しかしながら、従来、音声信号とモデム信号のように性質が著しく異なる信号に対するエコー制御を同一の適応エコーキャンセラで対処するには以下のような課題が存在する。
[第1の課題:半二重モデム信号に対する脆弱性]
図9は、従来の適応エコーキャンセラを固定電話回線の伝送路に適用した場合の課題について説明した説明図(その1)である。
適応エコーキャンセラは、その名のとおりエコー信号を消去するデバイスであるが、これは、適応制御によりエコー経路の伝達関数を推定し、この推定した伝達関数と入力信号からエコー信号の推定値を算出し、エコー信号からこの推定値を減算することでエコー消去を実施している。
ところで、適応エコーキャンセラは、本質的に、モデム信号に頻繁に現れる狭帯域信号、中でも特に線スペクトル信号が現れると、これに後続して出現する広帯域信号のエコー消去が不完全となる脆弱性を有する。
図9(a)は、従来の固定電話回線における適応エコーキャンセラの典型的な配置構成について示した説明図である。
図9(a)では、適応エコーキャンセラ1000に収容される近端側の端末を近端半二重モデム3000としている。ここでは、近端半二重モデム3000と通信する対向側の図示しない端末(遠端側の端末)を「遠端半二重モデム」と呼ぶものとする。
遠端半二重モデムから送信される信号は適応エコーキャンセラ1000のRin端子で受信され、適応エコーキャンセラ1000の内部で実行される適応制御に提供されると同時にRout端子に透過させ、2線/4線変換器2000に向けて送信する。
2線/4線変換器2000は、宅内に設置される電話機またはモデムと電話網との間に配線される双方向通信の2線と、通信網内の片方向通信の送信方向2線(図9(a)では近端半二重モデム3000から遠端半二重モデムへの方向)と片方向通信の受信方向(図9(a)において遠端半二重モデムから近端半二重モデム3000への方向)に合わせて4線を変換するアナログ受動素子である。2線/4線変換器2000は、アナログ回路で構成されており、かつ、端末との不整合インピーダンスのため、遠端半二重モデムから到来した信号を完全に近端半二重モデム3000に提供することはできず、一部は反射してエコー(いわゆる回線エコー)として遠端半二重モデムに帰還することになる。
適応エコーキャンセラ1000は、このエコー信号を消去することを目的として設置されている。ところで、適応エコーキャンセラ1000で完全にエコー信号を消去することは不可能であり、以下ではこの消去できずに漏れ出るエコー信号の一部を「残留エコー信号」と呼ぶ。通常、固定電話回線において音声通信やモデム通信において、通信品質を損なわないレベルの残留エコー信号は、許容されている。
次に、従来の半二重モデム(例えば、近端半二重モデム3000を含む)が送出する典型的な信号を図9(b)のRinに示す。
図9(b)に示すように、半二重モデムでは、バースト的に信号が生成され、かつ、同時には片方向にのみ当該バースト信号が伝送される。このバースト信号の先頭は、一般に、マーク信号またはプリアンブル信号と呼ばれ、受信側のモデムにおいて復調の同期を取るための前準備として利用される。例えば、ITU-T V.23モデムでは、マーク信号として1300Hzの正弦波信号が使用されている。単一周波数以外としては2周波を使用するITU-T V.26モデムもある(当該モデム規格はPSK変調につき、実際は2周波以外の周波数成分も存在するのだが、モデムの送信フィルタによりメインローブとサイドローブ以外は減衰されている)。マーク信号に後続して、制御信号やコンテンツで構成されるデータが送出される。このデータ部は一般にランダムとなるので、信号スペクトルは、各モデム規格の変調方式に応じた一定の帯域幅を占有することとなり、線スペクトルのマーク部とは周波数領域では著しく異なる振舞いを示す。
この典型的な半二重モデム信号が適応エコーキャンセラ1000のRinに到来すると、適応エコーキャンセラ1000のエコー消去動作が開始され、先頭のマーク部に対しては、極めて高速にエコー消去動作が収束するものの、Rinに到来する信号がマーク部からデータ部に遷移すると、マーク部のときと比較して緩慢に収束していく。これらの様子を図9(b)のSoutに図示している。問題はこのマーク部からデータ部に遷移する際に、残留エコー信号が急増し、遠端モデム側に帰還することにある。なぜなら、遠端モデムは近端モデムから送出された信号として扱う可能性があり、最悪の場合、当該モデム通信を異常終了する。
次に、上述の異常終了を誘発する適応制御の弱点について説明する。
一般に、適応サプレッサ等に用いられる適応制御は多変数の多元連立方程式を漸次的に解くことと等価な振る舞いを示す。例えば、N個の変数で構成される連立方程式を解くには、当然のことながらN個の方程式を必要とする。一方、複数の変数で構成される方程式が1つしか与えられない場合、この方程式を満たす解は無限に存在し、しかも、その解を高速に発見することができる。ここでは、以下の(1)式、(2)式の連立方程式を用いて、適用制御の振舞いに関する具体的なイメージについて説明する。
x1-x2=1 …(1)
2x1+3x2=7 …(2)
この(1)、(2)連立方程式は、(x1,x2)=(2,1)が解となるが、もしも、(1)式だけしか与えられなかった場合は、解は直線x1-x2=1上に無限に存在することとなる。
