明 細 書 脱髄疾患の 防!び治療薬 [技術分野]
本発明は、 エリスロポエチン (E P O) を有効成分とした脱髄性神経機能障害 疾患、 特に脱髄性脳機能障害疾患に対する予防 ·治療薬に関する。
[背景技術]
近年、 MRI等の画像診断技術の進歩に伴う知見により、 脳梗塞の多発と痴呆と の間で、必ずしも明らかな対応があるわけでなく、ビンスヮンガー(Binswanger) 型の脳梗塞、 及び白質粗化 (leuko-ariosis) が痴呆症候とよく対応すること が指摘されている。 さらに、 卒中発作を伴わない小血管性病変が進行し、 痴呆に 至るケースが多いことが我が国の臨床調査により報告されている (秋口ら、 1 9 9 5 )。 ビンスワンガー型の脳梗塞のみならず、 高齢者の脳においても、 灰白質に 比べ白質の脱落は顕著で、 とりわけミエリン (myelin ) の損失が激しいことが 指摘されている。 これらの報告から、 従来、 脳血管性痴呆と一括りにしていた疾 患の多くが、 脱髄による痴呆である可能性が考えられる。 ミエリンはオリゴデン ドロサイト ( oligodendrocyte:稀突起神経膠細胞) の形質膜が神経軸束を取 り囲み形成する髄鞘であり、 この髄鞘が一次性に障害される脱髄によって、 軸束 を伝わるインパルス (impulse) の精度や伝導速度が低下し、 このことが記憶消 失などの高次機能障害や運動障害を引き起こすと考えられる。脱髄が進行すると、 ついには神経細胞そのものも変成脱落する。 従って髄鞘を形成し、 神経細胞をサ ポ一トするオリゴデンド口サイトを活性化することが神経細胞の機能を維持する 上でも重要であり、 従来の神経細胞だけを活性化する治療法では、 脱髄性疾患の 機能修復は望めない。
この様な痴呆を示す脱髄性の疾患は、 高齢化が急速に進行する現在では、 重要 な問題となりつつある。 これら疾患を予防 ·治療するための、 オリゴデンドロサ イトに対する、 従来とは異なる機序の治療薬の開発が急がれている。 従って、 本
発明の目的は、 脱髄に伴う各種疾患の予防と治療に有効である予防 ·治療薬を提 供することにある。
[発明の開示]
本発明者らは、 分化段階が均一な未成熟オリゴデンドロサイトの培養法を開発 し(Sakurai et al . , 1998 )、 オリゴデンドロサイトの成熟に伴って特異的に 発現してくるミエリン塩基性蛋白 (myelin basic protein: MBP ) の発現や、 突起の形態 ·数を指標として、 オリゴデンドロサイトの成熟を促進する因子につ いて鋭意研究を重ねた。 その結果、 造血因子であるエリスロポエチンが、 直接あ るいはァストロサイト ( astrocyte:星状神経膠細胞) を介して MBPの発現を 促進し、 オリゴデンドロサイトの成熟作用があることを見出し、 本発明に到達し た。
本発明の目的は、 脱髄に伴う各種疾患の予防と治療に有効である予防 ·治療薬 を提供することにある。 脱髄が起こると再髄鞘化 (remyelination) により修 復されることが、キュプリゾーン'モテル(Cuprizone model) ( Ludwin 1980; Johnson & Ludwin , 1981 ) 、 'I曼'性 EAEモデレを用レた実験により(Raine et al . , 1988 )、 及び MS患者脳での研究により(Harrisosn , 1983 ; Prineas , 1975 , 1978 )報告されている。 ミエリンは一度作られるとそのまま存在するの でなく、崩壊と再髄鞘化が起きていると考えられるようになってきている。事実、 成人においても、 未成熟のオリゴデンドロサイトの未分化 (progenitor) 細胞 が脳室下帯 (subventricular zone) のみならず、 大脳皮質 (cortex) の白 質領域でも確認されており(Gensert & Goldman , 1996 )、 ミエリン形成が崩 壌と形成の動的平衡の下で、 これら未分化なオリゴデンドロサイトの新生一移動 一成熟によって担われている可能性が高い(Gensert & Goldman , 1997 ; Roy et al . , 1999 )。
