以下、本発明の実施形態について説明する。
図1は、本実施形態による電動車両の制御方法が適用される電動車両システム100の主要な構成を説明するブロック図である。
なお、本実施形態における電動車両とは、車両の駆動源としての駆動モータ4(電動モータ)を備え、当該駆動モータ4の駆動力により走行可能な自動車のことであり、電気自動車や、ハイブリッド自動車が含まれる。特に、電動車両に適用される本実施形態の電動車両システム100は、2つの駆動モータ4(フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4r)を有する。以下、電動車両システム100の構成をより詳細に説明する。
図1に示すように、電動車両システム100は、フロント駆動システムfdsと、リア駆動システムrdsと、バッテリ1と、モータコントローラ2と、を有する。
フロント駆動システムfdsには、フロント駆動輪9f(左フロント駆動輪9fL及び右フロント駆動輪9fR)を駆動させるフロント駆動モータ4fを制御するための各種センサ及びアクチュエータ類が設けられている。
一方、リア駆動システムrdsには、リア駆動輪9r(左リア駆動輪9rL及び右リア駆動輪9rR)を駆動させるリア駆動モータ4rを制御するための各種センサ及びアクチュエータ類が設けられている。
そして、このフロント駆動システムfds及びリア駆動システムrdsは、それぞれ、モータコントローラ2により個別に制御される。
バッテリ1は、各駆動モータ4に駆動電力を供給(放電)する電力源として機能する一方で、当該各駆動モータ4から回生電力の供給を受けることで充電が可能となるように、インバータ3(フロントインバータ3f及びリアインバータ3r)に接続されている。
モータコントローラ2は、例えば、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、および、入出力インタフェース(I/Oインタフェース)から構成されるコンピュータである。
モータコントローラ2には、アクセル開度Apo、駆動モータ4の回転子位相α(フロント回転子位相αf及びフロント回転子位相αr)、及び駆動モータ4の電流Im(フロントモータ電流Imf及びリアモータ電流Imr)の車両状態を示す各種車両変数の信号がデジタル信号として入力される。
モータコントローラ2は、入力された信号に基づいて各駆動モータ4を制御するためのPWM信号を生成する。また、生成したそれぞれのPWM信号に応じて各インバータ3の駆動信号を生成する。
各インバータ3は、各相に対応して具備された2個のスイッチング素子(例えば、IGBTやMOS-FET等のパワー半導体素子)を有する。特に、各インバータ3は、モータコントローラ2からの指令に応じて、スイッチング素子をオン/オフすることにより、バッテリ1から供給される直流電流を交流電流に変換あるいは逆変換し、各駆動モータ4に供給する電流を所望の値に調節する。
各駆動モータ4は、三相交流モータとして構成される。各駆動モータ4(フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4r)は、対応する各インバータ3(フロントインバータ3f及びリアインバータ3r)から供給される交流電流により駆動力を発生し、当該駆動力を対応する各減速機5(フロント減速機5f及びリア減速機5r)、及び各ドライブシャフト8(フロントドライブシャフト8f及びリアドライブシャフト8r)を介して、各駆動輪9(フロント駆動輪9f及びリア駆動輪9r)に伝達する。
また、駆動モータ4は、車両の走行時に駆動輪9に連れ回されて回転するときに、回生駆動力を発生させることで、車両の運動エネルギーを電気エネルギーとして回収する。この場合、インバータ3は、回生運転時に発生する交流電流を直流電流に変換して、バッテリ1に供給する。
回転センサ6(フロント回転センサ6f及びリア回転センサ6r)は、駆動モータ4の回転子位相α(フロント回転子位相αf及びリア回転子位相αr)をそれぞれ検出し、モータコントローラ2に出力する。なお、回転センサ6は、例えば、レゾルバやエンコーダなどにより構成される。
電流センサ7(フロント電流センサ7f及びリア電流センサ7r)は、各駆動モータ4に流れる3相交流電流(iu,iv,iw)をそれぞれ検出する。なお、3相交流電流(iu,iv,iw)の和は0であるため、電流センサ7により任意の2相の電流を検出して、残りの1相の電流は演算により求めてもよい。特に、電流センサ7は、フロント駆動モータ4fに流れる電流である3相交流電流(iuf,ivf,iwf)とリア駆動モータ4rに流れる電流である3相交流電流(iur,ivr,iwr)を検出する。
図2は、本実施形態のモータコントローラ2による電動車両の制御方法における基本的な処理を説明するフローチャートである。なお、モータコントローラ2は、図2に示すステップS201からステップS206に係る処理を所定の演算周期ごとに実行するようにプログラムされている。
ステップS201において、モータコントローラ2は、ステップS202以降の処理を実行するために用いる各種パラメータを、以下の1~3の処理にしたがい取得する入力処理を行う。
1.各センサの検出値
モータコントローラ2は、上述した図示しないアクセル開度センサ及び各センサから、アクセル開度Apo(%)、回転子位相α[rad]、駆動モータ4に流れる三相交流電流(iu,iv,iw)[A]、及びバッテリ1の直流電圧値Vdc[V]を取得する。
2.最終トルク指令値Tm
**の前回値
モータコントローラ2は、内部メモリに記憶された後述する最終トルク指令値Tm
**(フロント最終トルク指令値Tmf**及びリア最終トルク指令値Tmr**)の前回値を取得する。
3.演算により求める制御パラメータ
モータコントローラ2は、上記「1.」したがい取得した各パラメータに基づいて、モータ電気角速度ωe[rad/s]、モータ回転速度ωm[rad/s]、モータ回転数Nm[rpm]、及び車輪速度ωw[km/h]を算出する。
(i)モータ電気角速度ωe
モータコントローラ2は、回転子位相α(フロント回転子位相αf及びリア回転子位相αr)を時間微分して各モータ電気角速度ωe(フロントモータ電気角速度ωef及びリアモータ電気角速度ωer)を求める。
(ii)モータ回転速度ωm
モータコントローラ2は、モータ電気角速度ωeを駆動モータ4の極対数で除して駆動モータ4の機械的な角速度であるモータ回転速度ωm(フロントモータ回転速度ωmf及びリアモータ回転速度ωmr)を算出する。なお、モータ回転速度ωmと駆動軸であるドライブシャフト8の回転速度との間の関係は、減速機5のギア比に応じて適宜定まる。すなわち、モータ回転速度ωmは、ドライブシャフト8の回転速度に相関のある速度パラメータである。
(iii)モータ回転数Nm
モータコントローラ2は、モータ回転速度ωmに単位変換係数(60/2π)を乗じることでモータ回転数Nm(フロントモータ回転数Nmf及びリアモータ回転数Nmr)を算出する。
