JP2013072101A - 高強度鋼板およびその製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】TS:1180MPa以上で伸び、伸びフランジ性、耐遅れ破壊特性および耐衝突特性に優れた高強度鋼板とその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%でC:0.15〜0.35%、Si:3.0%以下、Mn:2.00〜3.5%、P:0.10%以下、S:0.010%以下、Al:2.0%以下、N:0.010%以下、Cu:0.05〜0.5%を含有し、更にSi+Al≧0.7%を満足し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、鋼板組織は、面積率で、上部ベイナイト:50〜90%、焼戻しマルテンサイト:5〜45%、残留オーステナイト:5〜30%、無焼戻しマルテンサイト:5%以下(0%を含む)、ポリゴナルフェライト:5%以下(0%を含む)、残留オーステナイトと無焼戻しマルテンサイトのうち、円相当径が1μm以上かつ平均軸比(長軸/短軸)が3以下である粗大塊状組織が7%以下(0%を含む)である。
【選択図】図1

Description

本発明は、自動車骨格部材、補強部材等に好適な、加工性、耐遅れ破壊特性および耐衝突特性に優れた引張強さが1180MPa以上の高強度鋼板およびその製造方法に関するものである。
近年、地球環境保全という観点から、自動車の燃費改善が要求されている。また、車両衝突時に乗員を保護する観点からは、自動車車体の安全性向上も要求されている。このため、燃費改善と衝突安全性向上の両方を満足するべく自動車車体の軽量化と強化の双方を図る検討が積極的に進められている。自動車車体の軽量化と強化を同時に満足させるには、部品素材である薄鋼板を高強度化することで薄鋼板の板厚を低減すること、もしくは補強部品を削減することが効果的であり、特に衝突時に乗員を守るキャビン周りの自動車骨格部材、補強部材には、現在、引張強さ(TS):1180MPa級以上の高強度鋼板が実用化されている。しかしその加工性及び耐遅れ破壊特性はユーザーニーズに対して十分ではなく、適用範囲は限定的なものとなっている。
自動車骨格部材等の部材は一般的にプレス加工により成形されるため、その材料には伸び及び伸びフランジ性が要求される。高強度鋼の伸びを改善する技術として、鋼組織に残留オーステナイトを含有させたTRIP(Transformation induced plasticity;変態誘起塑性)鋼板が知られているが、従来のTRIP鋼板は一般的にフェライトを多量に含有しており、TSが1180MPa以上の高強度を得るのは困難であった(例えば特許文献1及び2)。これに対し、例えば特許文献3に、オーステナイト単相域から350〜400℃程度に急冷してベイナイト変態させることでベイニティックフェライトとマルテンサイトの複合組織とした、耐水素脆化特性及び加工性に優れたTSが1180MPa以上の超高強度鋼板が開示されている。さらに、特許文献4には、TRIP鋼板の組織の一部に焼戻しマルテンサイトを含有させることにより、TSが980MPaを超える高強度と高い伸び及び伸びフランジ性を両立させる技術が開示されている。
特許第2660644号公報 特許第2704350号公報 特許第4551816号公報 特開2010-90475号公報
鉄と鋼、95(2009)、p.887 CAMP-ISIJ、21(2008)、p.1454
しかしながら、特許文献3に記載の技術では、伸びが最大16%と十分ではなく、また、伸びフランジ性についての記載はないが、本発明者らの検討の結果、特許文献3に記載の成分、製造方法では、比較的伸びが高いMs点〜Bs点の間の保持温度が400℃以上の条件では伸びフランジ性が著しく低く、また上記保持温度が350℃では比較的高い伸びフランジ性が得られるものの、十分な伸びが得られず、伸びと伸びフランジ性の両立には至っていない。また、特許文献4に記載の技術では、一部の条件で高い伸びと伸びフランジ性が両立されているが、安定して高い伸びと伸びフランジ性を得るには至っておらず、また遅れ破壊特性については考慮されていない。
以上のように、TSが1180MPa以上の超高強度鋼板において、伸び、伸びフランジ性、遅れ破壊特性を両立する技術はこれまで見当たらず、TSが1180MPa以上の高強度鋼板の適用可能範囲拡大にはこれらの両立が大きな課題となっていた。
本発明は上記問題点を解決するためになされたもので、TSが1180MPa以上で、伸び、伸びフランジ性、耐遅れ破壊特性および耐衝突特性に優れた高強度鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究した。強度、伸び、伸びフランジ性、耐遅れ破壊特性に及ぼす合金元素、組織、製造方法の影響を詳細に調査した結果、(1)鋼板組織を、上部ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、残留オーステナイトの複合組織として、その分率を適正に制御し、かつ無焼戻しマルテンサイトとポリゴナルフェライトの面積率を極力低減し、さらに、残留オーステナイトと無焼戻しマルテンサイトのうち、円相当径が1μm以上かつ平均軸比(長軸/短軸)が3以下である粗大塊状組織の面積率を7%以下とすることで、優れた伸び、伸びフランジ性、耐遅れ破壊特性が得られ、さらに衝突時のエネルギー吸収に有利な高降伏比が得られること、(2)このような鋼組織を得るためには、C、Si、Mn、Alの添加量に加えて、特にCu添加量を最適に制御した上で、焼鈍温度からの冷却中に組織の一部をマルテンサイト変態させた後に再加熱して、適正な温度範囲でベイナイト変態させることが極めて重要であることを知見し、本発明に至った。
