JP2007217719A - 転動部材、転がり軸受およびその製造方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】特殊な熱処理を必要とせず、高い耐食性を有するとともに、十分な硬度を有することにより転動疲労寿命を向上させた転動部材、転がり軸受およびその製造方法を提供する。
【解決手段】転動部材としての外輪11、内輪12および玉13は、0.005質量%以上0.1質量%以下の炭素と、2.0質量%以上5.0質量%以下の珪素と、0.5質量%以上2.0質量%以下のマンガンと、8.0質量%以上13.0質量%以下のクロムと、4.0質量%以上10.0質量%以下のニッケルと、1.0質量%以上5.0質量%以下の銅とを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなる鋼から構成され、55HRC以上の硬度を有している。
【選択図】図1
【解決手段】転動部材としての外輪11、内輪12および玉13は、0.005質量%以上0.1質量%以下の炭素と、2.0質量%以上5.0質量%以下の珪素と、0.5質量%以上2.0質量%以下のマンガンと、8.0質量%以上13.0質量%以下のクロムと、4.0質量%以上10.0質量%以下のニッケルと、1.0質量%以上5.0質量%以下の銅とを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなる鋼から構成され、55HRC以上の硬度を有している。
【選択図】図1
Description
本発明は転動部材、転がり軸受およびその製造方法に関し、より特定的には、耐食性が要求される用途に用いられる転動部材、転がり軸受およびその製造方法に関するものである。
一般に、腐食性の液体、気体などに曝される用途に使用される耐食軸受を構成する鋼(耐食軸受用鋼)としては、JIS SUS440Cが広く用いられている。SUS440Cは、焼入焼戻を実施することにより、軸受用鋼として必要な硬度である55HRC以上の硬度を達成しつつ、所定の耐食性を確保可能な耐食軸受用鋼である。
しかし、近年の耐食軸受の用途の広がり等に伴い、耐食軸受に対して要求される耐食性のレベルはさらに上昇している。耐食性に優れた鋼としては、たとえばJIS SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼が挙げられる。SUS304は、SUS440Cを超える耐食性を有しているため、耐食性の観点からはSUS440Cよりも優れている。しかし、軸受においては、硬度、特に転走面(転動体、軌道輪などの転動部材同士が接触する表面)およびその近傍の硬度が軸受の転動疲労寿命に大きな影響を及ぼす。SUS304の硬度は、一般に10HRC程度であり、軸受用鋼としては硬度が不足している。
これに対し、耐食性と表面硬度とを両立させることにより寿命を向上させた耐食軸受に関して多くの検討が行なわれている。そして、オーステナイト系ステンレス鋼からなる軸受や転がり支持装置において、表層部の硬度を向上させたものや(たとえば特許文献1〜3参照)、マルテンサイト系ステンレス鋼からなる軸受用軌道輪において、表層部の硬度を上昇させたもの(たとえば特許文献4参照)など種々の提案がなされている。
特開2002−276680号公報
特開2002−147467号公報
特開2001−330038号公報
特開平7−174144号公報
しかしながら、上述の特許文献1〜4に記載された軸受等の構成では、軸受等を構成する部品である転動部材の表面硬度が不十分である点や、表面硬化のためにプラズマ浸炭などの特殊な熱処理を採用するため、転動部材の製造コストが上昇するだけでなく、転動部材の形状や硬化深さなどに制約がある点などの問題点があった。
そこで、本発明の目的は、特殊な熱処理を必要とせず、高い耐食性を有するとともに、十分な硬度を有することにより転動疲労寿命を向上させた転動部材、転がり軸受およびその製造方法を提供することである。
本発明に従った転動部材は、0.005質量%以上0.1質量%以下の炭素と、2.0質量%以上5.0質量%以下の珪素と、0.5質量%以上2.0質量%以下のマンガンと、8.0質量%以上13.0質量%以下のクロムと、4.0質量%以上10.0質量%以下のニッケルと、1.0質量%以上5.0質量%以下の銅とを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなる鋼から構成されており、55HRC以上の硬度を有している。
本発明の転動部材によれば、上記成分範囲の鋼からなることにより、高い耐食性、具体的にはSUS440Cを超える耐食性を有するとともに、軸受を構成する転動部材として十分な硬度、具体的には55HRC以上が確保されている。
ここで、本発明の転動部材を構成する鋼の成分範囲を上述の範囲に限定した理由の詳細について説明する。
炭素:0.005質量%以上0.1質量%以下
炭素含有量が高くなると耐食性が低下するため、炭素量は少ないことが好ましい。特に、炭素量が0.1質量%を超えると、耐食性が明確に低下する。一方、炭素は、鋼の製造工程において鋼中に不可避に含有される。そのため、炭素量を0.005質量%未満にまで低下させることは、鋼の製造コストを上昇させ、転動部材の製造コスト上昇を招来する。そのため、炭素量は、0.005質量%以上0.1質量%以下である。
炭素含有量が高くなると耐食性が低下するため、炭素量は少ないことが好ましい。特に、炭素量が0.1質量%を超えると、耐食性が明確に低下する。一方、炭素は、鋼の製造工程において鋼中に不可避に含有される。そのため、炭素量を0.005質量%未満にまで低下させることは、鋼の製造コストを上昇させ、転動部材の製造コスト上昇を招来する。そのため、炭素量は、0.005質量%以上0.1質量%以下である。
珪素:2.0質量%以上5.0質量%以下
