JP2004261533A - 高生着性角膜上皮代替細胞シート、製造方法及びその利用方法 - Google Patents
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Abstract
【解決手段】水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上で細胞を特定の条件で培養し、必要により培養細胞層を重層化させ、その後
(1)培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とし、
(2)培養した角膜上皮細胞シートまたは重層化シートをキャリアに密着させ、
(3)そのままキャリアと共に特定の条件下で剥離する
ことによって高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを製造する。
【選択図】 なし
Description
本発明は、生物学、医学等の分野における高生着性角膜上皮代替細胞シート、製造方法及びそれらを利用した治療法に関する。
【従来の技術】
医療技術の著しい発展により、近年、治療困難となった臓器を他人の臓器と置き換えようとする臓器移植が一般化してきた。対象となる臓器も皮膚、角膜、腎臓、肝臓、心臓等と実に多様で、また、術後の経過も格段に良くなり、医療の一技術としてすでに確立されつつある。一例として角膜移植をあげると、約40年前に日本にもアイバンクが設立され移植活動が始められた。しかしながら、未だにドナー数が少なく、国内だけでも角膜移植の必要な患者が年間約2万人出てくるのに対し、実際に移植治療が行える患者は約1/10の2000人程度でしかないといわれている。角膜移植というほぼ確立された技術があるにもかかわらず、ドナー不足という問題のため、次なる医療技術が求められているのが現状である。
このような背景のもと、以前より、人工代替物や細胞を培養して組織化させたものをそのまま移植しようという技術が注目されている。その代表的な例として、人工皮膚及び培養皮膚があげられよう。しかしながら、合成高分子を用いた人工皮膚は拒絶反応等が生じる可能性があり、移植用皮膚としては好ましくない。一方、培養皮膚は本人の正常な皮膚の一部を所望の大きさまで培養したものであるため、これを使用しても拒絶反応等の心配がなく、最も自然なマスキング剤と言える。
従来、そのような細胞培養は、ガラス表面上あるいは種々の処理を行った合成高分子の表面上にて行われていた。例えば、ポリスチレンを材料とする表面処理、例えばγ線照射、シリコーンコーティング等を行った種々の容器等が細胞培養用容器として普及している。このような細胞培養用容器を用いて培養・増殖した細胞は、トリプシンのような蛋白分解酵素や化学薬品により処理することで容器表面から剥離・回収される。
しかし、上述のような化学薬品処理を施して増殖した細胞を回収する場合、処理工程が煩雑になり、不純物混入の可能性が多くなること、及び増殖した細胞が化学的処理により変成若しくは損傷し細胞本来の機能が損なわれる例があること等の欠点が指摘されていた。かかる欠点を克服するために、これまでいくつかの技術が提案されている。
特公平2−23191号公報には、ヒト新生児由来角化表皮細胞を、ケラチン組織の膜が容器の表面上に形成される条件下にて、培養容器中で培養し、ケラチン組織の膜を酵素を用いて剥離させることを特徴とするケラチン組織の移植可能な膜を製造する方法、が記載されている。具体的には、3T3細胞をフィーダーレイヤーとして増殖、重層化させ、蛋白質分解酵素であるディスパーゼを用いて細胞シートを回収する技術が開示されている。しかしながら、当該公報に記載されている方法は次のような欠点を有していた。
(1)ディスパーゼは菌由来のものであり、回収された細胞シートを十分に洗浄する必要性があること。
(2)培養された細胞ごとにディスパーゼ処理の条件が異なり、その処理に熟練が必要であること。
(3)ディスパーゼ処理により培養された表皮細胞が病理学的に活性化されること。
(4)ディスパーゼ処理により細胞外マトリックスが分解されること。
(5)そのためその細胞シートを移植された患部は感染され易いこと。
かかる課題を解決するために、最近、スポンジ層と上皮層を除去した羊膜上で、角膜上皮細胞や結膜上皮細胞を培養、組織化させ、その羊膜ごと移植用細胞片とする技術が考案された(特開2001−161353号)。羊膜は、十分な膜強度を持っていること、さらに抗原性を持っていないことから、移植用細胞片の支持体として好都合だが、羊膜というものがもともと眼内になく、より精密に眼内組織を構築していくためには、やはり眼内の細胞だけで十分な強度を持ったシートを作製し、そのシートが角膜実質組織と直接接することが望まれていた。
また、特願2001−226141号では、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性高分子を基材表面に被覆した細胞培養支持体上で前眼部関連細胞を培養し、必要に応じて常法により培養細胞層を重層化させ、支持体の温度を変えるだけで培養した細胞シートを剥離させることで、十分な強度を持った細胞シートの作製が可能となった。また、この細胞シートには基底膜様蛋白質も保持しており、上述したディスパーゼ処理したものに比べ、組織への生着性も明らかに改善されている。しかしながら、実際の患者の負担軽減を考えると、その生着性にさらに改善が望まれていた。
さらに、最近、医療現場においてもさまざまな方法が提案されている。たとえば、2001年5月10日付け毎日新聞記事において、角膜疾患の患者に対し、角膜の代わりに培養口腔粘膜を貼り、患者の角膜再生を促す技術が提案されている。しかしながら、ここでの培養口腔粘膜は、上述のディスパーゼによって剥離されたものであり、患者への角膜組織への付着性が悪く、顕著な治療効果も望めない問題点があった。
