JP7281833B2 - 新規膵臓癌上皮間葉移行マーカー - Google Patents
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Description
そのため、本研究では、BACH1の膵臓癌悪性化機序の解明のため、膵臓癌細胞株におけるBACH1の発現量による遺伝子発現変化をRNAシーケンスによって明らかにした。上皮間葉移行に注目し、in vitroでの遊走能や浸潤能およびin vivoでの同所移植実験を展開した。また、BACH1はその下流制御因子との組み合わせによって、膵臓癌の上皮間葉移行の優れたバイオマーカー、膵臓癌の転移又は浸潤の優れたバイオマーカー、及び膵臓癌の予後予測のための優れたバイオマーカーとして利用できることを示した。
さらに、BACH1による転移関連遺伝子の発現を制御することにより、膵臓癌転移を抑制できることを示し、またその膵臓癌転移を抑制できる薬剤をスクリーニングする方法について示した。
[1]BACH1の発現量を測定する工程を含む、膵臓癌の上皮間葉移行能をin vitroで評価するための方法(データ取得法)。
[2]さらに、FOXA1の発現量を測定する工程を含む、[1]の膵臓癌の上皮間葉移行能をin vitroで評価するための方法(データ取得法)。
[3]BACH1の発現量を測定する工程を含む、膵臓癌の転移能又は浸潤能をin vitroで評価するための方法(データ取得法)。
[4]さらに、FOXA1の発現量を測定する工程を含む、[3]の膵臓癌の転移能及び浸潤能をin vitroで評価するための方法(データ取得法)。
[5]BACH1の発現量を測定する工程を含む、膵臓癌の予後をin vitroで予測するための方法(データ取得法)。
[6]さらに、FOXA1の発現量を測定する工程を含む、[5]の膵臓癌の予後をin vitroで予測するための方法(データ取得法)。
[7]BACH1遺伝子またはBACH1遺伝子のプロモーターに連結されたレポーター遺伝子を発現する細胞に医薬候補物質を添加する工程、BACH1遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定する工程、及び前記発現量を低下させる物質を選択する工程を含む、膵臓癌転移抑制剤をスクリーニングする方法。
[8]BACH1遺伝子の発現を低下させる薬剤を有効成分とする、膵臓癌転移抑制剤。
[9]膵臓癌細胞の上皮間葉移行能を阻害する、[8]の膵臓癌転移抑制剤。
[10]前記薬剤がBACH1遺伝子に対するsiRNAである、[8]または[9]の膵臓癌転移抑制剤。
本発明は、BACH1の発現量を測定する工程を含む、膵臓癌の上皮間葉移行能をin vitroで評価するための方法(データ取得法)を提供する。
上皮系細胞マーカーとしては、例えばFOXA1(Forkhead Box Protein A1)、OCLN(Occludin)、PKP2(Plakophilin 2)、CLDN3(Claudin 3)、又はCLDN4(Claudin 4)が挙げられる。好ましくは、上皮系細胞マーカーはFOXA1である。
この工程は、これらの上皮系細胞マーカーからなる群から選択される1つの上皮系細胞マーカーの発現量を測定する工程であってもよく、これらの2つ以上の上皮系細胞マーカーの発現量を測定する工程であってもよい。
BACH1遺伝子及びFOXA1遺伝子の発現量は、例えば定量PCR法、RT-PCR法、定量RT-PCR法、マイクロアレイ法、ハイスループットシーケンス法、ノーザンブロット法、分光光度法、蛍光光度法により測定することができ、またBACH1タンパク質及びFOXA1タンパク質の発現量を、例えばフローサイトメトリ法、ウエスタンブロット法、ELISA法、その他の免疫化学的手法により測定することができる。
また、各抗体は一般的に用いられているマウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、トリ由来のもの等が使用できるがこれらに限定されず、BACH1タンパク質又はFOXA1タンパク質に特異的に結合する抗体であれば何れも使用できる。この抗体が標識化されていてもよく、又は標識化二次抗体を用いてもよい。
標識化二次抗体を使用する場合は、一次抗体を認識するものであれば特に限定されず使用できる。例えば、一次抗体がラビット抗体である場合は標識化抗ラビットIgG抗体を、一次抗体がマウス抗体である場合は標識化抗マウスIgG抗体を、二次抗体として用いることができる。
