ワイヤーソーを用いた切断において、切断速度を向上させるためには、例えば、(1)ワイヤーソーの被切断物に対する走行速度を速くする、(2)ワイヤーソーに印加する張力を大きくして、ダイヤモンド層の被切断物に対する押し付け力を大きくする、(3)ワイヤーソーの単位長さ当たりのビーズの個数(以下、「ビーズの密度」という)を増加させる(即ち、ビーズピッチを小さくする)、などの方法が考えられる。
ところが、本発明者らの検討によれば、これらのいずれの方法でも、期待したほどに切断速度及び寿命を向上させることができなかった。
本発明者らは、従来のワイヤーソー900(図10参照)が切断速度及び寿命を向上させることが困難である理由を検討するにあたって、従来のワイヤーソー900が被切断物を切断するメカニズムに着目した。従来のワイヤーソー900を用いた切断では、ビーズ903が被切断物上を走行する。このとき、ビーズ903のダイヤモンド層904の外周面上の微細な凹凸が、被切断物の表面を削り取る。多数のダイヤモンド層904が被切断物の表面を繰り返し削り取ることにより、被切断物が切断される。この現象は、砥石を用いた「研削」と類似する。
例えば回転砥石を用いた研削において、砥石の回転速度を速くすると、発熱が増大し、これが砥石の砥粒を摩耗させ、砥石寿命を短くすることが知られている。また、回転砥石を用いた研削において、切り込み量を増大させると、砥石の砥粒が脱落し、これが砥石寿命を短くすることが知られている。
従来のワイヤーソー900のダイヤモンド層904は、研削における砥石と考えることができる。従って、従来のワイヤソー900を用いた切断において、ワイヤーソー900の走行速度を速くする、ダイヤモンド層904の押し付け力を大きくする、といった方法では、切断速度を向上させることができないばかりか、発熱が増大し、また、ワイヤーソー900の寿命が短くなってしまうのである。
研削は、元来、切り込み量が少ない加工方法である。ワイヤーソー900による切断が、主として研削を利用する限り、寿命を確保しながら切断速度を飛躍的に向上させることは困難である。
また、従来のワイヤーソー900(図10参照)では、基台905及びダイヤモンド層904を含むビーズ903は、硬く、剛体とみなすことができ、実質的に変形しない。従って、ワイヤーソー900の可撓性は、隣り合うビーズ903間の部分によって確保されている。ビーズ903の密度を増加させると、隣り合うビーズ903間の距離が縮小するので、ワイヤーソー900の可撓性が低下する。これは、ワイヤーソー900が被切断物の形状に応じて適宜変形することを困難にし、ダイヤモンド層904と被切断物との密着性を低下させる。このため、従来のワイヤーソー900においてビーズ903の密度には上限があり、これが切断速度の向上を困難にしていた。
ビーズ903の長さ(即ち、ワイヤーソー900の長手方向に沿った基台905の長さLb)を短くすれば、ワイヤーソー900の可撓性を確保しながら、ビーズ903の密度を増加させることができる。しかしながら、この場合には、切断に寄与するダイヤモンド層904の長さLも短くする必要がある。従って、ビーズ903の密度の増加による切断速度の向上が、ダイヤモンド層904の長さの縮小によって打ち消されるので、切断速度を向上させることは困難である。
以上のような検討を通じて、本発明者らは、ワイヤーソーが主として研削を利用して被切断物を切断する限り、切断速度と寿命とをともに向上させることは困難であるとの結論に到達した。また、従来のビーズ903を用いる限り、ワイヤーソーの可撓性を確保しながらビーズ密度を増加させることは困難であり、従って、ビーズ密度の増加によって切断速度を向上させることも困難であるとの結論に到達した。
本発明者らは、このような観点から、研削とは異なる現象を利用して被切断物を切断することができ且つビーズ密度を増加させることもできる新規なビーズを見出して、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明のダイヤモンドワイヤーソーは、ワイヤーロープと、前記ワイヤーロープに貫通され且つ前記ワイヤーロープ上に互いに離間して配された複数のビーズと、隣り合うビーズ間において前記ワイヤーロープを被覆するプロテクタとを備える。前記ビーズは、筒状の基台と、前記基台の外周面上に設けられた環状のダイヤモンド層とを備える。前記ダイヤモンドワイヤソーの長手方向における一方の側を第1側、他方の側を第2側としたとき、前記ダイヤモンド層の前記第1側を向いた第1端面には、前記第1側に向かって突出した少なくとも一つの第1凸部と、前記第1側から遠ざかるように後退した少なくとも一つの第1凹部とが形成されている。前記ビーズの中心軸を含み且つ前記少なくとも一つの第1凹部を通る断面において、前記第1端面は、内側端縁から外側端縁にいくにしたがって前記第1側から遠ざかるように傾斜している。前記第1端面は、前記少なくとも一つの第1凸部と前記少なくとも一つの第1凹部とをつなぐ滑らかな曲面で構成されている。前記基台は、金属細線を螺旋状に巻いたコイルである。
本発明によれば、ダイヤモンド層の第1端面が、少なくとも一つの第1凸部と少なくとも一つの第1凹部とを備えた滑らかな曲面で構成されている。このため、第1端面が被切断物に衝突すると、第1端面が被切断物の表面を「切削」する。切削によって発生した切り屑は、傾斜した第1凹部にて半径方向の外側に排出される。このように、本発明のダイヤモンドワイヤソーは、被切断物を切削することによって切断するので、切断速度と寿命が向上する。
