JPWO2017222040A1 - 医薬用組成物 - Google Patents

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Abstract

本発明は、ヒトに対して安全に投与可能なPolyQ病の治療に有効な医薬用組成物を提供する。本発明は、アルギニン若しくはその生理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物を有効成分とし、PolyQ病の治療又は予防に用いられる、医薬用組成物、及び前記PolyQ病が、ハンチントン病、遺伝性脊髄小脳失調症、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症、又は球脊髄性筋萎縮症である、前記記載の医薬用組成物である。

Description

本発明は、ハンチントン病や種々の遺伝性脊髄小脳失調症、球脊髄性筋萎縮症等の神経変性疾患ポリグルタミン(PolyQ)病に対する治療剤として有効であり、かつヒトに対して安全に投与可能な医薬用組成物に関する。
本願は、2016年6月23日に、日本に出願された特願2016−124992号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
人口高齢化に伴い、加齢に伴って発症する神経変性疾患は増加の一途をたどっており、有効な治療法がないために深刻な社会問題となっている。このため、これらの神経変性疾患に対する有効な医薬品の開発が求められている。
加齢に伴って発症する神経変性疾患の一つにPolyQ病がある。PolyQ病は、ハンチントン病、種々の脊髄小脳失調症等の、原因蛋白質内のPolyQ鎖の異常伸長(>40アミノ酸)により発症する9つの遺伝性神経変性疾患の総称である。日本では約7000〜8000人の罹患者がいると推定されているが、未だ有効な治療法がない難病である。PolyQ病では、PolyQ鎖の異常伸長により原因蛋白質がミスフォールディング・凝集を生じ、その結果神経変性を引き起こすと考えられている。
化学シャペロンは、蛋白質を天然のコンフォメーションで安定化し、蛋白質フォールディング反応の速度又は忠実度に影響を与えることにより、抗凝集性を発揮する。アルギニンは、大腸菌で発現させた様々なリコンビナント蛋白質の凝集を阻害して可溶性を増大させるために、最も一般的に使用される添加剤の一つである(非特許文献1)。この非特異的な抗凝集効果から、アルギニンは、アルツハイマー病やパーキンソン病等の蛋白質のミスフォールディングによる疾患に対する治療に有効である可能性がある。実際に、アルギニンが、アミロイドβペプチド(1−42)の凝集を防止することが報告されている(非特許文献2)。
アルギニンは、ヒトをはじめとする生物を構成するアミノ酸の1種であり、ヒト等の動物に安全に投与することができる。アルギニンは、PolyQ病以外の他の疾患に対する臨床試験において、安全性が確立されている(非特許文献3、4)。また、アルギニンは、血液脳関門(BBB)を透過することが知られている(非特許文献5)。
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本発明は、ヒトに対して安全に投与可能であり、かつPolyQ病の治療に有効な医薬用組成物を提供することを課題としている。
本発明者らは、これまでに変性蛋白質のミスフォールディング・凝集を標的とした共通の治療薬開発を目指して、in vitroのアッセイ系を用いてPolyQ凝集阻害化合物のスクリーニングを行い、BBB透過性・安全性の高いPolyQ凝集阻害化合物としてアルギニンを同定した。さらに、本発明者らは、アルギニンが、培養細胞モデルのみならずPolyQ病モデルショウジョウバエ、マウスにおいても、PolyQ凝集体形成及び神経変性を抑制することを見出し、本発明を完成させた。
本発明に係る医薬用組成物は、下記[1]〜[3]である。
[1] アルギニン若しくはその生理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物を有効成分とし、PolyQ病の治療又は予防に用いられる、医薬用組成物。
[2] 前記PolyQ病が、ハンチントン病、遺伝性脊髄小脳失調症、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症、又は球脊髄性筋萎縮症である、前記[1]の医薬用組成物。
[3] 前記PolyQ病が、遺伝性脊髄小脳失調症1型、遺伝性脊髄小脳失調症3型、又は球脊髄性筋萎縮症である、前記[1]の医薬用組成物。
アルギニンは、ヒトへの安全性が確認されており、かつBBB透過性が高い生理活性物質である。このため、アルギニンを有効成分とする本発明に係る医薬用組成物は、ヒトをはじめとする各種動物に対するPolyQ病の治療に非常に有効である。
図1は、実施例1において、Thio−Q62蛋白質をアルギニンの存在下(黒丸)又は非存在下(白丸)で5日間インキュベートした場合の濁度を経時的に測定した結果を示した図である。 図2は、実施例1において、Thio−Q62蛋白質をアルギニン又はプロリン存在下で5日間インキュベートした後の各溶液の相対濁度(%)(Thio−Q62蛋白質のみを含む溶液の濁度を100%とする。)を示した図である。 図3は、実施例1において、Thio−Q62蛋白質のみを含む溶液、Thio−Q62蛋白質にシードのみを添加した溶液、Thio−Q62蛋白質にシードとアルギニンを添加した溶液、及びThio−Q62蛋白質にシードとプロリンを添加した溶液の濁度を経時的に測定した結果を示した図である。 図4は、実施例2において、Thio−Q62蛋白質のみを含む溶液を5日間インキュベートした後の各溶液のCDスペクトラムである。 図5は、実施例2において、Thio−Q62蛋白質をアルギニンの存在下又は非存在下で5日間インキュベートした後にネイティブPAGEしたもののCBB染色像である。 図6は、実施例2において、Q56−CFPとQ56−YFPを同時に発現させた細胞をインキュベートした後のFRETポジティブ細胞の割合を測定した結果を示した図である。 図7は、実施例2において、Q45−GFPを発現させた細胞の細胞ライセートをFCS解析して得られたCPPの測定結果を示した図である。 図8は、実施例2において、Q45−GFPを発現させた細胞の細胞ライセートをFCS解析して得られたDTの測定結果を示した図である。 図9は、実施例3において、野生型ハエ及びMJDtr−Q78(S)ハエの外部複眼の代表的な光学顕微鏡画像である。 図10は、実施例3において、MJDtr−Q78(S)ハエの幼虫の眼板の抗赤血球凝集素抗体による免疫染色像である。 図11は、実施例3において、線虫のPolyQ病モデル系統に対してなされたテールフリックテストから得られた、1分間当たりの尾の動き(count/min)の測定結果を示した図である。 図12は、実施例3において、線虫のPolyQ病モデル系統の生存率の経時的変化を示した図である。 図13は、実施例3において、線虫ライセートの免疫ブロットにより得られたSDD−AGE画像である。 図14は、図15のSDD−AGE画像におけるスミア強度の測定結果を示した図である。 図15は、実施例4において、SCA1マウスの大脳中のL−アルギニン量の測定結果を示した図である。 図16は、実施例4において、SCA1マウスの血清中のL−アルギニン量の測定結果を示した図である。 図17は、実施例4のロータロッド試験において、野生型マウス及びSCA1マウスの回転棒から落下せずに歩くことができる時間(Latency)の経時的変化を示した図である。 図18は、実施例4のロータロッド試験において、各マウスの1日の飲料水の摂取量の経時的変化を示した図である。 図19は、実施例4のバランスビーム試験において、28週齢の野生型マウス及びSCA1マウスがビームの横断に要する時間(Latency)の測定結果を示した図である。 図20は、実施例4の免疫組織化学的分析において、SCA1マウスの大脳皮質及び海馬における封入体が形成されている細胞の割合(%)を測定した結果を示した図である。 図21は、実施例5のロータロッド試験において、野生型マウス及びSCA1マウスの回転棒から落下せずに歩くことができる時間(Latency)の経時的変化を示した図である。 図22は、実施例5において、野生型マウス及びSBMAマウスの水平行動の観察結果を示した図である。 図23は、実施例5において、野生型マウス及びSBMAマウスの立ち上がりの挙動の観察結果を示した図である。
