JP2014102102A - タンパク質定量方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】分析用試料に含まれる目的タンパク質の絶対定量をより精度よく行い得る方法を提供すること。
【解決手段】精製用配列と定量用配列と目的タンパク質の部分配列とが酵素消化部位を介してタンデムに並んでおりかつ同位体標識されたアミノ酸を含んでいる標準化用ペプチドを、細胞またはin vitro翻訳系で合成し、精製して酵素消化し、安定同位体標識されていない濃度既知の検量用ペプチドの消化物との質量スペクトルのシグナル強度の比較から標準化用ペプチド濃度を算出するとともに、分析用試料の消化物と標的配列の質量スペクトルを比較する。
【選択図】なし

Description

本発明は、分析用試料に含まれている目的タンパク質を定量するタンパク質定量方法に関する。
分析用試料に含まれている目的タンパク質を質量分析法によって定量する方法として、安定同位体標識アミノ酸を含む参照用配列を調製して、当該参照用配列に基づいて目的タンパク質の定量を行うことが従来技術として知られている。参照用配列は、目的タンパク質自身またはその断片に相当するものである。
参照用配列として目的タンパク質の断片(ペプチド)を用いる場合は、一般的に化学合成によって調製されている(例えば、非特許文献1)。しかし、ペプチドの化学合成に際しては、反応系中の安定同位体標識アミノ酸の濃度を比較的高くする必要があり、高コストを招来する。また、化学合成では、アミノ酸の種類によって合成の容易さが大きく異なるため、参照用配列によっては合成が困難な場合がある。
一方、細胞系またはin vitro翻訳系等の翻訳系を用いて、安定同位体標識アミノ酸を含むタンパク質またはその断片を産生する方法も報告されている(例えば、非特許文献2〜3)。また、これらの方法は目的タンパク質の定量にも利用されている。
Kettenbach, A. N., Rush, J., Gerber, S. A. Nat. Protoc., 6:175-186, (2011). Picard, G., Lebert, D., Louwagie, M., Adrait, A., Huillet, C., Vandenesch, F., Bruley, C., Garin, J., Jaquinod, M., Brun, V. J. Mass Spectrom, 47:1353-1363, (2012). Carroll, K. M., Lanucara, F., Eyers, C. E. Methods Enzymol., 500:113-131, (2011).
細胞系またはin vitro翻訳系等の翻訳系を用いる上記方法は、ペプチドの化学合成が抱える高コスト化および合成上の困難さといった問題を回避することができる。しかしながら、分析用試料に含まれる目的タンパク質の絶対定量をより精度よく行うという観点では改善の余地がある。
本願発明は上記の課題を解決するためになされたものであって、分析用試料に含まれる目的タンパク質の絶対定量をより精度よく行い得る方法を提供することを目的の一つとする。
上記の課題を解決するために、本発明に係るタンパク質定量方法は、分析用試料に含まれている目的タンパク質を定量するタンパク質定量方法であって、
精製用配列と定量用配列と目的タンパク質の部分配列とが酵素消化部位を介してタンデムに並んでいるペプチドであって、定量用配列および目的タンパク質の部分配列が同位体標識されたアミノ酸を含んでいるものを、細胞またはin vitro翻訳系を用いて合成する合成工程と、
上記合成工程において合成された上記ペプチドを、上記精製用配列を用いて回収する回収工程と、
上記回収工程において回収した上記ペプチドを含む標準化用試料、上記定量用配列を含む同位体標識されていない検量用ペプチドを既知の濃度で含む検量用試料、および、目的タンパク質を含む上記分析用試料を酵素消化に供する消化工程と、
上記消化工程で得られた消化物の質量分析を行い、上記検量用試料における上記定量用配列に由来するピークの強度と、上記標準化用試料における上記定量用配列に由来するピークの強度とを比較するとともに、上記標準化用試料における上記目的タンパク質の部分配列に由来するピークの強度と、上記分析用試料における当該部分配列に対応する配列に由来するピークの強度とを比較して、当該分析用試料に含まれている上記目的タンパク質の濃度を決定する濃度決定工程とを含む。
本発明に係るタンパク質定量方法において、上記合成工程は、再構成型のin vitro翻訳系を用いることが好ましい。
本発明に係るタンパク質定量方法において、上記質量分析は、1)上記消化工程で得られた標準化用試料の消化物の一部と上記消化工程で得られた検量用試料の消化物との混合物、および、2)上記消化工程で得られた標準化用試料の消化物の他の一部と上記分析用試料の消化物との混合物、に対して行われることが好ましい。
本発明に係るタンパク質定量方法において、上記消化工程は、1)上記標準化用試料の一部と上記検量用試料との混合物、および、2)上記標準化用試料の他の一部と上記分析用試料との混合物、に対して行われることがより好ましい。
本発明に係るタンパク質定量方法において、上記合成工程は、上記精製用配列、定量用配列および目的タンパク質の部分配列が何れもC末端に同位体標識されたアルギニンまたはリジンを含んでいるペプチドを合成するものであり、上記消化工程は、トリプシンを用いて酵素消化を行うことが好ましい。
本発明に係るタンパク質定量方法において、上記精製用配列は、Flag配列を含むことが好ましい。
本発明に係るタンパク質定量方法において、上記精製用配列は、Flag配列と当該Flag配列のC末端に付加されたスペーサー配列とからなることがより好ましい。
本発明に係るタンパク質定量方法において、上記スペーサー配列は、4個以上の中性アミノ酸とそのC末端側に付加されたアルギニンまたはリジンとからなることが好ましい。
本発明に係るタンパク質定量方法において、上記中性アミノ酸は、ロイシンであることがより好ましい。
本発明に係るタンパク質定量方法において、上記定量用配列は、Ala-Glu-Phe-Val-Glu-Val-Thr-Lys(配列番号1)、またはLeu-Val-Thr-Asp-Leu-Thr-Lys(配列番号2)であることが好ましい。
本発明に係るタンパク質定量方法において、上記定量用配列は、Leu-Val-Thr-Asp-Leu-Thr-Lys(配列番号2)であることがより好ましい。
本発明に係るタンパク質定量方法において、上記検量用ペプチドは、ウシ血清アルブミンの全長であることが好ましい。
本発明に係るタンパク質定量方法において、上記再構成型のin vitro翻訳系は、PUREシステムであることが好ましい。
本発明はまた、上記のタンパク質定量方法に用いるタンパク質定量用キットであって、上記精製用配列と上記定量用配列とが酵素消化部位を介してタンデムに並んでいるペプチドをコードする塩基配列を有する核酸を含むタンパク質定量用キットを提供する。
本発明によれば、分析用試料に含まれる目的タンパク質の絶対定量をより精度よく行い得るという効果を奏する。
標準化用ペプチドを合成するための方法の一例を示す模式図である。 実施例5における、定量用配列の検討の結果を示す図である。 実施例6における、検量用ペプチドの検討の結果を示す図である。 実施例7における、絶対定量の検討の結果を示す図である。
〔本発明に係るタンパク質定量方法〕
本発明に係るタンパク質定量方法は、分析用試料に含まれている目的タンパク質を定量するタンパク質定量方法であって、
精製用配列と定量用配列と目的タンパク質の部分配列とが酵素消化部位を介してタンデムに並んでいるペプチドであって、定量用配列および目的タンパク質の部分配列が同位体標識されたアミノ酸を含んでいるものを、細胞またはin vitro翻訳系を用いて合成する合成工程と、
上記合成工程において合成された上記ペプチドを、上記精製用配列を用いて回収する回収工程と、
上記回収工程において回収した上記ペプチドを含む標準化用試料、上記定量用配列を含む同位体標識されていない検量用ペプチドを既知の濃度で含む検量用試料、および、目的タンパク質を含む上記分析用試料を酵素消化に供する消化工程と、
上記消化工程で得られた消化物の質量分析を行い、上記検量用試料における上記定量用配列に由来するピークの強度と、上記標準化用試料における上記定量用配列に由来するピークの強度とを比較するとともに、上記標準化用試料における上記目的タンパク質の部分配列に由来するピークの強度と、上記分析用試料における当該部分配列に対応する配列に由来するピークの強度とを比較して、当該分析用試料に含まれている上記目的タンパク質の濃度を決定する濃度決定工程とを含むものである。
以下、本発明に係るタンパク質定量方法の各工程について説明する。
(合成工程)
合成工程は、精製用配列と定量用配列と目的タンパク質の部分配列(以下、「標的配列」と称する)とが酵素消化部位を介してタンデムに並んでいるペプチドであって、定量用配列および標的配列が同位体標識されたアミノ酸を含んでいるもの(以下、「標準化用ペプチド」と称する)を、細胞またはin vitro翻訳系を用いて合成する工程である。
