JP2014005521A - 熱間プレス鋼板部材およびその製造方法ならびに熱間プレス用鋼板 - Google Patents

熱間プレス鋼板部材およびその製造方法ならびに熱間プレス用鋼板 Download PDF

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Abstract

【課題】熱間プレス後、延性に優れた、引張強度が980MPa以上の熱間プレス部材を安定して製造する。
【解決手段】C:0.10%以上0.24%以下、Si:0.001%以上2.0%以下、Mn:1.2%以上2.3%以下、P:0.05%以下、S:0.01%以下、sol.Al:0.001%以上1.0%以下、Ti:0.060%以上0.20%以下、およびN:0.01%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有する鋼材を、Ac3点以上(Ac3点+100℃)以下の温度域に保持した後に、600℃以上750℃以下の温度域における平均冷却速度が3℃/秒以上200℃/秒以下、フェライトの析出開始温度が600℃以上750℃以下、および、150℃以上600℃以下の温度域における平均冷却速度が10℃/秒以上500℃/秒以下で冷却し、引張強度(TS)が980MPa以上である熱間プレス鋼板部材を製造する。
【選択図】図1

Description

本発明は、熱間プレス鋼板部材およびその製造方法ならびに熱間プレス用鋼板に関する。
近年、自動車の軽量化のため、車体に使用する鋼材の高強度化を図り、使用重量を減ずる努力が進められている。自動車に広く使用される薄鋼板においては、鋼板強度の増加に伴い、プレス成形性が低下し、複雑な形状を製造することが困難になる。具体的には、延性が低下し、加工度が高い部位で破断が生じる、あるいは、スプリングバックや壁反りが大きくなり、寸法精度が劣化する、といった問題が発生する。したがって、高強度、特に980MPa級以上の引張強度を有する鋼板を用いて、プレス成形により部品を製造することは容易ではない。プレス成形ではなく、ロール成形によれば、高強度の鋼板を加工できるが、長手方向に一様な断面を有する部品にしか適用できない。
一方、特許文献1に示されているように、加熱した鋼板をプレス成形する熱間プレスと呼ばれる方法では、鋼板が高温で軟質、高延性になっているため、複雑な形状を寸法精度よく成形することが可能である。さらに、鋼板をオーステナイト単相域に加熱しておき、金型内で急冷(焼入れ)することによって、マルテンサイト変態による部材の高強度化が同時に達成できる。したがって、このような熱間プレス法は、部材の高強度化と鋼板の成形性とを同時に確保できる優れた成形方法である。
また、特許文献2には、室温で予め所定の形状に成形後、オーステナイト域に加熱し、金型内で急冷することによって、部材の高強度化を達成する予プレスクエンチ法が開示されている。このような熱間プレスの一態様である予プレスクエンチ法は、金型により部材を拘束して熱歪による変形を抑制することができるので、部材の高強度化と高い寸法精度とを同時に確保することができる優れた成形方法である。
しかし、近年に至っては、熱間プレス鋼板部材には延性も求められるようになってきており、鋼組織が実質的にマルテンサイト単相である、特許文献1や特許文献2に代表される従来技術では、斯かる要求に応えることができないという問題が生じている。
ところで、特許文献3には、鋼板をフェライトとオーステナイトの二相温度域に加熱しておき、さらに、二相組織を保ったままプレスし、金型内で急冷することによって、フェライトとマルテンサイトの二相組織による高強度かつ延性に優れるとされる熱間プレス鋼板部材が開示されている。しかし、このような二相加熱による部材の組織制御法は、熱間プレスに供する鋼板の初期組織の影響を強く受けるため、安定した引張強度と延性を確保することが極めて困難となる。したがって、特許文献3により開示された技術を量産技術へ適用することは現実的でない。
特許文献4には、C含有量を0.1%以下に制限した鋼板をオーステナイト単相域に加熱し、熱間プレスし、冷却することによって、フェライトとマルテンサイトを含む複相組織による延性に優れるとされる熱間プレス鋼板部材が開示されている。しかし、実施例の記載等から明らかなように、C含有量を0.1%以下に制限しているため、所望の組織が得られたとしても、部材の引張強度は高々700MPaであり、自動車の軽量化に寄与する十分な強度を有していない。
一方、特許文献5には、多量のCrを添加した鋼板をオーステナイト単相域に加熱し、プレス前後に、オーステナイトの一部をフェライト変態させ、組織が複相、特に、フェライトとマルテンサイトの二相であり、引張強度が980MPa以上であり、延性に優れる熱間プレス鋼板部材が開示されている。
