JP2007139656A - 食道癌診断キット - Google Patents

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Abstract

【課題】新規な食道癌抗原タンパク質、並びに該抗原タンパク質に基づく食道癌診断キットを提供する。
【解決手段】被験者に由来するサンプル中の、配列番号2のアミノ酸配列を有するヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体の存在を検出するための手段を含むことを特徴とする食道癌診断キット、または被験者に由来するサンプル中の、配列番号1の塩基配列を有するポリヌクレオチドによりコードされるヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体の存在を検出するための手段を含むことを特徴とする食道癌診断キット。
【選択図】なし

Description

本発明は、食道癌診断キット及び食道癌の予防又は治療用医薬に関する。
食道癌等の固形癌は悪性の腫瘍であり、特に進行性の固形癌は治療が困難で多くの場合に致命的となる。例えば、固形癌のうち食道癌(食道扁平上皮癌)は、アルコール摂取、タバコの喫煙、ヒトパピローマウイルス感染などが原因となって生じる食道の腫瘍であり、その予後は長期生存率が5%未満と悪いものである。従って、食道癌に対する対策としては癌腫の早期発見が最も重要な課題である。
癌の早期発見のためには、腫瘍マーカーは欠かせないものであるといわれてきた。いくつかの腫瘍マーカーが食道癌と関連づけられてきたが、食道扁平上皮細胞癌(SCC)についていえばその陽性率は限られたものだった(非特許文献1〜5)。SEREX(serological identification of antigens by recombinant cDNA expression cloning)法は腫瘍マーカーの同定には効果的で便利な方法である(非特許文献6及び特許文献1)。この方法は腫瘍組織から調製したcDNAライブラリーを自己又は同種の血清を用いて免疫学的なスクリーニングすることにより行う。抗原は単離されたcDNAクローンの配列を調べることによって容易に同定できるので、SEREX法は大量の腫瘍抗原のスクリーニングには適している。SEREX法は多様な腫瘍に適用されてきており、1,000以上のSEREX抗原が既に同定されている(非特許文献7)。最近の食道癌へのSEREX法の適用によってNY−ESO−1及びNY−ESO−2が同定されている(非特許文献8及び9)。NY−ESO−1抗原は種々の癌細胞で発現されている癌精巣抗原である。加えて、SEREX法による分析により、p53癌抑制タンパク質を含む、癌に関連したいくつかの抗原が単離されており、血清中におけるこれら抗原に対する自己抗体を腫瘍マーカーとして検出することの有用性についても報告されている(非特許文献10)。血清中のp53抗体は、表在性の癌の検出や食道扁平上皮細胞癌患者の予後予測に用いられてきた(非特許文献11〜13)。本発明者のグループは、人の癌において明確に抗原性の同定されたタンパク質の一覧に追加する目的で食道扁平上皮細胞癌に対してSEREX法を適用し、TROP2、SURF1及びHOOK2などの食道扁平上皮細胞癌の新しいSEREX抗原を報告してきた(非特許文献14及び15)。
一方、食道癌の治療方法としては、癌組織の外科的な切除や全身性の抗癌剤投与等が行われている。しかしながら、前記のとおり、進行性に移行した食道癌の場合にはこれらの治療法も効果は少なく、また早期に発見した場合であっても、これらの治療法は患者に大きな身体的負担を負わせるという問題を有している。
米国特許第5,698,396号 Kim YH, et al., Cancer 75: 451-456, 1995 Munck-Wikland E, et al., Cancer 62: 2281-2286, 1988 McKnight A, et al., Br J Cancer 60: 249-251, 1989 Shimada H, et al., Surgery 133: 486-494, 2003 Shimada H, et al., J Am Coll Surg 196: 573-578, 2003 Sahin U, et al., Proc Natl Acad Sci USA 92: 11810-11813, 1995 Cancer immunome database: http://www2.licr.org/CancerImmunomeDB/ Chen YT, et al., Cytogenet Cell Genet 79: 237-240, 1997 Tureci O, et al., Proc Natl Acad Sci USA 95: 5211-5216, 1998 Zhang J-Y, et al., Cancer Epidemiology, Biomarkers & Prevention 12:136-143, 2003 Shimada H, et al., Cancer 89: 1677-1683, 2000 Shimada H, et al., Surgery 132: 41-47, 2002 Shimada H, et al., Cancer 97: 682-689, 2003 Nakashima K, et al., Int J Cancer 112: 1029-1035, 2004 Shimada H, et al., Int J Oncol 26: 77-86, 2005.
上述したように、食道癌の早期診断のための方法として、癌組織特異的な抗原タンパク質マーカーを用いた分子生物学的診断方法の有効性が指摘されており、そのための新しい抗原タンパク質マーカーも幾つか提案されている。しかしながら、その診断精度をさらに向上させるためには、抗原性の高いタンパク質をより多く準備し、それらを組み合わせて使用することが不可欠である。
従って、本発明は、新規な食道癌抗原タンパク質マーカー、並びに腫瘍マーカーとしての自己抗体に基づく食道癌診断キットを提供することを目的とする。
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、ヒト食道癌患者において抗SLC2A1抗体の陽性率が高いことを見出し、また該抗SLC2A1抗体を新規な腫瘍マーカーとして食道癌を診断できるという知見を得、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、被験者に由来するサンプル中の、配列番号2のアミノ酸配列を有するヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体の存在を検出するための手段を含むことを特徴とする食道癌診断キットである。
また本発明は、被験者に由来するサンプル中の、配列番号1の塩基配列を有するポリヌクレオチドによりコードされるヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体の存在を検出するための手段を含むことを特徴とする食道癌診断キットである。
上記食道癌診断キットにおいて、ヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体の存在を検出するための手段としては、例えば該食道癌抗原ポリペプチド又はその部分ペプチドを用いることができる。また、診断対象となる食道癌としては、限定されるものではないが、食道扁平上皮癌(SCC)、腺癌、腺扁平上皮癌、腺様のう胞癌、及び未分化癌が挙げられる。使用可能なサンプルは、特に限定されるものではないが、血清、血液、血液細胞及び組織などである。
また、上記食道癌診断キットは、さらに、癌胎児性抗原(CEA)、サイトケラチン19フラグメント抗原(CYFRA)及び扁平上皮癌関連抗原(SCC−Ag)からなる群より選択される抗原ポリペプチドの存在を検出するための手段を含んでもよい。この食道癌診断キットは、陽性率30%以上で食道癌を診断することが可能である。
本発明に係る食道癌診断キットにより、ヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体を検出することで、食道癌を高精度で診断することができる。また、該ヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体は既存の腫瘍マーカーと交差することがないため、これらを併用することによりさらに高精度で食道癌を診断することが可能となる。従って、本食道癌診断キットは食道癌の早期診断に有用である。