また、ビーズの基台がコイルからなるので、基台自身が屈曲変形可能である。このため、ダイヤモンドワイヤソーの可撓性を確保したまま、ビーズピッチを短くして、ビーズ密度を向上させることができる。これにより、切断速度が更に向上する。
これらの結果、本発明によれば、切断速度と寿命が向上したワイヤーソーを提供することができる。
上記の本発明のダイヤモンドワイヤーソーにおいて、前記少なくとも一つの第1凸部及び前記少なくとも一つの第1凹部の周方向の位置が、隣り合うビーズ間で異なっていることが好ましい。かかる好ましい実施形態によれば、被切断物が衝突するダイヤモンド層上の位置をビーズごとに異ならせることができるので、切断速度を更に向上させることができる。
上記の本発明のダイヤモンドワイヤーソーにおいて、前記ダイヤモンド層の前記第2側を向いた第2端面には、前記第2側に向かって突出した少なくとも一つの第2凸部と、前記第2側から遠ざかるように後退した少なくとも一つの第2凹部とが形成されていてもよい。この場合、前記ビーズの中心軸を含み且つ前記少なくとも一つの第2凹部を通る断面において、前記第2端面は、内側端縁から外側端縁にいくにしたがって前記第2側から遠ざかるように傾斜していることが好ましい。前記第2端面は、前記少なくとも一つの第2凸部と前記少なくとも一つの第2凹部とをつなぐ滑らかな曲面で構成されていることが好ましい。前記第2端面の前記少なくとも一つの第2凸部は、前記第1端面の前記少なくとも一つの第1凹部と周方向において同じ位置に配されていることが好ましい。前記第2端面の前記少なくとも一つの第2凹部は、前記第1端面の前記少なくとも一つの第1凸部と周方向において同じ位置に配されていることが好ましい。かかる好ましい実施形態によれば、ダイヤモンドワイヤーソーの片摩耗防止の為の回転運動を与えても均一な切断能力が得られる。
上記の本発明のダイヤモンドワイヤーソーにおいて、前記ダイヤモンド層の前記少なくとも一つの第1凸部は、前記基台の前記第1側の端部と前記中心軸方向において略同一位置に位置することが好ましい。また、前記ダイヤモンド層の前記少なくとも一つの第2凸部は、前記基台の前記第2側の端部と前記中心軸方向において略同一位置に位置することが好ましい。かかる好ましい実施形態によれば、基台の長さを短くすることができるので、ビーズ密度が増加することにより、または、ダイヤモンドワイヤーソーの可撓性が向上することにより、切断速度が更に向上する。
上記の本発明のダイヤモンドワイヤーソーにおいて、前記プロテクタは、前記ダイヤモンド層に比べて、圧縮変形しやすい材料で構成されていることが好ましい。かかる好ましい実施形態によれば、プロテクタが半径方向に圧縮変形することにより、ダイヤモンド層が被切断物を切削することによって発生した切り屑を容易に排出することができる。これは、切断速度の向上に有利である。
上記の本発明のダイヤモンドワイヤーソーにおいて、前記プロテクタの前記ダイヤモンド層に隣接する部分での外径は、前記ダイヤモンド層の外径と同じであることが好ましい。かかる好ましい実施形態によれば、切断時にダイヤモンド層が被切断物に衝突してダイヤモンドワイヤーソーが被切断物から飛び跳ねるハンマリング現象や、ダイヤモンド層が被切断物に引っ掛かることによるダイヤモンド層の破損やワイヤーロープの破断が発生する可能性を低減することができる。
上記の本発明のダイヤモンドワイヤーソーにおいて、前記基台を構成する前記金属細線は、隣り合う金属細線が互いに接触するように巻かれていることが好ましい。かかる好ましい実施形態によれば、基台上にダイヤモンド層を容易に形成することができる。
上記の本発明のダイヤモンドワイヤーソーにおいて、前記ダイヤモンド層の外周面は、前記中心軸と同軸の円筒面であることが好ましい。かかる好ましい実施形態によれば、切断時にダイヤモンドワイヤーソーの自転が容易になるとともに、自転時のダイヤモンド層の被切断物荷対する切り込み量が安定するので、切断速度が更に向上する。
以下に、本発明を好適な実施形態を示しながら詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施形態に限定されないことはいうまでもない。以下の説明において参照する各図は、説明の便宜上、本発明の実施形態の構成部材のうち、本発明を説明するために必要な主要部材のみを簡略化して示したものである。従って、本発明は以下の各図に示されていない任意の部材を備え得る。
図1は、本発明の一実施形態にかかるダイヤモンドワイヤソー(以下、単に「ワイヤーソー」という)1の側面図である。図2は、ワイヤソー1の側面断面図である。図2では、中央のワイヤーロープ2は、断面図ではなく、側面図として示されている。図1及び図2において、矢印Aは、被切断物(即ち、切断対象物、図示せず)に対するワイヤーソー1の走行方向を示す。以下の説明の便宜のため、ワイヤーソー1の走行方向Aの側(図1、図2において左側)を「前側」または「第1側」といい、ワイヤーソー1の走行方向Aとは反対側(図1、図2において右側)を「後ろ側」または「第2側」という。ワイヤーソー1の長手方向に沿った寸法を「長さ」という。
