JP2004095451A - イオン源および質量分析装置 - Google Patents
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Abstract
【解決手段】イオン源は,一方の末端側で外径及び内径が一方の末端に向かって小さく形成され,他方の末端から液体試料が導入されるキャピラリー1と,上記一方の末端側の外周に沿ってガスを流し,上記一方の末端から液体試料を噴霧するガスガイド管6と,ガスガイド管にガスを導入するガス導入部5とを具備する。上記一方の末端側が挿入される側で,ガスガイド管の内径が上記一方の末端に向かって小さく形成されている。生成された気体状イオンはイオン取りこみ口7より真空部9へ導入され質量分析計で質量分離される。キャピラリー1の上記一方の先端側の近傍は保持部材3によりガスガイド管2の内部に,キャピラリー1はプラグ4によりイオン源ハウジングに,それぞれ固定される。帯電粒子は吸引ポート8より外部に排除される。
【効果】帯電粒子の真空装置への導入を防止できる。
【選択図】 図1
Description
【発明の属する技術分野】
本発明は微量な生体物質の分析装置に関し,特にタンパク質を網羅的に解析するプロテオーム解析に好適な質量分析装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来,微量生体物質の高感度質量分析では,エレクトロスプレーイオン化(ESI)質量分析法が広く用いられてきた。気体状イオンを生成するESIの詳細は,サイエンス誌,第246巻,第64項〜71項,1989年(Science,Vol.246,pp64−71,1989)に記載されている。通常のESIでは,外径が0.2mm程度の金属製キャピラリーに試料溶液が導入され,キャピラリー末端部で高電界が試料溶液に印加される。その結果,試料溶液が高電界によりキャピラリー末端部から引き出され,液体コーンが形成される。コーン先端部では同一極性のイオンが濃縮される結果,イオン間の斥力が液体の表面張力と同等に達し,不安定化したコーン先端から帯電液滴が放出される。このようにして生成される帯電液滴は,蒸発により気体状イオンを放出する。生成された気体状イオンは真空装置に導入され,質量分析計で分析される。
【0003】
また,質量分析連合総合討論会予稿集第36−37項(1995年)に記載のように,キャピラリー中心軸と質量分析計のイオン取り込み口の中心軸をほぼ直行させる構造が提案された。この手法を用いると,帯電粒子をある程度排除し,気体状イオンのみを優先的に真空装置に取りこむことが可能となる。
【0004】
一般的に,ESIでは,イオン生成効率は試料溶液の流量が低い程,高くなる傾向を示す。しかし,試料溶液の流量が1μL/min(マイクロリットル/分)以下では,液体コーンからの溶媒の蒸発が顕著になり,イオン生成が不安定化したり,イオン生成効率が時間と共に低減する。そこで,キャピラリー末端部だけを数μmから数10μm程度に小さくしたナノスプレー・チップが開発された。このミニチュア化されたESIでは,溶媒の蒸発効果が低減するため、1μL/minから1nL/min(ナノリットル/分)程度の極めて低い試料溶液の流量の領域で安定してイオン生成ができる。
【0005】
また,試料溶液の流量が低いため,生成される帯電液滴のサイズも原理的に小さくなり,結果的にイオン生成効率が向上する。そのため,現在ではミニチュア化されたESIがタンパク解析等にしばしば使用されている。多くの場合,質量分析計のイオン取り込み口の中心軸に,キャピラリー中心軸をほぼ一致させている。
【0006】
一方,USP6147347号やUSP6114693号に記載のように,キャピラリー末端部から音速程度の高速ガス流により試料溶液を噴霧することにより,気体状イオンを生成するソニックスプレーイオン化法(SSI)が極めてソフトなイオン化法として開発された。SSIでは,音速ガス流によるせん断力により試料溶液から微細帯電液滴を生成させ,気体状イオンを効率良く生成させる。イオン生成効率は,液体の流量が減少すると増加する傾向を示す。
【0007】
しかし,これまでSSIは外径が200μm程度の石英キャピラリーを使用し,10μL/min以上の液体の流量で使用されることが多かった。10μL/min以下の流量で使用する場合には,キャピラリー末端で,音速ガス流による液体の吸引が顕著になり,イオン生成の安定化が困難となるためである。ガス流速が低い場合には,液体の吸引効果は低くなるが,噴霧により生成される液滴のサイズは大きくなるため,イオン化効率は高くない。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
