JP2015183236A - 摺動部材 - Google Patents

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Abstract

【課題】 耐食性が高く、且つ、摺動層の樹脂組成物と鋼裏金との接合が強い摺動部材を提供する。
【解決手段】 摺動層3を構成する多孔質焼結層4は、Ni−P合金相7と粒状のFeまたはFe合金相8とからなり、Cu成分が含まれないので、有機酸や硫黄成分に対する耐食性が高い。また、摺動層3との界面となる鋼裏金層2の表面には、鋼裏金層2の厚さ方向の中央部における組織中のパーライト相に対してパーライト相の割合が50%以上少なくなっている低パーライト相部8が形成されることで、摺動層3の樹脂組成物5と鋼裏金層2の低パーライト相部8との界面での熱膨張量の差が小さく、その界面でのせん断が起き難くなり、摺動層3の樹脂組成物5と鋼裏金層2との接合を強くすることができる。
【選択図】 図1

Description

本発明は、耐食性が高く、且つ、摺動層の樹脂組成物と鋼裏金との接合が強い摺動部材に関する。
従来、燃料噴射ポンプ用の摺動部材には、5〜25%程度の気孔率を有する焼結銅系材料が用いられている。この摺動部材は、摺動部材の内部に存在する気孔を介して、液体燃料を円筒形状の摺動部材の外周面側から内周面(摺動面)側に供給することにより、内周面(摺動面)に液体燃料の流体潤滑膜を形成し、高速回転する軸を支承するようになっている。このような焼結銅系材料は、燃料中に含まれる有機酸、硫黄成分による銅合金の腐食が起こり、この銅系腐食生成物が燃料に混入する問題がある。このため、耐食性を高めるためにNi、Al、Znを含有させた焼結銅系摺動材料が提案されている(例えば、特許文献1〜3参照)。
また、従来、鋼裏金の表面に銅めっき層を介して銅合金からなる多孔質焼結層を設け、更に、多孔質焼結層の空孔部および表面に樹脂組成物を含浸被覆した複層の摺動材料からなる摺動部材が用いられている(例えば、特許文献4、5参照)。そして、このような複層摺動材料を燃料噴射ポンプ用の摺動部材に適用したものが提案されている(例えば、特許文献6参照)。
特開2002−180162号公報 特開2013−217493号公報 特開2013−237898号公報 特開2002−61653号公報 特開2001−355634号公報 特開2013−83304号公報
ところで、特許文献1〜3の焼結銅系摺動材料は、Ni、Al、Znを含有させて耐食性を高めてはいるが、燃料中に含まれる有機酸、硫黄成分による銅合金の腐食を完全には防止できない。また、特許文献1〜3の焼結銅系摺動材料は、摺動部材の内部全体に気孔を形成するために強度が低く、特に特許文献6に示すようなコモンレール方式の燃料噴射ポンプ等に用いられる摺動部材としては負荷能力が不十分である。
また、特許文献4〜6の複層摺動材料では、鋼裏金の構成を有するので強度は高い。しかしながら、銅合金からなる多孔質焼結層は、燃料あるいは潤滑油中に含まれる有機酸や硫黄成分で銅合金の腐食が起こる。また、特許文献4〜6のような銅めっき層を鋼裏金の表面に設けることなく、単にFeまたはFe合金の粉末を鋼裏金の表面に散布し焼結して多孔質焼結層を形成し、更に、多孔質焼結層に樹脂組成物を含浸した摺動材料は、鋼裏金と樹脂組成物との界面での接合が弱くなることが判明した。
本発明は、上記した事情に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、耐食性が高く、且つ、摺動層の樹脂組成物と鋼裏金との接合が強い摺動部材を提供することにある。
