JP2013223504A - 細胞生存率低下抑制剤 - Google Patents

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Abstract

【課題】幹細胞の移植時に、懸濁液中の幹細胞の生存率の低下を抑制する技術を提供すること。
【解決手段】トレハロースを有効成分として含む、哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤を哺乳動物幹細胞懸濁液へ添加すると、哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制することができる。哺乳動物幹細胞懸濁液中のトレハロースの濃度は、通常、4.53mg/ml以上、好ましくは、15.1mg/ml以上である。また、トレハロース濃度が高いほど生存率低下を抑制する効果は高くなるが、トレハロース濃度が高すぎると、逆に幹細胞の生存率に悪影響を及ぼす可能性がある。従って、この悪影響を回避する観点から、懸濁液中のトレハロース濃度は、通常362.4mg/ml以下、好ましくは181.2mg/ml以下である。従って、懸濁液中のトレハロース濃度は、通常4.53〜362.4mg/ml、好ましくは15.1〜181.2mg/mlである。
【選択図】なし

Description

本発明は、トレハロースを有効成分として含む、哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤に関する。また、本発明は、哺乳動物幹細胞を、トレハロースを細胞生存率低下抑制剤の有効成分として含む生理的水溶液に懸濁することを特徴とする哺乳動物幹細胞移植用の細胞の生存率低下を抑制する方法に関する。
近年の幹細胞研究の進歩により、幹細胞の臨床応用は、既に基礎的な研究段階から開発段階へ移行している。幹細胞による疾患の治療においては、ダメージを受けた患者の細胞や組織の機能を、幹細胞から新たに分化させた当該細胞や臓器により補う。ここで、幹細胞からの体細胞や組織への分化の態様により、幹細胞による治療は大きく2つに分けることができる。
そのうちの1つの態様は、インビトロにおいて幹細胞を特定の条件下で培養して所望の体細胞や組織へ分化させ、得られた体細胞や組織をレシピエントの体内へ移植するものである。例えば、ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞は、これを直接生体内へ移植するとテラトーマを形成するおそれがあるので、通常はインビトロにおいて特定の体細胞や組織へ分化させ、テラトーマ形成能力を確実に消失させた上で、これを体内へ移植する。
もう1つの態様は、幹細胞を直接生体内へ移入するものである。この方法により、筋萎縮性側索硬化症、再生不良性貧血、パーキンソン病、多発性硬化症、膠原病、クローン病、潰瘍性大腸炎、アルツハイマー病、白血病、生活習慣病、ガン等の疾患に効果があることが報告されている。
間葉系幹細胞は、哺乳類の骨髄等に存在し、脂肪細胞、軟骨細胞、骨細胞等に分化する幹細胞として知られている。間葉系幹細胞は、その多分化能故に、多くの組織の再生医療のための移植材料として注目されている。すなわち、間葉系幹細胞を用いて、従来の治療方法では再生しなかった、疾病や障害により失った組織を再生し、機能を回復させる「細胞移植による再生医療」である。具体的には、例えば、下肢虚血(ビュルガー病)患者に対する骨髄間葉系幹細胞の移植、歯周病患部への骨髄間葉系幹細胞の移植、変形性関節症患者に対する骨髄間葉系幹細胞の移植等の治療が開始または計画されている。
一方、トレハロースはグルコースが1,1−グリコシド結合してできた二糖の一種である。トレハロースは甘味を呈し、高い保水力を持つため、種々の食品や化粧品に用いられている。また、トレハロースは細胞膜を安定化し、細胞傷害を抑制する性質を有するため、臓器を移植する際の臓器保護液の有効成分として用いられている。ET−Kyoto液やNew ET−Kyoto液等のトレハロースを含有する優れた臓器保存液が開発されている(特許文献1及び2、非特許文献1)。
ヒドロキシエチルデンプンは、エーテル化デンプンの1つであり、接着剤、乳化剤、糊料等として用いられる。
デキストランは、グルコースからなる多糖類の1種であり、増粘剤、保湿剤等として、医薬品、化粧品の分野で汎用されている。
特許第3253131号公報 国際公開第2007/043698号パンフレット
Yonsei Medical Journal, vol.45, No.6, p.1107-1114, 2004
本発明者らは、幹細胞の生体内への移植をより安定且つスムースに行う条件について鋭意検討を行った。幹細胞の生体内への移入は、多くの場合、幹細胞の懸濁液を生体内へ点滴注入することにより行われるが、点滴をしている間に、輸液バッグ内の懸濁液中の幹細胞同士が凝集し、カニューレ中に詰まったり、肺静脈等の細い血管中に塞栓を形成してしまうおそれがあることを見出した。更に、点滴を行っている間に、輸液バッグ内の幹細胞の生存率が徐々に低下してしまうおそれがあることを本発明者らは見出した。
本発明は、懸濁液中の幹細胞の生存率の低下を抑制する技術を提供することを目的とする。
本発明者らは、鋭意検討の結果、幹細胞の懸濁液中にトレハロースを添加することにより、幹細胞の生存率の低下を抑制できることを見出した。更に、トレハロースと多糖類のいくつかを組み合わせることにより、幹細胞の生存率の低下を抑制する効果が増強されることを見出した。これらの知見に基づき、更に検討を加えた結果、本発明を完成させた。
即ち、本発明は以下に関する。
[1]トレハロースを有効成分として含む、哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
[2]幹細胞が付着性幹細胞である、上記[1]記載の哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
[3]付着性幹細胞が間葉系幹細胞又は多能性幹細胞である、上記[2]記載の哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
[4]デキストランをさらに含む、上記[1]〜[3]のいずれか記載の哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
[5]生理的水溶液をさらに含む、上記[1]〜[4]のいずれか記載の哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
[6]哺乳動物幹細胞懸濁液中のトレハロースの濃度が4.53〜362.4mg/mlの範囲内となるように使用される、上記[5]記載の哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
[7]哺乳動物幹細胞懸濁液中のデキストランの濃度が30〜100mg/mlの範囲内となるように使用される、上記[5]又は[6]記載の哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
[8]哺乳動物幹細胞を上記[5]〜[7]のいずれか記載の細胞生存率低下抑制剤に懸濁することを特徴とする哺乳動物幹細胞移植用の細胞の生存率低下を抑制する方法。
本発明を用いれば、懸濁液中の幹細胞の生存率の低下を抑制することができる。従って、より状態のよい幹細胞により治療を実施することができるので、治療効果の向上が期待できる。
各組成液中で25℃にて1時間静置後のhBM−MSC P6の形態及び生存率を示す。 各組成液中で25℃にて1時間静置後のhAT−MSC P8の形態及び生存率を示す。 各組成液中で25℃にて静置後の生存率を示す。6本のバーは、左から、Saline、Medium、ET−K、Saviosol、HES70K及びHES200Kをそれぞれ示す。 各組成液中で25℃にて静置後の生存率を示す。5本のバーは、左から、Saline、Medium、ET−K、Saviosol、ET−K+Saviosolをそれぞれ示す。 デキストラン40を含む緩衝液(6.5〜10(w/v)%)又は生理食塩水中でヒト骨髄由来間葉系幹細胞を保存したときの、チューブの上、中、下層における各細胞数を示す。グラフ中央の数値は細胞全体の生存率を示す。 デキストラン40を含む緩衝液(6.5〜10(w/v)%)又は生理食塩水中でヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞を保存したときの、チューブの上、中、下層における各細胞数を示す。グラフ中央の数値は細胞全体の生存率を示す。
I.哺乳動物幹細胞の生存率低下の抑制
本発明は、トレハロースを有効成分として含む、哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤を提供するものである。
哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等を挙げることが出来る。哺乳動物は、好ましくはげっ歯類(マウス等)、有蹄目(ブタ等)又は霊長類(ヒト等)である。
本明細書中、「幹細胞」とは、自己複製能及び分化・増殖能を有する未熟な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、それ自体では個体になることが出来ないが、生体を構成する全ての組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。
多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、EG細胞、iPS細胞等を挙げることが出来る。ES細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLIFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る。ES細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る(Cell, 70: 841−847, 1992)。iPS細胞は、体細胞(例えば線維芽細胞、皮膚細胞等)にOct3/4、Sox2及びKlf4(必要に応じて更にc−Myc又はn−Myc)等のリプログラミング因子を導入することにより製造することが出来る(Cell, 126: p. 663-676, 2006; Nature, 448: p. 313-317, 2007; Nat Biotechnol, 26: p. 101-106, 2008; Cell 131: p. 861-872, 2007; Science, 318: p.1917-1920, 2007; Cell Stem Cells 1: p. 55-70, 2007; Nat Biotechnol, 25: p.1177-1181, 2007; Nature, 448: p. 318-324, 2007; Cell Stem Cells 2: p. 10-12, 2008; Nature 451: p. 141-146, 2008; Science, 318: p.1917-1920, 2007)。体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立した幹細胞も、多能性幹細胞としてまた好ましい(Nature, 385, 810 (1997); Science, 280, 1256 (1998); Nature Biotechnology, 17, 456 (1999); Nature, 394, 369 (1998); Nature Genetics, 22, 127 (1999); Proc. Natl. Acad.Sci. USA, 96, 14984 (1999))、Rideout IIIら (Nature Genetics, 24, 109 (2000))。
複能性幹細胞としては、間葉系幹細胞、造血系幹細胞、神経系幹細胞、骨髄幹細胞、生殖幹細胞等の体性幹細胞等を挙げることが出来る。複能性幹細胞は、好ましくは間葉系幹細胞である。間葉系幹細胞とは、骨芽細胞、軟骨芽細胞及び脂肪芽細胞の全て又はいくつかへの分化が可能な幹細胞を意味する。複能性幹細胞は、自体公知の方法により、生体から単離することが出来る。例えば、間葉系幹細胞は、哺乳動物の骨髄、脂肪組織、末梢血、臍帯血等から公知の一般的な方法で採取することが出来る。例えば、骨髄穿刺後の造血幹細胞等の培養、継代によりヒト間葉系幹細胞を単離することができる(Journal of Autoimmunity, 30 (2008) 163-171)。複能性幹細胞は、上記多能性幹細胞を適切な誘導条件下で培養することによっても得ることが出来る。
本発明の細胞生存率低下抑制剤の適用対象となる哺乳動物幹細胞は、好ましくは付着性である。本明細書中、「付着性」細胞とは、足場に接着することで生存、増殖、物質の生産を行なうことができる足場依存性の細胞を意味する。付着性の幹細胞は非付着性の細胞と比較して、懸濁液中では(即ち、浮遊した状態では)より生存率が低下しやすいからである。付着性幹細胞としては、多能性幹細胞、間葉系幹細胞、神経系幹細胞、骨髄幹細胞、生殖幹細胞等を挙げることができる。付着性幹細胞は、好ましくは、間葉系幹細胞又は多能性幹細胞である。
哺乳動物幹細胞は生体内から分離されたものであっても、インビトロで継代培養されたものであってもよい。
本発明の細胞生存率低下抑制剤の適用対象となる哺乳動物幹細胞は、単離又は精製されていることが好ましい。本明細書中、「単離または精製」とは、目的とする成分以外の成分を除去する操作が施されていることを意味する。単離または精製された哺乳動物幹細胞の純度(全細胞数に対する、哺乳動物幹細胞数の割合)は、通常30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、更に好ましくは90%以上(例えば100%)である。
本発明の細胞生存率低下抑制剤の適用対象となる哺乳動物幹細胞は、単一細胞(シングルセル)の状態の哺乳動物幹細胞を含むことが好ましい。本明細書において、「単一細胞の状態」とは、他の細胞と寄り集まって塊を形成していないこと(即ち、凝集していない状態)を意味する。単一細胞の状態の哺乳動物幹細胞は、インビトロで培養した哺乳動物幹細胞をトリプシン/EDTA等で酵素処理することにより調製することが出来る。哺乳動物幹細胞中に含まれる単一細胞の状態の哺乳動物幹細胞の割合は、通常70%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上(例えば100%)である。単一細胞の状態の細胞の割合は、哺乳動物幹細胞をPBSに分散し、これを顕微鏡下で観察し、無作為に選択された複数個(例、1000個)の細胞について凝集の有無を調べることにより決定することが出来る。
本発明の細胞生存率低下抑制剤の適用対象となる哺乳動物幹細胞は、好ましくは浮遊している。本明細書において、「浮遊」とは、細胞が、懸濁液を収容した容器の内壁に接触することなく、懸濁液中に保持されていることをいう。
特に、付着性幹細胞は懸濁液中に浮遊した状態(とりわけ、浮遊し、且つ単一細胞の状態)ではダメージを受けやすく、生存率が低下しやすいが、本発明の細胞生存率低下抑制剤により、付着性幹細胞の生存率の低下を効果的に抑制することができる。
本発明のトレハロースにはα,α−トレハロース、α,β−トレハロース及びβ,β−トレハロースの3種が存在する。トレハロースの種類は、哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制し得る限り特に限定されないが、好ましくはα,α−トレハロースが用いられる。
本発明の細胞生存率低下抑制剤はトレハロースの他、ヒドロキシエチルデンプン及びデキストランからなる群から選択される少なくとも1つの多糖類をさらに含んでもよいし、これらの構成因子に加えて更に生理学的に許容される担体を含んでいてもよい。生理学的に許容される担体としては、例えば、生理的水溶液(例えば、生理食塩水、リン酸緩衝化生理食塩水、トリス緩衝化生理食塩水、HEPES緩衝化生理食塩水、リンゲル液、5%グルコース水溶液、哺乳動物培養用の液体培地、等張剤(ブドウ糖、D−ソルビトール、D−マンニトール、ラクトース、塩化ナトリウム等)の水溶液等の等張水溶液)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、キレート剤(例えば、EDTA、EGTA、クエン酸、サリチレート)、賦形剤、結合剤、溶解補助剤、保存剤、酸化防止剤等を含むことができる。本発明の細胞生存率低下抑制剤は、好ましくは、ヒドロキシエチルデンプン及びデキストランからなる群から選択される1種又は2種の多糖類をさらに含む生理的水溶液(生理的水溶液中の上記多糖類溶液)であり、より好ましくは、ヒドロキシエチルデンプン及びデキストランからなる群から選択される1種又は2種の多糖類をさらに含む等張水溶液である。
上記多糖類として用いることのできるヒドロキシエチルデンプンの重量平均分子量(Mw)は、哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制し得る限り特に限定されないが、通常5×10〜67×10、好ましくは7×10〜60×10、より好ましくは7×10〜20×10の範囲内である。
哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制効果を強化する観点からは、比較的低い重量平均分子量(Mw)(例えば、5×10〜9×10、好ましくは6×10〜8×10(例、7×10))のヒドロキシエチルデンプンを用いることが好ましい。
