JP2012233244A - 鋼製ボルトおよびその製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】引張強度が1200MPa以上の耐遅れ破壊特性に優れた鋼製ボルトおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】引張強度1200MPa以上を有し、ボルトねじ底表面から500μm以内における残留応力の最大値σ(引張残留応力)と最小値σ(圧縮残留応力)が2.0≦|σ/σ|≦10.0を満足するとともに、ねじ底表面から少なくとも50μmまでの表層部のビッカース硬さが450未満である鋼製ボルト。ボルト用鋼の化学組成は、質量%で、C:0.30〜0.55%、Si:0.01〜0.30%、Mn:0.10〜0.60%、P:0.025%以下、S:0.030%以下、Al:0.005〜0.10%、Cr:1.0〜2.5%、Mo:0.25〜2.0%およびN:0.003〜0.030%を含有し、残部がFeおよび不純物からなることが好ましい。
【選択図】 なし

Description

本発明は、鋼製ボルトおよびその製造方法に係り、特に、1200MPa以上の引張強度を有するとともに耐遅れ破壊特性に優れた鋼製ボルトおよびその製造方法に関する。
ボルト用鋼、すなわちボルトの素材となる鋼としては、例えば、JIS G 4053(2008)に規定されたSCM440などのクロムモリブデン鋼が用いられる。一般的に、ボルトの強度は引張強度で1000MPa程度に調整されている。これは、引張強度が1200MPaを超えると、ボルトの破壊が発生しやすくなるためである。
上記の破壊は「遅れ破壊」と呼ばれ、静荷重下に置かれた鋼が、一定時間経過後に脆性的に破断する現象である。腐食により鋼中に侵入した水素による水素脆化の一種と考えられており、高強度鋼ほど遅れ破壊が生じやすいことが知られている。そして、この遅れ破壊が、ボルトを高強度化する上で最大の障害となっている。
近年、自動車および各種産業機械の軽量化、また、建築構造物の大型化に伴い、塑性域締付け等のより高軸力の締付けにおいても遅れ破壊を発生しない高強度ボルトへの要望が高まっており、このため、1200MPa以上の引張強度を有するボルトの開発が急務となっている。
引張強度が1200MPa以上の高強度鋼の耐遅れ破壊特性を改善するために、種々の検討がなされており、例えば、特許文献1〜3には、Cr、MoおよびVを含有させて焼入れ性と焼戻し軟化抵抗を向上させた高強度ボルト用鋼が開示されている。
さらに、耐遅れ破壊特性の向上のために、所定の残留圧縮応力を表層に付与したボルトとして、例えば、特許文献4にはショットピーニング処理した鋼、特許文献5には、熱処理後にねじ転造したボルトが開示されている。
特開平7−278735号公報 特開2000−328191号公報 特開2001−32044号公報 特開平7−292434号公報 特開2007−31734号公報
櫛田隆弘、松本斉、倉富直行、津村輝隆、中里福和、工藤赳夫:13T級高力ボルト用鋼の遅れ破壊感受性の定量化と水素吸蔵挙動、鉄と鋼、82(1996)、第297頁
特許文献1〜3に記載された発明によれば、高強度ボルトの耐遅れ破壊特性をある程度向上させることが可能である。しかし、特許文献1では塑性域締付け等の高軸力の締結については全く記載されていない。また特許文献2および3では、塑性域締付けについて考慮されているものの、耐遅れ破壊特性と伸びとを個別に評価しているのみであり、塑性域締付け等の高軸力の締結時に、十分な耐遅れ破壊特性を有するか明らかでない。
また、特許文献4に記載された方法によって製造されたボルトは、ショットピーニング処理によって荒れた表面が破壊の起点となり、耐遅れ破壊特性を劣化させる問題がある。
特許文献5に記載された方法によって製造されたボルトは、表層の硬さが高いために、破壊の起点となる表層部に水素が集積しやすく、耐遅れ破壊特性を劣化させる問題がある。
そこで、本発明は、前述のような従来技術の問題点を解決し、引張強度が1200MPa以上の耐遅れ破壊特性に優れた鋼製ボルトおよびその製造方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記の課題に対して詳細な検討を行った結果、以下の知見を得るに至った。