生体から抽出された微量生体物質を含む混合溶液を液体クロマトグラフィー(LC)により分離する場合,液体の流量が低い程,高分離が期待される。そのため,液体クロマトグラフィー/質量分析(LC/MS)システムでは,LCにおける液体の流量を低減させることが望ましい。また,LC/MSインターフェースまたはイオン生成部では,液体の流量が低い程,イオン生成効率が高くなる傾向がある。そのため,微量生体物質の高感度分析では,液体の流量の低減が重要である。
【0009】
また,スプレーにより生成される帯電液滴には,必ず不純物由来の不揮発性物質が混入している。そのため,帯電液滴は揮発性溶媒が蒸発した後,帯電粒子として残存する。この帯電粒子がイオンと共に真空装置に導入されると,質量分析装置が汚染されるのみならず,イオン検出の際のノイズ源となり,ピーク判定が困難になってしまう。
【0010】
本発明の目的は,イオン源として,低流量の液体のイオン化に好適な噴霧イオン化インターフェースを提供し,生体から抽出される微量生体物質の混合溶液を高速,高感度で分析でき,タンパク質を網羅的に解析するプロテオーム解析に好適な高感度な質量分析装置を提供することにある。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明のイオン源は,液体試料が導入されるキャピラリーと,このキャピラリーの一方の末端側が挿入されるガスガイド管と,このガスガイド管にガスを導入するガス導入部とを有している。キャピラリーは,一方の末端側で外径及び内径が一方の末端に向かって小さく形成されおり,他方の末端から液体試料が導入される。キャピラリーの一方の末端側の外周に沿ってガスが流され,キャピラリーの一方の末端から液体試料が噴霧(スプレー)される。キャピラリーの一方の末端側が挿入される側で,ガスガイド管の内径がキャピラリーの一方の末端に向かって小さく形成されている。
【0012】
キャピラリーの一方の末端側の近傍は,キャピラリー保持部材により保持され,キャピラリー保持部材に形成される孔の開いたテーパーの部分にキャピラリーの一方の末端側が挿入される。キャピラリー保持部材は,キャピラリーの一方の末端側の近傍とガスガイド管との間に配置されている。さらに、ガスガイド管の内径が最も小さい部分の軸方向の長さが0.1mmから2mmの範囲にあり、ガスガイド管の先端部よりキャピラリーが露出する長さが0.4mm以下である。以上が本発明のイオン源の概要である。
【0013】
本発明の質量分析装置は,上記のイオン源と,このイオン源で生成されたイオンをイオン取りこみ口より導入し質量分離する質量分析計とを有する。イオン取り込み口を,イオン源から発生する荷電粒子の円錐状のビームの外側に配置することにより,帯電粒子のイオン取り込み口から真空装置内部への導入を防止する。より具体的には,キャピラリーの中心軸とイオン取り込み口の中心軸とをほぼ直交させて配置する構成として,あるいは,イオン取り込み口の中心軸上にキャピラリーの一方の末端を配置する構成として,イオン取りこみ口を,キャピラリーの一方の末端を頂点としキャピラリーの中心軸を軸とする頂角が15°をなす,荷電粒子の円錐状のビームの外側に配置する。
【0014】
以上の構成により,液体試料の噴霧により生成される帯電粒子の真空装置への導入を防止し,真空装置内部の電極等の汚染を防止し,帯電粒子によるスパイクノイズの発生を防止できる。
【0015】
【発明の実施の形態】
本発明の実施例では,イオン源として,一方の末端部分の外径及び内径を小さくしたキャピラリーを用いた噴霧イオン化インターフェースを用いた質量分析装置について説明がなされる。
【0016】
本発明の実施例のイオン源では,一方の末端側で外径及び内径が一方の末端に向かって小さく形成されおり,他方の末端から液体試料が導入されるキャピラリーが使用される。キャピラリーの一方の末端側はガスガイド管に挿入され,このガスガイド管にガス導入部からガスが導入され,キャピラリーの一方の末端側の外周に沿ってガスが流され,キャピラリーの一方の末端から液体試料が噴霧される。キャピラリーの一方の末端側が挿入される側で,ガスガイド管の内径はキャピラリーの一方の末端に向かって小さく形成されている。
【0017】
