以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、オキシトシン産生促進作用を有する、1,5-アンヒドロフルクトース又はその類似体と、その用途に関する。
1,5-アンヒドロフルクトース(1,5-AF)は水中で2-ケト型、水和型、2-エノール型、又は2,3-エンジオール型の構造を取り得、それらの形態は平衡状態を示すとされている。本発明で用いる1,5-アンヒドロフルクトース又はその類似体はこれら2-ケト型、水和型、2-エノール型、又は2,3-エンジオール型のうち任意の形態であってよい。1,5-アンヒドロフルクトースは、以下に限定されないが、例えば、1,5-D-アンヒドロフルクトースであり得る。
オキシトシン産生促進作用を有する1,5-アンヒドロフルクトース類似体(1,5-AF類似体)は、1,5-アンヒドロフルクトース(例えば、1,5-D-アンヒドロフルクトース)のデオキシ体、例えば3-デオキシ体であってもよい。1,5-AF類似体は、例えば、2位(2位炭素原子)に1個又は2個の酸素原子が、ケト型、エノール型、水和型、又はエンジオール型で結合したものであってよい。1,5-AF類似体は、2位に二重結合した酸素原子を有していてもよいし、2位に置換又は非置換の水酸基を有していてもよい。1,5-AF類似体の具体例としては、以下に限定するものではないが、3-デオキシ-1,5-アンヒドロフルクトース(例えば、3-デオキシ-1,5-D-アンヒドロフルクトース)が挙げられる。
図1に、1,5-アンヒドロフルクトース(1,5-AF)と3-デオキシ-1,5-D-アンヒドロフルクトースの構造を示す。
1,5-AFは公知の1,5-AF製造法により製造することができる。例えば、デンプン又はグリコーゲンのような多糖類をα-1,4グルカンリアーゼで分解し、未反応物をエタノール等で沈殿させ、上清からクロマトグラフィー法等により1,5-AFを分離することにより、1,5-AFを製造することができる。α-1,4グルカンリアーゼは、植物、動物、真菌、又は細菌に由来するものであってよく、以下に限定されるものではないが、例えば、紅藻ツルシラモ又はオゴノリ由来、又はアミガサタケ属(Morchella)等のキノコ由来であってもよい。α-1,4グルカンリアーゼは市販品を用いることもできる。1,5-AFの製造は、非特許文献6に記載の方法に従って行うこともできる。あるいは市販の1,5-AF含有製品を1,5-AFの供給源として用いてもよい。
1,5-AF類似体は1,5-AFを誘導体化することにより製造してもよいし、別の化合物から化学合成してもよいし、生物(植物、動物、真菌、又は細菌)から抽出してもよい。誘導体化は公知の方法を用いて行うことができる。例えば、3-デオキシ-1,5-アンヒドロフルクトースは後述の実施例の記載に従って合成することができる。
本発明では、1,5-アンヒドロフルクトース(1,5-AF)又はその類似体を、オキシトシン産生促進のために用いることができる。本発明は、1,5-AF又はその類似体を含むオキシトシン産生促進剤を提供する。本発明のオキシトシン産生促進剤は1,5-AF又はその類似体を有効量で含むものであってよい。本発明のオキシトシン産生促進剤は、1,5-AF又はその類似体を有効成分として含み、かつ任意に他の成分を含む、組成物であってもよい。他の成分としては、例えば、担体、結合剤、賦形剤、滑沢剤、崩壊剤、湿潤剤、懸濁化剤、pH調整剤、安定剤、緩衝剤、矯味剤、保存剤、着色剤等の添加剤が挙げられるが、これらに限定されない。本発明のオキシトシン産生促進剤は、1,5-AF又はその類似体に加えて、他の有効成分を含んでもよい。
本発明に係るオキシトシン産生促進剤は、それを投与した生物体内、好ましくは脳内においてオキシトシン産生を促進することができる。本発明に係るオキシトシン産生促進剤は、典型的には、視床下部及び延髄、例えば室傍核、視索上核、及び/又は孤束核でオキシトシンニューロンによるオキシトシン産生を促進することができ、特に室傍核に存在するオキシトシンニューロン(室傍核オキシトシンニューロン)によるオキシトシン産生を好ましくは顕著に促進することができる。典型的には、産生されたオキシトシンは脳内に分泌され、脳全体に作用するとともに、循環血中に放出される。オキシトシン産生促進効果は、1,5-AF又はその類似体を投与した動物の脳脊髄液、血液、乳、尿等の生体試料中のオキシトシン濃度を測定することによって評価することができる。あるいは、オキシトシン産生促進効果は、1,5-AF又はその類似体を投与した非ヒト動物由来の脳内のオキシトシン産生部位におけるオキシトシンの発現量をRNAレベル又はタンパク質レベルで測定することによって評価することもできる。好ましくは、1,5-AF又はその類似体の投与により、オキシトシン濃度又は発現量の測定値を、1,5-AF又はその類似体の投与前の測定値又は1,5-AF又はその類似体を投与していない対照動物の測定値と比較して、典型的には1.3倍以上、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2倍以上、さらに好ましくは3倍以上に増加させることができる。
本発明はまた、1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤を含む、オキシトシン産生促進用の、食品、飼料、及び医薬を提供する。本発明に係る食品、飼料、及び医薬は、1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤を有効量で含むことができる。