これらのうち、感度および操作の簡便さの観点から酵素が好ましく、ペルオキシダーゼ(PO)、西洋わさび過酸化酵素(HRP)、アルカリフォスファターゼ(AP)、グルコースオキシダーゼ(GOD)等がより好ましい。標識物質としてHRPを用いる場合はTMB(3,3',5,5'-テトラメチルベンジジン)等を、APを用いる場合はAMPPD(3-(2'-スピロアダマンタン)-4-メトキシ-4-(3''-ホスホリルオキシ)フェニル-1,2-ジオキセタン二ナトリウム塩)、9-(4-クロロフェニルチオホスホリルオキシメチリデン)-10-メチルアクリダン二ナトリウム塩等を基質として使用することができる。また、標識物質としては、他にFITC(fluorescein isothiocyanate)、ローダミン等の蛍光色素等も使用することができる。
定量の際は、例えば、予め既知の濃度の試料で検量線(標準曲線)を作成しておき、測定値を検量線に照合して試料中のBACH1タンパク質又はFOXA1タンパク質発現量を算出することができる。
本発明において、抗原-抗体反応を行う時間、本発明の方法を行う温度、試料や試薬の希釈液および洗浄液の組成やpH等は特に限定されず、一般的に行われるタンパク質の定量法に適用する条件でよい。
測定する対象試料は、例えば、被検対象又は健常対象から得た生体試料である。
生体試料とは、例えば、膵臓の細胞又は組織、膵臓周辺の細胞又は組織、その他膵臓癌の転移が考えられ得るあらゆる部位の細胞又は組織等であってもよい。また、生体試料は膵臓癌細胞が含まれ得る血液、リンパ液等の体液であってもよく、血中循環癌細胞でもよい。血中循環癌細胞は、特に限定されることはないが、例えば膵臓癌を認識する抗体でコーティングされた磁気ビーズを血液に作用させて、磁気による正の選択をすることで回収することができる。
本発明は、BACH1の発現量を測定する工程を含む、膵臓癌の転移能又は浸潤能をin vitroで評価するための方法(データ取得法)を提供する。
本発明は、BACH1の発現量を測定する工程を含む、膵臓癌の予後をin vitroで予測するための方法(データ取得法)を提供する。
本発明は、BACH1遺伝子又はBACH1遺伝子のプロモーターに連結されたレポーター遺伝子を発現する細胞に医薬候補物質を添加する工程、BACH1遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定する工程、及び前記発現量を低下させる物質を選択する工程を含む、膵臓癌転移抑制剤をスクリーニングする方法を提供する。
BACH1遺伝子を発現する培養細胞株とは、BACH1遺伝子を発現する細胞株であれば特に限定されることはないが、例えば膵臓癌細胞由来の細胞株が挙げられる。
BACH1遺伝子を強制発現した培養細胞株とは、例えば、BACH1遺伝子を哺乳類細胞に遺伝子を導入するためのプラスミドやウイルスベクターなどに組み込み、リポフェクション等の通常の方法にて細胞にトランスフェクションした培養細胞株が挙げられる。トランスフェクションは一過的でも安定的でもよい。
レポーター遺伝子としては、ルシフェラーゼ遺伝子、GFP遺伝子、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子等を使用する事ができ、好ましくはルシフェラーゼ遺伝子又はGFP遺伝子を使用する事ができる。
候補化合物の中から、候補化合物非添加の場合と比較して、BACH1遺伝子の発現量を低下させる化合物を選択することで、膵臓癌の治療薬となり得る物質を得ることができる。
本発明は、BACH1遺伝子の発現を低下させる薬剤を有効成分とする、膵臓癌転移抑制剤を提供する。
siRNAの塩基配列は、BACH1遺伝子の発現を低下させる限り限定されることはないが、例えば配列番号5又は配列番号6に記載する塩基配列が挙げられる。
癌ゲノムアトラス(The Cancer Genome Atlas、TCGA)のデータベースに登録されている膵臓癌患者検体におけるBACH1の発現量と予後の間に関連があるか調べた。TCGAのデータベースより膵臓癌患者176人のRNA-sequenceの臨床データを入手し、ソフトウェアJMP pro v13.1.0によってその臨床データに基づく受信者動作特性(Receiver Operating Characteristic、ROC)曲線から求めたカットオフ値に基づき、BACH1低発現群(n=134)と高発現群(n=42)の2群に分類し(図1A左)、カプランマイヤー法で全生存率(Overall survival、OS)を解析した。
