JP7243826B2 - 鋼板 - Google Patents
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Description
本願は、2019年06月17日に、日本に出願された特願2019-112153号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
このような結晶粒の粗大化に起因する靭性の低下を抑制するために、例えば、特許文献1~3には、溶接入熱によって加熱されたオーステナイト(γ)の粒界をピン止めする微細な粒子を厚鋼板(母材)に生成させる技術が提案されている。特許文献1~3で提案されている技術は、Mgを含む微細な粒子のピン止め効果によって、溶接入熱によって加熱されたオーステナイト(加熱γ)の粒成長を抑制するものである。
このように、鋼板を高強度化するために炭素当量CeqWESを高めると、大入熱HAZにはMAが生成した粗大なベイナイト主体の組織が形成されて靭性が低下しやすくなる。
しかしながら、上述した特許文献1~3では、オーステナイトの粒成長を抑制することはできるものの、その他の靭性低下の要因に対しては、対策が十分ではなかった。
特に、40mm以上の板厚の鋼板に大入熱溶接を行った場合、溶接部の冷却速度は、0.5℃/秒以下程度となり、通常の入熱の溶接部の冷却とは大きく異なる。しかしながら、従来このような溶接条件を想定した成分設計の指針はなかった。そのため、従来の厚鋼板の成分設計の指針に基づいて、鋼板(母材)の高強度化と、大入熱溶接HAZの靭性の確保とを両立させることは困難であった。
本発明者らがさらに検討を行った結果、鋼成分(化学組成)において、Mn含有量とNi含有量との比であるMn/Niを0.80以下に制御することが、ミクロ偏析に起因するMAの生成の抑制に有効であり、C含有量を0.12%以上に高めることで、さらにMAの生成を抑制できるという知見を得た。
また、上述の方法でMAの生成を抑制した上で、Ti、Mg、Bを活用し、炭素当量CeqWESを制御して、結晶粒の粗大化を抑制することによって、母材の強度及び大入熱溶接HAZの靭性の確保の両立が可能となる、という新たな知見を得た。
CeqWES=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 … (1)
ここで、(1)式中の、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、Vは各元素の含有量[質量%]であり、含有しない元素の項には0を代入する。
[2]上記[1]に記載の鋼板では、前記化学組成が、C:0.12%以上、0.18%以下、を含有してもよい。
[3]上記[1]または[2]に記載の鋼板では、前記Hvmin及び前記Hvmaxが、下記の(2)式及び(3)式を満足してもよい。
780≦0.25×Hvmin+1.07×Hvmax+387≦930 (2)
-0.00146×Hvmin+0.00246×Hvmax+0.659×Hvmin/Hvmax-0.163≦0.85 (3)
[4]上記[1]~[3]のいずれかに記載の鋼板では、前記化学組成が、質量%で、Cu:0.1%以上、2.0%以下、Cr:0.1%以上、1.0%以下、Mo:0.1%以上、1.0%以下、W :0.1%以上、1.0%以下、Co:0.1%以上、1.0%以下、Nb:0.005%以上、0.10%以下、V :0.005%以上、0.10%以下、Ca:0.0001%以上、0.005%以下、REM:0.0001%以上、0.005%以下、Zr:0.0001%以上、0.005%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
[5]上記[1]~[4]のいずれかに記載の鋼板では、前記表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域において、ビッカース硬さの最大値Hvsが320以下であってもよい。
[6]上記[1]~[5]のいずれかに記載の鋼板では、前記表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域におけるビッカース硬さの最大値Hvsと前記表面から板厚の1/4の位置におけるビッカース硬さの平均値Hvqとの差ΔHvが70以下であってもよい。
[7]上記[1]~[6]のいずれかに記載の鋼板では、60~150kJ/mmの入熱に相当する溶接熱サイクルを付与したときの再現HAZにおける0℃でのシャルピー吸収エネルギーが、平均100J以上であってもよい。
