ところで、車輪のスリップには、車輪の転がり方向のスリップである前後スリップと、車輪に対して横方向のスリップである横スリップとが存在する。仮に、左右の操向車輪の舵角がアッカーマンジオメトリの理論特性に忠実に従ってそれぞれ調整されるものとすると、旋回内側車輪の舵角(内輪舵角)が旋回外側車輪の舵角(外輪舵角)よりも大きくなる。そして、旋回中心が後輪軸の延長線上にあることを条件に、(遠心力が無視され得る程度の極低速域での)車両旋回状態において各車輪の横スリップがゼロとされ得る。
実際には、左右の操向車輪の舵角がアッカーマンジオメトリの理論特性に忠実に従ってそれぞれ調整される操舵装置を設計することは非常に困難である。実際の操舵装置では、左右の操向車輪の舵角が、アッカーマンジオメトリに近いステアリングジオメトリの特性に従って、内輪舵角が外輪舵角よりも大きくなるようにそれぞれ調整される。これにより、車両旋回状態において各車輪の横スリップが抑制され得る。
ところで、車両旋回状態において旋回半径を低減する要求がある。以下、旋回半径の低減のし易さを「小回り性」とよぶ。各車輪の目標車輪速度を適切に設定することにより、小回り性を向上することができる。
本発明は、上述の知見に基づいてなされたものであり。その目的は、各車輪の目標車輪速度を適切に設定することにより、車両旋回状態において小回り性を向上し得る車両の速度制御装置を提供することにある。
本発明に係る車両の速度制御装置は、操舵装置(STR)と、操舵角取得手段(SAA)と、指示車速設定手段(VXT)と、目標車輪速度決定手段(VWT)と、実車輪速度取得手段(VWA)と、トルク付与手段(TQW)と、制御手段(CTL)と、を備える。
前記操舵装置(STR)は、運転者により操作される車両の操舵操作部材(SW)の操作に応じて左右の操向車輪(WH[fm]、WH[fh])を転舵するとともに、前記操舵操作部材(SW)が前記車両の直進走行に対応する中立位置から操作された場合において前記左右操向車輪(WH[fm]、WH[fh])のうち旋回内側車輪(WH[fi])の舵角である内輪舵角(δ[fi])が旋回外側車輪(WH[fo])の舵角である外輪舵角(δ[fo])より大きくなるように前記内輪・外輪舵角(δ[fi]、δ[fo])を調整する。即ち、この操舵装置では、左右操向車輪の舵角が、アッカーマンジオメトリに近いステアリングジオメトリの特性に従ってそれぞれ調整される。従って、車両旋回状態において各車輪の横スリップが抑制され得る。
前記操舵角取得手段(SAA)は、前記内輪舵角(δ[fi])と前記外輪舵角(δ[fo])との間の値(例えば、δfg)である操舵角(Saa)を取得する。前記操舵角(Saa)は、前記内輪舵角(δ[fi])と前記外輪舵角(δ[fo])の平均値(δfg=(δ[fi]+δ[fo])/2)であることが好適である。前記指示車速設定手段(VXT)は、前記車両の運転者により指示(要求)される車速である指示車速(Vxt)を設定する。
前記目標車輪速度決定手段(VWT)は、前記指示車速(Vxt)、前記操舵角(Saa)、並びに、前記車両のステアリングジオメトリに基づいて、前記車両の各車輪の目標車輪速度(Vwt[**])を決定する。ここで、前記車両のステアリングジオメトリは、前記操舵角(Saa)と前記車両の旋回中心(点O)との幾何的関係である。
より具体的には、前記車両の旋回内側車輪(WH[*i])の目標車輪速度(Vwt[*i])が、前記指示車速(Vxt)、前記操舵角(Saa)、並びに、前記車両のステアリングジオメトリに基づいて決定される旋回内側車輪の基準速度(Vxt・Row[*i]/Rov)より小さい値(Vxt・Rpw[*i]/Rpv)に決定される。同様に、前記車両の旋回外側車輪(WH[*o])の目標車輪速度(Vwt[*o])が、前記指示車速(Vxt)、前記操舵角(Saa)、並びに、前記車両のステアリングジオメトリに基づいて決定される旋回外側車輪の基準速度(Vxt・Row[*o]/Rov)より大きい値(Vxt・Rpw[*o]/Rpv)に決定される。
ここで、前記基準速度とは、操舵角(Saa)、及び、前記車両のステアリングジオメトリに基づいて決定される後述する基準中心(点O)の回りの車両の旋回運動を考慮して決定される車輪速度であり、具体的には、前記各車輪の基準速度として、前記車両のホイールベース(L)を前記操舵角(Saa)の正接(タンジェント)により除した値(Rov=L/tan(Saa))と、前記指示車速(Vxt)とに基づいて決定される値(Vxt・Row[**]/Rov)が使用され得る。内外輪間での基準速度差は、内外輪間の移動軌跡差に起因する車輪間での車輪速度差と一致し得る。
前記実車輪速度取得手段(VWA)は、前記各車輪の実際の車輪速度(Vwa[**])を取得する。前記トルク付与手段(TQW)は、前記各車輪に軸トルク(Tqw)を付与する。前記トルク付与手段(TQW)は、前記各車輪の軸トルク(Tqw)として制動トルク(Pwt[**]、Pwa[**])を前記各車輪に付与するように構成されることが好適である。前記制御手段(CTL)は、前記実際の車輪速度(Vwa[**])が前記目標車輪速度(Vwt[**])に近づくように、前記トルク付与手段(TQW)を制御する。
上記構成によれば、各車輪の目標車輪速度が、指示車速のみならず、操舵角及びステアリングジオメトリに基づいて決定される。加えて、旋回内輪の実車輪速度が旋回内輪の前記基準速度より小さい値に調整されること、及び、旋回外輪の実車輪速度が旋回外輪の前記基準速度より大きい値に調整されることのうちの少なくとも一方が行われる。このように、内外輪間で、車輪間の移動軌跡差に起因する車輪間での車輪速度差より若干大きめの車輪速度差が付与される。この車輪速度差に基づいて車両に旋回方向内向きのヨー運動(ヨーレイト)が与えられる。この結果、小回り性が向上する。
上記本発明に係る速度制御装置では、具体的には、前記目標車輪速度決定手段(VWT)は、前記車両の旋回内側車輪の目標車輪速度(Vwt[*i])を前記指示車速(Vxt)より小さい値に設定するとともに、前記車両の旋回外側車輪の目標車輪車速(Vwt[*o])を前記指示車速(Vxt)より大きい値に決定するように構成され得る。
これによれば、車輪間の移動軌跡差に起因する小回り性を向上するためには不要な前後スリップが容易に補償され得るとともに、指示車速が旋回内側車輪の目標車輪速度と旋回外側車輪の目標車輪速度との間の値になるので、車速が指示車速に容易に維持され得る。
