一般に、左右の車輪に対応する路面の摩擦係数が異なる所謂またぎ路での制動時には、左右の車輪の制動力が異なることに起因して摩擦係数が高い側へ車輌が偏向するので、運転者は車輌の偏向を抑制する方向へ修正操舵する。また挙動制御装置は、またぎ路での制動時に於ける車輌の挙動を安定化させる際には、高摩擦係数側の制動力を低下させることにより、左右輪の制動力差に起因するヨーモーメントを低減するので、車輌の挙動の安定化と車輌の制動性の確保とが相反する。従ってまたぎ路での制動時に於ける車輌挙動の安定化に際しては、運転者による修正操舵を期待した制御内容にて挙動制御が実行されることが好ましい。
しかるに上述の如き従来の挙動制御装置に於いては、運転者による修正操舵を考慮することなく運転者の操舵操作量等に基づき車輌の規範状態量が演算され、車輌の規範状態量及び車輌の実状態量に基づき車輌の挙動が推定され、推定された車輌の挙動に基づき車輌の目標状態量が演算されるので、運転者による修正操舵を活かした適正な挙動制御を行うことができないという問題がある。
本発明は、運転者の操舵操作量等に基づき車輌の規範状態量を演算し、車輌の規範状態量及び車輌の実状態量に基づき車輌の挙動を推定し、推定された車輌の挙動に基づき車輌の目標状態量を演算し、車輌の目標状態量に基づき制動装置を制御するよう構成された従来の挙動制御装置に於ける上述の如き問題に鑑みてなされたものであり、本発明の主要な課題は、運転者の修正操作量を考慮して挙動制御を行うことにより、運転者による修正操作を活かした適正な挙動制御を行うことである。
〔課題を解決するための手段及び発明の効果〕
上述の主要な課題は、本発明によれば、車輌操作子に対する運転者の操作量に基づき車輌の規範状態量を演算し、車輌の実状態量及び規範状態量に基づいて車輌の挙動を制御する車輌の挙動制御装置に於いて、前記車輌操作子に対する運転者の修正操作量を推定する手段を有し、推定された修正操作量と実操作量とに基づいて規範状態量を演算することを特徴とする車輌の挙動制御装置(請求項1の構成)、又は車輌操作子に対する運転者の操作量に基づき車輌の規範状態量を演算し、車輌の実状態量及び規範状態量に基づいて車輌の挙動を制御する車輌の挙動制御装置に於いて、前記車輌操作子に対する運転者の修正操作量を推定する手段を有し、推定された修正操作量に基づいて前記規範状態量を補正することを特徴とする車輌の挙動制御装置(請求項3の構成)、又は車輌操作子に対する運転者の操作量に基づき車輌の規範状態量を演算し、車輌の状態量を規範状態量にする制御量にてアクチュエータを制御し車輌の挙動を制御する車輌の挙動制御装置に於いて、前記車輌操作子に対する運転者の修正操作量を推定する手段を有し、推定された修正操作量に基づいて前記制御量を補正することを特徴とする車輌の挙動制御装置(請求項4の構成)によって達成される。
また本発明によれば、上述の主要な課題を効果的に達成すべく、上記請求項1の構成に於いて、推定された修正操作量を実操作量から減算することにより補正された操作量を演算し、補正された操作量に基づいて規範状態量を演算するよう構成される(請求項2の構成)。
上記請求項1の構成によれば、車輌操作子に対する運転者の修正操作量が推定され、推定された修正操作量と実操作量とに基づいて規範状態量が演算されるので、推定された修正操作量を反映した規範状態量を演算することができ、これにより運転者の修正操作量を反映させた適確な挙動制御を行うことができる。
また上記請求項2の構成によれば、推定された修正操作量を実操作量から減算することにより補正された操作量が演算され、補正された操作量に基づいて規範状態量が演算されるので、運転者の修正操作量を反映させた適確な規範状態量を演算することができる。
また上記請求項3の構成によれば、車輌操作子に対する運転者の修正操作量が推定され、推定された修正操作量に基づいて規範状態量が補正されるので、車輌の実状態量及び運転者の修正操作量を反映させた適確な規範状態量に基づいて車輌の挙動を制御することができる。