以下、本発明を詳細に説明する。
1.新規なヒト食道癌抗原ポリペプチド
本発明は、新規抗原ポリペプチド、SLC2A1(SLC2A1/GULT1ともいう)に対する抗体がヒト食道癌に高頻度に存在するという知見に基づくものである。この抗原ポリペプチドは、新規な食道癌マーカーとしての有用性を提供し、また食道癌(特に食道扁平上皮癌)の診断方法の可能性、即ち、腫瘍組織におけるSLC2A1抗原の発現に代わり血清中の抗SLC2A1抗体のレベルの測定による食道癌の診断の可能性を提供するものである。
本発明者らは、食道の扁平上皮細胞癌(SCC)患者中の血清IgGによって認識される抗原SLC2A1(solute carrier family 2/facilitated glucose transporter, member 1)を同定した(実施例1参照)。血清中の抗SLC2A1抗体(s−SLC2A1抗体)のレベルは、細菌で発現させたグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)とSLC2A1の融合タンパク質を用いたELISAによって測定したところ、健常者に比べて食道扁平上皮癌の患者が有意に高かった(実施例2参照)。健常者の平均値+2SDをカットオフ値としたとき、57名のSCC患者中12名(21%)がs−SLC2A1抗体陽性であった。s−SLC2A1抗体の存在はいずれの臨床的病因要因、あるいは生存率とも関連しなかった(実施例3参照)。s−SLC2A1抗体は他の既存の血清マーカーの陽性率とも関連しなかったことから、s−SLC2A1抗体と他の既存の血清マーカーとの組み合わせは食道SCCの診断及びモニタリングに有用なマーカーになりうる。
本発明において用いるSLC2A1抗原ポリペプチド(本明細書中、「食道癌抗原ポリペプチド」ともいう)のアミノ酸配列を配列番号2に、それをコードする塩基配列を配列番号1に示す。なお、SLC2A1の配列情報はアクセッション番号NM_006516としてGenBankに登録されている。また、これらの塩基配列及びアミノ酸配列については、1若しくは数個の塩基の付加、欠失、他の塩基への置換、あるいはこれらの塩基変異に基づく1若しくは数個のアミノ酸残基の付加、欠失及び他のアミノ酸への置換をも包含する。
また、本明細書中「血清中抗体」とは、食道癌患者の血清中に存在し、食道癌抗原ポリペプチドと結合する抗体を意味する。また、「抗体」は、食道癌抗原ポリペプチド又はその部分断片を免疫原として作製されたポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体を意味する。
本発明におけるその他の用語や概念は、発明の実施形態の説明や実施例において詳しく規定する。また本発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、本発明に係る医薬を調製するための薬剤の調製はRemington's Pharmaceutical Sciences, 18th Edition, ed. A. Gennaro, Mack Publishing Co., Easton, PA, 1990に、遺伝子工学及び分子生物学的技術はSambrook and Maniatis, Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995等に記載されている。
なお、SLC2A1が肺癌(Kurata T, et al., Jpn J Cancer Res 90: 1238-1243, 1999)、胃癌(Noguchi Y, et al., Hepatogastroenterology 46: 2683-2689, 1999)、頭頸部癌(Reisser C, et al., Int J Cancer 80: 194-198, 1999)及び膵癌(Higashi T, et al., J Nucl Med 39: 1727-1735, 1998)の組織において過剰発現していることが報告されている。従って、グルコーストランスポーターファミリーの中で、SLC2A1は腫瘍細胞の急速な成長にとって必要な因子の可能性がある。しかしながら、従来、抗SLC2A1抗体のレベルが癌患者において上昇することについては報告されていない。
2.食道癌診断キット
上述の通り、食道癌抗原ポリペプチドがヒト食道癌において発現され、またヒト食道癌には該抗原ポリペプチドに対する抗体が存在する。従って、被験者由来のサンプルにおいてこの食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体の存在、又は食道癌抗原ポリペプチドの発現を検出することによって、被験者をヒト食道癌について診断することが可能となる。
本発明に係る食道癌診断キット(以下、「本食道癌診断キット」ともいう)は、被験者に由来するサンプル中のヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体の存在又はヒト食道癌抗原ポリペプチドの発現を検出するための手段を含むものである。
本食道癌診断キットは、食道癌の診断を行うための試薬キットである。このようなキットは、被検成分の種類に応じて各種のものが市販されており、本食道癌診断キットも、ヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体の存在又は該抗原ポリペプチドの発現を検出するための手段(食道癌抗原ポリペプチド、抗体、プライマー、プローブなど)を用いることを除き、公知公用のキットに用いられている各要素によって構成することができる。
また、本食道癌診断キットにより、食道癌、例えば限定するものではないが、食道扁平上皮癌(SCC)、腺癌、腺扁平上皮癌、腺様のう胞癌、及び未分化癌等について被験者を診断することが可能である。好ましくは、食道扁平上皮癌(SCC)の診断のために用いることができる。
ここで食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体の存在、該抗原ポリペプチドの発現、及びその遺伝子の発現を検出する手段としては、
(1)食道癌抗原ポリペプチド
(2)食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体
(3)食道癌抗原ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドに基づいて設計されたプローブ又はプライマー
が挙げられる。以下、これらの手段について詳述する。
(1)食道癌抗原ポリペプチド
食道癌抗原ポリペプチドは、癌細胞が発現するポリペプチドであるため、癌を有する患者の血清中には、発現された食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体(血清中抗体)が存在する。従って、食道癌抗原ポリペプチドを使用して血清中抗体との反応を調べることによって、被験者における食道癌抗原ポリペプチドの発現を検出することができる。本明細書中、「抗原ポリペプチド」には、配列番号2に示す抗原ポリペプチドのほか、配列番号2に示す抗原ポリペプチドのうち少なくとも6個以上のアミノ酸、好ましくは6〜500、より好ましくは8〜50アミノ酸からなる部分ペプチドも含まれる。
これらの抗原ポリペプチドは、例えば、配列番号1に示される塩基配列を有するポリヌクレオチドを含む組換え発現ベクターからインビトロ転写によってRNAを調製し、これを鋳型としてインビトロ翻訳を行うことによりインビトロでペプチドを発現させることにより調製することができる。また組換え発現ベクターを大腸菌、枯草菌等の原核細胞や、酵母、昆虫細胞、哺乳動物細胞等の真核細胞に導入して形質転換細胞を作製すれば、この形質転換細胞からポリペプチドを発現させることができる。
抗原ポリペプチドをインビトロ翻訳で発現させる場合には、抗原ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを、RNAポリメラーゼプロモーターを有するベクターに挿入して組換え発現ベクターを作製し、このベクターを、プロモーターに対応するRNAポリメラーゼを含むウサギ網状赤血球溶解物や小麦胚芽抽出物などのインビトロ翻訳系に添加すれば、抗原ポリペプチドをインビトロで生産することができる。RNAポリメラーゼプロモーターとしては、T7、T3、SP6などが例示できる。これらのRNAポリメラーゼプロモーターを含むベクターとしては、pKA1、pCDM8、pT3/T7 18、pT7/3 19、pBluescript IIなどが例示できる。
