JP2011190474A - 耐水素脆性に優れた超高強度薄鋼板 - Google Patents

耐水素脆性に優れた超高強度薄鋼板 Download PDF

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Abstract

【課題】TRIP鋼板の特徴である優れた延性を損なうことなく、引張強度が1180MPa以上の超高強度域において、耐水素脆化性が著しく高められた超高強度薄鋼板を提供する。
【解決手段】本発明の超高強度鋼板は、C:0.10〜0.25%、Si:1.0〜3.0%、Mn:1.0〜3.5%、P:0.010%以下、S:0.002%以下、または0.004%以上0.01%以下、Al:1.5%以下、Cr:0.003〜2.0%、残部:鉄及び不可避不純物であり、Mn量を[Mn]、S量を[S]としたとき、[Mn]×1000[S]が2.2以下、または12.5以上25以下を満足すると共に、全組織に対する面積率で、残留オーステナイトを1%以上含有し、前記残留オーステナイト結晶粒は、平均軸比(長軸/短軸)が5以上、平均短軸長さが1μm以下、前記留オーステナイト結晶粒間の最隣接距離が1μm以下を満足し、且つ、引張強度が1180MPa以上である。
【選択図】なし

Description

本発明は、耐水素脆性に優れた超高強度鋼板に関し、特に引張強度1180MPa以上の超高強度鋼板で問題となる置き割れや遅れ破壊といわれる水素による破壊が抑制された超高強度薄鋼板に関するものである。本発明の鋼板は、例えば自動車や輸送機などの素材として好適に用いられる。
1180MPa以上の超高強度鋼板として、特にTRIP(TRansformation Induced Plasticity;変態誘起塑性)鋼板が注目されている。TRIP鋼板はオーステナイト組織が残留しており、マルテンサイト変態開始温度(Ms点)以上の温度で加工変形させると、応力によって残留オーステナイト(残留γ)がマルテンサイトに誘起変態して大きな伸びが得られる鋼板である。TRIP鋼板は、母相の種類によって分類され、例えばポリゴナルフェライトを母相とするTPF鋼、焼戻マルテンサイトを母相とするTAM鋼、ベイニティックフェライトを母相とするTBF鋼等が知られている。このうちTBF鋼は古くから知られており、硬質のベイニティックフェライトによって高強度が得られ易く、また、ラス状のベイニティックフェライトの境界に生成する微細な残留オーステナイトによって非常に優れた伸びが得られるといった特徴を有している。更にTBF鋼は、1回の熱処理(連続焼鈍工程またはめっき工程)によって容易に製造できるという製造上のメリットもある。
一方、1180MPa級以上の超高強度域では、他の高強度鋼材と同様にTRIP鋼板においても、水素脆化による遅れ破壊という弊害が新たに生じることが知られている。遅れ破壊は、高強度鋼において、腐食環境または雰囲気から発生した水素が、転位、空孔、粒界などの欠陥部へ拡散して材料を脆化させ、応力が付与された状態で破壊を生じる現象であり、その結果、金属材料の延性や靭性が低下する等の弊害をもたらす。鋼板の強度が増加するにつれ、耐水素脆性は低下する傾向にある。
このような事情に鑑み、本願出願人は、ベイニティックフェライトとマルテンサイトを母相とし、残留オーステナイトを含むTRIP鋼板であって、残留オーステナイトの面積率や分散形態を適切に制御することにより、耐水素脆性が高められたTRIP鋼板を開示している(例えば特許文献1および特許文献2)。詳細には、水素トラップ能力、水素吸蔵能力が非常に高いベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトに着目し、特に、残留オーステナイトの作用を十分発揮させるため、残留オーステナイトの形態を、サブミクロンオーダーの微細ラス状としている。
上記鋼板によって耐水素脆性は従来より格段に向上するが、更なる向上が求められている。
特開2007−197819号公報 特開2006−207018号公報
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、TRIP鋼板の特徴である優れた延性を損なうことなく、引張強度が1180MPa以上の超高強度域において、耐水素脆性が著しく高められた超高強度薄鋼板を提供することにある。
上記課題を解決し得た本発明の超高強度鋼板は、C:0.10〜0.25%(質量%の意味。以下、同じ)、Si:1.0〜3.0%、Mn:1.0〜3.5%、P:0.010%以下(0%を含まない)、S:0.002%以下(0%を含まない)、または0.004%以上0.01%以下、Al:1.5%以下(0%を含まない)、Cr:0.003〜2.0%、残部:鉄及び不可避不純物であり、Mn量を[Mn]、S量を[S]としたとき、[Mn]×1000[S]が2.2以下、または12.5以上25以下を満足すると共に、全組織に対する面積率で、残留オーステナイトを1%以上含有し、前記残留オーステナイト結晶粒は、平均軸比(長軸/短軸)が5以上、平均短軸長さが1μm以下、前記留オーステナイト結晶粒間の最隣接距離が1μm以下を満足し、且つ、引張強度が1180MPa以上であるところに要旨を有するものである。
本発明の好ましい実施形態において、上記鋼板は、全組織に対する面積率で、ベイニティックフェライト及びマルテンサイトが合計で80%以上であり、フェライト及びパーライトが合計で9%以下(0%を含む)を満足するものである。