また上記請求項4の構成によれば、車輌操作子に対する運転者の修正操作量が推定され、推定された修正操作量に基づいて制御量が補正されるので、運転者の修正操作量を反映させた適確な制御量にてアクチュエータを制御することができ、これにより運転者の修正操作量を反映させた適確な挙動制御を行うことができる。
〔課題解決手段の好ましい態様〕
本発明の一つの好ましい態様によれば、上記請求項1乃至4の構成に於いて、車輌操作子は操舵操作子であり、運転者の操作量は操舵量であり、運転者の修正操作量は修正操舵量であるよう構成される(好ましい態様1)。
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項1乃至3の構成に於いて、車輌の実状態量及び規範状態量に基づいて車輌の挙動を推定し、推定結果に基づいて車輌の挙動を制御するよう構成される(好ましい態様2)。
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項1乃至3の構成に於いて、車輌操作子に対する運転者の操作量に基づき車輌の規範状態量を演算し、車輌の状態量を規範状態量にする制御量にてアクチュエータを制御することにより車輌の挙動を制御するよう構成される(好ましい態様3)。
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項1乃至4の構成に於いて、各車輪の制駆動力を制御することにより車輌の挙動を制御するよう構成される(好ましい態様4)。
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記好ましい態様1の構成に於いて、車輌の制動時に路面性状に起因して車輌に作用する余剰ヨーモーメントを推定し、推定された余剰ヨーモーメントに基づき修正操舵量を推定するよう構成される(好ましい態様5)。
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記好ましい態様5の構成に於いて、またぎ路での制動時である否かを判定し、またぎ路での制動時であるときには路面の摩擦係数が均一である場合を基準に余剰ヨーモーメントを推定するよう構成される(好ましい態様6)。
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記好ましい態様6の構成に於いて、路面の摩擦係数が均一であると仮定して車輌を安定的に制動させるために車輌に付与すべき目標ヨーモーメントと、車輌に作用するヨーモーメントとに基づき余剰ヨーモーメントを推定するよう構成される(好ましい態様7)。
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記好ましい態様7の構成に於いて、路面の摩擦係数が均一であると仮定して車輌を安定的に制動させるための各車輪の目標制動力を演算し、演算された各車輪の目標制動力に基づき車輌に付与すべき目標ヨーモーメントを推定するよう構成される(好ましい態様8)。
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記好ましい態様7の構成に於いて、各車輪の制動力を推定し、推定された各車輪の制動力に基づき車輌に作用するヨーモーメントを推定するよう構成される(好ましい態様9)。
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記好ましい態様8の構成に於いて、運転者の制動操作量に基づき路面の摩擦係数が均一であると仮定して車輌を安定的に制動させるための各車輪の目標制動力を演算するよう構成される(好ましい態様10)。