本発明の質量分析装置でのイオン源では,ガスガイド管の先端部で,ガスガイド管の内径の最も小さい部分のガスの流れ方向での長さが,0.1mmから2mmの範囲にある。また,ガス導入部にガスを供給するガス供給部のガスの圧力が10気圧以下に設定される。また,ガスガイド管の先端部でガスガイド管の内径の最も小さい部分でのガスの流れ方向に直交する断面Sと,ガス供給部からガス導入部に供給されるガスの流量F(標準状態換算)とから決定されるパラメーターF/Sの値が350m/s以上1000m/s以下の範囲(ソニックスプレー条件)にある。また,ガス供給部からガス導入部に供給されるガスの圧力を測定するガス圧力計が配置される。さらに,ガス供給部からガス導入部に供給されるガスの流量又は圧力を制御するガス流量コントローラー又はガスバルブが配置される。
【0018】
図1に基づいて,本発明の実施例の質量分析装置を要約すると以下の通りである。イオン源は,一方の末端側で外径及び内径が一方の末端に向かって小さく形成され,他方の末端から液体試料が導入されるキャピラリー1と,上記一方の末端側の外周に沿ってガスを流し,上記一方の末端から液体試料を噴霧するガスガイド管6と,ガスガイド管にガスを導入するガス導入部5とを具備する。上記一方の末端側が挿入される側で,ガスガイド管の内径が上記一方の末端に向かって小さく形成されている。生成された気体状イオンはイオン取りこみ口7より真空部9へ導入され質量分析計で質量分離される。キャピラリー1の上記一方の先端側の近傍は保持部材3によりガスガイド管2の内部に,キャピラリー1はプラグ4によりイオン源ハウジングに,それぞれ固定される。帯電粒子は吸引ポート8より外部に排除される。イオン取り込み口7を,イオン源から発生する荷電粒子の円錐状のビームの外側に配置して,帯電粒子のイオン取り込み口から真空装置内部への導入を防止する。これら構成により,低流量の液体のイオン化に好適な噴霧イオン化インターフェース,高感度な質量分析装置を提供することが可能となる。
【0019】
図1は,本発明の実施例の質量分析装置の主要部の構成例を示す断面図である。試料溶液は,一方の末端部分の外径及び内径を小さくしたキャピラリー1に導入される。このキャピラリーは,イオン源ハウジング2に保持部材3及びプラグ4により固定される。イオン源ハウジング2に,ガス導入口5よりガス(乾燥空気又は乾燥窒素)が導入され,このガスは,ガスガイド管6の内面とキャピラリー1の末端の外面との間から,外部に噴出される。保持部材3には,ガスを通すための隙間が形成され,ガス導入口5より導入されるガスが保持部材3により圧力低下することを防止している。
【0020】
以上のような構成により,キャピラリー1の末端にほぼ音速のガス流を形成でき,高速ガス噴霧により試料溶液から気体状イオンが効率良く生成される。イオン源ハウジング2と電極10に約5kVの高電圧を印加することにより、大気圧下に生成される正に帯電した気体状イオンはイオン取り込み口7に効率良く導入され、真空部9に導入される。真空部9は真空度の異なる複数の部屋から構成され,各部屋は差動排気されおり,図1の最も左の部屋が最も真空度が高く,質量分析計MSが設置されている。
【0021】
試料溶液には多少なりとも不揮発性の物質が含まれるため,噴霧により生成された帯電液滴が完全に気体状分子やイオンに変換されることは期待できない。即ち,帯電した粒子が最後に生成される。この帯電粒子が質量分析計のイオン取り込み口7より真空部9に導入されると,各種電極や細孔が汚染されてイオン収束が不完全化し,イオンの検出感度の低減などを引き起こす。
【0022】
そこで,帯電粒子が質量分析計のイオン取り込み口7より真空部9に導入されることを防止するために,図1に示すように,キャピラリー1の中心軸とイオン取り込み口7の中心軸とをほぼ直交させる。このような構造では,外部電界をイオン取り込み口7に向けて印加することにより,気体状イオンと帯電粒子との易動度の差を利用して分離でき,気体状イオンのみをイオン取り込み口7に導入し,帯電粒子は吸引ポート8より外部に排除できる。
【0023】
イオン取り込み口7とキャピラリー1に導入される試料溶液との間に5kV程度の電圧を印加することにより,イオン生成効率を向上させ,生成された気体状イオンを有効にイオン取り込み口7に電界により収束させることができる。
【0024】
図2は,本発明の実施例の質量分析装置を用いた試料の分析の流れの例を示すブロック図である。サンプルは送液部20に導入され,液体クロマトグラフなどの分離部21で分離された後,イオン源22に導入される。イオン源22にガス供給部23よりガス(乾燥空気又は乾燥窒素)が一定圧力または一定流量で導入される。イオン源22で生成される気体状イオンは質量分析計24に導入され,質量分離された後に検出器25で検出される。検出器25の出力は制御部26に伝達され,情報処理部27に伝達されてデータ処理される。また,制御部26は,送液部20,イオン源22,質量分析計24の制御を行う。