上記した目的を達成するために、請求項1に係る発明においては、鋼裏金層上に多孔質焼結層と樹脂組成物とからなる摺動層が設けられた摺動部材において、前記多孔質焼結層は、Ni−P合金相と粒状のFeまたはFe合金相とからなり、前記鋼裏金層は、炭素の含有量が0.05〜0.3質量%の炭素鋼であるとともに、組織がフェライト相とパーライト相とからなり、前記摺動層との界面となる前記鋼裏金層の表面には、前記鋼裏金層の厚さ方向の中央部における組織中の前記パーライト相に対して前記パーライト相の割合が50%以上少なくなっている低パーライト相部が形成され、前記多孔質焼結層の前記Ni−P合金相は、前記粒状のFeまたはFe合金相どうしをつなぐバインダとして機能していることを特徴とする。
請求項2に係る発明においては、請求項1記載の摺動部材において、前記低パーライト相部には、前記Ni−P合金相のNi成分が拡散していることを特徴とする。
請求項3に係る発明においては、請求項1又は請求項2記載の摺動部材において、前記低パーライト相部の厚さは、1〜50μmであることを特徴とする。
請求項4に係る発明においては、請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の摺動部材において、前記低パーライト相部の表面における前記パーライト相の面積率は、0〜10%であることを特徴とする。
請求項5に係る発明においては、請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動部材において、前記Ni−P合金相の組成は、9〜13質量%のPと残部Niおよび不可避不純物からなることを特徴とする。
請求項6に係る発明においては、請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の摺動部材において、前記多孔質焼結層における前記Ni−P合金相の割合は、前記多孔質焼結層の100質量部に対して前記Ni−P合金相が5〜40質量部であることを特徴とする。
請求項1に係る発明においては、摺動層を構成する多孔質焼結層は、Ni−P合金相と粒状のFeまたはFe合金相とからなり、Cu成分が含まれないので、有機酸や硫黄成分に対する耐食性が高い。多孔質焼結層のNi−P合金相は、粒状のFeまたはFe合金相どうしをつなぐバインダとして機能している。また、鋼裏金層は、炭素の含有量が0.05〜0.3質量%の炭素鋼であるとともに、組織がフェライト相とパーライト相とからなるが、炭素の含有量が0.05質量%未満の炭素鋼を用いる場合には、鋼裏金層の強度が低く、摺動部材の強度が不十分となる。一方、炭素の含有量が0.3質量%を超える炭素鋼を用いる場合には、鋼裏金層の低パーライト相部におけるパーライト相の割合が多くなってしまう。さらに、摺動層との界面となる鋼裏金層の表面には、鋼裏金層の厚さ方向の中央部における組織中のパーライト相に対してパーライト相の割合が50%以上少なくなっている低パーライト相部が形成されることで、摺動層の樹脂組成物と鋼裏金層の低パーライト相部との界面での熱膨張量の差が小さく、その界面でのせん断が起き難くなり、摺動層の樹脂組成物と鋼裏金層との接合を強くすることができる。
また、請求項2に係る発明のように、低パーライト相部には、Ni−P合金相のNi成分が拡散していることで、摺動層の樹脂組成物と鋼裏金層との接合を強くすることができる。
また、請求項3に係る発明のように、低パーライト相部の厚さは、1〜50μmの範囲とする。鋼裏金層の厚さは、一般的な摺動部材では最小でも0.3mmであるので、低パーライト相部の厚さが50μm以下であれば、鋼裏金層の強度に影響しない。また、低パーライト相部の厚さが1μm未満であると、摺動層との界面となる鋼裏金層の表面に、部分的に低パーライト相部が形成されない場合がある。
また、請求項4に係る発明のように、低パーライト相部の表面におけるパーライト相の面積率は、0〜10%とする。低パーライト相部の表面におけるパーライト相の面積率は、10%以下であると、摺動層の樹脂組成物と鋼裏金層との接合強度を高める効果が高くなる。