英国特許第1490535号明細書 特開平10−96031号公報 特開2010−65293号公報 特表2010−521584号公報 特開2010−131672号公報
特許文献5に開示された、オーステナイト単相域に加熱した後に二相組織に制御する熱間プレス法は、部材の高強度化と成形性とを確保するだけでなく、安定した引張強度と延性とを確保することができる極めて優れた成形方法である。
しかし、特許文献5に開示された技術は、加熱時間の長時間化と製造工程数の増加とを招くものであり、量産技術として適していないことが、本発明者らの検討によって判明した。
すなわち、特許文献5に開示されたようなCrを多量に添加した鋼を使用すると、鋼中に形成されたセメンタイトやM23等の炭化物が加熱中に固溶し難くなるため、安定した機械特性を確保するには長時間の加熱が必要となる。
さらに、特許文献5に開示されたようなTi含有量が低い鋼を使用すると、フェライト変態に要する時間が長くなるため、加熱後の空冷だけで組織制御することは不可能であり、オーステナイト単相域に加熱した後に二相組織を形成させるために長時間保持するといった製造工程が新たに必要となるのである。
したがって、特許文献5に開示された技術は、熱間プレス鋼板部材の製造コストの増加を招くだけでなく、著しく生産性を阻害する方法であり、量産技術としては適していない。
このように、熱間プレス後に980MPa以上の引張強度を有し、延性に優れる部材を提供する量産技術は未だ確立されていない。
本発明の目的は、上述したように従来は量産することが不可能であった、熱間プレス後、延性に優れた、引張強度が980MPa以上の熱間プレス部材を安定して製造することを可能にする熱間プレス用鋼板、それにより得られる熱間プレス鋼板部材、ならびにその製造方法を提供することである。
ここで、「延性に優れた」とは、引張試験における全伸び(El)が10%以上である機械特性を有することをいう。全伸び(El)は14%以上であることが好ましい。
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行い、熱間プレス用鋼板の化学組成について、特定のCとMn含有量に対して、さらに、Ti含有量を限られた範囲に制御するとともに、その化学組成の鋼に対する最適な熱間プレスの熱処理条件を適用した。その結果、図1に示すように、従来の熱間プレス鋼板部材と異なり、マルテンサイトの母相に対し、フェライトがネットワーク状に析出することによって、金属組織が所望の組織になり、従来の技術では製造することが実質的に不可能であった、引張強度が980MPa以上であり、優れた延性も有する熱間プレス鋼板部材を安定して製造できるという新知見を得た。本発明は上記新知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
(1)質量%で、C:0.10%以上0.24%以下、Si:0.001%以上2.0%以下、Mn:1.2%以上2.3%以下、P:0.05%以下、S:0.01%以下、sol.Al:0.001%以上1.0%以下、Ti:0.060%以上0.20%以下、およびN:0.01%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、面積%で、フェライト:10%以上70%以下、マルテンサイト:30%以上90%以下、フェライトおよびマルテンサイトの合計面積率:90%以上である鋼組織を有し、引張強度(TS)が980MPa以上である機械特性を有することを特徴とする、熱間プレス鋼板部材。
(2)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.20%以下、V:0.20%以下、Cr:1.0%以下、Mo:0.15%以下、Cu:1.0%以下およびNi:1.0%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上をさらに含有する、(1)項に記載の熱間プレス鋼板部材。
(3)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下、REM:0.01%以下およびZr:0.01%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上をさらに含有する、(1)項または(2)項に記載の熱間プレス鋼板部材。
(4)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.005%以下を含有する、(1)項から(3)項までのいずれか1項に記載の熱間プレス鋼板部材。
(5)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Bi:0.01%以下を含有する、(1)項から(4)項までのいずれか1項に記載の熱間プレス鋼板部材。
