JP7485831B2 - 転がり疲れ試験方法 - Google Patents

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本発明は、転がり疲れ試験方法に関する。
適正な潤滑条件下で使用されているにも関わらず、軸受が想定よりも早期に破損する短寿命はく離が起こる場合があり、軸受の小型・軽量化設計の実現への妨げとなっている。
このようなはく離は、鋼に含まれる非金属介在物によって引き起こされている。非金属介在物は鋼の精錬・鋳造・凝固の過程で不可避的に生成し、その過程で除去しきれないものが以降の圧延や鍛造等を経た軸受素材中に含まれることになる。この介在物を起点としたはく離は通常、部品の表面ではなくやや内部に端を発する。これは軸受の軌道輪と転動体(球、ころ等)が転がり接触する際に軌道輪のやや内部に高いせん断応力が生じることによる。
一方で、水素侵入環境下でのはく離については、水素侵入環境下特有のミクロンオーダーの微視的な疲労組織(針状を呈するミクロ的な組織変化)の発生に端を発して引き起こされると考えられている。このタイプのはく離の場合、はく離後の断面観察を行うと前述の針状を呈するミクロ組織変化に加えて、ナイタル溶液で腐食した際に腐食されずに光学顕微鏡観察において白く見えるミクロ組織変化(白色組織変化とも称される)が部品内部で伝ぱしているき裂に付随して観察されることも水素侵入環境下での疲労の特徴となっている。このようなはく離は風力発電機に使用される軸受や自動車などの駆動系部品に組み込まれる軸受において認められている。水素が関与したとみられるそのメカニズムについては完全には明らかにされていないが、水素が局所的に塑性変形を助長してミクロ組織の変化を促すことで、疲労が促進されていると考えられる。さらに、水素は応力集中部に集積しやすい特徴を有することから、転がり疲労中に応力集中源として作用する非金属介在物の有害性は、水素が関与しない環境下に比べて高くなることも予想される。したがって、水素侵入環境下での疲労挙動や寿命に及ぼす介在物の影響を知る必要が当然ながら生じる。
ただし、疲労過程が部品内部で進行するという特徴から、転がり疲れの直接的な観察は困難となっている。また、はく離後にその起点となった介在物が破面上に発見されることも稀であった。そのために、介在物が軸受寿命を左右すること自体には疑いがないにも関わらず、介在物と寿命との直接的な関係は未だ明らかとはなっていない。なお、転がり軸受の寿命指標としてはL10寿命が重用されている。L10寿命とは、同じ条件で複数個のサンプルの寿命試験をした場合に、そのうちの90%の試験片がはく離しない寿命を指す。すなわち、軸受の寿命は確率論的に評価されることが通例となっている。それを打破し、介在物と寿命や転がり疲れとの関係を直接的に検証することが、短寿命はく離を回避可能な鋼を実現するために必要とみられる。
他方で、本発明者らは、鋼中に多数の空洞を残存・分散させたSUJ2鋼を人工的に作製し、これらの空洞に対する転がり疲れき裂挙動を観察し、その挙動と空洞あるいは一般介在物に対する応力シミュレーションとを対比させた結果から、介在物と母相間に隙間(空隙)がある場合に有害性が助長されることを見出している(例えば、非特許文献1参照)。すなわち、介在物-母相界面の状態が寿命の変化要因になることは明らかであり、これは水素侵入環境下においても関与する可能性は高い。
これに関連して、介在物-母相間の隙間を閉塞させるための熱間等方圧加圧(HIP(Hot Isostatic Pressing))加工を鋼材に施すと転がり疲れ寿命が大幅に向上することが確認されている(例えば、非特許文献2参照)。
さらに、転動部品の水素脆性起因の剥離寿命が長くなると評価する転動部品の耐水素脆性評価方法が開示される(例えば、特許文献1参照)。
特許第6297804号公報
藤松威史、平岡和彦、山本厚之、「高炭素クロム軸受鋼の転がり疲れにおける内部欠陥からのき裂発生挙動」、鉄と鋼、一般社団法人日本鉄鋼協会、Vol. 94、 No. 1 (2008年)、p. 13-20.