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、前眼部組織への付着性が良好な高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを提供することを目的とする。また、本発明は、その製造法、並びに利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した特定条件の細胞培養支持体上で角膜上皮代替細胞を特定条件下で培養し、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とし、培養した角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを特定のキャリアに密着させ、細胞シートの収縮を抑えながら、そのままキャリアと共に剥離することにより、生体組織に極めて付着性の良い高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートが得られることを見いだした。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
すなわち、本発明は、前眼部組織への付着性が良好な、キャリアに密着させた、高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを提供する。
また、本発明は、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性高分子で基材表面を被覆した細胞培養支持体上で細胞を培養し、必要に応じて常法により培養細胞層を重層化させ、その後、
(1)培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とし、
(2)培養した角膜上皮細胞シートまたはその重層化シートをキャリアに密着させ、
(3)そのままキャリアと共に剥離する
ことを特徴とする高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートの製造方法を提供する。
加えて、本発明は、深部まで欠損及び/または創傷した組織を治療するための上記高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを提供する。
更に加えて、本発明は、深部まで欠損及び/または創傷した組織に対し、上記高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを移植することを特徴とする治療法を提供する。
更に、本発明は医療分野のみならず、化学物質、毒物、或いは医薬品の安全性評価用細胞として有用な高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを提供する。
【発明の実施の形態】
上述したように、本発明はキャリアに密着させた、高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを提供する。本発明の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートの作製に使用される好適な細胞として、たとえば、頬膜、歯肉に存在する口腔粘膜細胞、毛根細胞、結膜上皮細胞の何れかもしくは2者以上の混合物、或いはこれらと角膜上皮細胞との混合物が挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではない。これらの細胞シート等を作製する際に、角膜上皮代替細胞の培養中に特別な添加物を添加することは必要なく、例えば口腔粘膜細胞を角膜上皮代替細胞として使用する場合には、口腔粘膜細胞の標準的な細胞培養方法を用いて培養し、細胞培養シート等を作製することができる。
本発明において、高生着性角膜上皮代替細胞シートとは、上記した各種細胞が培養支持体上で単層状に培養され、その後、支持体より剥離されたシートを意味し、その重層化シートとは、その高生着性角膜上皮代替細胞シートが単独若しくは他の細胞からなるシートと組み合わされた状態で重層化されたシートを意味する。
本発明における高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートは培養時にディスパーゼ、トリプシン等で代表される蛋白質分解酵素による損傷を受けていないものである。そのため、基材から剥離された高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートは、細胞−細胞間のデスモソーム構造が保持され、構造的欠陥が少なく、強度の高いものである。また、本発明のシートは培養時に形成される細胞−基材間の基底膜様蛋白質も酵素による破壊を受けていない。このことにより、移植時において患部組織と良好に接着することができ、効率良い治療を実施することができるようになる。以上のことを具体的に説明すると、トリプシン等の通常の蛋白質分解酵素を使用した場合、細胞−細胞間のデスモソーム構造及び細胞、基材間の基底膜様蛋白質等は殆ど保持されておらず、従って、細胞は個々に分かれた状態となって剥離される。その中で、蛋白質分解酵素であるディスパーゼに関しては、細胞−細胞間のデスモソーム構造については10〜60%保持した状態で剥離させることができることで知られているが、細胞−基材間の基底膜様蛋白質等を殆ど破壊してしまうため、得られる細胞シートは強度の弱いものである。これに対して、本発明の細胞シートは、デスモソーム構造、基底膜様蛋白質共に80%以上残存された状態のものであり、上述したような種々の効果を得ることができるものである。