本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]質量%で、C:0.15〜0.35%、Si:3.0%以下、Mn:2.00〜3.5%、P:0.10%以下、S:0.010%以下、Al:2.0%以下、N:0.010%以下、Cu:0.05〜0.5%を含有し、さらにSi+Al:0.7%以上を満足し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、鋼板組織は、鋼板組織全体に対する面積率で、上部ベイナイト:50〜90%、焼戻しマルテンサイト:5〜45%、残留オーステナイト:5〜30%、無焼戻しマルテンサイト:5%以下(0%を含む)、ポリゴナルフェライト:5%以下(0%を含む)であり、さらに、前記残留オーステナイトと前記無焼戻しマルテンサイトのうち、円相当径が1μm以上かつ平均軸比(長軸/短軸)が3以下である粗大塊状組織の面積率が7%以下(0%を含む)であって、引張強さが1180MPa以上であることを特徴とする高強度鋼板。
[2]さらに、成分組成として、質量%で、Ni:0.01〜1.0%を含有することを特徴とする前記[1]に記載の高強度鋼板。
[3]さらに、成分組成として、質量%で、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜0.5%、V:0.01〜0.5%のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする前記[1]または[2]に記載の高強度鋼板。
[4]さらに、成分組成として、質量%で、Ti:0.01〜0.1%、Nb:0.01〜0.1%のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする前記[1]乃至[3]のいずれかに記載の高強度鋼板。
[5]さらに、成分組成として、質量%で、B:0.0003〜0.005%を含有することを特徴とする前記[1]乃至[4]のいずれかに記載の高強度鋼板。
[6]さらに、成分組成として、質量%で、Ca:0.0001〜0.0010%を含有することを特徴とする前記[1]乃至[5]のいずれかに記載の高強度鋼板。
[7]前記[1]乃至[6]のいずれかに記載の成分組成を有する鋼スラブに、熱間圧延工程、冷間圧延工程を施した後、連続焼鈍工程において、Ae3点-10℃以上900℃以下の温度域で加熱保持した後、Ms点-10℃〜Ms点-100℃の冷却停止温度まで冷却し、その際、前記加熱保持温度から400℃まで平均冷却速度5℃/s以上で冷却し、400℃から前記冷却停止温度まで平均冷却速度1〜20℃/sで冷却し、次いで350〜450℃の温度域に再加熱し、該温度域で30〜1500s保持することを特徴とする前記[1]乃至[6]のいずれかに記載の高強度鋼板の製造方法。
なお、本発明において、「加工性に優れた」とは、TSが1180MPa以上で、伸びが17%以上、かつ伸びフランジ性の評価指標である穴広げ率が30%以上であることを意味する。また、本発明において、「耐衝突特性に優れた」とは、降伏強度と引張強さの比である降伏比(YR=YS/TS)が0.67以上であることを、「耐遅れ破壊特性に優れた」とは、後述のようにU曲げボルト締め後0.1%NH4SCN水溶液に浸漬したときに100時間破壊が発生しないことを、それぞれ意味する。また、本発明において、鋼板とは、切板状の鋼板のほか、コイル(帯板)状の鋼帯を含むものとする。
本発明によれば、優れた伸び、伸びフランジ性、耐遅れ破壊特性および耐衝突特性を両立した、TS1180MPa以上の高強度鋼板を得ることができるので、自動車、電気機器等の産業分野での利用価値は非常に大きく、とりわけ自動車車体の骨格部材及び補強部材への高強度鋼板の適用範囲を広げることができるため、自動車車体の軽量化、ひいてはCO2排出削減に大きく貢献することができる。
ラス状のベイニティックフェライトとその間に存在するラス状の残留オーステナイト(及び/又は無焼戻しマルテンサイト)の高い塑性変形能を示す図面代用のSEM(走査型電子顕微鏡)写真である。 粗大な塊状の残留オーステナイト及び/又は無焼戻しマルテンサイトと周囲の組織との界面に発生したボイドを示す図面代用のSEM(走査型電子顕微鏡)写真である。
以下、本発明を詳細に説明する。
まず、本発明において、鋼板組織を上記のように限定した理由について述べる。以下、面積率は、鋼板組織全体に対する面積率である。
残留オーステナイトと無焼戻しマルテンサイトのうち、円相当径が1μm以上かつ平均軸比(長軸/短軸)が3以下である粗大塊状組織の面積率:7%以下(0%を含む)
鋼板組織中の残留オーステナイトと無焼戻しマルテンサイトのうち、円相当径が1μm以上かつ平均軸比(長軸/短軸)が3以下である粗大塊状組織の面積率を7%以下(0%を含む)とすることは、本発明において最も重要な要件の一つである。ここで無焼戻しマルテンサイトとは、後述の350〜450℃での保持後の冷却中に生成するマルテンサイトを意味し、上記保持前に生成させ、保持中に焼戻されたマルテンサイトと区別するため、「無焼戻しマルテンサイト」と記載している。焼戻しマルテンサイト中には微細な鉄炭化物が多数存在しており、無焼戻しマルテンサイトとはSEM(走査型電子顕微鏡)によって明瞭に区別される。
図1は、本発明の鋼板を、図2は比較鋼を、それぞれ引張変形し、その破断部近傍の断面をSEM(走査型電子顕微鏡)で観察したものである。図1では、残留オーステナイト(及び/又は無焼戻しマルテンサイト)の大部分がラス状の形態を有しているのに対し、図2では、粗大塊状の形態を有する組織が多く観察される。また、マイクロボイドは粗大塊状組織の界面で生成しており、粗大塊状組織が多い図2ではマイクロボイドが多数生成している。