(6)(1)項から(5)項までのいずれか1項に記載の化学組成を有する鋼板であって、(1)項から(5)項のいずれか1項に記載の熱間プレス鋼板部材の素材として用途に供されることを特徴とする、熱間プレス用鋼板。
(7)(1)項から(5)項までのいずれか1項に記載の化学組成を有する鋼材を、Ac点以上(Ac点+100℃)以下の温度域に1分間以上10分間以下保持した後に、600℃以上750℃以下の温度域における平均冷却速度が3℃/秒以上200℃/秒以下、フェライトの析出開始温度が600℃以上750℃以下、および、150℃以上600℃以下の温度域における平均冷却速度が10℃/秒以上500℃/秒以下である冷却条件で冷却することを特徴とする、熱間プレス鋼板部材の製造方法。
本発明により、生産性を阻害することのない量産技術に基づき、熱間プレスのままで、延性に優れた、引張強度が980MPa以上の熱間プレス部材を作製できる熱間プレス用鋼板の実用化が初めて可能になるという、技術的に価値ある効果が達成される。
図1は、本発明に係る熱間プレス鋼板部材の鋼組織を示す金属組織写真である。
本発明において上記の各範囲に限定した理由を説明する。
1.化学組成
はじめに、本発明に係る熱間プレス鋼板部材(以下、単に「鋼板部材」ともいう。)および熱間プレス用鋼板の化学組成を上述のように規定した理由を説明する。以下の説明において、各合金元素の含有量を表す「%」は、特に断りがない限り質量%を意味する。
(C:0.10%以上0.24%以下)
Cは、鋼の焼入れ性を高め、かつ焼入れ後の強度を主に決定する、非常に重要な元素である。C含有量が0.10%未満では焼入れ後の強度で980MPa以上の引張強度を確保することが困難となる。したがって、C含有量は0.10%以上とする。一方、C含有量が0.24%超では、焼入れ後の組織がマルテンサイト単相となり、延性の劣化が顕著となる。したがって、C含有量は0.24%以下とする。溶接性の観点からはC含有量を0.21%以下とすることが好ましい。さらに好ましくは0.18%以下である。
(Si:0.001%以上2.0%以下)
Siは、鋼の延性をさほど劣化させることなく、あるいは、延性を向上させて、焼入れ後の強度を高める作用を有する元素である。Si含有量が0.001%未満では上記作用による効果を得ることが困難である。したがって、Si含有量は0.001%以上とする。なお、Si含有量を0.05%以上にすると、延性がさらに向上する。したがって、Si含有量は0.05%以上とすることが好ましい。また、溶接性を向上させる観点からはSi含有量を0.2%以上とすることが好ましい。一方、Si含有量が2.0%超では、上記作用による効果は飽和して経済的に不利となる上、めっき濡れ性の低下が著しくなり、不めっきが多発する。したがって、Si含有量は2.0%以下とする。また、熱間プレスの製造工程における加熱温度を下げ、製造コストを抑える観点からはSi含有量を0.6%以下にすることが好ましい。
(Mn:1.2%以上2.3%以下)
Mnは、鋼の焼入れ性を高め、かつ焼入れ後の強度を安定して確保するために、非常に効果のある元素である。しかし、Mn含有量が1.2%未満では、その効果が十分でないだけでなく、焼入れ後の強度で980MPa以上の引張強度を確保することが非常に困難となる。したがって、Mn含有量は1.2%以上とする。なお、Mn含有量を1.4%以上にすると、熱間プレスの製造工程における加熱温度を860℃以下とすることが可能となり、これにより、加熱炉の損傷を抑制するとともに生産性を向上させることが可能となる。このため、Mn含有量は1.4%以上とすることが好ましい。一方、Mn含有量が2.3%超では、焼入れ後の組織がマルテンサイト単相となり、延性の劣化が顕著となる。したがって、Mn含有量は2.3%以下とする。なお、曲げ性の観点からは、焼入れ後の組織がMn偏析による顕著なバンド状にならないようことが重要であるので、Mn含有量を2.2%以下とすることが好ましい。さらに好ましくは2.1%以下である。
(P:0.05%以下)
Pは、一般には鋼に不可避的に含有される不純物であるが、固溶強化により鋼の強度を高める作用を有するので積極的に含有させてもよい。しかし、P含有量が0.05%超では溶接性の劣化が著しくなる。したがって、P含有量は0.05%以下とする。P含有量は好ましくは0.018%以下である。上記作用による効果をより確実に得るには、P含有量を0.003%以上とすることが好ましい。
(S:0.01%以下)
Sは、鋼に不可避的に含有される不純物であり、溶接性の観点からは低いほど好ましい。S含有量が0.01%超では溶接性の低下が著しくなる。また、後述するようなTi含有量で組織が複相の場合、Ti系の硫化物が析出することによって、靭性の劣化が顕著となる。したがって、S含有量は0.01%以下とする。S含有量は好ましくは0.003%以下、さらに好ましくは0.0015%以下である。