橋本(K. Hashimoto)、藤松(T. Fujimatsu)、常陰(N. Tsunekage)、平岡(K. Hiraoka)、木田(K. Kida)、サントス(E. C. Santos)、「内部破壊タイプ転がり疲労寿命における介在物/母相境界空洞の影響(Effect of inclusion/matrix interface cavities on internal-fracture-type rolling contact fatigue life)」、マテリアルズ アンド デザイン(Materials & Design)、エルゼビア・ベーフェー(Elsevier B.V.)、(オランダ)、Vol. 32, Issue 10, 2011年12月、p. 4980-4985
特許文献1によれば、評価対象となる鋼は、酸化物系・硫化物系介在物が不特定に分散しており、介在物の大きさや位置や、介在物周囲の隙間の形状を考慮した耐水素脆性を評価することができない。これでは、破損起点の明確化や単一介在物に着目した破損メカニズムの解明を行うことは困難である。
非特許文献2によれば、介在物-母相界面の状態が寿命の変化要因になることは明らかである。ただし、はく離が発生した後に、事前の介在物周囲の隙間の有無を検証することは事実上難しいため、寿命の長短に対する隙間の寄与を推し量ることはできなかった。
したがって、介在物大きさと寿命や転がり疲れとの関係を解き明かすには、転がり疲れ試験に先立ち、寿命に強く関与する介在物-母相界面の状態を一定の状態に揃えておく、すなわち界面の条件を制御しておくことが必須である。また、軸受の短寿命はく離をもたらすのは比較的大きな介在物と推定され、そのような介在物が限られた評価数量の転がり疲れ試験片内のごく小さい応力負荷体積中に含まれる可能性が低いことも考慮しておかなければならない。
また、近年の軸受鋼に対するニーズとして長寿命化を追求するだけではなく、突発的に発生する短寿命はく離を抑制して部品の信頼性を向上させることが望まれている。したがって、そのような軸受製品の実現にあたり、介在物の大きさと寿命との関係を明確にし、短寿命はく離の起点となる介在物の大きさを知ることが課題になる。
ただし、それには転がり疲れに影響を及ぼす因子である介在物に関し、その大きさ、化学組成、形状、母相と介在物間との界面状態(隙間の有無)、鋼中での存在位置(介在物の座標)が事前に判明した状態としてから、その介在物を対象として水素侵入環境転がり疲れ試験を行い、介在物大きさと寿命、あるいは未はく離の場合であれば介在物大きさとその周囲の疲労の状況とを、一対一に対照させた検証を行うことが必要である。
なぜならば、先に挙げた各種因子が寿命に対して影響を及ぼす可能性が高いにも関わらず、試験後にはその影響を分離して検証することが困難なためである。とりわけ、転がり疲れに対する影響が強く現れることが推定されている介在物と周囲母相との隙間の影響に関しては、介在物の大きさとも関連付けながら寿命や転がり疲れ挙動を検証するための水素侵入環境転がり疲れ試験方法は、従来は確立されていなかった。
本発明は上記の課題を鑑みてなされたものであり、鋼の製鋼過程で生成し、その後の圧延や鍛造などの製造過程を経た鋼の中に残存して分布している非金属介在物の大きさやその存在頻度、さらにはその製造過程において生じる場合があるものの、生成度合いを事前に推し量ることが困難な介在物と周囲母相との隙間の状況、には頼らない新たな水素環境下における新たな手法による水素侵入環境下の転がり疲れ試験方法を提供することが目的である。
本発明は、母相が鋼であり、所定形状の粒子が、表面から所定の深さに母相と隙間を有して埋め込まれた試験片に、水素導入処理を実施し、鋼中の水素量を調整するために、水素導入処理後1時間以上静置し、水素導入処理後24時間以内に、スラスト型転がり疲れ試験を行う、転がり疲れ試験方法である。
本発明の転がり疲れ試験方法によれば、隙間の影響を加味した水素侵入環境下における介在物の有害性(寿命や転がり疲れへの影響)を精緻に検証することが可能となる。