また、上記多糖類として用いることができるヒドロキシエチルデンプンの置換度(1グルコース単位当たりのヒドロキシエチル基数)も、哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制し得る限り特に限定されないが、通常0.4〜0.8の範囲内である。
上記多糖類として用いることができるヒドロキシエチルデンプンの好適な例として、重量平均分子量(Mw)が7×10、置換度が0.50〜0.55のヒドロキシエチルデンプン、重量平均分子量(Mw)が20×10、置換度が0.50〜0.55のヒドロキシエチルデンプン等を挙げることが出来る。これらのヒドロキシエチルデンプンは、例えば、ヘスパンダー(登録商標)としてフレゼニウス カービ ジャパン株式会社より市販されている。
上記多糖類として用いることのできるデキストランは、D−グルコースからなる多糖(C10であって、α1→6結合を主鎖とするものである。デキストランの種類は、哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制し得る限り特に限定されない。デキストランの重量平均分子量(Mw)も、哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制し得る限り特に限定されないが、例えば、デキストラン40(Mw=40000)、デキストラン70(Mw=70000)等を好適な例として挙げることができる。
本発明の細胞生存率低下抑制剤は、哺乳動物幹細胞の懸濁液に添加することにより用いることができる。あるいは、本発明の細胞生存率低下抑制剤がトレハロースを含む生理的水溶液の場合には、本発明の細胞生存率低下抑制剤により哺乳動物幹細胞を懸濁してもよい。哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制するのに十分なトレハロースの濃度が達成されるように、本発明の細胞生存率低下抑制剤が添加され、又は本発明の細胞生存率低下抑制剤により哺乳動物幹細胞が懸濁される。
哺乳動物幹細胞懸濁液中の哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制するのに十分なトレハロース濃度は、通常、4.53mg/ml以上、好ましくは、15.1mg/ml以上である。また、トレハロース濃度が高いほど生存率低下を抑制する効果は高くなるが、トレハロース濃度が高すぎると、逆に幹細胞の生存率に悪影響を及ぼす可能性がある。従って、この悪影響を回避する観点から、懸濁液中のトレハロース濃度は、通常362.4mg/ml以下、好ましくは181.2mg/ml以下である。従って、懸濁液中のトレハロース濃度は、通常4.53〜362.4mg/ml、好ましくは15.1〜181.2mg/mlである。
トレハロースの他、上記多糖類を用いる場合にも、トレハロースに準じて、幹細胞の生存率低下を抑制する効果を発揮し、且つ幹細胞の生存率への悪影響が抑制された濃度を適宜設定することができる。
上記多糖類としてヒドロキシエチルデンプンを用いる場合、哺乳動物幹細胞懸濁液中のヒドロキシエチルデンプンの濃度は、例えば1mg/ml以上、好ましくは、10mg/ml以上である。また、幹細胞の生存率への悪影響を回避する観点から、懸濁液中のヒドロキシエチルデンプンの濃度は、例えば500mg/ml以下、好ましくは100mg/ml以下である。従って、懸濁液中のヒドロキシエチルデンプンの濃度は、例えば、1〜500mg/ml、好ましくは10〜100mg/mlである。
上記多糖類としてデキストランを用いる場合、哺乳動物幹細胞懸濁液中のデキストランの濃度は、例えば1mg/ml以上、好ましくは10mg/ml以上、より好ましくは30mg/ml以上、更に好ましくは65mg/ml以上である。また、幹細胞の生存率への悪影響を回避する観点から、懸濁液中のデキストランの濃度は、例えば500mg/ml以下、好ましくは200mg/ml以下、より好ましくは125mg/ml以下、更に好ましくは100mg/ml以下である。従って、懸濁液中のデキストランの濃度は、例えば、1〜500mg/ml、好ましくは10〜200mg/ml、より好ましくは30〜125mg/ml、更に好ましくは30〜100mg/ml、更により好ましくは65〜100mg/mlである。
本発明の細胞生存率低下抑制剤は、好ましくは、ヒドロキシエチルデンプン、或いはデキストランをさらに含む。ヒドロキシエチルデンプン又はデキストランをトレハロースと組み合わせることにより、哺乳動物幹細胞の生存率の低下を抑制する効果が増強されることが期待できる。特に、懸濁液中に浮遊した付着性幹細胞(とりわけ、懸濁液中に浮遊し、且つ単一細胞の状態の付着性幹細胞)の生存率の低下を効果的に抑制することが期待される。
トレハロースと、ヒドロキシエチルデンプン又はデキストランとを組み合わせて用いる場合における、哺乳動物幹細胞懸濁液中の各多糖類の濃度は、好ましくは、トレハロースを単独で用いた場合よりも、トレハロースと、ヒドロキシエチルデンプン又はデキストランとを組み合わせて用いた場合の方が、哺乳動物幹細胞の生存率の低下を抑制する効果が増強されるように、設定される。
哺乳動物幹細胞懸濁液においては、哺乳動物幹細胞がトレハロース、ヒドロキシエチルデンプン及びデキストランからなる群から選択される少なくとも1つの多糖類を含む生理的水溶液中に懸濁されている。生理的水溶液は、好ましくは、生理食塩水、リン酸緩衝化生理食塩水、トリス緩衝化生理食塩水、HEPES緩衝化生理食塩水、リンゲル液、5%グルコース水溶液、哺乳動物培養用の液体培地、等張剤(ブドウ糖、D−ソルビトール、D−マンニトール、ラクトース、塩化ナトリウム等)の水溶液等の等張水溶液である。本明細書において「等張」とは、浸透圧が250〜380mOsm/lの範囲内であることを意味する。
生理的水溶液は、更に安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、キレート剤(例えば、EDTA、EGTA、クエン酸、サリチレート)、溶解補助剤、保存剤、酸化防止剤等を含むことができる。
本発明の細胞生存率低下抑制剤中には、上記の様に使用したときに、哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制するのに十分な量のトレハロースが含有される。本発明の細胞生存率低下抑制剤中のトレハロースの含有量は、通常、0.001〜100(w/w)%の範囲内である。
トレハロース及びヒドロキシエチルデンプン、或いはトレハロース及びデキストランを含む組み合わせを用いる場合には、本発明の細胞生存率低下抑制剤中のトレハロースの含有量は、通常、0.001〜99.999(w/w)%の範囲内であり、ヒドロキシエチルデンプン又はデキストランの含有量は、通常、0.001〜99.999(w/w)%の範囲内である。
トレハロース、ヒドロキシエチルデンプン及びデキストランを含む組み合わせを用いる場合には、本発明の細胞生存率低下抑制剤中のトレハロース、ヒドロキシエチルデンプン及びデキストランの含有量は、それぞれ、通常、0.001〜99.997(w/w)%の範囲内である。
本発明の細胞生存率低下抑制剤が、トレハロースを含む生理的水溶液である場合、当該水溶液中のトレハロースの濃度は、哺乳動物幹細胞の生存率の低下を抑制するのに十分な濃度であれば特に限定されない。トレハロースの濃度が高いほど、生存率の低下を抑制する効果は高くなるが、トレハロース濃度が高すぎると、幹細胞の生存率に悪影響を及ぼす可能性がある。
当該水溶液中のトレハロース濃度は、哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制するのに十分なように、通常、4.53mg/ml以上、好ましくは、15.1mg/ml以上である。また、悪影響を避けるため、当該水溶液中のトレハロース濃度は、通常、362.4mg/ml以下、好ましくは、181.2mg/ml以下である。従って、当該水溶液中のトレハロース濃度は、通常、4.53〜362.4mg/ml、好ましくは15.1〜181.2mg/mlである。
トレハロースの他、上記多糖類を用いる場合にも、トレハロースに準じて、懸濁液中の哺乳動物幹細胞の生存率の低下を抑制するのに十分な濃度を適宜設定することができる。
上記多糖類としてヒドロキシエチルデンプンを用いる場合、当該水溶液中のヒドロキシエチルデンプンの濃度は、例えば1mg/ml以上、好ましくは、10mg/ml以上である。また、悪影響を回避する観点から、当該水溶液中のヒドロキシエチルデンプンの濃度は、例えば500mg/ml以下、好ましくは100mg/ml以下である。従って、当該水溶液中のヒドロキシエチルデンプンの濃度は、例えば、1〜500mg/ml、好ましくは10〜100mg/mlである。
