JP2015021866A - 放射線検出器のための信号データ処理方法、信号データ処理装置、および放射線検出システム - Google Patents

放射線検出器のための信号データ処理方法、信号データ処理装置、および放射線検出システム Download PDF

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Abstract

【課題】 半導体放射線検出器の信号から電荷収集によるものを正しく判定する。【解決手段】 本発明のある実施形態で提供される信号データ処理方法では、放射線検出器の複数の電極それぞれに対応するチャネル毎の検出信号の検出信号データ列からチャネル毎のタイミングデータ列を算出する(タイミングデータ算出処理S02)。またチャネル毎のタイミングデータ列を第1閾値と比較し、その第1閾値に達した時点から起算される遅延時間幅だけ経過した時点のデータ値を当該チャネルの判定用タイミングデータ値として抽出する(遅延および抽出処理S04)。そして各チャネルの判定用タイミングデータ値を第2閾値と比較することにより、第2閾値に達したものが電荷を収集したチャネルのものであると判定する(判定処理S06)。本発明のある実施形態では、信号データ処理装置、放射線検出システムも提供される。【選択図】図5

Description

本発明は、放射線検出器のための信号データ処理方法、信号データ処理装置、および放射線検出システムに関する。さらに詳細には本発明は、複数の電極が付されている半導体を有する放射線検出器のための信号データ処理方法、信号データ処理装置、および放射線検出システムに関する。
従来、γ線や、X線、α線、β線といった放射線の検出器として、例えばゲルマニウム等の半導体結晶を備えて良好なエネルギー分解能を示す放射線検出器(「半導体放射線検出器」という)が作製されている。半導体放射線検出器の一種として電極分割タイプ、すなわち、半導体表面に複数の電極が形成されているものが作製されている。電極分割タイプの半導体放射線検出器を採用すれば、半導体と放射線の相互作用が生じた位置(「相互作用位置」)を決定することができる。そのためには複数の電極からの検出信号を対象に信号処理を適切に行なう必要がある。通常は、複数の電極のそれぞれに対応する信号経路(チャネル)毎に信号処理が行なわれる。
電極分割タイプの半導体放射線検出器は、より高度な用途への適用が有望視されている。その一例が、γ線などの放射線から半導体に与えられたエネルギーや線量の情報に加えて、相互作用位置の情報を利用して放射線源の分布画像を取得するコンプトンカメラである。本願の発明者らが開発したコンプトンカメラに利用する電極分割タイプのガンマ線検出器が例えば特許文献1(特開2005−208057号公報)に開示されている。相互作用位置を高い精度で決定できれば、例えばコンプトンカメラなどの用途においては、放射線の飛来方向を精確に決定することができ、可視化等の追加の処理により得られる画像の解像度を高めることが可能となる。
上述した電極分割タイプの半導体放射線検出器のための信号処理には、近時、デジタル処理の手法が取り入れられている。この信号処理のためには、まず、放射線との相互作用イベントに応じ半導体中に生成する電荷量をFET等を用いたアナログ回路の前置増幅器により電圧に変換する。その電圧は、後の処理に適するようアナログ・デジタル・コンバーター(ADC)により時系列のデジタルデータである検出信号データ列に変換される。その後、その検出信号データ列を対象に、例えばデジタルフィルター処理などの数値演算を利用した処理を行なうことにより、例えば、タイミング、エネルギー、線量といった放射線を特徴付ける情報が導かれる。各電極に対応する各チャネルの検出信号データ列からそのような情報を正しく導くことができれば、タイミング、エネルギー、線量が正しく得られ、さらには相互作用位置も決定することができる。このような処理技術は、フラッシュADCの登場といったADCそれ自体の高度化、および他のデジタル処理のための集積回路技術等の高度化に応じて進展している。一例として、本願発明者らは、電極分割タイプの半導体放射線検出器を含むコンプトンカメラに適するデジタル信号処理装置を作製し、その性能を報告している(非特許文献3:Fukuchi et al., IEEE Trans. Nucl. Sci. 58(2) p461)。さらに類似のデジタル技術を用いることにより、柔軟な処理が可能となって、高度な解析技術も手に入りつつある(例えば、特許文献2:特開2010−107312号公報)。
特開2005−208057号公報(米国特許出願公開2005/139775A1号明細書) 特開2010−107312号公報(米国特許出願公開2010/102240A1号明細書)
V.T. Jordanov and G.F. Knoll "Digital synthesis of pulseshapes in real time for high resolution radiation spectroscopy", Nuclear Instruments andMethods in Physics Research A 345 pp.337-345, (1994) V.T. Jordanov et al., "Digital techniques for real-timepulse shaping in radiation measurements",Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A 353 pp.261-264, (1994) Tomonori Fukuchi et al., "A Digital Signal ProcessingModule for Ge Semiconductor Detectors",IEEE Transactions on Nuclear Science, Vol.58, No.2, pp.461-467, (2011), DOI10.1109/TNS.2011.20109968
本願の発明者らは、デジタル信号処理を利用するさらに高度な処理として、相互作用位置の決定精度をより高めようとした。このような処理を本出願において「相互作用位置高精度化処理」と呼ぶ。一般に、相互作用が起きた領域をカバーする電極からは電荷収集による信号(電荷信号)が得られるが、それ以外の電極にも電荷の移動にともない誘起された信号(誘起信号)が現われる。この誘起信号は、電荷信号が得られた電極の近隣の電極に特に強く現れるもので、一般に電荷信号と比較して振幅は小さいものである。
このような誘起信号は、上記相互作用位置高精度化処理においては有用な信号となる。すなわち誘起信号は、エネルギーを算出するといった目的には適さないものの、相互作用位置を精密に決定するために活用することができる。これは、電荷信号が得られた電極に近接している電極からの誘起信号は、相互作用位置に依存して波形および振幅が変化するため、電荷信号を出力した電極がカバーする半導体の体積領域内における詳細な相互作用の位置についての情報を含んでいるからである。
ところが、放射線(γ線)とエネルギーとタイミングを適切に検出しうる非特許文献3に報告したデジタル信号処理装置を拡張することにより、上記相互作用位置高精度化処理を実現すべく実験を重ねたところ、電荷信号と誘起信号を正しく区別することができない事象が多数あることが判明した。電荷信号が正しく検出できないことは、相互作用イベントが正しく検出できないことを意味するため、そのままではどの電極がカバーする範囲にて相互作用が生じたか判定することができない。
また、特に低エネルギーの放射線を測定する場合には、信号検出の閾値を下げることになり、誘起信号がこの閾値を超え電荷信号と誤る誤判定も生じる。このような誤判定は、放射線によって半導体に与えられたエネルギーの値が大きく、誘起信号が大きい場合にも生じ、実際に放射線を検出したチャネルが何処であるかが正しく判定できなくなる。さらには、放射線のエネルギーや検出タイミングなどを得るために電荷信号に施す演算を誘起信号に施しても、正しい情報を導出することはできないため、無駄な処理が増大する。その場合、演算処理の効率が下がり、実際の検出器へのヒット数のうち、信号処理の結果正しく情報を引き出せた割合が低下してしまうなど、処理上の弊害も生じる。
もし電荷信号を誘起信号から精密に短時間で区別しうる手法を確立すれば、エネルギー、検出チャンネルなどの情報を無駄な処理を施すことなく正確に導出することが期待できる。また、その電荷信号が得られた電極の近隣の電極からの誘起信号の波形を利用することにより、相互作用位置高精度化処理も実用的なものとなる。
本発明は上述した課題の少なくともいくつかを解決することを目的とする。本発明は、半導体を利用する電極分割タイプの放射線検出器を利用する放射線検出手法の実用性を高めることに貢献するものである。
本願の発明者らは、上述した課題をもたらしている原因を調査するため、従来の手法において、電極分割タイプの半導体放射線検出器からの検出信号を多数収集し、相互作用が生じていると判定された検出信号を精査した。そして、従来の手法のままでは、電荷信号と誘起信号とを信号処理により正しく判定させることを十分な精度では行い得ないとの結論に至った。
その上で、複数の電極から得られるチャネル毎の検出信号データ列や波形整形された後のいくつかのデータ列を対象にして、電荷信号を正しく判定する手法を検討した。そして、検出信号データ列から波形整形されたデータ列の一つであるタイミングデータ列を対象として特徴的な処理を施せば、高い確率で、そのデータ列が電荷信号によるものであるとの判定が可能であることを見出した。
