JP7436991B2 - 脂質相分離ドメイン形成基板及びその製造方法、並びに、脂質相分離ドメイン形成用の基板 - Google Patents

脂質相分離ドメイン形成基板及びその製造方法、並びに、脂質相分離ドメイン形成用の基板 Download PDF

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Description

本発明は、脂質相分離ドメイン形成基板及びその製造方法、並びに、脂質相分離ドメイン形成用の基板に関する。
細胞膜は、多様な脂質分子、コレステロール、タンパク質を含有し、複数の異なる脂質ドメインを形成すると言われている。このような脂質ドメインにおいて膜タンパク質は局在し機能を発揮することが示唆されている。生体の細胞膜における膜タンパク質の機能を解析する上で、脂質ドメインの構造や性質を理解することは重要である(例えば、非特許文献1)。
ところで、巨大ベシクルを、オーバーハング形状を有した井戸構造基板上で展開すると、井戸構造上に人工脂質二分子膜を形成することができる(例えば、特許文献1)。このような人工脂質二分子膜においてイオンチャネル型膜タンパク質を再構成することにより、膜タンパク質の機能及び動きを解析することができる。
人工脂質二分子膜においては、飽和脂質やコレステロールから構成される秩序液体相、及び、不飽和脂質を主とした無秩序液体相のドメイン構造が形成される(例えば、非特許文献2)。
無秩序液体相は脂質分子の炭化水素鎖の配向が乱れており、脂質分子の流動性が非常に高い相である。一方、秩序液体相は脂質分子の炭化水素鎖の配向は揃っており、コレステロールの影響により流動性が発現する相である。
生体の細胞膜は、多様な脂質分子、コレステロール、タンパク質を含有しているため、均一な脂質膜ではなく、秩序液体相と無秩序液体相とを有するドメイン構造(ラフトドメイン)が形成され、これにより、膜タンパク質の局在、機能化が実現されている。
このようなドメイン構造を有する、生体の細胞膜の機能を模した人工脂質二分子膜を利用することにより、より多くの膜タンパク質の機能を解析可能になることが期待される。
特許第5159808号公報
K. Simons, "The Biology of Lipids: Trafficking, Regulation, and Function", Cold Spring Harbor Laboratory Press (2011). Sumitomo, K.; Oshima, A. Liquid-Ordered/Liquid-Crystalline Phase Separation at a Lipid Bilayer Suspended over Microwells. Langmuir, 2017; 33, 13277-13283. Azusa Oshima, Hiroshi Nakashima, and Koji Sumitomo, Evaluation of Lateral Diffusion of Lipids in Continuous Membranes between Freestanding and Supported Areas by Fluorescence Recovery after Photobleaching, Langmuir, 2019;35, 11725-11734.
不飽和脂質、飽和脂質及びコレステロールを含有する巨大ベシクルを、オーバーハング形状を有した井戸構造基板上で展開し、井戸構造上に人工脂質二分子膜を形成させると、秩序液体相が井戸開口部から周縁に排除される。その結果、井戸開口部の周縁の人工脂質二分子膜(支持膜)においては、秩序液体相が局在し、井戸開口部上の人工脂質二分子膜(自立膜)においては、秩序液体相は安定的に維持できず、無秩序液体相が局在する(例えば、非特許文献2)。
そのため、非特許文献2に記載の人工脂質二分子膜では、自立膜において秩序液体相を安定して維持することはできないという問題がある。
そこで本発明は、自立膜において秩序液体相が形成され安定的に維持されている脂質相分離ドメイン形成基板、脂質相分離ドメイン形成用の基板、及び脂質ドメイン形成方法を提供することを目的とする。
本発明の一態様は、微小井戸が形成された基板と、前記微小井戸の開口部を覆うように前記基板上に配置された脂質二分子膜と、を備え、前記基板は、一方の面に開口した凹部が形成された基板本体、及び前記凹部開口面の周縁から前記凹部開口面を狭める方向へ張り出すオーバーハング部を有し、前記オーバーハング部の先端部の上部における、前記凹部の深さ方向の最小曲率半径は、前記脂質二分子膜の限界曲率半径以下である、脂質相分離ドメイン形成基板である。
また、本発明の一態様は、微小井戸が形成された脂質相分離ドメイン形成用の基板であって、一方の面に開口した凹部が形成された基板本体と、前記凹部開口面の周縁から前記凹部開口面を狭める方向へ張り出すオーバーハング部と、を有し、前記オーバーハング部の先端部の上部における、前記凹部の深さ方向の最小曲率半径は、脂質二分子膜の限界曲率半径以下である、基板である。
また、本発明の一態様は、上述した脂質相分離ドメイン形成基板を製造する方法であって、基板本体の上に薄膜を形成して積層体を得る工程と、前記積層体をエッチングして、前記基板本体に凹部を形成する工程と、前記凹部において前記基板本体をエッチングして、前記凹部開口面の周縁から前記凹部開口面を狭める方向へ張り出すオーバーハング部を形成する工程と、前記オーバーハング部の先端部をエッチングする工程と、前記基板本体の表面で巨大脂質膜ベシクルを展開させることにより、前記微小井戸の前記開口部を脂質二分子膜で覆う工程と、を有し、前記オーバーハング部の先端部をエッチングする工程において、前記オーバーハング部の先端部の上部における、前記凹部の深さ方向の最小曲率半径を、前記脂質二分子膜の限界曲率半径以下に制御する、方法である。