また、具体的には、前記目標車輪速度決定手段(VWT)は、前記操舵角(Saa)、及び、前記車両のステアリングジオメトリに基づいて基準中心(基準旋回中心:点O)を決定し、前記基準中心(点O)を通り且つ前記車両の前後方向と平行な基準線(NSL)に対して前記車両に近い側の位置に前記車両の旋回中心(点P)を決定し、前記旋回中心(点P)、及び前記指示車速(Vxt)に基づいて(車両旋回方向の)目標角速度(ωpt)を演算し、前記目標角速度(ωpt)に基づいて前記目標車輪速度(Vwt[**])を決定するように構成され得る。
ここにおいて、前記基準中心(点O)は、前記車両の後輪軸の延長線(RAL)上にあり且つ前記車両内における前記後輪軸上の基準位置(Cvh)から前記車両のホイールベース(L)を前記操舵角(Saa)の正接により除して得られる旋回半径(Rov)だけ旋回方向内側に離れた点に決定するように構成され得る。
より具体的には、前記目標角速度(ωpt)は、前記指示車速(Vxt)を、前記旋回中心(点P)と車両の基準位置(Cvh)との距離(Rpv)で除することで演算される。前記各車輪の目標車輪速度(Vwt[**])は、前記旋回中心(点P)と車輪の位置(Cw[**])との距離(Rpw[**])に前記目標角速度(ωpt)を乗じることで決定される。なお、各車輪の前記基準速度は、前記指示車速(Vxt)を「前記基準中心(点O)と車両の基準位置(Cvh)との距離(Rov)で除することで演算される目標角速度(ωot)に、「前記基準中心(点O)と車輪の位置(Cw[**])との距離(Row[**])」を乗じることで演算される。
上記構成によれば、旋回中心という共通の一点を中心に各車輪が転動することが想定され、車両がその旋回中心を中心として目標角速度で円滑に旋回できるように、各車輪の目標車輪速度が演算される。従って、各車輪の目標車輪速度が、車輪間の移動軌跡差に起因する不要な前後スリップを補償しつつ、小回り性を向上するための適切な値に確実に決定され得る。
以下、前記旋回中心(点P)の具体的な決定について説明する。先ず、前記指示車速(Vxt)、及び、前記実際の車輪速度(Vwa[**])のうちの少なくとも1つに基づいて演算される車速が所定値(vz1)以下のとき、前記旋回中心(点P)は、前記車両の後輪軸(RAL)の延長線上にあり且つ前記基準中心(点O)に対して前記車両に近い側の位置に決定するように構成され得る。これによれば、遠心力が無視され得る程度の極低速域(例えば、Vxb≦vz1)では、旋回中心が後輪軸の延長線上に決定される。従って、各車輪に横スリップが極力発生しないように(特に、後輪には横スリップが生じないように)、且つ小回り性が向上するように、車両が円滑に旋回できる。
また、前記指示車速(Vxt)、及び、前記実際の車輪速度(Vwa[**])のうちの少なくとも1つに基づいて演算される車速が所定値(vz1)より大きいとき、前記車速が大きいほど前記旋回中心(点P)が前記車両の前方側へ移動するように前記旋回中心(点P)が決定され得る。これによれば、車速が大きいときに(例えば、Vxb>vz1)、各車輪により大きい横スリップ角が生じるように旋回中心が調整される。これにより、小回り性を向上しつつ、各車輪に対して遠心力と釣り合う横力を発生させることができる。
また、前記指示車速(Vxt)、及び、前記実際の車輪速度(Vwa[**])のうちの少なくとも1つに基づいて演算される車速が所定値(vz1)より大きいとき、前記車速が大きいほど前記旋回中心(点P)が前記車両から遠い側へ移動するように前記旋回中心(点P)が決定され得る。これによれば、車速が大きいときに(例えば、Vxb>vz1)、旋回中心が車両から離れる側に調整される。この結果、車両がアンダステア傾向に調整されていく。車速が前記所定値(vz1)より大きい第2所定値(vz3)より大きいとき、前記旋回中心(点P)は、前記基準線(NSL)に対して前記車両から遠い側の位置に決定され得る。これにより、車両が弱アンダステアに調整され、車両安定性が確保され得る。
ここで、前記所定値(vz1)としては、(運転者により加速操作部材が操作されていない場合において)前記車両がクリープ現象により走行する際の車速(クリープ速度)が使用されることが好適である。
また、上記速度制御装置において、前記車両の操舵角(Saa)の変化速度である操舵角速度(dSa)を取得する操舵角速度取得手段(DSA)が備えられている場合、前記操舵角速度(dSa)が所定値(ds1)以上のとき、前記操舵角速度(dSa)が大きいほど前記旋回中心(点P)が前記車両に近い側へ移動するように前記旋回中心(点P)が決定され得る。
操舵角速度が大きいことは、運転者が高い旋回性能(回頭性、操舵追従性)を求めていることを意味する。ここで、回頭性とは、直進状態から操舵操作がなされた場合におけるヨー運動の発生のし易さを意味し、操舵追従性とは、旋回状態における操舵角の変化に対するヨー運動の追従のし易さを意味する。上記構成によれば、操舵角速度が大きいとき、旋回中心が車両に近づき、旋回半径が低減され得る。この結果、旋回性能(回頭性、操舵追従性)が向上する。従って、例えば、高速旋回中にて旋回中心が基準線に対して車両から遠い側の位置に調整されている場合(即ち、アンダステアに調整されている場合)において、急激な操舵操作(切増し操作)が行われたとき、旋回中心が基準線に対して車両に近い側の位置に移動し得る。
以下、本発明に係る車両の速度制御装置の実施形態について図面を参照しつつ説明する。図1は、本発明に係る車両の速度制御装置の実施形態(以下、「本装置」とも呼ぶ)を搭載した車両の全体構成を示す図である。この車両は、四輪駆動車であり、左右前輪、左右後輪、及び、前輪と後輪の間にディフェレンシャルギヤ(前輪ディフェレンシャルギヤFD、後輪ディフェレンシャルギヤRD、及び、センタディフェレンシャルギヤCD)を備えている。本発明は、前輪駆動車、或いは、後輪駆動車にも適応し得る。本装置では、速度制御として、車両の速度(車速)が運転者により指示(要求)される指示車速に近づくように調整される制御が実行される。
なお、各種記号等の末尾に付された添字[**]は、各種記号等が4輪のうちの何れかに関するものであるかを示す。「f」は前輪、「r」は後輪、「m」は車両進行方向に対して右側車輪、「h」は車両進行方向に対して左側車輪、「o」は旋回方向に対して外側車輪、「i」は旋回方向に対して内側車輪を示す。従って、「fh」は左前輪、「fm」は右前輪、「rh」は左後輪、「rm」は右後輪を示す。また、「fo」は旋回外側前輪、「fi」は旋回内側前輪、「ro」は旋回外側後輪、「ri」は旋回内側後輪を示す。