オキシトシンは多彩な生理活性を有し、オキシトシンの補充は様々な疾患又は状態の改善に有用であることが知られている。したがって本発明に係る、オキシトシン産生促進用の、食品、飼料、及び医薬は、体内のオキシトシン量の増加が望まれる様々な疾患又は状態を有する対象に対し、オキシトシンの産生を促進する目的で有効に用いることができる。本発明に係るオキシトシン産生促進用の医薬は、そのような疾患又は状態の治療薬として用いられ得る。本発明において「治療」は、疾患又は状態から完全に回復させることだけでなく、その症状や病状(好ましくはオキシトシン欠乏に起因する症状又は病状)を改善することや、疾患又は状態の進行を遅らせるか又は停止させることも包含する。
体内のオキシトシン量の増加が望まれる疾患又は状態は、オキシトシン活性と関連する疾患又は状態である。体内のオキシトシン量の増加が望まれる疾患又は状態は、オキシトシン欠乏を伴う疾患又は状態であってもよいし、オキシトシン欠乏に起因する疾患又は状態であってもよい。オキシトシン欠乏を伴う疾患は、例えば、精神・神経疾患であり得る。そのような精神・神経疾患では、通常、脳内のオキシトシンが欠乏しており、脳内のオキシトシン量の増加が望まれる。体内のオキシトシン量の増加が望まれる疾患又は状態は、脳内のオキシトシン量の増加が望まれる疾患又は状態であってもよい。あるいは、体内オキシトシン量の増加が望まれる疾患又は状態は、オキシトシンが欠乏しているか否かにかかわらず、オキシトシンの投与又は増加が症状の改善をもたらすことができる疾患又は状態であってもよい。「オキシトシン欠乏」とは、体内オキシトシンが完全に欠如(遺伝的又は後天的に欠如)していること、及び体内オキシトシン量が健常状態(健常対象)よりも有意に低下していることを指す。
本発明はまた、1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤を含む、オキシトシン欠乏リスク又はオキシトシン欠乏に起因する疾患又は状態の発症リスクを低減するための、食品、飼料、及び医薬も提供する。
なお本発明において「疾患」は、疾病及び障害を包含する。本発明において「状態」とは、特定の疾患を有してはいないが、体内のオキシトシン量が健常状態にはない(異常に低い)ことを指す。
体内のオキシトシン量の増加が望まれる疾患又は状態としては、以下に限定するものではないが、例えば、自閉症、発達障害、アスペルガー症候群を含む自閉症スペクトラム障害、統合失調症、うつ病、不安障害、過食症、依存症(アルコール依存症など)等の精神・神経疾患;急性又は慢性疼痛、陣痛遅滞又は微弱陣痛、乳汁分泌不全、不妊症、骨粗鬆症、ストレス過多、乳幼児のスキンシップ不足等が挙げられる。
1,5-AF又はその類似体の投与は、オキシトシン産生促進作用を介して中枢性に満腹感の形成を早め、食欲を抑制し、それにより摂食を抑制することもできる。したがって本発明は、1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤を含む、食欲抑制(又は、摂食抑制若しくは摂食量低減)のための、食品、飼料、又は医薬も提供する。
本発明において「食品」は、ヒトの食物を指し、飲料であってもよいしその他の食品であってもよい。飲料以外の食品は、惣菜、菓子、乳製品、インスタント食品、調味料、食品添加物等の任意の食品であってよい。本発明に係る食品は、任意の食品素材を含んでよい。本発明に係る食品は、1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤に加えて、他の成分を含む食品組成物であってもよい。他の成分は、食品素材であってもよいし、食品添加剤などの食品製造において許容される添加剤であってもよい。他の成分は、例えば、担体、結合剤、賦形剤、滑沢剤、崩壊剤、湿潤剤、懸濁化剤、pH調整剤、安定剤、緩衝剤、矯味剤、保存剤、着色剤等の添加剤であり得るが、これらに限定されない。
本発明において食品は、機能性食品であってもよい。本発明において「機能性食品」は、生体に対して一定の機能性を有する食品を意味し、例えば、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品、特別用途食品(病者用食品、妊産婦・授乳婦用粉乳、乳児用調製粉乳、高齢者用食品、介護用食品等)、栄養補助食品、美容食品、サプリメント(例えば、錠剤、被覆錠、糖衣錠、カプセル及び液剤などの各種剤形のもの)等を包含する。本発明の機能性食品はまた、コーデックス(FAO/WHO合同食品規格委員会)の食品規格に基づく健康強調表示(Health claim)が適用される健康食品を包含する。
本発明に係る機能性食品は、錠剤、顆粒剤、散剤、丸剤、カプセル剤等の固形製剤、液剤、懸濁剤、シロップ剤等の液体製剤、又はジェル剤やペースト剤等であってもよいし、通常の食品形状であってもよい。
本発明において「飼料」は、非ヒト動物に与えるための餌を指す。本発明に係る飼料は、例えば、イヌ、ネコ、ウサギ、フェレット等の愛玩動物用の飼料であってもよい。本発明に係る飼料は、任意の飼料素材を含んでよい。本発明に係る飼料は、1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤に加えて、他の成分を含む飼料組成物であってもよい。他の成分は、飼料素材であってもよいし、飼料添加剤などの飼料製造において許容される添加剤であってもよい。他の成分は、例えば、担体、結合剤、賦形剤、滑沢剤、崩壊剤、湿潤剤、懸濁化剤、pH調整剤、安定剤、緩衝剤、矯味剤、保存剤、着色剤等の添加剤であり得るが、これらに限定されない。本発明に係る飼料は、錠剤、顆粒剤、散剤、丸剤、カプセル剤等の固形製剤、液剤、懸濁剤、シロップ剤等の液体製剤、又はジェル剤やペースト剤等であってもよいし、通常の飼料形態であってもよい。