Cは、鋼の焼入れ性を高めて高強度化に寄与する元素である。780MPa以上の高強度を得るため、C含有量を0.03%以上とする。また、Cは、MAの生成に影響を及ぼす元素である。C含有量を高めることで、大入熱HAZにおいて、残留オーステナイトの分解、すなわち、フェライトへの変態とセメンタイトの析出とが促進され、MA分率が低減して靱性の劣化が抑制される。この効果を得る場合、C含有量は、好ましくは0.12%以上である。C含有量は、より好ましくは0.13%以上であり、さらに好ましくは0.14%以上である。
一方、セメンタイトの過度な生成を防止して靱性を確保するという観点から、C含有量は0.18%以下である。C含有量は、好ましくは0.17%以下であり、より好ましくは0.16%以下である。
Mnは、鋼の焼入れ性を高めて高強度化に寄与する元素であり、本実施形態では、Mn含有量は0.5%以上である。Mn含有量は、好ましくは0.8%以上である。一方、大入熱HAZにおけるMAの生成を抑制し、靱性を確保するという観点から、本実施形態では、Mn含有量は1.5%以下である。Mn含有量は、好ましくは1.4%以下であり、より好ましくは1.3%以下であり、さらに好ましくは1.2%以下である。
Niは、鋼の焼入れ性を高めて高強度化に寄与する元素であり、同時に、大入熱HAZの靱性を高める元素でもある。強度および靭性を確保するという観点から、本実施形態では、Ni含有量は1.0%以上である。Ni含有量は、好ましくは1.2%以上であり、より好ましくは1.4%以上であり、さらに好ましくは1.5%以上である。
一方、Niは高価な元素であり、製造コストの上昇を抑制するという観点から、本実施形態では、Ni含有量は3.0%以下である。Ni含有量は、好ましくは2.5%以下であり、より好ましくは2.2%以下であり、さらに好ましくは2.0%以下である。
Mn及びNiはともに鋼の高強度化に寄与する元素であるが、大入熱HAZにおいて、MnはNiに比べてMAの生成を促進しやすいことから、Mn含有量はNi含有量よりも少ないことが好ましい。大入熱HAZの高強度化を図りつつ靱性を確保するという観点から、本実施形態に係る鋼板において、鋼中のMn含有量をNi含有量で除した比であるMn/Niは0.80以下である。Mn/Niは、好ましくは0.70以下であり、より好ましくは0.60以下である。Mn/Niは、Mn含有量の下限をNi含有量の上限で除した比を下限としてもよく、すなわち、0.17以上であってもよい。Mn/Niは0.20以上であってもよい。
Alは、Mg及びOと結合して、Mg系酸化物を形成する重要な元素である。0.01~0.1μmの微細なMg系酸化物はTiNの析出核となり、TiNは大入熱HAZのγ粒成長を抑制するピン止め効果を発揮する。Mg系酸化物を形成させることは、HAZ靭性を向上させる上で重要であり、効果を発現させるために、本実施形態では、Al含有量は0.0010%以上である。Al含有量は、好ましくは0.0030%以上である。
一方、Al系酸化物の生成を抑制し、微細なMg系酸化物を構成するOを確保するために、本実施形態では、Al含有量は0.0150%以下である。Al含有量は、好ましくは0.0100%以下であり、より好ましくは0.0050%以下である。
Bは、炭素当量CeqWESを制限しつつ、鋼の焼入れ性を確保するための重要な元素である。Bは、鋼中の含有量が微量であっても焼入れ性を顕著に向上させ得る元素である。上記効果を得るため、本実施形態では、B含有量は0.0003%以上である。B含有量は、好ましくは0.0005%以上であり、より好ましくは0.0007%以上である。
一方、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化を抑制するという観点から、本実施形態では、B含有量は0.0030%以下である。B含有量は、好ましくは0.0020%以下であり、より好ましくは0.0015%以下である。
Tiは、TiNを形成する元素である。微細なTiNの粒子は、大入熱HAZにおいてオーステナイトの粒成長を抑制する効果、いわゆるピン止め効果を発現する。また、TiNの形成によりNが固定され、BNの生成が抑制される。したがって、Tiは、固溶Bを確保し、Bの焼入れ性を安定的に発揮させるためにも有効である。大入熱HAZにおいてγ粒成長抑制効果を発現させ、かつBの焼入れ性を安定的に発揮させるために必要とされるTi含有量は0.005%以上である。そのため、本実施形態では、Ti含有量は0.005%以上である。Ti含有量は、好ましくは0.007%以上である。
一方、母材及びHAZの靭性の劣化や鋳片の表面品質の劣化を抑制するという観点から、本実施形態では、Ti含有量は0.020%以下である。Ti含有量は、好ましくは0.018%以下であり、より好ましくは0.016%以下である。
Nは、オーステナイトの粒成長(γ粒成長)をピン止め効果によって抑制する微細なTiNの粒子を構成する元素である。大入熱HAZにおけるγ粒成長を抑制するために、本実施形態では、N含有量は0.0010%以上である。N含有量は、好ましくは0.0020%以上であり、より好ましくは0.0025%以上である。