図1及び図2に示されているように、ワイヤーソー1は、芯としてワイヤーロープ2を備える。ワイヤーロープ2は、ビーズ3を保持し、ビーズ3を被切断物に接触させながら移動(走行)させる。ワイヤーロープ2は、制限はないが、複数の鋼線を撚って作成したものを用いうる。ワイヤーロープ2の外径や強度(例えば、破断強度)は、被切断物や切断条件に応じて適宜変更しうる。ワイヤーロープ2は、被切断物の形状に応じて変形できるように可撓性(あるいは柔軟性)を有している。
ワイヤーロープ2が、ビーズ3及びコイルスプリング6を貫通している。図3は、ワイヤソー1からビーズ3及びコイルスプリング6のみを抽出して示した側面図である。ビーズ3及びコイルスプリング6はワイヤーソー1の長手方向に沿って交互に配置されている。互いに隣り合うビーズ3とコイルスプリング6とは接触している。
図4Aは、前側(第1側)から見たビーズ3の斜視図である。図4Bは、後ろ側(第2側)から見たビーズ3の斜視図である。図5Aは、前側(第1側)から見たビーズ3の正面図である。図5Bは、図5Aの矢印5B方向から見たビーズ3の側面図である。図5Cは、図5Bの矢印5C方向から見たビーズ3の下面図である。図6Aは、図5Aの6A−6A線を含む上下方向面に沿ったビーズ3の矢視断面図である。図6Bは、図5Bの6B−6B線を含む水平方向面に沿ったビーズ3の矢視断面図である。図6A及び図6Bにおいて、一点鎖線3aは、ビーズ3の中心軸である。ビーズ3は、ワイヤーロープ2と同軸となるように、ワイヤーローブ2によって貫通される。図7は、前側(第1側)から見たビーズ3の分解斜視図である。これらの図に示されているように、ビーズ3は、ダイヤモンド層4及び基台5を備える。以下の説明において、中心軸3aに直交する直線に沿った方向を「半径方向」といい、中心軸3aの周りを回転する方向を「周方向」という。半径方向において、中心軸3aから遠い側を「外側」といい、中心軸3aに近い側を「内側」という。
ダイヤモンド層4は、被切断物に接触しながら被切断物に対して相対的に移動(走行)して、被切断物を切断する。ダイヤモンド層4の強度や耐摩耗性を向上させるため、ダイヤモンド層4は、超砥粒としてダイヤモンド粒子を含む。
ダイヤモンド層4は、中心軸3aの周りに連続する環状形状を有する。ダイヤモンド層4の外周面(中心軸3aとは反対側の面)45は、中心軸3aと同軸の円筒面である。ダイヤモンド層4は、中心軸3a方向の両端に、第1端面41及び第2端面42を有する。第1端面41は走行方向Aの前側(第1側)を向いた端面であり、第2端面42は走行方向Aの後ろ側(第2側)を向いた端面である。
図8Aはダイヤモンド層4の側面図、図8Bはダイヤモンド層4の下面図である。
ダイヤモンド層4の第1端面41の形状を説明する。
図4A、図5B、図7、及び図8Aに示されているように、第1端面41には、前側(第1側)に向かって突出した2つの第1凸部41aと、前側(第1側)から遠ざかるように後退した2つの第1凹部41bとが形成されている。2つの第1凸部41aは、中心軸3aに対して対称位置に配置されている。2つの第1凹部41bも、中心軸3aに対して対称位置に配置されている。2つの第1凸部41aを結ぶ方向と、2つの第1凹部41bを結ぶ方向とは、中心軸3a上で直交する。411は、第1端面41の内側の端縁であり、412は、第1端面41の外側の端縁である。
図6Aに示されているように、中心軸3aを含み且つ2つの第1凸部41aを通る断面において、第1端面41は、半径方向(即ち、中心軸3aに直交する直線)に沿っている。
図6Bに示されているように、中心軸3aを含み且つ2つの第1凹部41bを通る断面において、第1端面41は、内側端縁411から外側端縁412にいくにしたがって前側(第1側)から遠ざかるように傾斜している。
図示を省略するが、第1凸部41aと第1凹部41bとの間において、中心軸3aを含む面に沿った断面での第1端面41の傾斜は、図6Aの状態から図6Bの状態へと徐々に変化している。
このように、第1端面41の中心軸3a方向の位置は、第1凸部41aと第1凹部41bとで異なる。また、中心軸3aを含む面に沿った断面において、第1端面41の傾斜は、第1凸部41aと第1凹部41bと異なる。第1端面41は、このような第1凸部41aと第1凹部41bとをつなぐ滑らかな曲面で構成されている。
ダイヤモンド層4の第2端面42の形状を説明する。
図4B、図5C、及び図8Bに示されているように、第2端面42には、後ろ側(第2側)に向かって突出した2つの第2凸部42aと、後ろ側(第2側)から遠ざかるように後退した2つの第2凹部42bとが形成されている。2つの第2凸部42aは、中心軸3aに対して対称位置に配置されている。2つの第2凹部42bも、中心軸3aに対して対称位置に配置されている。2つの第2凸部42aを結ぶ方向と、2つの第2凹部42bを結ぶ方向とは、中心軸3a上で直交する。421は、第2端面42の内側の端縁であり、422は、第2端面42の外側の端縁である。
図6Bに示されているように、中心軸3aを含み且つ2つの第2凸部42aを通る断面において、第2端面42は、半径方向(即ち、中心軸3aに直交する直線)に沿っている。
図6Aに示されているように、中心軸3aを含み且つ2つの第2凹部42bを通る断面において第2端面42は、内側端縁421から外側端縁422にいくにしたがって後ろ側(第2側)から遠ざかるように傾斜している。
図示を省略するが、第2凸部42aと第2凹部42bとの間において、中心軸3aを含む面に沿った断面での第2端面42の傾斜は、図6Bの状態から図6Aの状態へと徐々に変化している。
