以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、ヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液、特にヒスチジン含有ペプチドを塩類、アミノ酸、ペプチド、及び/又はタンパク質等の他の各種成分と共に含む水溶液(食品加工廃液など)を、第一遷移金属イオンを担持した高分子と接触させてその水溶液中のヒスチジン含有ペプチドを該高分子に結合させることにより、短時間のうちに効率よくヒスチジン含有ペプチドを回収する方法に関する。
本発明に係る第一遷移金属イオンを担持した高分子、特に、銅(II)イオンを担持した水溶性又は水不溶性高分子、特に好ましくは水溶性又は水不溶性多糖類は、広いpH範囲において、高塩濃度下でも塩非存在下でも、ヒスチジン含有ペプチドに対して良好な吸着性と溶離剤による脱離性とを実現することができる。
本発明に係る「ヒスチジン含有ペプチド」とは、アミノ酸の1種であるヒスチジン(L体若しくはD体)、又は修飾アミノ酸などのそれらのアミノ酸誘導体(例えば、メチルヒスチジン)をそのペプチド配列中に少なくとも1個含有するペプチドをいう。本発明において特に好ましいヒスチジン含有ペプチドは、ヒスチジン及び/又はメチルヒスチジンを少なくとも1個、その配列中に含有するペプチドである。ここで本発明におけるペプチドとはペプチド結合によって結合した2個以上のアミノ酸を含むものをいい、主としてアミノ酸長が2〜20個のペプチド、特にオリゴペプチド(2〜10個のアミノ酸長を有するペプチド)を指す。本発明のヒスチジン含有ペプチドを構成するアミノ酸は、L−アミノ酸であってもD−アミノ酸であってもよいし、タンパク質構成アミノ酸であってもそれ以外のアミノ酸であってもよい。本発明のヒスチジン含有ペプチドを構成するアミノ酸は、さらに、修飾アミノ酸(例えばメチル化、アセチル化、リン酸化、グリコシル化、ユビキチン化、ヒドロキシル化などの、翻訳後修飾を受けたアミノ酸)、及びその他のアミノ酸誘導体(例えば、アミノ基、カルボキシル基、又は側鎖の官能基を保護基で保護したものや標識物質を付加したもの、環状化したものなど)を包含する天然若しくは非天然アミノ酸誘導体であってもよい。本発明に係るヒスチジン含有ペプチドは、限定するものではないが、2個〜5個のアミノ酸長のオリゴペプチドであることが好ましく、ジペプチドであることがさらに好ましい。本発明に係るヒスチジン含有ペプチドとしては、ヒスチジン又はメチルヒスチジン1個とそれ以外のアミノ酸1個とからなるジペプチドがより好ましく、具体的には例えば、カルノシン(β−アラニル−L−ヒスチジン)、アンセリン(β−アラニル−1−メチルヒスチジン)、ホモカルノシン(γ−アミノブチリル−L−ヒスチジン)、オフィジン(β−アラニル−L−3−メチルヒスチジン)などが挙げられるが、本発明では、特にカルノシン及びアンセリンが好ましい。これらペプチドは、動物肉、魚肉等に含まれており、そこから抽出することができるが、当業者に公知のペプチド合成法によって製造することもできる。例えば、限定するものではないが、化学的若しくは酵素的切断法、化学合成法(液相法、固相法、カラム法及びバッチ法等)、クロマトグラフィー法による精製抽出法等を利用してペプチドを製造することができる。ペプチド合成法の詳細は、例えば"The Peptides: Analysis, Synthesis, Biology", Vol. 1〜5, E. Gross, J. Meienhofer編; Vol.6〜9, S. Udenfriend, J. Meienhofer, Academic Press, New York (1979〜1987)、「ペプチド合成の基礎と実験」(泉屋信夫ら著, 丸善(株)(1985))等に記載されている。
塩やタンパク質等の夾雑物質共存下でもヒスチジン含有ペプチドの吸着が阻害されにくいという本発明の方法の利点を特に生かす目的では、原料として用いるヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液は、ヒスチジン含有ペプチドを塩と共に含む水溶液であることが好ましい。本発明において「ヒスチジン含有ペプチドを塩と共に含む水溶液」とは、ヒスチジン含有ペプチドと塩とを少なくとも含有する水溶液を意味する。この「塩」は、任意の塩であってよいが、金属塩であることがより好ましく、ナトリウム塩であることがさらに好ましい。本発明の特に好適な実施形態では、その塩は塩化ナトリウム(NaCl)である。そのようなヒスチジン含有ペプチドを塩と共に含む水溶液の塩濃度は、特に限定されないが、好ましくは0.0001 mM〜5000 mM、より好ましくは0.001 mM〜1000 mM、さらに好ましくは1 mM〜1000 mM、例えば10 mM〜500 mMでありうる。あるいは、本発明に係るヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液は、そのような塩と共に、又はそのような塩に代えて、タンパク質(分子量5000以上のポリペプチド)を含んでもよい。含まれるタンパク質は任意のものであってよいが、コラーゲンなどの水溶性タンパク質であることが好ましい。本発明に係るヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液は、さらに、他の成分(例えば、各種アミノ酸又はペプチド等)を含んでもよい。
このようなヒスチジン含有ペプチドを塩及び/又はタンパク質と共に含む水溶液は、特に限定されないが、例えば、好適例では、食肉や魚肉類などの食品からの水性抽出物や、食品加工廃液などであってもよい。具体的には、例えば、ちりめん煮汁、カツオだし、カツオ煮汁、マグロ煮汁、チキンスープ、チキンエキス、ビーフスープ、ビーフエキスなどの例が挙げられる。
また本発明の方法によれば、ヒスチジン含有ペプチドの回収試験後も高分子(特に多糖類)からの第一遷移金属イオン(特に、Cu(II)イオン)の溶出による損失が少ないことから、大量溶液からの回収や反復試験においても回収効率が低下しにくいという利点もある。
本発明に係る第一遷移金属イオンを担持した高分子を用いたヒスチジン含有ペプチドの回収方法としては、より具体的には、主に2つの実施形態が考えられる。以下、それぞれの実施形態について説明する。
1.水溶性高分子を担体として用いた、限外ろ過分離に基づく回収方法
本発明の1つの実施形態は、ヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液(好ましくは、ヒスチジン含有ペプチドを塩と共に含む水溶液)に、第一遷移金属イオンを担持した水溶性高分子を加えて、好ましくは吸着反応が平衡に達するまで、十分に混合し、その水溶液中のヒスチジン含有ペプチドを水溶性高分子に保持させた後、その混合物を限外ろ過にかけて、該水溶性高分子に保持させたヒスチジン含有ペプチドをろ過残渣として分離することによる、ヒスチジン含有ペプチドの回収方法である。
この方法においては、第一遷移金属イオンを担持した水溶性高分子をヒスチジン含有ペプチド吸着系として用いる。第一遷移金属イオンとしては、銅(II)イオン、ニッケル(II)イオン、コバルト(II)イオン、亜鉛(II)イオンなどが挙げられるが、銅(II)イオンが特に好ましい。水溶性高分子としては、限外ろ過膜(一般的には、分画分子量5,000〜50,000の限外ろ過膜)を透過しないサイズを有し、かつ水溶性である任意のものを用いることができ、例えばより好ましい例として水溶性多糖類が挙げられる。具体的には、本方法では、分子量10,000以上、好ましくは分子量60,000〜90,000の水溶性高分子を好適に使用することができる。より具体的には、本方法で使用可能な水溶性高分子として、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリイソプロピルアクリルアミド、ポリエチレングリコール等の水溶性合成高分子や、カルボキシメチルセルロース、水溶性セルロース、水溶性キチン及び/又はキトサン、ペクチン、デキストラン(Dex)、アガロース、アルギン酸、カラギーナン等の水溶性天然多糖類等が挙げられるが、デキストランは特に好ましい。