珪素は、本発明の転動部材を構成する鋼中において、微細な金属間化合物として鋼中に析出することにより、析出硬化による硬度向上に寄与する重要な元素である。含有量が2.0質量%未満では、析出する金属間化合物の量が不十分であるため、上述の硬度向上の効果が十分発揮されない。一方、含有量が5.0質量%を超えると、鋼材から転動部材への加工の容易性が低下し、転動部材の製造コストが上昇する。そのため、珪素量は2.0質量%以上5.0質量%以下である。なお、特に高い硬度が要求される用途に構成部材が使用される場合、珪素量は3.5質量%以上であることが好ましい。
珪素は、本発明の転動部材を構成する鋼中において、微細な金属間化合物として鋼中に析出することにより、析出硬化による硬度向上に寄与する重要な元素である。含有量が2.0質量%未満では、析出する金属間化合物の量が不十分であるため、上述の硬度向上の効果が十分発揮されない。一方、含有量が5.0質量%を超えると、鋼材から転動部材への加工の容易性が低下し、転動部材の製造コストが上昇する。そのため、珪素量は2.0質量%以上5.0質量%以下である。なお、特に高い硬度が要求される用途に構成部材が使用される場合、珪素量は3.5質量%以上であることが好ましい。
マンガン:0.5質量%以上2.0質量%以下
マンガンは鋼に含有されることによって、当該鋼からなる転動部材の転動疲労寿命を向上させる。マンガン量が0.5質量%未満では、転動疲労寿命向上の効果は小さい。一方、転動部材を構成する鋼のマンガン含有量が2.0質量%を超える場合、素材の硬度が上昇し、冷間加工性が低下するため、加工コストが上昇する。そのため、マンガン量は0.5質量%以上2.0質量%以下である。
マンガンは鋼に含有されることによって、当該鋼からなる転動部材の転動疲労寿命を向上させる。マンガン量が0.5質量%未満では、転動疲労寿命向上の効果は小さい。一方、転動部材を構成する鋼のマンガン含有量が2.0質量%を超える場合、素材の硬度が上昇し、冷間加工性が低下するため、加工コストが上昇する。そのため、マンガン量は0.5質量%以上2.0質量%以下である。
クロム:8.0質量%以上13.0質量%以下
クロムは、本発明の転動部材において耐食性の向上を担う重要な元素である。クロム含有量が8.0質量%未満では、緻密なクロム酸化物の皮膜が転動部材の表面に十分に形成されず、耐食性を十分に向上させることができない。一方、クロムは比較的高価な合金元素であるため、クロム含有量が13.0質量%を超えると、素材のコストが一般的な転動部材の許容範囲を超えて上昇する。そのため、クロム含有量は、8.0質量%以上13.0質量%以下である。なお、耐食性を一層向上させるためには、クロム含有量は10.0質量%以上であることが好ましい。
クロムは、本発明の転動部材において耐食性の向上を担う重要な元素である。クロム含有量が8.0質量%未満では、緻密なクロム酸化物の皮膜が転動部材の表面に十分に形成されず、耐食性を十分に向上させることができない。一方、クロムは比較的高価な合金元素であるため、クロム含有量が13.0質量%を超えると、素材のコストが一般的な転動部材の許容範囲を超えて上昇する。そのため、クロム含有量は、8.0質量%以上13.0質量%以下である。なお、耐食性を一層向上させるためには、クロム含有量は10.0質量%以上であることが好ましい。
ニッケル:4.0質量%以上10.0質量%以下
ニッケルは、本発明の転動部材を構成する鋼に含有されることにより、当該鋼の耐食性の向上に寄与する。含有量が4.0質量%未満では、耐食性向上の効果が小さい。一方、10.0質量%を超えると、鋼材から転動部材への加工の容易性が低下し、転動部材の製造コストが上昇する。したがって、ニッケル含有量は、4.0質量%以上10.0質量%以下である。
ニッケルは、本発明の転動部材を構成する鋼に含有されることにより、当該鋼の耐食性の向上に寄与する。含有量が4.0質量%未満では、耐食性向上の効果が小さい。一方、10.0質量%を超えると、鋼材から転動部材への加工の容易性が低下し、転動部材の製造コストが上昇する。したがって、ニッケル含有量は、4.0質量%以上10.0質量%以下である。
銅:1.0質量%以上5.0質量%以下
銅は、珪素と同様に、本発明の転動部材を構成する鋼において、析出硬化による硬度向上に寄与する重要な元素である。含有量が1.0質量%未満では、上述の硬度向上の効果が十分発揮されない。一方、含有量が5.0質量%を超えると、鋼材の熱間加工性が低下する。そのため、珪素量は1.0質量%以上5.0質量%以下である。なお、特に高い硬度が要求される用途に構成部材が使用される場合、銅量は3.0質量%以上であることが好ましい。また、熱間加工性と硬度とのバランスの観点から、銅量は3.5質量%以上4.5質量%以下とすることが、より好ましい。
銅は、珪素と同様に、本発明の転動部材を構成する鋼において、析出硬化による硬度向上に寄与する重要な元素である。含有量が1.0質量%未満では、上述の硬度向上の効果が十分発揮されない。一方、含有量が5.0質量%を超えると、鋼材の熱間加工性が低下する。そのため、珪素量は1.0質量%以上5.0質量%以下である。なお、特に高い硬度が要求される用途に構成部材が使用される場合、銅量は3.0質量%以上であることが好ましい。また、熱間加工性と硬度とのバランスの観点から、銅量は3.5質量%以上4.5質量%以下とすることが、より好ましい。
本発明に従った転がり軸受は、軌道部材と、軌道部材に接触し、円環状の軌道上に配置される複数の転動体とを備えている。そして、軌道部材および転動体の少なくともいずれか一方は、上述の転動部材である。
本発明の転がり軸受によれば、高い耐食性および十分な硬度を有する上述の転動部材を備えているため、耐食性および転動疲労寿命に優れた転がり軸受を提供することができる。
