実施例において後述するように、本実施形態の方法によれば、CRISPR−Cas9システムを用いた場合よりも効率よく、ゲノムDNAの標的領域にヌクレオチドの欠失を導入できる場合がある。
本実施形態の方法において、標的配列とは、crRNAがハイブリダイズするDNAと相補鎖を形成する一本鎖DNAの塩基配列を指す。また、本実施形態の方法において、ゲノムDNAの標的領域とは、欠失を導入したいゲノムDNA上の領域(二本鎖DNA領域)のことであり、具体的には、標的配列の近傍の二本鎖DNA領域を意味する。より詳細には、crRNAのスペーサー配列は標的配列のアンチセンス鎖に相補的に結合する。したがって、crRNAのスペーサー塩基配列と標的配列のセンス鎖の塩基配列は相同性が高く、crRNAのスペーサー塩基配列と標的配列のアンチセンス鎖の塩基配列は概ね相補的である。
標的配列の近傍とは、例えば標的配列の5’側又は3’側から1〜5,000塩基程度、好ましくは5’側又は3’側から1〜1,000塩基程度、より好ましくは5’側から1〜1,000塩基程度、更に好ましくは5’側から10〜500塩基程度離れたヌクレオチドを開始点とする二本鎖DNA領域であってよい。また、標的配列の終点は、前記開始点から後述するヌクレオチド欠失の長さだけ離れた塩基であってもよい。本実施形態の方法によれば、標的配列の近傍に100塩基超のヌクレオチドの欠失を導入することができる。
欠失させることができるヌクレオチドの長さは100塩基超であり、約10,000塩基の長さのヌクレオチドを欠失させることもできる。また、10,000塩基以上の長さのヌクレオチドを欠失させることもできる。
本実施形態の方法は、インビトロ(試験管内)で行うこともできるし、真核細胞中で行うこともできるし、インビボ(生体内)で行うこともできる。真核細胞としては、例えば、酵母細胞、昆虫細胞、動物細胞等が挙げられる。動物細胞は、ヒト細胞であってもよく、非ヒト動物細胞であってもよい。非ヒト動物としては、特に限定されず、マウス、ラット、ウサギ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、サル等が挙げられる。また、動物細胞は幹細胞であってもよい。幹細胞としては、多能性幹細胞、成体幹細胞等が挙げられ、多能性幹細胞が特に好ましい。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性腫瘍細胞(EC細胞)、始原生殖細胞由来の多能性幹細胞であるEG細胞、体細胞由来ES細胞であるntES細胞等が挙げられる。成体幹細胞は、組織幹細胞、体性幹細胞とも呼ばれるものである。成体幹細胞としては、造血幹細胞、間葉系幹細胞、神経幹細胞、筋幹細胞(サテライト細胞)、皮膚幹細胞等が挙げられる。
上記のうち、本発明においては、幹細胞を好適に用いることができ、より好ましくは多能性幹細胞、更に好ましくは胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞、最も好ましくは人工多能性幹細胞である。これらの細胞に対しては、従来技術を用いてゲノムDNAの所望の部位に巨大な欠失を導入することは困難であるからである。なお、上記細胞種はヒト細胞であることが好ましい。
本実施形態の方法を細胞中で行う場合、本実施形態の方法は、ゲノムDNAの標的領域に100塩基超のヌクレオチドの欠失が導入された、ゲノムDNA改変細胞の製造方法であるということもできる。
上述したように、クラス1 CRISPRシステムには、タイプI、タイプIII、タイプIV CRISPRシステムが含まれるが、本実施形態の方法では、クラス1 CRISPRシステムのうち、タイプI CRISPRシステムの使用が好ましい。
Cas9タンパク質とgRNA(sgRNA、又は、crRNAとtracrRNAとの複合体)だけで機能するタイプII CRISPRシステムとは異なり、タイプI CRISPRシステムは、Cascade複合体とcrRNAとCas3タンパク質とで機能する。
クラス1 CRISPRシステムにおいて、リーダー配列の後に、リピート配列とスペーサー配列からなる配列が複数連続したpre−crRNAが転写される。その後、Cas6等のRNAヌクレアーゼの作用によってリピート配列の中のステムループの3’側によりRNA切断が誘導され、成熟crRNAとなる。すなわち、一般的に、成熟crRNAは、5’側から3’側に向かって、リピート配列の一部(5〜10塩基程度の5’ハンドル配列と呼ばれる塩基配列)、スペーサー配列、リピート配列を有する。
本実施形態の方法におけるcrRNAは、第1のリピート配列、スペーサー配列、第2のリピート配列からなるRNAである。本明細書において、第1のリピート配列、標的配列の相補鎖に結合するスペーサー配列、第2のリピート配列からなるRNAをpre−crRNAという場合がある。また、crRNAは、リピート配列とスペーサー配列からなる配列部分が複数回連続した塩基配列を有していてもよい。更に、本実施形態の方法におけるcrRNAは、crRNAの5’側に更にリーダー配列を有していてもよい。すなわち、本実施形態の方法におけるcrRNAは、リーダー配列、第1のリピート配列、標的配列の相補鎖に結合するスペーサー配列、第2のリピート配列からなるRNAであってもよい。
本実施形態の方法において、標的領域にハイブリダイズ可能なcrRNAとは、成熟したcrRNAが標的領域にハイブリダイズ可能なpre−crRNAであることが好ましい。すなわち、本実施形態の方法におけるcrRNAは、pre−crRNAであることが好ましい。
本実施形態の方法において、crRNAは、第1のリピート配列、標的配列の相補鎖に結合するスペーサー配列、第2のリピート配列をこの順に有するRNAであってもよく、第1のリピート配列の前にリーダー配列を更に有するRNAであってもよい。
あるいは、crRNAは、第1のリピート配列、標的配列の相補鎖に結合する第1のスペーサー配列、第2のリピート配列、第2のスペーサー配列、第3のリピート配列をこの順に有するRNAであってもよく、第3のリピート配列の後に、第3のスペーサー配列と第4のリピート配列を更に有するRNAであってもよい。
また、リーダー配列は、大腸菌のゲノムDNAの塩基配列(NCBIアクセッション番号:U00096.2)における第2,899,000〜2,906,000番目の領域(本明細書において「Locus B」という場合がある。)に存在するリーダー配列であってもよい。Locus B由来のリーダー配列の塩基配列を配列番号58に示す。
あるいは、リーダー配列は、大腸菌のゲノムDNAの塩基配列(NCBIアクセッション番号:U00096.2)における第2,875,000〜2,886,000番目の領域(本明細書において「Locus A」という場合がある。)に存在するリーダー配列であってもよい。Locus A由来のリーダー配列の塩基配列を配列番号57に示す。
実施例において後述するように、発明者らは、タイプI CRISPRシステムのcrRNAのリーダー配列として、Locus A由来のリーダー配列を使用可能であることを明らかにした。
crRNAは、リピート配列を挟んでスペーサー配列がタンデムに並んだ構造を有していてもよい。実施例において後述するように、発明者らは、このようなcrRNAを用いることにより、1種類のcrRNA分子を用いるだけで、複数の標的配列に対してゲノム編集を一度に誘導できることを明らかにした。このようなcrRNAを用いて複数箇所でDNA切断を一度に誘導する方法は、CRISPR−Cas9システムには適用することが困難なものである。
また、crRNAは、第1のリピート配列の5’側第1番目から第5番目までの5塩基を欠損していてもよく、第1のリピート配列の5’側第1番目から第11番目までの5塩基を欠損していてもよく、第1のリピート配列の5’側第1番目から第15番目までの5塩基を欠損していてもよい。
実施例において後述するように、発明者らは、このような短縮型の第1リピート配列を有するcrRNAを用いたタイプI CRISPRシステムにより、高効率でゲノム編集を誘導できることを明らかにした。細胞や生体内に導入するRNAを準備する際、RNAの長さが短いほど合成コストが抑えられるため、より短いcrRNAを用いることは大きな利点となる。
本実施形態の方法において、複数種類のcrRNAを組み合わせて用いてもよい。実施例において後述するように、発明者らは、互いに向き合うように設計した2種類のcrRNAを用いることにより、340kb以上の巨大な領域のゲノムDNAを欠失させることができることを明らかにした。
タイプI CRISPRシステムには、タイプI−A、I−B、I−C、I−U、I−D、I−E、I−Fのサブタイプが存在し、いずれのCRISPRシステムも同様に機能するが、なかでもタイプI−E CRISPRシステムを好適に用いることができる。タイプI−E CRISPRシステムの代表例として、大腸菌由来のCRISPRシステムが挙げられるが、大腸菌由来に限定されず、他の生物種由来も同様に使用できる。実施例において後述するように、発明者らは、タイプI−E CRISPRシステムが、ヒトiPS細胞を含むヒト細胞等でも機能することを明らかにした。
タイプI CRISPRシステムは、タイプI Cascade複合体、crRNA、及びCas3タンパク質から構成される。タイプI−E CRISPRシステムのCascade複合体は、Cse1タンパク質、Cse2タンパク質、Cas7タンパク質、Cas5タンパク質、Cas6タンパク質から構成される。本明細書では、これら5種類のタンパク質を、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質と呼ぶ場合がある。大腸菌由来のタイプI−Eに属するCse1タンパク質のNCBIアクセッション番号としては、NP_417240.1等が挙げられる。Cse2タンパク質のNCBIアクセッション番号としては、NP_417239.1等が挙げられる。Cas7タンパク質のNCBIアクセッション番号としては、NP_417238.1等が挙げられる。Cas5タンパク質のNCBIアクセッション番号としては、NP_417237.2等が挙げられる。Cas6タンパク質のNCBIアクセッション番号としては、NP_417236.1等が挙げられる。また、Cas3タンパク質のNCBIアクセッション番号としては、NP_417241.1等が挙げられる。
Cascade複合体の各構成タンパク質は、本実施形態の方法を実施することができる限り、上述したアクセッション番号に記載されるアミノ酸配列に対して変異を有していてもよい。変異は、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失又は付加等であってもよい。ここで、1若しくは数個とは、例えば、1〜30個であってもよく、1〜20個であってもよく、1〜10個であってもよく、1〜5個であってもよい。
あるいは、Cascade複合体の各構成タンパク質は、本実施形態の方法を実施することができる限り、変異を有していてもよく、上述したアクセッション番号に記載されるアミノ酸配列に対して70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上の配列同一性を有していてもよい。
Cascade複合体の構成タンパク質及びCas3タンパク質は、上述したアクセッション番号で公開された塩基配列情報に基づいて大腸菌からクローニングして使用してもよいし、市販のタイプI CRISPRシステムを含むプラスミドを入手して使用してもよいし、当該プラスミドを鋳型としたPCRによりCRISPR−CasをコードするDNAを得てもよいし、公知の人工遺伝子合成技術を用いて人工的に作製してもよく、その入手方法に制限はない。
本実施形態の方法を真核細胞中で行う場合、Cascade複合体の構成タンパク質及びCas3タンパク質にそれぞれ核移行シグナル(NLS)を付加することが好ましい。NLSは、各タンパク質のN末端に付加してもよく、C末端に付加してもよく、N末端及びC末端の双方に付加してもよい。付加するNLSの数は一つでも良く、二つ以上、あるいは三つ以上でも良い。また、タンパク質翻訳量の最適化を期待して、各タンパク質をコードする遺伝子のコドンを、本実施形態の方法を行う真核生物種のコドンの使用頻度に合わせて改変してもよい。
タイプI Cascade複合体は、crRNAと複合体(以下、「タイプI Cascade−crRNA複合体」という場合がある。)を形成する。続いて、タイプI Cascade−crRNA複合体は、PAM配列及び標的配列を含む二本鎖DNAと結合する。PAM配列を見つけたタイプI Cascade−crRNA複合体は、DNAの2本鎖を部分的にほどき、Rループと呼ばれる構造を形成する。この時、タイプI Cascade−crRNA複合体自身も構造変化を起こし、Cas3タンパク質と結合する。Cas3タンパク質は、DNAニッカーゼ活性及びDNAヘリカーゼ活性を有している。
実施例において後述するように、発明者らは、タイプI Cascade−crRNA複合体と結合したCas3タンパク質が、crRNA標的配列の5’側に100塩基超のヌクレオチドの欠失を導入することを明らかにした。ニックの誘導活性およびヘリカーゼ活性しか有していないCas3タンパク質が、あたかも二本鎖DNA切断を誘導したかのようなヌクレオチドの欠失を導入することは意外なことであり、また、なぜ欠失長が100塩基を超えるのかについても、それらの分子機構は不明である。
crRNAは、標的塩基配列に相補的な配列にハイブリダイズすることができる。標的配列は、CRISPRシステムにより認識される短い配列(プロトスペーサー隣接モチーフ、PAM)と隣接する。PAMの配列及び長さは、使用されるヌクレアーゼの種類に応じて異なるが、典型的には、標的配列に隣接する2〜5塩基の塩基配列である。例えば、大腸菌由来のタイプI−E CRISPRシステムのPAM配列としては、「ATG」、「AAG」、「AGG」、「GAG」、「TAG」等が知られている。実施例において後述するように、発明者らは、タイプI CRISPRシステムのPAM配列として、「AAA」を使用できることを新たに見出した。よって、本発明において、PAM配列としては、「ATG」、「AAG」、「AGG」、「GAG」、「TAG」または「AAA」を用いることができる。
クラス1タイプI−E CRISPRシステムの標的配列は、標的遺伝子のセンス鎖又はアンチセンス鎖において、PAM配列に隣接する15〜30塩基の連続する塩基配列として設計することができる。また、6塩基毎にcrRNAが塩基を認識せず配列特異性に寄与しない塩基が存在する。例えば、crRNAの配列認識に寄与しない任意の塩基をX、標的配列の塩基をN(A、T、G又はC)とすると、PAM配列及び標的配列は5’-AAGNNNNNXNNNNNXNNNNNXNNNNNXNNNNNXNN-3’(配列番号25)、5’-AGGNNNNNXNNNNNXNNNNNXNNNNNXNNNNNXNN-3’(配列番号26)、5’-ATGNNNNNXNNNNNXNNNNNXNNNNNXNNNNNXNN-3’(配列番号108)、5’-GAGNNNNNXNNNNNXNNNNNXNNNNNXNNNNNXNN-3’(配列番号109)、5’-TAGNNNNNXNNNNNXNNNNNXNNNNNXNNNNNXNN-3’(配列番号110)、5’-AAANNNNNXNNNNNXNNNNNXNNNNNXNNNNNXNN-3’(配列番号111)等であることができる。上記Nで表される塩基配列部分において、crRNAのスペーサー配列の塩基配列と標的配列が100%一致していなくても切断は起こりうるため、標的配列は、上記Nで表される塩基配列において、1〜3塩基の変異を有していてもよい。変異としては、置換、欠失、付加が挙げられる。また、上記Xで表される塩基は任意の塩基で良いため、crRNAの塩基配列は、更に追加で最大5塩基の変異を有することができる。標的配列は、上述したPAM配列に隣接する塩基配列である限り特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。
ゲノムDNAにタイプI Cascade複合体と、crRNAと、Cas3タンパク質とを接触させる工程は、細胞中で、タイプI Cascade複合体、crRNA及びCas3タンパク質を共存させることにより行うことができる。このためには、例えば、(1)タイプI Cascade複合体、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質をコードするmRNA又はタイプI Cascade複合体の構成タンパク質の発現ベクターと、(2)crRNA又はcrRNAの発現ベクターと、(3)Cas3タンパク質、Cas3タンパク質をコードするmRNA又はCas3タンパク質の発現ベクターとを、細胞に導入すればよい。以下、タイプI Cascade複合体と、crRNAと、Cas3タンパク質とからなるCRISPRシステムを「タイプI CRISPRシステム」という場合がある。crRNAはpre−crRNAであることが好ましく、リーダー配列を含むpre−crRNAであってもよい。
タンパク質、mRNA、発現ベクターの細胞への導入は、リポフェクション法で行ってもよいし、エレクトロポレーション法で行ってもよいし、その他の導入方法(ウイルスベクター法、ソノポレーション法、脂質ナノ粒子法、ウイルス様粒子法等)も利用可能である。しかしながら、実施例に示されるように、発明者らは、iPS細胞のように遺伝子導入効率が低い細胞にタンパク質、mRNAや発現ベクターを導入する場合には、リポフェクション法よりもエレクトロポレーション法を用いた方が、導入効率及びCas3を介したゲノム編集効率が向上することを見出した。よって、対照細胞が幹細胞(特に多能性幹細胞)である実施態様では、エレクトロポレーション法を好適に用いることができる。