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記好ましい態様10の構成に於いて、運転者の制動操作量に基づき車輌全体の目標制動力を演算し、路面の摩擦係数が均一であると仮定して車輌の安定性を確保しつつ車輌全体の目標制動力を達成するための各車輪の目標制動力を演算するよう構成される(好ましい態様11)。
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態(以下単に実施形態という)について詳細に説明する。
第一の実施形態
図1は本発明による車輌の挙動制御装置の第一の好ましい実施形態を示す概略構成図である。
図1に於て、10FL及び10FRはそれぞれ車輌12の左右の前輪を示し、10RL及び10RRはそれぞれ車輌の駆動輪である左右の後輪を示している。従動輪であり操舵輪でもある左右の前輪10FL及び10FRは運転者によるステアリングホイール14の転舵に応答して駆動されるラック・アンド・ピニオン式のパワーステアリング装置16によりタイロッド18L及び18Rを介して操舵される。
各車輪の制動力は制動装置20の油圧回路22によりホイールシリンダ24FR、24FL、24RR、24RLの制動圧が制御されることによって制御されるようになっている。図には示されていないが、油圧回路22はリザーバ、オイルポンプ、種々の弁装置等を含み、各ホイールシリンダの制動圧は通常時には運転者によるブレーキペダル26の踏み込み操作に応じて駆動されるマスタシリンダ28により制御され、また必要に応じて後に詳細に説明する如く電子制御装置30により制御される。
車輪10FL〜10RRにはそれぞれ対応する車輪の車輪速度Vwi(i=fl、fr、rl、rr)を検出する車輪速度センサ32FL〜32RRが設けられ、車輪10FL〜10RRのホイールシリンダ24FL〜24RRにはそれぞれ対応するホイールシリンダ内の圧力(制動圧)Pi(i=fl、fr、rl、rr)を検出する圧力センサ34FL〜34RRが設けられ、マスタシリンダ28にはマスタシリンダ圧力Pmを検出する圧力センサ36が設けられている。
またステアリングシャフト38には操舵角θを検出する操舵角センサ40が設けられ、車輌12にはそれぞれ車速V、車輌の前後加速度Gx、車輌の横加速度Gy、車輌のヨーレートγを検出する車速センサ42、前後加速度センサ44、横加速度センサ46、ヨーレートセンサ48が設けられている。尚操舵角センサ40、横加速度センサ48、ヨーレートセンサ48は車輌の左旋回方向を正としてそれぞれ操舵角θ、横加速度Gy、ヨーレートγを検出する。
図示の如く、車輪速度センサ32FL〜32RRにより検出された車輪速度Vwiを示す信号、圧力センサ34FL〜34RRにより検出された制動圧Piを示す信号、圧力センサ36により検出されたマスタシリンダ圧力Pmを示す信号、操舵角センサ40により検出された操舵角θを示す信号、車速センサ42、前後加速度センサ44、横加速度センサ46、ヨーレートセンサ48によりそれぞれ検出された車速V、車輌の前後加速度Gx、車輌の横加速度Gy、車輌のヨーレートγを示す信号は電子制御装置30に入力される。尚図には詳細に示されていないが、電子制御装置30は例えばCPUとROMとRAMと入出力ポート装置とを有し、これらが双方向性のコモンバスにより互いに接続された一般的な構成のマイクロコンピュータを含んでいる。
電子制御装置30は、後述の如く図2に示されたフローチャートに従い、操舵角θに基づき車輌の規範状態量としての車輌の規範ヨーレートγtを演算し、規範ヨーレートγtとヨーレートセンサ48により検出されたヨーレートγとの偏差Δγを演算し、偏差Δγの大きさに基づき車輌の挙動を判定し、車輌の挙動が安定しているときには、運転者の制動操作量に基づき車輌の目標前後加速度Gxtを演算し、目標前後加速度Gxtに基づき各車輪の目標制動力Fbti(i=fl、fr、rl、rr)を各車輪の接地荷重に比例するよう演算し、各車輪の制動力が目標制動力Fbtiになるよう各車輪の制動圧Piを制御する。
