JP7828213B2 - 金属板上の有機付着物のサンプリング方法および有機化合物の同定方法 - Google Patents

金属板上の有機付着物のサンプリング方法および有機化合物の同定方法

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Description

本発明は、金属板の表面に付着した、異物である微量の有機化合物を含む有機付着物のサンプリング方法および当該異物である有機化合物の同定方法に関する。
金属製品の品質向上のためには、その製造工程中に金属素材表面に付着した異物である微量の有機物質(以下有機付着物と呼ぶことがある。)の成分の同定は重要な課題である。特に、銅板や鋼板等の金属板や、それに表面処理を施した表面処理金属板の場合には、複数のプロセスを含む複雑な工程により製造されるため、汚染の原因となったプロセスを特定するためには、有機付着物の成分を同定する必要がある。
前記の有機付着物は、微小なスポット状や線状の形態で金属板の表面に付着している場合が多い。微量な有機物または微小領域の有機物の同定方法としては従来、例えば非特許文献1で開示されている顕微フーリエ変換赤外分光法(以下、顕微FT-IRと呼称する)や顕微ラマン分光法等が用いられている。顕微FT-IR測定においては通常、有機物の付着した板材等を顕微鏡下にセットし、顕微反射法や高感度顕微反射法等の反射法により測定を行う。しかし、反射FT-IR測定の場合、有機付着物の厚さが薄い場合には十分な赤外線の吸収強度が得られなくなる、また、付着している金属の表面粗さが大きいと金属表面で赤外線の乱反射が起こる等の理由により、明瞭な赤外線吸収スペクトルが得られず、有機付着物の成分特定が困難になる場合があった。
そのような場合には、顕微FT-IR測定に先立ち、有機付着物をサンプリングして濃縮する必要がある。特許文献1には、赤外線反射部材の表面に付されたフッ素系樹脂の薄膜上に測定試料の有機物を溶解した有機溶媒を滴下し、当該有機溶媒を揮発させて有機物を濃縮した後に顕微FT-IR測定を行う技術が開示されている。しかし、特許文献1には、異物である有機付着物を金属材料の表面からサンプリングする方法は開示されていない。
特開平4-348256号公報
日本赤外線学会誌,第5巻第2号,p.49-61(1995)
金属材料上の微小な有機付着物のサンプリングには従来、汎用のマイクロシリンジを用い、当該有機付着物を溶解もしくは分散させるための有機溶媒を手作業で有機付着物の上に滴下し、当該有機溶媒中に有機付着物を抽出した後に、有機溶媒の回収手段を用いて有機付着物を含む有機溶媒を回収していた。また、有機溶媒の液滴が濡れ広がると、回収の対象となる有機付着物以外の有機性汚染物(以下、コンタミネーションと呼称することがある。)も回収してしまうため、有機付着物の同定の精度が悪化するという問題があった。有機物の同定方法としては顕微鏡反射FT-IR測定の他に、例えば質量分析法(MS)もあるが、このような方法においても、測定試料である有機付着物をサンプリングする際に前記のコンタミネーションは問題である。
本発明において解決すべき技術課題とは、金属材料、特に板状の金属材料の表面に付着した微小な(上方からみたときの大きさが小さい)有機付着物を回収する際の汚染を低減したサンプリング方法、およびそのサンプリング方法を用いた有機付着物の同定方法を提供することである。
本発明者等が鋭意検討を行った結果、前記の有機溶媒の液滴の濡れ広がりによる有機付着物の同定精度の悪化は、顕微鏡観察下で、前記の有機溶媒回収手段である管状部材として、開口部の径が微小な部材を使用して有機付着物の溶解を行うことにより改善することができることを見出した。
以上の知見を基に、本発明者らは、以下に述べる本発明を完成させた。
すなわち、上述の課題を達成するために本発明においては、
(1)撥液処理を施した溶媒揮発部を設けた試料ステージと、顕微鏡観察システムと、加圧-減圧機構により有機溶媒の吐出および吸引を可能とした細管状部材とを有し、前記の試料ステージと前記の細管状部材とを顕微鏡観察システムの観察下で搬送機構により相対的に移動可能とした、金属板上に付着した有機化合物を含む有機付着物を有機溶媒で溶解した後に吸引するための装置を用いる、金属板上の有機付着物のサンプリング方法であって、
前記の細管状部材が有機溶媒の吐出と吸引とを行うための開口部を有する一つの部材であり、前記開口部の径は25μm以下であり、有機溶媒を注入した当該細管状部材を、顕微鏡観察下で試料ステージ上に載置した金属板表面の有機付着物の近傍に移動し、
圧力を加えることにより前記の細管状部材の内部の有機溶媒を前記の有機付着物の表面に吐出して有機溶媒の膜を形成して有機付着物を溶解した後、
前記の細管状部材の内部を減圧することにより、溶解した有機付着物を含む有機溶媒を前記の開口部から吸引し、
前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を含む前記の細管状部材を前記の溶媒揮発部の上に移動し、圧力を加えることにより前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吐出して前記の溶媒揮発部上で液滴を形成し、当該液滴の有機溶媒を揮発させることにより前記の有機付着物を濃縮する、金属板上の有機付着物のサンプリング方法が提供される。
また本発明においては、
(2)前記の細管状部材の開口部が前記の有機溶媒の液滴と接触している状態で有機付着物を溶解させる、上記(1)に記載のサンプリング方法が提供される。
また本発明においては、
(3)撥液処理を施した溶媒揮発部を設けた試料ステージと、顕微鏡観察システムと、有機溶媒の吐出または吸引を可能とした細管状部材とを有し、前記の試料ステージと前記の細管状部材とを顕微鏡観察システムの観察下で搬送機構により相対的に移動可能とした、金属板上に付着した有機化合物を含む有機付着物を有機溶媒で溶解した後に吸引するための装置を用いる、金属板上の有機付着物のサンプリング方法であって、
前記の細管状部材が、有機溶媒を有機付着物上に吐出するための開口部を有する吐出用部材と当該吐出した有機溶媒を吸引するための開口部を有する吸引用部材の一対の部材であり、前記吐出用部材の開口部の径が25μm以下であり、当該一対の細管状部材を顕微鏡観察下で試料ステージ上に載置した金属板表面の有機付着物の近傍に移動し、
加圧機構により圧力を加えることにより、有機溶媒を注入した前記の吐出用部材の内部の有機溶媒を前記の有機付着物の表面に吐出するとともに、前記の吸引用部材により前記の吐出された有機溶媒を吸引し、前記の有機付着物の表面に有機溶媒の流れを形成することにより前記の有機付着物を溶解し、
前記の吸引用部材により、溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吸引し、
前記の吸引用部材を前記の溶媒揮発部の上に移動し、前記の吸引用部材の内部の前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒に圧力を加えることにより、前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吐出して前記の溶媒揮発部上で液滴を形成し、当該液滴の有機溶媒を揮発させることにより前記の有機付着物を濃縮する、金属板上の有機付着物のサンプリング方法が提供される。
また本発明においては、
(4)撥液処理の施されていない溶媒揮発部を設けた試料ステージと、顕微鏡観察システムと、加圧-減圧機構により有機溶媒の吐出および吸引を可能とした細管状部材とを有し、前記の試料ステージと前記の細管状部材とを顕微鏡観察システムの観察下で搬送機構により相対的に移動可能とした、金属板上に付着した有機化合物を含む有機付着物を有機溶媒で溶解した後に吸引するための装置1、あるいは、撥液処理の施されていない溶媒揮発部を設けた試料ステージと、顕微鏡観察システムと、有機溶媒の吐出または吸引を可能とした細管状部材とを有し、前記の試料ステージと前記の細管状部材とを顕微鏡観察システムの観察下で搬送機構により相対的に移動可能とした、金属板上に付着した有機化合物を含む有機付着物を有機溶媒で溶解した後に吸引するための装置2を用いる、金属板上の有機付着物のサンプリング方法であって、