Cascade複合体の構成タンパク質及びCas3をコードするmRNAは、試験管内転写反応(IVT)により合成することができる。その際、使用するヌクレオチドとしては、天然に存在するヌクレオチドを用いてもよく、ヌクレアーゼ耐性付与や化学的性質を改変するために、化学修飾されたヌクレオチドを用いてもよく、更には両者を混合して使用してもよい。また、mRNAには、5’Cap構造又は5’Cap類似構造を付与してもよい。更に、mRNAの5’側又は3’側の非翻訳領域には、RNAの安定性を高める配列(例えばヘモグロビンの3’UTR配列)や翻訳効率を高める配列(例えばWPRE)を付与してもよい。
crRNAは、試験管内転写反応(IVT)により合成してもよいし、化学合成により用意してもよい。RNAの化学合成方法としては、ヌクレオシドホスホロアミダイトと固相担体を用いた方法等、一般的な核酸合成方法を好適に用いることができる。crRNAの合成にあたって、天然塩基はもちろんのこと、化学修飾を導入することで、ヌクレアーゼ耐性、ハイブリダイズ能力の調整、細胞毒性、細胞内半減期、細胞内局在、細胞への取り込みやすさ、分子サイズ等を調整することもできる。
発現ベクターとしては、mRNAを発現するDNAベクター、人工染色体ベクター、真核生物細胞において複製可能なベクター、エピソームとして細胞内である程度維持されるベクター、宿主細胞ゲノムに組み込まれるベクター等が挙げられ、ウイルスベクター、トランスポゾンベクター、プラスミドベクター等が挙げられる。
DNAベクターとしては、例えば、プラスミドDNAベクター、コスミドベクター、フォスミドベクター、ミニサークルベクター、エピソーマルDNAベクター等が挙げられる。
人工染色体ベクターとしては、BAC(Bacterial Artificial Chromosome)ベクター、HACベクター(Human artificial chromosome)、YAC(Yeast artificial chromosome)ベクター等が挙げられる。
ウイルスベクターとしては、例えば、アデノウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター等が挙げられる。
トランスポゾンベクターとしては、例えば、piggyBacベクター、piggyBatベクター、Sleeping Beautyベクター、TolIIベクター、LINEベクター等が挙げられる。
ベクターは、選択マーカーを含んでいてもよい。「選択マーカー」とは、選択マーカーが導入された細胞に選択可能な表現型を提供する遺伝エレメントをいい、例えば、遺伝子産物が細胞の増殖を阻害するか又は細胞を殺傷する薬剤に対する耐性を与える薬剤耐性遺伝子、蛍光タンパク質をコードする遺伝子等が挙げられる。
薬剤耐性遺伝子としては、例えば、ピューロマイシン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ブラスチサイジン耐性遺伝子、hisD遺伝子、Gpt遺伝子、Ble遺伝子等が挙げられる。薬剤耐性遺伝子の存在を選択するために有用な薬物としては、例えば、ピューロマイシン耐性遺伝子に対してはピューロマイシン、ネオマイシン耐性遺伝子に対してはG418、ハイグロマイシン耐性遺伝子に対してはハイグロマイシン、ブラスチサイジン遺伝子に対してはブラスチサイジン、hisDに対してはヒスチジノール、Gptに対してはキサンチン、そしてBleに対してはブレオマイシンが挙げられる。また、蛍光タンパク質としては、緑色蛍光タンパク質(GFP)又はその誘導体、mCherry、tdTomato、RFP、BFP等が挙げられる。
実施例において後述するように、発明者らは、多能性幹細胞のように遺伝子導入効率が低い細胞に発現ベクターを導入する場合には、発現ベクターに薬剤耐性遺伝子を搭載し、発現ベクターの導入後に短期間の薬剤選択を行って、発現ベクターを取り込んだ細胞を濃縮することにより、ゲノム編集効率を向上させることができることを明らかにした。
発現ベクターは、Cse1タンパク質、Cse2タンパク質、Cas7タンパク質、Cas5タンパク質、Cas6タンパク質、Cas3タンパク質、crRNAの各因子を1つずつ発現可能な個別の発現ベクターの組み合わせであってもよいし、1つの発現ベクターがこれらの因子の複数を発現可能に調製されていてもよいし、1つの発現ベクターが、これらの因子のすべてを発現可能に調製されていてもよい。
1つの発現ベクターがこれらの因子の複数を発現する場合、各因子は、リボソームスキッピングを誘導する2A配列や、リボソーム結合サイトを有するIRES(Internal Ribosome Entry Site)配列等で連結されていてもよい。2A配列としては、例えば、Porcine teschovirus由来のP2A配列、Thosea asigne由来のT2A配列、foot−and−mouth disease virus由来のF2A配列、equine rhinitis A virus由来のE2A配列等が挙げられ、いずれの2A配列であってもよい。2A配列のことを、自己切断ペプチド配列ともいう。IRES配列は、Encephalomyocarditisウイルス、Foot−and−mouth diseaseウイルス等のウイルス由来の配列であってもよいし、細胞中のmRNA由来の配列であってもよい。これにより、単一のmRNAから2つ以上の複数のタンパク質を個別に発現させることができる。
また、発明者らは、(1)Cse1遺伝子、Cse2遺伝子、Cas7遺伝子、Cas5遺伝子、Cas6遺伝子及びCas3遺伝子が1つのプロモーターでドライブされる単一の発現ベクター、(2)crRNA(pre−crRNA)の発現ベクター、の2種類の発現ベクターを導入した場合、HEK293T細胞では高効率にゲノム編集を誘導できるのに対し、iPS細胞ではゲノム編集効率が非常に低いことを明らかにした。
また、発明者らは、Cse1遺伝子、Cse2遺伝子、Cas7遺伝子、Cas5遺伝子、Cas6遺伝子、Cas3遺伝子、crRNA遺伝子(転写物がpre−crRNAとなる。)の転写がそれぞれ別個のプロモーターでドライブされる7種類の発現ベクターを導入した場合、HEK293T細胞では高効率でゲノム編集を誘導できるのに対し、iPS細胞ではゲノム編集の誘導がほとんど検出できないことを明らかにした。
これに対し、発明者らは、(1)Cse1遺伝子、Cse2遺伝子、Cas7遺伝子、Cas5遺伝子、Cas6遺伝子及びCas3遺伝子のうちの3遺伝子ずつが1つのプロモーターでドライブされる2種類の発現ベクター、(2)crRNAの発現ベクター、の3種類の発現ベクターを導入した場合、iPS細胞においてもゲノム編集を効率よく誘導できることを明らかにした。ゲノム編集効率は、最大で、上述した発現形式を採用した場合の約4倍に達した。このような結果は予想が困難な意外な結果であった。
よって、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質を発現ベクターの形態で幹細胞に導入する態様では、2〜4の構成タンパク質の遺伝子ごとに1つのプロモーターで発現させる態様が好ましく、更に好ましくは3構成タンパク質の遺伝子ごとに1つのプロモーターで発現させる態様である。
また、発明者らは、(1)Cse1タンパク質、Cse2タンパク質、Cas7タンパク質、Cas5タンパク質、Cas6タンパク質及びCas3タンパク質のうちの3構成タンパク質ずつを個別に発現させる2種類のmRNA、(2)crRNA、の3種類のRNAを導入した場合、iPS細胞においてもゲノム編集を高効率で行うことができることを明らかにした。
よって、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質をmRNAの形態で幹細胞に導入する態様では、2〜4の構成タンパク質をポリシストロニックにコードするmRNAを用いることが好ましく、3構成タンパク質をポリシストロニックにコードするmRNAを用いることが更に好ましい。
発明者らは更に、(1)プロモーターを2つ有し、Cse1遺伝子、Cse2遺伝子、Cas7遺伝子、Cas5遺伝子、Cas6遺伝子及びCas3遺伝子のうちの3遺伝子ずつが1つのプロモーターでドライブされる単一の発現ベクター、(2)crRNAの発現ベクター、の2種類の発現ベクターを導入してゲノム編集を行う態様において、前記2つのプロモーターの転写方向の向きが同じ方向である場合(Uni−directional promoter)と、逆向きである場合(Bi−directional promoter)とで、iPS細胞におけるゲノム編集効率が大きく異なることを明らかにした。そして、2つのプロモーターが逆向きである場合に、最もゲノム編集効率が高いことを明らかにした。このような結果は予想が困難な意外な結果であった。なお、上記Uni−directional promoterで3遺伝子ずつ発現させる態様で得られるゲノム編集効率は、2種類の発現ベクターを用いて3遺伝子ずつ1つのプロモーターで発現させる態様で得られるゲノム編集効率と、ほぼ同等であった。
よって、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質を発現ベクターの形態で幹細胞(特に多能性幹細胞)に導入する態様では、3遺伝子ずつ1つのプロモーター(合計2つのプロモーター)で発現させる発現カセット態様が特に好ましく、当該2つの発現カセットは同一の発現ベクター上にあってもよく、異なる発現ベクター上にあってもよい。最も好ましくは、3遺伝子を搭載した発現カセットが2つ、同一の発現ベクター上に逆向きに配置されている態様(Bi−directional promoter)である。
Cse1タンパク質、Cse2タンパク質、Cas7タンパク質、Cas5タンパク質、Cas6タンパク質、Cas3タンパク質を発現させるプロモーターは、CAGプロモーターやEF1αプロモーター等の安定発現型プロモーターであってもよいし、発現誘導型プロモーターであってもよい。
発現誘導型プロモーターとしては、例えば、培地への発現制御物質の添加又は除去、光照射、温度変化等により発現を誘導することができるプロモーターを用いることができる。発現誘導型プロモーターは、発現制御物質を培地に添加することにより、融合タンパク質の発現が誘導されるものであってもよいし、発現制御物質を培地から除去することにより、融合タンパク質の発現が誘導されるものであってもよい。より具体的な発現誘導型プロモーターとしては、例えば、ドキシサイクリン誘導型プロモーター(TetOプロモーター)が挙げられるがこれに限定されない。
実施例において後述するように、発明者らは、ドキシサイクリン誘導性に、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質及びCas3タンパク質の発現が誘導されるpiggyBacベクターを作製した。また、このベクターをHEK293T細胞に導入し、安定発現株を取得した。
具体的な標的領域としては、例えば、β2−ミクログロブリン(B2M)遺伝子又はその制御領域又はそれらの近傍、Human Leukocyte Antigen(HLA)遺伝子又はその制御領域又はそれらの近傍、ジストロフィン(DMD)遺伝子又はその制御領域又はそれらの近傍等が挙げられる。ここで、近傍とは、5〜10kb以内、より好ましくは1kb以内の領域を意味する。
HLA遺伝子とは、HLA−A遺伝子、HLA−B遺伝子、HLA−C遺伝子、HLA−E遺伝子、HLA−F遺伝子、HLA−G遺伝子、HLA−DRA遺伝子、HLA−DRB遺伝子、HLA−DPA遺伝子、HLA−DPB遺伝子、HLA−DQA遺伝子、HLA−DQB遺伝子等を指す。それぞれのHLA遺伝子は配列多様性を持つことが知られており、例えばHLA−A遺伝子には、そのアミノ酸配列や塩基配列の違いから、HLA−A2やHLA−A27等の多数のHLA型が存在する(https://www.ebi.ac.uk/ipd/imgt/hla/)。HLA遺伝子は、MHC遺伝子とも呼ばれている。
例えば、標的領域がB2M遺伝子若しくはその制御領域若しくはそれらの近傍、又はHLA遺伝子若しくはその制御領域若しくはそれらの近傍であり、B2Mタンパク質又はHLAタンパク質の発現に重要な、エクソン領域、プロモーター領域等の欠失を誘導した場合、細胞表面へのクラスI HLAタンパク質の発現を減弱又は消失させることができ、細胞のHLAを介した抗原性を低下させることができる。このような細胞は、宿主に移植した場合に、宿主からの免疫拒絶反応を回避又は低減することができる。
したがって、他家移植であってもHLA抗原を介した免疫拒絶反応を低減した細胞を作製することができる。本手法はiPS細胞に留まらず、ES細胞、造血幹細胞、T細胞、NK細胞、巨核球細胞、骨髄細胞、臍帯血細胞、筋肉細胞、筋肉幹細胞、軟骨細胞、骨芽細胞、心筋細胞、血管内皮細胞、神経細胞、グリア細胞、マイクログリア細胞、神経幹細胞、皮膚細胞、線維芽細胞、網膜細胞、角膜細胞、視細胞、肝臓細胞、膵島細胞、β細胞、間葉系幹細胞等、他の細胞種を用いた他家由来細胞移植へも広く適応可能な技術であり、極めて汎用性および応用性が高い。これにより、他家移植の際のレシピエント選択の幅を広げることができ、細胞治療や再生医療の細胞製造コストを劇的に下げることが可能となる。
また、例えば、標的領域がDMD遺伝子又はその制御領域又はそれらの近傍であり、デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者においてジストロフィン(DMD)タンパク質の読み枠がずれている細胞の場合、特定の単一又は複数のエクソンの欠失を誘導することにより、DMDタンパク質の読み枠を回復し、DMDタンパク質の発現を回復することができる。この場合に発現するDMDタンパク質は、完全長ではなくアミノ酸の一部が欠失したタンパク質ではあるが、DMDタンパク質として機能し得るため、当該DMDタンパク質の発現を回復した細胞は、筋ジストロフィー患者の細胞移植治療に利用することができる。また、DMD遺伝子を標的遺伝子とするタイプI CRISPRシステムは、筋ジストロフィー患者の遺伝子治療に利用することもできる。
このような理由から、本実施形態における標的領域は、B2M遺伝子、DMD遺伝子、HLA遺伝子又はこれらの制御領域であってよく、好ましくは、B2M遺伝子、DMD遺伝子、HLA−A遺伝子、HLA−B遺伝子、HLA−C遺伝子、HLA−E遺伝子、HLA−F遺伝子、HLA−G遺伝子、CIITA遺伝子、HLA−DRA遺伝子、HLA−DRB遺伝子、HLA−DPA遺伝子、HLA−DPB遺伝子、HLA−DQA遺伝子、HLA−DQB遺伝子又はこれらの制御領域であり、更に好ましくは、B2M遺伝子、DMD遺伝子、HLA−A遺伝子、HLA−B遺伝子、HLA−C遺伝子、CIITA遺伝子、HLA−DRA遺伝子、HLA−DRB遺伝子、HLA−DPA遺伝子、HLA−DPB遺伝子、HLA−DQA遺伝子、HLA−DQB遺伝子又はこれらの制御領域である。
本実施形態の方法は、ゲノムDNAの標的領域におけるヌクレオチドの欠失を確認する工程、ゲノムDNAの標的領域にヌクレオチドの欠失が導入された細胞を選別して回収する工程等を更に含んでいてもよい。
ゲノムDNAの標的領域におけるヌクレオチドの欠失の確認は、例えば、crRNAの標的配列の前後をPCRで増幅し、アガロース電気泳動や、Agilent社TapeStation等を用いて増幅DNAのサイズを解析することにより行うことができる。PCRをバルクの細胞で行った場合、一部の細胞に標的領域におけるヌクレオチドの欠失が存在すると、本来のサイズの増幅DNA断片より小さな増幅DNA断片が出現する。
あるいは、crRNAの標的配列の前後を含む領域をPCRで増幅し、サンガーシーケンス法により、塩基配列を決定してもよい。シーケンスをバルクの細胞について行った場合、一部の細胞に標的領域におけるヌクレオチドの欠失が存在すると、欠失部分以降の塩基配列クロマトグラムデータに、複数の塩基配列が混合した波形が検出される。場合によっては、TIDE法(https://tide.nki.nl/)やICE法(https://ice.synthego.com/#/)等を用いて、混合したシーケンス波形を分離することも可能である。または、PCR増幅DNAをプラスミドDNA等にクローニングし、プラスミドDNAクローンを大腸菌等から回収することにより、単一のDNA由来の配列をサンガーシーケンスで解析することもできる。
また、crRNAの標的配列の前後を含む領域をPCRで増幅し、ナノポア社MiniONシーケンサーやPacBio社シーケンサー等の一分子長鎖シーケンスを行い、標的配列の前後のリファレンス塩基配列に対してLAST(http://last.cbrc.jp/)やminimap2(https://github.com/lh3/minimap2)等のソフトを利用してマッピングすることにより、欠失領域を同定することができる。
また、標的領域が細胞膜タンパク質をコードする遺伝子又はその制御領域である場合、標的領域にヌクレオチドの欠失が導入された結果、細胞膜タンパク質が消失する。この場合、細胞膜タンパク質を認識する抗体、細胞膜タンパク質に結合するタンパク質や基質を用いて、標的遺伝子にヌクレオチドの欠失が導入された細胞を検出することができる。更に、当該細胞膜タンパク質が陰性となった細胞をセルソーターやMACS等によって分取することにより、標的領域にヌクレオチドの欠失が導入された細胞を濃縮又は回収することができる。
上述したように、標的領域がB2M遺伝子若しくはその制御領域、又はHLA遺伝子若しくはその制御領域である場合、本実施形態の遺伝子改変細胞は、抗原性が低下している。このため、宿主に移植した場合に、宿主からの免疫拒絶反応を回避又は低減することができる。
また、標的領域がDMD遺伝子であり、筋ジストロフィー患者においてDMDタンパク質の読み枠がずれている場合、本実施形態の遺伝子改変細胞は、適切にデザインされた標的のエクソンにおいてエクソンスキッピングを誘導することにより、DMDタンパク質の読み枠を回復し、ジストロフィンタンパク質の発現を回復することができる。このため、筋ジストロフィー患者の細胞移植治療に利用することができる。
本実施形態の遺伝子改変細胞において、欠失したヌクレオチドの長さは100塩基超であり、約10,000塩基であることができる。また、10,000塩基以上の長さのヌクレオチドが欠失していてもよい。
実施例(実験例5、図12)等において後述するように、本実施形態の遺伝子改変細胞は、タイプI CRISPRシステムのcrRNAの標的配列を保持している場合がある。
