例えば、車体構造に用いられるような構造部材は、高強度でかつ軽量であることが求められている.構造部材の強度を高くすると、靱性は低下する傾向にある。そのため、高強度化された構造部材は、応力多軸度の高い変形場において早期に破断する傾向となる。すなわち、構造部材の強度が高くなると、衝突時等の2次変形において、脆性破壊しやすくなる。その結果、強度を増した構造部材が、所望の耐衝撃性能を達成することができない場合がある。
例えば、鋼の構造部材では、焼き戻し熱処理によって靱性を高めることができる。一般に、構造部材の靱性を高めると、強度が低下する。その結果、構造部材の圧潰時の最大荷重が低下する。構造部材の靱性を高めつつ、最大荷重の低下を抑制する為、発明者らは、種々の条件で、構造部材の部分焼き戻しを実施した。その結果、ある条件においては、構造部材の靱性と圧潰時の最大荷重の向上を両立できることを見出した。
そこで、発明者らは、さらに詳しく検討した。具体的には、ハット部材の圧潰変形時の最大荷重を向上させるために、側壁の変形モードに着目した。側壁の強度を部分的に変化させることで、側壁の変形モードを制御することを試みた。試行錯誤の結果、側壁に強度遷移部を設けることで、最大荷重を向上させるように変形モードを制御できることを見出した。この知見に基づいて、下記実施形態の構造部材に想到した。
本発明の実施形態におけるハット部材は、頂面部と、前記頂面部の両端にある2つの第1の稜線と、前記第1の稜線に隣接する一方端から、前記頂面部との成す角が90〜135°の方向に他方端まで延びる2つの側壁を備える。前記2つの側壁のそれぞれの前記頂面部に垂直な方向における中間位置の硬度のうち低い方の硬度で定義される中央硬度Dcは300HV以上である。前記2つの側壁のそれぞれは、軟化部と、軟化部に隣接する強度遷移部とを有する。前記軟化部は、前記他方端から前記中間位置の手前までの範囲に設けられる。前記軟化部の硬度Dnは、前記中央硬度Dcより少なくとも8%低い(Dc−Dn≧0.08Dc)。前記強度遷移部は、前記軟化部に隣接し、前記軟化部から前記一方端に向かって0.5mm以上の範囲であって、前記一方端と前記他方端の間の中間の位置より他方端側に設けられる。前記強度遷移部の硬度Dtは、前記中央硬度Dcより8%〜1%低い範囲で遷移する(0.92Dc≦Dt≦0.99Dc)。前記ハット部材は、さらに、前記2つの側壁の前記他方端にそれぞれ隣接する2つの第2の稜線と、前記2つの第2の稜線から互いに離れる方向に延びるフランジとを備える。
上記の構成においては、2つの側壁は、頂面部に対して90〜135度の方向に延びる。すなわち、各側壁と頂面部に垂直な方向との成す角度は、45度以内となる。各側壁において、フランジと接する第2の稜線から頂面部に接する第1の稜線に向かって、側壁の中間位置までの間に、軟化部と、強度遷移部が順に隣接して配置される。ここで、側壁の中間位置の中央硬度を300HV以上とし、軟化部の硬度を中央硬度より少なくとも8%低く設定される。強度遷移部の強度は、中央硬度より8%低い硬度から中央硬度より1%低い硬度までの間で遷移する。この強度遷移部が、軟化部から一方端に向かう方向において0.5mm以上の範囲に設けられる。すなわち、強度遷移部の第1の稜線に近い方の端から第2の稜線に近い方の端(すなわち軟化部に接する端)までの幅が0.5mm以上である。このように、軟化部及び強度遷移部を設けることで、頂面部に垂直な方向の荷重が加わった場合の最大荷重が、軟化部及び強度遷移部を設けない場合に比べて、向上する。そのため、衝撃エネルギーを効率よく吸収することができる強度分布を有するハット部材が提供できる。
上記構成においては、頂面部に垂直な方向の荷重が加わった場合の構造部材の圧潰時に、強度遷移部付近を優先的に変形させる変形モードとすることができる。このとき、さらに、強度遷移部付近により塑性ひずみが狭い範囲に集中しすぎないよう分散される。すなわち、強度遷移部を設けることで、変形モードを制御しつつ、塑性ひずみを分散させる効果が得られる。その結果、圧潰時の最大荷重が向上すると推定される。
上記構成において、前記強度遷移部の前記第1の稜線に近い方の端から前記第2の稜線に近い方の端までの幅は、前記強度遷移部の平均厚さの5倍以下であることが好ましい。これにより、強度遷移部による、変形モードの制御と塑性ひずみ分散の効果をより引き出すことができる。
上記構成において、前記強度遷移部の前記第1の稜線に近い方の端から前記第2の稜線に近い方の端までの幅Ltは、1mm以上とすることが好ましく、3mm以上とすることがより好ましい。これにより、強度遷移部による、変形モードの制御と塑性ひずみ分散の効果の確実性が増す。同様の観点から、前記強度遷移部の前記第1の稜線に近い方の端から前記第2の稜線に近い方の端までの幅Ltは、強度遷移部の平均厚みtの0.5倍より大きい(Lt>0.5t)ことが好ましく、1.0以上(Lt≧1.0t)であるとより好ましく、3.0以上(Lt≧3.0t)であるとなお好ましい。
上記構成において、強度遷移部における他方端から一方端に向かう方向の硬度の変化率は、3〜100HV/mmとすることが好ましい。硬度の変化率が100HV/mmを超えると強度遷移部にひずみが集中して破断しやすくなり、硬度の変化率が3HV/mmより小さいと、強度遷移部に十分に変形が入らないためである。
上記2つの側壁のそれぞれにおいて、軟化部及び強度遷移部以外に部分であって中間位置を含む部分の硬度は、中央硬度と同じ硬度としてもよい。すなわち、2つの側壁のそれぞれにおいて、軟化部及び強度遷移部以外の部分であって、前記中間位置を含む部分を、硬度が300HV以上の高強度部としてもよい。又は、中間位置と第1の稜線の間に、中央硬度より少なくとも8%低い硬度の軟化部が設けられてもよい。
2つのフランジの硬度は、前記中央硬度より少なくとも8%低くてもよい。例えば、軟化部は、フランジから第2の稜線を通って及び側壁の中間位置の手前に達するまでの領域に形成されてもよい。この場合、軟化部がフランジ全体に形成されてもよいし、フランジの一部に形成されてもよい。
上記ハット部材と、上記ハット部材のフランジに接合されるクロージングプレートとを備える閉断面構造の構造部材も、本発明の実施形態に含まれる。
上記ハット部材は、前記頂面部側に凸となるよう湾曲してもよい。また、上記ハット部材を含む車体構造、センターピラー(Bピラー)及びそのリインフォースメント又はバンパ及びそのリインフォースメントも、本発明の実施形態に含まれる。