また、本発明の一態様は、上述した脂質相分離ドメイン形成基板を製造する方法であって、基板本体の上に薄膜を形成して積層体を得る工程と、前記積層体をエッチングして、前記基板本体に凹部を形成する工程と、前記凹部において前記基板本体をエッチングして、前記凹部開口面の周縁から前記凹部開口面を狭める方向へ張り出すオーバーハング部を形成する工程と、前記薄膜の厚さを減らす工程と、前記基板本体の表面で巨大脂質膜ベシクルを展開させることにより、前記微小井戸の前記開口部を脂質二分子膜で覆う工程と、を有し、前記薄膜の厚さを減らす工程において、前記オーバーハング部の厚さを限界曲率半径の2倍以下に制御する、方法である。
本発明によれば、自立膜において秩序液体相が形成され安定的に維持されている脂質相分離ドメイン形成基板、脂質相分離ドメイン形成用の基板、及び脂質ドメイン形成方法を提供することができる。
本発明の一実施形態に係る脂質相分離ドメイン形成基板の模式的な断面図である。 本発明の一実施形態に係る脂質相分離ドメイン形成基板のオーバーハング部の先端の模式的な断面図である。 従来の脂質相分離ドメイン形成基板のオーバーハング部の先端の一部を拡大した、模式的な断面図である。 本発明の一実施形態に係る脂質相分離ドメイン形成基板のオーバーハング部の先端の一部を拡大した、模式的な断面図である。 本発明の一実施形態に係る脂質相分離ドメイン形成基板のオーバーハング部の先端の一部を拡大した、模式的な断面図である。 従来の脂質相分離ドメイン形成基板のオーバーハング部の先端の一部を拡大した、模式的な断面図である。 本発明の一実施形態に係る脂質相分離ドメイン形成基板のオーバーハング部の先端の一部を拡大した、模式的な断面図である。 積層体の模式的な断面図である。 エッチングされた積層体の模式的な断面図である。 基板本体をエッチングして、オーバーハング部が形成された基板の模式的な断面図である。 オーバーハング部の先端をエッチングした基板の模式的な断面図である。 脂質二分子膜を展開させた基板の模式的な断面図である。 オーバーハング部の厚さを減らした基板の模式的な断面図である。 脂質二分子膜が積層した基板の模式的な断面図である。 本発明の一実施形態に係る脂質相分離ドメイン形成用の基板の模式的な断面図である。 基板上に形成された脂質二分子膜の自立膜部分における、秩序液体相の分布の写真である。
井戸構造基板上で支持される脂質二分子膜は、基板との静電引力により安定に保持されている。そのため、オーバーハング部の先端の形状に沿って屈曲し、自立膜は井戸構造内部に向かって垂れ下がって湾曲している。自立膜の湾曲構造は、流動性の高い無秩序液体相の局在を引き起こしていると考えられている(例えば、非特許文献2)。
また、自立膜と支持膜とでは脂質二分子膜の側方拡散係数が異なり、自立膜と支持膜との間にある脂質二分子膜の屈曲部に拡散障壁が存在すると考えられている(例えば、非特許文献3)。脂質二分子膜の屈曲部は、脂質二分子膜が、オーバーハング部の先端部における曲線部に沿って屈曲することにより形成される。
本発明者らは、脂質二分子膜の屈曲部に存在する拡散障壁が、秩序液体相及び無秩序液体相の異方的側方拡散を引き起こし、その結果、自立膜において秩序液体相が安定的に維持できないと推測した。
[脂質相分離ドメイン形成基板]
一実施形態にかかる脂質相分離ドメイン形成基板を、図面を参照して説明する。図1は、脂質相分離ドメイン形成基板1の断面図を例示する。
なお、図1中、凹部13の開口面を仮想線で示している。
脂質相分離ドメイン形成基板1は、基板12と、基板12の上に配置された脂質二分子膜30とを備えている。基板12には、微小井戸20が形成されている。脂質二分子膜30は、微小井戸20の開口部21を覆うように設けられている。
基板12は、一方の面に開口した凹部13が形成された基板本体10と、オーバーハング部11aを有している。
基板本体10の上には、薄膜層11が積層されている。薄膜層11は、凹部13の開口面の周縁から凹部13の開口面を狭める方向へ張り出したオーバーハング部11aを有している。
脂質二分子膜30は、微小井戸20の開口部21の周縁の薄膜層11の上に形成された支持膜31と、微小井戸20の開口部21の上に形成される自立膜32とから構成されている。
本実施形態において、脂質二分子膜30には、秩序液体相30aと無秩序液体相30bの二つの相状態が存在し、自立膜32は秩序液体相30aを有している。
脂質二分子膜にドメイン状に存在する秩序液体相はラフト様構造とよばれる。ラフト様構造が真円である場合、ラフト様構造の直径は、10nm~20μmであってもよく、10nm~4μmであってもよく、10~1000nmであってもよく、20~200nmであってもよく、30~150nmであってもよく、50~100nmであってもよい。ラフト様構造が真円でない場合の前記直径は、ラフト様構造を面積基準で真円に換算した場合の直径とする。
本実施形態に係る脂質相分離ドメイン形成基板1の自立膜32において、脂質相分離ドメイン形成基板1を上方から見た場合、自立膜32に占める、秩序液体相30aの面積の割合は、自立膜32の面積に対して、10%以上であってもよく、30%以上であってもよく、70%以上であってもよい。
図2は、図1における、オーバーハング部11aの先端部及び脂質二分子膜30の拡大図である。
オーバーハング部11aの先端部50は、脂質二分子膜30と接している上部51、及び、脂質二分子膜30と接触していない下部52を有している。