他の手段により、標的遺伝子に100塩基超のヌクレオチドの欠失が導入された遺伝子改変細胞を製造することは困難である。また、本実施形態の遺伝子改変細胞は、標的遺伝子に100塩基超のヌクレオチドの欠失が導入されているという特徴を有している。また、本実施形態の遺伝子改変細胞は、場合によっては、タイプI CRISPRシステムの発現ベクターやタンパク質等を細胞内部に有している。しかしながら、これらの特徴により本実施形態の遺伝子改変細胞であるか否かを特定することは困難であり、製造方法で特定することが実際的である。
本実施形態のキットにより、上述した、ゲノムDNAの標的領域に100塩基超のヌクレオチドの欠失を導入する方法を好適に実施することができる。また、本実施形態のキットにより、上述したゲノムDNA改変細胞を簡便に製造することができる。
本実施形態のキットにおいて、タイプI Cascade複合体、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質、標的遺伝子にハイブリダイズ可能なcrRNA、Cas3タンパク質、発現ベクターについては、上述したものと同様である。
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[実験例1]
(タイプI CRISPRシステムによるB2M遺伝子の破壊1)
タイプI CRISPRシステムを用いて、ヒト胎児腎臓由来のHEK293T細胞のゲノム上のβ2−ミクログロブリン(B2M)遺伝子を破壊(ノックアウト)した。
HLAはクラスIとクラスIIに分類されている。クラスIのHLAタンパク質(HLA−A、HLA−B、HLA−C、HLA−E、HLA−F、HLA−G等)は体内のほとんどの種類の細胞で発現している。クラスIのHLAタンパク質はB2Mとヘテロダイマーを形成して細胞表面へ発現し、CD8陽性細胞傷害性T細胞に対してペプチドを提示し活性化を誘導する機能を担っている。すなわち、ヒトクラスI HLAタンパク質が細胞表面に提示されるためには、B2Mタンパク質とヘテロダイマーを形成することが必要である。本実験により、タイプI CRISPRシステムを用いてB2M遺伝子が破壊された場合、細胞表面のHLAタンパク質が消失することになる。
図1は、B2M遺伝子座の構造を示す模式図である。図1中、「ex1」、「ex2」、「ex3」、「ex4」は、それぞれB2M遺伝子のエクソン1、2、3、4の大まかな位置を表し、#1〜#10は、crRNAの標的配列の位置を示す。#1〜#10で示される標的配列の塩基配列をそれぞれ配列番号1〜10に示す。
続いて、上記の#1〜#10の各標的配列に、タイプI CRISPRシステムをそれぞれリクルートするためのcrRNA(以下、それぞれ「crRNA #1」〜「crRNA #10」という場合がある。)の発現ベクターを作製した。
図2は、crRNAの発現ベクターの構造を示す模式図である。図2中、「U6」は、U6プロモーターを表し、「Leader」は大腸菌crRNAのリーダー配列を表し、「Repeat」はcrRNAのリピート配列を表し、「Target」はcrRNAの標的配列を表す。標的配列をスペーサー配列ともいう。また、下流側のリピート配列の3’末端には、U6プロモーターのターミーネーションシグナル(転写終止シグナル)として「TTTTTT」(Tはチミジンを意味する。)で表される塩基配列を付与した。このcrRNAはpre−crRNAであるということができる。
また、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質及びCas3タンパク質の発現ベクターを作製した。図3(a)〜(f)は、作製したpiggyBacトランスポゾンベクターの構造を示す模式図である。
図3(a)〜(f)中、「Cse1」は大腸菌由来Cse1遺伝子を表し、「Cse2」は大腸菌由来Cse2遺伝子を表し、「Cas5」は大腸菌由来Cas5遺伝子を表し、「Cas6」は大腸菌由来Cas6遺伝子を表し、「Cas7」は大腸菌由来Cas7遺伝子を表し、「Cas3」は大腸菌由来Cas3遺伝子を表し、「pA」はポリA付加シグナル配列を表し、「CAG」はCAGプロモーターを表す。
Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7、Cas3遺伝子としては、ヒトコドン頻度に合わせて塩基配列を最適化したものを使用した。また、各遺伝子の5’側及び3’側には、それぞれ核移行シグナルとなるペプチド配列をコードする塩基配列を付加した。3’側及び5’側に核移行シグナルを付加したCse1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号27に示し、3’側及び5’側に核移行シグナルを付加したCse2タンパク質のアミノ酸配列を配列番号28に示し、3’側及び5’側に核移行シグナルを付加したCas5タンパク質のアミノ酸配列を配列番号29に示し、3’側及び5’側に核移行シグナルを付加したCas6タンパク質のアミノ酸配列を配列番号30に示し、3’側及び5’側に核移行シグナルを付加したCas7タンパク質のアミノ酸配列を配列番号31に示し、3’側及び5’側に核移行シグナルを付加したCas3タンパク質のアミノ酸配列を配列番号32に示す。
遺伝子導入の前日に150,000個/ウェルとなるように24ウェルプレートにHEK293T細胞を播種した。続いて、1ウェルあたり、上述したタイプI Cascade複合体の構成タンパク質及びCas3タンパク質の発現ベクターをそれぞれ350ngずつ、及び、crRNA発現ベクター350ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いてHEK293T細胞に導入した。
遺伝子導入した細胞は、1週間以上維持培養した後、免疫染色の2日前から終濃度50ng/mLのインターフェロン(IFN)−γで刺激し、HLAタンパク質の細胞表面への発現を誘導した。続いて、抗ヒトHLA−A2抗体を用いて免疫染色し、HLAタンパク質の発現を検討した。具体的には、HEK293T細胞を、BV421蛍光色素で標識したマウス抗ヒトHLA−A2抗体(#740082、BDバイオサイエンス社)と反応させた後、フローサイトメトリー解析により、HLA−A2陰性細胞の割合を算出した。
図4は、算出したHLA−A2陰性細胞の割合を示すグラフである。図4中、「non−edit」はcrRNAの発現ベクターを添加していない陰性対照の結果を表し、「CRISPR−Cas3 crRNA」は、crRNAの発現ベクターを添加した結果であることを表し、「#1」〜「#10」は、それぞれ、上述した#1〜#10の各標的配列にタイプI CRISPRシステムをリクルートするためのcrRNAの発現ベクターを共導入した結果であることを示し、「#1+#2」は、上述した#1の標的配列にタイプI CRISPRシステムをリクルートするためのcrRNAの発現ベクターと、上述した#2の標的配列にタイプI CRISPRシステムをリクルートするためのcrRNAの発現ベクターを共導入した結果であることを示す。
その結果、いずれのcrRNAを用いた場合においても、HLA−A2陰性細胞を観察することができた。この結果から、タイプI CRISPRシステムにより、ヒト細胞のB2M遺伝子を破壊し、細胞表面のHLAタンパク質の発現を消失させることができることが明らかとなった。
[実験例2]
(タイプI CRISPRシステムによるB2M遺伝子の破壊2)
タイプI CRISPRシステムを用いて、ヒトiPS細胞のゲノム上のB2M遺伝子を破壊した。
図5は、本実験例でタイプI Cascade複合体の構成タンパク質を発現させるために用いたpiggyBacトランスポゾンベクターの構造を示す模式図である。図5中、「Cse1」は大腸菌由来Cse1遺伝子を表し、「Cse2」は大腸菌由来Cse2遺伝子を表し、「Cas7」は大腸菌由来Cas7遺伝子を表し、「Cas5」は大腸菌由来Cas5遺伝子を表し、「Cas6」は大腸菌由来Cas6遺伝子を表し、「P2A」はリボソームスキッピングを誘導するPorcine teschovirus由来のP2A配列を表し、「IRES」はInternal Ribosome Entry Siteを表し、「PuroR」はピューロマイシン耐性遺伝子を表し、「pA」はポリA付加シグナル配列を表し、「CAG」はCAGプロモーターを表す。
Cse1、Cse2、Cas7、Cas5、Cas6遺伝子としては、ヒトコドン頻度に合わせて塩基配列を最適化したものを使用した。また、各遺伝子の3’側には、それぞれ核移行シグナルとなるペプチド配列をコードする塩基配列を付加した。なお、本実験例では、タイプI Cascade複合体の各構成タンパク質に、核移行シグナルが1つずつしか付加されていないため、実験例1と比較して遺伝子を破壊する効率が低下することが予想された。
この発現ベクターでは、タイプI Cascade複合体の各構成タンパク質が、P2A配列で連結されていることにより、単一のmRNAから個別のタンパク質として発現される。
遺伝子導入の前日に250,000個/ウェルとなるように12ウェルプレートにiPS細胞を播種した。続いて、1ウェルあたり、上述したタイプI Cascade複合体の構成タンパク質の発現ベクター600ng、実験例1と同様のCas3タンパク質の発現ベクター200ng、及び、crRNA発現ベクター200ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine Stem、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて導入した。crRNA発現ベクターは、単独のベクターを導入する場合には1ウェルあたり200ng使用し、2種類のベクターを共導入する場合には1ウェルあたりそれぞれ100ngずつ使用した。
遺伝子導入したiPS細胞は、24時間後に終濃度1μg/mLのピューロマイシンを加え、1日間遺伝子導入された細胞の選択を行なった。続いて、1週間以上維持培養した後、免疫染色の2日前から終濃度50ng/mLのIFN−γで刺激し、HLAタンパク質の発現を誘導した。続いて、抗ヒトHLA−A2抗体を用いて免疫染色し、HLAタンパク質の発現を検討した。具体的には、iPS細胞を、BV421蛍光色素で標識したマウス抗ヒトHLA−A2抗体(#740082、BDバイオサイエンス社)と反応させた後、フローサイトメーターを用いたソーティングにより、HLA−A2陰性細胞を回収した。
続いて、ソーティングしたHLA−A2陰性細胞を増殖培養した後、再び同様に免疫染色を行い、HLA−A2陰性細胞群をソーティングした後、クローンを樹立した。
図6(a)〜(c)は、樹立したiPS細胞クローンを再度免疫染色し、フローサイトメトリーにより解析した結果を示すグラフである。図6(a)〜(c)中、横軸はHLA−A2の発現量を示し、縦軸は前方散乱光の強度を示す。また、「Unstained iPSCs」は抗ヒトHLA−A2抗体で染色していないiPS細胞の解析結果を表すグラフであり、「Non−edited iPSCs」は免疫染色を行なった野生型のiPS細胞の解析結果を表し、「B2M KO iPSC clone」は本実験例で樹立したiPS細胞クローンを免疫染色した結果を表すグラフである。
本実験例で樹立したiPS細胞クローンは、全ての細胞でHLA−A2が陰性になっており、iPS細胞においてもタイプI CRISPRシステムによりB2M遺伝子を破壊できることが明らかとなった。
また、以下のようにして、図6(c)に結果を示すiPS細胞クローンよりゲノムDNAを精製し、PCR及びサンガーシーケンスを行って、B2M遺伝子座のジェノタイピングを行なった。まず、iPS細胞クローンより市販のキット(MonoFas 培養細胞ゲノムDNA抽出キットVI、GLサイエンス社)を用いてゲノムDNAを精製した。続いて、センス鎖プライマー(配列番号11)及びアンチセンス鎖プライマー(配列番号12)を用いてprimeSTAR GXL DNA Polymerase(タカラバイオ社)によりPCRを行なった。
図7(a)は上述したPCRにより得られた増幅産物をアガロースゲル電気泳動により解析した結果を示す写真である。図7(a)中、「1kbラダー」は分子量参照用の1kb DNAマーカー(ワトソン社)を表し、「WT」は未編集のiPS細胞由来のゲノムDNAを鋳型に用いて行なったPCRの結果を表し、「B2M KO clone」は、図6(c)に結果を示すiPS細胞クローン由来のゲノムDNAを鋳型に用いて行なったPCRの結果を表す。
その結果、B2M遺伝子破壊iPS細胞クローンでは、B2M遺伝子座の両アレルに大きな欠失が生じていることが明らかとなった。
また、図7(b)は、図7(a)に写真を示したPCR産物をサンガーシーケンスにより更に詳細に解析した結果を表す模式図である。図7(b)において、「PCR primer」は、図7(a)に結果を示すPCR反応で用いたPCR primerのB2M遺伝子座における大まかな位置を表し、「crRNA」、「#1」及び「#2」は、B2M遺伝子破壊に用いた2種類のcrRNAの標的配列のB2M遺伝子座における大まかな位置を表し、「ex1」、「ex2」、「ex3」、「ex4」は、それぞれB2M遺伝子のエクソン1、2、3、4の大まかな位置を表し、「allele 1」、「allele 2」は、iPS細胞クローンの各アレルを示す。また、破線は各アレルにおけるゲノムDNA欠失領域の大まかな位置及び欠失していた塩基長を表す。
その結果、B2M遺伝子破壊iPS細胞クローンでは、一方のアレルでは標的配列「#2」の5’上流側に2kb弱の欠失が生じていることが明らかとなった。また、もう一方のアレルにおいても標的配列「#2」の5’上流側に10kb弱の大きな欠失が生じていることが明らかとなった。
[実験例3]
(タイプI CRISPRシステムによるB2M遺伝子の破壊3)
タイプI CRISPRシステムを用いて、ヒト胎児腎臓由来のHEK293T細胞のゲノム上のB2M遺伝子を破壊した。本実験例では、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質の発現ベクター及びCas3タンパク質の発現ベクターではなく、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質のmRNA及びCas3タンパク質のmRNAを用いた。
まず、いずれも大腸菌由来である、Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7及びCas3タンパク質をコードするmRNAを、市販のキット(MEGAscript T7 Transcription Kit、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を使用して試験管内で合成した。mRNA合成の際は、ATP、UTP、CTPに加えて、5’キャップアナログであるARCA(Anti Reverse Cap Analog、3’−O−Me−m7G(5’)ppp(5’)G、TriLink社)とGTPを4:1の割合になるよう混合したものを使用した。また、試験管内で転写を行うT7プロモーター配列及び5’UTRの配列とコザック配列として配列番号33の配列を、3’UTR及びポリAシグナルの配列として配列番号34の配列を用いた。ここで、3’UTRの配列は、αグロビン(Hba−a1)遺伝子のUTR配列に基づいている。
また、それぞれ配列番号13及び14に示す塩基配列からなるcrRNAを市販のキット(MEGAshortscript T7 Transcription Kit、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を使用して試験管内で合成した。合成したcrRNAは、大腸菌crRNAのリーダー配列、リピート配列、B2M遺伝子に対する標的配列及びリピート配列をこの順に有していた。
遺伝子導入の前日に300,000個/ウェルとなるように12ウェルプレートにHEK293T細胞を播種した。続いて、Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7及びCas3タンパク質をコードするmRNA並びにcrRNAを、それぞれ500ngずつ、遺伝子導入試薬(Lipofectamine MessengerMAX、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、HEK293T細胞に導入した。
遺伝子導入した細胞は、1週間以上維持培養した後、免疫染色の2日前から終濃度50ng/mLのIFN−γで刺激し、HLAタンパク質の発現を誘導した。続いて、抗ヒトHLA−A2抗体を用いて免疫染色し、HLAタンパク質の発現を検討した。具体的には、HEK293T細胞を、BV421蛍光色素で標識したマウス抗ヒトHLA−A2抗体(#740082、BDバイオサイエンス社)と反応させた後、フローサイトメトリー解析により、HLA−A2陰性細胞の割合を算出した。
図8(a)〜(e)は、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。図8(a)〜(e)中、横軸はHLA−A2の発現量を示し、縦軸は前方散乱光の強度を示す。また、「Unstained」は抗ヒトHLA−A2抗体で染色していないHEK293T細胞の解析結果を表し、「Non−edited」は免疫染色を行なった野生型のHEK293T細胞の解析結果を表し、「crRNA #1」は配列番号13のcrRNAを導入した結果を表し、「crRNA #2」は配列番号14のcrRNAを導入した結果を表し、「crRNA #1+#2」は配列番号13のcrRNAと配列番号14のcrRNAを共導入した結果を表す。
その結果、図8(c)〜(e)において、HLA−A2陰性細胞の出現が確認された。この結果から、タイプI CRISPRシステムの発現方法として、試験管内で合成したmRNAとcrRNAを細胞に導入した場合でも、B2M遺伝子を破壊できることが明らかとなった。
[実験例4]
(タイプI CRISPRシステムの発現ベクターの作製)