本発明において「医薬」は、錠剤、顆粒剤、散剤、丸剤、カプセル剤等の固形製剤、液剤、懸濁剤、注射剤、シロップ剤等の液体製剤、ジェル剤、エアロゾル剤、スプレー剤、坐剤、クリーム剤等の任意の剤形に製剤化されたものであってよい。本発明に係る医薬は、医薬組成物であってよい。
本発明に係る医薬は、1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤に加えて、他の成分、例えば、製薬上許容される添加剤を含んでもよい。製薬上許容される添加剤としては、例えば担体、結合剤、賦形剤、滑沢剤、崩壊剤、湿潤剤、懸濁化剤、pH調整剤、安定剤、緩衝剤、矯味剤、保存剤、着色剤等が挙げられるが、これらに限定されない。当業者であれば、製剤の剤形に応じて、添加剤等を適宜選択することができる。
1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤、或いはそれらを含む食品、飼料、又は医薬を投与する対象(典型的には、患者)として、ヒト、サル等の霊長類、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ等の家畜動物、イヌ、ネコ、ウサギ、フェレット、マウス、ラット等の任意の哺乳動物を挙げることができる。好ましい一実施形態では、投与対象は、上記のような体内のオキシトシン量の増加が望まれる疾患又は状態を有する対象、例えばオキシトシン欠乏を伴う疾患又は状態(精神・神経疾患等)を有する対象であり得る。別の実施形態では、投与対象は、例えば、ストレス過多の状態にある対象又はスキンシップ不足の状態にある乳幼児であり得る。別の実施形態では、投与対象は、例えば、過食症患者などの食欲亢進の症状を有する対象であり得る。食欲亢進の症状を有する対象は、肥満であるか又は肥満になることが懸念される状態の対象であってもよいが、痩せており肥満になることは直ちに懸念されない対象であってもよい。
1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤、或いはそれらを含む食品、飼料、又は医薬は、それ自体公知の種々の方法で投与することが可能である。投与量、投与経路、投与間隔、投与期間等は、対象の年齢や体重、身体状態、他の薬剤や治療法との併用等を考慮して適宜決定することができる。
投与量は、剤形、投与経路、投与間隔、対象の症状や身体状態等により調節することができるが、例えば、1,5-AF若しくはその類似体の量で、体重1kg当たり0.1μg~10g、好ましくは10μg~1gであってよい。一実施形態では、1,5-AF若しくはその類似体の量で、10mg~1g/kg体重、例えば400mg~800mg/kg体重の投与量を用いることもできる。これらの投与量は、1回で投与してもよいし、一日数回に分けて投与してもよい。
投与経路は、特に制限されないが、例えば、経口、経鼻、胃内、筋肉内、舌下、経腸、経腟、経皮、経皮、経気管支、静脈投与、動脈投与、脳内(例えば側脳室内などの脳室内)、髄腔内、点眼、点耳、埋め込み等の経路で投与してもよい。本発明は、特に、低分子薬剤の経口投与又は脳内投与によりオキシトシン産生を促進できる点で有利である。
本発明は、1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤、或いはそれらを含む食品、飼料、又は医薬を、上述のようにして上記対象に投与することを含む、対象におけるオキシトシン産生促進方法も提供する。本発明はまた、1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤、或いはそれらを含む食品、飼料、又は医薬を、上記対象に投与することを含む、オキシトシン欠乏を伴う疾患又は状態、例えば精神・神経疾患におけるオキシトシン産生促進方法も提供する。本発明はまた、1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤、或いはそれらを含む食品、飼料、又は医薬を、上記対象に投与することを含む、オキシトシン欠乏を伴う疾患若しくは状態(例えば精神・神経疾患)の治療若しくは予防方法、又はオキシトシン欠乏の治療若しくは予防方法も提供する。さらに本発明は、1,5-AF若しくはその類似体、又は本発明に係るオキシトシン産生促進剤、或いはそれらを含む食品、飼料、又は医薬を、上記対象に投与することを含む、食欲抑制方法、摂食抑制方法、又は摂食量低減方法も提供する。
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
[実施例1]経口投与した1,5-AFの摂食量への影響
1,5-D-アンヒドロフルクトース(1,5-AF)の経口投与が、摂食量に影響を与えるかどうかを評価した。
実験動物としては、6週齢のICR雄性マウスを用いた。マウスは個別ケージ内で1週間以上予備飼育し環境に馴化させた。実験前日の14時00分からマウスを24時間絶食させ、実験当日の13時30分から試験液100μlを経口胃内投与した。試験液としては、対照群のマウスには蒸留水(100μl)、試験群のマウスには蒸留水に溶解した1,5-AF(1mg/100μl、5mg/100μl、又は10mg/100μl)を投与した。試験液投与後の14時00分から、CE-2飼料(栄養バランスの良い、マウス用標準飼料;日本クレア)をマウスに自由摂食させ、1時間にわたり摂食量を測定した。