粒子を埋設する実施形態の試験片の構成を示す図である。 実施形態の試験方法を示すフローチャートである。 粒子を埋設するドリルホールの付与のための中間材Aの構成を示す図である。 マイクロピペット先端に保持した球形Al2O3粒子をドリルホールの位置に移動させた様子を示す写真である。 引張加工を付与する実施形態の試験片の中間材Bの構成を示す図である。 図1(a)の左側面からみたY部断面の拡大図である。 人工的に埋設した欠陥位置の精密目印となるスラスト試験片上の微小Si系酸化物粒子群を特定した写真である。 スラスト型転がり疲れ試験片の断面観察において、埋設した球形Al2O3粒子と、その周囲の母相との間に形成させた隙間と、球形Al2O3粒子のスラスト試験片表面からの深さ位置、を観察した写真である。
以下、本発明の実施形態である転がり疲れ試験方法について、図を参照して詳細に説明をする。
図1は、本実施形態の試験片の構成を示す図である。図1(a)は、正面図であり、図1(b)は、左側面図(図1(a)のY部の断面図、Y部断面拡大図含む)であり、図1(c)は底面図(Y部の断面図)である。なお、説明を容易にするため、図1は寸法関係を一部誇張して示している。
実施形態の試験片100は、中心部に内径穴部101を有する中空楕円盤状の部材である。試験片100は、研磨面下の軌道相当位置CにAl2O3粒子等の粒子(単体粒子、もしくは、単一物体粒子ともいうことがある)104が埋設されている。なお、図1では、説明の便宜上、粒子104及びドリルホール103を記載しているが、後述する熱間等方圧加圧加工等により、粒子104は試験片内に埋設され、ドリルホール103の形状は消滅し、試験片100の本体部と一体化している。
実施形態の試験片100は、引張加工方向Xに平行な方向を長軸とする略楕円盤形状を有する。ただし、試験片100の形状はこれに限られず、試験内容に応じて適当な形状(例えば、円盤形状)に加工してもよい。
実施形態の粒子104は、隙間106を介して、試験片100の本体部に含有される。図1(b)に示すように、試験片100の研磨面のスラスト試験軌道相当位置C下の位置Yに存在する粒子104は、引張加工方向Xの前後に隙間106を有する。
一方、図1(c)に示すように、粒子104の所定の引張加工方向Xとは直交する直径方向には隙間106は形成されていない。
図6は、左側面からみた図1の(a)のY部断面(図1の(b))の拡大図である。ドリルホール103内に投入したAl2O3(粒子104)の直上方向のドリルホール最終閉塞部には、数μm程度の大きさの微小なSi系酸化物群Aが不可避的に形成して点在する。これは、転がり疲れ試験において軌道配置する際の欠陥導入箇所の精密な目印として利用することができる。なお、これらのSi系酸化物の個々の大きさは数μm程度に過ぎず、はく離寿命に対しては影響を及ぼさない。
粒子104の所定の方向X(引張加工方向Xともいう)には、試験片本体部との間に隙間106が備わる。これにより、粒子104は一部隙間106を介して試験片100の本体部に含有される。以下の説明では、試験片100から粒子104と隙間106を除いた部分を試験片本体部と呼ぶこともある。
次に、実施形態の試験方法を説明する。図2は、実施形態の試験方法を示すフローチャートである。
まず、中間材A100a(第1中間材)の作製を行う(STEP1)。図3は、中間材Aの形状を示す図である。中間材A100aの素材としてはSUJ2鋼のφ65mm圧延材を使用した。この鋼材に865℃で1h保持後に空冷する焼ならし、および最高点加熱温度を800℃とし、その温度で保持後に徐冷を行う球状化焼なましを施した。そこから、外径60mm(図3(a)中のX-X断面図である図3(b)中のA)、内径20mm(同図3中のB)、厚さ8mm(同図3中のC)で片面102をバフ研磨仕上げした中間材A100aを作製した。なお、中間材A100aの上記外径、内径、及び、厚さについては、試験条件に応じて、適宜変更されうる。
その後、この中間材A100aのバフ研磨面102側で中間材A100aの中心から19.25mm位置に直径0.25mm、深さ1.2mmの単穴のドリルホール103の加工を施した(STEP2)。このドリルホールの位置は、適宜調整しても良いものとする。また、ドリルホールの上記直径、及び、深さについても、試験条件及び導入する粒子の形状や大きさに応じて、適宜変更されうる。
なお、ここでは一例として中間材A100aの素材として、SUJ2鋼を用いた事例を説明したが、それ以外の鋼も利用することができる。その場合、STEP1の焼ならしや球状化焼なましや後述の試験片再加工時の焼ならしや球状化焼なましはその選定した鋼種にあった条件を選定するか、鋼種によっては省略しても良いものとする。