(A)塑性域締付け等の高軸力の締結時においても、良好な耐遅れ破壊特性を得るためには、高強度鋼製ボルトの表面硬さを抑えつつ、ねじ底表面近傍に所定の比率に制御した残留応力を付与することが極めて効果的である。
(B)鋼の化学組成を最適な組成とすることによって、耐遅れ破壊特性に優れ、かつ引張強度が1200MPa以上の高強度鋼製ボルトを実現することが可能である。
(C)鋼製ボルトの表面硬さを抑えるためには、適正な範囲のカーボンポテンシャルの加熱雰囲気で焼入れを行うことが有効である。
(D)鋼製ボルトのねじ底表面近傍に所定の比率に制御した残留応力を付与するためには、引張応力を負荷後、除荷する方法が極めて有効である。
本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、その要旨は、下記の(1)〜(3)に示す鋼製ボルトおよび(4)に示す鋼製ボルトの製造方法にある。
(1)引張強度1200MPa以上を有し、ボルトねじ底表面から500μm以内における残留応力の最大値σ(引張残留応力)と最小値σ(圧縮残留応力)が下記(I)式を満足するとともに、ねじ底表面から少なくとも50μmまでの表層部のビッカース硬さが450未満であることを特徴とする鋼製ボルト。
2.0≦|σ/σ|≦10.0・・・(I)
(2)鋼の化学組成が、質量%で、C:0.30〜0.55%、Si:0.01〜0.30%、Mn:0.10〜0.60%、P:0.025%以下、S:0.030%以下、Al:0.005〜0.10%、Cr:1.0〜2.5%、Mo:0.25〜2.0%およびN:0.003〜0.030%を含有し、残部がFeおよび不純物からなることを特徴とする上記(1)に記載の鋼製ボルト。
(3)鋼の化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、さらにNb:0.10%以下、V:0.50%以下およびTi:0.50%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする上記(2)に記載の鋼製ボルト。
(4)所定のボルト形状に成形加工した後、鋼のC含有量に対して0.50倍以上、1.10倍未満のカーボンポテンシャルの雰囲気中でオーステナイト域に加熱して焼入れを行い、引張強度1200MPa以上に焼戻しした後、引張強度の0.90〜1.50倍の引張応力をねじ底断面に負荷し、除荷することを特徴とする上記(1)から(3)までのいずれかに記載の鋼製ボルトの製造方法。
本発明の鋼製ボルトは、引張強度が1200MPa以上の高強度であり、かつ塑性域締付けのような高軸力の締付けにおいても十分な耐遅れ破壊特性を有するので、例えば、自動車、各種産業機械および建築構造物などに使用される高強度ボルトとして好適である。
ねじ底表面近傍における残留応力を模式的に説明する図である。 実施例で用いたボルトの形状および寸法を示した図である。 実施例におけるボルトの表面硬さの測定箇所を示した図である。図中の×が測定箇所を示す。 実施例における水素チャージ定荷重試験の試験形態を模式的に示した図である。
1.ねじ底表層部における残留応力
ボルトを締結すると、被締結体を締付ける反力としてボルトの軸方向断面に引張応力が作用する。このとき、ねじ底部に応力が集中するため、ねじ底部を起点として遅れ破壊が生じ得る。
ボルトねじ底部に対してあらかじめ残留応力を付与すると、図1に示すように、ねじ底から500μm以内に最大値σ(引張残留応力)と最小値σ(圧縮残留応力)を生じる。|σ|(引張残留応力の絶対値)の増加は引張応力を増長するため、遅れ破壊を起こりやすくするのに対して、|σ|(圧縮残留応力の絶対値)の増加は引張応力を緩和するため、遅れ破壊を起こりにくくする。
|σ/σ|が2.0未満では、σに対するσの遅れ破壊抑制効果は十分でなく、また、10.0より大きい場合には、残留応力を付与した際に生じた塑性歪が過大となり、水素の集積を生じて遅れ破壊を助長するため、|σ/σ|の下限を2.0、上限を10.0とした。|σ/σ|は3.0以上であることが好ましく、8.5以下であることが好ましい。
2.ねじ底表層部における硬さ
鋼の硬さが高いほど転位密度が高く、これらが水素トラップサイトとなり水素の集積を生じやすいため、遅れ破壊を助長する。特に、ねじ底部表面から50μmまでの表層部のビッカース硬さが450以上の場合にその傾向が顕著となり、耐遅れ破壊特性が低下することから、ねじ底表層部におけるビッカース硬さを450未満とした。ねじ底表層部におけるビッカース硬さは430以下であることが好ましい。また、ねじ底表層部におけるビッカース硬さの下限は320であることが好ましい。