複数の変数があるにも関わらず、1つの連立方程式しか与えられないときの状況は、適応エコーキャンセラ1000では、マーク部の単一周波数の信号がRinに与えられる場合に相当する。反射されたエコー信号は高速に推定され、Sout信号は直ちにゼロ値近傍に収束する。この場合、適応エコーキャンセラ1000の適応制御は局所的最小点(偽解)に収束しているので、そのポテンシャルが浅いがために、エコーはほぼ完璧に消去しつつも、複数の偽解を渡り歩く現象が発生する。
Rinで受信する信号がマーク部からデータ部に遷移すると、これは、多数の連立方程式が提供されたことに相当し、この場合、適応制御は漸次的に解を算出し大域的最小点(真解)に向かうため、収束には時間を要するのである。
以上が、固定電話回線に設置された適応エコーキャンセラ1000は半二重モデム信号のエコー消去に本質的に脆弱性を抱えている根拠である。
[第2の課題:全二重モデム通信のレベル ダイヤに対する脆弱性]
まず、図9を用いて、半二重モデム通信のレベルダイヤについて考察する。
2線/4線変換器2000で発生するエコーの程度は、以下の(3)式に示すエコーリターンロス(ERL:Echo Return Loss)として定義されている。適応エコーキャンセラ1000において、遠端半二重モデムのみが近端半二重モデム3000に対して信号を送出し、近端半二重モデム3000は信号を遠端半二重モデムに対して送出していないとき、エコーリターンロス(以下、「ERL」と表す)は、以下の(3)式に示すようになる。
ERL=10log10(Sinの平均電力/Rinの平均電力)[dB]…(3)
非特許文献1では、ERL≦-6[dB]として規定している。例えば、ワースト値のERL=-6[dB]とき、Rinで受信する信号電力の25%がエコー信号としてSinに現れることになる。当該規定の意味するところは、Rin電力の1/4以下の電力がSinに現れているときはエコーと見做し、適応エコーキャンセラ1000の適応動作(エコー経路の伝達関数推定)を有効化してエコー消去を試みることになる。
次に、双方向通信を実施する全二重モデムのレベルダイヤについて考察する。
一般にモデムの送信レベルは公称値-15[dBm]で規定されることが多いのだが、実際にフィールドで使用されているモデム製品では、エンドユーザが送信レベルを-19[dBm]~-8[dBm]の範囲内から選択して設定している。また、2線アナログ加入線路は、線路長に応じて信号減衰量が変化する。一般に、加入者線は減衰量が0[dB]~-7[dB]の範囲内となるように施設されている。
以上を前提条件として、全二重モデム通信におけるレベルダイヤのワーストケースについて図10を使用して説明する。
図10の例では、近端側の端末が近端全二重モデム4000となっている。また、ここでは、近端全二重モデム4000と通信する対向側の図示しない端末(遠端側の端末)を「遠端全二重モデム」と呼ぶものとする。
また、図10に示す適応エコーキャンセラ1000における損失(減衰)のワースト条件を図11に示す。
図11に示すワースト条件下では、適応エコーキャンセラ1000のSin端子に到来する近端モデム信号はNG_sg=-26[dBm]、遠端モデム信号のエコー信号はecho=-14[dBm]となり、エコー信号のほうが近端モデム信号よりも12[dB]も高いことになる。
この場合、適応エコーキャンセラ1000はSin端子には遠端モデム信号のエコー信号のみがSin端子に到来していると見做し、適応制御を有効化してSin端子に到来する近端モデム信号NE_sgを破壊して遠端モデムに向けて送出することとなる。
非特許文献1によると、全二重モデム通信時の適応エコーキャンセラ1000推奨動作は、適応制御は無効化し、しかしながら、エコー信号は過去の適応動作の学習結果に基づいて消去することとある。
しかしながら、上述の第1の課題で説明したように、適応エコーキャンセラ1000はプリアンブル信号などの狭帯域信号に対しては偽解に留まる可能性が高く、過去の学習はなんら信用できないのである。さらに、全二重モデム通信が近端モデム側から開始された場合には、学習する契機は全くないことになる。つまり、適応エコーキャンセラ1000では全二重モデム通信の適正なエコー消去は、本質的に不可能なのである。
[第3の課題3:モデム応答信号規定に対する遵守性]
ITU-T G.168(非特許文献1参照)では、モデム通信の開始時に着信側モデムからITU-T V.25で規定されている応答信号(2100Hz)を返送することを要求している。さらに、ITU-T G.168では、この応答信号に450ms周期の位相反転が現れるときは、全二重モデム通信につき、適応エコーキャンセラ1000の適応動作を禁止している。
ところが、実際のモデム通信においては、本規定は遵守されるとは限らず、ANS信号の代りに、各種モデム毎に規定されているMark-bit信号と呼ばれる論理「1」の信号を返送することも一般的に行われている。
また、SG3-FAX(Super G3-FAX)のように、位相反転の応答信号を生成する場合でも、画像信号用途の全二重モデム規格と、制御信号用途の半二重モデム規格が混在する場合もある。さらに、SG3-FAXは、通信環境条件が悪いと半二重モデム通信のG3-FAXにフォールバックすることもある。
さらに、ITU-T V.22モデムは全二重であるが位相反転無しの応答信号を返送する。
つまり、ITU-T G.168(非特許文献1)における応答信号に関する適応エコーキャンセラ1000の動作規定は、完全に遵守しようとする場合実用的ではないのである。