第一遷移金属イオンを担持した水溶性高分子とは、担体である水溶性高分子に第一遷移金属イオンを固定化したものをいう。
第一遷移金属イオンを担持した水溶性高分子としてより一般的な例は、上記水溶性高分子に、第一遷移金属イオンを固定化できるキレート基を官能基として導入し(水溶性キレート高分子)、そのキレート基に第一遷移金属イオンをキレート結合により固定化して得られるものである。第一遷移金属イオンを固定化できるキレート基としては、イミノ二酢酸基、アミドキシム基、アミノリン酸基等を用いることができるが、イミノ二酢酸基を用いることがより好ましい。水溶性高分子へのキレート基の導入は、通常の有機化学反応を利用して公知の方法に従って行えばよい。水溶性高分子へのキレート基の導入は、エポキシ基(例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル)などの架橋基を介してキレート基を水溶性高分子に結合するものでもよい。具体的には、例えばイミノ二酢酸基をキレート基として用い、水溶性高分子としてデキストランを用いる場合には、図1に記載の合成スキーム及び実施例1の記載に従って、イミノ二酢酸基を導入したキレート高分子(デキストラン誘導体)を生成することができる。
得られた水溶性キレート高分子への第一遷移金属イオンの固定化は、公知の方法に従って行えばよい。第一遷移金属イオンは、水溶性キレート高分子に導入されたキレート基とキレート形成することによって、その水溶性高分子に固定化される。例えば、あらかじめ、固定化するその第一遷移金属の塩を含む水溶液でコンディショニングした水溶性キレート高分子に、当該金属塩の水溶液を添加して所定時間撹拌し、透析して得た残渣を乾燥させる方法等によって、第一遷移金属イオンを水溶性キレート高分子へ固定化することができる。具体的な手順は、後述の実施例を参照することができる。水溶性キレート高分子に固定化される第一遷移金属イオンの量(担持量)は、特に限定されないが、当該水溶性キレート高分子1g当たりの値で、例えば0.05〜10.0 mmol/g、より好ましくは0.1〜2.0 mmol/g、例えば0.2〜0.5 mmol/g程度である。
本発明では第一遷移金属イオンを固定化した水溶性キレート高分子を、第一遷移金属担持水溶性キレート高分子と総称し、具体的には例えば銅(II)担持水溶性キレート高分子や、銅(II)担持キレートデキストランというように称する。
本方法では、上記の第一遷移金属担持水溶性キレート高分子に、ヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液(好ましくは、ヒスチジン含有ペプチドを塩と共に含む水溶液)を加えて十分に混合する(好ましくは、吸着反応が平衡に達するまでよく混合する)ことにより、その水溶液中のヒスチジン含有ペプチドを第一遷移金属担持水溶性キレート高分子に保持させる。例えば、その混合液を一定時間振とうすることにより良好に混合することができる。具体的な手順については後述の実施例を参照することができる。一般的には、ヒスチジン含有ペプチドを塩と共に含む水溶液と、第一遷移金属担持水溶性キレート高分子との混合は、限定するものではないが、好ましくはpH 4〜12、より好ましくはpH 5〜12、さらに好ましくはpH 5〜9の条件下で行うことにより、ヒスチジン含有ペプチドの吸着率をより向上させることができる。混合時の温度条件は、特に限定されないが、好ましくは10℃〜40℃、より好ましくは25℃〜35℃、さらに好適には30℃とすればよい。振とう速度は100〜300rpm、好ましくは120rpmで振とうすればよい。振とう等による混合時間(第一遷移金属担持水溶性キレート高分子とヒスチジン含有ペプチドとの接触時間)は、適宜設定すればよいが、吸着反応が平衡に達するまでに要する時間を上回る時間が好ましい。その混合時間は、振とう条件等にもよるが、通常は30分〜48時間程度でよい。短時間のうちに高効率にヒスチジン含有ペプチドを回収するためには、吸着反応が平衡に達するまでの時間だけ混合すればよく、例えば30分〜24時間、好ましくは1時間〜7時間、より好ましくは1時間〜4時間にわたり混合すればよい。
以上のようにしてヒスチジン含有ペプチドを塩と共に含む水溶液と、第一遷移金属担持水溶性キレート高分子とを混合することにより、該水溶液中のヒスチジン含有ペプチドを、そのヒスチジンのイミダゾール基と第一遷移金属イオンとの金属配位結合に基づき、その水溶性キレート高分子に吸着(捕捉)して保持させることができる。
次いで、上記混合工程で得られた、ヒスチジン含有ペプチドを保持した第一遷移金属担持水溶性キレート高分子が含まれる混合物を、限外ろ過にかけることができる。この限外ろ過により、該水溶性キレート高分子に保持されたヒスチジン含有ペプチドはろ過残渣として限外ろ過膜上に保持され、一方、低分子量の目的外の物質(他のペプチド、アミノ酸、タンパク質等)は限外ろ過膜を通過して透過液へと流出するため、水溶性キレート高分子に保持されたヒスチジン含有ペプチドを他の成分と分離して回収することができる。
限外ろ過は、当業者が公知の任意の方法によって行うことができるが、好ましくは、分画分子量5,000〜50,000、より好ましくは分画分子量10,000〜30,000の限外ろ過膜を用いて行うのがよい。限定するものではないが、限外ろ過の際には一般的には加圧することが好ましく、例えば0.03〜1 MPa、例えば0.3 MPaの加圧下で限外ろ過することができる。
一実施形態では、限外ろ過により得られる透過液中のヒスチジン含有ペプチドの濃度をアミノ酸自動分析計を用いて測定し、当初水溶液中のヒスチジン含有ペプチド濃度と比較した減少量から水溶性キレート高分子に保持されたヒスチジン含有ペプチドの量及び割合を算出することができる。そのようにして算出される、当初水溶液と比較したときの透過液におけるヒスチジン含有ペプチド量の減少率を、本発明ではヒスチジン含有ペプチドの吸着率(%)(又はヒスチジン含有ペプチドの保持率(%))とする。なお本明細書においては、そのヒスチジン含有ペプチドの吸着率(%)を、ヒスチジン含有ペプチドの膜透過阻止率(%)と表現することがある。
第一遷移金属担持水溶性キレート高分子に保持させたヒスチジン含有ペプチドは、その後、該水溶性キレート高分子から溶離して用いてもよい。当該水溶性キレート高分子からの吸着したヒスチジン含有ペプチドの溶離は、例えば、公知の溶離剤を用いて行うことができる。より具体的には、ヒスチジン含有ペプチドを保持させた上記第一遷移金属担持水溶性キレート高分子に、適切な溶離剤の水溶液を添加し、混合することにより、当該水溶性キレート高分子からヒスチジン含有ペプチドを脱着させて水溶液中に溶出させることができる。この溶離剤として、限定するものではないが、例えばクエン酸をはじめとする酸、酢酸、イミノ二酢酸、エチレンジアミン四酢酸、イミダゾール、ヒスチジンなどを使用することにより、当該水溶性キレート高分子からヒスチジン含有ペプチドを容易に脱着(溶離)させることができる。
このようにして溶離したヒスチジン含有ペプチドと水溶性キレート高分子とを含む混合物を、例えばさらにろ過して水溶性キレート高分子を除去し、ろ液を採取することにより、ヒスチジン含有ペプチドが単離又は濃縮された水溶液を取得することができる。上記混合物又はそこから得られたヒスチジン含有ペプチドを単離又は濃縮した水溶液は、クロマトグラフィー法などの他の公知のペプチド精製技術に供することにより、さらに分離精製してもよい。