すなわち本発明のある態様においては、複数の電極が付された半導体を有する放射線検出器の各電極の検出信号から、各電極に対応するチャネル毎の検出信号データ列を得て、チャネル毎の該検出信号データ列のうち第1波形整形期間の範囲に含まれるデータ値を対象とする数値演算処理を継続的に行うことにより、放射線が前記半導体と相互作用したタイミングを反映するチャネル毎のタイミングデータ列を算出するタイミングデータ算出処理と、チャネル毎の該タイミングデータ列をなす各データ値を第1閾値と比較し、該第1閾値に達した時点から起算される所定の遅延時間幅だけ経過した時点の該タイミングデータ列のデータ値を当該チャネルの判定用タイミングデータ値として抽出する遅延および抽出処理と、チャネル毎の該判定用タイミングデータ値を第2閾値と比較することにより、該第2閾値に達した該判定用タイミングデータ値を与えた検出信号データ列を、放射線との相互作用の結果前記半導体に生じた電荷を収集したチャネルのものであると判定する判定処理とを含む、半導体を有する放射線検出器のための信号データ処理方法が提供される。
本発明は、信号データ処理装置の態様によって実施することもできる。すなわち、本発明の別の態様においては、上述した何れかのデータ処理方法が実装されている、半導体を有する放射線検出器の複数の電極に対応するチャネル毎の検出信号の検出信号データ列を処理する信号データ処理装置が提供される。
本発明は、半導体放射線検出システムの態様によって実施することもできる。すなわち、本発明のさらに別の態様においては、複数の電極が付された半導体を有する放射線検出器と、前記複数の電極に対応するチャネル毎の検出信号を受け、各検出信号からの検出信号データ列を出力するアナログ・デジタル・コンバーター(ADC)と、上述した何れかのデータ処理方法が実装されており、該ADCから前記検出信号データ列をチャネル毎に受けるものである信号データ処理装置とを備える放射線検出システムが提供される。
本発明の各態様におけるチャネルとは、半導体に形成されている電極に対応付けられている信号の信号伝達のための経路である。本発明の各態様では原則として、各電極に一つのチャネルが対応付けられる。このため本出願では、チャネルとの用語を伝達経路を指定するためとともに電極を指定するためにも用いる。ただし、このことは、例えば複数の電極を一のチャネルに接続する実施構成や、一の電極に複数のチャネルを接続する実施構成が本発明の範囲から除外されることを意図するものではない。
本発明の各態様において、各電極がカバーする半導体の範囲にて相互作用が生じた場合、その相互作用が生じた半導体の範囲に付された電極は、当該相互作用によって生成された電荷を収集する。このため、当該電極からの信号は、収集した電荷量を反映する信号となる。この電荷量を反映する信号は、電界効果型トランジスタ(FET)を用いた電荷感応型の前置増幅器に伝達されるのが一般的である。この前置増幅器の出力は、放射線が相互作用により半導体に与えた電荷量を反映する電圧信号となる。前置増幅器からの電圧信号は、さらに、ポールゼロ処理などにより、含まれている情報が実質的に保持される態様で処理される。この段階までの処理は通常はアナログ回路による処理である。
実際に電荷を収集した電極では、その電極がカバーしている半導体の範囲にて生成された電荷量を反映する電荷信号が得られる。この電荷信号は、上記アナログ回路による処理を経ても、相互作用の結果生じた電荷がその半導体中を移動して収集された電荷量を反映したものとなる。加えて、実際には電荷を収集していない別の電極からも、生じる時点がほぼ一致している信号である誘起信号が得られることがある。この誘起信号は、前置増幅器等を含む信号処理系を通過してしまう。このような誘起信号が、電荷信号とほぼ同じ時点で生じうるような検出器構成を採用しても、第1閾値、所定の遅延期間幅、第2閾値を利用した判定処理を行なう本発明の何れかの態様においては、電荷を収集したチャネルを正しく判定することができるのである。
なお一般に、電極分割タイプの半導体検出器の信号処理は、処理対象の全チャネルに同様の処理が施されるため、本発明の各態様においても典型的にはチャネル数だけの信号が同様に処理される。そして、本発明の各態様において判定されるべき事項は、いずれのチャネルのものが電荷信号といえるか、である。チャネル毎の検出信号には、実際には、電荷信号以外に、上述したように誘起信号も含まれている。したがって、本発明の各態様において判定されるべき事項は、典型的には、誘起信号ではなく電荷信号といえるか、である。なお実施上の観点からは、マルチヒットイベントなどとも呼ばれるような、一つの放射線が複数回の相互作用を生起し、各相互作用が別々の電極に電荷信号を生じさせるというイベントへの対処が必要となることもある。そのマルチヒットイベントでは、一片の半導体中において位置を決定すべき範囲の全チャネル(例えば一方向に並ぶ全電極のすべてのチャネル)のうち複数のチャネルが電荷信号を伝えることとなる。そのような一般の場合まで含めると、位置を決定すべき範囲の全チャネルのうち電荷信号が現われるものは1チャネルとは限らない。複数のチャネルに電荷信号が現われる場合には、検出信号として、電荷信号と誘起信号とが足し合わさったものが得られることがある。そのような重なり合った信号を対象とする場合にも、本発明の各態様において適切に条件を設定することにより、当該検出信号が電荷信号を含んでいると判定することができる。
次に本発明の各態様をなす特徴を個別に説明する。まず検出信号データ列は、検出信号が標本化され、時系列のデータ列とされたものである。検出信号データ列は、情報の損失が問題とならないような標本化周波数および量子化ビット数により、必要に応じた事前の処理を経てデジタル化されている。
タイミングデータ算出処理は、上記検出信号データ列を対象にする処理である。タイミングデータ算出処理の目的は、放射線が半導体と相互作用したタイミングを決定するために利用されるタイミングデータ列を算出することである。このタイミングデータ列は、例えば放射線と半導体との相互作用時刻を導出する処理に適するようなデータ列である。タイミングデータ算出処理は、上記検出信号データ列を対象にして、継続して到来する検出信号データ列の値のうち、ある期間(第1波形整形期間)の範囲に含まれるデータ値を対象とする波形整形のための数値演算の処理である。すなわちタイミングデータ列が示す波形は、検出信号データ列の示す波形を波形整形したもの、という関係となる。このようなタイミングデータ算出処理は、検出信号データ列の値に対する継続的な数値演算処理によって実現することができる。なお、本発明の好ましい態様においては、あるチャネルの電荷量によるエネルギーの算出も、当該チャネルの検出信号データ列を対象とし、より長い期間(第2波形整形期間)の波形整形により行なわれる(電荷信号エネルギー算出処理)。タイミングデータ算出処理は、ある波形の検出信号データから、もとの波形の特徴を反映した台形波や三角波の波形データを得る数値演算処理である。例えば、仮に処理対象の検出信号データ列が、ある時点までは非検出を示す値(例えば0)であり当該時点にそれから変動した値となってやがてある時定数に従って回復してゆくようなデータである場合に、その変動した値に対応する高さ(波高)の三角波を得る、といった処理である(例えば、非特許文献1および非特許文献2参照)。この処理をごく定性的に説明すれば、有意な信号がノイズの影響で見逃されるのを防ぐためにある程度の平均化を行なう低周波数域通過処理(積分処理)と、タイミングを正しく決定しうる程度の高周波数域通過処理(微分処理)を含んでいる処理ともいえる。実施形態の一つでのそのような処理は、いわゆるデジタルフィルターの技術を利用して、所定の関数との間でコンボリューションを行なう数値演算回路として実装される。その処理により得られるタイミングデータ列も、チャネル毎に得られる時系列のデータ列である。なお、電荷信号エネルギー算出処理は、第1波形整形期間より長い第2波形整形期間を利用する、上記タイミングデータ算出処理と類似の数値演算処理である。ただし、電荷信号エネルギー算出処理では、エネルギーの算出に適するように処理条件が設定される。電荷信号エネルギー算出処理では、例えばコンボリューションを算出する際の関数は、エネルギー値を算出するのに適するような別の所定の関数が利用される。
このタイミングデータ列のデータ値は、本発明の各態様において、ある閾値(第1閾値)と比較される。第1閾値は、信号の発生を判定するために用いられ、さらに、所定の遅延時間幅を起算するため、つまり計時し始めるためにも用いられる。そしてタイミングデータ列においてこの遅延時間幅に相当する期間だけの時間またはサンプル数がその起算の時点から経過した時点のデータ値が、もう一つの閾値(第2閾値)と比較される。この遅延は、判断のタイミングを遅延させていることにより、時間軸上で将来の波形が対象となることを意味する。タイミングデータ列のうち第2閾値と比較されるデータ値を判定用タイミングデータ値と呼ぶ。判定用タイミングデータ値が第2閾値に達したような検出信号データ値は、各態様において、電荷信号によるもの、すなわち電荷を収集したチャネルのもの、と判定される。これが各態様の判定処理である。この際、第1閾値と第2閾値は別々の役割を果たすことから、第1閾値と第2閾値の値は互いに独立して設定され、その結果、互いに異なるように設定されることもあれば、互いに同一に設定されることもある。さらに、タイミングデータ列のデータ値を第1閾値または第2閾値と比較する場合において、閾値に達したとは、データ値が、何らの検出もないときの状態つまり閾値と相異している状態から出発し、閾値と同一の値となったこと、および閾値の値との大小関係がそれまでと反転したこと、の少なくともいずれかを意味する。判定用タイミングデータ値を決定するために遅延時間幅だけの時間が経過したかどうかの時点の比較判定においても、同様である。データ値の原点や符号の取り方によって見かけ上は様々な比較や遅延の実装形態がありうるものの、発明の技術的範囲を画定する際には、意図されている内容に即して比較や遅延の動作が実質的に実行されているかどうかが理解されるべきである。