また、車両の旋回方向には右方向と左方向の場合がある。一般に、これらには正負の符号が付され、例えば、左方向が正符号で表され、右方向が負符号で表される。しかしながら、値の大小関係、或いは、値の増加・減少が説明される際、その符号が考慮されるとそれらの説明が非常に複雑となる。このため、以下の説明では、特に断りがない限り、値の大小関係、及び値の増加・減少は、絶対値の大小関係、及び絶対値の増加・減少を意味するものとする。また、所定値は正の値とする。
(構成)
図1に示すように、本装置は、操舵装置STRを備える。操舵装置STRでは、ステアリングホイールSWの回転運動がステアリングシャフト(ピニオンシャフト)PSを介して小歯車(ピニオン)PNに伝達される。そして、平板歯車(ラック)RKとピニオンPNとを組み合わせた機構(ラック&ピニオン機構)によって、ピニオンPNの回転運動がラックRKの直線運動に変換されて操向車輪(前輪)が操舵される。
本装置は、ステアリングホイール角センサSAと、前輪舵角センサFSを備える。ステアリングホイール角センサSAにより、ステアリングホイールSWの中立位置(車両の直進走行に対応する)からの回転角度θswが検出される。
前輪舵角センサFSにより、操向車輪(前輪)の操舵角δfaが検出される。具体的には、前輪操舵角δfaとして、ラックRK、或いは、ラックRKが備えられるロッド(ラックロッド)RRの中立位置(車両の直進走行に対応する)からの直線変位δfaが検出される。或いは、前輪操舵角δfaとして、ピニオンPN、或いは、ピニオンPNが備えられるシャフト(ピニオンシャフト)PSの中立位置(車両の直進走行に対応する)からの回転変位δfaが検出され得る。
ステアリングホイール角センサSA、及び、前輪舵角センサFSを総称して操舵角取得手段(操舵角センサ)SAAと称呼すると共に、ステアリングホイール回転角度θsw、及び、前輪操舵角δfaを総称して操舵角Saaと称呼する。例えば、ステアリングホイール角センサSAにより検出されたステアリングホイール回転角度θswをステアリングギア比(オーバオールステアリングギア比ともいう)で除することにより、操舵角Saaが演算される。
本装置は、実際の車輪速度Vwa[**]を検出する車輪速度センサWS[**]と、車両に作用する実際のヨーレイトYraを検出するヨーレイトセンサYRと、車体前後方向における前後加速度Gxaを検出する前後加速度センサGXと、車体横方向における横加速度Gyaを検出する横加速度センサGYと、車体の傾斜角Ksaを検出する傾斜角センサKSと、実際の制動トルク(例えば、ホイールシリンダWC[**]の制動液圧)Pwa[**]を検出する実制動トルクセンサ(例えば、ホイールシリンダ圧力センサ)PW[**]とを備えている。
また、本装置は、運転者の加速操作部材(例えば、アクセルペダル)APの操作量Asaを検出する加速操作量センサASと、運転者の制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPの操作量Bsaを検出する制動操作量センサBSと、変速操作部材SFのシフト位置Hsaを検出するシフト位置センサHSと、運転者によって指示される指示車速Sjを入力する指示車速入力手段SJと、エンジンEGの回転速度Neaを検出するエンジン回転速度センサNEと、エンジンのスロットル弁の開度Tsaを検出するスロットル位置センサTSとを備えている。
また、本装置は、制動液圧を制御するブレーキアクチュエータBRKと、スロットル弁を制御するスロットルアクチュエータTHと、燃料の噴射を制御する燃料噴射アクチュエータFIと、変速を制御する自動変速機ATとを備えている。
加えて、本装置は、電子制御ユニットECUを備えている。電子制御ユニットECUは、相互に通信バスCBで接続された、複数の独立した電子制御ユニットECU(ECUb,ECUe,ECUa)から構成されたマイクロコンピュータである。電子制御ユニットECUは、上述の各種アクチュエータ(BRK等)、及び上述の各種センサ(WS[**]等)と電気的に接続されている。電子制御ユニットECU内の各系の電子制御ユニット(ECUb等)は、専用の制御プログラムをそれぞれ実行する。各種センサの信号(センサ値)、及び、各電子制御ユニット(ECUb等)内で演算される信号(内部演算値)は、通信バスCBを介して共有される。
具体的には、ブレーキ系電子制御ユニットECUbは、車輪速度センサWS[**]、ヨーレイトセンサYR、横加速度センサGY等からの信号に基づいて、アンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)等のスリップ抑制制御(制・駆動力制御)を実行する。また、車輪速度センサWS[**]によって検出された各車輪の車輪速度Vwa[**]に基づいて、周知の方法によって、車両の速度Vxaを演算する。
エンジン系電子制御ユニットECUeは、加速操作量センサAS等からの信号に基づいて、スロットルアクチュエータTH、及び燃料噴射アクチュエータFIの制御を実行する。トランスミッション系電子制御ユニットECUaは、自動変速機ATの変速比の制御を実行する。
ブレーキアクチュエータBRKは、複数の電磁弁(液圧調整弁)、液圧ポンプ、電気モータ等を備えた周知の構成を有している。ブレーキ制御の非実行時では、ブレーキアクチュエータBRKは、運転者による制動操作部材BPの操作に応じた制動液圧を各車輪のホイールシリンダWC[**]にそれぞれ供給し、各車輪に対して制動操作部材(ブレーキペダル)BPの操作に応じた制動トルクをそれぞれ与える。
アンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)、或いは、車両のアンダステア、オーバステアを抑制する車両安定性制御(ESC制御)等のブレーキ制御の実行時には、ブレーキアクチュエータBRKは、ブレーキペダルBPの操作とは独立してホイールシリンダWC[**]内の制動液圧を車輪WH[**]毎に制御し、制動トルクを車輪毎に調整できる。
各車輪には、周知のホイールシリンダWC[**]、ブレーキキャリパBC[**]、ブレーキパッドPD[**]、及び、ブレーキロータRT[**]が備えられる。ブレーキキャリパBC[**]に設けられたホイールシリンダWC[**]に制動液圧が与えられることにより、ブレーキパッドPD[**]がブレーキロータRT[**]に押付けられ、その摩擦力によって制動トルクが与えられる。なお、制動トルクの制御は、制動液圧によるものに限らず、電気ブレーキ装置を利用して行うことも可能である。