本発明のこの方法によれば、ヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液中に塩類等が共存していても、その水溶液中からヒスチジン含有ペプチドを迅速な吸着反応により分離(単離又は濃縮)することができ、その吸着反応は早期に平衡に達することから、脱塩操作無しでもヒスチジン含有ペプチドを短時間のうちに高効率に回収することが可能となる。またそのようなヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液と第一遷移金属担持水溶性キレート高分子とを混合することにより、中性〜アルカリ性の広範なpH範囲で、ヒスチジン含有ペプチドを高い割合で吸着回収することができる。
2.水不溶性多糖類を担体として用いた回収方法
本発明のもう1つの実施形態は、ヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液(好ましくは、ヒスチジン含有ペプチドを塩及び/又はタンパク質と共に含む水溶液)と、第一遷移金属イオンを担持した水不溶性高分子を接触させ、好ましくは吸着反応が平衡に達するまで反応させ又は混合して、ヒスチジン含有ペプチドを水不溶性高分子に吸着させた後、ヒスチジン含有ペプチドを吸着した水不溶性高分子を回収し、その水不溶性高分子からヒスチジン含有ペプチドを溶離させることによる、ヒスチジン含有ペプチドの回収方法である。
この方法においては、第一遷移金属イオンを担持した水不溶性高分子(特に、水不溶性多糖類)をヒスチジン含有ペプチド吸着系として用いる。第一遷移金属イオンとしては、銅(II)イオン、ニッケル(II)イオン、コバルト(II)イオン、亜鉛(II)イオンなどが挙げられるが、銅(II)イオンが特に好ましい。本方法で使用可能な水不溶性高分子としては、セルロース、ヘミセルロース、リグニン、キチン等の水不溶性多糖類が好ましく、特にセルロースが好ましい。本方法で使用可能な水不溶性多糖類としては、分子量1,000以上、好ましくは分子量3,000〜5,000の多糖類がより好ましい。
第一遷移金属イオンを担持した水不溶性多糖類とは、担体である水不溶性多糖類に第一遷移金属イオンを固定化したものをいう。
第一遷移金属イオンを担持した水不溶性多糖類としてより一般的な例は、上記水不溶性多糖類に、第一遷移金属イオンを固定化できるキレート基を官能基として導入し、そのキレート基に第一遷移金属イオンをキレート結合により固定化して得られるものである。第一遷移金属イオンを固定化できるキレート基としては、イミノ二酢酸基、アミドキシム基、アミノリン酸基等を用いることができるが、イミノ二酢酸基を用いることがより好ましい。水不溶性多糖類へのキレート基の導入は、通常の有機化学反応を利用して公知の方法に従って行えばよい。水不溶性多糖類へのキレート基の導入は、エポキシ基(例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテルやグリセロールポリグリシジルエーテル)などの架橋基を介してキレート基を水不溶性多糖類に結合するものでもよい。あるいは、第一遷移金属イオンをキレート結合により固定化して担持した水不溶性多糖類としては、重金属吸着除去用のキレート吸着材として各種市販されているものを用いることもできる。例えばイミノ二酢酸基をキレート基として用いたセルロース系キレート吸着材であるCellufine(R) Chelate(チッソ社製)を、本発明に係るこの方法に好適に用いることができる。
上記水不溶性キレート多糖類への第一遷移金属イオンの固定化は、公知の方法に従って行えばよい。第一遷移金属イオンは、水不溶性キレート多糖類に導入されたキレート基とキレート形成することによって、その水不溶性多糖類に固定化される。例えば、あらかじめ、固定化するその第一遷移金属の塩を含む水溶液でコンディショニングした水不溶性キレート多糖類に、当該金属塩の水溶液を添加して所定時間撹拌し、透析して得た残渣を乾燥させる方法等によって、第一遷移金属イオンを水不溶性キレート多糖類へ固定化することができる。具体的な手順は、後述の実施例を参照することができる。水不溶性キレート多糖類に固定化される第一遷移金属イオンの量(担持量)は、特に限定されないが、当該水不溶性キレート高分子1g当たりの値で、例えば0.05〜10.0 mmol/g、より好ましくは0.1〜2.0 mmol/g、例えば0.2〜0.5 mmol/g程度である。
本発明では第一遷移金属イオンを固定化したキレート基を有する水不溶性多糖類を、第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類と総称し、具体的には例えば銅(II)担持水不溶性キレート多糖類や銅(II)担持セルロース系キレート吸着材などというように称する。
本方法では、第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類に、ヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液(好ましくは、ヒスチジン含有ペプチドを塩及び/又はタンパク質と共に含む水溶液)に加えて、好ましくは吸着反応が平衡に達するまで、その第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類とヒスチジン含有ペプチドとを接触させることにより、その溶液中のヒスチジン含有ペプチドを第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類に吸着させる。例えば、当該第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類にヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液を加え、一定時間振とうして反応させ又は混合することで、両者を十分に接触させることができる。具体的な手順については後述の実施例を参照することができる。一般的には、ヒスチジン含有ペプチドを塩及び/又はタンパク質(好ましくは水溶性タンパク質)と共に含む水溶液と、第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類との接触は、限定するものではないが、好ましくはpH 4〜12、より好ましくはpH 5〜12、さらに好ましくはpH 5〜9の条件下で行うことにより、ヒスチジン含有ペプチド吸着率をより高く保持することができる。接触時の温度条件は、特に限定されないが、好ましくは10℃〜40℃、より好ましくは25℃〜35℃、さらに好適には30℃とすればよい。振とう速度は100〜300rpm、好ましくは120rpmで振とうすればよい。振とう等による接触時間(第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類とヒスチジン含有ペプチドとの接触時間)は、適宜設定すればよいが、吸着反応が平衡に達するまでに要する時間を上回る時間が好ましい。その接触時間は、振とう条件等にもよるが、通常は30分〜48時間程度でよい。短時間のうちに高効率にヒスチジン含有ペプチドを回収するためには、吸着反応が平衡に達するまでの時間だけ混合すればよく、例えば30分〜24時間、好ましくは1時間〜7時間、より好ましくは1時間〜4時間にわたり混合すればよい。
以上のようにしてヒスチジン含有ペプチドを塩及び/又はタンパク質と共に含む水溶液と、第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類とを接触させることにより、該水溶液中のヒスチジン含有ペプチドを、そのヒスチジンのイミダゾール基と第一遷移金属イオンとの金属配位結合に基づきその水不溶性キレート多糖類に吸着させることができる。
