JP7092025B2 - 酸無水物含有量測定方法 - Google Patents

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Description

本発明は、酸無水物含有量測定方法に関し、より詳しくは、劣化したポリエステルにおける酸無水物の含有量を測定する方法に関する。
熱可塑性を有するポリエステル(熱可塑性ポリエステル)は、強度と柔軟性の両方を有し、エンジニアリングプラスチックとして様々な用途に利用されている。例えば、熱可塑性ポリエステルであるポリエチレンテレフタレート(polyethylene terephthalate:PET)は、フィルム、繊維、飲料用ボトル等で利用されており、その一部はリサイクルも実施されている。
熱可塑性ポリエステルは、熱や光により劣化が進行するが、この劣化の状態を把握することは、工業上重要となる。光や熱により劣化した熱可塑性ポリエステルには、酸無水物構造が含まれる状態となる(非特許文献1)。この酸無水物構造が加水分解されると、分子鎖切断によって材料の強度低下を招くことから、酸無水物構造の含有量は、熱可塑性ポリエステルの劣化を評価する上で重要な指標といえる。
しかしながら、高分子の分子構造の定量測定に有効な赤外分光測定(IR測定)、水素原子を対象とした核磁気共鳴分光法(1H NMR測定)のいずれを用いても、既存の方法では、熱可塑性ポリエステルにおける酸無水物構造の含有量を測定するのは困難である。
IR測定は、劣化した熱可塑性ポリエステルに含まれる酸無水物構造を検出可能である(非特許文献1)。ただし、IR測定で得られる赤外吸収スペクトルのピーク強度を濃度に換算するには、測定対象の分子構造の濃度が既知である標準試料を測定して検量線を得る必要がある(非特許文献2、68,69頁)。熱可塑性ポリエステルの劣化による生成物である酸無水物構造を、任意の濃度で含む熱可塑性ポリエステルの標準試料は、入手することが困難であることから、IR測定による酸無水物構造の含有量の定量は難しい。
一方、1H NMR測定は、プロトンスペクトルの積分値の比から濃度の算出が可能であり、定量測定のための標準試料を必要としない。しかしながら、劣化した熱可塑性ポリエステル中に含まれる酸無水物構造を、1H NMRで測定した報告例がない。熱可塑性ポリエステルの一般的な測定条件として、試料となる熱可塑性ポリエステルを溶解させる溶媒に、重水素化クロロホルム(CDCl3)と、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール-2d(HFIP-2d)の混合溶媒、あるいは、重水素化クロロホルム(CDCl3)とトリフルオロ酢酸-d(TFA-d)の混合溶媒が用いられている(非特許文献2,86,87頁)。1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール-2d(HFIP-2d)は、重水素化した1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノールである。
しかしながら、これらの溶媒を用いた測定では、酸無水物構造に由来するピークが、溶媒の成分に由来する他のピークと重なってしまい、酸無水物構造に由来するピークが検出できない。
また、熱可塑性ポリエステルの芳香族カルボン酸末端を定量測定する方法として、重水素化クロロホルム(CDCl3)と1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール-2d(HFIP-2d)との混合溶媒に試料となる熱可塑性ポリエステルを溶解させ、この混合溶液にアミンを添加し、アミンを添加した混合溶液を加温して、熱可塑性ポリエステルの芳香族カルボン酸末端を定量測定に供する方法も知られている。この測定では、酸無水物構造は分解してしまい、この分解生成物に由来するピークを他の成分のピークと区別して検出して定量することは困難である。
T. Grossetete et al., "Photochemical degradation of poly(ethylene terephthalate)-modified copolymer", Polymer, vol. 41, pp. 3541-3554, 2000. 日本分析化学会 編、原口 紘、石田 英之、大谷 肇、鈴木 孝治、関 宏子、渡會 仁編集委員、大谷 肇、佐藤 信之、高山 森、松田 裕生、後藤 幸孝 著、「日本分析化学会 応用分析4」、2013年発行。
