JP7433627B2 - コラーゲンキセロゲル及びその製造方法並びにコラーゲンキセロゲルの安定化方法 - Google Patents

コラーゲンキセロゲル及びその製造方法並びにコラーゲンキセロゲルの安定化方法 Download PDF

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Description

本発明は、コラーゲンキセロゲル及びその製造方法に関する。さらに詳しくは、コラーゲンを線維化して成る実験用細胞培養担体、医療用生体移植材料等に利用可能な物理的性質の変化が抑制されたコラーゲンキセロゲル及びその製造方法に関する。
コラーゲンは生体内に存在するタンパク質のひとつである。ヒトにおいては全身のタンパク質の約30%を占め、特に皮膚、骨、軟骨、腱及び血管壁に多く存在する。コラーゲンの分子量は約30万であり、分子量約10万のポリペプチド鎖3本から成る三重らせん構造を形成している。コラーゲンはその由来となる動物及びその組織によってアミノ酸配列順序及びアミノ酸組成比が異なる多数の分子種が存在する。
コラーゲンは生体内で細胞外マトリックスとして細胞の足場としての役割を果たすと同時に、増殖、分化及び形態形成に影響を与えることが知られており、古くより細胞培養担体として利用され、近年では生体移植材料としても応用されている。
このうち、細胞培養担体としてはコラーゲンコートが施された各種培養シャーレやフラスコが市販されており、またコラーゲンゲル中に細胞を分散させて培養する包埋培養法が知られている。生体移植材料としては細胞を担持したコラーゲンゲル材料、溶液状態で移植し生体内でゲル化させるインジェクタブルゲル、コラーゲンゲルを乾燥して膜状あるいはスポンジ状に加工した材料などが存在する。
また、コラーゲンから成る生体移植材料として、非特許文献1には軟骨移植用材料、特許文献1には生体内注入用ゲル化材料、特許文献2には人工皮膚材料などが開示されている。このようにコラーゲンから成る生体移植材の形状はさまざまであるが、コラーゲンゲルを応用して加工、成形された材料が多い。
生体移植材料としての応用が期待される新規なコラーゲン材料として、「コラーゲンビトリゲル」がある。「ビトリゲル(Vitrigel)(登録第5602094号商標)」は竹澤らにより命名された新しい学術用語で、従来の細胞外マトリックス等のハイドロゲルをガラス化(vitrification)した後に再水和して得られる安定した状態にあるゲルと定義されている(非特許文献2)。細胞外マトリックスの一つであるコラーゲンから形成されるコラーゲンビトリゲルは、高密度のコラーゲン線維から成るものである。
このコラーゲンビトリゲルの薄膜は、従来の板状のコラーゲンゲル材料に比して薄く、強度が高い特徴を持ち、生体移植材料としての応用が期待されている。例えば、非特許文献3には、ブタ皮膚由来アテロコラーゲンを原料としたコラーゲンビトリゲル薄膜から成る軟骨移植用材料が開示されている。また、ウシ皮膚由来ネイティブコラーゲンを原料としたコラーゲンビトリゲルの乾燥体(コラーゲンキセロゲル)はすでに細胞培養用基材として製品化されている(関東化学(株)#ad-MEDビトリゲル(登録商標))。
コラーゲンビトリゲル薄膜及びその乾燥体であるコラーゲンキセロゲルは生体移植材料としての応用が期待されているが、工業製品化に向けては課題が残されており、製造後経時的に物理的性質が変化することが確認されている。より具体的には、コラーゲンキセロゲルを保存中、経時的にコラーゲンキセロゲルの硬度及びこれを水和してコラーゲンビトリゲルとした際の硬度が上昇することが確認されている。
生体移植材料へコラーゲンビトリゲル薄膜を応用することを考慮した場合、経時的な硬度の上昇はハンドリング性や組織との接着性に影響し、硬度の上昇によって柔軟性が低下した材料は組織を物理的に傷つける恐れがある。このように物理的性質の経時的な変化は、設計時に意図した性能を発揮できなくなるばかりでなく、意図しない問題を生じる可能性もある。品質を長期間維持できない場合、工業製品の有効期間は短く設定せざるを得ない。有効期間が短い場合、流通量が制限され、また一度に大量生産ができないため、生産効率は悪くなる。