また、請求項5に係る発明のように、Ni−P合金相の組成は、9〜13質量%のPと残部Niおよび不可避不純物からなることで、Ni−P合金の融点が低くなる組成範囲とすることができる。なお、Ni−P合金相の組成は、10〜12質量%のPと残部Niおよび不可避不純物からなることがより望ましい。鋼裏金層上に多孔質焼結層を焼結するときの昇温過程では、多孔質焼結層のNi−P合金相成分の全てを液相化させて、Ni成分を鋼裏金層の表面に拡散させる。このNi成分の鋼裏金層の表面への拡散は、鋼裏金層の表面への低パーライト相部の形成に関係している。Ni−P合金相の組成において、Pの含有量が9質量%未満、あるいは13質量%を超えると、Ni−P合金の融点が高くなる。これにより、焼結時、Ni−P合金の液相の発生量が減少し、Ni成分が鋼裏金層の表面に拡散し難くなり、鋼裏金層の表面に低パーライト相部が形成され難くなる。
また、請求項6に係る発明のように、多孔質焼結層におけるNi−P合金相の割合は、多孔質焼結層の100質量部に対してNi−P合金相を5〜40質量部とする。Ni−P合金相は、FeまたはFe合金相の粒どうし、FeまたはFe合金相の粒と鋼裏金層の表面とを結びつけるバインダである。Ni−P合金相の割合が5質量部未満であると、多孔質焼結層の強度や、多孔質焼結層と鋼裏金層との接合が不十分となる。一方、Ni−P合金相の割合が40質量部を超えると、焼結時、空孔となるべき部分がNi−P合金の液相で充填されてしまうので、多孔質焼結層の空孔率が小さくなりすぎる。
鋼裏金層の表面に低パーライト相部を形成した摺動部材の断面を示す模式図である。 鋼裏金層の厚さ方向の中央部付近の組織を示す拡大図である。 鋼裏金層の表面付近の組織を示す拡大図である。 従来の摺動部材を示す模式図である。
本実施形態に係る鋼裏金層2の表面に低パーライト相部8を形成した摺動部材1について、図1乃至図3を参照して説明する。図1は、鋼裏金層2の表面に低パーライト相部8を形成した摺動部材1の断面を示す模式図である。図2は、鋼裏金層2の厚さ方向の中央部付近の組織を示す拡大図であり、図3は、鋼裏金層2の表面付近の組織を示す拡大図である。
図1に示すように、摺動部材1は、鋼裏金層2と摺動層3とからなり、摺動層3は、鋼裏金層2上に形成された多孔質焼結層4と樹脂組成物5とからなる。また、多孔質焼結層4は、粒状のFeまたはFe合金相6とNi−P合金相7とからなる。このNi−P合金相7は、FeまたはFe合金相6の粒どうし、あるいは、FeまたはFe合金相6の粒と鋼裏金層2の表面とをつなぐバインダとなっている。また、図1に示すように、FeまたはFe合金相6の粒どうし、あるいは、FeまたはFe合金相6の粒と鋼裏金層2の表面とは、Ni−P合金相7を介して接合している。なお、FeまたはFe合金相6の粒どうし、あるいは、FeまたはFe合金相6の粒と鋼裏金層2の表面とは、直接、接触、あるいは、焼結により接合している部分が形成されていてもよい。また、FeまたはFe合金相6の粒は、表面の一部がNi−P合金相7により覆われていない部分が形成されていてもよい。また、多孔質焼結層4は、樹脂組成物5を含浸させるための空孔を有し、その空孔率は10〜60%である。より好ましくは、空孔率は20〜40%である。
Ni−P合金相7の組成は、9〜13質量%のPと残部Niおよび不可避不純物からなる。このNi−P合金相7の組成は、Ni−P合金の融点が低くなる組成範囲である。なお、Ni−P合金相7の組成は、10〜12質量%のPと残部Niおよび不可避不純物からなることがより望ましい。鋼裏金層2上に多孔質焼結層4を焼結するときの昇温過程では、後述するが、多孔質焼結層4のNi−P合金相7成分の全てを液相化させて、Ni成分を鋼裏金層2の表面に拡散させる。このNi成分の鋼裏金層2の表面への拡散は、鋼裏金層2の表面への低パーライト相部8の形成に関係している。また、Ni−P合金相7の組成において、Pの含有量が9質量%未満、あるいは13質量%を超えると、Ni−P合金の融点が高くなる。これにより、焼結時、Ni−P合金の液相の発生量が減少し、Ni成分が鋼裏金層2の表面に拡散し難くなり、鋼裏金層2の表面に低パーライト相部8が形成され難くなる。