結果を図2に示す。図2のグラフは、1,5-AFの投与量を横軸に、1時間の累積摂食量(g)を縦軸に示している。図2に示されるように、一晩絶食させた空腹状態のマウスに1,5-AFを経口投与したところ、用量依存的に摂食量が減少したことが示された。特に1,5-AF 10mg投与群では顕著に摂食量が減少した。
[実施例2]脳内投与した1,5-AFの摂食量への影響
1,5-AFの脳内投与が、摂食量に影響を与えるかどうかを評価した。実験動物としては、8週齢のC57B/6J雄性マウスを用いた。マウスを手術し、脳定位固定装置を用いて麻酔下で金属カニューレを脳内に留置した。手術後のマウスは個別ケージ内で1週間以上予備飼育し馴化させた。実験当日の18時00分から1時間絶食させ、金属カニューレに30Gの注射針を挿入し、その注射針に連結したマイクロシリンジを用いて側脳室内に試験液3μlを投与した。試験液としては、対照群のマウスに生理食塩水(3μl)、試験群のマウスには生理食塩水に溶解した1,5-AF(0.3μg/3μl)を投与した。19時00分から試験液を投与し、19時30分からCE-2飼料(日本クレア)をマウスに自由摂食させ、24時間の摂食量を測定した。
その結果を図3Aに示す。統計学的解析は一元配置分散分析により行い、有意な場合には対照群(生理食塩水投与)に対してボンフェローニ検定を行った。検定の有意水準は両側5%未満とした(p<0.05)。マウスに1,5-AFを脳室内投与したところ、24時間の累積摂食量が有意に低下したことが示された(図3A)。このことから、脳室内投与された1,5-AFは、マウスの摂食量を低減させることが示された。
比較のため、比較群のマウスに、1,5-AFの代わりに、1,5-D-アンヒドログルシトール(1,5-AG)(0.3μg/3μl)を投与し、1,5-AFと同様の方法で24時間の累積摂餌量を測定した。なお1,5-AGは公知の方法で製造することができ、例えば、1,5-AFをアラビノースデヒドロゲナーゼにより還元することにより1,5-AGを製造することができる(特開2010-104239号公報)。
測定結果を図3Bに示す。1,5-AGの脳室内投与は、24時間の累積摂食量に影響を与えなかった。したがって摂食量低減効果は、1,5-AFの投与により得られるが、1,5-AGの投与では得られないことが示された。
ごく少量の1,5-AFの脳室内投与により摂食量の低減が認められたことから、1,5-AFは中枢神経系を介して満腹感を形成し、摂食量を低減させると考えられた。
[実施例3]脳内活性化部位の解析
1,5-AFの投与によって活性化される脳内部位を、神経活性化マーカーであるc-Fosの発現量を指標として、免疫染色法を用いて調べた。c-Fosは、極初期遺伝子(immediate early gene)の1種であり、ニューロンの活性化に伴い発現量が上昇する核内タンパク質である。
実験動物としては、8週齢のC57B/6J雄性マウスを用いた。マウスを手術し、脳定位固定装置を用いて麻酔下で金属カニューレを脳内に留置した。手術後のマウスは個別ケージ内で1週間以上予備飼育し馴化させた。実験当日の18時00分から1時間絶食させ、金属カニューレに30Gの注射針を挿入し、その注射針に連結したマイクロシリンジを用いて側脳室内に試験液3μlを投与した。試験液としては、試験群のマウスに生理食塩水に溶解した1,5-AF(0.3μg/3μl)、比較群のマウスに生理食塩水に溶解した1,5-AG(0.3μg/3μl)を投与した。19時00分から試験液を投与し、投与開始の90分後に4%パラホルムアルデヒド溶液にて灌流固定を行い、脳を摘出した。摘出した脳は4%パラホルムアルデヒド溶液にて後固定し、凍結切片標本を作製した。
凍結切片標本の免疫組織染色は、一次抗体ウサギ抗c-Fos抗体(Santa Cruz Biotechnology社)、二次抗体ビオチン標識ヤギ抗ウサギIgG抗体、及び発色基質として3,3'-ジアミノベンジジン四塩酸塩(DAB)を用いて、ABC法(Avidin : Biotinylated Enzyme Cimplex法; VECTASTAIN ABCキット; VECTOR社)により行った。凍結切片標本について神経核が染色されたニューロン(神経核c-Fos陽性ニューロン)をカウントした。
図4に視床下部及び延髄の各部位の結果を示す。図4中、SCNは視交叉上核、PVNは室傍核、SONは視索上核、ARCは弓状核、DMHは背内側核、VMHは腹内側核、LHは視床下部外側野、NTSは孤束核である。このグラフの縦軸は神経核c-Fos陽性ニューロン(c-Fos-IRニューロン)の総数/切片を示し、値は平均値±標準誤差で表した。統計学的解析は対応のないスチューデントのt検定を用いて行い、*はp<0.05、**はp<0.01で有意であったことを表す。
図4に示されるように、1,5-AFの投与は、1,5-AGの投与と比較して、室傍核(PVN)、視索上核(SON)、孤束核(NTS)でのc-Fos発現量を統計学的に有意に増加させた。このことから、1,5-AFは、室傍核、視索上核、及び孤束核に存在するニューロンの細胞体を活性化することが明らかになった。特に室傍核でのc-Fos発現量の増加は顕著であったことから、1,5-AFの投与による満腹感の形成と摂食量の低減は、室傍核におけるニューロンの細胞体の活性化を介していると考えられた。このことは室傍核が第二次摂食中枢としてよく知られていることによっても裏付けられる。