その結果、BACH1高発現群で有意にOSが低いことが分かった(ログ・ランク検定; P<0.0001、図1A右)。このことは、BACH1が膵臓癌悪性化因子として機能している可能性を示唆し、本研究では膵臓癌におけるBACH1の機能に注目して解析を行うことにした。
BACH1タンパク質発現と予後との関係を調べるため、東北大学病院消化器外科で手術された膵臓癌の臨床検体を用いて、抗ヒトBACH1モノクローナル抗体(9D11、自家製抗体、dilution 1:100)を用いた免疫組織化学を行った。膵臓癌の臨床検体は、2007年から2014年までに東北大学病院消化器外科で切除術を施行された膵臓癌症例116検体を対象とした。なお、この抗ヒトBACH1モノクローナル抗体の特異性は、ノックダウンやノックアウトを行った細胞を用いた実験により確認済みである(データ不掲載)。
免疫組織化学は、抗ヒトBACH1モノクローナル抗体を用いて行った。10%パラホルムアルデヒドで固定したパラフィン包埋切片を3 μmに薄切し、剥離防止コートスライドガラスに接着固定した。切片をキシレンで脱パラフィン処理した後、エタノールで脱水処理した。抗原の賦活化は、TE(10 mM Tris-HCl pH 8.0、1mM EDTA)による30分間の煮沸にて行った。内因性ペルオキシダーゼ阻害は、1 %過酸化水素/メタノールでの10分間の反応で行った。ブロッキングは正常ヤギ血清(DakoCytomation、Glostrup、 Denmark)で行った。一次抗体反応は4℃で24時間行った。ヒストファイン シンプルステインMAX-PO(M) (Nichirei Biosciences Inc.、Tokyo, Japan)を用いて、室温で2時間二次抗体反応を行った。その後、0.1M Tris bufferに溶解した 3,3'-Diaminobenzidineと過酸化水素で5分間発色を行い、ヘマトキシリンにて核を染色した。顕微鏡観察において、内部標準をリンパ球として、染色強度により弱陽性(weak positive、陽性率10%未満)、中陽性(moderate positive、陽性率10~50%)、強陽性(strong positive、陽性率50%以上)の3段階で評価した後、強陽性をBACH1高発現群(n=28)、弱陽性及び中陽性を低発現群(n=88)として分類した(図1B)。
免疫組織化学的分類に基づくBACH1タンパク質の発現と予後との関係を調べるため、カプランマイヤー法でOSを解析した。
TCGAデータベースに登録されている臨床データを利用したBACH1の発現と予後の関係と一致して、BACH1タンパク質の高発現群では、OSが有意に低く(ログ・ランク検定;P=0.0213)、BACH1が膵臓癌の予後不良因子であることを見出した(図1C)。
単変量解析を行ったところ、OSではリンパ節転移(P = 0.0094)、遠隔転移(P = 0.0004)、BACH1発現量(P=0.0231)が予後因子としての有意性を示した。そこでこれらの予後因子候補に組織グレード(P=0.0638)を追加してCox比例ハザードモデルに基づく多変量解析を行った。OSではリンパ節転移(P=0.011)とBACH1発現量(P=0.0296)が、独立した予後因子としての有意性を示した(表1)。
BACH1発現の癌細胞増殖への影響を調べるため、膵臓癌細胞株AsPC1、SW1990において、siRNAによるRNA干渉法を用いたBACH1のノックダウンを行った。siRNAによるノックダウンは次の方法によって行った。BACH1のsiRNA(Stealth RNAi(商標) siRNA Duplex Oligoribonucleotides, Invitrogen、CA、USA)を使用した。コントロールとして、Stealth RNAi(商標)siRNA Negative Control, Low GC(Thermo Fisher Scientific Inc.、MA、USA)を使用した。Lipofectamine RNAiMAX(Thermo Fisher Scientific Inc.)を用いて、製品説明書に従ってリポフェクション法にてsiRNAを導入した。使用したsiRNAの配列は以下の通りである。
siBACH1-1; 5’-GGUCAAAGGACUUUCACAACAUUAA-3’(配列番号5)