工業製品の品質を安定に維持し、製品寿命を長くするため、物理的性質の変化を抑制することが望ましい。一方で、これまでにコラーゲンキセロゲル及びこれをコラーゲンビトリゲルとしたときの物理的性質の変化の抑制に有効な方法は報告されておらず、長期に渡って、コラーゲンビトリゲルとしたときの物理的性質が変化しないコラーゲンキセロゲルの製造方法は確立されていなかった。
特許第6071468号公報 特許第4674211号公報 特開2005-6608号公報
菅原桂、"培養軟骨による軟骨欠損治療の最近の進歩"、人工臓器、日本人工臓器学会、2013年、42巻、3号、p.198‐200 Toshiaki Takezawa,"Collagen Vitrigel:A Novulel Scaffold That Can Facilitate a Three-Dimensional Caluture for Reconstructiong Organoids",Cell transplantation,2004年,Vol13,p.463‐473 Hideaki Maruki,"Effects of a sell-free method using kollagen vulitrigel incorporating TGF-be-ta1 on articular cartilage repair in a rabbit osteochondral defect model",Journal of Biomedical Materials Research B,2016年
本発明の課題は、長期間にわたってコラーゲンビトリゲルとしたときの物理的性質の変化が小さく、品質が安定したコラーゲンキセロゲル及びその製造方法を提供することにある。
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、コラーゲンキセロゲルの製造過程において、形成されたコラーゲンゲルを、特定の化合物を含有する水溶液中に含浸することによって、コラーゲンキセロゲルを長期間保存しても、コラーゲンキセロゲル自体の硬度及びこれを水和して得られるコラーゲンビトリゲルの硬度の上昇が抑制されることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、コラーゲンゲルを安定化剤水溶液に浸漬する工程を含み、安定化剤が、その構造中に、炭素数2~4のアルキルアミノ基、イミダゾイル基、グアニジノ基及びピリジニウム基よりなる群から選ばれる官能基を有する化合物の1種または2種以上であるコラーゲンキセロゲルの製造方法である。
また本発明は、上記製造方法によって得られるコラーゲンキセロゲル及び当該コラーゲンキセロゲルを水和して得られるコラーゲンビトリゲルである。
本発明の製造方法によれば、コラーゲンキセロゲル及びこれをコラーゲンビトリゲルとしたときの経時的な硬度の上昇が抑制され、長期間にわたって物理的性質が安定であり、製品品質の安定性に優れたコラーゲンキセロゲルを得ることができる。
コラーゲンキセロゲルを60℃で保存した後水和したコラーゲンビトリゲルの膜強度の変化を示すグラフである。
本明細書において、コラーゲンキセロゲルとは、コラーゲンゲルあるいはコラーゲンビトリゲルを乾燥することでガラス化させたものを意味する。コラーゲンキセロゲルとコラーゲンビトリゲルは、水和と乾燥(ガラス化)により可逆的に調製され得るものである。
本発明のコラーゲンキセロゲルの製造方法は、コラーゲンゲルを、その構造中に、炭素数2~4のアルキルアミノ基、イミダゾイル基、グアニジノ基またはピリジニウム基を有する化合物を含有する水溶液中に浸漬させる工程を含むことを特徴とする。
本発明に用いられるコラーゲンは、その由来となる動物種について特に限定されるものではなく、種々のものを使用できる。例えば、哺乳類由来コラーゲン(例えば、ウシ由来コラーゲン、ブタ由来コラーゲン、ヤギ由来コラーゲン、ヒツジ由来コラーゲン、又はサル由来コラーゲン)、鳥類由来コラーゲン(例えば、ニワトリ由来コラーゲン、ガチョウ由来コラーゲン、アヒル由来コラーゲン、又はダチョウ由来コラーゲン)、魚類由来コラーゲン(例えば、サケ由来コラーゲン、タイ由来コラーゲン、マグロ由来コラーゲン、テラピア由来コラーゲン、又はサメ由来コラーゲン)、爬虫類由来コラーゲン(例えば、ワニ由来コラーゲン)、両生類由来コラーゲン(例えば、カエル由来コラーゲン)、無脊椎動物由来コラーゲン(例えば、クラゲ由来コラーゲン)を利用することができる。また前記コラーゲンの由来となる部位についても特に限定されるものではなく、例えば、皮膚、骨、軟骨、筋肉、又は鱗を挙げることができる。