本発明に従った転動部材の製造方法は、鋼材準備工程と、成形工程と、熱処理工程とを備えている。鋼材準備工程では、0.005質量%以上0.1質量%以下の炭素と、2.0質量%以上5.0質量%以下の珪素と、0.5質量%以上2.0質量%以下のマンガンと、8.0質量%以上13.0質量%以下のクロムと、4.0質量%以上10.0質量%以下のニッケルと、1.0質量%以上5.0質量%以下の銅とを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなる鋼から構成される鋼材が準備される。成形工程では、鋼材が成形されることにより、転動部材の概略形状に成型された鋼製部材が作製される。熱処理工程では、当該鋼製部材が熱処理される。
そして、熱処理工程は、鋼製部材を1000℃以上1100℃以下の温度からMS点以下の温度に冷却する固溶化工程と、固溶化工程においてMS点以下の温度に冷却された鋼製部材を400℃以上500℃以下の温度に加熱することにより析出硬化させる析出硬化工程とを含んでいる。
本発明の転がり軸受の製造方法によれば、上述の成分範囲の鋼が鋼材準備工程において準備される鋼材として採用されることにより、上述のように、転動部材に高い耐食性と硬度とを付与することが可能となる。そして、当該鋼材が成形工程において成形された後、熱処理工程で適切な熱処理を施されることにより、高い耐食性を有するとともに転動疲労寿命に優れた転動部材を製造することができる。
すなわち、成形工程において作製された鋼製部材を構成する鋼の組織中には、圧延、鍛造等の際に受けた加熱および冷却の履歴に応じた種々の大きさの珪素を含む金属間化合物や銅を多く含む相(銅リッチ層)が析出している。熱処理工程に含まれる固溶化工程において、鋼製部材がA1点以上の温度である1000℃以上1100℃以下の温度に加熱されることにより、珪素や銅は、オーステナイト化した鋼の素地中に固溶する。そして、当該温度域からMS点以下急冷された後、時効硬化工程において400℃以上500℃以下の温度に加熱されることにより、マルテンサイト化した鋼の素地中に珪素を含む金属間化合物や銅リッチ相が微細に析出する。
その結果、鋼が析出硬化されて、転動部材として必要な硬度である55HRC以上の硬度を確保することができる。その結果、転動部材に対して高い転動疲労強度を付与することができる。
ここで、固溶化工程における鋼製部材の加熱温度が1000℃未満では、鋼製部材を構成する鋼が含有する珪素および銅が十分に固溶せず、これらの含有元素を十分に活用できない。そのため、当該加熱温度は1000℃以上とする必要がある。一方、1100℃を超えてさらに当該加熱温度を上昇させても、珪素および銅の固溶量はほとんど増加しないため、当該加熱を実施する加熱炉の耐久性や加熱を実施するためのコストを考慮すると、当該加熱温度が1100℃を超えることは好ましいとはいえない。
また、析出硬化工程における加熱温度が400℃未満では、固溶化工程において鋼の素地中に固溶した珪素および銅がほとんど析出せず、析出硬化による硬度上昇の効果が十分に得られない。一方、析出硬化工程における加熱温度が上昇すると、析出した珪素を含む金属間化合物や銅リッチ相のサイズが大きくなるとともに、その数が減少する。その結果、析出した珪素を含む金属間化合物や銅リッチ相による析出硬化の効果が小さくなる。加熱温度が500℃を超えるとこのような現象が顕著となり、55HRC以上の硬度を確保することが困難となる。そのため、析出効果工程における加熱温度は500℃以下であることが好ましい。さらに、析出した珪素を含む金属間化合物や銅リッチ相は、その直径が小さく、かつ数が多いほうが上記効果が大きいため、当該加熱温度は400℃以上450℃以下であることが、より好ましい。
なお、上述の金属間化合物や銅リッチ相の直径は、たとえば転動部材から、薄膜試料を作成し、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope;TEM)を用いて観察される当該金属間化合物や銅リッチ相の幅の最も大きい部分と最も小さい部分との平均値を直径として算出することができる。また、上述のように、金属間化合物や銅リッチ相は、数が多い(数密度が高い)ことが好ましい。具体的には、TEM観察において100万倍(視野面積10000nm2)の条件でたとえば10視野観察し、直径10nm以下の金属間化合物および銅リッチ相が合計で平均50個以上(0.005個/nm2以上)確認されることが、析出硬化による硬度の向上の観点から好ましい。
さらに、転動部材を構成する鋼においては、8.0質量%以上のクロムと、4.0質量%以上のニッケルとが含有されており、かつ炭素の含有量が0.1質量%以下に抑制されている。そのため、炭素による耐食性の低下が回避されるとともに、十分な量のクロムが含有されているため、転動部材の表面に緻密なクロム酸化物の皮膜が十分に形成されて耐食性が向上し、かつニッケルを含有することにより耐食性がさらに向上している。
以上のように、本発明の転動部材の製造方法によれば、高い耐食性を有するとともに転動疲労寿命に優れた転動部材を製造することができる。
本発明に従った転がり軸受の製造方法は、軌道部材を製造する軌道部材製造工程と、転動体を製造する転動体製造工程と、軌道部材製造工程において製造された軌道部材と、転動体製造工程において製造された転動体とを組み合わせることにより、転がり軸受を組立てる組立工程とを備えている。そして、軌道部材製造工程および転動体製造工程の少なくともいずれか一方は、上述の転動部材の製造方法により実施される。
本発明の転がり軸受の製造方法によれば、上述の高い耐食性を有するとともに転動疲労寿命に優れた転動部材を製造可能な転動部材の製造方法により軌道部材製造工程および転動体製造工程の少なくともいずれか一方が実施されるため、耐食性および転動疲労寿命に優れた転がり軸受を製造することができる。なお、一層耐食性および転動疲労寿命に優れた転がり軸受を製造するためには、軌道部材製造工程および転動体製造工程の両方が上述の転動部材の製造方法により実施されることが好ましい。