オーバーハング部11aの先端部50の上部51は、均一な曲率半径を有していてもよいし、曲率半径の異なる複数の屈曲部を有していてもよい。ここで、上部51が曲率半径の異なる複数の屈曲部を有している場合、上部51において、凹部13の深さ方向に最も急峻に曲がる屈曲部の、凹部13の深さ方向の曲率半径を最小曲率半径とする。
本実施形態において、オーバーハング部11aの先端部50の上部51における凹部13の深さ方向の最小曲率半径は、脂質二分子膜30の限界曲率半径以下である。
また、本実施形態において、オーバーハング部11aの下部52における凹部13の深さ方向の曲率半径は、特に限定されない。
本明細書において、脂質二分子膜30の限界曲率半径とは、脂質二分子膜30が脂質二重膜の構造を維持した状態で最大限に屈曲したときの、脂質二分子膜30の曲率半径を意味する。この限界曲率半径以下になると、脂質二分子膜30は脂質二分子膜の構造を維持できない。
次に、脂質二分子膜30の限界曲率半径(以下、Rという場合がある)と、オーバーハング部11aの先端部50の上部51における、凹部13の深さ方向の最小曲率半径との関係について、詳細に説明する。
図3A、図3Bは、オーバーハング部11aの先端部50の上部51、及び、先端部50の上部51付近の脂質二分子膜30である。
図3Aにおいて、脂質接触部33は、オーバーハング部11aの先端部50の上部51と接触している脂質二分子膜30の一部分である。また、オーバーハング部11aの上部51の凹部13の深さ方向の最小曲率半径は、Rである。図3Bにおいて、オーバーハング部11aの上部51の凹部13の深さ方向の最小曲率半径は、Rである。
図3Aは、R<Rである場合の一例である。この場合、脂質二分子膜30は、オーバーハング部11aの上部51に沿って屈曲して配置される。したがって、オーバーハング部11aの上に位置する脂質接触部33の曲率半径は、およそRとなる。
図3Bは、R≧Rである場合の一例である。この場合、オーバーハング部11aの先端部付近の、脂質二分子膜30の曲率半径はRをとり得ず、脂質二分子膜30は、オーバーハング部11aの上部51に沿って屈曲できないため、曲率半径Rまで屈曲した後、上部51には沿わず、ほぼ平坦な形状となる。
オーバーハング部11aの先端部50の上部51における凹部13の深さ方向の最小曲率半径を制御することにより、自立膜32において秩序液体相30aが形成され安定的に維持される現象について、発明者らは、次のように推定している。
自立膜32と支持膜31とでは脂質二分子膜30の側方拡散係数が異なり、自立膜32と支持膜31との間にある、脂質二分子膜30の屈曲部(脂質接触部33)に拡散障壁が存在すると考えられている(例えば、非特許文献3)。
ここで、図3Aに例示するように、R<Rである場合、脂質接触部33が屈曲するため、脂質接触部33に拡散障壁が生じ、その結果、支持膜31においては、秩序液体相30aが局在し、自立膜32においては、秩序液体相30aは安定的に維持できず、無秩序液体相30bが局在する。
一方、図3Bに例示するように、R≧Rである場合、脂質二分子膜30は、オーバーハング部11aの先端部50では平坦な形状となり、拡散障壁が生じにくくなり、その結果、自立膜32において秩序液体相30aが形成され安定的に維持することができる。
あるいは、次のようにも考えられる。
図3Aに例示されるように、R<Rである場合、脂質接触部33が屈曲するため、自立膜32は大きく湾曲し、その結果、自立膜32においては、流動性の低い秩序液体相30aは安定的に維持できず、無秩序液体相30bが局在する。
図3Bに例示されるように、一方、R≧Rである場合、脂質二分子膜30は、オーバーハング部11aの先端部50ではほぼ平坦な形状となり、その結果、自立膜32において、流動性の低い秩序液体相30aを安定に維持できる。
次に、オーバーハング11aの先端部50の上部51が、曲率半径の異なる複数の屈曲部を有する場合について説明する。図3Cに例示されるように、オーバーハング11aの先端部50の上部51は、曲率半径がRである屈曲部及び曲率半径がRである屈曲部を有する。ここで、図3Cにおいて、R≦R<Rであるとする。
この場合、脂質二分子膜30は、曲率半径がRである屈曲部に沿って屈曲するが、曲率半径がRである屈曲部に沿って屈曲することができない。脂質二分子膜30は、先端部50の上部51において接触できない部分を有するため、拡散障壁の形成を抑制、あるいは、自立膜32が大きく湾曲することを抑制することができる。その結果、自立膜32において、流動性の低い秩序液体相30aを安定に維持しやすくなる。
言い換えると、先端部50の上部51における、最小曲率半径(図3CにおいてはR)をRc以下に設定することにより、自立膜32において、流動性の低い秩序液体相30aを安定に維持しやすくなる。
オーバーハング部11aは、その製造工程を容易なものとする観点から、先端部50の上部51及び先端部50の下部52の形状は略同一であることが好ましい。
この場合、上部51における最小の曲率半径、及び、下部52における最小の曲率半径は、オーバーハング部11aの厚さの半分以下となる。
オーバーハング部11aの厚さを、脂質二分子膜30の限界曲率半径の2倍以下に設定することにより、上部51における最小の曲率半径は、脂質二分子膜の限界曲率半径以下となる。その結果、脂質二分子膜30は、上部51に沿って屈曲できないため、曲率半径Rまで屈曲した後、上部51には沿わず、ほぼ平坦な形状となり、自立膜32において秩序液体相30aが形成され安定的に維持することができる。
図4A、図4Bは、オーバーハング部11aの先端部50、及び、先端部50の付近の脂質二分子膜30である。
図4Aにおいて、オーバーハング部11aの先端部50の凹部13の深さ方向の曲率半径はRであり、上部51の凹部13の深さ方向の曲率半径、及び、下部52の凹部13の深さ方向の曲率半径はRである。また、オーバーハング部11aの厚さLは、限界曲率半径の2倍よりも厚く、Rc≦Rである。