なお、「酵素消化部位を介して並ぶ」という表現は、精製用配列と定量用配列とがN末端側からC末端側にかけてこの順にタンデムに連結している場合を例にとると、精製用配列のC末端自身、および/または、定量用配列のN末端自身が酵素消化部位であることを意図している。また、標準化用ペプチドは合成が容易という観点では、精製用配列と定量用配列と標的配列とのみを実質的に含む(精製用配列と定量用配列と標的配列との間に他のアミノ酸配列を含んでいない)ものであることが好ましいが、後述する消化工程で、精製用配列、定量用配列、および標的配列が別個のものとして切り出される限りにおいて、標準化用ペプチドはその他のアミノ酸配列を含んでいてもよい。
設計上好ましい一例において、導入される同位体標識されたアミノ酸は、消化工程において用いる消化酵素が認識するアミノ酸(酵素消化部位)である。そのため、同位体標識されたアミノ酸は、消化酵素の種類に応じて選択される。消化酵素としてトリプシンを用いる場合、同位体標識されたアミノ酸はリジンまたはアルギニンである。消化酵素としてリジルエンドペプチダーゼを用いる場合、同位体標識されたアミノ酸はリジンである。消化酵素としてAspNを用いる場合、同位体標識されたアミノ酸はアスパラギン酸である。消化酵素としてGluCを用いる場合、同位体標識されたアミノ酸はグルタミン酸である。このような構成とすれば、消化酵素で標準化用ペプチドを消化した場合に生じる、定量用配列、および目的タンパク質の部分配列はそれぞれ同位体標識されたアミノ酸を末端に含むことになる。なお、本明細書において、「アミノ酸」とは、遊離した形態のアミノ酸を指すほか、ペプチド中のアミノ酸残基を指す場合もある。
なお、標準化用ペプチドの長さは特に限定されないが、例えば、22〜80aa程度であり、好ましくは24〜65aaの範囲内であり、より好ましくは27〜52aaの範囲内である。また、定量用配列の長さは特に限定されないが、例えば、4〜30aa程度であり、好ましくは5〜20aaの範囲内であり、より好ましくは7〜12aaの範囲内である。また、標的配列の長さは特に限定されないが、例えば、4〜30aa程度であり、好ましくは5〜25aaの範囲内であり、より好ましくは6〜20aaの範囲内である。
精製用配列は、後述する回収工程において標準化用ペプチドを回収するために用いられる配列である。精製用配列としては、例えば、Flag配列(Asp-Tyr-Lys-Asp-Asp-Asp-Asp-Lys(配列番号3))、His tag配列、T7-tag配列、およびStrep-tag II配列等の公知の精製用ラベルを含むものが挙げられる。精製用配列は、さらに、スペーサー配列を含んでいてもよい。スペーサー配列は、消化酵素の種類に応じて、精製用配列のC末端に付加される場合と、精製用配列のN末端に付加される場合がある。スペーサー配列は、例えば、精製用ラベルが酵素消化部位を有しない場合に、定量用配列または標的配列との間に酵素消化部位を与える役割をし得る。あるいは、スペーサー配列は、精製用ラベルの酵素消化部位の切断効率が悪い場合に、定量用配列または標的配列との間に切断効率が良い酵素消化部位を与える役割をし得る。すなわち、精製用配列は精製用ラベルとタンデムに並んでいるスペーサー配列を介して、定量用配列および/または標的配列と並び得る。精製用配列が定量用配列を兼ねる場合を除いて、濃度決定工程において、精製用配列に由来するピークは用いられない。そのため、精製用配列は、複数の消化酵素部位を含んでいてもよい。
定量用配列は、同位体標識されていない検量用ペプチドの少なくとも一部と同一の配列であり、標準化用試料の濃度を決定するために用いられる配列である。定量用配列は、同位体標識されたアミノ酸を含んでいる。定量用配列は、市販のタンパク質またはペプチドを消化工程で用いる消化酵素で消化した際の消化物ペプチドのうちの1つと同一の配列であることが好ましい。後述する検量用ペプチドとして、市販のタンパク質またはペプチドを用いることができ、簡便であるからである。好ましい消化物ペプチドの配列は、市販のタンパク質またはペプチドを消化工程で用いる消化酵素で消化すれば、容易に決定し得る。この際、(i)検出強度が大きい、(ii)メチオニン残基(酸化)、グルタミン残基(ピログルタミル化、脱アミド化)、アスパラギン残基(脱アミド化)などの、試料調製中または調製後に修飾を受けやすいアミノ酸を含まない、(iii)同じ配列を含む不完全消化物が同定されていない、(iv)ペプチドの直前または直後に切断部位が連続していない、という条件を満たすペプチドを選択することが好ましい。定量用配列は、典型的には、酵素消化部位を一つのみ含む。また、定量用配列は、上記目的タンパク質が有していない配列である必要があり、さらに、分析用試料中に含まれていない配列から選択することが好ましい場合がある。
標的配列は、定量したいタンパク質を消化工程で用いる消化酵素で消化した際の消化物ペプチドのうちの1つと同一の配列である。標的配列は、同位体標識されたアミノ酸を含んでいる。好ましい消化物ペプチドの配列は、定量したいタンパク質を消化工程で用いる消化酵素で消化すれば、容易に決定し得る。この際、(i)検出強度が大きい、(ii)メチオニン残基(酸化)、グルタミン残基(ピログルタミル化、脱アミド化)、アスパラギン残基(脱アミド化)などの、試料調製中または調製後に修飾を受けやすいアミノ酸を含まない、(iii)同じ配列を含む不完全消化物が同定されていない、(iv)ペプチドの直前または直後に切断部位が連続していない、という条件を満たすペプチドを選択することが好ましい。標的配列は、典型的には、酵素消化部位を一つのみ含む。
精製用配列、定量用配列、および標的配列の並び順は特に限定されず、N末端側からC末端側にかけて、以下の並び順の何れであってもよい。
(1)精製用配列、定量用配列、標的配列
(2)精製用配列、標的配列、定量用配列
(3)定量用配列、標的配列、精製用配列
(4)定量用配列、精製用配列、標的配列
(5)標的配列、定量用配列、精製用配列
(6)標的配列、精製用配列、定量用配列
好ましくは、N末端側またはC末端側に精製用配列を配置した(1)、(2)、(3)および(5)である。精製の効率がよいからである。より好ましくは、N末端側に精製用配列を配置した(1)および(2)である。翻訳開始アミノ酸であるメチオニンを精製用配列の直前に入れることができるからである。なお、N末端側に定量用配列または標的配列を配置する場合は、その上流に酵素消化部位を介して、翻訳開始アミノ酸であるメチオニンを含む3〜4個程度のアミノ酸からなる配列を入れればよい。並び順としてより好ましくは(1)である。
精製用配列と定量用配列と標的配列とは、酵素消化部位を介してタンデムに並んでいる。このとき、(i)精製用配列と定量用配列と標的配列とが消化酵素によって切断されて分離すること、および、(ii)定量用配列および標的配列が同位体標識されたアミノ酸を有すること(好ましくは、用いる消化酵素が認識するアミノ酸(酵素認識部位)が同位体標識されたアミノ酸であること)、を満たす必要がある。認識するアミノ酸のC末端側で切断する消化酵素を用いる場合、設計上好ましい一態様では、(1)、(2)、(4)および(6)の順番においては、酵素認識部位でありかつ同位体標識されたアミノ酸が精製用配列、定量用配列および標的配列のC末端に含まれる。(3)および(5)の順番においては、酵素認識部位でありかつ同位体標識されたアミノ酸が少なくとも定量用配列および標的配列のC末端に含まれる。一方、認識するアミノ酸のN末端側で切断する消化酵素を用いる場合、設計上好ましい一態様では、(1)および(2)の順番においては、酵素認識部位でありかつ同位体標識されたアミノ酸が少なくとも定量用配列および標的配列のN末端に含まれる。(3)〜(6)の順番においては、酵素認識部位でありかつ同位体標識されたアミノ酸が精製用配列、定量用配列および標的配列のN末端に含まれる。
合成工程では、標準化用ペプチドを、細胞またはin vitro翻訳系を用いて合成する。細胞を用いる場合、導入したい同位体標識されたアミノ酸については、同位体標識されていないアミノ酸の代わりに同位体標識されたアミノ酸を培地に添加する。
「in vitro翻訳系」とは、細胞抽出液等のタンパク質合成に必要な因子を含む反応液を用いたタンパク質合成系を指し、無細胞タンパク質合成系ともいう。すなわち、in vitro翻訳系は、mRNAからポリペプチドへの翻訳に生細胞を必要としないことを特徴とする。本発明の合成工程におけるin vitro翻訳系は、翻訳、または転写および翻訳を行う翻訳系を含む。すなわち、本発明の合成工程におけるin vitro翻訳系は、(1)mRNAからポリペプチドに翻訳するin vitro翻訳系、および、(2)DNAからmRNAに転写し、さらにmRNAからポリペプチドに翻訳するin vitro翻訳系、の両方を包含する概念である。また、本発明の合成工程におけるin vitro翻訳系は、細胞抽出液をそのまま使用するin vitro翻訳系と、細胞抽出液から特定の物質を精製して再構成したin vitro翻訳系の両方を包含する概念である。