本発明に係る医薬用組成物は、PolyQ病の治療又は予防に用いられるものであって、アルギニンを有効成分とする。アルギニンは、異常伸長PolyQ鎖を持つPolyQ病の原因蛋白質の凝集阻害作用(PolyQ凝集阻害作用)を有しており、当該作用によって、PolyQ凝集体形成及び神経変性を抑制する効果を奏する。また、アルギニンは、ヒトへの安全性が確立されており、かつBBBに対する透過性が高い。このため、本発明に係る医薬用組成物は、中枢神経系におけるPolyQ凝集体形成抑制等を、安全にかつ効率よく阻害することができる。
本発明に係る医薬用組成物に含まれる有効成分としては、アルギニンの生理学的に許容される塩であってもよい。アルギニンは塩基性アミノ酸であるため、アルギニンの生理学的に許容される塩としては、例えば、塩酸、臭化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の鉱酸の塩;メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、酢酸、プロピオン酸塩、酒石酸、フマル酸、マレイン酸、リンゴ酸、シュウ酸、コハク酸、クエン酸、安息香酸、マンデル酸、ケイ皮酸、乳酸、グリコール酸、グルクロン酸、アスコルビン酸、ニコチン酸、サリチル酸等の有機酸との塩;又はアスパラギン酸、グルタミン酸等の酸性アミノ酸との塩が挙げられる。
本発明に係る医薬用組成物に含まれる有効成分としては、アルギニン又はその生理学的に許容される塩の溶媒和物であってもよい。当該溶媒和物を形成する溶媒としては、水、エタノール等が挙げられる。
本発明に係る医薬用組成物に含まれる有効成分は、遊離形態のアルギニンのみであってもよく、遊離形態のアルギニンとその生理学的に許容される塩との両方であってもよく、遊離形態のアルギニンとその溶媒和物の両方であってもよく、アルギニンの生理学的に許容される塩とその溶媒和物の両方であってもよく、遊離形態のアルギニンとその生理学的に許容される塩とそれらの溶媒和物の全てであってもよい。
本発明に係る医薬用組成物は、有効成分であるアルギニン若しくはその生理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物(以下、「アルギニン等」ということがある。)のみからなるものであってもよく、アルギニン等のPolyQ凝集阻害作用を損なわない限度において、各種添加剤を含有していてもよい。当該添加剤としては、賦形剤、結合剤、滑沢剤、湿潤剤、溶剤、崩壊剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤、緩衝剤、防腐剤、抗酸化剤、矯味矯臭剤、着色剤等が挙げられる。これらの添加剤としては、薬学上許容される物質であって、医薬の製剤化に使用されているものの中から適宜選択して使用することができる。
本発明に係る医薬用組成物は、アルギニン等のPolyQ凝集阻害作用を損なわない限度において、その他の有効成分を含有していてもよい。当該他の有効成分としては、他のPolyQ病の治療剤の有効成分等が挙げられる。
本発明に係る医薬用組成物は、PolyQ病、すなわち、異常伸長PolyQ鎖を持つ蛋白質の凝集に起因する疾患に対する治療のための医薬の成分として非常に有効である。また、アルギニンは非常に安全性が高いため、本発明に係る医薬用組成物は、PolyQ病の予防のための医薬の成分としても有効である。
PolyQ病としては、現在のところ、ハンチントン病、遺伝性脊髄小脳失調症(SCA1、SCA2、SCA3、SCA6、SCA7、SCA17)、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)、及び球脊髄性筋萎縮症(SBMA)の9つの神経変性疾患が知られている。本発明に係る医薬用組成物は、これらの9疾患のいずれの治療剤としても有効であり、特に、SCA1、SCA3、又はSBMAの治療又は予防のための医薬の成分として有用である。
なお、脊髄小脳変性症は、孤発性又は遺伝性であって、運動失調を主要症候とする神経変性疾患の総称であり、臨床的には、小脳性若しくは後索性の運動失調又は痙性対麻痺を主要症候とし、小脳や脳幹の萎縮を認めることが多く、大脳基底核病変や大脳皮質の萎縮などを認めることもあるなどの特徴を有する。ハンチントン病は、ハンチントン病遺伝子において異常伸長PolyQ鎖をコードするCAGリピートの伸長による常染色体優性遺伝病であり、主に、舞踏運動(コレア)を中心とした不随意運動と運動持続障害があり、尾状核萎縮を伴う両側の側脳室拡大が観察される。また、易怒性、無頓着、攻撃性などの性格変化・精神症状や、記銘力低下、判断力低下などの知的障害(認知症)が見られることもある。球脊髄性筋萎縮症は、アンドロゲン受容体遺伝子において異常伸長PolyQ鎖をコードするCAGリピートの伸長による遺伝性疾患であり、球症状、下位運動ニューロン徴候、手指振戦、四肢腱反射低下といった神経所見が観察され、アンドロゲン不全症候や神経原性変化が観察されることもある。
また、アルギニンは、蛋白質のフォールディングに作用する化学シャペロンである。このため、本発明に係る医薬用組成物は、PolyQ病のみならず、異常蛋白質の凝集により発症する神経変性疾患に対する治療又は予防のための医薬の成分としても有効である。当該神経変性疾患としては、アミロイドβやタウの凝集が生じるアルツハイマー病、αシヌクレインの凝集が生じるパーキンソン病、TDP−43(TAR DNA-binding protein of 43kD)の凝集が生じる筋委縮性側索硬化症、TDP−43やタウの凝集が生じる前頭側頭葉変性症等が挙げられる。実際に、アルギニンは、アルツハイマー病の原因蛋白質であるアミロイドβの凝集に対する阻害作用を有する。
本発明に係る医薬用組成物は、ヒトやヒト以外の動物に投与されることが好ましい。ヒト以外の動物としては、例えば、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等の哺乳動物や、ニワトリ、ウズラ、カモ等の鳥類等が挙げられる。本発明に係る医薬用組成物は、ハエや線虫等の無脊椎動物に投与されてもよく、培養細胞、酵母、糸状菌等に摂取させてもよい。