(sol.Al:0.001%以上1.0%以下)
Alは、鋼を脱酸して鋼材を健全化する作用を有する元素であり、また、Ti等の炭窒化物形成元素の歩留まりを向上させる作用を有する元素でもある。sol.Al含有量が0.001%未満では上記作用による効果を得ることが困難となる。したがって、sol.Al含有量は0.001%以上とする。好ましくは0.015%以上である。一方、sol.Al含有量が1.0%超では、溶接性の低下が著しくなるとともに、酸化物系介在物が増加して表面性状の劣化が著しくなる。したがって、sol.Al含有量は1.0%以下とする。好ましくは0.080%以下である。
(Ti:0.060%以上0.20%以下)
Tiは、本発明において重要な元素であり、鋼中に炭化物、窒化物、または炭窒化物である微細な析出物を形成し、組織を微細化するとともに、適切な量のTiを含有させることによって、フェライト変態を著しく加速することが可能となり、鋼の延性を著しく向上させる。そして、C含有量およびMn含有量を厳格に規定し、さらに、後述するような熱間プレス条件を組み合わせることによって、980MPa以上の引張強度を有しながら優れた延性を有する熱間プレス鋼板部材を得ることが可能となる。Ti含有量が0.060%未満では、フェライト変態の促進が十分でなく、焼入れ後の組織がマルテンサイト単相になりやすくなり、延性を向上させることが困難である。したがって、Ti含有量は0.060%以上とする。好ましくは0.075%以上である。一方、Ti含有量が0.20%超では、鋳造時および熱間圧延時に粗大な炭窒化物が形成されてしまい、靭性の劣化が顕著となる。したがって、Ti含有量は0.20%以下とする。好ましくは0.18%以下、さらに好ましくは0.15%以下である。
(N:0.01%以下)
Nは、鋼に不可避的に含有される不純物であり、溶接性の観点からは低いほど好ましい。N含有量が0.01%超では溶接性の低下が著しくなる。したがって、N含有量は0.01%以下とする。好ましくは0.006%以下である。
(Nb:0.20%以下、V:0.20%以下、Cr:1.0%以下、Mo:0.15%以下、Cu:1.0%以下およびNi:1.0%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上)
これらの元素は、いずれも鋼の焼入れ性を高め、かつ焼入れ後強度を安定して確保するために効果のある元素である。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させてもよい。しかし、NbおよびVについては、それぞれ0.20%を超えて含有させると、熱間圧延および冷間圧延が困難になるだけでなく、焼入れ後の組織がマルテンサイト単相になりやすくなり、延性の劣化が顕著となる。また、Crについては、1.0%を超えると、逆に安定した強度確保が困難になる。Moについては、0.15%を超えて含有させると、焼入れ後の組織がマルテンサイト単相になりやすくなり、延性の劣化が顕著となる。そして、CuとNiはそれぞれ1.0%を超えて含有させても、上記効果は飽和して経済的に不利となるうえに、熱間圧延や冷間圧延が困難となる。なお、上記効果をより確実に得るには、Nb:0.003%以上、V:0.003%以上、Cr:0.005%以上、Mo:0.005%以上、Cu:0.005%以上およびNi:0.005%以上の少なくとも一つを満足させることが好ましい。
(Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下、REM:0.01%以下およびZr:0.01%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上)
これらの元素は、いずれも鋼中の介在物制御、特に介在物の微細分散化に寄与し、靭性を高める作用を有する元素である。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させてもよい。しかし、いずれも0.01%を超えて含有させると、表面性状の劣化が顕在化する場合がある。したがって、各元素の含有量はそれぞれ上記のとおりとする。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、これらの元素の少なくとも一つの含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、上記REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。
(B:0.005%以下)