TRIP鋼板においては、一般的に、残留オーステナイトおよび無焼戻しマルテンサイトはC濃度が高く硬質であり、周囲の組織との硬度差が大きくなるため、伸びフランジ成形においてマイクロボイドの生成サイトとなることが知られている。しかし、本発明者らの検討の結果、ラス状のベイニティックフェライトとその間に存在するラス状の残留オーステナイト(及び/又は無焼戻しマルテンサイト)は、図1に示すように高い塑性変形能を有し、ボイド生成サイトとなり難いことが明らかとなった。この理由は必ずしも明らかではないが、例えば類似した組織である、フェライトと硬質なセメンタイトの層状複合組織であるパーライト単相組織鋼においても、パーライト内のフェライトとセメンタイトの界面にはボイドが生成し難く、強加工可能であることが知られている。これは、フェライトによる拘束の効果によるものであると考えられているが、本発明の組織においても、ベイニティックフェライトによる拘束効果によりボイドが生成し難くなり、強加工可能となると、本発明者らは考えている。
一方、図2に示すように粗大な塊状の残留オーステナイト及び/又は無焼戻しマルテンサイトと周囲の組織との界面はボイドの優先生成サイトとなり、伸びフランジ性を著しく劣化させることが本発明者らの検討で明らかとなった。さらに、詳細な検討を重ねた結果、円相当径が1μm以上かつ平均軸比(長軸/短軸)が3以下である粗大な塊状組織が、ボイド生成を顕著に促進すること、およびこのような粗大塊状組織の面積率を7%以下(0%を含む)とすることで、高い伸びフランジ性が得られることを知見した。さらに、このような粗大塊状組織を低減することで、曲げ加工後の耐遅れ破壊特性も向上させることが可能であることが明らかとなった。
この理由は必ずしも明らかではないが、曲げ加工によって生成するボイドが耐遅れ破壊特性を劣化させることが知られている(非特許文献1)が、本発明においても、粗大塊状組織を低減することによって、曲げ加工時のボイドの生成を抑制し、耐遅れ破壊特性が向上したものと、本発明者らは考えている。以上のような効果を得るためには、上記塊状粗大組織を極力低減することが好ましく、本発明で規定する優れた加工性および耐遅れ破壊特性を得るためには、その面積率を7%以下とする必要がある。より好ましくは5%以下である。なお、本要件において、残留オーステナイトと無焼戻しマルテンサイトを区別していないが、ボイドが生成する伸びフランジ成形のような強加工後には、残留オーステナイトの大半は歪誘起変態して高濃度のCを含む硬質な無焼戻しマルテンサイトとなることを確認しており、伸びフランジ成形のような強加工では、残留オーステナイトは無焼戻しマルテンサイトと同様の作用を奏すると考えられることから、残留オーステナイトと無焼戻しマルテンサイトを区別しなかった。
上部ベイナイトの面積率:50〜90%
本発明の鋼板は、上部ベイナイトを主相とする。本発明において、上部ベイナイトとは、ラス状のベイニティックフェライトと、該ベイニティックフェライトの間に存在するラス状残留オーステナイト及び/又は鉄炭化物の複合組織(鉄炭化物の析出が全く無い場合を含む)を意味する。ベイニティックフェライトは、ポリゴナルフェライトと異なり、形状がラス状でかつ内部に比較的高い転位密度を有するため、SEMやTEM(透過型電子顕微鏡)を用いて容易に区別できる。また、ラス状のベイニティックフェライト中に規則正しく並んだ微細な鉄炭化物が存在する下部ベイナイトや、マルテンサイトラスの境界や内部に微細な鉄炭化物が存在する焼戻しマルテンサイトとは、SEMを用いて区別可能である。上部ベイナイト変態によるベイニティックフェライトの生成は、未変態オーステナイト中にCを濃化させる上で重要であり、本発明においては、十分な量の上部ベイナイトを生成させることによって、残留オーステナイトを必要量確保できるとともに、前述の粗大塊状組織を7%以下とすることで、所望する伸び、伸びフランジ性、耐遅れ破壊特性を得ることができる。このような効果を得るためには、上部ベイナイトの面積率は50%以上とする必要がある。より好ましくは55%以上である。一方、上部ベイナイトの面積率が90%を超えると、後述する焼戻しマルテンサイトの必要量の確保が難しくなる懸念や、強度が低下する懸念があることから、上限は90%とする。
焼戻しマルテンサイトの面積率:5〜45%
焼戻しマルテンサイトを必要量含有させることは本発明において重要な要件である。所定の温度範囲での上部ベイナイト変態に先立ち、鋼組織の一部をマルテンサイト変態させることで、上記上部ベイナイト変態が著しく促進される。その結果、最終的に組織に残存して伸びフランジ性に悪影響を及ぼす前述の粗大塊状組織を効果的に低減することができる。このような効果が得られる理由については必ずしも明らかではないが、本発明者らは以下のように考えている。
通常、上部ベイナイト変態が起こると、生成したベイニティックフェライトから、ラス状のベイニティックフェライトの間および変態前方の未変態オーステナイトにCが排出される。変態前方の未変態オーステナイト中のC濃度が高くなると、ベイナイト変態の駆動力が低下し、変態が停止する。その結果、粗大な塊状の残留オーステナイト(及び/又は無焼戻しマルテンサイト)が鋼組織に残存し、伸びフランジ性および耐遅れ破壊特性を劣化させる。これに対し、上部ベイナイト変態速度が速い場合、ベイニティックフェライトから排出されるC原子の変態前方の未変態オーステナイトへの拡散が追いつかず、変態前方の未変態オーステナイトへのC原子の濃化が抑制される結果、ベイナイト変態の駆動力が変態後期まで保持され、結果として伸びフランジ性および耐遅れ破壊特性を劣化させる粗大な塊状の残留オーステナイト(及び/又は無焼戻しマルテンサイト)の面積率が低下するものと、本発明者らは考えている。