siBACH1-2; 5’-GGGCACCAGGGAAGAUAGUAGUGUU-3’(配列番号6)
その結果、AsPC1、SW1990の両細胞種ともに、BACH1ノックダウンによる細胞増殖への影響は認められなかった(図2)。
実施例4と同様の手順によりBACH1をノックダウンした膵臓癌細胞株AsPC1は、図3Aに示すように細胞間の接着が強くなり、上皮様の細胞形態を示した(図3A)。
そこで、BACH1タンパク質の発現量がAsPC1と比べて低いPanc1にBACH1を過剰発現させた。過剰発現は、6 cmの培養皿で培養したPanc1に、市販のトランスフェクション用キットであるFugene(登録商標) HDを用いて添付の製品説明書に従いプラスミド導入を行った。コントロールとしては、市販のベクターであるpcDNA3.1(-)(Addgene)を7.2 μg導入し、一方、過剰発現としては、市販のベクターであるpCMV2に、配列番号1に記載する塩基配列であるBACH1遺伝子を組み込んだベクターであるpCMV2-BACH1を7.2 μg及び薬剤選択のためにpcDNA3.1(-)を1 μgを導入し、2週間に渡って、2,000 μg/mlのG418(Calbiochem, Germany)を添加したPanc1用培地で培養した。培養はRPMI 1640 medium (Sigma Aldrich、MO、USA)にAsPC1は20%ウシ胎児血清(Fetal Bovine Serum、FBS、Sigma Aldrich)0.1 mg/mlペニシリン/ストレプトマイシン (GIBCO、NY、USA)、10 mM HEPES (GIBCO)、SW1990、Panc1は10% FBS、0.1 mg/mlペニシリン/ストレプトマイシン、10 mM HEPESを添加した培地で行った。培養後、薬剤耐性を獲得することで生き残った細胞によって形成されたコロニーを顕微鏡下で単離し、クローニングした。
その結果、BACH1過剰発現Panc1はBACH1ノックダウンAsPC1の時とは逆に細胞間の接着が弱くなり、仮足様の歪な細胞形態を示した(図3B)。つまりBACH1による上皮間葉移行(epithelial to mesenchymal transition、EMT)が促進することが考えられた。
そのため、上皮系遺伝子(CDH1, OCLN, FOXA1)と間葉系遺伝子(VIMとSNAI2)の発現を次に記載する手順による定量RT-PCR法にて確認した。まず、RNA抽出は、RNeasy(登録商標) Plus Mini Kit(Qiagen、Germany)を使用して添付の製品説明書に従い行った。cDNA合成は抽出したRNAをOmniscript Reverse Transcription kit(Qiagen)を用いて添付の製品説明書に従い、逆転写反応を行った。逆転写反応には1 μgのRNAを用い、200 ngのRandom primer(Invitrogen)を使用して、37℃で60分間反応させ、93℃で5分間の熱処理によって、逆転写反応を停止させた。目的の遺伝子の発現量の測定には、インターカレーターとしてSYBR(登録商標) GreenIを用いた定量PCR法を用いた。LightCycler(登録商標) Fast Start DNA Master SYBR GreenI(Roche, Swiss)を用い、添付の製品説明書に従って、cDNAから各遺伝子特異的なプライマーを使用して、定量PCR機LightCycler(登録商標) Nano(Roche)で測定した。目的の遺伝子のmRNAの発現量は、内部標準遺伝子の発現量で補正し、検体間の比較を行う相対定量で評価した。内部標準遺伝子にはβ-actinの遺伝子(ACTB)用いた。各プライマーの配列は以下の通りである。
ACTB
(Forward) 5’-ATTTGCGGTGGACGATGGAG-3’ (配列番号7)
(Reverse) 5’-AGAGATGGCCACGGCTGCTT-3’ (配列番号8)
BACH1
(Forward) 5’-AATCGTAGGCCAGGCTGATG-3’ (配列番号9)
(Reverse) 5’-AGCAGTGTAGGCAAACTGAA-3’ (配列番号10)
CDH1
(Forward) 5’-TCCTGGCCTCAGAAGACAGA-3’ (配列番号11)
(Reverse) 5’-CCTTGGCCAGTGATGCTGTA-3’ (配列番号12)
OCLN