[図面の簡単な説明]
図 1は、 培養神経系細胞及び単離した腎臓、 肝臓組織における Ε Ρ Ο及び Ε Ρ 〇— Rの mRNAレベルでの発現を示す写真である。
ラッ卜胎児脳から初代培養した神経系細胞(オリゴデンドロサイト 、ァスト口
サイト、 ニューロン) 及び adultラットから単離した腎臓、肝臓組織を用いて、 RT— PCR法で mRNAレベルでの E P 0及び E P〇— Rの発現を調べたところ、 用 いた全ての細胞 ·組織で EPO— Rの発現と、 腎臓に匹敵する程度の強い EPO の発現がオリゴデンドロサイトに認められた。 j3-actinはコントロールとして 用いた。
図 2は、 ォリゴデンドロサイト細胞における E P O— Rの発現を示す写真であ る。 04陽性オリゴデンドロサイト(b)は、 EPO— Rの発現が細胞体全域および 突起に認められた (c)。 写真 aは位相差写真である。 - 図 3は、 ァス卜口サイト細胞における EPO— Rの発現を示す写真である。
GFAP陽性ァストロサイト(B)は、 EPO— Rの発現が核を除く細胞表面上に広く '粒状に観察された(A)。 写真 Cは位相差写真である。
図 4は、 MBP陽性オリゴデンドロサイト細胞の割合に対する EPOの影響 (A) と EPOによる細胞当たりの平均突起数の変化(B)を示すグラフである。
各濃度の EPO (0.0001-0. lU/ml) を 3日間処理した後、抗- MBP抗体陽性 細胞の割合と細胞当たりの突起数を蛍光顕微鏡で写真撮影後計測すると、 EPO 添加により MBP陽性の上昇と突起数の増大がみられる。数値は平均値士標準誤差 で表し、 6つの独立した観察から値を求めた。 統計的有意差は Durmetの多重比 較で検定した (*: p<0.05、 **: pく 0.01)。
図 5は、 ァストロサイトの BrdU取り込みに対する EPOの作用を示すグラフ である。
細胞に BrdU (20PLK) と薬物を添加し、 24時間後に細胞固定後、 抗ー BrdU 抗体及び抗ー GFAP抗体で免疫染色し、 BrdU陽性細胞数の割合を計測した。 LPS (20 ig/ml)、 E P 0添加により用量依存的な BrdUの取り込み促進が認められ た。 数値は 3- 4つの独立した観察の平均値士標準誤差で表す。 統計的有意差は Dunnetの多重比較で検定した (*: pく 0.05、 **: p<0.01)。
図 6は、 オリゴデンドロサイトの培養系において、 共存ァストロサイト数の増 加に及ぼす高濃度 E P〇の影響を示すグラフである。
高濃度の EPO (1, 3, lOU/ml) を培養系に添加したところ、 lU/ml以上の
E P O添加で、 用量依存的に共存する GFAP陽性ァスト口サイト数の増加が観察 され (A)、 併せてオリゴデンドロサイト (01陽性) の生存数の増大 (B) や、 成 熟促進 (突起の発達) (C) も観察された。 数値は 4一 6の独立した観察の平均値 土標準誤差で表し、統計的有意差は Dunnetの多重比較で検定した(*: pく 0.05、 **: p<0.0l)o
図 7は、 ァストロサイト/オリゴデンドロサイト共培養系における、 オリゴデ ンドロサイトの成熟促進に及ぼす可溶性 EP〇— R、 抗ー EP〇抗体添加の影響 を示すグラフである。
ァストロサイトの feeder layer上にオリゴデンドロサイトを培養し、 細胞 接着後可溶性 EPO— R、 抗— EPO抗体を添加し、 3日後に抗— MBP抗体によ る免疫染色を行うことで、 MBP'陽性細胞の割合と、 細胞体当たり 3本以上の突起 を形成している MBP陽性細胞の割合を算定した。数値は平均値士標準誤差で表し、 4- 7つの独立した観察から値を求めた。 統計的有意差は Dunnetの多重比較で 検定した (*: pく 0.05、 **: pく 0.01)。
[発明を実施するための形態]