さらに、焼戻しマルテンサイトを一定量含有させることで、降伏強度、すなわち降伏比を高めることができ、優れた耐衝突特性が得られるようになることが明らかとなった。このような効果が得られる理由については必ずしも明らかではないが、マルテンサイトが焼戻されることによって、鋼板中の初期可動転位が減少したためであると、本発明者らは考えている。以上のような効果を得るためには、面積率で5%以上の焼戻しマルテンサイトを含有する必要がある。より好ましくは、10%以上である。一方、焼戻しマルテンサイトの面積率が45%を超えて高くなると、上部ベイナイト変態に伴って形成されるラス状の残留オーステナイト量が減少し延性が低下するため、焼戻しマルテンサイトの面積率は45%以下とする。より好ましくは40%以下である。
残留オーステナイトの面積率:5〜30%
残留オーステナイトは伸びの向上に有効であり、所望の伸びを得るために、5%以上の含有を必要とする。より好ましくは7%以上である。一方、30%を超える含有は、上述の粗大塊状組織の増加につながり、伸びフランジ性および加工後の耐遅れ破壊特性を劣化させる。よって、残留オーステナイト量は30%以下とする。より好ましくは25%以下である。
無焼戻しマルテンサイトの面積率:5%以下(0%を含む)
無焼戻しマルテンサイトは、主に粗大・塊状の形態で存在し、伸びフランジ性および加工後の耐遅れ破壊特性を低下させるため、極力低減することが好ましく、本発明で規定する特性を得るためには、5%以下とする必要がある。より好ましくは3%以下である。
ポリゴナルフェライトの面積率:5%以下(0%を含む)
ポリゴナルフェライトは軟質なため、周囲の上部ベイナイト等の硬質相との硬度差が大きくなり、伸びフランジ成形等の強加工において、ボイドの生成を助長することから、本発明においては、その面積率を5%以下と規定する。より好ましくは3%以下である。
上記規定の組織以外に下部ベイナイトを含有しても良いが、下部ベイナイトが生成する温度域では上部ベイナイトが生成しないため、過剰の下部ベイナイトの生成は必然的に上部ベイナイトの面積率の低下、さらには残留オーステナイトの面積率の低下につながるため、下部ベイナイトの面積率は10%以下であることが好ましい。より好ましくは5%以下である。
次に、本発明において、鋼板の成分組成を上記のように限定した理由について述べる。なお、以下の成分組成を表す%は質量%を意味するものとする。
C:0.15〜0.35%
Cは、強度確保および残留オーステナイト確保のために重要な元素の一つであり、TSを1180MPa以上かつ伸びを17%以上とするために、0.15%以上の含有を必要とする。より安定して強度および伸びを確保するためには0.17%以上が好ましい。一方、0.35%を超える含有は、伸びフランジ性、溶接性、靱性を著しく劣化させる。以上より、Cは0.15〜0.35%とする。より好ましくは、0.17〜0.30%とする。
Si:3.0%以下(0%を含む)
Siは、固溶強化により鋼の強度向上に寄与する有用な元素である。しかしながら、Si量が3.0%を超えると、ポリゴナルフェライトおよびベイナイト中のベイニティックフェライトへの固溶量の増加による加工性、靱性の劣化を招き、また、赤スケール等の発生による表面性状の劣化や、化成処理性の劣化を引き起こす。したがって、Si量は3.0%以下とする。好ましくは2.5%以下である。さらに好ましくは、2.2%以下である。また、Siは、炭化物の生成を抑制し、残留オーステナイトの生成を促進するのに有用な元素であることから、Si量は0.5%以上とすることが好ましい。炭化物の生成を抑制するには、後記するように、Si+Al:0.7%以上とする必要がある。炭化物の生成をAlのみで抑制する場合には、Siは添加する必要はなく、Si量は0%であっても良い。
Mn:2.00〜3.5%
Mnは、オーステナイトを安定化し、フェライト変態を遅延させる元素であり、Mnを適量添加することで、連続焼鈍後の冷却時のフェライト生成を抑制し、安定してポリゴナルフェライトを5%以下とすることができる。通常レベルの冷却速度で所望のポリゴナルフェライト量に制御するには2.00%以上の添加が必要である。一方、3.5%を超えるMnの添加は鋳造性の劣化などを引き起こす。以上より、Mnは2.00〜3.5%、より好ましくは2.2〜3.3%とする。
P:0.10%以下
Pは、溶接性を劣化させる上、旧オーステナイト粒界に偏析し、耐遅れ破壊特性を劣化させるため0.10%以下とする。より好ましくは0.05%以下、さらに好ましくは0.01%以下である。一方、0.005%未満とするには、大幅なコスト増加を引き起こすため、その下限は0.005%とすることが好ましい。
S:0.010%以下
Sは、鋼板中で介在物として存在し、伸びフランジ性を劣化させる。伸びフランジ性への悪影響を排除するためには、0.010%以下とする必要がある。より好ましくは0.005%以下、さらに好ましくは0.002%以下である。一方、0.0005%未満とするには、大幅なコスト増加を引き起こすため、その下限は0.0005%とすることが好ましい。
Al:2.0%以下
Alは、鋼の脱酸元素として添加され、鋼の清浄度を向上させるのに有用な元素である。また適性範囲のAlを添加したほうが、機械的性質が優れている。また、Alは炭化物の生成を抑制し、残留オーステナイトの生成を促進するのに有用な元素である。鋼の清浄度・機械的性質の向上の点からは0.005%以上の添加が好ましい。より好ましくは0.01%以上である。炭化物の生成を抑制するには、後記するように、Si+Al:0.7%以上とする必要がある。Al含有量が2.0%を超えると、鋼板中の介在物が多くなり伸びフランジ性を劣化させるほか、Ae3点の上昇が顕著となり、一般的な連続焼鈍炉において後述する温度範囲での焼鈍が困難となる。従って、Al添加量は2.0%以下とする。より好ましくは1.5%以下である。