抗原ポリペプチドを、大腸菌などの微生物で発現させる場合には、微生物中で複製可能な複製起点、プロモーター、リボソーム結合部位、DNAクローニング部位、ターミネーター等を有するベクターにポリヌクレオチドを連結した発現ベクターを作製し、この発現ベクターで宿主細胞を形質転換したのち、得られた形質転換体を培養すれば、そのポリヌクレオチドがコードしている抗原ポリペプチドを微生物から発現させることができる。この際、他のタンパク質との融合タンパク質として発現させることもできる。大腸菌用発現ベクターとしては、pUC系、pBluescript II、pET発現系、pGEX発現系などが例示できる。
抗原ポリペプチドを、真核細胞で発現させる場合には、抗原ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを、プロモーター、スプライシング領域、ポリ(A)付加部位等を有する真核細胞用発現ベクターに挿入して組換えベクターを作製し、真核細胞内に導入すれば、抗原ポリペプチドを形質転換真核細胞で発現させることができる。発現ベクターとしては、pGEX、pKA1、pBK−CMV、pBK−RSV、EBVベクター、pRS、pcDNA3、pMSG、pYES2などが例示できる。また、pIND/V5−His、pFLAG−CMV−2、pEGFP−N1、pEGFP−C1などを発現ベクターとして用いれば、Hisタグ、FLAGタグ、mycタグ、HAタグ、GFPなど各種タグを付加した融合タンパク質として抗原ポリペプチドを発現させることもできる。真核細胞としては、サル腎臓細胞COS7、チャイニーズハムスター卵巣細胞CHOなどの哺乳動物培養細胞、出芽酵母、分裂酵母、カイコ細胞、アフリカツメガエル卵細胞などが一般に用いられるが、抗原ポリペプチドを発現できるものであれば、いかなる真核細胞でもよい。発現ベクターを真核細胞に導入するには、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法など公知の方法を用いることができる。
抗原ポリペプチドを原核細胞や真核細胞で発現させたのち、培養物から目的の抗原ポリペプチドを単離精製するためには、公知の分離操作を組み合わせて行うことができる。例えば、尿素などの変性剤や界面活性剤による処理、超音波処理、酵素消化、塩析や溶媒沈殿法、透析、遠心分離、限外濾過、ゲル濾過、SDS−PAGE、等電点電気泳動、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーなどが挙げられる。
なお、以上の方法によって得られる組換え抗原ポリペプチドには、他の任意のタンパク質との融合タンパク質も含まれる。例えば、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)や緑色蛍光蛋白質(GFP)との融合蛋白質などが例示できる。さらに、形質転換細胞で発現されたペプチドは、翻訳された後、細胞内で各種修飾を受ける場合がある。したがって、修飾されたペプチドも抗原ポリペプチドとして用いることができる。このような翻訳後修飾としては、N末端メチオニンの脱離、N末端アセチル化、糖鎖付加、細胞内プロテアーゼによる限定分解、ミリストイル化、イソプレニル化、リン酸化などが例示できる。
食道癌抗原ポリペプチドを用いて、被験者由来のサンプルにおける食道癌抗原ポリペプチドの発現を検出するためには、被験者のサンプル(血清)中に、食道癌抗原ポリペプチドと結合する血清中抗体が存在するか否かを試験する。そして血清中にその抗体が存在する被験者を食道癌患者又は食道癌ハイリスク者と判定する。すなわち、食道癌抗原ポリペプチドは、食道癌患者に由来する血清中抗体と結合するポリペプチドであるから、被験者の血清と反応させた結果、サンプルがこれらの抗原ポリペプチドと結合する血清中抗体を含む場合には、食道癌患者又はそのハイリスク患者のサンプルとして判定することができる。
また、上記食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体は、既存の腫瘍マーカーと交差することがないため、他の腫瘍マーカーと併用することによって、高精度に、例えば陽性率30%以上で食道癌を検出することが可能となる。従って、本食道癌診断キットに関して、他の食道癌マーカー、例えば癌胎児性抗原(CEA)、サイトケラチン19フラグメント抗原(CYFRA)及び扁平上皮癌関連抗原(SCC−Ag)を併用してもよい。これらのCEA抗原、CYFRA抗原及びSCC抗原を検出するための手段又はキットは市販されており、当業者であれば容易にこれらの抗原を検出することができる。また、サンプルとしては、血清中抗体が含まれるサンプル、すなわち血清を対象とすることができる。
本食道癌診断キットを用いた具体的な診断は、例えば食道癌診断キットに含まれる食道癌抗原ポリペプチドに被験者血清を接触させ、該食道癌抗原ポリペプチドと被験者血清中の抗体とを液相中において反応させることにより行う。さらに血清中の抗体と特異的に結合する標識化抗体を反応させて、標識化抗体のシグナルを検出すればよい。標識化抗体に使用する標識としては、酵素、放射性同位体又は蛍光色素を使用することができる。酵素は、代謝回転数が大きいこと、抗体と結合させても安定であること、基質を特異的に着色させる等の条件を満たすものであれば特段の制限はなく、通常の酵素免疫アッセイ(EIA)に用いられる酵素、例えば、ペルオキシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、グルコースオキシダーゼ、アセチルコリンエステラーゼ、グルコース−6−リン酸化脱水素酵素、リンゴ酸脱水素酵素等を用いることもできる。また、酵素阻害物質や補酵素等を用いることもできる。これら酵素と抗体との結合は、マレイミド化合物等の架橋剤を用いる公知の方法によって行うことができる。基質としては、使用する酵素の種類に応じて公知の物質を使用することができる。例えば酵素としてペルオキシダーゼを使用する場合には、3,3’,5,5’−テトラメチルベンジシンを、また酵素としてアルカリフォスファターゼを用いる場合には、パラニトロフェノール等を用いることができる。
酵素を用いる場合には、酵素作用によって分解して発色する基質を加え、基質の分解量を光学的に測定することによって酵素活性を求め、これを結合抗体量に換算し、標準値との比較から抗体量が算出される。
放射性同位体としては、125IやH等の通常のラジオイムノアッセイ(RIA)で用いられているものを使用することができる。放射性同位体を用いる場合には、放射性同位体の発する放射線量をシンチレーションカウンター等により測定する。
蛍光色素としては、フルオレッセンスイソチオシアネート(FITC)やテトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)等の通常の蛍光抗体法に用いられるものを使用することができる。蛍光色素を用いる場合には、蛍光光度計や蛍光顕微鏡を組み合わせた測定装置によって蛍光量を測定すればよい。
さらにまた、標識化抗体には、マンガンや鉄等の金属を結合させたものも含まれる。このような金属結合抗体を体内に投与し、MRI等によって金属を測定することによって、血清中抗体の存在、すなわち食道癌抗原ポリペプチドの発現を検出することができる。
シグナルの検出は、例えば、ウエスタンブロット分析を採用することができる。あるいは、抗原ポリペプチド+血清中抗体+標識化抗体の結合体を、公知の分離手段(クロマト法、塩析法、アルコール沈殿法、酵素法、固相法等)によって分離し、標識化抗体のシグナルを検出するようにしてもよい。
また、抗原ポリペプチドを固相(プレート、メンブレン、ビーズ等)上に固定化し、この固相上において被験者血清の抗体との結合を試験することもできる。抗原ポリペプチドを固相上に固定化することによって、未結合の標識化結合分子を容易に除去することができる。また特に、数十種類の抗原ポリペプチドを固定化したメンブレンを用いるプロテインアレイ法では、0.01ml程度の被験者血清を用いて多種類の抗体の発現を短時間で解析することができる。
このように抗体の存在に基づいて食道癌の診断を行う場合、抗原ポリペプチドが発現した時点から免疫系によって抗体の産生が促進されるため、腫瘍の進展段階(ステージ)によらず、早期段階で高感度(陽性率20%以上)に該抗体を検出することができ、食道癌を診断することができる。
(2)食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体