(iv)車輪速度ωw
先ず、モータコントローラ2は、フロントモータ回転速度ωmfにタイヤ動半径Rを乗算し、この乗算により得られた値とフロント減速機5fのギア比に基づいて左フロント駆動輪速度ωwfL及び右フロント駆動輪速度ωwfRを算出する。また、モータコントローラ2は、リアモータ回転速度ωmrにタイヤ動半径Rを乗算し、この乗算により得られた値とリア減速機5rのファイナルギアのギア比に基づいて、左フロント駆動輪速度ωwfL及び右フロント駆動輪速度ωwfRを算出する。そして、本実施形態では、このように求められた各車輪速度ωwに単位変換係数(3600/1000)を施し、車輪速度ωwの単位[m/s]を[km/h]に変換する。
次に、ステップS202において、モータコントローラ2は、車両情報に基づいて、ドライバが要求する基本目標トルクを算出する。
具体的に、先ず、モータコントローラ2は、アクセル開度-トルクテーブルを参照し、ステップS201で取得したアクセル開度Apo及びフロントモータ回転速度ωmfに基づいて、第1のトルク目標値Tm1
*を算出する。
図3において、本実施形態のモータコントローラ2が参照するアクセル開度-トルクテーブルの一例を示す。
次に、モータコントローラ2は、この第1のトルク目標値Tm1
*に基づいて、予め定められる前後モータトルク配分にしたがい、フロント目標トルク指令値Tmf1
*及びリア目標トルク指令値Tmr1
*を算出する。
図4は、フロント目標トルク指令値Tmf1
*及びリア目標トルク指令値Tmr1
*の算出について説明するブロック図である。
図示のように、モータコントローラ2は、第1のトルク目標値Tm1
*に前後駆動力配分ゲインKf(0≦Kf≦1)及び1-Kfをそれぞれ乗じることで、フロント目標トルク指令値Tmf1
*及びリア目標トルク指令値Tmr1
*を求める。
ステップS203において、モータコントローラ2は、車体速推定処理を実行する。具体的に、モータコントローラ2は、ステップS201で取得した各車輪速度ωw、ステップS202で算出した第1のトルク目標値Tm1
*、並びに後述するフロント最終トルク指令値Tmf
**の前回値及びリア最終トルク指令値Tmr
**の前回値に基づいて、後述の図6~図8で説明する処理を実行して車体速推定値V^を算出する。なお、車体速推定処理については後に詳細に説明する。
ステップS204において、モータコントローラ2は、スリップ制御処理を実行する。具体的に、モータコントローラ2は、ステップS204において算出したフロント目標トルク指令値Tmf1
*及びリア目標トルク指令値Tmr1
*とステップS203において算出した車体速推定値V^とに基づいて、後述する図10、図11A、及び図11B等で説明する処理を実行して、目標モータ回転速度ωm
*(目標フロントモータ回転速度ωmf
*及び目標リアモータ回転速度ωmr
*)を算出する。
さらに、モータコントローラ2は、後述する図10及び図12で説明する処理を実行して最終トルク指令値Tm
**(フロント最終トルク指令値Tmf
**及びリア最終トルク指令値Tmr
**)を算出し、この値を設定された演算周期毎に図示しないメモリに記憶させる。なお、スリップ制御処理については後に詳細に説明する。
ステップS205において、モータコントローラ2は、電流指令値算出処理を実行する。具体的に、コントローラ2は、ステップS204で算出したフロント最終トルク指令値Tmf
**、リア最終トルク指令値Tmr
**、目標フロントモータ回転速度ωmf
*、目標リアモータ回転速度ωmr
*、及びステップS201で取得した直流電圧値Vdcに基づいて、予め定められたテーブルを参照して、dq軸電流目標値(id
*,iq
*)を算出する。特に、モータコントローラ2は、フロント駆動モータ4fに設定されるdq軸電流目標値(id
*,iq
*)であるフロントdq軸電流目標値(idf
*,iqf
*)と、リア駆動モータ4rに設定されるdq軸電流目標値(id
*,iq
*)であるリアdq軸電流目標値(idr
*,iqr
*)を算出する。
ステップS206において、モータコントローラ2は、電流制御演算処理を実行する。具体的に、モータコントローラ2は、先ず、ステップS201で取得した三相交流電流値(iu,iv,iw)及び回転子位相αに基づいて、dq軸電流値(id,iq)を算出する。次に、モータコントローラ2は、このdq軸電流値(id,iq)とステップS205で求めたdq軸電流目標値(id
*,iq
*)との偏差からdq軸電圧指令値(vd,vq)を算出する。特に、モータコントローラ2は、フロント駆動モータ4fに設定されるdq軸電圧指令値(vd,vq)であるフロントdq軸電圧指令値(vdf,vqf)と、リア駆動モータ4rに設定されるdq軸電圧指令値(vd,vq)であるリアdq軸電圧指令値(vdr,vqr)を算出する。
さらに、モータコントローラ2は、dq軸電圧指令値(vd,vq)及び回転子位相αに基づいて、三相交流電圧指令値(vu,vv,vw)を算出する。特に、モータコントローラ2は、フロント駆動モータ4fに設定される三相交流電圧指令値(vu,vv,vw)であるフロント三相交流電圧指令値(vuf,vvf,vwf)と、リア駆動モータ4rに設定される三相交流電圧指令値(vu,vv,vw)であるリア三相交流電圧指令値(vuf,vvf,vwf)を算出する。
そして、モータコントローラ2は、算出した三相交流電圧指令値(vu,vv,vw)及び直流電圧値Vdcに基づいてPWM信号(tu,tv,tw)[%]を求める。このようにして求めたPWM信号(tu,tv,tw)により、インバータ3のスイッチング素子を開閉することによって、駆動モータ4を最終トルク指令値Tm
**で指示された所望のトルクで駆動することができる。
次に、上記ステップS203の車体速推定処理の詳細について説明する。
<車体速推定処理>
先ず、本実施形態における車体速推定処理において用いられる車両の駆動力伝達系をモデルについて基づく各伝達特性について説明する。
1.フロントモータトルク指令値Tmfからフロントモータ回転速度ωmfまでの伝達特性Gpff(s)
先ず、電動車両システム100において、フロントモータトルク指令値Tmf(以下、単に「フロントモータトルクTmf」とも称する)からフロントモータ回転速度ωmfまでの伝達特性Gpff(s)について説明する。この伝達特性Gpff(s)は、外乱トルクの推定も含めた車体速推定処理において、車両の駆動力伝達系をモデル化(模擬)した車両モデルとして用いられる。初めに、フロントモータトルクTmfからフロントモータ回転速度ωmfまでの運動方程式について、図5を参照して説明する。
図5は、電動車両システム100にかかる車両(以下、4WD車両とも称する)の駆動力伝達系をモデル化した図である。図5における各パラメータは以下のとおりである。なお、補助記号のfはフロントを、rはリアを示している。
Jmf、Jmr:モータイナーシャ