in vitro翻訳系は、開始因子(Initiation Factor; IF)、伸長因子(Elongation Factor; EF)、解離因子(Release Factor; RF)、アミノアシルtRNA合成酵素(aminoacyl-tRNA synthetases; AARS)、リボソーム、アミノ酸、ヌクレオシド三リン酸、tRNA、塩類、緩衝液、さらに、大腸菌等の原核細胞由来の反応系である場合は、メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼ(MTF)および、10-フォルミル5,6,7,8-テトラヒドロ葉酸(FD)を含むことが好ましい。また、反応液に添加される核酸がDNAの場合には、mRNAに転写するためのRNAポリメラーゼを含む。
本発明の合成工程におけるin vitro翻訳系は、個別に精製された因子から構成された再構成型のin vitro翻訳系(中でもヌクレアーゼおよびプロテアーゼを含まないもの)が好ましい。再構成型のin vitro翻訳系は、細胞抽出液を使用するin vitro翻訳系よりもヌクレアーゼおよびプロテアーゼの混入を容易に防ぐことができる。そのため、mRNAからポリペプチドへの翻訳効率が高い。また、合成されたペプチドの分解を抑えることができるため、より精度の高いタンパク質定量を実現することができる。
再構成型のin vitro翻訳系の中でも好ましくは、本発明者らが発明したPURE(Protein synthesis Using Recombinant Elements)システム(文献:米国特許第7118883号明細書、特開2003-102495号公報、特開2008-271903号公報、Y. Shimizu et al., Nat. Biotechnol. (2001) vol.19, p.751-755)である。アミノ酸の代謝系およびペプチドの分解系を含まないという利点を有するからである。また、PUREシステムは、高価な安定同位体標識されたアミノ酸の必要量が少なく、鋳型核酸を多数用意することによる並列合成が容易であるため、多種類のペプチドの絶対定量を行うための標準化用ペプチドの調製に効果的である。
再構成型のin vitro翻訳系は、上記の因子を精製された状態で含む。大腸菌等の原核細胞由来のものに限らず、真核細胞由来のものも使用できる。精製された状態とは、因子が単一のタンパク質の場合、好ましくは、電気泳動によって各因子がほぼ単一のバンドとして確認できることをいう。また、リボソームなどの複合体についても、電気泳動によって構成因子のみがバンドとして確認できることをいう。なお、これらの因子および因子の精製方法は公知である(特開2003-102495号公報)。
本発明の合成工程におけるin vitro翻訳系で使用される開始因子は、翻訳開始複合体の形成に必須であるか、または、これを著しく促進する因子であり、大腸菌由来のものとして、IF1、IF2およびIF3が知られている(Claudio O et al. (1990) Biochemistry, vol.29, p.5881-5889)。開始因子IF3は、翻訳の開始に必要な段階である、70Sリボソームの30Sサブユニットと50Sサブユニットへの解離を促進し、また、翻訳開始複合体の形成の際に、フォルミルメチオニルtRNA以外のtRNAのP部位への挿入を阻害する。開始因子IF2は、フォルミルメチオニルtRNAと結合し、30SリボソームサブユニットのP部位へフォルミルメチオニルtRNAを運び、翻訳開始複合体を形成する。開始因子IF1は開始因子IF2、IF3の機能を促進する。本発明において用いられる開始因子の好ましい例は、大腸菌由来のものであり、例えば大腸菌K12株から得られるものを挙げることができるが、真核細胞由来のものも使用できる。
本発明の合成工程におけるin vitro翻訳系で使用される伸長因子には、大腸菌由来のものとして、EF-Tu、EF-TsおよびEF-Gが知られている。伸長因子EF-Tuは、GTP型とGDP型の2種類があり、GTP型はアミノアシルtRNAと結合してこれをリボソームのA部位へ運ぶ。EF-Tuがリボソームから離れる際にGTPが加水分解され、GDP型へ転換する。(Pape T et al, (1998) EMBO J, vol.17, p.7490-7497)。伸長因子EF-Tsは、EF-Tu(GDP型)に結合し、GTP型への転換を促進する(Hwang YW et al. (1997) Arch. Biochem. Biophys., vol.348, p.157-162)。伸長因子EF-Gは、ペプチド鎖伸長過程において、ペプチド結合形成反応の後の転位(translocation)反応を促進する(Agrawal RK et al, (1999) Nat. Struct. Biol., vol.6, p.643-647, Rodnina MW. et al, (1999) FEMS Microbiology Reviews, vol.23, p.317-333)。本発明において用いられる伸長因子の好ましい例は、大腸菌由来のものであり、例えば大腸菌K12株から得られるものを挙げることができるが、真核細胞由来のものも使用できる。
本発明のin vitro翻訳系で使用される解離因子には、大腸菌由来のものとして、RF1、RF2およびRF3が知られている。解離因子はタンパク質合成の終結、翻訳されたペプチド鎖の解離、さらに次のmRNAの翻訳開始へのリボソームの再生に必須である。解離因子RF1およびRF2は、リボソームのA部位が終止コドン(UAA、UAG、UGA)に達した時、A部位に入ってぺプチジルtRNA(P部位にある)からのペプチド鎖の解離を促進する。RF1は終止コドンのうちUAAおよびUAGを認識し、RF2はUAAおよびUGAを認識する。解離因子RF3は、RF1、RF2によるペプチド鎖の解離反応後の、RF1、RF2のリボソームからの解離を促進する。リボソーム再生因子(RRF)は、タンパク質合成の停止後、P部位に残っているtRNAの脱離と、次のタンパク質合成へのリボソームの再生を促進する。本発明においては、RRFも解離因子の一つとして取扱うことにする。なお、解離因子RF1、RF2、RF3およびRRFの機能については、Freistroffer DV et al, (1997) EMBO J., vol.16, p.4126-4133、Pavlov MY et al. (1997) EMBOJ., vol.16, p.4134-4141に解説されている。本発明において用いられる解離因子の好ましい例は、大腸菌由来のものであり、例えば大腸菌K12株から得られるものを挙げることができるが、真核細胞由来のものも使用できる。
アミノアシルtRNA合成酵素は、ATPの存在下でアミノ酸とtRNAを共有結合させ、アミノアシルtRNAを合成する酵素であり、各アミノ酸に対応したアミノアシルtRNA合成酵素が存在している(Francklyn C et al, (1997) RNA, vol.3, p.954-960, 蛋白質核酸酵素, vol.39, p.1215-1225 (1994))。本発明において用いられるアミノアシルtRNA合成酵素の好ましい例は、大腸菌由来のものであり、例えば大腸菌K12株から得られるものを挙げることができるが、真核細胞由来のものも使用できる。
メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼは、原核生物におけるタンパク質合成においてメチオニル開始tRNAのアミノ基にフォルミル基がついたN-フォルミルメチオニル(fMet)開始tRNAを合成する酵素である。すなわち、メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼは、FDのフォルミル基を、開始コドンに対応するメチオニル開始tRNAのアミノ基に転移させ、fMet-開始tRNAにする(Ramesh V et al, (1999) Proc.Natl.Acad.Sci.USA, vol.96, p.875-880)。付加されたフォルミル基は開始因子IF2により認識され、タンパク質合成の開始シグナルとして作用する。真核生物の細胞質におけるタンパク質合成系にはMTFが存在していないが、真核生物のミトコンドリアおよび葉緑体におけるタンパク質合成系には存在する。本発明において用いられるMTFの好ましい例は、大腸菌由来のものであり、例えば大腸菌K12株から得られるものである。
さらに反応液に添加される核酸がDNAの場合には、mRNAに転写するためのRNAポリメラーゼを含む。具体的には、T7 RNAポリメラーゼ、T3 RNAポリメラーゼ、またはSP6 RNAポリメラーゼ等を利用することができる。これらのRNAポリメラーゼは市販されている。