前記装置1を用いる場合、当該装置の前記の細管状部材が有機溶媒の吐出と吸引とを行うための開口部を有する一つの部材であり、前記開口部の径は25μm以下であり、有機溶媒を注入した当該細管状部材を、顕微鏡観察下で試料ステージ上に載置した金属板表面の有機付着物の近傍に移動し、圧力を加えることにより前記の細管状部材の内部の有機溶媒を前記の有機付着物の表面に吐出して有機溶媒の膜を形成して有機付着物を溶解した後、前記の細管状の部材の内部を減圧することにより、溶解した有機付着物を含む有機溶媒を前記の開口部から吸引し、前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を含む前記の細管状部材を前記の溶媒揮発部の上に移動し、圧力を加えることにより前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吐出して、前記の溶媒揮発部上で長径600μm以下に制御した液滴を形成し、当該液滴の有機溶媒を揮発させることにより前記の有機付着物を濃縮し、
前記装置2を用いる場合、当該装置の前記の細管状部材が、有機溶媒を有機付着物上に吐出するための開口部を有する吐出用部材と当該吐出した有機溶媒を吸引するための開口部を有する吸引用部材の一対の部材であり、前記吐出用部材の開口部の径が25μm以下であり、当該一対の細管状部材を顕微鏡観察下で試料ステージ上に載置した金属板表面の有機付着物の近傍に移動し、加圧機構により圧力を加えることにより、有機溶媒を注入した前記の吐出用部材の内部の有機溶媒を前記の有機付着物の表面に吐出するとともに、前記の吸引用部材により前記の吐出された有機溶媒を吸引し、前記の有機付着物の表面に有機溶媒の流れを形成することにより前記の有機付着物を溶解し、前記の吸引用部材により、溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吸引し、前記の吸引用部材を前記の溶媒揮発部の上に移動し、前記の吸引用部材の内部の前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒に圧力を加えることにより、前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吐出して、前記の溶媒揮発部上で長径600μm以下に制御した液滴を形成し、当該液滴の有機溶媒を揮発させることにより前記の有機付着物を濃縮する、金属板上の有機付着物のサンプリング方法が提供される。
また本発明においては、
(5)前記(1)~(4)のいずれかに記載の金属板上の有機付着物のサンプリング方法を用い、前記の試料ステージ上の溶媒揮発部に形成された、前記の有機付着物の濃縮物を顕微反射フーリエ変換赤外分光法で測定する、前記有機付着物を構成する有機化合物の同定方法が提供される。
本発明のサンプリング方法を用いることにより、板状の金属材料の表面に付着した微小な有機付着物を同定することが可能になる。
本発明の第一の実施形態における、有機付着物の抽出操作の形態を示す模式図である。 本発明の第二の実施形態における、有機付着物の抽出操作の形態を示す模式図である。 本発明の実施に用いた装置の一部および操作状況を示す写真である。 実施例1の疑似シミ1~4について、顕微FT-IR測定により得られた赤外吸収スペクトルである。 本発明のサンプリング方法を用いて得られた、実施例1の疑似シミ3および4の有機付着物を溶解・抽出して得られた蒸発乾固物の顕微FT-IR測定により得られた赤外吸収スペクトルである。 実施例2にて、指紋を近くに付着させた疑似シミ4-2に対し、有機付着物の抽出方法を変えた時に得られた赤外吸収スペクトルである。 実施例3にて、疑似シミの有機付着物をポリカーボネートに変えた時に得られた赤外吸収スペクトルである。 実施例3にて、疑似シミの有機付着物をポリメタクリル酸メチルに変えた時に得られた赤外吸収スペクトルである。 実施例4にて、再抽出を行ったことによる赤外吸収スペクトルの変化を示す図である。 実施例5にて、成分が未知のサンプルについて得られた赤外吸収スペクトルである。 実施例6にて、成分が未知のサンプルについて得られた赤外吸収スペクトルである。 実施例6にて、再抽出を行ったことによる赤外吸収スペクトルの変化を示す図である。 実施例7にて、撥液処理を施さない溶媒揮発部を用いて形成した濃縮物について得られた赤外吸収スペクトルである。
[サンプリング対象試料]
本発明の有機付着物のサンプリング方法の対象試料は、有機物が付着した金属板である。これにおける有機付着物は、有機化合物だけで構成されるものでも、無機物との混合物であってもよい。有機化合物は1種類でも複数種類の混合物でもよい。前記金属板の構成材料は特に限定するものではないが、有機付着物の溶解に用いる有機溶媒に溶解せず、当該有機溶媒に対する濡れ性の高い金属である場合に発明の効果を好適に発揮する。なお金属板がめっき製品など、金属の積層体である場合には、有機付着物が付着している表面の金属種が重要である。前記金属板(積層体である場合は表面の金属層)の構成材料の例としては、銅、銅合金、銀、スズが挙げられる。
本発明の有機付着物のサンプリング方法はまた、いかなる大きさの有機付着物に対しても適用することが可能であるが、微小な有機付着物、例えば、微小なスポット状の有機付着物の場合には、その直径(外接円の直径)が3mm以下、幅の狭い線状の有機付着物の場合には、その幅が3000μm以下、程度のものに適用する場合に発明の効果を好適に発揮する。なお前記幅とは、有機付着物が金属板上で構成する平面形状の輪郭の各点に対する法線(輪郭の各点における接線に直交する直線)が、当該平面図形内を通る長さの最小値である。
[試料ステージ]
本発明の有機付着物のサンプリング方法においては、試料ステージ上に、後述する表面に撥液処理を施した溶媒揮発部を設ける。有機付着物の同定方法として、顕微FT-IRを用いる場合には、試料ステージとして赤外線反射部材からなるものを用いると、本発明のサンプリング方法を実施したステージをそのまま顕微鏡反射FT-IRに供することができるので、好ましい。サンプリングの際には、異物である微小な有機物が付着したサンプリング対象試料を、当該溶媒揮発部の近くに載置することが、操作性の観点から好ましい。なお、本発明のサンプリング方法においては特に限定するものではないが、前記の溶媒揮発部およびサンプリング対象試料の近くに、有機付着物の溶解に用いる有機溶媒を貯留した容器を配置することが、操作性の観点から好ましい。当該試料ステージは、後述する細管状部材に対して相対的に移動を可能とする必要があるが、試料ステージを可動とする場合には、少なくとも二軸方向に移動可能なものを用いる。
[顕微鏡観察システム]
本発明の有機付着物のサンプリング方法では、後述する細管状部材の移動および細管状部材からの有機溶媒の吐出および溶解した有機付着物を含む有機溶媒の吸引は、顕微鏡観察システムによる観察下で行う。その場合、顕微鏡の視野内の映像をCRTディスプレイ等の表示装置に表示させても構わない。従来、有機付着物と前記の細管状部材の相対的な位置合わせは目視で、手作業で行っていたが、目視の場合、有機付着物が微小な場合には、前記の相対的位置合わせの精度が悪くなり、測定対象の有機付着物のそばにあるコンタミネーションをサンプリングする可能性が増大する。
また顕微鏡観察システムは、以下で説明する細管状部材をセットして当該部材の操作を精密に制御することを可能とするためのアームを備えていることが好ましい。また位置記憶機能及び記憶した位置への移動機能を有する顕微鏡観察システムであれば、あらかじめ細管状部材に注入する有機溶媒を収容した容器や有機付着物をサンプリングする箇所や溶媒揮発部の座標を記憶させて、それに基づいて細管状部材やステージを移動させることができるようにしておくことが、操作性の観点からより好ましい。
有機付着物の同定に顕微FT-IRを用いる場合には、顕微鏡観察システムに当該測定に用いる顕微鏡を用いても良い。
[細管状部材]