Jwf、Jwr:駆動輪イナーシャ(1軸分)
Kdf、Kdr:駆動系のねじり剛性
Ktf、Ktr:タイヤと路面の摩擦に関する係数
Nf、Nr:オーバーオールギヤ比
rf、rr:タイヤ荷重半径
ωmf、ωmr:モータ回転速度
ω^mf、ω^mr:モータ回転速度推定値
θmf、θmr:モータ角度
ωwf、ωwr:駆動輪角速度
θwf、θwr:駆動輪角度
Tmf、Tmr:モータトルク
Tdf、Tdr:駆動軸トルク
Ff、Fr:駆動力(2軸分)
θdf、θdr:駆動軸ねじり角度
V:車体速度
M:車体重量
図5より、4WD車両の運動方程式は、以下の式(1)~(11)で表される。
フロントモータトルクTmfからフロントモータ回転速度ωmfまでの伝達特性は、上記式(1)~(11)をラプラス変換した以下の式(12)となる。
ただし、式(12)中の各パラメータは、それぞれ以下式(13)~(17)で表される。
式(12)に示す伝達関数の極と零点を調べるために、式(12)をsについて因数分解すると次式(18)となる。
ただし、式中、「Mpff」、「α」、「α´」、「β」、「β´」、「ζpr」、「ζpr´」、「ωpr」、「ωpr´」、「ζzr」、「ζpf」、「ωzf」、及び「ωpf」はsに依存しない定数である。
ここで、式(18)の「α」と「α´」、「β」と「β´」、「ζpr」と「ζpr´」、及び「ωpr」と「ωpr´」は相互に極めて近い値をとる。このため、α≒α´、β≒β´、ζpr≒ζpr´、ωpr≒ωpr´と近似することで、零点(分子が0となるsの値)の一部と極(分母が0となるsの値)の一部を相互に略一致するものとみなすことができる。この近似の下、式(18)における分子の零点の項と分母の極の項を相殺する極零相殺を行う。これにより、次式(19)に示すような(2次)/(3次)の伝達特性Gpff(s)を構成することができる。
ただし、式(19)中の「Mpff´」は、上記各定数の近似に基づく極零相殺にあたり、想定される零点と極のズレを考慮して「Mpff」を適宜修正した定数である。
結果として、4WD車両の運動方程式に基づいて、フロントモータトルクTmfからフロントモータ回転速度ωmfまでの伝達特性を調べると、Gpff(s)は2次/3次式に近似することができる。
ここで、フロントドライブシャフト8fに起因するねじり振動を抑止する規範応答を次式(20)と設定する。
この場合、フロント駆動システムfdsのねじり振動を抑止するフィードフォワード補償器は、以下の式(21)で表すことができる。
2.リアモータトルク指令値Tmr(以下、単に「リアモータトルクTmr」とも称する)からリアモータ回転速度ωmrまでの伝達特性Gprr(s)
次に、上述したフロントモータトルクTmfからフロントモータ回転速度ωmfまでの伝達特性Gpff(s)を求めた方法と同様の方法によって、リアモータトルクTmrからリアモータ回転速度ωmrまでの伝達特性Gprr(s)を求める。この伝達特性Gprr(s)は、次式(22)により表される。
ここで、リアドライブシャフト8rに起因するねじり振動を抑止する規範応答として次式(23)を設定する。
この場合、リア駆動システムrdsのねじり振動を抑止するフィードフォワード補償器は、以下の式(24)で表すことができる。
3.リアモータトルクTmrからフロントモータ回転速度ωmfまでの伝達特性Gprf(s)
リアモータトルクTmrからフロントモータ回転速度ωmfまでの伝達特性Gprf(s)は、上記式(1)~(11)をラプラス変換した以下の式(25)となる。
式(25)に示す伝達関数の極を調べると、次式(26)となる。
ただし、式(26)の極(「s=-α」と「s=-β」)は、原点と支配的な極から遠い位置にあるため、Gprf(s)で表される伝達特性への影響は少ない。したがって、式(26)は、次式(27)で表す伝達関数に近似することができる。
さらに、車両モデルGprf(s)にリアの制振制御アルゴリズムを考慮すると(ζpr≒1とすると)、次式(28)で示す伝達関数となる。
また、フロント駆動システムfdsにおけるフロントモータ回転速度推定値ω^mfの規範応答からフロント駆動システムfdsのねじり振動を抑止するための伝達関数は次式(29)となる。
4.車体速度Vの推定の詳細
図6は、車体速推定処理について説明するためのブロック図である。本実施形態の車体速推定処理は、車輪速度セレクト処理(ステップS600)、外乱トルク推定処理(ステップS700)、及び推定車速算出処理(ステップS800)を含む。そして、モータコントローラ2は、これら各工程を実行可能にプログラムされている。
先ず、ステップS600において、モータコントローラ2は、車輪速度セレクト処理を実行する。具体的に、モータコントローラ2は、上記ステップS202で取得した第1のトルク目標値Tm1
*に基づいて、上記ステップS201で取得した左フロント駆動輪速度ωwfL、右フロント駆動輪速度ωwfR、左リア駆動輪速度ωwrL、及び右リア駆動輪速度ωwrRの内の一つを選択してセレクト車輪速度ωw_dとして設定する。
より詳細には、モータコントローラ2は、第1のトルク目標値Tm1
*が正の値をとる場合には、左フロント駆動輪速度ωwfL、右フロント駆動輪速度ωwfR、左リア駆動輪速度ωwrL、及び右リア駆動輪速度ωwrRの内の一番小さい値をセレクト車輪速度ωw_dに設定する。
ここで、第1のトルク目標値Tm1
*が正の値である場合とは4WD車両に対して前進方向に駆動力が入力されている場合(加速時)を意味する。加速時において、何れかの駆動輪9が過回転状態であると、この過回転状態の駆動輪9の速度は、他の駆動輪9の速度よりも大きくなることが想定される。
このような状況を踏まえて、本実施形態では、第1のトルク目標値Tm1
*が正の値である場合に、上記各駆動輪速度ωwの値の中から一番小さい値を選択するので、現実の車体速度V_Pにより近いセレクト車輪速度ωw_dを設定することができる。
一方、モータコントローラ2は、第1のトルク目標値Tm1
*が負の値をとる場合には、左フロント駆動輪速度ωwfL、右フロント駆動輪速度ωwfR、左リア駆動輪速度ωwrL、及び右リア駆動輪速度ωwrRの内の一番大きい値をセレクト車輪速度ωw_dに設定する。
すなわち、第1のトルク目標値Tm1
*が負の値である場合とは4WD車両に対して後退方向に駆動力が入力されている場合(減速時)を意味する。減速時においては、加速時において、何れかの駆動輪9が回転不足状態であると、この回転不足状態の駆動輪9の速度は、他の駆動輪9の速度よりも小さくなることが想定される。したがって、減速時には、加速時とは逆に、上記各駆動輪速度ωwの値の中から一番大きい値を選択することで、現実の車体速度V_Pにより近いセレクト車輪速度ωw_dを設定することができる。
なお、第1のトルク目標値Tm1
*が0である場合には、上記各駆動輪速度ωwの値の中から一番小さい値及び一番大きい値の何れをセレクト車輪速度ωw_dに設定しても良い。
