JP2014197523A - 複合金属酸化物、並びにこれを用いたリチウムイオン二次電池用正極、及びリチウムイオン二次電池 - Google Patents

複合金属酸化物、並びにこれを用いたリチウムイオン二次電池用正極、及びリチウムイオン二次電池 Download PDF

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Abstract


【課題】 充放電サイクル特性に優れた複合金属酸化物、リチウムイオン二次電池用の正極及びリチウムイオン二次電池を提供する。
【解決手段】 複合金属酸化物は、リチウムニッケルコバルトマンガン酸化物であり、層状岩塩構造を有する。複合金属酸化物の全体における前記Ni−O八面体、Co−O八面体、及びMn−O八面体のモル比率は、Ni−O八面体:Co−O八面体:Mn−O八面体=b1:c1:d1(ただし、b1+c1+d1=1、0<b1<1、0<c1<1、0<d1<1)で表される。複合金属酸化物の表層は、Ni−O八面体、Co−O八面体、及びMn−O八面体のモル比率がNi−O八面体:Co−O八面体:Mn−O八面体=b2:c2:d2(ただし、b2+c2+d2=1、0≦b2<1、0≦c2<1、d1<d2≦1)で表される高マンガン部を有する。
【選択図】 図3

Description

本発明は、複合金属酸化物、並びにこれを用いたリチウムイオン二次電池用正極、及びリチウムイオン二次電池に関する。
リチウムイオン二次電池用の正極活物質として、層状岩塩構造のLiCoOが使用されてきており、現在において主流な正極活物質材料の一つとなっている。しかしCoは埋蔵量が少なく、高価である。また、LiCoOは、Li脱離に伴う結晶構造の崩壊が起こりやすく、LiCoOの実効的な容量(実容量)は、理論容量(274mAh/g)の半分程度(120〜140mAh/g)に制限される。このため、LiCoOのCoを他の遷移金属元素で置換して低コスト化を図り、且つ高エネルギー密度で、サイクル特性、安全性などの特性を向上させ得る代替材料の開発が行われている。
LiCoOの代替材料は、結晶構造の違いから、層状岩塩型、スピネル型、オリビン型に大別される(特許文献1〜4)。その中で、層状岩塩型のLiCoOと等しい結晶構造であるLiNiO(理論容量:275mAh/g)と、LiCoOをベースとした固溶体であるLi(NiMnCo)O2(x+y+z=1)がある。以下、これを、NiCoMn系と称する。NiCoMn系活物質は、高い熱安定性を有し、また、カットオフ電圧を上げれば200mAh/gという高い容量を有することが知られている(非特許文献1)。
特開2000−113889号公報 特開2000−149942号公報 特開2003−187803号公報 特開2005−332713号公報
「自動車用リチウムイオン電池」 金村聖志(編著)
しかしながら、NiCoMn系活物質を用いたリチウムイオン二次電池において、特に4.3V(vsLi/Li+)以上の高電圧まで充放電を繰り返すと、放電容量が低下してしまう。このため、充放電サイクル特性を改善することが望まれていた。
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、充放電サイクル特性に優れた複合金属酸化物、並びにこれを用いたリチウムイオン二次電池用の活物質、正極、及びリチウムイオン二次電池を提供することを課題とする。
本発明の複合金属酸化物は、一般式:LiNib0Coc0Mnd0(0.2≦a≦1.2、b0+c0+d0+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1) で表され、且つ、
Ni、Co及びMnをそれぞれ中心元素とし該中心元素が6つの酸素原子で囲まれて形成されたNi−O八面体、Co−O八面体、及びMn−O八面体を有する酸化物層と、Liが層状に配列してなるLi層とが交互に積層されてなる層状岩塩構造を有する複合金属酸化物であって、
前記複合金属酸化物の全体における前記Ni−O八面体、前記Co−O八面体、及び前記Mn−O八面体のモル比率は、前記Ni−O八面体:前記Co−O八面体:前記Mn−O八面体=b1:c1:d1(ただし、b1+c1+d1=1、0<b1<1、0<c1<1、0<d1<1)で表され、
前記複合金属酸化物の表層は、前記Ni−O八面体、前記Co−O八面体、及び前記Mn−O八面体のモル比率が前記Ni−O八面体:前記Co−O八面体:前記Mn−O八面体=b2:c2:d2(ただし、b2+c2+d2=1、0≦b2<1、0≦c2<1、d1<d2≦1)で表される高マンガン部を有することを特徴とする。
本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、上記に記載の複合金属酸化物をもつ。本発明のリチウムイオン二次電池は、上記記載のリチウムイオン二次電池用正極と、負極と、電解質とを備える。
本発明の複合金属酸化物によれば、層状岩塩構造を有する複合金属酸化物であって、Mnを酸素で囲んだMn-O八面体を多く含む高マンガン部を表層に有しているため、結晶構造が安定化する。このため、かかる複合金属酸化物を用いたリチウムイオン二次電池は、優れた充放電サイクル特性を発揮する。
層状岩塩構造をもつ複合金属酸化物の説明図である。 固溶体型NiCoMn系活物質相図である。 図3の上図は、LiNi1/3Co1/3Mn1/3からなる第1原料(比較例1)のラマンスペクトルであり、図3の下図は、LiNi1/3Co1/3Mn1/3を改質処理して得た第1改質処理品(実施例1)のラマンスペクトルである。 図4の上図は、比較例1の複合金属酸化物のラマンスペクトルの540cm−1近傍に対する600cm−1近傍のピーク強度比の度数分布であり、図4の下図は、実施例1の複合金属酸化物のラマンスペクトルの540cm−1近傍に対する600cm−1近傍のピーク強度比の度数分布である。 蛍光エックス線分析による第1原料(比較例1)と第1改質処理品(実施例1)のスペクトルである。 実施例1及び比較例1のリチウム複合金属酸化物を正極活物質として用いて構成されたリチウムイオン二次電池のサイクリックボルタメトリ試験の結果を示し、図6の上図は当該試験での充放電時の正極の電位変化を示し、図6の下図は当該試験での充放電の際の実施例1及び比較例1のラマンスペクトルにおける540cm−1近傍及び600cm−1近傍のピーク強度維持率を示す。 実施例2及び比較例2の複合金属酸化物のラマンスペクトルの540cm−1近傍に対する600cm−1近傍のピーク強度比の度数分布である。
本発明の実施形態に係る複合金属酸化物、並びにこれを用いたリチウムイオン二次電池用正極、及びリチウムイオン二次電池について詳細に説明する。
複合金属酸化物は、一般式:LiNib0Coc0Mnd0(0.2≦a≦1.2、b0+c0+d0+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1) で表され、層状岩塩構造を有する。