本発明において、HVは、ビッカース硬度の単位である。本発明におけるハット部材の硬度は、日本工業規格のZ2244の試験方法で測定されるビッカース硬度とする。なお、ビッカース硬度は、引張強度又は降伏強度に変換することもできる。また、本発明において、硬度は、ビッカース硬度を意味するものとする。
上記のハット部材の製造方法も、本発明の実施形態の一つである。本発明の実施形態におけるハット部材の製造方法は、ブランクをパンチとダイを用いてプレス成形することで上記のハット部材を製造する方法である。この製造方法では、前記ブランクを900℃以上に加熱し、900℃以上で1分間以上均熱保持する。前記ダイのダイ肩に接触する前記ブランクの温度が600℃以上800℃以下のとき、前記ダイ肩と前記パンチの板押え面(フェース面)とをすれ違わせて前記第1の稜線を成形する。前記ダイの縦壁の高さの半分の位置に接触する前記ブランクの温度が300℃以上700℃以下のとき、前記ダイの縦壁の高さの半分の位置と前記パンチの板押え面とをすれ違わせる。
例えば、ブランクの温度が600〜800℃のときにダイ肩とパンチの板押え面とをすれ違わせ、その後、ダイとパンチとの相対速度を下げて、ブランクの温度が下がって300〜700℃となったときにダイの縦壁の高さの半分の位置とパンチの押え面をすれ違わせることができる。或いは、ブランクの温度が600〜800℃のときにダイ肩とパンチの板押え面とをすれ違わせ、その後、パンチとダイを遠ざけておき、再び、ダイ肩とパンチの板押え面をすれ違わせて、ブランクの温度が下がって300〜700℃になった時にダイの縦壁の高さの半分の位置とパンチの板押え面とをすれ違うようにすることができる。
ブランクは、板材すなわち素板とも称する。ブランクは、例えば、鋼材である。上記製造方法は、ブランクを900℃以上に加熱し1分以上均熱保持する工程と、前記第1の稜線の成形開始温度が600℃以上800℃以下で前記第1の稜線を成形する工程と、前記第2の稜線の成形開始温度が300℃以上700℃以下で成形する工程とを有する。これにより、前記軟化部及び前記強度遷移部を含む2つの前記縦壁を有するハット部材を効率良く製造することができる。
なお、上記の製造方法においては、パンチとダイの間に板状のブランクを配置した状態で、ダイに対してパンチを近づける方向に移動させる。ダイは、凹部を有する。パンチは、ダイの凹部の外と中の間を往復運動する。この構成において、ダイの凹部内の成形下死点におけるパンチの板押え面の位置からダイの凹部の縁すなわちダイ肩までのパンチのストローク方向における距離をダイの縦壁の高さとする。パンチの板押え面は、パンチの面のうち成形下死点時にストローク方向に最も突出した位置にある面とする。ダイの板押え面は、ダイの面のうち成形下死点時にストローク方向に最も突出した位置にある面とする。
本発明の他の実施形態におけるハット部材の製造方法は、ブランクをパンチとダイを用いてプレス成形することで上記のハット部材を製造する方法である。この製造方法では、前記ブランクを900℃以上に加熱し、900℃以上で1分間以上均熱保持する。前記ダイ肩と前記パンチの板押え面とをすれ違わせて前記第1の稜線を成形し、前記ダイの縦壁の高さの半分の位置と前記パンチの板押え面とをすれ違わせて第2の稜線を成形する。
上記製造方法において、前記ダイの縦壁の高さの半分の位置と前記パンチの板押え面がすれ違ってから、前記パンチの板押え面が成形下死点に到達するまでの、前記ダイと前記パンチの平均相対速度V2は、前記ダイ肩と前記パンチの板押え面とがすれ違うときの前記ダイと前記パンチの相対速度V1の、20分の1未満とするのがのぞましい。
この場合、ダイ肩の高さの半分の位置から成形下死点までの間の少なくとも一部において、パンチの速度を低下させることができる。これにより、成形されるハット部材の縦壁の中央位置から他方端までの間に硬度差を発生させることができる。そのため、強度遷移部及び軟化部を有するハット部材を、効率良く製造することができる。
例えば、前記第一の稜線の成形速度V1と、成形下死点から前記ハット部材の高さの1/2の位置より成形下死点までの平均成形速度V2が以下の関係式(1)を満たすよう成形されてもよい。
V2 / V1 < 0.05 (1)
なお、ダイ肩の縦壁の高さは、製造されるハット部材の縦壁の高さに相当する。そのため、ダイ肩の縦壁の高さ半分の位置は、ハット部材の縦壁の中央位置に相当する。
本発明の他の実施形態におけるハット部材の製造方法は、ブランクをパンチとダイを用いてプレス成形することで上記のハット部材を製造する方法である。この製造方法では、前記ブランクを900℃以上に加熱し、900℃以上で1分間以上均熱保持する。前記ダイ肩と前記パンチの板押え面(フェース面)とをすれ違わせて前記第1の稜線を成形し、前記ダイの縦壁の高さの半分の位置と前記パンチの板押え面とをすれ違わせて第2の稜線を成形する。
この製造方法において、前記ダイの板押え面に対向する位置にある前記パンチの面、又は前記ダイの板押え面に熱伝導率0.3(W/m・K)以下の断熱材を設けてもよい。この場合、前記ダイの縦壁の高さの半分の位置と前記パンチの板押え面がすれ違ってから、前記パンチの板押え面が成形下死点に到達するまでの間に、前記ブランクを前記断熱材に接触させてもよい。さらに、前記ダイの縦壁の高さの半分の位置と前記パンチの板押え面がすれ違ってから、前記パンチの板押え面が成形下死点に到達するまでの、前記ダイと前記パンチの平均相対速度V2は、前記ダイ肩と前記パンチの板押え面とがすれ違うときの前記ダイと前記パンチの相対速度V1の、20分の1以上2分の1以下としてもよい。
この場合、ダイ肩の高さの半分の位置から成形下死点までの間の少なくとも一部において、ブランクに断熱材を接触させ、且つパンチの速度を低下させることができる。これにより、成形されるハット部材の縦壁の中央位置から他方端までの間に硬度差を発生させることができる。そのため、強度遷移部及び軟化部を有するハット部材を、効率良く製造することができる。
例えば、前記ダイまたは前記パンチの板押え面(フェース面)において、プレス成形中のブランクとの接触する接触部を、熱伝導率0.3(W/m・K)以下の断熱材で構成してもよい。この場合、前記成形速度V1と前記平均成形速度V2が、下記式(2)を満たすよう成形してもよい。