本発明の有機付着物のサンプリング方法では、微小な有機付着物を有機溶媒で溶解して回収するために、加圧-減圧機構により有機溶媒の吐出および/または吸引を可能とした細管状部材を用いる。当該細管部材としては、バイオテクノロジー分野でマイクロインジェクションに用いられる、ピストン付きのマイクロピペット等を用いることができる。当該マイクロピペットには圧力調整機構としてのゴム球を装着してもよい。
ここで、マイクロピペットとは、外径が約1mm程度のガラス管の一端を、外側に向かって先細りとなるようにテーパ形状に加工したものであり、吐出口または吸引口となる先端の開口部の開口径(以下開口径ともいう)は通常25μm以下であり、微細な液滴を吐出してコンタミを防止する観点およびマイクロピペットのコストの観点から、開口径は、好ましくは2~18μmであり、より好ましくは5~12μmである。なお前記開口部の開口形状は、円形であることが好ましい。本発明の有機付着物のサンプリング方法においては、溶媒量があまりに微量だと操作中に揮発してしまうため、容量が5×10-4μL以上のものを使用する。細管状部材としてマイクロピペットを使用する場合、本発明においてはその容量の上限を特に規定するものではないが、溶媒中の微量の不純物もスポット状に残り顕微FT-IRにて検出される可能性がある観点から、容量が50μL以下のものを使用することが好ましい。
このような小さな開口部を有する細管状部材を用いて、これを有機付着物の近傍に移動し、有機溶媒を有機付着物に対して吐出する。前記「近傍」については、吐出された有機溶媒が有機付着物に接触する位置であればよく、開口部が有機付着物に接触してもよい。また、有機付着物が有機溶媒に対して溶解しなくとも、有機溶媒中に、前記細管状部材の開口径より寸法の小さな粒子にばらけて分散すれば、吸引用の細管状部材(以下吸引用部材ともいう)で吸引することができる。以降、本明細書では、このような溶解もしくは分散を、単に「溶解」と表記する。
本発明のサンプリング方法においては、前記の試料ステージと前記の細管状部材の位置関係を相対的に移動する必要がある。その場合、細管状部材を移動可能として試料ステージを固定としても、細管状部材を固定として試料ステージを移動可能としても良い。いずれの場合でも、サンプリングの位置的な精度を高めるために、移動可能とした前記の細管状部材または前記の試料ステージは、搬送機構を用いて機械的に移動させる。搬送手段としては、公知の搬送手段を用いれば良い。
[溶媒揮発部]
本発明の有機付着物のサンプリング方法では、溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吸引した細管状部材を、溶媒揮発部の上に移動し、前記有機溶媒を溶媒揮発部に吐出し、形成された液滴から有機溶媒を揮発させて、有機付着物を蒸発乾固(濃縮)する。当該溶媒揮発部として、後述のように、撥液処理を施さない状態の試料ステージ表面を用いることができるが、操作の迅速性が要求される場合には、表面に撥液処理を施したものを用いることが好ましい。なお溶媒揮発部は、試料ステージ上に金属板を配置する位置の近くにあることが、操作の簡便性から好ましい。
また前記の撥液処理とは、有機付着物を溶解する有機溶媒を弾くための処理を指す。撥液処理の方法としては、特許文献1に開示されている方法や、例えば特開2008-203020号公報に開示されている、基板上にフッ素系樹脂の薄膜(当該薄膜が撥液性を示す)を形成する方法等、公知の方法を用いることができる。また、撥液処理は試料ステージ表面に直接施すのではなく、市販の撥液処理を施したプレートを試料ステージに載置することにより代替することが可能である。そのような撥液処理を施したプレートとしては、例えば(株)東レリサーチ社製ピンポイント濃縮プレート(2020-01)等を用いれば良い。
溶媒揮発部に撥液処理を施すのは、当該溶媒揮発部の有機溶媒に対する濡れ性を低下させることにより、当該溶媒揮発部上に形成された、溶解した有機付着物を含む有機溶媒の液滴が濡れ広がらず、小さな液滴の状態を保ったまま有機溶媒を揮発させるためである。その状態で有機溶媒を揮発させると、揮発後に残る有機付着物の蒸発乾固物(濃縮スポット)のスポット径が小さくなり、当該蒸発乾固物の厚みが増すために、例えば顕微FT-IR測定を行った際の赤外線の吸収強度が増大する。
なお本発明では、有機付着物上に有機溶媒を吐出する手段として、上述の通り開口径の小さい細管状部材を用いるが、この細管状部材を使って、有機付着物を溶解した有機溶媒を少しずつ吐出すれば、吐出される部位が上記溶媒揮発部のように撥液処理されていなくとも、吐出により形成される液滴がそれほど大きくならない。具体的には、液滴の長径(外接円の直径)を600μm以下程度(通常30μm以上)に制御することができる。
このように小さな液滴の有機溶媒を揮発させれば、撥液処理された溶媒揮発部で揮発させた場合ほどではないものの、相応の厚みのある、顕微FT-IR測定で物質を同定しうる、有機付着物の濃縮物が得られる。この態様は、高価な撥液処理された溶媒揮発部を必要としない点で有利である。また、撥液処理された溶媒揮発部を使用する場合でも、上記のように液滴を小さく制御すれば、液滴を形成する箇所を変えることで、一つの溶媒揮発部(プレート)で何度も本発明のサンプリング方法を実施することができる。
本発明の有機付着物のサンプリング方法においては、前記の細管状部材の使用方法にしたがって、以下に記述する二つの実施態様を取ることができる。なお、本発明の実施の態様は、後述する二つの実施形態のみに限定されるものではない。
[第一の実施形態]
本発明の有機付着物のサンプリング方法の第一の実施形態においては、有機溶媒の吐出用と吸引用を兼ねた、一本の細管状部材を使用する。この実施態様においては、予め有機付着物を溶解するための有機溶媒を注入した細管状部材を、顕微鏡観察下で搬送手段を用いて有機付着物の近傍に移動した後、加圧-減圧機構を用い、圧力を加えることで当該有機付着物の表面に有機溶媒を吐出することにより有機溶媒の液滴からなる膜を形成する。なお、加圧-減圧機構を用いなくても、有機溶媒の蒸発による内圧の増加により細管状部材から有機溶媒を吐出させることが可能な場合もあるが、その場合も加圧-減圧機構を用いたとみなす。
有機付着物の表面に有機溶媒の膜を形成した後は、好ましくは、当該有機溶媒の膜と、前記の細管状部材の吐出口である開口部が接触した状態を保ちながら、有機溶媒の膜の中に有機付着物を溶解させる。有機溶媒の膜と細管状部材の吐出口が接触した状態を保つと、当該有機物の膜の濡れ広がりを防止し、液滴状の状態を長く保つことができる。なお本発明のサンプリング方法の実施においては、有機付着物がどのような物質であるかは不明であり、極性などの物性が異なる複数種類の有機溶媒を使用して、当該溶媒により有機付着物を溶解できるかを試行することとなる。本発明において使用できる有機溶媒の例としては、トルエン、アセトニトリル、アセトン、イソプロパノール等が挙げられる。
有機付着物の溶解を所定の時間行った後、加圧-減圧機構を用いて細管状部材の内部を減圧し、溶解した有機付着物を含む有機溶媒を、前記の吐出口、この場合は吸引口、から細管状部材内に吸引する。有機付着物を溶解するための時間は、金属材料の表面状態、有機付着物の性質および溶解に用いる有機溶媒の種類によって変化する。通常の金属材料の場合、有機溶媒が吐出されてから吸引までの時間(溶解時間)は0.5~5秒程度である。
溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吸引した後、細管状部材を溶媒揮発部の上に移動し、細管状部材の内部に圧力を加え、前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を溶媒揮発部に吐出して溶媒揮発部上に液滴を形成し、有機溶媒を揮発させることにより、有機付着物の蒸発乾固物(濃縮スポット)を得る。そのようにして得られた有機付着物の量が同定に不十分な場合や、線状の有機付着物の場合には、サンプリング位置を変えながら、前記の抽出操作を繰り返す。
図1に、第一の実施形態における抽出操作の形態を模式的に示す。
[第二の実施形態]