本発明における高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートは生体組織である前眼部組織に極めて良好に生着する。その性質は、支持体表面から剥離させた再生角膜上皮細胞シートまたはその重層化シートの収縮を抑えることで実現されることを見いだした。その際、角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートの収縮率はシート内の何れの方向における長さにおいても20%以下であることが望ましく、好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下であることが好ましい。シートの何れかの方向の長さにおいて20%以上となると、剥離した細胞シートはたるんでしまい、その状態で生体組織に付着させても組織に密着させられず、本発明で示すところの高生着性は望めない。
角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを収縮させない方法は、細胞シートを収縮させない方法であれば何ら制約されるものではないが、例えば、支持体から角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを剥離させる際、これらの細胞シートに中心部を切り抜いたリング状のキャリアなどを密着させ、そのキャリアごと細胞シートを剥離する方法などが挙げられる。
高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを密着させる際に使用するキャリアは、本発明の細胞シートが収縮しないように保持するための構造物であり、例えば高分子膜または高分子膜から成型された構造物、金属性治具などを使用することができる。例えば、キャリアの材質として高分子を使用する場合、その具体的な材質としてはポリビニリデンジフルオライド(PVDF)、ポリプロピレン、ポリエチレン、セルロース及びその誘導体、紙類、キチン、キトサン、コラーゲン、ウレタン等を挙げることができる。
本発明において密着という場合、細胞シートが収縮しないように、細胞シートとキャリアとの境界面において、キャリア上で細胞シートがずれたり移動したりしない状態のことをいい、物理的に結合することにより密着していても、両者のあいだに存在する液体(例えば培養液、その他の等張液)を介して密着していてもよい。
キャリアの形状は、特に限定されるものではないが、例えば得られた高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを移植する際に、キャリアの一部に移植部位と同程度もしくは移植部位より大きく切り抜いたものを利用すると、細胞シートは切り抜かれたの周囲の部分だけに固定され、切り抜かれた部分にある細胞シートを移植部位に当てるだけで良く、好都合である。
本発明の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを、例えば、前眼部組織の一部或いは全部を損傷もしくは欠損した患部などの他、角膜上皮細胞を持っていない両眼性の難治性角結膜疾患を治療する際に使用することができる。本発明の前眼部組織とは、前眼部であれば特に限定されるものではないが、一般には、角膜上皮組織、ボーマン組織、角膜実質組織などが挙げられる。ここで難治性角結膜疾患という場合、例えばStevens−Johnson症候群、眼類天疱瘡、熱傷、アルカリ腐蝕、酸腐蝕の様な疾患が含まれる。
本発明における高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートは、以上に示すように、生体組織である前眼部組織に極めて良好に付着できる細胞シートであり、従来技術からでは全く得られなかったものである。
本発明はまた、以下の製造方法により上述した本発明の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを作製する方法もまた、提供する。すなわち、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性高分子で基材表面を被覆した細胞培養支持体上で細胞を培養し、必要に応じて常法により培養細胞層を重層化させ、その後、
(1)培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とし、
(2)培養した角膜上皮細胞シートまたはその重層化シートをキャリアに密着させ、
(3)そのままキャリアと共に剥離する
ことを特徴とする、高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートの製造方法を提供する。
細胞培養支持体において基材の被覆に用いられる温度応答性ポリマーは、水溶液中で上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度0℃〜80℃、より好ましくは20℃〜50℃を有する。上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。また、上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0℃より低いと一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため、やはり好ましくない。
本発明に用いる温度応答性高分子はホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。
被覆を施される基材としては、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス類など全て用いることができる。
温度応答性ポリマーの支持体への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆は、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。