スロットルアクチュエータTHは、電気モータ等を備えた周知の構成を有しており、スロットル弁TVが閉じられることによりエンジンEGの出力が低下し、スロットル弁TVが開けられることによりエンジンEGの出力が増大する。スロットルアクチュエータTHを制御することにより、車輪の駆動軸トルクが調整される。
車両の動力源として、エンジンEGに代えて、電気モータが用いられ得る。また、複数の電気モータが車輪毎に設けられ得る。電気モータの通電状態が制御されることによって、各車輪の駆動軸トルクが調整される。
(速度制御の概要)
以下、図2を参照しながら、本装置により実行される速度制御について説明する。先ず、実車輪速度取得演算ブロックVWAにて、各車輪の実際の車輪速度(実車輪速度)Vwa[**]が取得される。例えば、車輪速度センサWS[**]の検出信号に基づいて実車輪速度Vwa[**]が演算される。
指示車速設定演算ブロックVXTにて、指示車速Vxtが設定される。指示車速Vxtは、運転者によって操作される指示車速入力手段(例えば、マニュアルスイッチ)SJの操作量(車速指示量)Sjに基づいて設定される。また、加速操作量センサASにより検出された加速操作部材(例えば、アクセルペダル)APの操作量Asaに基づいて指示車速Vxtが設定され得る。
操舵角取得演算ブロックSAAにて、操舵角Saa(ステアリングホイール角θsw、及び、前輪舵角δfaのうちの少なくとも1つ)が取得される。例えば、前輪舵角センサFSの検出信号に基づいて操舵角Saaが演算され得る。また、ステアリングホイール角度センサSAの検出信号に基づいて操舵角Saaが演算される。
旋回方向判定演算ブロックTRNにて、操舵角Saaに基づいて車両の旋回方向Trnが演算される。具体的には、旋回方向Trnは、操舵角Saaの符号に基づいて行われる。
旋回時調整係数演算ブロックGVWにて、各車輪の旋回時の調整係数Gvw[**]が、操舵角Saa、及び、指示車速Vxtに基づいて演算される。調整係数Gvw[**]は、指示車速Vxtを各車輪の目標車輪速度Vwt[**]に変換するための係数である。調整係数Gvw[**]=1が車両の直線走行に対応し、このとき、左右輪の目標車輪速度は一致する。
旋回外側車輪(外輪)のGvw[*o]は、操舵角Saaの「0」からの増加に従って「1」から増加する特性(特性Chfo、Chro)を用いて演算される。特性Chfo、Chroは、後述する車両のステアリングジオメトリによって幾何的に決定される特性(特性Acfo、Acro)(以下、「幾何特性」と呼ぶ)より大きい値をとる。また、旋回内側車輪(内輪)のGvw[*i]は、操舵角Saaの「0」からの増加に従って「1」から減少する特性(特性Chfi、Chri)(>0)を用いて演算される。特性Chfi、Chriは、後述する車両のステアリングジオメトリによって幾何的に決定される特性(特性Acfi、Acri)(幾何特性)より小さい値をとる。
また、図5、図6を参照しながら後述するように、指示車速Vxt等に基づいて車両の旋回中心が決定され、この旋回中心に基づいて調整係数Gvw[**]が演算され得る。図2に実線にて示す特性(特性Chfo等)は、指示車速Vxt≦vz1(所定値)の場合(即ち、旋回中心が図6に示す点Pに決定される場合)の特性の一例である。操舵角Saaに対するGvw[**]の特性は指示車速Vxtによって異なる。代表的な複数の指示車速の各々に対して各演算特性(Chfo等)が予め設定されている。
Gvw[**]についての上述した演算は、全ての車輪に対して行われる必要はなく、少なくとも1つの車輪に対して行われ得る。この場合、上述した演算が行われない残りの車輪については、Gvw[**]=1とされる。なお、旋回外側車輪(外輪)、旋回内側車輪(内輪)は、旋回方向Trnに基づいて判定される。
調整手段CSXにて、各車輪の目標車輪速度Vwt[**]が、指示車速Vxt、及び、調整係数Gvw[**]に基づいて演算される。具体的には、指示車速Vxtに調整係数Gvw[**]を乗算することにより、目標車輪速度Vwt[**]が演算される。これにより、操舵角Saaの増加に従って、外輪の目標車輪速度Vwt[*o]はVxtに対して相対的に大きい値に演算されるとともに、内輪の目標車輪速度Vwt[*i]はVxtに対して相対的に小さい値に演算される。
加えて、操舵角Saaの増加に従って、外輪の目標車輪速度Vwt[*o]は、後述する車両のステアリングジオメトリによって決定される外輪速度(外輪の後述する基準速度)に対して相対的に大きい値に演算されるとともに、内輪の目標車輪速度Vwt[*i]は、後述する車両のステアリングジオメトリによって決定される内輪速度(内輪の後述する基準速度)に対して相対的に小さい値に演算される。即ち、目標車輪速度Vwt[**]が操舵角Saaに応じて演算される。
操舵角Saaに応じて、外輪の目標車輪速度Vwt[*o]が前記外輪の基準速度(Acfo、Acro)よりも大きい値に決定されること、及び、内輪の目標車輪速度Vwt[*i]が前記内輪の基準速度(Acfo、Acro)よりも小さい値に決定されることのうちの少なくとも1つが実行され得る。
比較手段HKXにて、実車輪速度Vwa[**]と目標車輪速度Vwt[**]とが比較され、その比較結果(車輪速度偏差)ΔVw[**]が演算される。具体的には、車輪速度偏差ΔVw[**]は、ΔVw[**]=Vwa[**]−Vwt[**]なる式に従って演算される。
目標軸トルク演算ブロックTQTにて、偏差ΔVw[**]に基づいて目標軸トルクPwt[**]、及びDwt[**]が演算される。目標軸トルクPwt[**]は制動側の軸トルク(車輪を減速する軸トルク)であり、目標軸トルクDwt[**]は駆動側の軸トルク(車輪を加速する軸トルク)である。
目標制動軸トルクPwt[**]は、偏差ΔVw[**](>0)が所定値vw1未満では「0」とされ、偏差ΔVw[**]が所定値vw1以上では偏差ΔVw[**]の増加に従って制動側に増加するように演算される。また、目標制動軸トルクPwt[**]は制動側の上限値pwmに制限され得る。