凍結切片標本の室傍核(PVN)、視索上核(SON)、及び孤束核(NTS)で得られた免疫組織染色像を図5に示す。1,5-AFの投与により神経核c-Fos陽性ニューロンの数が増加したことが示されている(図5)。
[実施例4]室傍核における神経ペプチドの発現量変動
1,5-AF投与後の室傍核における神経ペプチドの発現量変動を調べ、摂食量低減をもたらす遺伝子の同定を試みた。
実験動物としては、8週齢のC57B/6J雄性マウスを用いた。マウスを手術し、脳定位固定装置を用いて麻酔下で金属カニューレを脳内に留置した。手術後のマウスは個別ケージ内で1週間以上予備飼育し手技に馴化させた。実験当日の18時00分から1時間絶食させ、金属カニューレに30Gの注射針を挿入し、その注射針に連結したマイクロシリンジを用いて側脳室内に試験液3μlを投与した。試験液としては、試験群のマウスに生理食塩水に溶解した1,5-AF(0.3μg/3μl)、比較群のマウスに生理食塩水に溶解した1,5-AG(0.3μg/3μl)を投与した。19時00分から試験液を投与し、投与開始の120分後に麻酔薬トリブロモエタノール(アバチン)(200mg/kg)をマウスに腹腔内投与した。その後、脳を摘出し、ブレインブロッカーを用いて室傍核を含む1mm厚の切片(脳冠状スライス切片)を作成し、実体顕微鏡下で室傍核を切り出した。切り出したマウス室傍核の組織片にTRIzolTM試薬(InvitrogenTM; Thermo Fisher Scientific社)を添加し、添付文書に記載のプロトコルに従ってtotal RNAを抽出した。抽出したtotal RNAからはRQ1 RNase-Free DNase(Promega社)を用いて混入ゲノムDNAを除去した。DNase処理したtotal RNAを吸光度法により定量した後、total RNA 100ngからReverTra Ace(R) qPCR RT Kit(東洋紡)を用いてcDNA合成を行った。合成したcDNAを鋳型とし、SYBR(R) Premix Ex TaqTM II(TaKaRa)及び神経ペプチド特異的プライマーを用いてリアルタイムPCRを行った。調べた神経ペプチドは、摂食関連神経ペプチドであるバソプレッシン(アルギニンバソプレッシン; AVP)、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(Corticotropin-releasing hormone, CRH)、NUCB2(ネスファチン-1とも呼ばれる)、及びオキシトシン(Oxy)である。リアルタイムPCRには以下の神経ペプチド特異的プライマーを用いた。
AVP特異的プライマー:
5' -CATCTCTGACATGGAGCTGAGA-3' (配列番号1)
5' -GGCAGGTAGTTCTCCTCCTG-3' (配列番号2)
CRH特異的プライマー:
5' -TCTCTCTGGATCTCACCTTCCACC-3'(配列番号3)
5' -AGCTTGCTGAGCTAACTGCTCTGC-3'(配列番号4)
NUCB2特異的プライマー:
5' -GTCACAAAGTGAGGACGAGACTG-3' (配列番号5)
5' -TGGTTCAGGTGTTCAAACTGCTTC-3'(配列番号6)
Oxy特異的プライマー:
5' -TGTGCTGGACCTGGATATGCGCA-3' (配列番号7)
5' -GGCAGGTAGTTCTCCTCCTG-3' (配列番号8)
リアルタイムPCR及び定量・解析はThermal cycler Dice(R)(TaKaRa)を用いて行い、神経ペプチドのRNAレベルでの発現量をハウスキーピング遺伝子GAPDHに対する相対値として定量化した。
結果を図6に示す。1,5-AGと比較すると、1,5-AFの投与により、オキシトシンの発現量のみが統計学的に有意に増加した(p<0.05)。バゾプレッシン、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン、及びNUCB2の発現量には、1,5-AF投与群と1,5-AG投与群間で有意差は認められなかった。
室傍核に細胞体が局在するオキシトシンニューロンは、オキシトシンを産生しており、摂食抑制系ニューロンとしてよく知られている。そのため、1,5-AFの投与による満腹感の形成と摂食量の低減は、室傍核に局在するオキシトシンニューロンの活性化及びオキシトシン産生誘導による効果であることが示された。
24時間の絶食は室傍核のオキシトシンニューロンの興奮性を低下させる(Suyama S, et al., Neuropeptides. 56, 115-23 (2016))。実施例1の経口投与試験では24時間の絶食を行っているため、絶食後の再摂食時には室傍核オキシトシンニューロンの活性は低下していると考えられる。さらに、24時間の絶食後の再摂食は、通常、非常に強力な摂食刺激となる。それにもかかわらず、実施例1において1,5-AFの経口投与は摂食量を成功裏に抑制したことから、1,5-AFが強力な食欲抑制作用及びオキシトシン産生促進作用を有することが明らかになった。また実施例1では1,5-AFの経口投与によりオキシトシン産生が顕著に促進されたことから、経口投与された1,5-AFは体内に吸収され、脳内に移行することが示された。
[実施例5]3-デオキシ-1,5-アンヒドロフルクトースの合成
以下の工程1~8に従って、3-デオキシ-1,5-アンヒドロフルクトース(3-デオキシ-1,5-AF)を合成した。