本発明のいずれかの態様において提供される放射線検出器のための信号データ処理方法、信号データ処理装置、および放射線検出システムでは、次のいずれかの効果がそれぞれ単独で、またはそのいずれかを組み合わせて同時に得られる。
まず、本発明のいずれかの態様では、比較的装置化が容易な信号データ処理手法が実現される。その手法では電荷を収集したチャネルを正しく判定することができる。本発明のいずれかの態様では、タイミングデータ列という従来から得られているデータを対象として遅延と閾値判定を含む比較的簡易な処理を行う。この手法は、全てのチャネルに対して実施することに支障はなく、実装のための回路規模も限定的である。
また、電荷を収集したチャネルを正しく判定しうる本発明のいずれかの態様の手法は、電極分割タイプの放射線検出器においてエネルギー値を算出するデータ処理のための前処理として有用である。電荷を収集したチャネルを正しく判定できれば、複数のチャネルからの検出信号データのうち、後の処理の対象にすべきものを選択したり、必要なデータのみを保存したりといった処理の容易化や省力化、高速化が実現されるからである。
さらに、電荷を収集したチャネルを正しく判定しうる本発明のいずれかの態様の手法は、相互作用位置高精度化処理のための前処理としても有用である。電荷が収集されたチャネルを正しく判定できることは、誘起信号を正しく判定しうることをも意味しており、電荷を収集した電極の近隣の電極における信号を、相互作用位置の決定精度の向上のために活用できるからである。
加えて、本発明のいずれかの態様では、半導体を有する放射線検出器と放射線との相互作用を検出する際の低エネルギー側の実質的感度を高めることもできる。本発明のいずれかの態様の手法に微小な信号を検出するような低いエネルギー閾値を、誘起信号に邪魔されることなく採用できるためである。
そして、本発明のいずれかの態様では、高い線量に対しても有効に測定を行なうことができる。つまり、適切に電荷を収集したチャネルを判定することが可能となるため、電荷信号のみに処理系を作動させスループットを高めることができる。また、同様に、近い時間間隔で放射線検出が発生した際の電荷信号と誘起信号のパイルアップにも適切に対処することが可能である。
従来および本実施形態に共通して採用される半導体を有する放射線検出器の構造の一例であるコンプトンカメラの構造を示す模式図である。 放射線検出器の半導体に付した分割電極により実際に得られた信号を説明するグラフである。 本発明の実施形態において使用される検出信号データ列の表す検出信号の波形(図3(a))と、直接の処理対象となるタイミングデータ列の波形(図3(b))とを実測例に基づいて表すグラフである。 図3と同様の別の実測例のグラフである。 本発明の実施形態におけるデータ処理装置において実行されるヒット判定フィルターの処理手順を示すフローチャートである。 本発明の実施形態における信号データ処理装置を含む半導体放射線検出システムの主要部分の論理構成を概略的に示す機能ブロック図である。 本発明の実施形態の信号データ処理装置を含む半導体放射線検出システムのハードウエアの一例の概略構成を示すブロック図である。 本発明の実施形態の信号データ処理装置のハードウエアに実装される信号処理機能ブロックを示す機能ブロック図である。
以下本発明に係る信号データ処理の実施形態を説明する。まず理解を容易にするため、従来のデータ処理を説明し、その後に本発明に係る信号データ処理の原理および具体的実施形態を説明する。当該説明に際し特に言及がない限り、共通する部分または要素には共通する参照符号が付されている。以下に説明する処理内容、処理手順、要素や具体的処理等は本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下の具体例に限定されるものではない。
1.従来の信号データ処理
本発明における発明者らの着想を説明するために、まず、半導体を有する放射線検出器のための検出信号のデータ処理として行なわれていた従来の手法を説明する。図1は半導体を有する放射線検出器の構造の一例であるコンプトンカメラの構造を示す模式図であり、このような放射線検出器は従来および本実施形態に共通して採用される。また図2は、放射線検出器の半導体に付した分割電極により実際に得られた信号を説明するグラフである。
一般に、電極分割タイプの放射線検出器では、分割された電極のうち、電荷を収集した電極の検出信号であること、つまり、電荷を収集した電極がいずれであるか、を判定する。この判定により、どの電極がカバーする範囲で実際に相互作用が生じたかが決定される。さらに、ある電極がカバーする範囲内においても、電極から相互作用位置までの深さ方向の位置を決定することができる。この際には検出信号波形の時間的形状変化が利用される。これらを組み合わせれば、例えばある厚みの平板状の半導体での相互作用位置を、面内方向と厚み方向で決定することができる。
このような分割タイプの電極を備えた半導体放射線検出器には、半導体結晶の両面それぞれに、細長く延びるような電極(ストリップ電極)が複数並べて設けられているものがある。その一例が、本発明の実施態様が適用される放射線検出器の典型例である、図1に示すコンプトンカメラに備わる放射線検出器である。
コンプトンカメラ100は、放射線検出器110および120のように、一片の半導体平板を利用する放射線検出器を対にして有する装置の一例であり、半導体などの検出媒体においてコンプトン散乱により生じる二度の相互作用を検出するものである。二つの検出位置と、エネルギーの情報を利用してコンプトン散乱の運動学を適用することにより、いずれの角度で放射線が入射したかが決定される。つまり、一つの放射線により、放射線検出器110の半導体12と放射線検出器120の半導体22とにおいて生じた合計2回の相互作用から円錐面C1が決定される。放射線源Sからは継続的に放射線が放出されるため、別の放射線からも同様に別の円錐面(円錐面C2)を決定することができる。各円錐面は放射線の飛来した方向の可能性を示すものであるため、そのような円錐面を多数決定し、各円錐面が交わる領域によって、放射能源Sの位置や分布を3次元的に決定することができる。この円錐面C1、C2の軸や頂角といった幾何学的配置は、放射線検出器110および120からの検出信号を適切に処理して決定することができる。そのためには、半導体12および22における放射線との相互作用位置の決定と、円錐面C1、C2の頂角を決定するエネルギーの測定とをともに精密に行なう必要がある。また、半導体12および22の両者において検出されたいくつかの相互作用が一つの放射線による相互作用であり、円錐面の推定に利用することに適するか、そうではなく複数の互いに別々の放射線による相互作用であるかを判定する目的にタイミング情報も利用される。
つぎに放射線検出器110を例に、コンプトンカメラ100を構成する放射線検出器の詳細な構造を説明する。放射線検出器110の半導体12は例えばゲルマニウムなどの半導体結晶の平板であり、その前面12Fおよび背面12Bのそれぞれに複数の電極16A〜16Mおよび18A〜18Mが形成されている。複数の電極16A〜16Mおよび18A〜18Mは、各面の範囲における電極を分割したものともいえるため、半導体12を有する放射線検出器110は分割電極タイプの一種でもある。前面12Fの電極16A〜16Mは平板面の一の方向(図ではy方向)に、他方の背面12Bの電極18A〜18Mは平板面の他の方向(x方向)にそれぞれ延びるストリップ電極群となっている。電極群それぞれにおいて、いずれの電極(チャネル)で電荷が収集されたかが適切に判定されれば、半導体12の平板面の方向であるxy面内のいずれの位置で放射線と半導体が相互作用をしたかを決定することが可能となる。つまり、半導体12において複数の電極16A〜16Mのいずれから電荷信号が得られるかによりx座標が、また複数の電極18A〜18Mのいずれから電荷信号が得られるかによりy座標が、それぞれ決定される。上述したように、実際に相互作用イベントが一回生じると、相互作用位置をカバーする電極からは電荷信号が、その近隣の電極からは、誘起信号が出力されるため、電荷信号であるか誘起信号であるかは正しく判定される必要がある。なお、以上の構成について半導体22を有する放射線検出器120も同様であり、半導体22の前面22Fおよび背面22Bそれぞれに複数の電極26A〜26Mおよび28A〜28Mが形成されている。
図2には、実際にコンプトンカメラの複数の電極から得られた検出信号を示している。図2(a)〜(c)は、実際の相互作用によって実際に電荷を収集した電極16Dからの信号を電荷感応型の前置増幅器によって電圧値に変換した波形のグラフ(オシロスコープ像)であり、各波形の目盛は各図の右側に電圧目盛、下に時間目盛を記している。参照を容易にする目的にて、以下、各波形には対応する電極の符号を用いて指し示す。また、電極16Dを取り上げるのは、円錐面C1の最初の相互作用を検出したように図1にて図示していることに対応させたものである。各図には、電極16Cおよび16E、つまり、電極16Dにとって近隣の電極において得られる同様の処理を経た波形も示している。なお、電極16Dから得られる検出信号は他より振幅が大きいため、オシロスコープ像の縦軸スケールを電極16Cおよび16Eのものの2/5に縮小している。図2(a)は、電極16Dによりカバーされている半導体12の範囲のうち、電極16Dから厚み方向(図1のz方向)に離れた位置において放射線が一度相互作用した場合のものである。これに対し図2(b)は、図2(a)に比べ相互作用位置が、厚み方向で電極16Dに近い位置つまり前面12Fに近い領域だったものである。さらに図2(c)は、マルチヒットイベントのものである。このマルチヒットイベントは、放射線が電極16Dによりカバーされている半導体の範囲での相互作用によって一度相互作用して放射線が散乱され、その際に部分的にエネルギーを落とし、その直後に当該放射線が電極16Cによりカバーされている半導体の範囲に入射して相互作用することによって残りの全エネルギーが吸収されたイベントである。