また、選択するセレクト車輪速度ωw_dは上述した各駆動輪速度ωwrの内の一番小さい値又は一番大きい値に限られず、車両の走行シーンに応じて2番目に大きい値又は3番目に大きい値等の他の値を選択しても良い。
次に、ステップS700において、モータコントローラ2は、外乱トルク推定処理を実行する。具体的に、モータコントローラ2は、ステップS600で設定したセレクト車輪速度ωw_d、フロント最終トルク指令値Tmf**の前回値、及びリア最終トルク指令値Tmr**の前回値に基づいて、外乱トルク推定値Tdを算出する。
図7は、外乱トルク推定処理を説明するブロック図である。
図示のように、ステップS701において、モータコントローラ2は、フロント最終トルク指令値Tmf**の前回値及びリア最終トルク指令値Tmr**の前回値との和を演算することで、車両全体の総トルク指令値Tm_toを求める。
なお、フロント減速機5f及びリア減速機5rのそれぞれのギア比、又はフロント駆動輪9f及びリア駆動輪9rのそれぞれのタイヤ動半径が相互に異なるなど、適切な外乱トルク推定値Tdの演算に影響を与え得る程度にフロント側パラメータとリア側パラメータの間の違いがある場合には、適宜、これらの違いを考慮したゲインを設定しても良い。例えば、リア最終トルク指令値Tmr**にフロントモータ軸トルク換算値に換算するゲインを乗算した上で、総トルク指令値Tm_toを求めても良い。
ステップS702において、モータコントローラ2は、ステップS600において設定したセレクト車輪速度ωw_d、及びステップS701において算出した総トルク指令値Tm_toに基づいて、予め定められたμ-SマップMaを参照して、補正セレクト車輪速度ωw_dcを求める。
具体的に、モータコントローラ2は、先ず、予め定められたμ-SマップMaを参照して、スリップ量S[km/h]を求める。ここで、本実施形態のμ-SマップMaは、走行路面の路面摩擦係数μ及び車体質量Mにより決まるタイヤと路面の間の摩擦力μMgと、スリップ量S[km/h]と、の関係を規定したマップである。
特に、本実施形態では、4WD車両の水平方向における力の釣り合いにより、各駆動輪9に入力される駆動力の総和(総トルク指令値Tm_to)にタイヤ動半径Rを乗じた値が、タイヤと走行路面との間の摩擦力μMgに等しいものとみなす。
したがって、モータコントローラ2は、μ-SマップMaを参照して総トルク指令値Tm_toに応じたスリップ量Sを求める。ここで、スリップ量Sは、車輪速度ωwから車体速度Vを減算した値として定義される量である。すなわち、(スリップ量S)=(車輪速度ωw)-(車体速度V)の関係が成り立つ。
さらに、モータコントローラ2は、セレクト車輪速度ωw_dから求めたスリップ量Sを減算して補正セレクト車輪速度ωw_dcを算出する。
このように、セレクト車輪速度ωw_dからスリップ量Sを減算した値を補正セレクト車輪速度ωw_dcとすることで、実際の車体速度Vにより近い補正セレクト車輪速度ωw_dcを得ることができる。
次に、ステップS703において、モータコントローラ2は、算出した補正セレクト車輪速度ωw_dcに対し、伝達関数H1(s)/Gr(s)によるフィルタリング処理を施すことで、第1モータトルク推定値T^m1を算出する。
ここで、上記伝達関数の分子を構成する車両応答Gr(s)は、車体質量M、フロント/リアモータイナーシャJmf、Jmr、及びフロント/リア駆動輪イナーシャJwf、Jwrから求まる等価質量MVを用いて次式(30)のとおりに設定される。
一方、上記伝達関数の分母を構成するローパスフィルタH1(s)は、分母次数と分子次数との差分が車両応答Gr(s)の分母次数と分子次数との差分以上となる伝達特性を有するローパスフィルタである。より具体的に、ローパスフィルタH1(s)は、次式(31)で表される。
次に、ステップS704において、モータコントローラ2は、式(31)のローパスフィルタH1(s)によって、上記ステップS701で演算した総トルク指令値Tm_toをフィルタリング処理して第2モータトルク推定値T^m2を算出する。
そして、ステップS705において、モータコントローラ2は、ステップS703で得られた第1モータトルク推定値T^m1とステップS704で得られた第2モータトルク推定値T^m2の偏差(すなわち、「T^m2-T^m1」)を演算することで、外乱トルク推定値Tdを求める。
ここで、車両に作用する外乱としては、空気抵抗、乗員数や積載量に起因する車両質量の変動によるモデル化誤差、タイヤの転がり抵抗、路面外乱(路面摩擦及び勾配抵抗等)が考えられるが、本実施形態において支配的となる外乱要因は勾配抵抗である。
外乱要因は車両の運転条件により異なる。これに対して、本実施形態の外乱トルク推定処理(ステップS700)においては、フロント最終トルク指令値Tmf**の前回値、リア最終トルク指令値Tmr**の前回値、セレクト車輪速度ωw_d、モータ回転速度ωm、及び等価質量MVに基づいて外乱トルク推定値Tdを算出する。したがって、路面外乱を含む種々の外乱要因を一括して推定することができる。
以上説明したステップS701~ステップS705の処理を経て、外乱トルク推定処理が終了する。そして、外乱トルク推定処理が終了すると、モータコントローラ2は、図6のステップS800に移行する。
ステップS800において、モータコントローラ2は、推定車速算出処理を実行する。具体的に、モータコントローラ2は、ステップS600で設定されたセレクト車輪速度ωw_d、ステップS700で算出した外乱トルク推定値Td、フロント最終トルク指令値Tmf**の前回値、及びリア最終トルク指令値Tmr**の前回値に基づいて、車体速推定値V^を算出する。以下、推定車速算出処理の詳細を説明する。
図8は、推定車速算出処理を説明するブロック図である。
図示のように、ステップS801において、モータコントローラ2は、フロント最終トルク指令値Tmf**の前回値とリア最終トルク指令値Tmr**の前回値の和から外乱トルク推定値Tdを減算して、補正後総トルク指令値Tm_ctoを求める。
すなわち、この補正後総トルク指令値Tm_ctoは、総トルク指令値Tm_toに対して路面外乱の影響を排除するように補正を行った値である。
そして、ステップS802において、モータコントローラ2は、算出した補正後総トルク指令値Tm_ctoに対して上述の車両応答Gr(s)を用いてフィルタリング処理を実行し、車体速推定値V^を求める。
ここで、後述するステップS1001のフロントスリップ判定処理及びステップS1005のリアスリップ判定処理において非過回転状態と判断された場合には、セレクト車輪速度ωw_dによって求めた車体速推定値V^を初期化する。
すなわち、非過回転状態の判断時においては、タイヤと路面がグリップしている状態であることが想定されるので、実際の車体速度Vとセレクト車輪速度ωw_dが略一致するものとみなし、セレクト車輪速度ωw_dをそのまま車体速推定値V^として設定する。