最終的に転がり疲れ試験片に加工される中間材A100aに人工的に導入する粒子(転がり疲れ試験時の欠陥として作用)には、鋼中の介在物組成として代表的なAl2O3を想定し、天然の鋼中介在物に代わる代替物質として人工化合物のAl2O3粒子群を用意した。それらの中から、球形状を有するAl2O3粒子を1個選定(粒子104)し、CCDカメラ付き実体顕微鏡と組み合わせた単粒子の精密操作を自在に行うための制御装置を使い、選定した粒子104をドリルホール103内に投入した(STEP3)。
このときの粒子104のピックアップとリリースは精密制御装置に接続した先端部内径20μmのマイクロピペットを介して行った。このマイクロピペットの先端部内径はピックアップする粒子の大きさに応じて適宜サイズを変更して良い。図4は、粒子104をピペット先端に吸着してピックアップし、そのまま中間材A100a上のドリルホール103の位置にピペット先端を移動させたときの保持状況を示したものである。なお、粒子104をドリルホール103内に投入するにはピペット先端での吸着を解除して行う。
このとき、直径が既知であるドリルホール103の径(実施形態では0.25mm)を基準として、粒子104であるAl2O3の直径を精密に測定することができる。図4に対して測定された粒子104であるAl2O3の直径は212μmであった。なお、この実施例では粒子の直径として、一般的な光学顕微鏡観察で鋼中に見られるものより大きなサイズのものを選択しているが、このような通常観察されることが稀な大きな直径の粒子を利用できることは本発明の利点の一つである。なお、本発明の実施においては、粒子の直径については、試験条件に応じて、適宜変更して選択して良い。
実際に鋼中に含まれている非金属介在物を用いて、本実施形態の方法による転がり疲れ試験を行う場合には、例えば電解抽出などの手段を用いて鋼といったん分離して取り出してから本実施形態の方法を適用すれば良い。なお、本実施形態の粒子104の形状は球形であるが、これに限られず、非金属介在物やそれに類似した組成を有する化合物の形状に関しては、球形以外のものを選択することもできる。なお、鋼中に含まれる非金属介在物としては、Al2O3やMgO-Al2O3やCaO-Al2O3、CaO-Al2O3-SiO2、SiO2、TiNなどが知られるところであり、類似した組成を有する化合物とは、例えば例示した非金属介在物の組成構成範囲に調整されている化合物のことを指す。
粒子104に使用する化合物については、工業的に合成されたものであっても良く、また、実験室レベルで作製したものであっても良い。
また、本実施形態では、粒子104を1つとしているが、粒子104を複数として、複数の介在物もしくはそれに類似した組成を有する化合物についても本実施形態の試験片を利用して転がり疲れ試験を行うことができる。その場合には、中間材A100aの本体部上にドリルホール103を一穴加工して、そのなかに複数個の介在物もしくはそれに類似した組成を有する化合物(粒子104)を投入する方法を取り得る。
もしくは、試験目的に応じて、ドリルホール103同士の相対的な配置や深さを定めて複数穴のドリルホール103を形成する加工を行ない、それぞれのドリルホール103に対して介在物もしくはそれに類似した組成を有する1個以上の化合物(粒子104)を投入する方法も取り得る。
続いて、粒子104であるAl2O3が、ドリルホール103内から脱落しないようにしながら、別途用意した低炭素鋼製のケースに中間材A100aを収め、中間材A100aの内径穴部101aに芯金を入れてからケースを密閉し、ケース内部を真空脱気した後、圧力147MPa、温度1170℃で5h保持する熱間等方圧加圧加工を施してから、ケースごと徐冷した(STEP4)。
この熱間等方圧加圧加工の条件は、非金属介在物もしくは非金属介在物に類似した組成を有する化合物と周囲の母相である鋼とを密着させる手段として、1160℃以上の温度で110MPa以上の熱間等方圧加圧加工を加えればよい。この工程を経由させることによって、いったんAl2O3と母相の界面に隙間の無い状態を造ることができる。より望ましい熱間等方圧加圧の圧力は140MPa以上である。
図6は、左側面からみた図1(a)のY部断面を示した図1(b)の断面内におけるY部の拡大図である。図6に示すように、本実施形態の方法で中間材A100aを作製したことにより、ドリルホール103内に投入したAl2O3(粒子104)の直上方向のドリルホール最終閉塞部に、数μm程度の大きさの微小なSi系酸化物群Aが不可避的に形成して点在する。