目標駆動軸トルクDwt[**]は、偏差ΔVw[**](絶対値)が所定値(絶対値)vw2未満では「0」とされ、偏差ΔVw[**](絶対値)が所定値(絶対値)vw2以上では偏差ΔVw[**](絶対値)の増加に従って駆動側に増加するように演算される。また、目標駆動軸トルクDwt[**]は駆動側の上限値dwmに制限され得る。
駆動手段DRVbにて、目標制動軸トルクPwt[**]に基づいて、ブレーキアクチュエータBRKの電気モータ/液圧ポンプ、及び、ソレノイドバルブが駆動され、ホイールシリンダWC[**]の制動液圧が調整される。具体的には、実制動トルクセンサPW[**]により検出される実制動トルクPwa[**]に基づいて、実制動トルクPwa[**]が目標制動トルクPwt[**]と一致するようにサーボ制御が実行される。
駆動手段DRVeにて、目標駆動軸トルクDwt[**]に基づいて、スロットルアクチュエータTHの電気モータが駆動され、スロットル弁TVの開度が調整される。具体的には、実駆動トルクセンサ(例えば、スロットル開度センサTS)により検出される実際値Tsaに基づいて、実際値Tsaが目標値Dwt[**]と一致するようにサーボ制御が実行される。
各車輪に電気モータが備えられ、各電気モータが独立して駆動可能である場合、各車輪の電気モータが目標軸トルクPwt[**](回生ブレーキ)、Dwt[**]に基づいて制御され得る。以上のように、本装置では、実車輪速度Vwa[**]が目標車輪速度Vwt[**]と一致するように制御され、この結果、車速が指示車速Vxtに近づくように調整される。
(アッカーマンジオメトリとステアリングジオメトリ)
以下、車両のステアリングジオメトリを説明する前にアッカーマンジオメトリについて簡単に説明する。図3は、前輪が操舵される車両が、遠心力が無視され得る極低速で、車輪(タイヤ)に横スリップが生じないように旋回する場合の各車輪の移動軌跡を示す。車両が図3に破線で示す2つの仮想車輪WHf、WHrからなる2輪モデルで表された場合において、幾何的な関係のみから決定される車輪WHfの舵角δfgがアッカーマン実舵角と呼ばれる。以下の関係が成立する。ここで、Lはホイールベース、Rovは旋回中心Oに対する旋回半径である。
tan(δfg)=L/Rov
アッカーマン実舵角δfgは、操舵角取得手段SAAにより取得される操舵角Saaに基づいて演算され得る。具体的には、前輪舵角センサFSによって検出される前輪舵角δfa、及び、ステアリングホイール角センサSAによって検出されるステアリングホイール角θswのうちの少なくとも1つに基づいて演算される。
前輪を操舵する4輪を備えた車両の場合、各車輪が横スリップを生じないためには、各車輪が共通の一点(点O)を中心に旋回する必要がある。従って、各車輪が横スリップを生じないための条件は、旋回中心(点O)が後輪軸の延長線上に存在し、且つ、内側前輪舵角δ[fi]が外側前輪舵角δ[fo]より大きいこと、である。この条件を満足する幾何的関係は、アッカーマンジオメトリと称呼される。
横スリップが完全にゼロとなるアッカーマンジオメトリの理論特性では、以下の関係が成立する。ここで、Lはホイールベース、Trはトレッドである。アッカーマン実舵角δfgは、左右前輪(操向車輪)の舵角の平均値(δfg={δ[fo]+δ[fi]}/2)である。
tan(π/2−δ[fo])−tan(π/2−δ[fi])=Tr/L
図4の破線(曲線)は、アッカーマンジオメトリの理論特性を示す。特性Aciは内輪の理論特性であり、特性Acoは外輪の理論特性である。図4の一点鎖線(直線)は、パラレルジオメトリ(内側前輪舵角δ[fi]と外側前輪舵角δ[fo]とが等しくされる場合の幾何的関係)の特性Prlを示す。
以下、車両における車輪の幾何的配置及び操舵角(左右操向車輪の舵角)と、車両の旋回中心と、の幾何的関係を「ステアリングジオメトリ」と呼ぶ。車両の実際のステアリングジオメトリは、操舵装置のリンケージやジョイント等の幾何的条件(長さ、角度等)で決定される。図4に実線で示すように、車両の実際のステアリングジオメトリの特性は、パラレルジオメトリに対応する直線(特性Prl)とアッカーマンジオメトリの理論曲線(特性Aci、Aco)とで挟まれた領域内に設定される。具体的には、操向車輪の旋回内輪のステアリングジオメトリの特性は、アッカーマンジオメトリの内輪の理論特性Aciとパラレルジオメトリの特性Prlとに囲まれた領域内にて、例えば、特性Chxのように設定される。また、操向車輪の旋回外輪のステアリングジオメトリの特性は、アッカーマンジオメトリの外輪の理論特性Acoとパラレルジオメトリの特性Prlとに囲まれた領域内にて、例えば、特性Chyのように設定される。特性Chx、Chyは予め設定された特性である。
ステアリングジオメトリにより、操舵操作部材の操作量(例えば、ステアリングホイールの回転角度θsw)の増加に従って、旋回内輪におけるその操作量に対する舵角の変化量(舵角の変化勾配)が増大して遷移する勾配増大遷移、及び、旋回外輪におけるその操作量に対する舵角の変化量(舵角の変化勾配)が減少して遷移する勾配減少遷移の少なくとも何れか一方が発生する。
操舵角取得演算ブロックSAAでは、旋回内側車輪の舵角δ[fi]と旋回外側車輪の舵角δ[fo]との間の値(例えば、アッカーマン実舵角δfg)である操舵角Saaが演算される。ここで、アッカーマン実舵角δfgは、車両の極低速での旋回において、車輪(タイヤ)がその移動軌跡の概ね接線方向を向くような純幾何的関係から決定される舵角である。即ち、アッカーマン実舵角δfgは、旋回中心が後輪軸延長線上にある場合における「ホイールベースと後輪軸の中心の旋回半径との比を正接とする角度」であり、旋回内側の操向車輪の舵角δ[fi]と旋回外側の操向車輪の舵角δ[fo]の平均値である。
(目標車輪速度の演算の詳細)
次に、図5、図6を参照しながら、図2に示した目標車輪速度の演算の詳細について説明する。先ず、基準旋回中心位置決定演算ブロックOPEにて、操舵角Saa、及び、車両のステアリングジオメトリ(車輪の幾何的配置及び操舵角と車両の旋回中心との幾何的関係)に基づいて基準旋回中心の位置(基準位置)(点O)が決定される。基準旋回中心とは、旋回運動する車両に作用する遠心力が無視され得る極低車速(≦vz1)において、各車輪の横スリップが最小(概ねゼロ)となる点である。