本発明の好ましい実施形態において、上記鋼板は、更に、Cu:0.003〜0.5%、Ni:0.003〜1.0%、Mo:1.0%以下、Nb:0.1%以下、Ti:0.003〜1.0%、V:0.003〜1.0%、Zr:0.003〜1.0%、およびW:0.003〜1.0%よりなる群から選択される少なくとも一種を含む。
本発明の好ましい実施形態において、上記鋼板は、更に、Ca:0.0005〜0.005%、Mg:0.0005〜0.01%、およびREM:0.0005〜0.01%よりなる群から選択される少なくとも一種を含む。
本発明の好ましい実施形態において、上記鋼板は、更に、B:0.0002〜0.01%を含む。
本発明によれば、鋼中のPおよびSを著しく低減し、且つ、Mn量とS量が適切に制御されているので、耐水素脆性が著しく高められた引張強度1180MPa以上の超高強度薄鋼板を提供することができた。
図1は、残留オーステナイトの短軸長さ及び長軸長さ、並びに残留オーステナイト結晶粒間の最隣接距離を説明するための模式図である。 図2は、実施例において、[Mn]×1000[S]と耐水素脆性との関係を示すグラフである。
本発明者らは、上記特許文献の出願後も、当該特許文献に記載の組織形態をベースとして更に検討を重ねてきた。その結果、鋼中成分について、PおよびSを著しく低減し(詳細には、Pについて0.010%以下;Sについて0.002%以下、または0.004%以上0.01%以下)、且つ、Mn量とS量を適切に制御する(詳細にはMn量を[Mn]、S量を[S]としたとき、[Mn]×1000[S]が2.2以下、または12.5以上25以下)ことにより、上記特許文献に比べて耐水素脆性が一層高められた引張強度1180MPa以上の超高強度薄鋼板が得られることを見出し、本発明を完成した。
はじめに、鋼中成分について説明する。
まず、本発明を最も特徴付けるP、S、および[Mn]×1000[S]について説明する。
P:0.010%以下(0%を含まない)
Pは、粒界偏析による粒界破壊の助長をするほか、腐食の起点にもなる元素であり、その結果、粒界などで水素濃度が高まり、耐遅れ破壊性を劣化させる。本発明者らの検討結果によれば、P量を、これまでよりも一層低いレベル(上限を0.010%)まで低減化すると、耐水素脆性が格段に向上することが判明した。P量が0.010%を超えると、Mn量とS量を適切に制御しても耐水素脆性を大きく向上させることができない。P量の上限は低い程良く、好ましくは0.005%、更に好ましくは0.003%である。なお、耐水素脆性の観点からすればP量は少ない方が良いが、一方、0.03%以上添加すると耐食性が向上するため、耐食性を考慮する場合は、0.03%以上添加することが好ましい。具体的には、耐水素脆性と耐食性とのバランスを考慮し、P量の下限を適切に制御することが好ましい。
S:0.002%以下(0%を含まない)、または0.004%以上0.01%以下
Sは、耐遅れ破壊性に対して複雑な挙動を示す元素であり、特に残留オーステナイトを含むTRIP鋼板では、残留オーステナイトの含有率、形状、炭素濃度などによって遅れ破壊に対する寄与度も変わるが、一般には、下記(ア)〜(ウ)の理由により、Sはあまり添加しないほうが耐遅れ破壊性が向上するといわれている。
(ア)Sは腐食環境下での腐食の起点となり、腐食発生や水素吸収を助長する元素であること、
(イ)SはMnSなどの介在物を生成し、この介在物が割れの起点となって機械的強度を劣化させること、
(ウ)Sは残留オーステナイトを不安定化させる作用があり、TBF鋼のようなTRIP鋼では、あまり添加しないほうが良いこと。
一方、(エ)本発明者らの検討結果によれば、上記MnSは、MnSとその周囲との境界(界面)にて水素をトラップする能力が強く、MnSが微細に分散していると、耐遅れ破壊性向上に寄与することがわかった。
更に、(オ)鋼中にNiやCuを含む場合、Sとの反応によって形成されるNi32やCu2Sなどの硫化物は、鋼材表面上の水素が鋼中に侵入するのを防止する作用があるため、耐遅れ破壊性向上に望ましい場合もあることがわかった。
このようなSの耐水素脆性に及ぼす作用(長所、短所)に鑑み、本発明では、S量について、(i)S:0.002%以下、または(ii)S:0.004%以上0.01%以下の二つの態様を特定した。
まず、耐水素脆性に及ぼすSの悪影響(短所)を考慮し、(i)S:0.002%以下と、Sを極微量レベルに低減化した。このようにS量を極限まで低減化させれば、腐食の起点にもならないので水素トラップの必要もない。上記(i)において、S量は少ない程良く、好ましくは0.001%以下である。
一方、耐水素脆性に及ぼすSの有用性(長所)も勘案し、Sの悪影響とのバランスを考慮して、(ii)S:0.004%以上0.01%以下とした。すなわち、上記(エ)や(オ)の作用を有効に発揮させるため、S量の下限を0.004%とした。ただし、S量が過剰になると、上記(ア)〜(ウ)の弊害が現れるため、S量の上限を0.01%とする。つまり、S:≦0.002%かS:0.004%≦S≦0.01%とする。上記(ii)において、好ましいS量は、0.005%以上0.009%以下である。
[Mn]×1000[S]:2.2以下、または12.5以上25以下