in vitro翻訳系は、転写および翻訳のための因子に加え、さらに付加的な成分を含むことができる。付加的な成分としては、例えば、反応系においてエネルギーを再生するための酵素(クレアチンキナーゼ、ミヨキナーゼ、およびヌクレオシドジフォスフェートキナーゼなど)、および、転写・翻訳で生じる無機ピロリン酸の分解のための酵素(無機ピロフォスファターゼなど)が挙げられる。
tRNAとしては、大腸菌、酵母等の細胞から精製したtRNAを用いることができる。またアンチコドンまたはその他の塩基を任意に変更した人工tRNAも用いることができる(Hohsaka, Tet al. (1996) J. Am. Chem. Soc., vol.121, p.34-40, Hirao I et al (2002) Nat. Biotechnol., vol.20, p.177-182)。
上記in vitro翻訳系を構成する各因子は、転写および翻訳に好適なpH7-8を維持する緩衝液に加えることによって、in vitro翻訳系とすることができる。本発明に用いられる緩衝液としては、リン酸カリウム緩衝液(pH 7.3)、Hepes-KOH(pH 7.6)などを挙げることができる。Hepes-KOH(pH 7.6)を使用した場合、例えば、0.1 mM-200 mM、好ましくは、1mM-100 mMで使用できる。
in vitro翻訳系には、因子の保護および活性の維持を目的として塩類を加えることもできる。具体的には、グルタミン酸カリウム、酢酸カリウム、塩化アンモニウム、酢酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウムなどが挙げられる。これらの塩類は、通常、0.01 mM-1000 mM、好ましくは、0.1 mM-200 mMで使用される。
in vitro翻訳系には、酵素の基質として、および/または、活性の向上もしくは維持を目的として、その他の低分子化合物を添加できる。具体的には、ヌクレオシド三リン酸(ATP、GTP、CTP、UTPなど)などの基質、プトレシン(putrescine)、スペルミジン(spermidine)などのポリアミン類、ジチオトレイトール(DTT)などの還元剤、およびクレアチンリン酸などのエネルギー再生のための基質などをin vitro翻訳系に加えることができる。これらの低分子化合物は、通常、0.01 mM-1000 mM、好ましくは、0.1 mM-200 mMで使用できる。
導入される同位体標識されたアミノ酸については、同位体標識されていないアミノ酸の代わりに同位体標識されたアミノ酸をin vitro翻訳系に添加する。同位体標識されたアミノ酸は、市販のものを用いればよい。
in vitro翻訳系の具体的な組成は、Shimizuら(Shimizu et al., Nat. Biotechnol. (2001) vol.19, p.751-755、Shimizu et al., Methods (2005) vol.36, p.299-304)、あるいはYingら(Ying et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. (2004) vol.320, p.1359-1364)の記載に基づいて調製することができる。
(回収工程)
回収工程は、合成工程において合成されたペプチドを、精製用配列を用いて回収する工程である。
回収工程では、標準化用ペプチドのうち精製用配列を用いて回収する。具体的には、精製用配列に特異的に結合する物質(捕捉物質)に、精製用配列を吸着させることによって、合成された標準化用ペプチドを捕捉する。このような物質としては、アフィニティークロマトグラフィーにおける相互作用物質が挙げられる。例えば、タンパク質またはペプチド断片と金属イオンまたはキレート化合物、抗原と抗体、サイトカインまたはホルモンと受容体、酵素と基質またはインヒビターは互いに特異的に結合する。さらに、特定のアミノ酸、DNA、色素、ビタミン、糖、レクチン等はこれらに親和性を持つ一群のタンパク質と相互に結合する。
精製用配列と捕捉物質との組み合わせとして具体的には、例えば、Flagタグ(Flag配列)とanti-FLAG抗体;His tagとニッケル錯体およびコバルト錯体等の金属錯体;T7-tagとT7-tagに特異的なモノクローナル抗体;Strep-tag IIとストレプタクチンなどが挙げられる。
また、磁気ビーズを使用することもできる。可磁化物質(例えば、γFe2O3とFe3O4)を均一に分布させた高分子ポリマーのコアを親水性ポリマーで覆った、粒子径が均一な磁気ビーズ(magnetic beads)が市販されており(DYNAL社、ノルウエー/商品名 Dynabeads)、この表面に種々の抗体を結合させることにより、磁気ビーズを合成したペプチドに結合させることができる。磁気ビーズは強力磁石(MPC)を近づけると磁化されて磁力に引き寄せられ、磁石を離すと磁性を失って元通り分散するという性質を有しており、それを利用して合成したペプチドを回収することができる。例えば、精製用配列がFlag配列を含んでいる場合、抗FLAG M2抗体磁気ビーズ(Sigma-Aldrich社製)を用いることができる。
回収工程における具体的な条件は、例えば、特開2003-102495号公報、および後述の実施例などの記載に基づいて適宜設定することができる。
(消化工程)
消化工程は、回収工程において回収したペプチドを含む標準化用試料、定量用配列を含む同位体標識されていない検量用ペプチドを既知の濃度で含む検量用試料、および、目的タンパク質を含む分析用試料を酵素消化に供する工程である。
標準化用試料は、回収工程において回収した標準化用ペプチドを未知の濃度で含んでいる。
検量用試料は、定量用配列を含む同位体標識されていない検量用ペプチドを既知の濃度で含んでいる。検量用ペプチドは、化学合成されたもの、生細胞から抽出されたもの、および細胞に由来する成分を用いてin vitroで製造したものの何れであってもよい。検量用ペプチドとしては、例えば、ウシ血清アルブミン(BSA)が挙げられる。
分析用試料は、定量したい目的タンパク質を未知の濃度で含んでいる。分析用試料は、例えば、細胞から抽出されたタンパク質の混合物、in vitro翻訳系で合成されたタンパク質の混合物、または細胞培養液から抽出されたタンパク質の混合物等であり得る。
消化酵素としては、例えば、トリプシン、リジルエンドペプチダーゼ、AspN、およびGluC等が挙げられる。特異性の高さおよび切断効率の高さの観点から、消化酵素としては、トリプシンおよびリジルエンドペプチダーゼが好ましい。消化酵素は、同じアミノ酸を認識する2種類以上を併用してもよい。例えば、トリプシンおよびリジルエンドペプチダーゼは、何れもリジンを認識することができる。そのため、標準化用ペプチドにおける酵素消化部位としてリジンを含むものであれば、トリプシンとリジルエンドペプチダーゼとを併用することによって、より効率的に消化し得る。標準化用試料、検量用試料および分析用試料を、用いる消化酵素の至適pHに合わせてpHが調節された溶液に添加し、そこに消化酵素を添加すればよい。酵素消化する温度および時間等の条件は、用いる消化酵素に応じて適宜設定すればよい。
標準化用試料、検量用試料および分析用試料は、別々に酵素消化に供してもよいし、全て一緒に酵素消化に供してもよい。好ましくは、標準化用試料の一部と検量用試料との混合物、および、標準化用試料の他の一部と分析用試料との混合物、に対して酵素消化を行う(そして、酵素消化を行った各混合物を別々に濃度決定工程(質量分析)に供する)。後述の濃度決定工程でピークを比較するペプチド同士を一緒に消化させれば、消化処理の条件を合わせることができるため、より精度の高いタンパク質定量を実現することができるからである。また、容器への吸着などによるロスによって生じる誤差を抑えることができるからである。さらに、全て一緒に酵素消化に供さない限りにおいて、分析用試料中に定量用配列と同一の配列を有するペプチドが含まれているか否かの確認が不要となるからである。
消化工程において、標準化用試料に含まれる標準化用ペプチドは酵素消化部位で切断される。そのため、標準化用ペプチドからは、精製用配列からなるペプチド断片(精製用配列中にも酵素消化部位が存在する場合は、精製用配列が酵素消化部位で切断されたペプチド断片)、定量用配列からなるペプチド断片、および標的配列からなるペプチド断片が生成する。特にこれに限定されないが、設計上好ましい一態様において、定量用配列からなるペプチド断片および標的配列からなるペプチド断片は、N末端またはC末端のみに同位体標識されたアミノ酸を含んでいる。
検量用試料に含まれる検量用ペプチドからは、同位体標識されたアミノ酸を含んでいない定量用配列からなるペプチド断片が生成する。分析用試料に含まれる目的タンパク質からは、同位体標識されたアミノ酸を含んでいない標的配列からなるペプチド断片が生成する。
(濃度決定工程)