アルゴン雰囲気中、テトラヒドロフラン(THF)(50mL)に化合物1(2.46g, 9.45mmol)と1,1'-チオカルボニルジイミダゾール(3.37g, 18.9mmol)を加え、加熱還流下で一晩攪拌した。溶媒を減圧留去後、得られた残査をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒 n-ヘキサン:酢酸エチル=3:2)で精製し、化合物2(3.60g, 定量的(quant.))を得た。
化合物2(3.50g, 9.45mmol)とトリス(トリメチルシリル)シラン(5.83mL, 18.9mmol)、アゾビスイソブチロニトリル(307mg, 1.89mmol)をトルエン(50mL)に溶解させ、溶液を脱気後、アルゴン雰囲気中で100℃で2時間攪拌した。反応溶液を直接シリカゲルカラムクロマトグラフィーにチャージし、精製(展開溶媒 n-ヘキサン:酢酸エチル=4:1)を行い、化合物3の粗生成物(2.79g)を得た。
工程2で得られた化合物3の粗生成物(2.79g)に0.1M硫酸水溶液(100mL)を加え、60℃で一晩攪拌した。反応溶液を炭酸水素ナトリウム(1.85g)で中和後、溶媒を減圧留去した。得られた残査にピリジン(40mL)と無水酢酸(20mL)を加え室温で一晩攪拌した。メタノールを加えて反応を停止させた後、溶媒を減圧留去し、得られた残査を酢酸エチルに溶解させ、酢酸エチル相を水、1M塩酸、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和食塩水で洗浄後、硫酸マグネシウム上で乾燥させた。溶媒を減圧留去後、得られた残査をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒 トルエン:酢酸エチル=3:1)で精製し、化合物4(2.96g, 94%(3工程))を得た。
化合物4(1.52g, 4.57mmol)をジクロロメタン(6mL)に溶解させ、25%臭化水素酢酸溶液(9mL)を加え、室温で2.5時間攪拌した。反応溶液にジクロロメタンを加え、有機相を氷水、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸ナトリウム上で乾燥させた。溶媒を減圧留去後、化合物5の粗生成物(1.53g)を得た。
工程4で得られた化合物5の粗生成物(1.53g)を1,4-ジオキサン(15mL)とトルエン(15mL)の混合溶媒に溶解させ、トリス(トリメチルシリル)シラン(4.23mL, 13.7mmol)とトリエチルボラン(1.0M n-ヘキサン溶液, 1.37mL, 1.37mmol)を加え、室温で一晩攪拌した。溶媒を減圧留去し、得られた残査をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒 n-ヘキサン:酢酸エチル=2:1)で精製し、化合物6(781mg, 62%(2工程))を得た。
化合物6(774mg, 2.82mmol)をメタノール(15mL)に溶解させ、触媒量のナトリウムメトキシド(28%メタノール溶液)を加え、室温で4時間反応させた。酸性イオン交換樹脂(AMBERLITE(R)IR120 H)を加えて反応系を中和した。樹脂を濾別した後、溶媒を減圧留去し、得られた残査(471mg)をアセトニトリル(50mL)に溶解させ、ベンズアルデヒドジメチルアセタール(1.25mL, 8.45mmol)と(+)-10-カンファースルホン酸(100mg, 0.43mmol)を加えて室温で一晩攪拌した。トリエチルアミン(0.5mL)を加えて反応を停止させ、溶媒を減圧留去した。得られた残査をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒 n-ヘキサン:酢酸エチル=1:1)で精製し、化合物7(523mg, 78%)を得た。
化合物7(494mg, 2.09mmol)をジクロロメタン(20mL)に溶解させデス-マーチンペルヨージナン(976mg, 2.30mmol)を加え、アルゴン雰囲気下室温で攪拌した。2.5時間後に反応液に飽和炭酸水素ナトリウム水溶液(10mL)と飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液(10mL)を加え室温で20分攪拌した。反応溶液に酢酸エチルを加え、得られた有機相を水、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液、飽和食塩水で洗浄後、硫酸マグネシウム上で乾燥させた。溶媒を減圧留去し、得られた残査をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒 トルエン:酢酸エチル=10:1)で精製し、化合物8(477mg, 97%)を得た。
化合物8(475mg, 2.03mmol)をジクロロメタン(10mL)に溶解させ、70%酢酸水溶液(50mL)を加え、70℃で2.5時間攪拌した。溶媒を減圧留去し、得られた残査をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒 クロロホルム:メタノール:水=85:15:1)で精製し、3-デオキシ-1,5-D-アンヒドロフルクトース(化合物9)(251mg, 85%)を得た。
化合物9 1H NMR(600MHz, CDCl3): δ2.50(dd,1H), 2.98(dd,1H), 3.54-3.59(m,1H), 3.85-3.97(m,2H), 3.99(d,1H), 4.15(d,1H), 4.19-4.25(m,1H).