一方、BNの生成を抑制して焼入れ性を高め、窒化物によるHAZ靭性の低下を抑制するという観点から、本実施形態では、N含有量は0.0100%以下である。N含有量は、好ましくは0.0080%以下であり、より好ましくは0.0060%以下である。
Mgは、Al及びOと結合して微細なMg系酸化物を形成する、重要な元素である。微細なMg系酸化物は、TiNの析出核として機能し、ピン止め効果を発現する複合析出粒子を微細に分散させる。大入熱HAZの靭性を確保するために必要とされるMg含有量は0.0003%以上である。そのため、本実施形態では、Mg含有量は0.0003%以上である。Mg含有量は、好ましくは0.0005%以上であり、より好ましくは0.0008%以上であり、更に好ましくは0.0010%以上である。
一方、Mgは、蒸気圧が高くて酸化力が強い非常に活性な元素であることから、必要以上に鋼中に含有させることは製造コストの上昇を招き、好ましくない。したがって、本実施形態では、Mg含有量は0.0050%以下である。Mg含有量は、好ましくは0.0040%以下であり、より好ましくは0.0030%以下である。
Oは、MgやAlなどの脱酸元素と結合して酸化物を形成する元素である。TiNの微細分散に寄与するMg系酸化物を生成させるために、必要とされるO含有量は0.0010%以上である。そのため、本実施形態では、O含有量は0.0010%以上である。
一方、O含有量が0.0040%を超えると、鋼の清浄度が低下して母材及び大入熱HAZの靭性が劣化する。したがって、本実施形態では、O含有量は0.0040%以下である。O含有量は、好ましくは0.0030%以下である。
Siは、脱酸や高強度化のために鋼に含有される元素である。一方、Siは、MAの生成を促進させる元素でもある。本発明者らは、大入熱HAZのミクロ偏析部におけるMAの生成にSiが極めて大きな影響を及ぼすという知見を得ている。したがって、大入熱HAZの靭性を確保するため、Si含有量の制限が必要であり、本実施形態では、Si含有量は0.30%以下である。Si含有量は、好ましくは0.25%以下であり、より好ましくは0.20%以下であり、さらに好ましくは0.15%以下である。Si含有量の下限は限定されないが、製造コストの観点から、Si含有量は0.01%以上であってもよい。
Pは、靭性に有害な不純物である。P含有量は、大入熱HAZの靱性を安定的に確保するために制限する必要があり、本実施形態では、0.015%以下である。P含有量は、好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.008%以下である。P含有量の下限は限定されないが、製造コストの観点から、P含有量は0.001%以上であってもよい。
Sは、不純物であり、鋼中に多量に含有されると粗大な介在物を形成して靭性を低下させる場合がある。したがって、S含有量は、大入熱HAZの靱性を安定的に確保するために制限する必要があり、本実施形態では、S含有量は0.005%以下である。S含有量は、好ましくは0.004%以下であり、より好ましくは0.003%以下である。S含有量の下限は限定されないが、製造コストの観点から、S含有量は0.0001%以上であってもよい。S含有量は0.001%以上であってもよい。
炭素当量CeqWESは、鋼板(母材)の強度及びHAZの硬さに影響を及ぼす焼入れ性の指標である。母材の強度を確保するために、本実施形態では、炭素当量CeqWESは0.43%以上である。炭素当量CeqWESは、好ましくは0.44%以上であり、より好ましくは0.45%以上である。
一方、大入熱HAZの靱性を確保するという観点から、本実施形態では、炭素当量CeqWESは0.53%以下である。炭素当量CeqWESは、好ましくは0.52%以下であり、より好ましくは0.51%以下である。
炭素当量CeqWESは、合金元素の含有量によって下記の(1)式で計算される。
Cuは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。Cu含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Cuは、溶接性やHAZの靱性に対する悪影響が小さく、母材の強度や靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Cu含有量は0.1%以上であってもよい。ただし、鋼板の熱間圧延時におけるCuクラックの発生抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Cu含有量は、2.0%以下である。Cu含有量は、好ましくは1.0%以下であり、より好ましくは0.7%以下であり、さらに好ましくは0.5%以下である。