3.鋼の化学組成
本発明の鋼製ボルトの化学組成については特に規定はないが、以下のCからNまでの元素を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有するものであることが望ましい。
ここで「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
C:0.30〜0.55%
Cは、焼入れ性を高めて強度を向上させる作用を有する。十分な焼入れ性を得て1200MPa以上の引張強度を安定して得るためには、0.30%以上のCを含有させることが望ましい。しかしながら、0.55%を超える量のCを含有させてもその効果は飽和し、また、冷間加工性が低下して、冷間鍛造法によるボルトへの成形が困難となる場合がある。したがって、Cの含有量は0.30〜0.55%とすることが望ましい。なお、Cの強度向上作用を十分に発揮させるためには、C含有量の下限を0.34%とすることがより望ましく、この場合には1300MPa以上の引張強度を安定して確保することができる。より一層高い引張強度を確保するためには、C含有量の下限を0.37%とすることがさらに望ましい。一方、冷間加工性の低下を抑えて冷間鍛造法でのボルト成形を容易にするためには、C含有量の上限を0.52%とすることがより望ましい。
Si:0.01〜0.30%
Siは脱酸に有効な元素であり、この効果を十分に発揮させるためには、少なくとも0.01%のSiを含有させることが望ましい。一方、Siの含有量が0.30%を超えると、冷間鍛造法によるボルトへの成形性が著しく低下する場合がある。したがって、Siの含有量は0.01〜0.30%とすることが望ましい。Siの脱酸作用をより十分に発揮させるためには、0.05%以上含有させることがより望ましい。また、冷間鍛造法でのボルト成形を容易にするためには、Si含有量の上限を0.25%とすることがより望ましい。
Mn:0.10〜0.60%
Mnは焼入れ性を高めて強度を向上させる作用を有する。この効果を十分に発揮させるためには、Mnを0.10%以上含有させることが望ましい。一方、Mnの含有量が0.60%を超えると、粒界に偏析して粒界割れ型の遅れ破壊の発生を招く場合がある。したがって、Mnの含有量は0.10〜0.60%とすることが望ましい。安定した焼入れ性を得るためにはMnを0.20%以上含有させることがより望ましい。さらに良好な耐遅れ破壊特性を確保するには、Mn含有量の上限は0.50%とすることがより望ましい。
P:0.025%以下
Pは、鋼中に不純物として含有され、粒界に偏析して靱性および耐遅れ破壊特性を低下させ、特に、その含有量が0.025%を超えると、靱性および耐遅れ破壊特性の低下が顕著になりやすい。したがって、Pの含有量は0.025%以下とすることが望ましい。Pの含有量は極力低い方が望ましい。
S:0.030%以下
Sは、鋼中に不純物として含有され、通常、上述したMnとともにMn硫化物として存在し、腐食に伴って溶解する際に硫化水素を発生することで水素侵入を促進し、耐遅れ破壊特性を低下させ、特に、Sの含有量が0.030%を超えると、水素侵入による耐遅れ破壊特性の低下が著しくなりやすい。したがって、Sの含有量は0.030%以下とすることが望ましい。さらに良好な耐遅れ破壊特性を確保するためには、S含有量は0.015%以下とすることがより望ましく、0.010%以下とすることがさらに望ましい。
Al:0.005〜0.10%
Alは、鋼の脱酸に有効な元素であり、この効果を十分に確保するためには、0.005%以上含有させることが望ましい。一方、Alを0.10%を超えて含有させても前記の効果は飽和し、また、フェライト相の生成が促進されて耐遅れ破壊特性が低下する場合がある。したがって、Alの含有量は0.005〜0.10%とすることが望ましい。Alの脱酸作用をより十分に発揮させるためには、Al含有量の下限を0.01%とすることがより望ましい。また、フェライト相の生成を抑止して良好な耐遅れ破壊特性を確保するためには、Al含有量の上限を0.05%とすることがより望ましい。なお、本発明のAl含有量とは酸可溶Al(いわゆる「sol.Al」)を指す。
Cr:1.0〜2.5%