(Forward) 5’-GAGTTGACAGTCCCATGGCA-3’ (配列番号13)
(Reverse) 5’-CTGAAGTCATCCACAGGCGA-3’ (配列番号14)
FOXA1
(Forward) 5’-GGTGGCTCCAGGATGTTAGG-3’ (配列番号15)
(Reverse) 5’-CCCAGGCCTGAGTTCATGTT-3’ (配列番号16)
VIM
(Forward) 5’-GGACCAGCTAACCAACGACA-3’ (配列番号17)
(Reverse) 5’-GGGTGTTTTCGGCTTCCTCT-3’ (配列番号18)
SNAI2
(Forward) 5’-CAACGCCTCCAAAAAGCCAA-3’ (配列番号19)
(Reverse) 5’-ACAGTGATGGGGCTGTATGC-3’ (配列番号20)
その結果、BACH1ノックダウン細胞(AsPC1、SW1990)では、上皮系遺伝子の発現が、コントロール細胞と比較して上昇し、一方で、間葉系遺伝子の発現は有意に低下した。また、BACH1過剰発現細胞(Panc1)では、上皮系遺伝子の発現が低下し、間葉系遺伝子VIMの発現が上昇したが、SNAI2の発現は低下した(図3C)。
さらにAsPC1において、E-カドヘリン(E-cadherin)タンパク質をウエスタンブロット法によって検出した。SDSサンプル緩衝液(0.0625M Tris-HCl(pH6.8)、2.2% SDS、10% glycerol、0.01%BPB、5% β-ME)に細胞を懸濁し、可溶化させることでタンパク質を調整した後、95℃で5分間の変性処理をした。熱変性した細胞の全タンパク質抽出液を7.5%~12%のポリアクリルアミドゲルにより電気泳動し分子量に応じて展開した。ウェット法にて、ゲルからポリビニルデンフルオイド膜(PVDF膜、Millipore、Germany)に転写した。転写後のPVDF膜はブロッキング処理のため、終濃度3% スキムミルク(Wako Jyun-Yaku Co.、Osaka、Japan)を添加したT-TBS(0.05% Tween 20を含むTBS(25 mM Tris-HCl(pH 7.4)、137 mM NaCl、3 mM KCl))中にて、室温で1時間、振盪した。一次抗体は上記ブロッキング液で抗BACH1抗体(1 : 1000、自家製)、 抗GAPDH抗体(1 : 5000、ab8245、Abcam、England)、抗β-Actin抗体(1 : 1000、GTX109639、GeneTeX、CA、USA)、 抗E-cadherin抗体(1 : 1000、ab1416、Abcam)を希釈し4℃で一晩反応させた。HRP conjugated anti-mouse IgG blotting reagents(1 : 5000、GE Healthcare、NJ、USA)を上記ブロッキング液で希釈したものを用意し、一次抗体反応後のPVDF膜に添加し、室温で60分間反応させた。wash bufferによる洗浄の後に、SuperSignal West Pico(Thermo Fisher Scientific Inc.)またはECL Plus Western Blotting Substrate(Thermo Fisher Scientific Inc.)を用いた化学発光により、X-フィルム(GE Healthcare)に感光して検出した。その結果、BACH1ノックダウンによって遺伝子発現(CDH1、図3C)に続き、タンパク質発現量も増加した(図4D左)。また同様の効果はAsPC1だけでなくSW1990においても確認された(図3D中央)。さらに、BACH1過剰発現Panc1ではE-cadherinの遺伝子発現及びタンパク質発現は減少することが判明した(図3D右)。ここで、E-cadherinは上皮細胞の代表的なマーカータンパク質であり、細胞間接着因子として機能することを考えると(図3E)、これが細胞形態を変化させた要因の1つであることが示唆された。これらの結果は、BACH1が膵臓癌における間葉細胞形質の発現および維持に重要であることを示唆する。