なお、Ni−P合金相7は、前記組成に、さらに、B成分を1〜4質量%、Si成分を3〜12質量%、Cr成分を7〜14質量%の1種以上を含有させた組成であってもよい。
多孔質焼結層4におけるNi−P合金相7の割合は、多孔質焼結層4の100質量部に対してNi−P合金相7が5〜40質量部であり、より好ましくは、10〜20質量部である。このNi−P合金相7の割合は、FeまたはFe合金相6の粒どうし、FeまたはFe合金相6の粒と鋼裏金層2の表面とを結びつけるバインダとなる形態の多孔質焼結層4を形成するために好適な範囲である。Ni−P合金相7の割合が5質量部未満であると、多孔質焼結層4の強度や、多孔質焼結層4と鋼裏金層2との接合が不十分となる。一方、Ni−P合金相7の割合が40質量部を超えると、焼結時、空孔となるべき部分がNi−P合金で充填されてしまうので、多孔質焼結層4の空孔率が小さくなりすぎる。
多孔質焼結層4における粒状のFeまたはFe合金相6は、平均粒径が45〜180μmであればよい。また、粒状のFe合金の組成は限定されない。一般市販される、純鉄、亜共析鋼、共析鋼、過共析鋼、鋳鉄、高速度鋼、工具鋼、オーステナイト系ステンレス、フェライト系ステンレス等の粒を用いることができる。いずれのFe合金を用いても、有機酸や硫黄成分に対する耐食性は、従来の銅合金を用いるよりも優れている。なお、多孔質焼結層4を構成する粒状のFeまたはFe合金相6は、その表面(Ni−P合金相7との界面となる表面)に、Ni−P合金相7の成分との反応相が形成されていてもよい。そして、このような粒状のFeまたはFe合金相6とNi−P合金相7とから多孔質焼結層4が構成されており、Cu成分が含まれないため、有機酸や硫黄成分に対する耐食性に優れている。
樹脂組成物5は、多孔質焼結層4の空孔部および表面に含浸被覆される。図1に示すように、樹脂組成物5は、鋼裏金層2の表面と接する部分がある。樹脂組成物5としては、一般的な摺動用樹脂組成物を用いることができる。具体的には、フッ素樹脂、ポリエーテルエーテルケトン、 ポリアミド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリベンゾイミダゾール、エポキシ、フェノール、ポリアセタール、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリオレフィン、ポリフェニレンサルファイドのいずれか一種以上の樹脂に、さらに、固体潤滑剤としてグラファイト、グラフェン、フッ化黒鉛、二硫化モリブデン、フッ素樹脂、ポリエチレン、ポリオレフィン、窒化ホウ素、二硫化錫のいずれか一種以上を含む樹脂組成物を用いることができる。また、樹脂組成物5には、さらに充填剤として、粒状、あるいは、繊維状の金属、金属化合物、セラミック、無機化合物、有機化合物のいずれか一種以上を含有させることができる。なお、樹脂組成物5を構成する樹脂、固体潤滑剤、充填剤は、ここで例示したものに限定されない。
鋼裏金層2には、炭素成分の含有量が0.05〜0.3質量%である炭素鋼(亜共析鋼)を用いる。この鋼裏金層2の組織は、図2に示すように、フェライト相9とパーライト相10とからなる。炭素成分の含有量が0.05質量%未満の炭素鋼を用いる場合には、鋼裏金層2の強度が低く、摺動部材1の強度が不十分となる。一方、炭素の含有量が0.3質量%を超える炭素鋼を用いる場合には、鋼裏金層2の低パーライト相部8におけるパーライト相10の割合が多くなってしまう。
