JP2004238718A - マルエージング鋼およびその製造方法 - Google Patents

マルエージング鋼およびその製造方法 Download PDF

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Abstract

【課題】超高サイクルにおいて格段に改善された疲労特性を有する自動車用無段変速機等に使用可能なマルエージング鋼およびその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】Ti系介在物径を7μm以下とし、酸化物系介在物径を14μm以下とする。ここで介在物径は以下の数式にしたがう値である。
【数1】
Figure 2004238718

d:Ti系介在物径
x:介在物の一辺の長さ
y:xと直交する介在物の一辺の長さ
【数2】
Figure 2004238718

D:酸化物系介在物径
a:介在物の長径
b:介在物の短径
【選択図】 図5

Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、超高サイクル疲労領域での疲労強度が高いマルエージング鋼およびその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
一般にマルエージング鋼は、▲1▼極低炭素であり、溶接性に優れている。▲2▼固溶化処理後は軟らかく、加工硬化も少ないため冷間加工性に優れている。▲3▼高強度にするために熱処理が必要であるが、低温熱処理(460〜520℃程度の時効硬化処理)でよく、熱処理が容易でかつ変寸が低いレベルである。▲4▼熱処理によって得られる強度が、2000MPa前後と非常に高い引張強さを持つ。▲5▼硬さ、強さの非常に高いレベルでの延性、靭性、切欠強さが大きい。したがって、マルエージング鋼は、上記▲1▼〜▲5▼の特徴を有することから、溶接・切断・冷間加工(圧延)を行い製造され、かつ厳しい寸法精度と高強度・高靭性、そして高い疲労強度が要求される自動車用無段変速機に用いられる金属ベルトには最適な材料である。
【0003】
従来からマルエージング鋼に関して、様々な疲労強度向上方法が提案されている。例えば、Ti系介在物径の大きさを8μm以下とする技術が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。また、O,Nの上限値を規定する技術が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。さらに、非金属介在物径を30μm以下とする技術も提案されている(例えば、特許文献3参照。)。
【0004】
また、別の観点からマルエージング鋼の疲労強度を向上する方法としては、窒化により疲労強度を向上する方法が提案されている(例えば、特許文献4参照。)。また、ショットピーニングを施して疲労強度を向上する方法も提案されている(例えば、特許文献5参照。)。
【0005】
一般的に、表面を起点とする疲労は10未満の繰り返し数で生じる(たとえば、非特許文献1参照。)。一方、10回以上の高サイクルの疲労強度を向上させるためには、非金属介在物を小さくすることが必要である。ちなみに、特許文献3などに開示されるマルエージング鋼薄板は、疲労試験により10回に対する時間強度を評価した結果、良好な疲労強度が得られたものである。
【0006】
【特許文献1】
特開平11−293407号公報
【特許文献2】
特開平1−142053号公報
【特許文献3】
特許第3110733号公報
【特許文献4】
特開平1−142022号公報
【特許文献5】
特開昭63−96258号公報
【非特許文献1】
安部孝之ら、「高強度鋼の疲労破壊における表面破壊と内部破壊」、ばね技術研究会1998年度春季講演会講演論文集、p.17〜20
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、たとえば自動車用無段変速機に用いられる金属ベルトなどは、車両寿命の間におおよそ4×10の繰り返し負荷がかかるため、金属ベルトの伝達トルクの向上や伝達機能の小型化を可能とするためには、10から10(以下、「超高サイクル」と表現する)での疲労強度を向上させる必要がある。