Crは、耐遅れ破壊特性を低下させることなく焼入れ性を高めて強度を向上させる作用を有する。1200MPa以上の引張強度を得るためには、Crを1.0%以上含有させることが望ましい。しかしながら、Crを2.5%を超えて含有させてもその効果は飽和してコストが嵩み、また、「M」をFe、CrおよびMoの1種または2種以上として、旧オーステナイト粒界に粗大なM23型炭化物が析出して耐遅れ破壊特性が低下する場合がある。したがって、Crの含有量は1.0〜2.5%とすることが望ましい。良好な耐遅れ破壊特性を確保するためには、Cr含有量の上限を1.5%とすることがより望ましい。
Mo:0.25〜2.0%
Moは、耐遅れ破壊特性を低下させることなく焼入れ性を高めて強度を向上させる作用を有する。MoにはVとともに微細なMo−V系炭化物を形成することによって析出強化に寄与し、焼戻し温度を下げることなく強度を向上させる作用もある。1200MPa以上の引張強度を得るためには、Moを0.25%以上含有させることが望ましい。しかしながら、Moを2.0%を超えて含有させてもその効果は飽和してコストが嵩み、また、「M」をFe、MoおよびCrの1種または2種以上として、旧オーステナイト粒界に粗大なM23型炭化物が析出して耐遅れ破壊特性が低下する場合がある。したがって、Moの含有量は0.25〜2.0%とすることが望ましい。なお、Moの強度向上作用を十分に発揮させるためには、Mo含有量の下限を0.35%とすることがより望ましく、この場合には1300MPa以上の引張強度を安定して確保することができる。良好な耐遅れ破壊特性を確保するためには、Mo含有量の上限を1.0%とすることがより望ましい。
N:0.003〜0.030%
NはNb、Alと結びついて窒化物を形成し、ピンニング効果により細粒化に有効に働き、耐遅れ破壊特性を改善する。その効果を十分に発揮させるためには、0.003%以上含有させることが望ましい。しかしながら、その含有量が過剰になると溶製時に窒素ブローホールが生成して加工時の疵発生の原因となりやすい。したがって、Nの含有量の上限は0.030%とすることが望ましい。なお、より良好な耐遅れ破壊特性を確保するためにはN含有量の下限を0.005%以上とすることがより望ましい。
本発明の鋼製ボルトは、Feの一部に代えて、さらに以下に示す量のNb、VおよびTiのうちの1種以上を含有させることができる。
Nb:0.10%以下
Nbは、C、Nと結びついて炭窒化物を形成し、ピンニング効果により細粒化に有効に働き、耐遅れ破壊特性を改善するので必要に応じて含有させても良い。しかしながら、0.10%を超えるとこれらの効果が飽和するので、Nbを含有させる場合の量の上限を0.10%とする。なお、この効果を安定して発現させるためには、Nbを0.005%以上含有させるのが望ましい。
V:0.50%以下
Vは、Moとともに焼戻し時に微細なMo−V炭化物を形成することによって析出強化に寄与し、焼戻し温度を下げることなく強度を向上させる作用を有するので必要に応じて含有させても良い。しかしながら、0.50%を超えてVを含有させてもその効果は飽和してコストが嵩み、しかも、過剰なV系炭化物が生成することにより吸蔵水素濃度が増加して耐遅れ破壊特性の低下を招く。したがって、含有させる場合のVの含有量を0.50%以下とする。過剰なV系炭窒化物の生成を防止して耐遅れ破壊特性の低下を抑止するためには、Vの含有量の上限は0.40%とすることがより望ましい。
一方、前記のVの強度向上効果を十分に得るためには、V含有量の下限を0.05%とすることが望ましく、この場合には1300MPa以上の引張強度を安定して確保することができる。なお、V含有量のより望ましい下限は0.10%である。
Ti:0.50%以下
Tiは、微細な炭窒化物を形成して結晶粒を微細化し、耐遅れ破壊特性を改善する作用を有するので、この効果を得るためにTiを含有させても良い。しかしながら、0.50%を超えてTiを含有させても上記の効果は飽和してコストが嵩み、しかも、過剰でまた粗大なTi系炭窒化物が生成することにより冷間加工性が低下するので、冷間鍛造法によるボルトへの成形が困難となる。したがって、含有させる場合のTiの含有量を0.50%以下とした。Ti含有量の上限は0.10%とすることが望ましく、0.05%とすることがより望ましい。
一方、前記のTiの結晶粒微細化による耐遅れ破壊特性改善効果を安定して得るためには、Ti含有量の下限を0.005%とすることが望ましく、0.01%とすることがより望ましい。