食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体は、癌細胞において発現された食道癌抗原ポリペプチドと結合することができるため、該抗体を用いてサンプル中の食道癌抗原ポリペプチドとの反応を検出することによって、該サンプルが癌患者又はハイリスク者に由来するか否かを診断することができる。
食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体は、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体であり、それぞれ食道癌抗原ポリペプチドのエピトープに結合することができる全体分子、及びFab、F(ab’)、Fv断片等が全て含まれる。このような抗体は、例えばポリクローナル抗体の場合には、抗原ポリペプチドやその一部断片を免疫原として動物を免疫した後、血清から得ることができる。あるいは、上記の真核細胞用発現ベクターを注射や遺伝子銃によって、動物の筋肉や皮膚に導入した後、血清を採取することによって作製することができる。動物としては、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ニワトリなどが用いられる。
また、モノクローナル抗体は、公知のモノクローナル抗体作製法(「単クローン抗体」、長宗香明、寺田弘共著、廣川書店、1990年; "Monoclonal Antibody" James W. Goding, third edition, Academic Press, 1996)に従い作製することができる。
また食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体には、標識物質によって標識化された抗体も含まれる。そのような標識化抗体の詳細については、上記を参照されたい。
食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体を用いて被験者由来のサンプル中の食道癌抗原ポリペプチドの発現を検出し、ヒト食道癌を診断する場合には、被験者のサンプル中に、食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体又はその標識化抗体と結合する抗原ポリペプチドが存在するか否かを試験し、サンプル中にその抗原ポリペプチドが存在する被験者を食道癌患者又はそのハイリスク者と判定する。すなわち、ここで使用する抗体又は標識化抗体は、食道癌細胞で発現している抗原ポリペプチドと特異的に結合する抗体であるから、この抗体と結合する抗原ポリペプチドを含むサンプルを、食道癌患者又はそのハイリスク患者の試料として判定することができる。また、サンプルとしては、食道癌抗原ポリペプチドが発現されるサンプルであれば特に限定されるものではなく、血液や血液細胞(単核球等)、組織を対象とすることができる。
また別の態様は、抗体と抗原ポリペプチドとの結合を液相系において行う方法である。例えば、標識化抗体とサンプルとを接触させて標識化抗体と抗原ポリペプチドを結合させ、この結合体を上記と同様の方法で分離し、標識シグナルを同様の方法で検出する。
液相系での診断の別の方法は、食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体(一次抗体)とサンプルとを接触させて一次抗体と抗原ポリペプチドを結合させ、この結合体に標識化抗体(二次抗体)を結合させ、この三者の結合体における標識シグナルを検出する。あるいは、さらにシグナルを増強させるためには、非標識の二次抗体を先ず抗体+抗原ポリペプチド結合体に結合させ、この二次抗体に標識物質を結合させるようにしてもよい。このような二次抗体への標識物質の結合は、例えば二次抗体をビオチン化し、標識物質をアビジン化しておくことによって行うことができる。あるいは、二次抗体の一部領域(例えば、Fc領域)を認識する抗体(三次抗体)を標識し、この三次抗体を二次抗体に結合させるようにしてもよい。なお、一次抗体と二次抗体は、両方ともモノクローナル抗体を用いることもでき、あるいは、一次抗体と二次抗体のいずれか一方をポリクローナル抗体とすることもできる。液相からの結合体の分離やシグナルの検出は上記と同様とすることができる。
また別の態様は、抗体と抗原ポリペプチドとの結合を固相系において試験する方法である。この固相系における方法は、極微量の抗原ポリペプチド検出と操作の簡便化のため好ましい方法である。すなわちこの固相系の方法は、食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体(一次抗体)を固相(樹脂プレート、メンブレン、ビーズ等)に固定化し、この固定化抗体に抗原ポリペプチドを結合させ、非結合ペプチドを洗浄除去した後、プレート上に残った抗体+抗原ポリペプチド結合体に標識化抗体(二次抗体)を結合させ、この二次抗体のシグナルを検出する方法である。この方法は、いわゆる「サンドイッチ法」と呼ばれる方法であり、マーカーとして酵素を用いる場合には、「ELISA(enzyme linked immunosorbent assay)」として広く用いられている方法である。一次抗体と二次抗体は、両方ともモノクローナル抗体を用いることもでき、あるいは、一次抗体と二次抗体のいずれか一方をポリクローナル抗体とすることもできる。シグナルの検出は上記と同様とすることができる。
(3)プライマー又はプローブ
本食道癌診断用キットは、食道癌抗原ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの全部若しくは一部の配列又はその相補配列を含むプライマー又はプローブを含むものであってもよい。該プライマー又はプローブは、被験者由来のサンプル中に発現している抗原ポリペプチドのmRNA又はmRNAから合成したcDNAと特異的に結合して、サンプル中の抗原ポリペプチドをコードする遺伝子の発現、すなわち抗原ポリペプチドの発現を検出することが可能である。
プライマー及びプローブは、当業者に公知の手法に従って、抗原ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの配列番号1の塩基配列に基づき設計することができる。プライマー及びプローブ設計の留意点として、例えば以下を指摘することができる。
プライマーとして実質的な機能を有する長さとしては、10塩基以上が好ましく、さらに好ましくは16〜50塩基であり、さらに好ましくは20〜30塩基である。またプローブとして実質的な機能を有する長さとしては、10塩基以上が好ましく、さらに好ましくは16〜50塩基であり、さらに好ましくは20〜30塩基である。
また設計の際には、プライマー又はプローブの融解温度(Tm)を確認することが好ましい。Tmとは、任意のポリヌクレオチド鎖の50%がその相補鎖とハイブリッドを形成する温度を意味し、鋳型DNA又はRNAとプライマー又はプローブとが二本鎖を形成してアニーリング又はハイブリダイズするためには、アニーリング又はハイブリダイゼーションの温度を最適化する必要がある。一方、この温度を下げすぎると非特異的な反応が起こるため、温度は可能な限り高いことが望ましい。従って、設計しようとするプライマー又はプローブのTmは、増幅反応又はハイブリダイゼーションを行う上で重要な因子である。Tmの確認には、公知のプライマー又はプローブ設計用ソフトウエアを利用することができ、本発明で利用可能なソフトウエアとしては、例えばOligoTM[National Bioscience Inc.(米国)製]、GENETYX[ソフトウェア開発(株)(日本)製]等などが挙げられる。またTmの確認は、ソフトウエアを使わず、自ら計算することによっても行うことができる。その場合には、最近接塩基対法(Nearest Neighbor Method)、Wallance法、GC%法等に基づく計算式を利用することができる。本発明では、平均Tmが約45〜55℃であることが好ましい。
プライマー又はプローブとして特異的なアニーリング又はハイブリダイズが可能な条件としては、その他にもGC含量などがあり、そのような条件は当業者に周知である。
上述のように設計したプライマー及びプローブは、当業者に公知の方法に従って調製することができる。さらに、当業者には周知のように、プライマー又はプローブには、アニーリング又はハイブリダイズする部分以外の配列、例えばタグ配列などの付加配列が含まれていてもよく、上述したプライマー又はプローブにそのような付加配列が付加されたものも本発明の範囲内に含まれるものとする。