【0008】
このようなことから、今日においては、従来技術では成し得なかった超高サイクルでの疲労強度向上が望まれている。すなわち、従来技術に開示された程度の介在物や組成を有する鋼における疲労強度レベルでは十分ではなく、このため従来に比して高レベルの疲労強度を有するマルエージング鋼の開発技術が要請されている。
【0009】
本発明は、上記要請に鑑みてなされたものであり、超高サイクルにおいて格段に改善された疲労特性を有する自動車用無段変速機等に使用可能なマルエージング鋼およびその製造方法を提供することを目的としている。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、マルエージング鋼中に多く分散し、疲労破壊の起点となる非金属介在物のうち、Ti系介在物と酸化物系介在物とに着目し、Ti系介在物を超高サイクル域で疲労強度に影響を与えない大きさまで微細にした場合には、酸化物系介在物が超高サイクル域の疲労強度に大きく影響するとの知見を得た。具体的には、酸素含有量が低いマルエージング鋼においては、通常の破面観察などの顕微鏡観察では確認されない極めて検出確率の低い14μm以上の酸化物系介在物であっても、超高サイクル域においては疲労強度を低下させるとの知見を得た。本発明は上記知見に基づき、介在物径の最適化によりなされたものである。
【0011】
すなわち、本発明のマルエージング鋼は、Ti系介在物径が7μm以下であり、酸化物系介在物径が14μm以下であることを特徴としている。
ここで介在物径は以下の数式にしたがう値である。
【0012】
【数3】
Figure 2004238718
d:Ti系介在物径
x:介在物の一辺の長さ
y:xと直交する介在物の一辺の長さ
【0013】
【数4】
Figure 2004238718
D:酸化物系介在物径
a:介在物の長径
b:介在物の短径
【0014】
本発明によれば、疲労破壊の起点となる非金属介在物のうち、Ti系介在物と酸化物系介在物とに着目し、これらをともに微細にすることで、Ti系介在物や酸化物系介在物が疲労破壊の起点となることを防止し、ひいては超高サイクル域で疲労強度の低下を防止することができる。
【0015】
また、このようなマルエージング鋼においては、介在物径が10μm以上の酸化物系介在物を150個/100g以下とすることが望ましい。このように、超高サイクル域の疲労強度に影響を与える可能性の高い比較的径の大きな酸化物系介在物の密度をさらに好適化することにより、酸化物系介在物が疲労破壊の起点となることをさらに防止し、これにより超高サイクル域で疲労強度の低下を一層防止することができる。
【0016】
さらに、このようなマルエージング鋼においては、その組成を、質量%で、Ni:16.0〜20.0%、Co:7.0〜10.0%、Mo:3.0〜6.0%、Ti:0.4〜0.6%、およびAl:0.01〜0.2%を含み、残部をFeおよび不可避的不純物とし、上記不可避的不純物の組成を、質量%で、C:0.01%以下、Si:0.1%以下、Mn:0.1%以下、P:0.01%以下、S:0.0010%以下、N:0.001%以下、O:0.001%以下、Mg:0.0003%未満、およびCa:0.0003%未満とし、含有元素の組成の好適化を図ることで、介在物の微細化をさらに達成することができる。また、このようなマルエージング鋼においては、結晶粒度番号8番以上の細粒組織を有するものとすると、疲労破壊の起点となり得る介在物の微細化をより一層図ることができ、これにより超高サイクル域で疲労強度の低下をさらに防止することができる。なお、ここで、結晶粒度番号とは、JIS G 0552で定める切断法により測定した値である。
【0017】