上記のNb、V、Tiは、そのうちのいずれか1種のみまたは2種以上の複合で含有させることができる。これらの元素の合計含有量は、0.60%以下とすることが望ましく、0.40%以下とすることがより望ましい。
4.ボルトの製造方法
圧延鋼材に焼鈍し、伸線、冷間鍛造およびねじ転造を施してボルト形状に成形加工する。その後、高い引張強度を安定して得るとともに、組織の均一性を確保するために、オーステナイト域に加熱して焼入れし、1200MPa以上の引張強度が得られる温度で焼戻し処理を施す。
なお、熱処理時にいわゆる「浸燐現象」が生じることを防止して、良好な耐遅れ破壊特性を安定して確保するために、冷間加工用の潤滑剤としては、燐(P)を含まないものを用いることが望ましい。
<焼入れ温度>
1.0〜2.5%のCrおよび0.25〜2.0%のMoを複合して含まない化学組成のボルト用鋼を素材とするボルトの場合には、焼入れの加熱温度は860℃未満のオーステナイト域の温度とすれば良い。
一方、1.0〜2.5%のCrおよび0.25〜2.0%のMo、さらに必要に応じて、0.5%以下のVおよびTi、0.10%以下のNbの1種以上を含むボルト用鋼を素材とするボルトは、焼入れ時にCr、Mo、V等の炭化物生成元素をマトリックスに十分固溶させるために、焼入れの加熱温度は860℃以上とすることが望ましく、880℃以上とすることがより望ましい。
但し、焼入れの加熱温度が1000℃を超えると組織が粗粒化して耐遅れ破壊特性が低下する。したがって、上記化学組成のボルト用鋼を素材とするボルトを焼入れする場合の加熱温度は、860〜1000℃とすることが望ましく、880〜1000℃とすることがより望ましい。
<焼入れ時の加熱雰囲気のカーボンポテンシャル>
焼入れ時における加熱雰囲気のカーボンポテンシャルがボルトを構成する鋼のC含有量の1.10倍以上になると、ボルト表層が顕著に浸炭され、ねじ底部表面から少なくても50μmまでの表層部のビッカース硬さが450以上となり、耐遅れ破壊特性が劣化する。よって、焼入れ時の加熱雰囲気のカーボンポテンシャルはボルトを構成するC含有量の1.10倍未満とした。
一方、カーボンポテンシャルが低くなりすぎると、鋼製ボルトの表層は脱炭が激しくなり、フェライト化して組織の不均一を招く。そのため、焼入れ時の加熱雰囲気のカーボンポテンシャルはボルトを構成するC含有量の0.50倍以上とした。なお、焼入れ時の加熱雰囲気のカーボンポテンシャルはボルトを構成するC含有量の0.80倍以上とするのが望ましい。
<焼戻し温度>
焼戻しは、焼入れ時に導入された転位密度を低減し、かつ炭化物を球状化して耐遅れ破壊特性を向上させるために、その温度は極力高くすることが望ましく、引張強度が1200MPa以上の高強度ボルトの耐遅れ破壊特性を向上させるためには450℃以上の温度で焼戻しすることが望ましい。また、引張強度が1300MPa以上の高強度ボルトの耐遅れ破壊特性を向上させるためには500℃以上の温度で焼戻しを行うことが望ましく、さらに、引張強度が1400MPa以上の高強度ボルトの耐遅れ破壊特性を向上させるためには600℃以上の温度で焼戻しを行うことが望ましい。
<ボルトのねじ底断面に負荷する引張応力>
ボルトねじ底部に残留応力を付与すると同時に、その値を測定することは困難であるため、残留応力を与える引張応力の条件を規定した。引張応力が引張強度の0.90倍未満である場合、十分な残留応力を付与できず、|σ/σ|も2.0未満となるため、その効果が得られない。また、引張応力が引張強度の1.50倍より大きい場合、|σ/σ|が10.0を超え、残留応力を付与した際に生じた塑性歪が水素の集積を生じて耐遅れ破壊特性を低下させる。よって、引張応力の下限を引張強度の0.90倍、上限を引張強度の1.50倍とした。
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
供試材の化学組成、熱処理条件および引張強度を表1に示す。これらの成分を有する鋼材に冷間鍛造・ねじ転造を行って図2のボルト形状とし、1200MPa以上の引張強度となるよう、焼入れ、焼戻しを行った。また、これらボルトに対し引張試験機を用いて、ボルトのねじ底に残留応力を付与した。
Figure 2012233244
焼入れ時における加熱雰囲気のカーボンポテンシャルCP、CPをボルトを構成する鋼のC含有量で除した値X、引張応力σ、引張応力を引張強度で除した値Y、残留応力の最小値σ(圧縮残留応力)、最大値σ(引張残留応力)、|σ/σ|、ねじ底表層部のビッカース硬さ、および耐遅れ破壊特性の評価結果としての限界電位を表2に示す。