本発明は、 従来の神経細胞のみを標的とした薬物による治療法と異なり、 オリ ゴデンドロサイ卜に直接に、 及び/又はァストロサイトを介して間接的にエリス ロポェチンを作用させることにより、 脱髄を防ぎ、 それによつて、 未分化なオリ ゴデンドロサイトを成熟化させることで再髄鞘化を促進する作用が期待できる画 期的な脱髄疾患の予防 ·治療薬及び予防 ·治療法を提供するものである。
本発明における脱髄疾患とは、 広義には髄鞘が一次性に障害される疾患群を意 味するものであるが、 実際には白質ジストロフィーなどの髄鞘形成不全疾患や原 因の明らかな疾患を除いて、 原因不明の炎症性の髄鞘病変を主体とする疾患群で あると定義される。 多発性硬化症 (MS) は脱髄疾患の代表的疾患であり、 病理 学的には炎症性の脱髄を主体とする変化とダリオ一シスが特徴である。 病因は不 明であるため、 診断はその臨床的特徴である中枢神経病変の空間的多発性と時間 的多発性によってなされる。 さらに、 急性散在性脳脊髄炎 (ADEM)、 炎症性広 汎性硬化症、 急性、 亜急性壊死性出血性脳脊髄炎等が脱髄疾患に含まれる。
末梢神経組織において髄鞘はシュワン (Schwann) 細胞によりそれらが障害さ れると末梢性の脱髄疾患が引き起こされる。 しかしながら、 本発明では中枢性の 脱髄疾患について主に説明する。
本発明で使用する活性成分であるエリスロポエチン (EPO) は 、 例えば、 ヒ ト再生不良性貧血患者の尿から抽出して得られた天然のヒト EPO (特公平 1一 38, 800号公報) や、 ヒト EPOのアミノ酸配列に対応するメッセンジャー RNA (mRNA) を採取し、 その mRN Aを利用して組換 D N A体を作成し、 次いで適当な宿主 (例えば、 大腸菌の如き菌類や、 酵母類や、 植物の細胞株や、 COS細胞、 チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO)、 マウス C一 127細胞 等の動物の細胞株等) で生産させる遺伝子組換技術により製造されたもの 〔例え ば、 特公平 1— 44, 317号公報、 Ke nn e t h J a c o b s等, Na t u r e , 3 13, 806〜 810 (1985)〕 等を挙げることができる。
また、 本発明で使用できる ΕΡΟは、 上記由来のものの外に、 それらの改変体 であってもよい。 ΕΡΟ改変体としては、 例えば、 特開平 3— 151399号公 報に記載された改変体が挙げられる。 上記 ΕΡ〇改変体としては、 もとの糖蛋白 質のペプチド鎖の Asnが Gin に変異し、 結合する N結合型糖鎖の結合数が変異 したものがある。 また他に、 アミノ酸変異としては、 特開平 2— 59599号公 報、 特開平 3— 72855号公報記載のものが挙げられる。 即ち、 EPOの有す る EPOレセプターへの作用特性を失わない限り、 アミノ酸の変異、 欠失、 付加 は何個でもよい。
本発明の EPOを有効成分とする製剤については、 その投与方法や剤型に応じ て必要により、 懸濁化剤、 溶解補助剤、 安定化剤、 等張化剤、 保存剤、 吸着防止 剤等を添加することができる。 ここで、 懸濁化剤の例としては例えばメチルセル ロース、 ポリソルベート 80、 ヒドロキシェチルセルロース、 アラビアゴム、 ト ラガント末、 カルポキシメチルセルロースナトリウム、 ポリオキシエチレンソル ビタンモノラウレート等を挙げることができ、 溶解補助剤としては例えばポリォ キシエチレン硬化ヒマシ油、 ポリソルベート 80、 ニコチン酸アミド、 ポリオキ
'一ト、 マグロゴ一ル、 ヒマシ油脂肪酸ェチルェ
ステル等を挙げることができ、 安定化剤としては例えばヒト血清アルブミン、 デ キストラン 4 0、 メチルセルロース、 ゼラチン、 亜硫酸ナトリウム、 メタ亜硫酸 ナトリゥム等を挙げることができ、 等張化剤としては例えば D—マンニトール、 ソルビトール等を挙げることができ、 また、 保存剤としては例えばパラォキシ安 息香酸メチル、 パラォキシ安息香酸ェチル、 ソルビン酸、 フエノール、 クレゾ一 ル、 クロ口クレゾ一ル等を挙げることができ、 更に、 吸着防止剤としては例えば ヒト血清アルブミン、 レシチン、 デキストラン、 エチレンオキサイド ·プロピレ ンオキサイド共重合体、 ヒドロキシプロピルセルロース、 メチルセルロース、 ポ リオキシエチレン硬化ヒマシ油、 ポリエチレンダリコール等を挙げることができ る。