また、本発明のマルエージング鋼の製造方法は、上記マルエージング鋼を好適に製造するための方法であって、加工度が30%以上であり、かつ温度が750℃〜800℃である条件範囲で、加工および熱処理を施すことを特徴としている。このような製造方法によれば、加工度を30%以上とすることで、確実に再結晶を起こさせ、結晶粒の成長による粗大化を防止することができる。また、熱処理における温度を750℃以上とすることで、粗大なFeMo系ラーベスの析出を防止し、優れた延性および靱性を実現することができる。一方、熱処理における温度を800℃以下とすることで、昇温後の再結晶が即時に完了することを回避し、結晶粒の成長を防止することができる。
【0018】
【発明の実施の形態】
以下に、本発明の好適な実施形態における種々の限定理由を図面を参照して説明する。
・Ti系介在物径を7μm以下とした理由
Ti系介在物径を7μm以下としたのは、径の大きさが7μm以下のTi系介在物が存在しても疲労破壊の起点にならず材料本来の強度を発揮できるが、7μmを超えるものは疲労破壊の起点になるためである。図1(a)はTi系介在物(矩形介在物)起点で破損した破面を示し、図1(b)は図1(a)の放射状円形部分の中心部を示す。図1(b)に黒色部分として観察される介在物をEDX(エネルギー分散型エックス線分析装置)で分析したところ、図2のようなスペクトルを示し、上記破面に存在するのはTi系介在物:Ti(C,N)であることが判明した。このように、Ti系介在物は疲労破壊の起点となるが、多くの試験を積み重ねた結果、Ti系介在物径について不感となる大きさがあることが判明した。Ti系介在物は特徴的な矩形をしているため、図3に示すような介在物の場合に、つぎのように面積相当の円形としたときの直径:dを介在物径と定義した。
【0019】
【数5】
Figure 2004238718
d:Ti介在物径
x:介在物の一辺の長さ
y:xと直交する介在物の一辺の長さ
【0020】
疲労試験により破断した後にその破面を観察し、起点となった介在物径毎に図4に示すS−N線図を作成した。なお、破面上からTi系介在物の全体像がわからない場合は、酸溶液によりTi系介在物は溶かさず、そのまわりだけを溶解し観察した。そのS−N線図から10時間強度を読みとってこれをまとめたものが図5である。
【0021】
図5の中で、介在物径が零の点は介在物の無い表面起点で破損したものの10時間強度を示す。ここに示すように、介在物径が7μm以下の時には起点に介在物の無いものと同じ10時間強度を示す。このことから、介在物が7μm以下では10時間強度に対しては不感であるといえる。したがって、Ti系介在物がこの大きさより小さければ材料本来の強度を発揮できることが判明した。このことから、Ti系介在物は7μm以下とした。
【0022】
なお、Ti系介在物が7μm以下であることを評価する方法としては、マルエージング鋼中から非金属介在物を抽出し、正確に大きさを測定する必要がある。抽出する方法としては酸溶解分離法、EBBM法等がある。酸溶解分離法は、酸溶液により鋼を溶解させ、非金属介在物を鋼から分離し、溶液をフィルターで濾過することでフィルター上に非金属介在物のみを残して、SEM(走査型電子顕微鏡)等で観察する方法である。さらには、抽出に用いるマルエージング鋼が十分な量でないと、評価したサンプルにたまたま大きなTi系介在物がなく、Ti系介在物の大きさが小さく評価されることがある。これを防止するためには、できるだけ多くのマルエージング鋼から、Ti系介在物を抽出するのが望ましい。発明者らの検討では、5g以上のマルエージング鋼でTi系介在物を調べれば、安定した評価を行うことができた。
【0023】
・酸化系介在物径を14μm以下とした理由
従来、マルエージング鋼において、疲労破壊の起点となるのはTi系介在物であり、十数μm程度の大きさの酸化物系介在物はその検出頻度が極めて低いため、この程度の大きさの酸化物系介在物が起点となって疲労破壊を起すことは認められなかった。しかしながら、本発明者らがTi系介在物を7μm以下としたマルエージング鋼を用いて、数多くの疲労試験を行った結果、酸素含有量を低減した組成であっても、その材料の全体では、場合によっては14μmを超える介在物が多数存在し、疲労破壊の起点となることが確認された。
【0024】