Figure 2012233244
表層硬さは、図3に示すねじ底から50μm以内の表層部において、試験力0.49Nでマイクロビッカース硬さを任意位置で3点測定し、その平均値を採用した。残留応力については、電解研磨で10〜50μmピッチずつ掘り下げながら、X線回折法により20点測定した。
耐遅れ破壊特性の評価方法としては、非特許文献1に記載の水素チャージ定荷重試験を用いた。試験形態を図4に示す。図4に示すように、引張試験機のチャック2によりボルト1の頭部およびねじ端部を固定し、ボルト1のねじ底断面に対して、塑性域締付けに相当する応力として引張強度の100%の引張応力を付与した。さらに、試験槽3内には3%食塩水溶液を満たし、対極4に銀塩化銀電極5で定電位に保ち、ボルト1に水素チャージを行った。試験時間は各電位で200時間とし、定電位を−0.9Vから−0.05Vずつ減少させて割れ発生を調べ、破断しない最小電位を限界電位とした。
なお、限界電位は値が低い程、より厳しい水素侵入条件でも耐久することを意味し、耐遅れ破壊特性に優れることを示す。
表2から、本発明例として示す試験番号1、4、6、8、10、12の場合、残留応力について2.0≦|σ/σ|≦10.0および、表層硬さについてビッカース硬さが450未満という本発明で規定する条件を満たしているため、限界電位は−1.25〜−1.35Vであり、十分な耐遅れ破壊特性が得られている。
これに対して、比較例のうちで試験番号2、5、9、13の場合、表層硬さがビッカース硬さが450以上であるため、耐遅れ破壊特性が低下し、限界電位は−0.95〜−1.05Vであり、十分な耐遅れ破壊特性が得られていない。
また、比較例のうちで試験番号3、7、11の場合、|σ/σ|が2.0未満または10.0を超えているため、残留応力の効果が十分得られず、限界電位は−0.95〜−1.05Vであり、十分な耐遅れ破壊特性が得られていない。
以上の結果から、本発明例は比較例に比べ限界電位が低く、すなわち、より厳しい水素侵入環境に耐久可能であり、耐遅れ破壊特性の向上が顕著であると言える。
本発明の鋼製ボルトは、引張強度が1200MPa以上の高強度であり、かつ塑性域締付けのような高軸力の締付けにおいても十分な耐遅れ破壊特性を有するので、例えば、自動車、各種産業機械および建築構造物などに使用される高強度ボルトとして好適であり、ボルトの本数低減や軽量化などの産業上の効果が期待できる。
1.ボルト
2.チャック
3.試験槽
4.対極
5.電極
11.引張応力

Claims (4)

  1. 引張強度1200MPa以上を有し、ボルトねじ底表面から500μm以内における残留応力の最大値σ(引張残留応力)と最小値σ(圧縮残留応力)が下記(I)式を満足するとともに、ねじ底表面から少なくとも50μmまでの表層部のビッカース硬さが450未満であることを特徴とする鋼製ボルト。
    2.0≦|σ/σ|≦10.0・・・(I)
  2. 鋼の化学組成が、質量%で、C:0.30〜0.55%、Si:0.01〜0.30%、Mn:0.10〜0.60%、P:0.025%以下、S:0.030%以下、Al:0.005〜0.10%、Cr:1.0〜2.5%、Mo:0.25〜2.0%およびN:0.003〜0.030%を含有し、残部がFeおよび不純物からなることを特徴とする請求項1に記載の鋼製ボルト。
  3. 鋼の化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、さらにNb:0.10%以下、V:0.50%以下およびTi:0.50%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする請求項2に記載の鋼製ボルト。
  4. 所定のボルト形状に成形加工した後、鋼のC含有量に対して0.50倍以上、1.10倍未満のカーボンポテンシャルの雰囲気中でオーステナイト域に加熱して焼入れを行い、引張強度1200MPa以上に焼戻しした後、引張強度の0.90〜1.50倍の引張応力をねじ底断面に負荷し、除荷することを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかに記載の鋼製ボルトの製造方法。
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