BACH1が膵臓癌細胞の遊走能や浸潤能を促進し得るかを調べるために、以下の手順でスクラッチアッセイを行い、遊走能を確認した。まず、6ウェルプレートにコンフルエントになった細胞に、1,000 μlのピペットチップを用いて傷(直線)を形成し、傷形成直後と24時間後の創傷部を比較することで細胞移動面積を計測した。また移動面積はソフトウェアImage J(NIH、https://imagej.nih.gov/ij/)を使用し、ピクセル数を計測し、同様の実験を独立して3回以上行った。その結果、BACH1ノックダウンAsPC1では、コントロール細胞と比べ有意に遊走能が低下し(図4A)、BACH1過剰発現Panc1では、コントロール細胞と比べ有意に遊走能が増加した(図4B)。
さらにボイデンチャンバー法を用いて、遊走能および浸潤能を確認した。まず下部24穴プレートに血清入りの使用細胞に合った培地を(AsPC1は20%FBS、SW1990は10%FBS)を添加し、その上にインサートを静置したのち、無血清培地に懸濁した細胞(AsPC1は2×105個、SW1990は1×105個)をこのインサート中に播種した。24時間後にインサートメンブレン上面に存在する細胞を綿棒で全て除去した後、インサートメンブレン下面に移動した細胞をクリスタルバイオレット溶液(4.2%ホルマリン、0.05%クリスタルバイオレット、10%エタノール)に10分間浸すことで、固定および染色した。染色後のメンブレンを蒸留水でよく洗った後に、乾燥させ顕微鏡下で目視にて遊走および浸潤した細胞数を計測した。1回の実験は、各検体2度繰り返して行い、AsPC1はメンブレン全体の細胞数を計測した。SW1990はそれぞれ独立した5視野の細胞数をカウントして平均した。同様の実験を独立して3回以上行った。その結果、BACH1ノックダウンAsPC1、SW1990において有意に遊走能、浸潤能の低下を認めた(図4C)。
以上より、膵臓癌細胞においてBACH1は遊走能、浸潤能を亢進させることが判明した。
BACH1が転移促進機能を有することに関して、マウスへの移植実験によってin vivoの検証を行うために、CRISPR/CAS9システムを用いてBACH1ノックアウト膵臓癌細胞株を作製した。CRISPR/CAS9システムは次の方法で行った。制限酵素BsmB1 (認識配列:5’CGTCTC3’)で処理したウイルスベクターlentiCRISPR v2(Addgene、MA、USA)に、下記ガイドRNAをライゲーションさせ、目的のガイドRNAを持ったウイルスベクターを作製した。ヒト胎児由来腎臓上皮細胞である293T細胞にFugene(登録商標) HD(Promega、WI、USA)を用いて、製品説明書に従ってトランスフェクションし、2日後、培養上清をウイルス液として回収した。回収したウイルス液を用いて目的のガイドRNAを持ったウイルスをAsPC1に感染させ、培地に10 μg/mlのピューロマイシン(Sigma Aldrich)を添加し、3週間薬剤選択をした後、形成されたコロニーを顕微鏡下で単離することにより単一クローンを得た。遺伝子変異とタンパク質の発現消失はそれぞれゲノムシーケンスとウエスタンブロット法により確認した。シングルガイドRNA(sgRNA)はBACH1の以下の配列を標的とした。
ガイドRNA-1; 5’-CCGCGCUCACCGGUCCGUGCUGG-3’(配列番号21)
ガイドRNA-2; 5’-CCACUCAAGAAUCGUAGGCCAGG-3’(配列番号22)
作製したBACH1ノックアウト細胞は、図5Aのリファレンス配列に示した2種類のガイドRNAの標的領域に、目的とする13塩基欠失変異(sgBACH1-1)、又は1塩基挿入変異が入っていることを(sgBACH1-2)、シーケンス解析にて確認した(図5A)。またウエスタンブロット法にてBACH1タンパク質発現の消失を確認した(図5B)。さらに、BACH1ノックアウトによりBACH1ノックダウン時と同様に上皮系遺伝子の発現亢進および間葉系遺伝子の発現低下が起きるか、定量RT-PCR法で確認したところ、上皮系遺伝子の有意な発現亢進はみられたが、間葉系遺伝子の発現低下は観察されなかった(図5C)。また、E-cadherinタンパク質発現量をウエスタンブロット法によって確認したところ、CDH1の発現はsgBACH1-1およびsgBACH1-2細胞において共に増加していたが(図5C)、E-cadherinタンパク質発現量はsgBACH1-2細胞においてのみ、siRNA干渉時の結果と同様の著しい増加を認めた(図5B)。さらに、免疫蛍光染色を行い、BACH1のタンパク質とE-cadherinタンパク質の発現量の変化を確認した。免疫蛍光染色は、次の方法で行った。スライドガラスの上で培養した細胞を4%ホルムアルデヒド/PBSで10分間固定した。