このように、第2端面42の中心軸3a方向の位置は、第2凸部42aと第2凹部42bとで異なる。また、中心軸3aを含む面に沿った断面において、第2端面42の傾斜は、第2凸部42aと第2凹部42bと異なる。第2端面42は、このような第2凸部42aと第2凹部42bとをつなぐ滑らかな曲面で構成されている。
第2端面42の第2凸部42aは、第1端面41の第1凹部41bと、周方向において同じ位置に配置されている。第2端面42の第2凹部42bは、第1端面41の第1凸部41aと、周方向において同じ位置に配置されている。ダイヤモンド層4の外周面45の中心軸3a方向に沿った寸法(即ち、外周面45の長さ)L1(図5B参照)は、周方向の位置に関わらず一定である。ダイヤモンド層4は、中心軸3a方向の位置が周期的に変化しながら、中心軸3aの周りに環状に連続している。ダイヤモンド層4は、中心軸3aに対して2回回転対称形状(中心軸3aの周りに180度回転させると回転前の形状に一致する形状)を有している。また、ダイヤモンド層4は前後を反転させても同一の形状を有している。
図4A、図4B、図6A、図6B、図7に示されているように、基台5は、金属製の細線(ワイヤ)をコイル状に巻いて作成されており、全体として中空円筒形状を有している。細線の材料は、制限はないが、例えば鋼を用いることができる。例えば、ばね用ステンレス鋼線、ピアノ鋼線等のばね用鋼線を用いうる。細線の太さは、制限はないが、0.5〜1.3mmが好ましい。基台5を構成する細線は、好ましい実施形態では、図6A、図6Bに示されているように中心軸3a方向に隣り合う細線が互いに接触してコイル状に巻かれている。これは、基台5上にダイヤモンド層4を形成するのを容易にする。但し、本発明はこれに限定されず、中心軸3a方向に隣り合う細線が互いに離間してコイル状に巻かれていてもよい。
基台5の中心軸3a方向の寸法(即ち、基台5の長さ)Lb(図5B参照)は、制限はないが、本実施形態ではダイヤモンド層4の中心軸3a方向の寸法(即ち、ダイヤモンド層4の長さ)L(図5B参照)とほぼ同じである。基台5の前側(第1側)の端部は、ダイヤモンド層4の第1端面41の第1凸部41aと、中心軸3a方向において略同一位置に位置している。また、基台5の後ろ側(第2側)の端部は、ダイヤモンド層4の第2端面42の第2凸部42aと、中心軸3a方向において略同一位置に位置している。即ち、基台5の長さLbは、ダイヤモンド層4を搭載するのに必要な最小の長さに設定されている。これにより、ビーズ3の密度を従来と同一にした場合には、隣り合うビーズ3間の長さを大きくすることができるので、ワイヤーソー1の可撓性を向上させることができる。あるいは、隣り合うビーズ3間の長さを従来と同一にした場合には、ビーズ3の密度を増加させることができる。これらはいずれもワイヤーソー1の切断速度を向上させるのに有利である。
但し、基台5は、ダイヤモンド層4から前側及び/又は後ろ側に向かって突出していてもよい。基台5はコイルで構成されているので、それ自身が弾性的に曲げ変形可能である。即ち、本発明のビーズ3は、従来のビーズ903と異なり、それ自身が可撓性を有しうる。従って、基台5がダイヤモンド層4よりも長くても、ワイヤーソー1の可撓性を確保しうる。
基台5の外周面上に、上述したダイヤモンド層4が設けられる。ダイヤモンド層4の形成方法は制限はなく、例えば、焼結、ろう付け、電着などの任意の方法を用いうる。焼結方法では、ダイヤモンド粒子を含む材料を基台5上に所定形状に成形して焼成する。ろう付け方法では、ダイヤモンド粒子を基台5上に金属結合材料(例えばニッケル)を用いて固着する。電着方法では、基台5上にメッキ層を形成する際にダイヤモンド粒子を同時に固着させる。ダイヤモンド層4の形成方法は、例えば被切断物の材料等に応じて変更しうる。ダイヤモンド層4に含有されるダイヤモンド粒子の形状や粒径は、例えばダイヤモンド層4の形成方法に応じて変更しうる。ダイヤモンド層4は、ダイヤモンド粒子の他に、CBN(立方晶窒化ホウ素)などの粒子を含みうる。
図2、図3に戻り、隣り合うビーズ3間には、コイルスプリング6が設けられる。コイルスプリング6は、ビーズ3間の距離を一定に維持する、切断時にはビーズ3が被切断物から受ける衝撃を緩和する、ワイヤロープ2を被切断物から保護する、などの機能を有する。コイルスプリング6は、金属製の細線(ワイヤ)をコイル状に巻いて作成されており、全体として中空円筒形状を有している。細線の材料は、制限はないが、例えば鋼を用いることができる。例えば、基台5と同じ細線を用いて、基材5と同じ内径及び外径を有するコイルスプリング6を作成することができる。コイルスプリング6を構成する細線は、図2、図3に示されているように、ワイヤーソー1の長手方向に隣り合う細線が互いに離間してコイル状に巻かれることが好ましい。これは、ワイヤソー1の可撓性を向上させるのに有利である。本発明では、コイルスプリング6を省略することができる。
ビーズ3及びコイルスプリング6に、これらが交互に配されるように、ワイヤーロープ2を挿入する。このとき、隣り合うビーズ3間で、第1凸部41a及び第1凹部41bの周方向の位置が異なっていることが好ましく、更には、図3に示されているように、隣り合うビーズ3間で、第1凸部41a及び第1凹部41bの周方向の位置が90度異なっていることが好ましい。これは、被切断物が衝突するダイヤモンド層4上の位置をビーズ3ごとに異ならせることができるので、切断速度の向上に有利である。このように隣り合うビーズ3間でダイヤモンド層4の周方向の位置が異なる構成は、例えば、一つおきにビーズ3を前後方向の向きを反転させることで実現できる。あるいは、一つおきにビーズ3をワイヤロープ2の周りに90度回転させることで実現できる。
