JP2006105709A - 不安定な物質の定量分析方法および前処理方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】 不安定な物質の定量分析方法および前処理方法を提供する。
【解決手段】 溶液中で不安定な物質を、高い定量精度を得るために前処理としてあえて溶液化する分析手法を採用するにあたって、不安定な物質が溶液化の際に分解や価数変化などにより安定な物質へ変化してしまう前に、あらかじめ溶液内に含有させておいた反応性物質(不安定物質と反応する物質)により不安定な物質を反応させ、当該反応により消費した反応性物質を定量して、不安定な物質を定量分析する。
【選択図】 なし
【解決手段】 溶液中で不安定な物質を、高い定量精度を得るために前処理としてあえて溶液化する分析手法を採用するにあたって、不安定な物質が溶液化の際に分解や価数変化などにより安定な物質へ変化してしまう前に、あらかじめ溶液内に含有させておいた反応性物質(不安定物質と反応する物質)により不安定な物質を反応させ、当該反応により消費した反応性物質を定量して、不安定な物質を定量分析する。
【選択図】 なし
Description
本発明は、不安定な物質の定量分析方法及び前処理方法に関し、例えば溶液中で不安定な金属イオンの定量分析方法に関する。
一般的に、試料に含有される金属成分の定量分析方法としては、重量分析法、電位差滴定分析法、吸光光度分析法、原子吸光分析法、ICP発光分光分析法などの様々な分析方法が知られている。
例えば、鉱石や地金、合金に含まれるコバルトの定量分析方法としては、JIS M 8129-1994,JIS M 1060-2002,JIS M 1658-1985などの規格に規定されているように、1-ニトロソ-2-ナフトール分離酸化コバルト(III)重量法、イオン交換分離電位差滴定法、ニトロソR塩吸光光度法、原子吸光法(イオン交換分離型、抽出分離型)又はICP発光分光法などの分析方法が知られている(下記非特許文献1〜3を参照。)。
JIS M 8129-1994、「鉱石中のコバルト定量方法」、日本工業標準調査会、1994年
JIS M 1060-2002、「銅及び銅合金中のコバルト定量方法」、日本工業標準調査会、1989年
JIS M 1658-1985、「ジルコニウム及びジルコニウム合金中のコバルト定量方法」、日本工業標準調査会、1985年
しかしながら、これらの定量分析方法では、主として分析原理からの要請により、いずれも定量操作に先立って、前処理として分析試料を酸などで分解・溶液化した後、分析試料に含有される分析対象物質の定量分析を行う。
このように、分析試料を溶液化する工程を必要とする分析方法は、溶液中で不安定な物質を定量する方法としては不適切である。すなわち、分析試料中に含有された溶液中で不安定な物質を定量する場合、前処理による溶液化において当該不安定な物質は分解や価数変化などにより安定な物質へと変化してしまい、定量することができない。
例えば、四酸化三コバルト(Co3O4)は、主として酸化コバルト(II)(CoO)と酸化コバルト(III)(Co2O3)とからなるが、このうち酸化コバルト(III)に相当する3価コバルト(CO3+)は溶液中で不安定であり2価コバルト(Co2+)へ価数変化して安定化してしまう。
したがって、溶液化後に定量されるコバルトは、酸化コバルト(II)に由来する2価コバルトと酸化コバルト(III)に由来し、溶液化により価数変化して生成した2価コバルトとの総和になってしまう。このように、従来、溶液中で不安定な物質のみを選択的に定量する分析法はいまだ知られていない。
また、溶液中で不安定な物質を変化させないように、分析試料を固体のまま用いた分析方法も存在するが、前処理として分析試料を溶液化する手法に比べて、分析試料の不均一性に起因する測定誤差を生じさせやすいという問題がある。
本発明は上記状況に鑑みてなされたものであり、不安定な物質の定量分析方法および前処理方法、例えば溶液中で不安定な物質を溶液化という前処理を採用しつつ、高精度に定量することができる定量分析方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、鋭意検討の結果、分析試料を溶液化する手法を採用することにより定量精度を維持しつつ、溶液中で不安定な物質を溶液化するにあたって、あらかじめ溶液中に不安定な物質と反応する反応性物質を含有させておき、不安定な物質が溶液中で分解、価数変化などにより変化(安定化)してしまう前に反応性物質と反応させる前処理を行うことによって、上記目的が達成されることを知見した。