被験者由来のサンプルにおける食道癌抗原ポリペプチドの発現を検出するためには、上記プライマー及び/又はプローブをそれぞれ増幅反応又はハイブリダイゼーション反応において用い、その増幅産物又はハイブリッド産物を検出する。
サンプルとしては、便や血液、血液細胞(単核球等)を対象とすることができる。また増幅反応又はハイブリダイゼーション反応を行う場合には、通常は、被験者由来のサンプルから被検核酸を調製する。被検核酸は、核酸であればDNA又はRNAのいずれでもよい。DNA又はRNAは、当技術分野で周知の方法を適宜使用して抽出することができる。例えば、DNAを抽出する場合には、フェノール抽出及びエタノール沈殿を行う方法、ガラスビーズを用いる方法など、またRNAを抽出する場合には、グアニジン−塩化セシウム超遠心法、ホットフェノール法、又はチオシアン酸グアジニウム−フェノール−クロロホルム(AGPC)法などを利用することができる。以上のように調製したサンプル又は被検核酸を用いて、以下に示す増幅反応及び/又はハイブリダイゼーション反応を行う。
プライマーを用いて被検核酸を鋳型とした増幅反応を行い、その特異的増幅反応を検出することにより、サンプル中の食道癌抗原ポリペプチドの発現の検出を行うことができる。
増幅手法としては、特に限定されないが、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法の原理を利用した公知の方法を挙げることができる。増幅は、増幅産物が検出可能なレベルになるまで行う。
例えば、PCR法は、被検核酸であるDNAを鋳型として、DNAポリメラーゼにより、一対のプライマー間の塩基配列を合成するものである。PCR法によれば、変性、アニーリング及び合成からなるサイクルを繰り返すことによって、増幅断片を指数関数的に増幅させることができる。PCRの最適条件は、当業者であれば容易に決定することができる。
またRT−PCR法では、まず、被検核酸であるRNAを鋳型として、逆転写酵素反応によりcDNAを作製し、その後、作製したcDNAを鋳型として一対のプライマーを用いてPCR法を行うものである。
なお、増幅手法として競合PCR法やリアルタイムPCR法等の定量的PCR法などを採用することにより、定量的な検出が可能となる。
上記増幅反応後に特異的な増幅反応が起こったか否かを検出するには、増幅反応により得られる増幅産物を特異的に認識することができる公知の手段を用いることができる。例えば、アガロースゲル電気泳動法等を利用して、特定のサイズの増幅断片が増幅されているか否かを確認することにより、特異的な増幅反応を検出することができる。
あるいは、増幅反応の過程で取り込まれるdNTPに、放射性同位体、蛍光物質、発光物質などの標識体を作用させ、この標識体を検出することができる。放射性同位体としては、32P、125I、35Sなどを用いることができる。また蛍光物質としては、例えば、フルオレセン(FITC)、スルホローダミン(SR)、テトラメチルローダミン(TRITC)などを用いることができる。また発光物質としてはルシフェリンなどを用いることができる。
これら標識体の種類や標識体の導入方法等に関しては、特に制限されることはなく、従来公知の各種手段を用いることができる。例えば標識体の導入方法としては、放射性同位体を用いるランダムプライム法が挙げられる。
標識したdNTPを取り込んだ増幅産物を観察する方法としては、上述した標識体を検出するための当技術分野で公知の方法であればいずれの方法でもよい。例えば、標識体として放射性同位体を用いた場合には、放射活性を、例えば液体シンチレーションカウンター、γ−カウンターなどにより計測することができる。また標識体として蛍光を用いた場合には、その蛍光を蛍光顕微鏡、蛍光プレートリーダーなどを用いて検出することができる。
以上のようにして特異的な増幅反応が検出された場合には、サンプル中に食道癌抗原ポリペプチドをコードする遺伝子が発現している、すなわち食道癌抗原ポリペプチドが発現していることとなる。従って、サンプル中に抗原ポリペプチドが発現している被験者を食道癌患者又はハイリスク者と診断する。
また、プローブを用いてサンプル又は被検核酸に対するハイブリダイゼーション反応を行い、その特異的結合(ハイブリッド)を検出することにより、食道癌抗原ポリペプチドの発現を検出することもできる。
ハイブリダイゼーション反応は、プローブが食道癌抗原ポリペプチドに由来するポリヌクレオチドのみと特異的に結合するような条件、すなわちストリンジェントな条件下で行う必要がある。そのようなストリンジェントな条件は当技術分野で周知であり、特に限定されない。ストリンジェントな条件としては、例えばナトリウム濃度が、10〜300mM、好ましくは20〜100mMであり、温度が25〜70℃、好ましくは42〜55℃における条件が挙げられる。
ハイブリダイゼーションを行う場合には、プローブに蛍光標識(フルオレセイン、ローダミンなど)、放射性標識(32Pなど)、酵素標識(アルカリホスファターゼ、西洋ワサビパーオキシダーゼ等)、ビオチン標識等の適当な標識を付加することができる。従って、本食道癌診断用キットには、上記のような標識を付加したプローブも含まれる。
標識化プローブを用いた検出は、サンプル又はそれから調製した被検核酸とプローブとをハイブリダイズ可能なように接触させることを含む。「ハイブリダイズ可能なように」とは、上述したストリンジェントな条件下にて特異的な結合が起こる環境(温度、塩濃度)において、ということである。具体的には、サンプル又は被検核酸をスライドグラス、メンブラン、マイクロタイタープレート等の適当な固相に固定化し、標識を付加したプローブを添加することにより、プローブとサンプル又は被検核酸とを接触させてハイブリダイゼーション反応を行い、ハイブリダイズしなかったプローブを除去した後、サンプル又は被検核酸とハイブリダイズしているプローブの標識を検出する。標識が検出された場合には、サンプル中に食道癌抗原ポリペプチドが発現していることとなる。従って、サンプル中に抗原ポリペプチドが発現している被験者を食道癌患者又はハイリスク者と診断する。
また、標識の濃度を指標とすることにより、定量的な検出も可能となる。標識化プローブを用いた検出方法の例としては、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法等を挙げることができる。
また、本食道癌診断キットを用いて診断を行う場合には、被験者に由来するサンプル中の食道癌抗原ポリペプチドの発現量を測定し、その食道癌抗原ポリペプチドの発現が健常者のそれらと比較して多い被験者を食道癌患者又はそのハイリスク者と判定する。具体的な判定基準としては、被験者の食道癌抗原ポリペプチド発現量が健常者のそれと比較して、10%以上、好ましくは30%以上、さらに好ましくは70%以上、最も好ましくは100%以上である場合である。
3.食道癌の予防又は治療用医薬
3.1.食道癌抗原ポリペプチドの機能又は発現抑制
食道癌抗原ポリペプチドは、食道癌において高頻度に発現するものであるため、その発現が細胞の癌化の原因となっている可能性が高い。そのため、食道癌抗原ポリペプチドの機能又は発現を抑制すれば、細胞の癌化やその進行に対する治療効果が期待される。
従って、上記のヒト食道癌抗原ポリペプチドの機能及び発現を抑制するための手段は、食道癌の予防及び/又は治療用医薬として有効である。
かかるヒト食道癌抗原ポリペプチドの機能又は発現を抑制するための手段としては、
(1)食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体
(2)食道癌抗原ポリペプチドをコードする遺伝子の転写を抑制可能な手段
(3)食道癌抗原ポリペプチドをコードする遺伝子の翻訳を抑制可能な手段
が挙げられる。
(1)食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体
食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体は、被験者における食道癌抗原ポリペプチドと特異的に結合することにより、該抗原ポリペプチドの活性を抑制することができる。従って、食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体を含む医薬は、食道癌の治療又は予防に有効である。
(2)食道癌抗原ポリペプチドをコードする遺伝子の転写を抑制可能な手段
食道癌抗原ポリペプチドをコードする遺伝子の転写を抑制する手段としては、対象となる被験者における当該遺伝子の転写プロモーター領域を転写抑制型プロモーターと置換するために用いることが可能な発現ベクターが挙げられる。また、食道癌抗原ポリペプチドをコードする遺伝子の転写を抑制する手段としては、当該遺伝子の転写に関わる領域に転写抑制活性のある塩基配列を挿入するための発現ベクターを用いてもよい。上記のような発現ベクターの設計及び調製は当業者には周知である。