本発明では、P量およびS量を上記のように制御すると共に、Mn量およびS量の関係も適切に制御している。耐水素脆性に影響を及ぼすMnSは、Mn量によっても変化するため、S量とは別に、Mn量とS量との関係も適切に制御する必要があるためである。ここで、「[Mn]×1000[S]」のパラメータは、耐水素脆性に及ぼすMn量およびS量の関係を調べるために行なった多くの基礎実験に基づき決定されたものであり、[Mn]の係数1に対して[S]の係数を1000としたのは、耐水素脆性に及ぼす寄与度(弊害割合)は、Mn量に比べてS量の方が格段に著しく大きいことが、上記基礎実験の結果、判明したからである。
具体的には、まず、MnSによる耐水素脆性への弊害を考慮して、(i)[Mn]×1000[S]の上限を2.2とした。上記(i)において、[Mn]×1000[S]の値は少ない程良く、好ましくは2.0以下であり、より好ましくは1.8以下である。なお、その下限は特に限定されず、[Mn]および[S]に基づき決定されるものを採用することができるが、強度などの機械的特性や清浄鋼(低S鋼)を得るうえでの限界を考慮すると、1.0以上が好ましい。
一方、MnSによる耐水素脆性への有用性も勘案し、悪影響とのバランスを考慮して、(ii)[Mn]×1000[S]:12.5以上25以下とした。上記(i)のようにMn量およびS量を極限まで低減させるには製造コストも上昇するため、上記(ii)では、コストを抑えて所望の効果を発揮させることができる。上記(ii)において、[Mn]×1000[S]は、好ましくは13以上20以下であり、より好ましくは15以上18以下である。
以上、本発明を最も特徴付ける元素および関係式について説明した。本発明において、その他の成分は、以下のとおりである。
C:0.10〜0.25%
Cは、鋼板の強度向上に寄与し、特に所定の残留オーステナイトを確保するために必須の元素である。本発明で対象とする1180MPa以上の強度を確保し、1面積%以上の残留オーステナイトを確保するためには、C量を0.10%以上とする。好ましいC量は0.12%以上である。但し、過剰に添加すると耐食性や溶接性が低下するため、これらの特性を確保する観点から、C量を0.25%以下とする。好ましいC量は0.23%以下である。
Si:1.0〜3.0%
Siは、残留オーステナイトが分解して炭化物が生成するのを有効に抑える元素であり、且つ、鋼板の硬質化に寄与する置換型固溶体強化元素である。このような作用を有効に発現させるため、Si量を1.0%以上とする。好ましいSi量は1.2%以上であり、より好ましくは1.5%以上である。但し、Si量が3.0%を超えると熱間圧延でのスケール形成が顕著になるほか、スケールによる疵の除去にコストがかかり経済的に不利なため、Si量の上限を3.0%とする、好ましいSi量は2.5%以下であり、より好ましくは2.0%以下である。
Mn:1.0〜3.5%
Mnは、残留オーステナイトの安定化と、所望の残留オーステナイト量確保のために有用な元素であり、そのためにMn量の下限を1.0%とする。好ましいMn量は1.2%以上であり、より好ましくは1.5%以上である。但し、過剰に添加するとMnの偏析が顕著になり、残留オーステナイトの安定性が低下し、加工性が劣化する恐れがあるため、Mn量の上限を3.5%とする。加工性も含めて考慮すると、好ましいMn量は3.0%以下である。
Al:1.5%以下(0%を含まない)
Alは脱酸元素として有用であり、そのためには、Al量を0.01%以上とすることが好ましい。また、Alは、脱酸作用のみならず耐食性向上作用および耐水素脆化性向上作用も有している。Al添加により耐食性が向上し、その結果、大気腐食下で発生する水素量が低減されるため、耐水素脆化性が向上すると考えられる。更にAl添加によってラス状残留オーステナイトの安定性が向上し、耐水素脆化性の更なる向上に寄与していると考えられる。このような作用を有効に発揮させるためには、Al量を0.02%以上とすることが好ましい。Al量は、より好ましくは0.2%以上であり、さらに好ましくは0.5%以上である。ただし、過剰に添加するとアルミナ等の介在物が増加し、加工性が劣化するため、Al量の上限を1.5%とする。
Cr:0.003〜2.0%
Crは、焼入れ性向上による強度向上と、耐食性向上作用による大気腐食下での水素量低減に伴う耐水素脆性の向上をもたらす元素として有用である。また、本発明では、後記する熱処理条件を採用しているため、Cr添加によっても鋼中に粗大炭化物は析出されず、微細炭化物が鋼中に分散され、残留オーステナイトが効果的に生成されるようになる。その結果、水素トラップ能が向上し、び割れの伝搬を防止できる。このような作用は、好ましくは、Cuおよび/またはNiと共存することによって一層有効に発揮される。Crによる上記作用を有効に発揮させるため、Cr量の下限を0.003%とする。好ましいCr量は0.1%以上であり、より好ましくは0.3%以上である。ただし、過剰に添加しても上記作用が飽和するだけでなく、加工性が劣化するため、Cr量の上限を2.0%とした。好ましいCr量は1.5%以下であり、より好ましくは1.0%以下である。
本発明の鋼板は上記成分を含有し、残部:鉄及び不可避不純物である。但し、本発明の作用を損なわない限度において、下記の選択成分を含有することができる。
Cu:0.003〜0.5%、Ni:0.003〜1.0%、Mo:1.0%以下、Nb:0.1%以下、Ti:0.003〜1.0%、V:0.003〜1.0%、Zr:0.003〜1.0%、およびW:0.003〜1.0%よりなる群から選択される少なくとも一種
これらの元素は、錆などの腐食発生を抑制して母材の耐食性向上に寄与する元素であり、上記元素を単独で、または少なくとも二種以上を併用することができる。