本発明に係る医薬用組成物の動物への投与方法は、特に限定されるものではなく、その剤型も特に限定されるものではない。経口投与に適する剤型としては、例えば、カプセル剤、散剤、錠剤、顆粒剤、細粒剤、乳剤、シロップ剤、溶液剤、懸濁剤等を挙げることができ、非経口投与に適する剤型としては、例えば、吸入剤、噴霧剤、直腸内投与剤、注射剤、点滴剤、軟膏、クリーム剤、経皮吸収剤、経粘膜吸収剤、点眼剤、点鼻剤、点耳剤、テープ剤、貼付剤等を挙げることができる。
経口投与に適する医薬用組成物のうち、例えばカプセル剤、錠剤、散剤、及び顆粒剤等の固形製剤は、乳糖、ブドウ糖、蔗糖、マンニット等の賦形剤;澱粉、アルギン酸ソーダ等の崩壊剤;ステアリン酸マグネシウム、タルク等の滑沢剤;ポリビニールアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ゼラチン等の結合剤;脂肪酸エステル等の界面活性剤;グリセリン等の可塑剤等を用いて製造することができる。また、乳剤及びシロップ剤等の液体製剤は、水;蔗糖、ソルビット、果糖等の糖類;ポリエチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール類;ごま油、オリーブ油、大豆油等の油類;p−ヒドロキシ安息香酸エステル類等の防腐剤;ストロベリーフレーバー、ペパーミント等のフレーバー類等の製剤用添加物を用いて製造することができる。
非経口投与に適する医薬用組成物のうち、注射剤、点滴剤、点眼剤等の液体製剤は、好ましくは滅菌された等張の液体製剤として調製することができる。例えば、注射剤は、塩溶液、ブドウ糖溶液、又は塩水とブドウ糖溶液との混合物からなる水性媒体を用いて調製することができる。
本発明に係る医薬用組成物の投与量及び投与回数は特に限定されず、アルギニン等のPolyQ凝集阻害作用効果が充分に発揮されるように、異常伸長PolyQ鎖を持つ原因蛋白質の種類や発現量、投与対象の生物種、性別、年齢、体重、基礎疾患の有無、投与の形態等に応じて、適宜設定することができる。例えば、経口投与又は経静脈投与の場合、成人に対する有効成分の1日当たりの投与量は、アルギニンとして0.1〜10g/kg(体重)が好ましく、0.25〜5.0g/kg(体重)がより好ましく、0.5〜5.0g/kg(体重)がさらに好ましく、1.0〜5.0g/kg(体重)がよりさらに好ましい。このような投与量を1回又は数回に分けて投与することができる。例えば、アルギニンを有効成分とする経口投与剤を、1日当たりのアルギニンの総投与量が0.25〜5.0g/kg(体重)となるように、1日3回(朝、昼、晩)に分けて投与することができる。
PolyQ病は、徐々に発病し、経過は緩徐進行性である。本発明に係る医薬用組成物を摂取することによってPolyQの凝集が抑制される結果、PolyQ病に由来する各種症状の進行が遅くなる。つまり、症状の進行や発症を抑えるためにはPolyQの凝集阻害剤の継続的な服用が必要であり、長期間安定的に摂取しても安全であるアルギニンを有効成分とする本発明に係る医薬用組成物は、PolyQ病患者に対する治療薬として好ましい。本発明に係る医薬用組成物は、重症度が低い、すなわちPolyQの凝集による神経変性があまり進行していない早期のPolyQ病患者への治療や、PolyQ病の原因遺伝子内に異常伸長CAGリピートを保有するが未発症の患者(PolyQ病未発症患者)に対するPolyQ病発症前の予防に特に有効である。比較的軽症のPolyQ病患者やPolyQ病未発症患者が本発明に係る医薬用組成物を継続的に服用することにより、発症や症状の進行を効果的に抑制することができ、QOLを改善することができる。
なお、PolyQ病を含む脊髄小脳失調症の重症度は、例えば、mRS(modified Rankin Scale)により評価できる。mRSにおいては、まったく症候がない状態を0、症候はあっても明らかな障害はない状態、より具体的には自覚症状及び他覚徴候はあるが、日常生活に支障のない状態を1、軽度の障害のある状態、すなわち、発症以前から行っていた仕事や活動に制限はあるが、日常生活は自立している状態を2、中等度の障害のある状態、すなわち、何らかの介助を必要とするが、歩行、食事、排せつには介助を必要としない状態を3、中等度から重度の障害のある状態、すなわち、歩行や身体的要求には介助が必要であるが、持続的な介護は必要としない状態を4、重度の障害のある状態、すなわち、寝たきりなど常に介護と見守りを必要とする状態を5、死亡した状態を6、とそれぞれ評価する。本発明に係る医薬用組成物は、mRSが2以下、好ましくはmRSが0又は1の脊髄小脳失調症患者に、継続的に経口投与されることが好ましい。
脊髄小脳失調症の重症度は、例えば、SARA(The Scale for the Assessment and Rating of Ataxia)(Schmitz-Hubsch, et al., Neurology, 2006, vol.66(11), p.1717-1720.)によっても評価することができる。本発明に係る医薬用組成物は、好ましくはSARAが20以下、より好ましくは15以下の脊髄小脳失調症患者に、継続的に経口投与されることが好ましい。
次に実施例等を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等に限定されるものではない。
<蛋白質凝集濁度アッセイ>
以降の実験において、蛋白質凝集濁度アッセイは、非特許文献6に記載の方法で行った。具体的には次のようにして行った。
異常伸長PolyQ蛋白質をPBS(リン酸生理食塩水)に溶解させた溶液を測定試料とし、当該溶液を37℃でインキュベートし、24時間ごとに405nmにおける濁度をマイクロプレートリーダー「Spectramax Plus plate reader」(Molecular Devices社製)を用いて測定した。
<統計処理>
濁度、FRET、及びマウス脳アルギニン濃度については、個々のグループ間の有意差を評価するため、一元配置分散分析(One-way analyses of variance;ANOVA)とそれに続くTukeyの多重比較検定により分析した。FCS測定、テールフリックテストの尾の動きと線虫モデルにおけるオリゴマーの相対量、及びアルギニン処理又は未処理のマウスの脳におけるPolyQ封入体を有する細胞の割合は、スチューデントt検定によって分析した。日々の水又は6質量%のアルギニン水溶液の接種量、ロータロッド試験、オープンフィールド行動、立ち上がり(rearing)、及びバランスビームデータは、二元配置分散分析(two-way ANOVA)とそれに続くTukeyの多重比較検定により分析した。生存データは、ログランク検定を用いて分析した。2グループ間の分析のためには、スチューデントt検定が用いられた。全ての分析は、P<0.05はグループ間で統計的に有意な差を示すとした。統計分析には、ソフトウェア「GraphPad Prism」(GraphPad Software社製)を用いた。
<動物実験>
以降において行った全ての動物実験は、日本の国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター、神経研究所の小型実験動物倫理問題検討委員会のガイドラインに従って行った。
マウスは、餌と水を自由摂取させ、12時間の明/暗サイクルで飼育した。各マウスは、3週齢又は5週齢で離乳させ、かつ水、2質量%L−アルギニン水溶液、又は6質量%L−アルギニン水溶液を充填した給水ボトルを備えたケージで維持した。
[実施例1]