図1は、層状岩塩構造の複合金属酸化物の結晶構造を示す。図1は、http://www.gs-yuasa.com/jp/tecgnic/vol3/pdf/003_1_001.pdfからの出典である。層状岩塩構造をもつ複合金属酸化物は、図1に示すように、Ni、Co、Mnがそれぞれ中心元素となり、その周囲を6つの酸素元素で囲む酸素八面体を有している。酸素八面体が連なって酸化物層を形成する。各酸化物層の間にLi元素群からなるLi層を介在させて、積層されて、層状岩塩構造を形成している。
層状岩塩構造をもつ複合金属酸化物の酸化還元反応は、主としてNi、Coにより担われる。複合金属酸化物では、Niイオンの酸化還元反応によってLiが挿入脱離し、残りのLiはCoイオンの酸化還元反応により挿入脱離する。Ni、Co、Mnの価数は、合成時にとり得る価数で決まる。例えば、LiNi1/3Co1/3Mn1/3のようにNi、Co、Mnのモル比が同一である場合に、合成時にNi2+、Co3+、Mn4+に分配される。充放電による電位変化では、Ni4+/Ni2+の反応が起こり、続いて、Co4+/Co3+の反応が起こる(Journal of Applied Physics 97, 113523 s2005d、「先端研究施設共用促進事業フォトンファクトリーにおける産業利用促進」2009I007「リチウム二次電池用正極材料の局所構造解析」(平野辰巳ら)、「自動車用リチウムイオン電池」(金村聖志、日刊工業新聞社)第62頁など)。
一方、Mnについては、充放電に伴う価数変化は生じない。このことから遷移金属(Ni、Co、Mn)が属する八面体構造の安定性を比較した場合、最も優先して価数変化するNi−O八面体が最も安定性が低い。続いてCo−O八面体の安定性が低い。充電中に価数変化を伴わないMn−O八面体が最も構造安定性が高いと考えられる。即ち、Mn−O八面体、及びLi脱離量が少ない条件でのCo−O八面体は、結晶構造の崩壊を阻害する構造ピラーの役割を担う。
一方で、Mn−O八面体は、充放電に寄与せず、容量を持たない。このため、高い容量を得るためには、複合金属酸化物全体のMn−O八面体の割合を増やさないことがよい。
そこで、発明者は、構造ピラーとしての役割を有するMn−O八面体を複合金属酸化物の表層に多く持たせることで、複合金属酸化物全体の容量低下を最低限に留め、かつ構造安定性を向上させることに着想した。
電池における電気化学反応は、主に、活物質としての複合金属酸化物の表面と電解液との界面でなされる。そこで、電池反応が最も活性で、充放電による構造崩壊が起こりやすい複合金属酸化物の表層のみに、構造安定性を向上させるMn−O八面体構造を濃化させる。これにより、複合金属酸化物全体のMn−O八面体の割合を大きく増やすことなく、構造安定性を図ることができる。
Ni、Co、Mnは遷移金属である。複合金属酸化物へのLiの出入りに付随する電子の移動分は、原則的に、遷移金属(及び一部酸素)の価数変化で補償される。複合金属酸化物の表面に高マンガン部を形成したときでも、この原理原則は変わらない。複合金属酸化物に出入りするLi量も大きく変わらないので、充放電による遷移金属全体での平均の価数変化は処理前と同様の軌跡を取ると考えられる。
Mn−O八面体は、充放電時に価数変化はせず、安定である。このため、結晶格子の不可逆的変形を構造ピラーとして抑制する働きがあると考えられる。
本発明では、複合金属酸化物の表層に、複合金属酸化物全体でのMn−O八面体の割合よりも高い割合のMn−O八面体をもつ高マンガン部を有している。また、Mn−O八面体の次に安定なのは、Co−O八面体である。
このため、複合金属酸化物の表層に、複合金属酸化物全体でのCo−O八面体の割合よりも高い割合のCo−O八面体をもつ高Co部を有していることが好ましい。表層での高コバルト部は、表層での高マンガン部の全部又は一部と重複した部分であってもよいし、別の部分であってもよい。いずれにしても、複合金属酸化物の表層に高濃度のCo−O八面体をもつ高コバルト部を形成することで、Co−O八面体が結晶構造の崩壊を阻害する構造ピラーとしての役割を果たす。
上記のように本発明の複合金属酸化物は、表層にMn−O八面体を偏在させた層状岩塩構造を有している。表層のMn−O八面体は、安定で構造ピラーとして働く。これに対して、複合金属酸化物の表層が、一般式:LiMnで表されるスピネル構造である場合には、複合金属酸化物に含まれるMnの価数は3.5価(Mn3+とMn4+が1:1)であり、Mnは活性であり、構造安定化効果は少ない(参考:日本結晶学会誌46, 16-20(2004)、及びAbstract #315, The 15thInternational meeting on lithium Batteries =IMLB 2010)。
本発明の複合金属酸化物を正極活物質に用いてリチウムイオン二次電池を構成した場合には、掃引速度0.2mV/s、掃引範囲2.5V〜4.5V(vs.Li/Li)の条件で初回の充電及び放電を行う間に前記複合金属酸化物の600cm−1近傍、540cm−1近傍でのラマンスペクトルのピーク強度を測定したときに、初回の充電前のラマンスペクトルのピーク強度を100%としたときの初回の充電及び放電を行う間のラマンスペクトルのピーク強度の比率は、60%以上であることが好ましい。当該比率は、更に、65%以上であることが好ましい。
ここで、層状岩塩構造の複合金属酸化物のラマンスペクトルでは、600cm−1近傍のピークはMn−O及びCo−Oに由来し、540cm−1近傍のピークはNi−Oに由来する。正極活物質として用いた複合金属酸化物は、充放電時に金属を含む酸素八面体構造が維持され、結晶構造の崩壊が生じにくいため、容量低下を抑制することができる。
当該比率が60%未満の場合には、充放電時に金属を含む酸素八面体の構造の歪みが大きく、結晶構造が局所的に崩壊し、容量低下の原因となるおそれがある。
一般式:LiNib0Coc0Mnd0(0.2≦a≦1.2、b0+c0+d0+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1) で表される複合金属酸化物は、層状岩塩構造をもつ固溶体型NiCoMn系リチウム複合金属酸化物である。固溶体型NiCoMn系リチウム複合金属酸化物は、図2に示すように、LiNiO、LiCoO、LiMnOが固溶して形成されている。このような固溶体型NiCoMn系リチウム複合金属酸化物としては、例えば、LiNi1/3Co1/3Mn1/3、LiNi0.5Co0.2Mn0.3がある。
