℃/時間以上100℃/時間以下の冷却速度で徐冷却する。徐冷却停止温度が650℃を超えると、その後の室温までの100℃/時間を超える冷却速度によって未変態のオーステナイトがパーライトもしくはベイナイトに変態し、硬さが増加し、打ち抜き性が低下するので、冷却停止温度は650℃とする。
2段目の焼鈍において生成したオーステナイトを冷却して、フェライトに変態させるとともに、オーステナイト中に残存した炭化物へ炭素を吸着させるには、冷却速度は遅い方が好ましい。冷却速度が1℃/時間未満であると、冷却のために要する時間が増大し、生産性が低下するので、冷却速度は1℃/時間以上とする。好ましくは10℃/時間以上である。
一方、冷却速度が100℃/時間を超えると、オーステナイトがパーライトに変態し、鋼板の硬さが増加して、打ち抜き性の低下及び熱処理後の耐摩耗特性の低下を招くので、冷却速度は100℃/時間以下とする。好ましくは90℃/時間以下である。
なお、箱焼鈍の雰囲気は、特定の雰囲気に限定されない。例えば、95%以上の窒素の雰囲気、95%以上の水素の雰囲気、及び、大気雰囲気のいずれでもよい。
以上説明したように、本発明製造方法によれば、実質的に、フェライトと炭化物の組織を形成でき、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率が1を超え、ビッカース硬さが100HV以上180HV以下であることにより熱処理後の耐摩耗特性にも優れる高炭素鋼板を製造することができる。
次に、実施例について説明するが、実施例の水準は、本発明の実施可能性ならびに効果を確認するために採用した実行条件の一例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明目的を達する限りにおいては、種々の条件を採用することが可能なものである。
表1に示す成分組成を有する連続鋳造鋳片(鋼塊)を、1220℃で1.5時間加熱した後、熱間圧延に供した。905℃で仕上げ熱延を終了し、ROT上で40℃/秒の冷却速度で540℃まで冷却し、525℃で巻き取り、板厚2.3mmの熱延コイルを製造した。
熱延コイルを酸洗し、箱型焼鈍炉内にコイルを装入し、雰囲気を95%水素−5%窒素に制御した後、室温から710℃までを120℃/時間の加熱速度で加熱し、710℃で25時間保持してコイル内の温度分布を均一化した。その後、4℃/時間の加熱速度で745℃まで加熱し、さらに、745℃で9時間保持した後、650℃までを6℃/時間の冷却速度で冷却し、その後に室温まで炉冷して、特性評価用のサンプルを作製した。
サンプルの組織は、前述の方法で観察し、[0107]〜[0109]に記載の方法において各試験片の耐摩耗特性を評価した。
耐摩耗特性の試験の結果、摩耗長さが0.1mm未満のサンプルについては、耐摩耗特性に優れる“OK”の評点をつけ、摩耗長さが0.1mmを超えるサンプルについては、耐摩耗性に劣る“NG”の評点をつけた。
表2に、製造したサンプルにおける、炭化物径、フェライト粒径、ビッカース硬さ、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率、及び、耐摩耗性の測定結果と評価結果を示す。
表2に示すように、発明鋼A−1、B−1、C−1、D−1、E−1、F−1、G−1、H−1、I−1、J−1、及び、K−1は、いずれも、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率が1を超え、ビッカース硬さが100HV以上180HV以下であり、耐摩耗特性に優れている。
これに対し、比較鋼L−1は、C量が著しく低く、熱延板焼鈍後の硬さが100HV未満であり、打ち抜き端面においてダレの比率が増え、剪断面比率が減少したため、耐摩耗特性が低い。また、比較鋼M−1は、C量が低く、熱処理後の強度が十分でないため、耐摩耗特性が低い。比較鋼N−1、Q−1は、P、Alを過剰に含有し、2段目の焼鈍時、γ/α界面への偏析量が大きいため、粒界における炭化物の形成が抑制されている。また、比較鋼AA−1はNを過剰に含有し、クロム窒化合物が多量に生成することにより、焼き入れのための加熱時にオーステナイト粒が微細に保たれたため、焼き入れ後の組織に焼き入れ不良層(パーライト)が含まれるようになり、熱処理後の硬さが低下したため耐摩耗性が低下した。