本発明の E P Oを有効成分とし、 安定化剤としてある種のアミノ酸を添加する ことにより、 ヒト血清アルブミンや精製ゼラチンを含まない安定な E P O溶液製 剤を使用することもできる。 この安定な E P O溶液製剤は特開平 1 0— 1 8 2 4 8 1号公報に記載されている。 この公報の説明は本明細書の一部に含まれるもの とする。
この E P O溶液製剤で安定化剤として添加するアミノ酸には、 遊離のアミノ酸 ならびにそのナトリウム塩、 カリウム塩、 塩酸塩などの塩を含む。 本発明の溶液 製剤には、 これらのアミノ酸の 1種または 2種以上を組み合わせて添加すること ができる。 好ましいアミノ酸は、 D—、 L一および D L—体のロイシン、 トリプ トフアン、 セリン、 グルタミン酸、 アルギニン、 ヒスチジンおよびリジンならび にその塩であり、 より好ましいのは L一口イシン、 L—トリブトファン、 L—グ ル夕ミン酸、 L—アルギニン、 L一ヒスチジンおよび L一リジンならびにその塩 である。 特に好ましいのは、 . L—アルギニン、 L一ヒスチジンおょぴ L一リジン ならびにその塩である。 最も好ましいのは L—ヒスチジンならびにその塩である。 この安定な E P O溶液製剤の製法等の詳細については上記公報に記載された通 りである。
本発明の目的の予防、 治療薬における、 これら E P Oの投与量については、 対 象となる疾患やその病状等を配慮して適宜決定できるものであるが、 投与量につ
いては、 通常成人 1人当たり 0. l〜500 g、 好ましくは 5〜1 00 gで ある。
以下に、 本発明の効果を確認するための実験例を示す。
[1] 初代培養細胞の調整
1— 1 : オリゴデンドロサイトの培養
未熟な段階のオリゴデンドロサイト細胞の培養は胎生 18日ラットを用いて行つ 7 o 大脳を dispase II (,0.3ng/ml, Boehringer Manheim) + 0.05 DNAse (Boe ringer Manheim) 溶液 [ダルベッコ改変ィ一グル培地 (DMEM) ]で酵 素的に分散し、得られた分散細胞を DMEMで洗った後、ポア一サイズ 70 m ナ ィロンメッシュ (Becton Dickinson, #2350)に通して、ポリ- L-リジン(ICN) コートした培養皿 (l.4xl07 cells/60 cm) 上に蒔き 5%C02 インキュベータ • 一中で 7日間培養した (phase 1)。
その後、 細胞を 0.25 try sin /phosphate buffered saline ( PBS ) パッセージ (passage) し、 4°C、 1 , 000回転で 10分間遠心し、 上清を捨て 去った後、 DMEM/lO 月台 i¾牛血清 (FBS)で 2 XlO6 cells/dish こなるよう懸 濁し蒔いた。 2 日後に無血清培地 [DMEM+グルコース(5 mg/ml)、 インスリン (5 g/ml), セレン酸ナトリウム (sodium selenate) (40ng/ml) , トラン スフエリン(transferrin) (100 g/ml)、 プロゲストロン (progestron) (0.06 ng/ml)、 プトレスシン (putrescine) (16 g/ml)、 チロキシン (thyroxine) (40 ng/ml)、 トリヨ一ドサイロニン (triiodothyronine ) (30 ng/ml)、 bFGF ( 2ng/ml) ]に交換し、 さらに 5日間培養した (phase Il)c このトリプシン (trypsin) 処理でパッセージをし 7日間培養する phase II のプロセスを 3回繰り返した細胞を未熟なォリゴデンドロサイトとして実験に用 いた。
1— 2 : ァストロサイトの培養
新生ラットの大脳を 0.25 トリプシン溶液で 37°C、 10分間処理し、 DMEM Z5 子牛(CS) +0.2¾ グルコース培地を加えて、 ポア一サイズ 320 Π1の 40 番ステンレススチールメッシュに通し、培養皿に回収した。この細胞懸濁液を 800