第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類に吸着させたヒスチジン含有ペプチドは、次に、該水不溶性キレート高分子から溶離させることが好ましい。この水不溶性キレート多糖類からの吸着したヒスチジン含有ペプチドの溶離は、例えば、公知の溶離剤を用いて行うことができる。より具体的には、ヒスチジン含有ペプチドを吸着させた上記水不溶性キレート多糖類に、適切な溶離剤の水溶液を添加し、混合することにより、当該水不溶性キレート多糖類からヒスチジン含有ペプチドを脱着させ、水溶液中に溶出させることができる。この溶離剤として、限定するものではないが、例えばクエン酸をはじめとする酸、イミノ二酢酸、エチレンジアミン四酢酸、イミダゾール、ヒスチジンなどを使用することにより、当該水不溶性キレート多糖類からヒスチジン含有ペプチドを容易に脱着(溶離)させることができる。この溶離剤として、限定するものではないが、例えばクエン酸をはじめとする酸、酢酸、イミノ二酢酸、エチレンジアミン四酢酸、イミダゾール、ヒスチジンなどを使用することにより、当該水不溶性キレート多糖類からヒスチジン含有ペプチドを容易に脱着(溶離)させることができる。
このようにして溶離したヒスチジン含有ペプチドと水不溶性キレート多糖類とを含む混合物を、例えばさらにろ過して水不溶性キレート多糖類を除去し、ろ液を採取することにより、ヒスチジン含有ペプチドが単離又は濃縮された水溶液を取得することができる。上記混合物又はそこから得られたヒスチジン含有ペプチドを単離又は濃縮した水溶液は、クロマトグラフィー法などの他の公知のペプチド精製技術に供することにより、さらに分離精製してもよい。
本発明のこの方法によれば、ヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液中に塩類等が共存していても、その水溶液中からヒスチジン含有ペプチドを迅速な吸着反応により分離(単離又は濃縮)することができ、その吸着反応は早期に平衡に達することから、脱塩操作無しでもヒスチジン含有ペプチドを短時間のうちに高効率に回収することが可能となる。またヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液中にタンパク質(特に水溶性タンパク質)が共存している場合でも、本方法によればタンパク質による吸着阻害をより低く抑えられるため、あらかじめ除タンパク質処理をしなくてもヒスチジン含有ペプチドの吸着率を改善することが可能となる。さらに、ヒスチジン含有ペプチドを含む水溶液と第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類とを接触させることにより、中性〜アルカリ性の広範なpH範囲で、ヒスチジン含有ペプチドを高い割合で吸着回収することができる。
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
[実施例1] 銅担持デキストラン誘導体の調製
1.イミノ二酢酸型デキストラン(IDA-EGDE-Dex)の調製
水溶性高分子であるデキストランを用いたイミノ二酢酸型デキストラン(IDA-EGDE-Dex)の合成スキームは図1の通りである。詳細には以下の通りに実施した。
まず、容積500 cm3の三口フラスコに、平均分子量75,000のデキストラン(Dex)6.0 g(水酸基(OH)含量 ; 0.11 mol)、3.2 mol/dm3 エチレングリコールジグリシジルエーテル(EGDE)40cm3(22.3g、0.13 mol)、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)160 mg(4.2×10-3 mol)、0.4 mol/dm3NaOH 40cm3(0.016 mol)を加えて混合し、50℃で1時間攪拌した。この工程により得られた、EGDEが導入され寒天状になったDex誘導体(EGDE-Dex)に、イミノ二酢酸(IDA)基を導入するためイミノ二酢酸二ナトリウム一水和物 24 g(0.12 mol)を加え、さらに水を加えて体積を300 cm3にした。これに、H2O/MeOH = 2/1 (v/v)になるように150 cm3のメタノール(MeOH)を加え、ミキサーで粉砕後、65℃で24時間還流した。メタノールを減圧留去した後、残渣を、セロハン製ヴィスキングチューブを透析膜として用いて蒸留水で48時間透析した。透析した残渣を凍結乾燥することにより、イミノ二酢酸基が導入されたデキストラン誘導体(以下、イミノ二酢酸型デキストラン。IDA-EGDE-Dexと略記)を得た。
原料であるデキストラン(Dex)と、調製されたIDA-EGDE-Dexとの赤外吸収スペクトルを図2に示した。IDA-EGDE-Dexの赤外吸収スペクトルにはイミノ二酢酸に帰属される新たな吸収が確認されたことから(図2中、点線囲み部分)、IDA-EGDE-Dexについてイミノ二酢酸基導入による化学修飾がされていることが確かめられた。
2.銅(II)担持イミノ二酢酸型デキストラン(Cu(II)IDA-EGDE-Dex)の調製
濃度5.0 mM(mmol/L)のHEPESバッファー及び希塩酸を用いてpH 4.9にpH調整した、濃度10.0 mMのCu(NO3)2水溶液を調製した。このCu(NO3)2水溶液600 cm3に対してコンディショニング済みのIDA-EGDE-Dexを10.0g加え、それを撹拌速度150 rpmで20時間撹拌した。そしてこの混合物を、セロハン製ヴィスキングチューブを透析膜として用いて蒸留水で48時間透析した。透析した残渣を凍結乾燥することにより、銅(II)担持イミノ二酢酸型デキストラン(以下、Cu(II)IDA-EGDE-Dexと略記)を得た。銅(II)イオンがキレート形成により上記デキストラン誘導体に担持されたことにより、白色のデキストラン誘導体(IDA-EGDE-Dex)は青色(Cu(II)IDA-EGDE-Dex)に変化した。また、透析液中の銅(II)イオンの量を測定し、出発溶液と比較した銅(II)イオンの減少量からCu(II)IDA-EGDE-Dexにおける銅(II)イオンの担持量を計算した。ここで算出された銅(II)イオンの担持量は、数回の試験で0.21〜0.49 mmol/gの範囲であった。
[実施例2] 銅(II)担持イミノ二酢酸型デキストランを用いたカルノシン回収試験
1.銅(II)担持イミノ二酢酸型デキストランによるカルノシン回収のpH依存性(塩非存在下)の検討
10 mmol/dm3 HCl水溶液、10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を適宜混合してpH 2〜12にpH調整した、濃度0.10 mmol/dm3のカルノシン水溶液を調製した。この水溶液15cm3に、上記デキストラン(Dex)、実施例1で調製したIDA-EGDE-Dex又はCu(II)IDA-EGDE-Dexのいずれかを30mg加え、温度30℃、振とう速度120 rpmで24時間振とうした(カルノシン吸着工程)。この混合物を、分画分子量 20,000のポリスルホン製限外ろ過膜を用いて0.3MPaの加圧下で限外ろ過し、液の9割以上が膜透過したところで限外ろ過操作を停止した。カルノシン吸着工程でDex、IDA-EGDE-Dex、又はCu(II)IDA-EGDE-Dexにカルノシンが結合し保持されている場合には、膜透過液中のカルノシン量は当初のカルノシン水溶液よりも減少しているはずである。そこで、膜透過液のpHを測定し、またアミノ酸自動分析計を用いて膜透過したカルノシン濃度を測定した。さらに、本カルノシン回収操作に伴ってCu(II)IDA-EGDE-Dexから溶出した膜透過液中のCu(II)イオン濃度を原子吸光光度計を用いて測定した。