Crは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。Cr含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Crは、母材の強度を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Cr含有量は0.1%以上であってもよい。Cr含有量は、好ましくは0.2%以上であり、より好ましくは0.3%以上である。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Cr含有量は1.0%以下である。Cr含有量は、好ましくは0.8%以下であり、より好ましくは0.5%以下である。
Moは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。Mo含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Moは、母材の強度及び靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Mo含有量は0.1%以上であってもよい。Mo含有量は、好ましくは0.2%以上であり、より好ましくは0.3%以上である。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制、合金コストの上昇抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Mo含有量は1.0%以下である。Mo含有量は、好ましくは0.5%以下である。
Wは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。W含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Wは、母材の強度及び靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、W含有量は0.1%以上であってもよい。W含有量は、好ましくは0.2%以上であり、より好ましくは0.3%以上である。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制、合金コストの上昇抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、W含有量は1.0%以下である。W含有量は、好ましくは0.5%以下である。
Coは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。Co含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Coは、溶接性やHAZの靱性に対する悪影響が小さく、母材の強度や靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Co含有量は0.1%以上であってもよい。ただし、合金コストの上昇抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Co含有量は1.0%以下である。Co含有量は、好ましくは0.5%以下である。
Nbは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。Nb含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Nbは、母材の強度、靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Nb含有量は0.005%以上であってもよい。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Nb含有量は0.10%以下である。Nb含有量は、好ましくは0.05%以下であり、より好ましくは0.03%以下である。
Vは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。V含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Vは、母材の強度を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、V含有量は0.005%以上であってもよい。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、V含有量は0.10%以下である。V含有量は、好ましくは0.08%以下であり、より好ましくは0.06%以下である。