これに対し、電子制御装置30は、車輌の挙動が悪化しているときには、ヨーレート偏差Δγに基づきヨーレートγを規範ヨーレートγtにするための各車輪の目標制動力Fbtiを演算し、各車輪の制動力が目標制動力Fbtiになるよう各車輪の制動圧Piを制御することにより車輌の挙動を安定化させる。
特に電子制御装置30は、車輌がまたぎ路走行中の制動状態にあるか否かを判定し、車輌がまたぎ路走行中の制動状態にあるときには、各車輪の目標制動力Fbtiと実制動力Fbiとの偏差に起因して車輌に作用する余剰ヨーモーメントMaを演算し、余剰ヨーモーメントMaに基づき運転者が余剰ヨーモーメントMaを相殺するために行うであろうと推定される修正操舵量θsを演算し、操舵角θより修正操舵角θsを減算することにより補正後の操舵角θを演算し、補正後の操舵角θを使用して車輌の規範ヨーレートγtを演算する。
また電子制御装置30は各車輪の車輪速度Vwiに基づき当技術分野に於いて公知の要領にて車体速度Vb及び各車輪の制動スリップ量SBi(i=fl、fr、rl、rr)を演算し、何れかの車輪の制動スリップ量SBiがアンチスキッド制御(ABS制御)開始の基準値よりも大きくなり、アンチスキッド制御の開始条件が成立すると、アンチスキッド制御の終了条件が成立するまで、当該車輪について制動スリップ量が所定の範囲内になるようホイールシリンダ内の圧力を増減するアンチスキッド制御を行う。
次に図2に示されたフローチャートを参照して第一の実施形態に於ける挙動制御ルーチンについて説明する。尚図2に示されたフローチャートによる制御は図には示されていないイグニッションスイッチの閉成により開始され、所定の時間毎に繰返し実行される。
まずステップ10に於いては車輪速度センサ32FL〜32RRにより検出された車輪速度Vwiを示す信号等の読み込みが行われ、ステップ20に於いては後述の図3に示されたルーチンに従って、各車輪の目標制動力Fbti(i=fl、fr、rl、rr)が演算される。
ステップ40に於いては後述の図4に示されたルーチンに従って、車輌がまたぎ路走行中の制動状態にあるか否かの判別が行われ、否定判別が行われたときにはそのままステップ120へ進み、肯定判別が行われたときにはステップ80へ進む。
ステップ80に於いては後述の図5に示されたルーチンに従って、各車輪の実制動力Fbi(i=fl、fr、rl、rr)が演算されると共に、目標制動力Fbtiと実制動力Fbiとの偏差に起因して車輌に作用する余剰ヨーモーメントMaが演算される。
ステップ100に於いては余剰ヨーモーメントMaに基づき修正操舵角θs、即ち運転者が余剰ヨーモーメントMaを相殺するために行うであろうと推定される修正操舵量が演算され、ステップ110に於いては操舵角センサ40により検出された操舵角θより修正操舵角θsが減算されることにより補正後の操舵角θが演算される。
図9は車輌の二輪モデルを示している。図9に於いて、前輪100f及び後輪100rのコーナリングフォースをそれぞれFf及びFrとし、車輌の重心102と前輪車軸及び後輪車軸との間の距離をそれぞれLf及びLrとし、車輌のホイールベースをL(=Lf+Lr)とし、前輪及び後輪のスリップ角をそれぞれβf及びβrとし、前輪及び後輪のコーナリングパワーをKf及びKrとする。
簡単のためにタイヤの線形領域に於ける力の釣合いを考えると、車輌の横加速度を発生せずに余剰ヨーモーメントMaを相殺するためには、下記の式1〜3が成立しなければならず、従ってステップ100に於いて修正操舵角θsは例えば下記の式4に従って演算される。
Ma=LfβfKf+LrβrKr ……(1)
βfKf=βrKr ……(2)
θs=βf+βr ……(3)
θs=(1/βf+1/βr)Ma/L ……(4)