以上に説明したように、従来の測定方法では、劣化したポリエステルにおける酸無水物の含有量が測定できないという問題があった。
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、劣化したポリエステルにおける酸無水物の含有量が測定できるようにすることを目的とする。
本発明に係る酸無水物含有量測定方法は、ポリエステルまたはポリエステル分解物からなる試料を、2級アミンを含む前処理液に溶解し、試料の反応生成物を得る第1工程と、反応生成物を、重水素化クロロホルムおよび重水素化した1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノールを含む溶媒に混合した試料液を作製する第2工程と、水素原子を対象とした核磁気共鳴分光法により試料液の中のアミドの量を測定することで試料中の酸無水物の量を求める第3工程とを備える。
上記酸無水物含有量測定方法の一構成例において、2級アミンの2つの置換基は、脂肪族炭化水素から構成されている。
上記酸無水物含有量測定方法の一構成例において、2級アミンの2つの置換基は、同一の脂肪族炭化水素から構成されている。
上記酸無水物含有量測定方法の一構成例において、前処理液は、2級アミンに加えてクロロホルムを含む。
上記酸無水物含有量測定方法の一構成例において、前処理液における2級アミンに対するクロロホルムの混合比は、体積比で3以下とされている。
上記酸無水物含有量測定方法の一構成例において、第1工程は、前処理液の温度を30℃以上、前処理に含まれる最も低い沸点を有する成分の沸点以下として、試料を前処理液に溶解して試料の反応生成物を得る。
以上説明したように、本発明によれば、ポリエステルまたはポリエステル分解物からなる試料を、2級アミンを含む前処理液に溶解し、試料の反応生成物を得るようにしたので、劣化したポリエステルにおける酸無水物の含有量が測定できるようになる。
図1は、本発明の実施の形態に係る酸無水物含有量測定方法を説明するためのフローチャートである。
以下、本発明の実施の形態に係る酸無水物含有量測定方法について図1を参照して説明する。
まず、第1工程S101で、ポリエステルまたはポリエステル分解物からなる試料を、2級アミンを含む前処理液に溶解し、試料の反応生成物(アミド)を得る。2級アミンは、ジエチルアミンなどの、2つの置換基が脂肪族炭化水素(脂肪族系置換基)から構成されているアミンを用いることができる。ジエチルアミンは、2つの置換基が、同一の脂肪族炭化水素[(CH2CH3)]から構成されている。また、前処理液は、2級アミンに加えてクロロホルムを含む構成とすることもできる。なお、後述では、第1工程の処理を「前処理」と称する。
ジエチルアミンを含む前処理液に、酸無水物構造を含有する熱可塑性ポリエステルの試料を溶解させることにより、以下に示す反応(A)あるいは反応(B)によって、酸無水物構造(1)を選択的に化学変換させ、酸無水物構造の反応生成物であるアミド(2),(3),(4),(5)を得ることができる。なお、R1は、芳香環,R2は、脂肪族系炭化水素である。また、R3、R4は、2級アミンにおける脂肪族系置換基である。
Figure 0007092025000001
次に、第2工程S102で、得られた反応生成物であるアミドを、重水素化クロロホルムおよび重水素化した1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノールを含む溶媒に混合した試料液を作製する。例えば、生成した反応生成物が溶解している前処理溶液を揮発させて除き,得られる固体を重水素化溶媒に溶解させる。
次に、第3工程S103で、水素原子を対象とした核磁気共鳴分光法により試料液の中のアミド(反応生成物)の量を測定することで試料中の酸無水物の量を求める。第3工程S103では、前述した酸無水物構造の反応生成物であるアミドの量を、水素原子を対象とした核磁気共鳴分光法で計測することで、試料液中の酸無水物構造の量を求める。求めた酸無水物構造の量(総量)を元に、測定対象の試料(ポリエステル)の劣化を判断する。例えば、劣化判断の対象とする試料の酸無水物構造の測定結果が基準値以上に増加していれば、対象となる試料は劣化しているものと判断できる。
[実施例]