本発明の有機付着物のサンプリング方法の第二の実施形態においては、有機付着物を溶解するための有機溶媒の吐出を行う細管状部材(以下吐出用部材ともいう)と、溶解した有機付着物用を含む有機溶媒を吸引する吸引用部材の、二本の細管状部材を使用する。この実施態様においては、予め有機付着物を溶解するための有機溶媒を注入した吐出用部材と吸引用部材とを、顕微鏡観察下で搬送手段を用いて有機付着物の近傍に移動した後、吐出用部材の内部を加圧することにより、吐出用部材の吐出口から当該有機付着物の表面に有機溶媒を吐出するとともに、吸引用部材の内部を減圧し、有機付着物表面に吐出された有機溶媒を吸引口から吸引することにより、前記の吐出用部材の吐出口から前記の吸引用部材の吸引口まで、有機付着物の表面に有機溶媒の連続的な流れを形成し、その有機溶媒の流れの中に有機付着物を溶解することにより有機付着物を抽出する。その場合、吐出用部材の開口径が小さいため形成される液滴が小さいことに加えて、有機溶媒の吐出と吸引とを同時に行うため、有機溶媒の濡れ広がりをさらに効果的に防止することができる。前記の連続的な流れを形成するため、また有機付着物を溶解させる場を提供する観点から、吐出用部材の吐出口と吸引用部材の吸引口との間の距離は、5~500μmの範囲にあることが好ましい。
なお吸引用部材による吸引について、減圧を行わなくとも数秒間は毛細管現象により吐出された有機溶媒を吸引することができる。後述する有機付着物を連続的に抽出する場合には、吸引をより長く継続することになり、減圧が必要である。また吸引用部材の吸引口の開口径については、有機溶媒の吐出と吸引を同時に行うことを容易とする観点から、吐出用部材の吐出口の開口径の、50~200%程度の大きさであることが好ましい。
また、加圧機構を用いなくても、有機溶媒の蒸発による内圧の増加により吐出用部材から有機溶媒を吐出させることが可能な場合もあるが、その場合も加圧機構を用いたとみなす。
有機付着物の溶解を所定の時間行った後、溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吸引した吸引用部材を溶媒揮発部の上に移動し、吸引用部材の内部に圧力を加え、前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を溶媒揮発部に吐出して溶媒揮発部上に液滴を形成し、有機溶媒を揮発させることにより、有機付着物の蒸発乾固物(濃縮スポット)を得る。なお溶媒揮発部は、原則撥液処理が施されたものを用いるが、開口径が吐出用部材の開口径のように小さい吸引用部材を用いて、有機付着物を溶解した有機溶媒を当該吸引用部材から少しずつ吐出して、形成される液滴の長径を600μm以下程度(通常30μm以上)に制御すれば、溶媒揮発部が撥液処理されていなくてもよいことは、第一の実施形態の場合と同様である。
その場合、溶媒揮発部への移動は、吸引用部材のみで行っても、吸引用部材と吐出用部材を一対で同時に行っても良い。有機付着物を溶解するための時間は、金属材料の表面状態、有機付着物の性質および溶解に用いる有機溶媒の種類によって変化するが、有機付着物の溶解状況を顕微鏡観察することにより、適宜設定すれば良い。
第二の実施形態の利点は、吐出用部材と吸引用部材とを、有機溶媒の吐出-吸引を実施しながら一対で移動することにより、例えば線状の有機付着物をその長さ方向に沿って連続的に抽出することが可能なことである。
図2に、第二の実施形態における抽出操作の形態を模式的に示す。
[有機付着物中の有機化合物の同定]
前記の有機付着物のサンプリング方法により得られた蒸発乾固物を測定試料とすることにより、極微量の有機付着物の成分(有機化合物)の定性分析が可能になる。微量の有機付着物の成分の同定には、顕微FT-IR、顕微ラマン分光法、微小領域X線光電子分光法(μ-XPS)、マイクロサンプリング質量分析(μ-MS)等の微小部分析法(マイクロアナリシス)を用いることが可能である。これらの中でも、大気中で測定可能で測定装置が安価であり、かつ、有機官能基の情報が得られるために有機付着物の化学構造の特定が容易である、顕微FT-IR測定を用いることが好ましい。
なお、本発明の好ましい実施態様においては、溶媒揮発部として表面に撥液処理を施した赤外線反射部材を用い、顕微FT-IR測定により有機付着物の成分の同定を行うが、赤外線反射部材としては、赤外線を吸収しない材料であれば、金属等、どのような材料を用いても構わない。また、溶媒揮発部として赤外線に透明な部材を用いると、透過型の顕微FT-IR測定を行うことも可能である。
[本発明のサンプリング方法・同定方法の運用]
以上説明した本発明のサンプリング方法及び同定方法の具体的な運用の形態について、一例を挙げて説明する。
単一の物質か複数の物質の混合物か不明のサンプリング対象物質が付着した金属板について、本発明のサンプリング方法を実施する。使用する有機溶媒としては標準品を予め定めておき、これで前記対象物質が溶解すれば、次の操作である溶媒揮発部への吐出へと進む。一方前記対象物質の少なくとも一部が溶解しない場合は、極性の異なる各種の有機溶媒を使用して、残存物の溶解を試みる。以上の試行錯誤を経て、対象物質の少なくとも一部が有機溶媒に溶解しなかった場合、その溶解しなかったものは、有機溶媒に溶解しない有機物か無機物であると考えられる。極性の異なる2種類程度の有機溶媒を標準品として定めておけば、多くのサンプリング対象物質に対応することができる。
次に、対象物質の少なくとも一部が溶解した場合、その溶解物を含む有機溶媒Aを溶媒揮発部に吐出して有機溶媒を揮発させ、濃縮物1を得る。その濃縮物1について、有機溶媒Aとは極性の異なる有機溶媒Bで溶解を試みる。これによって濃縮物1の一部が残存し、一部が溶解したならば、前記濃縮物1には複数種類の有機化合物が含まれていたことになり、残存物と、有機溶媒Bに溶解したものから生成させた濃縮物2とのそれぞれについて、有機物の同定を実施することができる。なお残存物については、前記の残存物を有機溶媒Aで溶解し、溶媒揮発部に吐出して溶媒を揮発させて濃縮物にすることで、厚みを大きくしたうえで前記の同定に供することが好ましい。
一方、有機溶媒Bで濃縮物1が全て溶解した場合には、その有機溶媒Bを吐出して溶媒を揮発させて濃縮物1に戻し、有機溶媒AともBとも極性の異なる有機溶媒Cで溶解を試みる。これによって濃縮物1の一部が残存し、一部が溶解したならば、前記濃縮物1には複数種類の有機化合物が含まれていたことになり、残存物と、有機溶媒Cに溶解したものから生成させた濃縮物3とのそれぞれについて、有機物の同定を実施することができる。なお残存物については、前記の残存物を有機溶媒Bで溶解し、溶媒揮発部に吐出して溶媒を揮発させて濃縮物にすることで、厚みを大きくしたうえで前記の同定に供することが好ましい。
一方、有機溶媒Cによっても濃縮物1が全て溶解した場合には、濃縮物1を溶解した有機溶媒Cを吐出して溶媒を揮発させて濃縮物1に戻し、有機物の同定を実施することができる。この同定によって有機物が特定できなかった場合、さらに別の有機溶媒Dによって、濃縮物1の一部を溶解して残存物と溶解物に分離することを試みてもよい。
なお、以上の運用の最初に用いる有機溶媒Aとしては、有機溶媒BとCの混合溶媒(有機溶媒BとCの質量割合は40:60~60:40程度)を用いることができる。
[顕微FT-IR測定]
顕微FT-IR測定には、Thermo Fisher Scientific社製赤外分光装置赤外顕微システム(Nicolet 4700, Continuμm)を用いた。試料ステージにはMicro Support社製アクシスプロSSマイクロスコープ一体型マニピュレーターを用い、(株)東レリサーチ社製ピンポイント濃縮プレート(2020-01)(撥液処理されている)を試料ステージ上に載置して溶媒揮発部とした。細管用部材としては、10μm径の円状口径のマイクロピペット(Micro Support社製、マイクロピペット、先端内径10μm(10本)、型式:MP-010、容量10μL、以下10μmマイクロピペットともいう)を用いた。図3に、本発明の実施に用いた装置の一部および操作状況を示す。
[実施例1]
泰豊トレーディング(株)社製のCu板(板厚1mm)を2~3cm角に切断したものを、関東化学(株)社製Primepure純度(純度99.9質量%以上)のトルエン中で2分間超音波処理し、ブロワーで乾燥した後、その表面上に疑似的な有機付着物(以下疑似シミと呼称する)を形成したものを供試材とした。疑似シミの形成方法は以下の通りである。