温度応答性高分子の被覆量は、0.4〜4.5μg/cm2の範囲が良く、好ましくは0.7〜3.5μg/cm2であり、さらに好ましくは0.9〜3.0μg/cm2である。0.2μg/cm2より少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該高分子上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に4.5μg/cm2以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。
本発明における支持体の形態は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートなどが挙げられる。その中で、特にセルインサートについては、例えば角膜上皮細胞を重層化させる際に必要な3T3フィーダー細胞を角膜上皮細胞と分けて培養できるため好都合である。その際、角膜上皮細胞はセルインサート側にあっても、セルインサートが装着されるディッシュ側にあっても良く、少なくとも角膜上皮細胞が培養される表面には温度応答性高分子が被覆されている必要性がある。
本発明において、細胞の培養は上述のようにして製造された細胞培養支持体上で行われる。培地温度は、基材表面に被覆された前記ポリマーが上限臨界溶解温度を有する場合はその温度以下、また前記ポリマーが下限臨界溶解温度を有する場合はその温度以上であれば特に制限されない。しかし、培養細胞が増殖しないような低温域、あるいは培養細胞が死滅するような高温域における培養が不適切であることは言うまでもない。温度以外の培養条件は、常法に従えばよく、特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知のウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。
本発明の方法において、培養した細胞を支持体材料から剥離回収するには、培養された高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートをキャリアに密着させ、細胞の付着した支持体材料の温度を支持体基材の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって、そのままキャリアとともに剥離することができる。なお、シートを剥離することは細胞を培養していた培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。
本発明では、細胞シートを患部に当てた後、細胞シートをキャリアからはがせば良い。そのはがし方は、何ら制約されるものではないが、例えば、キャリアを濡らしてキャリアと細胞シートの密着性を弱めてはがす方法、或いはメス、はさみ、レーザー光、プラズマ波などの治具を用いても切断する方法でも良い。例えば上述したような一部を切り抜いたキャリアに密着した細胞シートを用いた場合、レーザー光などを用いて患部の境界線に沿って切断すると患部以外の余計なところへの細胞シートの付着を避けられ好都合である。
本発明で示すところの高生着性角膜上皮代替細胞シート、その重層化シートと生体組織との固定方法は特に限定されるものではなく、細胞シートと生体組織を縫合しても良く、或いは本発明で示すところの高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートは生体組織と速やかに生着するため、患部に付着させた細胞シートは生体側と縫合しなくても良い。特に後者の場合、移植した細胞シートを保護する意味でコンタクトレンズを併用しても良い。
本発明における重層化シートの製造法は特に限定されるものではないが、例えば、一般的に知られている3T3細胞をフィーダーレイヤーとして増殖、重層化させる方法、或いは上記のキャリアに密着した高生着性角膜上皮代替細胞シートを利用することで製造する方法等を挙げることができる。具体的には、次のような方法が例示される。
(1)キャリアと密着した細胞シートを細胞培養支持体に付着させ、その後培地を加えることでキャリアを細胞シートからはがし、そして更に別のキャリアと密着した細胞シートを付着させることを繰り返すことで細胞シートを重層化させる方法。
(2)キャリアと密着した細胞シートを反転させ細胞培養支持体上でキャリア側で固定させ、細胞シート側に別の細胞シートを付着させ、その後培地を加えることでキャリアを細胞シートからはがし、再び別の細胞シートを付着させる操作を繰り返すことで細胞シートを重層化させる方法。
(3)キャリアと密着した細胞シート同士を細胞シート側で密着させる方法。
(4)キャリアと密着した細胞シートを生体の患部に当て、細胞シートを生体組織に付着させた後、キャリアをはがし、再び別の細胞シートを重ねていく方法。
本発明における重層化シートは、必ずしも角膜上皮代替細胞だけからなるものでなくても良い。例えば、角膜上皮細胞シートと同様に操作して作製した角膜内皮細胞シートを重ね合わせることも可能である。生体内の前眼部組織により近いものとする上でこのような技術は極めて有効である。
高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを高収率で剥離、回収する目的で、細胞培養支持体を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いてもよい。加えて、必要に応じて培養細胞は等張液等で洗浄して剥離回収してもよい。
本発明に示される高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートの用途は何ら制約されるものではないが、例えば上述したように、前眼部組織の一部或いは全部を損傷もしくは欠損した患部などの他、角膜上皮細胞を持っていない両眼性の難治性角結膜疾患などの治療に有効である。