Caは、酸化物、硫化物、酸硫化物を形成して粗大介在物の生成を抑制し、母材及びHAZの靱性を高める元素である。そのため、本実施形態では、Ca含有量は0.0001%以上であってもよい。好ましくは0.001%以上である。ただし、脆性破壊の発生起点として作用する恐れがあるCa系介在物の増加を抑制するという観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Ca含有量は0.005%以下である。Ca含有量は、好ましくは0.004%以下である。Ca含有量は0%であってもよい。
REM(希土類元素)とは、Sc、Yの2元素と、La、CeやNdなどのランタノイド15元素の総称を意味する。本実施形態でいうREMとは、これら希土類元素から選択される1種以上で構成されるものであり、以下に説明するREM含有量とは、希土類元素の含有量の合計量である。
Zrは、CaやREMと同様に、酸化物、硫化物、酸硫化物を形成して粗大介在物の生成を抑制し、母材及びHAZの靱性を高める元素である。そのため、本実施形態では、Zr含有量は0.0001%以上であってもよい。ただし、脆性破壊の発生起点として作用する恐れがあるZr系介在物の増加を抑制するという観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Zr含有量は0.005%以下である。Zr含有量は、好ましくは0.003%以下である。Zr含有量は0%であってもよい。
降伏強度:630MPa以上、750MPa以下
降伏比:85%以下
板厚:40mm以上、120mm以下
建築物の大型化、建造の高能率化、安全性の向上に伴い、溶接構造物用の厚鋼板に対する要求が高度化している。本実施形態に係る鋼板は、これらの要求に応えるため、板厚は40mm以上、120mm以下、降伏強度は630MPa以上、750MPa以下、引張強度は780MPa以上、930MPa以下とする。また、耐震性の観点から、本実施形態に係る鋼板の降伏比は85%以下である。降伏比の下限は限定されず、例えば、降伏比は70%以上であってもよい。更に、建造の高能率化、耐震性の観点から、大入熱溶接部のHAZにおけるシャルピー吸収エネルギー(試験温度0℃)の平均値が70J以上であることが好ましい。大入熱溶接とは、例えば、エレクトロスラグ溶接やサブマージアーク溶接が挙げられる。
より好ましくは、入熱を60~150kJ/mmとした大入熱溶接のHAZにおける0℃でのシャルピー吸収エネルギーが、平均100J以上であることが好ましい。ただし、通常、入熱は板厚に応じて決定される。
Hvmin/Hvmaxが0.85以下であると、降伏比85%以下を満足しやすくなる。一方、Hvmin/Hvmaxが0.85超になると、降伏比85%以下を満たしにくくなるので好ましくない。
鋼板のL断面(圧延方向に並行、板厚面)を機械研磨し、表面から板厚方向に鋼板の板厚の1/4の位置を中心とし、30μm間隔で、各列15点ずつを15列、合計225点、またはそれ以上の点について、JIS Z 2244:2009に準拠したビッカース硬さ(測定荷重10gf)を測定する。
Hvminは、得られたビッカース硬さの値を小さいほうから順に並べ、小さい方から全測定点数の20%までの測定点の硬さの値(例えば500点測定した場合には、小さい方から順に1~100番目までのビッカース硬さ)を平均することで得る。
また、Hvmaxは、大きい方から全測定点数の20%までの測定点の硬さの値を平均することで得る。
780≦0.25×Hvmin+1.07×Hvmax+387≦930 (2)
-0.00146×Hvmin+0.00246×Hvmax+0.659×Hvmin/Hvmax-0.163≦0.85 (3)
HvminとHvmaxとが上記関係を満たすことは、本実施形態に係る鋼板の化学組成を前提とすれば、金属組織がマルテンサイト(または焼き戻しマルテンサイト)とベイナイトとで構成されていることを示している。HvminとHvmaxとが上記関係を満たす場合、母材の引張強度、降伏強度、降伏比が上述した範囲を満足しやすくなる。
本実施形態に係る鋼板は、鋼板表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域(表層領域と呼称する場合がある)において、ビッカース硬さの最大値Hvsが320以下であることが好ましい。表層領域のビッカース硬さの最大値Hvsが320超である場合、曲げ応力や引張応力が加わった際に亀裂が生じ易くなるためである。
本実施形態に係る鋼板は、表層領域でのビッカース硬さの最大値Hvsと鋼板1/4厚位置におけるビッカース硬さHvqとの差ΔHvが70以下であることが好ましい。ΔHvが70超であると、表層領域のビッカース硬さの最大値Hvsが320を超える、または、鋼板の引張強度、降伏強度が規定を満足しなくなるおそれがある。