一般式:LiNib0Coc0Mnd0(0.2≦a≦1.2、b0+c0+d0+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1) において、aの値は、0.2≦a≦1.2であるが、0.2≦a≦1であってもよい。b0、c0及びd0の値は、上記条件を満足するものであれば、特に制限はない。e=0のときでもよく、この場合b0+c0+d0=1が成立する。b0、c0、d0の少なくともいずれか一つが0<b0<70/100、0<c0<50/100、10/100<d0<1の範囲であることが好ましく、20/100≦b0≦60/100、10/100≦c0≦40/100、20/100≦d0<1の範囲であることがより好ましく、b0=1/3、c0=1/3、d0=1/3、または、b0=50/100、c0=20/100、d0=30/100であることが特に好ましい。
複合金属酸化物の全体におけるNi−O八面体、Co−O八面体、及びMn−O八面体のモル比率は、Ni−O八面体:Co−O八面体:Mn−O八面体=b1:c1:d1(ただし、b1+c1+d1=1、0<b1<1、0<c1<1、0<d1<1)で表される。
b0、c0、d0は、複合金属酸化物全体のNi、Co、Mnの組成比を示す。複合金属酸化物は、Ni、Co、Mnの酸素八面体で構成されている。このため、b0、c0、d0の合計を1としたときのb0、c0、d0の比率は、複合金属酸化物全体のNi−O八面体、Co−O八面体、Mn−O八面体のモル比率であるb1、c1、d1とほぼ等しいと考えてよい。
本発明の複合金属酸化物の表層は、Mn−O八面体をもつ高マンガン部をもつ。高マンガン部は、Ni−O八面体、Co−O八面体、及びMn−O八面体のモル比率がNi−O八面体:Co−O八面体:Mn−O八面体=b2:c2:d2(ただし、b2+c2+d2=1、0≦b2<1、0≦c2<1、d1<d2≦1)で表される。
表層での高マンガン部でのNi−O八面体、Co−O八面体、及びMn−O八面体の中でのMn−O八面体のモル比率は、複合金属酸化物全体のNi−O八面体、Co−O八面体、及びMn−O八面体の中でのMn−O八面体のモル比率よりも大きい。即ち、d1<d2≦1の関係がある。
また、表層には、Ni−O八面体、Co−O八面体、及びMn−O八面体のモル比率がNi−O八面体:Co−O八面体:Mn−O八面体=b2:c2:d2(ただし、b2+c2+d2=1、0≦b2<1、c1<c2<1、0<d2<1)で表される高コバルト部を有することが好ましい。表層部にCo−O八面体を多く含む高コバルト部をもつことにより、Co−O八面体が結晶構造の崩壊を阻害する構造ピラーとしての役割を果たす。
複合金属酸化物の高マンガン部でのラマンスペクトルの540cm−1近傍に対する600cm−1近傍のピーク強度比をAとし、複合金属酸化物の全体におけるNi−O八面体:Co−O八面体:Mn−O八面体=b1:c1:d1(ただし、b1+c1+d1=1、0<b1<1、0<c1<1、0<d1<1)で表されるNi−O八面体、Co−O八面体、及びMn−O八面体のモル比率と同一のモル比率をラマン分析が可能な領域に有する基準複合金属酸化物のラマンスペクトルの540cm−1近傍に対する600cm−1近傍のピーク強度比をBとしたときに、1<A/B<3の関係をもつことが好ましい。ここで、540cm−1近傍とは、540cm−1を中心として±20cm−1の範囲をいう。600cm−1近傍とは、600cm−1を中心として±20cm−1の範囲をいう。
ラマン分光法は、その原理上、複合金属酸化物の表面組成及び構造を反映している。基準複合金属酸化物のラマン分析が可能な領域は、基準複合金属酸化物の表層部分である。基準複合金属酸化物のラマン分析が可能な領域は、本発明の複合金属酸化物の全体における各種八面体のモル比率と同一のモル比率をもつ。基準複合金属酸化物のラマン分析が可能な領域は、後述の改質処理前の複合金属酸化物と同様の組成及び構造である。
ラマンスペクトルの540cm−1近傍に対する600cm−1近傍のピーク強度比は、Ni−O八面体のモル比率に対するMn−O八面体及びCo−O八面体のモル比率に対応する。この基準複合金属酸化物のラマン分析が可能な領域でのラマンスペクトルの上記ピーク強度比をBとし、本願発明の複合金属酸化物の表層の高マンガン部のラマンスペクトルの上記ピーク強度比をAとしたときに、1<A/B<3の関係である場合には、表層に高マンガン部及び高コバルト部の少なくとも一方が形成され、表層に、電池反応に安定な構造ピラーを配設することができる。
A/Bが1以下の場合には、不安定なNi−O八面体が表層に多く存在して、構造が安定化せず、複合金属酸化物が電池反応中に崩壊するおそれがある。A/Bが3以上の場合には、表層で反応性の低いMn−O八面体及びCo−O八面体が多すぎて電池反応が生じにくくなり、容量低下につながるおそれがある。
ここで、表層の高マンガン部では、Ni、Co、Mnの組成比をNi:Co:Mn=b3:c3:d3で表したときに、b3+c3+d3=1、0≦b3<1,0≦c3<c0、d0<d3≦1の関係をもってもよい。
「高マンガン部を表層に有する」とは、高マンガン部が存在部位の多少に関わらず表層に存在することを意味する。高マンガン部が複合金属酸化物の表層に存在しさえすれば、少なくとも高マンガン部の存在箇所よりも内部の複合金属酸化物の安定性は保たれ、結果として、容量を維持する効果が発揮される。高マンガン部は複合金属酸化物の表層全体に存在するのが容量の維持の面から好ましい。
表層とは、複合金属酸化物の表面を含む層を意味する。表層の厚みは、電解液と複合金属酸化物内部との接触を妨げるのに足りる厚みがあれば実用上の問題はない。Li充放電反応の進行のし易さと表層による初回容量の低下を考慮すると、表層の厚みは薄いほうが好ましい。
表層の厚みt(nm)は、例えば数100nm以下であるとよい。高マンガン部は、表層に点在してもよいし、高マンガン部の層として存在しても良い。高マンガン部の層の厚みs(nm)は、例えば数100nm以下がよい。
高マンガン部は、本発明の複合金属酸化物の表層に存在する。そして、本発明の複合金属酸化物全体の体積と比較して、表層の占める体積はわずかなので、高マンガン部の組成は、一般式:LiNib0Coc0Mnd0(0.2≦a≦1.2、b0+c0+d0+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)の組成に実質的に影響を及ぼさない。
本発明の複合金属酸化物は形状が特に制限されるものではないが、平均粒子径で大きさを規定すると、100μm以下が好ましく、1μm以上50μm以下がさらに好ましい。1μm未満では、複合金属酸化物を用いて電極を製造する際に集電体との密着性が損なわれやすいなどの不具合を生じることがある。100μmを超えると電極の大きさに影響を与えたり、二次電池を構成するセパレータを損傷するなどの不具合を生じたりすることがある。なお、平均粒子径は、一般的な粒度分布計で計測しても良いし、顕微鏡観察で計測し算出しても良い。
