(1)エンジンの全体構成
図1は、本発明の燃料ポンプの制御装置が適用されたエンジンの全体構成を概略的に示したシステム図である。本図に示されるエンジンシステムは、車両に搭載されており、走行用の動力源となるエンジン本体1を備える。本実施形態では、エンジン本体1として、4サイクルのガソリン直噴エンジンが用いられている。エンジンシステムは、エンジン本体1に加えて、エンジン本体1に導入される吸気が流通する吸気通路30と、エンジン本体1から排出される排気が流通する排気通路40と、排気通路40を流通する排気の一部を吸気通路30に還流するEGR装置50を備えている。
エンジン本体1は、気筒2が内部に形成されたシリンダブロック3と、気筒2を上から閉塞するようにシリンダブロック3の上面に取り付けられたシリンダヘッド4と、気筒2にそれぞれ往復摺動可能に挿入されたピストン5とを有している。エンジン本体1は、複数の気筒2を有する多気筒型のものであるが、ここでは簡略化のため、1つの気筒2のみに着目して説明を進める。
ピストン5の上方には燃焼室6が画成されており、燃焼室6には、ガソリンを主成分とする燃料が、後述するインジェクタ15からの噴射によって供給される。そして、供給された燃料が燃焼室6で空気と混合されつつ燃焼し、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。なお、燃焼室6に噴射される燃料には、主成分としてガソリンを含有したものが用いられる。この燃料には、ガソリンに加えてバイオエタノール等の副成分が含まれてもよい。本実施形態では、インジェクタ15が請求項の「燃料噴射手段」に相当する。
ピストン5の下方には、エンジン本体1の出力軸であるクランク軸7が設けられている。クランク軸7は、ピストン5とコネクティングロッド8を介して連結され、ピストン5の往復運動(上下運動)に応じて中心軸回りに回転駆動される。シリンダブロック3には、クランク軸7の回転角度(クランク角)およびクランク軸7の回転数(エンジン回転数)を検出するクランク角センサSN1が設けられている。
気筒2の幾何学的圧縮比、つまりピストン5が上死点にあるときの燃焼室6の容積とピストン5が下死点にあるときの燃焼室の容積との比は、後述するSPCCI燃焼(部分圧縮着火燃焼)に好適な値として、13以上30以下に設定される。より詳しくは、気筒2の幾何学的圧縮比は、オクタン価が91程度のガソリン燃料を使用するレギュラー仕様の場合に14以上17以下に設定し、オクタン価が96程度のガソリン燃料を使用するハイオク仕様の場合に15以上18以下に設定するのが好ましい。
本実施形態では、エンジン本体1は、図1の紙面と直交する方向に並ぶ4つの気筒2を備える4気筒エンジンであり、クランク軸7が1回転する間に2つの気筒2で爆発(混合気の燃焼)が起こるようになっている。つまり、本実施形態では、所定の気筒2で爆発が生じてから次の気筒2で爆発が生じるまでの期間である燃焼周期が、180°CA(°CA:クランク角)となっている。4つの気筒2を、その配列方向の一方側から順に、1番気筒、2番気筒、3番気筒、4番気筒とすると、各気筒2において爆発(混合気の燃焼)は1番気筒⇒3番気筒⇒4番気筒⇒2番気筒の順で行われ、2番気筒の後は再び1番気筒に戻り再び上記の順番で爆発が生じる。
シリンダヘッド4には、燃焼室6に開口する吸気ポート9および排気ポート10と、吸気ポート9を開閉する吸気弁11と、排気ポート10を開閉する排気弁12とが設けられている。なお、本実施形態のエンジンのバルブ形式は、吸気2バルブ×排気2バルブの4バルブ形式であり、吸気ポート9、排気ポート10、吸気弁11および排気弁12は、1つの気筒2についてそれぞれ2つずつ設けられている。吸気弁11および排気弁12は、シリンダヘッド4に配設された一対のカム軸等を含む動弁機構13、14により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。本実施形態では、1つの気筒2に接続された2つの吸気ポート9のうちの一方に、開閉可能なスワール弁18が設けられており、気筒2内のスワール流(気筒軸線の回りを旋回する旋回流)の強さが変更されるようになっている。
シリンダヘッド4には、燃焼室6に燃料(主にガソリン)を噴射するインジェクタ15と、インジェクタ15から燃焼室6に噴射された燃料と燃焼室6に導入された空気との混合気に点火する点火プラグ16とが設けられている。シリンダヘッド4には、さらに、燃焼室6の圧力である筒内圧を検出する筒内圧センサSN2が設けられている。