また、鋼板1/4厚位置(表面から板厚の1/4の位置)におけるビッカース硬さHvqは、鋼板のL断面(圧延方向に並行、板厚面)を機械研磨し、表面から板厚方向に鋼板の板厚の1/4の位置において、JIS Z 2244:2009に準拠したビッカース硬さ(測定荷重10kgf)を3点測定し、その平均値とする。
硬さ差ΔHvは、上記の方法で得られたHvsとHvqとから、下記(7)式にて計算される。
ΔHv = Hvs - Hvq ・・・(7)
したがって、本実施形態に係る鋼板は、建築鉄骨用の四面ボックス柱など、ダイアフラム溶接(エレクトロスラグ溶接)が施され、HAZの靱性が要求される高強度厚鋼板に好適である。
鋼片は、鋼の溶製及び鋳造によって製造された後、そのまま熱間圧延を施されてもよい。ただし、後述するように、鋼片は、好ましくは、鋳造後に冷却され、Ac3以上の温度に再加熱されて、熱間圧延を施される。
また、鋼片は、熱間圧延を施された後、そのまま水冷等の制御冷却を施されるか、又は空冷された後、熱処理を施されてもよい。
一方、鋼片の加熱温度は、γ粒の粗大化を抑制によって、熱間圧延後の金属組織を微細化させて、低温靱性の劣化を抑制するという観点から、1250℃以下であることが好ましい。加熱温度は、より好ましくは1200℃以下である。
一方、熱間圧延後に空冷される場合、鋼板は、γ単相域への再加熱とこれに続く焼入れ(γ再加熱焼入れ)が施される。
しかしながら、Ac1変態点直上では大部分がフェライト(α)相で、Ac3変態点直下では大部分がオーステナイト(γ)相であり、実質的には二相域とは言えない。したがって、二相域焼入れの効果を得る場合、本実施形態に係る鋼板の化学組成の範囲では、再加熱温度は、730~810℃とする。再加熱温度は、750~810℃であることが好ましい。
Ac3変態点=910-203×√C+44.7×Si-30×Mn-400×Al-15.2×Ni+104×V+31.5×Mo+13.1×W+11×Cr+20×Cu-700×P-400×Ti … (6)
次に、熱間圧延後の鋼板は、表3、表4に示す条件にて熱処理が施された。表3及び表4において、「γ再加熱焼入れ温度」とは、熱間圧延後に空冷された鋼板に、γ再加熱焼入れが施された場合の加熱温度であった。一方、「二相域焼入れ温度」とは、熱間圧延後に直接焼入れまたはγ再加熱焼入れが施され、更に、二相域焼入れが施された場合の加熱温度であった。
このようにして製造された厚鋼板から試料が採取され、化学分析が行われた。各厚鋼板の化学組成は表1及び表2に示されており、板厚は表5及び6に示されている。表1及び表2に示されている炭素当量CeqWESは、下記(1)式により求めた。
上記の温度は、いずれも板厚方向中心部での温度である。
表1~6において、下線は、本発明範囲外であることを示す。
また、製造された厚鋼板について、母材の機械的性質の評価が行われた。
母材の機械的性質の評価、すなわち、引張試験及びシャルピー衝撃試験に用いた試験片は、厚鋼板の表面から板厚の1/4の位置から採取された。
引張試験は、JIS Z 2241:2011に準拠し、2本の試験片を用いて室温で行われた。YS(0.2%降伏強度)及びTS(引張強度)は、それぞれ、2本の試験片の平均値である。YR(降伏比)は、TSに対するYSの割合であり、百分率、すなわち、100×(YS/TS)で表される。YR(降伏比)の単位は%である。
シャルピー衝撃試験は、JIS Z 2242:2018に準拠し、3本のVノッチ試験片を用いて行われ、吸収エネルギーが測定された。試験温度は0℃である。母材の吸収エネルギー(KV2(0℃))は、このようにして測定された3本の試験片の吸収エネルギーの平均値(相加平均)である。
また、製造された厚鋼板に対し、大入熱HAZの靭性を評価するため、熱サイクル試験が行われた。
熱サイクル試験では、厚鋼板から採取した図1の形状の試験片(表中の数字の単位はmm)に対し、エレクトロスラグ溶接したときに溶融線(Fusion Line:FL)から母材側1mmの領域(FL+1mm)が受ける熱履歴を模擬した熱サイクル(溶接熱サイクル)を付与し、大入熱HAZ組織を模した組織を得た。具体的には、熱履歴として、室温から1400℃まで10℃/sの平均加熱速度で昇温したのち、1400℃で60s保持し、その後、1000℃までの平均冷却速度が3℃/s、1000℃から室温までの平均冷却速度が0.5℃/sとなるように冷却した。
その後、熱サイクルを付与した試験片からシャルピー衝撃試験用の試験片が採取され、JIS Z 2242:2018に準拠し、0℃及び-20℃での吸収エネルギーが測定された。
表5及び表6には、厚鋼板の板厚、母材の機械的性質、熱サイクル試験での相当入熱量、HAZ靭性が示される。KV2(0℃)およびKV2(-20℃)は、それぞれ、0℃での吸収エネルギーおよび-20℃での吸収エネルギーであり、それぞれの温度で測定された3本の試験片の吸収エネルギーの平均値(相加平均)である。