濃度決定工程は、消化工程で得られた消化物の質量分析を行い、検量用試料における定量用配列に由来するピークの強度と、標準化用試料における定量用配列に由来するピークの強度とを比較するとともに、標準化用試料における標的配列(目的タンパク質の部分配列)に由来するピークの強度と、分析用試料における標的配列に対応する配列に由来するピークの強度とを比較して、分析用試料に含まれている目的タンパク質の濃度を決定する工程である。
質量分析は、公知の質量分析装置を用いて行うことができる。
標準化用試料の消化物、検量用試料の消化物および分析用試料の消化物は、別々に質量分析を行ってもよいし、全て一緒に質量分析を行ってもよい。好ましくは、1)消化工程で得られた標準化用試料の消化物の一部と消化工程で得られた検量用試料の消化物との混合物、および、2)消化工程で得られた標準化用試料の消化物の他の一部と分析用試料の消化物との混合物、に対して行う。濃度決定工程でピークを比較する消化物同士を一緒に質量分析にかければ、質量分析の条件を合わせることができるため、より精度の高いタンパク質定量を実現することができるからである。また、全て一緒に質量分析を行わない限りにおいて、分析用試料中に定量用配列と同一の配列を有するペプチドが含まれているか否かの確認が不要となるからである。
ここで、検量用試料における定量用配列からなるペプチド断片は同位体標識されたアミノ酸を含んでいない一方、標準化用試料における定量用配列からなるペプチド断片は同位体標識されたアミノ酸を含んでいる。そのため、両ペプチド断片は質量が互いに異なり、質量分析で得られるピークの位置がシフトする。したがって、標準化用試料の消化物と検量用試料の消化物とを一緒に質量分析を行っても、各ピークが何れに由来するかを容易に区別できる。そして、検量用試料における定量用配列に由来するピークの強度と、標準化用試料における定量用配列に由来するピークの強度とを比較すれば、検量用試料における定量用配列からなるペプチド断片と標準化用試料における定量用配列からなるペプチド断片との量比が求められる。検量用ペプチドの濃度は既知であるため、この量比から標準化用試料における定量用配列からなるペプチド断片の濃度が求められる。この濃度は、標準化用試料における標準化用ペプチドの濃度とみなすことができる。
分析用試料における標的配列からなるペプチド断片は同位体標識されたアミノ酸を含んでいない一方、標準化用試料における標的配列からなるペプチド断片は同位体標識されたアミノ酸を含んでいる。そのため、両ペプチド断片は質量が互いに異なり、質量分析で得られるピークの位置がシフトする。したがって、標準化用試料の消化物と分析用試料の消化物とを一緒に質量分析を行っても、各ピークが何れに由来するかを容易に区別できる。そして、分析用試料における標的配列に由来するピークの強度と、標準化用試料における標的配列に由来するピークの強度とを比較すれば、分析用試料における標的配列からなるペプチド断片と標準化用試料における標的配列からなるペプチド断片との量比が求められる。標準化用試料における標準化用ペプチドの濃度は上述のように求められているため、この量比から分析用試料における標的配列からなるペプチド断片の濃度が求められる。この濃度は、分析用試料における目的タンパク質の濃度とみなすことができる。
このようにして、分析用試料に含まれている目的タンパク質を定量することができる。
(一実施形態)
消化酵素としてトリプシンを用いる場合について説明する。
トリプシンはペプチド中のアルギニンおよびリジンのC末端側のペプチド結合を特異的に切断する。そのため、標準化用ペプチドは、精製用配列と定量用配列と標的配列とが、アルギニンまたはリジンを介してタンデムに並んでいる。設計上好ましい一態様では、精製用配列、定量用配列、および標的配列は何れもC末端に同位体標識されたアルギニンまたはリジンを含む。このとき、各配列のC末端は、同じアミノ酸であっても、異なるアミノ酸であってもよい。
精製用配列は特に限定されず、上述の配列を用いることができる。精製用配列がFlag配列を含む場合、精製用配列はFlag配列と当該Flag配列のC末端に付加されたスペーサー配列とからなることが好ましい。Flag配列のC末端にスペーサー配列がある場合、トリプシンによる切断効率が向上し、より精度の高いタンパク質定量を実現することができるからである。スペーサー配列は、1個以上の中性アミノ酸とそのC末端側に付加されたアルギニンまたはリジンとからなることが好ましく、2個以上の中性アミノ酸とそのC末端側に付加されたアルギニンまたはリジンとからなることがより好ましく、4個以上の中性アミノ酸とそのC末端側に付加されたアルギニンまたはリジンとからなることがさらに好ましい。また、スペーサー配列は、20個以下の中性アミノ酸とそのC末端側に付加されたアルギニンまたはリジンとからなることが好ましい。中性アミノ酸は、具体的には、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、プロリン、セリン、スレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギンおよびグルタミンが挙げられる。なかでも、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、セリンおよびスレオニンが好ましく、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、セリンおよびスレオニンがより好ましく、ロイシンであることがさらに好ましい。中性アミノ酸が2個以上含まれる場合、2個以上の中性アミノ酸は、互いに同一のアミノ酸でも、異なるアミノ酸でもよい。スペーサー配列のC末端にあるアルギニンまたはリジンが、トリプシンによる消化を受ける部位となる。
定量用配列の設計上好ましい一態様では、そのC末端に同位体標識されたアルギニンまたはリジンを含む。定量用配列は、C末端のみに同位体標識されたアルギニンまたはリジンを含む(すなわち、C末端以外にアルギニンおよびリジンを含まない)ことが好ましい。より精度の高いタンパク質定量を実現することができるからである。検量用ペプチドとして、安価で入手しやすいウシ血清アルブミン(BSA)を用いる場合、定量用配列として、BSAのトリプシン消化ペプチドのうちの1つを用いる。定量用配列として好ましくは、Ala-Glu-Phe-Val-Glu-Val-Thr-Lys(配列番号1)、およびLeu-Val-Thr-Asp-Leu-Thr-Lys(配列番号2)である。この2つのペプチドは、(i)検出強度が大きい、(ii)メチオニン残基(酸化)、グルタミン残基(ピログルタミル化、脱アミド化)、アスパラギン残基(脱アミド化)などの、試料調製中または調製後に修飾を受けやすいアミノ酸を含まない、(iii)同じ配列を含む不完全消化物が同定されていない、(iv)BSAのタンパク質配列上で、ペプチドの直前または直後に切断部位(アルギニン残基またはリジン残基)が連続していない、からである。定量用ペプチドとしてより好ましくは、Leu-Val-Thr-Asp-Leu-Thr-Lys(配列番号2)である。トリプシンによる切断効率が高く、さらに精度の高いタンパク質定量を実現することができるからである(後述の実施例も参照)。
標的配列は、定量したいタンパク質をトリプシンで消化した際の消化物ペプチドのうちの1つと同一の配列である。標的配列の設計上好ましい一態様では、C末端に同位体標識されたアルギニンまたはリジンを含む。
トリプシンを用いる場合、消化工程における温度は、例えば、15〜40℃である。消化処理の時間は、例えば、1時間〜24時間である。トリプシンの濃度は、例えば、0.1ng/μl〜10ng/μlである。溶液のpHは、例えば、7〜9である。
〔本発明に係るタンパク質定量用キット〕
本発明に係るタンパク質定量用キットは、上述のタンパク質定量方法に用いるタンパク質定量用キットであって、精製用配列と定量用配列とが酵素消化部位を介してタンデムに並んでいるペプチドをコードする塩基配列を有する核酸を含む、タンパク質定量用キットである。
本発明に係るタンパク質定量用キットに含まれる核酸は、DNAまたはRNAまたはDNA-RNAのハイブリッドヌクレオチドであり得る。あるいはDNAとRNAのような異なる核酸が1本鎖に連結されたキメラ核酸も本発明における核酸に含まれる。一本鎖であってもよいし、二本鎖であってもよい。核酸は、目的とする遺伝情報が維持できる限り限定されない。核酸は、安定性の観点から、二本鎖のDNAであることが好ましい。核酸はプラスミドであることがより好ましい。プラスミドは環状または直鎖状の何れであってもよい。プラスミドは、市販のプラスミドに、精製用配列と定量用配列とが酵素消化部位を介してタンデムに並んでいるペプチドをコードする塩基配列を挿入して作製されたものであってもよい。市販のプラスミドとして、pURE1、pETベクターなどを用いることができる。