rpmで 5分間遠心し、 上清を取り去り沈査を上記培地でピペッティングにより再 懸濁し、 再び遠心した。 遠心一再懸濁を 3回繰り返し、 最後に細胞を 106 cells/ml となるよう DMEM/5 CS + 0.4もクソレコース、 0.05%NaHCO3, 292 β g/mlグルタミン、 100 g/mlカナマイシン培地で組織培養皿に蒔いた。 5 C02 インキュベータ一で 2〜4週間培養後コンフルェントとなった細胞をセルバン力 一で凍結保存した。 この凍結細胞を起こし 2週間程度培養したものを実験に用い た。
1 - 3 :オリゴデンドロサイトとァスト口サイトとの共培養
上記 1一 2の方法で培養し、 ほぼコンフルェントとなったァストロサイトのフ ィーダーレーャ一 (feeder layer) 上で、 上記 1一 1の方法で調製したオリゴ デンドロサイトを蒔き培養した。
1 - 4 : ニューロンの培養
妊娠 18日目のラットから胎児脳を取り出し、 顕微鏡下で、 海馬を含む大脳新 皮質組織を氷冷ハンクス ·パランスド *塩溶液 (HBSS) 溶液中で単離した。 単離 組織をポア一サイズ 320 ΧΠ1 40番のメッシュ上でつぶし、 DMEM/10も FBS: 0.05%DNase/HBSS (1 : 1) 混合溶液で洗い、 メッシュに通した。 次に、 先端 を丸く焼いたパスツールピペットを用いて、 10— 15回ピペッティング後、 100 番のステンレススチールメッシュに通した後 1 5 mlの遠心管に回収し、遠心を行 つた (800rpm、 4°C、 10分)。 上清を捨て去り、 再び上記混合溶液に再懸濁し、 ピペッティング遠心を繰り返した細胞を、 Neurobasal medium (Gibco)/B27 supplement ( Gibco ) : D-ME /10%FBS (1 : 1; 培地に懸獨し、 レンズぺー パーに通した後、細胞数を計測し、 あらかじめポリリジンコートした皿に蒔き 5% C02 インキュベータ一中で培養した。 24時間後、 Neurobasal medium /B27 supplement培地に交換し、 その後、 5— 6日間培養したものを実験に供した。
[2] RT— PCR法による EPO受容体の発現検討
上記方法で培養した各種細胞 (オリゴデンドロサイト、 ァストロサイト、 ニュー ロン) 及び若い成熟ラットから単離した肝臓、 腎臓をトライゾ一ル溶液処理し (Gibco) ,マニュアルの指示に従ってトータル RNAを抽出した。抽出したトー
タル RNA (約 500 ng) の逆転写反応は RNAZPCRキット (Talcara社) を用い て 42°C、 3 0分、 9 9°Cで 5分、 5°Cで 5分で反応させ、 cDNAを合成した (10 H 1 )0 この合成 DNAに特異的な以下の各プライマ一対を加え、上記 PCRキット を用いて増幅した。 対照としてべ一夕ァクチン (/3-actin) を使用した。
RT— PCR analysis primer
rat EP〇: 5 * -ACCACTCCCAACCCTCATCAA ( forward )
51 - CGTCCAGCACCCCGTAAATAG (reverse)
product size: 325 bp
rat E P〇 - R : 5 ' - GGATGAATGGTTGCTAC (forward)
5 * -TTTGAAGCCAAGTCAGAG (reverse)
product size: 127 bp
rat β -act in: 5 ' - CGTAAAGACCTCTATGCCAA ( forward)
5 ' - AGCCATGCC AAATGTCTCAT ( reverse)
product size: 349 bp
[3] 免疫糸田月包ィ匕学 (immunocytoc emistry) による検討
免疫細胞化学の解析には細胞をマイクロカバーガラス (microcover grass) 上で培養したものを用いた。
3— 1 : 抗ー EPO受容体 (R) 抗体を用いた EPO— Rの発現検討