この場合、脂質二分子膜30は、オーバーハング部11aの上部51に沿って屈曲して配置される。したがって、オーバーハング部11aの上に位置する脂質接触部33の曲率半径は、およそRとなる。
脂質接触部33が屈曲するため、脂質接触部33に拡散障壁が生じ、その結果、支持膜31においては、秩序液体相30aが局在し、自立膜32においては、秩序液体相30aは安定的に維持できず、無秩序液体相30bが局在すると推定される。
あるいは、脂質接触部33が屈曲するため、自立膜32は大きく湾曲し、その結果、自立膜32においては、流動性の低い秩序液体相30aは安定的に維持できず、無秩序液体相30bが局在すると推定される。
図4Bにおいて、オーバーハング部11aの先端部50の凹部13の深さ方向の曲率半径はRであり、上部51の凹部13の深さ方向の曲率半径、及び、下部52の凹部13の深さ方向の曲率半径はRである。オーバーハング部11aの厚さLは、限界曲率半径の2倍以下であり、R≦Rである。
この場合、オーバーハング部11aの先端部付近の、脂質二分子膜30の曲率半径はRをとり得ず、脂質二分子膜30は、オーバーハング部11aの上部51に沿って屈曲できないため、曲率半径Rまで屈曲した後、上部51には沿わず、ほぼ平坦な形状となる。
脂質二分子膜30は、オーバーハング部11aの先端部50では平坦な形状となり、拡散障壁が生じにくくなり、その結果、自立膜32において秩序液体相30aが形成され安定的に維持することができると推定される。
あるいは、脂質二分子膜30は、オーバーハング部11aの先端部50ではほぼ平坦な形状となり、その結果、自立膜32において、流動性の低い秩序液体相を安定に維持できると推定される。
脂質二分子膜30は、飽和脂質、不飽和脂質、及びコレステロールの三成分系を含んでよい。
脂質二分子膜30の脂質分子の種類は、脂質二分子膜(脂質二重膜)を形成できるものであれば特に制限されず、例えば、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルイノシトールホスフェイト(PIP)、ホスファチジン酸(PA)、ホスファチジルグリセロール(PG)、スフィンゴ脂質などの中性又はアニオン性の脂質分子や;1,2-ジオレイル-3-トリメチルアンモニウムプロパン、トリメチルアンモニウムプロパン(TAP)、エチルホスホコリン(EPC)などのカチオン性の脂質分子等が挙げられる。これらの脂質分子は、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。
秩序液体相30aはコレステロールと飽和脂質分子を含み、無秩序液体相30bよりも飽和脂質分子を多く含む。秩序液体相30aに含有される脂質分子100モル%に対する飽和脂質分子の割合は、例えば、50~100モル%であってもよく、80~100モル%であってもよく、90~100モル%であってもよい。飽和脂質分子としては、ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)やスフィンゴミエリンなどを例示できる。
無秩序液体相30bは不飽和脂質分子を含み、秩序液体相30aよりも不飽和脂質分子を多く含む。無秩序液体相30bに含有される脂質分子100モル%に対する不飽和脂質分子の割合は、例えば、50~100モル%であってよく、80~100モル%であってよく、90~100モル%であってよい。不飽和脂質分子としては、ジオレオイルホスファチジルコリン(DOPC)などを例示できる。
脂質二分子膜30の原料が卵黄由来のホスファチジルコリンである場合、脂質二分子膜30で形成された小胞の最小の半径は約10nmである(例えば、B.A.Cornell, G.C.Fletcher, J.Middlehurst, F.Separovic, The lower limit to the size of small sonicated phospholipid vesicles, Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Biomembranes, 1982; 690, 15-19.)。
すなわち、この場合、限界曲率半径Rは、約10nmである。
微小井戸20の開口部21の形状は特に限定されない。開口部21を上方から見た場合の形状としては、例えば、円形、楕円形、三角形、矩形、多角形等の形状が挙げられる。このうち、脂質二分子膜30をより安定に支持する観点から、円形又は矩形であることが好ましい。
微小井戸20の開口部21の直径、又は開口部21を構成する多角形の一辺は、100nm~10μmとすることが好ましい。
微小井戸20の深さは、脂質二分子膜30が微小井戸20の底面に接触しない深さであれば特に限定されず、開口部21の直径に応じて適宜設計すればよく、例えば0.1μm~10μmの深さが挙げられる。
基板本体10の材料は特に制限されず、例えば、シリコン、シリコン酸化物、シリコン窒化物、石英、マイカ、ガラス、プラスチックなどが挙げられる。pH3~10の水溶液中において表面が負に荷電する基板材料であることが好ましい。
基板本体10の厚みや形状は用途に応じて適宜調整される。微小井戸20の数は特に限定されず、1個でもよく、2個以上でもよく、例えば1~10000個とすることができる。
微小井戸20を形成する方法としては、公知方法が適用可能であり、例えば、フォトリソグラフィ法、電子ビームリソグラフィ法、ドライエッチング法等の微細加工技術を適用することができる。