本発明において、酸化物系介在物径を14μm以下としたのは、大きさが14μm以下の酸化物系介在物が存在しても疲労破壊の起点にならず材料本来の強度を発揮できるが、14μmを超えるものは疲労破壊の起点になり易いためである。図6(a)は酸化物系介在物(円形介在物)起点で破損した破面を示し、図6(b)は図6(a)の灰色の放射状円形部分の中心部を示す。この灰色部分として観察される介在物をEDX分析をすると図7のような介在物スペクトルを示す場合があり、AlやCaO,SiO,MgOなどを主体とした酸化物であることが判る。酸化物系介在物は超高サイクル域においては、疲労破壊の起点となるが、多くの試験を積み重ねた結果、酸化物系介在物径について不感となる大きさがあることが判明した。酸化物系介在物は円形に近いため、図8に示すような介在物の場合に、次のように面積相当の円形としたときの直径:Dを介在物径と定義した。
【0025】
【数6】
Figure 2004238718
D:酸化物系介在物径
a:介在物の長径
b:介在物の短径
【0026】
疲労試験により破断した後にその破面を観察し、起点となった介在物径毎に図4に示すS−N線図を作成した。そのS−N線図から10時間強度を読みとってこれをまとめたものが図9である。図9の中で、介在物径が零の点は介在物の無い表面起点で破損したものの10時間強度を示す。ここに示すように、介在物径が14μm以下の時には起点に介在物の無いものと同じ10時間強度を示す。このことから、介在物が14μm以下では10時間強度に対しては不感であるといえる。したがって、酸化物系介在物がこの大きさ以下であれば材料本来の強度を発揮できることが判った。
【0027】
・10μm以上の酸化物系介在物を150個 100g以下とした理由
10μm以上の酸化物系介在物を150個/100g以下としたのは、個々の大きさが14μmを超える酸化物系介在物が存在しなくても、10μm以上の酸化物系介在物が多いと隣り合せに存在する場合があり、疲労強度に悪影響を及ぼすためである。そのため本発明では、好ましい範囲として150個/100g以下と一定の重量当りの存在数を評価することで、14μm以下の酸化物系介在物が隣り合せに存在し、みかけの介在物サイズが大きくなることも防止している。以上説明したように、100g中に10μm以上の酸化物系介在物が150個以下であれば、より確実に疲労強度の向上を図ることができる。
【0028】
ここで、サイズの大きな酸化物系介在物が発生するメカニズムとしては、原料や製造過程の汚染による酸素量の含有量の増加に加えて、MgやCaといった酸化物を粗大化する元素の存在、或いは凝固単位時に酸化物の凝集の発生などが考えられる。そこで、本発明者らは、組成のコントロールおよび製造時のシール性の向上、真空再溶解の適用、原料の精選等により、酸化系非金属介在物を14μm以下とし、さらに酸化物系介在物の存在個数も従来と比べて格段に少ないマルエージング鋼を得た。
【0029】
例えば、VAR(真空アーク再溶解)を適用する場合は、VAR時に溶鋼プール内を浮遊するTi系介在物の存在により、Ti系介在物が大きくなる。従ってVAR鋼塊内のTi系介在物を微細にするには、再溶解時の浮遊Ti系介在物をなくす方法を採用することが重要である。このためには、溶鋼プールや電極端面で生成する液滴の熱容量を大きくすることおよびシェルフの成長を抑えることが好適であり、VARの溶解電流を大きくすることで溶鋼プール等の熱容量を高めることができる。
【0030】
なお、酸化物系介在物径が14μm以下であることを評価する方法としては、Ti系介在物と同様、マルエージング鋼から酸化物系介在物を抽出して評価する必要がある。酸化物系介在物はその検出頻度がTi系介在物と比べて極めて低く、5g程度のマルエージング鋼を評価しただけでは、サンプルにたまたま大きな酸化物系介在物がなく、大きさが小さく評価されるおそれがある。これを防止するためには、さらに多くのマルエージング鋼から、酸化物系介在物を抽出することが望ましい。発明者の検討では、100g以上のマルエージング鋼で酸化物系介在物を調べれば、安定した評価を行うことができた。
【0031】
・マルエージング鋼に含まれる各成分の限定理由