本発明において、好ましく用いられるコラーゲンは、ヒトの生体温度である37℃以下で変性せず安定なコラーゲンである。コラーゲンの変性温度はその由来となる生物の生息域に関係し、魚類等水生生物のコラーゲンはヒトのそれと比べて低温域に変性温度がある。したがって、コラーゲンの変性温度がヒトに近い陸生生物由来コラーゲンが好ましく、工業的な安定供給の面から畜産動物からコラーゲンを得ることが好ましい。畜産動物としては、ウシやブタが挙げられるが、ウシはBSE(牛海綿状脳症)等の病原体を保有する危険性があるため好ましくなく、ブタが好ましい。
さらに本発明に用いられるコラーゲンは、線維性コラーゲンであればその分子構造について限定されるものではなく、分子種(型)としては、例えば、I型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン、又はV型コラーゲンが挙げられる。特にI型コラーゲンあるいはIII型コラーゲンを主成分として構成されるコラーゲンは工業的に収量が多く比較的安価で安定的に供給可能である点から好ましい。また、コラーゲン分子の末端に存在する非らせん構造領域(テロペプチド)は抗原性を有するため、このテロペプチドを酵素処理により除去(アテロ化)したアテロコラーゲンを用いることが好ましい。
このコラーゲンは、ゲル化にあたっては水等の溶媒に溶解した溶液の状態で使用することが好ましく、pH2.0~6.0の酸可溶化コラーゲン溶液であることが好ましい。pHが2.0よりも低い場合、コラーゲン分子の加水分解の可能性があり、pHが6.0よりも高い場合はコラーゲンが十分に可溶化されない可能性があり、共に好ましくない。
コラーゲンをゲル化してコラーゲンゲルを調製する方法としては特に制限されるものではなく、例えば、従来公知のゲル化剤である培地成分や無機塩化合物の水溶液をコラーゲン溶液と混合し、所定の温度下でコラーゲンの繊維化を惹起、促進させる方法などを用いることができるが、コラーゲンキセロゲル保存中の物理的性質の安定性等の観点から、コラーゲン溶液を無機塩化合物水溶液中に浸漬する方法が好適である。この方法において、コラーゲン溶液中のコラーゲン濃度は特に限定されるものではないが、無機塩化合物水溶液に浸漬した際に、無機塩化合物水溶液中に拡散・混合しないよう一定の粘度を有することが好ましい。例えば、コラーゲン濃度が1.0w/v%~8.0w/v%の範囲であることが好ましく、さらに好ましくは2.0w/v%~4.0w/v%の範囲である。このような範囲とすることで、コラーゲン溶液が無機塩化合物水溶液に拡散・混合することなく、コラーゲン溶液中に無機塩化合物水溶液が徐々に浸透していき、それに伴ってゲル化が緩やかに進行するため、均質なゲルが形成される。
無機塩化合物水溶液に含まれる無機塩化合物としては、無機炭酸塩類(無機炭酸塩、無機炭酸水素塩)、無機塩化物及び無機リン酸塩類(無機リン酸塩、無機リン酸水素塩)等が挙げられる。無機炭酸塩類、無機塩化物及び無機リン酸塩類は、水に対して易溶性なものであればその分子構造について限定されるものではなく、無機炭酸塩類としては、例えば、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等の無機炭酸塩や、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等の無機炭酸水素塩を利用することができる。また無機塩化物としては、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム等の無機塩化物が挙げられ、無機リン酸塩類としては、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム等の無機リン酸塩や、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸二水素カルシウム等の無機リン酸水素塩を利用することができる。これらの無機塩化合物は、水溶液としてコラーゲン溶液と混合することによって、コラーゲンをゲル化させることが確認されている(国際公開第2019/064807号)。これらのうち、コラーゲンの線維化(自己組織化)の惹起及び均質なゲル形成等の観点から、無機炭酸塩類と、無機塩化物及び/または無機リン酸塩類とを組み合わせることが好ましく、例えば、無機炭酸水素塩である炭酸水素ナトリウムと、無機塩化物である塩化ナトリウムとの組み合わせ、無機炭酸塩である炭酸ナトリウム、無機塩化物である塩化ナトリウムと、無機リン酸水素塩であるリン酸水素二ナトリウムの組み合わせ等が例示できる。