なお、上述した推定車速算出処理では、図8に示すように、簡易的な車両モデルを想定して上記車両応答Gr(s)を用いたフィルタリング処理によって車体速推定値V^を算出する例を説明した。しかしながら、推定車速算出処理で用いられる車両モデルは上述した態様に限られるものではなく、他の車両モデルを用いても良い。
図9には、より詳細な車両モデルを用いる場合の推定車速算出処理の一例を説明するブロック線図を示す。特に、図9に示すブロック線図におけるモータトルクTmから車体速推定値V^への伝達特性は、上述した4WD車両の運動方程式(1)~(11)に基づいて定まる、フロントモータトルクTmf及びリアモータトルクTmrから車体速度Vへの伝達特性と等価である。
以上説明したように、車輪速度セレクト処理(ステップS600)、外乱トルク推定処理(ステップS700)、及び推定車速算出処理(ステップS800)を実行することで車体速推定値V^が算出される。
特に、本実施形態において、セレクト車輪速度ωw_d、フロント最終トルク指令値Tmf**、及びリア最終トルク指令値Tmr**に基づいて、路面外乱等の車体速度Vの推定値に影響を与える外乱要素を含む外乱トルク推定値Tdを推定して、車体速推定値V^を求めるためのパラメータとしている。このため、車体速推定値V^の精度がより向上する。
<スリップ制御処理>
次に、ステップS204のスリップ制御処理の詳細について説明する。
図10は、スリップ制御処理について説明するブロック図である。
図示のように、スリップ制御処理には、フロントスリップ判定処理(ステップS1001)、フロント目標回転数規定処理(ステップS1002)、フロントスリップ制御処理(ステップS1003)、フロントトルク切替処理(ステップS1004)、リアスリップ判定処理(ステップS1005)、リア目標回転数規定処理(ステップS1006)、リアスリップ制御処理(ステップS1007)、及びリアトルク切替処理(ステップS1008)が含まれる。
ステップS1001において、モータコントローラ2は、フロントスリップ判定処理を実行する。具体的に、モータコントローラ2は、ステップS201で取得したフロントモータ回転速度ωmf、ステップS203で算出した車体速推定値V^、及びステップS202で算出したフロント目標トルク指令値Tmf1
*に基づいて、フロント駆動輪9fのスリップ判定を行う。
より詳細は、モータコントローラ2は、先ず、フロント目標トルク指令値Tmf1
*が正の値であるか否か(車両が加速時であるか減速時であるか)を判定する。
この判定が肯定的である場合、モータコントローラ2は、フロントモータ回転速度ωmfの時間微分値dωmf/dtから車体速推定値V^の時間微分値である車体加速度推定値dV^/dtを減算する。
そして、モータコントローラ2は、この減算により得られた値(以下、「スリップ判定値」とも称する)が所定の閾値Th1以上である場合には、フロント駆動輪9fが過回転状態であると判断する。一方、モータコントローラ2は、スリップ判定値が閾値Th1未満である場合には、フロント駆動輪9fが非過回転状態であると判断する。
なお、上記閾値Th1は、車両の加速時において、実際にフロント駆動輪9fが過回転であると判断できる程度に、フロントモータ回転速度ωmfの変化率が車体速推定値V^の変化率に対して大きくなっているか否かという観点から定まる値である。
一方、上記判定が否定的である場合(車両の減速時)も同様に、モータコントローラ2は、スリップ判定値を演算する。
そして、モータコントローラ2は、スリップ判定値が所定の閾値Th2以下である場合には、フロント駆動輪9fが回転不足状態であると判断する。一方、モータコントローラ2は、スリップ判定値が閾値Th1を越える場合には、フロント駆動輪9fが非回転不足状態と判断する。
なお、上記閾値Th2は、車両の減速時において、実際にフロント駆動輪9fが回転不足であると判断できる程度に、フロントモータ回転速度ωmfの変化率が車体速推定値V^の変化率に対して小さくなっているか否かという観点から定まる値である。
上記閾値Th1と閾値Th2は、相互に同一の値に設定されても良いし、異なる値に設定されても良い。
次に、ステップS1002において、モータコントローラ2は、フロント目標回転数規定処理を実行する。具体的に、モータコントローラ2は、ステップS203で算出した車体速推定値V^、及びステップS202で算出したフロント目標トルク指令値Tmf1
*に基づいて、目標フロントモータ回転速度ωmf
*を規定する。
より詳細には、モータコントローラ2は、フロント目標トルク指令値Tmf1
*が正の値である場合とそうでない場合において、それぞれ異なる処理を行う。先ず、フロント目標トルク指令値Tmf1
*が正の値である場合の処理について説明する。
図11Aは、フロント目標トルク指令値Tmf1
*が正の値である場合のフロント目標回転数規定処理を説明するブロック図である。
図示のように、ステップS1101において、モータコントローラ2は、ステップS203で算出した車体速推定値V^に基づいて、予め定められるマップを参照して目標スリップ車速Vs
*を算出する。
次に、ステップS1102において、モータコントローラ2は、算出した目標スリップ車速Vs
*に車体速推定値V^を加算する。
そして、ステップS1103において、モータコントローラ2は、ステップS1102で得られた値にゲイン(Nf/rf)を乗じて得た値を目標フロントモータ回転速度ωmf
*として規定する。
一方、図11Bには、フロント目標トルク指令値Tmf1
*が正の値ではない場合(特に負の値の場合)のフロント目標回転数規定処理を説明するブロック図である。
図11Bから理解されるように、フロント目標トルク指令値Tmf1
*が正の値でない場合には、ステップS1102において車体速推定値V^から目標スリップ車速Vs
*を減算する。そして、他の処理については、フロント目標トルク指令値Tmf1
*が正の値である場合と同様に実行して、目標フロントモータ回転速度ωmf
*を規定する。
以上説明したように、目標フロントモータ回転速度ωmf
*が規定されることで、図10のステップS1002が完了する。
次に、ステップS1003において、モータコントローラ2は、フロントスリップ制御処理を実行する。具体的に、モータコントローラ2は、ステップS201で取得したフロントモータ回転速度ωmfを、ステップS1002で算出した目標フロントモータ回転速度ωmf
*に追従させるように、フロントスリップ制御トルク指令値Tmf1_s
*を設定する。フロントスリップ制御処理についてより詳細に説明する。
図12は、フロントスリップ制御処理を説明するブロック線図である。図12に示す各ブロックの伝達特性を構成する伝達関数は以下の通り定義される。
R1(s)は、モデルマッチング制御のフィードバック系の規範モデルであり、具体的には以下の式(32)で表される。
R2(s)は、モデルマッチング制御の全体系の規範モデルであり、具体的には以下の式(33)で表される。