以上のような問題に鑑みて、電話回線に接続された遠端端末と近端端末の通信方式に関わらず、当該電話回線上で発生するエコーを抑圧しつつ、通信品質の低下を防ぐことができるエコー制御装置、エコー制御プログラム、エコー制御方法、及びゲートウェイ装置が望まれている。
第1の本発明は、電話回線上で近端信号に含まれるエコーを制御するエコー制御装置において、(1)前記近端信号及び遠端信号を検出する検出手段と、(2)前記近端信号を抑圧するエコーサプレッサと、前記近端信号からエコー成分を抑圧するエコーキャンセラとを備えるエコー制御手段と、(3)前記エコー制御手段を制御するものであって、前記検出手段が前記近端信号又は前記遠端信号からモデム信号を検出した場合、前記エコー制御手段に前記エコーキャンセラを無効化させると共に前記エコーサプレッサを有効化させ、その後前記近端信号及び前記遠端信号で一定時間以上無信号状態を検知した場合には前記エコーキャンセラを有効化させると共に前記エコーサプレッサを無効化させる制御手段とを有することを特徴とする。
第2の本発明のエコー制御プログラムは、電話回線上で近端信号に含まれるエコーを制御するエコー制御装置に搭載されたコンピュータを、(1)前記近端信号及び遠端信号を検出する検出手段と、(2)前記近端信号を抑圧するエコーサプレッサと、前記近端信号からエコー成分を抑圧するエコーキャンセラとを備えるエコー制御手段と、(3)前記エコー制御手段を制御するものであって、前記検出手段が前記近端信号又は前記遠端信号からモデム信号を検出した場合、前記エコー制御手段に前記エコーキャンセラを無効化させると共に前記エコーサプレッサを有効化させ、その後前記近端信号及び前記遠端信号で一定時間以上無信号状態を検知した場合には前記エコーキャンセラを有効化させると共に前記エコーサプレッサを無効化させる制御手段として機能させることを特徴とする。
第3の本発明は、電話回線上で近端信号に含まれるエコーを制御するエコー制御装置が行うエコー制御方法において、(1)検出手段、エコー制御手段、及び制御手段を有し、(2)前記検出手段は、前記近端信号及び遠端信号を検出し、(3)前記エコー制御手段は、前記近端信号を抑圧するエコーサプレッサと、前記近端信号からエコー成分を抑圧するエコーキャンセラとを備え、(4)前記制御手段は、前記エコー制御手段を制御するものであって、前記検出手段が前記近端信号又は前記遠端信号からモデム信号を検出した場合、前記エコー制御手段に前記エコーキャンセラを無効化させると共に前記エコーサプレッサを有効化させ、その後前記近端信号及び前記遠端信号で一定時間以上無信号状態を検知した場合には前記エコーキャンセラを有効化させると共に前記エコーサプレッサを無効化させることを特徴とする。
第4の本発明のゲートウェイ装置は、電話回線を中継するゲートウェイ装置において、第1の本発明のエコー制御装置を備えることを特徴とする。
本発明によれば、電話回線に接続された遠端端末と近端端末の通信方式に関わらず、当該電話回線上で発生するエコーを抑圧しつつ、通信品質の低下を防ぐことができる。
(A)主たる実施形態
以下、本発明によるエコー制御装置、エコー制御プログラム、エコー制御方法、及びゲートウェイ装置の一実施形態を、図面を参照しながら詳述する。以下では、本発明のエコー制御装置、エコー制御プログラム及びエコー制御方法を、適応エコーサプレッサに適用した場合の例について説明する。
(A-1)実施形態の構成
図2は、この実施形態に関係する各装置の接続構成について示したブロック図である。
図2に示すように、この実施形態では、本発明のエコー制御装置を、固定電話回線(固定電話回線のトラヒックを伝送する伝送路)上に配置されたゲートウェイ装置10に適用する例について説明する。
図2では、近端端末30が、2線伝送路70を用いた固定電話回線(アナログ電話回線)に接続されており、当該固定電話回線がIP網50(VoIP網)を中継して遠端端末60に接続される構成について示している。
近端端末30及び遠端端末60の種類(例えば、電話機やモデム(FAXを含む)等)や、対応する通信方式(例えば種類がモデムであれば半二重モデムや全二重モデム等)は限定されないものである。
図2の構成では、近端端末30に接続された固定電話回線(アナログ電話回線)が交換機40及びゲートウェイ装置10を経由してIP網50に接続されている。また、図2では、IP網50と遠端端末60との間の接続構成については図示を省略しているが、種々の接続構成を適用することができる。なお、ゲートウェイ装置10が配置される位置は、固定電話回線(固定電話回線の伝送路)上であれば具体的な位置は図2の例に限定されないものである。
近端端末30に接続された2線伝送路70は交換機40により終端されている。交換機40では、2線/4線変換器41を用いて、2線伝送路70を終端している。交換機40は、近端側(2線伝送路70;近端端末30)から供給されるアナログ信号を2線/4線変換器41を介して受信し、ディジタル変換して遠端側の伝送路(固定電話回線の伝送路)に送出する。また、交換機40は、遠端側の伝送路から供給されたディジタル信号をアナログ信号に変換し、2線/4線変換器41を介して2線伝送路70(近端端末30)側に供給する。なお、図2では、2線伝送路70を交換機40で終端する構成について図示しているが、2線伝送路70を終端してディジタル信号の伝送路に接続可能(ゲートウェイ装置10側に接続可能)な機能を備える装置であれば、交換機能を備える装置に限定されないものである。