インジェクタ15は、その先端部に複数の噴孔を有した多噴孔型のインジェクタであり、当該複数の噴孔から放射状に燃料を噴射することが可能である。インジェクタ15は、その先端部がピストン5の冠面の中心部と対向するように設けられている。なお、本実施形態では、ピストン5の冠面に、その中央部を含む領域をシリンダヘッド4とは反対側(下方)に凹陥させたキャビティが形成されている。点火プラグ16は、インジェクタ15に対し吸気側に幾分ずれた位置に配置されている。
インジェクタ15は、燃料供給通路22を介して燃料タンク21と接続されており、燃料タンク21からインジェクタ15に燃料が供給される。
燃料供給通路22には、上流側(燃料タンク側つまりインジェクタ15と反対側)から順に、低圧ポンプ70、燃料フィルタ23、高圧ポンプ80、燃料レール17が設けられている。低圧ポンプ70および高圧ポンプ80は、ともに、燃料を圧送するためのポンプである。燃料フィルタ23は、燃料に含まれる異物を取り除くためのフィルタである。燃料レール17は、高圧の燃料を貯留するための部材である。前記の高圧ポンプ80は、請求項の「燃料ポンプ」に相当し、燃料レール17は、請求項の「燃料貯留部」に相当する。
燃料タンク21に貯留されている燃料は、低圧ポンプ70によって高圧ポンプ80に圧送される。この圧送途中、燃料中の異物の一部は、燃料フィルタ23により取り除かれる。燃料フィルタ23を通過した後の燃料は高圧ポンプ80によってさらに昇圧されて、燃料レール17に圧送される。高圧ポンプ80から圧送された燃料は燃料レール17内に貯留される。各インジェクタ15は、燃料レール17にそれぞれ接続されており、燃料レール17から各インジェクタ15に燃料が分配される。高圧ポンプ80の詳細構造については後述する。
燃料レール17には、燃料レール17に貯留されている燃料の圧力(以下、適宜、この燃料レール17内の燃料の圧力をレール圧という)を検出するためのレール圧センサSN4が設けられている。
吸気通路30は、吸気ポート9と連通するようにシリンダヘッド4の一側面に接続されている。吸気通路30の上流端から取り込まれた吸気(空気)は、吸気通路30および吸気ポート9を通じて燃焼室6に導入される。
吸気通路30には、その上流側から順に、燃焼室6に導入される吸気に含まれる異物を除去するエアクリーナ31と、吸気通路30を開閉するスロットル弁32と、吸気を圧縮しつつ送り出す過給機33と、過給機33により圧縮された吸気を冷却するインタークーラ35と、サージタンク36とが設けられている。吸気通路30におけるエアクリーナ31とスロットル弁32との間の部分には、吸気の流量である吸気量を検出するエアフローセンサSN3が設けられている。
過給機33は、エンジン本体1と機械的に連係された機械式の過給機(スーパーチャージャ)である。過給機33の具体的な形式は特に問わないが、例えばリショルム式、ルーツ式、または遠心式といった公知の過給機のいずれかを過給機33として用いることができる。過給機33とエンジン本体1との間には、締結と解放を電気的に切り替えることが可能な電磁クラッチ34が介設されている。電磁クラッチ34が締結されると、エンジン本体1から過給機33に駆動力が伝達されて、過給機33による過給が行われる。一方、電磁クラッチ34が解放されると、前記駆動力の伝達が遮断されて、過給機33による過給が停止される。
吸気通路30には、過給機33をバイパスするためのバイパス通路38が設けられている。バイパス通路38は、サージタンク36と後述するEGR通路51とを互いに接続している。バイパス通路38には開閉可能なバイパス弁39が設けられている。バイパス弁39は、サージタンク36に導入される吸気の圧力つまり過給圧を調整するための弁である。例えば、バイパス弁39の開度が大きくなるほど、バイパス通路38を通過する吸気の流量が多くなる結果、過給圧は低くなる。
排気通路40は、排気ポート10と連通するようにシリンダヘッド4の他側面に接続されている。燃焼室6で生成された既燃ガス(排気)は、排気ポート10および排気通路40を通じて外部に排出される。排気通路40には触媒コンバータ41が設けられている。触媒コンバータ41には、排気に含まれる有害成分(HC、CO、NOx)を浄化するための三元触媒41aと、排気中に含まれる粒子状物質(PM)を捕集するためのGPF(ガソリン・パティキュレート・フィルタ)41bとが、この順で上流側から内蔵されている。