【0025】
図3は,本発明の実施例のイオン源の構成例を示す断面図である。一方の末端の外径及び内径を小さくした石英製キャピラリー1に,試料溶液が10マイクロL/min以下の低流量で導入される。このキャピラリーはイオン源ハウジング2に保持部材3およびプラグ4により固定される。イオン源ハウジング2には,ガス導入口5よりガス(乾燥空気又は乾燥窒素)が導入され,このガスはガスガイド管6の内面とキャピラリー1の末端の外面との間から外部に噴出される。保持部材3にはガスを通すための隙間が形成されており,ガス導入口5より導入されるガスが保持部材3により圧力の低下損失を受けることを防止している。
【0026】
石英製キャピラリー1の尖った末端は非常に壊れ易く,保持部材3は石英製キャピラリー1の末端がガスガイド管6と接触して破損することを防止している。
このことは,特にイオン源を組上げる時に重要であり,キャピラリー1が挿入されてくる側の保持部材3にテーパーが形成されている。また,試料液体に接触する電極10により,試料液体に電圧を印加できる。この電極10は,キャピラリー1の末端部の外側に金などの導体をスパッターさせ金属膜を形成し,キャピラリー1の末端で液体と導通させても,問題はない。
【0027】
石英製キャピラリー1の尖った末端を,0から0.2mm程度だけガスガイド管6の末端より露出させることが,イオン生成効率の観点からは望ましい。断熱膨張により加速される高速ガス流に晒されることにより,試料溶液から微細な帯電液滴が生成し,多量の気体状イオンが生成されるためである。実際には,キャピラリー1の末端を,2mm以上,ガスガイド管6の末端より露出させると,生成されるイオンの量は非常に少なくなる。
【0028】
一方,石英製キャピラリー1の尖った末端が,ガスガイド管6の末端から0.5mm程度内部に位置する場合,生成されるイオンの量は少なくなる。試料溶液が,直接加速される高速ガス流に晒されることがないため,帯電液滴のサイズは小さくならないためである。
【0029】
また,キャピラリー1の尖った末端における内径が小さいほど,高速ガス流による試料溶液の引き出し効果が低減し,低流量でもイオン生成が安定する。例えば,キャピラリー1の末端の内径が100μmでは,液体の流量を1μL/min以下で,安定にイオン生成することは困難である。しかし,キャピラリー1の末端の内径が5μmでは,20nL/minで安定にイオン生成できる。
【0030】
ガス流速が高い程,ガス噴霧により生成される帯電液滴のサイズは低減し,イオン生成効率は向上する。しかし,ガス流速が超音速領域にあると,衝撃波が形成されるため帯電液滴のサイズはむしろ増加する。そのため,ガス流速がほぼ音速の場合に,最も微細な帯電液滴が形成される。USP第6147347号に記載のように,ガスガイド管6の内径が最も小さい部分のガス流方向に直交する断面Sとガス導入口5からイオン源ハウジング2に導入されるガスの流量F(標準状態換算)とから決定されるパラメーターF/Sの値が,350m/s以上1000m/s以下の範囲にある場合,キャピラリー1の末端でのガス流速がほぼ音速になる。(ガス流は圧縮性流体であるため,パラメーターF/Sは速度と同一のディメンジョンだが,ガス速度とは異なる。)
ガスガイド管6の末端から外部(例えば,大気中)に噴出するガスの流速は,イオン源ハウジング2に導入されるガスの圧力が高くなるほど,高くなる。ガスガイド管6の末端部の内径の最も小さい部分の中心軸方向の長さが理想的にゼロならば,等エントロピー流を仮定でき,次式が成立する(生井武文,松尾一泰著,圧縮性流体の力学,理工学社,東京,1977)。
P0/P={1+(k−1)M2/2}k/(k−1)
ここで,P0,P,k,Mは,それぞれ,イオン源ハウジング2に導入されるガスの圧力,イオン源ハウジング2の周囲のガス圧力,ガス比熱比,マッハ数である。窒素ガスや空気を導入する場合は,k=1.4である。P=1気圧の場合,音速ガス流(M=1)の形成には,上式より,ガス導入口5からイオン源ハウジング2に導入されるガスの圧力P0が1.8929気圧だけ必要であると見積もられる。
【0031】