以上の説明から明らかなように、本発明の転動部材および転がり軸受によれば、特殊な熱処理を必要とせず、高い耐食性を有するとともに、転動疲労寿命に優れた転動部材および転がり軸受を提供することができる。また、本発明の転動部材および転がり軸受の製造方法によれば、特殊な熱処理を必要とせず、高い耐食性を有するとともに、転動疲労寿命に優れた転動部材および転がり軸受を製造することができる。
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
図1は、本発明の一実施の形態における転動部材を備えた転がり軸受としての深溝玉軸受の構成を示す概略断面図である。図1を参照して、本発明の一実施の形態における転がり軸受としての深溝玉軸受について説明する。
図1を参照して、深溝玉軸受1は、軌道部材としての環状の外輪11と、外輪11の内側に配置された軌道部材としての環状の内輪12と、外輪11と内輪12との間に配置され、円環状の保持器14に保持された転動体としての複数の玉13とを備えている。外輪11の内周面には外輪転走面11Aが形成されており、内輪12の外周面には内輪転走面12Aが形成されている。そして、内輪転走面12Aと外輪転走面11Aとが互いに対向するように、外輪11と内輪12とは配置されている。さらに、複数の玉13は、内輪転走面12Aおよび外輪転走面11Aに接触し、かつ保持器14により周方向に所定のピッチで配置されることにより円環状の軌道上に転動自在に保持されている。以上の構成により、深溝玉軸受1の外輪11および内輪12は、互いに相対的に回転可能となっている。
ここで、本実施の形態の転動部材である軌道部材としての外輪11、内輪12、および転動体としての玉13は、0.005質量%以上0.1質量%以下の炭素と、2.0質量%以上5.0質量%以下の珪素と、0.5質量%以上2.0質量%以下のマンガンと、8.0質量%以上13.0質量%以下のクロムと、4.0質量%以上10.0質量%以下のニッケルと、1.0質量%以上5.0質量%以下の銅とを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなる鋼から構成され、55HRC以上の硬度を有している。
本実施の形態の転動部材としての外輪11、内輪12および玉13においては、8.0質量%以上のクロムと、4.0質量%以上のニッケルとが含有されており、かつ炭素の含有量が0.1質量%以下に抑制された鋼からなっている。そのため、炭素による耐食性の低下が回避されるとともに、十分な量のクロムが含有されているため、転動部材の表面に緻密なクロム酸化物の皮膜が十分に形成されて耐食性が向上し、かつニッケルを含有することにより耐食性がさらに向上している。
さらに、本実施の形態の転動部材としての外輪11、内輪12および玉13は、2.0質量%以上の珪素と、1.0質量%以上の銅とを含有し、55HRC以上の硬度を有している。そのため、転がり軸受を構成する転動部材として必要な硬度が確保され、転動疲労寿命が向上している。
以上のように、本実施の形態の転動部材としての外輪11、内輪12および玉13は、高い耐食性を有するとともに、転動疲労寿命に優れている。また、本実施の形態の転動部材としての外輪11、内輪12および玉13は、後述するように、その製造工程において浸炭や浸炭窒化などの特殊な熱処理を必要としない。
なお、所定の転動疲労寿命を確保するためには、上述の55HRC以上の硬度は、転動部材としての外輪11、内輪12および玉13の転走面において達成されていればよい。しかし、転動部材に負荷される荷重が大きい用途においては、転走面だけでなく転動部材全体(表層部および芯部)において達成されていることが好ましい。
さらに、本実施の形態の深溝玉軸受1は、特殊な熱処理を必要とせず、高い耐食性を有するとともに、転動疲労寿命に優れた上述の外輪11、内輪12および玉13を備えているため、耐食性および転動疲労寿命に優れた深溝玉軸受となっている。
図2は、本発明の他の実施の形態における転動部材を備えた転がり軸受としてのスラストニードルころ軸受の構成を示す概略断面図である。図2を参照して、本発明の他の実施の形態における転がり軸受としてのスラストニードルころ軸受について説明する。
図2を参照して、スラストニードルころ軸受2は、基本的には図1に基づいて説明した深溝玉軸受1と同様の構成を有している。しかし、スラストニードルころ軸受2は、軌道部材および転動体の構成において、深溝玉軸受1とは異なっている。すなわち、スラストニードルころ軸受2は、円盤状の形状を有し、互いに一方の主面が対向するように配置された軌道部材としての一対の軌道輪21と、転動体としての複数のニードルころ23と、円環状の保持器24とを備えている。複数のニードルころ23は、一対の軌道輪21の互いに対向する主面に形成された軌道輪転走面21Aに接触し、かつ保持器24により周方向に所定のピッチで配置されることにより円環状の軌道上に転動自在に保持されている。以上の構成により、スラストニードルころ軸受2の一対の軌道輪21は、互いに相対的に回転可能となっている。
ここで、本発明の他の実施の形態である転動部材である軌道部材としての軌道輪21および転動体としてのニードルころ23は、それぞれ上述の外輪11、内輪12および玉13に該当し、同様の構成を有している。
そのため、本発明の他の実施の形態である転動部材としての軌道輪21およびニードルころ23は、高い耐食性を有するとともに、転動疲労寿命に優れている。
さらに、本発明の他の実施の形態であるスラストニードルころ軸受2は、高い耐食性を有するとともに、転動疲労寿命に優れる軌道輪21およびニードルころ23を備えているため、耐食性および転動疲労寿命に優れるスラストニードルころ軸受となっている。
次に、本発明の一実施の形態における転動部材および転がり軸受の製造方法について説明する。図3は、本発明の一実施の形態における転がり軸受の製造方法の概略を示す図である。また、図4は、本発明の一実施の形態における転がり軸受の製造方法に含まれる転動部材の製造方法の概略を示す図である。