Bは、鋼の靭性を高める作用を有する元素である。したがって、Bを含有させてもよい。しかし、0.005%を超える量でBを含有させると、熱間加工性が劣化して、熱間圧延が困難になるだけでなく、焼入れ後の組織がマルテンサイト単相になり、延性の劣化が顕著となる。したがって、B含有量は0.005%以下とする。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、B含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。
(Bi:0.01%以下)
Biは、組織を均一にし、延性を一層高める作用を有する元素である。したがって、Biを含有させてもよい。しかし、0.01%を超える量でBiを含有させると、熱間加工性が劣化して、熱間圧延が困難になる。したがって、Bi含有量は0.01%以下とする。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、Bi含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。
2.鋼組織
次に、本発明に係る熱間プレス鋼板部材の鋼組織について説明する。
(フェライトの面積率:10%以上70%以下)
上記化学組成を有する鋼に後述するような条件で熱処理を施すことによって、微細なフェライトがネットワーク状に分布し、延性の向上に効果的な組織が得られる。フェライトの面積率が10%未満では、フェライトの殆どが孤立し、鋼の延性を向上させることができない。したがって、フェライトの面積率は10%以上とする。一方、フェライトの面積率が70%超では、強化相であるマルテンサイトの面積率を確保できなくなり、焼入れ後の強度で980MPa以上の引張強度を確保することが困難となる。したがって、フェライトの面積率は70%以下とする。
(マルテンサイトの面積率:30%以上90%以下)
マルテンサイトを鋼中に形成させることにより、焼入れ後の強度を高めることができる。マルテンサイトの面積率が30%未満では、焼入れ後の強度で980MPa以上の引張強度を確保することが困難となる。したがって、マルテンサイトの面積率は30%以上とする。一方、マルテンサイトの面積率が90%超では、フェライトの面積率が10%未満となり、上述したように、鋼の延性を向上させることができない。したがって、マルテンサイトの面積率は90%以下とする。
(フェライトおよびマルテンサイトの合計面積率:90%以上)
本発明に係る熱間プレス鋼板部材は、フェライトおよびマルテンサイトからなる組織を有すること基本とするが、製造条件によっては、フェライトおよびマルテンサイト以外の相または組織として、ベイナイト、残留オーステナイト、セメンタイトおよびパーライトの1種または2種以上が混入する場合がある。この場合、フェライトおよびマルテンサイト以外の相または組織が10%を超えると、これらの相または組織の影響により、目的とする特性が得られない場合がある。したがって、フェライトおよびマルテンサイト以外の相または組織の混入は10%以下とする。すなわち、フェライトおよびマルテンサイトの合計面積率は90%以上とする。
以上の鋼組織における各相の面積率の測定法は、当業者には周知であり、本発明においても常法により測定することができる。後に実施例において示すように、これらの面積率は圧延方向と圧延方向に垂直方向の両方向における断面において測定し、その平均値として求められる。
3.機械特性
本発明に係る熱間プレス鋼板部材は、自動車の軽量化に寄与する十分な強度として、980MPa以上の引張強度(TS)を有する。
4.製造方法
次に、上記の特徴を有する本発明に係る熱間プレス鋼板部材の好ましい製造方法について説明する。
引張強度が980MPa以上の強度下で優れた延性を確保するには、焼入れ後の組織を、マルテンサイト単相とするのではなく、フェライトの面積率が10%以上70%以下およびマルテンサイトの面積率が30%以上90%以下である複相組織とすることが肝要である。
このような組織を得るには、上記化学組成を有する鋼材を、Ac点以上(Ac点+100℃)以下の温度域に1分間以上10分間以下保持した後に、600℃以上750℃以下の温度域における平均冷却速度が3℃/秒以上200℃/秒以下、フェライトの析出開始温度が600℃以上750℃以下、および、150℃以上600℃以下の温度域における平均冷却速度が10℃/秒以上500℃/秒以下である冷却条件で冷却することが好ましい。
(熱間プレスに供する鋼材の加熱:Ac点以上(Ac点+100℃)以下の温度域に1分間以上10分間以下保持)
熱間プレスに供する鋼材の加熱は、下記実験式(i)により規定されるオーステナイト単相になるAc点(℃)以上(Ac点+100℃)以下の温度域に1分間以上10分間以下保持することにより行う。
Ac3=910-203×(C0.5)-15.2×Ni+44.7×Si+104×V+31.5×Mo-30×Mn-11×Cr-20×Cu+700×P+400×Al+50×Ti ・・・・(i)