さらに、本発明では、マルエージング鋼の組成を最適化することにより、高疲労強度化および介在物の微細化を可能としている。以下、本発明のマルエージング鋼に含まれる各成分の限定理由について述べる。
Ni
Niは、靱性の高い母相組織を形成するだけでなく、NiTi、NiMoとして析出し、高強度とするには不可欠の元素である。16.0%未満では強度が低下するが、20.0%を超えるとオーステナイトが安定化し、マルテンサイト組織を形成し難くなることから、Niの含有量は16.0〜20.0%とした。
【0032】
Co
Coは、マトリックスであるマルテンサイト組織の安定性に大きく影響することなく、Moの固溶度を低下させることによってMoが微細な金属間化合物を形成して析出するのを促進することによって析出強化に寄与するが、その含有量が7.0%未満では必ずしも十分効果が得られず、また10.0%を超えると脆化する傾向がみられることから、Coの含有量は7.0〜10.0%とした。
【0033】
Mo
Moは、時効処理により微細な金属間化合物を形成し、マトリックスに析出することによって強化に寄与する元素であるが、その含有量が3.0%未満の場合その効果が少なく、また6.0%を超えて含有すると粗大なFeMo系ラーベスが析出しやすくなり、かつ延性・靱性が劣化しやすくなるため、Moの含有量は3.0〜6.0%とした。
【0034】
Ti
Tiは、Moと同様に時効処理により微細な金属間化合物を形成し、析出することによって強化に寄与する元素であるが、その含有量が0.4%未満では必ずしも十分効果が得られず、また0.6%を超えて含有させると鋼帯の表面に酸化物を生成し、窒化処理の妨げとなるため、Tiの含有量は0.4〜0.6%とした。
【0035】
Al
Alは、脱酸作用を持つため不可欠な元素であるが、その含有量が0.01%未満では十分効果が得られず、また0.2%を超えて含有させると靱性が劣化することから、Alの含有量は0.01〜0.2%とした。
【0036】
次に不純物として存在する元素の限定理由を述べる。

Cは、炭化物を形成し、金属間化合物の析出量を減少させて疲労強度を低下させるため、本発明ではCの含有量を0.01%以下とした。
【0037】
Si,P,Mn
Si、PおよびMnは、脆化をもたらす不純物元素であるため、本発明ではこれらの含有量を、Si:0.1%以下、Mn:0.1%以下、およびP:0.01%以下とした。
【0038】

Sは、硫化物系非金属介在物を生成する元素であるので、硫化物系非金属介在物を皆無とする本発明では極めて重要な元素である。0.0010%を超えて含有するとTiと結びついて、硫化物系非金属介在物を生成するため、Sの含有量は0.0010%以下とした。
【0039】

Nは、Ti系介在物を形成するため、0.001%を超えて含有するとTi系介在物径を7μmより小さくすることが困難となる。よって、Niの含有量は0.001%以下とした。
【0040】

Oは、酸化物系介在物を形成するため、0.001%を超えて含有すると酸化物系介在物径を14μmより小さくすることが困難となる。よって、Oの含有量は0.001%以下とした。
【0041】
Ca,Mg
Ca,Mgは、酸化物系非金属介在物の大きさに影響を与えるため、本発明ではこれらの含有量を特に厳しく規定した。その理由を以下に述べる。
従来技術で製造されたマルエージング鋼を用いて、自動車用無段変速機に用いられる金属ベルトを作製し、多数の耐久試験(疲労試験)を行ったところ、超高サイクルで破断するものがあった。そのうち、酸化物系介在物を起点に疲労破壊を起したものについて詳細に調査した。
【0042】
図10は、疲労起点となった介在物をFIB(Focused Ion Beam)で切断し、断面からEPMA(エックス線マイクロアナライザ)の線分析により介在物を分析した結果である。これにより、疲労起点となった酸化物系介在物は、脱酸材としたAl以外に、Ca,Mgより構成されていることが明らかになった。Ca,Mgは原料に不純物として含まれているだけでなく、溶解に必要な耐化物から混入するため必ず含有する元素である。
【0043】