実際には,ガスガイド管6の末端部の内径の最も小さい部分の中心軸方向の長さが無視できないため,圧力損失を考慮する必要が生じ,等エントロピー流の場合に比較してより高いガス圧力P0が要求される。しかし,現実的に10気圧以上のガス圧力をガス供給部から供給することは,配管などの耐圧性やコストを考慮すると現実的ではない。
【0032】
しかし,ガスガイド管6の末端部の内径の最も小さい部分の中心軸方向の長さが2mm程度の場合には,ガス供給部のガス圧力が5気圧以下で音速ガス流が形成できる。さらに,0.1mmの場合には,殆ど圧力損失は無視され,約2.1気圧で音速ガス流が形成される。ガスガイド管6の末端部の内径の最も小さい部分の中心軸方向の長さが短い程,圧力損失が低減し,等エントロピー流に近づく。物理的な強度から,ガスガイド管6の末端部の内径の最も小さい部分の中心軸方向の長さは0.1mmから2mm程度の範囲にあることが現実的であり,その場合に,ガス供給部のガス圧力は,10気圧以下の範囲で高いイオン生成効率を実現できる。
【0033】
図4は,本発明の実施例のイオン源を用いて得られた質量スペクトルの例を示す図である。試料溶液は,濃度1μM(マイクロモラー)のブラディキニン(bradykinin)溶液(溶媒は,蟻酸/アセトニトリル/水=0.1/50/50%,v/v/v)であり,シリンジポンプによりキャピラリー1に一定流量で導入した。
【0034】
図4(a),図4(b),図4(c)は,それぞれ,液体の流量が1,0.3,0.1μL/minの条件で得られた質量スペクトルである。質量数m/z=531にプロトンが2個付加したブラディキニン分子が検出されている。そして,検出されるイオン強度があまり強く液体の流量依存性を持たないことが示される。
【0035】
使用したイオン源の石英キャピラリー1の末端での外径は約15μmであり,ガスガイド管6の末端部の内径は0.4mm,厚さ0.1mmである。圧力計の付いたニードルバルブで約2.1気圧に調節し,窒素ガスをガス導入口5に導入することにより,音速ガス流による噴霧を実現した。キャピラリー1とイオン取り込み口7との間の距離は約3mmであり,質量分析計として,日立M−8000型四重極イオントラップ質量分析装置を使用した。ここでは,ガスガイド管6に−1.5kV,試料溶液に接触する電極10に0Vの電圧を印加し,キャピラリー1の中心軸とイオン取り込み口7の中心軸をほぼ一致させた。
【0036】
電圧印加方法は文献(Rapid Communication in Mass Sectrometry,10(1996)1703)に記載の通りであるが,ガスガイド管6と試料溶液に接触する電極10に約+2.3kVの電圧を印加しても同様の結果が得られる。この場合,ガスガイド管6に電圧を印加しなくてもイオン生成することが多いが,再現性が低減することがある。
【0037】
図5は,本発明の実施例の質量分析装置のイオン源の近傍の断面図であり,帯電粒子の除去の原理を説明するための図である。イオン源のキャピラリー1の末端からガス噴霧により生成される帯電液滴は,溶媒分子の蒸発に伴い,気体状イオンを生成する。
【0038】
しかし,帯電液滴の生成時に液滴中に不揮発性物質が含まれることが多いため,噴霧により生成された帯電液滴は,完全にガス化せず,10nm程度の帯電粒子となる。このような帯電粒子はガス流により直進する傾向が見られる。
【0039】
写真撮影を行った結果,図5に模式的に示すように,帯電粒子は,キャピラリー1の末端を頂点として,キャピラリー1の中心軸を軸として特定の角度(頂角)(15°)をもつ円錐状ビーム28を形成することが観察された。この特定の角度(頂角)は,円形ノズルからの噴流の場合には,9.5°と見積もられるが(N.Rajaratnum著,野村安正訳,噴流(Turburent Jets),森北出版),オリフィスからの噴流の場合には,円形ノズルの場合より周囲のガスとの混合が促進されるため,15°に拡大されたものと説明される。
【0040】
この帯電粒子がイオン取り込み口7から真空装置内部に導入されると,各種電極が汚れてイオン収束に支障をきたす。このことは,クリーニングなどのメンテナンス頻度が高くなることを意味する。さらに,検出器で帯電粒子が直接検出される場合には,ランダムなスパイクノイズとして検出され,感度低減の原因となる。
【0041】
図1,図5に示すように,キャピラリー1の中心軸とイオン取り込み口7の中心軸とをほぼ直交させる配置として,イオン取り込み口7を荷電粒子の円錐状のビーム8の外側に設置することにより,帯電粒子のイオン取り込み口7から真空装置内部への導入を防止できる。このような条件下では,質量分析装置のメンテナンス低減のみならず,高感度イオン検出が可能となる。