本発明者らは、濁度法により異常伸長PolyQ蛋白質の凝集を簡便に評価できるin vitroスクリーニングアッセイ系を樹立した(米国特許第6,632,616号明細書)。さらに、本発明者らが、この異常伸長PolyQ蛋白質凝集アッセイ系を用いてPolyQ凝集阻害化合物のスクリーニングを行った結果、アルギニンがPolyQ凝集阻害活性を有することがわかった。
そこで、アルギニンのPolyQ凝集阻害活性をより詳細に調べた。異常伸長PolyQ蛋白質として、Thioredoxinと62個のグルタミンからなるPolyQ鎖との融合蛋白質Thioredoxin−Q62(Thio−Q62)を用いた。
<Thio−Q62蛋白質の調製>
Thio−Q62蛋白質の調製は非特許文献7に記載の方法で行った。具体的には次のようにして行った。
まず、Thio−Q62蛋白質を、大腸菌DH5α内で発現させた後、ニッケルカラム「nickel-chelating ProBond Resin columns 」(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて精製した。精製されたThio−Q62蛋白質を、カラム「HiTrap Q Sepharose column」 (GE Healthcare Life Sciences社製)を搭載したHPLC装置「Akta Explore HPLC」(GE Healthcare Life Sciences社製)を用いたアニオン交換クロマトグラフィーによりさらに精製した。精製したThio−Q62蛋白質の最終濃度は、「DC protein assay kit」 (Bio-Rad Laboratories社製)を用いたLowry法により測定した。この精製したThio−Q62蛋白質を、以降の実験に用いた。
<蛋白質凝集速度に対するアルギニンの影響>
8.2μMのThio−Q62蛋白質を、600mMのアルギニンと共にPBS中、37℃でインキュベートし、24時間ごとに濁度を測定した。対照として、Thio−Q62蛋白質のみで同様にインキュベートし、24時間ごとに濁度を測定した。測定結果を図1に示す。図中、白丸がThio−Q62蛋白質のみを含む溶液の濁度であり、黒丸がThio−Q62蛋白質とアルギニンを含む溶液の濁度である。Thio−Q62蛋白質のみの溶液の結果が示すように、通常、Thio−Q62蛋白質の濁度は、短いラグ期があり、次いで凝集期において急速に上昇し、やがてプラトーに達するというように、経時的に増大する。これに対して、中性pH中でアルギニンと共にインキュベートしたThio−Q62蛋白質では、ラグ期が延び、凝集の速度が遅くなった。
<アルギニンのPolyQ凝集阻害活性の濃度依存性>
10μMのThio−Q62蛋白質を、100、200、又は400mMのアルギニンと共にPBS中、37℃でインキュベートし、5日経過後に濁度を測定した。対照として、Thio−Q62蛋白質のみを含む溶液、又はThio−Q62蛋白質と400mMプロリンを含む溶液を、それぞれ同様にインキュベートし、5日経過後に濁度を測定した。なお、プロリンは、前記異常伸長PolyQ蛋白質凝集アッセイにおいて、PolyQ凝集阻害活性を有さないことが確認された物質である。各溶液について、Thio−Q62蛋白質のみを含む溶液の濁度を100%とした相対濁度(%)を測定した。測定結果を図2に示す。図の値は、平均値±標準誤差(n=3)を示し、「*」は「p<0.05」を、「***」は「p<0.001」を、「n.s.」は有意差がなかったことを、それぞれ示す。プロリンは全くPolyQ凝集阻害活性を示さなかったのに対して、アルギニンを添加した溶液ではアルギニン濃度が高いほど相対濁度が小さく、アルギニンのPolyQ凝集阻害活性が濃度依存的に高くなることがわかった。
<シード誘導PolyQ凝集に対するアルギニンの影響>
PolyQをはじめとするアミロイドを生成する蛋白質では、既に形成された凝集体が、可溶性のモノマー蛋白質の凝集のトリガーとなり、ラグ期が短縮されることが知られており、この効果はシード効果と呼ばれる(非特許文献7、8)。そこで、このシード効果に対するアルギニンの影響を調べた。
(シードの調製)
シードとするThio−Q62蛋白質凝集体は、次のようにして調製した。まず、精製したThio−Q62蛋白質溶液(10μM)は、液体窒素中で急速凍結した後、使用時まで−80℃で保存した。凍結されたThio−Q62蛋白質溶液を急速解凍した後、室温、15,000rpmで5分間遠心分離処理した。得られた上清を、37℃で6日間、濁度がプラトーに達するまでインキュベートした後、氷上で30秒間の超音波処理と60秒間のインターバルを繰り返す超音波処理を6回行い、シードとするThio−Q62蛋白質凝集体を形成した。得られた超音波処理済溶液を、シード溶液として以降の実験に用いた。
(シード誘導PolyQ凝集反応)
10μMの可溶性Thio−Q62蛋白質溶液に、シード、アルギニン、及びプロリンを図3に示すように添加し、37℃で7日間インキュベートし、24時間ごとに濁度を測定した。シードは、前述の通りに予め形成されたシード溶液を、Thio−Q62蛋白質溶液200μL当たり20μL添加した。また、アルギニンとプロリンは、Thio−Q62蛋白質溶液200μL当たりそれぞれ400mMとなるように添加した。各溶液の濁度の経時的変化を図3に示す。この結果、可溶性Thio−Q62蛋白質のみを含む溶液(図中、「Thio−Q62」)に比べて、可溶性Thio−Q62蛋白質にシードのみを添加した溶液(図中、「Thio−Q62+seeds」)では、ラグ期が消失し、1日目から濁度の急劇な上昇が観察されており、シード効果が観察された。また、可溶性Thio−Q62蛋白質にシードとアルギニンを添加した溶液(図中、「Thio−Q62+seeds+Arg」)では、シードに誘導された濁度増大の速度が顕著に低下していたが、シードとプロリンを添加した溶液(図中、「Thio−Q62+seeds+Pro」)ではアルギニンのような効果は得られなかった。これらの結果から、アルギニンがシード誘導PolyQ凝集を緩和し、凝集プロセスの開始後にPolyQ蛋白質の凝集を減速できることが示唆された。
[実施例2]
凝集しやすい蛋白質(凝集性蛋白質)は、モノマー蛋白質のミスフォールディング及びβシートコンフォメーション転移、並びにモノマーのオリゴマーへの集合等の多段階のプロセスを経て不溶性の凝集体を形成する。最近の研究で、異常伸長PolyQ鎖を有する蛋白質を含む凝集性蛋白質は、不溶性凝集体を形成する前に、蛋白質は、βシートリッチな構造へのコンフォメーション変移を起こし、可溶性のオリゴマーに統合されると、細胞内毒性を発揮することが報告されている(非特許文献9)。つまり、凝集性蛋白質では、不溶性の凝集体よりもむしろミスフォールドのオリゴマー化した可溶性蛋白質種のほうが、細胞や脳内において毒性を発揮する場合がある。
アルギニンは、Thio−Q62蛋白質溶液のラグ期を延ばすことから(実施例1)、不溶性凝集体形成前の初期のプロセスに影響を与えることが示唆された。このため、アルギニンがこれらの可溶性であるが毒性のある蛋白質種の形成を変更するかどうかを調べた。具体的には、PolyQ蛋白質のコンフォメーション変移とオリゴマー形成に対するアルギニンの影響を調べた。
<CD(円偏光二色性)解析>