上述の方法により得られた高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートは、従来の方法により得られたものに比べて、剥離の際の非侵襲性の点で極めて優れており、移植用角膜等の臨床応用が強く期待される。特に、本発明の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートは従来の移植シートとは異なり、生体組織との高い生着性を有するため、極めて速く生体組織に生着する。このことは、患部の治療効率の向上、更には患者の負担の軽減もはかられ極めて有効な技術と考えられる。なお、本発明の方法において使用される細胞培養支持体は繰り返し使用が可能である。
【実施例】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
実施例1、2
市販の3.5cmφ細胞培養用培養皿(ベクトン・ディッキンソン・ラブウェア(Becton Dickinson Labware)社製ファルコン(FALCON)3001)上に、N−イソプロピルアクリルアミドモノマーを30%(実施例1)、35%(実施例2)になるようにイソプロピルアルコールに溶解させたものを0.1ml塗布した。0.25MGyの強度の電子線を照射し、培養皿表面にN−イソプロピルアクリルアミドポリマー(PIPAAm)を固定化した。照射後、イオン交換水により培養皿を洗浄し、残存モノマーおよび培養皿に結合していないPIPAAmを取り除き、クリーンベンチ内で乾燥し、エチレンオキサイドガスで滅菌することで細胞培養支持体材料を得た。基材表面における温度応答性高分子量を測定したところ、それぞれ1.4μg/cm2(実施例1)、1.5μg/cm2(実施例2)被覆されていることが分かった。一方、常法により作製しておいた角結膜上皮症モデルの白色家兎から深麻酔下で口腔粘膜組織を採取し、その上皮細胞を得られた細胞培養支持体材料上にて、常法に従って3T3細胞と共に培養した(使用培地:コルネパック(クラボウ(株)製。37℃、5%CO2下)。その結果、何れの細胞培養支持体材料上の上皮細胞においても正常に付着し、増殖した。
培養6日後に培養した細胞はコンフルエントの状態となり、さらに7日間培養した細胞の上に直径1.8cmの円状に切り抜いた直径2.3cmのポリビニリデンジフルオライド(PVDF)膜から成型したキャリアをかぶせ、培地を静かに吸引し、細胞培養支持体材料ごと20℃で30分インキュベートし冷却することで、何れの細胞培養支持体材料上の細胞もかぶせたキャリアと共に剥離させられた。得られた細胞シートは収縮率5%以下の1枚のシートとして十分に強度を持ったものであった。
なお、上記各実施例において、「低温処理」は20℃で30分インキュベートという条件下で行われたが、本発明において「低温処理」はこれらの温度及び時間に限定されない。本発明における「低温処理」として好ましい温度条件は0℃〜30℃であり、好ましい処理時間は2分〜1時間である。
実施例1、2で得られた口腔粘膜細胞シートを角膜上皮組織部が欠損した角結膜上皮症モデルである白色家兎に常法に従い移植した。口腔粘膜細胞シートを創傷部へ15分間付着させ、その後、メスを用いて患部以外のところに重なる細胞シートを切除した。その際、細胞シートと生体側の縫合は行わなかった。また、実施例2については移植後、患部にコンタクトレンズを装着させた。3週間後、患部を観察したところ、実施例1、2共に口腔粘膜細胞シートは眼球に良好に生着していた。
実施例3
実施例1の細胞培養支持体材料上で、細胞として深麻酔下の白色家兎皮膚の毛根組織から上皮系幹細胞を常法により採取し、3T3細胞と共に培養したこと以外は実施例1と同様な方法で実施した。その結果、培養支持体材料上の毛根細胞は正常に付着し、増殖した。2週間培養を行った後、直径1.5cmの円状に切り抜いた直径2.1cmのポリビニリデンジフルオライド(PVDF)膜から成型したキャリアをかぶせ、培地を静かに吸引し、細胞培養支持体材料ごと20℃で30分インキュベートし冷却することで、細胞培養支持体材料上の細胞シートをかぶせたキャリアと共に剥離させられた。剥離された重層化シートは収縮率5%以下の1枚のシートとして十分に強度を持ったものであった。
実施例3で得られた細胞シートを角膜上皮組織部が欠損した角結膜上皮症モデルである白色家兎に常法に従い移植した。毛根細胞シートを創傷部へ15分間付着させ、その後、レーザー光を用いて患部以外のところに重なる細胞シートを切除した。その際、細胞シートと生体側の縫合は行わなかった。3週間後、患部を観察したところ、細胞シートは眼球に良好に生着していた。
実施例4
実施例1の細胞培養支持体材料上で、細胞として深麻酔下の白色家兎皮膚の結膜組織から結膜上皮細胞を常法により採取し、3T3細胞と共に培養したこと以外は実施例1と同様な方法で実施した。その結果、培養支持体材料上の結膜上皮細胞は正常に付着し、増殖した。2週間培養を行った後、直径1.5cmの円状に切り抜いた直径2.1cmのポリビニリデンジフルオライド(PVDF)膜から成型したキャリアをかぶせ、培地を静かに吸引し、細胞培養支持体材料ごと20℃で30分インキュベートし冷却することで、細胞培養支持体材料上の細胞シートをかぶせたキャリアと共に剥離させられた。剥離された重層化シートは収縮率3%以下の1枚のシートとして十分に強度を持ったものであった。
実施例4で得られた細胞シートを角膜上皮組織部が欠損した角結膜上皮症モデルである白色家兎に常法に従い移植した。結膜上皮細胞シートを創傷部へ15分間付着させ、その後、レーザー光を用いて患部以外のところに重なる細胞シートを切除した。その際、細胞シートと生体側の縫合は行わなかった。3週間後、患部を観察したところ、結膜細胞重層化シートは眼球に良好に生着しており、結膜からの血管侵入も認められなかった。
比較例1