次に、本発明の複合金属酸化物の製造方法について説明する。本発明の複合金属酸化物は、層状岩塩型の一般式:LiNib0Coc0Mnd0(0.2≦a≦1.2、b0+c0+d0+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料に対し、特定の処理を行うことで製造することができる。
層状岩塩型の一般式:LiNib0Coc0Mnd0で表される原料は、金属酸化物、金属水酸化物、金属炭酸塩などの金属塩を用いて従来の周知の製造方法に従い製造しても良いし、市販されているものを用いても良い。例えば、炭酸リチウム、硫酸ニッケル、硫酸マンガン及び硫酸コバルトを用いる場合には、次のように製造することができる。硫酸ニッケル、硫酸コバルト及び硫酸マンガンを所定量含有する硫酸塩水溶液をアルカリ性にして共沈スラリーを得、これを乾燥することにより、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物を得る。ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物を水酸化ナトリウム含有の過硫酸ナトリウム水溶液に分散させ、ニッケルコバルトマンガン複合オキシ水酸化物を合成する。ニッケルコバルトマンガン複合オキシ水酸化物に所定量の炭酸リチウムを混合し、焼成することにより、層状岩塩型の一般式:LiNib0Coc0Mnd0で表される原料が得られる。得られた原料につき、適宜、粉砕処理を行い、所望の粒径にしても良い。
次に、上記特定の改質処理について説明する。上記特定の処理は以下の処理1又は処理2のいずれの方法でも良い。
処理1:硝酸マグネシウム水溶液を準備し、層状岩塩型の一般式:LiNib0Coc0Mnd0で表される原料を加え撹拌する。次いで、上記水溶液にリン酸水素二アンモニウム水溶液を添加し撹拌する。表層におけるNi−O八面体、Co−O八面体、及びMn−O八面体からなる遷移金属―酸素八面体の中のMn−O八面体の割合が処理前よりもリッチに改質された本発明の複合金属酸化物を濾過して単離する。
処理2:硝酸マグネシウム及びリン酸水素二アンモニウムを含有する水溶液を準備し、層状岩塩型の一般式:LiNib0Coc0Mnd0で表される原料を加え撹拌する。表層の遷移金属―酸素八面体の中のMn−O八面体の割合が処理前よりもリッチに改質された本発明の複合金属酸化物を濾過して単離する。
処理1又は処理2で用いられる硝酸マグネシウム水溶液、リン酸水素二アンモニウム水溶液、並びに硝酸マグネシウム及びリン酸水素二アンモニウムを含有する水溶液は、その濃度が特に限定されるものではないが、それぞれ0.1〜2質量%の範囲内のものが好ましい。処理1又は処理2における撹拌時間は適宜設定すればよい。撹拌時間が長いほど、高マンガン部の遷移金属―酸素八面体が高くなるし、本発明の複合金属酸化物全体における高マンガン部の割合も増加する。
処理1又は処理2の後に、上記の複合金属酸化物を乾燥及び/又は焼成しても良い。乾燥は本発明の複合金属酸化物に付着した水分を除去するための工程であり、100〜150℃の範囲内で1〜10時間程度行えば良く、減圧条件下で行うのも効果的である。焼成は本発明の複合金属酸化物の結晶性を整えるための工程であり、500〜1000℃の範囲内で1〜10時間程度行えば良い。焼成工程後に粉砕処理を行い、所望の粒径にしても良い。なお、乾燥工程及び焼成工程は本発明の複合金属酸化物における組成比に特段の影響を与えない。
Mn−O八面体構造を持つ高マンガン部の生成は、処理後の複合金属酸化物の表面をラマン分析することによって確認できる。また、高マンガン部の組成比は、処理後の複合金属酸化物の表面をX線光電子分光法で測定し、組成分析を行うことによって確認できる。高マンガン部が含まれる表層の厚みは、本発明の複合金属酸化物を切断した切断面を、例えば、走査型電子顕微鏡で観察すること、又は、走査型電子顕微鏡と分散型X線分析装置を組み合わせたSEM−EDXで測定し、組成分析することで確認できる。
また、本発明の複合金属酸化物における表層以外の組成比は、本発明の複合金属酸化物を切断した切断面を、例えば、走査型電子顕微鏡と分散型X線分析装置を組み合わせたSEM−EDXで測定することで確認できる。
なお、上記特定の処理からみて明らかなように、本発明の複合金属酸化物は、特定の処理にてMnを添加していないにも関わらず、複合金属酸化物表層が、Mn−O八面体がリッチに改質される。よって、本発明の技術は、単にMn又はMn含有化合物を複合金属酸化物に添加して複合金属酸化物表面又はその付近に付着させる技術とは全く別のものである。
上記特定の処理を行うことで、本発明の複合金属酸化物の表層の遷移金属−酸素八面体の中のMn−O八面体の割合が処理前よりもリッチになる。特定の処理にてMnを添加していないにもかかわらず、複合金属酸化物表層が高い遷移金属―酸素八面体をもつように改質されることを鑑みると、上記特定の処理により、複合金属酸化物の深部のMnが表層に移動して、Mn−O八面体を形成したものと推定できる。
本発明では、改質処理を行うことで、単に、複合金属酸化物の表層でのMn組成比を全体でのMn組成比よりも大きくしているだけではなく、表層でのMn−O八面体の比率を全体でのMn−O八面体の比率よりも大きくしている。また、Coについても、表層でのCo組成比を全体でのCo組成比よりも大きくしているのではなく、表層でのCo−O八面体の比率を全体でのCo−O八面体の比率よりも大きくしているとよい。更に、複合金属酸化物の表層でのMn−O八面体及びCo−O八面体の合計モル比率を複合金属酸化物の全体でのMn−O八面体及びCo−O八面体の合計モル比率よりも大きくしているとよい。
本発明の複合金属酸化物は、リチウムイオン二次電池用活物質として用いることができる。リチウムイオン二次電池用活物質は、正極を構成することができる。この正極を用いて、リチウムイオン二次電池を製造できる。上記リチウムイオン二次電池は、電池構成要素として、本発明の複合金属酸化物を有する電極(例えば正極)に加えて、負極、及び電解質を含む。
正極は、集電体と、本発明の複合金属酸化物を含む活物質層で構成される。
集電体は、リチウムイオン二次電池の放電又は充電の間、電極に電流を流し続けるための化学的に不活性な電子高伝導体をいう。集電体としては、銀、銅、金、アルミニウム、マグネシウム、タングステン、コバルト、亜鉛、ニッケル、鉄、白金、錫、インジウム、チタン、ルテニウム、タンタル、クロム、モリブデンから選ばれる少なくとも一種、並びにステンレス鋼などの金属材料を例示することができる。集電体は公知の保護層で被覆されていても良い。
集電体は箔、シート、フィルム、線状、棒状などの形態をとることができる。そのため、集電体として、例えば銅箔、ニッケル箔、アルミニウム箔、ステンレス箔などの金属箔を好適に用いることができる。集電体が箔、シート、フィルム形態の場合は、その厚みが10μm〜100μmの範囲内であることが好ましい。