0.05≦ V2 / V1 ≦ 0.5 (2)
本発明の他の実施形態におけるハット部材の製造方法は、ブランクをパンチとダイを用いてプレス成形することで上記のハット部材を製造する方法である。この製造方法では、前記ブランクを900℃以上に加熱し、900℃以上で1分間以上均熱保持する。前記ダイ肩と前記パンチの板押え面(フェース面)とをすれ違わせて前記第1の稜線を成形し、前記ダイの縦壁の高さの半分の位置と前記パンチの板押え面とをすれ違わせて第2の稜線を成形する。
上記製造方法において、前記ダイの縦壁の高さの半分の位置と前記パンチの板押え面がすれ違ってから、前記パンチの板押え面が成形下死点に到達するまでの間に、前記ブランクは、前記ダイの板押え面に対向する位置にある300℃以上の前記パンチの面又は、300℃以上の前記ダイの板押え面に接触させてもよい。この場合、前記ダイの縦壁の高さの半分の位置と前記パンチの板押え面がすれ違ってから、前記パンチの板押え面が成形下死点に到達するまでの、前記ダイと前記パンチの平均相対速度V2は、前記ダイ肩と前記パンチの板押え面とがすれ違うときの前記ダイと前記パンチの相対速度V1の、20分の1以上2分の1以下としてもよい。
この場合、ダイ肩の高さの半分の位置から成形下死点までの間の少なくとも一部において、ブランクに300℃以上の板押え面を接触させ、且つパンチの速度を低下させることができる。これにより、成形されるハット部材の縦壁の中央位置から他方端までの間に硬度差を発生させることができる。そのため、強度遷移部及び軟化部を有するハット部材を、効率良く製造することができる。
例えば、前記パンチ又はダイの板押え面においてプレス成形中のブランクとの接触する接触部を300℃以上に加熱してもよい。この場合、前記成形速度V1と前記平均成形速度V2が上記式(2)を満たすよう成形してもよい。
[実施形態]
図1Aは、本実施形態におけるハット部材の長手方向に垂直な断面図である。図1Bは、図1Aに示すハット部材1を長手方向に垂直かつ頂面部に平行な方向(x方向)から見た側面図である。図1Aは、図1BのA−A線におけるハット部材1の断面を示す。
ハット部材1は、頂面部13と、頂面部13の両端にある2つの第1の稜線113と、2つの第1の稜線113からそれぞれ延びる2つの側壁11と、2つの側壁11の頂面部13とは反対側の端部にある2つの第2の稜線114と、2つの第2の稜線114から互いに離れるよう延びる2つのフランジ14を備える。
頂面部13と側壁11との成す角θは、90°≦θ≦135°である。側壁11の一方端は、第1の稜線113に隣接する。側壁11の他方端は、第2の稜線114に隣接する。第1の稜線113及び第2の稜線114は、いずれもハット部材1の長手方向に延びる。図1に示す例では、第1の稜線113及び第2の稜線114は互いに平行であるが、これらは互いに平行でなくてもよい。
2つの側壁11のそれぞれと頂面部13との境界部分には、湾曲部(R)5が形成されている。すなわち、側壁11の一方端を含む端部は、丸く湾曲した形状となっている。これにより、側壁11と頂面部13との境界におけるハット部材の肩部の表面は、曲面になる。この湾曲部(R)5は、側壁11の一部であるとして、側壁11の、頂面部13に垂直な方向における高さHが決定される。すなわち、湾曲部(R)5の頂面部13側の端のR境界(R止まり)5bを、側壁11の一方端とする。第1の稜線113は、側壁11の一方端すなわちR境界5bに隣接する。
2つの側壁11のそれぞれと、2つのフランジ14のそれぞれとの境界部分には、湾曲部(R)6が形成されている。すなわち、側壁11の他方端を含む端部は、丸く湾曲した形状となっている。これにより、側壁11とフランジ14との境界におけるハット部材の肩部の表面は、曲面になる。この湾曲部(R)6は、側壁11の一部であるとして、側壁11の、頂面部13に垂直な方向における高さHが決定される。すなわち、湾曲部(R)6のフランジ14側の端のR境界(R止まり)6bを、側壁11の他方端とする。第2の稜線114は、側壁11の他方端に隣接する。
頂面部13に垂直な方向(z方向)における2つの側壁11のそれぞれの中間位置11cの硬度のうち低い方の硬度で定義される中央硬度Dcは、300HV以上である。すなわち、2つの側壁11の中間位置11cにおける硬度は、300HV以上である。
2つの側壁11それぞれには、軟化部Lと、強度遷移部Tが設けられる。軟化部Lは、側壁11の他方端(R境界6b)から中間位置11cの手前までの範囲に設けられる。図1Aに示す例では、軟化部Lは、湾曲部6及びフランジ14にも設けられている。軟化部Lの硬度Dnは、中央硬度Dcより少なくとも8%低い(Dc−Dn≧0.08Dc)。
強度遷移部Tは、軟化部Lに隣接する。強度遷移部Tは、軟化部Lから側壁11の一方端(R境界5b)に向に向かって0.5mm以上の範囲であって、側壁11の一方端(5b)と他方端(6b)の間の中間位置11cより他方端(6b)側に設けられる。具体的には、強度遷移部Tの第1の稜線113に近い方の端Tuと、第2の稜線114に近い方の端Tdとの間の幅Ltが0.5mm以上となる。これらの強度遷移部の第1の稜線113に近い方の端Tuと、第2の稜線114に近い方の端Tdは、いずれも、側壁の中間位置11cと他方端(6b)との間に位置する。
強度遷移部Tの硬度は、中央硬度より8%〜1%低い範囲となる。すなわち、強度遷移部Tの硬度は、中央硬度より8%低い硬度から、中央硬度より1%低いまでの間で遷移する。
このような軟化部L及び強度遷移部Tを設けることで、頂面部13に垂直な方向(z方向)の荷重が加わった場合の最大荷重を、軟化部及び強度遷移部を設けない場合に比べて向上させることができる。なお、図1Bに示す例では、強度遷移部Tの頂面部13に垂直な方向(z方向)における幅は、ハット部材の長手方向(y方向)において一定である。これに限らず、強度遷移部Tの頂面部13に垂直な方向(z方向)における幅は、ハット部材の長手方向(y方向)において変化していてもよい。その場合、上記の強度遷移部Tの端Tuと、端Tdとの間の幅Ltは、ハット部材1の前記強度遷移部が存在する部分の長手方向(y方向)における平均値とする。
また、図1Bに示す例では、強度遷移部Tは、ハット部材1の長手方向(y方向)の全体にわたって形成されているが、長手方向の一部に強度遷移部Tが設けられてもよい。その場合、例えば、強度遷移部Tの長手方向の寸法は、側壁の高さH以上とすることが好ましい。これにより、上記の最大荷重を向上させる効果の確実性を高めることができる。