上記課題を解決する第1の発明に係る不安定な物質の定量分析方法は、
溶液中で不安定な第1物質を含有する分析試料を、当該第1物質と反応性を有する第2物質を含有する溶液に溶解させ、前記第1物質と前記第2物質とを反応させ、当該反応により消費された前記第2物質を定量分析することにより、前記第1物質を定量分析することを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
溶液中で不安定な第1物質を含有する分析試料を、当該第1物質と反応性を有する第2物質を含有する溶液に溶解させ、前記第1物質と前記第2物質とを反応させ、当該反応により消費された前記第2物質を定量分析することにより、前記第1物質を定量分析することを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
溶液中で不安定な物質とは、溶液化または溶液と接触することにより、例えば価数が変化したり、分解して構造や化学組成が変化したりしてしまう物質をいう。この変化は、溶液と接触すると同時に変化するものから、徐々に変化していくものまで様々な形態が考えられる。例えば、前処理後の定量操作が終了するまでに、溶液中で一部でも変化してしまう物質を不安定な物質と定義することができる。定量操作終了まで変化しない物質であれば、定量分析に影響はないからである。
第1物質を溶液に溶解させるとは、溶液に混合するだけで溶解させる場合や、溶解補助剤により溶解させる場合、酸などで分解させて溶解させる場合など様々な形態があり、この操作を通じて、固体状の第1物質は溶液化する。
第1物質と第2物質との反応は、第1物質が溶液に晒されることにより安定化する前に起こる必要がある。このような、第1物質に適当な第2物質を選択するためには、例えば、第1物質の溶液による安定化の速度と、第1物質と第2物質との反応速度の関係や、さらに第1物質を安定化させる溶液との接触確率と、溶液中に含有される第2物質との接触確率のどちらが大きいかという反応場の問題などを考慮して選択する。
第2の発明に係る不安定な物質の定量分析方法は、第1の発明において、
前記分析試料の中に前記第2物質と反応する不純物が含有されるか、前記分析試料の中に前記溶解の際に前記第1物質と反応する不純物が含有される場合には、
当該不純物を定量分析して、前記不純物による前記第1物質の定量誤差を補正することを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
前記分析試料の中に前記第2物質と反応する不純物が含有されるか、前記分析試料の中に前記溶解の際に前記第1物質と反応する不純物が含有される場合には、
当該不純物を定量分析して、前記不純物による前記第1物質の定量誤差を補正することを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
不純物とは、分析試料に含有され、定量分析の対象である第1物質以外の物質であり、上述するように定量分析の基礎となる物質と反応して定量精度を低下させる物質である。不純物は、第1物質又は第2物質と反応して第1物質又は第2物質を消費してしまうことにより、定量精度を低下させる。
「溶解の際に」第1物質と反応するとは、分析試料の状態(固体状態など)では反応しないが、溶液化したときに反応してしまうことをいう。
第3の発明に係る不安定な物質の定量分析方法は、第1又は第2の発明において、
前記第1物質と前記第2物質との反応は、酸化還元反応であることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
前記第1物質と前記第2物質との反応は、酸化還元反応であることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
第4の発明に係る不安定な物質の定量分析方法は、第1ないし第3のいずれかの発明において、