集電体の表面に活物質層を形成することで正極とすることができる。
活物質層は導電助剤を含んでもよい。導電助剤は、電極の導電性を高めるために添加される。導電助剤としては、炭素質微粒子であるカーボンブラック、黒鉛、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(登録商標)(KB)、気相法炭素繊維(Vapor Grown Carbon Fiber:VGCF)が例示される。これらの導電助剤を単独または二種以上組み合わせて活物質層に添加することができる。導電助剤の使用量については特に制限はないが、例えば、本発明の活物質100質量部に対して1〜30質量部とすることができる。
活物質層は結着剤を含んでもよい。結着剤は活物質及び導電助剤を集電体の表面に繋ぎ止める役割を果たすものである。結着剤としては、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン、フッ素ゴム等の含フッ素樹脂、ポリプロピレン、ポリエチレン等の熱可塑性樹脂、ポリイミド、ポリアミドイミド等のイミド系樹脂、アルコキシシリル基含有樹脂を例示することができる。
集電体の表面に活物質層を形成させる方法としては、ロールコート法、ディップコート法、ドクターブレード法、スプレーコート法、カーテンコート法などの従来から公知の方法を用いて、集電体の表面に活物質を塗布すればよい。具体的には、本発明の複合金属酸化物を有する活物質、並びに必要に応じて結着剤及び導電助剤を含む活物質層形成用組成物を調製し、この組成物に適当な溶剤を加えてペースト状にしてから、集電体の表面に塗布後、乾燥する。必要に応じて電極密度を高めるべく、乾燥後のものを圧縮しても良い。溶剤としては、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、メタノール、メチルイソブチルケトン(MIBK)を例示できる。
負極は、集電体と、集電体の表面に結着させた負極活物質層を有する。
負極活物質層は負極活物質、並びに必要に応じて結着剤及び/又は導電助剤を含む。
負極の集電体、結着剤及び導電助剤は正極で説明したものと同様である。
負極活物質としては、リチウムを吸蔵及び放出可能な炭素系材料、リチウムと合金化可能な元素、リチウムと合金化可能な元素を有する元素化合物、あるいは高分子材料などを例示することができる。
炭素系材料としては、難黒鉛化性炭素、人造黒鉛、コークス類、グラファイト類、ガラス状炭素類、有機高分子化合物焼成体、炭素繊維、活性炭あるいはカーボンブラック類が例示できる。ここで、有機高分子化合物焼成体とは、フェノール類やフラン類などの高分子材料を適当な温度で焼成して炭素化したものをいう。
リチウムと合金化可能な元素としては、具体的にNa、K、Rb、Cs、Fr、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Ra、Ti、Ag、Zn、Cd、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、Biが例示でき、特に、珪素(Si)または錫(Sn)が好ましい。
リチウムと合金化可能な元素を有する元素化合物としては、具体的にZnLiAl、AlSb、SiB、SiB、MgSi、MgSn、NiSi、TiSi、MoSi、CoSi、NiSi、CaSi、CrSi、CuSi、FeSi、MnSi、NbSi、TaSi、VSi、WSi、ZnSi、SiC、Si、SiO、SiO(0<v≦2)、SnO(0<w≦2)、SnSiO、LiSiOあるいはLiSnOを例示でき、特に、SiO(0.5≦x≦1.5)が好ましい。また、リチウムと合金化反応可能な元素を有する元素化合物として、スズ合金(Cu−Sn合金、Co−Sn合金等)などの錫化合物を例示できる。
高分子材料としては、具体的にポリアセチレン、ポリピロールを例示できる。
セパレータは、正極と負極とを隔離し、両極の接触による電流の短絡を防止しつつ、リチウムイオンを通過させるものである。セパレータとしては、例えばポリテトラフルオロエチレン、ポリプロピレン若しくはポリエチレンなどの合成樹脂を1種又は複数用いた多孔質膜、またはセラミックス製の多孔質膜が例示できる。
電解液は、溶媒とこの溶媒に溶解された電解質とを含んでいる。
溶媒としては、環状エステル類、鎖状エステル類、エーテル類等が使用できる。環状エステル類としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート、ガンマブチロラクトン、ビニレンカーボネート、2−メチル−ガンマブチロラクトン、アセチル−ガンマブチロラクトン、ガンマバレロラクトンを例示できる。鎖状エステル類としては、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、ジブチルカーボネート、ジプロピルカーボネート、メチルエチルカーボネート、プロピオン酸アルキルエステル、マロン酸ジアルキルエステル、酢酸アルキルエステル等を例示できる。エーテル類としては、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、1,2−ジメトキシエタン、1,2−ジエトキシエタン、1,2−ジブトキシエタンを例示できる。
電解質としては、LiClO、LiAsF、LiPF、LiBF、LiCFSO、LiN(CFSO等のリチウム塩を例示できる。
電解液としては、エチレンカーボネート、ジメチルカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネートなどの溶媒に、LiClO、LiPF、LiBF、LiCFSOなどのリチウム塩を0.5mol/lから1.7mol/l程度の濃度で溶解させた溶液を例示できる。
本発明の複合金属酸化物を用いたリチウムイオン二次電池は、複合金属酸化物の表層に安定な高マンガン部を有するので劣化しにくく、好適な容量維持率を示す。その結果として、本発明の複合金属酸化物を用いたリチウムイオン二次電池は、高電位駆動条件下でも良好な容量維持率を示すことができる。そのため、本発明の複合金属酸化物を用いたリチウムイオン二次電池は、大きな充放電容量を維持し、かつ優れたサイクル性能を有するものである。ここで、高電位駆動条件とは、リチウム金属に対するリチウムイオンの作動電位が4.3V以上、さらには4.5V〜5.5Vのことをいう。本発明の複合金属酸化物を用いたリチウムイオン二次電池は、正極の充電電位をリチウム基準で4.3V以上、さらには4.5V〜5.5Vとすることができる。なお、一般的なリチウムイオン二次電池の駆動条件においては、リチウム金属に対するリチウムイオンの作動電位は4.3V未満である。