実施例1で口腔粘膜細胞シートを作製し、キャリアを使わずに細胞シートを剥離させ、収縮させること以外は実施例1と同様に口腔粘膜細胞シートを製造した。その際の収縮率は、38%であった。
実施例1と同様に得られた口腔粘膜細胞シートを角膜上皮組織部を欠損させたウサギに常法に従い移植した。角膜上皮細胞シートを創傷部へ15分間付着させ、その後、メスを用いて患部以外のところに重なる細胞シートを切除した。その際、細胞シートと生体側の縫合は行わなかった。移植1日後に患部を観察したところ、口腔粘膜細胞シートの眼球への生着性は悪く、患部より脱落しかけていた。
以上の結果より、本技術によれば、前眼部組織への付着性が良好な高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートの作成が可能であることがわかった。このことは、治療の簡便化、効率化による患者の負担軽減、さらにこれらの細胞シートが患部を十分に覆い、しっかり付着することから患者本人の痛みも顕著に軽減させられる極めて有効な技術と考えられる。
【発明の効果】
本発明で得られる高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートは生体組織への生着性が極めて高く、たとえば角膜移植、角膜疾患治療、近視治療等の臨床応用が強く期待される。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
Claims (16)
- キャリアに密着させた、高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シート。
- 蛋白質分解酵素による処理を施されることなく支持体から剥離され、剥離後の細胞シートの収縮率が20%以下に保たれた、請求項1記載の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シート。
- 角膜上皮代替細胞シートが、口腔粘膜細胞、毛根細胞、結膜上皮細胞の何れかもしくは2者以上の混合物、或いはこれらと角膜上皮細胞との混合物からなる請求項1、2記載の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シート。
- 口腔粘膜細胞が頬膜由来のものである請求項3記載の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シート。
- 重層化シートが口腔粘膜細胞、毛根細胞、結膜上皮細胞の何れかもしくは2者以上の混合物、或いはこれらと角膜上皮細胞との混合物を重層化培養させたものである、請求項1〜4のいずれか1項記載の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シート。
- 前眼部組織の一部或いは全部を損傷もしくは欠損した患部を治療するための、請求項1〜5のいずれか1項記載の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シート。
- 治療が高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを患部に対し縫合することなく被覆することを特徴とする、請求項6記載の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シート。
- 患部に被覆する際、患部の大きさ、形状に沿って切断された、請求項7記載の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シート。
- 水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性高分子で基材表面を被覆した細胞培養支持体上で細胞を培養し、必要に応じて常法により培養細胞層を重層化させ、その後、
(1)培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とし、
(2)培養した角膜上皮細胞シートまたはその重層化シートをキャリアに密着させ、
(3)そのままキャリアと共に剥離する
ことを特徴とする、高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートの製造方法。 - 温度応答性高分子が、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である、請求項9記載の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートの製造方法。
- キャリアの形状が中心部を切り抜いたリング状のものであることを特徴とする、請求項9、10記載の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートの製造方法。
- 剥離が蛋白質分解酵素による処理が施されていない、請求項9〜11のいずれか1項記載の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートの製造方法。
- 前眼部組織の一部或いは全部を損傷もしくは欠損した患部に対し、請求項1〜8のいずれか1項記載の高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを移植することを特徴とする治療法。
- 移植が患部に対し縫合することなく被覆することを特徴とする、請求項13記載の治療法。
- 患部に被覆する際、高生着性角膜上皮代替細胞シートまたはその重層化シートを患部の大きさ、形状に沿って切断することを特徴とする、請求項14記載の治療法。
- 治療が両眼性の難治性角結膜疾患であることを特徴とする、請求項13〜15のいずれか1項に記載の治療法。
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