図3を参照して、本発明の一実施の形態における転がり軸受の製造方法においては、まず、軌道部材を製造する軌道部材製造工程と、転動体を製造する転動体製造工程とが実施される。具体的には、軌道部材製造工程では、転動部材としての外輪11、内輪12、軌道輪21などが製造される。一方、転動体製造工程では、玉13、ニードルころ23などが製造される。
そして、軌道部材製造工程において製造された軌道部材と、転動体製造工程において製造された転動体とを組み合わせることにより、転がり軸受を組立てる組立工程が実施される。具体的には、たとえば外輪11および内輪12と、玉13とを組み合わせることにより、深溝玉軸受1が組立てられる。そして、この軌道部材製造工程および転動体製造工程は、たとえば以下の転動部材の製造方法により実施される。
図4を参照して、本発明の一実施の形態における転動部材の製造方法においては、まず、0.005質量%以上0.1質量%以下の炭素と、2.0質量%以上5.0質量%以下の珪素と、0.5質量%以上2.0質量%以下のマンガンと、8.0質量%以上13.0質量%以下のクロムと、4.0質量%以上10.0質量%以下のニッケルと、1.0質量%以上5.0質量%以下の銅とを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなる鋼から構成される鋼材を準備する鋼材準備工程が実施される。具体的には、たとえば上記成分を有する棒鋼や鋼線などが準備される。
次に、図4を参照して、上記鋼材を成形することにより、転動部材の概略形状に成型された鋼製部材を作製する成形工程が実施される。具体的には、たとえば上記棒鋼や鋼線などに対して鍛造、旋削などの加工が実施されることにより、外輪11、内輪12、玉13などの概略形状に成型された鋼製部材が作製される。
次に、上記鋼製部材を熱処理する熱処理工程が実施される。熱処理工程は、鋼製部材を1000℃以上1100℃以下の温度からMS点以下の温度に冷却する固溶化工程と、固溶化工程において固溶化された鋼製部材を400℃以上500℃以下の温度に加熱することにより析出硬化させる析出硬化工程とを含んでいる。この熱処理工程の詳細については後述する。
次に、図4を参照して、仕上げ工程が実施される。具体的には、熱処理工程が実施された鋼製部材に対して研削加工などの仕上げ加工が実施されることにより、外輪11、内輪12、玉13などが仕上げられる。これにより、本実施の形態における転動部材としての外輪11、内輪12、玉13、軌道輪21およびニードルころ23などが完成する。
次に、熱処理工程の詳細について説明する。図5は、転動部材の製造方法に含まれる熱処理工程の詳細を説明するための図である。図5において、横方向は時間を示しており右に行くほど時間が経過していることを示している。また、図5において、縦方向は温度を示しており上に行くほど温度が高いことを示している。図5を参照して、本実施の形態における転動部材の製造方法に含まれる熱処理工程の詳細について説明する。
図5を参照して、まず、鋼製部材を1000℃以上1100℃以下の温度からMS点以下の温度に冷却することにより、鋼製部材を固溶化する固溶化工程が実施される。具体的には、成形工程において作製された鋼製部材がA1点以上の温度である1000℃以上1100℃以下の温度、たとえば1050℃に加熱されて、5分間以上30分間以下の時間、たとえば10分間保持される。これにより、鋼製部材を構成する鋼が含有する珪素および銅がオーステナイト化した当該鋼の素地中に固溶する。その後、鋼製部材は、水中に浸漬されることにより、1000℃以上1100℃以下の温度、たとえば1050℃からMS点以下の温度に冷却される(水冷)。これにより、熱処理工程に含まれる固溶化工程が完了する。
このとき、鋼製部材が1000℃以上1100℃以下の温度に加熱されることにより、鋼の素地中に固溶した珪素および銅は金属間化合物および銅リッチ相として析出することなく、マルテンサイト化した当該鋼の素地中に固溶した状態を保っている。
なお、鋼の素地中に固溶した珪素および銅を金属間化合物および銅リッチ相として析出させることなく、上記冷却後においても当該鋼の素地中に固溶した状態を保つためには、鋼製部材が固溶化工程においてMS点以下の温度に冷却される際に、当該金属間化合物および銅リッチ相が析出する450℃以上の温度域で急冷されている必要がある。そのため、鋼製部材が固溶化工程においてMS点以下の温度に冷却される際の冷却速度は、450℃、好ましくは400℃以下になるまでの期間において、500℃/秒以上であることが好ましい。
ここで、A1点とは鋼を加熱した場合に、鋼の組織がフェライトからオーステナイトに変態を開始する温度に相当する点をいう。また、MS点とはオーステナイト化した鋼が冷却される際に、マルテンサイト化を開始する温度に相当する点をいう。
次に、図5を参照して、固溶化工程において固溶化された鋼製部材を400℃以上500℃以下の温度に加熱することにより析出硬化させる析出硬化工程が実施される。具体的には、固溶化工程において固溶化された鋼製部材がA1点以下の温度である400℃以上500℃以下の温度、たとえば450℃に加熱されて、30分間以上240分間以下の時間、たとえば120分間保持された後、空気中で放冷される(空冷)。これにより、鋼製部材を構成する鋼の素地中に固溶している珪素および銅が、それぞれ金属間化合物および銅リッチ相としてマルテンサイト化した当該素地中に微細に析出する。
このとき、鋼製部材が400℃以上500℃以下の温度に加熱されることにより析出した金属間化合物および銅リッチ相は、たとえば直径が10nm以下である。そのため、当該鋼は析出硬化され、鋼製部材は軸受として機能するために必要な硬度である55HRC以上の硬度に硬化されている。その結果、本実施の形態の転動部材の製造方法により製造された転動部材は転動疲労寿命に優れている。以上のようにして、熱処理工程に含まれる析出硬化工程が完了する。