オーバーハング部11aを形成する薄膜層11の材料としては、公知材料が適用され、基板本体10の材料と同じであってもよいが、オーバーハング部11aを形成する際のエッチングが容易になる観点から、基板本体10の材料とは異なるものが好ましい。薄膜層11の材料として、シリコン酸化物やシリコン窒化物を用いた場合、基板本体10の表面を構成する薄膜層11は中性溶液においては負の表面電荷を有する。
本実施形態に係る脂質相分離ドメイン形成基板1において、微小井戸20の内部は溶液により満たされていてもよい。
微小井戸20の内部を満たす溶液の溶質の種類は特に限定されない。溶質としては、例えば、各溶液のpHを調整するためのpH緩衝剤(例えば、HEPES、MOPS、TRIS、リン酸塩等);塩類(例えば、NaCl、KCl、CaCl、MgCl、生理的塩類等);糖類(グルコース、スクロース等);アルコール類(例えば、グリセロール、キシリトール等);グリコール類等(例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)を例示できる。
脂質二分子膜30の形成方法としては、例えば、巨大脂質膜ベシクルを基板上で展開する方法が挙げられる。ここで「脂質膜ベシクル」とは、脂質二分子膜がベシクル(小胞)を形成してなるものであり、「巨大」の意味は、脂質膜ベシクルが基板上に展開されて平面上の脂質二分子膜30となる際に、当該基板上に予め配置された単数又は複数の微小井戸20の開口部21を充分に覆うことができる大きさであることを意味する。巨大脂質膜ベシクルの直径(長径)は、基板上における展開が容易である観点から、例えば1~10μm以上であることが好ましい。巨大脂質膜ベシクルの直径は、一般的な光学的観察手法により測定される。
巨大脂質膜ベシクルを形成する代表的な手法としては、静置水和法やエレクトロスウェリング法(電界形成法)が例示できる。巨大脂質膜ベシクルを作製しやすく、反応時間や反応プロセスが簡易であるという観点から、電界形成法を採用することが好ましい。電界形成法は、酸化インジウムスズ(ITO)などの電極上に、リン脂質を薄膜化した後、交流電場をかけて水溶液中に巨大脂質膜ベシクルを形成する手法である。
サイズの揃ったベシクルを得るためには、ITO基板上に厚さ数十nm~数μmの均一なリン脂質分子の膜を形成することが好ましく、また、交流電場は数百mV~2V程度の印加条件が好ましい。
[膜タンパク質の導入]
上述の脂質相分離ドメイン形成基板1の脂質二分子膜30に対して、膜タンパク質を導入することができる。
予め目的の膜タンパク質が導入されたプロテオリポソームを公知方法により準備し、このプロテオリポソームを脂質二分子膜30に融合させる。この結果、目的の膜タンパク質を脂質二分子膜30に導入することができる。
[電極の配置]
図1に例示するように、脂質相分離ドメイン形成基板1には、微小井戸20の底部に電極40が備えられてもよいし、微小井戸20の外部には対向電極(図示せず)が備えられていてもよい。例えば、電極対間の電位差や、脂質二分子膜30を透過する電流(イオン流)等を計測することにより、脂質二分子膜30に導入された膜タンパク質について、電気化学的な機能解析を行うことができる。電極40、対向電極の材料としては、例えば、銀/塩化銀、金、白金などが挙げられる。脂質相分離ドメイン形成基板1において、電極は微小井戸20の内部又は外部の何れか一方のみに備えられていてもよい。
電極40の配置方法としては、例えば、基板12の製造時に、スパッタリング等の成膜法によって金属層を形成し、エッチング等により該金属層を適宜パターニングし、さらに電極を絶縁層で被覆することにより、微小井戸20の底面に埋め込んで配置する方法が挙げられる。電極を配置する場合、基板本体10は、例えば、シリコン酸化物やシリコン窒化物、アルミナ、酸化タンタル、レジスト膜等の絶縁体からなることが好ましい。
脂質二分子膜で覆われた微小井戸内外の電位差、あるいは脂質二分子膜を透過する電流を計測する事により、脂質二分子膜に導入した膜タンパク質の機能解析が可能である。
[蛍光分子の添加]
図1に例示するように、脂質相分離ドメイン形成基板1において、微小井戸20の内部の溶液は、蛍光分子23を含んでもよい。蛍光分子(蛍光プローブ)23としては、例えば、微小井戸20の内部の状態変化が起こった場合に蛍光を発する水溶性のものが挙げられる。蛍光分子の蛍光強度変化を計測する事により、脂質二分子膜に導入した膜タンパク質の機能解析が可能である。
蛍光分子の具体例としては、微小井戸20の内部のカルシウムイオン濃度の変化に伴い蛍光強度が変化する、Fluo4、Quin2等が挙げられる。脂質二分子膜30にカルシウムイオン透過性の膜タンパク質を導入した場合、その膜タンパク質を介してカルシウムイオンが脂質二分子膜30を透過し、微小井戸20内のカルシウムイオン濃度が変化すると、蛍光分子からの蛍光強度が変化する。この変化を蛍光顕微鏡等によって検出することにより、膜タンパク質の機能を解析することができる。
本発明によれば、微小井戸上に形成した脂質二分子膜にドメイン状に存在する秩序液体相(ラフト様構造)が形成されることで、ラフト様構造内で機能する膜タンパク質の観察が可能となる。タンパク質機能測定場である微小井戸上の脂質二分子膜にラフト様構造が形成された基板は、インビトロ(in vitro)の測定系の構築において、適用可能な膜タンパク質の種類を増加させる利点も創出する。さらに従来微小井戸を覆う脂質二分子膜に形成されていたのは無秩序液体相のみであったのに対し、本発明では秩序液体相が形成されているので、解析に用いる因子として、より実際の生体細胞と共通する因子を増やすことも可能であり、膜タンパク質の機能をより正しく解析できる。また細胞内環境と同じ機能の解析が実施できるため、創薬分野でのハイスループットスクリーニングへの応用などが期待される。
[製造方法]
(第1実施形態)