ハット部材1の長手方向における強度遷移部Tの配置範囲は、特に限定されないが、以下に配置例を説明する。ハット部材1の長手方向における中央を含む領域に強度遷移部Tを配置することが好ましい。これにより、頂面部に垂直な方向の衝撃荷重による局所変形が想定される部分に、強度遷移部Tを配置することができる。また、ハット部材1は、長手方向に離間した2つの支持部で、他の部材に支持される場合がある。ハット部材1の2つの支持部の長手方向中央を含む領域に、強度遷移部Tを配置することが好ましい。これにより、頂面部に垂直な方向の衝撃荷重による局所変形が想定される部分に、強度遷移部Tを配置することができる。
また、ハット部材1は、長手方向において、頂面部13側に凸となるよう湾曲していてもよい。この場合、頂面部13が上になるようにハット部材1を水平面に置いたときに、頂面部13が最も高くなっている部分の側壁11に、強度遷移部Tを配置することが好ましい。これにより、頂面部に対する頂面部に垂直な方向の衝撃荷重による局所変形が想定される部分に、強度遷移部Tを配置することができる。或いは、ハット部材1の一対のフランジ14にクロージングプレートが接合されてもよい。この構成において、ハット部材1は、長手方向において、クロージングプレート側に凸となるよう湾曲していてもよい。この場合、クロージングプレートが上になるようにハット部材1を水平面に置いたときに、クロージングプレートが最も高くなっている部分の側壁11に、強度遷移部Tを配置することが好ましい。これにより、クロージングプレートに対するクロージングプレートに垂直な方向の衝撃荷重による局所変形が想定される部分に、強度遷移部Tを配置することができる。
一例として、ハット部材1が、バンパーリインフォース又は、センターピラー(Bピラー)として用いられる場合は、バンパーリインフォース又はセンターピラーの長手方向の中央を含む領域に強度遷移部Tを配置してもよい。
また、軟化部Lは、ハット部材1の長手方向(y方向)の全体にわたって形成されてもよいし、長手方向の一部に形成されてもよい。例えば、軟化部Lの長手方向の寸法は、側壁の高さH以上とすることが好ましい。これにより、上記の最大荷重を向上させる効果の確実性を高めることができる。
ハット部材1の長手方向における軟化部Lの配置範囲は、特に限定されない。例えば、ハット部材1の長手方向において、強度遷移部Tと重なる位置に軟化部Lを配置してもよい。
図2は、側壁11における強度分布の一例を示すグラフである。図2に示す例では、側壁11の中間位置11cにおける硬度である中央硬度Dcは、300HV以上である(Dc≧300HV)。軟化部Lの硬度Dnと、側壁11の中央硬度Dcとの差ΔD3は、0.08Dc以上である(ΔD3=Dc−Dn≧0.08Dc)。すなわち、軟化部Lの最大硬度は、0.92Dcである。図2に示す例では、フランジ14及び湾曲部6も軟化部Lに含まれる。なお、軟化部Lの一部において、材料特性に影響を及ぼさない程度に、硬度が0.92Dcを超える領域が含まれていてもよい。
第2の稜線114から側壁11の中間位置11cの間において、側壁11の硬度は、第2の稜線114から中間位置11cに近づく程、高くなっている。
軟化部Lと側壁11の中間位置11cとの間に、強度遷移部Tがある。強度遷移部Tの硬度Dtは、軟化部Lから中間位置11cに向けて、DdからDuまで遷移する。すなわち、強度遷移部Tの硬度Dtは、Dd≦Dt≦Duの範囲で遷移する。硬度Ddは、中央硬度Dcより0.08Dc低い。すなわち、強度遷移部Tの最小の硬度Ddと中央硬度Dcとの差ΔD2は、0.08Dcである(ΔD2=Dc−Dd=0.08Dc)。強度遷移部Tの最大の硬度Duは、中央硬度Dcより5HV低い。すなわち、硬度Duと中央硬度Dcとの差ΔD1は、0.01Dcである(ΔD1=Dc−Du=0.01Dc)。
図2に示す例では、側壁11において、中央硬度Dcより8%低い硬度の位置が、軟化部Lと強度遷移部Tとの境界すなわち強度遷移部Tの第2の稜線114に近い方の端Tdとなる。また、側壁11において、中央硬度Dcより1%低い硬度の位置が、強度遷移部Tと、中間位置11cを含む領域(非軟化部)との境界すなわち強度遷移部Tの第1の稜線113に近い方の端Tuとなる。
図2に示す例では、強度遷移部Tの硬度は、中間位置11cに近づく程高くなる。すなわち、強度遷移部Tの硬度は、軟化部Lから中間位置11cに向かって、単調増加している。なお、強度遷移部Tにおける硬度の遷移は、強度遷移部T全体として単調増加する傾向であればよい。強度遷移部Tの一部に、中間位置11cに近づく程、硬度が低くなる領域や、位置による硬度変化がない領域すなわち硬度が一定の領域が含まれてもよい。
強度遷移部Tの第2の稜線114に近い方の端Tdから第1の稜線113に近い方の端Tuまでの側壁11の幅Ltは、0.5mm以上である(Lt≧0.5mm)。これにより、頂面部13に垂直な荷重が加わった場合に、強度遷移部Tにひずみが集中しすぎないようにすることができる。また、幅Ltは、例えば、強度遷移部Tの平均厚さtの5倍以下(Lt≦5t)とすることが好ましい。これにより、頂面部13に垂直な荷重が加わった場合に、強度遷移部に変形を集中させて、好ましい変形モードを得ることができる。なお、幅Ltは、頂面部13に垂直な方向の線を側壁11の表面に投影した線における強度遷移部Tの両端Tu、Tdの間の距離とする。
強度遷移部における硬度の変化率(Du―Dd)/Ltは、例えば、3〜100HV/mmとすることが好ましい(3[HV/mm]≦(Du―Dd)/Lt≦100[HV/mm])。硬度の変化率が100HV/mmを超えると強度遷移部にひずみが集中して破断しやすくなり、硬度の変化率が3HV/mmより小さいと、強度遷移部に十分に変形が入らないためである。
図2に示す例では、側壁11の中間位置11cと第1の稜線113の間は、硬度が300HV以上の高強度部となっている。これに対して、第1の稜線113から側壁11の中間位置11cに向かって、中間位置11cの手前までの範囲に、硬度が中央硬度より8%以上低い第2の軟化部が設けられてもよい。
なお、フランジ14の強度と強度の分布については、特に制限されない。なぜなら、フランジ14の強度はハット部材1の性能に特に大きな影響を及ぼさないからである。