以上のように、本実施の形態における転動部材の製造方法によれば、8.0質量%以上のクロムと、4.0質量%以上のニッケルとが含有されており、かつ炭素の含有量が0.1質量%以下に抑制された鋼が鋼材準備工程において準備される鋼材として採用されることにより、炭素による耐食性の低下が回避されるとともに、十分な量のクロムが含有されているため、転動部材の表面に緻密なクロム酸化物の皮膜が十分に形成されて耐食性が向上し、かつニッケルを含有することにより耐食性がさらに向上している。そのため、転動部材に高い耐食性を付与することが可能となっている。
さらに、当該鋼材が成形工程において成形された後、熱処理工程で適切な熱処理を施されることにより、大きさが10nm以下の珪素を含む金属間化合物および銅リッチ相が当該鋼の素地中に析出するため、55HRC以上の硬度を転動部材に付与することが可能となり、転動疲労寿命に優れた転動部材を製造することができる。
なお、上記実施の形態においては、本発明の転がり軸受および転動部材の一例として深溝玉軸受、スラストニードルころ軸受およびこれらが備える転動部材について説明したが、本発明の転がり軸受および転動部材はこれらに限られない。たとえば、転動部材である軌道部材は、転動体が表面を転走するように使用される軸や板などであってもよい。すなわち、本発明の転動部材である軌道部材は、転動体が転走するための転走面が形成された部材であればよい。また、本発明の転がり軸受は、スラスト玉軸受であってもよいし、ラジアルころ軸受であってもよい。
以下、本発明の実施例1について説明する。本発明の転動部材を構成する鋼の耐食性を従来の鋼と比較する試験を行なった。試験の手順は以下のとおりである。
まず、試験の対象となる試験片の作製方法について説明する。はじめに、表1に示す化学成分を有する鋼材を準備した。表1において、主要化学成分については、炭素(C)、珪素(Si)、マンガン(Mn)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)およびクロム(Cr)の含有量が質量%で示されており、記載された成分の残部は鉄および不可避的不純物である。
そして、上記鋼材を試験片の概略形状に加工した。その後、表1に示すように、各材料に応じた熱処理を行なうことにより、試験片を硬化させた後、仕上げ加工を実施することにより、試験片を完成させた。完成した試験片の表面硬度が表1に示されている。なお、比較例のSUS304に関しては、通常の焼入処理では軸受用鋼として使用できる程度に硬化できないため、1100℃に加熱した後、油冷したもの以外に、550℃でタフトライド(R)処理した後850℃で浸炭窒化処理し、油冷することにより焼入硬化させた試験片も作製した。
次に、試験条件について説明する。実施例1では耐食性試験として、湿潤試験と塩水噴霧試験とを実施した。湿潤試験では、JIS K2246の5.34に記載の試験条件に合致するように、試験装置の扉を閉めた状態で温度49℃±1℃、湿度95%の雰囲気中で20時間、試験片を保持した後、試験装置の扉を開けた状態で4時間、試験片を保持する操作を繰り返し、錆が発生するまでの時間を調査した。また、塩水噴霧試験では、JIS Z2371に記載の試験条件に合致するように、雰囲気温度35℃、塩水(塩化ナトリウム水溶液)濃度5%、湿度96%の条件で1時間保持した後、錆の発生の有無を確認するサイクルを繰り返し、錆の発生までのサイクル数を調査した。
表2に、湿潤試験の結果を示す。表2においては、錆の発生までの時間(錆発生時間)の他、SUS440Cの錆発生時間に対する各試験片の錆発生時間の比が、各試験片の硬度とあわせて示されている。なお、SUS304については、960時間経過時においても錆が発生していなかった。
表2を参照して、実施例Aおよび実施例Bは、SUS304、SUS630に次いで耐食性が優れていることが分かる。ここで、SUS304およびSUS630は、転動部材を構成する鋼として必要な硬度55HRCを確保できていない。また、硬度を確保するために硬化処理を実施したSUS304は、耐食性が大幅に低下し、実施例Aおよび実施例Bを大きく下回る耐食性となった。このことから、本発明の転動部材を構成する鋼である実施例Aおよび実施例Bは、転動部材を構成する鋼として必要な硬度を確保可能な鋼としては、極めて優秀な耐食性を有していることが分かる。
また、表3に、塩水噴霧試験の結果を示す。表3においては、錆の発生までのサイクル数が、各試験片の硬度とあわせて示されている。
表3を参照して、試験条件が湿潤試験に比べて苛酷となっており、いずれの試験片も湿潤試験に比べて短時間で錆の発生が確認されている。そして、湿潤試験の場合と同様に、軸受を構成する鋼として必要な硬度55HRCを確保している試験片では、本発明の実施例Aおよび実施例Bが最も耐食性が優れている。
以上より、本発明の実施例Aおよび実施例Bは、転動部材に必要な硬度55HRCを確保可能でありながら、優れた耐食性を有していることが確認された。
以下、本発明の実施例2について説明する。本発明の転動部材の転動疲労寿命を従来の鋼からなる転動部材と比較する試験を行なった。試験の条件は以下のとおりである。
実施例1と同様の材料に同様の熱処理を施した試験片を転動疲労試験に供した。試験片の形状は直径φ12mm、長さL12mmの円筒状、試験数は10個、相手試験片はSUJ2製で直径φ20mm、長さL20mmの円筒状、接触面圧Pmaxは3.5GPa、応力の負荷速度は20400回/分、潤滑はタービン油VG68の循環給油とした。
図6は、転動疲労寿命を評価するための試験に用いられた転動疲労寿命試験機の概略を説明するための概略側面図である。また、図7は、図6の転動疲労寿命試験機の概略正面図である。図7においては、内部構造の一部が断面図として示されている。図6および図7を参照して、実施例2において実施された転動疲労寿命試験について説明する。