(3)食道癌抗原ポリペプチドをコードする遺伝子の翻訳を抑制可能な手段
また、食道癌抗原ポリペプチドをコードする遺伝子の翻訳を抑制する手段としては、いわゆるアンチセンス核酸を用いる方法が挙げられる。すなわち、当該遺伝子のmRNAに対するアンチセンス核酸を転写する遺伝子を、プラスミドとして導入するか又は被験者のゲノムに組み込み、当該アンチセンス核酸を過剰発現させることで、食道癌抗原ポリペプチドをコードする遺伝子のmRNAの翻訳が抑制される。アンチセンス核酸に関する技術は、例えば哺乳動物を宿主とした場合でも知られている(Han et al.(1991) Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 88,4313-4317; Hackett et al.(2000) Plant Physiol., 124,1079-86)。例えば、アンチセンスmRNAによるグルコーストランスポーター1の発現の抑制により、腫瘍細胞の増殖が阻害されたことが報告されている(Noguchi Y, et al., Cancer Lett 154: 175-182, 2000)。
また、食道癌抗原ポリペプチドをコードする遺伝子の翻訳を抑制するために、RNA干渉(RNA interference)を利用することも可能である。具体的には、標的とする食道癌抗原ポリペプチドをコードする遺伝子の塩基配列に相補的な二本鎖RNAを細胞内に導入すると、食道癌抗原ポリペプチドをコードする内在性遺伝子のmRNAが分解されて、結果としてその細胞での遺伝子発現が特異的に抑制されることとなる。この手法は、哺乳動物細胞などにおいても確認されている(Hannon,GJ., Nature (2002) 418,244-251 (review);特表2002−516062号公報;特表平8−506734号公報)。
3.2.食道癌に対するターゲティング
食道癌抗原ポリペプチドは、食道癌において高頻度に発現するものであるため、この発現を利用して食道癌にターゲティングする手段を用いることによって、食道癌治療薬を癌部位で有効に作用させることが可能となる。
従って、上記の食道癌にターゲティングする手段もまた、食道癌の予防及び/又は治療用医薬として有効であり、本発明に係る食道癌の予防又は治療用医薬は、食道癌治療薬又は食道癌治療薬をコードする遺伝子とヒト食道癌にターゲティングする手段とを含むものである。
かかるヒト食道癌にターゲティングする手段としては、
(1)食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体
(2)食道癌抗原ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの発現制御領域の塩基配列
が挙げられる。
(1)食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体
食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体は、癌細胞で高頻度に発現する抗原ポリペプチドに結合するため、この抗体に公知の食道癌治療薬(例えば抗癌剤や免疫増強剤)を結合させて患者体内に投与することによって、食道癌治療薬を癌細胞特異的に作用させることができる。
(2)食道癌抗原ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの発現制御領域の塩基配列
食道癌抗原ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの発現制御領域(以下、「プロモーター配列」と記載する)は、食道癌細胞で高頻度に発現する遺伝子の発現制御領域であるため、このプロモーター配列に食道癌治療薬をコードするポリヌクレオチドを連結して治療用遺伝子を作製し、これを体内に投与すれば、治療用遺伝子を癌細胞特異的に発現させることが可能となる。抗癌作用を有する物質又は抗癌作用を有する物質の前駆物質をコードするポリヌクレオチドとしては、例えばp53、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ、インターロイキン−2、−12、−17、−18、シトシンデアミナーゼ、ウラシルホスホリボシルトランスフェラーゼ等をコードする遺伝子DNAやそのcDNA等を利用することができる。また、このプロモーター配列は、アデノウイルスやヘルペスウイルスを癌細胞特異的に増殖させて癌細胞を融解させる治療法に使用することもできる。すなわち、例えばアデノウイルスのE1A領域の前にプロモーター配列を挿入することによって、このアデノウイルスは癌細胞においてのみ特異的に増殖し、癌細胞を融解させる。
3.3.医薬の適用対象及び投与
本発明の医薬の適用対象となる食道癌は、限定されるものではないが、食道扁平上皮癌(SCC)、腺癌、腺扁平上皮癌、腺様のう胞癌、及び未分化癌が挙げられる。
本発明の医薬は、上記食道癌の発症を予防することを目的として、あるいは上記食道癌患者又は食道癌のリスクが高いと診断された患者に対しては症状の悪化の防止又は症状の軽減などを目的として投与することができる。
上記の手段を食道癌の治療及び/又は予防のための医薬として用いる場合には、薬学的に許容され得る担体と配合して医薬組成物として用いることもできる。このときの有効成分の担体に対する割合は、1〜90%の間で適宜調整すればよい。
本発明の医薬の投与形態としては、通常の静脈内、動脈内等の全身投与のほか、癌原病巣に対して又は癌腫に対応した予想転移部位に対して局所注射等の局所投与を行うことが好ましい。
本発明の医薬の投与量は、年齢、性別、症状、投与経路、投与回数、剤形によって異なり、これらは当業者又は医師が適宜調整すればよい。
以下、実施例を用いて本方法をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
cDNAライブラリーの血清学的スクリーニング
(1)ファージ発現ライブラリーの構築
本実施例では、ヒト食道扁平上皮癌DNAライブラリー(Human esophageal squamous cell carcinomacDNA libraries)を構築し、それを使用した。
この研究は千葉大学大学院医学研究院の倫理委員会の承認の下に行われた。DNAについての作業は公的な許可の下に日本政府の規制に従って行われた。すべての患者は本研究に参加する前に文書でインフォームドコンセントを提出した。ヒト食道扁平上皮癌細胞株であるT.Tnは千葉大学大学院医学研究科の臨床分子生物学教室で確立された(Takahashi K, et al., Jpn J Oral Maxillofac Surgery 36: 307-316, 1990;Shimada H, et al., Surg Today 31: 597-604, 2001)。すべてのRNAはT.Tn細胞から酸性グアニジンチオシアネート−フェノール−クロロフォルム法で調製し、Oligotex-dT30(Super)mRNA Purification Kit(タカラバイオケミカル、日本、京都)を用いて使用説明書に従い精製した(Chomczynski P and Sacchi N, Anal Biochem 162: 156-159, 1987)。cDNAはλZAP IIファージのEcoRI−XhoIサイトに挿入した。オリジナルのライブラリーのサイズは1.8×10であった。
(2)患者及び健常者血清の調製
血清は治療開始前の食道扁平上皮癌の患者57名と健常者31名から得た。食堂上皮癌の患者は男性51名(89%)及び女性6名(11%)、年齢の中央値65歳(44歳−82歳)であった。これらの検体はTumor Node Metastasis/Union Internationale Contre Cancer(pTNM/UICC)分類(Sobin LH and Wittekind CH (編): UICC TNM Classification of malignant tumors, 6th edition. John Wiley & Sons, Inc., New York, 2000)に従い、病理学的に分類した。内容はステージI(n=19)、ステージII(n=6)、ステージIII(n=13)及びステージIV(n=19)だった。