関東化学(株)社製の粉末状のステアリン酸アミド(鹿一級、純度90質量%以上)10mgを精密天秤で秤量し、超音波洗浄機を用いて100mLの前記トルエンに溶解して溶液1とした。続いて、10mLの溶液1にトルエン10mLを加えて溶液2とした。さらに、10mLの溶液2にトルエン10mLを加えて溶液3とし、10mLの溶液3にトルエン10mLを加えて溶液4とした。
前記の方法で調製した溶液1~4を、SGE Analytical Science Pty.社製の10μLシリンジ(内径は170μm、以下170μmシリンジともいう)を用い、前記のCu板の表面に滴下した後自然乾燥を行い、ステアリン酸アミドからなる円環状の疑似シミ1~4を得た。当該円環状の疑似シミは、直径が10mm程度、円環(輪郭部分)の幅が50~200μm程度のものである。
図4に、前記の方法により得られた疑似シミ1~4について、通常の顕微FT-IR測定により得られた赤外吸収スペクトルを示す。なお、2300cm-1付近に現れる吸収ピークは、大気中のCOを吸収したことに基づくピークである。また、図中には、前記の顕微FT-IR測定装置に付属した測定結果処理用のコンピュータに内蔵されたライブラリ中のステアリン酸アミドの標準スペクトル(リファレンススペクトル)も示している。また縦軸は標準スペクトルについての反射率を示しており、例えば疑似シミ4について、図4に示された全波数領域において反射率が115程度であったわけではない(以下、同じ)。図4の結果から、前記の方法で形成した疑似シミの場合、通常の顕微FT-IR測定では疑似シミ3および4の付着物の成分が同定できないことが定性的に判る。
疑似シミ3および4については、赤外線を低角度で入射する高感度顕微FT-IR測定も行ったが、サンプルのCu板の表面粗さの影響により、明瞭な赤外吸収スペクトルが得られなかった。
続いて、疑似シミ3および4に係る有機付着物の抽出操作を、10μmマイクロピペットを二本用い、本発明の第二の実施態様で行った。なお、有機付着物を抽出する有機溶媒としては、前記のトルエンを用い、抽出操作はシミの円環(輪郭部分)に沿っておよそ円環の1/8程度の長さにわたり移動しながら行った。
上記のマニピュレーターの試料ステージ上に、疑似シミの付着したCu板と、Thermo Fisher Scientific社製Au蒸着板の上に前記のピンポイント濃縮プレートと有機溶媒収容用のAlパンをカーボンテープで貼り付けたものを並べて載置した。なお、抽出操作に当たっては、操作(溶媒吸入・抽出・濃縮)の迅速性を確保するために、試料、Alパンおよび溶媒揮発部の座標を、予め操作コンピュータに入力しておき、当該座標に基づきステージを種々移動させた。そして、マニピュレーターにおけるマイクロスコープの拡大倍率を200倍として操作部を観察しながら、以下の操作を行った。
マニピュレーターの両腕に取り付けた、圧力調整機構を有するMicro Support社製の10μmマイクロピペットの内、吐出用部材として使用する10μmマイクロピペット1でAlパン内に収容したトルエンを吸入した後、有機付着物を抽出する箇所に一対の細管状部材を移動し、吐出用部材の10μmマイクロピペット1の吐出口を疑似シミに接触させた後、当該有機溶媒の蒸発による内圧上昇を利用し、10μmマイクロピペット1内の有機溶媒を自然吐出させた。それと同時に、吐出された溶媒に吸引用の10μmマイクロピペット2を接触させ、マイクロインジェクター付属のシリンジを用いて10μmマイクロピペット2内を負圧にして有機溶媒を吸引した。これにより、有機付着物の表面に有機溶媒の流れを形成した。なお、前記の吐出および吸引を連続的に行いながら、試料ステージを移動させて抽出場所を変えながら、有機付着物を連続的に溶解して吸引した。また、10μmマイクロピペット1の吐出口と10μmマイクロピペット2の吸入口間の距離はおよそ20μm程度とした。
抽出操作を終了した後、細管状部材をピンポイント濃縮プレート上に移動し、吸引用部材の10μmマイクロピペット2の吸引口をピンポイント濃縮プレートに接触させ、マイクロインジェクター付属のゴムまりを用い、10μmマイクロピペット2内の有機溶媒をピンポイント濃縮プレート上に吐出し、有機溶媒を揮発させることにより、有機付着物の蒸発乾固物(濃縮スポット)を得た。なお、吐出の際に濃縮プレート上に広がった液滴の長径は最大1mm程度であった。得られた濃縮スポットの直径は、疑似シミ3および4のいずれの場合も100μm程度であり、その濃縮スポットに対し、前記のFT-IR測定装置を用い、顕微FT-IR測定を行った。図5に、疑似シミ3および4について得られた赤外吸収スペクトルを示す。図から明らかなように、得られた赤外吸収スペクトルはステアリン酸アミドのそれに概ね一致しており、本発明の有機付着物のサンプリング方法を用いることにより、通常の顕微FT-IR測定では不可能であった、有機付着物の同定が可能になった。
[実施例2]
上記の溶液4を用い、実施例1と同じ手順でCu板上に円環状の疑似シミを形成した後、その近くに指紋を3点付着させ、疑似シミ4-2とした。顕微鏡観察により確認したところ、付着した指紋と円環との距離は500μm~1mm程度であった。その疑似シミに対し、付着した指紋の近くで、(1)上記170μmシリンジ1本を使った目視、手操作による有機付着物の抽出、(2)10μmマイクロピペット1本を使った第一の実施形態による有機付着物の抽出、および(3)10μmマイクロピペット2本を使った第二の実施形態による有機付着物の抽出をそれぞれ行い、有機付着物の蒸発乾固物(濃縮スポット)を得た後、顕微FT-IR測定を行った。なおいずれの抽出操作も前記トルエンを用いて行った。また(1)の操作で得られた濃縮スポットは300μm径程度、(2)および(3)の操作で得られた濃縮スポットは100μm径程度であった。図6に、得られた蒸発乾固物に対して行った、顕微FT-IRの測定結果を示す。
前記(1)の目視、手操作による抽出の場合には、吐出用部材と吸引用部材を兼ねた1本の170μmシリンジを用いて抽出操作を行い、その際に顕微鏡観察は行わなかった。上記(3)の第二の実施形態による有機付着物の抽出の手順は実施例1に記載の手順と同じであり、およそ円環の1/8程度の長さにわたり移動しながら行った。上記(2)の本発明の第一の実施形態による有機付着物の抽出については以下に示す手順で行った。
まず上記のマニピュレーターの試料ステージ上に、疑似シミの付着したCu板と、Thermo Fisher Scientific社製Au蒸着板の上に前記のピンポイント濃縮プレートと有機溶媒収容用のAlパンをカーボンテープで貼り付けたものを並べて載置した。なお、抽出操作に当たっては、操作(溶媒吸入・抽出・濃縮)の迅速性を確保するために、試料、Alパンおよび溶媒揮発部の座標を、予め操作コンピュータに入力しておき、当該座標に基づきステージを種々移動させた。そして、マニピュレーターにおけるマイクロスコープの拡大倍率を200倍として操作部を観察しながら、以下の操作を行った。
マニピュレーターの片腕に細管状部材として圧力調整機構を有するMicro Support社製の10μmマイクロピペットを取り付け、10μmマイクロピペットでAlパン内に収容したトルエンを吸入した後、有機付着物を抽出する箇所に10μmマイクロピペットを移動し、10μmマイクロピペットの吐出口を疑似シミ4-2に接触させた後、マイクロインジェクター付属のゴムまりを握り10μmマイクロピペット内の有機溶媒の一部を吐出させた。その後ゴムまりを離して10μmマイクロピペット内に有機溶媒を負圧吸引した。吐出から吸引までの所要時間はおよそ1秒で、10μmマイクロピペットの吐出口を液滴に接触させたまま操作を行った。またCu板上に広がる液滴の長径が最大400μm程度となるよう吐出量を調整したが、この液滴の広がった範囲が抽出を行った範囲とみなせる。
抽出操作を終了した後、細管状部材をピンポイント濃縮プレート上に移動し、細管状部材である10μmマイクロピペットの吐出口をピンポイント濃縮プレートに接触させ、ゴムまりを用い、10μmマイクロピペット内の有機溶媒をピンポイント濃縮プレート上に吐出し、有機溶媒を揮発させることにより、有機付着物の蒸発乾固物(濃縮スポット)を得た。なお、吐出の際に濃縮プレート上に広がった液滴の長径は最大1mm程度であった。濃縮プレート上に広がる液滴の長径がCu板上に広がる液滴の長径より大きいのは、抽出操作での吐出と異なり、ピペット内にあらかじめ吸入していた溶媒を濃縮プレート上に全て吐出したためである。