EGR装置50は、EGR通路51と、EGR通路51に設けられたEGRクーラ52およびEGR弁53とを有している。EGR通路51は、排気通路40における触媒コンバータ41よりも下流側の部分と、吸気通路30におけるスロットル弁32と過給機33との間の部分とを接続している。EGRクーラ52は、EGR通路51を通じて排気通路40から吸気通路30に還流される排気(EGRガス)を熱交換により冷却する。EGR弁53は、EGRクーラ52よりも下流側(吸気通路30に近い側)のEGR通路51に開閉可能に設けられ、EGR通路51を流通する排気の流量を調整する。
(2)高圧ポンプ
高圧ポンプ80は、往復式のポンプである。高圧ポンプ80は、燃料を加圧するための加圧室82aが形成された本体部82と、本体部82に形成されたプランジャ摺動部82b内に配置されて先端が加圧室82aに挿入されたプランジャ85とを有している。本体部82には、燃料供給通路22のうち低圧ポンプ70と高圧ポンプ80との間の通路である低圧側燃料通路22aと連通して、低圧ポンプ70から圧送された燃料を加圧室82a内に導入するための吸入口83が形成されている。本体部82のうち低圧側燃料通路22aと吸入口83との間の部分には、燃料の脈動を抑制するためのパルセーションダンパ88が設けられている。また、本体部82には、燃料レール17と連通して、加圧室82aから燃料レール17に向けて燃料を吐出するための吐出口84が形成されている。吸入口83には、吸入口83を開閉するスピル弁87が設けられている。スピル弁87は、ノーマルオープン型の電磁式バルブであり、通電されることで閉弁して吸入口83を閉じる。吐出口84には、チェックバルブ86が設けられており、燃料レール17側から高圧ポンプ80側への燃料の逆流が規制されているとともに、加圧室82a内の燃料の圧力が所定値を超えたときに高圧ポンプ80から燃料レール17に燃料が供給されるようになっている。前記のスピル弁87は、請求項の「開閉弁」に相当する。
プランジャ85は、高圧ポンプカム81の上方にこれと当接するように配置されており、高圧ポンプカム81によって駆動される。プランジャ85は、高圧ポンプカム81の回転に伴って上下に往復動して加圧室82aの容積(プランジャ85の先端の上方に区画される空間の容積)を変化させる。具体的には、プランジャ85が下方に移動すると加圧室82aの容積は増大し、これにより吸入口83から加圧室82a内に燃料が吸入される。プランジャ85が上方に移動すると加圧室82aの容積は縮小し、加圧室82a内の燃料を昇圧させることが可能になる。このように、プランジャ85の往復動により、高圧ポンプ80では、加圧室82aの容積が時間とともに拡大して加圧室82a内に燃料を吸入することが可能な吸入行程と、加圧室82aの容積が時間とともに減少して加圧室82a内の燃料を加圧することが可能な加圧行程が実施され、プランジャ85が連続して往復動することでこれらの行程が連続して実施される。
高圧ポンプカム81は、エンジン本体1に駆動され、エンジン本体1と連動して回転してプランジャ85を駆動する。具体的には、高圧ポンプカム81はクランク軸7とチェーン89によって連結されており、クランク軸7の回転に伴って回転する。本実施形態では、高圧ポンプカム81は2山のカムであり、クランク軸7が1回転する間にプランジャ85は2往復する。つまり、プランジャ85の往復動の周期であって、吸入行程の期間と加圧行程の期間とを合わせた期間(吸入行程が開始してからこれに続く加圧行程が終了して次の吸入行程が開始するまでの期間)を高圧ポンプ80の加圧周期とすると、高圧ポンプ80の加圧周期は、180°CAに設定されている。本実施形態では、前記のように、180°CA毎にいずれかの気筒2で混合気が燃焼して爆発が生じるようになっており、エンジンの燃焼周期と、高圧ポンプ80の加圧周期とは一致する。
前記のように、加圧行程では、加圧室82aの容積の減少に伴い加圧室82a内の燃料を昇圧させることが可能である。しかし、スピル弁87が開弁して吸入口83が開いていると、加圧室82a内の燃料が吸入口83から低圧側燃料通路22a側に押し戻されることで燃料の昇圧はほとんど生じない。つまり、加圧室82a内の燃料の昇圧ひいては燃料レール17内の燃料の昇圧は、加圧室82aが加圧行程にあり且つスピル弁87が閉弁しているときにのみ生じる。スピル弁87の閉弁期間(スピル弁87の閉弁が開始してから終了するまでの期間)が長い方が、加圧室82a内の燃料の昇圧期間は長くなり、燃料の昇圧量は大きくなる。なお、スピル弁87が閉弁される場合において、スピル弁87の閉弁は加圧行程の途中で開始され、吸入行程の開始に伴ってこの閉弁が終了されてスピル弁87は開弁される。