詳細には、CuおよびNiは、鋼板自体の耐食性を向上させ、鋼板の腐食による水素発生を十分に抑制することができる元素である。また、これらの元素は、大気中で生成する錆の中でも熱力学的に安定で保護性があるといわれている酸化鉄(α−FeOOH)の生成を促進させる効果も有しており、当該錆の生成促進を図ることにより、発生した水素の鋼板への侵入を一層抑制でき、過酷な腐食環境下での水素による腐食割れを十分に抑制することができる。上記効果を発揮させるには、Cu量およびNi量の下限を、それぞれ、0.003%とすることが好ましい。より好ましくは、いずれの元素についても、0.05%以上であり、更に好ましくは0.1%以上である。ただし、過剰に添加すると加工性が劣化するため、Cu量およびNi量の上限について、それぞれ、0.5%、1.0%とすることが好ましい。より好ましくは、Cu量:0.3%以下、Ni量:0.5%以下である。
上記以外の元素のうちTi、V、Zr、Wについて、これらの好ましい含有量はいずれも、0.003〜1.0%である。
このうちTiは、上記のCu、Ni、Crと同様に保護性錆の生成促進効果を有する元素である。この保護性錆は、特に塩化物環境下で生成して耐食性(結果的に耐水素脆性)に悪影響を及ぼすβ−FeOOHの生成を抑制するという非常に有益な作用を有している。この様な保護性錆の形成は、特にTiとV(更には、Zr、W)を複合添加することによって促進される。更にTiは、非常に優れた耐食性向上元素であり、鋼を清浄化する効果も有している。また、Vは、上述の通りTiと共存して耐水素脆性向上効果を有する他、鋼板の強度上昇、細粒化にも有効な元素である。また、Zrは、鋼板の強度上昇や細粒化に有効な元素であり、Tiと共存させると耐水素脆性向上効果も発揮される。また、Vは、鋼板の強度上昇、細粒化に有効な元素であり、さらに炭窒化物の形態制御により水素のトラップサイトとして有効な作用を有する。TiとZrの共存により、耐水素脆性が著しく向上する。また、Wは、鋼板の強度上昇に有効であり、その析出物は水素トラップサイトとしても有効である。また、生成した錆は塩化物イオンを反発する性能を有するため、耐食性の更なる向上にも寄与する。WをTiやZrと共存させると、耐食性と耐水素脆性の両方が向上するようになる。
これらのTi、V、Zr、Wによる上記作用を有効に発揮させるためには、単独または二種以上を含むときはその合計量が0.003%以上(より好ましくは0.01%以上)であることが好ましい。ただし、過剰に添加すると、炭窒化物の析出が多くなり加工性の低下を招くため、単独または二種以上を含むときはその合計量が1.0%以下であることが好ましく、より好ましくは0.5%以下である。
また、Moは残留オーステナイトを安定化させ、所望の残留オーステナイト量を確保するために有用な元素であり、そのほか、水素侵入を抑制し遅れ破壊特性を向上させる効果や、鋼板の焼入れ性を高めるためにも有用な元素である。更に、粒界を強化して水素脆性の発生を抑制する作用がある。このような作用を有効に発揮させるため、Mo量は0.005%以上であることが好ましく、より好ましくは0.01%以上である。但し、過剰に添加すると上記作用が飽和するため、Mo量の上限を1.0%とすることが好ましい。より好ましいMo量は0.3%以下である。
また、Nbは、鋼板の強度上昇及び細粒化に非常に有用な元素であり、特にMoとの複合効果により上記作用が増強される。このような作用を有効に発揮させるため、Nb量は0.005%以上であることが好ましく、より好ましくは0.01%以上である。但し、過剰に添加すると上記作用が飽和するため、Nb量の上限を0.1%とすることが好ましい。より好ましいNb量は0.3%以下である。
Ca:0.0005〜0.005%、Mg:0.0005〜0.01%、およびREM:0.0005〜0.01%よりなる群から選択される少なくとも一種
これらの元素は、pHの低下を抑制して耐食性向上に寄与する元素であり、上記元素を単独で、または少なくとも二種以上を併用することができる。
詳細には、Ca、Mg、およびREMは、鋼板表面の腐食に伴う界面雰囲気の水素イオン濃度の上昇を抑制し、pHの低下抑制に有効な元素であり、その結果、局部腐食性が向上する。更にこれらの元素は、鋼中硫化物の形態を制御し、加工性の向上にも寄与する。このような作用を有効に発揮させるため、いずれの元素も、それぞれ0.0005%以上であることが好ましい。より好ましくは、いずれの元素も0.001%以上である。但し、過剰に添加すると加工性が低下するため、Ca量は0.005%以下、Mg量は0.01%以下、REM量は0.01%以下であることが好ましい。
ここで、REM(希土類元素)とは、ランタノイド元素(周期表において、原子番号57のLaから原子番号71のLuまでの合計15元素)に、Sc(スカンジウム)とY(イットリウム)とを加えた元素群を意味する。
B:0.0002〜0.01%
Bは、耐食性向上作用のほか、焼入れ性を高めて強度向上に有効な元素である。更に、粒界に濃化することにより粒界割れを防止する作用もある。このような作用を有効に発揮させるため、B量は0.0002%以上であることが好ましく、より好ましくは0.001%以上である。但し、過剰に添加すると、熱間加工性が低下するため、B量の上限を0.01%とすることが好ましい。より好ましいB量は0.005%以下である。
以上、本発明の鋼中成分について説明した。