図6において、目視、手操作で170μmシリンジを用いて抽出を行った場合に得られた赤外吸収スペクトルには、ステアリン酸アミド起因の吸収ピーク以外に、複数の吸収ピークが観察された。抽出操作の終了後に顕微鏡観察を行ったところ、200μm程度の円環の幅に対し、滴下した有機溶媒が直径3000μm程度まで濡れ広がっていたことが観察されたので、円環のそばに付着した指紋からのコンタミネーションも抽出したものと考えられる。
それに対し、第一の実施形態および第二の実施形態で抽出操作を行った場合には、ステアリン酸アミド起因の吸収ピークのみが観察されたので、本発明の有機付着物のサンプリング方法の効果は明らかである。
[実施例3]
市販品の棒状のポリカーボネート(アズワン(株)社製)をカッターで細かく切断したもの約10mgを精密天秤で秤量し、超音波洗浄機を用いて100mLの前記トルエンに溶解して溶液5とした。10mLの溶液5にトルエン10mLを加えて溶液6とした。さらに、10mLの溶液6にトルエン10mLを加えて溶液7とし、10mLの溶液7にトルエン10mLを加えて溶液8とした。また、粉末状のポリメタクリル酸メチル(KULZER社製Technovit 4004 Powder、純度95質量%)を精密天秤で約10mg秤量し、超音波洗浄機を用いて100mLのアセトン(関東化学(株)製、Primepure純度(純度99.9質量%以上))に溶解し、溶液9とした。10mLの溶液9にアセトン10mLを加えて溶液10とした。さらに、10mLの溶液10にアセトン10mLを加えて溶液11とし、10mLの溶液11にアセトン10mLを加えて溶液12とした。溶液8および12を用い、実施例1と同様な手順で円環状の疑似シミ5および6を形成した。その場合、疑似シミ5および6の円環状のシミはいずれも、直径が10mm程度、円環(輪郭部分)の幅が200μm程度のものであるが、連続したものではなく、大きさ100μm径程度の島状のシミが点在したものとなった。得られた疑似シミ5および6に対し、疑似シミ5に対しては有機溶媒としてトルエンを、疑似シミ6に対しては有機溶媒としてアセトンを用いて、実施例1に記載した第二の実施形態の手順で抽出操作を行ったところ、いずれも直径100μm程度の有機付着物の蒸発乾固物(濃縮スポット)が得られた。なお、抽出操作はいずれもシミの円環に沿っておよそ円環の1/4程度の長さにわたり移動しながら行った。図7に、有機付着物の種類をポリカーボネートとした場合(疑似シミ5の場合)に、図8に、有機付着物の種類をポリメタクリル酸メチルとした場合(疑似シミ6の場合)に、得られた蒸発乾固物に対して行った、顕微FT-IRの測定結果を示す。なお、図7および8には、抽出操作を行わず、疑似シミに対して直接顕微FT-IR測定を行った時に得られた赤外吸収スペクトルも併せて示している。
[実施例4]
市販品の棒状のABS樹脂(アズワン(株)社製)をカッターで細かく切断したもの約10mgを精密天秤で秤量し、超音波洗浄機を用いて100mLのアセトニトリル(関東化学(株)製 LC/MC用、純度99.9質量%以上)に溶解して溶液13とした。また、10mLの溶液13に10mLのアセトニトリルを加え、溶液14とした。さらに、10mLの溶液14に10mLのアセトニトリルを加え、溶液15とした。続いて、実施例1で調製した溶液3(ステアリン酸アミドのトルエン溶液)と溶液15を等量混合して溶液16を作成した後、当該溶液16を用い、実施例1に記載の方法と同様な手順により、円環状の疑似シミ7を形成した。当該円環状の疑似シミは、直径が10mm程度、円環(輪郭部分)の幅が100μm程度のものである。
前記の疑似シミ7に対し、有機付着物の溶解用の有機溶媒として前記のアセトニトリルを用いたことを除き、実施例1に記載の抽出操作と同様の手順により、円環に沿っておよそ円環の1/4程度の長さにわたり連続的に抽出操作を行い、溶媒揮発部に直径200μm程度の有機付着物の蒸発乾固物(以下、濃縮スポット1と呼ぶ。)を得た。なお疑似シミ7の抽出操作を行った箇所については、シミが消失していたので、その個所に存在した有機付着物は全て抽出できた(アセトニトリルに溶解した)と考えられる。
続いて、濃縮スポット1を対象に、有機溶媒をトルエンに変更して前記の実施例1に記載の抽出操作と同様の手順により抽出操作を行い、溶媒揮発部の別の場所で有機付着物を含む有機溶媒を吐出させた後に有機溶媒を揮発させて、直径200μm程度の第二の蒸発乾固物(以下、濃縮スポット2と呼ぶ。)を得た。また、濃縮スポット1において、トルエンで抽出されずに残存した有機付着物を、有機溶媒としてアセトニトリルを用い、前記の実施例1に記載の抽出操作と同様の手順により抽出操作を行い、溶媒揮発部の別の場所で直径100μm程度の第三の蒸発乾固物(以下、濃縮スポット3と呼ぶ。)を得た。
濃縮スポット2および濃縮スポット3を対象に顕微FT-IR測定を行ったところ、濃縮スポット2についてはステアリン酸アミドと、濃縮スポット3についてはABS樹脂のそれに概ね一致する赤外吸収スペクトルが得られた(図9)。なお図9の縦軸は、ABS樹脂のリファレンススペクトルの反射率を示す。
濃縮スポット2および3についてこのような測定結果が得られたのは、親水側に近いアセトニトリルはステアリン酸アミドとABS樹脂の両方を溶出するのに対し、疎水性のトルエンはステアリン酸アミドと比べてABS樹脂を溶出しにくいためであり、結果としてトルエンを使用して再抽出を行う事により2成分に分離された。同様にして仮にシミが2成分ある場合でも溶媒の極性の違いにより抽出量に差があれば、極性の異なる溶媒を組み合わせて抽出・再抽出操作を行う事により各成分に分離することが可能である。ただし実際のシミではどのような成分が存在するのか、複数成分あるのかは分からないため、例えばあらかじめ2種類の極性の異なる溶媒を用意して抽出・再抽出を行うようにすれば2種類に分離する事は可能であるが、分離された成分も溶媒に対する抽出量が同等の複数成分を含む可能性があることは留意しておく必要があると考えられる。
[実施例5]
測定対象試料として、実際の工場でサンプリングされた、成分が未知の有機物のシミ状の汚染がある金属板を用いた。シミは長さ約1cm、幅200~300μmの直線状のものであった。
前記のサンプルに対し、有機付着物を溶解するための溶媒としてトルエンを用い、実施例2に記載の1本のマイクロピペットを用いる抽出方法と、実施例1に記載のマイクロピペットを2本使用する抽出方法を用い、それぞれ成分が未知の直径100μm程度の有機付着物の蒸発乾固物(濃縮スポット)を形成した後、顕微FT-IR測定を行った。また、ピペットを2本使用する場合の抽出操作はシミの長さ方向およそ500μmおよび幅200μmの範囲内を移動しながら行った。図10に、得られた測定結果の赤外吸収スペクトルを示す。いずれの濃縮スポットに関しても明瞭な吸収スペクトルが得られたが、データ処理用のコンピュータ内蔵のライブラリを用いて検索したところ、それらの赤外の吸収スペクトルはアミド系化合物(エルカ酸アミド)のリファレンススペクトルと概ね一致することが判った。また1本のマイクロピペットを用いて抽出した場合と2本のマイクロピペットを用いて抽出した場合のいずれも、抽出を行った箇所はシミの色が消失したためトルエンによってシミ成分が全て溶解できたものと考えられる。
[実施例6]混合溶媒を使った有機付着物のサンプリング・同定方法の運用
<実施例6-1>
測定対象試料として、実施例5と同じ試料(成分が未知の有機物のシミ状の汚染がある金属板)を用いた。
前記のサンプルに対し、有機付着物を溶解するための溶媒としてトルエンとアセトニトリルの等量混合溶媒を用い、実施例1に記載のマイクロピペットを2本使用する抽出方法を用い、成分が未知の直径100μm程度の有機付着物の蒸発乾固物(以下、濃縮スポット4とよぶ)を形成した。なお、抽出操作はシミの長さ方向およそ500μmおよび幅200μmの範囲内を移動しながら行った。またこの際、抽出を行った箇所はシミの色が消失したため、トルエンとアセトニトリルの等量混合溶媒によってシミ成分が全て溶解できたものと考えられる。