そこで、溶解の精錬途中における酸化物系介在物の形態を調べるため、精錬途中の溶鋼を採取し、試料を得た。そして、その試料からEBBM法を用いて酸化物系介在物を抽出分離し、成長形態をSEM観察により検討した。EBBM法は電子ビームで加熱し鋼を溶解することによって、非金属介在物を浮上させSEMで観察する方法である。その結果、Mgが増えると酸化物系介在物の凝集性が高まり成長が促進されること、またCaが増えると大型板状の酸化物系介在物が生成し、成長が促進されることがマルエージング鋼の精錬過程において確認された。そして、Mg,Caが酸化物系介在物の成長を促進せず、径が14μmを超える酸化系介在物が存在しないようにするには、Mgが0.0003%未満、Caが0.0003%未満であることが望ましいことが判明した。
【0044】
Fe,B,Cr
本発明のマルエージング鋼に含有される元素は、上記に規定した元素以外は実質的にFeとしているが、当然のことながら不可避的に混入する不純物は含有されている。例えばBは、結晶粒を微細化するのに有効な元素であるため、靱性が劣化しない0.01%以下で含有させることができ、またCrは窒化層を硬化させる効果があるため、0.5%以下で含有させることができる。
【0045】
・結晶粒度番号8番以上の細粒組織を有すると好適な理由
以上のように、超高サイクルでは介在物径を不感の大きさにすることで材料本来の強度を発揮できることが判明した。そこで、さらに疲労強度を増すために、結晶粒度の違いによる超高サイクルでの疲労強度の変化を試験した。結晶粒度はバー材を冷間引き抜き加工した後に、熱処理によって再結晶させることでさまざまな結晶粒度の材料を得た。これを図11に示す試験片に加工した後、時効した。この試験片を用いて疲労試験を行い、図4に示すS−N線図を作成した。そのS−N線図から10時間強度を読みとってこれをまとめたものが図12である。結晶粒度は試験終了後の試験片の試験部位(図11のφ4mmの部分)をJIS G 0552にしたがう切断法により測定した。ここで判るように、結晶粒度が8番未満では10時間強度が極度に低下する。したがって、結晶粒度をコントロールすることが超高サイクルで高強度とする条件であることが判明した。
【0046】
・加工度および熱処理温度の適正化について
マルエージング鋼はオーステナイトがマルテンサイト変態した組織であるため、オーステナイトの結晶粒度をコントロールすることが好ましい。オーステナイトの結晶粒度は、時効処理前に行う固溶化処理における再結晶によって決まり、再結晶は、固溶化処理前の加工度と固溶化処理での保持温度に依存する。すなわち、マルエージング鋼の結晶粒度をコントロールするには、固溶化処理前の加工度と固溶化処理の保持温度をコントロールすることが望ましい。そこで、種々の加工条件と温度での結晶粒度の違いを試験した。
【0047】
試験は表1に示した1mmの板厚の材料を冷間圧延後、固溶化処理した。これを、固溶化処理前の冷間加工での減面率(%)と固溶化処理の温度(℃)の平面上で示したのが図13である。ここで、固溶化処理は図14に示す温度パターンとして、図中の温度Tを固溶化処理の温度とした。より安定してオーステナイトを得るには図15に示す温度パターンが有効である。また、750℃未満では、粗大なFeMo系ラーベスが析出し、延性・靱性が劣化するため、750℃以上で検討した。
【0048】
【表1】
Figure 2004238718
【0049】
ここで示すように、それぞれの条件により結晶粒度が異なることが判る。加工度が小さいと、再結晶を起さず、回復と結晶粒成長による粗大化が進むだけで有効でない。また、温度については、800℃を超える温度では再結晶が昇温後にすぐさま完了し、その後に結晶粒が成長してしまう。以上のようなことから、加工度が30%以上であり、かつ温度が750℃〜800℃である条件範囲では結晶粒度8番以上のマルエージング鋼を得ることができる。これらの条件は冷間圧延だけではなく冷間引き抜きや冷間鍛造などでも同様である。
【0050】