一次抗体BACH1(9D11、自家製)、E-cadherin(ab1416、abcam)を1%ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin、BSA)/PBSで200倍希釈した抗体液にスライドガラス上の細胞を浸し、37℃で1時間反応させた。PBSで洗浄した後、二次抗体(抗マウスIgG抗体-FITC (F3008、Sigma Aldrich))を1% BSA/PBSで1000倍希釈した抗体液に細胞を浸し、37℃で1時間反応させた。PBSで洗浄後、核染色を20 μg/mlのHoechst33342/PBSで行い、VECTASHIELD Mounting Medium(Funakoshi、Tokyo、Japan)を用いて封入した細胞を蛍光倒立顕微鏡である高速蛍光イメージングシステム AF6500(Leica、Germany)を用いた。その結果、本細胞におけるBACH1のタンパク質の消失とE-cadherinのタンパク質発現量の増加を確認した(図5D、E)。
マウス個体内でのBACH1の機能を解析するため超免疫不全マウス(NOG(NOD.Cg-PrkdcscidIl2rgtm1Sug/ShiJic)マウス)の膵臓組織へのBACH1ノックアウトAsPC1とそのコントロール細胞の同所癌細胞移植を行った。実験には6~8週齢のNOGマウスを使用した。マウスに3種混合麻酔薬(メデトミジン0.3 mg/kg、ミダゾラム4 mg/kg、ブトルファノール5 mg/kg)を腹腔投与した後、BACH1野生型AsPC1とBACH1ノックアウトAsPC1を用いて膵臓への同所移植を行った。同所移植は左上腹部を1.5 cm開腹し、膵臓を体外へ遊離し、膵尾部の被膜下へ27Gの注射針を用いて、104個(100 μl PBSに懸濁)の細胞を移植した。移植後、膵臓を体内に戻し、3-0の吸収糸で閉腹を行った。5週間後、膵臓組織重量、肝臓への転移数および腹膜播種として腸間膜、横隔膜、腹膜への転移数を解剖により目視にて計測した。図6Aには解剖時の代表的な膵臓、肝臓、腸間膜の像を示す。in vitroにおける細胞増殖の結果と一致して、膵臓(移植巣)における腫瘍増殖能に有意な差は認められなかった(図6B左)。しかし、肝転移、腹膜播種はBACH1 ノックアウトAsPC1では有意に減少した(図6B中央と右)。本結果は、BACH1が膵臓癌細胞において、原発の腫瘍形成には影響しないものの、転移能を高めることを示した。
TCGAの膵臓癌患者のRNA-sequenceデータを用いてFOXA1の発現と予後との関係を解析した。FOXA1は高発現ほど有意に予後がよい結果であった(図7A)。さらに、BACH1の下流の因子とBACH1の発現をさらに組み合わせて解析することで、BACH1の予後における機能を再評価した。するとBACH1がその転写抑制機能を強く発揮するBACH1高発現且つFOXA1低発現の組み合わせで予後が最も悪く、BACH1がその転写抑制機能を失っているBACH1低発現且つFOXA1高発現の組み合わせで予後が良い結果であった(図7B)。本結果はBACH1が、その下流遺伝子であるFOXA1遺伝子の発現を用いて機能評価も考慮することで、膵臓癌における優れた予後予測のためのバイオマーカーとして利用できることを示した。また、膵臓癌の転移傾向の強さを示す指標となると考えられる。
Claims (10)
- 膵臓癌細胞を含む血液又は組織を測定試料として、前記測定試料に含まれる膵臓癌細胞におけるBACH1の発現量を測定する工程を含み、
(1)BACH1の発現量に基づくROC曲線から予め算出されたカットオフ値を基準として、BACH1の発現量が高い場合に膵臓癌の上皮間葉移行能が高いと評価され、及びBACH1の発現量が低い場合に膵臓癌の上皮間葉移行能が低いと評価されるものである;又は
(2)免疫組織染色の染色強度が正常膵管細胞と比べて強く染色された細胞を陽性とし、BACH1の陽性率が50%以上の場合に膵臓癌の上皮間葉移行能が高いと評価され、BACH1の陽性率が50%未満の場合に膵臓癌の上皮間葉移行能が低いと評価されるものである、膵臓癌の上皮間葉移行能をin vitroで評価するための方法。 - 前記測定試料が膵臓癌細胞を含む血液であるとき、さらに、前記測定試料に含まれる膵臓癌細胞におけるFOXA1の発現量を測定する工程を含み、それぞれBACH1の発現量に基づくROC曲線から予め算出されたカットオフ値又はFOXA1の発現量に基づくROC曲線から予め算