H(s)は、以下の式(34)で表されるロバストフィルタである。
H
act(s)は、以下の式(35)で表されるアクチュエータ応答遅れを考慮したフィルタである。
また、「e-sTs」のブロックにおける定数「T」は、制御演算の遅れ又はセンサの検出の遅れを考慮した時定数である。
なお、図12に示すフロントスリップ制御処理は、いわゆるロバストモデルマッチング系のフィードバック制御であるが、これに限られず、PI制御等の他のフィードバック制御を採用しても良い。
以上説明したように、フロントスリップ制御トルク指令値Tmf1_s
*が設定されることで、図10のステップS1003が完了する。
次に、ステップS1004において、モータコントローラ2は、フロントトルク切替処理を実行する。
具体的に、モータコントローラ2は、ステップS1001におけるフロントスリップ判定処理において、フロント駆動輪9fが過回転状態又は回転不足状態であると判定した場合に、ステップS1003で算出したフロントスリップ制御トルク指令値Tmf1_s
*をフロント最終トルク指令値Tmf**として設定する。
一方で、モータコントローラ2は、フロント駆動輪9fが過回転状態又は回転不足状態ではない場合には、フロント目標トルク指令値Tmf1
*をフロント最終トルク指令値Tmf
**として設定する。
なお、モータコントローラ2は、ステップS1005~ステップS1008の処理を、上記ステップS1001~ステップS1004と同様に実行する。
具体的には、ステップS1005においてモータコントローラ2は、リア駆動輪9rが過回転状態又は回転不足状態であるか否かを判定する。また、ステップS1006においてモータコントローラ2は、目標リアモータ回転速度ωmr
*を規定する。
さらに、ステップS1007においてモータコントローラ2は、リアモータ回転速度ωmrを目標リアモータ回転速度ωmr
*に追従させるように、リアスリップ制御トルク指令値Tmr1_s
*を設定する。
そして、ステップS1008においてモータコントローラ2は、リア駆動輪9rが過回転状態又は回転不足状態である場合にリアスリップ制御トルク指令値Tmr1_s
*をリア最終トルク指令値Tmr
**として設定する一方、リア駆動輪9rがこれら状態ではない場合にリア目標トルク指令値Tmr1
*をリア最終トルク指令値Tmr
**として設定する。
以上説明したスリップ制御処理が実行されることで、駆動輪9の過回転及び回転不足を抑制し得る4WD車両の駆動力制御を実現することができる。
次に、本実施形態の電動車両の制御方法による制御結果について、図13を参照して説明する。
図13には、二つのモータを有する電動車両において、摩擦係数μが低下した路面を発進加速する場合における各パラメータの経時変化を示すタイムチャートである。
特に、図13(a)は比較例を適用した場合のタイムチャートを示す。ここで、図13(a)に示す比較例では、加速度センサの検出値から推定した車体速度Vに基づいてスリップ制御を実行する電動車両の制御方法が想定されている。
一方、図13(b)は本実施形態に係る制御を実行した場合のタイムチャートを示している。
なお、図13(a)及び図13(b)においては、フロント目標トルク指令値Tmf1
*、フロント最終トルク指令値Tmf
**、及びフロント駆動輪速度ωwfの経時変化を示している。しかしながら、摩擦係数μ及びタイヤ接地荷重などの走行条件が同一であるならば、リア目標トルク指令値Tmr1
*、リア最終トルク指令値Tmr
**、及びリア駆動輪速度ωwrの経時変化も同様のタイムチャートにより表される。
また、図13(a)の比較例の説明においても、本実施形態の制御方法に対応する要素には、便宜上、同一の符号を用いる。しかしながら、これは同一の符号を用いた比較例の要素が本実施形態において説明した要素と同一であることを意味するものでは無い。
先ず、図13(a)の比較例では、上記スリップ判定値が閾値Th1を越える時刻t0において、フロント駆動輪が過回転状態と判断され、フロントスリップ制御に移行する。すなわち、フロント最終トルク指令値Tmf
**としてフロントスリップ制御トルク指令値Tmf1_s
*が設定される状態となる。
そして、時刻t1において、走行路面が登坂路に変化して勾配外乱が生じる。さらに、時刻t2において、ドライバがアクセルを戻し始めてフロント目標トルク指令値Tmf1
*が減少し始める。さらに、時刻t3において、フロント目標トルク指令値Tmf1
*がフロントスリップ制御トルク指令値Tmf1_s
*を下回る。したがって、フロントスリップ制御が解除されて、フロント最終トルク指令値Tmf
**としてフロント目標トルク指令値Tmf1
*が設定される状態となる。
ここで、図13(a)に示した比較例では、フロントスリップ制御が実行されている時刻t0~時刻t3において、車体速推定値V^が実際の車体速度Vに対して乖離している。これは、加速度センサのオフセット誤差などを要因として生じたものと考えられる。
そして、このように車体速推定値V^の精度が低下した結果、フロントスリップ制御中においてフロント駆動輪速度ωwfが所望のスリップ状態に制御されないという状況が生じる。このことは、図13(a)において、フロントスリップ制御が解除される時刻t3の直後にフロント駆動輪速度ωwfが大きく変動していることから裏付けられる。
これに対して、本実施形態に係る制御では、図13(b)に示すように、時刻t0~時刻t3において車体速推定値V^が実際の車体速度Vにより近い値をとっている。したがって、フロントスリップ制御中においてフロント駆動輪速度ωwfが所望のスリップ状態に好適に制御される。このことは、図13(b)においてフロントスリップ制御が解除される時刻t3の直後のフロント駆動輪速度ωwfの変動が、比較例と比べて小さいことから裏付けられる。
また、本実施形態に係る制御では、車体速推定値V^を求める際に、外乱トルク推定値Tdがパラメータとして用いている(図8参照)。したがって、走行路面が登坂路であることによる勾配外乱を加味して車体速推定値V^が算出されるので、当該車体速推定値V^の精度がより向上している。
以上説明した本実施形態の電動車両の制御方法の作用効果について説明する。
本実施形態によれば、モータ(駆動モータ4)を走行駆動源とする電動車両の制御方法が提供される。
この電動車両の制御方法は、モータトルク指令値Tmを算出するモータトルク指令値算出工程(図2のステップS201)と、駆動モータ4の駆動力を駆動輪9に伝達させる駆動軸(ドライブシャフト8)の回転速度に相関する速度パラメータ(モータ回転速度ωmf及び車輪速度ωw)を取得する速度パラメータ取得工程(ステップS201)と、を有する。
さらに、この電動車両の制御方法は、モータトルク指令値Tm及び車輪速度ωwに基づいて電動車両の車体速推定値V^を算出する車速推定工程(ステップS203)と、車体速推定値V^に基づいて駆動輪9のスリップ状態を判定するスリップ状態判定工程(図10のステップS1001及びステップS1005)と、車体速推定値V^及び判定したスリップ状態に基づいて駆動輪9に入力する駆動力としての最終トルク指令値Tm