上記多糖類としてデキストランを用いる場合、当該水溶液中のデキストランの濃度は、例えば1mg/ml以上、好ましくは、10mg/ml以上、より好ましくは30mg/ml以上、更に好ましくは65mg/ml以上である。また、悪影響を回避する観点から、当該水溶液中のデキストランの濃度は、例えば500mg/ml以下、好ましくは200mg/ml以下、より好ましくは125mg/ml以下、更に好ましくは100mg/ml以下である。従って、当該水溶液中のデキストランの濃度は、例えば、1〜500mg/ml、好ましくは10〜200mg/ml、より好ましくは30〜125mg/ml、更に好ましくは30〜100mg/ml、更により好ましくは65〜100mg/mlである。
また、上記多糖類として、ヒドロキシエチルデンプン;デキストラン;或いはヒドロキシエチルデンプン及びデキストランを用いる場合においては、当該水溶液中の各多糖類の濃度は、好ましくは、トレハロースを単独で用いた場合よりも、トレハロースに加えてこれらを用いた場合の方が、哺乳動物幹細胞の生存率の低下を抑制する効果が増強されるように、設定される。
このような濃度に調整されたトレハロースを含む生理的水溶液に哺乳動物幹細胞を懸濁することにより、簡便に哺乳動物幹細胞の生存率の低下を抑制することが出来る。
哺乳動物幹細胞懸濁液は、哺乳動物幹細胞を本発明の細胞生存率低下抑制剤(トレハロースを含む生理的水溶液(好ましくは、トレハロースを含む等張水溶液))に懸濁することにより、製造することが出来る。当該生理的水溶液中のトレハロースの他、さらに含んでもよいヒドロキシエチルデンプンやデキストランの濃度は、上記哺乳動物幹細胞懸濁液中のトレハロースやヒドロキシエチルデンプンやデキストランの濃度と同様である。
哺乳動物幹細胞の本発明の細胞生存率低下抑制剤(トレハロースを含む生理的水溶液)中への懸濁は、ピペッティングやタッピング等の当該技術分野における周知の方法により実施することが出来る。
哺乳動物幹細胞懸濁液の温度は、通常0〜37℃、好ましくは0〜25℃の範囲内である。
哺乳動物幹細胞懸濁液中の哺乳動物幹細胞の密度は、トレハロースによる哺乳動物幹細胞の生存率の低下を抑制する効果が達成される限り特に限定されないが、通常10〜1010個/mlの範囲内である。
好ましい態様において、本発明の懸濁液では、トレハロースにより、懸濁液中の哺乳動物幹細胞の生存率の低下が抑制されるので、本発明の懸濁液を用いれば、より状態のよい幹細胞により幹細胞移植を実施することができ、治療効果の向上が期待できる。従って、本発明は、上記本発明の懸濁液を含む、哺乳動物幹細胞懸濁液製剤をも提供するものである。
本発明の哺乳動物幹細胞懸濁液製剤は、上記懸濁液を適切な滅菌容器内に収容することにより、製造することが出来る。該容器としては、ボトル、バイアル、シリンジ、輸液バッグ等の可塑性のバッグ、試験管等が挙げられる。これらの容器は、ガラス又はプラスチックのような各種の材料から形成し得る。これらの容器には、容器内の哺乳動物幹細胞懸濁液を患者に点滴注入可能とするように、カニューレ及び/又は注射針を接続することができる。
(2.哺乳動物幹細胞の生存率低下の抑制方法)
本発明は、哺乳動物幹細胞をトレハロースを含む生理的水溶液(好ましくは、トレハロースを含む等張水溶液)に懸濁することを含む、哺乳動物幹細胞移植用の細胞の生存率低下を抑制する方法を提供するものである。2種又は3種の多糖類組み合わせて用いる場合、トレハロースとヒドロキシエチルデンプンの組み合わせ、トレハロースとデキストランの組み合わせ、又はトレハロースとヒドロキシエチルデンプンとデキストランの組み合わせにより、特に、懸濁液中の哺乳動物幹細胞(即ち、浮遊した哺乳動物幹細胞)の生存率の低下が抑制される。
哺乳動物幹細胞をトレハロースを含む生理的水溶液に懸濁することには、哺乳動物幹細胞の懸濁液にトレハロースを添加して、トレハロースを含む生理的水溶液中の哺乳動物幹細胞懸濁液を得ることも包含される。
「トレハロース」、「ヒドロキシエチルデンプン」、「デキストラン」、「哺乳動物」、「幹細胞」、「付着性」、「単離又は精製」、「単一細胞の状態」、「浮遊」、「凝集」、「等張」、「生理的水溶液」、等の各用語の定義は、特にことわりのない限り、上記Iの項に記載した通りである。
本発明の生存率低下の抑制方法に用いる哺乳動物幹細胞は、好ましくは付着性幹細胞である。付着性の幹細胞は非付着性の細胞と比較して、懸濁液中では(即ち、浮遊した状態では)より生存率が低下しやすいからである。付着性幹細胞は、好ましくは、間葉系幹細胞又は多能性幹細胞である。
哺乳動物幹細胞は生体内から分離されたものであっても、インビトロで継代培養されたものであってもよい。
本発明の生存率低下の抑制方法に用いる哺乳動物幹細胞は、単離又は精製されていることが好ましい。
本発明の生存率低下の抑制方法に用いる哺乳動物幹細胞は、単一細胞(シングルセル)の状態の哺乳動物幹細胞を含むことが好ましい。哺乳動物幹細胞中に含まれる単一細胞の状態の哺乳動物幹細胞の割合は、通常70%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上(例えば100%)である。
特に、付着性幹細胞は懸濁液中に浮遊し、且つ単一細胞の状態ではダメージを受けやすく、生存率が低下しやすいが、トレハロースにより、生存率の低下を効果的に抑制することができる。
本発明に用いる生理的水溶液には、好ましくは、トレハロース及びヒドロキシエチルデンプン、或いはトレハロース及びデキストランを含む組み合わせが含まれる。ヒドロキシエチルデンプン又はデキストランをトレハロースと組み合わせることにより、哺乳動物幹細胞の生存率の低下を抑制する効果が増強されることが期待できる。特に、懸濁液中に浮遊した付着性幹細胞(とりわけ、懸濁液中に浮遊し、且つ単一細胞の状態の付着性幹細胞)の生存率の低下を効果的に抑制することが期待できる。
トレハロースを含む生理的水溶液中のトレハロースの濃度は、哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制するのに十分な濃度であれば、特に限定されない。
当該水溶液中のトレハロース濃度は、哺乳動物幹細胞の生存率低下を抑制するのに十分なように、通常、4.53mg/ml以上、好ましくは、15.1mg/ml以上である。また、幹細胞の生存率への悪影響を避けるため、当該水溶液中のトレハロース濃度は、通常、362.4mg/ml以下、好ましくは、181.2mg/ml以下である。従って、当該水溶液中のトレハロース濃度は、通常、4.53〜362.4mg/ml、好ましくは15.1〜181.2mg/mlである。
トレハロースの他、上記多糖類(ヒドロキシエチルデンプンやデキストラン)を用いる場合にも、トレハロースに準じて、懸濁液中の哺乳動物幹細胞の生存率の低下を抑制するのに十分な濃度を適宜設定することができる。
上記多糖類としてヒドロキシエチルデンプンを用いる場合、当該水溶液中のヒドロキシエチルデンプンの濃度は、例えば1mg/ml以上、好ましくは、10mg/ml以上である。また、幹細胞の生存率への悪影響を回避する観点から、当該水溶液中のヒドロキシエチルデンプンの濃度は、例えば500mg/ml以下、好ましくは100mg/ml以下である。従って、当該水溶液中のヒドロキシエチルデンプンの濃度は、例えば、1〜500mg/ml、好ましくは10〜100mg/mlである。
上記多糖類としてデキストランを用いる場合、当該水溶液中のデキストランの濃度は、例えば1mg/ml以上、好ましくは、10mg/ml以上、より好ましくは30mg/ml以上、更に好ましくは65mg/ml以上である。また、幹細胞の生存率への悪影響を回避する観点から、当該水溶液中のデキストランの濃度は、例えば500mg/ml以下、好ましくは200mg/ml以下、より好ましくは125mg/ml以下、更に好ましくは100mg/ml以下である。従って、当該水溶液中のデキストランの濃度は、例えば、1〜500mg/ml、好ましくは10〜200mg/ml、より好ましくは30〜125mg/ml、更に好ましくは30〜100mg/ml、更により好ましくは65〜100mg/mlである。
また、上記多糖類として、ヒドロキシエチルデンプン;デキストラン;或いはヒドロキシエチルデンプン及びデキストランを用いる場合においては、当該水溶液中の各多糖類の濃度は、好ましくは、トレハロースを単独で用いた場合よりも、トレハロースに加えてこれらを用いた場合の方が、哺乳動物幹細胞の生存率の低下を抑制する効果が増強されるように、設定される。
哺乳動物幹細胞を懸濁する際のトレハロースを含む生理的水溶液の温度は、通常0〜37℃、好ましくは0〜25℃の範囲内である。