無機塩化合物水溶液中の無機塩化合物のイオン強度は、特に制限されるものではないが、コラーゲンゲルの均質性等の観点から、0.07~0.75が好ましく、0.10~0.6がより好ましく、特に0.14~0.44が好ましい。また,pHは7.4~11.0が好ましく、8.0~10.8がより好ましく、特に8.2~10.6が好ましい。コラーゲン溶液を無機塩化合物水溶液中に浸漬するにあたって、コラーゲン溶液に対する無機塩化合物水溶液の量は、コラーゲン溶液全体が無機塩化合物水溶液中に浸漬する量が好ましく、具体的には、コラーゲン溶液に対し、5~20容量倍が好ましく、10~15容量倍がより好ましい。また膜状とする場合、コラーゲンキセロゲルの均質性等の観点から、コラーゲン溶液の少なくとも一方の表面の全部が無機塩化合物水溶液と接触するように浸漬することが好ましい。
浸漬処理の温度は使用するコラーゲンの変性温度を基準にして決定することが好ましい。コラーゲンの線維化はコラーゲンの変性温度付近で惹起され、変性温度を大きく下回る温度では線維化が惹起されない。すなわち、変性温度に対して-20℃以上であり、変性温度以下の範囲であることが好ましい。例えば、ブタ由来コラーゲンの変性温度は41℃であるため、21℃~41℃の範囲が好ましい。また浸漬処理の時間は1~8時間が好ましく、2~4時間がより好ましい。このように浸漬処理することにより、コラーゲンが線維化され、コラーゲンゲルが形成される。
上記のようにして得られるコラーゲンゲルの厚みは、その用途等に応じて適宜設定されるが、例えば、5mm以下であることが好ましく、3mm以下がより好ましい。
またコラーゲンゲルの製造サイズ(面積)も特に限定されるものではないが、例えば、4cm~2500cmであることが好ましく、25cm~900cmであることがより好ましい。
得られたコラーゲンゲルを安定化剤水溶液中に浸漬させる。安定化剤は、その構造中に、アルキル基の炭素数が2~4であるアルキルアミノ基、イミダゾイル基、グアニジノ基又はピリジニウム基を有する化合物である。安定化剤は水溶性であることが好ましく、例えば、25℃における水溶性が1.0mmol/L以上であることが好ましい。
アルキル基の炭素数が2~4であるアルキルアミノ基をその構造中に有する化合物としては、例えば、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、n‐ブチルアミン、tert‐ブチルアミン、リシン、オルニチン、カルノシン、2-アミノエタンスルホン酸又はγ-アミノ酪酸を挙げることができる。
イミダゾイル基をその構造中に有する水溶性化合物としては、例えば、イミダゾール、ヒスチジン、カルノシン又はα‐ヒドラノヒスチジンを挙げることができる。
グアニジノ基をその構造中に有する水溶性化合物としては、例えば、グアニジン、アミノグアニジン、クレアチン又はアルギニンを挙げることができる。
ピリジニウム基をその構造中に有する水溶性化合物としては、例えば、ピリジン又はピリドキサミンを挙げることができる。
本発明において、安定化剤としてこれらの化合物を1種または2種以上用いることができるが、物理的性質の安定性向上効果に優れるため、リシン、カルノシン、2-アミノエタンスルホン酸、γ-アミノ酪酸、ヒスチジン、グアニジン、アミノグアニジン、アルギニン、ピリドキサミンが好ましく、リシン、カルノシン、2-アミノエタンスルホン酸、γ-アミノ酪酸、ヒスチジン、アミノグアニジンがより好ましく、ヒスチジン、アミノグアニジンが特に好ましい。
安定化剤水溶液中の安定化剤の濃度は、特に制限されるものではないが、コラーゲンビトリゲルの物理的性質の安定性等の観点から、1.0mmol/L以上が好ましく、4.0mmol/L以上がより好ましい。また安定化剤水溶液のpHは、25℃において4.0~12.5の範囲にあることが好ましく、5.0~12.0の範囲がより好ましい。安定化剤水溶液のpHが3.0より低い場合や、pHが13.0よりも高い場合、コラーゲンが溶解し、コラーゲンゲルが崩壊してしまうおそれがある。