手術後、患者は通常の方法に従い、死亡又は2005年3月までのどちらか早い時期まで臨床診察及び画像観察で経過を追った。平均観察期間は26ヶ月であった。各検体は3,000×gで5分間遠心分離し、使用するまで−80℃で凍結した。繰り返しの凍結融解は避けた。
(3)食道癌細胞抗原の免疫学的スクリーニング
食道癌抗原はSahinら(Proc Natl Acad Sci USA 92: 11810-11813, 1995)によって報告されたSEREX法を用いてスクリーニングした。E.coli XL1-Blue MRFはcDNAライブラリーを組み込んだλZAP IIファージで感染させ、発現は10mMのIPTG(和光純薬、日本、大阪)で30分間処理したニトロセルロース膜(NitroBind, Osmonics Inc., Minnetonka, MN)へのブロッティングによって誘導された。ニトロセルロース膜はTBS−T(20mM Tris−HCl(pH7.5),0.15M NaCl,0.05%Tween−20)で3回洗浄し、1%のプロテアーゼフリーウシ胎児血清アルブミンを含むTBS−Tで1時間ブロッキングした。次いで、1:2000に希釈した血清で1時間反応させ、洗浄後、TBS−Tで3回洗浄した。さらに1:5000に希釈したアルカリフォスファターゼ標識抗ヒトIgG特異F(ab)’フラグメント(Jaqckson ImmunoResearch Laboratories, West Grove, PA)と1時間反応させた。陽性反応は発色基質(0.3mg/mLの塩化ニトロブルーテトラゾリウム(和光純薬)と0.15mg/mLの5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−ホスフェート(和光純薬)を含む100mM NaCl及び5mM MgCl含有100mM Tris−HCl(pH9.5))と反応させて発色させることにより検出した。陽性のクローンは単クローンとするために2回クローニングを繰り返し、血清に対する反応性をテストした。
その結果、トータルで1×10のcDNAが食道扁平上皮細胞癌の患者血清を用いてスクリーニングされ、この中から13の反応性のクローンが単離された。
(4)同定された抗原の配列解析
単クローン化したcDNAクローンはExAssiostヘルパーファージ(Stratagene, La Jolla, CA)を用いてin vitro切除によりpBluescriptファージミドに変換した。プラスミドのDNAはファージミドにより形質転換した大腸菌SOLR株より得た。挿入したDNAはDNA Sequencing kit BigDye Terminator(Applied Biosystems, Foster City, CA)及びABI PRISM 3700 DNA Analyzer(Applied Biosystems)を用いてジデオキシチェーンターミネーション法で配列を解析した。配列はNCBI−BLASTにより、公開データベース上で既知の遺伝子やタンパク質とのホモロジーを検索した。
National Center for Biotechnology Information(NCBI)のデータベースを用いたDNAの配列解析とホモロジーサーチにより、SLC2A1(溶質キャリアファミリー2(促進型グルコーストランスポーター)、メンバー1)(アクセッション番号NM_006516)であることが明らかになったことから、更に検討を行った。SLC2A1は膜の輸送体(SLC)ファミリーの一員であり、グルコースを細胞内に取り込むのに必須の膜糖タンパク質である(Mueckler M, et al., Science 229: 941-945, 1985)。SLC2A1の染色体上の位置は1p35−p31.3であり、その産物は492アミノ酸(54,117Da)よりなる。単離されたクローンはアミノ酸の292位から492位の範囲(約22kDa)を含んでいた。SLC2A1はCancer Immunome DatabaseのSEREX抗原には登録されていなかった(Cancer Immunome Database: http://www2.licr.org/CancerImmunomeDB/)。しかし、同じファミリーのメンバーであるSLC2A11(NM_030807)は膵臓腺癌、黒色腫及び線維筋腫のSEREX抗原として登録されていた。これもグルコーストランスポーターであるが、染色体上で異なる位置にある(22q11.2)。
食道扁平細胞癌患者における血清中SLC2A1抗体の存在
本実施例においては、食道扁平上皮細胞癌の患者中に血清SLC2A1抗体が存在するかどうかを確認するため、バクテリアで発現されたSLC2A1タンパク質を用いてウエスタンブロットを実施した。
(1)組換えSLC2A1タンパク質の精製
pBluescriptに組み込まれたSLC2A1の挿入cDNAを、EcoRIとXhoIで切断し、pGEX−4T−3に組み込んでpGEX−4T−3−SLC2A1を構築した。なお、pGEX−4T−3のpBluescript中にSLC2A1のEcoRI/XhoI挿入物を結合させて作製した発現ベクターはIPTGで大腸菌を処理することによりGST−SLC2A1融合タンパク質を産生する。
pGEX−4T−3−SLC2A1を含む大腸菌JM109細胞、又は対照としてのpGEX−4T−3を200mLのルリアブロス(LB)で培養し、1mM IPTGで2.5時間処理した。細胞は回収し、PBSで洗浄して1mM EDTA及び1mM DTTを含む10%TritonX−100、50mM Tris−HCl(pH8.0)中で超音波により溶解した。溶解液は10,000×gで4℃、30分間遠心した。GSTは上清に回収され、グルタチオン−セファロースによって精製された。沈殿中に回収されたGST−SLC2A1融合タンパク質は1mM EDTA及び1mM DTTを含む8M尿素、50mM Tris−HCl(pH8.0)に懸濁し、ステップワイズで1mM EDTA及び1mM DTTを含む4M尿素、50mM Tris−HCl(pH8.0)に1時間、1mM EDTA及び1mM DTTを含む2M尿素、50mM Tris−HCl(pH8.0)に1時間、1mM EDTA及び1mM DTTを含む50mM NaCl、50mM Tris−HCl(pH8.0)に12時間透析した。
溶解物は4℃で10,000×g10分間遠心し、グルタチオン−セファロース(Amercham Biosciences, Piscataway, NJ)でアフィニティ精製した。精製したタンパク質はApollo centrifugal concentrators(Orbital Biosciences, Topsfield, MA)で濃縮した。精製GST−SLC2A1融合タンパク質のSDS−PAGE分析結果を図1に示す。図1において、レーン1は全細菌溶解物であり、レーン2はTritonX−100溶解物の上清であり、レーン3はグルタチオン−セファロースアフィニティカラムクロマトグラフィー後の精製分画である。
対照としてpGEX−4T−2のEcoRI/XhoIサイトにSLC2A1挿入物を挿入したベクター(pGEX−4T−2−SLC2A1)により、フレームシフト突然変異と早期翻訳終了が生じた。
(2)ウエスタンブロッティング分析
上記(1)で作製した、pGEX−4T−3−SLC2A1(SLC2A1)又は対照pGEX−4T−2−SLC2A1(対照、SLC2A1フレームシフト産物を発現する)を含有する大腸菌JM109細胞は1mMのIPTGの存在下又は非存在下で2.5時間培養した。細胞はPBSで洗浄し、SDSサンプルバッファー中100℃で溶解した(Laemmli U, Nature 227: 680-685, 1970)。大腸菌溶解物はSDS−PAGEを行い、患者血清又は健常者血清を用いてウエスタンブロットを行った。
図2はSLC2A1抗体の代表的な陽性及び陰性結果を示す。図2A及びBは、食道癌患者#20血清(A)又は健常者#1血清(B)を用いたウエスタンブロット分析の結果を示す。また図2Cは、同じサンプルを同様に抗GST抗体を用いて検出した(C)。矢印は、SLC2A1 cDNA産物を表わすIPTGにより誘導されらポリペプチドを示している。
大腸菌抽出物を抗GST抗体を用いて試験したとき、約33kDa及び47kDaのポリペプチドの反応がIPTGにより目立って促進された(図2C)。このことはこれらのバンドがIPTG誘導性のGST融合タンパク質であることを示している。47kDaは予想される融合タンパク質の大きさ(pGEX−4TにコードされたGST(25kDa)とアミノ末端が削除されたSLC2A1タンパク質(22kDA))とほぼ一致している。このポリペプチドはまた、#20の患者(P#20)の血清にも観察されたが、健常者#1(HD#1)の血清には見られなかった(図2A及びB)。対照のポリペプチドは患者#20と健常者#1のどちらにも反応しなかった。これらの結果は、P#20の血清は陽性であり、HD#1の血清は陰性であることを示している。