タイプI CRISPRシステムによるヒト細胞におけるゲノム欠失効率を更に向上させるため、発現ベクターの検討を行なった。具体的には、まず、図9(a)〜(d)に示す構造を有する発現プラスミドDNAベクターを作製した。
図9(a)〜(d)中、「Cse1」は大腸菌由来Cse1遺伝子を表し、「Cse2」は大腸菌由来Cse2遺伝子を表し、「Cas3」は大腸菌由来Cas3遺伝子を表し、「Cas5」は大腸菌由来Cas5遺伝子を表し、「Cas6」は大腸菌由来Cas6遺伝子を表し、「Cas7」は大腸菌由来Cas7遺伝子を表し、「P2A」はP2A配列を表し、「T2A」はT2A配列を表し、「IRES」はInternal Ribosome Entry Siteを表し、「pA」はポリA付加シグナル配列を表し、「EF1α」はEF1αプロモーターを表し、「EGFP」はEGFP蛍光タンパク質遺伝子を表し、「mCherry」はmCherry蛍光タンパク質遺伝子を表し、「PuroR」はピューロマイシン耐性遺伝子を表し、「HgrR」はハイグロマイシン耐性遺伝子を表す。
また、Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7、Cas3遺伝子としては、ヒトコドン頻度に合わせて塩基配列を最適化したものを使用した。また、各遺伝子の3’側及び5’側には、それぞれ核移行シグナル(NLS)となるペプチド配列をコードする塩基配列を付加した。
これらの発現ベクターでは、各遺伝子が、リボソームスキッピングを誘導する、Porcine teschovirus由来P2A配列又はThosea asigne由来T2A配列で連結されていることにより、単一のmRNAから個別のタンパク質として発現される。
図9(a)〜(d)に示す構造を有する発現プラスミドDNAベクターは、上述したコンストラクトがpiggyBac由来5’TR配列及び3’TR配列ではさまれているため、piggyBacトランスポゾンベクターとして使用することもできる。
これらのベクターをpiggyBacトランスポザーゼと共に共発現させると、トランスポザーゼにより「3’TR」及び「5’TR」に挟まれた領域が切り出され、宿主細胞ゲノム中の「TATA」塩基配列部位に組み込まれ、安定発現細胞株が樹立される。
また、トランスポゾンベクターが導入された細胞は、ピューロマイシン又はハイグロマイシンを用いた薬剤選択、或いはEGFP又はmCherry蛍光タンパク質の蛍光を利用したソーティングにより選択することができる。
[実験例5]
(タイプI CRISPRシステムによるB2M遺伝子の破壊4)
実験例4で作製したタイプI CRISPRシステムの発現ベクターを用いて、ヒト胎児腎臓由来のHEK293T細胞及びiPS細胞のゲノム上のB2M遺伝子を破壊した。また、比較のために、実験例1、実験例2で作製した発現ベクターも使用した。
《HEK293T細胞を用いた検討》
まず、HEK293T細胞を用いた検討を行った。遺伝子導入の前日に150,000個/ウェルとなるように24ウェルプレートにHEK293T細胞を播種した。続いて、上述したタイプI CRISPRシステムの発現ベクター1600ngと、実験例1で作製したcrRNA #1の発現ベクター800ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、HEK293T細胞に導入した。
タイプI CRISPRシステムの発現ベクターとして、複数の発現ベクターを同時に遺伝子導入する場合、導入するベクターの数に応じて、合計質量が1600ngになるよう各ベクターの量を均等に割り振った。
遺伝子導入した細胞は、1週間以上維持培養した後、免疫染色の2日前から終濃度50ng/mLのIFN−γで刺激し、HLAタンパク質の発現を誘導した。続いて、抗ヒトHLA−A2抗体を用いて免疫染色し、HLAタンパク質の発現を検討した。具体的には、HEK293T細胞を、BV421蛍光色素で標識したマウス抗ヒトHLA−A2抗体(#740082、BDバイオサイエンス社)と反応させた後、フローサイトメトリー解析により、HLA−A2陰性細胞の割合を算出した。
図10(a)〜(h)は、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。図10(a)〜(h)中、横軸はHLA−A2の発現量を示し、縦軸は前方散乱光の強度を示す。また、「Unstained」は抗ヒトHLA−A2抗体で染色していないHEK293T細胞の解析結果を表し、「Non−edited」は免疫染色を行なった野生型のHEK293T細胞の解析結果を表し、「pTL−Cascade+Cas3」は図5で示したベクター及び図3(f)で示したベクターを共導入した結果を表し、「individual」は図3(a)〜(f)で示した計6種類のタイプI CRISPRシステム発現ベクターを共導入した結果を表し、「263−iCA+751−iCA」は図9(a)で示したベクターのうち、選択遺伝子としてmCherryを持つベクターを共導入した結果を表し、「263−iHA+751−iHA」は図9(a)で示したベクターのうち、選択遺伝子としてハイグロマイシン耐性遺伝子を持つベクターを共導入した結果を表し、「263−iPA+751−iPA」は図9(a)で示したベクターのうち、選択遺伝子としてピューロマイシン耐性遺伝子を持つベクターを共導入した結果を表し、「All in one−SP」は図9(b)で示したベクターのうち、選択遺伝子としてピューロマイシン耐性遺伝子を持つベクターを共導入した結果を表す。
その結果、いずれの発現ベクターを用いた場合においてもHLA−A2陰性細胞を観察することができた。中でも、特に図9(a)で示したベクターを用いることで、図3(a)〜(f)で示したベクター及び図5で示したベクターよりも効率よくB2M遺伝子を破壊できることが明らかとなった。
また、図9(b)で示したベクターは、図5で示したベクターを用いた時よりは高い効率でB2M遺伝子を破壊できたが、図3(a)〜(f)で示したベクターを6種類同時に用いた時よりはB2M遺伝子の破壊効率が低い値を示した。
《iPS細胞を用いた検討》
続いて、iPS細胞を用いた検討を行った。遺伝子導入の前日に30,000個/ウェルとなるように24ウェルプレートにiPS細胞を播種した。続いて、上述したタイプI CRISPRシステムの発現ベクター600ngと、実験例1で作製したcrRNA #1の発現ベクター300ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine Stem、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、iPS細胞に導入した。
タイプI CRISPRシステムの発現ベクターとして、複数の発現ベクターを同時に遺伝子導入する場合、導入するベクターの数に応じて、合計質量が600ngになるよう各ベクターの量を均等に割り振った。
遺伝子導入したiPS細胞は、24時間後に終濃度0.5μg/mLのピューロマイシンを加え、1日間遺伝子導入された細胞の選択を行なった。続いて、1週間以上維持培養した後、免疫染色の2日前から終濃度50ng/mLのIFN−γで刺激し、HLAタンパク質の発現を誘導した。続いて、抗ヒトHLA−A2抗体を用いて免疫染色し、HLAタンパク質の発現を検討した。具体的には、iPS細胞を、BV421蛍光色素で標識したマウス抗ヒトHLA−A2抗体(#740082、BDバイオサイエンス社)と反応させた後、フローサイトメトリー解析により、HLA−A2陰性細胞の割合を算出した。
図11(a)〜(g)は、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。図11(a)〜(g)中、横軸はHLA−A2の発現量を示し、縦軸は前方散乱光の強度を示す。また、「Unstained」は抗ヒトHLA−A2抗体で染色していないiPS細胞の解析結果を表し、「Non−edited」は免疫染色を行なった野生型のiPS細胞の解析結果を表し、「pTL−Cascade+Cas3」は図5で示したベクター及び図3(f)で示したベクターを共導入した結果を表し、「263−iPA+751−iPA」は図9(a)で示したベクターのうち、選択遺伝子としてピューロマイシン耐性遺伝子を持つベクターを共導入した結果を表し、「All in one−SP」は図9(b)で示したベクターのうち、選択遺伝子としてピューロマイシン耐性遺伝子を持つベクターを共導入した結果を表し、「All in one−DPU」(DPU:Dual Promoter, Uni−directional)は図9(c)で示したベクターを導入した結果を表し、「All in one−DPB」(DPB:Dual Promoter, Bi−directional)は図9(d)で示したベクターを導入した結果を表す。
その結果、いずれの発現ベクターを用いた場合においてもHLA−A2陰性細胞を観察することができたが、特に図9(a)、(c)、(d)で示したベクターを用いることで、図5で示したベクター及び図9(b)で示したベクターよりも効率よくB2M遺伝子を破壊できることが明らかとなった。
続いて、フローサイトメーターを用いたソーティングにより、作出したHLA−A2陰性iPS細胞を回収した。続いて、得られたバルクiPS細胞を用いてB2M遺伝子座のジェノタイピングを行った。
具体的には、まず、バルクiPS細胞より市販のキット(MonoFas 培養細胞ゲノムDNA抽出キットVI、GLサイエンス社)を用いてゲノムDNAを精製した。続いて、センス鎖プライマー(配列番号15)及びアンチセンス鎖プライマー(配列番号16)を用いてQuick Taq HS DyeMix(東洋紡社)を用いてPCRを行なった。
得られたPCR産物は、アガロースゲル電気泳動により解析した。その結果、タイプI CRISPRシステムにより欠失が生じて野生型より増幅産物の分子量が低下したと考えられたバンドを分離・精製し、サンガーシーケンスにより欠失部位を特定した。場合により、得られたPCR産物をTAクローニングし、得られたコロニーを用いてサンガーシーケンスにより塩基配列を解析した。
図12は、バルクのHLA−A2陰性iPS細胞のB2M遺伝子座を解析した結果を示す模式図である。図12中、「B2M」は、B2M遺伝子座の大まかな構造を表し、「ex1」、「ex2」及び「ex3」は、B2M遺伝子のエクソン番号とその領域を表し、「PCR primer」はPCR増幅に用いたプライマーのB2M遺伝子座における大まかな位置を表し、「crRNA」は、遺伝子破壊に用いたcrRNAのB2M遺伝子座における大まかな位置を表し、「Clone#1」〜「Clone#12」は、TAクローニングにより得られた大腸菌クローンを示す。図12にはまた、「Clone#1」〜「Clone#12」のサンガーシーケンスの結果に基づいて特定したゲノムDNA欠失領域を点線又は*印で示す。
その結果、Clone#1〜Clone#12のすべてのサンプルにおいて、crRNAの結合部位を基準に5’側(PAM側)上流方向に数百bp〜数kbに渡る大きなヌクレオチドの欠失が確認された。また、Clone#1では、crRNAの標的配列に21塩基のヌクレオチドの欠失が認められた。また、Clone#2、#4、#8、#9、#10ではエクソン2に欠失が認められ、Clone#4ではエクソン2の完全な欠失が認められた。また、Clone#5ではエクソン1に欠失が認められた。また、Clone#3、#6、#7、#11、#12ではエクソンには欠失は認められなかった。また、解析した12サンプルの内「Clone#1」を除く11サンプルにおいて、crRNAの標的配列が保持されていることが明らかとなった。
[実験例6]
(タイプI CRISPRシステムを用いたDMDエクソンスキッピング)
タイプI CRISPRシステムを用いてジストロフィン(DMD)遺伝子のエクソン45番に対してエクソンスキッピングを誘導できるか否かを検討した。
エクソンスキッピングは、国際公開第2018/179578号公報に記載されたものと同様のエクソンスキッピングモデルルシフェラーゼアッセイにより検出した。図13は、エクソンスキッピングモデルルシフェラーゼアッセイに用いたレポーターベクターの構造を説明する模式図である。
図13中、四角はエクソン部分を表し、線はイントロン部分及び非翻訳領域を表す。また、「EF1α」はEF1αプロモーターを表し、「IRES」はInternal Ribosome Entry Siteを表し、「PuroR」はピューロマイシン耐性遺伝子を表し、「pA」はポリA付加シグナル配列を表し、「3’TR」はpiggyBac由来3’TR配列を表し、「5’TR」はpiggyBac由来5’TR配列を表し、「#1」及び「#2」はcrRNA又はsgRNAの標的配列の位置を表す。
このレポーターベクターには、Fireflyルシフェラーゼ(Luc2)遺伝子に含まれる偽スプライシングドナー配列を破壊したLuc2(G967A)遺伝子を2つに分割し、ヒトジストロフィン遺伝子のエクソン45の前後の約4kbのDNA断片を挿入したコンストラクト(Luc2+hEx45)が挿入されている。このレポーターベクターより発現されるFireflyルシフェラーゼ遺伝子は、スプライシングによりDMD遺伝子エクソン45が挿入されるため不活性型である。
一方、タイプI CRISPRシステムにより、レポーターベクター中のヒトDMD遺伝子のエクソン45がスキッピング(あるいは欠失)されると、活性型のFireflyルシフェラーゼが発現されるようになる。
したがって、このレポーターベクターを細胞に導入し、Fireflyルシフェラーゼの活性を測定することにより、ヒトDMD遺伝子のエクソン45に対してエクソンスキッピングを誘導する活性を測定することができる。
本実験例では、図13中、「#1」で表されるヒトDMD遺伝子のイントロン44中の標的配列(配列番号17)に対するタイプI CRISPRシステムのcrRNA、及び、図13中、「#2」で表されるヒトDMD遺伝子のイントロン45中の標的配列(配列番号18)に対するタイプI CRISPRシステムのcrRNAを使用した。
また、比較のために、クラス2 CRISPRシステムであるCas9(SpCas9)を用いた実験も同時に行った。Cas9の発現には、プラスミドDNA(piggyBac)ベクターを用いた。Cas9のsgRNAとしては、上述したタイプI CRISPRシステムのcrRNAの標的配列とオーバーラップする2種類の標的配列に対するsgRNAを使用した。
具体的には、図13中、「#1」で表されるヒトDMD遺伝子のイントロン44中の標的配列(配列番号19)に対するCas9のsgRNA、及び、図13中、「#2」で表されるヒトDMD遺伝子のイントロン45中の標的配列(配列番号20)に対するCas9のsgRNAを使用した。U6プロモーターの制御下でこれらのsgRNAを発現するプラスミドDNAベクターを作製し使用した。
《HEK293T細胞を用いた検討》
まず、HEK293T細胞を用いた検討を行った。タイプI CRISPRシステムを用いた検討では、上述したレポーターベクター100ng、内部標準としてウミシイタケルシフェラーゼ(Renilla Luc)を発現するphRL−TKベクター20ng、タイプI CRISPRシステムの発現ベクターを200ng、crRNA発現ベクター100ngをヒト胎児腎臓由来のHEK293T細胞に導入し、96ウェルプレートに60,000個/100μL/ウェルとなるように播種した。
タイプI CRISPRシステムの発現ベクターとして、複数の発現ベクターを同時に遺伝子導入する場合、導入するベクターの数に応じて、合計質量が200ngになるよう各ベクターの量を均等に割り振った。また、2種類のcrRNAを共導入する場合には、それぞれ50ngずつ使用した。
Cas9を用いた検討では、上述したレポーターベクター100ng、内部標準としてウミシイタケルシフェラーゼ(Renilla Luc)を発現するphRL−TKベクター20ng、Cas9発現ベクター200ng、sgRNA発現ベクター100ngをヒト胎児腎臓由来のHEK293T細胞に導入し、96ウェルプレートに60,000個/100μL/ウェルとなるように播種した。また、2種類のsgRNAを共導入する場合には、それぞれ50ngずつ使用した。
遺伝子導入には、遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いた。
続いて、遺伝子導入の2日後に、市販のキット(「Dual−Glo Luciferase Assay system」Cat.No.E2920、プロメガ社)を用いてルシフェラーゼレポーター活性を解析した。
図14は、ウミシイタケルシフェラーゼの活性を基準として、Fireflyシフェラーゼの活性を測定した結果を示すグラフである。図14中、「Rluc」はウミシイタケルシフェラーゼの活性を表し、「Fluc」はFireflyシフェラーゼの活性を表し、「CRISPR−Cas9」はCas9を遺伝子導入した結果を表す。また、Cas9を遺伝子導入した結果において、「#1」は図13の「#1」(配列番号19)を標的配列とするsgRNAの発現ベクターを共導入した結果を表し、「#2」は図13の「#2」(配列番号20)を標的配列とするsgRNAの発現ベクターを共導入した結果を表し、「#1+#2」は図13の「#1」(配列番号19)及び「#2」(配列番号20)を標的配列とするsgRNAの発現ベクターを共導入した結果を表し、「sgRNA−」は、sgRNAの発現ベクターを添加していない陰性対照の結果を表す。