核酸は、精製用配列と定量用配列とが酵素消化部位を介してタンデムに並んでいるペプチドをコードする塩基配列を有する。精製用配列と定量用配列とは、何れがC末端側(上流)に配置されていてもよいが、精製用配列がC末端側に配置されていることが好ましい。精製用配列および定量用配列のうちN末端側にある配列が翻訳開始アミノ酸であるメチオニンを有していない場合、核酸は、その上流に開始コドンを有している必要がある。さらに、その上流にリボソーム結合部位(SD配列)を有していることが好ましい。また、核酸がDNAである場合は、さらにその上流にRNAポリメラーゼが結合するためのプロモーター配列を有していることが好ましい。プロモーター配列としては、T7プロモーター、T3プロモーター、およびSP6プロモーターなどが挙げられる。プロモーター配列は、用いる細胞またはin vitro翻訳系に応じて適宜選択し得る。一方、核酸は、精製用配列および定量用配列のうちC末端側にある配列の下流に終始コドンを有していることが好ましい。さらに、その下流にターミネーター配列を有していることが好ましい場合がある。
好ましい核酸の一例として、アミノ酸配列:Met-Flag配列-(中性アミノ酸)n-(Lys or Arg)-Leu-Val-Thr-Asp-Leu-Thr-Lys からなるペプチドをコードする塩基配列を有する核酸が挙げられる。なお、(中性アミノ酸)nは上記で説明したとおりである。具体的な核酸として、アミノ酸配列:Met-Asp-Tyr-Lys-Asp-Asp-Asp-Asp-Lys-Leu-Leu-Leu-Leu-Lys-Leu-Val-Thr-Asp-Leu-Thr-Lys(配列番号4)からなるペプチドをコードする塩基配列を有する核酸が挙げられる。
本発明のタンパク質定量用キットに含まれる核酸を鋳型として、例えば、5’側共通プライマーと任意の標的配列の情報を含む3’側プライマーとを用いてPCRを行うことで、精製用配列と定量用配列とがタンデムに並んでいる配列の下流に標的配列を挿入することができる(図1も参照)。この場合、3’側プライマーは挿入する箇所の上流の配列の一部と相補的な配列を含んでいる。このように、本発明のタンパク質定量用キットを用いれば、精製用配列と定量用配列と標的配列とが酵素消化部位を介してタンデムに並んでいるペプチドをコードする核酸を容易に作製することができる。したがって、タンパク質定量用キットは汎用性が高く、プライマーDNAを1本または2本用いるだけで、任意の標的配列を合成するための鋳型DNAを即座に作製することが可能であり、多種類のタンパク質またはペプチドの絶対定量を効率良く行うことが可能である。
本発明のタンパク質定量用キットはさらに、5’側共通プライマーまたは3’側共通プライマーを含んでいてもよい。本発明に係るタンパク質定量用キットはさらに、当該キットの使用法を記載した使用説明書を含んでいてもよい。
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
以下の実施例では、図1に示すように、翻訳開始アミノ酸であるメチオニンの下流に、精製用配列、定量用配列、標的配列をタンデムに並べた標準化用ペプチドを、安定同位体標識したアルギニンおよびリジンの存在下で合成し、精製した後トリプシン分解によって配列間の切断を行い、安定同位体標識されていない濃度既知の検量用ペプチドとの質量スペクトルのシグナル強度の比較から標準化用ペプチドの合成量を算出するとともに、標的サンプルと標的配列の質量スペクトルの比較によって標的サンプルの絶対定量を行うこととした。
精製用配列および定量用配列をコードする核酸配列を、PUREシステム発現ベクターの開始コドン下流に挿入したプラスミドを構築し、それを鋳型に標的配列をコードする核酸配列を含むプライマーDNAを用いた1段階または2段階のPCRを行うことによって、合成ペプチドに任意の標的配列を簡便に付加する方法を構築した。
〔実施例1:鋳型の構築〕
<1>
PUREシステム(文献:米国特許第7118883号明細書、特開2003-102495号公報、特開2008-271903号公報、Y. Shimizu et al., Nat. Biotechnol. (2001) vol.19, p.751-755)において、質量分析を行うためのペプチドを合成するための鋳型DNAを調製するために、3種類のプラスミドを構築した。
プライマーFlag_Fw(tatggactac aaggacgacg acgacaagg(配列番号5))およびプライマーFlag_Rv(gatcccttgt cgtcgtcgtc cttgtagtcc a(配列番号6))を用いて二重鎖を形成させ、プラスミドベクターpURE1(バイオコゥマー株式会社製)のNdeIおよびBamHIの間に挿入し、プラスミドpURE1_Flagとした。
プライマーLVTDLTK_Fw(tatggactac aaggacgacg acgacaagct gctgctgctg aagctggtta ctgacctgac taagg(配列番号7))およびプライマーLVTDLTK_Rv(gatcccttag tcaggtcagt aaccagcttc agcagcagca gcttgtcgtc gtcgtccttg tagtcca(配列番号8))を用いて二重鎖を形成させ、pURE1のNdeIおよびBamHIの間に挿入し、プラスミドpURE1_FlagLVTとした。
プライマーAEFVEVTK_Fw(tatggactac aaggacgacg acgacaagct gctgctgctg aaggctgagt ttgttgaggt tactaagg(配列番号9))およびプライマーAEFVEVTK_Rv(gatcccttag taacctcaac aaactcagcc ttcagcagca gcagcttgtc gtcgtcgtcc ttgtagtcca(配列番号10))を用いて二重鎖を形成させ、pURE1のNdeIおよびBamHIの間に挿入し、プラスミドpURE1_FlagAEFとした。
<2>
スペーサー配列の検討(実施例4)に用いるペプチド合成の鋳型の構築
プライマーL0clock_Rv(gatccttact taatcagaac gttaaactgg tccttgtcgt cgtcgtcctt gt(配列番号11))、プライマーL1Kclock_Rv(gatccttact taatcagaac gttaaactgg tccttcagct tgtcgtcgtc gtccttgt(配列番号12))、プライマーL2Kclock_Rv(gatccttact taatcagaac gttaaactgg tccttcagca gcttgtcgtc gtcgtccttg t(配列番号13))、プライマーL3Kclock_Rv(gatccttact taatcagaac gttaaactgg tccttcagca gcagcttgtc gtcgtcgtcc ttgt(配列番号14))、プライマーL4Kclock_Rv(gatccttact taatcagaac gttaaactgg tccttcagca gcagcagctt gtcgtcgtcg tccttgt(配列番号15))、プライマーL5Kclock_Rv(gatccttact taatcagaac gttaaactgg tccttcagca gcagcagcag cttgtcgtcg tcgtccttgt(配列番号16))を準備し、それぞれのプライマーおよびプライマーT7_Fw(gggcctaata cgactcacta tag(配列番号17))を用いて、プラスミドpURE1_Flagを鋳型としてPCRを行った。各反応産物をスペーサー配列の検討のためのペプチド合成の鋳型とした。
<3>
定量用配列の検討(実施例5)に用いるペプチド合成の鋳型の構築
プライマーLVTclock_Rv(gatccttact taatcagaac gttaaactgg tccttagtca ggtcagtaac cag(配列番号18))およびプライマーT7_Fwを用いて、プラスミドpURE1_FlagLVTを鋳型にPCRを行った。また、プライマーAEFclock_Rv(gatccttact taatcagaac gttaaactgg tccttagtaa cctcaacaaa ctca(配列番号19))およびプライマーT7_Fwを用いて、プラスミドpURE1_FlagAEFを鋳型にPCRを行った。反各反応産物を定量用配列の検討のためのペプチド合成の鋳型とした。
<4>
絶対定量の検討(実施例7)に用いるペプチド合成の鋳型の構築
プライマーLVTclock_RvおよびプライマーT7_Fwを用いてプラスミドpURE1_FlagLVTを鋳型にPCRを行った反応産物の他に、プライマーLVTper2_1stRv(agcaacctgg ttagaaatgt acagaatctt agtcaggtca gtaaccag(配列番号20))およびプライマーT7_Fwを用いてプラスミドpURE1_FlagLVTを鋳型にPCRを行った反応産物をさらに鋳型として用い、プライマーLVTper2_2ndRv(gatccttact tacagtgaaa aatagaagca acctggttag aaatgtac(配列番号21))およびプライマーT7_Fwを用いて二段階目のPCRを行った反応産物、プライマーLVTcry2_1stRv(gagtgtgaga gttctcagta acaacctcaa caccagcctc cttagtcagg tcagtaacca g(配列番号22))およびプライマーT7_Fwを用いてプラスミドpURE1_FlagLVTを鋳型にPCRを行った反応産物をさらに鋳型として用い、プライマーLVTcry2_2ndRv(gatccttaac ggtccaggtc gtacagagtg tgagagttct cagtaa(配列番号23))およびプライマーT7_Fwを用いて二段階目のPCRを行った反応産物をそれぞれPUREシステムによるペプチド合成の鋳型として用いた。