ゲートウェイ装置10は、固定電話回線をIP網50に接続する中継装置である。ゲートウェイ装置10は、近端側の固定電話回線を終端する際に、近端側のエコー(主として、2線/4線変換器41で発生する回線エコー)を制御するための適応エコーサプレッサ20が備えられている。なお、適応エコーサプレッサ20を配置する位置についてゲートウェイ装置10に限定されないものである。例えば、適応エコーサプレッサ20を交換機40等他の装置に配置するようにしてもよい。
次に、適応エコーサプレッサ20の構成について、図1を用いて説明する。
図1は、適応エコーサプレッサ20の接続構成及び内部の機能的構成について示したブロック図である。
適応エコーサプレッサ20は、AEC/AES21、CTRL22、及びMD23、24を有している。適応エコーサプレッサ20では、近端信号と遠端信号の入出力はAEC/AES21により行われる。以下では、AEC/AES21において、近端信号の入力端子を「Sin」、近端信号の出力端子を「Sout」、遠端信号の入力端子を「Rin」、遠端信号の出力端子を「Rout」とそれぞれ呼ぶものとする。
適応エコーサプレッサ20は、全てハードウェア(例えば、専用の半導体チップ等)で構成するようにしてもよいし、一部又は全部をソフトウェア的に構成するようにしてもよい。適応エコーサプレッサ20は、例えば、プロセッサ及びメモリを有するコンピュータにプログラム(実施形態に係るエコー制御プログラムを含む)をインストールすることにより構成してもよい。
[AEC/AES21]
まず、AEC/AES21の構成について説明する。
適応エコーサプレッサ20は、適応エコーキャンセラ(AEC:Adaptive Echo Canceller)機能と、適応エコーサプレッサ(AES:Adaptive Echo Suppressor)機能を備えている。そして、適応エコーサプレッサ20では、適応エコーキャンセラ(AEC)は音声通信時に有効化され、適応エコーサプレッサ(AES)はモデム(FAX含む)通信時に有効化され、互いに排反動作の関係にある。
音声通信時、適応エコーサプレッサ20では、Rinで受信した遠端話者信号がRoutに透過され、近端側に向けて送出される。この信号は、近端側に設置されている2線/4線変換器41で反射されて一部がエコーとして適応エコーサプレッサ20に戻り、適応エコーキャンセラ(AEC)機能の適応制御にしたがって消去される。
適応エコーサプレッサ20では、モデム通信時に適応エコーサプレッサ(AES)が有効化される。具体的には、半二重モデム通信時、AEC/AES21では、Rinで受信した遠端モデム信号がRoutに透過され、近端端末30に向けて送出される。この信号は、近端端末30側に設置されている2線/4線変換器41で反射されて一部エコー信号として適応エコーサプレッサ20に戻るが、適応エコーサプレッサ(AES)の適応制御に従って、当該エコーは遮断され、Soutからは無信号(ゼロ値)が遠端モデムに向けて送出される。また、適応エコーサプレッサ20では、全二重モデム通信時には、適応エコーサプレッサ(AES)の適応制御に従って、Sinで受信した信号をSoutに透過させる。さらに、適応エコーサプレッサ(AES)では、Backward-channel信号検出時は、モデム通信が完了するまでSinでの受信信号をSoutに透過させる。
つまり、適応エコーサプレッサ20では、適応エコーサプレッサ(AES)の適応制御によるSin/Sout間の透過と遮断を自律で切替える動作モード(以下、「適応モード」と呼ぶ)と、Sin/Sout間を固定的に透過(backward-ch信号検出時のみ透過)させる動作モード(以下、「固定モード」と呼ぶ)の2つの動作モードがある。適応エコーサプレッサ20における上述の動作モードは、CTRL22の指示で切替わる。
図3は、AEC/AES21の内部構成の例について示したブロック図である。
図3(a)は、AEC/AES21で、適応エコーキャンセラ(AEC)が有効となった状態の構成について示したブロック図である。
AEC/AES21は、適応エコーキャンセラ(AEC)が有効となると、SinとSoutの間にADF211(ADF:Adaptive Digital Filter)が挿入された状態となる。また、AEC/AES21は、適応エコーキャンセラ(AEC)が有効となると、RinとRoutとの間が透過状態となり、Rinからの遠端信号がADF211に供給される接続状態となる。
図4は、ADF211内部の機能的構成のパターンについて示したブロック図である。
図4に示すADF211は、フィルタ形成部211aと減算器211bとを有している。
フィルタ形成部211aは、Rinからの遠端信号(図4ではx(n))と減算器211bからSout側(遠端側)に出力される信号(図4では、e(n))とに基づいて、遠端信号(図4ではx(n))からエコー(主として2線/4線変換器41で反射されるエコー成分;図4ではエコー経路EPにより反射されるエコー成分)を推定するためのフィルタを形成すると共に、当該フィルタの係数更新を行う。また、フィルタ形成部211aは、形成したフィルタに、Rinからの遠端信号(図4ではx(n))を入力して得られる推定エコー信号(図4では、y^(n))を出力する。
減算器211bは、Sinからの近端信号(y(n))から、フィルタ形成部211aから出力される推定エコー信号(y^(n))を減算した信号(e(n))を、Sout側(遠端側)に出力する。
以上のように、AEC/AES21では、適応エコーキャンセラ(AEC)が有効となると、ADF211を用いたエコー成分消去が行われる。