コラーゲンゲルを安定化剤水溶液中に浸漬するにあたって、コラーゲンゲルに対する安定化剤水溶液の量は、コラーゲンゲル全体が安定化剤水溶液中に浸漬する量が好ましく、具体的には、コラーゲンゲルに対し、5~20容量倍が好ましく、10~15容量倍がより好ましい。好ましい一態様として、例えば、コラーゲン溶液を升型など任意の形状の鋳型に充填して膜状に成形した後、コラーゲン溶液を含む鋳型全体を無機塩化合物水溶液中に浸漬してコラーゲンゲルを調製し、コラーゲンゲルを鋳型から取り出して、必要に応じて洗浄(脱塩)してから、安定化剤水溶液中に浸漬する方法を示すことができる。
コラーゲンゲルを安定化剤水溶液中に浸漬する際の温度は使用するコラーゲンの変性温度を基準にして決定することが好ましく、変性温度に対して-20℃以上であり、変性温度以下の範囲であることが好ましい。例えば、ブタ由来コラーゲンの変性温度は41℃であるため、21℃~41℃の範囲が好ましい。また浸漬処理の時間は30分~3時間が好ましく、1~2時間がより好ましい。
以上のようにして安定化剤水溶液で処理した後のコラーゲンゲルは、次いで乾燥処理に付され、ガラス化されることによって本発明のコラーゲンキセロゲルが得られる。この「ガラス化(vitrification)」とは、例えば、鶏卵のタンパク質(白身)等の熱変性タンパク質のハイドロゲルを乾燥し、水分を十分に除去することで、硬質で透明度の高いガラス様の物質に変化する現象を意味する(Takushi Eisei、“Edible eyeballs from fish”、Nature、1990年、Vol345、p.298‐299)。
本発明において、コラーゲンゲルをガラス化するための乾燥方法としては、風乾を用いることが好ましく、また、その温度としてはコラーゲンの変性温度以下であることが好ましい。より具体的には、風乾に恒温恒湿機を用い、例えば、温湿度条件25℃、40%RH程度の条件下にコラーゲンゲルを12~24時間静置させて、コラーゲンゲルのガラス化を行うことが好ましい。またコラーゲンキセロゲルの厚さも特に制限されるものではなく、用途に応じて適宜設定されるが、例えば10~100μmが好ましく、30~50μmがより好ましい。膜厚はダイヤルゲージPEACOCK No.5((株)尾崎製作所)によって測定される。本発明のコラーゲンキセロゲルは、長期間保存しても、コラーゲンキセロゲル及びこれを再水和してコラーゲンビトリゲルとしたときの硬度上昇が抑制され、物理的性質の変化が小さいものであり、例えば、膜厚30~50μm、25mm×25mmのサイズとし、試験例1の膜強度測定法によって測定される60℃で28日間保存後の膜強度変化量が、好ましくは1N未満、より好ましくは0.5N未満である。
このようにして得られたコラーゲンキセロゲルは、再水和することでコラーゲンビトリゲルとすることができる。コラーゲンキセロゲルの再水和に用いる溶液は、緩衝域が中性域にある緩衝液又は滅菌水を用いることができ、緩衝域が中性域(例えば、pH6.0~8.0程度)にある緩衝液としては、例えば、生理食塩水、リン酸緩衝液を挙げることができる。上記再水和にあたっては、コラーゲンキセロゲル10mgあたり1.0mL以上のD‐PBS(-)に30分以上浸漬して水和させることが好ましい。水和に用いる滅菌水または水溶液の温度は、使用するコラーゲンの変性温度を大きく下回る温度であることが好ましく、変性温度に対して-20℃以下が好ましい。以上のようにして、水和物としてコラーゲンビトリゲルが調製される。
上記コラーゲンビトリゲルは、更に乾燥(ガラス化)させることで再びコラーゲンキセロゲルとすることができる。乾燥条件等は、上記したコラーゲンゲルを乾燥してコラーゲンキセロゲルとする場合と同様にすればよい。
コラーゲンキセロゲルを製造するにあたって、ゲル化、水和のために使用される無機化合物が乾燥により濃縮され結晶として析出することがあり、このような結晶はコラーゲンキセロゲルの表面に不均一に析出するため、見た目を損なうとともに、製品の均一性に問題を生じるおそれがある。そのため、コラーゲンゲルまたはコラーゲンビトリゲルの状態において、洗浄(脱塩)処理を行うことが好ましい。洗浄(脱塩)処理は、コラーゲンゲルまたはコラーゲンビトリゲルを、滅菌水またはpHが中性域(例えば、pH6.0~8.0程度)にある水溶液に浸漬することにより行われる。滅菌水または水溶液の温度は、使用するコラーゲンの変性温度を大きく下回る温度であることが好ましく、変性温度に対して-20℃以下が好ましい。