図3は、上記のハット部材1の断面形状の変形例を示す断面図である。図3に示すハット部材1は、形状の異なる2つの側壁11を有する。2つの側壁11は、頂面部13に対する角度θ1、θ2及び、高さHR、HLが互いに異なる。そのため、2つのフランジ14の高さ方向における位置が異なっている。このように、ハット部材1の断面が左右非対称の場合、2つの側壁11それぞれの高さH1、H2は、別々に定義される。
図3に示す例では、2つの側壁11、12のうち一方の側壁11は、段差を有する。このように、側壁11に段差がある場合も、第1の稜線113に接する一方端から、第2の稜線114に接する他方端までの高さ方向の寸法を、側壁11の高さH1とする。すなわち、高さ方向において、側壁11の最も低い位置から最も高い位置までの寸法を、側壁11の高さH1とする。側壁11に、凹凸又は孔がある場合も同様である。なお、高さ方向は、頂面部13に垂直な方向である。
また、図示しないが、頂面部13、側壁11、及びフランジ14の少なくとも1つの表面は、平面でなく曲面としてもよい。すなわち、頂面部13、側壁11、及びフランジ14の少なくとも1つは、湾曲していてもよい。
図4は、上記のハット部材1の断面形状の変形例を示す断面図である。図4に示すハット部材1は、頂面部13が、両端の傾斜部13a、13cと、傾斜部13a、13cの間の中央部13bを含む。傾斜部13a、13cは、それぞれ、第1の稜線113に接し、傾斜面を有する。傾斜部13a、13cの傾斜面は、頂面部13の内側に行く程、低くなるよう傾斜している。すなわち、頂面部13は、凹部を有する。このような場合、頂面部13の中央部13bに垂直な方向を、頂面部13に垂直な方向として、側壁11の高さH1、H2が定義される。また、頂面部13の中央部13bの面と側壁11との角度を、頂面部13と側壁11のなす角度とする。なお、図4に示す例では、頂面部13と側壁11との間の湾曲部5は、若干外側に膨らんでいる。
図1A及び図1Bに示す例では、ハット部材1は、長手方向に直線状に延びて形成される。これに対して、ハット部材1は、湾曲していてもよい。例えば、ハット部材1は、頂面部13側に凸となるよう湾曲した形状にしてもよい。すなわち、頂面部13の外面が凸となるようにハット部材10を湾曲してもよい。
図5A〜図5Dは、長手方向において湾曲したハット部材1の例を示す側面図である。図5A〜図5Dに示す例では、ハット部材1は、頂面部13側に凸となるよう湾曲している。図5Aでは、ハット部材1は、長手方向全体にわたって一定の曲率で湾曲している。図5B及び図5Cでは、ハット部材1の閉断面構造材の長手方向(第1の両線の延在方向)の位置に応じて曲率が変化している。図5Dでは、ハット部材1は、長手方向の一部において湾曲している。図5A及び図5Dに示す例では、ハット部材1は、側壁11に垂直な方向(x方向)から見て左右対称となるよう湾曲している。図5B、図5C、及び図5Dのハット部材1は、湾曲している部分(湾曲部)と、直線上に延びる部分(直線部)とを有する。図5Cに示す例では、直線部の長手方向両側に湾曲部が配置される。すなわち、湾曲部の間に直線部が配置される。図5Dに示す例では、湾曲部の長手方向両側に直線部が配置される。
このように、ハット部材1を湾曲させることで、湾曲の凸方向に対向する向きの衝撃に対する耐衝撃性を向上させることができる。例えば、湾曲したハット部材1にクロージングプレートを接合した構造部材の両端部を支持してなる構造部材は、湾曲の凸方向に対向する向きの衝撃に対して、高い耐衝撃性を有する。なお、頂面部13が凹状になるように、ハット部材1を湾曲してもよい。
[車両への適用例]
上記のハット部材1のフランジ14にクロージングプレートを接合した構造部材は、例えば、車両用構造部材として用いられてもよい。この場合、構造部材を、長手方向に離間した2つの連結部で支持した状態で車両に取り付けられることがある。ハット部材1を含む構造部材は、例えば、車体、バンパ又は車両ドアの構造部材として使用される。そのため、ハット部材1を含む構造部材を備える車体、バンパ又は車両ドアも、本発明の実施形態に含まれる。
ハット部材1を含む構造部材を車両に取り付ける場合、構造部材の長手方向が車両の外形に沿うよう構造部材を配置することが多い。すなわち、車両が衝突した場合の衝撃が構造部材の長手方向に垂直な方向となるように、構造部材が車両に取り付けられることが多い。また、頂面部13が車両の外側に、クロージングプレートが車両の内側に配置されるように、構造部材が車両に取り付けられることがある。これにより、構造部材に車両の外側から衝撃を受けた場合に、構造部材が車両の内側へ突出する度合が小さくなる。逆にクロージングプレートが車両の外側に配置されることもある。クロージングプレートが車両の外側に配置された場合も、構造部材に車両の外側から衝撃を受けた場合に、構造部材が車両の内側へ突出する度合が小さくなる。
ハット部材1を含む構造部材は、上記のように、湾曲していてもよい。この場合、構造部材は、車両の外側に向かって凸となるよう車両に取り付けられる。これにより、車両の外側から衝撃を受けた場合に、構造部材をより折れにくくすることができる。
ハット部材1を含む構造部材は、車体、バンパ又は車両ドアの一部を構成する構造部材とすることができる。例えば、Aピラー、Bピラー、サイドシル、ロッカー、ルーフレール、フロアメンバー、フロントサイドメンバーといった車体を構成する部材にハット部材1を含む構造部材を用いることができる。或いは、ドアインパクトビームやバンパリインフォースメントといった車体に取り付けられ、外部からの衝撃から車両内の装置や乗員を守る部材にハット部材1を含む構造部材を用いることもできる。
図6は、モノコック構造の車両に配置される構造部材の一例を示す図である。図6に示す例では、Aピラー15、Bピラー16、ロッカー17、ルーフレール18、バンパリインフォースメント19、フロントサイドメンバー20、ドアインパクトビーム21、フロアメンバー22、及び、リアサイドメンバー23が車両用構造部材として用いられる。これらの車両用構造部材の少なくとも1つを、上記のハット部材を含む構造部材で構成することができる。
[製造工程]