前記第1物質は金属イオンであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
前記第1物質は金属イオンであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
第5の発明に係る不安定な物質の定量分析方法は、第1ないし第4のいずれかの発明において、
前記第2物質は金属イオンであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
前記第2物質は金属イオンであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
第6の発明に係る不安定な物質の定量分析方法は、第1ないし第5のいずれかの発明において、
前記第1物質は3価コバルト又は3価ニッケルであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
前記第1物質は3価コバルト又は3価ニッケルであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
3価コバルト又は3価ニッケルは溶液中で極めて不安定な物質であり、従来定量分析の対象として敬遠されてきた。しかしながら、下記詳細に説明するように、その定量分析の必要性は高まっており、これらの物質を定量分析することができる本発明の奏する効果は顕著である。
第7の発明に係る不安定な物質の定量分析方法は、第1ないし第5のいずれかの発明において、
前記分析試料は酸化コバルトであり、前記第1物質は3価コバルトであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
前記分析試料は酸化コバルトであり、前記第1物質は3価コバルトであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
第8の発明に係る不安定な物質の定量分析方法は、第1ないし第7のいずれかの発明において、
前記第2物質は2価鉄イオンであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
前記第2物質は2価鉄イオンであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法である。
上記課題を解決する第9の発明に係る不安定な物質の定量分析方法は、
3価コバルトを含有する酸化コバルトを、2価鉄イオンを含有する塩酸又は硫酸中で溶解させ、当該溶液中で前記3価コバルトと前記2価鉄イオンとを酸化還元反応させ、当該反応により消費された前記2価鉄イオンを定量分析することにより、前記3価コバルトを定量分析することを特徴とする3価コバルトの定量分析方法である。
3価コバルトを含有する酸化コバルトを、2価鉄イオンを含有する塩酸又は硫酸中で溶解させ、当該溶液中で前記3価コバルトと前記2価鉄イオンとを酸化還元反応させ、当該反応により消費された前記2価鉄イオンを定量分析することにより、前記3価コバルトを定量分析することを特徴とする3価コバルトの定量分析方法である。
上記課題を解決する第10の発明に係る前処理方法は、
定量分析する際にあらかじめ分析試料を溶液化する前処理方法であって、
溶液中で不安定な第1物質を含有する分析試料を、当該第1物質と反応性を有する第2物質を含有する溶液に溶解させ、前記第1物質が安定化する前に、前記第1物質と前記第2物質とを反応させることを特徴とする前処理方法である。
定量分析する際にあらかじめ分析試料を溶液化する前処理方法であって、
溶液中で不安定な第1物質を含有する分析試料を、当該第1物質と反応性を有する第2物質を含有する溶液に溶解させ、前記第1物質が安定化する前に、前記第1物質と前記第2物質とを反応させることを特徴とする前処理方法である。
本発明に係る不安定な物質の定量分析方法、及び前処理方法によれば、例えば溶液中で不安定な物質であっても、溶液化という前処理を採用しつつ、従来定量することができなかった物質を高精度に定量することができるようになる。
特に、3価コバルトを分析対象物質とする場合には、従来その不安定さから分析対象として敬遠されてきた経緯がある中、ディスプレイへの応用などを検討していく過程でその定量の必要性は高まっており、この側面からも本発明は極めて顕著な効果を奏し、産業上の利用可能性を有するものである。