[実施例6]脳内投与した3-デオキシ-1,5-AFの摂食量への影響
3-デオキシ-1,5-AFの脳内投与が、摂食量に影響を与えるかどうかを評価した。実験動物としては、8週齢のC57B/6J雄性マウスを用いた。マウスを手術し、脳定位固定装置を用いて麻酔下で金属カニューレを脳内に留置した。手術後のマウスは個別ケージ内で1週間以上予備飼育し馴化させた。実験当日の18時00分から1時間絶食させ、金属カニューレに30Gの注射針を挿入し、その注射針に連結したマイクロシリンジを用いて側脳室内に試験液2μlを投与した。試験液としては、対照群のマウスに生理食塩水(2μl)、試験群のマウスには、実施例5に従って合成し生理食塩水に溶解した3-デオキシ-1,5-AF(1μg/2μl)を投与した。19時00分から試験液を投与し、19時30分からCE-2飼料(日本クレア)をマウスに自由摂食させ、1時間及び2時間の摂食量を測定した。
その結果を図7に示す。統計学的解析は一元配置分散分析により行い、有意な場合には対照群(生理食塩水投与)に対してボンフェローニ検定を行った。検定の有意水準は両側5%未満とした(p<0.05)。マウスに3-デオキシ-1,5-AFを脳室内投与したところ、1時間及び2時間の累積摂食量が有意に低下したことが示された(図7)。この結果から、脳室内投与された3-デオキシ-1,5-AF(3-デオキシ体)は、マウスの摂食量を顕著に低減させることが示された。
[実施例7]3-デオキシ体投与のc-Fos発現量への影響
3-デオキシ-1,5-AFの脳内投与が、室傍核オキシトシンニューロンを活性化するかどうかを、神経活性化マーカーであるc-Fosの発現量を指標として、免疫染色法を用いて調べた。実験動物としては、8週齢のC57B/6J雄性マウスを用いた。マウスを手術し、脳定位固定装置を用いて麻酔下で金属カニューレを脳内に留置した。手術後のマウスは個別ケージ内で1週間以上予備飼育し馴化させた。実験当日の18時00分から1時間絶食させ、金属カニューレに30Gの注射針を挿入し、その注射針に連結したマイクロシリンジを用いて側脳室内に試験液2μlを投与した。試験液としては、対照群のマウスに生理食塩水(2μl)、試験群のマウスには生理食塩水に溶解した3-デオキシ-1,5-AF(1μg/2μl)を投与した。19時00分から試験液を投与し、投与開始の90分後に4%パラホルムアルデヒド溶液にて灌流固定を行い、脳を摘出した。摘出した脳は4%パラホルムアルデヒド溶液にて後固定し、凍結切片標本を作製した。
凍結切片標本の免疫組織染色は、一次抗体ウサギ抗c-Fos抗体(Santa Cruz Biotechnology社)、二次抗体ビオチン標識ヤギ抗ウサギIgG抗体、及び発色基質として塩化ニッケル添加3,3'-ジアミノベンジジン四塩酸塩(DAB)を用いて、ABC法(Avidin : Biotinylated Enzyme Cimplex法; VECTASTAIN ABCキット; VECTOR社)により行った。オキシトシンの二重染色は、DAB発色後に、1次抗体ウサギ抗オキシトシン抗体(Millipore社)、二次抗体HRP標識ヤギ高ウサギIgG抗体および、発色基質としてDABを用いて行った。凍結切片標本について神経核が染色されたニューロン(神経核c-Fos陽性ニューロン)をカウントした。
凍結切片標本の室傍核(PVN)で得られたc-Fosとオキシトシンの二重免疫組織染色像を図8に示す。図8Aは生理食塩水を投与したマウス、図8Bは3-デオキシ-1,5-AFを脳室内投与したマウスの染色結果を示す。
図9Aは、室傍核(PVN)及び視索上核(SON)における神経核c-Fos陽性ニューロンの総数/切片を示す。値は平均値±標準誤差で表した。統計学的解析は対応のないスチューデントのt検定を用いて行い、**はp<0.01で有意であったことを表す。3-デオキシ-1,5-AF投与によりc-Fos陽性ニューロンが室傍核で増加したことが示された。図9Aに示されるように、3-デオキシ-1,5-AFの投与は、生理食塩水の投与と比較して、室傍核(PVN)でのc-Fos発現量を統計学的に有意に増加させた。
図9Bは、室傍核(PVN)及び視索上核(SON)における神経核c-Fos陽性オキシトシンニューロンの総数/オキシトシンニューロンの総数を示す。値は平均値±標準誤差で表した。統計学的解析は対応のないスチューデントのt検定を用いて行い、**はp<0.01で有意であったことを表す。3-デオキシ-1,5-AF投与によりc-Fos陽性オキシトシンニューロンが室傍核で増加したことが示された。