本発明の複合金属酸化物を用いたリチウムイオン二次電池は車両に搭載することができる。本発明の複合金属酸化物を用いたリチウムイオン二次電池は、大きな充放電容量を維持し、かつ優れたサイクル性能を有するため、これを搭載した車両は、高性能の車両となる。
車両としては、電池による電気エネルギーを動力源の全部または一部に使用する車両であればよく、例えば、電気自動車、ハイブリッド自動車、プラグインハイブリッド自動車、ハイブリッド鉄道車両、電動フォークリフト、電気車椅子、電動アシスト自転車、電動二輪車が挙げられる。
各種実施例を製造し、比較例とともに結晶構造解析及び電気特性を測定した。
(実施例1)
原料としての市販の複合金属酸化物に、以下に示すように、接触工程、乾燥工程及び加熱工程からなる改質処理を行った。
接触工程において、LiNi3/10Co3/10Mn3/10で表わされる複合金属酸化物を準備した。この複合金属酸化物は固溶法で作製されたものである。この複合金属酸化物を原料として、(NHHPO及びMg(NOを水に溶解させた水溶液を、接触させた。水溶液を100質量%としたときに、(NHHPOは4.0質量%、Mg(NOは5.8質量%の濃度で水に溶解させた。(NHHPOとMg(NOのモル比は、3:2とした。この水溶液の中に市販の複合金属酸化物を浸漬し、撹拌混合した。浸漬時間は、30分とした。浸漬時の水溶液の温度は室温とした。
次に、乾燥工程において、複合金属酸化物を、130℃で6時間乾燥させた。
次に、加熱工程において、複合金属酸化物を、700℃、大気雰囲気下で、5時間加熱した。これにより得られた生成物を実施例1とした。上記のように複合金属酸化物を改質して得られた実施例1は、第1表面改質品とも称する。
(比較例1)
本比較例1は、改質処理を施していない複合金属酸化物LiNi3/10Co3/10Mn3/10である。改質処理を施していないこの複合金属酸化物は、第1原料とも称する。
<ラマン分析>
実施例1及び比較例1について、ラマン分光法により分析した。ラマン分光法は、その原理上、物質表面数10nm〜数100nmの信号を検出する特徴がある。このため、ラマンスペクトルは、複合金属酸化物の表面組成及び構造を反映している。ラマン測定条件は、レーザー波長:785nm、レーザー強度:2.5mW、露光時間:29秒、積算回数:2回である。
図3の上図は、LiNi1/3Co1/3Mn1/3からなる第1原料(比較例1)のラマンスペクトルであり、図3の下図は、LiNi1/3Co1/3Mn1/3を改質処理して得た第1改質処理品(実施例1)のラマンスペクトルである。図3の上図及び下図に示すように、ラマンスペクトルでは、600cm−1近傍と540cm−1近傍にピークを有することがわかった。文献(Solid State ionics 136-137. 2000, 887-896)によると、600cm−1近傍のピークは、層状岩塩構造の八面体構造におけるCo−O、Mn−Oの結合に起因し、540cm−1近傍のピークは、Ni−Oの結合に起因する。
比較例1及び実施例1の各種測定点での上記のピーク強度比(600cm-1近傍/540cm-1近傍)の分布を調べた。比較例1及び実施例1の測定点を変化させながら2000点程度で同様のラマンスペクトルを取得した。各測定点でのピーク強度比(600cm-1近傍/540cm-1近傍)を計算し、ヒストグラム化した。図4の上図は、比較例1のピーク強度比の度数分布であり、図4の下図は、実施例1のピーク強度比の度数分布である。図4の上図と下図とを比較すると、実施例1は比較例1と比較して、ピーク強度比が増大していた。また、図4の上図に示された比較例1のピーク強度比は、2.35であり、図4の下図に示された実施例1のピーク強度比は、3.48であった。比較例1のピーク強度比Bに対する実施例1のピーク強度比Aの比率(A/B)は、3.48/2.35=1.48であった。このことから、実施例1は、比較例1に比べて、複合金属酸化物の表層にCo−O八面体、Mn−O八面体の結晶構造が多く偏在することがわかった。
<蛍光エックス線分析>
図5は、蛍光エックス線分析による第1原料(比較例1)と第1改質処理品(実施例1)のスペクトルである。蛍光エックス線は、信号の検出深さ(1mm程度)が、複合金属酸化物からなる粒子のサイズ(μmオーダー)に対して十分に大きく、粒子全体の組成を反映している。図5に示すように、第1改質処理品と第1原料とでは、Ni、Co、Mnのピーク強度比が変わらなかった。このことから、複合金属酸化物全体の組成変化はないと言える。
上記のラマン分析と蛍光エックス線分析の結果から、第1改質処理品では、複合金属酸化物の表層に、第1原料に比べて、Mn−O八面体構造が濃化した高マンガン部が形成されていることがわかった。また、第1表面改質品の複合金属酸化物の表層では、Mn−O八面体及びCo−O八面体の少なくとも一方が、第1原料に比べて濃化されていることがわかった。
(サイクリックボルタメトリ試験)
比較例1及び実施例1を正極活物質として用いてリチウム二次電池を構成して、サイクリックボルタメトリ試験を行った。
リチウム二次電池の構成を説明する。リチウム二次電池の作用極は、正極材を正極集電体に塗布して形成されている。正極材は、比較例1又は実施例1の各複合金属酸化物94質量%、導電助剤としてのアセチレンブラック3質量%、結着剤としてのPVDF(ポリフッ化ビニリデン)3質量%とからなる。正極集電体は、アルミニウム箔を用いた。リチウム二次電池の参照極は、金属リチウムを用いた。電解液は、支持塩を溶媒に溶解してなる。支持塩は、LiPFを用い、電解液中での濃度は1モル/Lとした。溶媒は、EC(エチレンカーボネート)、EMC(エチルメチルカーボネート)、及びDMC(ジメチルカーボネート)を用い、これらの体積比は、EC:EMC:DMC=30:30:40とした。セパレータは、ポリプロピレン薄膜を用いた。
サイクリックボルタメトリ試験の測定条件は、掃引速度0.2mV/s、掃引範囲2.5V〜4.5V(vs.Li/Li)とした。この条件で、充電及び放電を4サイクル繰り返した。この試験の間に、サイクリックボルタメトリ試験での正極の電位の測定と、正極の複合金属酸化物のラマンスペクトルの測定を同時に行った。ラマン測定条件は、レーザー波長:785nm、レーザー強度:2.5mW、露光時間:29秒、積算回数:2回、スペクトル取得間隔:60秒とした。サイクリックボルタメトリ試験での正極の電位の測定結果は、図6の上図に示した。図6の上図において、横軸は、サイクリックボルタメトリ試験での経過時間(秒)を示し、縦軸は正極の電位(VsLi/Li)を示す。
また、図6の下図には、サイクリックボルタメトリ試験における、実施例1及び比較例1の540cm−1近傍、600cm−1近傍でのラマンスペクトルのピーク強度維持率を示した。図6の下図において、横軸はサイクリックボルタメトリ試験での経過時間(秒)を示す。縦軸は、実施例1及び比較例1の540cm−1近傍、600cm−1近傍でのラマンスペクトルのピーク強度維持率(%)を示す。ピーク強度維持率は、サイクリックボルタメトリ試験前のピーク強度を100%としたときの、サイクリックボルタメトリ試験の際のピーク強度の比率(百分率)である。