<第1の実施形態>
以下、第1の実施形態を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本実施形態では、分析試料として四酸化三コバルト(Co3O4)を選択し、四酸化三コバルト中に含有される酸化コバルト(II)(CoO)と酸化コバルト(III)(Co2O3)の定量分析を行った。
以下、第1の実施形態を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本実施形態では、分析試料として四酸化三コバルト(Co3O4)を選択し、四酸化三コバルト中に含有される酸化コバルト(II)(CoO)と酸化コバルト(III)(Co2O3)の定量分析を行った。
酸化コバルトは、分析対象である3価コバルトの溶液中での不安定性、下記説明する2価鉄イオンとの反応性、確立された2価鉄イオンの定量分析法が存在すること、3価コバルトの定量分析の必要性などを考慮すると、本分析方法を適用するのに特に好ましい分析試料である。
四酸化三コバルトとしては、和光純薬工業(株)から市販されている試薬を用いた。四酸化三コバルトは、理論的には、酸化コバルト(II)と酸化コバルト(III)とがモル比で1:1の割合で含有されてなる酸化物であり、四酸化三コバルトに含有される3価コバルトの理論含有率は48.95wt%である。なお後述するように、X線回折による分析から、不純物を考慮した理論含有率は47.63wt%であった。
ここで、溶液中で不安定な物質とは3価コバルト(Co3+)であり、溶液化すると同時に還元されてより安定な2価コバルト(Co2+)に価数変化してしまう物質である。すなわち、四酸化三コバルトに含有される酸化コバルト(III)を定量しようとした場合、前処理として酸化コバルト(II)と共に酸化コバルト(III)を酸などにより分解・溶液化する必要があるが、分解して生成した3価コバルトイオンは溶液中で速やかに還元されて2価コバルトイオンになるため、溶液化した後に3価コバルトイオンを定量することは、従来の常識的手法では困難であった。
本実施形態では、以下の方法に基づいて、この溶液中で不安定な物質である3価コバルトを定量分析した。
<定量操作前の前処理による溶液化>
分析試料である四酸化三コバルト0.1gを300mlビーカーに測り取った。これに、0.5mol/lのモール塩溶液(硫酸アンモニウム鉄(II)溶液)5.0mlをホールピペットで加え、溶液中に四酸化三コバルトの粉体をよく混合した。
分析試料である四酸化三コバルト0.1gを300mlビーカーに測り取った。これに、0.5mol/lのモール塩溶液(硫酸アンモニウム鉄(II)溶液)5.0mlをホールピペットで加え、溶液中に四酸化三コバルトの粉体をよく混合した。
これに、6mol/lの塩酸20mlを駒込ピペットで加え、ホットプレート上で約20分間加熱した。ビーカー内の溶液は約80℃に加熱され、四酸化三コバルトの粉体は分解して溶液化した。
この前処理における化学反応について説明する。塩酸により四酸化三コバルトは分解、溶液化し、溶液中には酸化コバルト(II)から生成した2価コバルトイオン(Co2+)と酸化コバルト(III)から生成した3価コバルト(Co3+)が含まれる。
本実施形態では、この分解反応を2価鉄イオン(Fe2+)を含むモール塩溶液の存在下、すなわち3価コバルトイオンに対して還元作用を有する2価鉄イオンの存在下で行っているため、3価コバルトイオンは2価鉄イオンとの酸化還元反応により2価コバルトイオンに安定化する(下記反応式を参照。)。
Co3+ + Fe2+ → Co2+ + Fe3+
Co3+ + Fe2+ → Co2+ + Fe3+
すなわち、2価鉄イオンは3価コバルトイオンにより酸化され3価鉄イオンとなる結果、あらかじめモール塩溶液として所定量加えた2価鉄イオンのうち、分析試料中の3価コバルトに相当する量が消費される。
<溶液化した分析試料の定量操作>
次に、溶液中に残った2価鉄イオンの定量を行う。2価鉄イオンの定量は、一般的に知られているJIS M 8213-1995に規定された方法を用いた。概説すると、酸・加熱分解処理後の冷却した溶液中に混酸(硫酸3、りん酸3、水14)30mlを加え、水で約200mlに希釈した後、0.2%ジフェニルアミンスルホン酸ナトリウム溶液を数滴加えた。次に0.033mol/lのニクロム酸カリウム溶液で滴定して、2価鉄イオンを定量した。