**(フロント最終トルク指令値Tmf
**及びリア最終トルク指令値Tmr
**)を制御するスリップ制御工程(ステップS1003及びステップS1007)と、を含む。
これにより、前後加速度センサを用いることなく、モータトルク指令値Tmに基づいて車体速推定値V^を算出することができ、この車体速推定値V^を用いて駆動輪9のスリップ制御を実行することができる。すなわち、スリップ制御において、前後加速度センサの誤差の影響が含まれない車体速推定値V^を用いることができるので、当該スリップ制御の精度をより向上させることができる。
また、本実施形態の電動車両の制御方法においては、上記車速推定工程は、最終トルク指令値Tm**の前回値、モータ回転速度ωm、及び車輪速度ωwに基づいて路面外乱の影響(図7のμ-SマップMa)を含む外乱トルクの推定値である外乱トルク推定値Tdを算出する外乱トルク推定処理(図7のステップS700)と、外乱トルク推定値Td及び最終トルク指令値Tm**の前回値に基づいて車体速推定値V^を算出する推定車速算出処理(図8又は図9に示すステップS800)と、を含む。
これにより、現実の車体速度Vの値に影響を与え得る外乱要因を加味した上で、車体速推定値V^を算出することができる。したがって、現実の電動車両の走行環境に応じてより現実の車体速度Vに近い車体速推定値V^を得ることができる。
なお、外乱トルク推定値Tdを、路面外乱以外に設計質量バラツキなどの駆動輪9の走行駆動力に少しでも変化を与え得る外乱要因を含むように算出しても良い。これにより、車体速推定値V^の精度をより向上させることができる。
さらに、本実施形態の電動車両の制御方法においては、上記速度パラメータ取得工程(ステップS201)では、速度パラメータとして駆動輪9の回転速度である駆動輪速度(車輪速度ωw)を取得する。そして、車速推定工程(ステップS203)は、電動車両の加速時に車輪速度ωwの中で最も小さい値をセレクト車輪速度ωw_dとして設定し、電動車両の減速時に車輪速度ωwの中で最も大きい値をセレクト車輪速度ωw_dとして設定する車輪速度セレクト処理(図6のステップS600)を含む。そして、外乱トルク推定処理では、設定されたセレクト車輪速度ωw_dに基づいて外乱トルク推定値Tdを算出する(図7参照)。
これにより、実際の車体速度Vにより近い値となるセレクト車輪速度ωw_dを用いて外乱トルク推定値Tdの算出が行われることとなる。したがって、現実に電動車両に作用する外乱の影響がより好適に反映された外乱トルク推定値Tdを得ることができる。結果として、この高精度な外乱トルク推定値Tdを用いて算出される車体速推定値V^の精度もより向上する。
特に、本実施形態の外乱トルク推定処理では、セレクト車輪速度ωw_dに対応する駆動輪(フロント駆動輪9f又はリア駆動輪9r)のスリップ量Sを推定し、該スリップ量Sに基づいてセレクト車輪速度ωw_dを補正し(図7のステップS702)、補正後のセレクト車輪速度ωw_d(補正セレクト車輪速度ωw_dc)に基づいて外乱トルク推定値Tdを算出する(図7のステップS703及びステップS705)。
これにより、実際の車体速度Vにより一層近い補正セレクト車輪速度ωw_dcに基づいて外乱トルク推定値Tdを算出することができるので、得られる外乱トルク推定値Tdの精度をさらに向上させることができ、延いては車体速推定値V^のさらなる精度の向上を実現することができる。
また、本実施形態の電動車両の制御方法において、上記スリップ状態判定工程(図10のステップS1001及びステップS1005)では、車体速推定値V^の微分値である車体加速度推定値dV^/dtとモータ回転速度ωmfの微分値dωmf/dtとの偏差としてのスリップ判定値を演算する。そして、電動車両の加速時(目標トルク指令値Tmf
*>0)には、スリップ判定値が所定の閾値Th1以上の場合に駆動輪9が過回転状態であると判定し、電動車両の減速時(目標トルク指令値Tmf
*<0)には、スリップ判定値が所定の閾値Th2以下の場合に駆動輪9が回転不足状態であると判定する。
これにより、加速度センサを用いることなく得られた車体速推定値V^を用いて、電動車両の加速時又は減速時に応じたロジックに基づき、駆動輪9が過回転状態又は回転不足状態であるかというスリップ状態を好適に判定することができる。
特に、本実施形態の電動車両の制御方法は、スリップ状態判定工程(図10のステップS1001及びステップS1005)において駆動輪9が過回転状態又は回転不足状態ではないと判断された場合に、車速推定工程(ステップS203)で算出される車体速推定値V^を速度パラメータとしてのセレクト車輪速度ωw_dにより初期化する車速初期化処理(図8のステップS802又は図9の「1/Ms」のブロックへのセレクト車輪速度ωw_dの入力を参照)をさらに含む。
すなわち、駆動輪9が過回転状態又は回転不足状態ではない場合においては、タイヤと路面がグリップしているところ、車輪速度ωwと実際の車体速度Vが略一致する。このため、駆動輪9が過回転状態ではないシーンにおいて、上記速度パラメータとしての車輪速度ωw(特にセレクト車輪速度ωw_d)を車体速推定値V^に設定しておくことで、次に駆動輪9が過回転状態又は回転不足状態となりスリップ制御が開始された時に、この高精度な車体速推定値V^を初期値とすることができる。したがって、次回のスリップ制御の精度が好適に確保されることとなる。
さらに、本実施形態の電動車両の制御方法において、上記スリップ制御工程(図10のステップS1003及びステップS1007)では、駆動輪9が車体速推定値V^に応じた所望のスリップ状態となるように、駆動輪9に入力する駆動力としてのスリップ制御トルク指令値Tm1_s
*(フロントスリップ制御トルク指令値Tmf1_s
*及びリアスリップ制御トルク指令値Tmr1_s
*)を制御する(図10、図11A、図11B、及び図12参照)。
これにより、加速度センサを用いることなく得られた車体速推定値V^を用いて、駆動輪9を適切なスリップ状態に制御することができる。
また、本実施形態の電動車両は2つのモータとしてのフロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rを備えている(図1参照)。そして、車速推定工程(ステップS203)では、フロント駆動モータ4f及びリア駆動モータ4rにそれぞれ設定されるモータトルク指令値の総和である総トルク指令値Tm_to及び速度パラメータとしてのセレクト車輪速度ωw_dに基づいて車体速推定値V^を算出する(図8参照)。
これにより、電動車両に作用させる全駆動力に相当する総トルク指令値Tm_toを用いて好適に車体速推定値V^を算出することができる。
さらに、本実施形態では、モータ(駆動モータ4)を走行駆動源とする電動車両の制御装置(モータコントローラ2)が提供される。