脂質相分離ドメイン形成基板の製造方法の第1実施形態は、基板本体10の上に薄膜層11を形成して積層体14を得る工程(a)と、積層体14をエッチングして、基板本体10に凹部13を形成する工程(b)と、凹部13において基板本体10をエッチングして、凹部13の開口面の周縁から凹部13の開口面を狭める方向へ張り出すオーバーハング部11aを形成し、微小井戸20を形成する工程(c)と、オーバーハング部11aの先端部50をエッチングする工程(d)と、基板本体10の表面で巨大脂質膜ベシクル60を展開させることにより、微小井戸20の開口部21を脂質二分子膜30で覆う工程(e)と、を有し、前記オーバーハング部11aの先端部50をエッチングする工程(d)において、前記オーバーハング部の先端部の上部における、前記凹部の深さ方向の最小曲率半径を、前記脂質二分子膜の限界曲率半径以下に制御する、方法である。
この一連の工程を経ることにより、図1に例示する脂質相分離ドメイン形成基板1が得られる。
<工程(a)>
工程(a)では、図5Aに例示するように、基板本体10の上に薄膜層11を形成して積層体14を得る。
基板本体10、薄膜層11の材料としては、上述したものが挙げられる。
薄膜層11を形成する方法は、特に制限されないが、例えば、熱酸化法等が挙げられる。
<工程(b)>
工程(b)では、図5Bに例示するように、積層体14をエッチングして、基板本体10に凹部13を形成する。
積層体14をエッチングする方法としては、特に制限されないが、例えば、フォトリソグラフィ法、電子ビームリソグラフィ法、ドライエッチング法等が挙げられる。
<工程(c)>
工程(c)では、図5Cに例示するように、凹部13において基板本体10をエッチングする。
基板本体10をエッチングする方法としては、特に制限されないが、ウェットエッチング法等が挙げられる。ウェットエッチング法に用いる溶液としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム溶液等のアルカリ溶液が挙げられる。
基板本体10をエッチングして、薄膜層11の下に位置する基板本体10がエッチングされ、その結果、凹部13の開口面の周縁から凹部13の開口面を狭める方向へ張り出すオーバーハング部11aが形成される。このようにして、微小井戸20が形成された基板12が得られる。
<工程(d)>
工程(d)では、図5Dに例示するように、オーバーハング部11aの先端部50をエッチングする。
これにより、オーバーハング部11aの先端部50と脂質二分子膜30との上部51における、凹部13の深さ方向の最小曲率半径を、脂質二分子膜30の限界曲率半径以下に制御する。
先端部50をエッチングする方法としては、特に制限されないが、プラズマエッチング、反応性ガスエッチング、反応性イオンエッチング、反応性イオンビームエッチング、イオンビームエッチング反応性レーザービームエッチング等が挙げられる。
<工程(e)>
工程(e)では、図5Eに例示するように、基板12の表面で巨大脂質膜ベシクル60を展開させる。
巨大脂質膜ベシクル60を形成する方法としては、上述した方法が挙げられる。得られた巨大脂質膜ベシクル60を、微小井戸20が形成された基板12の上で展開することにより、微小井戸20の開口部21は、脂質二分子膜30で覆われる。
(第2実施形態)
脂質相分離ドメイン形成基板の製造方法の第2実施形態は、基板本体10の上に薄膜層11を形成して積層体14を得る工程(a)と、積層体14をエッチングして、基板本体10に凹部13を形成する工程(b)と、凹部13において基板本体10をエッチングして、凹部13の開口面の周縁から凹部13の開口面を狭める方向へ張り出すオーバーハング部11aを形成し、微小井戸20を形成する工程(c)と、薄膜層11の厚さを減らす工程(d)と、基板本体10の表面で巨大脂質膜ベシクル60を展開させることにより、微小井戸20の開口部21を脂質二分子膜30で覆う工程(e)と、を有し、薄膜層11の厚さを減らす工程(d)において、前記オーバーハング部の厚さを限界曲率半径の2倍以下に制御する、方法である。
この一連の工程を経ることにより、図1に例示する脂質相分離ドメイン形成基板1が得られる。
<工程(a)~(c)、(e)>
脂質相分離ドメイン形成基板の製造方法の第2実施形態の工程(a)~(c)、(e)は、脂質相分離ドメイン形成基板の製造方法の第1実施形態の工程(a)~(c)、(e)と同様のものであってもよい。
<工程(d)>
工程(d)では、図6Aに例示するように、薄膜層11の厚さを減らし、オーバーハング部11aの厚さを限界曲率半径の2倍以下に制御する。
オーバーハング部11aの厚さを減らす方法としては、特に制限されないが、例えば、ウェットエッチング法等が挙げられる。ウェットエッチング法に用いる溶液としては、例えば、フッ化水素溶液、フッ化アンモニウム溶液等が挙げられる。
図6Bに例示するように、工程(a)~(e)により、脂質相分離ドメイン形成基板1が得られる。
第1実施形態及び第2実施形態に係る製造方法により製造された脂質相分離ドメイン形成基板1において、自立膜32は、秩序液体相30aを有する。
自立膜32は、自立膜32の上方から見た場合、自立膜32の面積に対する、秩序液体相が占める面積の割合は、10%以上とすることもでき、30%以上とすることもでき、70%以上とすることもできる。
第1実施形態及び第2実施形態において、工程(e)は、微小井戸20が形成された基板12の表面に溶液を滴下し、溶液を微小井戸20の内部に充填し、且つ基板12の表面を溶液で覆う工程工程(e1)と、基板本体10の表面で巨大脂質膜ベシクル60を展開させることにより、微小井戸20の開口部21を脂質二分子膜30で覆う工程(e2)を含むものであってもよい。
溶液としては、上述したものが挙げられる。