Si+Al:0.7%以上
SiおよびAlはともに、上記したように、炭化物の生成を抑制し、残留オーステナイトの生成を促進するのに有用な元素である。炭化物の生成の抑制には、Si量とAl量の合計を0.7%以上とする必要がある。より好ましくは0.8%以上である。前記を満足すれば、SiまたはAlを単独で含有させてもよい。なお、Al量は、脱酸後に鋼板中に含有するAl量とする。
N:0.010%以下
Nは、本発明では不純物として取り扱う。0.010%を超えると強度バラツキの原因となるため、0.010%以下とする。より好ましくは0.005%以下である。一方、0.001%未満とするには、大幅なコスト増加を引き起こすため、製造コストの点からは、その下限を0.001%とすることが好ましい。
Cu:0.05〜0.5%
Cuは、本発明において重要な元素である。本発明で規定する鋼板組織を有する鋼に適量添加することで、伸び、伸びフランジ性および耐遅れ破壊特性を著しく向上させることができる。このような効果が得られる理由については必ずしも明らかではないが、Cuが存在することでラス状の残留オーステナイトがいっそう安定化され、伸びが向上するとともに、ベイニティックフェライトから排出されるCの拡散速度が低下し、変態前方へのCの拡散が抑制され、上述の粗大塊状組織が減少したものと考えられる。さらにCuを適量添加することによって、鋼板への水素侵入を抑制することができ、耐遅れ破壊特性を顕著に向上させることができる。このような効果を得るためには、0.05%以上の添加が必要である。より好ましくは0.1%以上である。一方、0.5%を超えて添加すると、Cの拡散を抑制する効果に対して、再加熱保持時のベイナイト変態速度を遅延する影響が大きくなり、上述の粗大塊状組織が7%を超え、伸びフランジ性を低下させる。よって、Cu添加の上限は0.5%とする。より好ましくは0.45%以下である。
また、本発明では上記の必須添加元素で目的とする特性が得られるが、所望の特性に応じて以下に述べる成分を適宜含有させることができる。
Ni:0.01〜1.0%
Niは、オーステナイト安定化元素であり、適量添加することで焼鈍後の冷却時のフェライト生成を抑制することができる。また、Cu同様、水素侵入を抑制する効果があり、耐遅れ破壊特性の向上にも有効である。このような効果を得るためには、0.01%以上の添加が必要である。一方、1.0%を超える添加は上記した効果が飽和するだけでなく、コストアップにつながる。以上より、Niは0.01〜1.0%とする。コストの観点から、より好ましくは、0.01〜0.5%である。
Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜0.5%、V:0.01〜0.5%の1種または2種以上
Cr、Mo、Vは、フェライト変態を遅延させる元素であり、それぞれ適量添加することで、連続焼鈍後の冷却時のフェライト生成を抑制し、安定してポリゴナルフェライトの面積率を5%以下とすることができる。このような効果を得るためには、それぞれ0.01%以上の添加が必要である。一方、Crについては1.0%、Mo、Vについてはそれぞれ0.5%を超える添加は上記した効果が飽和するだけでなく、コストアップにつながる。以上より、Crは0.01〜1.0%とする。コストの観点から、より好ましくは0.1〜0.5%である。Mo、Vはそれぞれ0.01〜0.5%とする。より好ましくは0.1〜0.3%である。
Ti:0.01〜0.1%、Nb:0.01〜0.1%の1種または2種
TiおよびNbは鋼の析出強化に有用で、その効果は、それぞれの含有量が0.01%以上で得られる。一方、それぞれの含有量が0.1%を超えると加工性が低下する。したがって、TiおよびNbを含有させる場合は、それぞれ、0.01〜0.1%の範囲とする。
B:0.0003〜0.005%
Bはオーステナイト粒界からポリゴナルフェライトが生成・成長することを抑制するのに有用な元素である。その効果は0.0003%以上の含有で得られる。一方、含有量が0.005%を超えると加工性が低下する。従って、Bを含有させる場合は、0.0003〜0.005%とする。より好ましくは、0.0003〜0.003%である。
Ca:0.0001〜0.0010%
Caは、本発明では不純物として取り扱う。0.0010%を超えると伸びフランジ性や曲げ性が低下するため、0.0010%以下とする。より好ましくは0.0005%以下である。一方、0.0001%未満とするには、大幅なコスト増加を引き起こすため、製造コストの点から、その下限を0.0001%とする。以上から、Caを含有させる場合は、0.0001〜0.0010%とする。より好ましくは、0.0001〜0.0005%である。
上記以外の残部はFe及び不可避的不純物である。不可避的不純物としては、例えば、Sb、Sn、Zn、Co等が挙げられ、これらの含有量の許容範囲としては、Sb:0.01%以下、Sn:0.1%以下、Zn:0.01%以下、Co:0.1%以下の範囲である。また、本発明では、Mg、Zr、REMを通常の鋼組成の範囲内で含有しても、その効果は損なわれない。
次に、本発明の高強度鋼板の好ましい製造方法について説明する。
前述の化学成分範囲に調整された溶鋼から、連続鋳造または造塊でスラブを溶製する。そのスラブに、熱間圧延工程、冷間圧延工程、連続焼鈍工程を順次施す。
使用する鋼スラブは、成分のマクロ偏析を防止すべく連続鋳造法で製造することが好ましいが、造塊法、薄スラブ鋳造法によっても可能である。