また、図14中、「CRISPR−Cas3」はタイプI CRISPRシステムの結果を表す。また、タイプI CRISPRシステムの結果において、「individual」は図3(a)〜(f)で示した計6種類のタイプI CRISPRシステム発現ベクターを共導入した結果を表し、「263−iPA+751−iPA」は図9(a)で示したベクターのうち、選択遺伝子としてピューロマイシン耐性遺伝子を持つベクターを共導入した結果を表し、「All in one−SP」は図9(b)で示したベクターのうち、選択遺伝子としてピューロマイシン耐性遺伝子を持つベクターを共導入した結果を表し、「All in one−DPU」は図9(c)で示したベクターを導入した結果を表し、「All in one−DPB」は図9(d)で示したベクターを導入した結果を表し、「pTL−Cascade+Cas3」は図5で示したベクター及び図3(f)で示したベクターを共導入した結果を表し、「#1」は図13の「#1」(配列番号17)を標的配列とするcrRNAの発現ベクターを共導入した結果を表し、「#2」は図13の「#2」(配列番号18)を標的配列とするcrRNAの発現ベクターを共導入した結果を表し、「#1+#2」は図13の「#1」(配列番号17)及び「#2」(配列番号18)を標的配列とするcrRNAの発現ベクターを共導入した結果を表し、「crRNA−」は、crRNAの発現ベクターを添加していない陰性対照の結果を表す。
その結果、HEK293T細胞において、タイプI CRISPRシステムは、使用した発現ベクターの種類によらず、CRISPR−Cas9より高いエクソンスキッピング活性を示すことが明らかとなった。
なお、タイプI CRISPRシステムの発現ベクターにおいて、「263−iPA+751−iPA」、「All in one−SP」、「All in one−DPU」、「All in one−DPB」は、「individual」よりもエクソンスキッピング活性が低い傾向が認められたが、遺伝子を欠失させる活性が強すぎてLuc2 cDNAまで欠失している可能性が考えられた。
また、タイプI CRISPRシステムは、1つのcrRNAを用いるだけで、CRISPR−Cas9と2つのsgRNAを用いたときよりも高いエクソンスキッピング活性を示すことが明らかとなった。
《iPS細胞を用いた検討》
続いて、iPS細胞を用いた検討を行った。iPS細胞としては、DMD遺伝子のエクソン45に終止コドンが生じる変異を持つ、デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者由来のiPS細胞を用いた。
遺伝子導入の前日に100,000個/ウェルとなるように48ウェルプレートに患者由来iPS細胞を播種した。続いて、タイプI CRISPRシステムを用いた検討では、上述したレポーターベクター100ng、内部標準としてウミシイタケルシフェラーゼ(Renilla Luc)を発現するphRL−TKベクター20ng、タイプI CRISPRシステムの発現ベクターを200ng、crRNA発現ベクター100ngをiPS細胞に導入した。
タイプI CRISPRシステムの発現ベクターとして、複数の発現ベクターを同時に遺伝子導入する場合、導入するベクターの数に応じて、合計質量が200ngになるよう各ベクターの量を均等に割り振った。また、2種類のcrRNAを共導入する場合には、それぞれ50ngずつ使用した。
Cas9を用いた検討では、上述したレポーターベクター100ng、内部標準としてウミシイタケルシフェラーゼ(Renilla Luc)を発現するphRL−TKベクター20ng、Cas9発現ベクター200ng、sgRNA発現ベクター100ngをiPS細胞に導入した。また、2種類のsgRNAを共導入する場合には、それぞれ50ngずつ使用した。
遺伝子導入には、遺伝子導入試薬(Lipofectamine Stem、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いた。
続いて、遺伝子導入の2日後に、市販のキット(「Dual−Glo Luciferase Assay system」Cat.No.E2920、プロメガ社)を用いてルシフェラーゼレポーター活性を解析した。
図15は、ウミシイタケルシフェラーゼの活性を基準として、Fireflyシフェラーゼの活性を測定した結果を示すグラフである。図15中、「Rluc」はウミシイタケルシフェラーゼの活性を表し、「Fluc」はFireflyシフェラーゼの活性を表し、「CRISPR−Cas9」はCas9を遺伝子導入した結果を表す。また、Cas9を遺伝子導入した結果において、「#1」は図13の「#1」(配列番号19)を標的配列とするsgRNAの発現ベクターを共導入した結果を表し、「#2」は図13の「#2」(配列番号20)を標的配列とするsgRNAの発現ベクターを共導入した結果を表し、「#1+#2」は図13の「#1」(配列番号19)及び「#2」(配列番号20)を標的配列とするsgRNAの発現ベクターを共導入した結果を表し、「sgRNA−」は、sgRNAの発現ベクターを添加していない陰性対照の結果を表す。
また、図15中、「CRISPR−Cas3」はタイプI CRISPRシステムの結果を表す。また、タイプI CRISPRシステムの結果において、「263−iPA+751−iPA」は図9(a)で示したベクターのうち、選択遺伝子としてピューロマイシン耐性遺伝子を持つベクターを共導入した結果を表し、「All in one−SP」は図9(b)で示したベクターのうち、選択遺伝子としてピューロマイシン耐性遺伝子を持つベクターを共導入した結果を表し、「pTL−Cascade+Cas3」は図5で示したベクター及び図3(f)で示したベクターを共導入した結果を表し、「#1」は図13の「#1」(配列番号17)を標的配列とするcrRNAの発現ベクターを共導入した結果を表し、「#2」は図13の「#2」(配列番号18)を標的配列とするcrRNAの発現ベクターを共導入した結果を表し、「#1+#2」は図13の「#1」(配列番号17)及び「#2」(配列番号18)を標的配列とするcrRNAの発現ベクターを共導入した結果を表し、「crRNA−」は、crRNAの発現ベクターを添加していない陰性対照の結果を表す。
その結果、デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者由来のiPS細胞を用いた場合でも、タイプI CRISPRシステムの方が、CRISPR−Cas9より高いエクソンスキッピング活性を示すことが明らかとなった。
[実験例7]
(iPS細胞におけるDMDエクソンスキッピングの誘導)
タイプI CRISPRシステムを用いて、iPS細胞のDMD遺伝子のエクソン45のエクソンスキッピングを試みた。iPS細胞としては、DMD遺伝子のエクソン45に終止コドンが生じる変異を持つ、デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者由来のiPS細胞を用いた。
遺伝子導入の前日に300,000個/ウェルとなるように24ウェルプレートに患者由来iPS細胞を播種した。続いて、図9(a)で示したベクターのうち、選択遺伝子としてmCherry又はEGFPを持つタイプI CRISPRシステムの発現ベクターをそれぞれ300ng、図13の「#1」(配列番号17)を標的配列とするcrRNAの発現ベクター400ngをiPS細胞に導入した。
また、図9(a)で示したベクターのうち、選択遺伝子としてmCherry又はEGFPを持つタイプI CRISPRシステムの発現ベクターをそれぞれ300ng、図13の「#2」(配列番号18)を標的配列とするcrRNAの発現ベクター400ngをiPS細胞に導入した検討も行った。
遺伝子導入には、遺伝子導入試薬(Lipofectamine Stem、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いた。
遺伝子導入した細胞を2日間培養した後、フローサイトメトリーを用いてmCherryの蛍光が陽性の細胞、又は、mCherry及びEGFPが共陽性の細胞をソーティングして回収し、増殖培養した。続いて、この細胞集団より、市販のキット(MonoFas 培養細胞ゲノムDNA抽出キットVI、GLサイエンス社)を用いてゲノムDNAを精製した。
続いて、配列番号17の塩基配列を標的とするcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入した細胞については、センス鎖プライマー(配列番号21)及びアンチセンス鎖プライマー(配列番号22)を用いて、Quick Taq HS DyeMix(東洋紡社)によりPCRを行なった。
また、配列番号18の塩基配列を標的とするcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入した細胞については、センス鎖プライマー(配列番号23)及びアンチセンス鎖プライマー(配列番号24)を用いて、Quick Taq HS DyeMix(東洋紡社)によりPCRを行なった。
図16(a)は、上述したPCRにより得られたPCR産物をAgilent 2200 TapeStation(アジレントバイオロジー社)により解析した結果を表す画像である。図16(a)中、「ladder」は分子量参照用のDNAマーカー(アジレントバイオロジー社)を表し、「#1 Non−edited」は、未編集のiPS細胞由来のゲノムDNAを鋳型に、配列番号21と22のプライマーを用いて行なったPCRの結果を表し、「#1 Ediited」は、タイプI CRISPRシステムの発現ベクターと、配列番号17を標的配列とするcrRNAの発現ベクターを導入したバルクiPS細胞のゲノムDNAを鋳型に用いて、配列番号21と22のプライマーを用いて行なったPCRの結果を表す。
また、「#2 Non−ediited」は、未編集のiPS細胞由来のゲノムDNAを鋳型に、配列番号23と24のプライマーを用いて行なったPCRの結果を表し、「#2 Ediited」は、タイプI CRISPRシステムの発現ベクターと、配列番号18を標的配列とするcrRNAの発現ベクターを導入したバルクiPS細胞のゲノムDNAを鋳型に用いて、配列番号23と24のプライマーを用いて行なったPCRの結果を表す。
また、図16(b)は、図16(a)において矢印で示したバンドをサンガーシーケンスによって更に詳細に解析した結果を示す模式図である。図16(b)中、「#1」及び「#2」はcrRNAの標的配列の位置を示す。また、破線はゲノムDNA欠失領域の大まかな位置を表す。
その結果、タイプI CRISPRシステムを用いることで、デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者由来のiPS細胞において、疾患の原因となる変異が存在する内在性のDMD遺伝子のエクソン45を欠失できたことが確認された。
[実験例8]
(iPS細胞におけるタイプI CRISPRシステムを用いたDMD遺伝子修復の確認)
実験例7で取得したゲノム編集済みバルクiPS細胞を96ウェルプレートに1細胞/ウェルになるように播種し、クローンiPS細胞株を取得した。続いて、市販のキット(MonoFas 培養細胞ゲノムDNA抽出キットVI、GLサイエンス社)を用いて、取得したクローンiPS細胞株からゲノムDNAを精製し、得られたゲノムDNAを用いてジェノタイピングを行った。
図17(a)及び(b)は、ジェノタイピングの結果の一例を表した写真及び模式図である。図17(a)は、DMDエクソンスキッピングに成功したクローンiPS細胞株におけるDMD遺伝子座の欠損部位の構造を表す模式図である。
図17(a)中、「DMD」は、DMD遺伝子座のエクソン45周辺の大まかな構造を表し、「ex45」は、DMD遺伝子のエクソン番号とその領域を表し、「PCR primer」は増幅に用いたプライマーのDMD遺伝子座における大まかな位置を表し、「crRNA」は、タイプI CRISPRシステムのcrRNAのイントロン45中の標的配列(配列番号18)のDMD遺伝子座における大まかな位置を表し、「Clone#3」は、取得したクローンiPS細胞のクローン番号であり、サンガーシーケンスの結果から明らかとなった欠損領域を表す。
また、図17(b)は、本実験で得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動により解析した結果を示す写真である。図17(b)中、「1kb ladder」は、分子量参照用の1kb DNAマーカー(ワトソン社)を表し、「Non−edited」は、未編集のiPS細胞由来のゲノムDNAを鋳型に配列番号100及び配列番号101のプライマーを用いて行なったPCRの結果を表し(増幅サイズ6.6kb)、「Clone#3」は、DMDエクソンスキッピングに成功したクローンiPS細胞株のゲノムDNAを鋳型として用いて行なったPCRの結果を表す(増幅サイズ1.3kb)。
下記表1は、図17(a)及び(b)に示したものと同様のジェノタイピング実験を各クローンiPS細胞株について行い、その結果、DMDエクソンスキッピングに成功していたクローンiPS細胞株についてその割合をまとめた表である。
表1中、crRNA#1は、配列番号17を標的配列とするcrRNAを用いてゲノム編集を行うことで得られたクローンiPS細胞株についての結果を表し、crRNA#2は、配列番号18を標的配列とするcrRNAを用いてゲノム編集を行うことで得られたクローンiPS細胞株についての結果を表す。
また、DMDエクソンスキッピングが成功したクローンiPS細胞株のうち、配列番号17又は18を標的配列とするcrRNAを用いてゲノム編集を行った株をそれぞれ1つずつ選び、文献(Tanaka A., et al., Efficient and reproducible myogenic differentiation from human iPS cells: prospects for modeling Myoshi Myopathy in vitro, PLoS One., 8 (4), e61540, 2013)に記載された手法を用いて骨格筋細胞へと分化誘導した。続いてジストロフィンmRNAのエクソンスキッピング誘導の確認及びジストロフィンタンパク質の発現回復を確認した。
図18は、骨格筋細胞へ分化誘導したクローンiPS細胞株の細胞の形状を撮影した顕微鏡写真である。図18に示す日数は、分化誘導開始後の日数である。また、スケールバーは100μmを示す。
続いて、骨格筋細胞へ分化誘導したiPS細胞株から市販のキット(RNeasy Mini Kit、キアゲン社)を用いてトータルRNAを精製した。続いて、市販のキット(ReverTra Ace(R)qPCR RT Kit、東洋紡社)を用いて、精製したトータルRNAの逆転写反応を行い、cDNAを合成した。続いて、合成したcDNAを鋳型として、配列番号102及び配列番号103のプライマーを用いたPCR反応により、ジストロフィン遺伝子のcDNAを増幅した。続いて、PCR産物を、Agilent 2200 TapeStation(アジレントバイオロジー社)により解析した。
図19は、PCR産物の解析結果を示した画像及び増幅産物の構造を示す模式図である。図19中、「ladder」は分子量参照用のD1000 DNAマーカー(アジレントバイオロジー社)を表し、「ΔEx44」は、未編集の疾患患者由来iPS細胞から取得したcDNAを鋳型にPCRを行った結果を表す。
また、「Cas3 DMD#1−22」は、タイプI CRISPRシステムの発現ベクターと配列番号17を標的配列とするcrRNAを導入し、エクソンスキッピングを誘導したクローンiPS細胞株(#1−22)から取得したcDNAを鋳型にPCRを行った結果を表す。
また、「Cas3 DMD#2−3」は、タイプI CRISPRシステムの発現ベクターと配列番号18を標的配列とするcrRNAを導入し、エクソンスキッピングを誘導したクローンiPS細胞株(#2−3)から取得したcDNAを鋳型にPCRを行った結果を表す。
また、「Ex44 KI」は、実験例7におけるものと同様の疾患患者由来iPS細胞に、CRISPR−Cas9システムを用いてDMDエクソン44をノックインしたiPS細胞株(Li H. L., et al., Precise correction of the Dystrophin gene in Duchenne muscular dystrophy patient induced pluripotent stem cells by TALEN and CRISPR-Cas9, Stem Cell Reports, 4 (1), 143-154, 2015 において取得された細胞である。)を、上述したものと同様の手法で骨格筋細胞へと分化誘導し、取得したcDNAを鋳型にPCRを行った結果を表す。
続いて、骨格筋細胞へ分化誘導したiPS細胞株を、市販の細胞溶解液(RIPA Lysis and Extraction Buffer、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)で溶解して得られた細胞溶解液を、Simple Western(TM)アッセイ(protein simple社)を用いて解析し、ジストロフィンタンパク質の発現を確認した。
具体的には、1次抗体としてウサギ抗ジストロフィン抗体(#ab15277、アブカム社)を用い、2次抗体としてセイヨウワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識抗ウサギ抗体(#042−206、protein simple社)を用いた。
また、タンパク質ロード量のコントロールとしてミオシン重鎖の発現量を同時に解析した。具体的には、1次抗体としてマウス抗ミオシン重鎖抗体(#MAB4470、R&Dシステムズ社)を用い、2次抗体としてHRP標識抗マウス抗体(#042−205、protein simple社)を用いた。
図20は、Simple Western(TM)アッセイによるタンパク質電気泳動の実験結果を示す画像である。図20中、「ΔEx44」は、未編集の疾患患者由来iPS細胞から取得した細胞溶解液を解析した結果を表す。また、「Cas3 DMD#1−22」は、タイプI CRISPRシステムの発現ベクターと配列番号17を標的配列とするcrRNAを導入し、エクソンスキッピングを誘導したクローンiPS細胞株から取得した細胞溶解液を解析した結果を表す。また、「Cas3 DMD#2−3」は、タイプI CRISPRシステムの発現ベクターと配列番号18を標的配列とするcrRNAを導入し、エクソンスキッピングを誘導したクローンiPS細胞株から取得した細胞溶解液を解析した結果を表す。