図1、図2に示されているように、隣り合うビーズ3間の部分にプロテクタ7が設けられる。プロテクタ7は、ワイヤーロープ2、コイルスプリング6、基台5を覆いこれらを保護する、ビーズ3間の距離を一定に維持する、などの機能を有する。ダイヤモンド層4の外周面45は、プロテクタ7で覆われず、外界に露出される。好ましい実施形態では、プロテクタ7は、ダイヤモンド層4に比べて圧縮変形しやすい材料で構成される。例えば、プロテクタ7の材料として、弾性樹脂を用いることができる。具体的には、天然ゴム、合成ゴム、シリコーンゴム、ウレタン、熱硬化性エラストマー、熱可塑性エラストマーを用いることができる。プロテクタ7が圧縮性を有することにより、切断時にプロテクタ7は適宜圧縮変形することができる。
プロテクタ7は、金型内で上記の樹脂材料を所定形状に成形(例えば、射出成形)することで作成しうる。図1、図2において、プロテクタ7の外表面に形成された凹部7aは、プロテクタ7を成形する際にコイルスプリング6及びワイヤーロープ2を所定位置に保持するために金型に設けられた治具の痕である。プロテクタ7の成形方法によっては、凹部7aを省略しうる。
プロテクタ7の外周面の、ワイヤーソー1の長手方向に直交する断面形状は任意であるが、好ましい実施形態では円形である(凹部7aを除く)。プロテクタ7の外径は、制限はないが、ダイヤモンド層4の外径と同じかこれより小さいことが好ましい。プロテクタ7の外径が、ダイヤモンド層4の外径に比べて小さすぎると、切断時に、プロテクタ7よりも相対的に外向きに突出したダイヤモンド層4が被切断物に衝突して、ワイヤーソー1が被切断物から飛び跳ねたり(この現象を「ハンマリング」という)、ダイヤモンド層4が被切断物に引っ掛かってダイヤモンド層4の破損やワイヤーロープ2の破断が発生したりする可能性が高くなる。従って、プロテクタ7とダイヤモンド層4との外径差は小さいことが好ましく、プロテクタ7(少なくともプロテクタ7のダイヤモンド層4に隣接する部分)はダイヤモンド層4と同じ外径を有していることがより好ましい。特に、ダイヤモンド層4の第1端面41(更には第2端面42)は、プロテクタ7で覆われていることが好ましい。
図1、図2では、プロテクタ7の外径は、隣り合うダイヤモンド層4の中央部分で最小であり、ダイヤモンド層4に接近するにしたがって大きくなり、ダイヤモンド層4に隣接する部分でダイヤモンド層4の外径とほぼ同じである。しかしながら、本発明はこれに限定されない。例えば、プロテクタ7の外径は、ワイヤーソー1の長手方向において一定であってもよい。
被切断物を切断するに先だって、ワイヤーソー1を所定の長さに切断し、その両端を接続して、無端状のワイヤーソー1のループを形成する。この際、ワイヤーソー1の一方の端を、他方の端に対してワイヤーロープ2の撚り方向に回転させた(捩った)状態で、ワイヤーソー1の両端を接続する。このようにワイヤーソー1が捩られた状態のワイヤーソー1のループは、被切断物を切断する際、被切断物に対してその長手方向に沿って矢印Aの向きに走行すると、同時に矢印Rの向きに自転する(図1参照)。これによりダイヤモンド層4やプロテクタ7の片摩耗を防止することができる。また、後述するダイヤモンド層4の切削機能を効果的に発現させることができる。
ループ状のワイヤーソー1は、切断装置によって循環駆動される。本発明のワイヤーソー1は、被切断物をワイヤーソー1のループ内に配置してワイヤーソー1に張力を印加して被切断物を切断する引っ張り切断方式、被切断物をワイヤーソー1のループ外に配置してプーリー間に架張されたワイヤーソー1を被切断物に押し当てて被切断物を切断する押し切り方式、のいずれの切断方式にも適用することができる。
本発明のワイヤーソー1は、従来のワイヤーソー900(図10参照)に比べて、切断速度と寿命を飛躍的に向上させることができる。本発明者らは、その理由を、概略以下のように考えている。
第1の理由は、ダイヤモンド層4の形状に関連する。本発明では、ダイヤモンド層4の走行方向Aの前側の第1端面41は、第1凸部41a及び第1凹部41bを備えた滑らかな三次元曲面で構成されている。図4A及び図5Cにおいて、例えば第1端面41が、第1凸部41aにて被切断物に衝突した場合を考える。上述したように、ワイヤーソー1は、被切断物に対して走行方向Aの向きに走行しながら自転する(図1の矢印R)。従って、時間の経過とともに、第1端面41と被切断物との衝突位置は、第1凸部41aから第1凹部41bに向かって徐々に移動する。第1端面41の第1凸部41aから第1凹部41bへ延びた滑らかな曲面は、例えばドリルの螺旋状の切れ刃と同様に機能して被切断物を「切削」する。被切断物が第1端面41で切削されることで発生した切り屑は、第1端面41に沿って第1凹部41bの方へ案内される。第1凹部41bにおいて第1端面41は、図6Bに示したように、内側端縁411に比べて外側端縁412が後ろ側に位置するように傾斜している。従って、切り屑は、第1凹部41bにて、または第1凹部41bに到達するまでの間に、半径方向の外側に排出される。必要に応じてプロテクタ7が半径方向に圧縮変形して、切り屑の排出経路が形成される。