図6の上図に示すように、各リチウム二次電池に上記の条件で充放電を4回繰り返した。図6の上図において、充電時には正極の電位は上昇し、放電時には正極の電位は下降する。図6の下図に示すように、複合金属酸化物の540cm−1近傍、600cm−1近傍でのラマンスペクトルのピーク強度維持率は、充電時には低下し、放電時には回復する傾向にある。特に、改質処理を行っていない比較例1では、ピーク強度維持率の変動率が大きかった。比較例1の540cm−1近傍、600cm−1近傍でのラマンスペクトルのピーク強度維持率は、それぞれ最大約80%、60%の変動があった。これに対して、改質処理をした実施例1の540cm−1近傍、600cm−1近傍でのラマンスペクトルのピーク強度維持率は、最大約40%、20%の変動であった。このように、改質処理を行うと、顕著に、ピーク強度維持率が安定化することがわかった。
ラマンスペクトルは物質の構造に関連し、スペクトル変化は構造変化に関連している。このため、第1表面改質品(実施例1)は、第1原料(比較例1)に対して充放電反応に伴う結晶構造、特に、スペクトルに起因する遷移金属−酸素八面体部分の構造変化が少ないものと考えられる。
(サイクル特性)
実施例1及び比較例1の複合金属酸化物を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池を作製し、各電池のサイクル特性を測定した。
リチウムイオン二次電池の製造方法を説明する。まず、正極を作製するために、実施例1及び比較例1の各複合金属酸化物を94質量部、導電助剤として3質量部のアセチレンブラック、および結着剤として3質量部のポリフッ化ビニリデン(PVDF)を混合した。この混合物を適量のN−メチル−2−ピロリドン(NMP)に分散させて、スラリーを作製した。正極集電体としての厚み20μmのアルミニウム箔を準備した。アルミニウム箔の表面に上記スラリーをのせ、ドクターブレードを用いてスラリーが膜状になるように塗布した。スラリーを塗布したアルミニウム箔を80℃で20分間乾燥することで、NMPを揮発により除去し、アルミニウム箔表面に活物質層を形成させた。表面に活物質層を形成させたアルミニウム箔を、ロ−ルプレス機を用いて圧縮し、アルミニウム箔と活物質層とを強固に密着接合させた。接合物を120℃で6時間、真空乾燥機で加熱し、所定の形状(25mm×30mmの矩形状)に切り取り、正極を得た。
次に、負極を以下のように作製した。グラファイト97質量部と、導電助剤としてKB1質量部と、結着剤としてスチレン−ブタジエンゴム(SBR)1質量部及びカルボキシメチルセルロース(CMC)1質量部とを混合し、この混合物を適量のイオン交換水に分散させてスラリーを作製した。このスラリーを負極用集電体である厚み20μmの銅箔にドクターブレードを用いて膜状になるように塗布した。スラリーを塗布した集電体を乾燥後プレスし、接合物を120℃で6時間、真空乾燥機で加熱し、所定の形状(25mm×30mmの矩形状)に切り取り、厚さ85μm程度の負極とした。
上記の正極および負極を用いて、ラミネート型リチウムイオン二次電池を製作した。詳しくは、正極および負極の間に、セパレータとしてポリプロピレン/ポリエチレン/ポリプロピレンの3層構造の樹脂膜からなる矩形状シート(27×32mm、厚さ25μm)を挟装して極板群とした。この極板群を二枚一組のラミネートフィルムで覆い、三辺をシールした後、袋状となったラミネートフィルムに電解液を注入した。電解液としては、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)をEC:DEC=3:7(体積比)で混合した溶媒にLiPF6を1モル/Lとなるよう溶解した溶液を用いた。その後、残りの一辺をシールすることで、四辺が気密にシールされ、極板群および電解液が密閉されたラミネート型リチウムイオン二次電池を得た。なお、正極および負極は外部と電気的に接続可能なタブを備え、このタブの一部はラミネート型リチウムイオン二次電池の外側に延出している。
以上の工程で、実施例1及び比較例1の各複合金属酸化物を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池を作製した。
各リチウムイオン二次電池の初期容量を測定した。測定する電池に対し、25℃、0.33Cレート、電圧4.5VまでCCCV充電(定電流定電圧充電)した。そして、電圧3.0Vまで、0.33CレートでCC放電(定電流放電)を行ったときの放電容量を測定した。測定した放電容量を初期容量とした。
さらに、25℃、1Cレート、電圧4.5VまでCCCV充電(定電流定電圧充電)の後、電圧3.0VまでCC放電(定電流放電)を行う4.5V−3.0Vの充放電サイクルを、測定する電池に対して100サイクル行い、その後、0.33Cレートでの放電容量を測定して、容量維持率を算出した。
容量維持率(%)は以下の式で求めた。
容量維持率(%)=サイクル後容量/初期容量×100
実施例1及び比較例1の複合金属酸化物の表層のNi、Co及びMn組成比、並びに、各複合金属酸化物を用いたリチウムイオン二次電池の初期容量、サイクル試験後の容量、及び容量維持率の結果を表1に示す。
Figure 2014197523
表1に示すように、実施例1及び比較例1を用いたリチウムイオン二次電池は、いずれも初期放電容量は同程度であった。しかし、サイクル後の放電容量については、実施例1の電池の方が高かった。また、実施例1の容量維持率は比較例1よりも高かった。
複合金属酸化物の表層のNi、Co及びMn組成比は、複合金属酸化物の表面をX線光電子分光法(XPS)で測定することにより算出した。複合金属酸化物の内部組成比が変化していないことはSEM−EDXで確認した。
複合金属酸化物の表層のNi、Co及びMn組成比について実施例1と比較例1とを比較すると、実施例1は、Mn組成比が高くなっている反面、Co組成比が低くなっていることがわかる。
ラマン分析結果と合わせて考察すると、実施例1の複合金属酸化物の表層では、Mn−O八面体が濃化されていた。濃化されたMn−O八面体の中心元素Mnは、複合金属酸化物の外部から移動してきたのではなく、複合金属酸化物の内部から表層に移動してきたものと推定される。
実施例1及び比較例1を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池では、初期放電容量は大差はなかった。しかし、サイクル試験後の放電容量については、実施例1の方が比較例1よりも高かった。このことから、改質処理を行うことにより、サイクル特性が向上することがわかる。
(実施例2)