図6および図7を参照して、転動疲労寿命試験機5は、円筒状の上部ロール51と、外周面が上部ロール51の外周面に対向するように配置された下部ロール52と、上部ロール51と下部ロール52との間に配置された円筒状の駆動ロール53および支持ロール54とを備えている。円筒状の相手試験片55、55は上部ロール51および駆動ロール53の外周面に接触する位置と、下部ロール52および駆動ロール53の外周面に接触する位置とのそれぞれに配置される。そして、円筒状の試験片59は、相手試験片55、55の外周面のそれぞれと、支持ロール54の外周面とに外周面が接触するようにセットされる。
そして、試験片59と相手試験片55、55との間に、設定された所望の接触面圧(Pmax:3.5GPa)が作用するように、上部ロール51と下部ロール52との間に所定の負荷がかけられる。その後、駆動ロール53が円周方向に回転すると、駆動ロール53に接触している相手試験片55、55がこれにより駆動されて回転する。その結果、相手試験片55、55と支持ロール54とで保持されている試験片59が相手試験片55、55と線接触しつつ、回転する。このとき、上部ロール51と駆動ロール53との間から試験片59に向けて潤滑油が供給される。そして、試験片59の外周面に剥離が発生して振動が生じると、図示しない振動センサによりこれを感知して駆動ロールを停止させる。そして、駆動ロールが停止するまでに相手試験片55、55から受けた応力の繰り返し回数をその試験片59の転動疲労寿命とした。さらに、上述のような試験を10回ずつ行ない、転動疲労寿命を統計的に解析して、10%の試験片が破損するまでの寿命(L10寿命)を算出した。
表4に、転動疲労寿命試験の結果を示す。表4においては、SUJ2の試験片に対する各試験片のL10寿命の比が各試験片の硬度とあわせて示されている。なお、SUS304からなる試験片は、上述の浸炭窒化処理等を実施しない場合、硬度が低く、転動疲労寿命試験に供することが困難であるため、試験の対象から除外した。
表4を参照して、実施例Aおよび実施例Bは、SUJ2に次いで転動疲労寿命に優れていることが分かる。ここで、SUJ2は、上述の実施例1の試験結果から、耐食性が低く、耐食軸受を構成する転動部材の材料としては適していないと考えられる。また、実施例Aおよび実施例Bは、SUJ2を除く他の試験片の転動疲労寿命を大幅に上回っている。このことから、本発明の転動部材と同様の構成を有する実施例Aおよび実施例Bは、耐食性および転動疲労寿命を両立する極めて優れた特性を有していることが分かる。
以下、本発明の実施例3について説明する。本発明の転動部材の耐ピーリング性を従来の鋼からなる転動部材と比較する試験を行なった。試験の条件は以下のとおりである。なお、ピーリングとは、転がり軸受の運転時において、潤滑油の粘度が低下し、油膜切れが生じた場合や、潤滑油が不足した場合に、転動部材同士が金属接触し、転動部材の表面に摩耗や剥離が発生する現象である。また、耐ピーリング性とは、このピーリングの発生に対する抵抗性である。
実施例1と同様の材料に同様の熱処理を施した試験片を耐ピーリング試験に供した。試験片の形状は外径φ40mm、外周面の表面粗さRt0.2μmで、軸方向の断面において外周面が平行な直線形状を有する円筒状、相手試験片は前述の試験片と同種の鋼から構成されており、外径φ40mm、外周面の表面粗さRt3μmで、軸方向の断面において外周面が曲率半径R60mmの凸形状を有する円筒状とした。また、試験片と相手試験片との接触面圧Pmaxは2.1GPa、負荷速度は2000回/分、潤滑はタービン油VG46の循環給油、総負荷回数は4.8×105回とした。
図8は、耐ピーリング性を評価するための試験に用いられた耐ピーリング試験機の概略を説明するための概略図である。図8を参照して、実施例3において実施された耐ピーリング試験について説明する。
図8を参照して、耐ピーリング試験機6は、軸まわりに回転可能な駆動軸61と、軸まわりに回転可能な従動軸62とを備えている。駆動軸61と従動軸62とは、双方の軸が平行になるように配置されている。駆動軸61の一方の端部には、円環状の相手試験片68を保持するための駆動軸保持部61Aが形成されている。また、従動軸62の一方の端部には、円環状の試験片69を保持するための従動軸保持部62Aが形成されている。
そして、駆動軸保持部61Aに、相手試験片68が駆動軸61の軸にその軸が一致するようにセットされる。また、従動軸保持部62Aに、試験片69が従動軸62の軸にその軸が一致するようにセットされる。これにより、相手試験片68の外周面と試験片69の外周面とが接触する。さらに、試験片69および相手試験片68に接触するようにフェルト63が配置される。
以上のように試験の準備が完了すると、試験片69に潤滑油が滴下されつつ、駆動軸61が軸まわりに回転する。これにより、相手試験片68が回転するとともに、相手試験片68に駆動されて試験片69が相手試験片68と接触しつつ回転する。このとき、矢印Wの向きに所定の荷重が負荷される。そして、所定の回転数である4.8×105回の回転が終了したところで駆動軸61の回転が停止される。
上述のように試験が実施された後、試験片69が取り外され、外周面に発生したピーリングの面積が調査され、当該面積の外周面の面積に対する割合(ピーリング面積率)が算出された。
表5に、耐ピーリング試験の結果を示す。表5においては、SUJ2の試験片に対する各試験片のピーリング面積率の逆数比が各試験片の硬度とあわせて示されている。なお、SUS304からなる試験片は、上述の浸炭窒化処理等を実施しない場合、硬度が低く、耐ピーリング試験に供することが困難であるため、試験の対象から除外した。
表5を参照して、ピーリング面積率の逆数比が大きいほど、耐ピーリング性に優れていることを示している。耐ピーリング性は、硬度の高い順に優れていることが分かる。ここで、SUJ2は、上述の実施例1の試験結果から、耐食性が低く、耐食軸受を構成する転動部材の材料としては適していないと考えられる。また、SUS440Cは、上述の実施例1の試験結果から、実施例Aおよび実施例Bに比べて耐食性において劣っている。一方、実施例Aおよび実施例Bは、SUJ2およびSUS440Cを除く他の試験片の耐ピーリング性を上回っている。このことから、本発明の転動部材と同様の構成を有する実施例Aおよび実施例Bは、耐食性と耐ピーリング性のバランスに優れていることが分かる。