符合B17はMn/Niが高すぎるためにHAZ靱性が劣る。
符号B20は、化学組成は好ましい範囲にあるものの、二相域焼入れの加熱温度が好ましい範囲でなかったことで、降伏比が85%を超えている。
符号B21は、化学組成は好ましい範囲にあるものの、焼戻し熱処理が実施されなかったことで、YSが750MPa、TSが930MPaを超えている。
Claims (7)
- 化学組成が、質量%で、
C :0.03%以上、0.18%以下、
Mn:0.5%以上、1.5%以下、
Ni:1.0%以上、3.0%以下、
Al:0.0010%以上、0.0150%以下、
B :0.0003%以上、0.0030%以下、
Ti:0.005%以上、0.020%以下、
N :0.0010%以上、0.0100%以下、
Mg:0.0003%以上、0.0050%以下、
O :0.0010%以上、0.0040%以下、
Cu:0%以上、2.0%以下、
Cr:0%以上、1.0%以下、
Mo:0%以上、1.0%以下、
W :0%以上、1.0%以下、
Co:0%以上、1.0%以下、
Nb:0%以上、0.10%以下、
V :0%以上、0.10%以下、
Ca:0%以上、0.005%以下、
REM:0%以上、0.005%以下、
Zr:0%以上、0.005%以下
を含有し、
Si:0.30%以下、
P :0.015%以下、
S :0.005%以下
に制限し、
残部がFe及び不純物からなり、
Mn含有量とNi含有量との比であるMn/Niが0.80以下であり、
下記(1)式で計算される炭素当量CeqWESが0.43%以上、0.53%以下であり、
引張強度が780MPa以上、930MPa以下であり、
降伏強度が630MPa以上、750MPa以下であり、
降伏比が85%以下であり、
板厚が40mm以上、120mm以下であり、
表面から板厚の1/4の位置で225点以上のビッカース硬さを測定し、前記ビッカース硬さの全測定点数の、小さいほうから20%までの値の平均値をHvmin、大きいほうから20%までの値の平均値をHvmaxとしたとき、Hvmin/Hvmaxが0.85以下である、
鋼板。
CeqWES=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 … (1)
ここで、(1)式中の、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、Vは各元素の含有量[質量%]であり、含有しない元素の項には0を代入する。 - 前記化学組成が、
C:0.12%以上、0.18%以下、
を含有する、
請求項1に記載の鋼板。 - 前記Hvmin及び前記Hvmaxが、下記の(2)式及び(3)式を満足する、
請求項1または2に記載の鋼板。
780≦0.25×Hvmin+1.07×Hvmax+387≦930 (2)
-0.00146×Hvmin+0.00246×Hvmax+0.659×Hvmin/Hvmax-0.163≦0.85 (3) - 前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.1%以上、2.0%以下、
Cr:0.1%以上、1.0%以下、
Mo:0.1%以上、1.0%以下、
W :0.1%以上、1.0%以下、
Co:0.1%以上、1.0%以下、
Nb:0.005%以上、0.10%以下、
V :0.005%以上、0.10%以下、
Ca:0.0001%以上、0.005%以下、
REM:0.0001%以上、0.005%以下、
Zr:0.0001%以上、0.005%以下
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、
請求項1~3のいずれか一項に記載の鋼板。 - 前記表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域において、ビッカース硬さの最大値Hvsが320以下である、
請求項1~4のいずれか一項に記載の鋼板。 - 前記表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域におけるビッカース硬さの最大値Hvsと前記表面から板厚の1/4の位置におけるビッカース硬さの平均値Hvqとの差ΔHvが70以下である、
請求項1~5のいずれか一項に記載の鋼板。 - 60~150kJ/mmの入熱に相当する溶接熱サイクルを付与したときの再現HAZにおける0℃でのシャルピー吸収エネルギーが、平均100J以上である、
請求項1~6のいずれか一項に記載の鋼板。
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