熱間等方圧加圧加工に続いて、後工程の引張加工のための硬さ調整のために中間材A100aに焼ならしと球状化焼なましを施した(STEP5)。続いて、SUJ2の部分について、引張加工を付与するための形状(外径φ54、厚さ6.2mm、詳細な形状の例示は図5)を有する中間材B100b(第2中間材)に加工した(STEP6)。
図5に示すように、実施形態の中間材B100bは、鋼中の粒子104の周囲の一部に人工的に隙間106を形成させるために引張加工を行うための形状となっている。実施形態の中間材B100bは、中心部に内径穴部105を有する中空円盤状の部材である。内径穴部105は、その後の引張方向Xに平行な方向において、内径穴部105を中心とした対称位置に突起105aと突起105bを有する。また、内径穴部105は、引張加工の引張方向Xに垂直な方向において、内径穴部105を中心とした対称位置に突起105cと突起105dを有する。
このときに、中間材B100b内に周囲の母相と密着状態で埋設された粒子104(これ以外にも、一穴加工されたドリル穴内に埋設された複数の粒子であっても良いし、複数穴加工されたドリル穴内に埋設された1個の粒子もしくは複数の粒子であっても良い)を、図5の試験片100の中間材B100b内において、中心線付近を通り、なおかつ引張加工を付与する方向Xとは直交する方向付近に配置されるようにした。
そのために、試験片加工に先立って、周波数50MHzの超音波探傷試験等により埋設した粒子の位置(座標)を特定したうえで位置調整を行った。なお、引張加工ののち、再び周波数50MHzの超音波探傷試験により後述のスラスト試験に適するように粒子の深さを調整する工程が入る。そこで、引張加工用の中間材B100bにおける埋設粒子104の試験片表面からの配置深さに関して、引張加工後の超音波探傷時において試験片表面近傍の不感帯領域を避けて、粒子の超音波探傷が可能となるように考慮して深さを調整しておくようにした。
なお、埋設粒子104の超音波探傷試験による位置特定に関し、その位置の精密な特定ができるのであれば、探傷のための探触子の周波数は50MHzには特定されず、それ以外の周波数帯を選択しても良い。
引張加工については、本実施形態では高硬度鋼製ピンを使って試験片100の中間材B100bの内径部を径方向に引っ張る方式により行った(STEP7)。ピンは、直径12mmのSUJ2の丸棒の一部を長手方向に研削したのち、焼入焼戻しにより60HRC程度に調整したものを一組み作製した。図5の中間材B100bのR6.5の位置にそれぞれピンを通し、そのピンをサーボ試験機に取り付けた引張加工用の冷間ダイス鋼製治具(治具にはピンの断面形状に合わせた孔加工を付与)に固定したのち、ダイスに固定したピンを介して冷間で引張加工を加えた。
本実施例のようにSUJ2の球状化焼なまし状態の中間材B100bに対して引張加工を加えて、粒子周囲の母相との間の一部に隙間を形成させようとすれば、球状化焼なまし材である中間材B100bの引張強さを1とした場合に、粒子104を埋設した箇所の近傍に少なくとも、その0.85倍程度以上の応力が負荷されるように引張加工を行う必要がある。これは、例えば図5の中間材B100bの形状を用いる場合には、引張加工のストローク量を少なくとも5.3mmとすれば良い。なお、中間材B100bの引張強さを1とした場合に、その0.85倍程度以上の応力を必要とした点に関して、埋設粒子104の存在によってもたらされる応力集中作用は考慮していない。ただし、実際上は、粒子104の周囲の応力集中作用のアシストによって、粒子104の周囲には引張強さを超える応力が作用することを通じ、粒子104の周囲にのみ隙間106を形成させることが可能になる。
図6は、埋設した粒子104の周囲に形成させる隙間106の様態を示す模式図である。隙間106の程度を調整したい場合に、上記以上のストローク量で加工することも本発明の範囲に含まれるが、その場合に粒子104の近傍に負荷される応力は高くとも0.95倍以下とする必要がある。より望ましくは0.93倍以下である。引張加工で付与される応力に上限を設けるのは、埋設した粒子104の周囲以外の箇所にもボイドが形成され、それらが転がり疲れ挙動や寿命に及ぼす影響を避けるためである。本実施例においては、引張加工のストローク量を7mmとして行った。また、このとき図6の中間材B100bの突起部105c、105dについて、R7の外径位置に関して図6に例示した寸法である3mmのところを、4.5mmとして行った。また中間材B100bの厚みは上述の通り、6.2mmとした。引張加工ののち、後述のスラスト試験における位置調整を行い易くするため、必須の工程では無いが、引張加工後の中間材B100bの内径部分については再び図1に示す円形状に加工した。