以下、実施例を用いてより詳細に説明する。
[試料]
・試料1:ポリエチレンテレフタレート、約3mg。
・試料2:以下の化学式(6)で示される酸無水物構造の低分子化合物、約3mg。
・試料3:酸無水物構造を含むポリエチレンテレフタレート(ポリエステル分解物)、約3mg。
Figure 0007092025000002
[前処理液]
前処理液は、クロロホルムにジエチルアミン(2級アミン)を混合させた構成とした。なお、比較のために、ジエチルアミンに変えて、n-ブチルアミン(1級アミン)、イソプロピルアミン(1級アミン)を用いた前処理液も用意した。
[試料液を作製するための測定溶媒]
・測定溶媒1:Me4Siを0.03%(v/v)含有した重水素化クロロホルム(CDCl3)と、重水素化されている1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール-2d(HFIP-2d)とを、体積比1:1で混合した溶液。
・測定溶媒2:Me4Siを0.03%(v/v)含有したCDCl3と、重水素化されているトリフルオロ酢酸-d(TFA-d)とを、体積比10:1で混合した溶液。
・測定溶媒3:Me4Siを0.03%(v/v)含有したCDCl3とHFIP-2dとを、体積比1:1で混合した溶液1.0mLに、約3mgのイソプロピルアミンを添加した溶液。
・測定溶媒4:Me4Siを0.03%(v/v)含有したCDCl3とHFIP-2dとを、体積比1:1で混合した溶液1.0mLに、約3mgのn-ブチルアミンを添加した溶液。
・測定溶媒5:Me4Siを0.03%(v/v)含有したCDCl3とHFIP-2dとを、体積比1:1で混合した溶液1.0mLに、約3mgのジエチルアミンを添加した溶液。
[NMR測定]
Varian社の核磁気共鳴装置Oxfordにより、作製した各試料の1H NMR(300MHz)を測定した。各試料は、各測定溶媒(約0.9mL)に溶解させ、T℃で測定した。ケミカルシフトδはppm単位で表し、Me4Siのピークを0ppmとした。
[測定するピーク]
・以下の化学式(α)で示されるポリエステルの繰り返し構造における芳香環のプロトン(a)。
・化学式(α)で示されるポリエステルの繰り返し構造におけるエステル結合α位のメチレン基のプロトン(b)。
・以下の化学式(7)で示されるポリエステルのカルボン酸末端のアミン誘導体のプロトン(c),(c’)。
・以下の化学式(6)で示される化合物の芳香環のプロトン(d),(d’)。なお、前述したように、化学式(6)で示される化合物は、試料2の酸無水物構造の低分子化合物である。
・以下の化学式(6)で示される酸無水物構造のα位のプロトン(e)。
・以下の化学式(8)で示されるアミド結合のカルボニル炭素のα位のプロトン(f)。なお、化学式(8)で示されるアミド結合は、化学式(6)で示される化合物のアミド変換生成物である。
・以下の化学式(9)で示される芳香環のプロトン(g)。なお、化学式(9)で示される芳香環は、化学式(6)で示される化合物のアミド変換生成物である。
・化学式(10)で示されるポリエステル中の酸無水物構造の分解生成物における芳香環のプロトン(h),(h’)。
・以下の化学式(11)で示されるポリエステル中の酸無水物構造の分解生成物における置換基R3のプロトン(i)。
・以下の化学式(12)で示されるポリエステル中の酸無水物構造のジエチルアミンによる分解生成物におけるNのβ位のプロトン(j),(j’)。
Figure 0007092025000003
Figure 0007092025000004
Figure 0007092025000005
なお、以下では、化学式(6),化学式(7),化学式(8),化学式(9),化学式(10),化学式(11),化学式(12)で示される各々の化合物を、化合物(6),化合物(7),化合物(8),化合物(9),化合物(10),化合物(11),化合物(12)と称する。
[検討1]
次に、酸無水物構造のジエチルアミンによる分解生成物を測定するためのピーク検出位置について検討する。この検討では、既存のNMR測定方法における酸無水物構造由来のプロトンのピーク検出位置と、熱可塑性ポリエステル由来のプロトンのピーク検出位置とを比較する。