[脂質相分離ドメイン形成用の基板]
一実施形態にかかる脂質相分離ドメイン形成用の基板(基板12)を、図面を参照して説明する。
図7に例示するように、脂質相分離ドメイン形成用の基板12には、微小井戸20が形成されている。
基板12は、一方の面に開口した凹部13が形成された基板本体10と、オーバーハング部11aを有している。
基板本体10の上には、薄膜層11が積層されており、オーバーハング部11aは、薄膜層11が、凹部13の開口面の周縁から凹部13の開口面を狭める方向へ張り出すように設けられている。
オーバーハング部11aの先端部の上部における、凹部13の深さ方向の最小曲率半径は、脂質二分子膜30の限界曲率半径以下である。
本実施形態の脂質相分離ドメイン形成用の基板は、上述の脂質相分離ドメイン形成基板の作製に好適に用いられるものである。
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[実験例1]
(Oプラズマによるオーバーハング部の先端のエッチングによる効果)
薄膜層のオーバーハング部の先端をOプラズマによりエッチングし、支持膜と自立膜との接続部の曲率半径を低減させて、自立膜において秩序液体相を安定的に局在させた。
<井戸構造を有する基板の作製>
基板本体の材料としてシリコン基板を用いた。基板本体の上面に、120nmの厚さのシリコン酸化膜層(薄膜層)を、熱酸化法により形成した。さらに、フォトリソグラフィ法とドライエッチング法を用いて、円形状の開口部を持ち、深さが1μmである、微小井戸を形成した。さらに、水酸化カリウム溶液(濃度:10重量%)により、シリコン酸化膜層の下の基板本体を選択的にエッチングすることにより、微小井戸の開口部の四隅にオーバーハング部を形成した。
続いて、薄膜層のオーバーハング部の先端をOプラズマによりエッチングした。
<巨大脂質膜ベシクルの作製>
脂質二分子膜は以下のように形成した。ジオレオイルホスファチジルコリン(DOPC)、スフィンゴミエリン(SM)及びコレステロール(Chol)を等モルで含有する混合クロロホルム溶液を調製した。無秩序液体相用蛍光ラベル剤として、0.05モル%のローダミン‐ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(Rhod-DOPE)を0.05モル%含有させた。
続いて、ITO基板(ガラス上に膜厚100nmのITO薄膜が成膜された基板、サイズ40×40mm)上に、200μLの前記混合クロロホルム溶液を均一に塗布した。
この基板を、クロロホルム溶媒を完全に除去することで、均一な脂質分子薄膜をITO基板上に形成した。その上、サイズ20×20mmでくり貫いた窓部を有する、厚さ1mmのシリコーンゴムを密着して配置し、窓部に200mM スクロース水溶液を滴下した。
さらに、その上部にITO基板を気泡が入らないように配置し、シリコーンゴム窓部にある溶液をITO基板で挟み込んだ。続いて、ITO基板にクリップ電極を接合し、37℃で交流電場(正弦波,1V,10Hz)を2時間印加することで、電界形成法により巨大脂質膜ベシクルをスクロース溶液中に分散して形成させた。
上述の方法により得られる巨大脂質膜ベシクルは、分離した秩序液体相及び無秩序液体相のドメイン構造を有している。励起波長559nmを照射してローダミンの蛍光を観察することにより、無秩序液体相を可視化することができる。
<巨大脂質膜ベシクルの基板への展開>
井戸部を有する基板本体の上に、溶液(200mM グルコース,5mM 塩化カルシウム)を滴下した。さらに、巨大脂質膜ベシクル分散液を溶液中に滴下し、巨大脂質膜ベシクルを基板上に展開した。これにより、球状の巨大脂質膜ベシクルは基板に衝突させ、その球状構造が破壊して井戸部を覆うように二分子膜を形成させた。
基板上に形成された脂質二分子膜の自立膜部分について、Rhod-DOPEの蛍光を観察することにより、秩序液体相の分布を観察した。結果を図8に示す。図8中、矢印で示した暗領域は、自立膜における秩序液体相を示す。1200秒経過後であっても、秩序液体相は自立膜に安定に存在し続けることが明らかになった。
一方、薄膜層のオーバーハング部の先端をエッチングしなかった場合、脂質二分子膜の自立膜において、秩序液体相は安定に存在することができなかった。
この結果について、発明者らは、次のように推定している。
例えば、Oプラズマにより薄膜層のオーバーハング部の先端をエッチングすることにより、オーバーハング部の先端がより先鋭になり、その曲率半径が、脂質二分子膜の限界曲率半径よりも小さくなる。この場合、脂質二分子膜とオーバーハング部の先端部とが接触する脂質接触部は平坦な形状となるため、脂質接触部に拡散障壁が生じにくくなり、その結果、自立膜において秩序液体相が形成され安定的に維持することができたと推定される。あるいは、脂質二分子膜は、オーバーハング部の先端部ではほぼ平坦な形状となり、その結果、自立膜において、流動性の低い秩序液体相を安定に維持できたと推定される。
一方、薄膜層のオーバーハング部の先端をエッチングしなかった場合、脂質接触部が屈曲するため、脂質接触部に拡散障壁が生じ、その結果、支持膜においては、秩序液体相が局在し、自立膜においては、秩序液体相は安定的に維持できず、無秩序液体相が局在したと推定される。あるいは、脂質接触部が屈曲するため、自立膜は大きく湾曲し、その結果、自立膜においては、流動性の低い秩序液体相は安定的に維持できず、無秩序液体相が局在すると推定される。
[実験例2]
(薄膜層の膜厚を減少させることによる効果)
薄膜層の膜厚を減少させて、自立膜において秩序液体相を安定的に局在させた。
<井戸構造を有する基板の作製>
実験例1と同一の方法により、シリコン基板本体の上面に、薄膜層を形成した後、オーバーハング部を有する微小井戸を形成した。