原料として、LiNi5/10Co2/10Mn3/10で表わされる複合金属酸化物を準備した。この複合金属酸化物は固溶法で作製されたものである。この複合金属酸化物について、実施例1と同様の改質処理を行った。改質処理が施された複合金属酸化物は、第2表面改質品とも称する。
(比較例2)
本比較例2は、改質処理を施していない複合金属酸化物LiNi5/10Co2/10Mn3/10である。改質処理を施していないこの複合金属酸化物は、第2原料とも称する。
<ラマン分析>
実施例2及び比較例2について、ラマン分光法により分析した。ラマン分光法は、実施例1及び比較例1に対して行ったラマン分析と同様の方法である。比較例2及び実施例2の各種測定点での上記のピーク強度比(600cm-1近傍/540cm-1近傍)の分布を調べた。比較例2及び実施例2の測定点を変化させながら2000点程度で同様のラマンスペクトルを取得した。各測定点でのピーク強度比(600cm-1近傍/540cm-1近傍)を計算し、ヒストグラム化した。図7は、実施例2及び比較例2のピーク強度比の度数分布である。図7に示すように、実施例2のピーク強度比は、比較例2に比べて増大していた。
また、図7の左側に示された比較例2のピーク強度比は、1.63であり、図7の右側に示された実施例2のピーク強度比は、2.12であった。比較例2のピーク強度比Bに対する実施例2のピーク強度比Aの比率(A/B)は、2.12/1.63=1.3であった。このことから、実施例2は、比較例2に比べて、複合金属酸化物表面にCo−O八面体、Mn−O八面体の結晶構造が多く偏在することがわかった。
<組成分析、サイクル試験>
実施例2及び比較例2の複合金属酸化物の表面を、X線光電子分光法(XPS)で測定することにより算出した。複合金属酸化物の内部組成比が変化していないことはSEM−EDXで確認した。
複合金属酸化物の表層のNi、Co及びMn組成比に関して、実施例2は、比較例2に比べてMn組成比が高くなっていた。その反面、実施例2は比較例2に比べてCo組成比が低くなっていることがわかる。
実施例2及び比較例2の複合金属酸化物を正極活物質とし、グラファイトを負極活物質として用いて、実施例1及び比較例1と同様にリチウムイオン二次電池を構成した。実施例2及び比較例2のリチウムイオン二次電池のサイクル試験を、実施例1及び比較例1のサイクル試験と同様に行い、初期放電容量及びサイクル試験後の放電容量を測定した。表2には、実施例2及び比較例2の複合金属酸化物の組成比とリチウムイオン二次電池の初期容量、サイクル試験後の容量、及び容量維持率の結果を示した。
Figure 2014197523
表2に示すように、複合金属酸化物の表層のNi、Co及びMn組成比は、複合金属酸化物の表面をX線光電子分光法(XPS)で測定することにより算出した。複合金属酸化物の内部組成比が変化していないことはSEM−EDXで確認した。
複合金属酸化物の表層のNi、Co及びMn組成比に関しては、実施例2は、比較例2に比べてMn組成比が高くなっていた。その反面、実施例2のCo組成比は比較例2に比べて低くなっていることがわかる。
改質処理では、マンガン元素を含まない改質溶液を用いている。このため、改質処理では、改質溶液からマンガンが複合金属酸化物の表層に入ることは考えにくい。また、ラマン分析結果では、改質処理により表層のMn−Oのモル比率が高くなっている。これらのことから、実施例2の複合金属酸化物の表層では、Mn−O八面体が濃化されており、濃化されたMn−O八面体の中心元素Mnは、複合金属酸化物の外部から移動してきたのではなく、複合金属酸化物の内部から表層に移動してきたものと推定される。
表2に示すように、実施例2及び比較例2の複合金属酸化物LiNi5/10Co2/10Mn3/10を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池では、実施例2の初期放電容量、サイクル試験後の放電容量、容量維持率は、比較例2と大差はなかった。しかし、サイクル試験後の放電容量及び容量維持率は、若干実施例2の方が高くなった。

Claims (5)

  1. 一般式:LiNib0Coc0Mnd0(0.2≦a≦1.2、b0+c0+d0+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1) で表され、且つ、
    Ni、Co及びMnをそれぞれ中心元素とし該中心元素が6つの酸素原子で囲まれて形成されたNi−O八面体、Co−O八面体、及びMn−O八面体を有する酸化物層と、Liが層状に配列してなるLi層とが交互に積層されてなる層状岩塩構造を有する複合金属酸化物であって、
    前記複合金属酸化物の全体における前記Ni−O八面体、前記Co−O八面体、及び前記Mn−O八面体のモル比率は、前記Ni−O八面体:前記Co−O八面体:前記Mn−O八面体=b1:c1:d1(ただし、b1+c1+d1=1、0<b1<1、0<c1<1、0<d1<1)で表され、
    前記複合金属酸化物の表層は、前記Ni−O八面体、前記Co−O八面体、及び前記Mn−O八面体のモル比率が前記Ni−O八面体:前記Co−O八面体:前記Mn−O八面体=b2:c2:d2(ただし、b2+c2+d2=1、0≦b2<1、0≦c2<1、d1<d2≦1)で表される高マンガン部を有することを特徴とする複合金属酸化物。
  2. 前記複合金属酸化物の前記高マンガン部でのラマンスペクトルの540cm−1近傍に対する600cm−1近傍のピーク強度比をAとし、
    ラマン分析が可能な領域に、前記複合金属酸化物の全体における前記Ni−O八面体:前記Co−O八面体:前記Mn−O八面体=b1:c1:d1(ただし、b1+c1+d1=1、0<b1<1、0<c1<1、0<d1<1)で表される前記Ni−O八面体、前記Co−O八面体、及び前記Mn−O八面体のモル比率と同一のモル比率をもつ基準複合金属酸化物のラマンスペクトルの540cm−1近傍に対する600cm−1近傍のピーク強度比をBとしたときに、
    1<A/B<3の関係をもつ請求項1記載の複合金属酸化物。
  3. 請求項1又は2に記載の複合金属酸化物をもつリチウムイオン二次電池用正極。
  4. 請求項3記載のリチウムイオン二次電池用正極と、負極と、電解質とを備えるリチウムイオン二次電池。
  5. 掃引速度0.2mV/s、掃引範囲2.5V〜4.5V(vs.Li/Li)の条件で初回の充電及び放電を行う間に前記複合金属酸化物の600cm−1近傍、540cm−1近傍でのラマンスペクトルのピーク強度を測定したときに、初回の充電前のラマンスペクトルのピーク強度を100%としたときの初回の充電及び放電を行う間のラマンスペクトルのピーク強度の比率は、60%以上である請求項4記載のリチウムイオン二次電池。
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