Thio−Q62蛋白質は、モノマーの状態でαへリックス構造からβシートリッチな構造へコンフォメーション変移を起こし、Thio−Q62蛋白質のβシートモノマーは細胞毒性を示す(非特許文献7)。このコンフォメーション変移をCDスペクトラム解析によって確認した。具体的には、8.2μMのThio−Q62蛋白質をPBS(pH7.5)中、37℃で5日間インキュベートした。インキュベート開始前(0日)とインキュベート後(5日)に、それぞれThio−Q62蛋白質のCDスペクトラムを、スペクトロメーター「Model J-820」(Jasco社製)を用いて非特許文献7に記載の方法で測定した。測定結果を図4に示す。図4のスペクトラムは、速度が50nm/min、解像度が1nmで記録された10スキャンの平均で表した。データは、モル残基楕円率(θ)として表した。インキュベート開始前のThio−Q62蛋白質のCDスペクトルは、196nm付近に大きな正の極大を、207nm付近と222nm付近にそれぞれ負の極大を持っており(図中、「Day 0」)、αへリックス構造をとっていることが確認された。インキュベート後のThio−Q62蛋白質のCDスペクトルは、197nm付近に正の極大を、216nm付近に負の極大を持っており(図中、「Day 5」)、βシート構造をとっていることが確認された。
<ネイティブPAGEと濁度測定>
ネイティブPAGE(非変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動)により、Thio−Q62蛋白質のβシートへのコンフォメーション変移に対するアルギニンの影響を調べた。具体的には、8.2μMのThio−Q62蛋白質を、600mMのアルギニンと共にPBS中、37℃で5日間インキュベートし、インキュベート開始前とインキュベート開始後24時間ごとにネイティブPAGEのためのサンプリングと濁度測定を行った。対照として、Thio−Q62蛋白質のみで同様にインキュベートし、サンプリングと濁度測定を行った。サンプリングした溶液について、SDSを含まず変性させない条件下で10%(w/v)PAGEを行い、各溶液に含まれている蛋白質を分離し、CBB(Coomassie brilliant blue)染色した。
CBB染色結果を図5に示す。この結果、アルギニン非存在下では、インキュベーション時間が長くなるにつれてβシートリッチモノマーのバンドが徐々に現れ、αヘリックスリッチモノマーのバンドは徐々に消失した。これに対して、アルギニン存在下では、充分な時間インキュベーションしても、βシートリッチモノマーのバンドは現れず、アルギニンがThio−Q62蛋白質の毒性のあるβシートへのコンフォメーション変移を抑制していることが示唆された。
アルギニン非存在下でインキュベーションした場合、濁度は、インキュベーション開始から2日目に急激に上昇した(図1)。これに対して、インキュベーション開始から1日目には、βシートリッチモノマーのバンドが確認されている(図5)が、濁度の上昇はみられなかった。
<FRET解析>
培養細胞内における、PolyQオリゴマー形成に対するアルギニンの影響をFRET(Fluorescence Resonance Energy Transfer)解析で調べた。蛍光蛋白質CFP融合PolyQ蛋白質と蛍光蛋白質YFP融合PolyQ蛋白質は細胞内で共に可溶性オリゴマーを形成し、このPolyQ鎖同士の直接的な相互作用によりCFPとYFPが近接してポジティブFRETシグナルが生じる。つまり、ポジティブFRETシグナルにより、生細胞内で可溶性オリゴマーの形成を検出できる。
細胞培養とFRET解析は、非特許文献10に記載の方法で行った。具体的には、まず、CFPとYFPを各々融合した56個のグルタミンからなるPolyQ鎖を有する蛋白質(Q56−CFP又はQ56−YFP)を同時に発現させたCOS7細胞を調製した。蛍光蛋白質融合PolyQ蛋白質を発現させたCOS7細胞は、各蛋白質の発現ベクターを「lipofectamine 2000」 (Life Technologies社製)を用いたトランスフェクションにより導入して調製した。トランスフェクション後48時間経過後の細胞を、FRET解析に用いた。
Q56−CFPとQ56−YFPを同時に発現させた細胞を、0〜50mMのアルギニンを含む培地でインキュベートし、48時間経過後のFRETシグナル強度の平均値を求めた。FRETシグナル強度の数値のカットオフ値は、Q56−CFPとQ56−YFPを共発現させたCOS7細胞のFRETシグナル強度の平均値と95%信頼区間に基づいて算出した。FRETシグナル強度がカットオフ値を超える細胞を、FRETポジティブ細胞とした。150細胞のFRETシグナル強度の平均値を解析した。結果の統計解析は、ANOVA及びTukeyの事後検定法を用いて行った。結果を図6に示す。20mM又は50mMのアルギニンを含む培地では、FRETポジティブ細胞の割合(%)が顕著に減少していた。低濃度のアルギニンを含む培地ではFRETポジティブ細胞の割合に影響がなかった。これらの結果により、アルギニンは、培養細胞内において濃度依存的に、オリゴマー形成におけるPolyQ蛋白質同士の相互作用を阻害することが示された。
<FCS解析>
FRET解析の結果を確認するために、FCS(Fluorescence Correlation Spectroscopy)解析により、PolyQオリゴマー形成に対するアルギニンの効果を定量的に評価した。PolyQオリゴマーの形成には、45個のグルタミンからなるPolyQ鎖を有するPolyQ融合蛍光蛋白質GFP(Q45−GFP)をモノマーとして用いた。PolyQオリゴマーのプロパティを評価するためにFCS測定から得られる2つのインデックス、すなわち、CPP(counts per particle)とDT(the diffusion time of the fast components)を使用した(非特許文献11)。CPPは、測定された蛍光粒子の平均蛍光強度であるため、直接オリゴマー当たりのQ45−GFPのモノマーの数を反映している。DTは、Q45−GFPのオリゴマーのサイズを反映している。
FCS解析は、非特許文献11に記載の方法で行った。具体的には、まず、COS7細胞に、Q45−GFPの発現ベクターをトランスフェクションし、アルギニン濃度が0又は25mMの培地中で48時間培養した後、可溶化した。得られた細胞ライセートを、穏やかに超音波処理した後、遠心分離処理して不溶性のQ45−GFP封入体を除去した。得られた視認可能な封入体を含まない上清に対して、FCS解析を行った。得られた測定値から、蛍光粒子が検出領域を横切るために要する平均拡散時間に対応する拡散時間と、粒子当たりの蛍光分子の数を直接反映するCPPとを算出した。CPPの結果を図7に、DTの結果を図8に、それぞれ示す。アルギニン処理した細胞では、未処理の細胞よりも、CPPとDTが減少していた。これらの結果からも、アルギニンが細胞内においてPolyQ蛋白質のオリゴマー形成を阻害することが示唆された。
FRET解析とFCS解析の結果をまとめると、アルギニンは、PolyQ蛋白質の有毒なβシートコンフォメーション変移とオリゴマー形成を阻害すること、したがってアルギニンは、ミスフォールドPolyQ蛋白質が神経毒性を発揮するPolyQ蛋白質凝集の初期プロセスを妨害する能力を有していることが示唆された。つまり、アルギニンは、PolyQ病の治療剤の有効成分として非常に有望である。
[実施例3]
PolyQ病の動物モデルにおけるアルギニンの治療効果を調べた。動物モデルとして、よく確立された2種の無脊椎動物のモデルである、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)のモデルと線虫(Caenorhabditis elegans)のモデルを用いた。