コラーゲンキセロゲルは、それ自体が十分な強度があり、安全性が高いものであるため、特に医療用の、再生医療用細胞担体、創傷被覆材、人工皮膚等各組織の生体移植材料、癒着防止材等のデバイスとして利用可能である。またその形状は、用途に応じてさらに任意の形状に加工することができ、例えば、板状、膜状、棒状、糸状、筒状、管状、又は袋状に加工することができる。
本発明は、コラーゲンゲルを安定化剤水溶液中に浸漬することなく、乾燥してコラーゲンキセロゲルとした後、コラーゲンキセロゲルを安定化剤水溶液中に浸漬する態様を含む。安定化剤の種類、濃度、浸漬条件等は上記と同様とすればよい。コラーゲンキセロゲルを安定化剤水溶液に浸漬することによって、安定化剤が作用するとともに、再水和してコラーゲンビトリゲルが得られる。コラーゲンビトリゲルを再度乾燥(ガラス化)することによって、保存中の硬度上昇が抑制された物理的安定性の高いコラーゲンキセロゲルが得られる。このように安定化剤水溶液への浸漬処理は、コラーゲンゲルに限らず、これを乾燥したコラーゲンキセロゲルを対象としても、同様の効果が得られる。
以下、実施例等を示し、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例等に限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲での種々の変更が可能である。
実施例1
(コラーゲン溶液の調製)
ブタ皮膚由来アテロコラーゲン(日本ハム(株)#NMPコラーゲンPS)4gを滅菌水200mLに溶解し、2w/v%コラーゲン溶液(pH2.5~3.5)を調製した。
(無機塩化合物水溶液の調製)
塩化ナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)#191‐01665)3.21g、炭酸水素ナトリウム(富士フイルム和光純薬 (株)#191‐01305)0.46gを採り、滅菌水500mLに溶解し、これを無機塩化合物水溶液とした(イオン強度0.144、pH8.5)。
(安定化剤水溶液の調製)
L-リシン(東京化成工業(株)#L0129)0.161gを採り、滅菌水500mLに溶解し、これを安定化剤水溶液とした。
(コラーゲン溶液の充填)
脱気した2w/v%コラーゲン溶液36mLを内寸120mm×120mmのシリコン樹脂製の型に入れ、高さ2.5mmに表面を均した。
(コラーゲンゲルの調製)
2w/v%コラーゲン溶液を充填したシリコン樹脂製型を37℃に加温した上記無機塩化合物水溶液500mLに浸漬した。37℃で4時間静置してコラーゲンを線維化させ、コラーゲンゲルを得た。
(コラーゲンゲルの脱塩及び安定化剤水溶液への浸漬処理)
このコラーゲンゲルをシリコン樹脂製型から取り出し、滅菌水に浸漬して脱塩した後、上記安定化剤水溶液500mLに1時間浸漬した。
(コラーゲンゲルの乾燥)
恒温恒湿機(25℃、40%RH)で18時間乾燥し、コラーゲンキセロゲルを得た。
実施例2
L-リシン0.322gを採り、滅菌水500mLに溶解し、これを安定化剤水溶液とした以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを得た。
実施例3
L-リシン0.643gを採り、滅菌水500mLに溶解し、これを安定化剤水溶液とした以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを得た。
実施例4
L-ヒスチジン(富士フイルム和光純薬 (株)#084‐00682)0.341gを採り、滅菌水500mLに溶解し、これを安定化剤水溶液とした以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを得た。
実施例5
L-カルノシン(富士フイルム和光純薬 (株)#038‐11033)0.498gを採り、滅菌水500mLに溶解し、これを安定化剤水溶液とした以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを得た。
実施例6