次に、組織について説明する。上述したとおり、本発明鋼板は、全組織に対する面積率で、残留オーステナイトを1%以上含有し、前記残留オーステナイト結晶粒は、平均軸比(長軸/短軸)が5以上、平均短軸長さが1μm以下、前記留オーステナイト結晶粒間の最隣接距離が1μm以下を満足している。
上記組織は、本願出願人が先に開示した上記特許文献に記載の組織と基本的には同じであり、所望とする高レベルの耐水素脆性が得られるように、残留オーステナイトの量や形態を制御すると共に、母相組織もベイニティックフェライトおよびマルテンサイトの二相組織とした。以下、各要件について説明する。
残留オーステナイトを1%以上
本発明では、水素吸蔵能を高め、高い伸びを確保するという観点から、全組織に対する残留オーステナイトの面積率を1%以上とする。好ましくは2%以上であり、より好ましくは3%以上である。但し、残留オーステナイトの面積率が多くなりすぎると所望とする強度の確保が困難になるなどの問題が生じるため、その上限を15%とする。残留オーステナイトの好ましい面積率は14%以下であり、より好ましく13%以下である。
残留オーステナイト結晶粒の平均軸比(長軸/短軸)5以上、平均短軸長さ1μm以下、残留オーステナイト結晶粒間の最隣接距離1μm以下
本発明では更に、残留オーステナイトの平均軸比、平均短軸長さ、および残留オーステナイト結晶粒間の最隣接距離を適切に制御し、サブミクロンオーダーの微細ラス状組織とすることが重要である。図1に、残留オーステナイトの短軸長さ及び長軸長さ、並びに残留オーステナイト結晶粒間の最隣接距離を説明するための模式図を示す。
まず、残留オーステナイトの平均軸比(長軸/短軸)は5以上とする。耐水素脆性向上の観点からは、上記平均軸比は大きい程良く、好ましくは10以上である。一方、TRIP効果を有効に発揮させるためには残留オーステナイトの厚さがある程度必要となるため、上記観点から、残留オーステナイトの平均軸比の上限を30とすることが好ましい。より好ましくは20以下である。
更に、残留オーステナイトの平均短軸長さは1μm以下とする。平均短軸長さが短く微細な残留オーステナイト結晶粒が多数分散している方が、残留オーステナイトの表面積が大きくなり、水素トラップ能が増大するからである。残留オーステナイトの好ましい平均短軸長さは0.5μm以下であり、より好ましくは0.25μm以下である。なお、その下限は、耐水素脆性の観点からは特に限定されない。
更に、残留オーステナイト結晶粒間の最隣接距離は1μm以下であることが好ましい。これは、微細なラス状残留オーステナイト結晶粒が微細に分散することにより、破壊の伝搬が抑制されるためと考えられる。好ましい最隣接距離は0.8μm以下であり、より好ましくは0.5μm以下である。
本発明で規定する上記微細ラス状オーステナイトの水素トラップ能力は、いわゆる炭化物の能力よりも遥かに大きく、いわゆる大気腐食で侵入する水素を実質無害化することができる。
残留オーステナイト以外の組織については、全組織に対する面積率で、母相組織としてベイニティックフェライトおよびマルテンサイトを合計で80%以上とするのが好ましく、より好ましくは85%以上である。母相組織の上限は他の組織とのバランスによって決定され、例えばフェライト及びパーライトはできるだけ少ない方が良く、合計で9%以下であることが好ましい。フェライト組織等を含有しない場合は、母相組織と残留オーステナイトのみから構成されるため、母相組織の上限は99%である。
このようにベイニティックフェライトおよびマルテンサイトを母相とし、上記の微細ラス状残留オーステナイトを含む複合組織とすることにより水素起因の遅れ破壊特性を著しく向上させることができる。
ここで、上記組織の判別方法は以下のとおりである。
ベイニティックフェライトは、板状のフェライトであり、転位密度が高い下部組織を意味し、転位がないか、あるいはきわめて少ない下部組織を有するポリゴナルフェライト(本発明ではこのポリゴナルフェライトをフェライトとよぶ)とはSEM観察によって明瞭に区別される。ベイニティックフェライトは、SEM写真では濃灰色を示す(ベイニティックフェライトと、残留オーステナイトやマルテンサイトとを明確に分離区別できない場合もある)が、ポリゴナルフェライトはSEM写真において黒色であり、多角形の形状で、内部に残留オーステナイトやマルテンサイトを含まない。
残留オーステナイトは「EBSP(Electron Back Scatter diffraction Pattern)検出器を備えたFE−SEM」により、FCC(面心立方格子)として観察される領域を意味する。EBSPは試料表面に電子線を入射させてこのときに発生する反射電子から得られた菊池パターンを解析することにより電子線入射位置の結晶方位を決定するものであり、電子線を試料表面に2次元で走査させ、所定のピッチごとに結晶方位を測定すれば、試料表面での方位分布を測定できる。測定の一例を挙げる。板厚1/4の位置で圧延面と平行な面における任意の測定面積(約50μm×50μm、測定間隔は0.1μm)を測定対象とする。なお、当該測定面まで研磨する際には、残留オーステナイトの変態を防ぐため、電解研磨する。次に、上記「EBSP検出器を備えたFE−SEM」を用い、EBSP画像を高感度カメラで撮影しコンピューターに画像として取り込む。画像解析を行い、既知の結晶系(残留オーステナイトの場合はFCC(面心立方格子))を用いたシミュレーションによるパターンとの比較によって決定したFCC相をカラーマップする。このようにして、マッピングされた領域の面積率をもとめ、これを残留オーステナイト組織の面積率とする。