【0042】
図6は,本発明の実施例の質量分析装置のイオン源の近傍の断面図であり,帯電粒子の除去の原理を説明するための図である。図6に示す構成によって,帯電粒子がイオン取り込み口7から真空装置内部に導入されることが防止される。イオン取り込み口7の中心軸上にキャピラリー1の先端部を配置するとき,キャピラリー1の中心軸とイオン取り込み口7の中心軸がなす角度が165°(=180°―15°)である。キャピラリー1の中心軸とイオン取り込み口7の中心軸がなす角度が165°以上の角度では,帯電粒子がイオン取り込み口7から真空装置内部に導入されるので,キャピラリーの中心軸とイオン取りこみ口7の中心軸とのなす角度を165°以下とする。
【0043】
図7は,本発明の実施例の質量分析装置を用いた液体クロマトグラフ/質量分析(LC/MS)システムの構成例を示すブロック図である。液体リザーバー−1a,−1b(30a,30b)に用意された液体が,LCポンプ−1a,−1b(31a,31b)により混合されて,一定流量で1次元目LCカラム33に導入される。μL程度の多種類の物質からなる混合試料溶液は,インジェクションバルブ32より,1次元目LCカラム33に導入され分離されるが,多種類の物質からなる混合溶液の場合には,分離は不充分である。分離された混合試料溶液は,六方バルブ34を経て,トラップカラム35で吸着される。
【0044】
次に,六方バルブ34が所定のタイミングで切り替わり,LCポンプ−2a,−2b(36a,36b)により,液体リザーバー−2a,−2b(37a,37b)に用意された別の液体がトラップカラム35に導入され,トラップカラム35に吸着されていた混合試料を着脱させ,一方の末端の外径及び内径が小さいキャピラリー1に導入される。キャピラリー1には,予め分離用充填剤ビーズが充填あるいはモノリスカラムが形成されており,導入される混合試料を分離できる。
【0045】
キャピラリー1に導入される液体の流量を低減させれば,より高い分離能を得ることができ,複雑な混合物の分離,分析には極めて有効である。典型的な液体の流量は,200nL/minだが,50nL/min程度のより低い流量で使用することも現実的である。先に説明した図5又は図6に示すように,キャピラリー1の末端から生成される気体状イオンは質量分析計(MS)38に導入され,解析される。本発明の実施例の質量分析装置を用いた液体クロマトグラフ/質量分析(LC/MS)システムは,特に生体から抽出されたタンパク混合液を酵素消化して得られるペプチド混合液の分析に,有効である。
【0046】
図8は、本発明の別の実施例における質量分析装置の主要部の構成例を示す断面図である。試料溶液は、尖った末端部分の外径が5μmから15μm程度の石英キャピラリー1(他端の外径は360ミクロン)に導入される。このキャピラリーは、イオン源ハウジング2に保持部材3及びプラグ4に挿入される管36(絶縁体)により固定される。この保持部材3及び管36のキャピラリー1が挿入される側にはテーパーがついており、イオン源組み立て時にキャピラリー1の破損を防止している。この例では、キャピラリー1は尖っていない方の末端から、保持部材3及び管36に挿入する。(キャピラリー1を交換する場合には、管36より下流側を左方に移動させ、キャピラリー1をガスガイド管6の穴から保持部材3及び管36に挿入する。)イオン源ハウジング2に、ガス導入口5よりガスが導入され、このガスは、ガスガイド管6(内径の最も小さい部分の軸方向の長さは0.5mm)の内面とキャピラリー1の末端の外面との間から、外部に噴出される。保持部材3には、ガスを通すための隙間が形成され、ガス導入口5より導入されるガスが保持部材3により圧力低下することを防止している。試料溶液の電位は電極10の電位で決定され、本実施例の場合には接地電位である。一方、金属製のガスガイド管6には−1.2kV程度の電圧が印加されるが、試料溶液とは絶縁されている。電極10とガスガイド管6との間に相対的に上記のような電圧印加を行うと、正イオンを効率よく生成することができる。負イオン生成時には、ガスガイド管に極性を反転した電位を印加する。キャピラリー1と質量分析計のイオン取り込み口7とは、ほぼ同軸の関係にあり、間隔は2から5mm程度である。試料溶液流量が100nL/minの場合、質量分析計で検出されるイオン強度のガス圧力(外気との差圧)依存性を図9に示す。この結果はガスガイド管6の内径の最も小さい部分の内径が0.4mmのものを使用して得られたが、0.3mmの場合でも結果は殆ど変わらない。