次に、溶液中に残った2価鉄イオンの定量を行う。2価鉄イオンの定量は、一般的に知られているJIS M 8213-1995に規定された方法を用いた。概説すると、酸・加熱分解処理後の冷却した溶液中に混酸(硫酸3、りん酸3、水14)30mlを加え、水で約200mlに希釈した後、0.2%ジフェニルアミンスルホン酸ナトリウム溶液を数滴加えた。次に0.033mol/lのニクロム酸カリウム溶液で滴定して、2価鉄イオンを定量した。
滴定の終点近くでは、溶液の色が緑から青緑に変化し、最後の一滴で紫色に変化する点を終点とした。なお、0.5mol/lのモール塩溶液のファクターは、0.033mol/lのニクロム酸カリウム溶液により標定した。
溶液中に残った2価鉄イオンの定量値から、3価コバルトイオンとの酸化還元反応により消費された2価鉄イオンの量を求め、この消費された2価鉄イオンの量から分析試料中に含有される3価コバルトの量を計算により求めた。この結果、1回目の定量分析では47.64wt%、2回目の定量分析では47.62wt%であり、理論値47.63wt%と比較して精度のよい定量分析であることが分かる。
なお、市販の四酸化三コバルト粉に含まれる3価コバルト量の不純物を含めた理論値は以下のようにして求めた。まず、市販の四酸化三コバルト粉をX線回折により解析したところ、主たる四酸化三コバルトの回折ピークの他に、僅かな酸化コバルト(II)の回折ピークが確認された。したがって、分析試料は純粋な四酸化三コバルトではなく、不純物として若干の酸化コバルト(II)を含有するものであることが分かった。
更に、X線回折のデータについてリートベルト解析を行ったところ、不純物として含有されている酸化コバルト(II)の量は2.7%であることが確認された。したがって、残分を分析試料の主成分である四酸化三コバルトとして計算すると、3価コバルト量は分析試料全体の47.63wt%となった。
<第2の実施形態>
以下、第2の実施形態を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本実施形態では、分析試料として四酸化三ニッケル(Ni3O4)を選択し、四酸化三ニッケル中に含有される酸化ニッケル(II)(NiO)と酸化ニッケル(III)(Ni2O3)の定量分析を行った。
以下、第2の実施形態を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本実施形態では、分析試料として四酸化三ニッケル(Ni3O4)を選択し、四酸化三ニッケル中に含有される酸化ニッケル(II)(NiO)と酸化ニッケル(III)(Ni2O3)の定量分析を行った。
四酸化三ニッケルは、理論的には、酸化ニッケル(II)と酸化ニッケル(III)とが1:1の割合で含有されてなる酸化物であり、四酸化三ニッケルに含有される3価ニッケルの理論含有率は48.89wt%である。
ここで、溶液中で不安定な物質とは3価ニッケル(Ni3+)であり、溶液化すると同時に還元されてより安定な2価ニッケル(Ni2+)に価数変化してしまう物質である。すなわち、四酸化三ニッケルに含有される酸化ニッケル(III)を定量しようとした場合、前処理として酸化ニッケル(II)と共に酸化ニッケル(III)を酸などにより分解・溶液化する必要があるが、分解して生成した3価ニッケルイオンは溶液中で速やかに還元されて2価ニッケルイオンになるため、溶液化した後に3価ニッケルイオンを定量することは、従来の常識的手法では困難であった。
本実施形態では、第1の実施形態とほぼ同様の方法により、この溶液中で不安定な物質である3価ニッケルを定量分析した。
すなわち、分析試料である四酸化三ニッケルを、3価ニッケルイオンに対して還元作用を有する2価鉄イオンの存在下、酸により分解、溶液化することにより、溶液中に生成した3価ニッケルイオンと2価鉄イオンとを酸化還元反応させて2価ニッケルイオンに安定化させた(下記反応式を参照。)。
Ni3+ + Fe2+ → Ni2+ + Fe3+
Ni3+ + Fe2+ → Ni2+ + Fe3+