特に、本実施形態により提供されるモータコントローラ2は、モータトルク指令値Tmを算出するモータトルク指令値算出部(図2のステップS201)、駆動モータ4の駆動力を駆動輪9に伝達させる駆動軸(ドライブシャフト8)の回転速度に相関する速度パラメータ(車輪速度ωw及びモータ回転速度ωmf)を取得する速度パラメータ取得部(ステップS201)、モータトルク指令値Tm及び車輪速度ωwに基づいて電動車両の車体速推定値V^を算出する車速推定部(ステップS203)、車体速推定値V^に基づいて駆動輪9のスリップ状態を判定するスリップ状態判定部(図10のステップS1001及びステップS1005)、並びに車体速推定値V^及び判定したスリップ状態に基づいて駆動輪9に入力する駆動力としての最終トルク指令値Tm
**(フロント最終トルク指令値Tmf
**の前回値及びリア最終トルク指令値Tmr
**)を制御するスリップ制御部(ステップS1003及びステップS1007)として機能するように構成(プログラム)されている。
このモータコントローラ2によって、上述した電動車両の制御方法を好適に実行することができる。
(第1変形例)
以下、第1変形例について説明する。なお、上記実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。
図14は、本変形例に係る電動車両システム200の主要な構成を説明するブロック図である。
図示のように、本変形例の電動車両システム200は、車両のフロントには駆動モータを備えておらず、リア駆動システムrdsのみで構成されている。
そして、リア駆動システムrdsは、右リア駆動システムrdsRと、左リア駆動システムrdsLと、を備えている。
右リア駆動システムrdsRは、右リア駆動輪9rRを駆動させる右リア駆動モータ4rRと、右リア駆動モータ4rRを制御するための各種センサ類及びアクチュエータ類を有する。また、左リア駆動システムrdsLは、左リア駆動輪9rLを駆動させる左リア駆動モータ4rLと、左リア駆動モータ4rLを制御するための各種センサ類及びアクチュエータ類を有する。特に、この電動車両システム200は、2つの駆動モータ4を備える2WD車両に搭載される。
本変形例の電動車両システム200では、例えば、上記実施形態においてフロント駆動システムfds及びリア駆動システムrdsのそれぞれのパラメータを、右リア駆動システムrdsR及び左リア駆動システムrdsLに関するパラメータに置き換えつつ、好適な車両モデルを設定するなどの修正を加えることで、本発明に係る電動車両の制御方法を実現することができる。
例えば、上記実施形態におけるフロントモータ回転速度ωmf及びリアモータ回転速度ωmrをそれぞれ右リアモータ回転速度ωmrR及び左リアモータ回転速度ωmrLに置き換えつつ、フロントモータトルク指令値Tmf及びリアモータトルク指令値Trfをそれぞれ右リアモータトルク指令値TmrR及び左側リアモータトルク指令値TmrLに置き換えるなどのパラメータの変更を適宜行うことで、本発明に係る電動車両の制御方法を実行することが可能である。
(第2変形例)
以下、第2変形例について説明する。なお、上記実施形態又は第1変形例と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。
図15は、本変形例の電動車両の制御方法が適用される電動車両システム300の主要な構成を説明するブロック図である。
図示のように、本変形例の電動車両システム300は、フロント駆動システムfds、右リア駆動システムrdsR、及び左リア駆動モータ4rLを備えている。すなわち、この電動車両システム300は、フロントドライブシャフト8fを駆動させるフロント駆動モータ4f、右リア駆動輪9rRを駆動させる右リア駆動モータ4rR、及び左リア駆動輪9rLを駆動させる左リア駆動モータ4rLの合計3つの駆動モータ4を備える。特に、この電動車両システム300は、合計3つの駆動モータ4を有する4WD車両に搭載される。
本変形例の電動車両システム300では、例えば、上記実施形態と同様の制御方法を実行しつつ、リア駆動システムrdsに設定されるパラメータを右リア駆動システムrdsR及び左リア駆動システムrdsLに配分するための適切なゲインを設定することで、本発明に係る電動車両の制御方法を実現することができる。
(第3変形例)
以下、第3変形例について説明する。なお、上記実施形態、第1変形例、又は第2変形例と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。
図16は、本変形例の電動車両の制御方法が適用される電動車両システム400の主要な構成を説明するブロック図である。
図示のように、本本変形例の電動車両システム400は、フロント駆動システムfdsが、右フロント駆動輪9fRを駆動させる右フロント駆動モータ4fRを制御するための各種センサ類及びアクチュエータ類が設けられた右フロント駆動システムfdsRと、左フロント駆動輪9fLを駆動させる左フロント駆動モータ4fLを制御するための各種センサ類及びアクチュエータ類が設けられた左フロント駆動システムfdsLと、を備える。
また、リア駆動システムrdsも右リア駆動システムrdsR及び左リア駆動システムrdsLにより構成されている。したがって、電動車両システム400は、右フロント駆動モータ4fR、左フロント駆動モータ4fL、右リア駆動モータ4rR、及び左リア駆動モータ4rLの合計4つの駆動モータ4を備える。すなわち、電動車両システム300は、合計4つの駆動モータ4を有する4WD車両に搭載される。
本変形例の電動車両システム400では、例えば、上記実施形態と同様の制御方法を実行しつつ、フロント駆動システムfdsの各パラメータを適切な配分ゲインにより右フロント駆動システムfdsR及び左フロント駆動システムfdsLに配分する一方、リア駆動システムrdsの各パラメータを適切な配分ゲインにより右リア駆動システムrdsR及び左リア駆動システムrdsLに配分することで、本発明に係る電動車両の制御方法を実現することができる。
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態及び各変形例で説明した構成は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を限定する趣旨ではない。
例えば、上記実施形態で想定した各車両モデル及びこれにより定まる各パラメータは、本発明の技術思想、特にモータトルク指令値Tm及びドライブシャフト8の回転速度に相関する速度パラメータ(車輪速度ωw及びモータ回転速度ωmfなど)に基づいて車体速推定値V^を算出するという思想を実現できる範囲において、任意に変更することが可能である。
また、上記各実施形態及び各変形例において、「右」又は「右側」、及び「左」又は「左側」は説明の便宜上用いた方向の特定に過ぎず、車体前方に対する左右方向に厳密に一致することを想定したものではない。