純粋なソニックスプレーでは、イオン強度は音速条件(等エントロピー流を仮定すると約90kPa)で最大となる。ところが、本実施例では、ソニックスプレーに好適な条件でも充分なイオン強度を得ることができるが、ガス流速が音速より低い場合にも充分なイオン強度を得ることができ、ガスを流さないとイオンは生成されないことが示される。実際には約20kPaで使用すると最も高感度に分析が可能となる。等エントロピー流を仮定すると、この場合の流速はマッハ0.52と見積もられる。キャピラリー1末端の尖った部分では、強い電界により試料溶液中の正負イオンが分離される。その溶液中では、キャピラリー1内径がμmオーダーと非常に小さく、液体流量(流速)も低いため、正イオンが極限的な濃度に到達することができる。その結果、正に帯電した試料溶液が、キャピラリー1末端において静電力により解裂し、微細な帯電液滴を形成すると説明される。微細な帯電液滴が蒸発することにより、気体状イオンは効率よく生成される。そのため、ガス流は試料溶液の噴霧よりも、むしろ、キャピラリー1末端とガスガイド管6との間で発生し得る放電の防止、及び、キャピラリー1末端から生成されるイオンのイオン取り込み口7への有効な輸送、さらに帯電液滴の蒸発促進に使用されている。そのため、キャピラリー1はガスガイド管6末端から露出する必要があるが、その露出長dが長すぎると強い電界が印加される部分のキャピラリー1内径が大きくなり、極限的なイオン濃度に到達することができない。そのため、露出長dは0.4mm以下が望ましく、キャピラリー1の加工精度を考慮すると、実際には0.2mm程度が有効である。また、キャピラリー1がガスガイド管6に接触すると放電する可能性が生じるため、保持部材3でキャピラリー1を精度良く固定することが重要である。細くなった末端部分の外径が15μm程度の石英キャピラリー1を用いた場合、試料溶液の流量は20から1000nL/minの流量範囲で、安定にイオン生成することができる。また、ミニチュア化されたESIと比較しても、検出されるイオン強度は2倍以上高い。ミニチュア化されたESIでは、エレクトロスプレー開始電圧から200V程度高い電圧を印加して使用することが多い。擬分子イオン生成の観点からは放電を防止することが望ましく、より高い電圧を印加することはまれである。一方、本実施例では、放電の心配がないため、充分に高い電界を液体に加えることができる。その結果、噴霧直前の試料溶液では極限的なイオン濃度が実現し、生成されるイオン量も増加したと説明される。
【0047】
【発明の効果】
本発明によれば,低流量の液体のイオン化に好適な噴霧イオン化インターフェース(イオン源)が実現でき,生体から抽出される微量生体物質の混合溶液を高速,高感度で分析でき,微量タンパク質を網羅的に解析するプロテオーム解析等に好適な高感度な質量分析装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施例の質量分析装置の主要部の構成例を示す断面図。
【図2】本発明の実施例の質量分析装置を用いた試料の分析の流れの例を示すブロック図。
【図3】本発明の実施例のイオン源の構成例を示す断面図。
【図4】本発明の実施例のイオン源を用いて得られた質量スペクトルの例を示す図。
【図5】本発明の実施例の質量分析装置のオン源の近傍の断面図であり,帯電粒子の除去の原理を説明するための図である。
【図6】本発明の実施例の質量分析装置のオン源の近傍の断面図であり,帯電粒子の除去の原理を説明するための図である。
【図7】本発明の実施例の質量分析装置を用いた液体クロマトグラフ/質量分析(LC/MS)システムの構成例を示すブロック図。
【図8】本発明の実施例の質量分析装置のオン源の近傍の断面図。
【図9】本発明の実施例の質量分析装置における検出されたイオン強度のガス圧力依存性。
【符号の説明】
1…キャピラリー,2…イオン源ハウジング,3…保持部材,4…プラグ,5…ガス導入口,6…ガスガイド管,7…イオン取り込み口,8…吸引ポート,9…真空部,10…電極,20…送液部,21…分離部,22…イオン源,23…ガス供給部,24,38…質量分析計,25…検出器,26…制御部,27…情報処理部,28…荷電粒子の円錐状ビーム,30a,30b,37a,37b…液体リザーバー,31a,31b,36a,36b…LCポンプ,32…インジェクションバルブ,33…1次元目LCカラム,34…六方バルブ,35…トラップカラム、36…管。
Claims (16)