試料1および試料2を、それぞれ測定溶媒1,測定溶媒2,測定溶媒3に溶解させる。測定溶媒1および測定溶媒3に溶解させた試料は、T=50℃で,測定溶媒2に溶解させた試料は、T=25℃で,1H NMRの測定を行った。この測定により得られた酸無水物構造由来のプロトンのピーク検出位置と,熱可塑性ポリエステル由来のプロトンのピーク検出位置を比較した結果を表1に示す。
測定溶媒1,測定溶媒2を用いた場合は,酸無水物構造のプロトンのピークは,いずれも熱可塑性ポリエステルのプロトンのピークと同位置に検出された。また,測定溶媒3を用いて試料2を測定した場合は,芳香環のプロトンのピークが複数確認され,酸無水物構造が分解しており,その分解物のピークの多くは熱可塑性ポリエステルのピークと同位置に検出された。これにより,既存のNMR測定条件では,熱可塑性ポリエステル中に含まれる酸無水物構造を検出することは困難であることが分かった。
Figure 0007092025000006
[酸無水物構造の定量法]
上述した検討1による検討および考察の結果、各試料中の全テレフタル酸構造に対する酸無水物構造のmol濃度C[mol%]は、分解生成物を対象としたNMR測定で得られた上述のいずれかのプロトンのピークの積分値を用い、「C={(h)×2+((j)+(j’))×k}/{(a)+(c)+(c’)+(h)+(h’)}×100・・・(濃度算出式)」で算出した。なお、kは、2を(j)のピークのプロトン数で除した値である。
[検討2](酸無水物構造の低分子モデル化合物の前処理方法の検討)
次に、第2工程で作製する試料液の検討結果について説明する。発明者らは、前処理によって酸無水物構造を1H NMRの測定で検出可能な化合物へ変換することを検討した。1H NMRの測定で検出可能とするには、熱可塑性ポリエステルおよび測定溶媒のピークとは明瞭に区別できるピークを有する化合物に変換する必要がある。また、上述した変換の過程で,熱可塑性ポリエステルの繰り返し単位に含まれるエステル基、および熱可塑性ポリエステルの末端官能基であるカルボキシル基,水酸基が、酸無水物構造を変換した後の化合物と同じ化合物に変換されてはならない。
発明者らは、上述した要件を満たす化学変換について鋭意検討を重ね,酸無水物構造を反応(A),反応(B)によって化合物(3),化合物(4)に変換し、化合物(3),化合物(4)のプロトンを検出する方法を検討するに至り、実験で検証することとした。
まず,代表的なアミン(ブチルアミン,イソプロピルアミン,ジエチルアミン)を用いて、以下に示す反応(A’)および(B’)が定量的に進行するか否かを確認した。クロロホルムにアミン(ブチルアミン,イソプロピルアミン,ジエチルアミンについてそれぞれ実施)を添加した溶液に、3mgの試料2を加えて5分間撹拌して溶解させ、溶液(溶媒)を揮発させて除き、約3mgの固体を得た。得られた固体を重水素化クロロホルムに溶解させ,T=25℃で,1H NMR測定を行ったところ、いずれのアミンを用いた場合についても、反応(A’)および反応(B’)が定量的に進行したことが確認された。
Figure 0007092025000007
次に、上記測定実施後の試料液の溶媒を揮発させ、試料を回収し、化合物(6)の酸無水物構造の分解に用いたアミンと同一のアミンを添加したHFIPとクロロホルムの混合溶媒を用いてNMR測定を実施した。この測定により、化合物(7),化合物(8),化合物(9)および、反応(B’)による化合物(13)のピーク検出位置と、熱可塑性ポリエステル(試料1)のピーク検出位置を比較し、化合物(7)~(9)、化合物(13)と熱可塑性ポリエステルが混在した場合の化合物(7)~(9)、化合物(13)の定量可否を調べた。
化合物(7)は、熱可塑性ポリエステルのカルボン酸末端のアミン塩と同一の分子構造であり、熱可塑性ポリエステルのカルボン酸末端のアミン塩と区別して化合物(7)を定量することはできない。
化合物(8)については後述する。
化合物(9)は、いずれの測定条件においても、芳香環のプロトン(g)のピークが、熱可塑性ポリエステルのピークとは重ならない位置に検出され、定量できることが分かった。
化合物(13)のピークは、いずれも熱可塑性ポリエステルの他のピークと重なり、化合物(13)は定量できないことが分かった。
以上の検討結果より、化合物(8)が定量できる条件であれば、化合物(9)の定量結果と合わせて、酸無水物構造の定量が可能といえる。
化合物(8)のアミド結合のカルボニル炭素のα位の炭素上のプロトン(f)のピークは、いずれの測定条件でも熱可塑性ポリエステルの(b)のピークとピーク位置が一致し、プロトン(f)のピークを用いた定量はできないことが分かった。