ハット部材1は、全体を同一素材で形成してもよい。ハット部材1は、例えば、鋼板から形成される。ハット部材10の製造工程には、軟化部L及び強度遷移部Tを有するハット部材1を作製する工程が含まれる。ハット部材1の作製工程では、素材に強度差を与え、低強度領域を形成する工程が含まれる。また、ハット部材1を湾曲させる工程が製造工程に含まれてもよい。ハット部材1を湾曲させる場合は、例えば、プレス曲げ、引張り曲げ、圧縮曲げ、ロール曲げ、押し通し曲げ、又は偏心プラグ曲げ等の曲げ加工方法が用いられる。
ハット部材1の製造工程には、素材に軟化部及び強度遷移部を形成する工程が含まれる。軟化部及び強度遷移部を形成する方法は、特に限定されないが、例えば、ロールフォーミングにより鋼板を断面ハット型に変形加工し、レーザー又は高周波加熱等の方法で、材料を局所的に加熱、焼き入れを行うことで、硬化領域を含むハット部材1を作り出すことができる。この場合、焼き入れを行わない領域が、相対的に強度が低い軟化部及び強度遷移部となる。また、調質処理を行ってハット部材1の全体を強化した後に、部分的に焼鈍処理を行って軟化部及び強度遷移部を形成することもできる。
或いは、熱間プレス(ホットスタンピング)技術を用いてハット部材1を作製することもできる。熱間プレスの工程において、加熱又は冷却の条件を同一素材において部分的に異ならせることで、素材中に軟化領域及び強度遷移領域を形成することができる。例えば、鋼板を用いて、鋼がオーステナイト単相域となる温度(Ac3温度)以上に加熱し、金型を用いて成形を行いつつ焼き入れを行う。この際に、冷却速度に差をつけることにより、急冷部は概ね硬質なマルテンサイト組織とし、緩冷部は、軟質なフェライトとパーライトの混相組織又はベイナイト組織とする。これにより、緩冷部を、軟化領域及び強度遷移領域とすることができる。また、熱間プレスにより部材全体をマルテンサイト組織の高強度部とした後、部分的に焼戻して軟化部及び強度遷移部を形成してもよい。
一例として、ハット部材を製造工程は、鋼板を成形加工する工程と、成形加工した鋼板を焼入れする工程と、焼入れしたハット形状の鋼板を部分的に焼き戻しする工程とを含むことができる。
成形加工の工程では、例えば、鋼板を、少なくとも1回のAc3点以上の熱処理を行いながらプレス成形することにより、頂面部と、頂面部の両端にある2つの第1の稜線と、第1の稜線に隣接する一方端から、頂面部との成す角が90〜135°の方向に他方端まで延びる2つの側壁と、2つの側壁の前記2つの他方端に隣接する2つの第2の稜線と、2つの第2の稜線から互いに離れる方向へ延びる2つのフランジとを有するハット形状に成形加工する。
焼入れ工程では、頂面部に垂直な方向における2つの側壁それぞれの中間位置の硬度のうち低い方の硬度で定義される中央硬度が300HV以上となるように成形加工した鋼板を焼入れする。
焼き戻し工程では、焼入れしたハット形状の鋼板の2つの側壁における前記他方端から中間位置の手前までの範囲の軟化部、及び、軟化部に隣接し、軟化部から一方端に向かって0.5mm以上の範囲であって、一方端と他方端の間の中間の位置より他方端側の強度遷移部を、少なくとも1回、200℃以上に加熱して、軟化部の硬度を中央硬度より少なくとも8%低くし、強度遷移部の硬度を中央硬度より8%〜1%低い範囲とする。
なお、ハット部材1の製造方法は、上記例に限られない。例えば、テーラードブランクを用いて、ハット部材1を形成してもよい。また、他の一例として、980MPa以上(より好ましくは、1180MPa以上)の引張強度を有する高強度鋼板のハット形状の成形品に対し、大きな集光径のレーザーによる焼き戻しを、側壁の他方端から中間位置の範囲において行うことでも、ハット部材1を得ることが可能である。その他公知の方法を用いて、軟化部及び強度遷移部を有するハット部材1を形成してもよい。
[シミュレーション]
本実施例では、ハット部材に圧子を衝突させた場合の構造部材の変形をシミュレーションで解析した。図7は、シミュレーションにおける解析モデルの構成を示す図である。本シミュレーションでは、頂面部130、側壁110及びフランジ140を有するハット部材10に、頂面部130に垂直な方向に圧縮する力を加えたときの変形挙動を解析した。解析モデルにおけるハット部材10の寸法及び形状は、図7に示す通りである。
図8は、図7に示す解析モデルにおけるハット部材10のメッシュを示す。図8に示すメッシュは、メッシュサイズが0.28mmのメッシュを5層重ねた構成である。要素タイプは、平面ひずみ要素(CPE8[8節点、2次要素])とした。節点数は、6607とし、要素数は、1940とした。ハット部材10の材料のヤング率は、2.0594E+5[N/mm^2]とし、ポアソン比は、0.3[−]とした。材料のSSカーブは、図9のグラフに示されるものを用いた。図9のグラフにおける低強度材の特性を、軟化部に適用し、図9のグラフにおける高強度材の特性を、高強度部に適用した。強度遷移部には、図9のグラフにおける高強度材の特性から低強度材の特性へと徐々に変化する複数のSSカーブを適用し、強度遷移部における材料特性が緩やかに遷移するようにした。
図7及び図8の解析モデルを用いて、側壁110の強度分布を変えて、シミュレーションを行った。図10は、シミュレーションで設定した強度分布を説明するための図である。図10に示す2種類の強度分布様式V、Pでシミュレーションを行った。強度分布様式Vでは、側壁110の中間位置110cとフランジ140側の端部の間に軟化部L及び強度遷移部Tがあり、強度遷移部Tと頂面部130の間の部分は、高強度部である。強度分布様式Pでは、側壁110の中間位置110cとフランジ140の間と、頂面部130と中間位置110cとの間に、軟化部L及び強度遷移部Tがある。2種類の強度分布様式V、Pそれぞれにおいて、強度遷移部Tの幅を変えて解析を行った。具体的には、強度遷移部Tの幅を、強度遷移部Tの平均厚さの0.5倍〜6.0倍の間で段階的に変化させて、各段階で解析を行った。
また、図10に示す強度様式の他に、ハット部材10の全体にわたって高強度の一様な強度分布とする強度分布様式N、ハット部材10の全体にわたって軟化させて一様な強度分布とする強度分布様式A、フランジ140のみ軟化させた強度分布様式Fについても、解析を行った。
図11は、シミュレーションにおけるハット部材10圧潰時の変形状態を示す図である。比較例1は、強度分布様式=N(一様に高強度)の場合であり、比較例2は、強度分布様式=F(フランジのみ軟化)の場合である。実施例1は、強度分布様式がVであり、強度遷移部の幅Ltが、強度遷移部の平均厚さtに対して1.0倍(1.0t)である。実施例4は、強度分布様式がPであり、強度遷移部の幅Ltが、強度遷移部の平均厚さtに対して1.0倍(1.0t)である。