熱間圧延工程は、スラブをいったん室温まで冷却し、その後再加熱するだけでなく、冷却しないで、温片のままで加熱炉に装入して再加熱する方法、あるいは保熱を行った後に直ちに圧延する、あるいは鋳造後そのまま圧延する直送圧延・直接圧延などの省エネルギープロセスも適用できる。
いったん室温まで冷却し再加熱する場合、スラブ加熱温度は1000℃以上とするのが好ましい。上限は特に限定されないが、1300℃を超えると酸化量の増加にともなうスケールロスが増大することなどから、1300℃以下とすることが好ましい。また、冷却しないで、温片のままで加熱炉に装入し再加熱する場合も、スラブ加熱温度は1000℃以上とするのが好ましい。
次いで、必要に応じて粗圧延を行った後、仕上げ圧延を行う。仕上げ圧延温度が800℃を下回ると、鋼板の組織が不均一になり、加工性を劣化させるので仕上げ圧延温度は800℃以上とするのが好ましい。上限は特に限定されないが、過度に高い温度で圧延するとスケール疵などの原因となるので、1000℃以下とすることが好ましい。その後、仕上げ圧延温度から平均冷却速度30℃/s以上で700℃以下まで冷却し、700℃以下で巻き取ることが好ましい。仕上げ圧延温度から700℃以下までの平均冷却速度が30℃/s未満ではフェライト粒径が粗大となるため、冷間圧延後の焼鈍時にオーステナイト粒径が粗大となり、加工性や靱性に悪影響を及ぼすことから、平均冷却速度30℃/s以上で700℃以下まで冷却することが好ましい。また、巻取り温度が700℃を超えると、巻取り後のスケールロスが増大することから、700℃以下で巻き取ることが好ましい。
なお、熱間圧延時に圧延荷重を低減するために仕上げ圧延の一部または全部を潤滑圧延としてもよい。潤滑圧延を行うことは、鋼板形状の均一化、材質の均一化の観点からも有効である。潤滑圧延の際の摩耗係数は0.10〜0.25の範囲とすることが好ましい。また、相前後するシートバー同士を接合し、連続的に仕上げ圧延する連続圧延プロセスとしてもよい。連続圧延プロセスを適用することは、熱間圧延の操業安定性の観点からも望ましい。
次いで、上記により得られた熱延板に冷間圧延を施す。冷間圧延工程では、熱延板に冷間圧延を施し冷延板とする。冷間圧延条件は、所望の寸法形状の冷延板とすることができればよく、特に限定されないが、表面の平坦度や組織の均一性の観点から、圧下率20%以上とすることが好ましい。なお、冷間圧延前には、常法によって酸洗を施すことが好ましいが、熱延板表面のスケールが極めて薄い場合には酸洗を施すことなく直接冷間圧延を施してもよい。
次いで、得られた冷延板に連続焼鈍を施す。連続焼鈍工程では、冷延板に焼鈍を施し冷延焼鈍板とする。連続焼鈍は、連続焼鈍ラインで行うことが好ましい。
連続焼鈍工程では、Ae3点-10℃以上900℃以下の温度域に加熱保持する。加熱保持温度がAe3点-10℃未満では、鋼板の最終組織におけるポリゴナルフェライトの面積率が5%を超え、伸びフランジ性が劣化する。一方、加熱保持温度が900℃を超えると、その後の冷却中のオーステナイトからポリゴナルフェライトへの変態が促進され、伸びフランジ性が劣化する。このため、加熱保持温度はAe3点-10℃以上900℃以下とする。より好ましくは、Ae3点以上Ae3点+50℃以下の温度範囲である。なお、保持時間は、鋼板組織の均一性の観点からAe3点-10℃以上となる時間が60s以上であることが好ましい。さらに好ましくは120s以上である。また、生産性の観点から、保持時間は1000s以下が好ましい。
次いで、前記加熱保持温度から、Ms点-10℃〜Ms点-100℃の冷却停止温度まで冷却する。後述の上部ベイナイト変態をさせるための保持に先立ち、Ms点-10℃〜Ms点-100℃に冷却することで、鋼板組織の一部をマルテンサイト変態させることができ、その後の保持中に焼戻しマルテンサイトとすることができる。冷却停止温度がMs点-10℃を超えると、必要量の焼戻しマルテンサイトを得ることができず、伸びフランジ性および耐遅れ破壊特性が劣化する。一方、冷却停止温度がMs点-100℃未満では、焼戻しマルテンサイトの面積率が規定を超えて多くなるため、上部ベイナイトが減少し、必要量の残留オーステナイトが得られず、伸びが低下する。よって、冷却停止温度はMs点-10℃〜Ms点-100℃と規定する。より好ましくは、Ms点-15℃〜Ms点-90℃である。
前記冷却の際に、前記加熱保持温度から400℃まで平均冷却速度5℃/s以上で冷却し、400℃から前記冷却停止温度まで平均冷却速度1〜20℃/sで冷却する。上記加熱保持温度から400℃までの平均冷却速度が5℃/s未満になると冷却中にポリゴナルフェライトが多量に生成し、伸びフランジ性が低下する。より好ましい平均冷却速度は10℃/s以上である。400℃までの冷却速度は速いほど、Mn等の焼入れ元素を低減することができ、経済的に好ましい。
また、400℃から冷却停止温度までの平均冷却速度は1〜20℃/sとする。400℃から冷却停止温度までの平均冷却速度が20℃/sを超えると鋼板の幅方向、長手方向の冷却停止温度の変動に起因して焼戻しマルテンサイト量が変動し、材質バラツキが大きくなる懸念があるため、20℃/s以下とする。より好ましい平均冷却速度は10℃/s以下である。400℃から冷却停止温度までの平均冷却速度が1℃/s未満では生産性が低下するため400℃から冷却停止温度までの平均冷却速度は1℃/s以上とする。より好ましくは2℃/s以上である。
上述したAe3点(オーステナイト化温度)およびMs点(マルテンサイト変態開始温度)は、正確には、熱膨張曲線を測定し、加熱、冷却中にオーステナイトおよびマルテンサイトの生成によって体積膨張する温度を測定することにより求めることができるが、実験式などにより近似的に求めてもよい。また、冷却手段は特に限定されず、空冷、ガス冷却、気水冷却、油冷却、低融点液体金属冷却、水冷等で行えばよい。