燃料供給通路22と燃料レール17とは、別途リターン通路17bおよびこれを開閉するリリーフ弁17aを介して接続されており、燃料レール17内の過剰な燃料はリリーフ弁17aの開弁に伴ってリターン通路17bを通って燃料供給通路22に戻される。
(3)制御系統
図3は、エンジンの制御系統を示すブロック図である。本図に示されるPCM100は、エンジンを統括的に制御するためのマイクロプロセッサであり、周知のCPU150、メモリ160(ROM、RAM)等から構成されている。
PCM100には各種センサによる検出信号が入力される。例えば、PCM100は、前述したクランク角センサSN1、筒内圧センサSN2、エアフローセンサSN3、レール圧センサSN4と電気的に接続されており、これらのセンサによって検出された情報(つまりクランク角、エンジン回転数、筒内圧、吸気量、レール圧)がPCM100に逐次入力されるようになっている。また、車両には、当該車両を運転するドライバーにより操作されるアクセルペダルの開度を検出するアクセル開度センサSN5が設けられており、アクセル開度センサSN7による検出信号もPCM100に入力される。
PCM100は、前記各センサからの入力信号に基づいて種々の判定や演算等を実行しつつエンジンの各部を制御する。PCM100は、インジェクタ15、点火プラグ16、スワール弁18、スロットル弁32、電磁クラッチ34、バイパス弁39、EGR弁53、高圧ポンプ80のスピル弁87(詳細にはスピル弁43を駆動する駆動機構)等と電気的に接続されており、前記演算の結果等に基づいてこれらの機器にそれぞれ制御用の信号を出力する。PCM100は、機能的に、エンジン本体1がアイドル運転中であるか否かを判定するアイドル判定部101と、高圧ポンプ80のスピル弁87の開閉を制御するポンプ制御部102とを有する。アイドル判定部101は請求項の「判定手段」に相当し、ポンプ制御部102は請求項の「ポンプ制御手段」に相当する。
(3-1)燃焼制御
図4は、エンジンの回転数/エンジン負荷に応じた燃焼制御の相違を説明するためのマップ図である。本図に示すように、エンジンの運転領域は、3つの運転領域A1~A3に大別される。それぞれ第1運転領域A1、第2運転領域A2、第3運転領域A3とすると、第1運転領域A1は、エンジン回転数が予め設定された第1回転数N1以下でエンジン負荷が予め設定された第1負荷Tq1以下の低速・低負荷の領域であり、第2運転領域A2は、エンジン回転数が第1回転数N1以下でエンジン負荷が第1負荷Tq1よりも高い低速・高負荷の領域であり、第3運転領域A3は、エンジン回転数が第1回転数N1よりも高い高速領域である。PCM100は、クランク角センサSN1により検出されるエンジン回転数およびエンジン負荷に基づいて、現在の運転ポイントが第1~第3運転領域A1~A3のいずれに含まれるかを判定して、各運転領域A1~A3に対して予め設定された制御を実施する。なお、PCM100は、アクセル開度センサSN5により検出されたアクセルペダルの開度、エンジン回転数等に基づいてエンジン負荷を算出する。
第1運転領域A1および第2運転領域A2では、PCM100は、混合気の燃焼モードをSPCCI燃焼モードにし、SI燃焼とCI燃焼とをミックスした部分圧縮着火燃焼(以下、これをSPCCI燃焼という)を実行する。なお、SPCCI燃焼における「SPCCI」とは、「Spark Controlled Compression Ignition」の略である。
SI燃焼とは、点火プラグ16により混合気に点火して、その点火点から周囲へと燃焼領域を拡げていく火炎伝播により混合気を強制的に燃焼させる形態のことである。CI燃焼とは、ピストン5の圧縮により高温・高圧化された環境下で混合気を自着火により燃焼させる形態のことである。これらSI燃焼とCI燃焼とをミックスしたSPCCI燃焼とは、混合気が自着火する寸前の環境下で行われる火花点火により燃焼室6内の混合気の一部をSI燃焼させ、当該SI燃焼の後にこれに続いて(SI燃焼に伴うさらなる高温・高圧化により)燃焼室6内の残りの混合気を自着火によりCI燃焼させる、という燃焼形態のことである。SPCCI燃焼では、SI燃焼の後にCI燃焼が行われるという性質上、燃焼騒音の指標となるdP/dθ(Pは筒内圧 θはクランク角度)が過大になり難く、単純なCI燃焼(全ての燃料をCI燃焼させた場合)に比べて燃焼騒音を抑制することができる。また、SPCCI燃焼では、燃焼終了時期を膨張行程内において圧縮上死点に近づけることができる。これにより、SPCCI燃焼では、単純なSI燃焼に比べて燃費性能を向上させることができる。