図11に示すように、強度分布様式がV、Pの場合と、強度分布様式がN、Fの場合で、変形挙動すなわち部材変形モードが異なる。そのため、強度分布様式がV、Pの場合、すなわち、側壁110に軟化部と強度遷移部を設ける場合は、最大荷重が大きくなっている。
図12は、シミュレーション結果が示す圧潰時の変位量と反力との関係を示すグラフである。図12に示すように、比較例1、2及び実施例1、4の条件は、図11と同じである。図12に示す結果から、側壁110に軟化部と強度遷移部を設けた場合の実施例1、4において、比較例1、2に比べて、荷重担保量が大きくなり、反力が大きくなっている。
下記表1は、シミュレーションにおける比較例1〜7及び実施例1〜6の条件及び結果を示す表である。表1において、強度分布は、側壁の強度遷移部、強度遷移部の開始位置、及び、強度遷移部の平均厚さに対する長さは、シミュレーションの条件である。表1において、圧縮時の最大荷重、最大荷重ストローク、最大荷重時の表層最大塑性ひずみ、曲げ割れの有無は、シミュレーションの結果である。強度分布は、上記の強度分布様式V、P、N、A、Fのいずれかを示している。強度遷移部の開始位置は、側壁の強度遷移部に最も近い側壁の端部から強度遷移部までの距離を、側壁の長さ(頂面部に垂直な線を側壁の表面に投影した線の側壁の一方端から他方端までの長さ)で割った値(端部から強度遷移部までの距離/側壁の長さ)で示している。この値が0.5の場合は、側壁の中間位置110cを示す。強度遷移部の板厚に対する長さは、強度遷移部の長さ(頂面部に垂直な線を側壁の表面に投影した線の強度遷移部の両端間の長さ)を、強度遷移部の平均厚さで割った値(強度遷移部の長さ/強度遷移部の平均厚さ)で示している。最大荷重時の表層最大塑性ひずみの値が大きいほど、荷重を担保できるが、大きすぎると割れが発生する。曲げ割れの有無については、最大荷重時の表層最大塑性ひずみ>0.5の場合に割れと判定している。
上記表1に示す結果では、側壁に強度遷移部を設けた場合(強度分布=V又はPの場合)に、強度遷移部を設けない場合(強度分布=N、A、F)に比べて、最大荷重が大きくなっている。また、強度遷移部の長さが、0.5より大きく、6.0より小さい場合に、最大荷重が大きくなっている。
[成形品]
図13は、実施例として作製した成形品の斜視図である。成形条件は、以下の通りである。成形用素材として,焼き入れ後強度が,2.0GPa級のHS用鋼板(板厚1.6mm)を用いた。第1回目の加熱として、成形用素材の炭化物を完全に固溶させるため、成形用素材を、1050℃まで加熱して約5分間等温保持した後、プレス金型内に投入して成形加工を行った。その後、成形加工したものを、金型による接触熱伝達を利用して室温まで冷却して焼入れた。その後、2回目の加熱として、成形加工したものを、約900℃まで加熱した後、ただちに金型内に投入して決め押し成形加工を行いながら加熱した金型で焼き入れた。その後、成形加工したものを、400℃迄加熱した金型を部分的に接触させ、熱伝達を利用して材料を379℃迄加熱した。
図13に示す形状の成形品で、強度分布が異なるものを複数作製し、圧縮試験を行った。図14は、複数の成形品それぞれの強度分布を説明するための図である。強度分布の態様は、N、V、Pの3種類とした。強度分布Nは、焼入れまま、すなわち焼き戻し無しの成形品の強度分布である。強度分布Vは、フランジ14と、フランジ14側の側壁11の湾曲部(ダイ肩)の部分を焼き戻したものである。側壁11のフランジ14側の端から中間位置までの間に、軟化部と強度遷移部が形成される。強度分布Pは、フランジ14と、フランジ14側の側壁11の湾曲部(ダイ肩)の部分と、側壁11の頂面部13側の湾曲部(パンチ肩)及び頂面部13の傾斜部とを焼き戻したものである。側壁11のフランジ14側の端から中間位置までの間と、側壁11の頂面部13側の端から中間位置までの間に、軟化部と強度遷移部が形成される。圧縮試験では、頂面部13に垂直な方向に成形品を圧縮した。
下記表2は、成形品における比較例8及び実施例7、8の条件及び結果を示す表である。表2の各列の項目は、表1と同じである。表2に示す結果において、側壁に軟化部と強度遷移部が形成されるよう焼き戻しされた成形品は、焼き戻しをしない成形品に比べて、最大荷重が大きくなっている。
[製造方法の一例]
上記のホットスタンプ技術を用いたハット部材1の製造方法の一例を説明する。本例では、ブランクをダイとパンチの金型でプレス成形することで、ハット部材1を製造する。図15A及び図15Bは、ダイとパンチを用いてプレス成形する装置の構成例を示す図である。図15A及び図15Bに示す例では、金型として、ダイ31及びパンチ32が用いられる。ダイ31は、凹部を有する。凹部は底部32cと、縦壁32bを含む。縦壁32bは、底部32aに隣接する。縦壁32bの表面は、底部32cの表面に対して傾いている。パンチ32は、ダイ31の凹部の外と中を往復運動する。矢印SYは、ダイ31の往復運動の方向すなわちストローク方向を示す。図15Bは、ダイ31とパンチ32が成形下死点にある状態を示す。
図15A及び図15Bに示すように、プレス成形時に、板状のブランク1Aは、ダイ31とパンチ32の間に配置される。ダイ31は、パンチ32に近づく方向に移動する。この時、ブランク1Aの中央部にパンチ32の板押え面31aが接触し、ブランク1Aの中央部は、ダイ31の凹部に押し込まれる。パンチ32の板押え面32aとダイ肩31abがすれ違う時に、ダイ肩31abとブランク1Aが接触し、第1の稜線の成形が開始される。図15Bに示すように、ダイ31が成形下死点に到達した時には、パンチ32とダイ31の間にブランク1Aが充填された状態になる。
パンチ32の板押え面31aは、パンチ32の先端の面である。すなわち、パンチ32が成形下死点にある状態で、ストローク方向に最も突出した部分の面が、パンチの板押え面31aである。
熱間プレスでは、ブランク1Aは、加熱された状態で、ダイ31及びパンチ32によってプレス成形される。ブランク1Aの加熱は、例えば、通電加熱であってもよい。通電加熱は、ブランク1Aが、ダイ31とパンチ32の間に配置された状態で、ブランク1Aに電極を付けて通電することにより行われる。或いは、ブランク1Aは、加熱炉で加熱されてから、ダイ31とパンチ32の間に配置され、プレスされてもよい。