以上の結果から、3-デオキシ-1,5-AFは、室傍核オキシトシンニューロンを活性化することが明らかになった。3-デオキシ-1,5-AFの投与による満腹感の形成と摂食量の低減は、室傍核におけるニューロンの細胞体の活性化を介していると考えられた。このことは室傍核が第二次摂食中枢としてよく知られていることによっても裏付けられる。
[実施例8]3-デオキシ体の室傍核オキシトシンニューロンへの直接的な影響
3-デオキシ-1,5-AFの脳内投与が、室傍核オキシトシンニューロンを活性化することから、3-デオキシ-1,5-AFが室傍核オキシトシンニューロンに直接的に作用するかどうかを、マウス脳の室傍核から単離したオキシトシンニューロンを用いて調べた。細胞内Ca2+濃度の増加は、ニューロンからの神経伝達物質の放出を促進することから、ニューロンの活性化を細胞内Ca2+濃度を指標として、蛍光画像解析法を用いて調べた。
実験動物としては、5週齢のC57B/6J雄性マウスを用いた。麻酔下のマウスから脳を摘出し、実体顕微鏡下で室傍核を含むスライスを作成し、メスで室傍核を切り出した。切り出した室傍核組織は36℃で15分間酵素処理(20単位 パパイン/0.4単位 DNase)した。その後、ピペッティングで分散させた後、700rpmで5分間遠心した。沈殿の細胞懸濁液をカバーガラス上に載せて湿潤箱に入れ、30℃で30分間室温にて静置した。Ca2+感受性蛍光素Fura-2/AM (2μM)を、2.5%BSA含有5mMグルコース含有HEPES緩衝化クレブス・リンガー重炭酸バッファー(HKRB)で溶解し、単離した室傍核ニューロンに添加し、30分間インキュベーションしてFura-2をニューロンに取り込ませた。Fura-2負荷されたニューロンを乗せたカバーガラスを、蛍光顕微鏡ステージ上のチャンバーに設置して、33℃で流速1ml/minで灌流した。蛍光の測定は、340nm及び380nmの波長の励起光を交互にパルス照射し(照射時間;0.5秒)、放出される510nmの蛍光を、顕微鏡下に測定し、Aquacosmosシステム(浜松ホトニクス)を用いて解析を行った。
細胞内Ca2+濃度は、340nm及び380nm励起による510nm蛍光強度比(F340/F380)により表すことができる。HKRB単独で灌流し細胞内Ca2+濃度の測定を行った後に、10分間に1μg/ml 3-デオキシ-1,5-AF含有HKRBで灌流を行った。その後、HKRB単独で灌流を行い、細胞内Ca2+濃度が低下した後で、10-5Mグルタミン酸含有HKRBで灌流した。グルタミン酸は陽性コントロールとして細胞の状態の指標とした。細胞内Ca2+濃度測定後、カバーガラス上の細胞(ニューロン)をパラホルムアルデヒド溶液に一晩浸して固定した。ニューロンをリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した後、3%H2O2溶液に10分間浸透し、内在性ペルオキシダーゼを失活させた。その後、PBSで洗浄後、2%ウシ血清アルブミン(BSA)/2%正常ヤギ血清/PBSで30分間ブロッキングを行った。次に、ウサギ抗オキシトシン抗体(Abcam、1:1000)と4℃で一晩反応させた。PBSで洗浄後、ニューロンをビオチン化ヤギ抗ウサギIgG抗体(1:500)と反応させた。PBSで洗浄後、DAB発色試薬(FAST DAB PEROXIDASE SUBSTRATE TABLET SET; Sigma-Aldrich)を用いて、ABC法(Avidin : Biotinylated Enzyme Cimplex法; VECTASTAIN ABCキット; VECTOR社)により発色させた。細胞内Ca2+濃度測定時の顕微鏡写真と、免疫染色後の顕微鏡写真を照合する事で、細胞内Ca2+濃度測定を行ったニューロンがオキシトシンニューロンであるかどうかの判定を行った。
細胞内Ca2+濃度測定で得られた結果を図10に示す。図10Aは3-デオキシ-1,5-AFを添加することで一過性に細胞内Ca2+濃度が増加した室傍核ニューロンを示す。図10Bは3-デオキシ-1,5-AFを添加することで持続的に細胞内Ca2+濃度が増加した室傍核ニューロンを示す。図10C及びDに、各室傍核ニューロンのオキシトシン免疫細胞染色の結果を示す(図10C:図10Aの室傍核ニューロン、図10D:図10Bの室傍核ニューロン)。いずれのニューロンもオキシトシン陽性ニューロンであった。この結果から、3-デオキシ-1,5-AFは、ニューロンからの神経伝達物質の放出を促進し、直接的に室傍核オキシトシンニューロンを活性化することが示された。