図2(a)および(b)における電極16Dからの信号が、相互作用により発生した電荷が収集されたものであり、典型的な電荷信号である。これらの信号は、電荷感応型の前置増幅器等によって電荷量から電圧に変換されており、最大電圧値(電荷収集が終了した時点での電圧値)が総電荷量すなわち放射線のエネルギーに比例している。図2(a)および(b)は、電極16Dの電荷信号が出現するのとほぼ同時に、電極16Cおよび電極16Eからも信号が出現することを示している。これらの信号は、電極16Dがカバーする半導体12の範囲に生じた電荷が、半導体中の空乏層をバイアス電圧により移動することにより電界を変動させて電極16Cおよび電極16Eに誘起した信号(誘起信号)であり、過渡的なものである。つまり図2(a)および(b)に示したように、誘起信号は電荷の移動が終了すると消失する。そのことは、これらの電極では、電荷が収集されていないことと対応している。従来は、電荷収集による信号ではない誘起信号を、あたかも電荷収集による信号であるかのようにして処理していた。
さらに図2(c)のように、一つの放射線により、電極16Dと電極16Cそれぞれのカバーする範囲における相互作用が生じたマルチヒットイベントでは、電極16Cからの信号に誘起信号だけではなく電荷信号も足し合わされる。図2(c)に示した例では、電極16Dのカバーする領域でより多くのエネルギーが放射線から与えられ、電極16Cのカバーする領域では少ないエネルギーが与えられている。このため、電極16Cの波形には、電極16Dのカバーする領域での誘起信号が足し合わされているが、逆の誘起信号は殆ど現われていない。
上述した相互作用位置を反映する波形を利用し、特に誘起信号の波形の違いを利用すれば、相互作用位置高精度化処理の実用性が高まる。一般に電界の変動による電極への影響は距離とともに減衰するため、電荷を収集した電極の両側の電極の誘起信号の大きさを比較するなどの方法により、相互作用位置を精密に決定することができるのである。例えば、図2(a)では、電極16Cと16Eの誘起信号の大きさが異なっていて電極16Eのものがより明瞭である。これは、相互作用が生じた位置が、それらに挟まれる電極16Dがカバーする範囲のうち電極16Eにより近いことを意味している。これが、電極がカバーする範囲で決まる位置精度よりも細かく位置の決定が可能になるという相互作用位置高精度化処理の原理である。
なお、実際には、相互作用の位置は一般にイベント毎に異なるものの、以降の説明では、特に明示しない限り一度のイベントを取り上げて説明する。
2.本実施形態
本発明の実施形態では、上述したような検出信号またはそれから得られる信号を対象として、電荷が収集されたチャネルを正しく判定する信号処理の手法が提供される。本願の発明者らは、放射線が半導体と相互作用したタイミングを高精度で導出するためにつくられたタイミングデータ列を利用することにより、電荷信号と誘起信号とを正しく判定する手法に思い至った。
まず、電荷感応型の前置増幅器の出力は、アナログ信号の段階にてこれまでに説明したようないくつかの処理を経た後にデジタル信号に変換される。このデジタル信号は、通常は一定の標本化周波数により標本化され量子化された数値データの列であり、本出願では検出信号データ列という。この検出信号データ列は、各チャネルに対して一列ずつ得られ、そのうち相互作用と関連したチャネルのものには、相互作用した放射線の情報が含まれている。これらの情報を精確に引き出すための最初の処理は一般には波形整形とも呼ばれ、デジタル演算処理の場合、デジタルフィルターを利用した数値演算処理を活用するものである。タイミングデータ列はその波形整形処理の一種を検出信号データ列に施したものである。複数の電極を有する電極分割タイプの場合、相互作用位置を決定するために電極(チャネル)毎の信号の違いが利用される。
本実施形態では、波形整形後のデータ列であるタイミングデータ列を対象とする新規の信号処理によって十分に装置化可能な手法として電荷信号の判定が行われる。
2−1.動作原理
図3は、本実施形態において使用される検出信号データ列の表す検出信号の波形(図3(a))と、直接の処理対象となるタイミングデータ列の波形(図3(b))とを実測例に基づいて表すグラフである。図3には、電極16C、16Dおよび16Eそれぞれから得られた合計3チャネル分の検出信号データ列(図3(a))とタイミングデータ列(図3(b))とを波形として示している。図3(a)の検出信号データ列は、図2に示したものと同様の処理により得たものである。つまり、検出信号データ列は、放射線検出器に備わる半導体に付された複数の電極それぞれに対応するチャネル毎の信号を、電荷感応型の前置増幅器などを経てADCにおいて適切な標本化周波数にて標本化し、適切なビット数で量子化することによりデジタル化した直後のものである。図3(a)では横軸はデジタル化のために標本化した信号のサンプル順に並べたものであり、通常のオシロスコープ像と同様に、紙面上の左側が過去、右側が将来となるように時間軸を取っている。なお、このデータはサンプリング周波数を100MHz(サンプリング間隔10ns)としたものであり、グラフの期間は630nsに渡っている。さらにいずれのグラフも、縦軸は、量子化された後のデジタル値としており、デジタル値はADCに入力される電圧、すなわち、電極16C、16Dおよび16Eに現われる信号をアナログ回路技術により変換した電圧に対応する。このため、検出信号データ列は、電極16C、16Dおよび16Eの収集した電荷量の信号(電荷信号である場合)や電極に誘起された信号(誘起信号である場合)に対して線形性を保っている。これに対し図3(b)のタイミングデータ列は、例えば、検出信号データ列を波形整形して放射線と半導体との相互作用のタイミングを決定するために用いられるデータ列である。なお図3(a)および(b)では、図2とは異なり、一つのグラフに示した全波形は縦軸のスケールを一致させて描いている。
本実施形態のタイミングデータ算出処理では、検出信号データ列のうちのある期間の範囲に含まれるデータ値を対象にして、例えば異なる時点のデータ値を用いる数値演算処理が行なわれて上記タイミングデータ列が生成される。この期間を第1波形整形期間と呼ぶ。なお、タイミングデータ算出処理は、典型的には検出信号データ列と所定の関数波形との間でコンボリューションの値を数値演算により算出する処理である(例えば、非特許文献1および非特許文献2参照)。タイミングデータ列は、例えば同時計数処理や、ヒット数のカウントといった放射線検出の目的に合わせた後の処理のために、従来の手法でも生成されるものである。
本願の発明者らが気づいたのは、タイミングデータ列を対象とし、遅延と閾値判定を組み合わせれば、電荷が収集されたチャネルであること、すなわち信号が電荷信号を含んでいて誘起信号のみではないことが、正しく判定されることである。
すなわち、図3(b)の波形の例に付記するように、まず、タイミングデータ列の各値を継続的にある判定基準値(第1閾値、グラフでは30digits)と比較する。そして第1閾値に達した時点T1から、所定の遅延時間幅ΔT(グラフでは280ns、28サンプル分)だけ経過した時点に遅延した時点T2、つまり将来の時点T2のタイミングデータ列のデータ値を利用する。この時点T2のデータ値は、本実施形態において判定用タイミングデータ値と呼び、別の判定基準値(第2閾値、グラフでは30digits)と比較される。時点T2の電極16C、16Dおよび16Eからの判定用タイミングデータ値が、約−30、860および−30digitsとなるため、これらが第2閾値である30digitsと比較される。この処理により、電極16Dのみからの信号が電荷信号である、あるいは、電荷を収集したチャネルが電極16Dのチャネルである、と正しく判定することが可能となるのである。予め実験を行って、第1閾値、第2閾値および遅延時間幅を、測定系の様々な条件に合わせておきさえすれば、本手法によって、電荷を収集したのがどのチャネルであるかを正しく判定することができる。
比較のため、遅延を利用せず、第1閾値に相当する一つの判定基準値のみにて正しい判定を行いうるかどうかについて説明する。結論として、検出信号データ列や波形整形された後のデータ列において、一つの判定基準値を利用するような単純な値の比較によって正しく電荷信号を判定することは、困難である。実際、図3におけるタイミングデータ列のデータ値でもそのことが現れている。グラフでは明瞭ではないが、第1閾値を上回る時点は、わずかではあるが電極16Eが最も早い。すなわち、電極16Cおよび16Dからのタイミングデータ列のデータ値は共に時点230nsで第1閾値に達するのに対し、電極16Eからのタイミングデータ列のデータ値では、時点220nsである。このように、タイミングデータ列を対象としても、単に第1閾値との比較のみに基づく判定では、電極16Dからの信号が電荷信号であったと正しく判定できるわけではない。検出信号データ列による比較でも、この時間的な関係については同様である。