細胞を periodate-lysine-paraformaldehyde (PLP)溶液で 15分間固定 し、 blocking buffer (BB, PBS/10 Horse serum)で 3 0分ブロッキンク (blocking) の後、 オリゴデンドロサイトの場合は抗ー 04モノクローナル抗体 (1/40希釈)、 ァストロサイトの場合には抗ー GFAPポリクローナル抗体
(1/2000希釈、 Dako)で一晩或いは 1時間処理した後、抗—マウス IgM (FITC 標識、 1/200希釈) [ァストロサイ トの塌合は抗—ゥサギ IgG抗体 (FITC標識、 1/200希釈) ]で 1時間処理を行った。 続いて、 2 パラホルムアルデヒド (PFA) 溶液で 15分固定し、 抗ー EPO— R抗体 (1/100希釈、 Upstate
biotechnology. No 06-406) 1時間処理し、 抗-ゥサギ IgG (ローダミン標 識) 1/200希釈溶液で一時間処理し封入した。 細胞の写真は蛍光顕微鏡で撮影し
た。
3-2 : MB P発現細胞の割合
MBP発現細胞は抗 -MBP抗体を用いて免疫組織化学の手法により評価した。 すな わち薬物添加 3日後の上記細胞 (オリゴデンドロサイト単独培養及びオリゴデン ドロサイトとァストロサイトの共培養) を 2 PFA溶液で 30分固定し、 0.1 Triton X— lOoZPBS溶液で 10分間処理し、 BBで 30分ブロッキングを行つ た後、 抗— MBPポリクローナル抗体 (lZlO希釈、 Nichirei) で一時間処理、 続いて抗— rabbit IgG(FITC標識) l/200希釈溶液で一時間処理し封入した。 細胞の写真を蛍光顕微鏡で撮影し、 MBP陽性細胞の比率と突起数を算定した。
[4] BrdUの取り込み実験
上記 1一 1、 1一 2の方法で培養したそれぞれの細胞を、 オリゴデンドロサイ トの場合は 48時間、 ァストロサイトの場合は 24時間、 BrdU (最終濃度 20 M) を取り込ませ、 70% エタノールで— 20 °C、 10分間固定し、 2N— HC1で 10分 0.1M— Na2B407で 5分処理後、 BBで 30分ブロッキングを行い、 1 500希釈し た抗— BrdUモノクローナル抗体 (Sigma B2531、 1/1000希釈) を 1時間添 加し、 抗ーマウス IgG抗体(FITC標識) 1時間処理後、 蛍光顕微鏡で BrdU陽性 細胞を計測した。
[5] EPOの調製
ヒト組換えエリスロポエチン (商品名:ェポジン) は培地に添加する際に 100 倍希釈となるよう PBS/10 FBS溶液で各濃度を調製し、 対照は PBS 0%FBS溶 液を用いた。
(実験結果)
EPO— R及び EPOの発現を PCR法で調べたところ, 腎臓 >ォリゴデンド 口サイト >肝臓 >ァスト口サイトの強さの順で、 EPOの発現が認められ、 ニュ —ロンでは極めて薄いバンドが確認された (図 1)。 EPO— Rは腎臓、 オリゴデ ンドロサイ卜でやや強い発現がみられたものの、 組織間でほぼ同じレベルであつ た (図 1)。 EPO— Rの発現を蛋白レベルで確認する目的で、 免疫蛍光染色を行 つたところ、 04陽性ォリゴデンドロサイトで細胞体及び突起全体にわたつて E P
O— Rの発現が認められた (図 2)。 また、 GFAP陽性ァストロサイトでも、 核を 除く細胞表面上ほぼ全域にわたって粒状に E P〇一 Rの存在が確認された(図 3)。 これらの結果から、 オリゴデンドロサイト及びァスト口サイトは mRNAおよび 蛋白レベルで E PO-Rを発現し、 E P〇に応答する細胞であることが推察され る。 そこで、 組換えヒト EPO蛋白を培養した細胞の培地中に添加し、 3日後の 形態変化および MBPの発現を調べることでオリゴデンドロサイ卜の成熟化に対 する作用を検討した。その結果、図 4から明らかなように対照に比べ処理(0.0001 一 0.1 U/ml) した群で全て MBP陽性細胞数の割合の増加傾向がみられ、