結果を図3に示した。図3中、横軸は回収試験後の膜透過液のpH値、縦軸は水溶液中のカルノシンがデキストラン誘導体に保持(吸着)されて膜透過されなかった百分率(膜透過阻止率)を表す。原料であるDex(イミノ二酢酸及び銅(II)を有していない)は、いずれのpHにおいてもカルノシンを保持することができなかった(図3中、黒丸)。また、イミノ二酢酸基を導入したIDA-EGDE-Dex(銅(II)を担持していない)は弱酸性条件下でカルノシンを保持し膜透過阻止率は最大で31%であったが、アルカリ性のpH条件下では膜透過阻止率が著しく減少した(図3中、黒三角)。弱酸性条件下ではカルノシンは陽イオンとして存在するため、IDA-EGDE-Dexのイミノ二酢酸との静電的相互作用によって保持されたと考えられる。一方、Cu(II)IDA-EGDE-Dex(銅(II)を担持)は、弱酸性〜アルカリ条件という広いpH範囲で多量のカルノシンを保持することができ、例えば、pH 8.7での膜透過阻止率は最大の95%であった(図3中、黒四角)。
このようにCu(II)IDA-EGDE-Dexは、IDA-EGDE-Dexでは保持が認められないアルカリ性条件下でも、カルノシンを保持し回収することができた。これは、カルノシンが銅(II)イオンへの金属配位結合により親水性ゲルであるCu(II)IDA-EGDE-Dexに吸着され保持されたためである。
また、この試験でCu(II)IDA-EGDE-Dexから溶出した膜透過液中のCu(II)濃度を図4に示した。図4中、横軸は回収試験後の膜透過液のpH値、縦軸は膜透過液に溶出したCu(II)濃度を表す。pH2付近の酸性条件及びpH10以上のアルカリ性条件ではCu(II)IDA-EGDE-Dexから少量のCu(II)イオンが溶出するが、pH4〜8の範囲ではCu(II)イオンはほとんど溶出しないことが示された(図4)。このようにCu(II)IDA-EGDE-Dexでは、使用後もCu(II)イオンの損失は少なかった。
2.銅(II)担持イミノ二酢酸型デキストランによるカルノシン回収のpH依存性(塩存在下)の検討
10 mmol/dm3 HCl水溶液、10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を適宜混合してpH 2〜12にpH調整した、濃度0.10 mmol/dm3のカルノシン水溶液を調製した。この調製の際、併せて塩化ナトリウム(NaCl)を濃度100 mmol/dm3(0.58%)になるように各水溶液に加えた。この水溶液15cm3に、上記Dex、実施例1で調製したIDA-EGDE-Dex、又はCu(II)IDA-EGDE-Dexのいずれかを30mg加え、温度30℃、振とう速度120 rpmで24時間振とうした。分画分子量 20,000のポリスルホン製限外ろ過膜(東洋濾紙株式会社製)を用いて0.3MPaの加圧下で限外ろ過し、液の9割以上が膜透過したところで限外ろ過操作を停止した。次いで、膜透過液のpH、カルノシン濃度、溶出したCu(II)イオン濃度を上記と同様に測定した。
結果を図5に示した。図5中、横軸は回収試験後の膜透過液のpH値、縦軸は水溶液中のカルノシンがデキストラン誘導体に保持されて膜透過されなかった百分率(膜透過阻止率)を表す。原料であるDex(イミノ二酢酸及び銅(II)を有していない)は、いずれのpHにおいてもカルノシンを保持することができなかった(図5中、黒丸)。また、濃度100 mM(0.58%)のNaClが含まれるこの試験の条件(塩存在下)では、イミノ二酢酸を導入したIDA-EGDE-Dex(銅(II)を担持していない)も、カルノシンを保持することができなかった(図5中、黒三角)。これはNaClがカルノシンとIDA-EGDE-Dexのイミノ二酢酸との静電的相互作用を阻害したためである。一方、Cu(II)IDA-EGDE-Dex(銅(II)を担持)は濃度100 mM(0.58%)のNaCl存在下でも、弱酸性〜アルカリ性の広いpH範囲で高い割合でカルノシンを保持し、例えば、pH 8.6での膜透過阻止率は最大の95%であった(図5中、黒四角)。
このようにCu(II)IDA-EGDE-Dexは、IDA-EGDE-Dexでは保持が認められないNaCl存在下でも、カルノシンを保持し回収することができた。これは、カルノシンと銅(II)イオンとの配位結合が塩分による影響を受けにくく、塩存在下でもカルノシン保持能力が維持されたためである。
また、この試験でCu(II)IDA-EGDE-Dexから溶出した膜透過液中のCu(II)濃度を図6に示した。図6中、横軸は回収試験後の膜透過液のpH値、縦軸は膜透過液に溶出したCu(II)イオン濃度を表す。pH2付近の酸性条件及びpH10以上のアルカリ性条件では、Cu(II)IDA-EGDE-Dexから、塩非存在下の場合(図4)よりもわずかに多いがなお少量のCu(II)イオンが溶出した。一方、pH4〜8の範囲ではCu(II)イオンはほとんど溶出しないことが示された(図6)。このようにCu(II)IDA-EGDE-Dexでは、塩存在下での使用後もCu(II)イオンの減少は比較的少なく、特にpH4〜8の範囲ではほとんど減少しなかった。
[実施例3] 銅(II)担持イミノ二酢酸型デキストランによる各種アミノ酸・ペプチドの回収(混合系)
10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を用いて初期pHをpH 8.0に調整した、アミノ酸及びペプチドを含む混合水溶液を調製した。この混合水溶液には、アスパラギン酸(Asp)、スレオニン (Thr)、セリン(Ser)、グルタミン酸(Glu)、プロリン(Pro)、グリシン(Gly)、アラニン(Ala)、バリン(Val)、システイン(Cys)、メチオニン(Met)、イソロイシン(Ile)、ロイシン(Leu)、チロシン(Tyr)、フェニルアラニン(Phe)、ヒスチジン(His)、カルノシン(Car)、アンセリン(Ans)、リジン(Lys)、アルギニン(Arg)の19種類のアミノ酸・ペプチドをそれぞれ濃度0.10 mMで含有させた。この調製に使用したアミノ酸の原液は、Wako製のアミノ酸混合標準液(アミノ酸自動分析用、H型)であった。
この混合水溶液15cm3に、実施例1で調製したCu(II)IDA-EGDE-Dexを30mg加え、温度30℃、振とう速度120 rpmで24時間振とうした。その後分画分子量 20,000のポリスルホン製限外ろ過膜を用いて0.3MPaの加圧下で限外ろ過し、液の9割以上が膜透過したところで限外ろ過操作を停止した。膜透過液のpH、各アミノ酸及びペプチドの濃度、溶出したCu(II)イオン濃度を上記と同様に測定した。
同様の試験を、上記混合水溶液に100 mmol/dm3(0.58%)の塩化ナトリウム(NaCl)を加えた条件(塩存在下)についても行った。
結果を図7に示す。図7中、横軸は測定したアミノ酸・ペプチドの種類(3文字略号)、縦軸はCu(II)IDA-EGDE-Dexによる各種アミノ酸・ペプチドの膜透過阻止率を表す。多くのアミノ酸の膜透過阻止率が低いのに対し、NaCl存在下、非存在下どちらにおいてもヒスチジン(His)、カルノシン(Car)、アンセリン(Ans)は高い膜透過阻止率を示した。これらのアミノ酸・ペプチドは全てCu(II)イオンとの親和性を示すイミダゾール基を有しており、イミダゾール基とCu(II)イオンとの金属配位結合によりCu(II)IDA-EGDE-Dexに保持されたと考えられる。
他にもCys、Lys、Argが高い膜透過阻止率を示した(図7)。Cysは同じくCu(II)イオンとの親和性を有するS(硫黄原子)を含んでいるために保持されたと考えられる。Lys、Argは塩基性アミノ酸であるために等電点が高く、ほとんどのpH領域でカチオン種として存在しているために主に静電的相互作用によってCu(II)IDA-EGDE-Dexにより保持されたと考えられる。静電的相互作用は塩の阻害を受けやすいために、100 mmol/dm3(0.58%)の塩化ナトリウム(NaCl)存在下ではLys、Argの透過阻止率は大幅に減少した。この結果から、Cu(II)IDA-EGDE-Dexのような銅担持型水溶性高分子を用いることにより、塩を含むアミノ酸・ペプチド混合水溶液からヒスチジン及びヒスチジン含有ペプチドをより選択的に分離回収できることが示された。
[実施例4] 銅(II)担持イミノ二酢酸型デキストランによるカルノシン回収の経時変化