比較鋼T−1は、Siを過剰に含有し、フェライトの硬さが高く、打ち抜き端面の剪断面比率が小さいため、耐摩耗特性が低い。比較鋼O−1及びU−1は、それぞれ、Mo、Crを過剰に含有するため、フェライト粒内に炭化物が微細に分散し、粒界の炭化物数の個数の比率が低下している。比較鋼R−1は、Mnを過剰に含有するため、熱処理後の靭性が著しく劣化し、これにより耐摩耗特性が顕著に低い。
比較鋼P−1は、Cr量が少なく、熱処理後にCr濃化層を部品内に分散させることができないため、耐摩耗性が低い。比較鋼S−1は、Sを過剰に含有するため、鋼中に粗大なMnSが生成し、打ち抜き端面の破断面比率の増加とともに剪断面比率の低下を招くことから、耐摩耗特性が低い。比較鋼V−1は、Cを過剰に含有するため、フェライトの硬さが高く、打ち抜き端面の剪断面比率が小さいため、耐摩耗特性が低い。
比較鋼W−1は、Mn量が少なく、炭化物の安定度を高めることが困難であったため、熱処理後の耐摩耗特性が低い。比較鋼X−1は、Oを過剰に含有するため、鋼材内に粗大な酸化物が生成し、破壊の起点となるため、耐摩耗特性が低い。比較鋼Y−1は、Tiを過剰に含有するため、フェライト粒内に存在するTiCが、2相域焼鈍後の徐冷において炭化物の生成サイトとなり、粒界における炭化物の生成が抑制されて、耐摩耗特性が低い。比較鋼Z−1は、Bを過剰に含有するため、耐摩耗特性が低い。
続いて、製造条件の影響を調べるため、表1に示すA、B、C、D、E、F、G、H、J、及び、Kの成分組成を有するスラブを、表3に示す熱延条件及び焼鈍条件にて、板厚2.3mmの熱延板焼鈍サンプルを作製した。
表3に、作製したサンプルについての、炭化物径、フェライト粒径、ビッカース硬さ、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率、及び、耐摩耗特性の測定結果と評価結果を示す。
比較鋼E−2は、仕上げ熱延温度が低く、圧延荷重が増加して生産性が低い。比較鋼J−3は、仕上げ熱延温度が高く、表面美観の低下とともに、生産性の低下を招いた。
比較鋼K−2は、巻取温度が低く、ベイナイトやマルテンサイト等の低温変態組織が多く生成して脆化し、熱延コイル払い出し時に割れが頻発して、生産性が低下している。
比較鋼A−3は、巻取温度が高いことから、粒界酸化を抑制できず、表面美観の低下とともに、生産性の低下を招いた。比較鋼K−4は、2段ステップ型の箱焼鈍の1段目の焼鈍における加熱速度が遅いため、生産性が低い。
比較鋼G−4は、1段目の焼鈍における加熱速度が速いため、コイルの内部と内外周部との温度差が大きくなり、熱膨張差に起因したスリ疵及び焼付きが発生し、表面美観が低下するため、生産性が低い。
比較鋼D−4は、1段目の焼鈍における保持温度(焼鈍温度)が低く、Ac1点以下での炭化物の粗大化処理が不十分であり、炭化物の熱的安定度が不十分であることにより、2段目の焼鈍において残存する炭化物が減少し、徐冷後の組織においてパーライト変態を抑制できないため、硬さが増加するとともに、耐摩耗特性が低い。
比較鋼C−4は、1段目の焼鈍における保持温度(焼鈍温度)が高く、焼鈍中にオーステナイトが生成し、炭化物の安定度を高めることができないため、焼鈍後にパーライトが生成し、ビッカース硬さが180HVを超えて、耐摩耗特性が低い。比較鋼D−2は、1段目の焼鈍における保持時間が短く、炭化物の安定度を高めることができず、耐摩耗特性が低い。
比較鋼A−2は、1段目の焼鈍における保持時間が長く、生産性が低いことに加え、焼付き疵が発生し、耐摩耗特性が低い。比較鋼B−4は、2段ステップ型の箱焼鈍の2段目の焼鈍における加熱速度が遅いため、生産性が低い。比較鋼F−3は、2段目の焼鈍における加熱速度が速いため、コイルの内部と外周部の温度差が大きくなり、変態による大きな熱膨張差に起因したスリ疵及び焼付きが発生し、表面美観が低下するため、生産性が低い。