ステップ120に於いてはステアリングギヤ比をNとし、Hをホイールベースとし、Khをスタビリティファクタとして下記の式5に従って基準ヨーレートγeが演算されると共に、Tを時定数としsをラプラス演算子として下記の式6に従って車輌の規範ヨーレートγtが演算される。尚基準ヨーレートγeは動的なヨーレートを考慮すべく車輌の横加速度Gyを加味して演算されてもよい。
γe=Vθ/(1+KhV2)NH ……(5)
γt=γe/(1+Ts) ……(6)
ステップ130に於いては規範ヨーレートγtとヨーレートセンサ48により検出されたヨーレートγとの差としてヨーレート偏差Δγが演算され、ステップ140に於いてはヨーレート偏差Δγの絶対値が基準値Δγe(正の定数)以上であるか否かの判別により車輌の挙動が悪化しているか否かの判別が行われ、肯定判別が行われたときにはステップ160へ進み、否定判別が行われたときにはステップ150へ進む。
ステップ150に於いては各車輪の制動力Fbiが上述のステップ20に於いて演算された目標制動力Fbtiになるよう各車輪の制動圧Piが制御されることにより、通常時の制動力制御が実行され、ステップ160に於いてはヨーレート偏差Δγに基づき当技術分野に於いて公知の要領にてヨーレート偏差Δγの大きさが小さくなるよう各車輪の制動力が制御されることにより、車輌の挙動が安定化するよう挙動制御時の制動力制御が実行される。
次に図3を参照して上述のステップ20に於いて行われる各車輪の目標制動力Fbti演算のルーチンについて説明する。
まずステップ22に於いてはマスタシリンダ圧力Pmに基づき車輌の目標前後加速度Gxtが演算され、ステップ24に於いては当技術分野に於いて公知の要領にて路面の摩擦係数μが演算され、ステップ26に於いては路面の摩擦係数μに基づき図6に示されたグラフに対応するマップより車輌の目標前後加速度Gxtに対するガード値Gxtuが演算される。
ステップ28に於いては目標前後加速度Gxtがガード値Gxtuよりも大きいか否かの判別が行われ、否定判別が行われたときにはそのままステップ32へ進み、肯定判別が行われたときには車輌の目標前後加速度Gxtがガード値Gxtuに設定された後ステップ32へ進む。
ステップ32に於いては車輌の目標前後加速度Gxtと車輌の質量Mとの積として車輌全体の目標制動力Fbvtが演算され、ステップ34に於いてはFzoiを車輌の静止状態に於ける各車輪の接地荷重とし、Kx及びKyをそれぞれ車輌の前後加速度Gx及び車輌の横加速度Gyに対する係数として下記の式7に従って各車輪の接地荷重Fzi(i=fl、fr、rl、rr)が演算される。
Fzi=Fzoi+KxGx+KyGy ……(7)
ステップ36に於いては下記の式8及び9を満たす値として各車輪の目標制動力Fbtiが例えば最小二乗法を利用して演算される。
Fxi∝Fzi ……(8)
Fbvt=ΣFbti ……(9)
次に図4を参照して上述のステップ40に於いて行われるまたぎ路制動判定のルーチンについて説明する。
まずステップ42に於いては例えば左右前輪の一方又は左右後輪の一方がアンチスキッド制御中であるか否かの判別により、左右輪の一方がロック状態にあるか否かの判別が行われ、否定判別が行われたときはステップ54へ進み、肯定判別が行われたときにはステップ44へ進む。
ステップ44に於いては各車輪の車輪速度Vwiの微分値として車輪加速度Vdwiが演算されると共に、Kpi(i=fl、fr、rl、rr)を制動圧−制動力変換係数とし、Iwi(i=fl、fr、rl、rr)を車輪の回転慣性モーメントとして下記の式10に従って各車輪の制動力Fbi(i=fl、fr、rl、rr)が演算される。
Fbi=KpiPm+IwiVwdi ……(10)
ステップ46に於いては上述の式3に従って各車輪の接地荷重Fziが演算され、ステップ48に於いては各車輪について接地荷重Fziに対する制動力Fbiの比Fbi/Fziが演算される。