基準位置(点O)は、車両の後輪軸の延長線(後輪軸線という)RAL上に決定される。車両のステアリングジオメトリは予め設定されている(即ち、既知である)。従って、操舵角Saa(例えば、ステアリングホイール角θsw、及び、実操舵角δfaのうちの少なくとも1つ)に基づいて上述のアッカーマン実舵角δfgが演算され、車両(例えば、左右後輪間の中点Cvh)に対する基準旋回中心の位置(基準位置である点O)が決定される。具体的には、以下の関係に従って、車両位置(規範位置)Cvhと基準位置(点O)との距離(旋回半径)Rovが演算されることにより基準位置(点O)が決定される。ここで、Nはステアリングギア比である。
Rov=L/tan(δfg)
δfg=(δ[fi]+δ[fo])/2、或いは、δfg=θsw/N
即ち、基準位置(点O)は、車両のホイールベースLを操舵角Saaの正接(タンジェント)により除した値(=L/tan(Saa))に基づいて決定される。なお、車両位置Cvhは、車両において任意の位置に設定され得る。
前後調整量演算ブロックXCCにて、指示車速Vxtに基づいて旋回中心の位置を基準位置(点O)に対して調整するための前後方向の調整量(前後調整量)Xc(図6を参照)が演算される。ここで、「前後方向」とは車両の前後方向(進行方向)に相当する。指示車速Vxtが所定値vz1未満では前後調整量Xcは「0」とされ、指示車速Vxtが所定値vz1以上では指示車速Vxtの増加に従って前後調整量Xcが「0」から増加するように演算される。更に、指示車速Vxtが所定値vz2(>vz1)以上では、前後調整量Xcは、上限値Lr(車両重心位置から後輪軸までの距離)に制限され得る。
横調整量演算ブロックYCCにて、指示車速Vxtに基づいて旋回中心の位置を基準位置(点O)に対して調整するための横方向の調整量(横調整量)Ycが演算される(図6を参照)。ここで、「横方向」とは車両の横方向(進行方向に対する左右方向)に相当する。指示車速Vxtが所定値vz1未満では、横調整量Ycは所定値y1(操舵角Saaに基づいて演算される正の所定値)とされる。指示車速Vxtが所定値vz1以上では、指示車速Vxtの増加に従って横調整量Ycがy1から減少するように演算される。指示車速Vxtが所定値vz3(>vz1)のとき横調整量Ycが「0」となる。指示車速Vxtが所定値vz4(>vz3)以上では、横調整量Ycは、下限値−y2(操舵角Saaに基づいて演算される負の所定値)に制限され得る。
ここで、前後調整量演算ブロックXCC、及び、横調整量演算ブロックYCCにおいて、指示車速Vxtに代えて、実車速Vxaを用いて調整量Xc、Ycが演算され得る。実車速Vxaは、実車輪速度Vwa[**]に基づいて実車速演算ブロックVXA(図5の破線を参照)にて演算される。また、指示車速Vxtに代えて、指示車速Vxt、及び、実車輪速度Vwa[**]のうちの少なくとも1つに基づいて車速Vxbを演算する車速演算ブロックVXB(図5の一点鎖線を参照)にて演算される車速Vxbを用いて調整量Xc、Ycが演算され得る。
修正量演算ブロックYDCにて、操舵角速度dSaに基づいて旋回中心の位置を基準位置(点O)に対して調整するための横方向の修正量Ydが演算される(図6を参照)。操舵角速度dSaは、操舵角速度演算ブロックDSAにて操舵角Saaに基づいて演算され得る。操舵角速度dSaが所定値ds1未満では、横修正量Ydは「0」に演算される。操舵角速度dSaが所定値ds1以上では、操舵角速度dSaの増加に従って修正量Ydが「0」から増加するように演算される。修正量Ydは上限値yd1に制限され得る。
旋回中心位置調整演算ブロックPPEにて、前後調整量演算ブロックXCC、及び、横調整量演算ブロックYCCにて演算された調整量Xc、Yc、並びに、修正量演算ブロックYDCにて演算された修正量Ydに基づいて、点O(後輪軸延長線上に存在)に対して調整された調整後旋回中心の位置(点P)が演算される。
これにより、基準位置(点O)に対して前後調整量Xcにより調整された調整後旋回中心の位置(点P)は、指示車速Vxtが所定値vz1未満(極低速の場合)では、後輪軸線RAL上に設定される。指示車速Vxの増加に従って、後輪軸線RALから車両前方に移動していく。この結果、車速の増加に従って、前後輪に対してより大きい横スリップ角(横スリップ)が与えられる。これにより、各車輪に対して遠心力と釣り合う横力が発生し得る。そして、車速が所定値vz2(例えば、60km/h)以上の場合、調整後旋回中心の位置(点P)は、後輪軸に平行で車両重心Cgの延長線(重心軸線という)CGL上に設定される(点Uo、点U)。
加えて、基準位置(点O)に対して横調整量Ycにより調整された調整後旋回中心の位置(点P)は、指示車速Vxtが所定値vz1未満(極低速の場合)では、車両進行方向に平行な基準位置(点O)を通る直線(ニュートラルステア線という)NSLより車両に近い側に設定される。調整後旋回中心の位置(点P)は、指示車速Vxtの増加に従ってNSLに近づいていき(車両から離れる方向に移動していき)、指示車速Vxtがvz3になるとNSL上となる。そして、指示車速Vxtが所定値vz3を超えると、調整後旋回中心の位置(点P)は、NSLよりも車両から離れた側に設定される。このように、横調整量Ycにより、車速が低い場合、車両の旋回半径が低減されて、小回り性が向上する。車速の増加に従って旋回中心が車両から離れる側に移動・調整されて、車両が弱アンダステア傾向となる。
加えて、基準位置(点O)に対して修正量Ydより調整された調整後旋回中心の位置(点P)は、操舵角速度dSaが大きい場合において車両に近づけられる。これにより、旋回半径が低減され、運転者が要求する車両の旋回性能(回頭性、操舵追従性)が向上され得る。
目標角速度演算ブロックOMGにて、指示車速Vxt、及び、調整後旋回中心の位置(点P)に基づいて、点Pに対する旋回方向の車両の目標角速度ωptが演算される。具体的には、以下の関係に従って、目標角速度ωptが演算される。ここで、Rpvは車両(規範位置である点Cvh)と点Pとの距離(旋回半径)である。
ωpt=Vxt/Rpv
各車輪位置旋回半径演算ブロックRPWにて、調整後旋回中心の位置(点P)、及び、旋回方向Trnに基づいて、点Pから各車輪位置Cw[**]までの距離(旋回半径)Rpw[**]が演算される。具体的には、車両諸元として既知の値であるホイールベースL、及び、トレッドTrを用いた幾何的演算により、各車輪位置Cw[**]における点Pを中心とする旋回半径Rpw[**]が決定される。
各車輪目標車輪速度演算ブロックVWSにて、目標角速度ωpt、及び、旋回半径Rpw[**]に基づいて各車輪の目標車輪速度Vwt[**]が演算される。具体的には、以下の関係に従って、目標車輪速度Vwt[**]が演算される。なお、上述の調整係数Gvw[**](図2を参照)は、Rpw[**]/Rpvに相当する。