この点は、別の実測の波形による説明によっても一層明瞭に理解される。図4は、図3と同様に取得した検出信号の波形の別の実測例である。この例においても、電極16Dからの信号が電荷信号である。しかし、誘起信号である電極16Cからの信号が、電極16Dと比較して、30ns程度(タイミングデータ列、図4(b))、および100ns程度(検出信号データ列、図4(a))早く立ち上がっている。この例にも見られるように、一つの判定基準値を利用するのみによる判定では、電荷を収集したチャネルを高い確実性で正しく判定することは困難である。
なお、上述したように本実施形態においては、タイミングデータ列を対象とした処理が行なわれる。ここで、図3(b)に示したタイミングデータ列を対象とする遅延および第2閾値との比較による判定の処理は、一見すると、図3(a)に示した検出信号を対象としても同様に行えるのではないかとの議論の余地もありえよう。しかし、実用上の観点から、本実施形態のようにタイミングデータ列を対象とすることが優れている。実際の信号においては、必ずしも図3(a)に示した検出信号のように、電荷を反映した電圧が一回のみ現われそれが維持されるものばかりではない。時間あたりの相互作用回数が多く生じるような高い線量の場合には、電荷による検出信号の電圧がそのまま維持されているところに、次の相互作用の電荷による信号が重なることによるパイルアップが生じる。そのような場合に検出信号データ列を対象にして正しく電荷信号であることを判定するためには、パイルアップに応じて判定の基準となるベースラインを順次に更新していく、といった複雑な処理を追加しなくてはならない。これに対し本実施形態におけるタイミングデータ列(図3(b))を比較処理の対象とする判定では、タイミングデータ算出処理に含まれている処理に時定数の短い微分に類似する作用があるため、電荷による信号が短時間で減衰してゆく。この様子が図3(b)に示した電荷信号によるタイミングデータ列においてもある時点からの減衰となって明瞭に現われている。このため、タイミングデータ列を対象とすることにより高頻度のイベントによるパイルアップが発生しても、判定のためのベースラインを更新するような複雑な処理は不要である。つまり、タイミングデータ列がパイルアップをある程度見込んで処理されたデータ列となっていることから、本実施形態の手法でも、パイルアップに特段の対応をすることなく電荷信号を正しく判定することができるのである。このように、本実施形態において示したタイミングデータ列を対象にして判定処理を行なう手法は高い実用性を有している。上記手法を実装するために追加される機能手段を、本明細書の説明において、特に「ヒット判定フィルター」と呼ぶ。
2−2.ヒット判定フィルターの信号データ処理の動作
以上の原理に基づいて実施される本実施形態について、特にヒット判定フィルターと呼ぶ処理を実装する場合の動作を中心にさらに詳述する。図5は、本実施形態におけるデータ処理装置において実行されるヒット判定フィルターの処理手順を示すフローチャートである。本実施形態では半導体を有する放射線検出器の複数の電極に対応するチャネル毎の検出信号の検出信号データ列が処理される。タイミングデータ算出処理S02では、検出信号データ列のうち第1波形整形期間の範囲に含まれるデータ値を対象にして異なる時点のデータ値を用いる数値演算処理を行う。これにより、放射線が半導体と相互作用したタイミングを反映するタイミングデータ列を算出する。
遅延および抽出処理S04では、タイミングデータ列をなす各データ値が第1閾値と比較される。次いで第1閾値に達した時点または第1閾値を超えた時点から、所定の遅延時間幅が起算され、その遅延時間幅だけ経過した時点のタイミングデータ列のデータ値が判定用タイミングデータ値として抽出される。なお、所定の遅延時間幅の起算やその経過は、時間に対応して増加するカウンターのカウントアップ動作を開始しそのカウンターの値が所定の値となることや、バッファーにタイミングデータ列のデータ値がアドレス指定されて格納されている場合に読み出しアドレスを変更する、などといった当業者が実施可能な任意の手法により適宜に実装される。
判定処理S06では、判定用タイミングデータ値を第2閾値と比較することにより、第2閾値に達したタイミングデータ列が、半導体と放射線との相互作用の結果生じた電荷を収集したチャネルのものであると判定される。以上のようにして、電荷を収集したチャネルであることを正しく判定するための信号データ処理手法が実現される。
本実施形態では、さらに必要に応じて、ラベリング処理S08が行われると好ましい。その処理は、判定処理S06において第2閾値を超えたタイミングデータ列を、電極またはチャネルを指定するための情報と、相互作用イベントを指定するための情報とを組み合わせることにより、相互作用イベント毎に電荷が収集されたチャネルが指定可能な状態にする任意の処理である。その具体例は、電荷を収集したチャネルのタイミングデータ列のみを抽出したり、電荷を収集したチャネルを指定するための何らかのデータを出力したり、各チャネルに判定結果を表す何らかのフラグを付したり、チャネル毎に何らかのトリガー信号をアサートしたり、他のチャネルのものから区別可能にして記憶したり、といった処理である。このように、ラベリング処理S08は様々な実装形態によって実現される処理である。特に電荷を実際に収集したことを判定する処理のみである場合のラベリング処理S08は電荷信号ラベリング処理とも呼ぶ。ラベリング処理S08により、各イベントに対して正しく電荷信号が判定された情報が利用可能となるため、タイミングやエネルギーを算出するその後の処理が可能または容易になる。またラベリング処理S08により、誘起信号を利用した精密な位置測定のためにいずれの波形を選択すべきかの指標も得ることができる。
本実施形態は、好ましくは誘起信号ラベリング処理がラベリング処理S08に含まれているようにして実施することもできる。誘起信号ラベリング処理は、電荷信号ラベリング処理ではなく、電荷を収集しなかったタイミングデータ列がいずれのチャネルのものであるかを論理的に指定可能にする処理である。典型的には、例えば、電荷信号が発生したチャネルをもとに、電極構造から誘起信号が発生するチャネルを推測することが可能である。または、第1閾値との比較によって、遅延処理のみが開始したにもかかわらず、第2閾値との比較ではそのタイミングデータ列は電荷を収集したとされなかった場合には、そのチャネルを誘起信号のみであったと判定することが合理的といえる。誘起信号ラベリング処理も後の処理に活用される場合がある。
電荷を収集したチャネルの検出信号データ列を対象にして行なわれる典型的な処理の一つが、電荷信号エネルギー算出処理である(図5には図示しない)。そこでは、判定処理により電荷を収集したチャネルのものと判定された検出信号データ列のデータ値を対象にして、エネルギーを算出するのに必要な演算処理が行なわれる。その演算処理も典型的には波形整形の一種である。ただし、電荷量を精確に導出し、放射線が半導体に対して与えたエネルギーを決定する必要がある。その目的では通常は、電荷信号エネルギー算出処理では、上述した第1波形整形期間より長い期間(第2波形整形期間)の範囲に含まれるデータ値を用いる数値演算処理が行なわれる。そこでは、比較的長い期間に渡る積分処理が行なわれるため、検出信号データ列において電気的ノイズの影響を最小限に抑え、放射線の相互作用により発生した電荷量を精確に算出することができる。こうして、電荷量が定量され、エネルギー値に換算可能なデータを得ることができる。電荷信号を与えたチャネルの正しい判定を可能にする本実施形態では、この電荷信号エネルギー算出処理が誘起信号を処理対象にしてしまうといった無駄が少ない。
なお、電荷信号エネルギー算出処理の実行を開始しうる時点は、電荷を収集したチャネルの検出信号データ列が判明した後の任意の時点である。本実施形態の判定処理S06までの処理は、それ自体が簡易な処理であることから電荷信号エネルギー算出処理を早く開始でき有用といえる。例えば、検出信号データ列のデータ値を受信しつつ、リアルタイムでタイミングデータ算出処理S02から判定処理S06の処理を実行している際に、小容量のデータバッファーを活用するだけでも、検出信号データ列のデータ値を対象にして電荷信号エネルギー算出処理を並行して実行することが容易となる。
本実施形態では、さらに、マルチヒットイベントなど電荷信号に誘起信号が足し合わされている場合にも正しくエネルギー値を導出することができる。
2−3.ヒット判定フィルターの信号データ処理の実装構成
つぎに、このような処理を実行するために本実施形態において提供される信号データ処理装置の概略構成およびハードウエア構成について説明する。図6は、本実施形態における信号データ処理装置を含む半導体放射線検出システムの主要部分の論理構成を概略的に示す機能ブロック図である。図7は、本実施形態の信号データ処理装置を含む半導体放射線検出システムのハードウエアの一例の概略構成を示すブロック図である。そして図8は、本実施形態の信号データ処理装置のハードウエアに実装される信号処理機能ブロックを示す機能ブロック図である。
図6に論理構造を示すように、本実施形態における半導体放射線検出システム1000は、コンプトンカメラ100をなしているような放射線検出器110に加え、信号データ処理装置200と、任意選択として波形解析処理部300とを含んでいる。
信号データ処理装置200は放射線検出器110の半導体12に付された各電極からのチャネルの検出信号を独立して並列に処理可能なように構成されている。図6では、信号データ処理装置の各チャネル200C、200Dおよび200Eが放射線検出器110の電極16C、16Dおよび16Eに対応するように、例えば独立して並列に処理を実行する。チャネル200C、200Dおよび200Eにより行なわれる処理は典型的には互いに同一の処理であるため、以降、チャネル200C、200Dおよび200Eを区別せず、信号データ処理装置200とのみ記す。なお、独立しているチャネル200C、200Dおよび200Eは、ハードウエアとしては複数のチャネルを扱いうる装置を単独でまたは組み合わせて実装されている場合もある。