SPCCI燃焼が行われる領域のうちエンジン負荷の低い第1運転領域A1では、燃費性能を高めるために、燃焼室6内の空燃比(A/F)が理論空燃比よりも大きく(リーンに)される。つまり、第1運転領域A1では、燃焼室6内の混合気の空燃比が理論空燃比よりも高くされつつ混合気をSPCCI燃焼させるリーンSPCCI燃焼が行われる。
SPCCI燃焼が行われる領域のうちエンジン負荷が高く、燃焼室6内の空燃比(A/F)が理論空燃比よりも大きく(リーンに)するのが困難な第2運転領域A2では、燃焼室6内の空燃比が理論空燃比にされる。つまり、第2運転領域A2では、燃焼室6内の混合気の空燃比が理論空燃比とされつつ混合気をSPCCI燃焼させるλ1SPCCI燃焼が行われる。
第3運転領域A3では、比較的オーソドックスなSI燃焼が実行される。
(高圧ポンプの制御)
PCM100により実施される高圧ポンプ80の制御について説明する。
高圧ポンプ80の加圧室82a内で昇圧された燃料は基本的に燃料レール17に送られる。しかし、図2の一部の拡大図である図5に示すように、プランジャ摺動部82bとプランジャ85との間には隙間82Xが存在する。そのため、図5の矢印で示すように、加圧室82a内での昇圧中に、燃料の一部は前記の隙間82Xを通って加圧室82aの外に漏えいし、その後、再び加圧室82a内に導入されることになる。具体的には、高圧ポンプ80の本体部82には、前記の隙間82Xと連通する燃料受け通路82cが設けられており、この燃料受け通路82cが吸入口83を介して加圧室82aと連通している。これより、加圧室82a内で昇圧された燃料の一部は前記の隙間82X、燃料受け通路82cおよび吸入口83を通って加圧室82aに再び導入される。
加圧室82aから前記の隙間82Xに漏えいした燃料は、加圧室82a内で昇温されるとともに、前記の隙間82Xの通過途中で摩擦熱によって昇温される。そのため、加圧室82aに燃料が再導入されて再び昇圧されると、加圧室82a内の燃料の温度が過度に高くなる、つまり、燃料が過昇温するおそれがある。燃焼が過昇温すると燃料中にベーパー(気泡)が発生して燃料レール17ひいてはインジェクタ15に適切な量の燃料が供給されないおそれがある。
これに対して、加圧室82aでの燃料の昇圧頻度を少なくすれば、昇圧・昇温された燃料が前記の隙間82Xを通って加圧室82aに再導入される頻度を少なくして、燃料の過昇温を防止できる。
これより、加圧室82aでの燃料の昇圧頻度が少なくなるように高圧ポンプ80を制御することが考えられる。具体的には、高圧ポンプ80の加圧周期に対するスピル弁87の閉弁周期(スピル弁87が閉弁を開始してから次に閉弁を開始するまでの期間)の比率を大きくして、加圧行程の実施タイミングに対してスピル弁87を間欠的に閉弁することで、加圧室82aでの燃料の昇圧頻度を少なくすることが考えられる。以下では、高圧ポンプ80の加圧周期に対するスピル弁87の閉弁周期の比率を、閉弁加圧比という。閉弁周期をF2、加圧周期をF1としたとき、閉弁加圧比αは、α=F2/F1で表される。
しかし、前記のように、加圧周期とエンジン本体1の燃焼周期とは同じである。そのため、閉弁加圧比を1よりも大きくした場合、スピル弁87の閉弁周期と燃焼周期とに差が生じることで、スピル弁87の開閉に伴って生じる作動音の周期と、燃焼周期とが相違する。
また、加圧室82aでの燃料の昇圧頻度を少なくすると、レール圧の制御精度が悪くなってレール圧の変動幅が大きくなる。これにより、インジェクタ15の噴射圧(インジェクタ15から噴射される燃料の圧力)の最適値からのずれが大きくなる。
図6および図7を用いて具体的に説明する。図6、図7は、高圧ポンプ80に関する各パラメータの時間変化を模式的に示した図である。図6、図7には、上から順に、第1気筒のピストン5の位置、各インジェクタ15の駆動パルス、プランジャ85の位置、スピル弁87の開閉状態、レール圧のグラフを示している。なお、図6、図7では、簡素化するためにインジェクタ15が圧縮行程の後半に1回だけ駆動される場合を例示している。また、図6、図7におけるピストン5とプランジャ85の位相は一例であり、これらの位相差は図例に限らない。また、図6、図7において、#1TDC、#2TDC、#3TDC、#4TDCは、それぞれ、第1気筒、第2気筒、第3気筒、第4気筒の圧縮上死点を表している。