続いて、濃縮スポット4を対象に、有機溶媒をアセトニトリルに変更して前記の実施例1に記載の抽出操作と同様の手順により抽出操作を行い、溶媒揮発部の別の場所で有機付着物を含む有機溶媒を吐出させた後に有機溶媒を揮発させて、直径100μm程度の第二の蒸発乾固物(以下、濃縮スポット5と呼ぶ。)を得た。この際、アセトニトリルに溶けないで残る残留物は確認されなかった。
次に、濃縮スポット5を対象に、有機溶媒をトルエンに変更して前記の実施例1に記載の抽出操作と同様の手順により抽出操作を行い、溶媒揮発部の別の場所で有機付着物を含む有機溶媒を吐出させた後に有機溶媒を揮発させて、直径100μm程度の第三の蒸発乾固物(以下、濃縮スポット6と呼ぶ。)を得た。この際、トルエンに溶けないで残る残留物は確認されなかった。
濃縮スポット6を対象に顕微FT-IR測定を行ったところ明瞭な吸収スペクトルが得られたが、データ処理用のコンピュータ内蔵のライブラリを用いて検索したところ、それらの赤外の吸収スペクトルはアミド系化合物(エルカ酸アミド)のリファレンススペクトルと概ね一致した(図11)。
このような操作を行ったのは、シミが複数成分から成る可能性を想定したためであり、極性の異なる混合溶媒を最初に抽出に使用することにより、できるだけ多くの成分を抽出し、その後単一の溶媒を用いて各成分に分離する事を目的としたためである。
<実施例6-2>
測定対象試料として、実施例4と同じ試料(Cu板上の円環状の疑似シミ7(ABS樹脂のアセトニトリル溶液とステアリン酸アミドのトルエン溶液とを等量混合した溶液を使用して形成したシミ))を用いた。
前記のサンプルに対し、有機付着物を溶解するための溶媒としてトルエンとアセトニトリルの等量混合溶媒を用い、実施例1に記載の10μmマイクロピペットを2本使用する抽出方法を用い、直径200μm程度の有機付着物の蒸発乾固物(以下、濃縮スポット7とよぶ)を形成した。なお、抽出操作はシミの円環に沿っておよそ円環の1/4程度の長さにわたり移動しながら行った。またこの際、抽出を行った箇所はシミの色が消失したためトルエンとアセトニトリルの等量混合溶媒によってシミ成分が溶解できたものと考えられる。
続いて、濃縮スポット7を対象に、有機溶媒をアセトニトリルに変更して前記の実施例1に記載の抽出操作と同様の手順により抽出操作を行い、溶媒揮発部の別の場所で有機付着物を含む有機溶媒を吐出させた後に有機溶媒を揮発させて、直径200μm程度の第二の蒸発乾固物(以下、濃縮スポット8と呼ぶ。)を得た。この際、アセトニトリルに溶けないで残る残留物は確認されなかった。
続いて、濃縮スポット8を対象に、有機溶媒をトルエンに変更して前記の実施例1に記載の抽出操作と同様の手順により抽出操作を行い、溶媒揮発部の別の場所で有機付着物を含む有機溶媒を吐出させた後に有機溶媒を揮発させて、直径200μm程度の第三の蒸発乾固物(以下、濃縮スポット9と呼ぶ。)を得た。また、濃縮スポット8において、トルエンで抽出されなかった残存物が確認されたため、有機溶媒としてアセトニトリルを用い、前記の実施例1に記載の抽出操作と同様の手順により抽出操作を行い、溶媒揮発部の別の場所で直径100μm程度の第四の蒸発乾固物(以下、濃縮スポット10と呼ぶ。)を得た。
濃縮スポット9および濃縮スポット10を対象に顕微FT-IR測定を行ったところ、濃縮スポット9についてはステアリン酸アミドと、濃縮スポット10についてはABS樹脂のそれに概ね一致する赤外吸収スペクトルが得られた(図12)。
[実施例7]
測定対象試料として、実施例5と同じ試料(成分が未知の有機物のシミ状の汚染がある金属板)を用いた。
前記のサンプルに対し、有機付着物を溶解するための溶媒としてトルエンを用い、(1)マイクロピペット1本を使った第一の実施形態による有機付着物の抽出、および(2)マイクロピペット2本を使った第二の実施形態による有機付着物の抽出をそれぞれ行った。
第一の実施形態による有機付着物の抽出については以下に示す手順で行った。
まず上記のマニピュレーターの試料ステージ上に、シミの付着した金属板と、有機溶媒収容用のAlパン、および溶媒揮発部として、撥液処理を行っていない、泰豊トレーディング(株)社製のCu板(板厚1mm)を2~3cm角に切断したものを並べて載置した。なお、抽出操作に当たっては、操作(溶媒吸入・抽出・濃縮)の迅速性を確保するために、試料、Alパンおよび溶媒揮発部の座標を、予め操作コンピュータに入力しておき、当該座標に基づきステージを種々移動させた。そして、マニピュレーターにおけるマイクロスコープの拡大倍率を200倍として操作部を観察しながら、以下の操作を行った。
マニピュレーターの片腕に細管状部材として圧力調整機構を有するMicro Support社製の10μmマイクロピペットを取り付け、10μmマイクロピペットでAlパン内に収容したトルエンを吸入した後、有機付着物を抽出する箇所に10μmマイクロピペットを移動し、10μmマイクロピペットの吐出口をシミに接触させた後、マイクロインジェクター付属のゴムまりを握り10μmマイクロピペット内の有機溶媒の一部を吐出させた。その後ゴムまりを離して10μmマイクロピペット内に有機溶媒を負圧吸引した。吐出から吸引までの所要時間はおよそ1秒で、10μmマイクロピペットの吐出口を液滴に接触させたまま操作を行った。またCu板上に広がる液滴の長径が最大400μm程度となるよう吐出量を調整したが、この液滴の広がった範囲が抽出を行った範囲とみなせる。
抽出操作を終了した後、細管状部材をCu板上に移動し、細管状部材の10μmマイクロピペットの吐出口をCu板に接触させ、ゴムまりを用い、マイクロピペット内の有機溶媒をCu板上に吐出し、有機溶媒を揮発させることにより、蒸発乾固物を得た。この際、Cu板上での溶媒の広がり(液滴)がおよそ500μm径以下になるように微量ずつ吐出させた。また蒸発乾固物の形状は円環状であった。
なお、上記の抽出操作については他にも金属板上のシミ上の2箇所、つまりは計3箇所で行い、いずれもCu板上の同一箇所に微量ずつ吐出させてシミ成分を蓄積させ、最終的に約500μm径程度の円環状の濃縮物1を得た。
また第二の実施形態による有機付着物の抽出については以下に示す手順で行った。
まず上記のマニピュレーターの試料ステージ上に、シミの付着した金属板と、有機溶媒収容用のAlパン、および上記と同じCu板を並べて載置した。なお、抽出操作に当たっては、操作(溶媒吸入・抽出・濃縮)の迅速性を確保するために、試料、Alパンおよび溶媒揮発部の座標を、予め操作コンピュータに入力しておき、当該座標に基づきステージを種々移動させた。そして、マニピュレーターにおけるマイクロスコープの拡大倍率を200倍として操作部を観察しながら、以下の操作を行った。
マニピュレーターの両腕に取り付けた、圧力調整機構を有するMicro Support社製の10μmマイクロピペットの内、吐出用部材として使用する10μmマイクロピペットでAlパン内に収容したトルエンを吸入した後、有機付着物を抽出する箇所に一対の細管状部材を移動し、吐出用部材の10μmマイクロピペット1の吐出口をシミに接触させた後、当該有機溶媒の蒸発による内圧上昇を利用し、10μmマイクロピペット1内の有機溶媒を自然吐出させた。それと同時に、吐出された溶媒に吸引用の10μmマイクロピペット2を接触させ、マイクロインジェクター付属のシリンジを用いて10μmマイクロピペット2内を負圧にして有機溶媒を吸引した。なお前記の吐出および吸引を連続的に行いながら、試料ステージを2次元的に移動させて抽出場所を変えながら、有機付着物を連続的に溶解して抽出した。また、10μmマイクロピペット1の吐出口と10μmマイクロピペット2の吸入口間の距離はおよそ20μm程度である。なお、抽出操作はシミの長さ方向およそ500μmおよび幅200μmの範囲内を移動しながら行った。
抽出操作を終了した後、細管状部材をCu板上に移動し、吸引用部材の10μmマイクロピペットの吸引口をCu板に接触させ、マイクロインジェクター付属のゴムまりを用い、10μmマイクロピペット内の有機溶媒をCu板上に吐出し、有機溶媒を揮発させることにより、約400μm径程度の円環状の濃縮物2を得た。この際、Cu板上での溶媒の広がり(液滴)がおよそ500μm径以下になるように微量ずつ吐出させた。