図3(b)は、AEC/AES21で、適応エコーサプレッサ(AES)が有効となり、適応モードで動作する状態における構成について示したブロック図である。
AEC/AES21は、適応エコーサプレッサ(AES)が有効となり、適応モードで動作する場合、SinとSoutとの間に経路切替部212が配置され、Sinと経路切替部212との間にADF211が配置された状態となる。なお、ADF211は、適応エコーキャンセラ(AEC)が有効な場合に用いられるものと同様の構成を適用することができる。
経路切替部212は、AEC/AES21内の経路切替の機能を担っている。
図5は、経路切替部212の切替制御について示した説明図である。
具体的には、経路切替部212は、SinとSoutとの間を透過させた状態(図5(a)の状態;以下、「Sin/Sout透過状態」と呼ぶ)又は、SinとSoutとの間を遮断した状態(図5(b)参照;以下、「Sin/Sout遮断状態」と呼ぶ)のいずれかの状態に切り替える経路切替を行う。経路切替部212は、CTRL22の制御に応じて切替状態をSin/Sout透過状態又はSin/Sout遮断状態のいずれかに制御する。
図3(c)は、AEC/AES21で、適応エコーサプレッサ(AES)が有効となり、固定モードで動作する場合の構成について示したブロック図である。
AEC/AES21は、適応エコーサプレッサ(AES)が有効となり、固定モードで動作する場合、SinとSoutとの間を透過させ、さらにRinとRoutとの間を透過させた状態となる。
[MD23、24]
近端側のMD23、遠端側のMD24(MD:モデム検出器)は、上下回線(Sin、Rin)にそれぞれ配置され、ANS信号(2100Hz単周波)や、Mark-bit信号(ITU-T V.21、V.22、V.23、Backward-channelなど)等の検出を行う。
「ANS信号」は、ITU-T V.25では2100Hzの単周波信号(ANS)と当該信号を450ms周期で位相反転させた信号(ANS/)が規定されている。ITU-T V.8では、ANS信号として15Hzで2100Hzを振幅変調した信号(ANSam)と、これを450ms周期で位相反転させた信号(ANSam/)が規定されている。この実施形態の適応エコーサプレッサ20は、モデム信号の振舞いに応じて最適にサプレス動作を実施するので、MD23、24(モデム検出器)はANS、ANS/、ANSam、ANSam/を識別せずに、すべて2100Hz単周波信号(ANS)として検出できればよい。
「Mark-bit」は論理「1」を表す信号であり、各種モデム規格毎に定められており、一般に単周波信号または二周波信号で規定されている。なお、Backwardーchannelは、単独で使用されるモデム規格ではなく、ITU-T V.23/V.26/V.27/V.29モデム通信で付加的に使用されることになっている。また、Backward-channelのMark-bit信号は390Hzであり、電話呼の制御で使用されるダイヤルトーン(400Hz)近傍の周波数のため、音声通信中の検出は無効化されており、モデム通信に遷移した後で、検出が有効化される。なお、ANS信号とMark-bit信号の検出方法に関しては種々の方式を適用することができるため、詳しい説明を省略する。
[CTRL22]
CTRL22は、適応エコーサプレッサ20全体の制御機能を担っている。具体的には、CTRL22は、AEC/AES21周辺のコントローラとして機能する。CTRL22は、例えば、以下の3つの機能を提供する。
第1にCTRL22は、モデム通信の終了を検出するために、上り/下り回線の無信号を検出する「無信号検出機能」を提供する。
第2にCTRL22は、エコー経路の遅延時間、すなわち、Rout端子からSin端子までの伝送遅延時間を測定する「エコー経路遅延時間測定機能」を提供する。エコー経路遅延時間測定機能は、AEC/AES21が適応エコーサプレッサ(AES)として動作しており、かつ、半二重モデム通信時のSinとSout間遮断のハングオーバ時間として利用することを目的としている。
第3にCTRL22は、音声通信中はAEC/AES21に適応エコーキャンセラ(AEC)を有効化させて音声信号のエコー消去を実施させ、モデム通信中はAEC/AES21に適応エコーサプレッサ(AES)を有効化させ半二重モデム信号のエコーを遮断する「AEC/AES周辺制御機能」を提供する。AEC/AES21は、CTRL22の指示に基づき適応エコーキャンセラ(AEC)と適応エコーサプレッサ(AES)とを排反動作させる。
(A-2)第1の実施形態の動作
次に、以上のような構成を有するこの実施形態における適応エコーサプレッサ20の動作を説明する。
[CTRL22によるAEC/AES21切替制御の動作]
まず、CTRL22によるAEC/AES周辺制御機能の詳細について説明する。
図6は、CTRL22によるAEC/AES21に対する切替制御の状態遷移について示した説明図(状態遷移図)である。
図6では、AEC/AES21を、近端端末30で通信が発生していない初期状態(空き状態ST1)、適応エコーキャンセラ(AEC)を有効とした状態(AEC状態ST2)、適応エコーサプレッサ(AES)を有効とし適応モードで動作する状態(AES適応モードST3)、適応エコーサプレッサ(AES)を有効とし固定モードで動作する状態(AES固定モードST4)のいずれかの状態に遷移させることを示している。