プレス成形時におけるブランク1Aの加熱温度及びダイ31とパンチ32の相対速度を制御することで、上記の軟化部及び強度遷移部を有するハット部材を製造することができる。
一例として、ブランク1Aを加熱し、ブランク1Aが900℃以上の均熱状態を1分間以上保持する。その後、ダイ肩31abに接触するブランク1Aの温度が600℃以上800℃以下のとき、ダイ肩31abとパンチ32の板押え面32aとをすれ違わせて、第1の稜線113を成形する。さらに、ダイ31の縦壁31bの高さの半分(W/2)の位置に接触するブランク1Aの温度が300℃以上700℃以下のとき、ダイ肩31abとパンチ32の板押え面32aとをすれ違わせて第1の稜線113を成形し、ダイ31の縦壁31bの高さの半分(W/2)の位置とパンチ32の板押え面32aとをすれ違わせる。これにより、上記の軟化部L及び強度遷移部Tを有するハット部材を、熱間プレイ成形で製造することができる。この場合、軟化部L及び強度遷移部Tを形成するための焼き戻し工程が不要になる。
なお、図15Bに示すように、ダイ31の縦壁31bの高さWは、成形下死点におけるパンチ32の板押え面32aの高さからダイ肩31abの高さまでのストローク方向における距離とする。
また、熱間プレス成形において、ダイ31の縦壁31bの高さの半分(W/2)の位置とパンチ32の板押え面32aがすれ違ってから、パンチ32の板押え面32が成形下死点に到達するまでの、ダイ31とパンチ32の平均相対速度V2を低下させてもよい。これにより、成形されるハット部材の縦壁11の中央位置11cと第2の稜線114との間に、軟化部Lと強度遷移部Tを形成することができる。例えば、ダイ肩とパンチの板押え面とがすれ違うときのダイとパンチの相対速度V1と、上記の平均相対速度V2との関係が下記式(1)となるように、パンチ32の速度を制御することが好ましい。これにより、軟化部Lと強度遷移部Tをより効率良く形成することができる。
V2 / V1 < 0.05 (1)
なお、上記の速度制御は、ダイ31の板押え面31a及びこれに対向するパンチ32の面32bに断熱材を設けない場合、すなわち、ダイ31及びパンチ32の熱伝導率が、0.3(W/m・K)より大きい場合の例である。
ダイ31の板押え面31a及び対向するパンチ32の面32bの少なくとも一方に熱伝導率が0.3(W/m・K)以下の断熱材を設けてもよい。この場合、例えば、V1、V2の関係が下記式(2)となるように、パンチ32の速度を制御することが好ましい。これにより、軟化部Lと強度遷移部Tをより効率良く形成することができる。
0.05≦ V2 / V1 ≦ 0.5 (2)
また、パンチ32の板押え面32aが、ダイ31の縦壁31bの高さの半分(W/2)の位置とすれ違ってから下死点に到達するまでの間に、ブランク1Aは、300℃以上のダイ31の板押え面31a、又は、ダイ31の板押え面31aに対向する300℃以上のパンチ32の面32bに接触させるよう、ダイ31又はパンチ32の温度を制御してもよい。この場合、例えば、V1、V2の関係が上記式(2)となるように、パンチ32の速度を制御することが好ましい。これにより、軟化部Lと強度遷移部Tをより効率良く形成することができる。なお、300℃以上のダイ31の板押え面31a、及び、ダイ31の板押え面31aに対向する300℃以上のパンチ32の面32bの両方を、パンチ32の板押え面32aが、ダイ31の縦壁31bの高さの半分(W/2)の位置とすれ違ってから下死点に到達するまでの間に、ブランク1Aに接触させてもよい。
図16A及び図16Bは、ダイとパンチを用いてプレス成形する装置の変形例を示す図である。図16A及び図16Bに示す例では、ダイ31にシートホルダ33が取り付けられる。シートホルダ33は、ダイ31の凹部の底部31cに取り付けられた弾性部材と、弾性部材の先端に取り付けられた押し板を含む。押し板は、プレス成形時にブランク1Aに押し当てられる。
具体的には、プレス成形時に、ブランク1Aの中央部は、パンチ32の板押え面32aと、シートホルダ33の押し板との間で、両者から押さえられた状態となる。この状態で、パンチ32がダイ31の凹部へ挿入される。
この場合も、図16Bに示すように、ダイ31の縦壁31bの高さWは、成形下死点におけるパンチ32の板押え面32aの高さからダイ肩31abの高さまでのストローク方向における距離とする。
[速度制御の例]
図17及び図18に示すセンターピラーのモデル部品の熱間プレス成形の解析を行った。図17は、モデル部品の上面図である。図18は、図17に示すA-A線における断面図である。モデル部品は、断面がハット形状である。モデル部品の成形高さは75mmである。ダイに対するパンチの速度の3通りのパターンそれぞれで、熱間プレス成形の解析を行い、図18に示す断面における硬度分布を測定した。図19は、3通りの速度のパターンを示すグラフである。図19に示すグラフでは、縦軸が、下死点を0とする成形時のダイのストローク、横軸が時間を表す。Case1では、ストローク全体にわたって一定の速度40mm/秒でダイを移動させて成形した。Case2では、ストロークの初めから下死点手前の30mmまでは、50mm/秒の速度で、下死点手前の30mmから下死点までを、15秒かけて成形した。Case2の最後の30mmの速度は、2mm/秒である。Case3では、ストロークの初めから下死点手前の30mmまでは、40mm/秒の速度でパンチのストロークの最後の30mmを、45秒かけて成形した。Case3の最後の30mmの速度は、0.66mm/秒である。
図20は、Case1〜Case3それぞれの条件で作成されたモデル部品の図18に示す断面における硬度分布を示すグラフである。Case1では、縦壁からフランジにかけて硬度が略一定になっている。Case3では、縦壁からフランジにかけて硬度差が生じている。すなわち、軟化部及び強度遷移部が形成されている。なお、図示しないが、Case2でも、軟化部及び強度遷移部が形成された。この解析においても、V1/V2<0.05の範囲において、軟化部及び強度遷移部が形成された。
以上、本発明の一実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。