- 一方の末端側で外径及び内径が前記一方の末端に向かって小さく形成され,他方の末端から液体試料が導入されるキャピラリーと,前記キャピラリーの一方の末端側が挿入されるガスガイド管であり,前記キャピラリーの一方の末端側の外周に沿ってガスを流し,前記キャピラリーの一方の末端から前記液体試料を噴霧するガスガイド管と,前記ガスガイド管にガスを導入するガス導入部とを有し,前記キャピラリーの一方の末端側が挿入される側で,前記ガスガイド管の内径が前記キャピラリーの一方の末端に向かって小さく形成されていることを特徴とするイオン源。
- 請求項1に記載のイオン源に於いて,前記キャピラリーの一方の末端側の近傍と前記ガスガイド管との間にキャピラリー保持部材が設置され,前記キャピラリーの一方の末端側が挿入される前記キャピラリー保持部材の部分にテーパーが形成されていることを特徴とするイオン源。
- 請求項1に記載のイオン源に於いて,前記ガスガイド管の先端部で,前記ガスガイド管の内径の最も小さい部分の前記ガスの流れ方向での長さが,0.1mmから2mmの範囲にあることを特徴とするイオン源。
- 請求項1に記載のイオン源に於いて,前記ガスガイド管の先端部より前記キャピラリーが露出する長さが0.4mm以下であることを特徴とするイオン源。
- 一方の末端側で外径及び内径が前記一方の末端に向かって小さく形成され,他方の末端から液体試料が導入されるキャピラリーと,前記キャピラリーの一方の末端側が挿入されるガスガイド管であり,前記キャピラリーの一方の末端側の外周に沿ってガスを流し,前記キャピラリーの一方の末端から前記液体試料を噴霧するガスガイド管と,前記ガスガイド管にガスを導入するガス導入部とを具備し,前記キャピラリーの一方の末端側が挿入される側で,前記ガスガイド管の内径が前記キャピラリーの一方の末端に向かって小さく形成されているイオン源と,前記イオン源で生成されたイオンをイオン取りこみ口より導入し質量分離する質量分析計とを有することを特徴とする質量分析装置。
- 請求項5に記載の質量分析計に於いて,前記キャピラリーの一方の末端側の近傍と前記ガスガイド管との間にキャピラリー保持部材が設置され,前記キャピラリーの一方の末端側が挿入される前記キャピラリー保持部材の部分にテーパーが形成されていることを特徴とする質量分析装置。
- 請求項5に記載の質量分析計に於いて,前記ガスガイド管の先端部より前記キャピラリーが露出する長さが0.4mm以下であることを特徴とする質量分析装置。
- 請求項5に記載の質量分析計に於いて,前記イオン取り込み口を,前記イオン源から発生する荷電粒子の円錐状のビームの外側に配置することを特徴とする質量分析装置。
- 請求項5に記載の質量分析計に於いて,前記キャピラリーの一方の末端を頂点とし,前記キャピラリーの中心軸を軸とする頂角が15°をなす円錐の外側に,前記イオン取りこみ口が設置されることを特徴とする質量分析装置。
- 請求項5に記載の質量分析計に於いて,前記キャピラリーの中心軸と前記イオン取りこみ口の中心軸とのなす角度が165°以下であることを特徴とする質量分析装置。
- 請求項5に記載の質量分析計に於いて,前記ガスガイド管の先端部で,前記ガスガイド管の内径の最も小さい部分の前記ガスの流れ方向での長さが,0.1mmから2mmの範囲にあることを特徴とする質量分析装置。
- 請求項11に記載の質量分析計に於いて,前記ガス導入部に前記ガスを供給するガス供給部のガスの圧力が2気圧から10気圧以下であることを特徴とする質量分析装置。
- 請求項5に記載の質量分析計に於いて,前記ガスガイド管の先端部より前記キャピラリーが露出する長さが0.4mm以下であることを特徴とする質量分析装置。
- 請求項5に記載の質量分析計に於いて,前記ガスガイド管の先端部で前記ガスガイド管の内径の最も小さい部分の前記ガスの流れ方向に直交する断面Sと,前記ガスを供給するガス供給部から前記ガス導入部に供給される前記ガスの流量F(標準状態換算)とから決定されるパラメーターF/Sの値が350m/s以上1000m/s以下の範囲にあることを特徴とする質量分析装置。
- 請求項5に記載の質量分析計に於いて,前記ガスを供給するガス供給部から前記ガス導入部に供給されるガスの圧力を測定するガス圧力計が設置されることを特徴とする質量分析装置。
- 請求項5に記載の質量分析計に於いて,前記ガスを供給するガス供給部から前記ガス導入部に供給されるガスの流量又は圧力を制御するガス流量コントローラー又はガスバルブが設置されることを特徴とする質量分析装置。
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