10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を用いて初期pHをpH 11.6に調整した、100 mmol/dm3のNaClと0.1 mmol/dm3のカルノシンを含んだ水溶液を調製した。この水溶液100 cm3及びCu(II)IDA-EGDE-Dex 200 mgを、容積300 cm3の分画分子量 20,000のポリスルホン製限外ろ過膜を備えた限外ろ過装置に加え、室温で120 rpmで攪拌した。一定時間おきに圧力0.3MPaをかけて透過液を1.0 cm3採取し、また原料相(ろ過保持液)には原料液(上記で調製した水溶液)1.0 cm3を加えて全体積を維持した。各時点で採取された透過液について、カルノシン濃度をアミノ酸自動分析計を用いて測定し、カルノシンの透過阻止率を求めた。これにより、Cu(II)IDA-EGDE-Dexによるカルノシン保持量の経時変化を調べた。
一方、比較実験として、銅(II)を担持させたイミノ二酢酸型キレート樹脂(吸着剤)を用いた固液吸着法によるカルノシン吸着量の経時変化を次のようにして調べた。まず10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を用いて初期pHをpH 12.0に調整した、100 mmol/dm3のNaClと0.25 mmol/dm3のカルノシンを含んだ水溶液を調製した。この水溶液15cm3に、1.76 mmol/g1のCu(II)イオンが吸着担持されたイミノ二酢酸型キレート樹脂(三菱化学ダイヤイオン(R)CR-11)(以下、Cu(II)を担持したこのイミノ二酢酸型キレート樹脂をCu(II)CR11と称する)を30mg加え、温度30℃、振とう速度120 rpmで振とうした。本試験は各種振とう時間(0〜12時間)で行った。振とう終了後の混合物をろ紙を用いてろ過し、ろ液中のpH及びカルノシン濃度、銅(II)イオン濃度を測定して吸着剤への吸着率を算出した。
結果を図8に示した。図8中、横軸はカルノシン水溶液にCu(II)IDA-EGDE-Dex又はCu(II)CR11を投入した後の接触時間、縦軸はCu(II)IDA-EGDE-Dexによるカルノシンの膜透過阻止率又はCu(II)CR11によるカルノシンの吸着率を表す。
図8に示されるように、Cu(II)IDA-EGDE-Dexのカルノシン保持量はおよそ1時間で平衡状態に達し、それ以降一定値を保った(図8の黒丸)。これに対し、Cu(II)CR11へのカルノシンの固液反応による吸着は平衡状態に到達するまでの時間が長く、12時間以上を要した(図8の黒三角)。このように、水溶性デキストランを用いたCu(II)IDA-EGDE-Dexをカルノシン保持材料に用いて限外ろ過と組み合わせると、固液吸着法よりも迅速かつ高効率にカルノシンを保持できることから、より短時間のうちに多くのカルノシンを回収できることが示された。
[実施例5] 銅(II)担持イミノ二酢酸型デキストランによるカルノシン回収の塩濃度依存性の検討
10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を用いて初期pHをpH 8.1〜8.2にpH調整した、濃度0.10 mMのカルノシン水溶液を調製した。この調製の際、併せて塩化ナトリウム(NaCl)をそれぞれ濃度0〜1000 mM(0〜5.8%)になるように各カルノシン水溶液に加えた。
得られた各塩濃度のカルノシン水溶液15cm3に、Cu(II)IDA-EGDE-Dexを30mgずつ加え、温度30℃、振とう速度120 rpmで24時間振とうした。その後分画分子量 20,000のポリスルホン製限外ろ過膜を用いて0.3MPaの加圧下で限外ろ過し、液の9割以上が膜透過したところで限外ろ過操作を停止した。膜透過液のpH、カルノシン濃度、溶出したCu(II)イオン濃度を測定した。
結果を図9に示した。図9中、横軸はカルノシン水溶液のNaCl濃度、縦軸はCu(II)IDA-EGDE-Dexによるカルノシンの膜透過阻止率を表す。図9に示されるように、1000 mmol/dm3のNaClを含む水溶液においても、カルノシンの透過阻止率はほぼ一定の値を示した。これは、Cu(II)IDA-EGDE-Dexによるカルノシンの保持が静電的相互作用によるものでなく、デキストランに担持させた銅(II)イオンとCarのイミダゾール基との配位結合によるためであると考えられた。
また、この試験でCu(II)IDA-EGDE-Dexから溶出したCu(II)濃度を図10に示した。図10中、横軸はカルノシン水溶液のNaCl濃度、縦軸は膜透過液に溶出したCu(II)イオン濃度を表す。図10に示されるように、高塩濃度条件においてもCu(II)IDA-EGDE-DexからのCu(II)の溶出は非常に少ないことが示された。
[実施例6] 銅(II)担持イミノ二酢酸型デキストランによるカルノシン最大保持量
10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を用いてpH 8.7〜8.9にpH調整した、濃度0.1〜2.0 mmol/dm3のカルノシン水溶液(被験溶液)を調製した。
得られた各濃度のカルノシン水溶液15cm3に、Cu(II)IDA-EGDE-Dexを30mgずつ加え、温度30℃、振とう速度120 rpmで24時間振とうした。その後分画分子量 20,000のポリスルホン製限外ろ過膜を用いて0.3MPaの加圧下で限外ろ過し、液の9割以上が膜透過したところで限外ろ過操作を停止した。カルノシン濃度を上記と同様に測定した。
同様の試験を、上記カルノシン水溶液(被験溶液)に100 mM(0.58%)の塩化ナトリウム(NaCl)を加えた条件(塩存在下)についても行った。
得られた結果をCu(II)IDA-EGDE-Dexへのカルノシンの保持等温線として図11に示した。図11中、横軸は膜透過液中のカルノシン濃度mmol/dm3(=mmol/L)、縦軸はCu(II)IDA-EGDE-Dexによるカルノシン保持量を表す。図11に示されるように、膜透過液中のカルノシン濃度が増加するにつれてCu(II)IDA-EGDE-Dexによるカルノシン保持量は増加し、カルノシン濃度1 mmol/dm3以上でほぼ飽和に達した。
そこでCu(II)IDA-EGDE-Dexによるカルノシンの保持がLangmuir型の化学吸着によって進行していると仮定し、次式で示されるLangmuir単層吸着モデルによる相関を調べた。
上式に基づいて算出した結果、NaCl非存在下では飽和吸着量(qmax)= 0.305 mmol/g、吸着平衡定数(Ka)= 11.6 dm3/mmolとなった。NaCl非存在下では飽和吸着量(qmax)= 0.267 mmol/g、吸着平衡定数(Ka)= 16.6 dm3/mmolとなった。この飽和吸着量(qmax)は図11に示された最大保持量とよく一致していた。このことから、Cu(II)IDA-EGDE-Dexによるカルノシンの保持はLangmuir型の化学吸着によって進行したと考えられた。銅(II)イオンへの配位結合による吸着は一般的なイオン交換樹脂による静電的相互作用に基づいた吸着より引力が弱いと考えられるので、吸着平衡定数はそれほど大きくなく、吸着等温線は緩やかなカーブを描いていた。
[実施例7] 銅(II)担持イミノ二酢酸型デキストランに保持されたカルノシンの脱離
10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を用いてpH 10.0にpH調整した、濃度0.1 mMのカルノシン水溶液を調製した。このカルノシン水溶液15cm3に、Cu(II)IDA-EGDE-Dexを30mg加え、室温で1時間撹拌してから、分画分子量 20,000のポリスルホン製限外ろ過膜を用いて0.3MPaの加圧下で限外ろ過した。膜透過液はpH、カルノシン濃度、溶出したCu(II)濃度を測定した。