続いて、フッ化アンモニウム(40質量%)を用いて、薄膜層の膜厚を減少させた。
<巨大脂質膜ベシクルの作製>
実験例1と同一の方法により、巨大脂質膜ベシクルを形成させた。
<巨大脂質膜ベシクルの基板への展開>
実験例1と同一の方法により、巨大脂質膜ベシクルを基板へ展開した。
基板上に形成された脂質二分子膜の自立膜部分について、Rhod-DOPEの蛍光を観察することにより、秩序液体相の分布を観察した。その結果、実験例1の結果と同様に、秩序液体相が自立膜において安定に局在することが明らかになった。
一方、薄膜層のオーバーハング部の厚さを減少させなかった場合、脂質二分子膜の自立膜において、秩序液体相は安定に存在することができなかった。
フッ化アンモニウムを用いて薄膜層の膜厚を減少させたため、脂質二分子膜とオーバーハング部の先端部とが接触する脂質接触部は平坦な形状となり、その結果、自立膜において秩序液体相が形成され安定的に維持することができたと推定される。あるいは、脂質二分子膜は、オーバーハング部の先端部ではほぼ平坦な形状となり、その結果、自立膜において、流動性の低い秩序液体相を安定に維持できたと推定される。
本発明によれば、自立膜において秩序液体相が形成され安定的に維持されている脂質相分離ドメイン形成基板、脂質相分離ドメイン形成用の基板、及び脂質ドメイン形成方法が提供される。本発明の脂質相分離ドメイン形成基板は、膜タンパク質の機能の解析に利用可能である。
1・・・脂質ドメイン形成基板、10・・・基板本体、11・・・薄膜層、11a・・・オーバーハング部、12・・・基板、13・・・凹部、14・・・積層体、20・・・微小井戸、21・・・開口部、23・・・蛍光分子(蛍光プローブ)、30・・・脂質二分子膜、30a・・・秩序液体相、30b・・・無秩序液体相、31・・・支持膜、32・・・自立膜、33・・・脂質接触部、40・・・電極、50・・・先端部、51・・・上部、52・・・下部、60・・・巨大脂質膜ベシクル

Claims (5)

  1. 微小井戸が形成された基板と、
    前記微小井戸の開口部を覆うように前記基板上に配置された脂質二分子膜と、
    を備え、
    前記基板は、一方の面に開口した凹部が形成された基板本体、及び前記凹部開口面の周縁から前記凹部開口面を狭める方向へ張り出すオーバーハング部を有し、
    前記オーバーハング部の先端部の上部における、前記凹部の深さ方向の最小曲率半径は、前記脂質二分子膜の限界曲率半径以下である、脂質相分離ドメイン形成基板。
  2. 前記オーバーハング部の厚さは、限界曲率半径の2倍以下である、請求項1に記載の脂質相分離ドメイン形成基板。
  3. 請求項1に記載の脂質相分離ドメイン形成基板を製造する方法であって、
    基板本体の上に薄膜を形成して積層体を得る工程と、
    前記積層体をエッチングして、前記基板本体に凹部を形成する工程と、
    前記凹部において前記基板本体をエッチングして、前記凹部開口面の周縁から前記凹部開口面を狭める方向へ張り出すオーバーハング部を形成する工程と、
    前記オーバーハング部の先端部をエッチングする工程と、
    前記基板本体の表面で巨大脂質膜ベシクルを展開させることにより、前記微小井戸の前記開口部を脂質二分子膜で覆う工程と、を有し、
    前記オーバーハング部の先端部をエッチングする工程において、前記オーバーハング部の先端部の上部における、前記凹部の深さ方向の最小曲率半径を、前記脂質二分子膜の限界曲率半径以下に制御する、方法。
  4. 請求項1に記載の脂質相分離ドメイン形成基板を製造する方法であって、
    基板本体の上に薄膜を形成して積層体を得る工程と、
    前記積層体をエッチングして、前記基板本体に凹部を形成する工程と、
    前記凹部において前記基板本体をエッチングして、前記凹部開口面の周縁から前記凹部開口面を狭める方向へ張り出すオーバーハング部を形成する工程と、
    前記薄膜の厚さを減らす工程と、
    前記基板本体の表面で巨大脂質膜ベシクルを展開させることにより、前記微小井戸の前記開口部を脂質二分子膜で覆う工程と、を有し、
    前記薄膜の厚さを減らす工程において、前記オーバーハング部の厚さを限界曲率半径の2倍以下に制御する、方法。
  5. 微小井戸が形成された、脂質相分離ドメイン形成用の基板であって、
    一方の面に開口した凹部が形成された基板本体と、
    前記凹部開口面の周縁から前記凹部開口面を狭める方向へ張り出すオーバーハング部と、を有し、
    前記オーバーハング部の先端部の上部における、前記凹部の深さ方向の最小曲率半径は、脂質二分子膜の限界曲率半径以下である、基板。
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〇大嶋 梓、柿本 恭宏、上野 祐子、手老 龍吾 〇Azusa Oshima, Yasuhiro Kakimoto, Yuko Ueno, Ryugo Tero,[19p-E203-2]糖脂質を含む自立型脂質二分子膜の相分離ドメイン形成 [19p-E203-2]Formation of phase separation domains in freestanding bilayer lipid membrane,2019年 第80回応用物理学会秋季学術講演会[講演予稿集] Extended Abstracts of The 80th JSAP Autumn Meeting 2019 ,公益社団法人応用物理学会 The Japan Society of Applied Physics

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