信号データ処理装置200では、電極16A〜16Mの対応するものからの解析信号の適切なアナログ処理系210による前置処理を施した信号(検出信号)を、ADC220により、デジタル信号波形のデータ列(検出信号データ列)に変換する。その後、上述したタイミングデータ算出処理(S02、図5)、遅延および抽出処理(S04)、判定処理(S06)をデジタル信号処理装置230により行なう。そのデジタル信号処理装置230にて得られた判定結果は、信号データ処理装置200からの出力に含められるなどの態様によって出力または記録等により識別可能にされ、電荷信号による信号が得られたチャネルを正しく判定した情報として任意の実施構成によって利用される。具体的には、ある実装形態では、放射線と半導体との相互作用に関する基本的な情報すなわちタイミングやエネルギーといった情報と、必要に応じて、後の解析処理に利用される波形データとを信号データ処理装置200が出力する。その際に、例えば電荷信号であると正しく判定されたチャネルからの上記情報と上記波形のみが出力される。別の実装形態では、基本的な情報や上記波形データを出力する際に、適切なフラグまたはトリガー信号等の形態によって、出力が電荷信号によるものであるかどうかを判定可能なようにして出力される。
本実施形態では、任意選択として装備される波形解析処理部300によって、電荷信号に基づく出力が、必要に応じて誘起信号に基づく信号とともに解析に利用される。この解析は、例えばエネルギーやタイミングの情報に加え、相互作用位置に関する解析とすることができる。従来は、たとえ波形解析処理部300を装備していても、信号データ処理装置200に相当する従来のものから出力される信号が電荷信号によるものである正確度が低かったため、狙い通りの解析はできなかった。本実施形態においては、上述した判定処理などにより電荷信号に基づく情報が正しく出力されるため、波形解析処理部300による処理がより狙い通りのものとなる。なお、波形解析処理部300において実行される処理には各種の処理を適宜選択して含めることができる。一つの典型としては、波形解析処理部300の処理には、電極16A〜16M、18A〜18M、26A〜26M、および28A〜28Mがカバーする半導体中の領域の範囲それぞれよりもより細かい相互作用位置を決定する相互作用位置高精度化処理を含んでいる。例えば、コンプトンカメラにおいて放射線画像の解像度を高めるためには、図1に示した各円錐の形状を精密に決定するために、相互作用位置が高精度化された情報は有用である。
図6のような論理構造を有する信号データ処理装置を実現するためのハードウエアの一例の概略構成が図7に示されている。信号データ処理装置200の構成をハードウエアの側面からみた場合には、従来の手法および本実施形態の手法に用いられるものは図5等により説明した論理演算処理および数値演算処理を実現する部分以外は類似している。特にデジタル信号処理装置230をFPGA(フィールド・プログラマブル・ゲートアレイ)等で論理回路として実装する場合には、従来の手法と本実施形態の手法との間に回路部品の物理構造上の違いはなく、むしろFPGA中に論理回路として実質的に実現される機能の違いとなる。信号データ処理装置200は、検出器の電極からの信号を前置増幅器(図7には図示しない)を通じて入力ポート212に受け、最終的にLANなどの適宜に選択される入出力インターフェース290によりコンピュータ600に出力される。図6の波形解析処理部300に相当する機能手段は、図7には示していないものの、実用上の観点から適宜に実装される。波形解析処理部300は、例えば、デジタル信号処理装置230における回路の一部により、図示しない追加のハードウエアにより、または、処理モジュール270やコンピュータ600におけるソフトウエア上の処理により、実現される。また、必要である場合の画像化などの事後的な処理は、必要に応じて波形解析処理部300の機能も含めて、コンピュータ600により行なわれる。入力ポート212から入力された信号は、アナログ信号のまま適当なC−R微分増幅器214により微分処理され、増幅器216によりADC220への入力に適切となるように、ゲイン調整等により振幅などが整合される。図示しないが、ポールゼロ調整処理もこのアナログ段に含まれている。ADC220によって適当なサンプリングレートにより標本化され、適当なビット数に量子化されたデジタルデータが生成される。このデータが検出信号データ列である。
ADC220からの検出信号データ列は、FPGAなどの適当な集積回路技術により実現されるデジタル信号処理装置230に入力される。デジタル信号処理装置230における機能ブロックは、大略、デジタル処理によるエネルギー処理機能260と、タイミング処理機能250、そしてヒット判定フィルター(HDF)である。タイミング処理機能250、エネルギー処理機能260それぞれには整形信号を供給するデジタルパルス整形部242および244も装備されている。タイミング処理機能250、エネルギー処理機能260およびHDFは、数値演算処理と論理演算処理を行ないうる機能を備えている。また、デジタル信号処理装置230には、FIFO(先入れ先出し)データバッファー232など適切なバッファーも装備されていて、タイミング処理機能250、エネルギー処理機能260およびHDFの数値演算のための記憶および遅延処理を可能としている。信号データ処理装置200には、デジタル信号処理装置230以外に、デジタル信号処理装置230による処理を管理したり通信等をするための処理モジュール270も装備されている。信号データ処理装置200は、データ処理の進行の各段階の進行状況を確認する目的で、デジタル・アナログ・コンバーター(DAC)292やアナログ信号出力ポート294を有している構成としてもよい。例えば、そのアナログ信号出力ポート294に接続されたオシロスコープ700により、波形のモニターが行なわれる。この波形モニターにより、ヒット判定フィルターの閾値(第1閾値および第2閾値)および遅延時間幅の設定のための目安を得ることも可能である。
図8に示した信号処理機能ブロックは図7に示したハードウエアであるデジタル信号処理装置230を信号処理アルゴリズムとして詳細まで示すものである。なお、図7のFIFOバッファー232は逐次に波形を取り込みつつ処理されるデータのバッファーとしての機能や、CPUにデータを受け渡すためのバッファーを提供するが、アルゴリズムを示す図8には図示していない。
本実施形態を実施するにあたり検出信号データ列は、前置増幅器の出力特性により信号極性の違いを有するため、信号極性処理機能234により極性が統一されてデジタルパルス整形部242および244に入力される。検出信号データ列は、デジタルパルス整形部242および244それぞれにおいて、ファースト・トラベゾイダル・フィルター(FTF)およびスロー・トラペゾイダル・フィルター(STF)により波形整形処理を受ける。以下、デジタルパルス整形部242および244を、それぞれ、FTF242およびSTF244と記す。FTF242およびSTF244の機能は、例えば第1波形整形期間および第2波形整形期間の期間においてそれぞれの所定の関数との間でコンボリューション処理を行なう数値演算処理である。FTF242における第1波形整形期間を定める値とコンボリューションの関数を設定する時定数については、タイミング処理機能250におけるタイミング情報の決定のために適するようなものが選択される。つまり、FTF242の出力がタイミングデータ列となる。タイミング処理機能250では、コンスタント・フラクション・ディスクリミネータ(CFD)252によってFTF242からのタイミングデータ列に含まれるタイミング情報が取り出される。
図7に示した本実施形態のヒット判定フィルター(Hit Determination Filter、HDF)の典型的なものをヒット判定フィルターHDF1として図8(a)に図示している。この処理機能は、ファースト(first)・ディスクリミネータ(1ST−DISC)262、セカンド・ディスクリミネータ(2ND−DISC)264、およびゲートロジック266により説明することができる。FTF242からのタイミングデータ列を受けて、1ST−DISC262は、第1閾値との比較を行なう。この処理は、タイミングデータ列のデータ値がある限り継続的に行う動作である。これに対し、2ND−DISC264は、タイミングデータ列を遅延時間幅だけ遅延させたデータ値(判定用タイミングデータ値)を対象に、第2閾値と比較する。実際のハードウエアのホールド動作は、例えば、FIFOバッファー232の遅延時間幅に合うメモリ領域にタイミングデータ列を継続的に格納して読み出すことにより行える。または、より簡単には、FIFOバッファー232がシフト動作を継続的に行い、読み出しアドレスの指定位置を1ST−DISC262のものから遅延時間幅の分だけ将来となるデータ値の位置に変更するだけでもホールド動作を実現することができる。ついで、1ST−DISC262での第1閾値との比較、および2ND−DISC264での遅延後の第2閾値との比較の双方でタイミンクデータ値がそれぞれの閾値に達していれば、ゲートロジック266によってトリガー信号がアサートされる。