<キイロショウジョウバエのPolyQ病モデルに対するアルギニンの影響>
使用したキイロショウジョウバエのモデルは、脊髄小脳失調症3型(SCA3/ MJD)疾患モデルであり、78個のグルタミンからなる異常伸長PolyQ鎖を有する蛋白質MJDの切断型(MJDtr−Q78)が複眼で発現している(非特許文献12)。MJDtr−Q78により誘導される複眼の重篤な変性は、光学顕微鏡下で容易に検出できる。
ハエの飼育及び交配は、25℃の標準的な条件で行った。MJDtr−Q78を発現するためのUAS−MJDtr−Q78導入遺伝子を保有するMJDtr−Q78(S)トランスジェニックハエ系統は、非特許文献12に記載のものを用いた。gmr−GAL4導入遺伝子を保有するハエ系統は、日本の京都工芸繊維大学のショウジョウバエ遺伝資源センターから入手した。ハエを、1〜100mMのアルギニンを含有させた培地「Instant Drosophila Medium」(Carolina Biological Supply Company社製)で培養することによって、アルギニンを摂取させた。複眼変性の評価のために、立体顕微鏡モデル「SZX9」(オリンパス社製)を用いて複眼の光学顕微鏡像を撮像した。3齢幼虫の眼の成虫原基中のMJDtr−Q78蛋白質の検出のために、抗赤血球凝集素抗体(クローン3F10、Roche社製)を用いた免疫染色を、非特許文献13に記載の方法に準じて行った。蛍光顕微鏡画像は、共焦点レーザー走査顕微鏡モデル「LSM510」(Carl Zeiss社製)を用いて撮像した。
野生型ハエ及びMJDtr−Q78(S)ハエの外部複眼の代表的な光顕微鏡画像を図9に示す。図中、「WT」は野生型ハエの複眼を示し、「Control」はアルギニン非投与のMJDtr−Q78(S)ハエの複眼を示し、「Arg」は100mMのアルギニン投与のMJDtr−Q78(S)ハエの複眼を示す。MJDtr−Q78(S)ハエで観察された複眼の変性は、25、50、及び100mMのアルギニンを含む餌を摂取させることにより顕著に改善された。
MJDtr−Q78(S)ハエの幼虫の眼の成虫原基の抗赤血球凝集素抗体による免疫染色像を図10に示す。この免疫染色像は、共焦点顕微鏡により撮像した。図中の矢頭で示した抗赤血球凝集素抗体によって染色された部分は、眼の成虫原基中に形成された封入体を示す。図中、「Control」はアルギニン非投与のMJDtr−Q78(S)ハエの画像を示し、「Arg」は100mMのアルギニン投与のMJDtr−Q78(S)ハエの画像を示す。MJDtr−Q78(S)ハエの幼虫の眼の成虫原基に形成された封入体は、アルギニンを含む餌を摂取させることにより減少した。これらの結果から、アルギニン投与によりPolyQを含む封入体の形成が抑制されることが示唆された。
<線虫のPolyQ病モデルに対するアルギニンの影響>
線虫のPolyQ病モデルとしては、40個のグルタミンからなるPolyQ鎖を有するGFP(Q40−GFP)を発現する線虫系統(Q40−GFP発現線虫系統)(非特許文献14)を用いた。このQ40−GFP発現線虫系統は、テールフリックテストによって評価される運動機能障害と短命化を呈する。
線虫は、大腸菌OP50と共に、線虫増殖培地(NGM)プレート上で、20℃で生育させた。Q40−GFP発現線虫系統は、Q40−GFPをコードするプラスミドを野生型系統N2に導入して調製した。
Q40−GFP発現線虫系統の運動機能障害に対するアルギニンの影響を調べるために、テールフリックテストを行った。テールフリックテストは、同調培養した日齢6日の線虫を用いて20℃で行った。まず、線虫を一匹ずつ別のプレートに移して、S−basal液を1滴滴下し、回復のために5分間待った後、虫体の尾の動きの回数を1分間測定した。線虫の虫体の中央部分の曲げ方向が変化する回数を、尾の動きの回数と定義した。
テールフリックテストから得られた、1分間当たりの尾の動き(count/min)の測定結果を図11に示す。図中、「Control」はアルギニンを含まない培地上で飼育したQ40−GFP発現線虫系統の結果を示し、「Arg」は10mMのアルギニンを含む培地上で飼育したQ40−GFP発現線虫系統の結果を示す。図の値は、平均値±標準誤差(n=48)を示し、「**」は「p<0.01」を示す。Q40−GFP発現線虫系統の尾の動きは、10mMのアルギニン投与によって明らかに改善された。
Q40−GFP発現線虫系統の短命化に対するアルギニンの影響を調べるために、寿命分析を行った。寿命分析は、線虫をOP50菌上で培養し、生命の徴候について毎日検査することにより行った。積極的な刺激の後に移動しなかった線虫は、死んだとみなした。生存率の経時的変化を図12に示す。図中、「Control」はアルギニンを含まない培地上で飼育したQ40−GFP発現線虫系統の結果を示し、「Arg」は10mMのアルギニンを含む培地上で飼育したQ40−GFP発現線虫系統の結果を示す(ログランク検定:p<0.01)。Q40−GFP発現線虫系統の生存率は、10mMのアルギニン投与によって明らかに改善された。
Q40−GFP発現線虫系統におけるPolyQ蛋白質のオリゴマー形成に対するアルギニンの影響を調べるために、SDD−AGE(semi-denaturing detergent agarose gel electrophoresis)による凝集解析を行った。SDD−AGEは、以下のようにして行った。まず、線虫を抽出/溶解バッファー(0.5% SDS, 0.5% NP-40, 50mM Tris-HCl, 150mM NaCl, 5mM EDTA, protease inhibitor cocktail)で可溶化し、得られたライセートを0.01%のSDSを含有する1%アガロースゲル上で、0.01%のSDSを含有するTris−Glycineランニングバッファー中で泳動し、ニトロセルロース膜上に一晩転写させた。続くウェスタンブロット解析のために、この膜を、一次抗体として10,000倍希釈した抗GFP抗体で一晩インキュベートし、次いで二次抗体として20,000倍希釈したHRP標識抗ウサギIgG抗体でインキュベートした。免疫ブロットは、ルミノ・イメージアナライザーシステム「ImageQuant LAS 4000」 (GE Healthcare Life Sciences社製)を用いて画像化し、イメージ解析ソフトウェア「ImageQuantTL」(GE Healthcare Life Sciences社製)を使用して分析した。
免疫ブロットにより得られたSDD−AGE画像を図13に、当該SDD−AGE画像におけるスミア強度の測定結果を図14に、それぞれ示す。図中、「Control」はアルギニンを含まない培地上で飼育したQ40−GFP発現線虫系統の結果を示し、「Arg」は10mMのアルギニンを含む培地上で飼育したQ40−GFP発現線虫系統の結果を示す。また、図14の値は、平均値±標準誤差(n=5)を示し、「**」は「p<0.01」を示す。アルギニンを摂取させていないPolyQ病線虫(Q40−GFP発現線虫系統)では、膜上にQ40−GFPのオリゴマーのスメアが観察されたのに対して、アルギニンを摂取させたPolyQ病線虫では、スメアがより軽く、ブロードの程度が小さくなっており(図13)、画像解析により測定されたスメア強度も小さくなっていた(図14)。これらの結果から、PolyQ病線虫にアルギニンを経口摂取させることによって、PolyQ蛋白質のオリゴマー形成を抑制できることが示唆された。