なお、鋼裏金は、前記炭素成分を含有し、さらに、0.1質量%以下のSi、1質量%以下のMn、0.04質量%以下のP、0.04質量%以下のSのいずれか一種以上を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成であってもよい。また、鋼裏金層2の組織は、フェライト相9とパーライト相10とからなるが、微細な析出物(走査電子顕微鏡を用い1000倍で組織観察を行っても検出できない析出物相)を含むことは許容される。
鋼裏金層2におけるフェライト相9は、炭素成分の含有量が最大で0.02質量%と少なく、純鉄に近い組成の相である。一方、鋼裏金層2におけるパーライト相10は、フェライト相と鉄炭化物であるセメンタイト(FeC)相とが薄い板状に交互に並んで形成されるラメラ組織の相である。このパーライト相10は、フェライト相9よりも炭素成分の量が多い。そして、図3に示すように、摺動層3との界面となる鋼裏金層2の表面には、鋼裏金層2の厚さ方向の中央部における組織中のパーライト相10に対してパーライト相10の割合が50%以上少なくなっている低パーライト相部8が形成される。
本実施形態では、電子顕微鏡を用いて摺動部材1の厚さ方向に平行な方向に切断された断面組織において、鋼裏金層2の厚さ方向の中央部付近、及び、摺動層3との界面となる鋼裏金層2の表面付近をそれぞれ倍率500倍で電子像を撮影し、その画像を一般的な画像解析手法(解析ソフト:Image−Pro Plus(Version4.5);(株)プラネトロン製)を用いて、組織中のパーライト相10の面積率を測定した。そして、鋼裏金層2の厚さ方向の中央部における組織中のパーライト相10に対して、摺動層3との界面となる鋼裏金層2の表面付近における組織中のパーライト相10の割合(面析率)が50%以上少なくなっていることで、摺動層3との界面となる鋼裏金層2の表面に低パーライト相部8が形成されていることが確認できる。なお、鋼裏金層2の厚さ方向の中央部付近におけるパーライト相10の面積率の観察部は、厳密な意味での鋼裏金層2の厚さ方向に中央部位置でなくてもよい。これは、鋼裏金層2の厚さ方向の中央部位置から低パーライト相部8までの間の組織が、実質的にほぼ同じ組織(同じパーライト相10の面積率)になっているからである。
上記した低パーライト相部8の厚さは、摺動層3との界面から1〜50μmである。さらに、低パーライト相部8の厚さは、1〜10μmとすることが好ましい。鋼裏金層2の厚さは、一般的な摺動部材では最小でも0.5mmであるので、低パーライト相部8の厚さが50μm以下であれば、鋼裏金層2の強度に影響しない。また、低パーライト相部8の厚さが1μm未満であると、摺動層3との界面となる鋼裏金層2の表面に、部分的に低パーライト相部8が形成されない場合がある。
また、摺動層3との界面となる鋼裏金層2の低パーライト相部8には、多孔質焼結層4におけるNi−P合金相7から拡散したNi成分が含まれている。このNi成分は、低パーライト相部8の表面付近のフェライト相9に固溶した形態で低パーライト相部8に含まれている。多孔質焼結層4のNi−P合金相7から鋼裏金層2の低パーライト相部8に拡散したNi成分は極微量であるが、EPMA(エレクトロンプローブマイクロアナライザー)測定により低パーライト相部8に拡散したNi成分が確認される。また、低パーライト相部8中のNi成分は、フェライト相9に固溶された形態で存在しており、低パーライト相部8の摺動層3との界面となる表面から内部へ向かって次第にNi成分の濃度が減少していることが確認できる。なお、低パーライト相部8には、NiP(金属間化合物)の相が形成されていない。