なお、ヒット判定フィルターは、論理的な機能を等価に保ったまま別の実装により実現することもでき、図8(b)にその例をヒット判定フィルターHDF2として示している。ヒット判定フィルターHDF2では、1ST−DISC262A、2ND−DISC264A、およびゲートロジック266Aが利用され、これらの機能は、ほぼヒット判定フィルターHDF1の対応するそれぞれと同様である。ただし、ヒット判定フィルターHDF2では、1ST−DISC262Aの出力は、2ND−DISC264Aを動作させるためにも用いられる。その動作では、2ND−DISC264Aは継続的に動作しておらず、1ST−DISC262Aによって、第1閾値に達したデータ値がタイミングデータ列にて得られたときにのみ、第2閾値との比較動作を実行する。さらにゲートロジック266Aは、1ST−DISC262Aからの出力ではなく2ND−DISC264Aからの出力によりトリガー信号を動作させる。ヒット判定フィルターをどのように実装するかは、論理判定のために消費するクロック数、FIFOバッファー等のバッファーやレジスターの形式、回路規模等の各種の条件に応じて当業者が適宜に変更することができる。
なお、図7および図8に示した信号データ処理装置200の構成は1チャネル分の構成である。実際の信号データ処理装置200では、デジタル信号処理装置230にFPGAを採用する場合にはFPGAにて実装可能なゲート数の規模とそこに実装される機能ブロックの規模との兼ね合いで、デジタル信号処理装置230の部分のみを複数チャネル分をまとめて1チップのFPGAに実装することができる。実際、信号データ処理装置200のハードウエアの一例であるAPV7109(テクノエーピー社、ひたちなか市、日本)では、デジタル信号処理装置230としてStratix II ES2S60(アルテラ社、サンノゼ、アメリカ合衆国)を搭載して、8チャネル分が1つのデジタル信号処理装置230により実装され、さらに、一片の回路基板(VMEモジュール)に入力ポート212〜ADC220も8チャネル分搭載している。ただし図8に示した信号処理機能ブロックは図7に示したハードウエアのデジタル信号処理装置230に実装される。実装形態は、上述したFPGAの外に、ASIC(特定用途向け集積回路)や、DSP(デジタル信号プロセッサ)など各種の半導体集積技術から、必要な規模、速度等の条件に応じて適宜に選択することができる。また、汎用コンピュータを利用してソフトウエアにより実装することも実用性が高い。
既に説明した処理と図8との関連を説明すると、図5のタイミングデータ算出処理S02の処理は、FTF242による処理であり、遅延および抽出処理S04、判定処理S06によって説明した処理がヒット判定フィルターHDF1またはHDF2による処理である。また、ラベリング処理S08によって説明した処理の一例が、ヒット判定フィルターHDF1またはHDF2の出力であるトリガー信号に対応している。
また、従来の手法との関連を説明すると、タイミングデータ列のデータ値を、一つの判定基準値と比較することのみにより電荷信号を検出したかどうかを判定しようとしていた従来の手法は、ヒット判定フィルターHDF1において、1ST−DISC262とゲートロジック266のみを組み合わせた処理に対応させることができる。これは、本実施形態の手法における第1閾値に対応するような一つの判定基準値のみによる判定を行おうとしていたためである。
上述したように、デジタル信号処理装置230には、エネルギー値を適切に算出するための処理機能としてエネルギー処理機能260も実装される。具体的には、エネルギー処理機能260は、STF244によって検出信号データ列からエネルギーデータ列を算出する。STF244は、FTF242の第1波形整形期間より長い期間である第2波形整形期間の範囲において、エネルギー値を定量するのに適した関数とある時定数でコンボリューションによる波形整形を実行する。その出力であるエネルギーデータ列は、ダイナミックレンジの調整のために増幅処理268Bされ、ベースライン回復処理(baseline restorer、BLR)268Cにより信号パイルアップの影響を受けにくいようにベースラインが調整される。続けて、波高のピーク検出処理268D、LLD(lower level discriminator)およびULD(upper level discriminator)268Eの処理により取得するエネルギーレンジの上限と下限の設定が行われる。そして、その結果がエネルギー情報として出力される。なお、BLR268Cは、エネルギー値算出のためのパイルアップへの対処のための回路であり、2ND−DISC264の処理(図5等の処理)とは直接関係がない。このため、本実施形態の判定手法(ヒット判定フィルター)によるパイルアップの影響の除去はBLR268Cの有無にかかわらず有用なものである。
ヒット判定フィルターHDF1またはHDF2に関して上述した2ND−DISC264または264Aによるホールド動作のために、エネルギー値を測定する処理の信号処理タイミングを遅らせるべき場合もある。そのような場合には、必要に応じホールド部268Aなど、適切な段階で適切に遅延動作を行う。
加えて、図6に示したように、波形解析処理部300がデジタル信号処理装置230からの検出信号データ列を相互作用位置高精度化処理等のさらなる解析に利用する実施形態においては、デジタル化した直後の検出信号データ列やFTF242の出力であるタイミングデータ列が利用される場合もある。その実施形態では、ゲートロジック266または266Aの出力が検出信号データ列を取得するチャネルの選択に何らかの形で反映される。例えば、トリガー信号の値に応じて選択して検出信号データ列がデジタル信号処理装置230から出力されたり、波形解析処理部300が処理対象の波形データを選択する段階で、検出信号データ列をトリガー信号に基づいて判定したりする。こういった実装形態は、検出信号データ列の利用形態に応じて種々のものから適宜に選択される。例えば、相互作用位置高精度化処理のように、電荷信号だけではなく、電荷を収集した電極の近隣の電極からの誘起信号を波形解析処理部300が利用するような利用形態も考えられる。この際には、処理に用いる検出信号データ列やタイミングデータ列を波形解析処理部300が決定するのを助けるため、チャネル毎のトリガー信号が利用され、その際にはデジタル信号処理装置230はトリガー信号がアサートされたチャネル以外でも検出信号データ列やタイミングデータ列を出力する。もちろん、デジタル信号処理装置230と波形解析処理部300の間に必要に応じて記録手段(図示しない)を介在させて、ラベリング処理S08(図5)の結果を利用することにより電荷信号が得られたチャネルの検出信号データ列やタイミングデータ列を記録しておくこともデジタル信号処理装置230の好ましい形態となる。同様に、電荷信号ではなく誘起信号について検出信号データ列やタイミングデータ列を解析に利用することも可能である。
図8に示した信号データ処理装置200は、デジタル信号処理装置230(図6)をFPGA、ASIC、およびDSPといったリアルタイム処理に適する信号データ処理装置として実装することに支障はない。2ND−DISC264の処理は、遅延や選択といった、FIFOバッファー232などのデータバッファーとそれからの読み出しデータの選択の組合せにより十分実現可能なものであり、その回路規模も十分に実用的なものである。また、図8の信号データ処理装置200からの出力を、図6に示した波形解析処理部300において利用するときに、電荷信号の出力を得た電極からの出力データばかりではなく、当該電極の近隣の電極からの出力データを利用することも何ら支障は無い。
2−4.実施例
本願の発明者らは、実際に放射線検出器から得られた検出信号を利用して、本実施形態の手法がどの程度の効果を示すかを調べた。ハードウエアは非特許文献3にて報告した従来と同様のVMEモジュール(APV7109)を採用した。比較のため、従来例として、非特許文献3と同様の手法を実装し、また、本実施形態の実施例ではFPGAの論理機能の書き換えにより上述した本実施形態の機能ブロックを実装した。そして半導体放射線検出器としてコンプトンカメラを利用し、511keVのγ線を放出する22Naの点線源を測定対象物とした。そうして得られた信号から、すべてのイベント数に占める電荷信号によるイベント数(有効イベント数)の比率を算出した。その結果、従来に比べ、本実施形態のヒット判定フィルターを採用した場合には、コンプトンカメラとしての有効イベント数が7〜8倍に高まることが確認された。その際に取得した波形を解析してその理由を探ったところ、検出器の電極からの信号では有効イベント数の比率が、従来は約50〜60%であったのに対し、本実施形態のヒット判定フィルターを採用することにより、ほぼ100%に高まったことがその主たる理由であることが判明した。なお、コンプトンカメラでは、図1にその構造を提示したように、直列的に配置した半導体平板2片の双方で正しく電荷信号が捕えられなくては有効なイベントとならず、各半導体平板の面における有効イベント数の比率が乗算されて結果に影響する。このことが、コンプトンカメラでの上記有効イベント数での大きな違いとなって現れたものと推測している。またコンプトンカメラでない形式の電極分割型放射線検出器まで含めて考えても、本実施例において有効イベント数の比率の向上が見られたことは、本実施形態の手法が有効であることを示している。
2−5.変形例
本実施形態は、上述した説明から当業者には明らかな種々の変形を受けることもできる。上記説明において、主として放射線による相互作用が一度のみであるものを説明した。実際には一つの放射線が複数回相互作用を起こすマルチヒットイベントが生じる場合もある。そのような場合には、例えば電荷を収集するチャネルが複数となりうる。したがって、電荷信号が得られたと判定すべきチャネルの数は1に限定されない。
また、これまでは電荷信号を正しく判定することを念頭に説明を進めてきた。電荷信号は、放射線の相互作用により吸収されたエネルギーを測定したり、イベントのカウントや、同時計測(コインシデンス)のために有用である。一方、誘起信号を電荷信号であるかのように取り扱うことも防止すべきである。ただし、このことが意味するのは、誘起信号は、常に不要となるものではなく、例えば相互作用位置高精度化処理などのために役立てることができる。ただし、その場合であっても、電荷信号と誘起信号との間の区別は正しくなされるべきであり、本実施形態は、実装形態によらず、当該区別のために有用となる。