それぞれ得られた円環状の濃縮物1、2の円環部分に対して、顕微FT-IR測定を行った。図13に、得られた測定結果の赤外吸収スペクトルを示す。いずれのシミに関しても明瞭な吸収スペクトルが得られたが、データ処理用のコンピュータ内蔵のライブラリを用いて検索したところ、それらの赤外の吸収スペクトルはアミド系化合物(エルカ酸アミド)のリファレンススペクトルと概ね一致した。
上述の測定結果は、有機付着物に対して抽出した後に溶媒揮発を行う場所は、必ずしも表面に撥液処理を施した溶媒揮発部でなくともよく、溶媒が広がらないように範囲を狭めて微量ずつ吐出して溶媒を揮発させれば、例えば円環状に抽出した成分が集積するなどして、元来のシミよりも厚みのある濃縮物(シミ)を再形成させることによって明瞭なスペクトルが得られることを示す。

Claims (5)

  1. 撥液処理を施した溶媒揮発部を設けた試料ステージと、顕微鏡観察システムと、加圧-減圧機構により有機溶媒の吐出および吸引を可能とした細管状部材とを有し、前記の試料ステージと前記の細管状部材とを顕微鏡観察システムの観察下で搬送機構により相対的に移動可能とした、金属板上に付着した有機化合物を含む有機付着物を有機溶媒で溶解した後に吸引するための装置を用いる、金属板上の有機付着物のサンプリング方法であって、
    前記の細管状部材が有機溶媒の吐出と吸引とを行うための開口部を有する一つの部材であり、前記開口部の径は25μm以下であり、有機溶媒を注入した当該細管状部材を、顕微鏡観察下で試料ステージ上に載置した金属板表面の有機付着物の近傍に移動し、
    圧力を加えることにより前記の細管状部材の内部の有機溶媒を前記の有機付着物の表面に吐出して有機溶媒の膜を形成して有機付着物を溶解した後、
    前記の細管状部材の内部を減圧することにより、溶解した有機付着物を含む有機溶媒を前記の開口部から吸引し、
    前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を含む前記の細管状部材を前記の溶媒揮発部の上に移動し、圧力を加えることにより前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吐出して前記の溶媒揮発部上で液滴を形成し、当該液滴の有機溶媒を揮発させることにより前記の有機付着物を濃縮する、金属板上の有機付着物のサンプリング方法。
  2. 前記の細管状部材の開口部が前記の有機溶媒の液滴と接触している状態で有機付着物を溶解させる、請求項1に記載のサンプリング方法。
  3. 撥液処理を施した溶媒揮発部を設けた試料ステージと、顕微鏡観察システムと、有機溶媒の吐出または吸引を可能とした細管状部材とを有し、前記の試料ステージと前記の細管状部材とを顕微鏡観察システムの観察下で搬送機構により相対的に移動可能とした、金属板上に付着した有機化合物を含む有機付着物を有機溶媒で溶解した後に吸引するための装置を用いる、金属板上の有機付着物のサンプリング方法であって、
    前記の細管状部材が、有機溶媒を有機付着物上に吐出するための開口部を有する吐出用部材と当該吐出した有機溶媒を吸引するための開口部を有する吸引用部材の一対の部材であり、前記吐出用部材の開口部の径が25μm以下であり、当該一対の細管状部材を顕微鏡観察下で試料ステージ上に載置した金属板表面の有機付着物の近傍に移動し、
    加圧機構により圧力を加えることにより、有機溶媒を注入した前記の吐出用部材の内部の有機溶媒を前記の有機付着物の表面に吐出するとともに、前記の吸引用部材により前記の吐出された有機溶媒を吸引し、前記の有機付着物の表面に有機溶媒の流れを形成することにより前記の有機付着物を溶解し、
    前記の吸引用部材により、溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吸引し、
    前記の吸引用部材を前記の溶媒揮発部の上に移動し、前記の吸引用部材の内部の前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒に圧力を加えることにより、前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吐出して前記の溶媒揮発部上で液滴を形成し、当該液滴の有機溶媒を揮発させることにより前記の有機付着物を濃縮する、金属板上の有機付着物のサンプリング方法。
  4. 撥液処理の施されていない溶媒揮発部を設けた試料ステージと、顕微鏡観察システムと、加圧-減圧機構により有機溶媒の吐出および吸引を可能とした細管状部材とを有し、前記の試料ステージと前記の細管状部材とを顕微鏡観察システムの観察下で搬送機構により相対的に移動可能とした、金属板上に付着した有機化合物を含む有機付着物を有機溶媒で溶解した後に吸引するための装置1、あるいは、撥液処理の施されていない溶媒揮発部を設けた試料ステージと、顕微鏡観察システムと、有機溶媒の吐出または吸引を可能とした細管状部材とを有し、前記の試料ステージと前記の細管状部材とを顕微鏡観察システムの観察下で搬送機構により相対的に移動可能とした、金属板上に付着した有機化合物を含む有機付着物を有機溶媒で溶解した後に吸引するための装置2を用いる、金属板上の有機付着物のサンプリング方法であって、
    前記装置1を用いる場合、当該装置の前記の細管状部材が有機溶媒の吐出と吸引とを行うための開口部を有する一つの部材であり、前記開口部の径は25μm以下であり、有機溶媒を注入した当該細管状部材を、顕微鏡観察下で試料ステージ上に載置した金属板表面の有機付着物の近傍に移動し、圧力を加えることにより前記の細管状部材の内部の有機溶媒を前記の有機付着物の表面に吐出して有機溶媒の膜を形成して有機付着物を溶解した後、前記の細管状の部材の内部を減圧することにより、溶解した有機付着物を含む有機溶媒を前記の開口部から吸引し、前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を含む前記の細管状部材を前記の溶媒揮発部の上に移動し、圧力を加えることにより前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吐出して、前記の溶媒揮発部上で長径600μm以下に制御した液滴を形成し、当該液滴の有機溶媒を揮発させることにより前記の有機付着物を濃縮し、
    前記装置2を用いる場合、当該装置の前記の細管状部材が、有機溶媒を有機付着物上に吐出するための開口部を有する吐出用部材と当該吐出した有機溶媒を吸引するための開口部を有する吸引用部材の一対の部材であり、前記吐出用部材の開口部の径が25μm以下であり、当該一対の細管状部材を顕微鏡観察下で試料ステージ上に載置した金属板表面の有機付着物の近傍に移動し、加圧機構により圧力を加えることにより、有機溶媒を注入した前記の吐出用部材の内部の有機溶媒を前記の有機付着物の表面に吐出するとともに、前記の吸引用部材により前記の吐出された有機溶媒を吸引し、前記の有機付着物の表面に有機溶媒の流れを形成することにより前記の有機付着物を溶解し、前記の吸引用部材により、溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吸引し、前記の吸引用部材を前記の溶媒揮発部の上に移動し、前記の吸引用部材の内部の前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒に圧力を加えることにより、前記の溶解した有機付着物を含む有機溶媒を吐出して、前記の溶媒揮発部上で長径600μm以下に制御した液滴を形成し、当該液滴の有機溶媒を揮発させることにより前記の有機付着物を濃縮する、金属板上の有機付着物のサンプリング方法。
  5. 請求項1~4のいずれか1項に記載の金属板上の有機付着物のサンプリング方法を用い、前記の試料ステージ上の溶媒揮発部に形成された、前記の有機付着物の濃縮物を顕微反射フーリエ変換赤外分光法で測定する、前記有機付着物を構成する有機化合物の同定方法。
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