また、「Ex44 KI」は、実験例7におけるものと同様の疾患患者由来iPS細胞に、CRISPR−Cas9システムを用いてDMDエクソン44をノックインしたiPS細胞株(Li H. L., et al., Precise correction of the Dystrophin gene in Duchenne muscular dystrophy patient induced pluripotent stem cells by TALEN and CRISPR-Cas9, Stem Cell Reports, 4 (1), 143-154, 2015 において取得された細胞である。)を、上述したものと同様の手法で骨格筋細胞へと分化誘導した細胞より取得した細胞溶解液を解析した結果を表す。
また、「DMD」は、ジストロフィンタンパク質の発現を解析した結果を表し、「MHC」は、ミオシン重鎖タンパク質の発現を解析した結果を表す。
その結果、タイプI CRISPRシステムを用いて、デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者由来のiPS細胞において、疾患の原因となる変異が存在する内在性のDMD遺伝子の45番エクソンを欠損させることで、分化誘導した骨格筋細胞においてジストロフィンタンパク質の発現を回復できることが明らかとなった。
[実験例9]
(タイプI CRISPRシステム及びタイプII CRISPR−Cas9システムの遺伝子破壊効率比較実験)
タイプI CRISPRシステム又はタイプII CRISPR−Cas9システムを用いて、HEK293T細胞において、B2M遺伝子の遺伝子破壊を行ない、各システムによる遺伝子破壊効率を比較した。
図21(a)は、B2M遺伝子座の大まかな構造を示す模式図である。図21(a)中、「ex1」、「ex2」、「ex3」及び「ex4」は、B2M遺伝子のエクソン番号とその領域を表し、「#1」〜「#10」、「#2’」、「#6’」、「#9’」は、それぞれタイプI CRISPRシステム用の標的配列又はCRISPR−Cas9システム用の標的配列のB2M遺伝子上の位置を示す。「Cas3−crRNA」は、タイプI CRISPRシステム用の標的配列であることを示し、「Cas9−sgRNA」は、CRISPR−Cas9システム用の標的配列であることを示す。
また、「#3」、「#4」、「#7」は、標的配列がB2M遺伝子のコーディング領域(エクソン)内に存在するものであり、それ以外は標的配列がB2M遺伝子のコーディング領域外に存在するものであった。また、「Cas3−crRNA」を実線矢印で示し、「Cas9−sgRNA」を破線矢印で示す。
タイプI CRISPRシステム用の標的配列として、#1(配列番号35)、#2(配列番号3)、#2’(配列番号36)、#3(配列番号1)、#4(配列番号4)、#5(配列番号5)、#6(配列番号37)、#6’(配列番号38)、#7(配列番号2)、#8(配列番号8)、#9(配列番号39)、#9’(配列番号40)、#10(配列番号41)の13種類の標的配列を使用した。
また、CRISPR−Cas9システム用の標的配列として、#1(配列番号42)、#2(配列番号43)、#3(配列番号44)、#4(配列番号45)、#5(配列番号46)、#6(配列番号47)、#7(配列番号48)、#8(配列番号49)、#9(配列番号50)、#10(配列番号51)の10種類の標的配列を使用した。
タイプI CRISPRシステムについては、設計したcrRNAをコードするDNA断片を図2に示す構造を有するベクターに組み込み、以降の実験に使用した。
遺伝子導入の前日に150,000個/ウェルとなるように24ウェルプレートにHEK293T細胞を播種した。続いて、1ウェルあたり、上述したcrRNA発現ベクター又はsgRNA発現ベクターを1000ng(2種類のsgRNAを使用する場合は、それぞれ500ngずつ)、図9(d)で示したCRISPR−Cas3システム発現ベクター又はCas9発現ベクター1000ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、HEK293T細胞に導入した。
遺伝子導入した細胞は、1週間以上維持培養した後、免疫染色の2日前から終濃度50ng/mLのインターフェロン(IFN)−γで刺激し、HLAタンパク質の細胞表面への発現を誘導した。
続いて、抗ヒトHLA−A2抗体を用いて免疫染色し、細胞表面のHLAタンパク質の発現を検討した。具体的には、HEK293T細胞を、BV421蛍光色素で標識したマウス抗ヒトHLA−A2抗体(#740082、BDバイオサイエンス社)と反応させた後、フローサイトメトリー解析により、HLA−A2陰性細胞の割合を算出した。
図21(b)は、算出したHLA−A2陰性細胞の割合を示すグラフである。図21(b)中、「CRISPR−Cas3」は、タイプI CRISPRシステムを用いた結果を示し、「#1」〜「#10」、「#2’」、「#6’」、「#9’」は、それぞれ上述したcrRNAの発現ベクターを共導入した結果であることを示し、「crRNA−」は、いずれのcrRNAも導入しなかった際の結果であることを示す。
また、「CRISPR−Cas9」は、CRISPR−Cas9システムを用いた結果を示し、「#1」〜「#10」は、それぞれ上述したsgRNAの発現ベクターを共導入した結果であることを示し、「#1+#5」は、「#1」を標的配列とするsgRNAの発現ベクター及び「#5」を標的配列とするsgRNAの発現ベクターを共導入した結果であることを示し、「#1+#6」は、「#1」を標的配列とするsgRNAの発現ベクター及び「#6」を標的配列とするsgRNAの発現ベクターを共導入した結果であることを示し、以下同様である。また、「sgRNA−」は、いずれのsgRNAも導入しなかった際の結果であることを示す。
その結果、標的配列をB2M遺伝子のコーディング領域内に設計した場合、CRISPR−Cas9システムの方が、タイプI CRISPRシステムより高い遺伝子破壊効率を示したが、標的配列をB2M遺伝子のコーディング領域(エクソン)外であるイントロン領域や制御領域、遺伝子近傍(上流または下流)領域に設計した場合、タイプI CRISPRシステムの方が、CRISPR−Cas9システムより高い遺伝子破壊効率を示すことが明らかとなった。また、標的配列がB2M遺伝子のコーディング領域外にある1種類のcrRNAを用いて、タイプI CRISPRシステムによるB2M遺伝子の破壊を行った場合と、標的配列がB2M遺伝子のコーディング領域外にある2種類のsgRNAを同時に用いて、CRISPR−Cas9システムによるB2M遺伝子の破壊を行った場合を比べると、タイプI CRISPRシステムはCRISPR−Cas9システムと同等か、それ以上のB2M遺伝子破壊効率を示すことが明らかとなった。
以上のことから、編集したい領域(標的領域)が、ガイドRNAの結合部位より遠方にある場合、タイプI CRISPRシステムは、CRISPR−Cas9システムより高いゲノム編集効率が得られることが示唆された。
[実験例10]
(マルチプレックスcrRNA発現ベクターを用いたタイプI CRISPRシステムによるiPS細胞におけるHLA遺伝子の破壊実験)
タイプI CRISPRシステムのcrRNA発現ベクターにおいて、リピート配列を挟んで標的配列を複数連結することにより、1種のRNA分子を用いるだけで、複数の標的配列に対してゲノム編集ができるか否かを検討した。
図22は、本実験例において作製したcrRNA発現ベクターの構造を示す模式図である。図22中、「U6」は、U6プロモーターを表し、「Leader」はタイプI CRISPRシステムのcrRNAの大腸菌由来リーダー配列を表し、「Repeat」はcrRNAのリピート配列を表し、「Target1」及び「Target2」は、それぞれcrRNAの標的配列を表す。また、最も下流側のcrRNAのリピート配列の3’末端には、U6プロモーターのターミーネーションシグナルとして「TTTTTT」(Tはチミジンを意味する。)を付与した。
本実験例では、「Target1」にHLA−A24を標的とする塩基配列(配列番号52)を、「Target2」にHLA−B7を標的とする塩基配列(配列番号53)を組み込んで使用した。
遺伝子導入の前日に300,000個/ウェルとなるように12ウェルプレートにiPS細胞を播種した。続いて、1ウェルあたり、上述したcrRNA発現ベクターを500ng、又は、HLA−A24を標的とする塩基配列(配列番号52)若しくはHLA−B7を標的とする塩基配列(配列番号53)若しくはB2M遺伝子を標的とした塩基配列(配列番号1)を図2に示す構造を有するベクターに組み込んだものを500ng、図9(d)で示したタイプI CRISPRシステムの発現ベクター500ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine Stem、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いてiPS細胞に導入した。
遺伝子導入したiPS細胞は、24時間後に終濃度0.5μg/mLのピューロマイシンを加え、1日間インキュベートし、遺伝子導入された細胞の選択を行なった。続いて、1週間以上維持培養した後、免疫染色の2日前から終濃度50ng/mLのIFN−γで刺激し、HLAタンパク質の発現を誘導した。
続いて、抗ヒトHLA−A24抗体及び抗ヒトHLA−B7、B27抗体を用いて免疫染色し、HLAタンパク質の発現を検討した。
具体的には、iPS細胞を、Alexa−Fluor(R)647蛍光色素で標識したマウス抗ヒトHLA−A24抗体(#K0208−A64、MBLライフサイエンス社)及びFITC蛍光色素で標識したマウス抗ヒトHLA−B7、B27抗体(#130−106−049、ミルテニーバイオテク社)と反応させた後、フローサイトメトリー解析により、HLA−A24及びHLA−B7陰性細胞の割合を算出した。
図23は、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。図23中、横軸はHLA−B7の発現量を示し、縦軸はHLA−A24の発現量を示す。また、「未編集iPS細胞」は未編集のiPS細胞の解析結果を表し、「未染色」は抗ヒトHLA−A24抗体及び抗ヒトHLA−B7、B27抗体で染色していないiPS細胞の解析結果を表し、「HLA−Aのみ」は、抗ヒトHLA−A24抗体のみで染色したiPS細胞の解析結果を表し、「HLA−Bのみ」は、抗ヒトHLA−B7、B27抗体のみで染色したiPS細胞の解析結果を表す。
また、「crRNA−」は、crRNAの発現ベクターを導入しなかったiPS細胞の解析結果を表す。
また、「crRNA(HLA−A)」は、HLA−A24を標的とするcrRNAの発現ベクターのみを用いてタイプI CRISPRシステムによりゲノム編集を行ったiPS細胞の解析結果を表す。
また、「crRNA(HLA−B)」は、HLA−B7を標的とするcrRNAの発現ベクターのみを用いてタイプI CRISPRシステムによりゲノム編集を行ったiPS細胞の解析結果を表す。
また、「crRNA(HLA−A+HLA−B)」は、HLA−A24を標的とするcrRNAとHLA−B7を標的とするcrRNAの双方がタンデムに並んだ構造を有するcrRNA発現ベクターを用いてタイプI CRISPRシステムによりゲノム編集を行ったiPS細胞の解析結果を表す。
また、「crRNA(B2M)」は、B2Mを標的とするcrRNAの発現ベクターを用いてタイプI CRISPRシステムによりゲノム編集を行ったiPS細胞の解析結果を表す。
その結果、図22に示す、標的配列がタンデムに並んだ構造を有するcrRNAの発現ベクターを用いて、タイプI CRISPRシステムによりゲノム編集を行った場合、1種のRNA分子を用いるだけで、複数の標的配列に対してゲノム編集を行うことができることが明らかとなった。
[実験例11]
(HEK293T細胞とiPS細胞におけるゲノム編集効率の比較1)
《HEK293T細胞》
タイプI CRISPRシステムを用いて、HEK293T細胞のEMX1遺伝子座のゲノム編集を行った。
Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7、Cas3遺伝子の発現ベクターとしては、実験例1で作製した、それぞれ図3(a)〜(f)に構造を示す6種類の発現ベクターを使用した。また、EMX1遺伝子座中の標的配列(配列番号54)に対するcrRNAの発現ベクターを使用した。
遺伝子導入の前日に150,000個/ウェルとなるように24ウェルプレートにHEK293T細胞を播種した。続いて、1ウェルあたり、上述したタイプI Cascade複合体の構成タンパク質及びCas3タンパク質の発現ベクターをそれぞれ250ngずつ、及び、crRNA発現ベクター250ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いてHEK293T細胞に導入した。
続いて、遺伝子導入した細胞を数日間培養した。続いて、この細胞集団より、市販のキット(MonoFas 培養細胞ゲノムDNA抽出キットVI、GLサイエンス社)を用いてゲノムDNAを精製した。
続いて、センス鎖プライマー(配列番号55)及びアンチセンス鎖プライマー(配列番号56)を用いて、Quick Taq HS DyeMix(東洋紡社)によりPCRを行なった。
図24は、上述したPCRにより得られたPCR産物をAgilent 2200 TapeStation D5000(アジレントバイオロジー社)により解析した結果を表す画像である。図24中、「No crRNA」は、crRNAの発現ベクターを導入しなかった対照の結果を表し、「EMX1 crRNA」は、EMX1遺伝子座中の標的配列(配列番号54)に対するcrRNAの発現ベクターを導入したHEK293T細胞の結果を表す。
その結果、HEK293T細胞では、Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7、Cas3遺伝子の発現ベクター及びcrRNAの発現ベクターの7種類の発現ベクターを遺伝子導入することにより、ゲノム編集が誘導され、短いPCR産物が得られたことが明らかとなった。
続いて、タイプI CRISPRシステムを用いて、HEK293T細胞のDMD遺伝子座のゲノム編集を行った。
Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7、Cas3遺伝子の発現ベクターとしては、実験例1で作製した、それぞれ図3(a)〜(f)に構造を示す6種類の発現ベクターを使用した。また、crRNA発現ベクターとして、DMD遺伝子座中の標的配列(配列番号17)に対するcrRNAの発現ベクター、又は、DMD遺伝子座中の標的配列(配列番号18)に対するcrRNAの発現ベクターを使用した。
遺伝子導入の前日に150,000個/ウェルとなるように24ウェルプレートにHEK293T細胞を播種した。続いて、1ウェルあたり、上述したタイプI Cascade複合体の構成タンパク質及びCas3タンパク質の発現ベクターをそれぞれ250ngずつ、及び、crRNA発現ベクター250ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いてHEK293T細胞に導入した。
続いて、遺伝子導入した細胞を数日間培養した。続いて、この細胞集団より、市販のキット(MonoFas 培養細胞ゲノムDNA抽出キットVI、GLサイエンス社)を用いてゲノムDNAを精製した。
続いて、センス鎖プライマー(配列番号104)及びアンチセンス鎖プライマー(配列番号105)を用いて、Quick Taq HS DyeMix(東洋紡社)によりPCRを行なった。
図25は、上述したPCRにより得られたPCR産物をAgilent 2200 TapeStation D5000(アジレントバイオロジー社)により解析した結果を表す画像である。図25中、「No crRNA」は、crRNAの発現ベクターを導入しなかった対照の結果を表す。また、「DMD1 crRNA」は、DMD遺伝子座中の標的配列(配列番号106)に対するcrRNAの発現ベクターを導入したHEK293T細胞の結果を表す。また、「DMD2 crRNA」は、DMD遺伝子座中の標的配列(配列番号107)に対するcrRNAの発現ベクターを導入したHEK293T細胞の結果を表す。
その結果、HEK293T細胞では、Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7、Cas3遺伝子の発現ベクター及びcrRNAの発現ベクターの7種類の発現ベクターを遺伝子導入することにより、ゲノム編集が誘導され、短いPCR産物が得られたことが明らかとなった。この結果は、HEK293T細胞はゲノム編集効率が高いことを更に支持するものである。
《iPS細胞》
タイプI CRISPRシステムを用いて、iPS細胞のEMX1遺伝子座のゲノム編集を行った。iPS細胞としては、DMD遺伝子のエクソン46及び47が欠失した変異を持つ、デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者由来のiPS細胞を用いた。
Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7、Cas3遺伝子の発現ベクターとしては、実験例1で作製した、それぞれ図3(a)〜(f)に構造を示す6種類の発現ベクターを使用した。また、EMX1遺伝子座中の標的配列(配列番号54)に対するcrRNAの発現ベクターを使用した。
遺伝子導入の当日に1,000,000個/サンプルのiPS細胞を用意した。続いて、1サンプルあたり、上述したタイプI Cascade複合体の構成タンパク質及びCas3タンパク質の発現ベクターをそれぞれ1μgずつ、crRNA発現ベクター1μg、及びEGFP遺伝子とピューロマイシン耐性遺伝子を発現するベクター2μgを、遺伝子導入装置(NEPA21、ネッパジーン社)を用いてエレクトロポレーションによりiPS細胞に導入した。