CTRL22は、空き状態ST1から固定電話呼の通信開始が開始(近端端末30と遠端端末60との間で通信路が確立)すると、AEC/AES21の適応エコーキャンセラ(AEC)を有効化させAEC状態ST2に遷移させる。
AEC/AES21をAEC状態ST2で動作させている間に、上下回線に配備されたMD23、24のいずれか一方が、ANS信号またはいずれかのモデム規格のMark-bit信号を検出すると、CTRL22は、適応エコーキャンセラ(AEC)を無効化させると同時に、適応エコーサプレッサ(AES)とMD23、24のBackward-channel検出器を有効化する。このとき、CTRL22は、AEC/AES21をAES適応モードST3で動作させることになる。
このとき、AEC/AES21の経路切替部212は、ADF211の適応制御等にしたがってSin/Sout遮断状態、又はSin/Sout透過状態に切り替える制御(以下、「近端信号透過/遮断制御」と呼ぶ)を行う。
CTRL22は、AEC/AES21をAES適応モードST3で動作させている間に、MD23、24でBackward-channelが検出されると、AEC/AES21を、AES固定モードST4で動作するように遷移させ、Sin/Sout間を固定的に透過させる。CTRL22は、AEC/AES21を、AES固定モードST4で動作させた場合、モデム通信が終了するまでその状態を維持させる。
半二重モデム(例えば、V.23/V.26/V.27/V.29等で動作するモデム)は、Backward channel(75bps,FSK,390Hz=Binaly 1,450Hz=Binaly 0,当該モデムの単独規格書は存在せず、V.23等に併記されている情報のみ)の使用が許容されている。半二重モデムで、Backward channelが使用されると、実質的に全二重モデム通信となる。また、Backward-channelの信号は単周波区間が長いため、AES適応モードST3のAEC/AES21に、Backward-channelの信号が入力されると、ADF211のフィルタ係数が不良(エコー推定処理の精度が劣化した状態)となる傾向がある。このため、その対策として、CTRL22は、MD23、24でBackward-channelのMark-bit(390Hz)を検出次第、AEC/AES21をAES固定モードST4に遷移させる。このとき、CTRL22は、MD23、24が無信号を検出したと判断するまで、AEC/AES21をAES固定モードST4で固定させる。
そして、CTRL22は、AEC/AES21がAES適応モードST3又はAES固定モードST4で動作中に通信が終了すると、AEC/AES21を空き状態ST1に遷移させる。
[CTRL22によるエコー経路遅延時間測定機能]
次に、CTRL22によるAEC/AES21に対するエコー経路遅延時間測定機能の詳細について説明する。CTRL22は、AEC/AES21を、AES適応モードST3で動作させている間にエコー経路遅延時間測定機能を有効とする。
図7は、エコー経路遅延時間測定の例をタイミングチャートの形式で示した説明図である。
エコー経路の伝送遅延時間をTdとすると、Rinに到来した遠端モデムのバースト信号のエコー信号がSinに到来するのは、Rinに到来した時刻よりもTdだけ遅延することとなる。
CTRL22は、半二重モデム通信時、Rinに到来するバースト信号の受信中に、AEC/AES21の経路切替部212を制御してSin/Sout遮断状態とさせ、バースト信号終了後もエコー経路の遅延時間(Td)だけSin/Sout遮断状態を継続(ハングオーバー)させる(図7参照)。
このため、CTRL22は、エコー経路の遅延時間(Td)を遠端モデムからバースト信号が到来する度に計測する。転送サービスなどで通信中にエコー経路の変更が実施されないことが保証されている場合、CTRL22は、エコー経路(RoutとSinとの間のエコー経路)の遅延時間(Td)の計測は最初の1回だけ実施し、それ以降はこの計測値を保持してもよい。
まず、CTRL22は、Rinに到来する遠端モデム信号(遠端端末60から送出されたモデム信号)の先頭タイミングを、以下の(4)式に従って検出する。
{POW_Rin(m-1) < L_burst_lim}
&& {POW_Rin(m)≧L_burst_lim}…(4)
そして、CTRL22は、(4)式の成立を契機にSinに現れる遠端モデム信号のエコー信号を、以下の(5)式に従って検出する。
{POW_Sin(m-1)<L_echo_lim}
&& {POW_Sin(m)≧L_echo_lim}…(5)
ここで、「POW_x(m)」は、信号xの一定時間当たりの平均電力を示している。また、「m」は、上記一定時間を1単位とする離散時間を示している。さらに、「L_burst_lim」は、Rinに到来する遠端モデム信号の平均電力の下限値を示している。さらにまた、「L_echo_lim」は、Sinに到来する遠端モデム信号のエコー信号の平均電力の下限値を示している。
[CTRL22による無信号検出機能]
次に、CTRL22によるAEC/AES21に対する無信号検出機能の詳細について説明する。CTRL22は、AEC/AES21を、AES適応モードST3で動作させている間に、上下回線(Sin、Rin)の無信号を検出する無信号検出機能を有効とする。
ここでは、図6に示すように上下回線(Sin、Rin)同時に、T_slt秒以上無音信号が検出された場合(例えば、以下の(6)式が成立した場合)、CTRL22は、無信号を検出したと判断する。