ここで、上記式中における元素記号は、前記鋼板の化学組成における各元素の含有量(単位:質量%)を示す。
加熱温度がAc点未満では、鋼板部材の組織が不均質になり、鋼板部材の引張強度が安定せず、延性が劣化する場合がある。したがって、加熱温度は、Ac点以上とする。一方、加熱温度が(Ac点+100℃)超になると、オーステナイト粒界の安定性が高まり、フェライト変態を促進させる効果が消失し、焼入れ後の組織がマルテンサイト単相となり、延性の劣化が顕著となる。したがって、加熱温度は(Ac点+100℃)以下とする。なお、加熱炉の損傷を抑制するとともに生産性を向上させるためには、保持温度を860℃以下にすることが好ましく、そのためには、前述したように、鋼中のSiおよびMnの含有量を好ましい範囲にしなければならない。
保持時間が1分間未満では、加熱中に形成されるオーステナイト単相組織が不均一となり、安定した強度確保が困難になる。したがって、保持時間は1分間以上とする。一方、保持時間が10分間超では、生産性が低下するばかりか、フェライト変態が遅延化し、焼入れ後の組織がマルテンサイト単相となり、延性の劣化が顕著となる。したがって、保持時間は10分間以下とする。
Ac点以上(Ac点+100℃)以下の温度域までの加熱に際しての平均加熱速度は、0.2℃/秒以上100℃/秒以下とすることが好ましい。上記平均加熱速度を0.2℃/秒以上とすることにより、より高い生産性を確保することが可能となる。また、上記平均加熱速度を100℃/秒以下とすることにより、通常の炉を用いて加熱する場合において、加熱温度の制御が容易となる。もっとも、高周波加熱や通電加熱を用いる場合には、100℃/秒を上回る平均加熱速度であっても加熱温度の制御が容易であるので、上記平均加熱速度は100℃/秒超であっても構わない。なお、鋼板部材の組織のさらなる均一化を図ることにより鋼板部材の延性を一層向上させるには、700℃以上Ac点以下の温度域における平均加熱速度を1℃/秒以上10℃/秒以下とすることがさらに好ましい。
上記加熱の後、600℃以上750℃以下の温度域における平均冷却速度が3℃/秒以上200℃/秒以下、フェライトの析出開始温度が600℃以上750℃以下、および、150℃以上600℃以下の温度域における平均冷却速度が10℃/秒以上500℃/秒以下である冷却条件で冷却する。
ここで、フェライトの析出開始温度を600℃以上750℃以下とする冷却条件は、熱膨張曲線の解析により決定する。
(600℃以上750℃以下の温度域における平均冷却速度:3℃/秒以上200℃/秒以下)
600℃以上750℃以下の温度域における冷却は、フェライト変態とベイナイト変態とを制御して、目的とする鋼組織を確保するために重要である。
上記温度域における平均冷却速度が3℃/秒未満では、空冷、または、強制空冷のみによって温度制御することが困難となり、生産性を阻害する。また、フェライト変態が過度に進行してしまい、強化相であるマルテンサイトの面積率を確保できなくなり、焼入れ後において980MPa以上の引張強度を確保することが困難となる。したがって、上記温度域における平均冷却速度は3℃/秒以上とする。好ましくは6℃/秒以上である。一方、上記温度域における平均冷却速度が200℃/秒超では、所望のフェライト面積率を確保できず、延性が劣化する。したがって、上記温度域における平均冷却速度は200℃/秒以下とする。好ましくは60℃/秒以下である。
(フェライトの析出開始温度:600℃以上750℃以下)
フェライトの析出開始温度は、フェライトの性質を制御し、目的とする延性を確保するために重要である。
フェライトが750℃超で析出開始すると、フェライトが粗大化し、靭性が劣化する。したがって、フェライトの析出開始温度は750℃以下とする。一方、フェライトが600℃未満で析出開始すると、フェライトの転位密度が高くなり、延性が劣化する。したがって、フェライトの析出開始温度は600℃以上とする。
(150℃以上600℃以下の温度域における平均冷却速度:10℃/秒以上500℃/秒以下)
150℃以上600℃以下の温度域における冷却は拡散型変態が起きないように冷却する。
上記温度域における平均冷却速度が10℃/秒未満では、ベイナイト変態が過度に進行してしまい、強化相であるマルテンサイトの面積率を確保できなくなり、焼入れ後の強度で980MPa以上の引張強度を確保することが困難となる。したがって、上記温度域における平均冷却速度は10℃/秒以上とする。好ましくは15℃/秒以上である。一方、上記温度域における平均冷却速度を500℃/秒超とすることは通常の設備においては困難であるので、上記温度域における平均冷却速度は500℃/秒以下とする。したがって、上記温度域における平均冷却速度は500℃/秒以下とする。好ましくは200℃/秒以下である。