〔実施例2:PUREシステムを用いたペプチド合成および合成ペプチドの精製〕
実施例4〜7において、標準的なPUREシステムの反応液(30 μL)は、12 Unit Ribonuclease Inhibitor(タカラバイオ株式会社製)を加えた以外は、既報(Y. Shimizu and T. Ueda, Methods Mol. Biol. (2010) vol.607, p.11-21)と同様の方法で調製した。合成するペプチドに安定同位体標識を行う場合には、L-Lysine-13C6 hydrochlorideおよびL-Arginine-13C6,15N4hydrochloride(Thermoscientific社製)をL-LysineおよびL-Arginineの代替として反応液に加えた。PUREシステムの反応液にペプチド合成の鋳型として用いるPCR反応産物を1.5μL加え、37℃で30分間保温し、ペプチド合成を行った。
合成ペプチドの精製は、抗FLAG M2抗体磁気ビーズ(Sigma-Aldrich社製)を用いて行った。PUREシステム反応溶液に洗浄緩衝液WB(50 mM Tris、pH 8.0、150 mM NaCl)を等量(30 μL)加え、そこにWBで洗浄した磁気ビーズ(10 μL)をさらに加えて、室温で軽く振とうさせながら30分置き、合成ペプチドの磁気ビーズへの結合を行った。次いで、磁気ビーズを回収し、100 μLのWBで5回洗浄した後、20 μLの0.2%トリフルオロ酢酸を加え、合成ペプチドを磁気ビーズから解離させ、合成ペプチドの回収を行った。
〔実施例3:酵素消化および質量分析測定〕
実施例4〜7において、PUREシステムの合成産物の質量分析測定を行う場合は、PUREシステムで合成を行い、抗FLAG M2抗体磁気ビーズを用いて精製したペプチド溶液(20 μL)のうち1〜10 μLを取り、遠心濃縮装置によって乾燥させたものを用いた。PUREシステムの合成産物と検量用ペプチド(BSAまたは化学合成ペプチド)または標的サンプル(化学合成ペプチド)とについて同時に質量分析測定を行う場合は、安定同位体標識されたアミノ酸を含むPUREシステムで合成を行い、抗FLAG M2抗体磁気ビーズを用いて精製したペプチド溶液(20 μL)のうち1〜2 μLを取り、1〜2 pmolの化学合成ペプチドまたはウシ血清アルブミン(BSA protein assay standards,Thermo Scientific社製)と混合したものを用いた。
ペプチドまたはペプチドおよびタンパク質の混合物を200 mM 重炭酸アンモニウム溶液に溶かし、絶対定量を行う場合には、処理中の吸着を抑えるために5 pmolのパン酵母由来エノラーゼ(Sigma-Aldrich社製)のトリプシン消化物をさらに添加したものをトリプシンによるペプチドの消化に用いた。これらの溶液にトリプシン溶液を5 ng/μLになるように加え、室温で一晩静置することによってペプチドの消化を行った。絶対定量を行う場合は、消化前の溶液にリジルエンドペプチダーゼを5 ng/μlになるよう加え、室温で3時間静置した後、トリプシンを加えることとした。システイン残基を含むペプチドの絶対定量を行う場合は、これにTris(2-carboxyethyl)phosphine(TCEP)を10 mMになるよう加え、30分静置した後、ヨードアセトアミドを15 mMになるよう加え、暗所で30分静置し、還元アルキル化を行った。消化後または還元アルキル化を行った後、ギ酸を1%になるよう加え反応を止めた後、3MエムポアディスクC18オクタデシル(3M株式会社)を用いて脱塩を行った。
得られた消化物を再度遠心濃縮装置によって乾燥させ、5〜10 μLの2%アセトニトリル、0.1%トリフルオロ酢酸で溶かし、そのうちの1 μLを液体クロマトグラフィー質量分析にかけた。液体クロマトグラフィー質量分析には、ナノLCインターフェース(AMR株式会社)、nano-Advance UHPLC(Bruker Daltonics社製)、およびHTC-PALオートサンプラー(CTC Analytics社製)を備え付けたフーリエ変換-リニアイオントラップハイブリッド質量分析計(LTQ-Orbitrap Velos,Thermo Scientific社製)を使用した。ペプチド分離カラムについては、P2000マイクロピペットプラー(Sutter Instrument社製)を用いて、フューズドシリカキャピラリーチューブ,内径0.75 mm(ジーエルサイエンス株式会社)から長さ20 cmのニードルを作成し、それにLカラム2 C18樹脂,直径3 μm(化学物質評価研究機構)を充填したものを使用し、トラップカラムとしてL-column ODS,0.3 x 5 mm(化学物質評価研究機構)を使用した。液体クロマトグラフィーはA液(0.1% ギ酸溶液)およびB液(アセトニトリル+0.1% ギ酸溶液)を用いて、流速200 nL/分にて行った。サンプルをロードした後、0分から15分の間にB液の濃度を5%から45%まで直線的に上昇させることによってペプチドを分離し、溶出したペプチドをエレクトロスプレーイオン化法によってスプレー電圧2000Vにてイオン化し、質量分析を行った。MSスペクトルの測定は、フーリエ変換型質量分析計を用いて、スキャンレンジ350-1800 m/z、400 m/zにおける分解能30000にて行った。MS/MSスペクトルの測定は、プレカーサーイオンを衝突誘起解離(CID)によって開裂させた後に、イオントラップ型質量分析計を用いて行った。得られたMSデータからのペプチドの同定にはMascot v2.3(マトリックスサイエンス株式会社)を用いた検索を行った。得られたMSデータからのペプチドの定量は、Thermo Xcalibur v2.1(Thermo Scientific社製)を用いてペプチドのモノアイソトピックイオンのm/z(±5 ppm以内)の抽出イオンクロマトグラムを作成し、そのピーク面積を求めることによって行った。
〔実施例4:スペーサー配列の検討〕
PUREシステムによって合成されたペプチドを用いて分析用試料の絶対定量を高精度に行うためには、PUREシステムによって得られた合成ペプチドのトリプシンによる消化を100%に近い効率で行い、精製用配列、定量用配列、および標的配列を個々の分子に分離することが好ましい。しかしながら、酸性アミノ酸であるアスパラギン酸を多数含む精製配列であるFlag配列(アミノ酸配列:DYKDDDDK(配列番号3))のC末端においては、トリプシンによる切断が効果的に行われないことを見出した(表1)。そこで、Flag配列の下流にスペーサー配列を設け、切断効率の向上を試みた。1〜5個のロイシン残基とリジン残基とからなるスペーサー配列を導入したペプチドをPUREシステムによって合成し、精製を行い、合成ペプチドに対してトリプシン消化を行った。
その結果、ロイシン残基を2個以上導入することによってトリプシンによる消化の効率が著しく向上することが明らかとなった。さらに、ロイシン残基を4個以上導入することによってトリプシンによる消化の効率がより著しく向上することが明らかとなった(表1)。
Figure 2014102102
〔実施例5:定量用配列の検討〕
PUREシステムで合成されたペプチドの定量を簡便に行うための定量用配列の検討を行った。定量用配列には、安価で入手しやすいウシ血清アルブミン(BSA)由来の配列を用いることとした。BSAのトリプシン消化物(Bruker Daltonics社製)を液体クロマトグラフィー質量分析にかけ、37種類のペプチドを同定した。それらのうち、(i)検出強度が大きい、(ii)メチオニン残基(酸化)、グルタミン残基(ピログルタミル化、脱アミド化)、アスパラギン残基(脱アミド化)などの試料調製中また調製後に修飾の受けやすいアミノ酸を含まない、(iii)同じ配列を含む不完全消化物が同定されていない、(iv)タンパク質配列上で、ペプチドの直前または直後に切断部位(アルギニン残基またはリジン残基)が連続して存在しない、という4つの条件を満たす2種類の配列、定量用配列1(アミノ酸配列:AEFVEVTK(配列番号1))および定量用配列2(アミノ酸配列:LVTDLTK(配列番号2))を定量用配列の候補として選択した。
これらの配列を精製用配列であるFlag配列の下流に存在するスペーサー配列の下流に導入し、さらにその下流に標的配列として用いた標的配列1(アミノ酸配列:DQFNVLIK(配列番号30))を導入したペプチドを調製した。これらのペプチドをトリプシンによって消化した後、液体クロマトグラフィー質量分析を行い、完全消化された定量用配列1または定量用配列2の検出強度に対する、未消化のペプチド(アミノ酸配列:AEFVEVTKDQFNVLIK(配列番号31)またはLVTDLTKDQFNVLIK(配列番号32))の検出強度の比を求めた(図2)。