(3)細菌で発現させたグルタチオン−S−トランスフェラーゼ−SLC2A1融合タンパク質を用いたELISA
s−SLC2A1抗体のレベルを分析するため、組換えタンパク質を用いた酵素結合免疫吸着アッセイ(ELISA)を実施した。グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)−SLC2A1融合タンパク質はIPTGで処理することにより誘導され、上記(1)のようにグルタチオン−S−トランスフェラーゼによってアフィニティー精製を行った。
PBSで10μg/mLに希釈調製した抗原(GST又はGST−SLC2A1)50μLをマイクロタイタープレートのウエルに添加し、室温で一晩インキュベートした。0.1%Tween−20を含むPBS(PBS−T)で4回洗浄し、10%のウシ胎児血清を含むPBS(PBS−FCS)を加え、室温で1時間インキュベートしてブロッキングした。さらにプレートをPBS−Tで4回洗浄し、PBS−FCSで1/100に希釈した血清50μLを加えて1時間インキュベートした。マイクロプレートのウエルをPBS−Tで4回洗浄し、結合したIgG抗体をペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgG抗体(Jackson ImmunoResearchLaboratories, West Grove, PA)で1時間インキュベートし、洗浄した後、0.02%(v/v)Hを含むクエン酸・リン酸緩衝液(pH5.0)に溶解したペルオキシダーゼの基質(オルトフェニレンジアミン、0.4mg/mL)で検出した。反応は30μLの22%硫酸で停止した。波長490nmにおける吸光度はマイクロプレートリーダー(Emax, Molecular Devices, Sunnyvale, CA)を用いて測定した。
結果を図3に示す。対照のGSTに対する反応レベルは各血清サンプルのGST−SLC2A1融合タンパク質に対する反応から差し引いた。図3におけるボックスプロットは、10、25、50(太い平行線は中央値である)、75、及び90パーセンタイルを示す。p値はマンホイットニー検定で算出し、それは患者と健常者におけるs−SLC2A1抗体レベルが0.001未満であったことがわかった。
食道扁平上皮癌患者の抗体レベルの平均値(±SD)は2.892(±1.662)だった。これは健常者(1.588±0.982)に比べて有意に高かった(p<0.001、図3)。
s−SLC2A1抗体のレベルは健常者の平均値+2SDから設定した境界値3.552によって二つのグループに分類された。食道扁平上皮癌の患者の陽性率は21%(12/57)であるのに対し、健常者では陽性はなかった。
次いで、s−SLC2A1抗体の存在と患者の臨床病理学的特徴の関係を検討した。
(1)CEA、CYFRA抗原及びSCC抗原の測定
血清中の癌胎児性抗原(CEA)及びCYFRA抗原濃度はEnzymun-Test CEA及びEnzymun-Test CYFRA21-1(ベーリンガーマンハイム、ドイツ、マンハイム)で測定した。血清中のSCC抗原はSCC Test(アボット、アメリカ)で測定した。それぞれのカットオフ値はメーカーの使用説明書に従い、CEAでは4.6ng/mL、CYFRAでは2.56ng/mL、SCCでは1.5ng/mLとした。このカットオフ値での特異性は95%であった(Shimada H, et al., Surgery 133: 486-494, 2003;Shimada H, Nabeya Y, et al., J Am Coll Surg 196: 573-578, 2003)。
(2)統計的解析
生存率はすべての死亡例を考慮し、カプラン−メイヤーの積極限法を用いて計算した。グループ間の生存率の差はログランク検定を用いて決定した。フィッシャーの正確確率検定とマン・ホイットニーUテストは二つのグループの有意差を決定するのに用いられた。すべての統計学的分析はWindows用のStat view 5.01J program(SAS, Institute Inc.)を用いて行い、0.05未満のP値は統計的に意味がないものとみなした。
解析結果を表1、図4及び5に示す。
Figure 2007139656
図4は、s−SLC2A1抗体による血清マーカーの組み合わせアッセイの陽性率を示す。図4における灰色のボックスは慣用の血清マーカーの陽性率を示す。黒色のボックスはs−SLC2A1抗体と組み合わせて用いた慣用の血清マーカーの陽性率(それぞれ32%、37%及び47%)を示す。また図5は、s−SLC2A1抗体の検出に関して、食道SCCの陽性症例及び陰性症例のカプラン−マイヤー生存曲線を示す。ログランク検定においては、2つの曲線に有意差は見とめられなかった。
以上の結果において、s−SLC2A1抗体の存在と発症位置や腫瘍深達度、TNMファクターのような臨床病理学的変数の間に相関はなかった。s−SLC2A1抗体の存在と他の血清マーカーの陽性率の間に関連がなかったことから、従来の血清マーカーとs−SLC2A1抗体を組み合わせて用いることによって、高い陽性率を示すことが明らかになった(それぞれ32%、37%及び47%、図4参照)。陽性の患者が陰性の患者よりも良い生存率を示したにも係わらず、その差は統計学的には有意ではなかった(図5参照)。
本発明に係る食道癌診断キットにより、ヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体を検出することで、食道癌を高精度で診断することができる。また、該ヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体は既存の腫瘍マーカーと交差することがないため、これらを併用することによりさらに高精度で食道癌を診断することが可能となる。従って、本食道癌診断キットは食道癌の早期診断に有用である。
組換えSLC2A1タンパク質の精製後のSDS−PAGEを示す。 食道SCC患者における血清抗体によるSLC2A1の認識を示す。 s−SLC2A1抗体のレベルを精製GST−SLC2A1タンパク質及び対照GSTタンパク質を用いたELISAにより測定した結果を示す。 s−SLC2A1抗体による血清マーカーの組み合わせアッセイの陽性率を示す。 s−SLC2A1抗体の検出に関して、食道SCCの陽性症例及び陰性症例のカプラン−マイヤー生存曲線を示す。

Claims (7)

  1. 被験者に由来するサンプル中の、配列番号2のアミノ酸配列を有するヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体の存在を検出するための手段を含むことを特徴とする食道癌診断キット。
  2. 被験者に由来するサンプル中の、配列番号1の塩基配列を有するポリヌクレオチドによりコードされるヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体の存在を検出するための手段を含むことを特徴とする食道癌診断キット。
  3. ヒト食道癌抗原ポリペプチドに対する抗体の存在を検出するための手段が該食道癌抗原ポリペプチド又はその部分ペプチドである、請求項1又は2記載の食道癌診断キット。
  4. 食道癌が、食道扁平上皮癌(SCC)、腺癌、腺扁平上皮癌、腺様のう胞癌、及び未分化癌からなる群より選択されるものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の食道癌診断キット。
  5. サンプルが、血清、血液、血液細胞及び組織からなる群より選択されるものである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の食道癌診断キット。
  6. さらに、癌胎児性抗原(CEA)、サイトケラチン19フラグメント抗原(CYFRA)及び扁平上皮癌関連抗原(SCC−Ag)からなる群より選択される抗原ポリペプチドの存在を検出するための手段を含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の食道癌診断キット。
  7. 陽性率20%以上で食道癌を診断することができる、請求項6記載の食道癌診断キット。
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