Vwt[**]=Rpw[**]・ωpt(=Vxt・Rpw[**]/Rpv)
なお、上述の幾何特性Acfo、Acro、Acfi、Acri(図2を参照)は、旋回中心の位置が基準位置(点O)と一致する場合における調整係数Gvw[**]の特性に相当し、上述の基準速度は、旋回中心の位置が基準位置(点O)と一致する場合において演算ブロックVWSにて演算される車輪速度(=Row[**]・ωot(=Vxt・Row[**]/Rov))に相当する。
以上、本装置によれば、操舵角Saa(操向車輪における内輪舵角と外輪舵角との中間値)、及び、ステアリングジオメトリ(即ち、操舵角Saaに応じたアッカーマン実舵角δfg、及び、車両の諸元(ホイールベース)によって決定されるSaaと車両の旋回中心との幾何的関係)に基づいて基準位置(点O)が決定される。具体的には、基準位置(点O)は、車両の後輪軸線RAL上であり且つ車両内における後輪軸内の基準位置(特に、後輪軸の軸方向の中心位置)から「車両のホイールベースLを操舵角Saaの正接により除して得られる旋回半径Rov」だけ旋回方向内側に離れた点に決定される。換言すれば、この基準位置(点O)は、前輪軸の軸方向の中心に位置する仮想車輪WHfの位置を通り且つ操舵角Saaに基づいて演算されるアッカーマン実舵角δfaの方向に対して垂直方向に延びる直線ACLと、後輪軸線RALと、の交点である。即ち、基準位置(点O)は、車両の後輪軸線RAL上に決定される。
車両が極低速で走行する場合(例えば、Vxt≦vz1の場合)、車速(Vxb等)に基づいて演算される調整量Ycにより、調整後旋回中心の位置(点P)が基準位置(点O)から車両に近づいた、車両の後輪軸線RAL上に演算される。そして、旋回中心の位置(点P)に基づいて目標角速度ωptが演算され、目標角速度ωptに応じて目標車輪速度Vwt[**]が演算される。このように、旋回中心(点P)が、車両が有するステアリングジオメトリ(Saaと車両の旋回中心との幾何的関係)で決まる基準位置(点O)よりも車両に近い位置に決定され、旋回中心(点P)に基づいてVwt[**]が決定されるため、車両の旋回半径が低減されて小回り性が向上され得る。
加えて、旋回中心(点P)という共通の一点を中心に各車輪が転動することが想定され、車両がその旋回中心(点P)を中心として目標(旋回)角速度ωptで円滑に旋回できるように目標車輪速度Vwt[**]が演算される。従って、車輪間の移動軌跡差に起因する車輪間での車輪速度差が確保され得るように目標車輪速度Vwt[**]が個別に決定され得る。即ち、車両旋回状態において小回り性を向上させるために不要な各車輪の前後スリップの発生が抑制され得る。
ここで、所定値vz1について付言する。vz1は、車両のクリープ速度に相当する値とされ得る。クリープとは、アクセルペダルAPが操作されておらず(即ち、加速操作量Asa=0)、且つ、エンジンEGがアイドリングの状態で車両が微速で走行されることをいう。クリープは、クラッチ機構に流体継手やトルクコンバータを採用したオートマチックトランスミッションを搭載する車両等で発生する。機械式のクラッチ機構を備えるセミオートマチックトランスミッション等では、本来クリープは発生しない一方で、違和感を減少させるために擬似的にクリープを発生させる場合もある。以上より、クリープ速度は、運転者によって加速操作部材が操作されていない場合において車両がクリープにより走行する際の車速である。なお、車輪速度をクリープ速度以下に制御する場合、制動トルクPwt[**]、Pwa[**]の調整が必要となる。
車速が増加すると、車輪が旋回によって発生する遠心力と釣り合う横力を発生する必要がある。更に高速になると、車両の安定性を維持するため、車両のステア特性をアンダステア傾向(最終的には、僅かなアンダステア)に変化させていく必要がある。このような場合(Vxt>vz1)、車速(Vxb等)に基づいて演算される調整量Xc、Ycにより、調整後旋回中心の位置(点P)が、車速の増加に従って、後輪軸線RALから車両前方に離れる方向、且つ、車両から離れる方向に演算される。そして、上述と同様、点Pに基づいて目標角速度ωptが演算され、目標角速度ωptに応じて目標車輪速度Vwt[**]が演算される。これにより、車輪の横力の発生に必要な横スリップ角が生成され得、且つ、上述のアンダステア傾向が達成され得る。
加えて、車速が所定の高速(Vxt>vz2、例えば、60km/h以上)となると、調整後旋回中心の位置(点P)は、重心軸線CGL上、且つ、ニュートラルステア線NSLより車両から離れた側に演算される(点Uo)。この点Uoに基づいて目標車輪速度Vwt[**]が演算されることにより、車両の弱アンダステア特性が得られる。
更に、操舵角速度dSaが大きい場合、運転者が車両の旋回性能(回頭性、操舵追従性)を要求している。この場合、操舵角速度dSaに基づいて演算される修正量Ydにより、旋回中心が点Uoから点Uへと車両に近づく方向に調整され得る。これにより、車両の旋回半径が減少する。この結果、点Uに基づいて目標車輪速度Vwt[**]が演算されることにより、車両の旋回性能(回頭性、操舵追従性)が向上され得る。
上記実施態様では、調整係数Gvw[**]の演算特性が、操舵角Saaが「0」以上にて、ステアリングジオメトリにより決定される特性(Acfo等の幾何特性)より大きい・小さい特性に設定されているが、操舵角Saaが所定値sa1未満では調整係数Gvw[**]の演算特性が幾何特性と等しい特性に設定され、操舵角Saaが所定値sa1以上で幾何特性より大きい・小さい特性に設定され得る。
具体的には、図7、図8に示すように、旋回外輪について、特性Cjfo(a-c-d-e)(Cjro(i-k-l-m))にて表されるように、操舵角Saaが所定値sa1未満では、調整係数Gvw[fo](Gvw[ro])がステアリングジオメトリで幾何的に決定される幾何特性Acfo(a-c-r)(Acro(i-k-u))とされ、操舵角Saaが所定値sa1以上では、調整係数Gvw[fo](Gvw[ro])が幾何特性Acfo(Acro)より大きい値とされ得る。