すなわち、2価鉄イオンは3価ニッケルイオンにより酸化され3価鉄イオンとなる結果、あらかじめモール塩溶液として所定量加えた2価鉄イオンのうち、分析試料中の3価ニッケルに相当する量が消費される。
次に、一般的に知られているJIS M 8213-1995に規定された方法を用いて、溶液中に残った2価鉄イオンを定量した。溶液中に残った2価鉄イオンの定量値から、同様の計算により、分析試料中に含有される3価ニッケルの量を求めた。この結果、1回目の定量分析では48.02wt%、2回目の定量分析では47.95wt%であり、理論値48.89wt%と比較して精度のよい定量分析であることが分かる。
なお、四酸化三ニッケルの定量分析の際には、四酸化三コバルトの場合よりも、試料の分解、溶液化の条件をやや強くする必要がある。これは、四酸化三ニッケルが比較的分解されにくいためであり、分解条件としては、例えば塩酸などの酸濃度を高めたり、圧力や温度を高めたりすればよい。
次に、上述する各実施形態について、注意すべき点について説明する。まず、分析試料中に前処理・定量操作時に起こる化学反応を阻害する成分が含まれていない方がよい。
例えば、金属鉄、バナジウムを含む分析試料には、JIS M 8213-1995に規定された方法を適用することはできないとされている。このような分析試料の場合には、2価鉄イオンの定量方法として他の方法を用いるか、あらかじめ溶液中に含有させておく反応性物質として2価鉄イオンではなく、その他の適切な還元性イオンに代えて対応すればよい。
また、分析試料の中に、2価鉄イオンと反応する不純物(定量対象外の物質)や、分析試料を分解、溶解させたときに定量対象となる物質(上記実施形態では3価コバルト、3価ニッケル)と反応する不純物(分析試料の状態では無反応であるが溶解後に反応が始まるような物質)が含まれていないことが好ましい。このような分析試料の場合には、別途、不純物を他の分析方法により定量するなどしておき、本来の定量対象となる物質の定量誤差を補正するなどの対応が考えられる。
次に、分析試料の分解剤については、上記実施形態では、塩酸や硫酸などの酸を用いたが、硝酸(HNO3)、過塩素酸(HClO4)、過酸化水素(H2O2)などの酸化性の分解剤は、用いることができない。これは、還元剤である2価鉄イオンを定量することにより定量対象となる物質の分析を行っており、2価鉄イオンが酸化性分解剤により消費され、2価鉄イオンの定量値が変化してしまうためである。
一方、定量対象となる物質が溶液中で酸化されて安定化するような物質である場合には、2価鉄イオンなどの還元剤の代わりに酸化剤(酸化性物質)を溶液中に含有させておくことになる。この場合には、分析試料の分解剤としては、当該酸化剤と反応しないことが必要である。
近年、プラズマディスプレイに代表されるフラットパネルディスプレイのブラックマトリクス向けの耐熱性黒色顔料として、酸化コバルトが注目されている。この耐熱性黒色顔料としては、高い電気抵抗及び光吸収度が要求されており、酸化コバルトを当該用途に用いる場合にはこれらの要求物性を満たす必要がある。
ここで、研究の結果、四酸化三コバルトの上記物性は、含有される酸化コバルト(II)、酸化コバルト(III)の含有割合によって変化することが分かってきた。具体的には、3価コバルトの含有量が多いと電気抵抗が高く、2価コバルトが多いと光吸収度が高い一方、2価コバルトが多すぎると灰色がかるなどの特性を示す。
したがって、酸化コバルトをプラズマディスプレイに応用する場合には、四酸化三コバルトを構成する酸化コバルト(II)と酸化コバルト(III)の含有割合と上記物性との関連性の詳細な研究、更には両酸化コバルトの含有割合の制御を通した物性制御が必要である。
上記ディスプレイへの応用の前提としても、3価コバルトの定量分析方法を確立することは重要な意義を有する。本分析方法は上述するように、溶液中で不安定な3価コバルトを、定量精度の高い溶液化前処理を採用しつつ、高精度で定量することができる定量分析方法であり、例えば、黒色酸化コバルト顔料の製造条件最適化等の検討や品質管理などに大いに役立つものである。3価コバルトは、従来その不安定さから分析対象として敬遠されてきたが、上述するようにその定量の必要性は高まっており、この側面からも本発明は極めて顕著な効果を奏し、産業上の利用可能性を有するものである。