図6は、閉弁加圧比が1とされて、スピル弁87の閉弁周期と高圧ポンプ80の加圧周期および燃焼周期とが同じ周期(180°CA)のときの図である。図6のパターンでは、高圧ポンプ80の加圧行程が実施される毎に、また、エンジン本体1で爆発が生じる毎に、スピル弁87が1回閉弁される。図7は、閉弁加圧比が3とされて、スピル弁87の閉弁周期が高圧ポンプ80の加圧周期および燃焼周期の3倍の期間に設定されたときの図である。図7のパターンでは、高圧ポンプ80の加圧行程が3回実施される間に、また、エンジン本体1で爆発が3回(3つの気筒2で)生じる間に、スピル弁87が1回だけ閉弁される。
前記のように、加圧室82a内の燃料の昇圧ひいては燃料レール17内の燃料の昇圧は、高圧ポンプ80の加圧行程中で且つスピル弁87が閉弁しているときに生じる。従って、図6のパターンでは、高圧ポンプ80の加圧周期と同じ周期で燃料が昇圧されるのに対して、図7のパターンでは、高圧ポンプ80の加圧周期の3倍の周期で燃料が昇圧される。これより、閉弁加圧比が大きい図7のパターンの方が、閉弁加圧比が小さい図6のパターンよりも、燃料の昇圧頻度は少なくなる。
このように、閉弁加圧比を大きくすれば燃料の昇圧頻度を少なくできる。そして前記の隙間82Xから漏れる燃料を少なくして燃料の昇温を抑制できる。
ただし、図6のパターンでは、エンジンの振動やエンジン本体から発せられる音の周期とスピル弁87の作動音が発生られる周期とは一致するが、図7のパターンでは、スピル弁87の閉弁周期と燃焼周期とが一致しないことで、エンジンの振動やエンジン本体1から発せられる音の周期と合致しない周期で、スピル弁87の作動音が生じることになる。
これより、本実施形態では、エンジン本体1から発せられる音が小さく、スピル弁87の作動音が際立ちやすいアイドル運転中は、閉弁加圧比を1にして、スピル弁87の閉弁周期と燃焼周期とを一致させる。
また、閉弁加圧比を大きくしてスピル弁87の閉弁周期を長くすると、スピル弁87の1閉弁周期の間にインジェクタ15から燃料が噴射される回数が多くなって、レール圧の変動量が大きくなる。具体的には、図6および図7に示すように、加圧行程においてスピル弁87が閉弁を開始するとレール圧は上昇する。そして、燃料レール17内の燃料がインジェクタ15によって燃焼室6に噴射されるとレール圧は低下する。これより、スピル弁87の1閉弁周期が長くなって1閉弁周期の間に多数回にわたってインジェクタ15から燃料が噴射されると、レール圧の低下量は大きくなる。
前記のように、スピル弁87の閉弁期間(閉弁を開始してから閉弁が終了して開弁されるまでの期間)を長くすれば、1回あたりの燃料の昇圧量は大きくなる。そのため、閉弁加圧比を大きくした場合であってもスピル弁87の閉弁期間を長くすることで、レール圧の時間平均値を、閉弁加圧比を小さくした場合のレール圧の時間平均値と同程度に維持することはできる。
しかし、レール圧の変動量が大きいと、全てのインジェクタ15の噴射圧を適切な圧力に維持することが困難になる。そして、混合気の空燃比が理論空燃比よりも大きい(リーンである)ことおよび混合気の一部を自着火させることに伴い燃焼安定性が低いリーンSPCCI燃焼では、インジェクタ15の噴射圧が適切な圧力からずれると燃焼が不安定になるおそれがある。
そこで、本実施形態では、リーンSPCCI燃焼が実施される第1運転領域A1では、閉弁加圧比を小さくしてレール圧の変動量を小さく抑え、他の運転領域(第2運転領域A2および第3運転領域A3)では、閉弁加圧比を大きくして燃料の過昇温を防止する。
前記のように、閉弁加圧比を小さくするとレール圧の変動量は小さくなる。これより、レール圧の変動量が小さくなるようにスピル弁87を制御すれば、閉弁加圧比を小さくできる。また、レール圧の変動量が0になるようにするには、加圧行程毎にスピル弁87を閉弁させる必要がある。これより、レール圧の変動量が0になるようにスピル弁87を制御すれば、加圧行程毎つまり燃焼周期毎にスピル弁87が閉弁されることになる、つまり、閉弁加圧比が1になる。
そこで、本実施形態では、エンジンの各運転条件においてレール圧の変動幅の目標値である目標変動幅を設定し、レール圧の変動幅がこの目標変動幅になるようにスピル弁87を開閉する。そして、エンジン本体1がアイドル運転中のときは、目標変動幅を0にする。また、第1運転領域A1での前記変動幅の目標値を、他の運転領域(第2運転領域A2および第3運転領域A3)での前記変動幅の目標値よりも小さくする。