比較鋼H−4は、2段目の焼鈍における保持温度(焼鈍温度)が低く、オーステナイトの生成量が少なく、フェライト粒界における炭化物の個数割合を増やすことができないため、耐摩耗特性が低い。比較鋼H−3は、2段目の焼鈍における保持温度(焼鈍温度)が高く、焼鈍中に炭化物の溶解が促進したため、徐冷後に粒界炭化物を形成させることが難しくなり、さらに、パーライトが生成し、ビッカース硬さが180HVを超えて、耐摩耗特性が低い。
比較鋼B−2は、2段目の焼鈍における保持時間が長く、炭化物の溶解が促進したため、耐摩耗特性が低い。比較鋼J−2は、2段目の焼鈍における保持時間が短く、フェライト粒界における炭化物の個数割合を増やすことができないため、耐摩耗特性が低い。比較鋼I−2は、2段目の焼鈍から650℃までの冷却速度が遅く、生産性が低いとともに、徐冷後の組織に粗大な炭化物が生成して、摩耗試験時に粗大な炭化物を起点として亀裂が発生し、耐摩耗特性が低下した。比較鋼E−3は、2段目の焼鈍から650℃までの冷却速度が速く、冷却時にパーライト変態が起きて硬さが増加するため、耐摩耗特性が低い。
次に、その他元素の許容含有量を調べるため、表4−1及び表4−2(表4−1の続き)に示す成分組成を有する連続鋳造鋳片(鋼塊)を1220℃で1.5時間加熱後、熱間圧延に供した。905℃で仕上げ熱延を終了し、ROT上で40℃/秒の冷却速度で540℃まで冷却し、525℃で巻き取り、板厚2.3mmの熱延コイルを製造した。
熱延コイルを酸洗し、箱型焼鈍炉内にコイルを装入し、雰囲気を95%水素−5%窒素に制御した後、室温から710℃までを120℃/時間の加熱速度で加熱し、710℃で25時間保持してコイル内の温度分布を均一化した。その後、4℃/時間の加熱速度で745℃まで加熱し、さらに、745℃で9時間保持した後、650℃までを6℃/時間の冷却速度で冷却し、その後に室温まで炉冷して、特性評価用のサンプルを作製した。
サンプルの組織は、前述の方法で観察し、[0107]〜[0109]に記載の方法において各試験片の耐摩耗特性を評価した。
表5に、製造したサンプルにおける、炭化物径、フェライト粒径、ビッカース硬さ、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率、及び、耐摩耗特性の測定結果と評価結果を示す。
表5に示すように、発明鋼AB−1、AC−1、AD−1、AE−1、AF−1、AG−1、AH−1、AI−1、AJ−1、AK−1、AL−1、AM−1、AN−1、AO−1、AP−1、AQ−1、及び、AR−1は、いずれも、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率が1を超え、ビッカース硬さが100HV以上180HV以下であり、耐摩耗特性に優れている。
これに対し、比較鋼AT−1、AX−1、BA−1、BC−1、及び、BE−1は、それぞれ、As、Cu、Ni、Sb、Snを過剰に含有し、2段目の焼鈍時にγ/α界面への偏析量が多くなるため、粒界における炭化物の生成が抑制されている。比較鋼BH−1は、Siを過剰に含有し、フェライトの硬さが高く、打ち抜き端面の剪断面比率が小さいため、耐摩耗特性が低い。
比較鋼AW−1、BD−1、BI−1、及び、BK−1は、それぞれ、Nb、Ta、W、Vを過剰に含有するため、フェライト粒内に炭化物が微細に分散し、かつ、硬さが180HVを超えている。比較鋼BJ−1は、Mnを過剰に含有するため、靭性が低下し、熱処理後の耐摩耗特性が顕著に低い。
比較鋼AU−1、及び、BB−1は、それぞれ、Mo、Crを過剰に含有するため、フェライト粒内に炭化物が微細に分散し、粒界の炭化物の個数割合が低下している。
比較鋼AS−1、AV−1、AY−1、AZ−1、BF−1、及び、BG−1は、それぞれ、La、Zr、Ca、Mg、Y、Ceを過剰に含有し、鋼中に粗大な酸化物又は非金属介在物が生成して、摩耗試験時に粗大酸化物又は粗大非金属介在物を起点として亀裂が発生し、耐摩耗特性が低下した。比較鋼BL−1は、Cを過剰に含有するため、フェライトの硬さが高く、打ち抜き端面の剪断面比率が小さいため、耐摩耗特性が低い。
また、比較鋼BS−1はNを過剰に含有し、焼き入れ焼戻しの熱処理において、焼き入れ不良層が形成するため、耐摩耗性が低い。
続いて、製造条件の影響を調べるため、表4−1に示すAB、AC、AD、AE、AF、AG、AH、AI、AJ、AK、AL、AM、AN、AO、AP、AQ及び、ARの成分組成を有するスラブを、表6−1及び表6−2に示す熱延条件及び焼鈍条件で、板厚2.3mmの熱延板焼鈍サンプルを作製した。