さらに、上述した図3に関する例において第1閾値と第2閾値とが一致している事例を説明したが本実施形態は当該事例には限定されない。第1閾値と第2閾値等は、それぞれ異なる機能を担う値である。また、タイミングデータ算出処理の時定数等および遅延時間により、タイミングデータ列の波形は変化するため、第1閾値と第2閾値等は互いに独立して設定することも、また互いに関連づけて設定することもできる。遅延時間幅の値も種々の観点から設定することができる。各閾値を設定するための方針を例示すれば、検出信号データ列におけるノイズレベルの少し上に第1閾値を設定することによりノイズによる誤ったトリガーを発生させずに可能な限り低エネルギーの放射線を計測できる。第2閾値は、誘起信号が誤って電荷信号と判定されるイベントが過多である場合、それまでより大きく設定され、電荷信号として判定すべきイベントを誤って拒絶してしまうのを減少させるためにはそれまでより小さく設定される。遅延時間幅を設定するための方針を例示すれば、例えば図3(b)の信号の減衰に見られるように遅延により第2閾値と比較する時点での波形の大きさが問題となる場合には、それまでの値より短くすることが有用である。また、図4(b)の誘起信号に見られるような誘起信号が比較的長い期間値を持つようなものを誤って選択するようなことを防ぐためには、それまでの値より長くすることが有用である。特に、第2閾値と遅延時間幅は密接に関連した設定パラメータであるため、前述のDAC292およびオシロスコープ700を用いてタイミングデータ列の波形の形状を適宜モニタリングして確認しながらこれらを設定することも有用である。
上述した説明において明示していないが、検出信号データ列とタイミングデータ列は同一のサンプリング周波数の信号を利用して処理することが一般的といえ、本実施形態の好ましい構成も同様である。これは、いわゆるデジタルフィルターの処理ではサンプリング周波数の変換は特段必要が無い場合は処理が複雑になることを避けるため行なわないからである。また一般的に、デジタル信号処理装置230における演算処理の動作クロックパルス信号の周波数も、サンプリング周波数と同一もしくはその定数倍とすることが多い。ただし、本実施形態を実施する際には、検出信号データとタイミングデータの両者のサンプリング周波数は同一のものには限定されず、同様に、デジタル信号処理装置230における演算処理の処理クロックパルス信号の周波数にも特段限定はない。これらは、処理速度、利用する半導体技術、信号の量子化ビット数、要求される演算精度、などの技術条件に合わせ適宜選択される。
さらに、上記説明において、いずれの電極からの信号であるかを特定せずに説明を進めた。しかし、何らかの理由により、放射線検出用半導体に設けた別のチャネルに対しては上述した処理を同様に行なわないような実装形態も考えられる。したがって、上述した処理手法は、全てのチャネルの信号処理に実装されていなくてもよい。
さらに加えて、上述した説明において放射線検出器はコンプトカメラを取り上げて説明した。しかし本実施形態を適用可能な放射線検出器は、いずれの電極が電荷を収集したかが問題になるような複数の電極が半導体に付されている放射線検出器である。つまり、複数の電極が半導体に付されている放射線検出器において検出信号に基づいて電荷を収集したチャネルを判定しようとする際には、本実施形態を適用することが可能である。このため、本実施形態を適用可能な放射線検出器は、コンプトンカメラのように相互作用を二度検出するようなものには限定されず、一度の相互作用を検出するものも対象となる。また半導体それ自体の形状も、平板型のものでも、円筒同軸型のもの等も対象とすることもできる。例えば、複数の電極が付された半導体を有する放射線検出器(検出素子)が多数配置されるようなPET(ポジトロン断層撮影)装置等においても、本実施形態を適用すれば高い感度や高い位置精度での測定が実現される。
上述した本実施形態における判定処理(ヒット判定フィルター)は、他の信号処理回路も含めて、FPGA以外の実装形態で実装されても良い。さらに、判定処理は、検出信号データ列やタイミングデータ列を対象としてデータ処理を行なう汎用コンピュータにおいて動作するソフトウエアにより実現することもできる。
以上、本発明の実施形態を具体的に説明した。上述の各実施形態および構成例は、発明を説明するために記載されたものであり、本出願の発明の範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきものである。また、各実施形態の他の組合せを含む本発明の範囲内に存在する変形例もまた特許請求の範囲に含まれるものである。
本発明の放射線検出器のための信号データ処理方法、信号データ処理装置、放射線検出システムは、複数の電極を有する半導体を持つ放射線を検出する任意の装置に適用可能である。
1000 半導体放射線検出システム
100 コンプトンカメラ
110、120 放射線検出器
12、22 半導体
12F、22F 前面
12B、22B 背面
16A〜16M、18A〜18M、26A〜26M、28A〜28M 電極
200 信号データ処理装置 (200C、200D、200E チャネル別)
210 アナログ処理系
212 入力ポート
214 C−R微分増幅器
216 増幅器
220 ADC
230 デジタル信号処理装置
232 データバッファー(FIFOバッファー)
234 信号極性処理機能
242 デジタルパルス整形部(FTF)
244 デジタルパルス整形部(STF)
250 タイミング処理機能
262、262A ファースト・ディスクリミネータ(1ST−DISC)
264、264A セカンド・ディスクリミネータ(2ND−DISC)
266、266A ゲートロジック
268A ホールド部
268B 増幅処理
268C ベースライン回復処理(BLR)
268D ピーク検出処理
268E LLDおよびULD
270 処理モジュール
290 入出力インターフェース
294 アナログ信号出力ポート
300 波形解析処理部
600 コンピュータ
700 オシロスコープ
C1、C2 円錐面
T1、T2 時点
ΔT 遅延時間幅
HDF、HDF1、HDF2 ヒット判定フィルター

Claims (7)

  1. 複数の電極が付された半導体を有する放射線検出器の各電極の検出信号から、各電極に対応するチャネル毎の検出信号データ列を得て、チャネル毎の該検出信号データ列のうち第1波形整形期間の範囲に含まれるデータ値を対象とする数値演算処理を継続的に行うことにより、放射線が前記半導体と相互作用したタイミングを反映するチャネル毎のタイミングデータ列を算出するタイミングデータ算出処理と、
    チャネル毎の該タイミングデータ列をなす各データ値を第1閾値と比較し、該第1閾値に達した時点から起算される所定の遅延時間幅だけ経過した時点の該タイミングデータ列のデータ値を当該チャネルの判定用タイミングデータ値として抽出する遅延および抽出処理と、
    チャネル毎の該判定用タイミングデータ値を第2閾値と比較することにより、該第2閾値に達した該判定用タイミングデータ値を与えた検出信号データ列を、放射線との相互作用の結果前記半導体に生じた電荷を収集したチャネルのものであると判定する判定処理と
    を含む、半導体を有する放射線検出器のための信号データ処理方法。
  2. 前記判定処理により電荷を収集したチャネルのものと判定された前記タイミングデータ列に対し、電荷信号であることを示す情報を相互作用イベント毎に対応付ける処理である電荷信号ラベリング処理
    をさらに含む、請求項1に記載の信号データ処理方法。
  3. 前記判定処理により電荷を収集しなかったチャネルのものと判定された前記タイミングデータ列に対し、誘起信号であることを示す情報を相互作用イベント毎に対応付ける処理である誘起信号ラベリング処理
    をさらに含む、請求項1に記載の信号データ処理方法。
  4. 前記判定処理により電荷を収集したチャネルのものと判定された当該チャネルの検出信号データ列のデータ値を対象にして、前記第1波形整形期間より長い第2波形整形期間の範囲に含まれるデータ値を対象とする数値演算処理を行うことにより、放射線が前記半導体に対して相互作用により与えたエネルギーを反映するエネルギーデータ列を得る電荷信号エネルギー算出処理
    をさらに含む、請求項1に記載の信号データ処理方法。
  5. 請求項1〜請求項4の何れかに記載のデータ処理方法が実装されている、半導体を有する放射線検出器の複数の電極に対応するチャネル毎の検出信号の検出信号データ列を処理する信号データ処理装置。
  6. チャネル毎の検出信号の検出信号データ列を出力するアナログ・デジタル・コンバーター(ADC)
    をさらに備え、前記信号データ処理装置が各チャネルに対応付けされ、該ADCから各チャネルの検出信号データ列を受けるものである、請求項5に記載の信号データ処理装置。
  7. 複数の電極が付された半導体を有する放射線検出器と、
    前記複数の電極に対応するチャネル毎の検出信号を受け、各検出信号からの検出信号データ列を出力するアナログ・デジタル・コンバーター(ADC)と、
    請求項1〜請求項4の何れかに記載のデータ処理方法が実装されており、該ADCから前記検出信号データ列をチャネル毎に受けるものである信号データ処理装置と
    を備える
    放射線検出システム。
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