前記の冷却停止温度まで冷却した後350〜450℃の温度域に再加熱し、該温度域で30〜1500s保持する。再加熱温度が350℃未満では下部ベイナイトが生成し、必要量の上部ベイナイトが得られないので、再加熱温度は350℃以上とする。より好ましくは370℃以上である。再加熱温度が450℃を超えると上部ベイナイト変態速度が著しく低下して、粗大塊状組織が多くなり、伸びフランジ性および耐遅れ破壊特性が低下するので、再加熱温度は450℃以下とする。より好ましくは430℃以下である。また、再加熱温度での保持時間が30s未満では十分に上部ベイナイトが生成せず、粗大塊状組織が多くなり、伸びフランジ性および耐遅れ破壊特性が低下するので、保持時間は30s以上とする。より好ましくは60s以上である。一方、保持時間が1500sを超えると生産性が低下し、製造コストアップにつながるので、保持時間は1500s以下とする。なお、冷却停止温度まで冷却したら、該冷却停止温度で保持することなく、再加熱して直ちに昇温することが好ましい。製造プロセス上、昇温開始までに一定時間を要する場合は、昇温開始までの時間は10秒以下とすることが好ましい。冷却停止温度で10秒を超えて保持すると、下部ベイナイトが生成し、必要量の上部ベイナイトが得られなくなることがある。また、冷却停止後の平均昇温速度は、10℃/s以上とすることが好ましい。10℃/s未満では昇温中に下部ベイナイトが生成し、必要量の上部ベイナイトが得られなくなることがある。より好ましくは20℃/s以上である。
再加熱保持後100℃までの冷却速度は、1℃/sec以上が望ましい。1℃/sec未満では、生産性が阻害される。
なお、本発明における一連の熱処理では、上述した所定の温度範囲内であれば、保持温度は一定である必要はなく、所定の温度範囲で変動しても本発明の趣旨を損なわない。冷却速度についても同様である。また、熱履歴さえ満足すれば、鋼板はいかなる設備で熱処理を施されても構わない。
また、焼鈍後、形状矯正、表面粗度等の調整のために、伸び率0.3%以下の調質圧延を施してもよい。さらに、焼鈍後、酸洗処理やNi等を5〜500mg/m2程度付着する処理等を施して、化成処理性、溶接性、耐食性、耐かじり性等の改善を行ってもよい。焼鈍後に電気めっき等の表面処理を施すことも本発明の範囲に含まれる。
表1に示す成分組成の鋼を溶製して得た鋼片を、1200℃に再加熱後、仕上げ圧延温度:870℃、巻取り温度:600℃で、板厚3.0mmまで熱間圧延を行った。仕上げ圧延後、600℃まで平均冷却速度35℃/sで冷却し、巻き取った。酸洗後、冷間圧延を施して、板厚1.4mmの冷延板とし、次いで、表2、表3に示す条件で焼鈍を施した。なお、冷却停止温度に冷却してからは直ちに再加熱した。得られた冷延板に、伸び率:0.2%の調質圧延を施した後に試験片を採取し、組織評価、引張試験、穴広げ試験、遅れ破壊試験を実施した。各試験方法の詳細は以下の通りである。
<組織評価>
得られた冷延鋼板から試験片を採取し、圧延方向に平行な断面について、走査電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡を用いて微視組織を観察し、組織の種類の同定を行い、各相の面積率を求めた。残留オーステナイトの面積率については、鋼板を板厚方向に板厚の1/4まで研削・化学研磨し、X線回折強度測定により求めた。入射X線にはCo-Kαを用い、フェライトの(200)、(211)、(220)各面の回折強度に対するオーステナイトの(200)、(220)、(311)各面の強度比から残留オーステナイトの面積率を計算した構成相の種類、面積率を表2、表3に示す。なお、残留オーステナイトは上部ベイナイトと粗大塊状組織に含まれており、無焼戻しマルテンサイトは粗大塊状組織に含まれている。
<引張試験>
得られた冷延鋼板から長軸を圧延方向に直交する方向としたJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241(1998年)の規定に準拠して引張試験を行った。引張試験により得られた、降伏強度(YS)、引張強さ(TS)、降伏比(YR)、伸び(EL)を表2、表3に示す。なお、YR≧0.67の場合に耐衝突特性に優れる、EL≧17%の場合に伸びが良好であるとする。
<穴広げ試験>
伸びフランジ性の指標として、日本鉄鋼連盟規格JFST1001-1996に準拠して、穴広げ試験を実施した。穴広げ率(λ)を表2、表3に示す。なお、λ≧30%の場合に伸びフランジ性が良好であるとする。
<遅れ破壊試験>
長手を圧延方向に平行に採取した100mm×30mmの試験片に曲げ半径:10mmでU曲げ加工後、スプリングバック分をボルトで締付けることによって応力負荷した試験片(非特許文献1参照)を、25℃の0.1%チオシアン酸アンモニウム溶液に浸漬し、破壊時間を調査し、加工後の耐遅れ破壊特性を評価した。0.1%チオシアン酸アンモニウム溶液は、浸漬試験中に極めて少ない鋼板溶解量で、鋼中に水素を導入することが可能である(非特許文献2参照)。なお、使用環境および0.1%チオシアン酸アンモニウム溶液浸漬によって鋼板に侵入する水素量は、鋼板の成分、組織、加工量に依存して変化するが、本発明では、0.1%チオシアン酸アンモニウム溶液浸漬によって鋼板に侵入する水素量は、鋼板の種類や加工量によらず、使用環境において鋼板に侵入する可能性がある水素量の5〜10倍程度であることを確認しており、十分な安全率を確保した試験である。0.1%チオシアン酸アンモニウム溶液中で100時間浸漬破壊しない場合を、遅れ破壊特性が良好(○)、破壊した場合を遅れ破壊特性が劣る(×)とした。