その結果、定量用配列2を導入した場合の方が、定量用配列1を導入した場合よりも、より切断効率が高いことがわかった。
〔実施例6:検量用ペプチドの検討〕
定量用配列を利用したPUREシステム合成産物の定量に用いるための検量用ペプチドを検討した。
化学合成した定量用配列2からなるペプチド(化学合成ペプチド)、またはBSAタンパク質をPUREシステム合成産物の定量に用いるための検量用ペプチドの候補として用い、PUREシステム合成産物(アミノ酸配列:MDYKDDDDKLLLLKLVTDLTK(配列番号4))の定量を試みた。用いた化学合成ペプチドおよびBSAタンパク質は何れも濃度既知である。検量用ペプチドの候補をそれぞれ、PUREシステム合成産物と共にトリプシンで消化し、液体クロマトグラフィー質量分析を行った。定量用配列2からなるペプチド消化物の質量シグナルを定量に用いた。
その結果、何れのサンプルを検量用ペプチドとして用いた場合においても、検量用ペプチド由来のペプチドの質量シグナル(m/z: 395.2400(理論値))およびPUREシステムで合成された安定同位体標識を含むペプチド由来の質量シグナル(m/z: 398.2501(理論値))が検出された(図3の(A))。さらに、検量用ペプチドとして用いた化学合成ペプチドまたはBSAタンパク質の濃度からPUREシステムで合成されたペプチドの定量を行ったところ、両者の定量結果はほぼ一致した(図3の(B))。このことは、化学合成によって調製したペプチドおよびBSAタンパク質の何れを検量用ペプチドとして用いても、PUREシステムで合成されたペプチドを正確に定量できることを示唆している。
〔実施例7:絶対定量の検討〕
標的配列として、標的配列1、標的配列2(アミノ酸配列:ILYISNQVASIFHCK(配列番号33))、または標的配列3(アミノ酸配列:EAGVEVVTENSHTLYDLDR(配列番号34))をFlag配列とスペーサー配列と定量用配列2とを有する配列(アミノ酸配列:MDYKDDDDKLLLLKLVTDLTK(配列番号4))の下流に付加したペプチドを、安定同位体標識されたアルギニンおよびリジンの存在下、PUREシステムによって合成した。これらのペプチドをトリプシンで消化することによって生じた定量用配列2および標的配列1または標的配列2または標的配列3を、同一の配列を有する濃度既知の化学合成ペプチドと共に、液体クロマトグラフィー質量分析にかけ、質量スペクトルにおける検出強度を比較した。この検出強度比から、PUREシステムで合成されたペプチドにおける定量用配列2に対する標的配列の量比を算出した。
その結果、PUREシステムで合成されたペプチドにおける定量用配列2に対する標的配列の量比はそれぞれ、標的配列1:1.04、標的配列2:1.28、標的配列3:1.10となり、それぞれ1に近くなることが確認された(図4)。これらの結果から、PUREシステムによる合成産物および濃度既知の定量用配列を用いて質量分析を行うことによって、目的タンパク質の絶対定量を高精度で行うことができることが強く示唆された。
〔結論〕
本発明は質量分析測定を用いたタンパク質またはペプチドの絶対定量を簡便に行うことを目的としており、実施例1〜7において、本発明によって構築された一連の方法がタンパク質またはペプチドの絶対定量を行うための強力なプラットフォームとなり得ることを示した。タンパク質またはペプチドの絶対定量を効果的に行うために最適化されたプラスミドベクターの構築によって、プライマーDNAを1本または2本用いるだけで、PUREシステムにおいて任意の標的配列を合成するための鋳型DNAを即座に作製することが可能であり、これをPUREシステムにおいて用いることによって他種類のペプチドの並列合成を行い、他種類のタンパク質またはペプチドの絶対定量を効率良く行うことが可能である。さらに、安定同位体標識されたアミノ酸のPUREシステムにおける濃度は100μMと低濃度であり、多品種のペプチドを低コストにて効率良く合成することが可能であることが示された。また、PUREシステムにおいては、有機化学合成を用いた方法では難度の高いシステインが含まれるペプチドの合成を簡便に行うことが可能であるため、絶対定量を行うことのできるタンパク質またはペプチドの多様性を向上させることが可能である。
本発明は、分析用試料に含まれる目的タンパク質の絶対定量をより精度よく行うために利用することができる。特に、本発明によるタンパク質定量方法は、細胞内外の多品種のタンパク質またはペプチドの定量を効率よく行うための基盤技術として有用である。これにより、細胞内外のタンパク質動態および代謝経路などを定量的に観察し、把握するための方法論について新しい方向性を示すものである。

Claims (14)

  1. 分析用試料に含まれている目的タンパク質を定量するタンパク質定量方法であって、
    精製用配列と定量用配列と目的タンパク質の部分配列とが酵素消化部位を介してタンデムに並んでいるペプチドであって、定量用配列および目的タンパク質の部分配列が同位体標識されたアミノ酸を含んでいるものを、細胞またはin vitro翻訳系を用いて合成する合成工程と、
    上記合成工程において合成された上記ペプチドを、上記精製用配列を用いて回収する回収工程と、
    上記回収工程において回収した上記ペプチドを含む標準化用試料、上記定量用配列を含む同位体標識されていない検量用ペプチドを既知の濃度で含む検量用試料、および、目的タンパク質を含む上記分析用試料を酵素消化に供する消化工程と、
    上記消化工程で得られた消化物の質量分析を行い、上記検量用試料における上記定量用配列に由来するピークの強度と、上記標準化用試料における上記定量用配列に由来するピークの強度とを比較するとともに、上記標準化用試料における上記目的タンパク質の部分配列に由来するピークの強度と、上記分析用試料における当該部分配列に対応する配列に由来するピークの強度とを比較して、当該分析用試料に含まれている上記目的タンパク質の濃度を決定する濃度決定工程とを含む、タンパク質定量方法。
  2. 上記合成工程は、再構成型のin vitro翻訳系を用いる、請求項1に記載のタンパク質定量方法。
  3. 上記質量分析は、
    1)上記消化工程で得られた標準化用試料の消化物の一部と上記消化工程で得られた検量用試料の消化物との混合物、および、2)上記消化工程で得られた標準化用試料の消化物の他の一部と上記分析用試料の消化物との混合物、に対して行われる、請求項1または2に記載のタンパク質定量方法。
  4. 上記消化工程は、
    1)上記標準化用試料の一部と上記検量用試料との混合物、および、2)上記標準化用試料の他の一部と上記分析用試料との混合物、に対して行われる、請求項3に記載のタンパク質定量方法。
  5. 上記合成工程は、上記精製用配列、定量用配列および目的タンパク質の部分配列が何れもC末端に同位体標識されたアルギニンまたはリジンを含んでいるペプチドを合成するものであり、
    上記消化工程は、トリプシンを用いて酵素消化を行う、請求項1〜4の何れか1項に記載のタンパク質定量方法。
  6. 上記精製用配列は、Flag配列を含む、請求項1〜5の何れか1項に記載のタンパク質定量方法。
  7. 上記精製用配列は、Flag配列と当該Flag配列のC末端に付加されたスペーサー配列とからなる、請求項6に記載のタンパク質定量方法。
  8. 上記スペーサー配列は、4個以上の中性アミノ酸とそのC末端側に付加されたアルギニンまたはリジンとからなる、請求項7に記載のタンパク質定量方法。
  9. 上記中性アミノ酸は、ロイシンである、請求項8に記載のタンパク質定量方法。
  10. 上記定量用配列は、Ala-Glu-Phe-Val-Glu-Val-Thr-Lys(配列番号1)、またはLeu-Val-Thr-Asp-Leu-Thr-Lys(配列番号2)である、請求項1〜9の何れか1項に記載のタンパク質定量方法。
  11. 上記定量用配列は、Leu-Val-Thr-Asp-Leu-Thr-Lys(配列番号2)である、請求項1〜10の何れか1項に記載のタンパク質定量方法。
  12. 上記検量用ペプチドは、ウシ血清アルブミンの全長である、請求項10または11に記載のタンパク質定量方法。
  13. 上記再構成型のin vitro翻訳系は、PUREシステムである、請求項2に記載のタンパク質定量方法。
  14. 請求項1〜13の何れか1項に記載のタンパク質定量方法に用いるタンパク質定量用キットであって、
    上記精製用配列と上記定量用配列とが酵素消化部位を介してタンデムに並んでいるペプチドをコードする塩基配列を有する核酸を含む、タンパク質定量用キット。
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