なお、600℃到達以降の冷却においては相変態による発熱が非常に大きくなるため、600℃以上における冷却方法と同じ冷却方法では十分な冷却速度が実現できない場合がある。このため、600℃までの冷却よりも600℃から150℃までの冷却を強く行う必要があり、具体的には以下に述べるようにすることが好ましい。熱間プレス法では、通常、常温または数10℃程度の鋼製金型により冷却が達成される。したがって、冷却速度を変化させるためには、金型寸法を変え熱容量を変化させればよい。また金型材質を異種金属(例えば銅など)に変えることでも冷却速度を変化させることができる。金型寸法を変えない場合、水冷型の金型を用いて冷却水量を変えることによっても、冷却速度を変えることができる。また、予め溝を数カ所切った金型を用い、プレス中にその溝に水を通すことによって冷却速度を変えたり、プレス途中でプレス機を上げ、その間に水を流したりすることでも、冷却速度を変えることができる。さらには、金型クリアランスを変え、鋼板との接触面積を変化させることでも冷却速度を変えることができる。例えば600℃前後で冷却速度を変える手段には、次のような手段が考えられる。
(1)600℃到達直後に、熱容量の異なる金型または室温状態の金型に移動させて、冷却速度を変える;
(2)水冷金型の場合、600℃到達直後に金型中の流水量を変化させて、冷却速度を変える;
(3)600℃到達直後に、金型と部材の間に水を流し、その水量を変化させることで、冷却速度を変える。
本発明における熱間プレス法における成形の形態は特に制限されないが、例示すれば、曲げ加工、絞り成形、張出し成形、穴拡げ成形、フランジ成形がある。目的とする熱間プレス鋼板部材の種類によって適宜選べばよい。熱間プレス鋼板部材の代表例として、自動車用補強部品であるドアガードバーやバンパーレインフォースメントなどを挙げることができる。また、成形と同時または直後に鋼板を冷却する手段を備えていれば、プレス以外の成形法、例えばロール成形に適用してもよい。
本発明に係る熱間プレス鋼板部材は延性をも確保することが特徴であるが、そのときの延性としては、引張試験における全伸びが10%以上であることが好ましい。さらに好ましくは、全伸びが14%以上である。
熱間プレス後は、通常、スケール除去目的でショットブラスト処理が施される。このショットブラスト処理には、表面に圧縮応力を導入する効果があるため、遅れ破壊が抑制され、また疲労強度が向上するという利点がある。
なお、予成形を伴わない熱間プレスにおいては、加熱の際にオーステナイト温度域に加熱し、オーステナイト変態をさせるため、加熱前の室温における機械的性質は重要ではなく、加熱前の鋼組織については特に規定しない。つまり、熱間プレス用鋼板としては、熱延鋼板、冷延鋼板(フルハード材、焼鈍材)、めっき鋼板のいずれを使用してもよく、その製造方法については特に限定はしない。例えばめっき鋼板には、アルミニウム系めっき鋼板や亜鉛系めっき鋼板等が挙げられる。
一方、予成形を伴う熱間プレスにおいては、熱間プレス用鋼板の種類やその組織は限定されないが、できるだけ軟質で延性のある鋼板であることが望ましい。例えば、TSとして700MPa以下程度が望ましい。熱延鋼板における熱延巻取温度は、軟質鋼板を得るために450℃以上とし、スケールロスを減らすために700℃以下とすることが好ましい。冷延鋼板においては、軟質鋼板を得るために焼鈍を施すことが好ましく、焼鈍温度は、Ac点温度以上900℃以下とすることが好ましい。また、焼鈍後の室温までの平均冷却速度は、上部臨界冷却速度以下であることが好ましい。
以下に本発明の実施例について説明する。
表1に示した化学組成を有する鋼板(板厚t:1.2mm)を素地鋼板とした。これらの鋼板は、実験室にて溶製したスラブを、熱間圧延、冷間圧延により製造した鋼板である。
さらに、めっきシミュレーターを用いて、鋼種No.1にはAlめっき(片面あたりのめっき付着量は120g/m)、No.2には溶融亜鉛めっき(片面あたりのめっき付着量は60g/m)を施した。さらに、No.2には合金化処理(めっき皮膜中のFe含有量は15質量%)を行った。めっきシミュレーターにおける焼鈍温度は、820℃であり、820℃から500℃までの平均冷却速度は5℃/秒あった。No.1、No.2以外の鋼板は、冷間圧延まま(フルハード)で以下の試験に供した。
これらの鋼板を、1.2t×100w×200L(mm)の寸法に切断し、表2の条件にて加熱、冷却した。また、鋼板に熱電対を貼付し、冷却速度の測定も行った。各種製造条件で得られた鋼板に対して、引張試験と金属組織観察を実施した。また、表2の条件における膨張率変化を解析することによって、それぞれの製造条件におけるフェライト析出開始温度を測定した。
本例において作製した鋼板は、金型による熱間プレスが施されていないが、熱間プレス鋼板部材と同じ熱履歴を受けているので、鋼板の機械的性質は、同じ熱履歴を有する熱間プレス鋼板部材と実質的に同一である。