(POW_Sin(m)≦L_slt_lim)
&& (POW_Rin(m)≦L_slt_lim)…(6)
ここで、T_sltには任意の時間が設定される。また、「POW_x(m)」は、信号xの一定時間当たりの平均電力を示している。さらに、「m」は、上記一定時間を1単位とする離散時間を示している。さらにまた、「L_slt_lim」は、無信号の平均電力の上限値を示している。
[ADF211の設計]
次に、AEC状態ST2及びAES適応モードST3で機能するADF211(適応ディジタルフィルタ)の設計について説明する。
ADF211には、適応制御の分野で周知されている学習同定法アルゴリズムを採用することができる。ADF211に適用する学習同定法アルゴリズムは適応エコーキャンセラ(AEC)においても一般的に採用されており、AEC状態ST2とAES適応モードST3で同じ設計のADF211を共用することが可能である。これは、適応エコーサプレッサ20の実装上、消費電力やコスト等の面で大きなメリットである。
以下に、ADF211に適用できる学習同定アルゴリズムの例について、図4を用いて説明する。
ここでは、「x(n)」を遠端信号とし、「y(n)」をエコー経路EPで反射されたエコー信号とする。
そうすると、ADF211によるエコー消去処理は、以下の(7)式、(8)式を用いて示すことができる。ここで、「N」は、ADFのタップ係数の総数を示している。また、「h(k)」は、ADFのタップ係数を示している。さらに、「k」は、N個存在するADFタップ係数の指標を示している(ただし、0≦k≦N-1とする)。さらにまた、ここでは、「e(n)」は推定誤差信号(残留エコー信号)を示しているものとする。また、「n」は標本化周期(例えば、1/8kHz=125μs)を1単位とする離散時間を示している。
e(n)は、AEC/AES21がAEC状態ST2で動作する場合には、Soutから遠端側に送出されることになるが、AEC/AES21がAES適応モードST3で動作する場合には、適応エコーサプレッサ(AES)の切替制御(経路切替部212の制御)の判断に利用される。
また、ADF211では、ADFタップ係数h(k)の更新処理は以下の(9)式に従って行われる。ここで、「α」は、0<α<1の範囲内で予め設定される収束係数である。
[適応エコーサプレッサ(AES)における近端信号透過/遮断制御]
次に、AEC/AES21をAES適応モードST3で動作させる際(適応エコーサプレッサ(AES)を有効とする際)の近端信号透過/遮断制御(経路切替部212の切替制御)の詳細について説明する。
AEC/AES21(経路切替部212)は、AES適応モードST3で動作する際、通信状態(近端端末30と遠端端末60との間の通信状態)が半二重モデム通信である場合と全二重モデム通信である場合とで、近端信号透過/遮断制御のポリシーを変更する。
基本ポリシーとして、経路切替部212は、通信状態が半二重モデム通信である場合は、Rinに遠端信号(遠端モデム信号)が到来している間、経路切替部212をSin/Sout遮断状態とし、それ以外の期間(少なくとも近端端末30のモデム信号が発生している期間)については経路切替部212をSin/Sout透過状態とする。また、基本ポリシーとして、経路切替部212は、通信状態が全二重モデム通信である場合は、経路切替部212をSin/Sout透過状態とする。
具体的には、経路切替部212は、ADF211における入出力レベル(電圧レベル)の比率(以下、「ACOM」と表す)を用いて、通信状態を判断し、さらに判断した通信状態に応じたポリシーで近端信号透過/遮断制御(Sin/Sout遮断状態又はSin/Sout透過状態のいずれかとするかの制御)を行う。
ここで、ACOMは、以下の(10)のように示すことができる。ここで、e(n)は、図4に示すようにADF211の出力電圧(Soutから遠端側に出力される信号の電圧レベル)を示しており、x(n)は図4に示すようにADF211の入力電圧(遠端側からRinに入力される電圧レベル)を示している。
ACOM=e(n)/x(n)…(10)
経路切替部212におけるACOM値の算出方式について図8を用いて説明する。
ここで、ADF211で完全にエコーが消去されると想定すると、eに出力される信号は量子化誤差信号であるということになる。固定電話網で使用されている音声符号化はITU-T G.711のμPCMであり、量子化誤差の指標となるSN比は約36dBである。
そうすると、ACOM値は図8に示すように、「ACOM=ERL-SN[dB]」で与えられる。例えば、ERLのワースト値を「-6dB」とした場合、半二重モデム通信時のACOM値の最大値(以下、「ACOM_HD」と表す)は、ACOM_HD=-42[dB]となる。
また、全二重モデム通信時のACOM値の最小値(以下、「ACOM_FD」と表す)は、図10において適応エコーキャンセラをADF211と見做すことで直ちに算出できる。図10に示すワーストケースのレベルダイヤでは、ADF211の観点からは半二重モードに見え、ADF211はエコー消去動作と係数更新を実施し、エコー信号は消去される。よって、Soutに出現する信号は近端モデム信号(NE_sg)のみである。ただし、信号の内容はADF211で不良(エコー推定処理の精度が劣化した状態)となっている。換言すると、NE_sgの電力はADF211を透過するが波形は透過されないという意味である。以上から、ACOM_FD=-18dBとなる。