調査結果を表2、表3に示す。
表2、表3より、本発明例は、いずれもTS≧1180MPa、YR≧0.67、EL≧17%、λ≧30%であり、かつ遅れ破壊が発生しておらず、高強度で、伸び、伸びフランジ性、耐遅れ破壊特性、耐衝突性に優れていることが分かる。また、比較例は、TS、YR、EL、λ、遅れ破壊特性の少なくとも一つの特性が劣っている。すなわち、C添加量が下限を外れるNo.1は、TSが1180MPaに達していないうえ、残留オーステナイトの面積率が下限値を下回っており、EL<17%と伸びが低い。No.4は加熱保持温度が低いため、ポリゴナルフェライトの面積率が上限値を超えており、YR、λ、耐遅れ破壊特性が不十分である。No.5は加熱保持温度が900℃を超えており、ポリゴナルフェライト組織が発明範囲を外れ、λが低い。No.6は加熱保持温度から400℃までの平均冷却速度が低いため、ポリゴナルフェライトの面積率が上限値を超えており、YR、λ、耐遅れ破壊特性が不十分である。No.11、12は冷却停止温度がMs点-10℃よりも高いため、必要量の焼戻しマルテンサイトを確保できておらず、YR、λ、耐遅れ破壊特性が不十分である。No.18は冷却停止温度がMs点-100℃を下回っており、焼戻しマルテンサイトの面積率が多くなったため、必要量の上部ベイナイトを得ることができず、伸びが劣る。No.19は再加熱保持温度が低く、下部ベイナイトが生成した結果、必要量の上部ベイナイトを得ることができず、伸びが劣る。No.22は再加熱保持温度が規定よりも高く、ベイナイト変態速度が低下したため、粗大塊状組織が多量に残存し、YR、λ、耐遅れ破壊特性が劣る。さらに、局部伸びの低下によりELも不十分となっている。No.23は再加熱保持時間が短いためベイナイト変態が十分に起こっておらず、粗大塊状組織が多量に残存し、λ、耐遅れ破壊特性が劣る。No.26はCuが添加されていないため、粗大塊状組織が多量に残存し、YR、λ、耐遅れ破壊特性が劣る。さらに、Cuによる残留オーステナイト安定化効果が得られておらず、伸びも低い。No.30はCuが上限を超えて添加されているため、粗大塊状組織が多量に残存し、YR、λ、耐遅れ破壊特性が劣る。No.31はSi+Alが下限値よりも低いため、必要量の残留オーステナイトを得ることができず、伸びが低い。No.36はSi量が上限超えているため、λが低い。No.39はMnが下限値を下回っており、TSが1180MPaに達していないうえ、冷却中にフェライトが規定値を超えて生成したため、YR、λが劣る。No.42はCが上限を超えており、λ、耐遅れ破壊特性が不十分である。
本発明の高強度鋼板は、自動車分野だけでなく家電および建築など、高強度、高伸び、高伸びフランジ性、優れた耐遅れ破壊特性が必要とされる分野への適用が好適である。

Claims (7)

  1. 質量%で、C:0.15〜0.35%、Si:3.0%以下、Mn:2.00〜3.5%、P:0.10%以下、S:0.010%以下、Al:2.0%以下、N:0.010%以下、Cu:0.05〜0.5%を含有し、さらにSi+Al:0.7%以上を満足し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、鋼板組織は、鋼板組織全体に対する面積率で、上部ベイナイト:50〜90%、焼戻しマルテンサイト:5〜45%、残留オーステナイト:5〜30%、無焼戻しマルテンサイト:5%以下(0%を含む)、ポリゴナルフェライト:5%以下(0%を含む)であり、さらに、前記残留オーステナイトと前記無焼戻しマルテンサイトのうち、円相当径が1μm以上かつ平均軸比(長軸/短軸)が3以下である粗大塊状組織の面積率が7%以下(0%を含む)であって、引張強さが1180MPa以上であることを特徴とする高強度鋼板。
  2. さらに、成分組成として、質量%で、Ni:0.01〜1.0%を含有することを特徴とする請求項1に記載の高強度鋼板。
  3. さらに、成分組成として、質量%で、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜0.5%、V:0.01〜0.5%のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の高強度鋼板。
  4. さらに、成分組成として、質量%で、Ti:0.01〜0.1%、Nb:0.01〜0.1%のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
  5. さらに、成分組成として、質量%で、B:0.0003〜0.005%を含有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
  6. さらに、成分組成として、質量%で、Ca:0.0001〜0.0010%を含有することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
  7. 請求項1乃至6のいずれか1項に記載の成分組成を有する鋼スラブに、熱間圧延工程、冷間圧延工程を施した後、連続焼鈍工程において、Ae3点-10℃以上900℃以下の温度域で加熱保持した後、Ms点-10℃〜Ms点-100℃の冷却停止温度まで冷却し、その際、前記加熱保持温度から400℃まで平均冷却速度5℃/s以上で冷却し、400℃から前記冷却停止温度まで平均冷却速度1〜20℃/sで冷却し、次いで350〜450℃の温度域に再加熱し、該温度域で30〜1500s保持することを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の高強度鋼板の製造方法。
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