2-アミノエタンスルホン酸(富士フイルム和光純薬 (株)#201‐00112)0.275gを採り、滅菌水500mLに溶解し、これを安定化剤水溶液とした以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを得た。
実施例7
γ-アミノ酪酸(富士フイルム和光純薬 (株)#010‐02441)0.227gを採り、滅菌水500mLに溶解し、これを安定化剤水溶液とした以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを得た。
実施例8
アミノグアニジン塩酸塩(東京化成工業 (株)#A1129)0.243gを採り、滅菌水500mLに溶解した。これに1mol/L水酸化ナトリウム水溶液2.2mLを加え、これを安定化剤水溶液とした以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを得た。
実施例9
ピリドキサミン二塩酸塩(東京化成工業 (株)#P2688)0.530gを採り、滅菌水500mLに溶解した。これに1mol/L水酸化ナトリウム水溶液4.4mLを加え、これを安定化剤水溶液とした以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを得た。
比較例1
(コラーゲン溶液の調製)
ブタ皮膚由来アテロコラーゲン4gを滅菌水200mLに溶解し、2w/v%コラーゲン溶液を調製した。
(ゲル化剤溶液の調製)
塩化ナトリウム3.21g、炭酸水素ナトリウム1.85gを採り、滅菌水500mLに溶解し、これをゲル化剤溶液とした。
(コラーゲン溶液の充填)
脱気した2w/v%コラーゲン溶液36mLを内寸120mm×120mmのシリコン樹脂製の型に入れ、高さ2.5mmに表面を均した。
(コラーゲンゲルの調製)
2w/v%コラーゲン溶液を充填したシリコン樹脂製型を37℃に加温した上記ゲル化剤溶液500mLに浸漬した。37℃で4時間静置してコラーゲンを線維化させ、コラーゲンゲルを得た。
(コラーゲンゲルの脱塩及び乾燥)
このコラーゲンゲルをシリコン樹脂製型から取り出し、滅菌水に浸漬して脱塩した後、恒温恒湿機(25℃、40%RH)で18時間乾燥し、ガラス化させてコラーゲンキセロゲルを得た。
比較例2
グリシン(富士フイルム和光純薬 (株)#075‐00731)0.165gを採り、滅菌水500mLに溶解し、これを安定化剤水溶液とした以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを得た。
比較例3
ジエタノールアミン(東京化成工業 (株)#S0376)0.231gを採り、滅菌水500mLに溶解し、これを安定化剤水溶液とした以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを得た。
比較例4
L-トリプトファン(ナカライテスク (株)#35607‐32)0.449gを採り、滅菌水500mLに溶解し、これを安定化剤水溶液とした以外は実施例1と同様にしてコラーゲンキセロゲルを得た。
試験例1
保存中の物理的性質の安定性:
(裁断、包装及び保存)
実施例1~9及び比較例1~4のコラーゲンキセロゲルを25mm×25mmに裁断し、57mm×130mmの滅菌用パウチ(アズワン(株)#PMB-1)に充填し、密閉した。これをさらに90mm×140mmのペットニウム製の薬袋((株)トッパンパッケージプロダクツ)に充填し、気密した。これを60℃に設定した恒温機で14日間及び28日間保存した。
(pH測定)
pHは、実施例1~9及び比較例2~4の、安定化剤水溶液について測定した。pH測定は、各安定化剤水溶液0.5mLをpHメーター((株)堀場製作所#LAQUAtwin AS-712)の測定電極皿に入れ、そのpHを測定することで行った。結果を表1~3に示す。
(膜強度測定)