続いて、遺伝子導入した細胞の培地に1μg/mLピューロマイシンを添加して数日間培養した。続いて、この細胞集団より、市販のキット(MonoFas 培養細胞ゲノムDNA抽出キットVI、GLサイエンス社)を用いてゲノムDNAを精製した。
続いて、センス鎖プライマー(配列番号55)及びアンチセンス鎖プライマー(配列番号56)を用いて、Quick Taq HS DyeMix(東洋紡社)によりPCRを行なった。
図26は、上述したPCRにより得られたPCR産物をAgilent 2200 TapeStation D5000(アジレントバイオロジー社)により解析した結果を表す画像である。図26中、「No crRNA」は、crRNAの発現ベクターを導入しなかった対照の結果を表し、「EMX1 crRNA」は、EMX1遺伝子座中の標的配列(配列番号54)に対するcrRNAの発現ベクターを導入したiPS細胞の結果を表す。
その結果、iPS細胞では、Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7、Cas3遺伝子の発現ベクター及びcrRNAの発現ベクターの7種類の発現ベクターを遺伝子導入しても、短いPCR産物が検出されず、ゲノム編集の誘導は検出できなかった。
続いて、タイプI CRISPRシステムを用いて、iPS細胞のDMD遺伝子座のゲノム編集を行った。iPS細胞としては、DMD遺伝子のエクソン46及び47が欠失した変異を持つ、デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者由来のiPS細胞を用いた。
Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7、Cas3遺伝子の発現ベクターとしては、実験例1で作製した、それぞれ図3(a)〜(f)に構造を示す6種類の発現ベクターを使用した。また、crRNA発現ベクターとして、DMD遺伝子座中の標的配列(配列番号106)に対するcrRNAの発現ベクター、DMD遺伝子座中の標的配列(配列番号107)に対するcrRNAの発現ベクター、又は、EMX1遺伝子座中の標的配列(配列番号54)に対するcrRNAの発現ベクターを使用した。
遺伝子導入の当日に200,000個/サンプルとなるようにiPS細胞を用意し、1サンプルあたり、上述したタイプI Cascade複合体の構成タンパク質及びCas3タンパク質の発現ベクターをそれぞれ71.4ngずつ、及び、crRNA発現ベクター71.4ngを、遺伝子導入装置(4D−Nucleofector、ロンザ社)を用いてエレクトロポレーションによりiPS細胞に導入した。
続いて、遺伝子導入した細胞を数日間培養した。続いて、この細胞集団より、市販のキット(MonoFas 培養細胞ゲノムDNA抽出キットVI、GLサイエンス社)を用いてゲノムDNAを精製した。
続いて、センス鎖プライマー(配列番号104)及びアンチセンス鎖プライマー(配列番号105)を用いて、Quick Taq HS DyeMix(東洋紡社)によりPCRを行なった。
図27は、上述したPCRにより得られたPCR産物をAgilent 2200 TapeStation D5000(アジレントバイオロジー社)により解析した結果を表す画像である。図27中、「No crRNA」は、crRNAの発現ベクターを導入しなかった対照の結果を表す。また、「Non−target(EMX1)crRNA」は、標的外配列として、EMX1遺伝子座中の標的配列(配列番号54)に対するcrRNAの発現ベクターを導入したiPS細胞の結果を表す。また、「DMD1 crRNA」は、DMD遺伝子座中の標的配列(配列番号106)に対するcrRNAの発現ベクターを導入したiPS細胞の結果を表す。また、「DMD2 crRNA」は、DMD遺伝子座中の標的配列(配列番号107)に対するcrRNAの発現ベクターを導入したiPS細胞の結果を表す。
その結果、iPS細胞では、Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7、Cas3遺伝子の発現ベクター及びcrRNAの発現ベクターの7種類の発現ベクターを遺伝子導入しても、短いPCR産物が検出されず、ゲノム編集の誘導は検出できなかった。
[実験例12]
(HEK293T細胞とiPS細胞におけるゲノム編集効率の比較2)
タイプI CRISPRシステムを用いて、HEK293T細胞及びiPS細胞のEMX1遺伝子座のゲノム編集を行った。
HEK293T細胞に遺伝子導入する場合、Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7、Cas3遺伝子の発現ベクターとしては、実験例1で作製した、それぞれ図3(a)〜(f)に構造を示す6種類の発現ベクターを使用した。また、EMX1遺伝子座中の標的配列(配列番号54)に対するcrRNAの発現ベクターを使用した。
また、iPS細胞に遺伝子導入する場合、Cse1、Cse2、Cas5、Cas6、Cas7遺伝子の発現ベクターとして、実験例2で作製した、図5に構造を示す発現ベクター(pTL−Cascade)を使用した。この発現ベクターでは、タイプI Cascade複合体の各構成タンパク質が、P2A配列で連結されていることにより、単一のmRNAから個別のタンパク質として発現される。また、Cas3遺伝子の発現ベクターとしては、図3(f)に構造を示す発現ベクターを使用した。また、EMX1遺伝子座中の標的配列(配列番号54)に対するcrRNAの発現ベクターを使用した。
遺伝子導入の前日に125,000個/ウェルとなるように24ウェルプレートにHEK293T細胞を播種した。続いて、1ウェルあたり、上述したタイプI Cascade複合体の構成タンパク質及びCas3タンパク質の発現ベクターをそれぞれ200ngずつ、及び、crRNA発現ベクター200ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いてHEK293T細胞に導入した。
続いて、遺伝子導入した細胞を数日間培養した。続いて、この細胞集団より、市販のキット(MonoFas 培養細胞ゲノムDNA抽出キットVI、GLサイエンス社)を用いてゲノムDNAを精製した。
続いて、センス鎖プライマー(配列番号55)及びアンチセンス鎖プライマー(配列番号56)を用いて、Quick Taq HS DyeMix(東洋紡社)によりPCRを行なった。
iPS細胞については、遺伝子導入の前日に150,000個/ウェルとなるように24ウェルプレートにiPS細胞を播種した。続いて、1ウェルあたり、pTL−Cascade 700ng、Cas3タンパク質の発現ベクター150ng、及び、crRNA発現ベクター150ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine Stem、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いてiPS細胞に導入した。
続いて、遺伝子導入細胞の濃縮を目的として、遺伝子導入の24時間後に終濃度1μg/mLのピューロマイシンを加え、1日間遺伝子導入された細胞の選択を行なった。続いて、遺伝子導入した細胞を数日間培養した。続いて、この細胞集団より、市販のキット(MonoFas 培養細胞ゲノムDNA抽出キットVI、GLサイエンス社)を用いてゲノムDNAを精製した。
続いて、センス鎖プライマー(配列番号55)及びアンチセンス鎖プライマー(配列番号56)を用いて、Quick Taq HS DyeMix(東洋紡社)によりPCRを行なった。
図28は、上述したPCRにより得られたPCR産物をAgilent 2200 TapeStation D5000(アジレントバイオロジー社)により解析した結果を表す画像である。図28中、「Ladder」は分子量参照用のD5000 DNAマーカー(アジレントバイオロジー社)を表し、「293T」はHEK293T細胞の結果を表し、「iPSC」はiPS細胞の結果を表し、「−」はcrRNAの発現ベクターを導入しなかった対照の結果を表し、「+」はcrRNAの発現ベクターを導入した結果を表す。
その結果、HEK293T細胞では、Cascade因子、Cas3タンパク質の発現ベクター、及び、crRNA発現ベクターを導入することによりゲノム編集が誘導され、短いPCR産物が得られたことが明らかとなった。ゲノム編集効率は26%と算出された。
一方、iPS細胞では、Cascade因子、Cas3タンパク質の発現ベクター、及び、crRNA発現ベクターを導入し、ピューロマイシンで短期間(1日間)、遺伝子導入された細胞を選択することにより、ゲノム編集の誘導を検出することが可能となり、短いPCR産物が得られたことが明らかとなった。ゲノム編集効率は3.6%と算出された。
[実験例13]
(タイプI CRISPRシステムによるB2M遺伝子の破壊5)
タイプI CRISPRシステムを用いて、HEK293T細胞及びiPS細胞のゲノム上のB2M遺伝子を破壊した。本実験例では、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質の発現ベクター及びCas3タンパク質の発現ベクターではなく、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質のmRNA及びCas3タンパク質のmRNAを用いた。また、crRNAも発現ベクターではなく、RNA分子として用いた。
本実験例では、実験例3と異なり、単一のmRNAからCas7、Cas5、Cse1をそれぞれ個別のタンパク質として発現するmRNA、及び、単一のmRNAからCse2、Cas6、Cas3をそれぞれ個別のタンパク質として発現するmRNAを使用した。これらのmRNAは、市販のキット(MEGAscript T7 Transcription Kit、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を使用して試験管内で合成した。
mRNA合成の際は、ATP、UTP、CTPに加えて、5’キャップアナログであるARCA(Anti Reverse Cap Analog、3’−O−Me−m7G(5’)ppp(5’)G、TriLink社)とGTPを4:1の割合になるよう混合したものを使用した。また、試験管内で転写を行うT7プロモーター配列及び5’UTRの配列とコザック配列として配列番号33の配列を、3’UTR及びポリAシグナルの配列として配列番号34の配列を用いた。ここで、3’UTRの配列は、αグロビン(Hba−a1)遺伝子のUTR配列に基づいている。
図29(a)は、単一のmRNAからCas7、Cas5、Cse1をそれぞれ個別のタンパク質として発現するmRNAのコンストラクトを示す模式図である。図29(b)は、単一のmRNAからCse2、Cas6、Cas3をそれぞれ個別のタンパク質として発現するmRNAのコンストラクトを示す模式図である。図29(a)及び(b)中、mRNAの5’末端(5’UTRよりも上流)にはCap構造又はCap類似構造が存在している。Cap構造又はCap類似構造を有することにより、各タンパク質の発現量が高まる傾向にある。また、タンパク質の間は2A配列で連結されている。ここでの2A配列はP2A配列およびT2A配列を使用した。
また、配列番号13に示す塩基配列からなるcrRNAを市販のキット(MEGAshortscript T7 Transcription Kit、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を使用して試験管内で合成した。合成したcrRNAは、大腸菌crRNAのリーダー配列、リピート配列、B2M遺伝子に対する標的配列及びリピート配列をこの順に有していた。
HEK293T細胞については、遺伝子導入の前日に300,000個/ウェルとなるように12ウェルプレートにHEK293T細胞を播種した。続いて、1ウェルあたり、単一のmRNAからCas7、Cas5、Cse1をそれぞれ個別のタンパク質として発現するmRNA、単一のmRNAからCse2、Cas6、Cas3をそれぞれ個別のタンパク質として発現するmRNA、及び、crRNAを、それぞれ500ngずつ、遺伝子導入試薬(Lipofectamine MessengerMAX、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、HEK293T細胞に導入した。
また、iPS細胞については、遺伝子導入の前日に250,000個/ウェルとなるように12ウェルプレートにiPS細胞を播種した。続いて、1ウェルあたり、単一のmRNAからCas7、Cas5、Cse1をそれぞれ個別のタンパク質として発現するmRNA、単一のmRNAからCse2、Cas6、Cas3をそれぞれ個別のタンパク質として発現するmRNA、及び、crRNAを、それぞれ500ngずつ、遺伝子導入装置(4D−Nucleofector、ロンザ社)を用いてエレクトロポレーションによりiPS細胞に導入した。
遺伝子導入した細胞は、1週間以上維持培養した後、免疫染色の2日前から終濃度50ng/mLのIFN−γで刺激し、HLAタンパク質の発現を誘導した。続いて、抗ヒトHLA−A2抗体を用いて免疫染色し、HLAタンパク質の発現を検討した。具体的には、HEK293T細胞及びiPS細胞を、BV421蛍光色素で標識したマウス抗ヒトHLA−A2抗体(#740082、BDバイオサイエンス社)と反応させた後、フローサイトメトリー解析により、HLA−A2陰性細胞の割合を算出した。
図30(a)〜(f)は、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。図30(a)〜(c)はHEK293T細胞の結果であり、図30(d)〜(f)はHEK293T細胞の結果である。また、図30(a)〜(f)中、横軸はHLA−A2の発現量を示し、縦軸は前方散乱光の強度を示す。また、「Unstained」は抗ヒトHLA−A2抗体で染色していない細胞の解析結果を表し、「No crRNA」はcrRNAを導入しなかった対照の結果を表し、「B2M crRNA」は配列番号13に示す塩基配列からなるcrRNAを導入した結果を表す。
その結果、HEK293T細胞において、実験例3よりも高効率にB2M遺伝子を破壊できたことが明らかとなった。また、iPS細胞においてもB2M遺伝子を破壊できたことが明らかとなった。
[実験例14]
(ドキシサイクリン誘導型タイプI CRISPRシステム安定発現細胞株の樹立)
図31は、ドキシサイクリン誘導性に、タイプI Cascade複合体の構成タンパク質及びCas3タンパク質の発現が誘導されるpiggyBacベクターの構造を示す模式図である。
図31に構造を示すベクターを作製してHEK293T細胞に導入し、安定発現株を取得した。図31に示すように、このベクターでは、ドキシサイクリン類似化合物の添加によって発現が誘導されるTetOプロモーターの下流に、Cas7、Cas5、Cse1、Cse2、Cas6、Cas3を2Aペプチドで連結した発現カセットが組み込まれている。また、ドキシサイクリン類似化合物と結合するrtTA及びピューロマイシン耐性遺伝子は、恒常的なプロモーター(この場合はEF1αプロモーター)から発現される。
300,000個/ウェルとなるように12ウェルプレートにHEK293T細胞を播種し、1日インキュベートした。翌日、図31に示すベクター800ng及びpiggyBacトランスポザーゼ200ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフック社)を用いてHEK293T細胞に導入した。
続いて、遺伝子導入から24時間後に、HEK293T細胞の培地に1μg/mLのピューロマイシンを加え、1日間遺伝子導入された細胞の選択を行った。続いて、2週間以上ピューロマイシンを加えた培地で維持培養し、安定発現株を得た。
[実験例15]
(タイプI CRISPRシステムのリーダー配列の活性比較)
図32は、タイプI CRISPRシステムのPre−crRNAの構造を示す模式図である。図32に示すように、タイプI CRISPRシステムのcrRNAは、リーダー配列、リピート配列、標的配列に相補的に結合するスペーサー配列、そしてリピート配列の順番で構成されるPre−crRNAとして転写される。
発明者らは、大腸菌のゲノム配列(NCBIアクセッション番号:U00096.2)を調査し、タイプI CRISPRシステムのcrRNAリピート領域が2箇所あることを見出した。図33は、大腸菌のタイプI CRISPRシステムのcrRNAリピート領域の構造を示す模式図である。2か所の領域をそれぞれLocus A及びLocus Bと名付けた。
本実験例では、Locus Aのリーダー配列を有するcrRNAとLocus Bのリーダー配列を有するcrRNAとの活性を比較した。まず、Locus A由来のリーダー配列(配列番号57)を有し、ヒトジストロフィン(DMD)遺伝子のイントロン44中の標的配列(配列番号17)に対するcrRNAを発現するプラスミドDNAベクター、及び、Locus B由来のリーダー配列(配列番号58)を有し、ヒトジストロフィン(DMD)遺伝子のイントロン44中の標的配列(配列番号17)に対するcrRNAを発現するプラスミドDNAベクターを構築した。図34は、作製したプラスミドDNAベクターの構造を示す模式図である。
続いて、ジストロフィン(DMD)遺伝子のエクソン45番に対してエクソンスキッピングを誘導し、その活性の違いを比較検討した。エクソンスキッピングの効率は、実験例6と同様のエクソンスキッピングモデルルシフェラーゼアッセイにより測定した。本実験例で使用したcrRNAは、図13において「#1」で表される、ヒトDMD遺伝子のイントロン44中の標的配列の相補鎖に結合するスペーサー配列を有する。
実験例14で作製した、ドキシサイクリン誘導型タイプI CRISPRシステムを安定発現するHEK293T細胞を用いて検討を行った。上述したレポーターベクター100ng、内部標準としてウミシイタケルシフェラーゼ(Renilla Luc)を発現するphRL−TKベクター20ng、crRNA発現ベクター100ngを、ドキシサイクリン誘導型CRISPRシステムを安定発現するHEK293T細胞に導入し、96ウェルプレートに60,000個/100μL/ウェルとなるように播種した。遺伝子導入には、遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフック社)を用いた。