次に、上記鋼板を製造する方法について説明する。上述した通り、本発明鋼板は、特にP量、S量、[Mn]と[S]の関係を適切に定めたところに最大の特徴があり、製造方法については、例えば特許文献1や2に記載の方法を採用することができる。
具体的には、上記成分組成を満たす鋼板を用いて、超高強度かつ優れた耐水素脆性を発揮する上記組織を形成するには、熱間圧延における仕上げ温度を、フェライトの生成しない過冷却オーステナイト域温度であって極力低温とする。該温度で仕上げ圧延を行うことによって、熱延鋼板のオーステナイトを微細化することができ、結果として最終製品の組織が微細化されるからである。
また、熱間圧延後またはその後に行う冷間圧延の後に、下記要領で熱処理を行う。即ち、前述した成分組成を満足する鋼をAc3点(フェライト−オーステナイト変態完了温度)〜(Ac3+50℃)の加熱保持温度(Tl)で10〜1800秒間(tl)加熱保持した後、3℃/s以上の平均冷却速度で[Ms点(マルテンサイト変態開始温度)−200℃]〜Bs点(ベイナイト変態開始温度)の加熱保持温度(T2)まで冷却し、該温度域で60〜1800秒間(t2)加熱保持する。
ここで、上記加熱保持温度(Tl)が(Ac3点+50℃)を超えるか、加熱保持時間(tl)が1800秒を超えると、オーステナイトの粒成長を招き、加工性(伸びフランジ性)が低下するので好ましくない。一方、上記(Tl)がAc3点の温度より低くなると、所望のベイニティックフェライト組織が得られない。また、上記(tl)が10秒未満の場合には、オーステナイト化が充分行われず、セメンタイトやその他の合金炭化物が残存してしまうので好ましくない。上記(tl)は、好ましくは30秒以上600秒以下、より好ましくは60秒以上400秒以下である。
次いで、上記鋼板を3℃/s以上の平均冷却速度で冷却するが、これは、パーライト変態領域を避けてパーライト組織の生成を防止する為である。この平均冷却速度は大きい程よく、微細ラス状オーステナイト間隔を小さくする効果もある。好ましくは5℃/s以上、より好ましくは10℃/s以上である。
次に、上記の冷却速度で加熱保持温度(T2)まで急冷した後、恒温変態させることによって所定の組織を導入することができる。ここでの加熱保持温度(T2)がBs点を超えると、本発明において好ましくないパーライトが多量に生成し、ベイニティックフェライト組織を十分に確保することができない。一方、上記(T2)が(Ms点−200℃)を下回ると残留オーステナイトが減少するため、好ましくない。
また、上記加熱保持時間(t2)が1800秒を超えるとベイニティックフェライトの転位密度が小さくなり水素のトラップ量が少なくなる他、所定の残留オーステナイトが得られない。一方、上記加熱保持時間(t2)が60秒未満でも、所定のベイニティックフェライト組織が得られない。好ましい加熱保持時間(t2)は90秒以上1200秒以下であり、より好ましくは120秒以上600秒以下である。
なお、加熱保持後の冷却方法は特に限定されず、空冷、急冷、気水冷却等を行うことができる。また、鋼板中の残留オーステナイトの存在形態は、製造時の冷却速度、加熱保持温度(T2)および加熱保持時間(t2)などにより制御することができる。例えば、加熱保持温度(T2)を低温側にすることにより、平均軸比の小さい残留オーステナイトを形成させることができる。
実操業を考慮すると、上記熱処理(焼鈍処理)は、連続焼鈍設備またはバッチ式焼鈍設備を用いて行うのが簡便である。また、冷間圧延板にめっきを施して溶融亜鉛めっきとする場合には、めっき条件が上記熱処理条件を満足するように設定し、該めっき工程で上記熱処理を行ってもよい。
また、連続焼鈍処理する前の熱延工程(必要に応じて冷延工程)については、熱延仕上げ温度以外は特に限定されず、通常、実施される条件を適宜選択して採用することができる。具体的には、上記熱延工程としては、例えばAr3点(オーステナイト−フェライト変態開始温度)以上で熱延終了後、平均冷却速度約30℃/sで冷却し、約500〜600℃の温度で巻取る等の条件を採用することができる。また、熱延後の形状が悪い場合には、形状修正の目的で冷間圧延を行ってもよい。ここで、冷延率は1〜70%とすることが推奨される。冷延率70%を超える冷間圧延は、圧延荷重が増大して圧延が困難となる。
本発明には、化成処理、溶融めっき、電気めっき、蒸着などのめっきが施された鋼板も包含される。めっきの種類は特に限定されず、通常の亜鉛めっき、アルミめっき等が挙げられる。めっき処理方法も特に限定されず、溶融めっき及び電気めっきのいずれでも良い。更にめっき後に合金化熱処理を施しても良く、複数のめっき処理を行なっても良い。
また、本発明には、各種塗装、塗装下地処理、有機皮膜処理などが施された鋼板も包含される。例えば、めっきを施さない鋼板上やめっき鋼板上にフィルムラミネート処理をしても良い。塗装の場合、各種用途に応じてリン酸塩処理などの化成処理を施したり、電着塗装を施しても良い。塗料は公知の樹脂が使用可能であり、エポキシ樹脂、フッ素樹脂、シリコンアクリル樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、アルキッド樹脂、メラミン樹脂などを公知の硬化剤とともに使用可能である。特に耐食性の観点からすればエポキシ、フッ素、シリコンアクリル樹脂の使用が推奨される。その他、塗料に添加される公知の添加剤、たとえば着色用顔料、カップリング剤、レベリング剤、増感剤、酸化防止剤、紫外線安定剤、難燃剤などを添加しても良い。また、塗料形態も特に限定されず、溶剤系塗料、粉体塗料、水系塗料、水分散型塗料、電着塗料など、用途に応じて適宜選択することができる。上記塗料を用いて被覆層を形成する方法としては、例えば、ディッピング法、ロールコータ法、スプレー法、カーテンフローコーター法などの公知の方法が挙げられる。被覆層の厚みは、用途などに応じて適切な範囲に制御すれば良い。