図8を用いて、PCM100により実施されるレール圧の制御について説明する。
ステップS1にて、PCM100は、各センサの検出値を読み込む。
次に、ステップS2にて、PCM100は、エンジンの運転状態に基づいてレール圧の目標値である目標レール圧を設定する。例えば、エンジン回転数とエンジン負荷とについて目標レール圧が予め設定されてマップでPCM100に記憶されており、PCM100は、このマップから、現在のエンジン回転数とエンジン負荷とに対応する値を抽出する。
次に、ステップS3にて、PCM100(アイドル判定部101)は、エンジン本体1がアイドル運転中であるか否かを判定する運転されているか否かを判定する。具体的には、PCM100は、現在の車速およびアクセルペダルの開度がそれぞれ所定値以下で、現在のエンジン回転数が予め設定されたアイドル判定回転数以下で、且つ、インジェクタ15の燃料噴射量が所定の範囲内のとき、エンジン本体1がアイドル運転中であると判定する。
ステップS3の判定がYESであってエンジン本体1がアイドル運転中であると判定したときは、ステップS4に進む。PCM100は、ステップS4にて、目標変動幅を0に設定する。
一方、ステップS3の判定がNOであってエンジン本体1がアイドル運転中でないと判定したときは、ステップS5に進む。PCM100は、ステップS5にて、第1運転領域A1でエンジンが運転されているか否かを判定する。具体的には、PCM100は、現在のエンジン回転数が第1回転数N1以下であり且つエンジン負荷が第1負荷Tq1以下のときは、第1運転領域A1でエンジンが運転されていると判定する。
ステップS5の判定がNOであって、アイドル運転中でなく、且つ、第1運転領域A1でエンジンが運転されていない場合、つまり、第2運転領域A2または第3運転領域A3でエンジンが運転されている場合は、ステップS6に進む。ステップS6にて、PCM100は、レール圧の変動幅の目標値である目標変動幅を、0よりも大きい値に予め設定された第2変動幅に設定する。第2変動幅は、エンジン回転数およびエンジン負荷に関わらず一定の値とされる。例えば、第2変動幅は5MPa程度に設定されている。
一方、ステップS5の判定がYESであって、第1運転領域A1でエンジンが運転されている場合は、ステップS7に進む。ステップS7にて、PCM100は、目標変動幅を、第2変動幅よりも小さい第1変動幅に設定する。図9は、エンジン回転数を第1運転領域A1に含まれる所定の回転数N10に維持したときの、エンジン負荷と第1変動幅との関係を示したグラフである。図9に示すように、第1運転領域A1ではNOxの排出量を抑制するべくエンジン負荷が高い方がレール圧の変動幅が小さくなるように、第1変動幅は設定されている。第1運転領域A1のうち高負荷側(エンジン負荷が高い)側では第1変動幅は0(ゼロ)に設定されている。図9の例では、エンジン負荷が所定の負荷Tq10までの領域と、この負荷Tq10からこれよりも高い所定の負荷Tq20までの領域と、この負荷Tq20よりも高い領域とで、第1変動幅が互いに異なるように設定されている。例えば、第1変動幅は、0~2MPa程度の範囲内の値に設定される。
ステップS4、S6またはステップS7の次は、ステップS8に進む。ステップS8にて、PCM100は、ステップS1で読み込んだ実レール圧に基づき、実レール圧が目標レール圧になるように、且つ、レール圧の変動幅がステップS4、S6またはステップS7で設定した目標変動幅になるように、スピル弁87を開閉させる。
例えば、PCM100は、目標レール圧に目標変動幅の1/2を足した値を上限側目標レール圧として算出する。そして、PCM100は、実レール圧と上限側目標レール圧との差からスピル弁87の閉弁期間を算出する。つまり、PCM100は、実レール圧が上限側目標レール圧になるように、スピル弁87の閉弁期間をフィードバック制御する。また、目標レール圧から目標変動幅の1/2を引いた値に実レール圧が到達するまでの間、スピル弁87の閉弁を禁止し(開弁を維持し)、実レール圧が目標レール圧から目標変動幅の1/2を引いた値を下回ると、スピル弁87の閉弁を許可する。
ここで、レール圧はインジェクタ15からの燃料噴射に伴って低下する。そのため、目標変動幅を正確に0にすることは困難であり、PCM100は、変動幅が目標変動幅に最も近づくようにスピル弁87を開閉させる。つまり、ここでいうレール圧の変動幅を目標変動幅になるようにスピル弁87を開閉させるというのは、変動幅が目標変動幅に最も近づくようにスピル弁87を開閉させることを含む。