また、鋼裏金層2の低パーライト相部8の表面は、Ni成分の拡散により、特にパーライト相10が少なくなっている。低パーライト相部8の表面におけるパーライト相10の面積率は、摺動層3の樹脂組成物5と鋼裏金層2の低パーライト相部8との接合強度を高めるため、0〜10%とすることが好ましい。
次に、従来の摺動部材11における摺動層13の樹脂組成物15と鋼裏金層12との接合について、図4を参照して説明する。図4は、従来の鋼裏金層12上に多孔質焼結層14を形成した摺動部材11を示す模式図である。
摺動層13との界面となる鋼裏金層12の表面において、パーライト相が多いと、摺動層13の樹脂組成物15との接合が弱くなる。図4に示すように、そのような鋼裏金層12を摺動部材11として用いた場合、局部的に摺動層13の樹脂組成物15と鋼裏金層12との界面でせん断が起こる場合がある。これは、摺動部材11が使用される温度が上昇すると、鋼裏金層12よりも摺動層13の樹脂組成物15の熱膨張量が大きいので、摺動層13の樹脂組成物15と鋼裏金層12との界面でせん断応力が発生するためである。
具体的には、鋼裏金層12におけるフェライト相とパーライト相とでは熱膨張係数が異なり、パーライト相は鉄炭化物であるセメンタイト(FeC)を含むために、フェライト相よりも熱膨張係数が小さい。このため、摺動部材11の温度が上昇したとき、摺動層13の樹脂組成物15と鋼裏金層12との熱膨張量の差によるせん断力は、界面において不均一となる。そして、摺動層13の樹脂組成物15と鋼裏金層12のパーライト相との界面では、熱膨張量の差が大きく、その熱膨張量の差によるせん断応力によって微小せん断部が形成される。また、鋼裏金層12の表面におけるパーライト相の面積が多いほど、微小せん断が起こる面積が増加し、摺動層13の樹脂組成物15と鋼裏金層12のフェライト相との界面にも、このせん断が伝播すると考えられる。これに対し、本実施形態では、摺動層3との界面となる鋼裏金層2の表面において、鋼裏金層2の内部に対してパーライト相10の割合が50%以上少なくなっている低パーライト相部8が形成されることで、そのような摺動層3の樹脂組成物5と鋼裏金層2との界面でのせん断が起き難くなっている。
次に、本実施形態に係る摺動部材1の作製方法について説明する。まず、FeまたはFe合金の粉末とNi−P合金の粉末との混合粉を準備する。この混合粉の準備時には、多孔質焼結層4のNi−P合金相7となる成分を、Ni−P合金の粉末の形態で含ませる必要がある。そして、室温で、準備した混合粉を鋼板上に散布した後、粉末散布層を加圧することなく焼結炉を用いて、930〜1000℃の還元雰囲気中で焼結する。
焼結時において、昇温途中の880℃になると、9〜13質量%のPと残部Ni の組成からなるNi−P合金の粒が溶融を始める。その液相は、FeまたはFe合金の粒どうしや、FeまたはFe合金の粒と鋼裏金層2の表面との間で流動し、鋼裏金層2の表面上に多孔質焼結層4の形成が開始される。9〜13質量%のPと残部Ni の組成からなるNi−P合金の粒は、950℃で完全に液相となる。なお、Pの含有量範囲を少なくした10〜12質量%のPと残部Niの組成からなるNi−P合金の粒は、930℃で完全に液相となる。
焼結温度は、Ni−P合金の粒が、完全に溶融する温度以上に設定されている。また、Ni−P合金の組成は、後述するが、鋼裏金層2の組織が完全オーステナイト相となる温度(A3変態点)以上で、完全に溶融する組成になされている。
鋼裏金層2は、焼結時の昇温過程で727℃(A1変態点)になると、フェライト相9とパーライト相10とからなる組織は、オーステナイト相への変態を始め、炭素の含有量が0.05〜0.3質量%の鋼裏金層2は、900℃では完全にオーステナイト相からなる組織となる。このオーステナイト相は、フェライト相9よりもFe原子間の隙間(距離)が大きくなるので、多孔質焼結層4におけるNi−P合金相7のNi原子が、この隙間に侵入する拡散が起こり易い状態となる。上記したように、Ni−P合金の組成は、鋼裏金層2の組織が完全オーステナイト相となる温度(A3変態点)以上で、完全に溶融する組成になされており、焼結温度は、Ni−P合金の粒が、完全に溶融する温度以上に設定されている。これは、液相状態のNi−P合金相7中のNi原子は、固相状態のNi−P合金相7中のNi原子よりも、鋼裏金層2の表面におけるオーステナイト相中への拡散が起こり易いからである。