哺乳動物幹細胞のトレハロースを含む生理的水溶液中への懸濁は、ピペッティングやタッピング等の当該技術分野における周知の方法により実施することが出来る。このような操作により、哺乳動物幹細胞が、トレハロースを含む生理的水溶液中を浮遊する。
刊行物、特許文献等を含む、本明細書に引用されたすべての参考文献は、引用により、それらが個々に具体的に参考として援用されかつその内容全体が具体的に記載されているのと同程度まで、本明細書に援用される。
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
[実施例1]
1.ブタ皮下脂肪由来間葉系幹細胞(Pig AT−MSC)の調製
(1)ブタ組織の調製
ブタ皮下脂肪をそけい部より採取後、視認可能な血管や筋など脂肪組織と異なる組織をマイクロ鋏で除去し、その後、細切とHBSS(ハンクス溶液)での洗浄を数回繰り返した。視覚的に、血球(または血塊)の除去および筋などの膜状浮遊物質の除去が確認出来るまで洗浄作業を続けた。得られたブタ皮下脂肪をはさみにより細切した。
細切された組織を同量のHBSSと混ぜた。混合物を緩やかに振とう後、静置することにより2層に分離させた。上層のみを回収した。回収された上層に0.2%コラゲナーゼ(TypeI)/HBSSを加え、37℃下で緩やかに脂肪が完全に液状になるまで振とうした(最大90分間)。反応液に10%牛胎児血清(FBS)を含むαMEMをコラゲナーゼ反応液量に対して等量以上加えて混合後、混合物を遠心分離することにより3層に分離させた(下から有核細胞・溶液・脂肪)。下層のみを回収し、HBSSにて再懸濁した。この操作を3回繰り返し、最後に10%FBSを含むαMEMで懸濁した細胞懸濁液を培養皿へ移し、培養した。MSCは培養皿の底面へ接着した。
(2)実験に用いる細胞(Pig AT−MSC P6)の調製
(1)の操作で、培養皿へ接着したMSCは増殖を続け、5〜7日後に培養皿底面はぎっしり細胞で埋まった。コンフルエントに到達するとMSCは増殖停止または細胞死が誘導されるので、コンフルエント到達前に、MSCを培養皿からはがし、新しい培養皿へ低密度で播種した。培養皿の底面に接着しているMSCをPBSで3回洗浄後、トリプシン−EDTA(0.25% トリプシン,1mM EDTA・4Na)を加え、MSCを培養皿からはがした後、細胞が低密度になるような量の10%のFBSを含むαMEMで懸濁し、新しい培養皿へ移した。この操作を6回繰り返した(6回継代=P6)。
(3)各液による細胞の懸濁
(2)で得たPig AT−MSC P6を実験に用いた。
10cm ディッシュあたり、5mlのPBS(−)で3回洗浄後、1mlのトリプシン−EDTA(0.25% トリプシン,1mM EDTA・4Na)で20秒処理することにより細胞をはがし、シングルセルの状態にした。得られた細胞を15ml容量のファルコンチューブへ移し、遠心することにより細胞を回収し、PBS(−)にて2回洗浄後、各溶液{ET−kyoto(ET−K、大塚製薬工場社製)、HBSS、MSCM(DMEM+10%FBS)}にて再度、馴化洗浄を1回行った。なお、ET−K中には45.3mg/mlの濃度のトレハロースが含まれる。その後、各溶液を用いて2.5x10cells/50μLとなるように懸濁した。
懸濁液を各温度(0、25、37℃)にて静置し、0、30、60、120、240分後に20μLピペットマンにて数回ピペッティングし、10μLをディッシュに移した。
ディッシュ上の懸濁液の最下面に実体顕微鏡の焦点を合わせ、観察を行った。
顕微鏡下にて隣接し合う細胞塊を形成しているものを、細胞凝集塊とした。細胞凝集塊は、dishを顕微鏡のステージ上で揺らし、明らかに塊として動いている事を確認した。
2.細胞生存率の検討
各条件の細胞生存率への影響を検討した。
50μLあたりに生存している細胞数をトリパンブルー染色にて算出し、スタートの時点で50μL中に生存していた細胞数(2.5x10個)と比較することにより、細胞の生存率を算出した。結果を表1に示す。
MSCM又はHBSSを用いた場合には、時間の経過とともに顕著な細胞生存率の低下が認められたが、ET−Kでは生存率の低下が抑えられた。
3.細胞の凝集状態の検討
MSCMを用いた場合には、25℃及び37℃においては、試験開始30分後から細胞凝集塊の形成が認められた。0℃においても、試験開始60分後から細胞凝集塊の形成が認められた。
HBSSを用いた場合には、25℃及び37℃においては、試験開始120分後から細胞凝集塊の形成が認められた。0℃においても、試験開始240分後には細胞凝集塊の形成が認められた。
一方、ET−Kを用いた場合には、25℃及び37℃においては、試験開始120分後までは細胞凝集塊の形成は認められず、試験開始240分後に若干の細胞凝集塊の形成が認められた。0℃においては、試験開始240分後でも細胞凝集塊の形成は認められなかった。いずれの温度においても、ET−Kを用いた場合には、細胞の浮遊状態が試験開始240分後まで維持されていた。
4.細胞の形態の検討
MSCMを用いた場合には、突起を出す細胞が若干確認された。膨張した細胞の出現率は低かった。
HBSSを用いた場合には、突起を出す細胞の割合が経時的に増加した。また、膨張した細胞の出現率が高かった。
一方、ET−Kを用いた場合には、突起を出す細胞の割合は、MSCM及びHBSSと比較して少なかった。膨張した細胞の出現率も、MSCM及びHBSSと比較して低かった。
一般に、付着性細胞は浮遊時間に依存してdishなどに接着しようと突起を出すことが知られている。これは、浮遊状態が細胞にストレスを与えるためである。また、細胞の膨張は、細胞質内外の浸透圧調節力が低下していることを示していると考えられる。以上の細胞形態の観察結果から、ET−Kは他の組成液と比較して細胞に与えるストレスが軽微であると考えられた。
[実施例2]
実施例1で調製したブタ皮下脂肪由来間葉系幹細胞を2回継代して得られた細胞(Pig AT−MSC P2)を10cmディッシュ3枚に播いた。10cmディッシュあたり、5mlのPBS(−)で3回洗浄後、1mlのトリプシン−EDTA(0.25% トリプシン,1mM EDTA・4Na)で20秒処理することにより細胞をはがし、シングルセルの状態にした。得られた細胞(1.7x10個、生存率:94.1%)を15ml容量のファルコンチューブへ移し、遠心することにより細胞を回収し、PBS(−)にて2回洗浄後、5mLのET−kyoto(ET−K、大塚製薬工場社製)に懸濁した。ET−K中の細胞懸濁液を10本の15mLチューブに500μLずつ分注し、10分間室温(25℃)にて静置した。適量の生理食塩水を各チューブに加えることにより、ET−K中の細胞懸濁液を2〜10倍に希釈し、更に30分静置した。その後、実施例1と同様に、生存率を算出し、細胞凝集塊の有無を観察した。結果を表2に示す。
(細胞凝集性)
ET−Kの原液、その2倍希釈液及び3倍希釈液を用いた場合には、細胞凝集塊は観察されなかった。ET−Kを4倍以上希釈すると、細胞が2〜3個結合した凝集塊が僅かに認められた。従って、少なくとも15.1mg/ml以上のトレハロース濃度において、幹細胞の凝集抑制効果が発揮されることが示唆された。
(細胞浮遊性)
細胞凝集性を観察後、細胞を再度懸濁し、室温(25℃)にて10分間静置後、顕微鏡下にて細胞の浮遊性を観察した。ET−Kの原液、その2倍希釈液及び3倍希釈液を用いた場合には、細胞は安定して浮遊していた。一方、ET−Kを8倍以上希釈すると、MSCMやHBSSとほとんど変化なく、細胞は沈殿した。従って、少なくとも15.1mg/ml以上のトレハロース濃度において、幹細胞が安定して浮遊することが示唆された。
(細胞形態及び生存率)
ET−Kを生理食塩水により希釈しても、試験した希釈率の範囲内においては、細胞形態及び生存率の有意な変化は認められなかった。
[実施例3]
実施例1で調製したブタ皮下脂肪由来間葉系幹細胞を10回継代して得られた細胞(Pig AT−MSC P10)を10cmディッシュに播いた。10cmディッシュあたり、5mlのPBS(−)で3回洗浄後、1mlのトリプシン−EDTA(0.25% トリプシン,1mM EDTA・4Na)で20秒処理することにより細胞をはがし、シングルセルの状態にした。得られた細胞(3.3x10個、生存率:98.5%)を15ml容量のファルコンチューブへ移し、遠心により細胞を回収し、PBS(−)にて2回洗浄後、5mLのET−Kyoto(ET−K、大塚製薬工場社製)に懸濁した。ET−K中の細胞懸濁液を、4℃にて5時間又は27時間静置した。その後、実施例1と同様に、生存率を算出し、細胞凝集塊の有無を観察した。結果を表2に示す。5時間又は27時間の静置後、更に細胞を24時間培養し、その後、細胞の形態を顕微鏡下で観察した。
(細胞凝集性)
ディッシュから剥離後、ET−Kに懸濁した状態で細胞を4℃にて静置した結果、5時間及び27時間後のいずれの時点でも細胞凝集の形成は起こらず、シングルセルの状態が維持されていた。従って、ET−Kによる細胞凝集抑制効果は4℃においても発揮されることが示された。