このように、本実施形態では、アイドル運転中ではなく、第2運転領域A2、第3運転領域A3および第1運転領域A1の低負荷側の領域での運転中は、目標変動幅が0よりも大きい値とされる。そして、これにより、閉弁加圧比が1よりも大きくなって、スピル弁87の閉弁周期が加圧周期および燃焼周期よりも長くなる。換言すると、第2変動幅および第1運転領域A1の低負荷側の領域に対して設定される第1変動幅は、閉弁加圧比が1よりも大きくなるような値に設定されている。一方で、アイドル運転中および第1運転領域A1の高負荷側での運転中は、目標変動幅が0とされることで、閉弁加圧比が1とされ、スピル弁87の閉弁周期と加圧周期および燃焼周期とが同じ周期とされる。
ここで、アイドル運転中ではなく、第2運転領域A2、第3運転領域A3および第1運転領域A1の低負荷側の領域での運転中に実施される制御であって、スピル弁87の閉弁周期が加圧周期および燃焼周期よりも長くなるように目標変動幅を0よりも大きい値とし、これが実現されるようにスピル弁87を開閉させる制御が、請求項の「周期差制御」に相当する。つまり、本実施形態では、アイドル運転中ではなく、第2運転領域A2、第3運転領域および第1運転領域A1の低負荷側の領域での運転中は、この周期差制御が実施され、アイドル運転中および第1運転領域A1の高負荷側での運転中は、この周期差制御が禁止されて、スピル弁87の閉弁周期と加圧周期および燃焼周期とが同じ周期になるように目標変動幅が0にされる。
図10は、時刻t1にてアクセル開度が所定の開度から0とされて、第1運転領域A1の低負荷側(エンジン負荷が低い側であって目標変動幅が0よりも大きい値に設定される領域)でエンジンが運転されていた状態から、アイドル運転に切り替わったときの各パラメータの時間変化を示した図である。図10には、上から順に、アクセル開度、目標変動幅、閉弁加圧比、レール圧のグラフを示している。
時刻t1までは、レール圧の目標変動幅は0よりも大きい値とされる。これより、時刻t1までは、閉弁加圧比が1よりも大きい値となり、スピル弁87の閉弁周期が高圧ポンプ80の加圧周期および燃焼周期よりも大きくなる。また、レール圧は目標レール圧を中心として比較的大きく変動する。これに対して、時刻t1にてアイドル運転が開始すると、レール圧の目標変動幅は0とされる。これより、時刻t1後は、閉弁加圧比が1とされて、スピル弁87の閉弁周期と高圧ポンプ80の加圧周期および燃焼周期とが同じにされるとともに、レール圧の変動が小さくなる。
(4)作用等
以上のように、本実施形態では、アイドル運転中に、閉弁加圧比が1とされて、スピル弁87の閉弁周期と燃焼周期とが同じ周期とされる。そのため、アイドル運転中であってスピル弁87の作動音が際立ちやすいときに、燃焼周期と異なる周期でスピル弁87の作動音が発生するのを回避でき、利用者が違和感をおぼえるのを防止できる。
そして、アイドル運転がなされておらず、第2運転領域A2、第3運転領域および第1運転領域A1の低負荷側でエンジンが運転されているときには、閉弁加圧比が1よりも大きい値とされてスピル弁87の閉弁周期が燃焼周期および加圧周期よりも長くされ、スピル弁87の閉弁機会ひいては加圧室82a内での燃料の昇圧機会が少なくされる。そのため、加圧室82a内への昇圧・昇温された燃料の再導入頻度を少なくして燃料の過昇温を防止できる。ここで、本実施形態では、この第2運転領域A2、第3運転領域および第1運転領域A1の低負荷側の領域であって、目標変動幅が0よりも大きくされる領域が、請求項の「エンジン運転領域の少なくとも一部」に相当する。
また、本実施形態では、レール圧の変動幅の目標値である目標変動幅を設定し、レール圧の変動幅が目標変動幅になるようにスピル弁87を制御している。そして、アイドル運転時に、この目標変動幅を0にしている。そのため、レール圧の変動幅を適切に制御しつつ、アイドル運転時にスピル弁87の閉弁周期を燃焼周期に一致させることができる。
(5)変形例
前記実施形態では、レール圧の変動幅の目標値を設定し、これが実現されるようにスピル弁87を開閉することで、アイドル運転時にスピル弁87の閉弁周期と燃焼周期とを一致させ、第2運転領域A2等においてアイドル運転時にスピル弁87の閉弁周期を長くした場合について説明したが、これに代えて、アイドル運転時および各運転領域A1~A3で閉弁加圧比の目標値を設定して、これが実現されるようにスピル弁87を開閉させてもよい。
また、混合気の燃焼形態は前記のSI燃焼やSPCCI燃焼に限らない。