本発明鋼板は、引張強度が1180MPa以上の高強度であるにもかかわらず、非常に優れた耐水素脆性を有している。また、本発明鋼板を形成加工した自動車用強度部品(例えばバンパーやドアインパクトビーム等の補強部材)においても、十分な材質特性(強度、剛性等)を有しており、衝撃吸収性や耐遅れ破壊性も良好であったことを確認している。
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
表1に示す成分の鋼(残部:鉄および不可避不純物)を真空溶製し、スラブとしてから、下記工程(熱延→冷延→連続焼鈍)に従って、板厚3.2mmの熱延鋼板を得た後、酸洗により表面スケールを除去し、1.2mmまで冷間圧延した。
<熱延工程>
開始温度:1150〜1250℃で30分間保持
仕上温度:860℃
冷却速度:40℃/s
巻取温度:550℃
<冷延工程>
冷延率:62.5%
<連続焼鈍工程>
各鋼について、Ac3点〜Ac3点+30℃の温度で120秒間保持した後、平均冷却速度20℃/sにて表2に記載のT2(℃)まで冷却し、T2(℃)で240秒保持してから、室温まで気水冷却した。ここで、T2は、上記加熱保持温度に対応する温度であり、上記のとおり(Ms−200℃)〜Bs点の範囲に制御した。
また、製造条件が鋼板組織に及ぼす影響を調べるため、No.28では、No.1と同じ成分とし、冷間圧延後の鋼板を、Ac3点−50℃の温度(加熱保持温度T1に対応する温度)で120秒間保持した後、平均冷却速度2℃/sにて表2に記載のT2(℃)まで冷却し、T2(℃)で240秒保持してから、室温まで気水冷却した。すなわち、No.28は、T1を好ましい範囲よりも低い温度にし、且つ、T1で保持した後の平均冷却速度を好ましい範囲よりも遅くして製造した例である。
この様にして得られた各鋼板の金属組織、引張強度(TS)、伸び[全伸びのこと(EL)]、耐水素脆性(水素脆化危険度評価指数)、及び溶接性を下記要領で夫々調べ、評価した。
(金属組織)
各鋼板の板厚1/4の位置で圧延面と平行な面における任意の測定領域(約50μm×50μm、測定間隔は0.1μm)を対象に、FE−SEM(Philips社製、XL30S−FEG)で観察・撮影し、ベイニティックフェライト(BF)及びマルテンサイト(M)の面積率、残留オーステナイト(残留γ)の面積率を上記の方法に従って測定した。そして任意に選択した2視野において同様に測定し、平均値を求めた。また、その他の組織(フェライトやパーライト等)を、全組織(100%)から前記組織(BF、M、残留γ)の占める面積率を差し引いて求めた。
更に、残留γの結晶粒の平均軸比、平均短軸長さ、及び結晶粒間の最隣接距離を上記の方法に従って測定し、平均軸比が5以上、平均短軸長さが1μm(1000nm)以下、最隣接距離が1μm(1000nm)以下のものを本発明の要件を満たす(○)とし、平均軸比が5未満、平均短軸長さが1μm(1000nm)超、最隣接距離が1μm(1000nm)超のものを本発明の要件を満たさない(×)と評価した。
(引張強度および伸び)
引張試験はJIS5号試験片を用いて行い、引張強度(TS)と伸び(EL)を測定した。尚、引張試験の歪速度は1mm/secとした。本発明では、上記方法によって測定される引張強度が1180MPa以上の鋼板を対象に、伸びが10%以上のものを「伸びに優れる」と評価した。
(耐水素脆性)
板厚1.2mmの平板試験片を用いて、クロスヘッド速度が2μm/minの低歪み速度引張試験法(SSRT)を行い、下記式にて定義される水素脆化危険度指数(%)を求めて耐水素脆性を評価した。
水素脆化危険度指数(%)=100×(1−E1/E0)
式中、
E0は、実質的に鋼中に水素を含まない状態の試験片の破断時の伸びを示し、
E1は、複合サイクル試験(5%NaCl噴霧→乾燥→湿潤;8時間1サイクル)を
7サイクル行って腐食させた鋼材(試験片)の破断時の伸びを示す。
上記水素脆化危険度指数は、70%を超えると使用中に水素脆化を起こす危険があるので、本発明では、70%以下を耐水素脆性に優れると評価した。
これらの結果を表2にまとめて示す。表2のNo.は、表1に記載の鋼種No.と一致しており、例えば表2のNo.1は表1のNo.1を用いた例である。また、参考のため、後記する表2の右欄に、各No.のAc3点、Bs点、Ms点を併記する。Ac3点、Bs点、Ms点の算出方法は以下のとおりである。これらは、レスリー鉄鋼材料学(丸善株式会社発行、William C. Leslie著)から引用した式であり、式中、[C]、[Ni]などは、C、Niなどの元素の含有量(質量%)を意味する。
Ac3点=910−203×√[C]−15.2×[Ni]+44.7×[Si]+104×[V]+31.5×[Mo]+13.1×[W]−30×[Mn]−11×[Cr]−20×[Cu]+700×[P]+400×[Al]+120×[As]+400×[Ti]