0.001U/ml濃度以上の処理群では有意な増加が認められた (*:pく 0.05、 **:P <0.01、 Dunnetの多重比較)。 また、 細胞体当たりの突起数も同様に E P O処 理で増加し、 EPO 0. lU/ml添加では対照と比較し有意であった(pく 0.05、 Dunnetの多重比較)。
一方ァストロサイトでは、 高濃度の EPO添加 (l,10U/ml) で顕著な BrdU の取り込みが認められ (*:pく 0.05、 **: P<0.01)、 この作用は EPO中和活 性を有する抗 EPO抗体、 あるいは可溶性 EPO受容体添加で、 有意ではないも のの減弱した . (図 5)。 この結果と一致して、 オリゴデンドロサイトの培養系に 1 一 lOU/mlの高濃度の E P〇を添加すると、 用量依存的に共存している G F A P 陽性ァス卜口サイト数の有意な増加が認められ、 併せてオリゴデンドロサイトの 生存性、 成熟 (O l発現、 突起数) が宂進した (図 6)。
次に、 ァストロサイト/オリゴデンドロサイト共培養系における抗ー EPO抗 体および可溶性 E PO-R(sEPO-R)の効果について調べた。本発明者らはォ リゴデンドロサイ卜をァスト口サイトのフィーダ一レーヤー上で培養すると、 太 い突起を形成し、 MBP陽性が増加し成熟化が促進されることをこれまでに明らか にしている (Sakurai et al. , 1998)。 この共培養系に中和活性をもつ抗 - Ε Ρ〇抗体あるいは sEPO-Rを添加し、 オリゴデンドロサイトの成熟化を抗- MBP抗体による染色性および突起形成(細胞体当たり 3本以上突起を有する細胞 数) によりオリゴデンドロサイトの成熟度を評価した。 図 7に示す結果から明か のようにオリゴデンドロサイト単独培養に比べ、 ァストロサイト上で共培養する
と、 MBP陽性細胞数は顕著に増大し、 突起形成の促進も認められた。 一方、 sE P〇 - R添加したものは control群と比較し、 MBP陽性細胞数の減少傾向および 突起形成の有意な抑制が認められ (pく 0.01, Dmuiet多重比較)、 抗 -EPO抗 体添加では MBP陽性細胞数、 突起形成共に有意な減少が認められた (p<0.01, Dunnet多重比較)。 これらの結果は、 ァストロサイトとの interactionによる オリゴデンドロサイトの成熟化に少なくとも部分的に E P〇が関与することを示 唆している。
以上の結果は、 in vitroではあるが脳内で EPOがオリゴデンドロサイトの 成熟化を低濃度 (o.ooi— o.iU/ml) では直接促進し、 高濃度 OlUZm 1) になるとァストロサイトの活性化を介してオリゴデンドロサイトの成熟化に 作用する可能性を示唆するものである。 このため、 本発明は従来報告されている
E P Oのコリン作動性神経細胞に対する活性化作用(Konishi et al. , 1993; Tabira et al. , 1995'·特開平 5-92928号公報;特開平 5- 246885号公報)や、 グルタミン酸神経毒性に対する神経保護効果(Morishita et al. , 1997)、 脳 虚血による神経細胞死抑制効果(Sakanaka et al. , 1998; Sadamoto et al . , 1998; Bernaudin et al . , 1999 )等の神経細胞に対する効果と異なり、 オリ ゴデンドロサイトに対する作用を示した初めてのものである。
近年、 多発性硬化症のみなずら脳血管性の痴呆症やアルツハイマー病でも脱髄 が指摘され、 これまでの神経細胞に作用する薬剤だけでは痴呆を呈するこれらの ^患をケア一することは困難と考えられる。 脱髄が既に起こってしまった神経細 胞は、 オリゴデンドロサイトの存在がなければやがて死に至る。 しかしミエリン 形成は成体(成熟後) でも継続し、 未分化なオリゴデンドロサイト のプロジェ二 ター (projenitor) 細胞が脳室下帯から生まれ、 大脳皮質の白質領域へと移動 しそこで成熟し新たなミエリン形成を行うことが明らかになりつつあり、 ミエリ ンの崩壊と形成のサイクルの存在が示唆されている ( Gensert & Goldman, 1996、 1997; Roy et al . , 1999)。 本発明は、 このサイクルを活性化するこ とにより、 従来の神経細胞に対する保護剤だけでは治癒できなかった脱髄性の疾 患を、 オリゴデンドロサイトの成熟化によるミエリンの修復によって治療しょう