化合物(8)の置換基R3のプロトンのピーク、および置換基R4のプロトンのピークについて、用いたアミン毎の検出可否を表2に示す。ブチルアミン、イソプロピルアミンでは測定系中のアミン塩のプロトンピークと重なり検出不可であったが、ジエチルアミンを用いた場合は、測定系中のアミン塩と区別して検出可能であることが分かった。
Figure 0007092025000008
1級アミンであるブチルアミン、イソプロピルアミンを用いた場合に生成する1級アミドとは異なり、ジエチルアミンを用いた場合に生成する2級アミドは、アミド結合の回転障壁によりピークが分裂することによると考えられる。アミン塩のピークとアミドのピークを区別するために、アミドの回転によるピーク分裂を利用する手法は報告例がなく、容易に発想できる方法ではない。
[実験]
次に、実験の結果を用いて説明する。
ジエチルアミンとクロロホルムの体積混合比が1:1である溶液に,試料5酸無水物構造を含む、3mgのPETを投入し、40℃で4時間撹拌して溶解させる。この後、溶液中の溶媒を揮発させて除いた。これを測定溶媒1に溶解させ,50℃で1H NMR測定を行ったところ、(h)および(j),(j’)のピークが検出された。
(h):δ7.72
(j),(j’):δ1.13,1.22
検出されたピークの積分値を、濃度算出式に代入すると、「C={(h)×2+((j)+(j’))×2÷3}/{(a)+(c)+(c’)+(h)+(h’)}×100={0.15×2+(1.56+1.50)×2÷3}+ /(42.73)×100=5.47」となり、 全芳香環に対する酸無水物構造のmol濃度は,約5.5mol%であると算出された。
なお、この実験では、熱可塑性ポリエステルとして、ポリエチレンテレフタレートを試料としたが,上述した測定方法は、ポリブチレンテレフタレート(PBT),ポリネオペンチルテレフタレート(PNT),ポリネオペンチルイソフタレートや、これらの共重合体においても適用可能な方法であることは容易に類推できる。
上述では、2級アミンとしてジエチルアミンを用いたが、ジメチルアミン、ジプロピルアミン、ジイソプロピルアミン、ジブチルアミン、ジイソブチルアミンなども使用可能であることは容易に類推できる。前処理で用いる2級アミンと,測定溶媒に添加するアミンの種類は同一であることが望ましい。
なお、熱可塑性ポリエステルの芳香環ピークと区別しやすくするため,2級アミンのNの置換基R3,置換基R4は、脂肪族基が好適に用いられる。また,定量対象のピーク数を減らすため,置換基R3,置換基R4は同一の分子構造が望ましい。
前処理における温度(反応温度)および時間は、酸無水物構造の化学変換が完了するよう適宜設定する。熱可塑性ポリエステルのアミンおよびクロロホルムへの溶解性は低いことから,加温しながら,数時間撹拌することで溶解させることが望ましい。前処理工程(第1工程)では、前処理液の温度(反応温度)を30℃以上、前処理に含まれる最も低い沸点を有する成分の沸点以下として、試料を前処理液に溶解する。具体的には、前処理液の温度を30℃以上、2級アミンの沸点またはクロロホルムの沸点のうちより低い方の沸点以下として、試料を前処理液に溶解する。
次に、反応温度による1H NMR測定結果への影響について説明する。前述した実験と同じ条件で、前処理液および前処理工程における反応温度を変更し前処理を実施し、NMR測定を行った。測定の結果として得られた(h)および(j),(j’)のピークを、実験の結果と比較した。比較した結果を表3に示す。なお、この比較では、表3中に示すように、前処理液における2級アミンとクロロホルムとの混合比(体積比)も変化させている。
実験と同等に(h)および(j),(j’)のピークが検出されたものは〇,実施例よりも(h)および(j),(j’)のピーク強度が小さかったものは×を記した。なお,ジエチルアミンの沸点は55℃であることから,反応温度を、20,30,40,50℃とした場合について検討した。また、前処理液における2級アミンとクロロホルムとの混合比は、1:0.2,1:1,1:2,1:3,1:4とした場合について検討した。
Figure 0007092025000009