これに対して、従来のワイヤーソー900(図10参照)では、ダイヤモンド層904は単純な円筒形状を有している。ダイヤモンド層904の、走行方向の前側の端面は、ワイヤーソー900の長手方向に垂直な環状の平面である。従って、切断時に、ワイヤーソー900が被切断物に対して走行しながら自転したとしても、ダイヤモンド層904の前側の端面が、ドリルの螺旋状の切れ刃と同様の切削機能を発揮することはない。また、ダイヤモンド層904の前側の端面が被切断物を仮に「切削」したとしても、切削によって発生した切り屑は当該前側の端面に保持され続け、排出されにくい。従って、切削機能は十分に発揮されない。
このように、本発明のワイヤーソー1は、切断時にワイヤーソー1が自転することを利用して、ダイヤモンド層4で被切断物を「切削」することができる。一般に「切削」は、「研削」に比べて切り込み量が大きい。従って、本発明のワイヤーソー1は、従来のワイヤーソー900に比べて、切断速度を大幅に向上させることができるのである。
「切削」は、「研削」に比べて、切り込み量が大きいために、被加工物に対する刃物(例えば、切削における切削刃、研削における回転砥石)の相対速度は低く設定され、また、被加工物と刃物との接触面積は小さい。従って、「切削」では、発熱が比較的少ない。これと同様に、本発明のワイヤーソー1は、従来のワイヤーソー900に比べて、切断時の発熱が抑えられる。これは、ダイヤモンド層4の摩耗を低減し、ワイヤーソー1の長寿命化に有利である。また、切断時に冷却水が不要になるので、例えば原子炉圧力容器を切断するときのように、使用済みの放射能汚染された冷却水の処理が問題になる可能性を低減できる。
本発明のワイヤーソー1は、従来のワイヤーソー900に比べて、被切削物に対するワイヤーソーの相対速度(送り速度)が低くても、切断速度を高めることができる。また、ワイヤーソー1に印加する張力を大きくして、ダイヤモンド層4の被切断物に対する押し付け力を大きくすることにより、切り込み量を大きくして、切断速度を高めることができる。
従来のワイヤーソー900(図10参照)では、ダイヤモンド層904の走行方向の前側の端面は走行方向に垂直な平面であるので、当該端面が被切断物に引っ掛かりやすい。このため、ワイヤーソー900が被切断物から離れるように飛び跳ねるハンマリングを生じ、これが切断速度を低下させることがある。あるいは、ダイヤモンド層904が欠け、これがワイヤソー900の寿命を低下させることがある。本発明のワイヤーソー1では、ダイヤモンド層4の走行方向Aの前側の第1端面41が、第1凸部41a及び第1凹部41bを備えた滑らかな三次元曲面で構成されているので、ワイヤーソー1が自転することと相俟って、第1端面41が被切断物に引っ掛かりにくい。この点においても、本発明のワイヤーソー1は、切断速度及び寿命に対して有利である。
ダイヤモンド層4が被切断物を「切削」することによって発生する大量の切り屑は、図6Bに示したように、第1端面41の第1凹部41bが傾斜していることにより、良好に排出される。これは、切断速度の向上や、ダイヤモンド層4の「刃物」としての長寿命化に有利である。
切断時にはプロテクタ7は被切断物や切り屑によって半径方向に圧縮変形しうる。従って、切断していない通常時に、プロテクタ7が第1端面41をほぼ覆っていても、プロテクタ7が第1端面41の「切削」機能や切り屑の排出機能を妨げることはない。むしろ、上述したように、プロテクタ7とダイヤモンド層4との外径差が小さいことは、ハンマリングを防止しながら、ダイヤモンド層4を被切削物に強く押し付けることが可能になるので、切断速度の向上に有利である。
本発明のダイヤモンド層4は、従来のダイヤモンド層904と同様に、円筒面形状を有する外周面45を有する。この外周面45は、被切断物の表面を削り取る。この点で、本発明のダイヤモンド層4は、従来のダイヤモンド層904と同様に、被切断物を「研削」をしていると考えることができる。しかしながら、被切断物の切断に対する「研削」の寄与度は、「切削」の寄与度に比べれば格段に小さい。従って、「研削」を行うダイヤモンド層4の外周面45の長さL1(図5B参照)を小さくしても、これが切断速度を低下させる影響はわずかである。むしろ、ダイヤモンド層4の外周面45の長さL1を小さくして、ビーズ3の密度を増加させる(換言すれば、ビーズ3のピッチを小さくする)ことで、「切削」を行うダイヤモンド層4の数を増加させれば、切断速度を更に向上させることが可能である。
本発明のダイヤモンド層4の外周面45の長さL1は、制限はないが、3mm〜5mmが好ましい。これは、従来のダイヤモンド層904の一般的な長さLが6.0mm〜6.5mm程度であることを考慮すると、極めて短い。
第2の理由は、ビーズ3の基台5が、金属細線を螺旋状に巻いたコイルであることに関連する。基台5は、環状のダイヤモンド層4を効率的に作成するのに必要不可欠である。本発明では、基台5がコイルであるので、基台5自身が弾性的に屈曲変形することができる。図4A、図5Bに示されているように、本発明のダイヤモンド層4の第1端面41には、第1凸部41a及び第1凹部41bが形成されている。従って、基台5の前側(第1側)の端部を、第1端面41の第1凸部41aと、中心軸3a方向において略同一位置に配置したとしても、基台5の外周面の一部は、ダイヤモンド層4に覆われることなく、露出される。ダイヤモンド層4よりも前側の、ダイヤモンド層4で覆われていない基台5の部分は屈曲変形が特に容易である。同様に、上述した好ましい実施形態では、図4B、図5Cに示されているように、ダイヤモンド層4の第2端面42にも、第2凸部42a及び第2凹部42bが形成されている。従って、ダイヤモンド層4よりも後ろ側の、ダイヤモンド層4で覆われていない基台5の部分も屈曲変形が特に容易である。