ハエと線虫のPolyQ病モデルにアルギニンを摂取させた結果から、アルギニンは、PolyQ蛋白質のオリゴマー化及び凝集を阻害することによって、PolyQ病の無脊椎動物モデルにおけるin vivoでの治療効果を発揮することが明らかである。
[実施例4]
哺乳動物におけるアルギニンの治療効果を確認するため、マウスの脊髄小脳失調症1型(SCA1)モデルであるSCA1154Q/2Qノックインマウス(以下、単に「SCA1マウス」という。)(非特許文献15)を用いた。SCA1マウスは、異常伸長PolyQ蛋白質(154個のグルタミンからなるPolyQ鎖を有するアタキシン1の変異体)が、内因性レベルであり、かつ正確な時間的・空間的なパターンで発現しているノックインマウスであり、進行性の運動障害を含むヒト疾患の多くの側面を再現している。本実験で使用したSCA1マウスは、日本の国立大学法人東京医科歯科大学の渡瀬啓博士から供与された。
<アルギニンのBBB透過性>
アルギニンのBBB透過性を確認するために、野生型マウス及びSCA1マウスにアルギニンを経口投与し、脳と血清中のアルギニン量を測定した。
具体的には、まず、野生型マウス又はSCA1マウスに、ゾンデを用いて9時間、200μLの水、5質量%L−アルギニン水溶液、又は15質量%L−アルギニン水溶液を1時間に1回経口投与した。この期間内に投与されたL−アルギニンの総量は、それぞれ、2質量%L−アルギニン水溶液又は6質量%L−アルギニン水溶液を自由摂取させたマウスの1日当たりのL−アルギニンの総摂取量と等しかった(図示せず。)。マウスは、最終投与後から1時間経過後に、ペントバルビタールで麻酔し、腹部大動脈からの放血により安楽死させた。血液は血清を得るために1時間室温で静置した後に遠心分離処理した。脳は、10mLの生理食塩水で灌流した後に切除し、大脳半球に切断した。血清及び大脳は急速冷凍し、使用時まで−80℃で保存し、L−アルギニンの検出に供した。L−アルギニンの検出は、非特許文献16に記載されている二次元HPLCシステムを用いた方法に準じて行った。
SCA1マウスの大脳中のL−アルギニン量の測定結果を図15に、SCA1マウスの血清中のL−アルギニン量の測定結果を図16に、それぞれ示す。図中、「Water」は水を摂取させたマウスの結果を、「2%」は5質量%L−アルギニン水溶液を摂取させたマウスの結果を、「6%」は15質量%L−アルギニン水溶液を摂取させたマウスの結果を、それぞれ示す。両図の値は、平均値±標準誤差(n=3)を示し、「**」は「p<0.01」を、「***」は「p<0.001」を、それぞれ示す。マウスの血清及び大脳中のL−アルギニン量は、経口摂取させたL−アルギニンの量依存的に高くなっており(図15及び16)、経口摂取されたL−アルギニンがBBBを透過し、脳内のL−アルギニン量を増大させられることが確認された。
<SCA1マウスの機能に対するアルギニンの影響>
SCA1マウスに、3週齢から継続的に、飲料水に入れて6質量%のアルギニンを投与し(アルギニン処理)、ロータロッド試験、バランスビーム解析、及び脳内のPolyQ封入体解析を行い、アルギニンの治療効果を調べた。対照として、アルギニンを含まない水を飲料水としてSCA1マウスに与えた(アルギニン未処理)。
(1)ロータロッド試験
ロータロッド試験は、SCA1マウスの運動機能の評価のために従来から利用されてきた(非特許文献15)。SCA1マウスでは、4週齢で明らかな運動障害が観察され、この障害は、解析終了時の36週齢まで徐々に進行した。
ロータロッド試験は、マウスを、加速ロータロッド装置(Ugo Basile社製)にのせ、非特許文献17に記載されている方法に準じて行った。各マウスの回転棒から落下せずに歩くことができる時間(Latency)を経時的に測定した結果を図17に示す。図中、「WT Water」はアルギニンを含まない水を摂取させた野生型マウスの結果を示し、「WT Arg」はアルギニンを含む水を摂取させた野生型マウスの結果を示し、「SCA1 Water」はアルギニンを含まない水を摂取させたSCA1マウスの結果を示し、「SCA1 Arg」はアルギニンを含む水を摂取させたSCA1マウスの結果を示す。図の値は、平均値±標準誤差(n=16〜18)を示し、「**」は「p<0.01」を、「***」は「p<0.001」を、それぞれ示す。
図17に示すように、野生型マウスにアルギニンを投与しても、明らかな効果は発揮されなかったのに対して、6質量%アルギニンで処理したSCA1マウスの運動機能は、4週齢から12週齢において、未処理マウスよりも有意に改善されており、野生型の対照マウスに匹敵した。アルギニンの治療効果は、28週齢まで有意であった。なお、全てのマウスグループが同等量の液体を摂取したことが確認されており(図18)、飲料水中に含まれている6質量%のアルギニンは、野生型マウスとSCA1マウスの飲料水の自由摂取活動に対して影響を与えなかった。
(2)バランスビーム解析
運動協調性を評価するために、SCA1マウスにバランスビーム試験を行った。バランスビーム解析は、マウスを、直径15mm、長さ1mのビームを渡るために要する時間を測定することにより行った。ビームは、地上約50cmに設置されており、出発地点は明るい光があり、遠端が暗箱内にある。マウスは、最初の連続した3日間、それぞれ2回訓練され、落下したり戻ったりすることなくビームを横断することを学習した。テストの日には、マウスがビームを横断するのに要する時間を記録した。マウスが横断するのに60秒間以上必要だった場合には、スコアは60秒としてカウントした。各マウスについて2回の試行を行い、より速い横断時間を解析に供した。
図19に、28週齢のマウスがビームの横断に要する時間(Latency)の測定結果を示す。図中、「WT Water」、「WT Arg」、「SCA1 Water」、及び「SCA1 Arg」は図17と同じである。図の値は、平均値±標準誤差(n=16〜18)を示し、「**」は「p<0.01」を、「***」は「p<0.001」を、それぞれ示す。SCA1マウスでは、バランスビーム上での障害は、ロータロッドの障害と比較してより高齢でも観察された。28週齢では、未処理のSCA1マウスは、ビームを横断するために、未処理の野生型マウスと比較して2倍以上の時間が必要であった。アルギニン処理したSCA1マウスは、未処理のSCA1マウスと比較して有意に短時間で、ビームを横断することができた。これらの結果から、アルギニンを経口摂取させることによって、PolyQ病の動物の運動機能障害を改善することができた。
(3)封入体形成に対する影響
SCA1マウスの脳の封入体形成に対するアルギニンの効果を分析した。SCA1マウスでは、4週齢頃から神経内にPolyQ封入体(PolyQ蛋白質の凝集体)が形成されることが、大脳皮質及び海馬で明らかにされている(非特許文献15)。
脳切片中のPolyQ封入体は、免疫組織化学的分析により検出した。まず、非特許文献17に記載の方法に準じて、12週齢のSCA1マウスの脳の10μmの厚さの凍結切片を作製した。当該切片を、5%ヤギ血清と0.1%Triton X−100を含有するPBS中で、室温、1時間ブロッキングした後、ウサギ抗ユビキチン抗体(FK2クローン)と4℃で一晩インキュベートし、次いでAlexa Fluor 488結合ヤギ抗ウサギIgG抗体(1:1,000、Life Technologies社製)と室温で1時間インキュベートした。その後、当該切片を、退色防止用封入剤「Slowfade Gold antifade reagent with DAPI」(Life Technologies社製)でマウントし、共焦点レーザー走査顕微鏡「FV1000」(オリンパス社製)を用いて観察した。