ステップ50に於いてはステップ42に於いて一方の車輪がロック状態にあると判定された左右前輪又は左右後輪について比Fbi/Fziの左右差の絶対値が基準値C(正の定数)を越えているか否かの判別、即ち左右の路面の摩擦係数が大きく異なっているか否かの判別が行われ、肯定判別が行われたときにはステップ52に於いて車輌がまたぎ路走行時の制動状態にある旨の判定が行われ、否定判別が行われたときはステップ54に於いて車輌がまたぎ路走行時の制動状態にはない旨の判定が行われる。
次に図5を参照して上述のステップ80に於いて行われる余剰ヨーモーメントMa演算のルーチンについて説明する。
まずステップ82に於いては上述のステップ20に於いて演算された各車輪の目標制動力Fbtiに基づき、左右前輪の目標制動力差ΔFbtf(=Fbtfl−Fbtfr)が演算され、ステップ84に於いては左右後輪の目標制動力差ΔFbtr(=Fbtrl−Fbtrr)が演算され、ステップ86に於いては左右前輪の目標制動力差ΔFbtfと左右後輪の目標制動力差ΔFbtrとの和として目標制動力の左右差ΔFbtが演算される。
ステップ88に於いては上述のステップ64に於いて演算された各車輪の制動力Fbiに基づき左右前輪の制動力差ΔFbf(=Fbfl−Fbfr)が演算され、ステップ90に於いては左右後輪の制動力差ΔFbr(=Fbrl−Fbrr)が演算され、ステップ92に於いては左右前輪の制動力差ΔFbfと左右後輪の制動力差ΔFbrとの和として制動力の左右差ΔFbが演算される。
ステップ94に於いては目標制動力の左右差ΔFbt及び制動力の左右差ΔFbに基づき、Trを車輌のトレッドとして下記の式11に従って左右輪の制動力差に起因して車輌に作用する余剰ヨーモーメントMaが演算される。
Ma=Tr(ΔFbt−ΔFb) ……(11)
かくして図示の第一の実施形態によれば、ステップ20に於いてマスタシリンダ圧力Pmに基づき各車輪の目標制動力Fbtiが各車輪の接地荷重に比例するよう演算され、ステップ120に於いて操舵角θに基づき車輌の規範ヨーレートγtが演算され、ステップ130に於いて規範ヨーレートγtと実ヨーレートγとの差としてヨーレート偏差Δγが演算され、ステップ140に於いてヨーレート偏差Δγの絶対値が基準値Δγe以上であるか否かの判別により車輌の挙動が悪化しているか否かの判別が行われ、車輌の挙動が安定しているときには、ステップ150に於いて各車輪の制動力が目標制動力Fbtiになるよう各車輪の制動圧Piを制御する通常時の制動力制御が実行される。
これに対し、車輌の挙動が悪化しているときには、ステップ160に於いてヨーレート偏差Δγに基づきヨーレートγを規範ヨーレートγtにするための各車輪の目標制動力Fbtiが演算され、各車輪の制動力が目標制動力Fbtiになるよう各車輪の制動圧Piを制御する挙動制御時の制動力制御が実行され、これにより車輌の挙動が安定化させる。
また図示の第一の実施形態によれば、ステップ40に於いて車輌がまたぎ路走行中の制動状態にあるか否かの判別が行われ、車輌がまたぎ路走行中の制動状態にあるときには、ステップ80に於いて各車輪の実制動力Fbiが演算されると共に、目標制動力Fbtiと実制動力Fbiとの偏差に起因して車輌に作用する余剰ヨーモーメントMaが演算され、ステップ100に於いて余剰ヨーモーメントMaに基づき修正操舵角θs、即ち運転者が余剰ヨーモーメントMaを相殺するために行うであろうと推定される修正操舵量が演算され、ステップ110に於いて操舵角センサ40により検出された操舵角θより修正操舵角θsが減算されることにより補正後の操舵角θが演算され、ステップ120に於いて補正後の操舵角θに基づき車輌の規範ヨーレートγtが演算される。