上述の通り算出した半二重モデムの最大値(ACOM_HD=-42dB)と、全二重モデムの最小値(ACOM_FD=-18dB)には24dBの明確な差分があり、これは、図10に示すワーストケースの通信環境においても、適応エコーサプレッサの適応フィルタを動作させ、算出されたACOM値に応じて、半二重モデム通信であるか、全二重モデム通信であるかを識別可能であることを示している。
また、ここで、識別に使用するACOM値の閾値は単一よりも、ヒステリシス性を備えることができるように閾値は2種類持たせる方が望ましい。以下では、閾値の高いほうをACOM_TH_High、低い方をACOM_TH_Lowとする。
そして、この実施形態の例では、経路切替部212は、「ACOM<ACOM_TH_Low」のとき、半二重モデム通信と判断して、Sin/Sout遮断状態とする。
また、経路切替部212は、以下の(11)式が成立するとき、全二重モデム通信と判断して、Sin/Sout透過状態とする。
さらに、経路切替部212は、以下の(12)式が成立するとき、前状態保持(直前の状態を維持)とする。
ACOM>ACOM_TH_High …(11)
ACOM_TH_Low≦ACOM≦ACOM_TH_High …(12)
(A-3)実施形態の効果
この実施形態によれば、以下のような効果を奏することができる。
(A-3-1)半二重モデム信号のエコー信号に対する適正なサプレス
図9(b)に示すマーク部とデータ部を有する半二重モデム信号から遠端端末60から送出された場合、マーク部からデータ部に遷移直後にADFの再収束が開始し、その間、ADFの残留エコーが増大し、ACOM値は増大する。しかしながら、第1の実施形態の適応エコーサプレッサ20では、マーク部を検出するMD23、MD24を具備しており、マーク部を検出した場合、図7に示すように、遠端側から到来するバースト信号区間ならびにバースト信号終了後もエコー経路遅延時間だけ、エコーサプレスを延長可能なため、半二重モデム信号のエコーを完全に消去可能である。
(A-3-2)適応制御による全二重モデム通信の識別
AEC/AES21がAES適応モードST3で動作している間、近端端末30から到来する信号レベルよりも、遠端端末60のエコー信号レベルが大きい場合であっても、ADF211によりエコー(遠端端末60信号に基づくエコー)を消去し、ACOM値によって全二重モデム通信と判定することが可能である。このとき、AEC/AES21(経路切替部212)は、Sin/Sout間を透過させる。
(A-3-3)半二重状態から全二重への遷移
AEC/AES21がAES適応モードST3で動作している間、全二重モデム通信の開始時、近端端末30と遠端端末60は同時に信号送出することはなく、全二重状態になるまで、いずれか一方のモデム信号が先行して半二重状態になる。例えば、AEC/AES21(経路切替部212)は、最初、半二重状態にあり、エコー信号を遮断していても、全二重状態に遷移後、わずかな処理遅延後に、エコー信号の遮断を解除し、近端端末30からの到来信号を遠端端末60に対して透過させる。この場合、遠端端末60のエコー信号も遠端端末60に帰還することとなるが、全二重モデムはエコー信号に対するロバスト性を有しており、問題になることはない。
(A-3-4)半二重/全二重モデム混合通信に対する適正なエコーサプレス
近端端末30及び遠端端末60が、スーパーG3ファクシミリ通信のように、半二重/全二重モデム通信が混合された通信であっても、AEC/AES21(経路切替部212)では、適正に半二重/全二重モデム通信の識別が可能であり、遠端端末60から半二重信号が到来するときのみ、適正にエコー信号を遮断する(Sin/Sout遮断状態とする)ことが可能である。
(A-3-5)backward-channel信号対策
ITU-T V.23などの半二重モデムは、付加機能として、backward-channelモデムを併用して全二重モデム状態にすることが許容されている。backward-channel信号は一般にMark-bitの単周波区間が長く、ADFの適正動作を阻害する傾向がある。第1の実施形態の適応エコーサプレッサ20では、backward-channelのMark-bit信号を検出するMD23、MD24を備えており、検出時は、モデム通信が終了するまで、Sin/Soutを透過固定とする。
(A-3-6)適応エコーキャンセラとの親和性
この実施形態の適応エコーサプレッサ20では、音声通信のエコー消去(AEC状態ST2)で使用される適応エコーキャンセラ(AEC)の適応フィルタ(ADF211)と、AES適応モードST3で適用される適応フィルタ(ADF211)は共用可能であり、適応エコーキャンセラ(AEC)と適応エコーサプレッサ(AES)を同一デバイスとして実装することが可能である。
(B)他の実施形態
本発明は、上記の各実施形態に限定されるものではなく、以下に例示するような変形実施形態も挙げることができる。
(B-1)上記の実施形態では、本発明のエコー制御装置としての適応エコーサプレッサ20を、既存固定電話の長距離回線や既存固定電話のVoIP網に配置が必須とされているネットワークエコーキャンセラと併設することで、既存ファックス/モデム通信の通信品質を適正に維持するようにしてもよい。
(B-2)上記の実施形態では、本発明のエコー制御装置としての適応エコーサプレッサ20を、ゲートウェイ装置10に搭載する例について説明したが、適応エコーサプレッサ20を独立した装置として実現するようにしてもよい。