前処理工程における反応温度を20℃とすると反応時間を延長しても,実験よりも(h)および(j),(j’)のピーク強度が小さく,アミド化反応が十分に進行せず,前処理温度として低すぎることが分かった。また,反応温度を50℃とすると、(h)および(j),(j’)のピーク強度は実験と同程度定度であった。ジエチルアミンの沸点である55℃に上げても、アミンが蒸発しきらないよう留意すれば,問題なく目的の前処理が実施できると考えられる。よって,前処理工程における反応温度は、30以上、前処理に含まれる最も低い沸点を有する成分の沸点以下が、好適に用いられるといえる。
次に,前処理液におけるジエチルアミンとクロロホルムとの混合比について説明する。混合比が1:4となると,反応時間を延ばしても実験よりも(h)および(j),(j’)のピーク強度が小さく,アミド化反応が十分に進行せず、アミンの濃度が低すぎることが分かった。このように、前処理液におけるアミン濃度が低いと反応に長時間要することから、前処理液は、クロロホルムも加えて用いる場合、2級アミンに対するクロロホルムの混合比は、体積比で3以下とする。
以上に説明したように、本発明では、ポリエステルまたはポリエステル分解物からなる試料を、2級アミンを含む前処理液に溶解し、試料の反応生成物を得るようにしたので、劣化したポリエステルにおける酸無水物の含有量が測定できるようになる。
既存の測定方法では、熱可塑性ポリエステルに含まれる酸無水物構造の含有量を測定することは困難であった。直接測定が困難な分子構造を検出するには、検出対象としていた子構造を、検出可能な分子構造に変換することが考えられるが、この変換反応の選択は重要である。これは、熱可塑性ポリエステルは、酸無水物構造以外にも化学変換されうる官能基として、カルボン酸、水酸基を含んでいるためである。
発明者らは、代表的なアミンを用いて酸無水物構造のアミドへの変換を行ったところ、生成物である脂肪族アミドのピークは、系中のアミン塩のピークと重なりやすく、検出が容易でないことを明らかにした。この結果より、発明者らは鋭意検討を重ねた結果、2級アミンを利用することで、脂肪族アミドが検出可能となることを見出した。これは、2級アミドのN上置換基のプロトンピークが、アミド結合の回転障壁によって分離して検出されることを利用したものと考えることができる。化学変換を用いた酸無水物構造の検出で、2級アミドのN上置換基のプロトンピークの分裂を利用する例はこれまでになく、本発明は、容易に類推できるものではない。
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。

Claims (6)

  1. ポリエステルまたはポリエステル分解物からなる試料を、2級アミンを含む前処理液に溶解し、前記試料の反応生成物を得る第1工程と、
    前記反応生成物を、重水素化クロロホルムおよび重水素化した1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノールを含む溶媒に混合した試料液を作製する第2工程と、
    水素原子を対象とした核磁気共鳴分光法により前記試料液の中のアミドの量を測定することで前記試料の中の酸無水物の量を求める第3工程と
    を備える酸無水物含有量測定方法。
  2. 請求項1記載の酸無水物含有量測定方法において、
    前記2級アミンの2つの置換基は、脂肪族炭化水素から構成されていることを特徴とする酸無水物含有量測定方法。
  3. 請求項2記載の酸無水物含有量測定方法において、
    前記2級アミンの2つの置換基は、同一の脂肪族炭化水素から構成されていることを特徴とする酸無水物含有量測定方法。
  4. 請求項1~3のいずれか1項に記載の酸無水物含有量測定方法において、
    前記前処理液は、前記2級アミンに加えてクロロホルムを含むことを特徴とする酸無水物含有量測定方法。
  5. 請求項4記載の酸無水物含有量測定方法において、
    前記前処理液における前記2級アミンに対するクロロホルムの混合比は、体積比で3以下とされている
    ことを特徴とする酸無水物含有量測定方法。
  6. 請求項1~5のいずれか1項に記載の酸無水物含有量測定方法において、
    前記第1工程は、前記前処理液の温度を30℃以上、前記前処理液に含まれる最も低い沸点を有する成分の沸点以下として、前記試料を前記前処理液に溶解して前記反応生成物を得ることを特徴とする酸無水物含有量測定方法。
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