(生存率)
5時間後の生存率は78.7%であり、27時間後の生存率は65.9%であった。0時間から5時間までは3.96%/hr、5時間〜27時間までは0.58%/hrの生存率低下が確認された。
(細胞の形態)
5時間又は27時間の静置後、更に細胞を24時間培養すると、生存率に一致してプレートに接着した細胞が確認された。しかし、27時間保存細胞では異形態の細胞が約10%確認された。5時間保存した細胞では異形態の細胞の割合は1%以下であった。
[実施例4]
(1)ヒト骨髄由来MSC(hBM−MSC)の調製
20〜30mLの骨髄細胞を6000Unitヘパリンを含むシリンジによりヒト腸骨から採取した。骨髄細胞は、PBS(−)で一度洗浄し、900g、20分間の遠心により細胞を回収し、もう一度繰り返した。10%FBSを含むαMEMに懸濁し、培養皿に移して接着培養を行った。
(2)実験に用いる細胞(hBM−MSC P3)の調製
(1)の操作で、培養皿へ接着したMSCは増殖を続け、5〜7日後に培養皿底面はぎっしり細胞で埋まった。コンフルエントに到達するとMSCは増殖停止または細胞死が誘導されるので、コンフルエント到達前に、MSCを培養皿からはがし、新しい培養皿へ低密度で播種した。培養皿の底面に接着しているMSCをPBSで3回洗浄後、トリプシン−EDTA(0.05% トリプシン,0.53mM EDTA・4Na)を加え、MSCを培養皿からはがした後、細胞が低密度になるような量の10%のFBSを含むαMEMで懸濁し、新しい培養皿へ移した。この操作を3回繰り返した(3回継代=P3)。
ヒト骨髄細胞由来MSCを10cmディッシュに播き培養した。10cmディッシュあたり、5mlのPBS(−)で3回洗浄後、1mlのトリプシン−EDTA(0.25% トリプシン,1mM EDTA・4Na)で20秒処理することにより細胞をはがし、シングルセルの状態にした。得られた細胞を15ml容量のファルコンチューブへ移し、遠心することにより細胞を回収し、PBS(−)にて2回洗浄後、以下の組成液に懸濁し、240分及び480分静置後、細胞の凝集の有無を観察した。
NS:生理食塩水(大塚製薬工場)
H:ヘスパンダー(杏林製薬)
1×T&NS:45.3mg/mL D−(+)−トレハロース(和光純薬)を含有する生理食塩水
1×T&H:45.3mg/mL D−(+)−トレハロース(和光純薬)を含有するヘスパンダー(杏林製薬)
1×T&H&TRase:45.3mg/mL D−(+)−トレハロース(和光純薬)及びトレハラーゼ(SIGMA)(2Unit/mL)を含有するヘスパンダー(杏林製薬)
尚、トレハロースはET−Kの主要な成分であり、45.3mg/mLはET−Kに含まれるトレハロースの濃度である。また、ヘスパンダーは、ヒドロキシエチルデンプン(重量平均分子量(Mw) 約70000、置換度 0.50〜0.55)を6(w/v)%含有する、ヒドロキシエチルデンプン製剤である。
その結果、NS及びHを用いた場合には、試験開始240分後から細胞凝集塊の形成が認められた。一方、1×T&NS及び1×T&Hを用いた場合には、試験開始240分後及び480分後のいずれにおいても、細胞凝集塊の形成は認められなかった。しかしながら、トレハラーゼによりトレハロースを分解すると、細胞凝集塊の形成が認められた。
以上の結果から、ET−Kの細胞凝集抑制効果はトレハロースによるものであることが示された。
[実施例5]
(1)ヒト脂肪由来MSC(hBM―MSC)の調製
ヒト皮下脂肪を採取後、視認可能な血管や筋など脂肪組織と異なる組織をマイクロ鋏で除去し、その後、細切とHBSS(ハンクス溶液)での洗浄を数回繰り返した。視覚的に、血球(または血塊)の除去および筋などの膜状浮遊物質の除去が確認出来るまで洗浄作業を続けた。得られたヒト皮下脂肪をはさみにより細切した。
細切された組織を同量のHBSSと混ぜた。混合物を緩やかに振とう後、静置することにより2層に分離させた。上層のみを回収した。回収された上層に0.05%コラゲナーゼ(TypeI)/HBSSを加え、37℃下で緩やかに脂肪が完全に液状になるまで振とうした。反応液に10%牛胎児血清(FBS)を含むαMEMを混合後、混合物を遠心分離することにより2層に分離させた。下層のみを回収し、HBSSにて再懸濁した。この操作を3回繰り返し、最後に10%FBSを含むαMEMで懸濁した細胞懸濁液を培養皿へ移し、培養した。MSCは培養皿の底面へ接着した。
(2)実験に用いる細胞(hAT−MSC P3)の調製
(1)の操作で、培養皿へ接着したMSCは増殖を続け、5〜7日後に培養皿底面はぎっしり細胞で埋まった。コンフルエントに到達するとMSCは増殖停止または細胞死が誘導されるので、コンフルエント到達前に、MSCを培養皿からはがし、新しい培養皿へ低密度で播種した。培養皿の底面に接着しているMSCをPBSで3回洗浄後、トリプシン−EDTA(0.05% トリプシン,0.53mM EDTA・4Na)を加え、MSCを培養皿からはがした後、細胞が低密度になるような量の10%のFBSを含むαMEMで懸濁し、新しい培養皿へ移した。この操作を3回繰り返した(3回継代=P3)。
hAT−MSC及びhBM−MSCを3回継代して得られた細胞(hAT−MSC P3及びhBM−MSC P3)を10cm ディッシュに播いた。10cm ディッシュあたり、5mlのPBS(−)で3回洗浄後、1mlのトリプシン−EDTA(0.25% トリプシン, 1mM EDTA・4Na)で20秒処理することにより細胞をはがし、シングルセルの状態にした。得られた細胞(hAT−MSC P3:1.0x10個、生存率:98.4%/hBM−MSC P3:1.25x10個、生存率:96.8%)を15ml容量のファルコンチューブへ移し、遠心することにより細胞を回収し、PBS(−)にて2回洗浄後、以下の組成液100μLに懸濁し、室温(約25℃)にて240分又は24時間静置後、細胞の生存率を測定し、細胞の凝集及び形態を観察した。更に、240分又は24時間静置後、更に細胞を12時間培養し、細胞の形態を観察した。
0.1×T&H:4.53mg/mL D−(+)−トレハロース(和光純薬)を含有するヘスパンダー(杏林製薬)
0.1×T&NS:4.53mg/mL D−(+)−トレハロースを含有する生理食塩水(大塚製薬工場)
1×T&H:45.3mg/mL D−(+)−トレハロースを含有するヘスパンダー
1×T&NS:45.3mg/mL D−(+)−トレハロースを含有する生理食塩水
2×T&H:90.6mg/mL D−(+)−トレハロースを含有するヘスパンダー
2×T&NS:90.6mg/mL D−(+)−トレハロースを含有する生理食塩水
ET−K:ET−Kyoto(大塚製薬工場)
H:ヘスパンダー
NS:生理食塩水
MSCM:10%FBSを含有するαMEM
(細胞生存率)
結果を表3に示す。
トレハロース又はヒドロキシエチルデンプン(ヘスパンダー)をそれぞれ単独で添加することにより、細胞生存率の上昇が認められた。トレハロース及びヒドロキシエチルデンプン(ヘスパンダー)の両方を添加することにより、細胞生存率は大幅に上昇した。
(細胞の凝集及び形態)
0.1×T&NSにおいては、試験開始から240分後に細胞凝集塊の形成がAT及びBMの双方について若干認められたが、組成液中にトレハロースを含むその他の群(0.1×T&H、1×T&H、1×T&NS、2×T&H、2×T&NS及びET−K)においては、細胞凝集塊の形成は認められなかった。組成液中にトレハロースを含む群においては、細胞の変形は認められなかった。
組成液中にトレハロースもヒドロキシエチルデンプンも含まない群(NS、MSCM)においては、顕著に細胞凝集塊及び細胞変形が認められた。ヒドロキシエチルデンプンのみを含む群(H)においては、細胞凝集塊が認められたが、細胞変形はわずかであった。
(静置後の培養)
トレハロース添加の有無に関係なく、生存率に一致した接着細胞数の増減が確認された。0.1×Tを含む群及びトレハロース無添加群の一部では、細胞形態の異常が確認された。一方、NSと比較してHでは細胞形態が良好であり、生存率に一致した細胞接着数の増減が確認された。
以上の結果から、トレハロースは細胞の凝集を抑制し、細胞の生存率を高め、細胞形態や機能を維持し得ることが示された。また、ヒドロキシエチルデンプンは、細胞の生存率を高め、細胞形態や機能を維持し得ることが示された。更に、トレハロースとヒドロキシエチルデンプンとを組み合わせることにより、細胞の生存率が顕著に上昇することが示された。
[実施例6]