また、加工度は30%以上であれは、特に上限はないが、実質的には60%を超えるような加工を施すとマルエージング鋼に割れ等が生じる可能性があるため、60%以下が望ましい。以上の実験では均熱温度を2時間としたが、実用的には10分から4時間の範囲であり、上記の最適条件内で処理することが可能である。
【0051】
【実施例】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
真空誘導溶解の後、真空アーク再溶解を行い表2の化学成分のマルエージング鋼A〜Eを製造した。次いで、1280℃×20hの均質化焼鈍を施した後、熱間鍛造および熱間圧延を行った。その後、冷間圧延と加工ひずみ除去のための固溶化処理とを繰り返し行い、厚さ0.32mmのマルエージング鋼帯を作製した。表2にマルエージング鋼帯の化学組成を示す。
【0052】
【表2】
Figure 2004238718
【0053】
次に、表2に示したマルエージング鋼帯からTi系介在物評価用の試験片を5gと酸化物系介在物評価用の試験片100gとを採取した。評価用の試験片は、表面に研磨粉等の酸化物が付着しないように注意し、さらに十分な洗浄を行った。これらの試験片をそれぞれ、混酸(硝酸+塩酸)で溶解後、フィルターで濾過し、濾過面全面をSEMで観察した。この際、5gの試験片は、穴径5μmのフィルターを使用し、Ti系介在物を観察した。そして、観察面において、下記の式を用いてTi系介在物の大きさを測定し、最大のものについて大きさを記録した。
【0054】
【数7】
Figure 2004238718
d:Ti系介在物径
x:介在物の一辺の長さ
y:xと直交する介在物の一辺の長さ
【0055】
また、100gの試験片は、穴径10μmのフィルターを使用し、酸化物系介在物を観察し、全ての個数をカウントした。そして、観察面において、下記の式を用いて酸化物系介在物の大きさを測定し、最大のものについて大きさを記録した。なお、径が最大のTi系介在物および酸化物系介在物の大きさと、酸化物系介在物の個数とを表3に示す。
【0056】
【数8】
Figure 2004238718
D:酸化物系介在物径
a:介在物の長径
b:介在物の短径
【0057】
【表3】
Figure 2004238718
【0058】
次にマルエージング鋼帯A〜Eをベンディングしてループ化したのち、端部同士を溶接して円筒状のドラムを形成した。そして、ドラムを真空炉にて820℃の温度に60分間保持する固溶化処理を行い、溶接歪を除去した。その後、9mm幅に裁断してリングを形成し、厚さ0.185mmまでリング圧延した。そして、圧延されたリングに対し、還元雰囲気下において780℃で2時間保持する固溶化処理を施した。その後、時効処理と窒化処理を施し、CVTベルト用の無端金属ベルトを得た。なお、全ての無端金属ベルトは、表面硬さが850Hv以上であり、硬化層の厚さが25〜30μmで、表面に白層等のない良好な窒化が施されていた。
【0059】
このようにして得られた無端金属ベルトは図16に示すような試験方法で疲労寿命を比較した。破断までの繰り返し曲げ回数を寿命と定義し、無端金属ベルトの回転回数に2を乗ずることで寿命を求めた。試験は径55mmのローラーを用い、回転速度を6000rpmにて実施した。引張力は3100Nとした。耐久試験は、それぞれ100本のベルトで、破断もしくは10回に達するまで行った。破断した回数によって整理した結果と、試験後の無端金属ベルトで測定した結晶粒度とを表4に示す。
【0060】
【表4】
Figure 2004238718
【0061】
表4に示すとおり、鋼帯B、D、Eでは寿命が10回に達する金属ベルトは無かったが、鋼帯Cは寿命が10回に達することができ、鋼帯Aでは全ての寿命が10回に達した。このように、本発明によって従来技術では不可能であった10回の寿命を達成することができた。
【0062】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明によれば、Ti系介在物径と酸化物系介在物径との適正化を図ることにより、これらの介在物が疲労破壊の起点となることを防止し、超高サイクル域で疲労強度の低下を防止することができる。よって本発明は、高い疲労強度が要求される自動車用無段変速機に好適なマルエージング鋼を提供することができる点で有望である。