Bs点=830−270×[C]−90×[Mn]−37×[Ni]−70×[Cr]−83×[Mo]
Ms点=561−474×[C]−33×[Mn]−17×[Ni]−17×[Cr]−21×[Mo]
Figure 2011190474
Figure 2011190474
表2の結果より、以下のように考察することができる。
まず、No.1〜17は、本発明の要件を満たす例であり、1180MPa以上の超高強度鋼板であっても極めて優れた耐水素脆性を示しており、且つ、TRIP鋼板の特徴である伸びも良好である。よって、本発明鋼板は、大気腐食雰囲気で使用される自動車の補強部品等として非常に有用であることが分かる。
これに対し、No.18〜28は、本発明で規定する[Mn]×1000[S]の値(以下、Z値と呼ぶ場合がある。)が上限を超える例であり、耐水素脆性が低下した。
詳細には、No.18〜21は、前述した特許文献1や特許文献2を模擬した例であり、残留オーステナイトの量および形態は本発明の要件を満足しているが、鋼中成分について、上記Z値を外れ、更にS量(No.18および19)、P量とS量(No.20および21)が本発明の範囲を満足しないため、所望とする耐水素脆性を確保できなかった例である。すなわち、本発明で規定する高度の耐水素脆性を実現するためには、残留オーステナイトの量および形態を制御するだけでは不十分であり、更に鋼中成分も適切に制御することが極めて重要であることが分かる。
また、No.22〜25、27、28は、S量は本発明の範囲を満足するが、上記Z値が外れ、且つ、鋼中のC、Si、Mn、P、Crの各含有量も外れると共に、残留オーステナイトの量や形態も本発明の範囲を外れる例であり、耐水素脆性が低下するほか、TSやElも低下した。例えばNo22はC量が過剰であるため、耐食性が悪くなったと考えられ、No23はMn量が不足しているため焼き入れ性等が劣化し、十分な強度を確保できなかった。No25はC量が不足しているため、十分な強度が得られなかった。No27はCr量が過剰であり粗大炭化物が析出し加工性が困難になったと推察される。
また、No.26は、鋼中成分について上記Z値のみが外れ、且つ、残留オーステナイトの形態が本発明の範囲を外れる例であり、耐水素脆性が低下するほか、TSも低下した。
なお、No24はSi量が少ないマルテンサイト鋼を用いた例であるが、残留オーステナイトが殆ど得られないほか、上記Z値も本発明の範囲を外れるため、耐水素脆性に劣っている。
No28は、鋼中成分がNo.1と同じ例であるが、本発明の推奨条件で製造しなかった(加熱保持温度T1外れ、加熱保持後の平均冷却速度外れ)ため、所望とする母相組織および残留オーステナイトの形態が得られず、耐水素脆性が低下した。すなわち、No.28の残留オーステナイトは本発明で規定する平均軸比を満たさず塊状となり、また母相もベイニティックフェライトとマルテンサイトの二相組織とならず、強度が低下した。
参考のため、図2に、[Mn]×1000[S]と耐水素脆性との関係を示すグラフを示す。この図は、表2の結果をプロットしたものであり、[Mn]×1000[S]が2.2以下、または12.5以上25以下を満足する場合は、耐水素脆性の指標である水素脆化危険度指数が70%以下になり、水素脆化性に優れることが分かる。今回の試験においてはMnSの水素トラップよりも耐食性への悪影響の方が大きく、結果的に耐遅れ破壊性も悪くなったと推察される。

Claims (5)

  1. C:0.10〜0.25%(質量%の意味。以下、同じ)、
    Si:1.0〜3.0%、
    Mn:1.0〜3.5%、
    P:0.010%以下(0%を含まない)、
    S:0.002%以下(0%を含まない)、または0.004%以上0.01%以下、
    Al:1.5%以下(0%を含まない)、
    Cr:0.003〜2.0%、
    残部:鉄及び不可避不純物であり、
    Mn量を[Mn]、S量を[S]としたとき、[Mn]×1000[S]が2.2以下、または12.5以上25以下を満足すると共に、
    全組織に対する面積率で、残留オーステナイトを1%以上含有し、
    前記残留オーステナイト結晶粒は、平均軸比(長軸/短軸)が5以上、平均短軸長さが1μm以下、前記留オーステナイト結晶粒間の最隣接距離が1μm以下を満足し、且つ、
    引張強度が1180MPa以上であることを特徴とする耐水素脆性に優れた超高強度薄鋼板。
  2. 全組織に対する面積率で、ベイニティックフェライト及びマルテンサイトが合計で80%以上であり、フェライト及びパーライトが合計で9%以下(0%を含む)である請求項1に記載の超高強度薄鋼板。
  3. 更に、Cu:0.003〜0.5%、Ni:0.003〜1.0%、Mo:1.0%以下、Nb:0.1%以下、Ti:0.003〜1.0%、V:0.003〜1.0%、Zr:0.003〜1.0%、およびW:0.003〜1.0%よりなる群から選択される少なくとも一種を含む請求項1または2に記載の超高強度薄鋼板。
  4. 更に、Ca:0.0005〜0.005%、Mg:0.0005〜0.01%、およびREM:0.0005〜0.01%よりなる群から選択される少なくとも一種を含む請求項1〜3のいずれかに記載の超高強度薄鋼板。
  5. 更に、B:0.0002〜0.01%含む請求項1〜4のいずれかに記載の超高強度薄鋼板。
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