従って図示の第一の実施形態によれば、車輌がまたぎ路走行中の制動状態にあり、車輌に作用する余剰ヨーモーメントMaを相殺すべく運転者により修正操舵が行なわれる状況に於いては、余剰ヨーモーメントMaが推定されると共に余剰ヨーモーメントMaに基づいて修正操舵角θsが推定され、修正操舵角θsにて補正された後の操舵角θに基づき車輌の規範ヨーレートγtが演算されるので、操舵角センサ40により検出された操舵角θに基づき規範ヨーレートγtが演算される場合に比して、運転者が希望する車輌運動に適した規範ヨーレートγtを演算することができ、これにより適正なヨーレート偏差Δγに基づいて車輌の挙動を適正に判定することができ、また適正なヨーレート偏差Δγに基づいて車輌の挙動を適正に安定化させることができる。
第二及び第三の実施形態
図7及び図8はそれぞれ本発明による車輌の挙動制御装置の第二及び第三の好ましい実施形態に於ける挙動制御ルーチンを示すフローチャートである。尚図7及び図8に於いて図2に示されたステップと同一のステップには図2に於いて付されたステップ番号と同一のステップ番号が付されている。
図7に示された第二の実施形態に於いては、ステップ40に於いて肯定判別が行われたときには、即ち車輌がまたぎ路走行中の制動状態にある旨の判別が行われたときには、ステップ60に於いてフラグFが1にセットされた後ステップ80へ進み、否定判別が行われたときにはステップ70に於いてフラグFが0にリセットされた後ステップ120へ進む。
また上述の第一の実施形態に於けるステップ100及び110に対応するステップは実行されず、ステップ80が完了するとステップ120が実行され、規範ヨーレートγtは操舵角センサ40により検出された操舵角θに基づいて演算される。
更にステップ120の次に実行されるステップ122に於いてフラグFが1であるか否かの判別が行われ、否定判別が行われたときにはそのままステップ130へ進み、肯定判別が行われたときにはステップ124に於いて余剰ヨーモーメントMaに基づき余剰ヨーモーメントMaの影響を低減するための車輌の規範ヨーレートγtに対する補正量γtaが演算されると共に、規範ヨーレートγtが補正量γtaにて補正され、ステップ130に於いて実ヨーレートγ及び補正後の規範ヨーレートγtに基づいてヨーレート偏差Δγが演算される。
かくして図示の第二の実施形態によれば、車輌がまたぎ路走行中の制動状態にあり、車輌に作用する余剰ヨーモーメントMaを相殺すべく運転者により修正操舵が行なわれる状況に於いては、余剰ヨーモーメントMaが推定され、余剰ヨーモーメントMaに基づき車輌の規範ヨーレートγtが補正されるので、余剰ヨーモーメントMaに基づいて車輌の規範ヨーレートγtが補正されない場合に比して、運転者が希望する車輌運動に適した規範ヨーレートγtを演算することができ、これにより上述の第一の実施形態の場合と同様、適正なヨーレート偏差Δγに基づいて車輌の挙動を適正に判定することができ、また適正なヨーレート偏差Δγに基づいて車輌の挙動を適正に安定化させることができる。
図8に示された第三の実施形態に於いては、ステップ40〜70は上述の第二の実施形態の場合と同様に実行され、またこの実施形態に於いても上述の第一の実施形態に於けるステップ100及び110に対応するステップは実行されず、ステップ80が完了するとステップ120が実行され、規範ヨーレートγtは操舵角センサ40により検出された操舵角θに基づいて演算される。
またこの実施形態に於いては、ステップ130の次に実行されるステップ132に於いてフラグFが1であるか否かの判別が行われ、否定判別が行われたときにはそのままステップ140へ進み、肯定判別が行われたときにはステップ134に於いて余剰ヨーモーメントMaに基づき余剰ヨーモーメントMaの影響を低減するためのヨーレート偏差Δγに対する補正量Δγaが演算されると共に、ヨーレート偏差Δγが補正量Δγaにて補正され、補正後のヨーレート偏差Δγに基づいてステップ140の判別が行われる。