なお、中間材B100bの形状は、図5に例示した形状のみならず、粒子104の周囲の隙間106の形成に必要な応力付与が担保されるようであれば必要に応じて変更しても良いものとする。また、中間材B100bの厚みについても本実施形態の厚みに限定されるものでは無い。ただし、中間材B100bの形状や厚みに対し、引張加工時に加工用のピンが塑性変形しないようにする必要がある。
次に、後述のスラスト試験のために、試験片の中間材B100bの硬さを調整した。本実施例におけるSUJ2製スラスト試験片の場合には、焼入焼戻し(835℃-0.5h、油冷→180℃-1.5h、空冷)を行って試験片の硬さを62HRC程度に調整した(STEP8)。
このとき、人工的に導入した内部の欠陥(粒子104)に対して転がり疲れを付与する本実施形態の目的のため、試験片100(STEP8の硬さ調整後の中間材B100bの硬さも同様)の硬さは、少なくとも転がり接触応力の影響を受ける領域(粒子104が埋め込まれた深さ領域は包含される)においては55HRC以上必要である。これより硬さが低い場合は、欠陥やその周辺のみならず、母相の転がり疲れが進行するため、欠陥自体の有害性を区別して検証することが困難となる。より望ましい試験片100の硬さは、58HRC以上である。さらに望ましくは60HRC以上である。なお、試験片100の硬化手段としては、クロム鋼(SCr鋼)やクロムモリブデン鋼(SCM鋼)等の肌焼鋼に対して浸炭を施すことによってもよい。
続いて、熱処理時の試験片の中間材B100bの表面の酸化スケールを平面研削で除去してから、周波数50MHzの超音波探傷試験により試験片中のAl2O3の深さを特定し、この深さ情報をもとに試験片のバフ研磨仕上げを行い、後述のスラスト試験条件における高せん断応力深さ域にAl2O3(粒子104)が配置されるように調整した(STEP9)。これにより、試験片100が完成する。
次に、水素侵入環境下でのスラスト型転がり疲れ試験を行うにあたり、陰極チャージ法によりスラスト試験片内の水素導入処理を実施する(STEP10)。鋼中への水素導入処理の水素チャージ方法については特に限定されないが、本発明では、3%塩化ナトリウム+0.3%チオシアン酸アンモニウム水溶液中で試験片を陰極とした電気分解による陰極チャージ法を用いる。ただし、それ以外の水素添加方法を取ることも特に制限されるものではない。水素侵入環境転がり疲労を引き起こすために十分な量の水素をチャージするため、上記方法にて8時間の連続チャージを行い、試験片に流れる平均電流密度は0.2mA/cm2としている。鋼中にチャージされた水素は試験片を大気中に取り出したのちは徐々に放出されるため、鋼中の水素量が飽和状態のまま試験に供すためには、水素導入処理後は速やかにスラスト試験へ供する必要がある。その目安は水素導入処理後、1時間以内とするのが良い。他方、いったん水素をチャージしたのち、鋼中水素量を調整するために、埋設した介在物あるいは化合物の周囲に存在する水素の影響に限定して検証するために水素導入処理後に静置(1時間以上24時間以内)してからスラスト試験へ供しても良い。また、埋設した介在物あるいは化合物の周囲に存在する水素の影響に限定して検証するために水素導入処理後、拡散性水素が十分放出されると考えられる時間(24時間以上)静置した試験片を用いてスラスト試験を行ってもよい。この試験は水素が侵入した後にある程度の時間が経ってからあるいは、後述のスラスト試験により転がり疲れを付与したのちに水素チャージをして再びスラスト試験を行う方法を取ることもできる。この場合、介在物周りの隙間周辺に転がり疲れの過程を通じて欠陥やひずみ、残留応力がもたらされた場合には、それらに対する水素の影響を検証することができる。
次に、この試験片を用いてスラスト型転がり疲れ試験を実施する(STEP11)。スラスト試験では、まず、介在物埋設箇所の精密目印となる微小Si系酸化物粒子群の試験片100上での位置を図7のように特定した。その特定された埋設位置をもとにして、その直上を転動体が通るように軌道を配置することでスラスト試験が可能である。