続いて、終濃度2μmol/Lとなるようにドキシサイクリンを添加した。また、陰性対照として、ドキシサイクリンを添加しないウェルをそれぞれのサンプルに対して用意した。続いて、遺伝子導入の2日後に、市販のキット(「Dual−Glo Luciferase Assay system」Cat.No.E2920、プロメガ社)を用いてルシフェラーゼレポーター活性を解析した。
図35は、ウミシイタケルシフェラーゼの活性を基準として、Fireflyルシフェラーゼの活性を測定した結果を示すグラフである。図35中、「Renilla」はウミシイタケルシフェラーゼの活性を表し、「Firefly」はFireflyルシフェラーゼの活性を表し、「dox−」はドキシサイクリンを添加していないサンプルを示し、「dox+」はドキシサイクリンを添加したサンプルを示す。
その結果、大腸菌ゲノム上に存在するリーダー配列は、Locus B由来だけでなく、Locus A由来のリーダー配列でも動物細胞でゲノム切断活性を誘導可能であることが明らかとなった。
タイプI CRISPRシステムでLocus A由来のリーダー配列を使用することができることは、本発明者らが初めて見出したことである。また、Locus Aは大腸菌の本来のCRISPR locusであることから、Locus A由来のリーダー配列は、Locus B由来のリーダー配列よりも、活性面で好ましいと考えられた。
[実験例16]
(タイプI CRISPRシステムの活性に必要なcrRNAリピート配列の検討)
タイプI CRISPRシステムが動物細胞において高いゲノム編集活性を示すには、crRNAのスペーサー配列の前にリーダー配列及び第1のリピート配列を有していることが好ましいとされている。
RNA合成コスト等を下げるため、動物細胞においてゲノム切断活性を維持したまま、どこまでcrRNAを短くできるかを検討した。具体的には、リーダー配列及び第1のリピート配列を一部又は全部欠損したcrRNAを用いて、ヒト胎児腎臓由来のHEK293T細胞ゲノム上のB2M遺伝子を破壊した。
遺伝子導入の前日に150,000個/ウェルとなるように24ウェルプレートにHEK293T細胞を播種した。続いて、図36(a)に構造を示す、Cas7、Cas5、Cse1タンパク質発現ベクター600ngと、図36(b)に構造を示す、Cas3タンパク質発現ベクター又はdNCas3タンパク質発現ベクター200ngと、図36(c)に構造を示す、Cas6タンパク質発現ベクター又はdNCas6タンパク質発現ベクター200ngと、図36(d)に構造を示す、Cse2タンパク質発現ベクター200ngと、配列番号59から65に塩基配列を示すcrRNAを発現するベクターのいずれか1200ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフック社)を用いて、HEK293T細胞に導入した。
ここで、dNCas3は、82番目のヒスジチンをアラニンに変異することでDNase活性を欠損した配列番号66のアミノ酸配列(塩基配列を配列番号67に示す。)を有するCas3タンパク質を表し、dNCas6は、28番目のヒスジチンをアラニンに変異することでRNase活性を欠損した配列番号68(塩基配列を配列番号69に示す。)のアミノ酸配列を有するCas6タンパク質を表す。
遺伝子導入した細胞は、1週間以上維持培養した後、免疫染色の2日前から終濃度50ng/mLのIFN−γで刺激し、HLAタンパク質の発現を誘導した。続いて、抗ヒトHLA−A2抗体を用いて免疫染色し、HLAタンパク質の発現を検討した。具体的には、HEK293T細胞を、BV421蛍光色素で標識したマウス抗ヒトHLA−A2抗体(#740082、BDバイオサイエンス社)と反応させた後、フローサイトメトリー解析により、HLA−A2陰性細胞の割合を算出した。
図37は、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。図37中、縦軸はB2M遺伝子の機能消失によりHLA−A2発現を欠失した細胞の割合(%)を示す。また、「Cas6」はCas6タンパク質発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表し、「dNCas6」はdNCas6タンパク質発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。
また、「NC」はdNCas3タンパク質発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「LRSR」は完全長のリーダー配列および第1のリピート配列を有する、配列番号59に塩基配列を示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「RSR」はリーダー配列を欠損した、配列番号60に塩基配列を示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「R(d1−5)SR」はリーダー配列及び第1のリピート配列の5’側第1番目から第5番目までの5塩基を欠損した、配列番号61に塩基配列を示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「R(d1−11)SR」はリーダー配列及び第1のリピート配列の5’側第1番目から第11番目までの11塩基を欠損した、配列番号62に塩基配列を示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。
また、「R(d1−15)SR」はリーダー配列及び第1のリピート配列の5’側第1番目から第15番目までの15塩基を欠損した配列番号63に塩基配列を示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「R(d1−21)SR」はリーダー配列及び第1のリピート配列の5’側第1番目から第21番目までの21塩基を欠損した、配列番号64に塩基配列を示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「SR」はリーダー配列及び第1のリピート配列を欠損した、配列番号65に塩基配列を示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。
また、図38は、crRNA(配列番号70)が二次構造を形成している状態を示す模式図である。
その結果、タイプI CRISPRシステムが動物細胞において高いゲノム編集活性を示すには、少なくとも5’側から16番目以降の第1リピート配列、標的配列の相補鎖に結合するスペーサー配列、第2のリピート配列をこの順に有するcrRNA発現ベクターを用いることが好ましいことが明らかとなった。また、タイプI CRISPRシステムが動物細胞においてゲノム編集活性を示すにはCas6タンパク質のRNase活性が必須であることが明らかとなった。
crRNAの発現において、スペーサー配列は自然界に存在する配列を好適に使用することができる。また、発明者らは、大腸菌のゲノム配列(NCBIアクセッション番号:U00096.2)を調査し、図39(a)〜(e)に二次構造を模式的に示すリピート配列群を有していることを見出した。図39(a)〜(e)に示す塩基配列(それぞれ配列番号71〜75)は、いずれもcrRNAのリピート配列としてゲノム編集に使用できると考えられた。
[実験例17]
(PAM配列の検討)
タイプI CRISPRシステムのPAM配列として、細菌内や試験管内ではATG,AAG,AGG,GAGの塩基配列が機能することが知られている(例えば、Hayes R. P., et al., Structural basis for promiscuous PAM recognition in type I-E Cascade from E. coli., Nature, 530 (7591), 499-503, 2016.; Hochstrasser M. L., et al., CasA mediates Cas3-catalyzed target degradation during CRISPR RNA-guided interference., Proc Natl Acad Sci U S A., 111 (18), 6618-6623, 2014.; Westra E. R., CRISPR immunity relies on the consecutive binding and degradation of negatively supercoiled invader DNA by Cascade and Cas3., Mol Cell., 46 (5), 595-605, 2012. 等を参照。)。
動物細胞中でゲノム編集誘導のために機能するPAM配列を同定するため、様々なPAM配列を有するcrRNAを用いて、ヒト胎児腎臓由来のHEK293T細胞ゲノム上のB2M遺伝子を破壊した。
遺伝子導入の前日に150,000個/ウェルとなるように24ウェルプレートにHEK293T細胞を播種した。続いて、図9(d)に構造を示すタイプI CRISPRシステムの発現ベクター1000ngと、配列番号76〜89に示す塩基配列を標的配列とするcrRNAの発現ベクターのいずれか1000ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフック社)を用いて、HEK293T細胞に導入した。
遺伝子導入した細胞は、1週間以上維持培養した後、免疫染色の2日前から終濃度50ng/mLのIFN−γで刺激し、HLAタンパク質の発現を誘導した。続いて、抗ヒトHLA−A2抗体を用いて免疫染色し、HLAタンパク質の発現を検討した。具体的には、HEK293T細胞を、BV421蛍光色素で標識したマウス抗ヒトHLA−A2抗体(#740082、BDバイオサイエンス社)と反応させた後、フローサイトメトリー解析により、HLA−A2陰性細胞の割合を算出した。
図40は、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。図40中、縦軸はB2M遺伝子の機能消失によりHLA−A2発現を欠失した細胞の割合(%)を示す。また「−」はB2M遺伝子を標的としない空のcrRNA発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「AAG#1、#2」は、AAGをPAM配列とし、標的配列を配列番号76及び77に示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「AGG#1、#2」は、AGGをPAM配列とし、標的配列を配列番号78及び79に示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「ATG#1、#2」は、ATGをPAM配列とし、標的配列を配列番号80及び81に示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「GAG#1、#2」は、GAGをPAM配列とし、標的配列を配列番号82及び83に示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「TAG」は、TAGをPAM配列とし、標的配列を配列番号84に示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「CAG」は、CAGをPAM配列とし、標的配列を配列番号85に示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「ACG」は、ACGをPAM配列とし、標的配列を配列番号86に示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「AAC」は、AACをPAM配列とし、標的配列を配列番号87に示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「AAA」は、AAAをPAM配列とし、標的配列を配列番号88に示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。また、「AAT」は、AATをPAM配列とし、標的配列を配列番号89に示すcrRNAの発現ベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞の解析結果を表す。
その結果、PAM配列がDDR(ここで、Dは、A、G又はTを表し、Rは、A又はGを表す)の塩基配列を有するcrRNAの発現ベクターを用いた場合においてHLA−A2陰性細胞を観察することができた。中でも、PAM配列としてRDGの配列を有する発現ベクターを用いた場合に、より好適に遺伝子を欠失できることが明らかとなった。特に、PAM配列が「AAA」の塩基配列であってもゲノム編集誘導可能であるシステムは知られていないため、有用である。
[実験例18]
(タイプI CRISPRシステムを用いたDMDマルチエクソンスキッピングの誘導)
実験例14で作製した、ドキシサイクリン誘導型タイプI CRISPRシステムを安定発現するHEK293T細胞を用いて検討を行った。
ドキシサイクリン誘導型タイプI CRISPRシステムを安定発現するHEK293T細胞を、24ウェルプレートに100,000個/ウェルとなるように播種した。また、培地中にドキシサイクリンを終濃度が2μmol/Lとなるように加え、1日インキュベートした。
翌日、DMD遺伝子のイントロン44を標的とするcrRNA(DMD#19、DMD#20又はDMD#21。DMD#19の標的配列を配列番号90に示し、DMD#20の標的配列を配列番号91に示し、DMD#21の標的配列を配列番号92に示す。)の発現ベクター1000ng、及び、DMD遺伝子のイントロン55を標的とするcrRNA(DMD#22、DMD#23又はDMD#24。DMD#22の標的配列を配列番号93に示し、DMD#23の標的配列を配列番号94に示し、DMD#24の標的配列を配列番号95に示す。)の発現ベクター1000ngを遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフック社)を用いて、HEK293T細胞に導入した。
遺伝子導入した細胞は3日間維持培養した後、バルクHEK293T細胞より市販のキット(MonoFas 培養細胞ゲノムDNA抽出キットVI、GLサイエンス社)を用いてゲノムDNAを精製した。
続いて、エクソン45側プライマー(Primer−DMD−Int44−YK#114、配列番号96)及びエクソン55側プライマー(Primer−DMD−Int55−YK#116、配列番号97)を用いてQuick Taq HS DyeMix(東洋紡社)を用いてPCRを行なった。
図41は、上記で得られたPCR産物を、TapeStation D5000(アジレントバイオロジー社)で電気泳動を行った結果を示す画像である。その結果、タイプI CRISPRシステムにより欠失が生じて野生型より増幅産物の分子量が低下したと考えられたバンドが複数確認された。
続いて、エクソン45側プライマー(Primer−DMD−Int44−YK#110、配列番号98)及びエクソン55側プライマー(Primer−DMD−Int55−YK#107、配列番号99)を用いてQuick Taq HS DyeMix(東洋紡社)を用いてPCRを行ない、アガロース電気泳動を行った。続いて、「crRNA(DMD#21)」及び「crRNA(DMD#23)」を遺伝子導入した試料のPCR産物のうち、およそ2.3kb以下0.5kb以上のDNAバンドをアガロースゲルから切り出しDNA断片を精製し、得られたPCR産物をTAクローニングし、得られたコロニーを用いてサンガーシーケンスにより塩基配列を解析した。
図42は、アガロースゲル電気泳動を行ったものと同一のPCR産物を、TapeStation(アジレントバイオロジー社)を用いてD5000テープの電気泳動により解析した結果を示す画像である。その結果、タイプI CRISPRシステムにより欠失が生じて野生型より増幅産物の分子量が低下したと考えられたバンドが複数確認された。
図43は、解析した塩基配列をソフトウエア(Integrative Genomics Viewer(IGV)、http://software.broadinstitute.org/software/igv/)を用いてヒトDMDの塩基配列にアライメントした結果を示す図である。図43中、「exon45」と「exon55」は、DMD遺伝子のエクソン番号とその領域を表し、「Primer(Int44−YK#110)」及び「Primer(Int55−YK#107)」はPCR増幅に用いたプライマーのDMD遺伝子座における大まかな位置を表し、「crRNA(DMD#21)」及び「crRNA(DMD#23)」は、大規模欠損に用いたcrRNAのDMD遺伝子座における大まかな位置を表し、左側の「#1−1」〜「#18」は、TAクローニングにより得られた大腸菌クローン番号を示す。また、サンガーシーケンスの配列結果がDMD遺伝子座とアライメント(マッピング)された領域を長方形で示し、DNA欠失領域を矢印が含まれる直線で示す。
その結果、シーケンスした40コロニーのうち、30配列について、ヒトDMDの塩基配列へのアライメントが確認された。そのうち27配列は、塩基配列がエクソン45の近傍及びエクソン55の近傍の両方にまたがっていることが明らかとなった。また、1配列は、塩基配列がエクソン45の近傍のみにアラインされた。また、2配列は、塩基配列がエクソン55の近傍のみにアラインされた。
以上の結果から、タイプI CRISPRシステムを使い、更に切断方向が内向きとなるcrRNAを2種類用いることにより、DMD遺伝子のエクソン45からエクソン55領域の間、つまり340kb以上の大規模欠損をゲノム上に導入できることが明らかとなった。