また、特性Ckfo(a-b-c-d-e)(Ckro(i-j-k-l-m))にて表されるように、操舵角Saaが所定値sa0未満では、調整係数Gvw[fo](Gvw[ro])がパラレルジオメトリの特性(Gvw[fo]=1)(Gvw[ro]=1)とされ、操舵角Saaが所定値sa0以上、所定値sa1未満では、調整係数Gvw[fo](Gvw[ro])が幾何特性Acfo(Acro)よりも小さい値とされ、操舵角Saaが所定値sa1以上では、調整係数Gvw[fo](Gvw[ro])が幾何特性Acfo(Acro)より大きい値とされ得る。
同様に、旋回内輪について、特性Cjfi(a-f-g-h)(Cjri(i-n-p-q))にて表されるように、操舵角Saaが所定値sa1未満では、調整係数Gvw[fi](Gvw[ri])がステアリングジオメトリで幾何的に決定される幾何特性Acfi(a-f-s)(Acri(i-n-v))とされ、操舵角Saaが所定値sa1以上では、調整係数Gvw[fi](Gvw[ri])が幾何特性Acfi(Acri)より小さい値とされ得る。
また、特性Ckfi(a-b-f-g-h)(Ckri(i-j-n-p-q))にて表されるように、操舵角Saaが所定値sa0未満では、調整係数Gvw[fi](Gvw[ri])がパラレルジオメトリの特性(Gvw[fi]=1)(Gvw[ri]=1)とされ、操舵角Saaが所定値sa0以上、所定値sa1未満では、調整係数Gvw[fi](Gvw[ri])が幾何特性Acfi(Acri)よりも大きい値とされ、操舵角Saaが所定値sa1以上では、調整係数Gvw[fi](Gvw[ri])が幾何特性Acfi(Acri)より小さい値とされ得る。
これらの特性によれば、旋回半径がステアリングジオメトリで決定される幾何特性に基づく旋回半径より低減される制御がSaaが所定値sa1以上(Saa≧sa1)の条件で実行されるため、ステアリングホイールSWの中立位置付近では、自然な操舵フィーリングが得られる。そして、運転者が旋回半径を減少させたい場合(Saa≧sa1)にのみ、車両の小回り性が向上され得る。
なお、特性Cjfo(a-c-d-e)、特性Cjro(i-k-l-m)、特性Cjfi(a-f-g-h)、及び、特性Cjri(i-n-p-q)は、操舵角Saaが所定値sa1未満のとき、旋回中心の位置(点P)が基準位置(点O)に決定され、操舵角Saaが所定値sa1以上のとき、旋回中心の位置(点P)が基準位置(点O)よりRAL上において車両に近い側に決定される場合に対応する。ここで、所定値sa1は、操舵角Saaの最大角(操舵装置STRがとり得る最大の舵角)、或いは、同最大角より僅かに小さい値に設定され得る。これにより、運転者が車両の小回り性を必要とするときにのみ速度制御が実行され得る。
ところで、上記実施形態では、旋回中心の位置(点P)が基準位置(点O)に対して、車速Vxt、Vxa、Vxbに基づいて調整されている(図5、図6を参照)。これに加えて、旋回中心の位置(点P)が基準位置(点O)に対して、車両のステア特性値Sch(アンダステア、ニュートラルステア、オーバステアの程度を表す値)に基づいて調整され得る。
この場合、図9に示すように、ステア特性値演算ブロックSCHにて、操舵角Saa及び実際の旋回量Tja(例えば、Yra)に基づいてステア特性値Schが演算される。ステア特性値Schは、車両のアンダステア、ニュートラルステア、及び、オーバステアの程度を表す値であり、旋回量は車両の旋回の程度を表す状態量である。具体的には、操舵角Saaに基づいて旋回量の規範値(規範旋回量)Tjt(例えば、Yrt)が演算されて、旋回量の実際値Tjaと比較される。そして、比較結果(旋回量偏差(=Tja−Tjt))がステア特性値Schとされる。この場合、ステア特性値Schが正の場合がオーバステアに、「0」の場合がニュートラルステアに、負の場合がアンダステアにそれぞれ対応する。
補正量演算ブロックYECにて、補正量Yeが演算される。補正量Yeは、車両のステア特性に基づいて旋回中心の位置(点P)を補正するための横方向の補正量である。ステア特性値Schが「0」以上且つ所定値sc1未満(0≦Sch<sc1)ではYeは「0」とされ、ステア特性値Schが所定値sc1以上(Sch≧sc1)では、ステア特性値Schのオーバステア側への増加に従って補正量Yeが「0」から増加される。一方、ステア特性値Schが所定値−sc2より大きく、且つ、「0」未満(−sc2<Sch<0)ではYeは「0」とされ、ステア特性値Schが所定値sc2以下(Sch≦sc2)では、ステア特性値Schのアンダステア側への増加に従って補正量Yeが「0」から減少される。
これにより、車両がオーバステア状態のとき、補正量Yeにより、調整後旋回中心の位置(点P)が車両から離れる側(離れる方向)に補正される。この結果、旋回半径が大きくなり、車両のステア特性がニュートラルステア特性に近づく。一方、車両がアンダステア状態のとき、補正量Yeにより、調整後旋回中心の位置(点P)が車両に近づく側(近づく方向)に補正される。この結果、旋回半径が小さくなり、車両のステア特性がニュートラルステア特性に近づく。
また、上記実施態様では、車輪速度偏差ΔVw[**]に基づいて目標制動軸トルクPwt[**]、及び目標駆動軸トルクDwt[**]が共に演算されている(図2を参照)。これに対し、車輪速度偏差ΔVw[**]に基づいて目標制動軸トルクPwt[**]が演算されるとともに、車速偏差(指示車速Vxtと実車速Vxaとの偏差)ΔVxに基づいて駆動源の出力目標値Tstが演算され得る。
通常の車両では、制動軸トルクを制御する制動手段が各車輪に設けられる一方で、駆動軸トルクを制御する動力源(例えば、エンジンEG、駆動用電気モータ)は車両に1つだけ設けられる。そして、この動力源の出力がディフェレンシャルギヤ(FD等)を介して各車輪に分配される。この例は、このような車両に適用され得る。
具体的には、図10に示すように、実車両速度演算ブロックVXAにて、各車輪の実際の車輪速度Vwa[**]に基づいて、実際の車両速度(実車速)Vxaが演算される。比較手段HKYにて、指示車速Vxtと実車速Vxaとが比較され、その比較結果(車速偏差)ΔVxが演算される。具体的には、ΔVx=Vxt−Vxaなる式に従って、車速偏差ΔVxが演算される。
目標駆動出力演算ブロックTQTeにて、車速偏差ΔVxに基づいて目標駆動出力Tstが演算される。具体的には、偏差ΔVxが所定値vx1未満では、目標駆動出力Tstは「0」とされ、偏差ΔVxが所定値vx1以上では偏差ΔVxの増加に従って目標駆動出力Tstが「0」から増加するように演算される。また、Tstは駆動側の上限値tsmに制限され得る。