実施例1~9及び比較例1~4のコラーゲンキセロゲルを水和して得られたコラーゲンビトリゲルについて、その膜強度を測定した。膜強度は保存開始時、60℃保存14日経過時及び60℃保存28日間経過時の3回実施した。膜強度は以下の方法により測定した。すなわち、25mm×25mmのコラーゲンキセロゲルを8mlのD‐PBS(-)(富士フイルム和光純薬(株)#045‐29795)に浸漬して1時間再水和した。水和により得られたコラーゲンビトリゲルを中央に直径5mmの穴の開いた直径50mmのアクリル板2枚で挟み固定した。この直径5mmの穴から覗く固定された膜に対して、直径1.0mmのステンレス製針を垂直に、3.0mm/minの速度で突き刺し、針がコラーゲンビトリゲルを貫通するまでの最大応力(N)を小型卓上試験機((株)島津製作所#EZ‐SX、ロードセル最大荷重5N)を用いて測定した。コラーゲンビトリゲル1つにつき3ヵ所について測定を行い、その平均値を最大応力(N)とした。この操作を3つのコラーゲンビトリゲルに対して行い、3つの最大応力の平均値を膜強度(N)とした。結果を表1~3に示す。また、60℃保存14日経過時又は28日間経過時の膜強度と保存開始時の膜強度の差を膜強度変化量として求めた。その結果を図1に示す。
Figure 0007433627000001
Figure 0007433627000002
Figure 0007433627000003
表1~3及び図1から、各実施例のコラーゲンキセロゲルを水和して得られたコラーゲンビトリゲルは、比較例と比べ、保存開始時からの膜強度の変化が小さく、経時的な硬度の上昇が抑制されることが示された。
以上のように、本発明により、保存中の物理的性質の変化が抑制され、安定した品質のコラーゲンキセロゲルを得ることができるため、実験材料としての細胞培養担体、あるいは生体移植材料としての再生医療用細胞担体、創傷被覆材、人工皮膚、又は癒着防止材の製造技術として有用である。

Claims (10)

  1. コラーゲンゲルを安定化剤水溶液に浸漬する工程を含み、
    コラーゲンが、ブタ皮膚由来アテロコラーゲンであり、
    安定化剤が、L-リシン、L-ヒスチジン、L-カルノシン、2-アミノエタンスルホン酸、γ-アミノ酪酸、アミノグアニジン、及びピリドキサミンからなる群から選択される少なくとも1種以上であるコラーゲンキセロゲルの製造方法。
  2. さらに、コラーゲン溶液を無機塩化合物水溶液に浸漬し、コラーゲンゲルを得る工程を含む請求項1に記載のコラーゲンキセロゲルの製造方法。
  3. コラーゲン溶液中のコラーゲン濃度が1~8w/v%である請求項記載のコラーゲンキセロゲルの製造方法。
  4. 無機塩化合物が、無機炭酸塩類である1種以上の化合物と、無機塩化物及び無機リン酸塩類よりなる群から選ばれる1種以上の化合物である請求項またはに記載のコラーゲンキセロゲルの製造方法。
  5. 請求項1~のいずれかの項に記載の製造方法によって得られるコラーゲンキセロゲル。
  6. 請求項1~のいずれかの項に記載の製造方法によって得られたコラーゲンキセロゲルを再水和して得られるコラーゲンビトリゲル。
  7. コラーゲンゲルを、L-リシン、L-ヒスチジン、L-カルノシン、2-アミノエタンスルホン酸、γ-アミノ酪酸、アミノグアニジン、及びピリドキサミンからなる群から選択される少なくとも1種以上を含有する水溶液に浸漬することを特徴とするコラーゲンキセロゲルの安定化方法であって、
    コラーゲンが、ブタ皮膚由来アテロコラーゲンである、コラーゲンキセロゲルの安定化方法。
  8. L-リシン、L-ヒスチジン、L-カルノシン、2-アミノエタンスルホン酸、γ-アミノ酪酸、アミノグアニジン、及びピリドキサミンからなる群から選択される少なくとも1種以上を有効成分とするコラーゲンキセロゲルの安定化剤。
  9. コラーゲンキセロゲルを安定化剤水溶液に浸漬する工程を含み、
    コラーゲンが、ブタ皮膚由来アテロコラーゲンであり、
    安定化剤が、L-リシン、L-ヒスチジン、L-カルノシン、2-アミノエタンスルホン酸、γ-アミノ酪酸、アミノグアニジン、及びピリドキサミンからなる群から選択される少なくとも1種以上であるコラーゲンキセロゲルの製造方法。
  10. コラーゲンキセロゲルを安定化剤水溶液に浸漬する工程を含み、
    コラーゲンが、ブタ皮膚由来アテロコラーゲンであり、
    安定化剤が、L-リシン、L-ヒスチジン、L-カルノシン、2-アミノエタンスルホン酸、γ-アミノ酪酸、アミノグアニジン、及びピリドキサミンからなる群から選択される少なくとも1種以上であるコラーゲンキセロゲルの安定化方法。
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