hAT−MSC及びhBM−MSCを3回継代して得られた細胞(hAT−MSC P3及びhBM−MSC P3)を10cmディッシュに播いた。10cmディッシュあたり、5mlのPBS(−)で3回洗浄後、1mlのトリプシン−EDTA(0.25% トリプシン,1mM EDTA・4Na)で20秒処理することにより細胞をはがし、シングルセルの状態にした。得られた細胞(hAT−MSC P3:4.25x10個、生存率:97.5%/hBM−MSC P3:5.0x10個、生存率:98.2%)を15ml容量のファルコンチューブへ移し、遠心することにより細胞を回収し、PBS(−)にて2回洗浄後、以下の組成液100μLに懸濁し、室温(約25℃)にて8時間又は36時間静置後、細胞の生存率を測定し、細胞の凝集を観察した。
1×T&H:45.3mg/mL D−(+)−トレハロース(和光純薬)を含有するヘスパンダー(杏林製薬)
2×T&H:90.6mg/mL D−(+)−トレハロースを含有するヘスパンダー
4×T&H:181.2mg/mL D−(+)−トレハロースを含有するヘスパンダー8×T&H:362.4mg/mL D−(+)−トレハロースを含有するヘスパンダーET−K:ET−Kyoto(大塚製薬工場)
H:ヘスパンダー
1×T&H&TRase:45.3mg/mL D−(+)−トレハロース及びトレハラーゼ(SIGMA)(2Unit/mL)を含有するヘスパンダー
(細胞の凝集)
組成液中にトレハロースを含む群(1×T&H、2×T&H、4×T&H、8×T&H及びET−K)においては、hAT−MSC及びhBM−MSCの双方について、試験開始から8時間後の細胞凝集塊の形成は認められなかった。一方、トレハロースを含まないヘスパンダー(H)を用いた場合には、hAT−MSC及びhBM−MSCの双方について、試験開始から8時間後に細胞凝集塊の形成が認められた。更に、トレハラーゼによりトレハロースを分解すると、細胞凝集塊の形成が認められた(1×T&H&TRase)。以上の結果から、トレハロースが細胞凝集抑制効果を有することが示された。
(細胞生存率)
試験開始36時間後の細胞生存率を表4に示す。
表4に示される通り、いずれの濃度のトレハロースを添加しても、細胞の生存率はヘスパンダー単独(H)と比較して上昇した。181.2mg/mL(4×T)の濃度のトレハロースの添加までは、細胞生存率の顕著な上昇を示したが、362.4mg/mL(8×T)までトレハロース添加濃度を高くすると、その効果は逆に減弱した。従って、細胞生存率を上昇させる観点からは、トレハロース濃度は181.2mg/mL(4×T)以下が好ましいことが示唆された。
[実施例7]
hAT−MSC及びhBM−MSCを6又は8回継代して得られた細胞(hAT−MSC P8及びhBM−MSC P6)を10cmディッシュに播いた。10cmディッシュあたり、5mlのヘスパンダー(杏林製薬)で3回洗浄後、1mlのトリプシン−EDTA(0.25% トリプシン,1mM EDTA・4Na)で20秒処理することにより細胞をはがし、シングルセルの状態にした。得られた細胞(hAT−MSC P8:2.4x10個/hBM−MSC P6:2.3x10個)を15ml容量のファルコンチューブへ移し、遠心することにより細胞を回収し、以下の組成液に懸濁し、室温(約25℃)にて1時間静置後、細胞の生存率を測定し、細胞の凝集を観察した。
1×T&H:45.3mg/mL D−(+)−トレハロース(和光純薬)を含有するヘスパンダー
0.5×T&H:22.65mg/mL D−(+)−トレハロースを含有するヘスパンダー
0.1×T&H:4.53mg/mL D−(+)−トレハロースを含有するヘスパンダー
1×T&F&H:45.3mg/mL D−(+)−トレハロース及び10μg/ml フコイダン(焼津水産化学工業)を含有するヘスパンダー
0.5×T&F&H:22.65mg/mL D−(+)−トレハロース及び10μg/ml フコイダンを含有するヘスパンダー
0.1×T&F&H:4.53mg/mL D−(+)−トレハロース及び10μg/ml フコイダンを含有するヘスパンダー
F&H:10μg/ml フコイダンを含有するヘスパンダー
ET−K:ET−Kyoto(大塚製薬工場)
H:ヘスパンダー
MSCM:10%FBSを含有するαMEM
試験結果を図1及び2に示す。
(細胞生存率)
いずれの濃度のトレハロースを添加しても、細胞の生存率はヘスパンダー単独(H)と比較して上昇した。一方、フコイダンを添加すると、細胞生存率が低下したことから、フコイダンは細胞毒性を有することが示唆された。トレハロースは、フコイダンの細胞毒性を抑制する傾向を示した。
(細胞の凝集)
hAT−MSC及びhBM−MSCの双方について、トレハロースの添加により、細胞浮遊効果及び細胞凝集抑制効果が観察された。一方、フコイダンは、細胞浮遊を阻害する傾向が認められ、細胞凝集抑制効果は認められなかった。ヘスパンダーのみよりも、トレハロースを添加した方が、細胞の突起形成が抑制され、細胞の形態がよかった。0.5×T&Hによる細胞凝集抑制効果はET−Kと同程度であった。細胞浮遊効果は、ET−Kの方が0.5×T&Hよりも若干優れていた。0.1×T&Hでは、若干細胞表面に突起が観察された。
[実施例8]
実施例1で調製したブタ皮下脂肪由来間葉系幹細胞を7回継代して得られた細胞(Pig AT−MSC P7)を10cmディッシュ上で培養した。10cmディッシュあたり、5mlのPBS(−)で3回洗浄後、1mlのトリプシン−EDTA(0.25% トリプシン,1mM EDTA・4Na)で20秒処理することにより細胞をはがし、シングルセルの状態にし、ET−K液に懸濁した。得られた細胞懸濁液を以下の試験に用いた。
(輸液バッグ内壁への接着性の評価)
ソルデム3AG輸液バッグ(TERUMO)を細断し、断片を50mlチューブの壁面に設置した。細胞懸濁液でチューブを満たし、チューブを横にしてクリーンベンチ内で室温(25℃)にて30分静置した。その後、輸液バッグ断片をPBSにより洗浄し、輸液バッグ内壁への細胞の接着の有無を、顕微鏡観察により評価した。
PBSによる洗浄前においては、MSCsの一部(目算で10%以下)の輸液バッグ内壁への接着が認められたが、PBS洗浄により、接着したMSCsの大部分(目算で90%以上)が除去された。従って、トレハロースにより、輸液バッグ内壁への細胞の接着を回避できる可能性が示された。
(カテーテル通過試験)
CVカテーテルキット(日本シャーウッド)を用いた。18G注射針をカテーテル先端に接続した。5mLシリンジで細胞懸濁液を吸入した。カテーテルにシリンジをセットし、細胞懸濁液を押し出した。この操作を規定回数繰り返した後に、細胞生存率を測定し、また顕微鏡下で観察した。顕微鏡観察の前に、5mLのPBSでカテーテルを洗浄した。
結果を表5に示す。
少なくとも10回までは通過回数に関係なく、細胞生存率は不変であった。カテーテルの内壁にごく僅かのMSCsとET−K液の残存が観察されたが、カテーテル通過後の細胞数が不変であり、PBS洗浄後には接着細胞は確認されなかった。従って、トレハロースにより、カテーテル内壁への細胞の接着を回避できる可能性が示された。
[実施例9]
ブタ間葉系幹細胞を10cmディッシュ上で培養した。トリプシン−EDTA(0.25% トリプシン,1mM EDTA・4Na)で処理することにより細胞をはがし、シングルセルの状態にした。得られた細胞を、以下の組成液に懸濁し、室温(約25℃)にて360分間静置後、細胞の生存率を測定し、細胞の凝集を観察した。
NS:生理食塩水
MSCM:10%FBSを含有するαMEM
ET−K:ET−Kyoto(大塚製薬工場)
Saviosol:サヴィオゾール(大塚製薬工場)
Dextran:低分子デキストランL注(大塚製薬工場)
尚、サヴィオゾールは重量平均分子量が40000のデキストラン(デキストラン40)を30mg/mlの濃度で含有する、乳酸リンゲル液である。低分子デキストランL注は、重量平均分子量が40000のデキストラン(デキストラン40)を100mg/mlの濃度で含有する、乳酸リンゲル液である。
(細胞生存率)
試験開始30分後及び360分後の細胞生存率を表6に示す。
表6に示される通り、いずれの組成物を使用した場合であっても、細胞の生存率は生理食塩水を使用した場合と比較して顕著に高かった。
(細胞の凝集)
試験開始から360分後に顕微鏡下で細胞凝集の有無を観察した。生理食塩水又はMSCM中で保存した場合には、大きな細胞凝集塊の形成が観察されたが、ET−K、Saviosol又はDextranにおいては、細胞凝集塊の形成が抑制され、細胞の分散状態が維持されていた。
[実施例10]
(1)ラット組織の調製
ラット皮下脂肪をそけい部より採取後、視認可能な血管や筋など脂肪組織と異なる組織をマイクロ鋏で除去し、その後、細切とHBSS(ハンクス溶液)での洗浄を数回繰り返した。視覚的に、血球(または血塊)の除去および筋などの膜状浮遊物質の除去が確認出来るまで洗浄作業を続けた。得られたラット皮下脂肪をはさみにより細切した。