なお、本発明の思想は、溶液中で不安定な物質を、高い定量精度を得るために前処理としてあえて溶液化する分析手法を採用するにあたって、不安定な物質が溶液化の際に分解や価数変化などにより安定な物質へ変化してしまう前に、あらかじめ溶液内に含有させておいた反応性物質(不安定物質と反応する物質)により、不安定な物質を反応させることにある。溶液内に存在する反応性物質は不安定物質との反応により消費されるため、残留する反応性物質を定量することにより、間接的に不安定な物質を定量することができる。
したがって、不安定な物質としては金属類に限られないし、また不安定物質と反応性物質との反応は酸化還元反応に限定されない。例えば、分析試料中に溶液中で分解してしまう有機錯体や有機イオンが含有され、当該分解性物質を定量する場合には、分析試料を溶液化するにあたって予め溶液中に分解性物質と即座に反応しうる物質を含有させておけばよい。反応後の反応性物質の定量値から間接的に分解性有機錯体や有機イオンを定量することができる。
また、分析試料中に溶液中で分解してしまう高分子が含有され、当該分解性高分子を定量する場合には、分析試料を溶液化するにあたって予め溶液中に分解性高分子と即座に反応しうる物質を含有させておけばよい。反応後の反応性物質の定量値から間接的に分解性高分子を定量することができる。
Claims (10)
- 溶液中で不安定な第1物質を含有する分析試料を、当該第1物質と反応性を有する第2物質を含有する溶液に溶解させ、前記第1物質と前記第2物質とを反応させ、当該反応により消費された前記第2物質を定量分析することにより、前記第1物質を定量分析することを特徴とする不安定な物質の定量分析方法。
- 請求項1に記載する不安定な物質の定量分析方法において、
前記分析試料の中に前記第2物質と反応する不純物が含有されるか、前記分析試料の中に前記溶解の際に前記第1物質と反応する不純物が含有される場合には、
当該不純物を定量分析して、前記不純物による前記第1物質の定量誤差を補正することを特徴とする不安定な物質の定量分析方法。 - 請求項1又は2に記載する不安定な物質の定量分析方法において、
前記第1物質と前記第2物質との反応は、酸化還元反応であることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法。 - 請求項1ないし3のいずれかに記載する不安定な物質の定量分析方法において、
前記第1物質は金属イオンであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法。 - 請求項1ないし4のいずれかに記載する不安定な物質の定量分析方法において、
前記第2物質は金属イオンであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法。 - 請求項1ないし5のいずれかに記載する不安定な物質の定量分析方法において、
前記第1物質は3価コバルト又は3価ニッケルであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法。 - 請求項1ないし5のいずれかに記載する不安定な物質の定量分析方法において、
前記分析試料は酸化コバルトであり、前記第1物質は3価コバルトであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法。 - 請求項1ないし7のいずれかに記載する不安定な物質の定量分析方法において、
前記第2物質は2価鉄イオンであることを特徴とする不安定な物質の定量分析方法。 - 3価コバルトを含有する酸化コバルトを、2価鉄イオンを含有する塩酸又は硫酸中で溶解させ、当該溶液中で前記3価コバルトと前記2価鉄イオンとを酸化還元反応させ、当該反応により消費された前記2価鉄イオンを定量分析することにより、前記3価コバルトを定量分析することを特徴とする3価コバルトの定量分析方法。
- 定量分析する際にあらかじめ分析試料を溶液化する前処理方法であって、
溶液中で不安定な第1物質を含有する分析試料を、当該第1物質と反応性を有する第2物質を含有する溶液に溶解させ、前記第1物質が安定化する前に、前記第1物質と前記第2物質とを反応させることを特徴とする前処理方法。
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