かくして図示の第三の実施形態によれば、車輌がまたぎ路走行中の制動状態にあり、車輌に作用する余剰ヨーモーメントMaを相殺すべく運転者により修正操舵が行なわれる状況に於いては、余剰ヨーモーメントMaが推定され、余剰ヨーモーメントMaに基づきヨーレート偏差Δγが補正されるので、余剰ヨーモーメントMaに基づいてヨーレート偏差Δγが補正されない場合に比して、運転者が希望する車輌運動を適正に反映したヨーレート偏差Δγを演算することができ、これにより上述の第一及び第二の実施形態の場合と同様、適正なヨーレート偏差Δγに基づいて車輌の挙動を適正に判定することができ、また適正なヨーレート偏差Δγに基づいて車輌の挙動を適正に安定化させることができる。
尚図示の各実施形態によれば、ステップ40に於けるまたぎ路走行中の制動状態の判定に於いては、図4に示されたルーチンに従って、左右輪の一方がロック状態にあるときの接地荷重Fziに対する制動力Fbiの比Fbi/Fziが演算され、比Fbi/Fziの左右差の絶対値が基準値Cを越えているか否かの判別により左右の路面の摩擦係数が大きく異なっているかが判別されるので、例えば実制動力の左右差や制動スリップ率の左右差に基づいて判定される場合に比して、左右の路面の摩擦係数が大きく異なっているか否かを正確に判定することができる。
また図示の各実施形態によれば、図3に示されたルーチンに従って、運転者の制動操作量に基づき車輌の目標加速度Gxtが演算され、各車輪の目標制動力Fbtiは目標加速度Gxtに基づき各車輪の接地荷重に比例するよう演算され、余剰ヨーモーメントMaは図5に示されたルーチンに従って各車輪の目標制動力Fbtiと実制動力Fbiとの偏差に起因して車輌に作用する余剰ヨーモーメントとして演算され、余剰ヨーモーメントMaに基づき修正操舵量θsの演算(第一の実施形態)、車輌の規範ヨーレートγtの補正(第二の実施形態)、ヨーレート偏差Δγの補正(第三の実施形態)が行われるので、例えば実制動力の左右差に基づいて余剰ヨーモーメントが演算される場合に比して、修正操舵量θsの演算、車輌の規範ヨーレートγtの補正、ヨーレート偏差Δγの補正を正確に行うことができる。
以上に於いては本発明を特定の実施形態について詳細に説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内にて他の種々の実施形態が可能であることは当業者にとって明らかであろう。
例えば上述の各実施形態に於いては、車輌の規範状態量としての規範ヨーレートγtと実ヨーレートγとの偏差Δγに基づいて車輌の挙動が判定されると共に、車輌の挙動が制御されるようになっているが、車輌の挙動判定及び車輌の挙動制御の少なくとも一方が車輌の実状態量及び規範状態量に基づいて行われる限り、車輌の挙動判定及び車輌の挙動制御は当技術分野に於いて公知の任意の要領にて行なわれてよい。
また上述の各実施形態に於いては、またぎ路走行中の制動状態の判定は、左右輪の一方がロック状態にあるときの接地荷重Fziに対する制動力Fbiの比Fbi/Fziが演算され、比Fbi/Fziの左右差の絶対値が基準値Cを越えているか否かの判別により行われるようになっているが、である限り、またぎ路走行中の制動状態の判定自体は制動スリップ率の左右差の如く当技術分野に於いて公知の任意の要領にて行なわれてよい。
また上述の各実施形態に於いては、各車輪の目標制動力Fbtiは運転者の制動操作量に基づく車輌の目標加速度Gxtに基づき各車輪の接地荷重に比例する値として演算されるようになっているが、運転者の制動操作量に基づく値である限り、当技術分野に於いて公知の任意の要領にて演算されてよい。
また上述の各実施形態に於いては、車輌の規範状態量は規範ヨーレートであるが、規範状態量は例えば車輌の規範ヨーモーメントの如く任意の規範状態量であってよく、また車輌操作子はステアリングホイールであり、車輌操作子に対する運転者の操作量は操舵操作量であるが、車輌操作子はブレーキペダルであり、車輌操作子に対する運転者の操作量は制動操作量であってもよい。