(引張試験)
各鋼板から、圧延方向に対して直角方向を引張方向とするJIS5号引張試験片を採取し、TS(引張強度)およびEl(全伸び)を測定した。
(フェライトとマルテンサイトの面積率)
各鋼板の圧延方向および圧延方向に対して直角方向から試験片を採取し、圧延方向断面、圧延方向に対して直角方向断面の組織を電子顕微鏡で観察し、8mmの領域を写真撮影し、画像解析によりフェライトとマルテンサイトの面積率を調査した。
(試験結果の説明)
これらの結果を表3に示す。
なお、表1〜3において下線を付された数値は、その数値により示される含有量、条件、または機械特性が本発明の範囲外であることを示している。
表3における本発明例である供試材No.1、4、6、8、11、14、15、17、19、21、23、25および26は、本発明の条件を全て満足する本発明例の鋼板、すなわち、熱間プレス鋼板部材である。
一方、供試材No.2および3は、製造条件が発明で規定する範囲を外れ、所望の組織が得られないため、目標とする引張強度が得られなかった。
供試材No.5、13、16、18、20、22、24および27は、化学組成が発明で規定する範囲を外れ、所望の組織が得られないため、目標とする引張強度が得られなかった。
供試材No.7は、化学組成が発明で規定する範囲を外れ、目標とする引張強度が得られなかった。
さらに、供試材No.9、10および12は、製造条件が発明で規定する範囲を外れ、所望の組織が得られないため、延性が悪かった。

Claims (7)

  1. 質量%で、C:0.10%以上0.24%以下、Si:0.001%以上2.0%以下、Mn:1.2%以上2.3%以下、P:0.05%以下、S:0.01%以下、sol.Al:0.001%以上1.0%以下、Ti:0.060%以上0.20%以下、およびN:0.01%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、面積%で、フェライト:10%以上70%以下、マルテンサイト:30%以上90%以下、フェライトおよびマルテンサイトの合計面積率:90%以上である鋼組織を有し、引張強度(TS)が980MPa以上である機械特性を有することを特徴とする、熱間プレス鋼板部材。
  2. 前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.20%以下、V:0.20%以下、Cr:1.0%以下、Mo:0.15%以下、Cu:1.0%以下およびNi:1.0%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上をさらに含有する、請求項1に記載の熱間プレス鋼板部材。
  3. 前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下、REM:0.01%以下およびZr:0.01%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上をさらに含有する、請求項1または請求項2に記載の熱間プレス鋼板部材。
  4. 前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.005%以下を含有する、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の熱間プレス鋼板部材。
  5. 前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Bi:0.01%以下を含有する、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の熱間プレス鋼板部材。
  6. 請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の化学組成を有する鋼板であって、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の熱間プレス鋼板部材の素材として用途に供されることを特徴とする、熱間プレス用鋼板。
  7. 請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の化学組成を有する鋼材を、Ac点以上(Ac点+100℃)以下の温度域に1分間以上10分間以下保持した後に、600℃以上750℃以下の温度域における平均冷却速度が3℃/秒以上200℃/秒以下、フェライトの析出開始温度が600℃以上750℃以下、および、150℃以上600℃以下の温度域における平均冷却速度が10℃/秒以上500℃/秒以下である冷却条件で冷却することを特徴とする、熱間プレス鋼板部材の製造方法。
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