なお、Ni原子の拡散は、多孔質焼結層4と鋼裏金層2との接触部のみで起こるのではなく、Ni原子は、この接触部から鋼裏金層2と多孔質焼結層4とが直接、接触しない部分である鋼裏金層2の表面(摺動層3の樹脂組成物5と接することになる鋼裏金層2の表面)へも拡散する。
焼結時、Ni−P合金が完全に液相状態となり、且つ、鋼裏金層2が完全オーステナイト組織の状態となることが組み合わさって、鋼裏金層2の表面にNi原子が拡散する。このNi原子は、オーステナイト相に固溶される結果、オーステナイト相のFe原子間の隙間に固溶されていた炭素原子が、鋼裏金層2の内部側へ追い出されるように拡散する。なお、液相状態にあったNi原子は、鋼裏金層2の表面におけるオーステナイト相へ拡散し、固溶されるのと同時に固相となるので、Ni原子が鋼裏金層2の極表面付近にしか拡散しない。
焼結後の冷却過程で727℃(A1変態点)になると、鋼裏金層2の組織は、再度、フェライト相9とパーライト相10とからなる組織となる。以上の機構により、鋼裏金層2の内部は、フェライト相9とパーライト相10とからなる通常の組織(パーライト相10の割合は、炭素成分の含有量によって決まる通常の組織)となり、摺動層3との界面となる側の鋼裏金層2の表面には、その内部に対してパーライト相10の割合が少なくなっている組織(鋼裏金層2の極表面は、ほぼフェライト相9からなる組織)である低パーライト相部8が形成されると推定される。なお、Ni成分は、低パーライト相部8の表面付近のフェライト相9に固溶された状態で鋼裏金層2に含まれている。
上記のように鋼裏金層2の表面上に多孔質焼結層4が形成された部材には、予め準備された樹脂組成物5(有機溶剤にて希釈してもよい)が、多孔質焼結層4の空孔部を充填し、多孔質焼結層4の表面を被覆するように含浸される。そして、この部材は、樹脂組成物5の乾燥、焼成のための加熱が施され、鋼裏金層2の表面上に多孔質焼結層4と樹脂組成物5とからなる摺動層3が形成される。なお、樹脂組成物5としては、段落0027に記載した樹脂組成物を用いることができる。
なお、本実施形態の鋼裏金層2には、冷間圧延鋼板(条でもよい)を素材として用いることが望ましい。冷間圧延鋼板は、圧延工程で鋼の結晶組織に歪(原子空孔)が導入されている。この歪は、鋼裏金の結晶組織で本来、Fe原子が存在すべき部位にFe原子が存在しない原子レベルの隙間が形成されている欠陥部である。焼結時の昇温過程で鋼裏金層2における結晶の歪は、徐々に鋼裏金層2の表面側へ移動して消滅するが、この歪と置き換わるようにNi―P合金相7のNi原子が、鋼裏金層2の表面側の結晶中で歪があった部位へ拡散するようになる。一方、熱間圧延鋼板を用いた場合、熱間圧延鋼板は、結晶の歪が非常に少ないので、鋼裏金層の表面へのNi原子の拡散が起こり難い。
また、本実施形態では、上記のようにFeまたはFe合金の粉末とNi−P合金の粉末との混合粉を用いたが、アトマイズ法等により製造したFe−Ni−P系合金粉を用いた場合、あるいは、Ni粉末とFe−P系合金粉末の混合粉を用いた場合、焼結時には、粉末組成のNi、P成分の一部が液相化するのみで、液相発生量が少なく、鋼裏金層の表面へのNi原子の拡散が殆ど起こらない。このため、鋼裏金層の表面には、パーライト相の割合が減少した低パーライト相部が形成されない。また、この液相はNiPを主体とするので、焼結後の多孔質焼結層と鋼裏金層との界面にNiP相(金属間化合物)が介在するように形成される。このNiP相は、硬質であるが脆く、多孔質焼結層と鋼裏金層との接合が非常に弱くなる。