次に、この操作によりカルノシンを保持させたCu(II)IDA-EGDE-Dexを含むろ過濃縮液に、10 cm3の蒸留水を加えて再び限外ろ過した。その後溶離剤となる0〜100 mmol/dm3の酢酸、イミノ二酢酸、又はイミダゾールを含む水溶液10 cm3をCu(II)IDA-EGDE-Dexを含むろ過濃縮液に加えた。室温で1時間撹拌してから、分画分子量20,000のポリスルホン製限外ろ過膜を用いて0.3MPaの加圧下で限外ろ過した。膜透過液についてpH、脱離したカルノシン濃度、溶出したCu(II)濃度を測定した。
その結果を図12に示す。図12中、横軸は溶離剤(酢酸、イミノ二酢酸、又はイミダゾール)の濃度(mmol/dm3)、縦軸はCu(II)IDA-EGDE-Dexから溶離液(膜透過液)へのカルノシンの脱離率を表す。図12中、ブランクとは溶離剤の代わりに蒸留水を用いて溶離実験を行った結果である。図12に示されるように、いずれの脱離剤を用いても、10 mmol/dm3以上の濃度で高いカルノシン脱離率を示した。この結果、Cu(II)IDA-EGDE-Dexに保持されたカルノシンを、溶離剤を用いて容易に溶離(脱離)できることが示された。このように、本発明に係るCu(II)IDA-EGDE-Dexのような銅担持型水溶性高分子は、ヒスチジン含有ペプチドの吸着と脱着の両方を良好に行うことができるため、ヒスチジン含有ペプチドの分離回収用に大変有用であることが示された。
この試験でカルノシンの脱離操作に伴ってCu(II)IDA-EGDE-Dexから溶出したCu(II)濃度を図13に示した。図13中、横軸は溶離剤(酢酸、イミノ二酢酸、又はイミダゾール)の濃度(mmol/dm3)、縦軸は膜透過液に溶出したCu(II)濃度を表す。図13では、イミダゾール、酢酸、イミノ二酢酸の順でCu(II)イオンの溶出が少なくなることが示された。なお、キレート剤であるイミノ二酢酸はカルノシンと共にCu(II)イオンも脱離させたため、Cu(II)IDA-EGDE-Dexを繰り返し使用する目的では望ましくないと考えられた。そこでCu(II)IDA-EGDE-Dexからのカルノシンの脱離には、Cu(II)イオンの溶出が少ないイミダゾールや酢酸を用いるのがより好ましいと考えられた。
[実施例8] 銅(II)担持セルロース系キレート吸着材(Cu-CF)及び銅担持ポリスチレン系キレート樹脂(Cu-CR11)の調製
濃度5.0 mM(mmol/L)のHEPESバッファー及び少量の水酸化ナトリウム水溶液を用いてpH 6.0にpH調整した濃度2.0 mMのCu(NO3)2水溶液を調製した。このCu(NO3)2水溶液1.0 dm3に対して、キレート基としてイミノ二酢酸を有するセルロース系キレート吸着材であるコンディショニング済みのCellufine(R)Chelate(チッソ社製。以下、CFと略記。用いられているセルロールの分子量は4,000)を5.0g加え、それを撹拌速度150 rpmで20時間撹拌した。最終的にpH5.0になるように、撹拌中に水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH調整を行った。この混合物を吸引ろ過した後、得られたCu(II)を担持したCF(以下、Cu-CFと略記)を蒸留水を用いて数回洗浄して凍結乾燥した。Cu(II)を担持させたCu-CFを1.0 mol/dm3HCl(15 cm3)で20時間振とうした。その後、ろ紙を用いてろ過した。その溶出液のCu(II)イオン濃度を測定し、Cu-CFにおけるCu(II)担持量を計算した。ここで算出されたCu-CFへのCu(II)イオンの吸着量は、0.40 mmol/gであった。
また対照実験用に、キレート基としてイミノ二酢酸を有するポリスチレン系キレート樹脂である三菱化学ダイヤイオン(R)CR-11(三菱化学製)についても、上記のCu-CFと同様の手法でCu(II)イオンを吸着させて、銅担持ポリスチレン系キレート樹脂(以下、Cu-CR11と略記)を調製した。調製したCu-CR11におけるCu(II)担持量は、1.76 mmol/gであった。
[実施例9] 銅(II)担持セルロース系キレート吸着材を用いたカルノシン回収試験
1.銅(II)担持セルロース系キレート吸着材によるカルノシン吸着のpH依存性(塩非存在下)の検討
10 mmol/dm3 HCl水溶液、10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を適宜混合してpH 2〜12にpH調整した、濃度0.25 mmol/dm3のとカルノシン水溶液を調製した。この水溶液15cm3に、上記CF又は実施例8で調製したCu-CFのいずれかを30mg加え、温度30℃、振とう速度120 rpmで20時間振とうした。これをろ紙を用いてろ過し、取得したろ液のpHを測定した。さらにアミノ酸自動分析計を用いてろ液中に残存しているカルノシン濃度を測定し、ろ過前のカルノシン水溶液と比較したその減少量から吸着材へのカルノシンの吸着率を算出した。またろ液について、吸着操作に伴ってCu-CFから溶出したCu(II)濃度を原子吸光光度計を用いて測定した。
結果を図14に示した。図14中、横軸は吸着操作後の水溶液(ろ液)のpH値、縦軸は吸着材へのカルノシンの吸着率を表す。イミノ二酢酸をキレート基として有するCFは弱酸性条件下でカルノシンを吸着し吸着率は最大で58%であったが、中性〜アルカリ性のpH条件下では吸着率が著しく減少した(図14中、白抜きひし形)。CFは陽イオン交換反応によってカルノシンを吸着するため、カルノシンが正電荷を帯び、かつCFのカルボキシル基がプロトン解離できる弱酸性条件でのみカルノシンを吸着できると考えられる。
一方、銅(II)イオンを担持しているCu-CFは、中性〜アルカリ性のpH条件下でのカルノシンの吸着率が大きく、pH 8.8で吸着率は最大の79%であった(図14中、黒ひし形)。このようにCu-CFは、CFでは吸着が起こらないアルカリ性条件下でもカルノシンを吸着回収することができた。これは、カルノシンが銅(II)イオンへの配位結合によりCu-CFに保持されたためである。
2.銅(II)担持セルロース系キレート吸着材によるカルノシン吸着のpH依存性(塩存在下)の検討
10 mmol/dm3 HCl水溶液、10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を適宜混合してpH 2〜12にpH調整した、濃度0.25 mmol/dm3のカルノシン水溶液を調製した。この調製の際、併せて塩化ナトリウム(NaCl)を濃度100 mmol/dm3(0.58%)になるように各水溶液に加えた。この水溶液15cm3に、上記実施例で調製したCF又はCu-CFのいずれかを30mg加え、温度30℃、振とう速度120 rpmで20時間振とうした。これをろ紙を用いてろ過し、取得したろ液のpHを測定した。さらにアミノ酸自動分析計を用いてろ液中に残存しているカルノシン濃度を測定しその減少量から吸着材へのカルノシンの吸着率を算出した。またろ液について、吸着操作に伴ってCu-CFから溶出したCu(II)濃度を原子吸光光度計を用いて測定した。
結果を図15に示した。図15中、横軸は吸着操作後の水溶液(ろ液)のpH値、縦軸は吸着材へのカルノシンの吸着率を表す。濃度100 mM(0.58%)のNaClが含まれるこの試験の条件(塩存在下)では、銅(II)イオンを担持していないCFではカルノシンを吸着することができなかった(図15中、白抜きひし形)。これはNaClがカルノシンとCFのイミノ二酢酸との静電的相互作用を阻害したためである。一方、Cu-CF(銅(II)を担持)は濃度100 mM(0.58%)のNaCl存在下でも、弱酸性〜アルカリ性の広いpH範囲で高いカルノシン吸着率を示し、pH 8.3で吸着率は最大の85%であった。
このようにCu-CFは、CFでは吸着できないNaCl存在下でも、カルノシンを吸着回収することができた。これは、カルノシンと銅(II)イオンとの配位結合が塩分による影響を受けにくく、塩存在下でも吸着能力が維持されたためである。