これに対して、従来のワイヤーソー900(図10参照)では、基台905は、金属製の円筒状物であるので、実質的に剛体とみなしうる。基台905が実質的に変形しないので、ワイヤーソー900の可撓性を確保するために、隣り合うビーズ903間の距離を大きくする必要がある。このため、従来のワイヤーソー900では、ビーズ903の密度の上限は40〜50個/m程度である。ビーズ903の密度を増加させることができないため、切断速度を向上させることが困難であった。
本発明では、ビーズ3を構成する基台5自身が屈曲変形することができる。このため、従来のワイヤーソー900と同程度の可撓性を確保すれば足りるのであれば、本発明では隣り合うビーズ3間の距離を小さくすることができる。従って、本発明では、ビーズ3の密度は、50個/m以上、更には60個/m以上、特に70個/m以上が可能である。このように、本発明のワイヤーソー1は、ビーズ3の密度を増加させることができるので、従来のワイヤーソー900に比べて、切断速度を向上させることができるのである。上述したように、本発明のダイヤモンド層4は、従来のダイヤモンド層904と異なり、被切断物を「切削」して切断する。従って、切断速度の向上に対するビーズ密度の増加率の寄与度は、従来に比べて本発明は格段に大きい。
また、隣り合うビーズ3間の距離を従来と同程度にした場合には、ワイヤーソー1の可撓性が向上する。これは、切断時にダイヤモンド層4と被切断物との密着性の向上に有利である。従って、この場合にも、本発明のワイヤーソー1は、従来のワイヤーソー900に比べて、切断速度を向上させることができる。
一例を挙げれば、従来のワイヤーソー900(図10参照)では、ダイヤモンド層904は、長さLが6.5mm、外径Dが11mmである。基台905の長さLbは10〜12mmである。ビーズ903の密度は50個/m以下である。これに対して、本発明のワイヤーソー1(図5B参照)では、ダイヤモンド層4は、長さLが6.5mm、外周面45の長さL1が3.5mm、外径Dが11mmである。基台5の長さLbは6.5mmである。この場合、従来のワイヤーソー900と同程度の可撓性を確保するためには、ビーズ3の密度を67個/m程度に増加させることができる。
上記の実施形態は一例にすぎない。本発明は、上記の実施形態に限定されず適宜変更することができる。
第1端面41の形状は、上記の実施形態に限定されない。例えば、図6Aに示されているように、中心軸3aを含み且つ第1凸部41aを通る断面において、第1端面41は、半径方向に沿っている必要はない。例えば、図9Aに示されているように、中心軸3aを含み且つ第1凸部41aを通る断面において、第1端面41は、内側端縁411より外側端縁412が前側(第1側)に位置するように傾斜していてもよい。あるいは、図9Bに示されているように、中心軸3aを含み且つ第1凸部41aを通る断面において、第1端面41は、内側端縁411より外側端縁412が後ろ側(第2側)に位置するように傾斜していてもよい。図9Bにおいて、第1凸部41aでの第1端面41の傾斜角度は、第1凹部41bでの第1端面41の傾斜角度(図6B参照)と同じであってもよく、または、これより大きくても若しくは小さくてもよい。
図9A及び図9Bに示すように、第1端面41の外側端縁412を通り、中心軸3aと直交する直線に対して第1端面41がなす角度を「すくい角θ」と呼ぶ。すくい角θの正負は、第1端面41が、図9Aのように外側端縁412より内側端縁411が後ろ側(第2側)に位置するように傾斜している場合を正となるように定義される。第1凸部41aでの第1端面41のすくい角θは、例えば被切断物の材料等に応じて適宜変更しうる。例えば、木材やプラスチックのような、粘りがあり、低硬度の材料を切断する場合には、すくい角θは正の値(図9A参照)をとることが好ましく、炭素鋼や鋳鉄などのような、脆く且つ高硬度の材料を切断する場合には、すくい角θは負の値(図9B参照)をとることが好ましい。
ダイヤモンド層4の第2端面42の形状は、上記の実施形態(図4B参照)に限定されない。例えば、従来のダイヤモンド層904の後ろ側の端面と同様に、中心軸3aに直交する平面であってもよい。但し、第2端面42が上記の実施形態のような三次元曲面を有することは、例えば以下の点で好ましい。第1に、前後方向の向きが不問のビーズを構成することができる。これにより、単一種類のビーズ3を一つおきに前後を逆転してワイヤーロープ2に装着するだけで、図3に示されているように、隣り合うビーズ3間で、第1凸部41a及び第1凹部41bの位置を周方向において簡単に異ならせることができる。あるいは、ビーズ3を、前後方向の向きを考慮することなくワイヤーロープ2に装着して、上述したワイヤーソー1を作成することができる。第2に、ダイヤモンド層4よりも後ろ側(第2側)において、上述したように基台5に屈曲変形が容易な領域を形成することができるので、切断速度を向上させることができる。
ダイヤモンド層4の第1端面41に設けられる第1凸部41a及び第1凹部41bの数、及び、第2端面42に設けられる第2凸部42a及び第2凹部42bの数は、上記の実施形態のようにそれぞれ2つである必要はなく、1つであってもよく、あるいは、3つ以上であってもよい。但し、同一の端面に設けられる凸部と凹部は同数であることが好ましい。また、凸部と凹部とが周方向に交互に、且つ、中心軸3aに対して等角度間隔で配置されることが好ましい。