細切された組織を同量のHBSSと混ぜた。混合物を緩やかに振とう後、静置することにより2層に分離させた。上層のみを回収した。回収された上層に0.2%コラゲナーゼ(TypeI)/HBSSを加え、37℃下で緩やかに脂肪が完全に液状になるまで振とうした(最大90分間)。反応液に10%牛胎児血清(FBS)を含むαMEMをコラゲナーゼ反応液量に対して等量以上加えて混合後、混合物を遠心分離することにより3層に分離させた(下から有核細胞・溶液・脂肪)。下層のみを回収し、HBSSにて再懸濁した。この操作を3回繰り返し、最後に10%FBSを含むαMEMで懸濁した細胞懸濁液を培養皿へ移し、培養した。MSCは培養皿の底面へ接着した。
(2)実験に用いる細胞(Rat AT−MSC P6)の調製
(1)の操作で、培養皿へ接着したMSCは増殖を続け、5〜7日後に培養皿底面はぎっしり細胞で埋まった。コンフルエントに到達するとMSCは増殖停止または細胞死が誘導されるので、コンフルエント到達前に、MSCを培養皿からはがし、新しい培養皿へ低密度で播種した。培養皿の底面に接着しているMSCをPBSで3回洗浄後、トリプシン−EDTA(0.25% トリプシン,1mM EDTA・4Na)を加え、MSCを培養皿からはがした後、細胞が低密度になるような量の10%のFBSを含むαMEMで懸濁し、新しい培養皿へ移した。この操作を6回繰り返した(6回継代=P6)。
(3)各液による細胞の懸濁
(2)で得たRat AT−MSC P6を実験に用いた。
10cm ディッシュあたり、5mlのPBS(−)で3回洗浄後、1mlのトリプシン−EDTA(0.25% トリプシン,1mM EDTA・4Na)で20秒処理することにより細胞をはがし、シングルセルの状態にした。得られた細胞を15ml容量のファルコンチューブへ移し、遠心することにより細胞を回収し、PBS(−)にて2回洗浄後、以下の各溶液にて再度、馴化洗浄を1回行った。
Saline:生理食塩水
Medium:10%FBSを含有するαMEM
ET−K:ET−Kyoto(大塚製薬工場)
Saviosol:サヴィオゾール(大塚製薬工場)
HES70K:6(w/v)% ヒドロキシエチルデンプン(重量平均分子量70000)+0.9(w/v)% NaCl(ドイツ・ブラウン社)
HES200K:6(w/v)% ヒドロキシエチルデンプン(重量平均分子量200000)+0.9(w/v)% NaCl(ドイツ・フレゼニウス・カビー社)
ET−K+Saviosol:ET−KとSaviosolの混合液(体積比で1:1)。
その後、各溶液を用いて2.5x10 cells/50μLとなるように懸濁した。
懸濁液を各温度(0、25、37℃)にて静置し、30〜360分後に20μLピペットマンにて数回ピペッティングし、10μLをディッシュに移した。
ディッシュ上の懸濁液の最下面に実体顕微鏡の焦点を合わせ、観察を行った。
顕微鏡下にて隣接し合う細胞塊を形成しているものを、細胞凝集塊とした。細胞凝集塊は、dishを顕微鏡のステージ上で揺らし、明らかに塊として動いている事を確認した。
(細胞生存率)
試験開始30〜360分後の細胞生存率を図3及び4に示す。これらの図に示されるように、いずれの組成物を使用した場合であっても、細胞の生存率は生理食塩水を使用した場合と比較して顕著に高かった。細胞の生存率低下を抑制する効果はHES200KよりもHES70Kの方が高かった。
(細胞の凝集)
試験開始から360分後に顕微鏡下で細胞の凝集性を観察した。結果を表7に示す。
培地中で保存した場合と比較して、その他の条件においては、細胞凝集塊の形成が抑制された。細胞凝集を抑制する効果はHES200KよりもHES70Kの方が高かった。ET−K、Saviosol、HES70K、及びET−K+Saviosolにおいては、細胞凝集の形成が認められず、細胞の分散がよく維持されていた。
[実施例11]
ヒトから分離精製された骨髄由来間葉系幹細胞(継代回数8回目)と脂肪組織由来間葉系幹細胞(継代回数8回目)の各細胞を、Nunc社製の細胞皿の底面を約90%覆うまで培養した。TaKaRa社製のPBS(−)で培養皿を3回洗浄し、GIBCO社製のトリプシン溶液にて各間葉系幹細胞を培養皿より剥離し、アシスト社製の15mL遠心チューブに細胞を回収した。1000rpm、5分間の遠心操作により、遠心チューブの底に細胞塊を形成させ、アスピレーターにて上澄み液を破棄した。指で弾いて細胞塊を解し、TaKaRa社製のPBS(−)を加え、数回ピペット操作にて更に細胞を解し、1000rpm、5分間遠心した。遠心チューブの底に細胞塊が形成されたことを確認し、アスピレーターにて上澄み液を破棄した。このPBS(−)による洗浄操作を後2回繰り返した。血球計算盤で細胞数を測定し、アシスト社製の1.5mLチューブに1.0x10個/チューブの条件で細胞を移した。1000rpm、5分間の遠心操作により、チューブの底に細胞塊を形成させ、上澄み液をマイクロピペットにて除去した。各チューブに
(1)生理食塩水(大塚製薬工場社製) 1mL
(2)サヴィオゾール(大塚製薬工場社製) 500μLとデキストランL注(大塚製薬工場社製) 500μLの混合液(デキストラン40 6.5(w/v)%)
(3)サヴィオゾール(大塚製薬工場社製) 250μLとデキストランL注(大塚製薬工場社製) 750μLの混合液(デキストラン40 8.25(w/v)%)
(4)デキストランL注(大塚製薬工場社製)(デキストラン40 10(w/v)%) 1mL
の計4種類の液をそれぞれ加え、ボルテックスミキサーにて数秒間、混合した。テルモ製の30G注射針と1mLのシリンジを用いて、細胞のシングル化操作を行い、室温(約25℃)にてチューブ立てを用いて静置した。静置30分後と60分後に、各チューブより、10μLの液を取り、GIBCO製のトリパンブルー液と等量混合した液を血球計算盤にて細胞数と生存率を測定した。尚、評価した液は、各チューブの液面中心(上)、液中間中心(中)及びチューブの底中心(下)の3箇所から静かに分取した。上、中、下の各細胞数の合計値を100%とし、それぞれの細胞数を分子に、合計細胞数を分母として割合で細胞の分布状況を算出した。また、細胞全体の生存率を別途算出した。
結果を図5及び6に示す。デキストランを含む緩衝液(6.5〜10(w/v)%)中で間葉系幹細胞を保存した場合には、間葉系幹細胞の由来に関わらず、チューブの上、中、下における細胞数に大きな差は認められず、細胞の均一な分散が維持されていることが示された。また、この場合、細胞の生存率は100%で不変であった。一方、生理食塩水を用いた場合には、細胞はチューブの下に沈み、60分間保存後の細胞の生存率は80%にまで低下した。
本発明を用いれば、幹細胞の移植時に、懸濁液中の幹細胞同士の凝集を抑制することができる。従って、幹細胞の凝集物が、カニューレ中に詰まったり、肺静脈等の細い血管中に塞栓を形成してしまうリスクが低減する。
更に、本発明を用いれば、懸濁液中の幹細胞の生存率の低下を抑制することができる。従って、より状態のよい幹細胞により治療を実施することができるので、治療効果の向上が期待できる。
従って、本発明は幹細胞を利用した移植医療分野で有用である。

Claims (8)

  1. トレハロースを有効成分として含む、哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
  2. 幹細胞が付着性幹細胞である、請求項1記載の哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
  3. 付着性幹細胞が間葉系幹細胞又は多能性幹細胞である、請求項2記載の哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
  4. デキストランをさらに含む、請求項1〜3のいずれか記載の哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
  5. 生理的水溶液をさらに含む、請求項1〜4のいずれか記載の哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
  6. 哺乳動物幹細胞懸濁液中のトレハロースの濃度が4.53〜362.4mg/mlの範囲内となるように使用される、請求項5記載の哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
  7. 哺乳動物幹細胞懸濁液中のデキストランの濃度が30〜100mg/mlの範囲内となるように使用される、請求項5又は6記載の哺乳動物幹細胞移植用の細胞生存率低下抑制剤。
  8. 哺乳動物幹細胞を請求項5〜7のいずれか記載の細胞生存率低下抑制剤に懸濁することを特徴とする哺乳動物幹細胞移植用の細胞の生存率低下を抑制する方法。
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