とするものであり、 脱髄を伴う広範な脳疾患に対する治療薬として E P〇が有効 であると考えられる。
以下、 製剤に関する実施例を示す。
実施例 1
エリスロポエチン 8 g
注射用蒸留水にて全量 2ml
上記組成比で無菌的に溶液を調製し、 バイアル瓶に分注し、 密封した。
【0025】
実施例 2
エリスロポエチン S a g
注射用蒸留水にて全量 2ml
上記組成比で無菌的に溶液を調製し、 バイアル瓶に分注し、 凍結乾燥して密封し た。
実施例 3
エリスロポエチン 1 6 a g
注射用蒸留水にて全量 2ml
上記組成比で無菌的に溶液を調製し、 バイアル瓶に分注し、 密封した。
実施例 4
エリスロポエチン 16 g
注射用蒸留水にて全量 2ml
上記組成比で無菌的に溶液を調製し、 バイアル瓶に分注し、 凍結乾燥して密封し た。
実施例 5
エリスロポエチン 8 a g
ヒト血清アルブミン 5mg
注射用蒸留水にて全量 2ml
上記組成比で無菌的に溶液を調製し、 バイアル瓶に分注し、 密封した。
実施例 6
エリスロポエチン 8 g
ヒト血清アルブミン 5mg
注射用蒸留水にて全量 2m l
上記組成比で無菌的に溶液を調製し、 バイアル瓶に分注し、 凍結乾燥して密封し た。
実施例 7
エリスロポエチン 1 6 g
ヒト血清アルブミン 5mg
注射用蒸留水にて全量 2m l
上記組成比で無菌的に溶液を調製し、 パイアル瓶に分注し、 密封した。
実施例 8
エリスロポエチン 1 6 g
ゼラチン 5mg
注射用蒸留水にて全量 2m l
上記組成比で無菌的に溶液を調製し、 バイアル瓶に分注し、 凍結乾燥して密封し た。
実施例 9〜 1 2
実施例 5〜 8におけるヒト血清アルブミンに代えて 5m gのデキストラン 4 0 を用い、 これら実施例 5〜8と同様にして注射剤を調製した。
実施例 1 3
注射用蒸留水 1 0 Om l中に D—マンニトール 5 g、 エリスロポエチン lm g、 ヒト血清アルブミン 1 0 Omgを無菌的に溶解して水溶液を調製し、 1m l ずつパイアル瓶に分注し、 凍結乾燥して密封した。
実施例 14
調剤溶液 1 m 1中に以下の成分:
EPO 1 5 0 0国際単位 非ィオン性界面活性剤 0. 0 5 m g
(ポリソルベート 8 0 : 日光ケミカル社製)
塩化ナトリウム 8. 5mg
L_アルギニン塩酸塩 (S i gma社製) 10 mg
を含み、 1 OmMリン酸緩衝溶液 (和光純薬社製) にて pH6. 0に調整した溶 液を、 5mlのガラスバイアルに lml充填し、 打栓、 密封し、 溶液製剤に供し た。
実施例 15
調剤溶液 1 m 1中に以下の成分:
EPO 1500国際単位 非イオン性界面活性剤 0. 05mg
(ポリソルべ一ト 80 : 日光ケミカル社製)
塩化ナトリウム 8. 5 mg
L—ヒスチジン塩酸塩 (S i gma社製) 0 mg
上記実施例 14と同様に溶液製剤を調製した。
実施例 16
調剤溶液 1 m 1中に以下の成分:
EPO 500国際単位 非イオン性界面活性剤 0. 05mg
(ポリソルベート 80 : 日光ケミカル社製)
塩化ナトリウム 8. 5 m g
L—リジン塩酸塩 (S i gma社製) 10 mg
上記実施例 14と同様に溶液製剤を調製した。
[産業上の利用の可能性]
本発明の EPOを有効成分とする製剤は、 従来の神経細胞のみを標的とした薬 物による治療法と異なり、 オリゴデンドロサイトに直接及びァストロサイトを介 して間接的にエリスロポエチンを作用させることにより、 脱髄を防ぎ、 それによ つて、 未分化なオリゴデンドロサイトを成熟化させることで再髄鞘化を促進する 作用が期待できる画期的な脱髄疾患の予防 ·治療薬である。
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