また、本実施形態における多孔質焼結層4の合金組成として、低融点のSnを含有させることは避けるべきである。Snは低融点であり、焼結時の昇温過程における極初期の232℃程度で液相となるが、液相となったSn原子と鋼裏金層のFe原子とが反応し、多孔質焼結層と鋼裏金層との界面にFeSn相やFeSn相(金属間化合物)が介在するように形成される。このFeSn相やFeSn相は、硬質であるが脆く、多孔質焼結層と鋼裏金層との接合が非常に弱くなる。このSnを含有する多孔質焼結層の合金組成にCuを含有させる(例えば、Sn含有量に対して質量で3〜4倍のCuを含有させる)ことで、焼結時に液相となったSn成分がCuへ拡散するようになり、多孔質焼結層と鋼裏金層との界面でのFeSn相やFeSn相の形成を防止、あるいは、緩和することができる。しかしながら、多孔質焼結層にCu成分が含まれるため、有機酸や硫黄成分に対する耐食性が低くなる。
また、本実施形態では、鋼裏金層2の表面に低パーライト相部8を形成しているが、予め、表面にFeめっき層やNiめっき層を形成した鋼板を用いる場合には、摺動部材が高価となる。本実施形態は、このような鋼板の表面へのめっき層の形成工程を省略し、多孔質焼結層4の焼結工程にて同時に低パーライト相部8の形成を行うので、摺動部材1を安価に製造することができる。
1 摺動部材
2 鋼裏金層
3 摺動層
4 多孔質焼結層
5 樹脂組成物
6 FeまたはFe合金相
7 Ni−P合金相
8 低パーライト相部
9 フェライト相
10 パーライト相

Claims (6)

  1. 鋼裏金層上に多孔質焼結層と樹脂組成物とからなる摺動層が設けられた摺動部材において、
    前記多孔質焼結層は、Ni−P合金相と粒状のFeまたはFe合金相とからなり、
    前記鋼裏金層は、炭素の含有量が0.05〜0.3質量%の炭素鋼であるとともに、組織がフェライト相とパーライト相とからなり、
    前記摺動層との界面となる前記鋼裏金層の表面には、前記鋼裏金層の厚さ方向の中央部における組織中の前記パーライト相に対して前記パーライト相の割合が50%以上少なくなっている低パーライト相部が形成され、
    前記多孔質焼結層の前記Ni−P合金相は、前記粒状のFeまたはFe合金相どうしをつなぐバインダとして機能していることを特徴とする摺動部材。
  2. 前記低パーライト相部には、前記Ni−P合金相のNi成分が拡散していることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
  3. 前記低パーライト相部の厚さは、1〜50μmであることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の摺動部材。
  4. 前記低パーライト相部の表面における前記パーライト相の面積率は、0〜10%であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の摺動部材。
  5. 前記Ni−P合金相の組成は、9〜13質量%のPと残部Niおよび不可避不純物からなることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動部材。
  6. 前記多孔質焼結層における前記Ni−P合金相の割合は、前記多孔質焼結層の100質量部に対して前記Ni−P合金相が5〜40質量部であることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の摺動部材。
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