試験片100の配置に関しては、上板にSUJ2製単式スラスト軸受のレース(型番51305)を使用し、下板をAl2O3埋設試験片100とし、上板と下板の間に転動体として直径3/8インチのSUJ2製鋼球3個を120°ピッチで等分配置するようにすれば良い。続いて、転動体とスラスト試験片の接触部に所望の最大ヘルツ接触応力が加わるように荷重を付与する。このときの負荷サイクル速度、潤滑種別、試験温度は適宜選択するものとする。なお、軌道の配置に関しては、微小なSi系酸化物粒子群を活用することで埋設箇所直上の位置は特定されるのであるから、埋設箇所直上を軌道幅の中心が通るようにしてもよく、また、敢えて軌道幅の中心から適宜ずらすようにすることも目的に応じて選択して良い。試験時の転動体の個数については、3個であっても良いし、スラスト試験機の負荷能力に応じてさらに増やすことも選択して良いものとする。
図8は完成したスラスト試験片の断面を観察して、埋設した212μmのAl2O3周囲の母相との間に引張加工により人為的に形成させた隙間の状況を観察したものである。本実施形態の手法により、埋設した粒子の周囲の一部に実際に隙間が形成されていることが確認される。
以上説明したように、本実施形態は、非金属介在物もしくはそれに類似した組成を有する化合物について、予め大きさ、組成、形状を選定したものを人工的な手段で軸受用鋼製の水素侵入環境下の転がり疲れ試験片中に導入し、さらに介在物もしくは化合物と母相とをお互いに密着した状態にいったん制御したのち、改めてその周囲の母相との間に制御された条件のもとで隙間を付与した介在物もしくは化合物を対象として水素侵入環境下における転がり疲れ試験を行うという方法である。これは、寿命に関与する介在物の大きさ、形状、組成、母相との隙間の状況、鋼中の存在位置といった諸情報について予め判明した状態から試験を行うことができるため、水素侵入環境下での隙間を伴う介在物の有害性(寿命や転がり疲れへの影響)をより精緻に検証することを可能とする、これまでに無い新たな試験方法である。本試験方法を用いた場合、介在物の精密な位置情報が予め判明しているために、介在物周囲の疲労状況の断面観察を容易に行うことができる。その観察手法としては従来から良く用いられてきた断面観察による手法が利用可能であるし、あるいは非破壊での観察手法の適用も可能であり、介在物周囲の疲労挙動について従来以上に精緻な検証の実現が期待できる。また、この発明の方法では、はく離に至る前段階で試験を中断した場合であっても、鋼中の介在物もしくは化合物の存在位置が予め精密に特定されていることにより、その周囲の疲労状況の断面観察について、確実に遂行することを可能にする。さらに、水素チャージした試験片の介在物からのはく離を発生させることができれば、隙間を伴う介在物の大きさと水素侵入環境下寿命との関係を取得することが実現可能となる。
以上、実施形態を説明したが、この実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。この新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。この実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
100:試験片
101:内径穴部
104:粒子
106:隙間

Claims (3)

  1. 母相が鋼であり、所定形状の粒子が、表面から所定の深さに前記母相と隙間を有して埋め込まれ、前記表面と前記粒子との間に、Si系酸化物群が備わる試験片に、水素導入処理を実施し、前記鋼中の水素量を調整するために、前記水素導入処理後1時間以上静置し、前記水素導入処理後24時間以内に、前記試験片の前記Si系酸化物群の上部を転動体が通るように軌道を配置してスラスト型転がり疲れ試験を行う、転がり疲れ試験方法。
  2. 母相が鋼であり、所定形状の粒子が、表面から所定の深さに前記母相と隙間を有して埋め込まれ、前記表面と前記粒子との間に、Si系酸化物群が備わる試験片に、水素導入処理を実施し、前記粒子の周囲に存在する水素の影響に限定して検証するために、前記水素導入処理後24時間以上静置してから、前記試験片の前記Si系酸化物群の上部を転動体が通るように軌道を配置してスラスト型転がり疲れ試験を行う、転がり疲れ試験方法。
  3. 前記水素導入処理は、陰極チャージ法による、請求項1または2に記載の転がり疲れ試験方法。
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