共焦点レーザー走査顕微鏡により、抗ユビキチン抗体で染色された封入体が視認できる。そこで、共焦点レーザー走査顕微鏡を用いて観察し、視野に含まれている細胞をカウントし、全細胞数に対する封入体が形成されている細胞の割合(%)を測定した。なお、マウス1匹当たり平均3視野を観察し、かつ1視野当たり、大脳皮質では130個以上、海馬では70個以上の細胞をカウントした。測定結果を図20に示す。図中、「Water」はアルギニンを含まない水を摂取させたSCA1マウスの結果を示し、「Arg」はアルギニンを含む水を摂取させたSCA1マウスの結果を示す。図の値は、平均値±標準誤差(n=3又は4)を示し、「*」は「p<0.05」を示す。12週齢のSCA1マウスの脳切片の免疫組織化学的分析では、大脳皮質及び海馬において、PolyQ封入体の形成が確認された。アルギニン処理マウスでは、両領域において、封入体が形成されている細胞の割合が有意に少なくなっていた。
すなわち、SCA1マウスにアルギニンを経口投与することにより、運動機能障害が改善され、脳内のPolyQ封入体の形成が抑制される。これらの結果から、アルギニンはPolyQ病に対する治療効果があることが明らかである。
[実施例5]
<運動機能障害発症後のSCA1マウスに対するアルギニンの影響>
PolyQ病を含む神経変性疾患のための治療法を開発する上で考慮すべき重要な要因は、病理学的プロセスがすでに進行しており症状がでている時期に、治療効果を発揮するかどうかである。現在まで、ほとんどの前臨床試験において、治療剤候補物質は、PolyQ病マウスに対して、症状がでる前に予防的に投与されている。アルギニン投与が、症状がでている時期にも有効かどうかを評価するため、既に運動機能障害がみられる5週齢のSCA1マウスにアルギニンを投与した。
具体的には、SCA1マウスに、5週齢から継続的に、飲料水に入れて6質量%のアルギニンを投与し、ロータロッド試験を行い、アルギニンの治療効果を調べた。ロータロッド試験は、実施例4と同様にして行った。各マウスの回転棒から落下せずに歩くことができる時間(Latency)の測定結果を図21に示す。図21は、各マウスの回転棒から落下せずに歩くことができる時間の経時的変化を示した図である。図中、「WT Water」、「WT Arg」、「SCA1 Water」、及び「SCA1 Arg」は図17と同じである。図の値は、平均値±標準誤差(n=23〜25)を示し、「*」は「p<0.05」を示す。
図21に示すように、アルギニン処理前の5週齢のSCA1マウスは、野生型マウスと比較して回転棒から落下せずに歩くことができる時間が有意に短く、運動機能障害が観察された。その後、アルギニン処理を行ったSCA1マウスは、7週齢から19週齢までの間、未処理のSCA1マウスよりも回転棒から落下せずに歩くことができる時間が長く、運動機能障害が軽減されたことが示された。実際に、15週齢と19週齢では、アルギニン処理を行ったSCA1マウスと未処理のSCA1マウスの運動機能の差は、統計的有意に達していた(図21)。これらの結果から、アルギニンは、運動症状の発症後に投与を開始した場合でも、PolyQ病の神経学的表現型に対する治療効果を発揮すること、及びアルギニンがPolyQ病に対して予防のみならず治療剤としても非常に有望であることが明らかである。
<SBMAマウスの機能に対するアルギニンの影響>
全てのPolyQ病はそれぞれの原因蛋白質におけるPolyQ鎖の異常伸長から生じること、及び異常伸長PolyQ鎖自体に対するアルギニンの阻害効果から、アルギニンは、別のPolyQ病モデルマウスに対しても有効であるかを調べた。
別のPolyQ病モデルマウスとして、SBMAマウス(非特許文献18)を用いた。SBMAマウスは、97個のグルタミンからなる異常伸長PolyQ鎖を有するヒトアンドロゲン受容体の全長蛋白質が発現しており、進行性運動障害を示す。この運動障害は、薬物治療で戻すことができる(非特許文献19)。なお、本実験で使用したSBMAマウスは、日本の国立大学法人名古屋大学の祖父江元博士から供与された。
SBMAマウスの運動障害は、自発的な運動行動における障害として、ケージ内における水平行動や立ち上がりの挙動を測定することによりモニターできる(非特許文献18)。そこで、SBMAマウスに、3週齢から継続的に、飲料水に入れて6質量%のアルギニンを投与し(アルギニン処理)、12週齢の時点で水平行動や立ち上がりの挙動を観察し、アルギニンの治療効果を調べた。対照として、アルギニンを含まない水を飲料水としてSBMAマウスに与えた(アルギニン未処理)。
マウスの水平行動及び立ち上がりの挙動は、自発運動モニター「Supermex」(室町機械社製)を用いて、非特許文献18に記載の方法に準じて行った。具体的には、ケージ内に赤外線ビームが投射されている測定用ケージにマウスを入れて自由に行動させた。マウスが測定用ケージ内を移動すると、赤外線ビームが遮られて、受光部で赤外線を感知できなくなる(ビームブレイク)。このビームブレイクの回数を測定し、1分間当たりのビームブレイクの回数(counts/min)を求めた。水平方向の動きを検知する場合には、垂直方向に投射された赤外線ビームのビームブレイクの回数をカウントした。また、垂直方向の動き(マウスが後肢で立ち上がる動き)を検知する場合には、使用するマウスが四つ這いの姿勢では赤外線ビームが遮られず、立ち上がると遮られる高さで水平方向にビームを投射し、ビームブレイクの回数をカウントした。
水平行動の観察結果を図22に、立ち上がりの挙動の観察結果を図23に、それぞれ示す。図22〜23中、「WT Water」はアルギニンを含まない水を摂取させた野生型マウスの結果を示し、「WT Arg」はアルギニンを含む水を摂取させた野生型マウスの結果を示し、「SBMA Water」はアルギニンを含まない水を摂取させたSBMAマウスの結果を示し、「SBMA Arg」はアルギニンを含む水を摂取させたSBMAマウスの結果を示す。図の値は、平均値±標準誤差(n=23〜25)を示し、「**」は「p<0.01」を示す。
この結果、SBMAマウスをアルギニン処理することにより、水平行動と立ち上がりのいずれも、未処理の野生型マウスに匹敵したレベルにまで改善された。また、野生型マウスへのアルギニン処理は、効果は限定的であった。これらの結果から、アルギニンは、多数のPolyQ病モデルマウスに対して有効であり、さらに、PolyQ病一般に対する治療用分子として有効である可能性がある。

Claims (3)

  1. アルギニン若しくはその生理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物を有効成分とし、PolyQ病の治療又は予防に用いられる、医薬用組成物。
  2. 前記PolyQ病が、ハンチントン病、遺伝性脊髄小脳失調症、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症、又は球脊髄性筋萎縮症である、請求項1に記載の医薬用組成物。
  3. 前記PolyQ病が、遺伝性脊髄小脳失調症1型、遺伝性脊髄小脳失調症3型、又は球脊髄性筋萎縮症である、請求項1に記載の医薬用組成物。
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