表6−1及び表6−2の右列に、作製したサンプルにおける、炭化物径、フェライト粒径、ビッカース硬さ、フェライト粒内の炭化物の個数に対するフェライト粒界の炭化物の個数の比率、及び、耐摩耗特性の測定結果と評価結果を示す。
比較鋼AJ−3は、仕上げ熱延温度が低く、圧延荷重が増加して生産性が低い。比較鋼AQ−4は、仕上げ熱延温度が高く、鋼板表面にスケール疵が生成したので、表面美観の低下とともに、生産性の低下を招いた。
比較鋼AJ−4は、巻取温度が低く、ベイナイトやマルテンサイト等の低温変態組織が多く生成して脆化し、熱延コイル払い出し時に割れが頻発して、生産性が低下している。
比較鋼AC−3は、巻取温度が高いことから、粒界酸化を抑制できず、表面美観の低下とともに、生産性の低下を招いた。比較鋼AM−3は、2段ステップ型の箱焼鈍の1段目の焼鈍における加熱速度が遅いため、生産性が低い。
比較鋼AF−3は、1段目の焼鈍における加熱速度が速いため、コイルの内部と内外周部との温度差が大きくなり、熱膨張差に起因したスリ疵及び焼付きが発生し、表面美観が低下するため、生産性が低い。
比較鋼AI−2は、1段目の焼鈍における保持温度(焼鈍温度)が低く、Ac1点以下での炭化物の粗大化処理が不十分であり、炭化物の熱的安定度が不十分であることにより、2段目の焼鈍において残存する炭化物が減少し、徐冷後の組織においてパーライト変態を抑制できないため、硬さが増加するとともに、耐摩耗特性が低い。
比較鋼AN−3は、1段目の焼鈍における保持温度(焼鈍温度)が高く、焼鈍中にオーステナイトが生成し、炭化物の安定度を高めることができないため、焼鈍後にパーライトが生成し、ビッカース硬さが180HVを超えて、耐摩耗特性が低い。比較鋼AK−4は、1段目の焼鈍における保持時間が短く、炭化物の安定度を高めることができず、耐摩耗特性が低い。
比較鋼AH−4は、1段目の焼鈍における保持時間が長く、生産性が低いことに加え、焼付き疵が発生し、耐摩耗特性が低い。比較鋼AR−2は、2段ステップ型の箱焼鈍の2段目の焼鈍における加熱速度が遅いため、生産性が低い。比較鋼AL−2は、2段目の焼鈍における加熱速度が速いため、コイルの内部と外周部の温度差が大きくなり、変態による大きな熱膨張差に起因したスリ疵及び焼付きが発生し、表面美観が低下するため、生産性が低い。
比較鋼AB−2は、2段目の焼鈍における保持温度(焼鈍温度)が低く、オーステナイトの生成量が少なく、フェライト粒界における炭化物の個数割合を増やすことができないため、耐摩耗特性が低い。比較鋼AD−3は、2段目の焼鈍における保持温度(焼鈍温度)が高く、焼鈍中に炭化物の溶解が促進したため、徐冷後に粒界炭化物を形成させることが難しくなり、さらに、パーライトが生成し、ビッカース硬さが180HVを超えて、耐摩耗特性が低い。
比較鋼AE−4は、2段目の焼鈍における保持時間が長く、炭化物の溶解が促進したため、耐摩耗特性が低い。比較鋼AO−2は、2段目の焼鈍における保持時間が短く、フェライト粒界における炭化物の個数割合を増やすことができないため、耐摩耗特性が低い。比較鋼AP−3は、2段目の焼鈍から650℃までの冷却速度が遅く、生産性が低いとともに、徐冷後の組織に粗大な炭化物が生成して、摩耗試験時に粗大な炭化物を起点として亀裂が発生し、耐摩耗特性が低下した。比較鋼AF−2は、2段目の焼鈍から650℃までの冷却速度が速く、冷却時にパーライト変態が起きて硬さが増加するため、耐摩耗特性が低い。
ここで、図1に、表1のA〜AAの成分の鋼における粒内炭化物の個数に対する粒界炭化物の個数の比率と、耐摩耗特性の関係を示す。
図1から、個数比率(=粒界炭化物の個数/粒内炭化物の個数)が1を超えると、熱処理後に優れた耐摩耗特性が得られることが解る。
また、図2に、表4−1〜4−2のAB〜BWの成分の鋼における粒内炭化物の個数に対する粒界炭化物の個数の比率と、熱処理後の耐摩耗特性の別の関係を示す。
図2から、鋼板に、適正範囲の元素を添加した場合においても、個数比率(=粒界炭化物の個数/粒内炭化物の個数)が1を超えると、熱処理後に優れた耐摩耗特性が得られることが解る。