[実施例10] 銅(II)担持セルロース系キレート吸着材によるカルノシン吸着の共存塩濃度依存性
10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を用いて初期pHをpH 7.0にpH調整した、濃度0.25 mMのカルノシン水溶液を調製した。この調製の際、併せて塩化ナトリウム(NaCl)をそれぞれ濃度0〜1000 mM(0〜5.8%)になるように各水溶液に加えた。
得られた各塩濃度のカルノシン水溶液15cm3に、CF又はCu-CFのいずれかを30mg加え、温度30℃、振とう速度120 rpmで20時間振とうした。これをろ紙を用いてろ過し、取得したろ液のpHを測定した。さらにアミノ酸自動分析計を用いてろ液中に残存しているカルノシン濃度を測定しその減少量から吸着材へのカルノシン吸着率を算出した。
結果を図16に示した。図16中、横軸はカルノシン水溶液のNaCl濃度、縦軸はカルノシン水溶液中から吸着材へのカルノシン吸着率を表す。図16に示されるように、CFによるカルノシンの吸着は共存するNaClの影響を受け、50 mmol/dm3以上のNaClを含む水溶液からはカルノシンを全く吸着することができなかった。これに対して、Cu-CFによるカルノシンの吸着へのNaClの影響は非常に小さく、100 mmol/dm3のNaClを含むカルノシン水溶液においてもカルノシン吸着率は一定の値を保持している。これは、銅担持セルロース系キレート吸着材によるカルノシンの保持が静電的相互作用によるものでなく、その吸着材が担持する銅(II)イオンとカルノシン(Car)のイミダゾール基との配位結合によるためと考えられた。
[実施例11] 銅(II)担持セルロース系キレート吸着材によるカルノシン最大吸着量
10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を用いてpH 7.0にpH調整した、濃度0.1〜6.0 mmol/dm3のカルノシン水溶液を調製した。
得られた各濃度のカルノシン水溶液 15cm3に、Cu-CFを30mg加え、温度30℃、振とう速度120 rpmで20時間振とうした。一方、得られた各濃度のカルノシン水溶液 15cm3に、Cu-IDA樹脂を30mg加え、温度30℃、振とう速度120 rpmで20時間振とうした。その後これらの混合物をろ過し、ろ液中のpH、カルノシン濃度、銅(II)イオン濃度を測定した。
得られた結果をCu-CFへのカルノシンの吸着等温線として図17に示した。図17中、横軸は調製したカルノシン水溶液のカルノシン濃度(mmol/dm3)、縦軸は吸着材1gあたりのカルノシンの吸着量(mmol/g)を表す。図17に示されるように、水溶液中のカルノシン濃度が増加するにつれて銅(II)担持セルロース系キレート吸着材へのカルノシン吸着量は増加することが示された。
そこでCu-CFへのカルノシンの吸着がLangmuir型の化学吸着によって進行していると仮定し、次式で示されるLangmuir単層吸着モデルによる相関を調べた。
上式に基づいて算出した結果、飽和吸着量(qmax)= 0.42 mmol/g、吸着平衡定数(Ka)= 3.39 dm3/mmolとなった。この飽和吸着量(qmax)は図17に示された最大吸着量とよく一致していた。このことから、Cu-IDA樹脂へのカルノシンの吸着はLangmuir型の化学吸着によって進行したと考えられた。銅(II)イオンへの配位結合による吸着は一般的なイオン交換樹脂による静電的相互作用に基づいた吸着より引力が弱いと考えられるので、吸着平衡定数はそれほど大きくなく、吸着等温線はやや緩やかなカーブを描いていた。
[実施例12] 銅(II)担持セルロース系キレート吸着材によるカルノシン吸着の共存タンパク質濃度依存性
あらかじめ、鮭の皮由来のコラーゲンを5.0 mmol/dm3NaOH水溶液中に加え冷蔵庫で一昼夜静置してアルカリ変性させ、その後その水溶液を希塩酸で中和してコラーゲン水溶液を調製した。10 mmol/dm3HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を用いて初期pHをpH 7.0にpH調整した、濃度0.25 mMのカルノシン水溶液を調製した。この調製の際、各カルノシン水溶液には上記のコラーゲン水溶液を加えてそれぞれコラーゲン濃度0〜1.0 g/dm3になるようにした。このカルノシン水溶液15cm3に、Cu-CF又はCu-CR11のいずれかを30mg加え、温度30℃、振とう速度120 rpmで20時間振とうした。これをろ紙を用いてろ過し、取得したろ液のpHを測定した。さらにアミノ酸自動分析計を用いてろ液中に残存しているカルノシン濃度を測定しその減少量から吸着材へのカルノシンの吸着率を算出した。
結果を図18に示した。図18中、横軸はカルノシン水溶液のコラーゲン濃度、縦軸はカルノシン水溶液中から吸着材へのカルノシンの吸着率を表す。図18に示されるように、銅担持ポリスチレン系キレート樹脂であるCu-CR11、及び銅(II)担持セルロース系キレート吸着材であるCu-CFのそれぞれへのカルノシンの吸着量は、タンパク質の一種であるコラーゲンの濃度が増すにつれて、わずかずつ減少していくことが示された。共存するタンパク質がこれらの吸着材に非特異的に吸着されることでカルノシンの吸着部位が減少するために、カルノシン吸着率が減少したと考えられた。
このカルノシン吸着率の減少量を比較すると、ポリスチレン系キレート樹脂であるCu-CR11の方がセルロース系キレート吸着材であるCu-CF よりもコラーゲン濃度増加に伴うカルノシンの吸着率の減少が大きかった。タンパク質が共存する溶液からカルノシン等のヒスチジン含有ペプチドを吸着分離する場合には、タンパク質の非特異的吸着がより起こりにくいセルロース等の多糖類を担体とする吸着材を用いることにより、カルノシン吸着率の減少量をより少なくし、カルノシン吸着率をより高く保てることが示された。
[実施例13] 銅(II)担持セルロース系キレート吸着材によるカルノシン吸着量の経時変化
10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、及び10 mmol/dm3 NaOH水溶液を用いて初期pHをpH 12.0に調整した、100 mmol/dm3のNaClと0.25 mmol/dm3のカルノシンを含む水溶液を調製した。この水溶液15 cm3にCu-CF又はCu-CR11のいずれかを30 mg加え、30 ℃恒温槽中で振とうさせた。所定の振とう時間経過時点(吸着材を加えてから0〜12時間後)でその水溶液をろ過し、取得したろ液のpHを測定した。さらに、アミノ酸自動分析計と原子吸光光度計を用いてろ液中に残存しているカルノシンの濃度を測定し、各時点における吸着材へのカルノシン吸着率を求めた。またろ液中に溶出したCu(II)イオンの濃度も測定した。
結果を図19に示した。図19中、横軸はカルノシン水溶液に吸着材を加えてからの振とう時間、縦軸はカルノシン水溶液中から吸着材へのカルノシンの吸着率を表す。図19に示されるように、銅担持ポリスチレン系キレート樹脂であるCu-CR11を用いた場合、カルノシンの吸着率は吸着材添加後しばらくはかなり低かったが、振とう時間を増すにつれて増加して約12時間で一定値となり平衡に達した。これに対して銅(II)担持セルロース系キレート吸着材であるCu-CFへのカルノシンの吸着率は、吸着材添加直後から比較的高い値を示し、さらに振とう開始から2時間程度でより高い値にて平衡に達したことが示された。銅(II)担持セルロース系キレート吸着材は、銅担持ポリスチレン系キレート樹脂よりもより迅速にカルノシンを吸着できることが示された。すなわち、銅(II)担持セルロース系キレート吸着材等の、多糖類を担体として用いた第一遷移金属担持キレート吸着材を用いることにより、水溶液中からカルノシン等のヒスチジン含有ペプチドをより短時間でより多く回収できることが示された。