従来のワイヤーソーに対する本発明のワイヤーソーの効果を、実験により確認した。以下にこれを説明する。
本発明のワイヤーソーとして、上述した図1〜図8Bに示したワイヤーソー1を用いた(以下、「実施例」という)。従来のワイヤーソーとして、図10に示したのと同じ構成のワイヤーソーを用いた(以下、「比較例」という)。実施例及び比較例のダイヤモンド層は、超砥粒としてダイヤモンド粒子を用い、基台上に焼結法により形成した。実施例及び比較例のワイヤーソーの各部の寸法等を表1に示す。表1の各寸法に付したアルファベット符号は、図5B、図10に示されている。
実施例は比較例よりビーズ密度が大きいが、ワイヤーソーの可撓性は実施例と比較例とで同等であった。
実施例及び比較例のワイヤーソーを15mの長さに切断した。ワイヤーソーの一方の端を、他方の端に対して回転させた(捩った)状態で、ワイヤーソーの両端を接続して、無端状のワイヤーソーのループを形成した。
ループ状のワイヤーソーを循環駆動する切断装置として、HILTI社製ダイヤモンドワイヤーソー(型式:WS-10E)を用いた。この切断装置が備える駆動モータの最大出力は11kWであった。
被切断物として、一辺が0.9mの正方形の底面を有する、高さ0.6mの無筋コンクリート製柱状物を用意した。コンクリートの強度は24N/cm2であった。
実施例及び比較例のワイヤーソーを用いて、上記の被切断物を、その上端から50mmの位置で水平方向に切断した。切断は、引っ張り切断方式とした。ループ状のワイヤソーを複数のガイドプーリに架け渡した。ガイドプーリの位置をエアシリンダで調整することにより、ワイヤーソーに張力を印加した。エアシリンダの空気圧及びシリンダ内径から計算されるエアシリンダがガイドプーリに印加する力は、実施例及び比較例のいずれにおいても、切断中は180kgf(1.82kN)で一定に維持した。切断時の切断装置の駆動モータの電流値は、実施例及び比較例のいずれにおいても40Aで一定に維持した。切断は、実施例及び比較例のいずれにおいても、冷却水を供給しない無給水切断(いわゆる、乾式切断)とした。
実施例及び比較例のループ状のワイヤーソーを用いて、各ワイヤーソーが寿命に至るまで、被切断物を繰り返し切断した。ワイヤーソーが寿命に至ったことは、切断時の音の変化、ワイヤソーの温度、切断の進行の程度等から判断した。実施例及び比較例のワイヤーソーを以下の観点から評価した。
(1)送り速度
被切断物を切断中のワイヤーソーの送り速度(即ち、被切断物に対するワイヤーソーの移動速度)を求めた。
(2)切断速度
切断開始からワイヤーソーの寿命により切断を終了するまでの合計切断面積(m2)と合計切断時間(h)とを求めた。これより、
切断速度=合計切断面積/合計切断時間
で定義される切断速度(m2/h)を計算した。
(3)寿命
切断開始からワイヤーソーの寿命により切断を終了するまでの合計切断面積(m2)をワイヤーソーの長さ(15m)で除した値、即ち、
寿命=合計切断面積/ワイヤーソー長さ
で定義されるワイヤーソーの寿命(m2/m)を計算した。
(4)切断温度
切断開始からワイヤーソーの寿命により切断を終了するまでの間のワイヤーソーの温度を測定し、その最高温度を切断温度とした。温度の測定は、株式会社エー・アンド・デイ社製赤外線放射温度計AD−5611Aを用いて行った。
実施例及び比較例の結果を表2に示す。
実施例と比較例とを比較すると、エアシリンダがガイドプーリを介してワイヤーソーに印加する張力、及び、駆動モータの電流値が同じであるのに、送り速度は、実施例が比較例より小さかった。これは、実施例のワイヤーソーは、比較例のワイヤーソーより、被切断物に対する切断抵抗が大きいことを意味している。上述したように、本発明のワイヤーソー1のダイヤモンド層4は、被切断物を「切削」する。一般に「切削」は、「研削」に比べて、切り込み量が大きく、このため加工抵抗は大きい。送り速度に関する実施例と比較例との相違は、実施例のワイヤーソーが被切断物を「切削」することにより切断していることに起因すると考えられる。なお、実施例及び比較例において、送り速度の値が幅を有しているのは、ワイヤーソーが一定ピッチで離間した複数のビーズを有していること、被切断物の組成が一様でないこと、などにより、送り速度が変動したためである。
実施例は、比較例に比べて、切断速度及び寿命が向上し、切断温度は低かった。これも、実施例のワイヤーソーが被切断物を「切削」することにより切断しているためであると考えられる。一般に「切削」は、「研削」に比べて切り込み量が大きいので、実施例では、ワイヤーソーの送り速度が遅くても、被切断物を短時間で切断することができる。また、「切削」は、「研削」に比べて発熱が少ない加工法である。このため実施例は、比較例に比べて切断速度が大きく且つ切断温度は低くなった。更に、実施例では、送り速度が遅いことや切断温度が低いことにより、ワイヤーソーの寿命が長くなったのである。
以上のように、本発明のワイヤーソーは、従来のワイヤーソーに比べて、被切断物を短時間で切断することができ(即ち、切断速度が大きい)、且つ、長寿命であることが確認された。また、本発明のワイヤーソーは、切断時の温度上昇が小さいので、切断時にワイヤーソーを水冷する必要性が低いことも確認された。