以下、本発明の実施例4について説明する。本発明の転動部材を構成する鋼の高温硬度と従来の鋼の高温硬度とを比較する試験を行なった。試験の条件は以下のとおりである。
実施例1と同様の材料に同様の熱処理を施した試験片を作製し、300℃におけるビッカース硬度を測定した。表6に、高温硬度の測定結果を示す。表6においては、300℃におけるビッカース硬度が、硬度の順位とともに示されている。なお、他の試験片に比べて著しく硬度の低いSUS304およびSUS630に関しては、試験の対象から除外した。
表6を参照して、高温硬度は、本発明の実施例Bが最も高く、次いで実施例Aが高くなっており、室温において実施例Aおよび実施例Bよりも硬度の高いSUJ2およびSUS440Cを逆転している。そして、本発明の実施例Aおよび実施例Bの300℃における硬度は580HV〜600HV(54HRC〜55HRC)であり、300℃においても転動部材として使用可能な硬度を保持している。このことから、本発明の転動部材を構成する鋼は、300℃程度の高温環境で使用される軸受用鋼として適していることが分かる。
以上の実施例1〜4の結果より、本発明の転動部材を構成する鋼は、耐食性および硬度を高いレベルで両立することにより、耐食性および転動疲労寿命に優れた軸受用鋼であるだけでなく、高温硬度も高く、高温環境において使用される軸受用鋼としても有望であることが確認された。その結果、当該軸受用鋼からなる本発明の転動部材は、耐食性および転動疲労寿命に優れるだけでなく、高温環境においても使用可能な転動部材であることが分かった。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
本発明の転動部材、転がり軸受およびその製造方法は、耐食性が求められる環境で使用される転動部材、転がり軸受およびその製造方法に特に有利に適用され得る。
1 深溝玉軸受、2 スラストニードルころ軸受、5 転動疲労寿命試験機、6 耐ピーリング試験機、11 外輪、11A 外輪転走面、12 内輪、12A 内輪転走面、13 玉、14,24 保持器、21 軌道輪、21A 軌道輪転走面、51 上部ロール、52 下部ロール、53 駆動ロール、54 支持ロール、55 相手試験片、59 試験片、61 駆動軸、61A 駆動軸保持部、62 従動軸、62A 従動軸保持部、63 フェルト、68 相手試験片、69 試験片。
Claims (4)
- 0.005質量%以上0.1質量%以下の炭素と、2.0質量%以上5.0質量%以下の珪素と、0.5質量%以上2.0質量%以下のマンガンと、8.0質量%以上13.0質量%以下のクロムと、4.0質量%以上10.0質量%以下のニッケルと、1.0質量%以上5.0質量%以下の銅とを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなる鋼から構成され、
55HRC以上の硬度を有する、転動部材。 - 軌道部材と、
前記軌道部材に接触し、円環状の軌道上に配置される複数の転動体とを備え、
前記軌道部材および前記転動体の少なくともいずれか一方は、請求項1に記載の転動部材である、転がり軸受。 - 0.005質量%以上0.1質量%以下の炭素と、2.0質量%以上5.0質量%以下の珪素と、0.5質量%以上2.0質量%以下のマンガンと、8.0質量%以上13.0質量%以下のクロムと、4.0質量%以上10.0質量%以下のニッケルと、1.0質量%以上5.0質量%以下の銅とを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなる鋼から構成される鋼材を準備する鋼材準備工程と、
前記鋼材を成形することにより、転動部材の概略形状に成型された鋼製部材を作製する成形工程と、
前記鋼製部材を熱処理する熱処理工程とを備え、
前記熱処理工程は、
前記鋼製部材を1000℃以上1100℃以下の温度からMS点以下の温度に冷却する固溶化工程と、
前記固溶化工程においてMS点以下の温度に冷却された前記鋼製部材を400℃以上500℃以下の温度に加熱することにより析出硬化させる析出硬化工程とを含む、転動部材の製造方法。 - 軌道部材を製造する軌道部材製造工程と、
転動体を製造する転動体製造工程と、
前記軌道部材製造工程において製造された前記軌道部材と、前記転動体製造工程において製造された前記転動体とを組み合わせることにより、転がり軸受を組立てる組立工程とを備え、
前記軌道部材製造工程および前記転動体製造工程の少なくともいずれか一方は、請求項3に記載の転動部材の製造方法により実施される、転がり軸受の製造方法。
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JP2006036421A JP2007217719A (ja) | 2006-02-14 | 2006-02-14 | 転動部材、転がり軸受およびその製造方法 |
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JP2013145058A (ja) * | 2013-03-28 | 2013-07-25 | Nsk Ltd | 転がり軸受 |
CN108869534A (zh) * | 2017-05-12 | 2018-11-23 | 株式会社捷太格特 | 推力滚子轴承 |
-
2006
- 2006-02-14 JP JP2006036421A patent/JP2007217719A/ja not_active Withdrawn
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