【図面の簡単な説明】
【図1】(a)はTi系介在物(矩形介在物)起点で破損した破面を示す写真であり、(b)は(a)の放射状円形部分の中心部の拡大写真である。
【図2】図1に示した介在物をEDX(エネルギー分散型エックス線分析装置)で分析した結果を示す図である。
【図3】Ti系介在物の直径を定義するにあたり仮想的に用いたTi系介在物の形状を示す図である。
【図4】介在物起点および表面起点に関するS−N線図を示すグラフである。
【図5】介在物起点に関し、図4に示したS−N線図の10時間強度から求めた、疲労強度と起点の介在物径との関係を示すグラフである。
【図6】(a)は酸化物系介在物(円形介在物)起点で破損した破面を示す写真であり、(b)は(a)の放射状円形部分の中心部の拡大写真である。
【図7】図6示した介在物をEDX(エネルギー分散型エックス線分析装置)で分析した結果を示す図であり、(a)はSi、(b)はCaおよび(c)はAlの各スペクトルを示すグラフである。
【図8】酸化物系介在物の直径を定義するにあたり仮想的に用いた酸化物系介在物の形状を示す図である。
【図9】表面起点に関し、図4に示したS−N線図の10時間強度から求めた、疲労強度と起点の介在物径との関係を示すグラフである。
【図10】疲労起点となった介在物をFIBで切断し、断面からEPMA(エックス線マイクロアナライザ)の線分析により介在物を分析した結果を示し、(a)はEPMAライン分析箇所を示す写真であり、(b)はEPMAライン分析結果を示すグラフである。
【図11】疲労試験に使用した試験片を示す図である。
【図12】図4に示すS−N線図の10時間強度から求めた、疲労強度と結晶粒度番号との関係を示すグラフである。
【図13】表1に示した1mmの板厚の材料を冷間圧延後、固溶化処理したものについて、固溶化処理前の冷間加工での減面率(%)と固溶化処理の温度(℃)との関係を示すグラフである。
【図14】固溶化処理の一の温度パターンを示す図である。
【図15】固溶化処理の他の温度パターンを示す図である。
【図16】無端金属ベルトの疲労寿命試験方法を示す図である。

Claims (5)

  1. Ti系介在物径が7μm以下であり、酸化物系介在物径が14μm以下であることを特徴とするマルエージング鋼。
    ここで介在物径は以下の数式にしたがう値である。
    Figure 2004238718
    d:Ti系介在物径
    x:介在物の一辺の長さ
    y:xと直交する介在物の一辺の長さ
    Figure 2004238718
    D:酸化物系介在物径
    a:介在物の長径
    b:介在物の短径
  2. 介在物径が10μm以上の酸化物系介在物が、150個/100g以下であることを特徴とする請求項1に記載のマルエージング鋼。
  3. 質量%で、Ni:16.0〜20.0%、Co:7.0〜10.0%、Mo:3.0〜6.0%、Ti:0.4〜0.6%、およびAl:0.01〜0.2%を含み、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、前記不可避的不純物の組成が、質量%で、C:0.01%以下、Si:0.1%以下、Mn:0.1%以下、P:0.01%以下、S:0.0010%以下、N:0.001%以下、O:0.001%以下、Mg:0.0003%未満、およびCa:0.0003%未満であることを特徴とする請求項1または2に記載のマルエージング鋼。
  4. 結晶粒度番号8番以上の細粒組織を有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のマルエージング鋼。
  5. 請求項1〜4のいずれかに記載のマルエージング鋼の製造方法であって、加工度が30%以上であり、かつ温度が750℃〜800℃である条件範囲で、加工および熱処理を施すことを特徴とするマルエージング鋼の製造方法。
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