出されたカットオフ値を基準として、BACH1の発現量及びFOXA1の発現量を組み合わせて膵臓癌の上皮間葉移行能を評価するものであり、BACH1の発現量が高く且つFOXA1の発現量が低い場合に膵臓癌の上皮間葉移行能が高いと評価され、及びBACH1の発現量が低く且つFOXA1の発現量が高い場合に膵臓癌の上皮間葉移行能が低いと評価されるものである、請求項1に記載の膵臓癌の上皮間葉移行能をin vitroで評価するための方法。 - 膵臓癌細胞を含む血液又は組織を測定試料として、前記測定試料に含まれる膵臓癌細胞におけるBACH1の発現量を測定する工程を含み、
(1)BACH1の発現量に基づくROC曲線から予め算出されたカットオフ値を基準として、BACH1の発現量が高い場合に膵臓癌の転移能又は浸潤能が高いと評価され及びBACH1の発現量が低い場合に膵臓癌の転移能又は浸潤能が低いと評価されるものである;又は
(2)免疫組織染色の染色強度が正常膵管細胞と比べて強く染色された細胞を陽性とし、BACH1の陽性率が50%以上の場合に膵臓癌の転移能又は浸潤能が高いと評価され、BACH1の陽性率が50%未満の場合に膵臓癌の転移能又は浸潤能が低いと評価されるものである、膵臓癌の転移能又は浸潤能をin vitroで評価するための方法。 - 前記測定試料が膵臓癌細胞を含む血液であるとき、さらに、前記測定試料に含まれる膵
臓癌細胞におけるFOXA1の発現量を測定する工程を含み、それぞれBACH1の発現量に基づくROC曲線から予め算出されたカットオフ値又はFOXA1の発現量に基づくROC曲線から予め算
出されたカットオフ値を基準として、BACH1の発現量及びFOXA1の発現量を組み合わせて膵臓癌の転移能又は浸潤能を評価するものであり、BACH1の発現量が高く且つFOXA1の発現量が低い場合に膵臓癌の転移能又は浸潤能が高いと評価され及びBACH1の発現量が低く且つFOXA1の発現量が高い場合に膵臓癌の転移能又は浸潤能が低いと評価されるものである、請求項3に記載の膵臓癌の転移能又は浸潤能をin vitroで評価するための方法。 - 膵臓癌細胞を含む血液又は組織を測定試料として、前記測定試料に含まれる膵臓癌細胞におけるBACH1の発現量を測定する工程を含み、
(1)BACH1の発現量に基づくROC曲線から予め算出されたカットオフ値を基準として、BACH1の発現量が高い場合に膵臓癌の予後が悪いと予測され及びBACH1の発現量が低い場合に膵臓癌の予後が良いと予測されるものである;又は
(2)免疫組織染色の染色強度が正常膵管細胞と比べて強く染色された細胞を陽性とし、BACH1の陽性率が50%以上の場合に膵臓癌の予後が悪いと評価され、BACH1の陽性率が50%未満の場合に膵臓癌の予後が良いと評価されるものである、膵臓癌の予後をin vitroで予測するための方法。 - 前記測定試料が膵臓癌細胞を含む血液であるとき、さらに、前記測定試料に含まれる膵臓癌細胞におけるFOXA1の発現量を測定する工程を含み、それぞれBACH1の発現量に基づくROC曲線から予め算出されたカットオフ値又はFOXA1の発現量に基づくROC曲線から予め算
出されたカットオフ値を基準として、BACH1の発現量及びFOXA1の発現量を組み合わせて膵臓癌の予後を予測するものであり、BACH1の発現量が高く且つFOXA1の発現量が低い場合に膵臓癌の予後が悪いと予測され及びBACH1の発現量が低く且つFOXA1の発現量が高い場合に膵臓癌の予後が良いと予測されるものである、請求項5に記載の膵臓癌の予後をin vitroで予測するための方法。 - BACH1遺伝子またはBACH1遺伝子のプロモーターに連結されたレポーター遺伝子を発現する細胞に医薬候補物質を添加する工程、BACH1遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を
測定する工程、及び前記発現量を低下させる物質を選択する工程を含む、膵臓癌転移抑制剤をスクリーニングする方法。 - BACH1遺伝子の発現を低下させる薬剤を有効成分とする、膵臓癌転移抑制剤であって、
前記薬剤がBACH1遺伝子に対する核酸である、前記膵臓癌転移抑制剤。 - 膵臓癌細胞の上皮間葉移行能を阻害する、請求項8に記載の膵臓癌転移抑制剤。
- 前記薬剤がBACH1遺伝子に対するsiRNAである、請求項8または9に記載の膵臓癌転移抑制剤。
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